本発明者は、腎臓細胞の培養技術について考察し、以下のような認識を得た。すなわち、腎臓から酵素処理により単離された近位尿細管上皮細胞等の腎臓細胞(初代培養細胞)は、生体内環境の消失や、シャーレ上での二次元培養といった培養環境により、脱分化して機能が徐々に消失する。このため、腎臓細胞を単に培養するだけでは、生理機能が不十分な細胞が増えるだけである。脱分化した細胞を用いてバイオ人工腎臓を製造した場合、血漿中の有用成分の再吸収機能が十分に高くないものとなる可能性がある。また、脱分化した細胞を用いて薬物評価モジュールを製造した場合、高い精度で薬物動態や毒性反応を示さない可能性がある。これに対し本発明者は、一旦機能が低下しても所定の状態で所定の長期間培養を継続することで、脱分化した腎臓細胞の生理機能を回復させられるという、驚くべき事実を見出した。
また、腎臓から単離された近位尿細管上皮細胞は、本来の円柱状の細胞構造を維持できず、扁平形状に変化する。さらに、近位尿細管上皮細胞をシャーレや人工膜上に播種すると、単層上皮構造を消失して細胞間に隙間が生じたり、細胞が重層化したりする。このような現象が生じることで、バイオ人工腎臓において有用成分の再吸収機能が劣化し得る。また、薬物評価モジュールの精度が低下し得る。これに対し本発明者は、生理機能が回復した近位尿細管上皮細胞を用いて、基材上に安定した単層上皮構造を形成する技術を見出した。実施の形態は、このような思索に基づいて案出されたものである。
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、この用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。
図1(A)及び図1(B)は、参考例に係る細胞支持複合体の構造を模式的に示す図である。図1(A)には、一般的なコーティング剤を用いた場合の細胞支持複合体が図示されている。図1(B)には、コーティング剤を用いない場合の細胞支持複合体が図示されている。図1(A)に示すように、従来公知の一般的なコーティング剤102をコーティングした人工膜等の基材104に、近位尿細管上皮細胞106を播種して得られる細胞支持複合体100aでは、近位尿細管上皮細胞106が重層化したり、細胞間に隙間が空いてしまうことがあった。図1(B)に示すように、コーティング剤102を塗布していない基材104に近位尿細管上皮細胞106を播種して得られる細胞支持複合体100bにおいても同様に、近位尿細管上皮細胞106の重層化や隙間の発生があった。
近位尿細管上皮細胞106が重層化した領域では、細胞頂端膜側から細胞基底膜側への、トランスポーターを介した有用物質の移動が妨げられ得る(矢印P)。また、隣り合う近位尿細管上皮細胞106の隙間において、基材104を介した濃度依存性の物質移動が生じ得る(矢印Q)。
図2(A)〜図2(C)は、実施の形態に係る培養細胞と、この培養細胞を含む細胞支持複合体の構造を模式的に示す図である。図2(A)には、水透過性を有する基材、言い換えれば水透過性が相対的に高い基材を用いた場合の細胞支持複合体が図示されている。図2(B)には、水透過性を有しない基材、言い換えれば水透過性が相対的に低い基材を用いた場合の細胞支持複合体であって、短時間経過した状態が図示されている。図2(C)には、水透過性を有しない基材を用いた場合の細胞支持複合体であって、長時間経過した状態が図示されている。本実施の形態に係る細胞支持複合体10は、基材12と、コーティング剤層14と、培養細胞の単層15(以下では適宜、細胞単層15と称する)とを備える。
[基材]
基材12は、例えば人工材料で構成される。基材12は、細胞が播種される培養面12aを有する。培養面12aは、例えば、平面又は曲面を有する基材12の少なくとも1つの表面を意味する。基材12が平板状である場合には、培養面12aは、例えば平板の少なくとも一方の主表面を意味する。基材12が円筒状である場合には、培養面12aは、例えば円筒の内側面又は外側面の少なくとも一方を意味する。
図2(A)に示すように、基材12は、水や各種イオンに対する透過性を有する。また、基材12は、糖や低分子タンパク質に対する透過性も有することが好ましい。このような基材12を備える細胞支持複合体10は、例えばバイオ人工腎臓として利用することができる。細胞頂端膜側に存在する有用物質50は、細胞単層15を構成する培養細胞16が備える細胞頂端膜側のトランスポーター18及び細胞基底膜側のトランスポーター20と、基材12とを介して細胞支持複合体10を通過し、細胞基底膜側に移動する。
各種の物質に対する透過性を持たせるために、基材12には、例えば孔が設けられる。基材12に設けられる孔の平均孔径は、好ましくは5μm以下である。平均孔径を5μm以下とすることで、培養細胞16が基材12を通過するおそれを低減することができる。このような基材12として、例えばTranswell(Corning社:平均孔径0.4μm又は3.0μm)を用いることができる。
また、図2(B)及び図2(C)に示すように、基材12は、水や各種イオンに対する透過性を有しなくてもよい。このような基材12を備える細胞支持複合体10は、例えば、薬物の代謝(培養細胞16による薬物の取込量等)や毒性を評価する薬物評価モジュールとして利用することができる。基材12には、水透過性を有しないシャーレやウェルプレート等を用いることができる。細胞頂端膜側に存在する有用物質50は、培養細胞16のトランスポーター18を介して培養細胞16の内部に取り込まれる。使用開始から短時間のうちは、培養細胞16のトランスポーター20を介した有用物質50の細胞基底膜側への移動が少ないため、図2(B)に示すように細胞単層15に変形は生じない。一方、長時間経過すると、トランスポーター20を介した有用物質50の移動量が増えるが、有用物質50は基材12を通過できないため、図2(C)に示すように細胞単層15が浮き上がってドーム22が形成される。
基材12を構成する素材としては、特に限定されないが、例えばポリスチレン、ポリカーボネート(PC)、ポリエステル(PET)、ポリエステル系ポリマーアロイ(PEPA)、エチレン−ビニルアルコール共重合体(EVOH)、ポリエチレン、ポリスルホン(PSf)、ポリエーテルスルホン(PES)等が例示される。また、基材12の形態としては、特に限定されないが、例えば培養ウェルプレート、培養シャーレ、中空糸膜、Transwell、平膜等の人工膜や、微細流路チップ、中実粒子、中空粒子等が例示される。
[コーティング剤層]
コーティング剤層14は、コーティング剤で構成される層である。コーティング剤層14は、少なくとも基材12の培養面12aを被覆する。コーティング剤層14は、基材12の培養面12aに接着して基材12に固定される。コーティング剤層14を設けることで、培養細胞16の重層化や隙間の発生をより確実に抑制することができる。つまり、細胞単層15をより確実に形成することができる。コーディング剤は、ラミニン分子、基底膜マトリックス混合物、コラーゲン分子及びこれらのいずれかの断片からなる群から選択される1種以上の接着分子を含む。
(ラミニン分子)
ラミニン分子は、α鎖、β鎖、γ鎖をそれぞれ1本ずつ持つヘテロ三量体構造をとる。現時点では5種類のα鎖、3種類のβ鎖、3種類のγ鎖が同定されている。ラミニン分子は、これらの組合せによって少なくとも12種類のアイソフォームを形成することが知られている。本実施の形態では、ラミニン111、ラミニン211、ラミニン221、ラミニン311、ラミニン332、ラミニン421、ラミニン511、ラミニン521及びこれらの断片のうち1つ以上から選択される。
なお、ラミニン分子には、上述したアイソフォームの1か所以上に所定の修飾基が付加された、ラミニンの改変体(改変ラミニン)も含まれる。改変体には、遺伝子組み換え体、すなわち組み換え遺伝子から得られたタンパク質に変異を導入したタンパク質や、遺伝子組み換え体の部分タンパク質、遺伝子組み換え体由来のペプチドを有するタンパク質も含まれる。ラミニン分子のアイソフォームのうち、ラミニン311、ラミニン511及びラミニン521は、細胞間のバリア機能の指標である電気抵抗値がラミニン111よりも高いため、より好ましい。また、ラミニン511及びラミニン521は、例えばラミニン111と比較してコストが安いため、より好ましい。
コーティング剤におけるラミニン分子の濃度と、基材12に対するラミニン分子の接着量とは、細胞支持複合体10が実用期間の間その性能を維持できるように、適宜調整される。ラミニン分子の接着量は、コーティング剤におけるラミニン分子の濃度を調整することで、制御することができる。細胞支持複合体10の実用期間は、好ましくは細胞単層15が形成されてから16日以上である。基材12に対するラミニン分子の接着量は、当業者に公知の方法を用いて測定することができる。例えば、ラミニン分子を含むコーティング剤が基材12に塗布された後、4℃にて一晩静置することでコーティング剤層14が形成される。そして、基材12に接着したラミニン分子の量が、例えば2−D Quant Kit(GE Healthcare社)を用いて定量される。
ラミニン111の場合、基材12への接着量を0.15μg/cm2以上とすることが好ましい。ラミニン211の場合、基材12への接着量を0.45μg/cm2以上とすることが好ましい。ラミニン221の場合、基材12への接着量を0.30μg/cm2以上とすることが好ましい。ラミニン332の場合、基材12への接着量を0.90μg/cm2以上とすることが好ましい。ラミニン421の場合、基材12への接着量を0.50μg/cm2以上とすることが好ましい。ラミニン311の場合、基材12への接着量を0.07μg/cm2以上とすることが好ましい。ラミニン511の場合、基材12への接着量を0.05μg/cm2以上とすることが好ましい。ラミニン521の場合、基材12への接着量を0.33μg/cm2以上とすることが好ましい。これらにより、接着分子としての機能をより確実に発揮させることができる。また、細胞単層15の構造をより確実に維持することができる。
なお、各ラミニン分子の市販品の濃度を考慮すると、100μg/mlを超える濃度では処理が煩雑となり、またコストがかかる。このため各ラミニン分子の濃度は、100μg/ml以下であることが好ましい。ラミニン分子として改変ラミニンが使用される場合、修飾基は、例えば増殖因子結合分子又は細胞接着分子である。このような改変ラミニンを用いた場合にも、改変されていないラミニン分子と同様の作用効果を奏することができる。
コーティング剤に含有させる接着因子として、ラミニン分子の断片が用いられてもよい。ラミニン分子の断片としては、例えば完全長ラミニンのうちドメインIの細胞接着部位(インテグリン結合部位)を含むE8領域の改変体(ラミニン***−E8と表記する)が例示される。このような改変体として、例えばラミニン111−E8、ラミニン211−E8、ラミニン411−E8及びラミニン521−E8が挙げられる。なかでもラミニン521−E8が好ましい。これらの分子量は、いずれも完全長ラミニンの1/5程度である。
ラミニン分子の断片としてラミニン511のE8領域の改変体(ラミニン511−E8)が使用される場合、市販のラミニン511−E8(iMatrix−511:株式会社ニッピ)の濃度を考慮すると、基材12への接着量を0.15μg/cm2以上とすることが好ましい。これにより、接着分子としての機能をより確実に発揮させることができる。また、細胞単層15の構造をより確実に維持することができる。
ラミニン分子の断片としては、E8領域の改変体だけでなく、細胞接着活性を有するラミニンペプチド、あるいは細胞活性部位のみをペプチド合成したものを用いることもできる。このようなラミニンペプチドとしては、例えばβ鎖のドメインIIIに由来するYIGSR含有ペプチド、β鎖のドメインIIIに由来するPDSGR含有ペプチド、β鎖のドメインIIIに由来するRYVVLPR含有ペプチド、α鎖のドメインIIIに由来するRGD含有ペプチド、γ鎖のドメインIに由来するKAFDITYVRLKF含有ペプチド、α鎖のドメインIに由来するIKVAV含有ペプチド及びβ鎖のドメインIに由来するLRE含有ペプチド等が例示される。ラミニンペプチドの濃度は、例えば約0.5〜約500μg/mlである。なお、ラミニン分子の断片の大きさは、特に制限されない。
ラミニン分子の断片を用いる場合、完全長のラミニン分子に比べて分子量が小さいため、より安定したコーティングが可能となる。また、微細領域に対してコーティングしやすくなる。また、接着分子の凝集が生じにくくなるため、コーティング斑の形成を抑制することができる。これらにより、細胞単層15の構造が不均一になることを抑制することができる。また、ラミニン分子の断片を用いることで、高濃度且つ高密度にて接着分子をコーティングすることができる。さらに、リコンビナントタンパク質は、分子量が小さいほど生産効率及び精製効率が上昇する。このため、ラミニン分子の断片を用いることで、細胞支持複合体10の製造コストをより低下させることができる。
完全長ラミニン分子とラミニン分子の断片とはそれぞれ、複数のアイソフォームが混合されて用いられてもよい。また、完全長ラミニン分子とラミニン分子の断片とが混合されて用いられてもよい。また、異なる種類の完全長ラミニン及び/又はラミニン分子の断片を含む複数のコーティング剤を基材12に塗布して、含有するラミニン種の異なる複数のコーティング剤層14が積層されてもよい。
(基底膜マトリックス混合物)
基底膜マトリックス混合物は、マウス肉腫から抽出された細胞外マトリックスタンパク質の混合物である。基底膜マトリックス混合物は、ラミニンと、コラーゲンIVと、エンタクチンとを主な構成成分として含む。基底膜マトリックス混合物としては、Matrigel(登録商標:Corning社)が例示される。
Matrigelとは、細胞外マトリックスタンパク質を豊富に含むEngelbreth−Holm−Swarm(EHS)マウス肉腫から抽出された、可溶性の基底膜マトリックスをいう。本実施の形態において、Matrigelには、成長因子を含む通常のMatrigelに加えて、このMatrigelと比べて成長因子が低減されたMatrigel(Growth Factor Reduced Matrigel Matrix)も含まれる。以下では適宜、通常のMatrigelを第1Matrigelと称し、成長因子が低減されたMatrigelを第2Matrigelと称する。第1Matrigel及び第2Matrigelは、例えばCorning社から入手することができる。第1Matrigelは、ラミニンを約56%、コラーゲンIVを約31%、エンタクチンを約8%含む。一方、第2Matrigelは、ラミニンを約61%、コラーゲンIVを約30%、エンタクチンを約7%含む。
また、基底膜マトリックス混合物としては、ラミニンと、コラーゲンIVと、エンタクチンとが約56〜約61:約30〜約31:約7〜約8の質量比にて混合された混合物を用いることもできる。
コーティング剤における基底膜マトリックス混合物の濃度と、基材12に対する基底膜マトリックス混合物の接着量とは、細胞支持複合体10が実用期間の間その性能を維持できるように、適宜調整される。基底膜マトリックス混合物の接着量は、コーティング剤における基底膜マトリックス混合物の濃度を調整することで、制御することができる。
Matrigelの基材12への接着量は、1.36μg/cm2超(より好ましくは1.4μg/cm2以上)約30.6μg/cm2以下とすることが好ましい。Matrigelの接着量を約1.36μg/cm2超とすることで、接着分子としての機能をより確実に発揮させることができる。また、細胞単層15の構造をより確実に維持することができる。また、Matrigelの接着量を30.6μg/cm2以下とすることで、Matrigelがゲル化して培養細胞16が凝集化するおそれを低減することができる。上述の接着量は、第1Matrigel及び第2Matrigelが併用される場合には、両者の合計量である。
コーティング剤に含有させる接着因子として、基底膜マトリックス混合物の断片が用いられてもよい。基底膜マトリックス混合物の断片とは、ラミニンの断片、コラーゲンIVの断片及びエンタクチンの断片の少なくとも1つが混合されたものを意味する。また、基底膜マトリックス混合物の完全体と断片とはそれぞれ、複数種が混合されて用いられてもよい。また、完全体と断片とが混合されて用いられてもよい。また、異なる種類の完全体及び/又は断片を含む複数のコーティング剤を基材12に塗布して、含有する混合物種の異なる複数のコーティング剤層14が積層されてもよい。
(コラーゲン分子)
コラーゲン分子としては、コラーゲンI及びコラーゲンIV等が例示される。これらは、例えば新田ゼラチン株式会社から入手することができる。コーティング剤におけるコラーゲン分子の濃度と、基材12に対するコラーゲン分子の接着量とは、細胞支持複合体10が実用期間の間その性能を維持できるように、適宜調整される。コラーゲン分子の接着量は、コーティング剤におけるコラーゲン分子の濃度を調整することで、制御することができる。
コラーゲンIの場合、基材12への接着量を50μg/cm2以上(より好ましくは50μg/cm2超)138μg/cm2以下とすることが好ましい。コラーゲンIVの場合、基材12への接着量を19μg/cm2以上(より好ましくは19.2μg/cm2超)121μg/cm2以下とすることが好ましい。各コラーゲンの接着量をそれぞれの下限値以上とすることで、接着分子としての機能をより確実に発揮させることができる。また、細胞単層15の構造をより確実に維持することができる。また、各コラーゲンの接着量をそれぞれの上限値以下とすることで、各コラーゲンの高い粘性に起因してコーティング剤の均一な塗布が困難になることを、より確実に回避することができる。
コーティング剤に含有させる接着因子として、コラーゲン分子の断片が用いられてもよい。また、コラーゲン分子の完全体と断片とはそれぞれ、複数種が混合されて用いられてもよい。また、完全体と断片とが混合されて用いられてもよい。また、異なる種類の完全体及び/又は断片を含む複数のコーティング剤を基材12に塗布して、含有するコラーゲン種の異なる複数のコーティング剤層14が積層されてもよい。
上述したラミニン分子、基底膜マトリックス混合物、コラーゲン分子及びこれらの断片は、それぞれ単独で、又は2種以上を混合して用いられてもよい。また、コーティング剤には、ゼラチン等の他の接着タンパク質がさらに混合されてもよい。
[細胞単層]
細胞単層15は、基材12の培養面12aに積層される、培養細胞16のコンフルエントな単層である。培養細胞16は、コーティング剤層14を介して基材12の培養面12aに付着する。すなわち、培養細胞16は、コーティング剤層14によって基材12に固定される。培養細胞16は、細胞頂端膜側に位置するトランスポーター18と、細胞基底膜側に位置するトランスポーター20とを有する。
培養細胞16は、本実施の形態に係る細胞の培養方法によって作製される。具体的には、培養細胞16は、腎臓細胞を培養面12a上で培養することで培養細胞16のコンフルエントな単層を形成し、この状態で16日以上60日以下(すなわち384時間以上1440時間以下)の期間培養することで作製される。培養細胞16は、細胞支持複合体10に使用される上で、腎臓細胞の生理機能を保持している必要がある。一方で、腎臓細胞を生体内環境とは異なる環境で培養すると、脱分化して生理機能が低下していく。これに対し、上述のように培養細胞16をコンフルエント且つ単層の状態で16日以上60日以下の期間培養することで、腎臓細胞の低下した生理機能を回復させることができる。細胞の培養方法については後に詳細に説明する。なお、培養により低下した生理機能が少しでも改善されていれば、本実施の形態における「回復」に含まれる。
培養細胞16の基になる腎臓細胞には、組織由来の腎臓細胞や、iPS細胞又はES細胞由来の腎臓細胞が含まれる。また、腎臓細胞には、例えば近位尿細管系、遠位尿細管系及び集合管系の上皮細胞の少なくとも1つが含まれる。より具体的には、腎臓細胞としては、例えば腎臓から採取、単離したヒト近位尿細管上皮細胞、ヒト遠位尿細管上皮細胞及びヒト集合管上皮細胞や、ヒトiPS細胞又はヒトES細胞から分化誘導した近位尿細管上皮細胞、遠位尿細管上皮細胞及び集合管上皮細胞が例示される。より好ましくは、腎臓細胞は、近位尿細管上皮細胞である。また、腎臓細胞には、上述した腎臓細胞の不死化細胞、株化細胞(HK−2細胞等)、特定のトランスポーター等のタンパク質を発現させるために腎臓細胞に遺伝子導入した形質転換細胞が含まれる。さらに、腎臓細胞としては、ヒト由来の腎臓細胞に代えて、他動物種由来の細胞(MDCK細胞、LLC−PK1細胞、JTC−12細胞等)を用いることもできる。
前記「単層」は、好ましくは培養細胞16の重層化が全く生じていない層である。しかしながら、前記「単層」には、重層化による物質の移動効率の低下が問題とならない程度に一部が重層化した構造(実質的な単層)も含めることができる。また、前記「コンフルエント」とは、好ましくは観察画像の全面積に対する観察画像内の培養細胞16の占有領域の面積が100%の状態である。例えば、前記「コンフルエント」とは、培養面12a全体に対して細胞の占める面積の割合が100%であること、すなわち培養面12aいっぱいに隙間なく細胞が増殖した状態を意味する。しかしながら、前記「コンフルエント」には、隣り合う細胞の隙間における濃度依存性の物質移動の発生が問題とならない程度に一部に隙間を有する状態(実質的なコンフルエント)も含めることができる。単層か否か及びコンフルエントか否かは、当業者であれば容易に判断することができる。
(細胞の培養方法及び細胞支持複合体の製造方法)
図3(A)〜図3(D)は、実施の形態に係る細胞の培養方法及び細胞支持複合体の製造方法の工程図である。本実施の形態に係る細胞の培養方法は、上述した腎臓細胞を基材12の培養面12aに播種する工程と、基材12上で腎臓細胞を培養して、細胞のコンフルエントな単層を形成する工程と、単層が形成された状態で16日以上60日以下の期間培養する工程とを含む。当該培養方法により、生理機能を有する状態にある培養細胞16を作製することができる。また、本実施の形態に係る細胞の培養方法は、ラミニン分子、基底膜マトリックス混合物、コラーゲン分子及びこれらのいずれかの断片からなる群から選択される1種以上を含むコーティング剤を、培養面12aに塗布する工程をさらに含む。したがって、腎臓細胞を播種する工程では、コーティング剤を塗布した培養面12a、言い換えればコーティング剤層14に腎臓細胞が播種される。
また、本実施の形態に係る細胞支持複合体の製造方法は、本実施の形態に係る細胞の培養方法によって基材12に細胞単層15を形成する工程を含む。つまり、本実施の形態では、腎臓細胞の培養に用いる基材12を、細胞支持複合体10の基材12として利用している。
具体的には、図3(A)に示すように、基材12の培養面12aにコーディング剤を塗布する。これにより、培養面12a上にコーティング剤層14が形成される。基材12及びコーティング剤層14は、最終的に得られる細胞支持複合体10の一部を構成する。
続いて、図3(B)に示すように、基材12の培養面12aに腎臓細胞24を播種する。本実施の形態では培養面12a上にコーティング剤層14が形成されているため、腎臓細胞24はコーティング剤層14上に播種される。腎臓細胞24は、従来公知の方法により入手することができる。あるいは、腎臓細胞24の市販品を使用してもよい。
腎臓細胞24の播種密度は、好ましくは10000個/cm2以上300000個/cm2以下である。播種密度を10000個/cm2以上とすることで、細胞単層15をより確実に形成することができる。また、細胞単層15が形成されるまでの時間が著しく長期化することを抑制することができる。また、播種密度を300000個/cm2以下とすることで、腎臓細胞24がコーティング剤層14に接着せずに凝集することを抑制することができる。
そして、図3(C)に示すように、培養面12aに播種された腎臓細胞24を培養する。培養面12aには、培地が添加される。培地としては従来公知の培地、例えばREGM(Lonza社)、EpiCM(ScienCell社)、KeratinocyteSFM(Life Technologies社)等を用いることができる。また、細胞培養に必要な従来公知の材料を適宜使用することができる。培養条件は、例えば37℃、5%CO2である。培養期間中、培地は定期的に交換することが好ましい。例えば、培地は毎日あるいは2日毎に交換される。
その結果、図3(D)に示すように、培養細胞16のコンフルエントな単層、つまり細胞単層15が得られる。細胞単層15は、腎臓細胞24を基材12に播種した日から、通常1日以内(すなわち24時間以内)に形成される。続いて、細胞単層15が形成された状態で、16日以上60日以下の期間、より好ましくは16日以上21日以下の期間培養する。これにより、生体内環境の消失等によって脱分化した腎臓細胞24の生理機能を回復させることができる。つまり、細胞単層15が形成された直後の培養細胞16よりも生理機能の高い発現状態にある培養細胞16を得ることができる。また、以上の工程により、基材12に細胞単層15が積層された構造を有する細胞支持複合体10を得ることができる。
培養期間を16日以上とすることで、生理機能が回復した培養細胞16をより確実に得ることができる。また、より幅広く生理機能を回復させることができる。また、培養期間を60日以下とすることで、細胞単層15の構造、すなわち培養細胞16のコンフルエントで且つ重層化していない状態を、より確実に維持することができる。さらに、培養期間を21日以下とすることで、より確実に、生理機能の発現を維持したまま培養細胞16を継代培養することが可能となる。
細胞単層15における培養細胞16の密度は、好ましくは25000個/cm2以上75000個/cm2以下である。細胞密度を25000個/cm2以上とすることで、細胞単層15をより確実に形成することができる。また、細胞単層15における細胞同士の十分な接着状態を得ることができる。これにより、生理機能が回復した培養細胞16をより確実に形成することができる。また、細胞密度を75000個/cm2以下とすることで、培養細胞16の凝集体の形成を抑制することができる。当該凝集体の形成を抑制することで、凝集体の周囲に隙間が生じることを抑制でき、よって細胞単層15の構造をより確実に維持することができる。また、細胞単層15の構造を維持できることで、基材12、コーティング剤層14及び細胞単層15の積層体を、そのまま細胞支持複合体10として用いることができる。さらには、上記細胞密度の条件を満たすことで、生理機能がより一層回復した培養細胞16を得ることができる。
[細胞支持複合体が用いられた装置]
図4(A)〜図4(F)は、実施の形態に係る細胞支持複合体の採用例を模式的に示す図である。なお、図4(A)〜図4(F)では、細胞支持複合体が組み込まれた構造の一部を図示している。本実施の形態に係る細胞支持複合体10は、様々な装置に適用することができる。
例えば、図4(A)は、Transwell32を備える第1装置34に細胞支持複合体10が組み込まれた様子を図示している。Transwell32の構造は従来公知であるため、詳細な説明は省略する。第1装置34では、細胞単層15が配置された側に、所定物質を含む第1液体36が供給される。第1液体36中の所定物質は、培養細胞16に取り込まれて細胞支持複合体10を通過し、細胞支持複合体10を挟んで第1液体36とは反対側に位置する第2液体38に移動する。第1装置34は例えば、細胞の機能や、薬物の取込・排出を微量液量で調べる薬物評価モジュールとして使用可能である。
図4(B)は、基材12として中空糸膜が用いられた細胞支持複合体10が第2装置40に組み込まれた様子を図示している。第2装置40では、基材12としての中空糸膜の管腔内にコーティング剤層14と細胞単層15とが形成されている。第2装置40は、中空糸膜の管腔内に液体を流すことによって、この液体中にある所定物質を培養細胞16で取り込んで、中空糸膜の管腔外へ移動させることができる。第2装置40は例えば、血液濾過器で濾過した血漿成分中から有用物質を回収するバイオ人工腎臓モジュールとして使用可能である。
図4(C)は、微細流路チップ42に細胞支持複合体10が組み込まれた様子を図示している。微細流路チップ42では、基材12が微細流路を構成している。そして、微細流路の内壁にコーティング剤層14と細胞単層15とが形成されている。微細流路チップ42では、流路内、すなわち培養細胞16が配置された側に微量の液体が流される。そして、液体中の所定物質が培養細胞16に取り込まれる。微細流路チップ42は例えば、細胞の機能や、薬物の取込・排出を微量液量で調べる薬物評価モジュールとして使用可能である。
図4(D)は、細胞支持複合体10が中空マイクロキャリア44を構成している様子を図示している。また、図4(E)は、細胞支持複合体10が中実マイクロキャリア46を構成している様子を図示している。中空マイクロキャリア44及び中実マイクロキャリア46では、基材12がキャリア本体を構成している。そして、基材12の外表面にコーティング剤層14及び細胞単層15が形成されている。中空マイクロキャリア44及び中実マイクロキャリア46では、培養細胞16が配置された側に微量の液体が流される。そして、液体中の所定物質が培養細胞16に取り込まれる。中空マイクロキャリア44及び中実マイクロキャリア46は例えば、細胞の機能や、薬物の取込・排出を微量液量で調べる薬物評価モジュールとして使用可能である。
図4(F)は、ウェルプレート48に細胞支持複合体10が組み込まれた様子を図示している。ウェルプレート48では、細胞支持複合体10がウェル底面に配置される。この状態で、細胞単層15はウェルの上側を向く。ウェルプレート48では、ウェル内に微量の液体49が注入される。そして、液体49中の所定物質が培養細胞16に取り込まれる。ウェルプレート48は例えば、細胞の機能や、薬物の取込・排出を微量液量で調べる薬物評価モジュールとして使用可能である。なお、ウェルプレート48に代えて、培養ディッシュ(シャーレ等)に細胞支持複合体10が組み込まれてもよい。
上述の、細胞支持複合体10を組み込んだモジュールは、第2装置40のように適宜カートリッジに収容されて使用される。
以上説明したように、本実施の形態に係る細胞の培養方法は、腎臓細胞24を基材12の培養面12aに播種する工程と、基材12上で腎臓細胞24を培養して細胞単層15を形成する工程と、細胞単層15が形成された状態で16日以上60日以下の期間培養する工程とを含む。このように、培養細胞16をコンフルエント且つ単層の状態で16日以上60日以下の期間培養することで、培養により低下した腎臓細胞24の生理機能を回復させることができる。つまり、本実施の形態の培養方法では、脱分化して生理機能を消失した腎臓細胞24を、コンフルエント且つ単層の状態で長期間培養することで、生理機能を再獲得、言い換えれば再分化させている。したがって、本実施の形態の培養方法によれば、生理機能が従来に比べて良好な状態にある培養細胞16を獲得することができる。
また、本実施の形態に係る細胞支持複合体10の製造方法は、本実施の形態に係る細胞の培養方法によって基材12に細胞単層15を形成する工程を含む。このように、本実施の形態に係る細胞の培養方法によって得られる高機能細胞を用いて細胞支持複合体10を製造することで、高性能なバイオ人工臓器やインビトロ評価系を提供することができる。
また、本実施の形態の培養方法では、細胞単層15における細胞密度が25000個/cm2以上75000個/cm2以下である。これにより、細胞単層15をより確実に形成し維持することができる。この結果、生理機能が回復した培養細胞16をより確実に形成することができる。また、細胞単層15の構造を維持できるため、基材12に細胞単層15が積層された構造を、そのまま細胞支持複合体10として用いることができる。つまり、培養細胞16の作製方法を、そのまま細胞支持複合体10の製造方法と解釈することができる。
また、本実施の形態の培養方法では、腎臓細胞24の播種工程における播種密度が10000個/cm2以上300000個/cm2以下である。これにより、細胞単層15をより確実に形成し維持することができる。この結果、生理機能が回復した培養細胞16をより確実に形成することができる。また、細胞単層15における細胞密度をより確実に好ましい範囲に収めることができる。
また、本実施の形態の培養方法は、ラミニン分子、基底膜マトリックス混合物、コラーゲン分子及びこれらのいずれかの断片からなる群から選択される1種以上を含むコーティング剤を、培養面12aに塗布する工程をさらに含む。したがって、腎臓細胞24は、培養面12aに積層されたコーティング剤層14に播種される。これにより、基材12上に細胞単層15を安定的に形成することができる。よって、生理機能が回復した培養細胞16をより確実に形成することができる。また、細胞単層15の安定性が向上するため、培養細胞16が基材12上でコンフルエントに達したことを、顕微鏡観察により確認する手間を省くことができる。よって、所望形状の細胞支持複合体10を容易に製造することができる。また、同一構造の細胞支持複合体10を大量に製造することができる。
なお、基材として、ヒト、ヒツジ、ブタ等の小腸粘膜下組織を脱細胞化した生物学的足場を用いることも考えられる。しかしながら、このような生物学的足場は、生体由来であるため同一構造のものを大量に製造することが困難である。このため、人工腎臓等の臨床用途に不向きである。また、小腸粘膜下組織は、動物種差あるいは個体差により、個々に形状が異なる。このため、細胞の播種面積も個々に変化し得る。よって、播種細胞数の制御が難しい。また、形状が複雑であり、また透明素材でもないため、細胞の観察が困難である。よって、細胞の観察が必要な薬物評価システムへの利用に不向きである。
本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更などの変形を加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれるものである。上述の実施の形態と以下の変形例との組合せによって生じる新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態及び変形例それぞれの効果をあわせもつ。
[遺伝子発現量の経時変化解析:試験1]
試験1により、近位尿細管上皮細胞における生理機能の低下を確認した。まず、ヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)を、ゼラチン溶液(シグマ社)でコーティングした60mmシャーレ(Corning社)に100000個播種した。そして、培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養した。
RNeasy Mini Kit(QIAGEN社)を用いて、播種直後(すなわち0時間)と培養4日(すなわち96時間)の近位尿細管上皮細胞からmRNAを抽出し、精製した。続いて、QuantiTect Reverse Transcription Kit(QIAGEN社)を用いて、精製したmRNAからcDNAを合成した。これらのcDNAを鋳型とし、Thermal Cycler Dice Real Time System I(タカラバイオ株式会社)を用いて、リアルタイムPCR法にてAQP1、CD13、SGLT2、Na/K ATPase、PEPT1、MDR1、OAT1、OCTN2、E−cadherin及びZO−1の各遺伝子の発現量を測定した。
これらの遺伝子は、腎臓細胞の生理機能に関連する遺伝子、すなわち腎臓細胞のマーカーである。具体的には、AQP1(aquaporin 1)は、水の輸送に関与するタンパク質をコードする遺伝子である。CD13(alanyl aminopeptidase)は、タンパク質のペプチド化に関与するタンパク質をコードする遺伝子である。SGLT2(sodium glucose cotransporter 2)は、ナトリウム及びグルコースの輸送に関与するタンパク質をコードする遺伝子である。Na/K ATPaseは、イオンの輸送に関与するタンパク質をコードする遺伝子である。PEPT1(peptide transporter 1)は、ペプチドの輸送に関与するタンパク質をコードする遺伝子である。MDR1(multiple drug resistance 1)、OAT1(organic anion transporter 1)及びOCTN2(organic cation transporter novel 1)は、薬剤の輸送に関与するタンパク質をコードする遺伝子である。E−cadherin及びZO−1(zonula occludens-1)は、細胞間結合に関与するタンパク質をコードする遺伝子である。
各遺伝子について、播種直後の発現量に対する培養4日の発現量の比率(day4/day0)を算出した。結果を図5に示す。図5は、ヒト近位尿細管上皮細胞における遺伝子発現量の経時変化を示す図である。図5に示すように、全ての遺伝子において比率は1を下回っていた。すなわち、培養4日の各遺伝子の発現量は、培養直後に比べて低下していた。この結果から、近位尿細管上皮細胞は、シャーレでの二次元培養によって遺伝子発現量が低下すること、すなわち脱分化することが示された。なお、播種直後であっても、近位尿細管上皮細胞の生理機能はある程度低下していると推察される。
[培養による細胞量の経時変化解析:試験2]
試験2により、培養にともなって近位尿細管上皮細胞が増加する様子を観察した。まず、ポリスチレン製の24ウェルプレート(CELLSTAR、GreinerBio−one社)の培養面を、20μg/mlに調整したラミニン521溶液(Biolamina社)でコーティングし、4℃にて一晩静置した。これにより、接着分子コーティングプレートを得た。比較例として、ラミニン521溶液でコーティングしていない24ウェルプレート(接着分子非コーティングプレート)も用意した。また、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。細胞懸濁液における細胞の濃度は、200000個/mlとした。
接着分子コーティングプレート及び接着分子非コーティングプレートのそれぞれに、細胞懸濁液1mlを滴下して、細胞を播種した。したがって、細胞の播種数は2.0×105個(播種密度は105000個/cm2)である。そして、培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養した。培地は2日毎に交換した。
各プレートにおける、播種から培養10,20,60日(すなわち播種から240,480,1440時間)の細胞の光学顕微鏡画像(倍率×10)を図6(A)に示す。図6(A)は、培養10,20,60日の細胞の光学顕微鏡画像である。図6(A)に示すように、ラミニン521をコーティングしたプレートでは、播種後培養10日でヒト近位尿細管上皮細胞の単層(細胞単層)が形成されることが確認された。また、播種後培養60日でも細胞単層を確実に維持できることが確認された。なお、本発明者は、播種密度が1.0×105個/cm2以上では、ほぼ1日のうちにコンフルエントに達することを確認した。したがって、播種密度が1.0×105個/cm2以上の場合は、播種からの培養期間を細胞単層形成日からの培養期間と捉えることができる。また、遅くとも培養7日で細胞単層が形成されることが望ましい。
また、ラミニン521以外の接着分子で培養面をコーティングしたプレートを用いて、同様の培養試験を実施した。具体的には、接着分子としてラミニン311、ラミニン511、コラーゲンIV、コラーゲンI及びMatrigelを用いた。これらの接着分子を用いた場合でも、培養60日で細胞単層を維持できることが確認された。
さらに、各接着分子(コーティング物質)の好ましいコーティング濃度を検証した。結果を図6(B)に示す。図6(B)は、接着分子の種類と好ましいコーティング濃度とを示す図である。図6(B)に示すように、ラミニン311の好ましいコーティング濃度は、0.07μg/cm2以上であった。また、ラミニン511の好ましいコーティング濃度は、0.05μg/cm2以上であった。ラミニン521の好ましいコーティング濃度は、0.33μg/cm2以上であった。コラーゲンIVの好ましいコーティング濃度は、19μg/cm2以上であった。コラーゲンIの好ましいコーティング濃度は、50μg/cm2以上であった。Matrigelの好ましいコーティング濃度は、1.4μg/cm2以上であった。
[遺伝子発現量の経時変化解析:試験3]
試験3により、遺伝子発現量の変化から、近位尿細管上皮細胞の長期培養による生理機能の回復を確認した。まず、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。また、12ウェルのTranswell(Corning社)の培養面を、20μg/mlに調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)でコーティングした。このTranswellに、調製した細胞懸濁液を滴下した。細胞の播種数は200000個(播種密度は179000個/cm2)とした。培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養し、細胞単層を形成した。そして、細胞単層が形成された日から56日間培養した。培地は2日毎に交換した。
細胞単層が形成された直後(すなわち0時間)の近位尿細管上皮細胞と、単層形成日から培養4,10,16,56日(すなわち96,240,384,1344時間)の近位尿細管上皮細胞とから、RNeasy Mini Kit(QIAGEN社)を用いてmRNAを抽出し、精製した。続いて、QuantiTect Reverse Transcription Kit(QIAGEN社)を用いて、精製したmRNAからcDNAを合成した。これらのcDNAを鋳型とし、Thermal Cycler Dice Real Time System I(タカラバイオ株式会社)を用いて、リアルタイムPCR法にてAQP1、SGLT2、Na/K ATPase、megalin、MDR1、OAT1、OCT2及びE−cadherinの各遺伝子の発現量を測定した。なお、megalin及びOCT2の両遺伝子は、近位尿細管上皮細胞のマーカーである。具体的には、megalinは、タンパク質の再吸収に関与する受容体タンパク質をコードする遺伝子である。OCT2(organic cation transporter 2)は、薬剤の輸送に関与するタンパク質をコードする遺伝子である。
各遺伝子について、細胞単層が形成された直後の発現量に対する培養M日(M=4,10,16,56)の発現量の比率(dM/d0)を算出した。結果を図7に示す。図7は、細胞単層の状態で培養した際のヒト近位尿細管上皮細胞における遺伝子発現量の経時変化を示す図である。
図7に示すように、E−cadherinを除く各遺伝子は、培養10日までに比べて培養16日で急激に発現量が上昇することが確認された。E−cadherin遺伝子についても、培養16日で高い発現量であった。このことから、ヒト近位尿細管上皮細胞がコンフルエントな単層を形成している状態で16日以上培養することで、生理機能の改善された細胞が得られることが確認された。また、培養56日においても、ほとんどの遺伝子について、高い発現量が維持されていることが確認された。したがって、培養56日においても、生理機能の改善された細胞が得られることが確認された。
[タンパク質発現量の経時変化解析:試験4]
試験4により、試験3とは異なる方法で、近位尿細管上皮細胞の長期培養による生理機能の回復を確認した。まず、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。また、24ウェルプレート(Corning社)の培養面を、20μg/mlに調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)でコーティングした。このプレートに、調製した細胞懸濁液を滴下した。細胞の播種数は300000個(播種密度は157000個/cm2)とした。培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養し、ヒト近位尿細管上皮細胞の細胞単層を形成した。そして、細胞単層が形成された日から28日間培養した。培地は2日毎に交換した。
培養1日〜28日のそれぞれにおける細胞単層をパラホルムアルデヒド(和光純薬社)で固定した。近位尿細管細胞のマーカーであるAQP1抗体(サンタクルズ社)及びLTL抗体(サンタクルズ社)を用いて、各細胞単層を免疫染色した。そして、免疫染色した各細胞単層を蛍光顕微鏡BZ−X710(KEYENCE社)を用いて観察した。結果を図8(A)及び図8(B)に示す。図8(A)は、AQP1抗体で免疫染色した細胞単層の蛍光顕微鏡画像である。図8(B)は、LTL抗体で免疫染色した細胞単層の蛍光顕微鏡画像である。
図8(A)に示すように、AQP1タンパク質は、細胞単層が形成された日から培養16日(d16)で発現量が上昇することが確認された。また、図8(B)に示すように、LTLタンパク質は、細胞単層が形成された日から培養14日(d14)で発現量が上昇することが確認された。このことから、ヒト近位尿細管上皮細胞がコンフルエントな単層を形成している状態で16日以上培養することで、生理機能の改善された細胞がより確実に得られることが確認された。また、AQP1及びLTLの各タンパク質は、少なくとも培養28日まで高発現の状態を維持することが確認された。
[経上皮電気抵抗値の経時変化解析:試験5]
試験5により、経上皮電気抵抗値の変化から、長期培養にともなう細胞単層の状態の変化を確認した。まず、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。細胞懸濁液における細胞の濃度は、300000個/mlとした。また、Transwell(製造コード3460:Corning社)の培養面を、接着量が2.0μg/cm2となるように調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)でコーティングした。このTranswellに、調製した細胞懸濁液を500μl滴下した。したがって、細胞の播種数は1.5×105個(播種密度は137000個/cm2)である。培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養し、ヒト近位尿細管上皮細胞の細胞単層を形成した。そして、細胞単層が形成された日から29日間培養した。培地は毎日交換した。
細胞単層が形成された日から培養3,7,12,16,24,29日(すなわち72,168,288,384,576,696時間)のそれぞれにおける細胞単層について、Millicell ERS−2(Millipore社)を用いて、経上皮電気抵抗値(TEER:Transepithelial Electro Resistance)を測定した。経上皮電気抵抗値は、細胞のバリア機能の指標である。結果を図9に示す。図9は、細胞単層における経上皮電気抵抗値の経時変化を示す図である。
図9に示すように、ヒト近位尿細管上皮細胞のコンフルエントな単層を培養すると、TEER値が上昇していくことが確認された。特に、培養16日に大きく上昇することが確認された。このことから、ヒト近位尿細管上皮細胞がコンフルエントな単層を形成している状態で16日以上培養することで、強い細胞間結合が得られること、言い換えれば良好な細胞単層を有する細胞支持複合体が得られることが確認された。
[蛍光体透過量の経時変化解析:試験6]
試験6により、試験5とは異なる方法で、長期培養にともなう細胞単層の状態の変化を確認した。まず、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。細胞懸濁液における細胞の濃度は、300000個/mlとした。また、Transwell(製造コード3460:Corning社)の培養面を、接着量が2.0μg/cm2となるように調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)でコーティングした。このTranswellに、調製した細胞懸濁液を500μl滴下した。したがって、細胞の播種数は1.5×105個(播種密度は137000個/cm2)である。培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養し、ヒト近位尿細管上皮細胞の細胞単層を形成した。そして、細胞単層が形成された日から29日間培養した。培地は毎日交換した。
細胞単層が形成された日から培養3,7,12,16,21,29日(すなわち72,168,288,384,504,696時間)のそれぞれにおける細胞単層について、Transwellの上段にLucifer Yellowを含有する平衡塩溶液(10mM HEPES HBSS)を添加した。Lucifer Yellowの濃度は、0.1μg/mlとした。また、Transwellの下段にLucifer Yellowを含有しない10mM HEPES HBSSを添加した。そして、37℃、5%CO2の条件下で静置した。1時間静置した後、Transwellの上段及び下段のHBSSを回収した。そして、マイクロプレートリーダーARVO MX−fla(PerkinElmer社)を用いて、各HBSSの蛍光強度(励起波長435nm/蛍光波長525nm)を測定した。これにより、各培養日数の細胞単層におけるLucifer Yellowの移動量(濃度変化)を測定した。具体的には、計算式(1)により、Lucifer Yellowの濃度変化を算出した。
計算式(1):Lucifer Yellowの透過率(%)={Transwell下段の蛍光強度/(Transwell上段の蛍光強度+Transwell下段の蛍光強度)}×100
結果を図10に示す。図10は、細胞単層を挟んだ2つのHBSSにおけるLucifer Yellowの濃度変化の遷移を示す図である。
図10に示すように、ヒト近位尿細管上皮細胞のコンフルエントな単層を培養すると、Lucifer Yellowの濃度変化が減少していくことが確認された。特に、培養16日で濃度変化が10%程度となり、細胞単層を透過するLucifer Yellowの量がほぼ最低となった。このことから、ヒト近位尿細管上皮細胞がコンフルエントな単層を形成している状態で16日以上培養することで、強い細胞間結合が得られること、言い換えれば良好な細胞単層を有する細胞支持複合体が得られることが確認された。
[グルコース移動量の経時変化解析:試験7]
試験7により、グルコース移動量の変化から、近位尿細管上皮細胞の長期培養による生理機能の回復を確認した。まず、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。細胞懸濁液における細胞の濃度は、300000個/mlとした。また、Transwell(製造コード3460:Corning社)の培養面を、接着量が2.0μg/cm2となるように調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)でコーティングした。このTranswellに、調製した細胞懸濁液を500μl滴下した。したがって、細胞の播種数は1.5×105個(播種密度は137000個/cm2)である。培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養し、ヒト近位尿細管上皮細胞の細胞単層を形成した。そして、細胞単層が形成された日から56日間培養した。培地は毎日交換した。
細胞単層が形成された日から培養3,12,16,28,56日(すなわち72,288,384,672,1344時間)の細胞単層について、Transwellの上段に、10mM HEPES、10mM NaCl、200mg/dl Glucoseを含有するHBSSを添加した。また、Transwellの下段に、0.5%FBS、100mg/dl Glucoseを含有するHBSSを添加した。そして、37℃、5%CO2の条件下で静置した。24時間静置した後、Transwellの上段及び下段のHBSSを回収した。そして、グルコースCII−テストワコー(和光純薬社)を用いて、各HBSS中のグルコース量を定量した。これにより、各培養日数における、Transwell上段から下段へのグルコースの移動量(濃度差)を測定した。具体的には、計算式(2)により、グルコースの濃度差を算出した。
計算式(2):グルコース濃度差(mg/dl)=Transwell下段のグルコース濃度(mg/dl)−Transwell上段のグルコース濃度(mg/dl)
そして、濃度差10mg/dl未満を評価「−」とし、濃度差10〜40mg/dlを評価「+」とし、濃度差40mg/dl超を評価「++」とした。結果を図11に示す。図11は、細胞単層を挟んだ2つのHBSSにおけるグルコース濃度差の経時変化を示す図である。
図11に示すように、ヒト近位尿細管上皮細胞をコンフルエントな単層の状態で培養すると、グルコースの移動量が増加していくことが確認された。特に、培養16日でグルコースの移動量が大きく上昇することが確認された。このことから、ヒト近位尿細管上皮細胞がコンフルエントな単層を形成している状態で16日以上培養することで、生理機能の改善された細胞がより確実に得られることが確認された。また、グルコースの移動量は、少なくとも培養28日まで高い状態が維持されることが確認された。
[近位尿細管上皮細胞の継代培養:試験8]
試験8により、継代培養による近位尿細管上皮細胞の状態の変化を確認した。まず、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。また、6cmシャーレ(Corning社)の培養面を、20μg/mlに調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)でコーティングした。このシャーレに、調製した細胞懸濁液を滴下した。細胞の播種数は500000個(播種密度は25000個/cm2)とした。培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養し、ヒト近位尿細管上皮細胞の細胞単層を形成した。培地は2日毎に交換した。
そして、細胞単層が形成された日から21日間培養した後、0.01%トリプシン溶液(Lonza社)で細胞を剥離し、回収した。回収した近位尿細管上皮細胞を、20μg/mlに調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)で培養面がコーティングされた24ウェルプレート(Corning社)に播種した。細胞の播種数は300000個(播種密度は158000個/cm2)とした。培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養し、ヒト近位尿細管上皮細胞の細胞単層を形成した。そして、細胞単層が形成された日から21日間培養(継代培養)した。培地は2日毎に交換した。
細胞単層形成日から培養1,7,14,21日の各細胞単層と、継代培養における細胞単層形成日から培養1,7,14,21日の各細胞単層とを、パラホルムアルデヒド(和光純薬社)で固定した。近位尿細管細胞のマーカーであるAQP1抗体(サンタクルズ社)及びLTL抗体(サンタクルズ社)を用いて、各細胞単層を免疫染色した。そして、免疫染色した各細胞単層を蛍光顕微鏡BZ−X710(KEYENCE社)を用いて観察した。結果を図12(A)及び図12(B)に示す。図12(A)は、AQP1抗体で免疫染色した細胞単層の蛍光顕微鏡画像である。図12(B)は、LTL抗体で免疫染色した細胞単層の蛍光顕微鏡画像である。図12(A)及び図12(B)における括弧内の数値は、細胞単層の状態での培養日数の積算値である。
図12(A)及び図12(B)に示すように、21日間の長期培養でAQP1タンパク質及びLTLタンパク質の発現が回復したヒト近位尿細管上皮細胞は、継代培養によってもその機能を消失せずに維持できることが確認された。このことから、少なくとも細胞単層の培養期間が21日以下であれば、生理機能が改善された状態を保持したまま細胞を継代培養できることが確認された。
[細胞単層の形態の経時変化観察:試験9]
試験9により、培養にともなう細胞単層の形態変化を確認した。まず、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。細胞懸濁液における細胞の濃度は、300000個/mlとした。また、24ウェルプレート(Corning社)の培養面を、接着量が2.0μg/cm2となるように調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)でコーティングした。このプレートに、調製した細胞懸濁液を500μl滴下した。したがって、細胞の播種数は1.5×105個(播種密度は80000個/cm2)である。培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養し、ヒト近位尿細管上皮細胞の細胞単層を形成した。そして、細胞単層が形成された日から65日間培養した。培地は2日毎に交換した。
細胞単層形成日から20,30,60,65日(すなわち単層形成から480,720,1440,1560時間)における細胞単層の光学顕微鏡画像(倍率×100)を図13に示す。図13は、培養20,30,60,65日の細胞単層の光学顕微鏡画像である。図13に示すように、培養60日まではヒト近位尿細管上皮細胞のコンフルエントな単層を維持できることが確認された。なお、培養60日では、ポア(隙間)が発生する兆候が見られた(図13において矢印で示す位置)。しかしながら、このポアの兆候は、ポアを介した濃度依存性の物質移動が発生しないか、発生したとしても問題とならない程度のものであった。一方、培養65日ではポアのサイズが大きく、細胞単層が崩壊していた。このことから、ヒト近位尿細管上皮細胞がコンフルエントな単層を形成している状態での培養期間を60日以下とすることで、細胞単層の構造をより確実に維持できることが確認された。
[細胞単層における細胞密度の解析:試験10]
試験10により、細胞単層における細胞密度の経時変化を解析した。まず、ポリスチレン製の48ウェルプレート(CELLSTAR、GreinerBio−one社)の培養面を、20μg/mlに調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)でコーティングし、4℃にて一晩静置した。これにより、接着分子コーティングプレートを得た。比較例として、ラミニン511−E8溶液でコーティングしていない48ウェルプレート(接着分子非コーティングプレート)も用意した。また、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。細胞懸濁液は、細胞の濃度が4000個/ml、20000個/ml、30000個/mlのものを用意した。
接着分子コーティングプレート及び接着分子非コーティングプレートのそれぞれに、各細胞濃度の細胞懸濁液を500μl滴下して、細胞を播種した。したがって、細胞の播種数はそれぞれ0.2×104個、1.0×104個、1.5×104個(播種密度は0.2×104個/cm2、1.0×104個/cm2、1.5×104個/cm2)である。そして、培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で培養した。培地は2日毎に交換した。
各プレートにおける、播種から培養3,7,14,21,28,60日(すなわち播種から72,168,336,504,672,1440時間)の細胞について、細胞数を計測した。具体的には、0.1%トリプシン溶液で細胞を剥離して回収した後、TC20全自動セルカウンター(バイオラッド社)を用いて、3ウェルについて細胞数を計測し、その平均値を各培養日数における細胞数とした。そして、得られた細胞数から細胞密度を算出した。結果を図14に示す。図14は、細胞密度の経時変化を示す図である。図14において、黒色ドットは接着分子コーティングプレートが用いられたことを示し、白色ドットは接着分子非コーティングプレートが用いられたことを示す。また、四角形ドットは播種数0.2×104個の結果を示し、三角形ドットは播種数1.0×104個の結果を示し、丸形ドットは播種数1.5×104個の結果を示す。
実験の結果、接着分子コーティングプレートでヒト近位尿細管上皮細胞を培養した場合、播種後1〜5日で細胞単層が形成され、少なくとも播種から培養60日までは細胞単層の構造が維持されることが確認された。また、図14に示すように、細胞単層における細胞密度は、25000個/cm2以上75000個/cm2以下の範囲に維持されることが確認された。一方、接着分子非コーティングプレートでヒト近位尿細管上皮細胞を培養した場合、細胞密度が80000個/cm2以上となり、細胞の凝集塊が形成された。このことから、細胞単層における細胞密度を25000個/cm2以上75000個/cm2以下とすることで、細胞単層の構造をより確実に維持できることが確認された。
なお、本発明者は本試験において、播種密度が2000個/cm2以上10000個/cm2未満の場合は、コンフルエントに到達するまでに7日以上の長期間を要する場合があることを確認した。このため、播種密度は10000個/cm2以上であることが好ましい。播種密度を10000個/cm2以上とすることで、培養7日未満でコンフルエント単層をより確実に形成することができる。特に、ディッシュやプレートよりも細胞の増殖が遅いTranswell膜上で培養する場合に、培養期間の長期化を抑制することができる。また、播種密度を10000個/cm2以上とすることで、細胞単層における細胞密度を好ましい高密度とすることができる。
[近位尿細管上皮細胞の播種密度の解析:試験11]
試験11により、近位尿細管上皮細胞の播種密度と細胞単層の構造との関係を解析した。まず、試験1と同様にして脱分化させたヒト近位尿細管上皮細胞(Lonza社)の懸濁液を調製した。また、Transwell(製造コード3460:Corning社)の培養面を、接着量が2.0μg/cm2となるように調整したラミニン511−E8溶液(ニッピ社)でコーティングした。Transwellに、調製した細胞懸濁液を滴下して細胞を播種した。このとき、播種密度の異なる複数のウェルを作製した。具体的には、播種密度を2000個/cm2、5000個/cm2、10000個/cm2、20000個/cm2、50000個/cm2、100000個/cm2、300000個/cm2、400000個/cm2、500000個/cm2とした。そして、培地としてREGM(Lonza社)を用いて37℃、5%CO2の条件下で7日間培養した。培地は毎日交換した。
各ウェルにおける、播種から培養7日(すなわち播種から168時間)の細胞の光学顕微鏡画像(倍率×100)を図15に示す。図15は、播種密度を異ならせて7日間培養した細胞の光学顕微鏡画像である。図15に示すように、播種密度を10000個/cm2以上とすることで、比較的短期間のうちに細胞単層を形成できることが確認された。また、播種密度を300000個/cm2以下とすることで、ヒト近位尿細管上皮細胞の凝集体(図15において矢印で示す位置)が形成されることをより確実に抑制できることが確認された。また、本発明者は、播種密度を300000個/cm2とした場合に、細胞単層の状態で60日培養しても単層を維持できることを確認している。このことから、播種密度を10000個/cm2以上300000個/cm2以下とすることで、細胞単層をより確実に形成し維持できることが確認された。