JP2020186437A - ボルト用鋼、ボルト、及びボルトの製造方法 - Google Patents

ボルト用鋼、ボルト、及びボルトの製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】遅れ破壊が生じる危険性が非常に高い、引張強さが1600MPa以上の高い強度レベルにおいて、優れた耐遅れ破壊特性を示すボルト、およびその素材となるボルト用鋼材を提供する。【解決手段】式(1)、(2)、(3)を満たす組成を有し、930〜1050℃の温度に加熱した後、焼入れ処理を行い、570〜690℃の温度範囲で焼戻した時の引張強さが、1600MPa以上であることを特徴とする、ボルト用鋼。2V/(Mo+0.5W)≦0.20 ・・・(1)0.10≦(2V+0.5W)/Mo≦0.40 ・・・(2)2.00≦Si/Cr ・・・(3)但し、式(1)、(2)、(3)において、Cr、Mo、V、Wには、それぞれボルト用鋼が含有するCr、Mo、V、Wの含有質量%が代入される。【選択図】なし

Description

本発明は,ボルト用鋼、ボルト、及びボルトの製造方法に関するものである。
自動車や産業機械の高性能化、軽量化、あるいは土木・建築構造物の大型化に伴い、ボルトの高強度化が要求されている。
ボルトには、JIS G 4053:2016で規定されたSCM435、SCM440などの機械構造用合金鋼が用いられる。ボルトは、機械構造用合金鋼を所定の形状に成形後、焼入れ−焼戻し処理で強度を調整する。
ボルトを高強度化するためには、鋼材の炭素量を高める、あるいは焼戻し温度を低くすればよい。
しかしながら、引張強さが1200MPaを超えるようなボルトでは、水素脆化の一種である遅れ破壊が問題となる。遅れ破壊は、静的応力下に置かれた部品が、ある時間経過後に突然、脆性的に破壊する現象である。
遅れ破壊は、水素の侵入に起因する現象であり、鋼材の強度が高くなるほど、遅れ破壊に至る水素侵入量の臨界値が低下する。
ボルトが屋外、特に、海水、融雪塩などが飛来する環境で使用される場合には、塩分付着によって水素侵入量が多くなり、遅れ破壊の危険性が高まる。
そこで、従来から、耐遅れ破壊性に優れたボルトが検討されている。
例えば、特許文献1には、焼もどし時に析出するM o 炭化物、W 炭化物による析出強化を活用した、引張強さが1617MPa以上の、耐遅れ破壊特性に優れたボルトおよび鋼材が開示されている。
特開2001−032044号公報
最近は、特許文献1のボルトよりも、さらに耐遅れ破壊特性に優れたボルトが求められている。
本発明の課題は、一般的に遅れ破壊が生じる危険性が非常に高い、引張強さが1600MPa以上の強度レベルにおいて、優れた耐遅れ破壊特性を示すボルト、およびその素材となるボルト用鋼材を提供することにある。
発明者らは、ボルトの素材として所定の化学組成を有し、かつ、Mo、V、W、SiおよびCrの含有量が以下の式(1)、(2)、(3)を満たす鋼材を採用することで、水素のトラップサイトとなるMC炭化物がボルト中に分散することを見出した。
2V/(Mo+0.5W)≦0.20 ・・・(1)
0.10≦(2V+0.5W)/Mo≦0.40 ・・・(2)
2.00≦Si/Cr ・・・(3)
その結果、発明者らは、高強度で、かつ優れた耐遅れ破壊特性を有するボルトが得られることを見出した。
上記課題は、以下の手段により解決される。
(1)組成が、質量%で、
C :0.35〜0.50%、
Si:1.50〜4.00%、
Mn:0.20〜0.80%、
Mo:1.50〜5.00%、
W :0〜1.00%、
V :0〜0.20%、
Cr:0.20〜1.00%、
Al:0.010〜0.100%、
N:0.0010〜0.0150%、
P:0〜0.015%、
S:0〜0.015%、
Ti:0〜0.100%、
Nb:0〜0.100%、
B:0〜0.0050%、
Ni:0〜0.20%、
Cu:0〜0.20%、
REM:0〜0.0200%を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
かつ、式[1]、[2]、[3]を満たし、
930〜1050℃の温度範囲に加熱後、焼入れ処理を行い、570〜690℃の温度範囲で焼戻した時の引張強さが、1600MPa以上であることを特徴とする、ボルト用鋼。
2V/(Mo+0.5W)≦0.20 ・・・[1]
0.10≦(2V+0.5W)/Mo≦0.40 ・・・[2]
2.00≦Si/Cr ・・・[3]
但し、式[1]、[2]、[3]において、Si,Cr、Mo、V、Wには、それぞれボルト用鋼が含有するSi、Cr、Mo、V、Wの含有質量%が代入され、含有質量%が0の場合、0が代入される。
(2)前記(1)に記載のボルト用鋼をボルト形状に成形し、
930〜1050℃の温度範囲に加熱した後、焼入れ処理を行い、
570〜690℃の温度範囲で焼戻し処理を行うことを特徴とする、ボルトの製造方法。
(3)前記(1)に記載のボルト用鋼の組成を有し、
引張強さが1600MPa以上であり、
3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.2mA/cmで72時間陰極水素チャージした後のトラップ水素量が3.0ppm以上であり、
3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり0.3gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.03mA/cmで24時間陰極水素チャージした後、水素透過防止めっきを施し、96時間放置した後、引張強さの0.9倍の一定荷重を負荷した時の、破断に至るまでの時間が100時間以上であることを特徴とするボルト。
本発明によれば、高強度で、かつ、優れた耐遅れ破壊強度を示すボルト、およびその素材となるボルト用鋼材を提供できる。
以下、本発明の一例である実施形態について詳細に説明する。
なお、本明細書中において、化学組成の各元素の含有量の「%」表示は、「質量%」を意味する。
化学組成の各元素の含有量を「元素量」と表記することがある。例えば、Cの含有量は、C量と表記することがある。
「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
「〜」の前後に記載される数値に「超」または「未満」が付されている場合の数値範囲は、これら数値を下限値または上限値として含まない範囲を意味する。
「工程」とは、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
[ボルト用鋼材の化学組成]
本実施形態に係るボルト用鋼材の化学組成は、以下のとおりである。
(必須元素)
C :0.35〜0.50%
Cは、鋼の強度を向上させる元素であり、ボルトの強度を高める。C量が0.35%未満であると、ボルトとして必要な強度が得られない。一方、C量が0.50%よりも多いと、焼入れの加熱時に合金炭化物が多量に溶け残り、所定の焼戻し温度では強度が低くなるうえ、焼戻し時の合金炭化物の析出量が相対的に減少するため、水素トラップ能も低くなる。
従って、C量は0.35〜0.50%とする。なお、好ましいC量は0.38〜0.45%である。
Si:1.50〜4.00%
Siは、焼戻し時のセメンタイトの析出を抑制することで耐遅れ破壊強度を向上させることができる。耐遅れ破壊強度を高めるため、Si量を1.50%以上とする。一方、4.00%以上としてもセメンタイト析出抑制効果は飽和することに加え、鍛造前の球状化焼鈍時の硬さを上げるため、冷間鍛造性が低下する。従って、Si量は1.50〜4.00%とする。なお、好ましいSi量は1.80〜2.80%である。
Mn:0.20〜0.80%
Mnは、Sと結合してMnSを形成し、Sの粒界偏析を防止する。また、焼入れ性向上の作用を有する。Mn量が0.20%未満であると、Sの粒界偏析が大きくなり耐遅れ破壊強度が低下する。一方、Mn量が0.80%を超えると、部品形状に加工する際の冷間加工性が低下するうえ、焼割れが生じ易くなる。
従って、Mn量は0.20〜0.80%とする。なお、好ましいMn量は0.30〜0.70%である。
Mo:1.50〜5.00%
W :0〜1.00%
V :0〜0.20%
Mo、WおよびVは、本発明において重要な元素である。Mo、Wは、MC型の炭化物を形成する元素である。VはMC型の炭化物を形成する元素であるが、Mo、Wに適正量のVを複合して含有させることで、Mo、W、Vから成る、MC型炭化物である(Mo、W、V)Cが析出する。微細なMC型炭化物は、鋼をオーステナイト域から焼入れした後、570〜690℃の高温で焼戻しをすることで、多く析出させることができる。この微細な炭化物が析出することで、析出強化により鋼の強度を上昇させることができる。また、微細なMC型炭化物は、水素のトラップサイトとして機能し、耐遅れ破壊特性を向上させることができる。トラップ水素とは、前記MC型炭化物によって固定された、鋼中を自由に移動できない水素である。
トラップサイトとしての効果を得るためには、Moを1.50%以上含有させる必要がある。加えて、W、Vを適量加えることで、トラップサイトとしての効果はさらに向上する。一方、Moの含有量が5.00%を超えた場合、またはWの含有量が1.00%を超えた場合、またはVの含有量が0.20%を超えた場合は、焼入れ加熱時に未固溶の粗大な炭窒化物が残存するため、この粗大な炭窒化物をオーステナイト中に固溶させるために焼入れ加熱温度を高くする必要が生じ、焼入れ時の歪み発生、表面の酸化物増加の問題が発生する。従って、Moの含有量は1.50〜5.00%、Wの含有量は0〜1.00%、Vの含有量は0〜0.20%とする。なお、好ましいMo量は、2.00〜4.00%、好ましいW量は、0.02〜0.80%、好ましいV量は、0.10〜0.15%である。
Mo、WおよびV含有量は、式(1)、(2)を満たす必要がある。
2V/(Mo+0.5W)≦0.20 ・・・(1)
0.10≦(2V+0.5W)/Mo≦0.40 ・・・(2)
式(1)、(2)において、Mo、W、Vには、それぞれボルト用鋼が含有するMo、W、Vの含有質量%が代入され、含有質量%が0の場合、0が代入される。
Cr:0.20〜1.00%
Crは、鋼の焼入れ性を確保するために有効な元素であるとともに、MCに固溶し、水素トラップ能を向上させる効果がある。Cr量が0.20%未満であると、これらの効果が不十分となる。一方、Cr量が1.00%を超えると、セメンタイトを安定化させ、焼戻し時のMC炭化物の析出を阻害するため、目的の水素トラップ効果を得ることができない。
従って、Cr量は0.20〜1.00%とする。なお、好ましいCr量は0.40〜0.80%である。
Cの析出を阻害させないためには、Si、Cr含有量は、式(3)を満たす必要がある。
2.00≦Si/Cr ・・・(3)
式(3)において、SiとCrには、それぞれボルト用鋼が含有するSiとCrの含有質量%が代入される。
引張り強さ1600MPa以上の高強度を有するボルトにおいては、耐遅れ破壊強度を向上させるために、水素トラップサイトである微細なMC型炭化物を大量に鋼中に分散させることが必要である。式(1)の値が0.20超では、水素トラップ能が不足して耐遅れ破壊強度が低下する。式(2)の値が0.10未満では、MC中のMo,W,Vの複合度が低く、水素トラップ能が不足して耐遅れ破壊強度が低下する。一方、式(2)の値が0.40超では、MCが不安定となり、別の炭化物となるため、水素トラップ能が不足して耐遅れ破壊強度が低下する。また、式(3)の値が2.0未満ではセメンタイトの析出を抑制できず、MC型炭化物による水素トラップ能が低下する。
Al:0.010〜0.100%
Alは、脱酸剤として機能する元素であるとともに、窒化物を形成して焼入れ加熱時のオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する元素である。これらの効果を得るためには、Alを0.010%以上含有させる必要がある。一方、Alの含有量が0.100%を超えると、粗大な酸化物系介在物が鋼中に残存して、ボルトの破壊起点となる。
従って、Al量は0.010〜0.100%とする。なお、好ましいAl量は0.012〜0.050%である。
N:0.0010〜0.0150%
Nは、窒化物や炭窒化物を形成し、焼入れ加熱時のオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する元素である。結晶粒の粗大化を抑制するには、N量を0.0010%以上とする必要がある。一方、N量が0.0150%を超えた場合、粗大な窒化物や炭窒化物が生成して、破壊起点となる。
従って、N量は0.0010〜0.0150%とする。なお、好ましいN量は0.0020〜0.0100%である。
P:0〜0.015%
Pは、不純物である。P含有量は極力低いことが好ましい。Pは、オーステナイト粒界に偏析する。P量が0.015%を超えると、焼入れ、焼戻し後の旧オーステナイト粒界が脆化して粒界割れの原因となる。このため、P量を0.015%以下の範囲に制限する必要がある。好ましいP含有量の上限は0.012%である。Pは不可避的にボルト用鋼に含有される不純物元素であるが、上記範囲内であれば、Pは、ボルト用鋼に0%超含有されていても良い。
S:0〜0.015%
Sは、不純物である。S含有量は極力低いことが好ましい。Sは、鋼材中でMn硫化物として存在する。Mn硫化物は、鋼表面が腐食する際の化学反応で硫化水素を発生する。この硫化水素が分解して水素を発生することで鋼中へ水素が侵入し、耐遅れ破壊強度を低下させる。また、Mn硫化物が破壊起点となる。このため、S量を0.015%以下の範囲に制限する必要がある。好ましいS含有量の上限は0.012%である。Sは、不可避的に含有される不純物元素であるが、上記範囲内であれば、Sは、ボルト用鋼に0%超含有されていても良い。
(任意元素)
本実施形態に係るボルト用鋼材は、任意元素として、Ti、Nb、B、Ni、Cu、W、及びREMの少なくとも1種以上を含有してもよい。
Ti:0〜0.100%
Tiは、鋼材中でN、Cと結合して炭窒化物を形成する元素である。この炭窒化物はオーステナイト結晶粒界をピンニングして組織の粗大化を防止する。この組織の粗大化の防止効果を得るためには、Tiを0.100%以下含有させてもよい。一方、Tiを、0.100%を超えて含有させると、素材硬さの上昇に起因して部品形状に加工する際の冷間加工性が低下する。
従って、Ti含有量は0〜0.100%とすることが好ましく、0%超〜0.100%がより好ましく、0.005〜0.050%がさらに好ましい。
Nb:0〜0.100%
Nbは、鋼材中でN、Cと結合して炭窒化物を形成する元素である。この炭窒化物はオーステナイト結晶粒界をピンニングし、組織の粗大化を防止する。この組織の粗大化の防止効果を得るためには、Nbを0.100%以下含有させてもよい。一方、Nbを、0.100%を超えて含有させると、素材硬さの上昇に起因して部品形状に加工する際の冷間加工性が低下する。
従って、Nb含有量は0〜0.100%とすることが好ましく、0%超〜0.100%がより好ましく、0.005〜0.050%がさらに好ましい。
B:0〜0.0050%
Bは、オーステナイト中に僅かに固溶させただけで鋼の焼入れ性を高める。Bは、浸炭焼入れ時にマルテンサイトを効率的に得るために鋼材に含有させてもよい。一方、Bを0.0050%を超えて添加すると、多量のBNを形成してNを消費するため、オーステナイト粒の粗大化を招来する。従って、B含有量は0〜0.0050%とすることが好ましく、0超〜0.0050%がより好ましく、0.0007〜0.0030%がさらに好ましい。
Ni:0〜0.20%
Niは耐食性と靭性を高める元素であり、鋼材に含有させても良い。添加量が多量になると、コストに見合った効果が得られないため、その上限を0.20%とする。
Cu:0〜0.20%
Cuは耐食性を高める元素であり、鋼材に含有させても良い。一方、その量が0.20%を超えると熱間延性が低下するため、その上限を0.20%とする。
REM:0〜0.0200%
REM(希土類元素)とは、原子番号57のランタンから原子番号71ルテシウムまでの15元素と、原子番号21のスカンジウム及び原子番号39のイットリウムと、の合計17元素の総称である。鋼材にREMが含有されると、圧延時及び熱間鍛造時にMnS粒子の伸延が抑制され、冷間鍛造時の割れを抑制する効果が得られる。但し、REM含有量が0.020%を超えると、REMを含む硫化物が大量に生成され、鋼の被削性が劣化する。従って、REM含有量は、前記17元素の合計量で0〜0.020%とすることが好ましく、0%超〜0.0200%がより好ましく、0.005%〜0.015%がさらに好ましい。
本実施形態におけるボルト用鋼およびボルトの化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼の原料として利用される鉱石、スクラップ、又は製造過程の環境等から混入する元素を意味する。P、S以外の不純物として、たとえば、O、Pb、Cd、Co、Zn、Ca等が存在し得る。これらの不純物元素はボルトの耐遅れ破壊強度を低下させない範囲での含有が許容される。また、防食効果が期待される、Sn、Biは、適宜添加することができる。Sn、Biは鋼の鋳造性(高温延性)を低下させるため、その上限を0.20%とする。
<ボルトの製造方法>
以下、本実施形態に係るボルト用鋼材を用いて、本実施形態に係るボルトの製造方法の一例について詳述する。
(ボルト形状に成形する工程)
本実施形態に係るボルト用鋼材を溶解した後、鋳造によりインゴットまたは鋳片とする。鋳造されたインゴットまたは鋳片は、熱間圧延、熱間押出、熱間鍛造などの熱間加工によって、丸棒など所要の粗形状を有する鋼材に仕上げる。その後、該鋼材に伸線、焼鈍、冷間加工、ねじ転造などを施して、所定のボルト形状に成形する。複数回の冷間加工の中間に、焼鈍または球状化焼鈍処理を複数回施してもよい。また、成形の工程に熱間加工を含めることもできる。
(焼入れ・焼戻しを行う工程)
所定のボルト形状に成形した後、強度を付与するため、鋼をオーステナイト化以上の温度に加熱した後、水冷または油冷によって焼入れ処理を行う。なお、焼入れのための加熱温度(以下、「焼入れ加熱温度」という。)が低すぎると、Mo、W、Vの炭窒化物のマトリックス中への固溶が不十分となり、粗大な炭化物が残存する。その結果、焼戻し時に析出する微細なMo、Vの炭窒化物の量が少なくなるため、目的の強度や水素トラップ効果を得ることができない。
一方、焼入れ加熱温度を過度に高くすると、結晶粒の粗大化を招き、靭性及び耐遅れ破壊特性の劣化を招き、また、操業熱処理炉の炉体および付属部品の損傷が顕著になり、製造コストが上昇するため、好ましくない。このため、焼入れ加熱温度は930〜1050℃とするのが好ましい。
耐遅れ破壊強度を向上させるためには、上記の焼入れ処理を行った後に焼戻しを行う必要がある。本発明では、焼戻しの温度を、570〜690℃に限定する必要がある。焼戻し温度が570℃未満では、焼戻し時に析出するMo、W、V 炭化物による析出が不十分で、目的の水素トラップ能、および遅れ破壊限界水素量を達成することができない。
一方、焼戻し温度が690℃超の場合は、MC型炭化物がオストワルド成長し、目的の水素トラップ能、および遅れ破壊限界水素量を達成することができない。そのため、焼戻し温度は570〜690℃に限定する。
なお、焼戻し温度の好ましい範囲は、590〜660℃である。
以上の工程により、本実施形態に係るボルトが製造される。
<ボルト>
本実施形態に係るボルトは、上記本実施形態に係るボルト用鋼材からなり、引張強さが1600MPa以上であり、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.2mA/cmで72時間陰極水素チャージした後のトラップ水素量が3.0ppm以上であり、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり0.3gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.03mA/cmで24時間陰極水素チャージした後、めっきを施し、96時間放置した後、引張強さの0.9倍の一定荷重を負荷し、破断に至るまでの時間を測定し、100時間破断しないことを特徴とする。
以下、本実施形態に係るボルトの引張強さ、トラップ水素量、及び耐遅れ破壊特性について詳述する。
(引張強さ)
本実施形態に係るボルトにおいて、ボルトから引張り試験片を採取して測定した引張強さは1600MPa以上である。
(トラップ水素量)
本実施形態に係るボルトにおいて、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.2mA/cmで72時間陰極水素チャージした後のトラップ水素量は3.0ppm以上である。トラップ水素量が3.0ppm未満であると、ボルトに侵入した水素が拡散し、旧オーステナイト結晶粒界に集積して、遅れ破壊が生じる危険性が高まる。そのため、トラップ水素量は3.0ppm以上である必要がある。
トラップ水素量は、ガスクロマトグラフによる昇温水素分析法で測定した。昇温速度100℃/ 時間で、室温から400℃ までに試料から放出される水素量を水素トラップ量と定義した。
(耐遅れ破壊強度)
本実施形態に係るボルトは、実環境で使用するため、十分な耐遅れ破壊強度を備える必要がある。本実施形態に係わるボルトは、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり0.3gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.03mA/cmで24時間陰極水素チャージした後、水素透過防止めっきを施し、96時間放置した後、引張強さの0.9倍の一定荷重を負荷した時の、破断に至るまでの時間が100時間以上である必要がある。100時間で破断しなかった場合、耐遅れ破壊強度に優れると判断した。ここで、めっきは、鋼材中に水素を閉じ込めるために行うものであり、Cd、Znめっき等を用いることができる。
以上に示すとおり、本実施形態に係るボルトは、最適な化学組成を備える鋼材に、最適な焼入れ焼戻しを施すことで、引張強さ、トラップ水素量及び遅れ破壊限界水素量の好適化を図ったものである。
次に、本発明の実施例について説明するが、以下に示す各条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一例にすぎず、本発明の条件はこの一例に限定されるものではない。本発明の実施においては、その要旨を逸脱せず、その目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用することができる。
<各種試験片の成形>
(棒鋼の準備)
表1−1及び表1−2に示す化学組成を有する鋼(鋼No.A〜O及びAA〜AR)をそれぞれ溶製し、熱間鍛造により、直径20mm、長さ1000mmの棒鋼を準備した。なお、表1−1及び表1−2において下線を付した数値は当該数値が本発明の範囲外であることを示す。また、表1−1及び表1−2における空欄部は各元素が無添加であることを示す。
Figure 2020186437
Figure 2020186437
次にボルト製造を再現するため、表2の条件で焼入れ、焼戻しを施し、続いて、焼入れ、焼戻ししたボルト相当品の引張り強度、トラップ水素量の測定、および耐遅れ破壊強度を以下の方法で評価した。
(焼入れの実施)
上記のようにして得た直径20mm、長さ1000mmの丸棒を切断し、直径20mm、長さ300mmの丸棒を切り出し、表2に記載の温度で焼入れを行った。焼入れ加熱温度での保持時間は60分とした。その後、60℃に保持した油槽へ焼入れを行った。
(焼戻しの実施)
油焼入れ後、表2に記載の温度で焼戻しを行った。焼戻し温度での保持時間は60分とし、焼戻し後の冷却は空冷とした。
(引張試験片)
上記の焼入れ焼戻し処理後の直径20mm、長さ300mmの丸棒から、全長70mm、平行部直径6mm、長さ32mmの平滑引張試験片を採取した。
(トラップ水素量調査用の試験片作製)
上記の焼入れ焼戻し処理後の直径20mm、長さ300mmの丸棒から、直径7mm、長さ70mmの丸棒を採取し、トラップ水素量調査用の試験片とした。
(遅れ破壊試験片の作製)
上記の焼入れ焼戻し処理後の直径20mm、長さ300mmの丸棒から、直径7mm、長さ70mmの切欠き(切欠き部直径4.2mm、角度60°)付き丸棒試験片を採取し、遅れ破壊試験片とした。
以上のようにして、製造No.1〜38の引張試験片、製造No.1〜38のトラップ水素量調査用の試験片、及び製造No.1〜38の遅れ破壊試験片を、それぞれ得た。ただし、製造No.24、30(比較例7、13)については焼割れが発生したため、製造No.25(比較例8)については加工割れが発生したため、以降の試験を中断した。
<各試験片を用いた性能評価>
(引張強さ)
上記の手順で作製した引張試験片を用い、JIS Z 2241:2011に準拠して、室温の大気中で引張試験を行い、引張強さを求めた。
(トラップ水素量)
上記の手順で作製した直径7mm、長さ70mmの丸棒に、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.2mA/cmで72時間陰極水素チャージを行った。その後、ガスクロマトグラフを用い、昇温速度100℃/ 時間で、室温から400℃まで昇温し、試料から放出される水素量を測定した。
(遅れ破壊強度)
上記の手順で作製したφ7mm×70mmの切欠き(切欠き部φ4.2mm、角度60°)付き遅れ破壊試験片に、3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり0.3gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.03mA/cmで24時間陰極水素チャージした後、Znで水素透過防止めっきを施し、96時間放置した後、引張強さの0.9倍の一定荷重を負荷し、破断に至るまでの時間を測定した。100時間破断しなかった場合は試験を打ち切りとした。
引張強さ、トラップ水素量、及び遅れ破壊有無の結果を表2に記載する。なお、表2中の下線を付した数値は当該数値が本発明の範囲外であることを示す。また、表2中の符号“−”は、引張強さ等の必要条件を満たさなかったため、試験を行わなかったことを意味する。
Figure 2020186437
表1〜表2から明らかなように、化学組成、並びに、焼入れ焼戻しの条件について好適化を図った発明例1〜15(製造No.1〜15)は、いずれも、引張強さが高く、また、トラップ水素量が高く、遅れ破壊が生じなかったことから、優れた強度と耐遅れ破壊特性が得られていることが判る。
尚、発明例16、17は、本発明の組成要件を満たすが、焼入れ条件が好適な範囲から若干外れる製造条件で製造された。発明例16は、他の発明例に比べて焼入れ温度が高い製造条件で製造されており、その強度は他の発明例に比べて若干大きい。そのため、強度−延性バランスに関しては、他の発明例の方が相対的に優れている。また、発明例17は、他の発明例に比べて焼入れ温度が低い製造条件で製造されており、強度に関しては、他の発明例の方が相対的に優れている。
これに対し、化学組成、並びに、焼入れ焼戻しの条件について、少なくともいずれかについて好適化を図っていない比較例1〜21(製造例18〜38)については、いずれも、優れた強度や耐遅れ破壊特性が得られていないことが判る。
本発明によれば、高強度で、かつ、優れた耐遅れ破壊強度を示すボルト、およびその素材となるボルト用鋼材を提供できる。

Claims (3)

  1. 組成が、質量%で、
    C :0.35〜0.50%、
    Si:1.50〜4.00%、
    Mn:0.20〜0.80%、
    Mo:1.50〜5.00%、
    W :0〜1.00%、
    V :0〜0.20%、
    Cr:0.20〜1.00%、
    Al:0.010〜0.100%、
    N:0.0010〜0.0150%、
    P:0〜0.015%、
    S:0〜0.015%、
    Ti:0〜0.100%、
    Nb:0〜0.100%、
    B:0〜0.0050%、
    Ni:0〜0.20%、
    Cu:0〜0.20%、
    REM:0〜0.0200%を含有し、
    残部がFe及び不純物からなり、
    かつ、式(1)、(2)、(3)を満たし、
    930〜1050℃の温度範囲に加熱後、焼入れ処理を行い、570〜690℃の温度範囲で焼戻した時の引張強さが、1600MPa以上であることを特徴とする、ボルト用鋼。
    2V/(Mo+0.5W)≦0.20 ・・・(1)
    0.10≦(2V+0.5W)/Mo≦0.40 ・・・(2)
    2.00≦Si/Cr ・・・(3)
    但し、式(1)、(2)、(3)において、Si、Cr、Mo、V、Wには、それぞれボルト用鋼が含有するSi、Cr、Mo、V、Wの含有質量%が代入され、含有質量%が0の場合、0が代入される。
  2. 請求項1記載のボルト用鋼をボルト形状に成形し、
    930〜1050℃の温度範囲に加熱した後、焼入れ処理を行い、
    570〜690℃の温度範囲で焼戻し処理を行うことを特徴とする、ボルトの製造方法。
  3. 請求項1記載のボルト用鋼の組成を有し、
    引張強さが1600MPa以上であり、
    3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり3.0gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.2mA/cmで72時間陰極水素チャージした後のトラップ水素量が3.0ppm以上であり、
    3.0質量%の塩化ナトリウム水溶液1L当たり0.3gのチオシアン酸アンモニウムを添加した室温の溶液中で、電流密度0.03mA/cmで24時間陰極水素チャージした後、水素透過防止めっきを施し、96時間放置した後、引張強さの0.9倍の一定荷重を負荷した時の、破断に至るまでの時間が100時間以上であることを特徴とするボルト。
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