以下、実施形態に係るインクジェットヘッドについて、図面を用いて説明する。因みにこの実施形態では、インクジェットヘッドとしてシェアモード・シェアードウォールタイプのインクジェットヘッド100(図1を参照)を例示する。
はじめに、インクジェットヘッド100(以下、ヘッド100と略称する)の構成について、図1乃至図3を用いて説明する。図1は、ヘッド100の一部を分解して示す斜視図、図2は、ヘッド100の前方部における縦断面図、図3は、ヘッド100の前方部における横断面図である。
ヘッド100は、ベース基板9を有する。ヘッド100は、ベース基板9の前方側の上面に第1の圧電部材1を接合し、この第1の圧電部材1の上に第2の圧電部材2を接合する。接合された第1の圧電部材1と第2の圧電部材2とは、図2の矢印で示すように、板厚方向に沿って互いに相反する方向に分極する。
ベース基板9は、誘電率が小さく、かつ圧電部材1,2との熱膨張率の差が小さい材料を用いて形成する。ベース基板9の材料としては、例えばアルミナ(Al203)、窒化珪素(Si3N4)、炭化珪素(SiC)、窒化アルミニウム(AlN)、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等がよい。一方、圧電部材1,2の材料としては、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、タンタル酸リチウム(LiTaO3)等が用いられる。
ヘッド100は、接合された圧電部材1,2の先端側から後端側に向けて、多数の長尺な溝3を設ける。各溝3は、間隔が一定でありかつ平行である。各溝3は、先端が開口し、後端が上方に傾斜する。
ヘッド100は、各溝3の側壁及び底面に電極4を設ける。電極4は、ニッケル(Ni)と金(Au)との二層構造となっている。電極4は、例えばメッキ法によって各溝3内に均一に成膜される。電極4の形成方法は、メッキ法に限定されない。他に、スパッタ法や蒸着法等を用いることもできる。
ヘッド100は、各溝3の後端から第2の圧電部材2の後部上面に向けて引出し電極10を設ける。引出し電極10は、前記電極4から延出する。
ヘッド100は、天板6とオリフィスプレート7とを備える。天板6は、各溝3の上部を塞ぐ。オリフィスプレート7は、各溝3の先端を塞ぐ。ヘッド100は、天板6とオリフィスプレート7とで囲まれた各溝3によって、複数の圧力室15を形成する。圧力室15は、例えば深さが300μmで幅が80μmの形状を有し、169μmのピッチで平行に配列される。このような圧力室15は、インク室とも称される。
天板6は、その内側後方に共通インク室5を備える。オリフィスプレート7は、各溝3と対向する位置にノズル8を穿設する。ノズル8は、対向する溝3つまりは圧力室15と連通する。ノズル8は、圧力室15側から反対側のインク吐出側に向けて先細りの形状をなす。ノズル8は、隣り合う3つの圧力室15に対応したものを1組とし、溝3の高さ方向(図2の紙面の上下方向)に一定の間隔でずれて形成される。
ヘッド100は、ベース基板9の後方側の上面に、導電パターン13が形成されたプリント基板11を接合する。そしてヘッド100は、このプリント基板11に、後述するヘッド駆動回路101を実装したドライブIC12を搭載する。ドライブIC12は、導電パターン13に接続する。導電パターン13は、各引出し電極10とワイヤボンディングにより導線14で結合する。
ヘッド100が有する圧力室15、電極4及びノズル8のセットをチャネルと称する。すなわちヘッド100は、溝3の数Nだけチャネルch.1,ch.2,…,ch.Nを有する。
次に、上記の如く構成されたヘッド100の動作原理について、図4を用いて説明する。
図4の(a)は、中央の圧力室15bと、この圧力室15bに隣接する両隣の圧力室15a,15cとの各壁面にそれぞれ配設された電極4の電位がいずれもグラウンド電位GNDである状態を示している。この状態では、互いに隣接する圧力室15a,15bで挟まれた隔壁16a及び同じく隣接する圧力室15b,15cで挟まれた隔壁16bは、いずれも何ら歪み作用を受けない。
図4の(b)は、中央の圧力室15bの電極4に負極性の電圧−Vが印加された状態を示している。両隣の圧力室15a,15cの電極4の電位はいずれもグラウンド電位GNDのままである。この状態では、各隔壁16a,16bに対して、圧電部材1,2の分極方向と直交する方向に電圧Vの電界が作用する。この作用により、各隔壁16a,16bは、圧力室15bの容積を拡張するようにそれぞれ外側に変形する。
図4の(c)は、中央の圧力室15bの電極4に正極性の電圧+Vが印加された状態を示している。両隣の圧力室15a,15cの電極4の電位はいずれもグラウンド電位GNDのままである。この状態では、各隔壁16a,16bに対して、図4の(b)のときとは逆の方向に電圧Vの電界が作用する。この作用により、各隔壁16a,16bは、圧力室15bの容積を収縮するようにそれぞれ内側に変形する。
圧力室15bの容積が拡張または収縮された場合、圧力室15b内に圧力振動が発生する。この圧力振動により、圧力室15b内の圧力が高まり、圧力室15bに連通するノズル8からインク滴が吐出される。
このように、圧力室15a,15bを隔てる隔壁16aと、圧力室15b,15cを隔てる隔壁16bとは、当該隔壁16a,16bを壁面とする圧力室15bの内部に圧力振動を与えるためのアクチュエータとなる。つまり各圧力室15は、それぞれ隣接する圧力室15とアクチュエータを共有する。このため、ヘッド駆動回路101は、各圧力室15を個別に駆動することができない。ヘッド駆動回路101は、各圧力室15をn(nは2以上の整数)個おきに(n+1)個のグループに分割して駆動する。本実施形態では、ヘッド駆動回路101が、各圧力室15を2つおきに3つの組に分けて分割駆動する、いわゆる3分割駆動の場合を例示する。なお、3分割駆動はあくまでも一例であり、4分割駆動または5分割駆動などであってもよい。
ところで図4の(a),(b),(c)では、中央の圧力室15bに対応するノズルからインクを吐出させるために、中央の圧力室15bの電極4に電圧−V、+Vを与えた。中央の圧力室15bに対応するノズルからインクを吐出させる例は、これに限らない。例えば、中央の圧力室15bの電極4に電圧−Vを印加するとともに、両隣の圧力室15a,15cの電極4に電圧+Vを印加する。逆に、中央の圧力室15bの電極4に電圧+Vを印加するとともに、両隣の圧力室15a,15cの電極4に電圧−Vを印加する。この場合も、与える電圧Vを半分にすればアクチュエータの動作は図4の場合と全く同じとなる。
次に、インクジェットプリンタ200(以下、プリンタ200と略称する)の構成について、図5〜図7を用いて説明する。図5は、プリンタ200のハードウェア構成を示すブロック図、図6は、ヘッド駆動回路101の具体的構成を示すブロック図、図7は、ヘッド駆動回路101に含まれるバッファ回路1013とスイッチ回路1014との概略回路図である。プリンタ200は、例えばオフィス用プリンタ、バーコードプリンタ、POS用プリンタ、産業用プリンタ等に適用される。
プリンタ200は、CPU(Central Processing Unit)201、ROM(Read Only Memory)202、RAM(Random Access Memory)203、操作パネル204、通信インターフェース205、搬送モータ206、モータ駆動回路207、ポンプ208、ポンプ駆動回路209及びヘッド100を備える。またプリンタ200は、アドレスバス,データバスなどのバスライン211を含む。そしてプリンタ200は、このバスライン211に、CPU201、ROM202、RAM203、操作パネル204、通信インターフェース205、モータ駆動回路207、ポンプ駆動回路209及びヘッド100の駆動回路101をそれぞれ直接あるいは入出力回路を介して接続する。
CPU201は、コンピュータの中枢部分に相当する。CPU201は、オペレーティングシステムやアプリケーションプログラムに従って、プリンタ200としての各種の機能を実現するべく各部を制御する。
ROM202は、上記コンピュータの主記憶部分に相当する。ROM202は、上記のオペレーティングシステムやアプリケーションプログラムを記憶する。ROM202は、CPU201が各部を制御するための処理を実行する上で必要なデータを記憶する場合もある。
RAM203は、上記コンピュータの主記憶部分に相当する。RAM203は、CPU201が処理を実行する上で必要なデータを記憶する。またRAM203は、CPU201によって情報が適宜書き換えられるワークエリアとしても利用される。ワークエリアは、印刷データが展開される画像メモリを含む。
操作パネル204は、操作部と表示部とを有する。操作部は、電源キー、用紙フィードキー、エラー解除キー等のファンクションキーを配置したものである。表示部は、プリンタ200の種々の状態を表示可能なものである。
通信インターフェース205は、LAN(Local Area Network)等のネットワークを介して接続されるクライアント端末から印刷データを受信する。通信インターフェース205は、例えばプリンタ200にエラーが発生したとき、エラーを通知する信号をクライアント端末に送信する。
モータ駆動回路207は、搬送モータ206の駆動を制御する。搬送モータ206は、印刷用紙などの記録媒体を搬送する搬送機構の駆動源として機能する。搬送モータ206が駆動すると、搬送機構が記録媒体の搬送を開始する。搬送機構は、記録媒体をヘッド100による印刷位置まで搬送する。搬送機構は、印刷を終えた記録媒体を図示しない排出口からプリンタ200の外部に排出する。
ポンプ駆動回路209は、ポンプ208の駆動を制御する。ポンプ208が駆動すると、図示しないインクタンク内のインクがヘッド100に供給される。
ヘッド駆動回路101は、印刷データに基づきヘッド100のチャネル群102を駆動する。ヘッド駆動回路101は、図6に示すように、パターンジェネレータ1011、ロジック回路1012、バッファ回路1013及びスイッチ回路1014を含む。
パターンジェネレータ1011は、吐出当該波形、吐出両隣波形、非吐出当該波形、非吐出両隣波形等の波形パターンを生成する。パターンジェネレータ1011で生成された波形パターンのデータは、ロジック回路1012に供給される。
ロジック回路1012は、画像メモリから1ラインずつ読み出される印刷データの入力を受け付ける。印刷データが入力されると、ロジック回路1012は、ヘッド100の隣り合う3つのチャネルch.(i-1),ch.i,ch.(i+1)を1セットとし、そのうちひとつのチャネル、例えば中央のチャネルch.iがインクを吐出する吐出チャネルなのか、インクを吐出しない非吐出チャネルなのかを決定する。そして、チャネルch.iが吐出チャネルの場合、ロジック回路1012は、このチャネルch.iに対して吐出当該波形のパターンデータを出力し、かつ、その両隣のチャネルch.(i-1),ch.(i+1)に対して吐出両隣波形のパターンデータを出力する。チャネルch.iが非吐出チャネルの場合、ロジック回路1012は、このチャネルch.iに対して非吐出当該波形のパターンデータを出力し、かつ、その両隣のチャネルch.(i-1),ch.(i+1)に対して非吐出両隣波形のパターンデータを出力する。ロジック回路1012から出力される各パターンデータは、バッファ回路1013に与えられる。
バッファ回路1013は、正電圧Vccの電源と負電圧−Vの電源とを接続する。またバッファ回路1013は、図7に示すように、ヘッド100のチャネルch.1,ch.2,…, ch.N毎にプリバッファPB1,PB2,…,PBNを備える。なお、図7では、隣り合う3つのチャネルch.(i-1),ch.i,ch.(i+1)にそれぞれ対応したプリバッファPB(i-1),PBi,PB(i+1)を示す。
各プリバッファPB1,PB2,…,PBNは、それぞれ第1〜第3の3つのバッファB1,B2,B3を有する。各バッファB1,B2,B3は、それぞれ正電圧Vccの電源と負電圧−Vの電源とに接続される。
各プリバッファPB1,PB2,…,PBNにおいて、第1〜第3のバッファB1,B2,B3の出力は、ロジック回路1012から供給されるパターンデータの信号レベルに応じて変化する。ロジック回路1012からは、対応するチャネルch.k(1≦k≦N)が吐出チャネルなのか、非吐出チャネルなのか、吐出チャネルまたは非吐出チャネルに隣接するチャネルなのかによってそれぞれ異なるレベルの信号が供給される。ハイレベル信号が供給された第1〜第3のバッファB1,B2,B3は、正電圧Vccレベルの信号を出力する。ローレベル信号が供給された第1〜第3のバッファB1,B2,B3は、負電圧−Vレベルの信号を出力する。
各プリバッファPB1,PB2,…,PBNの出力、すなわち第1〜第3のバッファB1,B2,B3の出力信号は、スイッチ回路1014に与えられる。
スイッチ回路1014は、正電圧Vccの電源と、正電圧+Vの電源と、負電圧−Vの電源とグラウンド電位GNDとを接続する。正電圧Vccは正電圧+Vよりも高い。その代表的な値としては、正電圧Vccが24ボルトであり、正電圧+Vが15ボルトである。この場合、負電圧−Vは−15ボルトである。
ただし、正電圧及び負電圧の適正値はインクの粘度によって異なる。インクの粘度はインクの種類や使用温度によって異なる。このため、正電圧+V及び負電圧−Vはインクの種類や使用温度に応じて±15ボルト〜±30ボルト程度の範囲で選ばれる。その際、正電圧Vccは正電圧+Vよりも高くなくてはならないので、正電圧+V及び負電圧−Vが最大±30ボルトであれば正電圧Vccは例えば39ボルトとする。
スイッチ回路1014は、図7に示すように、ヘッド100のチャネルch.1,ch.2,…,ch.N毎にドライバDR1,DR2,…,DRNを有する。なお、図7では、隣り合う3つのチャネルch.(i-1),ch.i,ch.(i+1)にそれぞれ対応したドライバDR (i-1),DRi,DR(i+1)を示す。
各ドライバDR1,DR2,…,DRNは、それぞれPMOSタイプの電界効果トランジスタT1(以下、第1トランジスタT1と称する)と、NMOSタイプの2つの電界効果トランジスタT2,T3(以下、第2トランジスタT2,第3トランジスタT3と称する)とを含む。各ドライバDR1,DR2,…,DRNは、それぞれ正電圧+Vの電源とグラウンド電位GNDとの間に、第1トランジスタT1と第2トランジスタT2との直列回路を接続し、さらにこの第1トランジスタT1と第2トランジスタT2との接続点と負電圧−Vの電源との間に、第3トランジスタT3を接続する。また各ドライバDR1,DR2,…,DRNは、それぞれ第1トランジスタT1のバックゲートを正電圧Vccの電源に接続し、第2トランジスタ及び第3トランジスタのバックゲートをそれぞれ負電圧−Vの電源に接続する。さらに各ドライバDR1,DR2,…,DRNは、それぞれ対応するプリバッファPB1,PB2,…,PBNの第1のバッファB1を第2トランジスタT2のゲートに接続し、第2のバッファB2を第1トランジスタT1のゲートに接続し、第3のバッファB3を第3トランジスタT3のゲートに接続する。そして各ドライバDR1,DR2,…,DRNは、それぞれ第1トランジスタT1と第2トランジスタT2との接続点の電位を、対応するチャネルch.1,ch.2,…,ch.Nの電極4に印加する。
したがって、第1トランジスタT1は、第2のバッファB2から正電圧Vccレベルの信号が入力されるとオフし、負電圧−Vレベルの信号が入力されるとオンする。第2トランジスタT2は、第1のバッファB1から正電圧Vccレベルの信号が入力されるとオンし、負電圧−Vレベルの信号が入力されるとオフする。第3トランジスタT3は、第3のバッファB3から正電圧Vccレベルの信号が入力されるとオンし、負電圧−Vレベルの信号が入力されるとオフする。
このような構成のドライバDR1,DR2,…,DRNは、第1トランジスタT1がオンし、第2トランジスタT2と第3トランジスタT3とがオフすると、対応するチャネルch.1,ch.2,…,ch.Nの電極4に正電圧+Vを印加する。ドライバDR1,DR2,…,DRNは、第1トランジスタT1と第3トランジスタT3とが同時にオフし、第2トランジスタT2がオンすると、対応するチャネルch.1,ch.2,…,ch.Nの電極4の電位をグラウンドGNDレベルとする。ドライバDR1,DR2,…,DRNは、第1トランジスタT1と第2トランジスタT2とが同時にオフし、第3トランジスタT3がオンすると、対応するチャネルch.1,ch.2,…,ch.Nの電極4に負電圧−Vを印加する。
図8は、インクを吐出するチャネル(吐出チャネルch.x)の電極4に印加される駆動パルス信号の波形図である。この駆動パルス信号は、ヘッド駆動回路101のパターンジェネレータ1011で生成される吐出当該波形のパターンデータに従ったパルス信号である。図8において、区間T1は、吐出チャネルch.xのノズル8から1滴のインク滴を吐出するためのパルス波形(吐出パルス波形)を示す。吐出パルス波形は、区間Dの拡張パルスEPと、区間Pの収縮パルスCPとを含む。拡張パルスEPと収縮パルスCPとの間の区間Rは、グラウンド電位GNDを維持する。拡張パルスEPの中心と収縮パルスCPの中心との時間間隔は、インクの共振周期2ALと等しい。因みに、マルチドロップ方式で2ドロップ目を吐出する場合には、区間T1に続く区間T2において、区間T1のときと同様の吐出パルス波形が繰り返される。3ドロップ目以降も同様である。
拡張パルスEPは、吐出チャネルch.xの電極4を負電位とする。すなわち、吐出チャネルch.xに対応したドライバDRxに対し、第1トランジスタT1と第2トランジスタT2とが同時にオフし、第3トランジスタT3がオンするように、バッファ回路1013からスイッチ回路1014に出力される信号のレベルが変化する。吐出チャネルch.xの電極4が負電位になることで、吐出チャネルch.xの圧力室15は拡張する。
収縮パルスCPは、吐出チャネルch.xの電極4を正電位とする。すなわち、吐出チャネルch.xに対応したドライバDRxに対し、第1トランジスタT1がオンし、第2トランジスタT2と第3トランジスタT3とがオフするように、バッファ回路1013からスイッチ回路1014に出力される信号のレベルが変化する。吐出チャネルch.xの電極4が正電位になることで、吐出チャネルch.xの圧力室15は収縮する。
拡張パルスEPと収縮パルスCPとの間は、吐出チャネルch.xの電極4がグラウンド電位GNDである。すなわち、吐出チャネルch.xに対応したドライバDRxに対し、第1トランジスタT1と第3トランジスタT3とが同時にオフし、第2トランジスタT2がオンするように、バッファ回路1013からスイッチ回路1014に出力される信号のレベルが変化する。吐出チャネルch.xの電極4がグラウンド電位GNDになることで、拡張または圧縮されていた吐出チャネルch.xの圧力室15は、復元する。
すなわち区間T1において、吐出チャネルch.xの圧力室15は、先ず拡張し、続いて復元し、その後収縮し、再び復元する。このような圧力室15の容積変化により、この圧力室15に連通するノズル8からインク滴が吐出される。区間T2以降についても、区間T1と同様に、拡張、復元、収縮、復元を繰り返すことでノズル8からインク滴が吐出される。ここで、拡張パルスEPは、主パルスとして機能する。また、収縮パルスCPは、キャンセルパルスとして機能する。
さて本実施形態では、1ドロップ目のインク滴が吐出される区間T1の前に補助パルス信号の出力区間T0を追加する。補助パルス信号は、1ドロップ目の拡張パルスEPの直前に印加される第1の補助パルスSP1と、この第1の補助パルスSP1よりも前に印加される第2の補助パルスSP2とを含む。第1の補助パルスSP1と第2の補助パルスSP2との間の区間は、グラウンド電位GNDを維持する。第1の補助パルスSP1の中心と第2の補助パルスSP2の中心との時間間隔は、インクの共振周期2ALと等しい。
第1の補助パルスSP1は、拡張パルスEPとは逆極性であり、パルス幅w1を有する。第2の補助パルスSP2は、第1の補助パルスSP1とは逆極性であり、パルス幅w2を有する。パルス幅w1,w2は、拡張パルスEPのパルス幅(区間D)及び収縮パルスCPのパルス幅(区間P)と比較して十分に短い。ここで、パルス幅w2は、第2の所定時間に相当する。またパルス幅w1は、第1の所定時間に相当する。また、拡張パルス(主パルス)SPの時間幅は、第3の所定時間に相当し、収縮パルス(キャンセルパルス)CPの時間幅は、第4の所定時間に相当する。
第2の補助パルスSP2は、吐出チャネルch.xの電極4を負電位とする。吐出チャネルch.xの電極4が負電位になることで、吐出チャネルch.xの圧力室15は拡張する。すなわち第2の補助パルスSP2は、拡張パルスである。
第1の補助パルスSP1は、吐出チャネルch.xの電極4を正電位とする。吐出チャネルch.xの電極4が正電位になることで、吐出チャネルch.xの圧力室15は収縮する。すなわち第1の補助パルスSP1は、収縮パルスである。
このように、補助パルス信号の出力区間T0においても、区間T1と同様に、吐出チャネルch.xの圧力室15は、先ず拡張し、続いて復元し、その後収縮し、再び復元する。しかしながら、第1及び第2の補助パルスSP1,SP2のパルス幅w1,w2は、拡張パルスEPのパルス幅(区間D)と比較して十分に短いため、ノズル8からインク滴が吐出されない。換言すれば、第1及び第2の補助パルスSP1,SP2のパルス幅w1,w2は、ノズル8からインク滴が吐出しない程度の幅に設定されている。
ここで、補助パルス信号を加えたことによる作用効果を説明する前に、図9〜図12を用いて、単ノズル駆動状態、複ノズル同時駆動状態、複ノズル連続駆動状態について今一度説明する。
図9は、ヘッド100の各ノズル8を印刷用紙PAの搬送路側から見た模式図である。図示するように、本実施形態のヘッド100は、ノズル8が3列の千鳥配置となっている。このタイプのヘッド100は、隣接するノズル8から同時にインク滴を吐出することができない。このため、各ノズル8に対応した圧力室15を、(3n+1)番目の組と、(3n+2)番目の組と、(3n+3)番目の組とに分けて時分割で順次駆動する。例えば図9において、矢印Hの方向に印刷用紙PAが搬送される場合、横一列の直線を印字するためには、先ず符号aのノズル8に対応する圧力室15を駆動し、続いて符号cのノズル8に対応する圧力室15を駆動し、続いて符号bのノズル8に対応する圧力室15を駆動する。なお、図9において、符号bのノズル8は注目する当該ノズルであり、圧力室15は図4の圧力室15bに相当する。符号a,cのノズル8は当該ノズルに隣接するノズルであり、圧力室15は図4の圧力室15a,15cに相当する。
図10は、複ノズル連続駆動状態の説明図である。複ノズル連続駆動状態とは、少なくとも2つの組に属するノズルから時分割でインクが吐出される状態をいう。例えば同図(a)に示すように、横2本線の印刷イメージを得るためには、同図(b)に示すように、符号a,c,bの時間順でノズル8から必要な量のインク滴が吐出されるようにアクチュエータを駆動する。この場合、時間をずらして隣接するアクチュエータはすべて駆動される。このような駆動モードを複ノズル連続駆動と称する。ここで、連続駆動とは、空間方向(ノズルの並び方向)に連続するノズル8が駆動されるという意味である。
図11は、単ノズル駆動状態の説明図である。単ノズル駆動状態とは、いずれか1つのノズル8からしかインクが吐出されない状態をいう。例えば同図(a)に示すように、縦方向に並んで複数の点を配置する印刷イメージを得るためには、同図(b)に示すように、符号bのノズルだけから必要な量のインクが吐出されるようにアクチュエータを駆動する。このような駆動モードを単ノズル駆動と称する。
図12は、複ノズル同時駆動状態の説明図である。複ノズル同時駆動状態とは、いずれか1つの組に属するノズルからインクが吐出され、他の組に属するノズルからはインクが吐出されない状態をいう。例えば同図(a)に示すように、横方向に並べられた複数の点を複数列に配置する印刷イメージを得るためには、同図(b)に示すように、(3n+1)番目の組と、(3n+2)番目の組と、(3n+3)番目の組とに分けたときに同じ組に属するノズルから必要な量のインクが吐出されるようにアクチュエータを駆動する。このような駆動モードを複ノズル同時駆動と称する。
複ノズル同時駆動は、圧力室15の挙動としては最もシンプルなものである。すなわち、同一の組に属するアクチュエータがノズルの並び方向に均一に駆動されるため、全てのチャネルの圧力室15が均一の挙動となる。これに対し、単ノズル駆動では、空間方向に少し複雑な挙動を示す。これは、駆動されるチャネルが一つだけであるために、も駆動したチャネルの圧力室に生じた圧力が周囲のチャネルに伝搬するためである。
一方、複ノズル連続駆動は、時間方向に複雑な挙動を示す。これは、隣接するチャネルからインク滴が吐出される際に、隣接チャネルと共有する当該チャネルのアクチュエータの片壁を駆動した履歴が、当該チャネルのアクチュエータの動作に影響してしまうからである。
以上のような理由から、単ノズル駆動状態、複ノズル同時駆動状態、複ノズル連続駆動状態の3つのモードでそれぞれ同一ノズルから1ドロップだけを吐出する場合と2ドロップ以上連続して吐出する場合とで、インク滴の吐出速度を評価する。因みに、同一ノズルからインク滴を連続して吐出してその吐出する数の多少により印刷媒体上のドット径の大小を調節するグレースケール印字方式はマルチドロップ方式と呼ばれる。マルチドロップ方式において、安定した吐出状態を得るためには、連続するインク滴の数による吐出速度の変化は小さいことが望ましい。
次に、補助パルス信号を加えたことによる作用効果について、図13〜図15を用いて説明する。図13〜図15は、単ノズル駆動状態、複ノズル同時駆動状態及び複ノズル連続駆動状態の各状態において、マルチドロップ方式により1ドロップのみ、または、2〜5ドロップを連続して吐出したときの吐出速度[m/s]の一例を示している。図13〜図15において、横軸の数値“1”に対応してプロットされた点の縦軸の数値が、1ドロップのみ吐出したときの吐出速度である。横軸の数値“2”に対応してプロットされた点の縦軸の数値が、連続して2ドロップを吐出したときの2ドロップ目の吐出速度である。横軸の数値“3”に対応してプロットされた点の縦軸の数値が、連続して3ドロップを吐出したときの3ドロップ目の吐出速度である。横軸の数値“4”に対応してプロットされた点の縦軸の数値が、連続して4ドロップを吐出したときの4ドロップ目の吐出速度である。横軸の数値“5”に対応してプロットされた点の縦軸の数値が、連続して5ドロップを吐出したときの5ドロップ目の吐出速度である。そして図13は、補助パルス波形を加えなかったときのグラフであり、図14は、第1の補助パルスSP1だけを加えたときのグラフであり、図15は、第1の補助パルスSP1と第2の補助パルスSP2とを加えたときのグラフである。各図において、実線のグラフは、単ノズル駆動状態のときの吐出速度[m/s]を示す。一点鎖線のグラフは、複ノズル同時駆動状態のときの吐出速度[m/s]を示す。破線のグラフは、複ノズル連続駆動状態のときの吐出速度[m/s]を示す。
補助パルス波形を加えなかった場合は、図13に示すように、単ノズル駆動状態及び複ノズル連続駆動状態において、1ドロップのみ吐出したときの吐出速度が、連続して2ドロップ以上を吐出したときの最終ドロップの吐出速度よりも遅くなる。特に、複ノズル連続駆動状態のときには、1ドロップのみ吐出したときの吐出速度が極めて遅く、安定した印字品質が得られない。
補助パルス波形として第1の補助パルスSP1だけを加えた場合は、図14に示すように、単ノズル駆動状態及び複ノズル連続駆動状態において、1ドロップのみ吐出したときの吐出速度が速くなるので、連続吐出するドロップの数に依る吐出速度の変化を抑えることができる。複ノズル同時駆動状態においても、第1の補助パルスSP1によって1ドロップのみ吐出したときの吐出速度が速くなるが、しかし複ノズル同時駆動状態ではそれが必ずしも吐出速度の変化を抑えることにならない。複ノズル同時駆動状態では補助パルスの無い駆動波形を与えたとしても、図13に示したように、1ドロップのみ吐出したときの吐出速度と連続して2ドロップ吐出したときの2ドロップ目の吐出速度とに元々あまり差がない。このため、第1の補助パルスSP1を入れると相対的に1ドロップ目よりも2ドロップ目の吐出速度が遅くなってかえって速度バランスが崩れる。この状態で連続して2ドロップを吐出すると、遅い2ドロップ目が1ドロップ目に対して分離して着弾し、印字品質を低下させる可能性が高い。
補助パルス波形として第1の補助パルスSP1と第2の補助パルスSP2とを加えた場合は、図15に示すように、単ノズル駆動状態及び複ノズル連続駆動状態において1ドロップのみ吐出したときの吐出速度が速くなる。しかし、複ノズル同時駆動状態で1ドロップのみ吐出したときの吐出速度はあまり速くならず、連続して2ドロップを吐出したときの2ドロップ目の吐出速度とほぼ同じとなる。したがって、速度バランスが崩れないため、2ドロップ目が1ドロップ目に対して分離して着弾するようなことはない。
このように本実施形態では、補助パルス信号として、従来のブーストパルスと同様の機能を果たす第1の補助パルスSP1の前に、第1の補助パルスSP1とは逆極性の第2の補助パルスSP2を加える。そうすることによって、単ノズル駆動状態及び複ノズル連続駆動状態だけでなく、複ノズル同時駆動状態のときもマルチドロップの吐出速度を安定化することができ、ひいては高品質な印刷が可能なインクジェットヘッド、及びこのヘッドを用いたインクジェットプリンタを提供できる。
ここで、第1及び第2の補助パルスSP1,SP2のパルス幅w1,w2について、図16〜図20を用いて検証する。なお、第1の補助パルスSP1のパルス幅w1と第2の補助パルスSP2のパルス幅w2とは同じ幅とする。また、第1の補助パルスSP1と第2の補助パルスSP2とのパルス中心間隔は、インクの共振周期2ALと等しくする。
図16〜図20は、単ノズル駆動状態、複ノズル同時駆動状態及び複ノズル連続駆動状態の各状態において、マルチドロップ方式により5ドロップを連続して吐出したときの、ドロップ毎の吐出速度[m/s]の一例を示している。そして図16は、パルス幅w1を0.2μsとしたときのグラフである。図17は、パルス幅w1を0.3μsとしたときのグラフである。図18は、パルス幅w1を0.4μsとしたときのグラフである。図19は、パルス幅w1を0.5μsとしたときのグラフである。図20は、パルス幅w1を0.6μsとしたときのグラフである。各図において、実線は、単ノズル駆動状態のときの吐出速度[m/s]を示す。一点鎖線は、複ノズル同時駆動状態のときの吐出速度[m/s]を示す。破線は、複ノズル連続駆動状態のときの吐出速度[m/s]を示す。
パルス幅が0.2μsのとき、図16に示すように、単ノズル駆動状態、複ノズル同時駆動状態及び複ノズル連続駆動状態の各状態のうち、複ノズル連続駆動状態のときの1ドロップ目の吐出速度が遅く、ばらつきがある。しかも複ノズル連続駆動状態のときには、2ドロップ目と比べて1ドロップ目の吐出速度がまだ遅いため、吐出が不安定である。
パルス幅が0.3μsになると、図17に示すように、複ノズル連続駆動状態においても1ドロップ目の吐出速度が速くなり、2ドロップ目と比べてそれほど大きな差は生じない。また、単ノズル駆動状態、複ノズル同時駆動状態及び複ノズル連続駆動状態の各状態において、1ドロップ目の吐出速度がほぼ同じとなる。このため、いずれの状態においても安定した吐出効果が得られる。
パルス幅が0.4μsになると、図18に示すように、単ノズル駆動状態、複ノズル同時駆動状態及び複ノズル連続駆動状態の各状態において、1ドロップ目の吐出速度がほぼ同じである。また、2ドロップ目と比較して1ドロップ目の吐出速度が大きく遅くなることもない。むしろ、複ノズル同時駆動状態のときの1ドロップ目の吐出速度が2ドロップ目よりも若干早くなっているため、速度バランスが崩れかけている。
パルス幅が0.5μsになると、図19に示すように、複ノズル同時駆動状態において、1ドロップ目の吐出速度が2ドロップ目よりも早くなり、速度バランスが崩れる。この点は、図20に示すように、パルス幅が0.6μsになった場合にも顕著である。
したがって、図16〜図20に示した例の場合には、第1及び第2の補助パルスのパルス幅w1,w2は、0.3μsから0.4μsの範囲内において、駆動状態に係らずマルチドロップの吐出速度を安定化できる効果を奏する。
次に、本実施形態の効果が生じる原理について説明する。
背景技術の項で述べたように、インク滴の吐出前にインク滴が吐出しない程度の補助パルス信号、いわゆるブーストパルスを与えて吐出速度の均一化を図ることはすでに行われている。ブーストパルスを与えることにより、メニスカスが静止した状態から圧力振動が付与される場合と、その直前に吐出したインク滴の残留圧力振動が残っている状態で圧力振動が付与される場合との違いを補償する効果がある。しかしこの違いを補償するという理由だけでは第2の補助パルスSP2を第1の補助パルスSP1と併用することによる効果を説明できない。第2の補助パルスSP2の効果を理解するためには、アクチュエータのヒステリシスに起因する履歴現象について理解しておく必要がある。そこで先ず、単ノズル駆動状態及び複ノズル同時駆動状態と複ノズル連続駆動状態との動作の違いについて、補助パルスを持たない単純な駆動波形、すなわち図8の区間T1で示されるDRP波形によるアクチュエータの動作で説明する。
単ノズル駆動状態及び複ノズル同時駆動状態では、ドット(複数ドロップの集まり)と次のドットとの間で隣接するチャネルからインクが吐出されない。このため、アクチュエータの動作は常に、図4において(a)→(b)→(a)→(c)→(a)→(b)→(a)→(c)の繰り返しとなる。この繰り返しの中で、中央の圧力室15bに連通するノズル8からインク滴が2滴吐出される。そして、圧力室15bに対応して設けられるアクチュエータは、拡張パルスEPによって拡張する前は必ず収縮パルスCPによって収縮する動作を行う。
これに対し、複ノズル連続駆動状態では、隣接する圧力室15の動きを考慮する必要がある。
図21は、中央の圧力室15bに連通するノズル8からインク滴を吐出する前に、先ず左隣の圧力室15aに連通するノズル8からインク滴を吐出し、次いで右隣の圧力室15cに連通するノズル8からインク滴を吐出する場合の、各圧力室15a、15b,15cに対応したアクチュエータの動作を示す。
A1〜A4は、左隣の圧力室15aに連通するノズル8からインク滴を吐出する際のアクチュエータの動作であり、連続してインク滴を吐出する場合にはA1〜A4の動作が繰り返される。
A5〜A8は、右隣の圧力室15cに連通するノズル8からインク滴を吐出する際のアクチュエータの動作であり、連続してインク滴を吐出する場合にはA5〜A8の動作が繰り返される。
A9〜A16は、中央の圧力室15bに連通するノズル8からインク滴を吐出する際のアクチュエータの動作であり、A9〜A12が1ドロップ目の動作、A13〜A16が2ドロップ目の動作である。3ドロップ目以降のインク滴を吐出する場合にはA13〜A16の動作が繰り返される。
圧力室15bの内部に圧力振動を与えるためのアクチュエータとなる一方の隔壁16aは、A4の動作で図中左方向の履歴を持つ。そしてこの履歴は、A9の動作まで維持される。これに対し、同じアクチュエータとなる他方の隔壁16bは、A8の動作で図中右方向の履歴を持つ。そしてこの履歴は、A9の動作まで維持される。したがって、A10の動作で隔壁16a,16bが広がる向きに変形する際、その変形の向きはそれぞれ履歴と同方向である。
ところが、中央の圧力室15bに連通するノズル8から2ドロップ目以降を吐出する場合はその状況が変わる。一方の隔壁16aは、A12の動作で図中右方向の履歴を持つ。そしてこの履歴は、A13の動作まで維持される。他方の隔壁16bは、A12の動作で図中左方向の履歴を持つ。そしてこの履歴は、A13の動作まで維持される。したがって、A14の動作で隔壁16a,16bが広がる向きに変形する際、その変形の向きはそれぞれ履歴と逆方向となる。
このように、複ノズル連続駆動状態では、アクチュエータが動作する際の履歴の向きが1ドロップ目と2ドロップ目以降とで異なる。この向きの違いが、1ドロップ目で吐出速度が大きく落ち込む原因である。その理由を理解するために、次に、圧電部材1,2として用いられるPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)のヒステリシス特性について説明する。
このヒステリシス特性の説明に関しては、PZTのテストピースを用いる。テストピースは、高さ10[mm]、幅3[mm]、厚み0.2[mm]の直方体である。そしてこのテストピースを高さ方向で分極し、厚み方向に図22に示す波形の電圧を印加する。電圧は、テストピースの厚みがヘッド100の隔壁の厚みの約2.3倍なので、60[V]とした。
図22に示す波形の電圧を印加してテストピースに注入される充電電荷P1[μC/cm2]とテストピースの変位量d[nm]とを測定すると、図23の結果が得られた。すなわち、アクチュエータが同方向の履歴を持つ場合、60[V]の電圧変化でテストピースに60[nm]の変位があった。これに対して逆方向の履歴を持つ場合には、60[V]の電圧変化でテストピースに80[nm]の変位があった。つまり、逆方向の履歴を持つことにより、同方向の履歴を持つときに対して133%の変位に増大する。このように、テストピースの変位量は、逆方向の履歴を持ったときよりも同方向の履歴を持ったときの方が小さい。したがって、同方向の履歴を持つ複ノズル連続駆動状態の1ドロップ目は、吐出速度が大きく落ち込むと考えられる。
ところで、図23に示すように、変位のプロファイルは充電電荷のプロファイルと類似している。その一方で、ヘッド100を組み立てた状態でアクチュエータの変位を測定することは困難であるが、充電電荷は、電流波形から比較的容易に求めることができる。そこで次に、この充電電荷を利用して、ヘッド100に組み立てられたアクチュエータのヒステリシス特性を調べる。具体的には、ヘッド100に図23の波形V1で示す電圧を印加し、アクチュエータの充電電流を計測する。なお、アクチュエータの静電容量は、隔壁16aと隔壁16bとの並列により約400[pF]である。
充電電流は、図23の波形I1のように測定された。この波形I1の面積S1は、履歴が逆方向のときの充電電荷を表しており、面積S2は、履歴が同方向のときの充電電荷を表している。そこで面積S1,S2から充電電荷を計測すると、面積S1から計測される充電電荷は4.2[nC]であり、面積S2から計測される充電電荷は3.1[nC]であった。つまりアクチュエータは、ヘッド100に組み立てられた状態でも、逆方向の履歴を持つことにより、同方向の履歴を持つときに対して133%の電荷が注入される。
以上の結果から、逆方向の履歴を持ったときよりも同方向の履歴を持ったときの方がアクチュエータの変位が小さいため、同方向の履歴を持つ複ノズル連続駆動状態の1ドロップ目は、吐出速度が大きく落ち込むことがわかる。
このように、本実施形態で圧電部材1,2として用いられるPZTは、このテスト条件で約33%のヒステリシスを持っているといえる。圧電部材1,2のヒステリシスの大きさは、アクチュエータの変位の大きさに直接作用する。アクチュエータの変位の大きさは、インク滴の吐出速度及び吐出量に影響を及ぼす。このため、30%を超える大きさのヒステリシスは、印字品質に対して無視できないものとなる。そこで、30%を超える大きさのヒステリシスを持つ圧電部材を使用する場合には、常に逆方向の履歴を持つように履歴を考慮して制御するとよい。常に逆方向の履歴を持たせることで、インク滴の吐出速度及び吐出量が安定化し、高効率かつ高品質な印刷結果を得ることができる。例えば、機械的品質係数Qmが小さく圧電歪定数(d定数)の大きいソフト材の圧電部材は、一般に大きなヒステリシスを持っている。このようなヒステリシスの大きい圧電部材を使用することをさけようとするのではなく、上述のようにヒステリシスを適切に利用することによって、アクチュエータの変位を大きくでき、かつ安定した変位を得ることが可能となる。
以上の説明により、複ノズル連続駆動状態において、第2の補助パルスSP2を第1の補助パルスSP1と併用することによる効果は以下の通りとなる。
先ず、第1の補助パルスSP1をヘッド100に与えることにより、1ドロップ目の吐出の前に、アクチュエータに逆方向の履歴が加わるので、ヒステリシスを利用したアクチュエータの振幅拡大の効果と、液体に事前の振動が与えられることによる残留圧力振動の効果とを奏する。しかし、アクチュエータに逆方向の履歴を加えることによる効果は、1ドロップ目のみに作用し、2ドロップ目以降には作用しない。一方、残留圧力振動を与えることにより、1ドロップ目終了時の圧力振動が変化する。このため、図14を用いて説明したように、第1の補助パルスSP1だけでは2ドロップ目の速度低下を招いてしまう。
そこで、第1の補助パルスSP1の前に、第2の補助パルスSP2をヘッド100に与える。第2の補助パルスSP2は、第1の補助パルスSP1の1周期前に逆位相の振幅を与えるパルスである。このため、第2の補助パルスSP2を与えることによって、第1の補助パルスSP1によって液体に与えられる事前の振動は減少する。しかし、アクチュエータの履歴に関しては、最後のパルスの向きで決まるため、第2の補助パルスSP2を与えても変わらない。その結果、図15を用いて説明したように、第1の補助パルスS1と第2の補助パルスSP2とを併用することによって、連続して2ドロップを吐出する際の2ドロップ目の吐出速度の落ち込みを改善することができる。
この考え方で、図16乃至図20を用いて説明したように、第1の補助パルスS1と第2の補助パルスSP2とのパルス幅w1,w2を調整することにより、2ドロップ目の吐出速度の落ち込みを抑えつつ1ドロップ目の吐出速度を高めることが可能となる。
なお、本実施形態では、第1の補助パルスS1と第2の補助パルスSP2とのパルス幅を同一としたが、パルス幅を異ならせて2つの効果のバランスを微調整することも可能である。その最も簡単な例として、液体に事前の振動を与えることなくヒステリシスのキャンセルだけを行う場合の補助パルスSP1、SP2の波形の決め方を説明する。この方法で一旦補助パルスSP1、SP2を仮決めし、ヒステリシスの影響をキャンセルしてからさらに第1の補助パルスSP1を調節して液体に事前の振動を与えることができる。この説明には、圧力室を模擬した等価回路を用いる。
図25は、圧力室を模擬した等価回路150である。等価回路150は、電圧源151の正電圧端子に抵抗R(0.17Ω)の一端を接続し、抵抗Rの他端にコンデンサC(0.83μF)の一端を接続し、コンデンサCの他端にインダクタL(0.7μH)の一端を接続し、インダクタLの他端を電圧源151の負電圧端子に接続してなる。そして、電圧源151の電圧を第1の電圧計152で計測し、インダクタLの両端電圧を第2の電圧計153で計測し、回路電流を電流計154で計測する。電圧源151の電圧は、駆動電圧に相当する。インダクタLの両端電圧は、ノズル付近のインクの圧力に相当する。回路電流は、ノズル付近のインクの流速に相当する。但し、駆動電圧、インクの圧力、インクの流速の各数値は1に正規化されている。
この駆動回路を用いてシミュレーションを行うと、図26に示すように、インク吐出後に圧力振動を残さないように駆動電圧波形(DRP波形)を調整することができる。なお、図26において、実線の波形は駆動電圧を示し、一点鎖線の波形はインクの圧力を示し、破線の波形はインクの流速を示す。駆動電圧波形は、負電位の期間t1が2.4[μs]であり、グランド電位の期間t2が3.25[μs]であり、正電位の期間t3が0.9[μs]である。ヘッド100が有する圧力室の圧力振動周期は、4.8[μs]であるから、負電位の期間t1は、最も効率の良い条件、すなわち圧力振動周期の1/2時間に設定されている。因みに、グランド電位の期間t2と正電位の期間t3とが、負電位の期間t1と異なる理由は、圧力室の損失、つまりは抵抗Rに起因する。
ところで、負電位の期間t1を有するパルスは拡張パルスEPである。先に説明したように、拡張パルスEPの立下りの振幅はその前のアクチュエータの駆動の向きが、当該チャネルにとって収縮方向(隣接チャネルにとっては拡張方向)なのか、拡張方向(隣接チャネルにとっては収縮方向)なのかによって異なる。この点については、どちらか一方に統一しておかないと、前の印字履歴に依存して印字濃度が変化する不具合が生じる。
そこで前の履歴を収縮方向へと統一するように、駆動パルスEPの前に収縮方向のパルスを、インク滴が吐出しない程度に与える。このようなパルスを、本実施形態では第1の補助パルスSP1と称する。なお、履歴の向きを拡張方向でなく収縮方向に統一するのは、前述したように履歴の駆動方向と今回の駆動方向とが逆向きの方が大きな振幅を得られるためである。
図27は、正電位の期間t6が0.45μsの第1の補助パルスSP1を与えたときの駆動電圧波形(実線)、インク圧力波形(一点鎖線)及びインク流速波形(破線)の一例である。図示するように、正電位の期間t6がインクを吐出しない程度に短い第1の補助パルスSP1でも、その後に残留圧力振動を伴う。このため、図28に示すように、第1の補助パルスSP1の直後である期間t7=0.2μsが経過した後にインクを吐出させるためのDRP波形である駆動パルスを印加すると、第1の補助パルスSP1による圧力振動が吐出に影響を与えて、吐出後に残留圧力振動が残ってしまう。このとき、特に問題となるのは、図29に示すように、そのまま継続して2ドロップ目のDRP波形である駆動パルスを印加した場合に、その2ドロップ目の吐出速度が落ち込むことである。そこで、第1の補助パルスSP1の前に、第2の補助パルスSP2を与える。
図30は、第1の補助パルスSP1の前に負電位の期間t4が0.4μsの第2の補助パルスSP2を与えたときの駆動電圧波形(実線)、インク圧力波形(一点鎖線)及びインク流速波形(破線)の一例である。ここで、第1の補助パルスSP1の後の残留圧力振動の大きさは、第2の補助パルスSP2の発生位置とパルス幅(期間t4)とによって調整できる。図30の状態から第2の補助パルスSP2のパルス幅(期間t4)が長くなる方向に変化させると、図31に示すように、第1の補助パルスSP1の後の残留圧力振動がキャンセルされる場所がある。図31において、期間t4は0.8μsである。また、第2の補助パルスSP2と第1の補助パルスSP1との間のグラウンド電位の期間t5は、4.25μsである。
このように、期間t4,t5,t6を適切な値に調整することで、第1の補助パルスSP1が終了した時点での残留圧力振動をキャンセルすることができる。ただし抵抗Rによる損失があるために、期間t6が終了した時点で残留圧力振動がキャンセルされる条件では、期間t4>期間t6となる。またSP1とSP2のパルスの中心間の時間間隔、すなわち期間「(t4/2)+t5+(t6/2)」は、圧力振動周期よりも若干長くなる。
一方、図32に示すように、期間t4をさらに長くすると、第1の補助パルスSP1の後に位相が反転した残留圧力振動が残る。この残留圧力振動は、図33に示すように期間t5と期間t6とを再度調整することで、再び残留圧力振動をキャンセルことができる。図33の例では、t4=1.2μs、t5=4.25μs、t6=0.6μsとなっている。このように、残留圧力振動のキャンセルにはある程度の自由度がある。
なお、第2の補助パルスSP2の波形は、インク滴が吐出しない程度に短い任意の幅でよいが、あまり短いと第1の補助パルスSP1のパルス幅t6が小さくなりすぎてアクチュエータが応答しなくなる。このため期間t4は、0.8μs〜1.2μs程度が望ましい。
さて、ヘッド100においては、図34に示すように、残留圧力振動がキャンセルされた第2の補助パルスSP2と第1の補助パルスSP1とに続けてDRP波形の駆動パルス信号を与えてインク滴を吐出させる。図34において、期間t1,t2,t3は、図26で説明したDRP波形と同一である。
このように、期間t7の時点で残留圧力振動が無ければ、DRP波形によって生じる圧力及び流速の波形は、補助パルスが無いときのDRP波形によって生じる場合と一致し、駆動履歴のキャンセルだけが働く波形となる。かくして、図35に示すように、このDRP波形に続けて2回目のDRP波形を印加して2ドロップ目を吐出させても、2ドロップ目の吐出速度は低下しない。
なお、図25に示した等価回路は、ヒストリシスをシミュレーションしていないが、ヘッドの駆動波形を決めるにはこの波形を基準として吐出観察を行い、期間t4,t5,t6の値を微調整すればよい。
ところで、補助パルスSP1,SP2に要する時間は、そのヘッド100が吐出可能な最大駆動周波数を低下させてしまう懸念がある。最大駆動周波数は最大ドロップ数を吐出する場合の所要時間によって制約される。このため、最大ドロップ数の吐出に先だって補助パルスSP1,SP2が付加されていると、補助パルスの所要時間分だけ所要時間が長くなり、最大駆動周波数が落ちてしまう。しかしながらこのような懸念は、次のような工夫をすることで解決できる。
一般に、吐出するドロップ数が多い場合、後から飛翔してくる液滴が先に吐出した液滴と合体するので、最初の方のドロップは遅くても問題ない。一方、アクチュエータのヒステリシスは2ドロップ目以降のインクの吐出には影響しない。また、仮にヒステリシスの影響があったとしても、図13乃至図20に示すように、通常、3〜4ドロップ目以降の吐出速度は安定する。したがって、連続して3〜4ドロップ以上吐出する場合は補助パルスを必要としない。
これらの観点から、1ドロップだけ吐出する場合に限って補助パルスを付加し(第2の駆動条件)、連続して2ドロップ以上を吐出する場合には補助パルスを入れない(第1の駆動条件)、制御方法を採ることができる。そうすることによって1ドロップだけ吐出する場合の吐出速度を上げつつ、かつ2ドロップ以上を吐出する場合には所要時間を増やさないので駆動周波数の上限を下げることが無い。
最大ドロップ数が3以上の場合には、Nドロップ以下のドロップを連続して吐出する場合だけ補助パルスSP1,SP2を付加し、N+1ドロップ以上を連続して吐出する場合は補助パルスSP1,SP2を付与しないよう制御することで、駆動周波数の高速化を図ることができる。但しNは1以上でかつ(最大ドロップ数−1)以下である。
図36は、最大ドロップ数3でドロップ数1の場合のみ補助パルスを与える例、図37は最大ドロップ数3でドロップ数2以下の場合のみ補助パルスを与える例である。
印刷データから各チャネル毎にこれから吐出するドロップ数を判定して補助パルスの有無を決める機能は、ロジック回路1012内で実現できる。
なお、前記実施形態では、図16〜図20を用いて第1の補助パルスと第2の補助パルスのパルス幅を可変させた場合のドロップ毎の吐出速度を示し、好ましいパルス幅として0.3〜0.4μsとしたが、この値は、あくまでも一例であって、本発明の好ましい値として限定解釈されるものではない。この値は、インクの特性等により代わるものであり、ヘッド100に対して適切な値が設定されるものである。
この他、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
この他、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる
以下に本願の出願当初の特許請求の範囲に記載された発明を付記する。
[C1] 前回の駆動方向の履歴が今回の駆動方向と同一方向である場合と逆方向である場合とで印加電圧に対する変位量が異なるアクチュエータと、
前記アクチュエータの変位によって内容積が変化することで、収容されているインクに圧力を与える圧力室と、
前記圧力室に連通するノズルを有するプレートと、
前記アクチュエータに前記ノズルからインク滴が吐出しない程度の第1の補助パルスを与えて前記アクチュエータの駆動方向の履歴が常に一方向になるように前記履歴をリセットした後で吐出を行うための主パルスを与え、かつ、前記第1の補助パルスに先立って前記第1の補助パルスによって発生する圧力振動をキャンセルする向きの圧力振動を発生させる第2の補助パルスを与えるヘッド駆動回路と、
を具備するインクジェットヘッド。
[C2] インクが収容される複数の圧力室と、
前記複数の圧力室をそれぞれ挟むように設けられ、隣接する前記圧力室の間で共有されるアクチュエータと、
前記複数の圧力室にそれぞれ連通し、かつ3列の千鳥状に配列されたノズルを有するプレートと、
インク滴の吐出を行う前記ノズルに対応する前記圧力室を拡張させ、第2の所定時間後に戻す第2の補助パルスと、前記第2の補助パルスによって生じる圧力振動をキャンセルするタイミングで前記圧力室を収縮させ、第1の所定時間経過後に戻す第1の補助パルスと、前記第1の補助パルスに続けて前記圧力室を拡張させ、第3の所定時間経過後に戻す主パルスと、を前記アクチュエータに与えるヘッド駆動回路と、
を具備し、
前記千鳥状に配列された前記ノズルから同列のグループ毎にインク滴を吐出するインクジェットヘッド。
[C3] 前記ヘッド駆動回路は、さらに、
前記主パルスの後に生じる圧力振動をキャンセルするタイミングで前記圧力室を収縮させ、第4の所定時間経過後に戻すキャンセルパルスを与える、C2記載のインクジェットヘッド。
[C4] 前記主パルスと前記キャンセルパルスとの後に、前記主パルス及び前記キャンセルパルスと同等の信号を与え、同一の前記ノズルから連続してインク滴を吐出するC3記載のインクジェットヘッド。
[C5] 前記ヘッド駆動回路は、
前記主パルスと前記キャンセルパルスとを繰り返し与えることで同一の前記ノズルから複数のインク滴を吐出させる第1の駆動条件と、
前記第2の補助パルスと前記第1の補助パルスとに続けて前記主パルスと前記キャンセルパルスとを少なくとも1回与えることで前記ノズルからインク滴を吐出させる第2の駆動条件と、
を有するC3記載のインクジェットヘッド。
[C6] 前記ヘッド駆動回路は、
同一の前記ノズルから連続して吐出されるインク滴の数が所定数以上の場合は前記第1の駆動条件で駆動し、所定数未満の場合は前記第2の駆動条件で駆動する、C5記載のインクジェットヘッド。