JP2020169373A - 方向性電磁鋼板 - Google Patents

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Abstract

【課題】中磁場領域での磁歪及び高磁場領域での磁歪を改善した方向性電磁鋼板の提供。【解決手段】所定の化学組成を有し、{110}<001>方位を主方位とする集合組織を有する方向性電磁鋼板である。当該方向性電磁鋼板は、消磁状態での磁区画像を二次元フーリエ変換により得られるピーク強度プロファイルとして、圧延直角方向(TD)のそれぞれの位置に対して、圧延方向(RD)にピーク強度を積分して得られる、圧延直角方向(TD)におけるピーク強度プロファイルF(x)において、x>5.0の範囲における前記F(x)の最大ピーク値をとるxの位置Mp、前記圧延直角方向(TD)における前記磁区画像の観察領域L[m]の関係が、式(Mp≦4000×L)の関係を満足する。【選択図】図1

Description

本発明は、方向性電磁鋼板に関する。
方向性電磁鋼板は、Siを7質量%以下含有し、二次再結晶粒が{110}<001>方位(Goss方位)に集積した二次再結晶集合組織を有する鋼板である。方向性電磁鋼板の磁気特性は、{110}<001>方位への集積度に大きく影響される。近年の実用の方向性電磁鋼板では、結晶の<001>方向と圧延方向との角度が5°程度の範囲内に入るように、制御されている。
方向性電磁鋼板の磁化は、磁化方向が異なる微小領域(磁区)の蚕食併合によることが知られている。磁化方向が異なる磁区は、エネルギー的に安定な構造をとる。しかしながら、実用鋼板における{110}<001>方位からのわずかな結晶方位のずれは、還流磁区、ランセット磁区などの補助的な磁区構造を生じさせ、磁区構造を複雑にする要因となっている。
方向性電磁鋼板の磁区制御に関する技術として、磁区構造に着目した技術が知られている(例えば特許文献1、2を参照)。
特開2015−206114号公報 特開平10−025553号公報
近年、変圧器の特性に及ぼす要因の解析の技術は進歩しており、方向性電磁鋼板全体の鉄損や磁歪の低減だけで変圧器の無負荷損及び騒音が必ずしも低減するわけではないことが明らかとなってきている。特に、方向性電磁鋼板において、磁束密度分布の不均一性、粒界等の結晶不連続部、励磁磁束密度毎の磁歪特性の波形歪等が、変圧器の無負荷損及び騒音に大きな影響を与えることが判明している。しかし、従来技術による磁区の制御は、磁区構造の微妙な変化までを考慮した精緻なものとは言えず、結果として磁歪の低減においても改善の余地が大きなものとなっている。
これについて本発明者らが検討した結果、方向性電磁鋼板における磁束の不均一部(特にコーナ部等)の高磁束密度となる領域における振動が、変圧器における騒音に大きな影響を及ぼしているとの知見が得られた。磁束が不均一となる部分では、局所的に磁束密度が高くなる(最大2.0T程度)。磁束密度が高くなると、磁歪は急激に大きな値となるため、磁束密度が高い領域における磁歪を低減することで低騒音化が図れると考えている。このことから、現状求められている変圧器の実用騒音の高レベルでの抑制には、方向性電磁鋼板における高磁場領域(特に2.0T)での磁歪特性の制御が重要と考えた。
2.0Tの磁場については、通常の変圧器では磁束密度分布があり、局所的に2.0T程度の磁束が流れる部分がある。既知の知見によれば、2.0Tの磁場において、大きな磁歪が発生し、鉄芯の振動に大きく寄与しているという報告がある。したがって、2.0Tで磁化したときの磁歪を低減させることは、鉄心の振動が低減でき、低騒音化に寄与すると考えられる。また、中磁場領域として、1.7Tの磁場は、通常用いられる変圧器の設計磁束密度(もしくは、通常電磁鋼板が評価される磁束密度)である。したがって、1.7Tでの磁歪を低減させることは、鉄心の振動が低減し、低騒音化につながると考えられている。即ち、実際の変圧器の低騒音化のためには、1.7Tでの磁歪の低減だけでなく、2.0Tでの磁歪の低減も重要である。
本発明は、磁歪の低減が方向性電磁鋼板に求められている現状を踏まえ、中磁場領域(特に1.7T程度の磁場)の磁歪を低減しつつ、高磁場領域(特に2.0T程度の磁場)においても磁歪を改善した方向性電磁鋼板を提供することを課題とする。
中磁場領域の磁歪を低減し、且つ、高磁場領域の磁歪を低減することができれば、変圧器における実用騒音を高レベルで抑制することが可能であると考えられる。中磁場領域及び高磁場領域のいずれの磁歪も低減するためには、方向性電磁鋼板の磁区構造を制御することが重要であると考えられる。
従来、磁区構造に着目して優れた方向性電磁鋼板の特徴について規定する技術は複数存在するものの、磁区構造に関する精緻な制御技術の開発が十分なされているとは言えない。その理由のひとつには、磁区構造を適切に表現できる工業的なパラメータが存在しないことが原因と考えられる。すなわち、従来の技術では、磁区構造は、180°磁区の平均間隔、面積率、還流磁区の平均本数等の平均的な特徴で規定されているにすぎず、磁区構造の不均一性をも含めて特徴づけられているとは言えない。ここで、「180°磁区」とは、磁化方向が結晶の<100>方位であり、かつ圧延方向にほぼ平行な2つの180°磁壁に挟まれた磁区を表す。以降の記載において、この磁区を「180°磁区」と記述することがある。
本発明者らは、中磁場領域及び高磁場領域のいずれの磁歪も低減しうる磁区構造を制御するに当たり、磁区構造を工業的に利用できる程度であり、複雑すぎず、かつ実態を精緻に表現しうるパラメータについて検討した。
その結果、磁区の観察像をフーリエ変換により関数化することに思い至り、このパラメータによって、従来技術では明確に規定できなかった磁区構造の不均一性を含めて評価できることを知見した。磁区構造の不均一性を評価することによって、方向性電磁鋼板全体の還流磁区の総量(還流磁区の体積)が評価できる。つまり、磁区構造の不均一性を低減することによって、方向性電磁鋼板全体の還流磁区の総量(還流磁区の体積)が低減される。そして、この関数において、磁歪を改善し得る特徴について検討した。その結果、中磁場領域の磁歪として、従来からの磁歪の指標である1.7Tでの磁歪の最小値と最大値との差に加え、高磁場領域の磁歪として、特に2.0Tでの磁歪の最小値と最大値との差を改善できることを突き止めた。このパラメータを満足する方向性電磁鋼板によって、変圧器の無負荷損及び騒音が改善されることが判明した。さらにその特徴を好ましく制御する製造方法も検討した。
本発明は、これらの新規な知見に基づくものであり、以下に列記するとおりの態様を含む。
<1>
質量%で、Si:2.00〜7.00%を含有し、残部がFe及び不純物である化学組成を有し、{110}<001>方位を主方位とする集合組織を有する方向性電磁鋼板であって、
消磁状態での磁区画像を二次元フーリエ変換により得られるピーク強度プロファイルであり、圧延直角方向(TD)のそれぞれの位置に対して、圧延方向(RD)にピーク強度を積分して得られる、圧延直角方向(TD)におけるピーク強度プロファイルF(x)において、
x>5.0の範囲における前記F(x)の最大ピーク値をとるxの位置Mp、前記圧延直角方向(TD)における前記磁区画像の観察領域L[m]の関係が、下記式(1)の関係を満足する方向性電磁鋼板。
Mp≦4000×L・・・・(1)
<2>
x>Mpの範囲における前記F(x)が、下記式(2)を満足する最小値となるxの位置をLxとしたとき、前記Lxと前記Mpとの差が下記式(3)を満足する、<1>に記載の方向性電磁鋼板。
F(x)<0.5×Mp・・・・(2)
Lx−Mp≦(2500×L)・・・・(3)
<3>
質量%で、Nb、V、Mo、Ta、及びWのうちの少なくとも1種の合計:0.030%以下を含有する、<1>又は<2>に記載の方向性電磁鋼板。
本発明によれば、中磁場領域(特に1.7T程度の磁場)の磁歪を低減しつつ、高磁場領域(特に2.0T程度の磁場)においても磁歪を改善した方向性電磁鋼板が提供される。
本発明の方向性電磁鋼板におけるフーリエ変換により得られるピーク強度プロファイルの一例を表すグラフである。
本発明の好ましい一実施形態を詳細に説明する。以降の説明では、本発明の好ましい一実施形態を本発明として記載する。また、化学組成に関する「%」は特に断りがない限り「質量%」を意味する。
本発明に関連する特性として、2.0Tで励磁した際の磁歪(λp-p@2.0T)がある。以降の説明では、これを単に「高磁場(での)磁歪」と記述することがある。また、1.7Tで励磁した際の磁歪(λp-p@1.7T)がある。以降の説明では、これを単に「中磁場(での)磁歪」と記述することがある。
本発明に係る方向性電磁鋼板は、質量%で、Si:2.00〜7.00%を含有し、残部がFe及び不純物である化学組成を有し、{110}<001>方位を主方位とする集合組織を有する。そして、本発明に係る方向性電磁鋼板は、下記の条件を満足する。
消磁状態での方向性電磁鋼板の磁区画像を二次元フーリエ変換により得られるピーク強度プロファイルであり、圧延直角方向(TD)のそれぞれの位置に対して、圧延方向(RD)にピーク強度を積分して得られる、圧延直角方向(TD)におけるピーク強度プロファイルF(x)において、下記式(1)を満足する。
Mp≦4000×L・・・・(1)
Mp:x>5.0の範囲における前記F(x)の最大ピーク値をとるxの位置Mp、
L :前記圧延直角方向(TD)における前記磁区画像の観察領域L[m]
本発明に係る方向性電磁鋼板は、さらに、下記の条件を満足することが好ましい。
x>Mpの範囲における前記F(x)が、下記式(2)を満足する最小値となるxの位置をLxとしたとき、前記Lx−前記Mpが、下記式(3)を満足する。
F(x)<0.5×Mp・・・・(2)
Lx−Mp≦(2500×L)・・・・(3)
1.フーリエ変換
まず、本発明の方向性電磁鋼板において、フーリエ変換により得られる強度プロファイルについて説明する。
フーリエ変換により得られるピーク強度プロファイルF(x)(以下、フーリエプロファイルF(x)と称する場合がある)は、以下のようにして得られる。
方向性電磁鋼板の圧延直角方向(TD)と圧延方向(RD)がなす鋼板面について、磁場可視化装置(Matesy GmbH社製、CMOS−Magvie「Type:XL、センサータイプA」)により、磁区観察を行い、TD方向×RD方向について、領域の大きさがLmm×Mmm、解像度がNTDピクセル×NRDピクセルのグレースケールの磁区画像を得る。この際のNTD、NRDは偶数に限定し、解像度は、TD方向およびRD方向ともに、磁区画像の1画素当たりの空間分解能(L/NTDおよびM/NRD)が50μm以下となるように設定する。
なお、磁区構造は歪等の影響を受けやすいので、上記観察領域は鋼板端部、観察サンプル端部など、鋼板取扱い、及びサンプル切り出しによる歪の影響がほとんど無い領域を選択することは当然である。また、本発明の磁区画像は、50Hzで1.9T以上となるような磁界で励磁し、その後、磁界を徐々に小さくしていく方法等によって、予め消磁された状態で観察するものとする。ここで、Lは対象となる方向性電磁鋼板の磁区構造を代表するに十分な大きさとすべきである。しかしながら、一般的に、幅1000mm程度の大きさで製造させる鋼板において、鋼板幅に相当する大きさの領域について磁区構造を観察することは現実的ではない。このため、本発明においては、小区画の領域を複数観察し、複数の磁区画像のデータを用いるものとする。この複数の磁区画像を以降の説明では添字nで区別する。
観察したグレースケールの磁区画像は、黒と白とを含め、連続的なc階調で表現する。以降の数値処理において、黒を0、白をc−1の値(無次元量)として取り扱う。これらの数値により、下記の強度のプロファイルを得る。
この磁区画像を既知の方法(例えばPython等の既存のプログラミング言語におけるnumpy等のライブラリを用いる方法)により、二次元フーリエ変換し、TD−RD面での周波数スペクトルを得る。得られた周波数スペクトルは複素数であるため、複素数の絶対値を算出することによって、強度プロファイルI(x,y)を得る。
得られた強度プロファイルI(x,y)の、x,yはそれぞれ、0〜{(NTD/2)−1}、0〜{(NRD/2)−1}の範囲とする。ここで、強度プロファイルI(x,y)の座標を次のように変換する。x=0およびy=0の点を、TD方向およびRD方向の零周波数成分(直流成分)とし、xおよびyが0から離れるほど周波数の高い成分とする。即ち、RD方向およびTD方向において、最も低い周波数成分の座標を0とし、(NTD/2)−1および(NRD/2)−1を最も高い周波数成分となるように、連続的に強度プロファイルI(x,y)を定義する。本明細書中において、x≦5およびy≦5の範囲を零周波数成分付近と記述する場合がある。
さらに、強度プロファイルI(x,y)に対して、以下の式(A)によって、小区画におけるピーク強度プロファイルF(x)(以下、単にF(x)と称する)を得る。つまり、TD方向のそれぞれの位置に対して、RD方向にピーク強度を積分し、最小値で規格化することにより、TD方向(x)でのF(x)を得る。
本発明の方向性電磁鋼板は、上記F(x)を用いて、以下のように規定できる。
まず、F’(x)を得る。F(x)は観察した磁区画像のコントラスト等の観察条件によって値が大きく変わる。このため、以下の処理によって規格化したF(x)であるF’(x)を得る(下記式(B)及び下記式(C))。
ここで、零周波数成分付近であるx≦5の範囲のF(x)は、磁区画像のコントラスト等の観察条件に依る領域であるため、全て0(ゼロ)とする。
次に、フーリエプロファイルF(x)を得る。磁区観察を複数の箇所(kカ所)で行い、各磁区画像について、F’(x)を得て、以下の式(D)を用いて、全体としてのフーリエプロファイルF(x)を得る。ここで、上記kカ所の領域は重ならないように選定することは言うまでもない。
フーリエプロファイルF(x)において、x>5.0の範囲で、最大ピーク値Maをとる位置xをMp(以下、最大ピーク強度位置Mpと称する場合がある)として定義する(図1を参照)。最大ピーク値Maは、還流磁区、ランセット磁区などの補助的な磁区構造を含む複雑な磁区構造を有する観察視野の全面を180°磁区のみの重ね合わせと見做したときの180°磁区幅の存在頻度に相当するパラメータである。最大ピーク強度位置Mpは前記180°磁区の重ね合わせと見做した磁区データの磁区幅分布を表示した際に、最も存在頻度の高い180°磁区幅に相当するパラメータであり、180°磁区の幅D[m]は以下の式(E)で求められる。
本発明者らが鋭意検討した結果、上記Dが1.25×10−4以上であれば、ランセット磁区が生じにくくなり、顕著な磁歪低減効果が確認された。上記Dは望ましくは、1.50×10−4以上、さらに望ましくは2.00×10−4以上である。
この関係から、最大ピーク強度位置Mpの値が磁区画像を観察する際の測定条件であるL[m]と特定の関係性を満たす場合(すなわち、磁区画像のTD方向における観察領域の大きさL[m]により特徴づけられる範囲内にある場合)、磁歪低減効果が得られることが理解できる。
本発明の方向性電磁鋼板では、この関係を下記式(1)で規定し、下記式(1)を満たす場合、還流磁区の総量が低減する効果とともに、中磁場での磁歪の原因となる磁区構造の生成を低減する効果を得ることが可能となる。
Mp≦4000×L・・・・(1)
さらに、本発明の方向性電磁鋼板は、x>MPの範囲におけるフーリエプロファイルF(x)において、下記式(2)を満たす最小となるxの位置をLx(以下、最小位置Lxと称する場合がある)とし、最小位置Lxと最大ピーク強度位置Mpとの関係が下記式(3)を満たすことで、磁化過程において還流磁区の生成・消滅が生じにくくなり、中磁場での磁歪を低減する効果を、さらに得ることが可能となる。
F(x)<0.5×Mp・・・・(2)
Lx−Mp≦(2500×L)・・・・(3)
最小位置Lxは、フーリエプロファイルF(x)のx方向への広がりを表す指標である(図1参照)。観察領域内の180°磁区の幅のばらつきが大きい場合、最小位置Lxが大きくなる。180°磁区の幅がばらつく原因は明確ではないが、TD方向での結晶粒径のばらつきが考えられる。180°磁区の幅のばらつきは、還流磁区発生の原因になるため、180°磁区の幅を均一化することで高磁場での磁歪を抑制することが可能となる。
上記では本発明の規定についての本質的な技術的意味を記述するため、一般的な任意変数(L、M、NTD、NRD、cおよびk)を用いて説明したが、発明の判定においては、該変数を、本技術を普遍的かつ恣意的な偏りを排除できる固定値として評価する。
本発明では、L=40mm、M=40mm、NTD=1024ピクセル、NRD=1024ピクセル、c=256階調、k=20視野として、上記式(1)〜式(3)の判定を行うものとする。なお、前述のように、本発明において、NTD、NRDは偶数に限定しており、ピクセル数は整数であるため、Mpは整数となる。
このとき、フーリエプロファイルF(x)のxは0〜511までの512個の整数値となる。図1は、全てのx(つまり、x=0〜511)におけるフーリエプロファイルF(x)をプロットした図である。
また、式(1)の判定に用いるフーリエプロファイルF(x)のデータと式(3)の判定に用いるフーリエプロファイルF(x)のデータは、同じ視野から得られたデータである必要はなく、同じデータを用いれば評価試験を効率化できる。
ここで、本発明で規定する観察視野の全面を180°磁区に分解した際に、仮想的な180°磁区幅Dは、従来まで導出されていた180°磁区の平均幅とは、180°磁区の幅に注目するという点では類似している。しかしながら、Dは、従来の180°磁区の平均幅とは、技術的には全く異なるものである。これまで評価されている180°磁区の平均幅は、線分法等によって導出しており、明瞭な180°磁区のみにしか適用できない。このため、粒界、還流磁区等の磁歪を支配する要因として重要である磁区としての認識が明確にならない領域の影響はまったく考慮されておらず、鋼板の磁気特性(特に磁歪特性)との対応は不十分であった。
一方、本発明の方向性電磁鋼板では、還流磁区、粒界等を含む、複雑かつ不均一な磁区構造を180°磁区に相当する領域として変換することで、複雑な磁区構造全体の状態の評価が可能となる。また、この評価の際、フーリエプロファイルF(x)におけるMpから計算される180°磁区の幅Dが、還流磁区、粒界等の影響を、より正確に評価できる値であることを知見し、これを材質制御に活用している。これにより、従来までの180°磁区の平均幅では定量的に対応づけることが困難であった磁区構造と、精度の高い磁歪の対応が可能となり、磁歪特性(つまり、騒音特性)において、従来にない材料を得ることが可能となる。
TD方向(x)でのフーリエプロファイルF(x)の制御が磁歪に影響を及ぼす理由は必ずしも明確ではないが、以下のように推定される。
一般的に、方向性電磁鋼板の磁区構造は、主として180°磁区で構成される。粒界近傍では磁区構造の整合性を保つため、還流磁区が生成することが知られている。
TD方向(x)におけるフーリエプロファイルF(x)は、鋼板面内における180°磁区のマクロ的な幅と、結晶粒界での180°磁区の幅変化に起因して形成される還流磁区の総量(以降、単に「還流磁区総量」と表記する場合がある。)と関連していると考えられる。ここでいう180°磁区のマクロ的な幅とは、鋼板面全体を仮に完全な周期的180°磁区としたときに、仮想的な180°磁区の幅という意味を表す。つまり、フーリエ変換により得られたピーク強度プロファイルF(x)における最大ピーク強度位置は、仮に全面を完全に周期的な180°磁区としたとき、どの幅の要素が最も多いかを定量的に示すものとなる。フーリエ空間における最大ピーク値は実空間における180°磁区幅(間隔)の逆数の関係になるので、最大ピーク値の位置が原点に近いほど、180°磁区幅は細かいということを表す。
詳細は製造方法との関連で後述するが、該フーリエプロファイルが本発明範囲内に制御される状況では、結晶粒内での特別な転位配列の形成による結晶方位変化が生じることを確認している。この転位配列が、上記ずれ角を低減させるとともに、隣接結晶粒との角度変化を小さくし、特に高磁場での磁化過程での移動消滅が磁歪の原因として作用する上記還流磁区の総量を減少させるとともに、中磁場での磁歪の原因となる、ランセット磁区と呼ばれる、鋼板を貫通するような磁区構造の生成を抑制すると考えられる。その結果、伸びの磁歪が抑制され、騒音低減につながると考えられる。
4.化学組成
本発明に係る方向性電磁鋼板は、化学組成として、質量分率で、Si:2.00%〜7.00%を含有し、残部がFe及び不純物である。
上記の化学組成は、結晶方位を{110}<001>方位に集積させるよう制御するために好ましい化学組成である。
Nb、V、Mo、Ta、及びWの少なくとも一種の元素は、本発明においては特徴的な効果を有する元素として活用することができる。以降の説明では、Nb、V、Mo、Ta、及びWのうちの一種又は二種以上の元素をまとめて、「Nb群元素」と記述することがある。
Nb群元素は、本発明に係る方向性電磁鋼板の特徴である還流磁区総量の低減に非常に有効に作用する。ただし、この作用は製造工程でもたらされるものであり、本発明に係る方向性電磁鋼板において最終的に含有される必要はない。
少々混乱しやすいのは、Nb群元素は、後述する仕上げ焼鈍における純化により系外に排出される傾向が比較的強い。そのため、素材(例えばスラブ)にNb群元素を含有させ、製造工程でこれを活用して還流磁区の発生頻度を抑制した場合でも、その後の純化により系外に排出されてしまうと、最終製品でのNb群元素の含有量としてはNb群元素を活用した痕跡を検出できない場合があることである。
このため、本発明においては、最終製品である方向性電磁鋼板におけるNb群元素を含有する場合の含有量を、純化による含有量の低下も考慮し、上限についてのみ規定する。すなわち、本発明においては、質量%で、Nb群元素のうちの少なくとも1種(すなわち、Nb、V、Mo、Ta、及びWのうちの少なくとも1種)を合計で、0.030%以下で含有させることが可能である。なお、合計含有量が0.030%を超えると、還流磁区の発生頻度を抑制した状態で維持できたとしても磁気特性を低下させる場合がある。
Nb群元素の含有量の下限は特に限定されない。これは上述の通り、製造工程でNb群元素を活用したとしても、最終製品では含有量がゼロになることが考えられるためである。とは言え、最終製品である程度の含有が認められれば、これらの元素が工程の途中で増加することは考えにくいことから、製造工程でNb群元素による還流磁区の発生の抑制が行われたことの根拠にもなる。このことも考慮するなら、最終製品での含有量の好ましい下限として、例えば0.003%が挙げられる。この観点でのさらに好ましい下限としては、0.005%が挙げられる。Nb群元素の作用は製造工程との関連が強いため、詳細は製造工程との関連で後述する。
また、本発明に係る方向性電磁鋼板は、磁気特性の改善を目的として、Feの一部に代えて、公知の任意元素を含有してもよい。Feの一部に代えて含有される任意元素として、例えば、次の元素が挙げられる。各数値は、それらの元素が任意元素として含有された場合の、上限値を意味する。
質量%で、
C:0.005%以下
Mn:1.00%以下、
S及びSe:合計で0.015以下、
Al:0.065%以下、
N:0.005%以下
Cu:0.40%以下、
Bi:0.010%以下、
B:0.080%以下、
P:0.50%以下、
Ti:0.015%以下、
Sn:0.10%以下、
Sb:0.10%以下、
Cr:0.30%以下、
Ni:1.00%以下。
これら任意元素は、公知の目的に応じて含有させればよいため、任意元素の含有量の下限値を設ける必要はなく、下限値が0%でもよい。なお、S及びSeの合計とは、S及びSeの少なくとも一方を含み、その合計含有量であることを意味する。
なお、不純物とは、上記に例示した任意元素に限らず、含有されても本発明の効果を損わない元素を意味する。意図的に添加する場合に限らず、鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境等から不可避的に混入する元素も含む。不純物の合計含有量の上限の目途としては、5%程度が挙げられる。
注意を要するのは、方向性電磁鋼板では、脱炭焼鈍及び二次再結晶時の純化焼鈍を経ることが一般的であり、比較的大きな化学組成の変化(含有量の低下)が起きることである。元素によっては、50ppm以下に低減され、純化焼鈍を十分に行えば、一般的な分析では検出できない程度(1ppm以下)にまで達することもある。
本発明に係る方向性電磁鋼板の上記化学成分は、最終製品における化学組成であり、出発素材でもある後述するスラブの組成とは異なることを申し添えておく。
本発明に係る方向性電磁鋼板の化学成分は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、方向性電磁鋼板の化学成分は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。具体的には、方向性電磁鋼板から採取した35mm角の試験片を、島津製作所製ICPS-8100等(測定装置)により、予め作成した検量線に基づいた条件で測定することにより、化学組成が特定される。なお、C及びSは燃焼−赤外線吸収法を用いて測定し、Nは不活性ガス融解−熱伝導度法を用いて測定すればよい。
本発明では特に規定しないが、本発明に係る方向性電磁鋼板の表面に、一般的に方向性電磁鋼板に設けられる被膜を、形成してもよい。これらは、例えば、グラス被膜、絶縁被膜、張力被膜などと呼ばれる。
ただし、これらの被膜は、本発明に係る方向性電磁鋼板の必須の要素ではない。本発明に係る方向性電磁鋼板の上記の化学組成は、被膜を有する方向性電磁鋼板においては、その基材となる鋼成分の組成であり、表面の絶縁被膜を研削等により除去した後に測定するものとする。
5.製造方法
次に、本発明に係る方向性電磁鋼板の好ましい製造方法の一態様について説明する。
以下に示す工程及び各工程での定量的な条件は、本発明の実施可能性を示すために採用した一例であり、本発明は、これら工程及び定量値に限定されるものではない。本発明に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
基本的な工程では、従来の公知の方向性電磁鋼板の製造方法を適用することができる。例えば、高温スラブ加熱によってMnS、AlNインヒビターを形成する製造方法、スラブ加熱を低温で行い、窒化処理によってAlNインヒビターを形成させる製造方法などが例示され、特定の製造方法に限定されない。以下、窒化処理を適用する方法を説明する。
(鋳造工程)
鋳造工程では、スラブを準備する。スラブの製造方法の一例は次のとおりである。溶鋼を製造(溶製)する。溶鋼を用いてスラブを製造する。連続鋳造法によりスラブを製造してもよい。溶鋼を用いてインゴットを製造し、インゴットを分塊圧延してスラブを製造してもよい。スラブの厚さは、特に限定されない。スラブの厚さは、例えば、150mm〜350mmである。スラブの厚さは、好ましくは、220mm〜280mmである。スラブとして、厚さが10mm〜70mmの、いわゆる薄スラブを用いてもよい。薄スラブを用いる場合、熱間圧延工程において、仕上げ圧延前の粗圧延を省略できる。
スラブの化学組成は、一般的な方向性電磁鋼板の製造に用いられるスラブの化学組成を用いることができる。スラブの化学組成は、例えば、次の元素を含有する。
C:0.085%以下、
Cは、製造工程においては一次再結晶組織の制御に有効な元素であるものの、最終製品への含有量が過剰であると磁気特性に悪影響を及ぼす。したがって、C含有量は0.085%以下である。C含有量の好ましい上限は0.075%である。Cは後述の脱炭焼鈍工程及び仕上げ焼鈍工程で純化され、仕上げ焼鈍工程後には0.005%以下となる。Cを含む場合、工業生産における生産性を考慮すると、C含有量の下限は0%超であってもよく、0.001%であってもよい。
Si:2.00%〜7.00%
シリコン(Si)は、方向性電磁鋼板の電気抵抗を高めて鉄損を低下させる。Si含有量が2.00%未満であれば、仕上げ焼鈍時にγ変態が生じて、方向性電磁鋼板の結晶方位が損なわれてしまう。一方、Si含有量が7.00%を超えれば、冷間加工性が低下して、冷間圧延時に割れが発生しやすくなる。Si含有量の好ましい下限は2.50%であり、さらに好ましくは3.00%である。Si含有量の好ましい上限は4.50%であり、さらに好ましくは4.00%である。
Mn:0.05%〜1.00%
マンガン(Mn)はS又はSeと結合して、MnS、又は、MnSeを生成し、インヒビターとして機能する。Mnを含有させる場合、Mn含有量が0.05%〜1.00%の範囲内にある場合に、二次再結晶が安定する。本発明では、インヒビターの機能の一部をNb群元素の窒化物によって担うことが可能である。この場合は、一般的なインヒビターとしてのMnS、又は、MnSe強度は弱めに制御する。このため、Mn含有量の好ましい上限は0.50%であり、さらに好ましくは0.20%である。
S及びSe:合計で0.003%〜0.035%
硫黄(S)及びセレン(Se)は、Mnと結合して、MnS又はMnSeを生成し、インヒビターとして機能する。S及びSeの少なくとも一方を含有させる場合、S及びSeの含有量が合計で0.003%〜0.035%であれば、二次再結晶が安定する。本発明では、インヒビターの機能の一部をNb群元素の窒化物によって担うことが可能である。この場合は、一般的なインヒビターとしてのMnS、又は、MnSe強度は弱めに制御する。このため、S及びSe含有量の合計の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.010%である。S及びSeは仕上げ焼鈍後に残留すると化合物を形成し、鉄損を劣化させる。そのため、仕上げ焼鈍中の純化により、S及びSeをできるだけ少なくすることが好ましい。
ここで、「S及びSeの含有量が合計で0.003%〜0.035%」であるとは、スラブの化学組成がS又はSeのいずれか一方のみを含有し、S又はSeのいずれか一方の含有量が合計で0.003%〜0.035%であってもよいし、スラブがS及びSeの両方を含有し、S及びSeの含有量が合計で0.003%〜0.035%であってもよい。
Al:0.010%〜0.065%
アルミニウム(Al)は、Nと結合して(Al、Si)Nとして析出し、インヒビターとして機能する。Alを含有させる場合、Alの含有量が0.010%〜0.065%の範囲内にある場合に、後述の窒化により形成されるインヒビターとしてのAlNは二次再結晶温度域を拡大し、特に高温域での二次再結晶が安定する。したがって、Alの含有量は0.010%〜0.065%である。Al含有量の好ましい下限は0.020%であり、さらに好ましくは0.025%である。二次再結晶の安定性の観点から、Al含有量の好ましい上限は0.040%であり、さらに好ましくは0.030%である。
N:0.012%以下
窒素(N)は、Alと結合してインヒビターとして機能する。Nは製造工程の途中で窒化により含有させることが可能であるため下限は規定しない。一方、Nを含有させる場合、N含有量が0.012%を超えれば、鋼板中に欠陥の一種であるブリスタが発生しやすくなる。N含有量の好ましい上限は0.010%であり、さらに好ましい上限は0.009%である。Nは仕上げ焼鈍工程で純化され、仕上げ焼鈍工程後には0.005%以下となる。
スラブの化学組成の残部はFe及び不純物からなる。なお、ここでいう「不純物」は、スラブを工業的に製造する際に、原材料に含まれる成分、又は製造の過程で混入する成分から不可避的に混入し、本発明の効果に実質的に影響を与えない元素を意味する。
Nb群元素を還流磁区総量の制御に活用する場合、スラブでのNb群元素の合計含有量が0.030%以下(好ましくは0.003%以上、0.030%以下)であると、適切なタイミングで二次再結晶を開始させる。また、発生する二次再結晶粒の方位が非常に好ましいものとなり、その後の成長過程で本発明が特徴とする還流磁区の発生頻度を抑制しやすくなり、最終的に磁気特性にとって好ましい組織に制御できる。
Nb群元素を含有することにより、脱炭焼鈍後の一次再結晶粒径は、含有しない場合に比べて小径化する。これは、炭化物、炭窒化物、窒化物等の析出物によるピン止め効果、固溶元素としてのドラッグ効果などによるものと考えられる。特に、Nb及びTaはその効果が強く好ましい。
Nb群元素による一次再結晶粒径の小径化は、二次再結晶駆動力を大きくすることで、二次再結晶が従来よりも低温で開始するよう作用する。また、Nb群元素の析出物は、AlNなどの従来インヒビターよりも比較的低温で分解するため、仕上げ焼鈍の昇温過程において、二次再結晶が、従来よりも低温で開始するよう作用する。メカニズムについては後述するが、低温で二次再結晶が開始することで、本発明の特徴である還流磁区の発生頻度を抑制し易くなる。なお、二次再結晶のインヒビターとしてNb群元素の析出物を活用する場合、炭化物及び炭窒化物は、二次再結晶が可能な温度域よりも低い温度域で不安定となる。そのため、インヒビター分解温度の低温化による二次再結晶開始温度の低温化には寄与しない状況も考えられる。このため、インヒビターの分解挙動による二次再結晶開始温度の低温化を活用する場合は、二次再結晶が可能な温度域まで安定となる窒化物の活用が好ましい。
比較的低温で分解するNb群元素の析出物、好ましくは窒化物と、より高温で分解するAlN、(Al,Si)Nなどの従来インヒビターとともに併用することにより二次再結晶{110}<001>方位粒の優先成長温度域を従来よりも拡大することができる。これにより、低温から高温までの幅広い温度域で還流磁区の発生頻度を抑制され、方位選択が広い温度域で継続する。このため、最終的な還流磁区総量が低減するとともに、製品板を構成する二次再結晶粒の{110}<001>方位集積度を効果的に高めることができる。
Nb群元素の炭化物又は炭窒化物によるピン止め効果により、一次再結晶粒の微細化を指向する場合は、鋳造時点でC量を50ppm以上としておくことが好ましい。ただし、二次再結晶におけるインヒビターとしては、炭化物又は炭窒化物よりも、窒化物が好ましいことから、一次再結晶完了後は、脱炭焼鈍によりC量を30ppm以下(好ましくは20ppm以下、さらに好ましくは10ppm以下)とし、十分に分解しておくことが好ましい。このように、Nb群元素の大部分を固溶状態にしておくことで、その後の窒化工程において、Nb群元素の窒化物(インヒビター)を、本発明にとって好ましい二次再結晶が進行するような形態に調整して形成することができる。
Nb群元素の合計含有量は、より好ましくは0.004%〜0.020%である。さらに好ましくは0.005%〜0.010%である。
スラブの化学組成は、製造上の課題解決のほか、化合物形成によるインヒビター機能の強化や磁気特性への影響を考慮して、Feの一部に代えて、公知の任意元素を含有してもよい。Feの一部に代えて含有される任意元素として、例えば、次の元素が挙げられる。各数値は、それらの元素が任意元素として含有された場合の、上限値を意味する。
質量%で、
Cu:0.40%以下、
Bi:0.010%以下、
B:0.080%以下、
P:0.50%以下、
Ti:0.015%以下、
Sn:0.10%以下、
Sb:0.10%以下、
Cr:0.30%以下、
Ni:1.00%以下。
これら任意元素は、公知の目的に応じて含有させればよいため、任意元素の含有量の下限値を設ける必要はなく、下限値が0%でもよい。
(熱間圧延工程)
熱間圧延工程は、所定の温度(例えば1100℃〜1400℃)に加熱されたスラブの熱間圧延を行い、熱間圧延鋼板を得る工程である。熱間圧延工程では、例えば、加熱工程で加熱された珪素鋼素材(スラブ)の粗圧延を行った後、仕上げ圧延を行って所定厚さ、例えば、1.8mm〜3.5mmの熱間圧延鋼板とする。仕上げ圧延終了後、熱間圧延鋼板を所定の温度で巻き取る。
インヒビターとしてのMnS強度はそれほど必要でないため、生産性を考慮すれば、スラブ加熱温度は1100℃〜1280℃とすることが好ましい。
(熱延板焼鈍工程)
熱延板焼鈍工程は、熱間圧延工程で得た熱間圧延鋼板を所定の温度条件(例えば750℃〜1200℃で、30秒間〜10分間)で焼鈍して、焼鈍鋼板を得る工程である。
熱延板焼鈍工程は、高温スラブ加熱プロセスにおいてはAlNなどの析出物の形態を最終的に制御する工程であり、均一かつ微細に析出するように条件調整するため、一次再結晶粒径は小径化する。したがって、前述の熱間圧延工程と同様に、後述する仕上げ焼鈍前の鋼板表面の性状制御及び仕上げ焼鈍中の雰囲気制御などとの組み合わせが有効となる。
(冷間圧延工程)
冷間圧延工程は、焼鈍工程で得た焼鈍鋼板を、1回の冷間圧延、又は焼鈍(中間焼鈍)を介して複数回(2回以上)の冷間圧延により、例えば、0.10mm〜0.50mmの厚さを有する冷間圧延鋼板を得る工程である。総冷延率は90%以上(好ましくは91%以上)である。総冷延率の上限は冷延可能な範囲であれば特に限定されず、例えば95%が挙げられる。
(脱炭焼鈍工程)
脱炭焼鈍工程は、冷間圧延工程で得た冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍(例えば700℃〜900℃で1分間〜3分間)を行い、一次再結晶が生じた脱炭焼鈍鋼板を得る工程である。冷間圧延鋼板に脱炭焼鈍を行うことで、冷間圧延鋼板中に含まれるCが除去される。脱炭焼鈍は、冷間圧延鋼板中に含まれる「C」を除去するために、湿潤雰囲気中で行うことが好ましい。
また、前述の熱間圧延及び熱延板焼鈍の条件を制御したり、脱炭焼鈍温度を必要に応じて低温化することによって、一次再結晶粒径を小さくすることが有効である。
また、脱炭酸化量及び表面酸化層の状態は、グラス被膜の形成に影響を及ぼすため、本発明の効果を発現するためには従来の方法を使って適宜調整してもよい。
本発明に係る方向性電磁鋼板では、一次再結晶集合組織は重要な因子となる。本発明において、フーリエプロファイルF(x)の最大ピーク強度位置Mpを低くするためには、一次再結晶集合組織の内、I{111}とI{411}とを適切に制御することが重要である。ここで、I{411}、及びI{111}とは、それぞれ、一次再結晶集合組織における{411}、{111}方位のランダム強度比であり、X線回折測定等により板厚1/5層において測定する。
本発明において、最大ピーク強度位置Mpを十分低い値とするためには、I{411}に対するI{111}の比(I{111}/I{411})を2.5以下(好ましくは2.2以下)に調整し、かつI{111}を3.0以上とすることで、本発明の特徴であるフーリエプロファイルF(x)を適切に制御し、本発明の方向性電磁鋼板の規定を満たすことが可能となる。
上記の強度比を適切に制御することによって,フーリエプロファイルF(x)の最大ピーク強度位置Mpが低減する理由については、次のように考えている。I{111}とI{411}の比を適切な範囲に制御することによって、安定的な二次再結晶を保つとともに、I{111}強度を3.0以上とすることによって、ずれ角の低減した先鋭な対応方位が得られる。後述の仕上げ焼鈍工程の条件を適切に制御し二次再結晶させることによって、ずれ角が低減した二次再結晶組織が得られる。ずれ角の低減により、鋼板表面に生じる静磁エネルギーが低減し、180°磁区の間隔が広くなるため、フーリエプロファイルF(x)の最大ピーク強度位置Mpが低減したと考えられる。
特に、還流磁区の発生頻度を抑制しやすくする元素として含有するNb群元素は、この時点では、炭化物もしくは炭窒化物によるピン止め及び固溶元素として、一次再結晶粒径を微細化するように影響を及ぼす。これは、後述の二次再結晶過程においては、二次再結晶がより低温で開始するように作用するため、好ましい。一次再結晶粒径は、好ましくは8μm〜20μmであり、より好ましくは12μm〜18μmである。
(窒化処理)
窒化処理は、二次再結晶におけるインヒビターの強度を調整するため、実施する重要な工程である。窒化処理は、脱炭処理の開始から、仕上げ焼鈍における二次再結晶の開始までの間に、鋼板の窒素量を40ppm〜200ppm程度増加させる。窒化処理としては、例えば、アンモニア等の窒化能のあるガスを含有する雰囲気中で焼鈍する処理、MnN等の窒化能を有する粉末を含む焼鈍分離剤を塗布した脱炭焼鈍鋼板を仕上げ焼鈍する処理等が例示される。
Nb群元素を本発明範囲で含有する場合は、これらの窒化物が比較的低温で粒成長抑止機能が消失するインヒビターとして機能し、二次再結晶が低温から開始するように作用する。この窒化物は、二次再結晶粒の核発生の選択性においても有利に作用し、高磁束密度化を実現している可能性も考えられる。また、同時にAlNを形成し、これを比較的高温まで粒成長抑止機能が継続するインヒビターとして活用する。このためには、窒化処理後の窒化量は130ppm〜300ppmとすることが好ましく、さらには180ppm〜250ppmとすることが好ましい。
(焼鈍分離剤塗布工程)
焼鈍分離剤塗布工程は、脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離剤を塗布する工程である。焼鈍分離剤としては、例えば、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を用いることができる。焼鈍分離剤を塗布後の脱炭焼鈍鋼板は、コイル状に巻取った状態で、次の仕上げ焼鈍工程で仕上げ焼鈍される。
(仕上げ焼鈍工程)
仕上げ焼鈍工程は、焼鈍分離剤が塗布された脱炭焼鈍鋼板に仕上げ焼鈍を施し、二次再結晶を生じさせる工程である。この工程は、一次再結晶粒の成長をインヒビターにより抑制した状態で二次再結晶を進行させることによって、{100}<001>方位粒を優先成長させ、磁束密度を飛躍的に向上させる。
一次再結晶集合組織におけるI{111}及びI{411}の制御とともに、仕上げ焼鈍は、本発明の特徴であるTD方向(x)でのフーリエプロファイルF(x)を制御するために重要な工程である。本発明では、仕上げ焼鈍において、以下の条件(A)、(B)、(C)の3つの条件により、本発明の規定の基本的なパラメータである最大ピーク強度位置Mp及び最小位置Lxを制御する。
注意を要するのは、仕上げ焼鈍工程の説明における「Nb群元素の合計含有量」は、仕上げ焼鈍直前の鋼板(脱炭焼鈍鋼板)における含有量であることである。つまり、仕上げ焼鈍条件の適否に影響するのは、仕上げ焼鈍直前の鋼板における含有量であり、仕上げ焼鈍及び純化が起きた後の、例えば本発明に係る方向性電磁鋼板(最終製品)における含有量とは無関係である。
(A)仕上げ焼鈍の加熱過程において、800℃〜900℃の温度域での雰囲気についてのPHO/PHをPAとし、
PA:0.050〜0.300
(B)仕上げ焼鈍の加熱過程において、950℃〜1000℃の温度域での雰囲気についてのPHO/PHをPBとし、
PB:0.010〜0.070
(C)仕上げ焼鈍の加熱過程において、850℃〜950℃の温度域での保持時間をTCとする。
TC:180分〜480分
PAについては、好ましくは、0.100〜0.200である。
PBについては、好ましくは、0.020〜0.050である。
TCについては、好ましくは、240分〜360分である。より好ましくは、250分〜340分である。
上記の条件(A)、(B)、(C)の全てを満たすことによって、本発明の特徴であるフーリエプロファイルF(x)を適切に制御し、本発明鋼板の規定を満たすことが可能となる。
なお、Nb群元素の合計含有量が0.003%〜0.030%の場合は、Nb群元素が持つ回復再結晶抑制効果のため、「二次再結晶初期の再結晶核としての方位選択性」と「二次再結晶過程での亜粒界形成による方位選択性」の二つ要因が強く作用し、条件(C)が緩和する。Nb群元素の合計含有量が0.003%〜0.030%の場合、TCについては、180分〜600分、好ましくは240分〜540分である。
還流磁区の発生頻度が抑制されるメカニズムについては後述するが、現時点では明確ではない。ただし、二次再結晶過程の観察結果、及び還流磁区の形成を好ましく制御できる製造条件を考慮し、「二次再結晶初期の再結晶核としての方位選択性」と「二次再結晶過程での亜粒界形成による方位選択性」の二つが製造における重要な要因であると推察している。
この二つの要因を念頭に、上記条件(A)、(B)、及び(C)の限定理由について説明する。なお、以下の説明でメカニズムについての記述は推測を含むものであることを断っておく。
条件(A)は、二次再結晶が起きる温度よりも低い温度域であり、二次再結晶と認識される現象は発現しない。ただし、この温度域は、鋼板表面に塗布された焼鈍分離剤により持ち込まれた水分等による鋼板表層の酸化反応により、一次被膜の形成に影響を及ぼす温度域である。この一次被膜の形成への影響を制御することを介して、その後に起きる二次再結晶の高温までの継続を可能とするために重要な条件となる。この温度域を上記雰囲気とすることで、一次被膜は緻密な構造となる。この一次被膜は、二次再結晶が生じる段階において、インヒビターの構成元素(例えば、Al、Nなど)が系外に排出されるのを阻害するバリアとして作用する。これにより二次再結晶が高温まで継続し、微小な角度変化を伴った粒界(以降、亜粒界と呼ぶことがある)を伴った二次再結晶による方位選択を十分に起こすことが可能になる。方位選択によって先鋭な{110}<001>方位が成長し、180°磁区の磁区幅が広くなり、最大ピーク強度位置Mpが低減すると考えられる。
条件(B)は、二次再結晶粒が成長する過程でのインヒビター強度の調整に影響する。この温度領域の雰囲気を上記の範囲に制御することで、成長の中期段階において、二次再結晶粒の成長がインヒビター分解に律速されて進行するようになる。これは、二次再結晶粒の成長方向前面の粒界に転位が効率的に蓄積する(詳細は後述)ことを可能とし、亜粒界の発生頻度の増大及び継続を促進するように作用する。亜粒界の形成において、還流磁区の発生頻度は抑制され、最小位置Lxの低減に寄与すると考えられる。
条件(C)は、二次再結晶の核形成から成長の初期段階に相当する温度域である。この温度域での保持は良好な二次再結晶を起こすために重要である。保持時間が長くなると、一次再結晶粒の成長も起きやすくなる。一次再結晶粒の粒径が大きくなると、後述するような亜粒界発生の駆動力が低減し、成長中の二次再結晶粒の前面の粒界への転位密度の蓄積が起きにくくなってしまう。この温度域の保持時間を480分以下とすることは、一次再結晶粒の粗大化を抑制した状態で二次再結晶の初期段階の成長を継続させることに寄与して、方位選択性を高めることとなる。本発明においては、二次再結晶が低温で開始するという状況を背景として、亜粒界を多く発生させ、かつ継続させるために有効となる。
(絶縁被膜形成工程)
鋼板に、コーティング溶液(例えば、りん酸又はりん酸塩、無水クロム酸又はクロム酸塩、及びコロイド状シリカを含むコーティング溶液)を塗布して焼き付けて(例えば、350℃〜1150℃で、5秒間〜300秒間)、絶縁被膜を形成する。
(その他)
方向性電磁鋼板には、必要に応じて、レーザー、プラズマ、機械的方法、エッチングなど、公知の手法により、局所的な微小歪領域又は溝を形成する磁区細分化処理を施してもよい。本発明に係る方向性電磁鋼板は、磁区構造に着目した規定であるため、磁区制御後の製品が、本発明規定を満たす磁区構造を備えていれば、顕著な磁歪の低減効果を発揮する。
(還流磁区発生頻度抑制のメカニズムについて)
本発明の効果を発現させる根本要因と考えている還流磁区の抑制効果は、二次再結晶粒が成長する過程で起きる亜粒界の形成に起因したものである。この亜粒界の形成は、素材(スラブ)の化学組成及び二次再結晶の成長に至るまででのインヒビターの造り込み、一次再結晶粒の粒径の制御など、多岐の工程の条件に影響される。このため、一概に条件を決定することは適切ではない。
ただし、現状で二次再結晶を精緻に制御して方向性電磁鋼板を製造している当業者であれば、上記の条件(A)、(B)、及び(C)を考慮し、さらに別の多岐に亘る条件を適切に制御することは困難ではない。例えば、以下のような条件を制御してもよい。
(1):二次再結晶をより低温から開始させるため、一次再結晶粒径を小さめに制御した上で、脱炭焼鈍後、仕上げ焼鈍前の鋼板表面での元素偏析に起因するグラス被膜との反応を考慮して二次再結晶を制御すること。
(2):さらに、必要に応じて、Nb群元素を、粒界移動を抑制する効果が比較的低温で消失するインヒビターとして活用すること。
(3):さらに、比較的低温で長時間保持するとともに、AlNなどの比較的高温まで粒界移動を抑制する効果が継続するインヒビターを併用し、二次再結晶粒の発生よりも成長を優先させて高温まで二次再結晶を進行させる条件を決定すること。
上記のような条件範囲で、隣接する結晶粒の間の相対的な方位関係が変化して還流磁区の形成抑制効果が活性化し、フーリエプロファイルF(x)に関する最大ピーク強度位置Mp及び最小位置Lxが低減する理由は明確ではないが、以下のように推定される。
なお、以降の記述において、製造条件が引き起こす鋼板の変化について「ずれ角」という表現を用いて説明する。しかし、本発明効果が主に伸びの磁歪を抑制していることを考慮すると、鋼板の結晶方位の変化についても、磁化容易軸の鋼板板厚方向での角度、特に「TD軸」周りにおける{110}<001>方位との角度差(いわゆる「ずれ角β」)の寄与が比較的大きいと考えられることを申し添えておく。
最大ピーク強度位置Mp及び最小位置Lxの低減には、亜粒界の形成が重要である。亜粒界の形成が起きる原因としては、隣接する結晶粒の間の粒界のエネルギー及び表面エネルギーが考えられる。
粒界エネルギーについては、角度差を有する2つの結晶粒が隣接していると、その粒界のエネルギーが大きくなるため、結晶粒が成長する過程でこれを解消する方向に、つまり特定の同一方位に近づくように亜粒界の形成が起きることが考えられる。
また、表面エネルギーについては、対称性がそれなりに高い{110}面からのわずかな方位のずれは、表面エネルギーを増大させることになる。このため、結晶粒が成長する過程でこれを解消する方向に、つまり{110}面方位に近づき、ずれ角が小さくなるように亜粒界の形成が起きることが考えられる。
ただし、このエネルギー差は一般的な状況では、結晶粒が成長する過程で亜粒界の形成を起こしてまで方位を変える必要があるほど大きなものでもない。このため、一般的な状況では、角度差又はずれ角を有したままで成長して二次再結晶が進行する。この場合、ずれ角は、二次再結晶の初期では、二次再結晶粒の発生時点での方位ばらつきに起因した角度であり、圧延方向に曲率を有したコイルにおいて結晶粒が成長すると、鋼板面に対する角度は変化していく。二次再結晶粒は、発生時点で、ずれ角が小さくなるように制御されているため、ある程度の大きさまで成長した結晶粒の先端においては、ずれ角は不可避的に大きくなっていく。
一方、本発明に係る方向性電磁鋼板のように、二次再結晶をより低温から開始させ、かつ二次再結晶を高温まで長時間に亘って継続させる場合は、亜粒界の形成が顕著に起きるようになる。この理由は明確ではないが、二次再結晶が成長する過程で、その成長方向の前面部つまり一次再結晶粒に隣接する領域に、比較的高密度で幾何学的な方位のずれを解消するための転位が残存することが考えられる。
二次再結晶が低温で開始するため、転位の消滅が遅れ、成長する二次再結晶粒の成長方向前面の粒界に転位が掃き溜められるような形で密度が増す。このため成長する二次再結晶粒の前面で原子の再配列が起き易くなり、隣接する二次再結晶粒との角度差を小さくするように、又は表面エネルギーを小さくするように亜粒界の形成を起こすものと考えられる。
このような亜粒界の形成が起きる前に、別の二次再結晶粒が発生したり、別の二次再結晶粒に到達してしまっては、亜粒界の形成自体が起きなくなる。このため、本発明では、二次再結晶粒の成長段階では、新たな二次再結晶粒の発生頻度を低くし、インヒビター律速で、既存の二次再結晶の成長のみが継続する状態で、二次再結晶を進行させることが有利となる。このため、比較的高温まで安定なインヒビターを併用する。
このような、亜粒界の形成によって、コイルセット等に起因して増大する、ずれ角の低減が生じると考えている。ずれ角の低減によって、鋼板表面に生じる静磁エネルギーが低減され、前述したランセット磁区の生成・消滅が抑制され、磁歪が低減する。この静磁エネルギーの低減は、180°磁区の磁区幅の増大を生むため、本発明におけるフーリエプロファイルF(x)における、最大ピーク強度位置Mpは原点に近い領域に生じるようになり、最大ピーク強度位置Mpの低減が生じると考えている。
一方、還流磁区の生成については、粒界等の方位差を有する領域に生成しやすくなる傾向を持っている。上述した亜粒界の形成を助長することによって、相対的に、方位差の大きな粒界の発生を抑制できる。方位差の大きな粒界では、磁化容易軸のミスマッチから還流磁区の発生サイトとなりやすいため、方位差の大きな粒界を低減することは、還流磁区の発生頻度を低減することができる。したがって、亜粒界の形成によって還流磁区の発生頻度を低減することができる。
還流磁区のフーリエプロファイルF(x)は180°磁区のプロファイルよりもxが大きい領域に存在し、その強度分布はブロードである。上述のように還流磁区の発生頻度を抑えることによって、鋼板全体のフーリエプロファイルF(x)は180°磁区を主体としたものとなり、その強度分布はシャープとなる。強度分布がシャープとなることによって、最大ピーク強度位置Mpの1/2強度の位置である最小位置Lxは低域にシフトするため、最小位置Lxが低減する。
なお、この際、ずれ角を主要な方位変化とする亜粒界の形成が起きる理由は明確ではないが、以下のように考えている。亜粒界の形成がどのような方位変化で起きるかは、亜粒界の形成の基本単位とも言える転位の種類(つまり、成長の過程で二次再結晶粒の前面に掃き溜められる転位におけるバーガースベクトルなど)の違いが影響すると考えられる。一方、本発明で注目する亜粒界の形成におけるずれ角の制御においては、二次再結晶過程としては初期から中間段階でのインヒビター制御(上記条件(B))の影響が大きく、950℃以下又は1000℃以上の温度域での雰囲気によりインヒビター強度が変化すると、亜粒界の形成におけるずれ角の寄与は小さくなる。これを勘案すると、インヒビターの弱化時期が、一次再結晶組織の変化(方位及び粒径変化)、掃き溜められる転位の消失、及び二次再結晶粒の成長速度に影響し、成長する二次再結晶粒内に形成される亜粒界の形成の方位(つまり、二次再結晶粒内に取り込まれる転位の種類と量)を変化させると考えている。
実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一例であり、本発明は、この一例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
表2に示す化学組成(質量%、表示以外の残部はFe)を有するスラブを素材として、表1に示す化学組成(質量%、表示以外の残部はFe)を有する最終製品とした。
表1及び表2において、「−」は含有量を意識した制御及び製造をしておらず含有量の測定を実施していない元素である。また、「<***」は含有量を意識した制御及び製造を実施し、含有量の測定を実施したが、精度の信憑性として十分な測定値が得られなかった(検出限界以下)元素である。
製造工程は前述の説明に準じたものである。
表2に示す化学組成を有する素材に、熱間圧延、熱延板焼鈍、冷間圧延を実施した。一部については、脱炭焼鈍後の冷延鋼板に、水素−窒素−アンモニアの混合雰囲気で窒化処理(窒化焼鈍)を施した。
さらに、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、仕上げ焼鈍を施し、その最終工程では、水素雰囲気において1200℃で20時間保持する純化工程を経た後、自然冷却し、二次再結晶が完了した仕上げ焼鈍鋼板を製造した。製造条件を表3〜表8に示す。
上記仕上げ焼鈍鋼板の表面に形成された一次被膜の上に、燐酸塩とコロイド状シリカを主体としクロムを含有する絶縁被膜コーティング溶液を塗布し、水素:窒素が75体積%:25体積%の雰囲気で加熱して保持し、冷却して、絶縁被膜を形成した。
得られた方向性電磁鋼板について、以下の手法により各種特性を測定した。
[1]式(1)及び式(3)の右辺
方向性電磁鋼板の磁区構造は、磁場可視化装置(Matesy GmbH社製、CMOS−Magvie「Type:XL、センサータイプA」)を用い、前述の方法で測定し、これをフーリエ変換して、最大ピーク強度位置Mp及び最小位置Lxを得た。
なお、観察視野は、40mm×40mm(L:40mm、M:40mm)であるので、式(1)および式(3)の右辺はそれぞれ160、100となる。
[2]磁気特性
磁気特性は、一般的な特性値として、交流周波数:50Hz、励磁磁束密度:1.7Tの条件で、鋼板の単位重量(1kg)あたりの電力損失として定義される鉄損(W17/50)を測定した。また、800A/mで励磁したときの鋼板の磁束密度B(T)を測定した。
さらに、本発明の特徴である特性値として、磁気歪量を鋼板の長さで割った値の最小値と最大値との差として定義されるλp-pについて、交流周波数:50Hzにおいて、中磁場(1.7T)で、λp-p@1.7Tを、さらに高磁場(2.0T)で、λp-p@2.0Tを測定した。
以下では、本発明鋼板の特性上の特徴である磁歪(λp-p@1.7Tおよびλp-p@2.0T)により本発明効果を説明する。しかしながら、単に磁歪の数値の大小を比較しても効果の優劣を理解しにくい。これは、磁歪が磁束密度Bとの比較的強い相関を持ち、磁束密度Bが高くなれば、自動的に磁歪が低くなるためである。例えば、磁歪の絶対値が低いとしても、同時に磁束密度Bが十分に高いのであれば、その磁歪が特別な意味を持つほどの低さかどうかは判断できない。つまり、磁歪への本発明効果の発現は、磁束密度Bとの相関を考慮して判断する必要がある。このため、本実施例では、磁束密度Bの違いを考慮した磁歪評価の目安として、以下の△λp-p@1.7Tおよび△λp-p@2.0Tを指標として使用する。
△λp-p@1.7T=λp-p@1.7T−(16.94−8.50×B
△λp-p@2.0T=λp-p@2.0T−(14.90−7.00×B
ここで、右辺の「16.94−8.50×B」および「14.90−7.00×B」は、「Bから期待されるλp-p@1.7Tおよびλp-p@2.0Tの最小値」に相当するもので、本実施例で評価した比較例(従来技術相当材料)におけるλp-p@1.7Tおよびλp-p@2.0Tに対するBの特性値の分布から、a−b×Bの関係を想定し、分布の下限に最も近くなるように係数aおよびbを決定した。具体的には、例えば、従来技術に基づいて製造されたBが1.9Tの材料であれば、λp-p@1.7Tの最小値は、0.790(=16.94−8.50×1.9)程度、λp-p@2.0Tの最小値は、1.600(=14.90−7.00×1.9)程度の値を持つということである。
本実施例は、成分及び製造条件が異なる様々な鋼板についての試験結果を含むこともあり、上記の係数には、特に物理的な意味はなく、今回の実施例に限定される単なる実験定数に過ぎない。しかし、本実施例の範囲内では、Bと、λp−p@1.7Tおよびλp−p@2.0Tの相関は比較的高い。そして、この相関から得られる上記の「Bから期待されるλp−p@1.7Tおよびλp−p@2.0Tの最小値」を設定し、実際に各試験サンプルで得られたλp−p@1.7Tおよびλp−p@2.0Tの値との差を比較することで、各試験サンプルが持つ、比較的大きなBの値の差異による影響を除外した上での本発明効果の有無の判断ができると考えている。
なお、繰り返しにもなるが、△λp−p@1.7TおよびΔλp−p@2.0Tの絶対値自体には意味はない。これらは、単に本実施例において効果の比較説明を理解しやすくするために導入した指標であり、本発明が△λp−p@1.7TおよびΔλp−p@2.0Tの値によって特定されるものでないことを念のため申し添えておく。
方向性電磁鋼板の特性は、化学組成及び製造法により大きく変化する。このため、発明の効果(磁気特性の変化)は、化学組成及び製造方法を妥当な程度に限定した鋼板の範囲内において比較検討する必要がある。本実施例では、これを考慮し、いくつかの特徴のある化学組成及び製造法による方向性電磁鋼板ごとに、発明の効果を説明する。
No.1〜No.35は、Nb群元素を含有しない鋼種において、PA、PB、及びTCの条件を中心に変化させている。この結果から、PA、PB、及びTCが上記で説明した全ての製造条件を満足する場合に、式(1)を満足することがわかる。また、中磁場磁歪(λp-p@1.7T)及び高磁場磁歪(λp-p@2.0T)が低い値となり、本発明効果が発揮されていることが確認できる。
また、これらのうち、No.20〜No.25は、一次再結晶集合組織のうち、I{411}に対するI{111}の比(I{111}/I{411})及びI{111}を制御するように製造条件を変化させた例である。比(I{111}/I{411})を2.5以下、かつ、I{111}を3.0以下を満足する製造条件では、式(1)を満足することがわかる。
No.36〜No.49は、Nb群元素のうち、Nb含有量を0.006%とした例である。このうち、No.36〜No.43は、Nbを0.006%含有する鋼種において、PA、PB、及びTCの条件を中心に変化させている。この結果から、Nbを含有する場合において、PA、PB、及びTCが上記で説明した全ての製造条件を満足するとき、式(1)を満足することがわかる。また、中磁場磁歪(λp-p@1.7T)及び高磁場磁歪(λp-p@2.0T)が低い値となり、本発明効果が発揮されていることが確認できる。
また、No.44〜No.49は、一次再結晶集合組織のうち、I{411}に対するI{111}の比(I{111}/I{411})及びI{111}を制御するように製造条件を変化させた例である。比(I{111}/I{411})を2.5以下、かつ、I{111}を3.0以下を満足するような製造条件では、式(1)を満足することがわかる。
No.50〜No.56は、Nb含有量の影響を確認した例である。TCが長時間であっても、Nbを適切な範囲で含有すれば、式(1)を満足し、本発明効果が得られることがわかる。
No.57〜No.66は、Nb以外のNb群元素を含有する場合において、Nb群元素含有量の影響を確認した例である。Nb群元素を適切な範囲で含有すれば、式(1)を満足し、本発明効果が得られることがわかる。
No.67は、スラブ加熱温度を高くしてスラブ加熱中に十分に溶解させたMnSを主要なインヒビターとして活用するプロセスにおける検討結果である。高温スラブ加熱プロセスにおいても、一次再結晶集合組織のうち、I{411}に対するI{111}の比(I{111}/I{411})及びI{111}を適切に制御すること、並びに、仕上げ焼鈍条件を適切に制御することにより、式(1)を満足し、本発明効果が発現することがわかる。
次に、No.39の方向性電磁鋼板に、レーザー、プラズマ、機械的方法、及びエッチングのいずれかの手法により、局所的な微小歪領域又は溝を形成して磁区細分化処理を施した。この結果、磁区細分化処理を施した方向性電磁鋼板のうち、式(1)を満足する場合、いずれの手法においても、磁歪が低減されることが確認できる。
以上から、本実施例によって、特に中磁場領域での磁歪(λp-p@1.7T)を低減しつつ、高磁場領域での磁歪(λp-p@2.0T)を低減した方向性電磁鋼板が得られることが明らかとなった。
本発明によれば、特に低騒音が要求される変圧器向けに最適な方向性電磁鋼板が提供できる。具体的には、本発明に係る方向性電磁鋼板は、軟磁性材料として変圧器及び電気機器等の鉄芯として利用可能である。

Claims (3)

  1. 質量%で、Si:2.00〜7.00%を含有し、残部がFe及び不純物である化学組成を有し、{110}<001>方位を主方位とする集合組織を有する方向性電磁鋼板であって、
    消磁状態での磁区画像を二次元フーリエ変換により得られるピーク強度プロファイルであり、圧延直角方向(TD)のそれぞれの位置に対して、圧延方向(RD)にピーク強度を積分して得られる、圧延直角方向(TD)におけるピーク強度プロファイルF(x)において、
    x>5.0の範囲における前記F(x)の最大ピーク値をとるxの位置Mp、前記圧延直角方向(TD)における前記磁区画像の観察領域L[m]の関係が、下記式(1)の関係を満足する方向性電磁鋼板。
    Mp≦4000×L・・・・(1)
  2. x>Mpの範囲における前記F(x)が、下記式(2)を満足する最小値となるxの位置をLxとしたとき、前記Lxと前記Mpとの差が下記式(3)を満足する、請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
    F(x)<0.5×Mp・・・・(2)
    Lx−Mp≦(2500×L)・・・・(3)
  3. 質量%で、Nb、V、Mo、Ta、及びWのうちの少なくとも1種の合計:0.030%以下を含有する、請求項1又は2に記載の方向性電磁鋼板。
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