タイミングチェーンの摩耗は、タイミングチェーンのピンとピン孔との間の面圧、及び、タイミングチェーンが走行する速度に相関関係があることが、一般的に知られている。面圧は、エンジンが発生するトルクに関係し、トルクが高いほど、面圧が高くなる。面圧が高いと、タイミングチェーンは摩耗しやすくなる。また、タイミングチェーンが走行する速度は、エンジンの回転数に関係し、エンジンの回転数が高いほど、速度は高くなる。タイミングチェーンの走行速度が高いほど、タイミングチェーンは摩耗しやすくなる。また、タイミングチェーンが走行する時間が長いほど、タイミングチェーンは摩耗しやすい。従って、理論的には、エンジンが高負荷で運転する頻度が高いと、タイミングチェーンの摩耗は進行しやすくなると共に、エンジンが高回転で運転する頻度が高いと、タイミングチェーンの摩耗は進行しやすくなる。
しかしながら、本願発明者らの検討によると、エンジンが高負荷低回転の領域で運転する頻度が高いと、タイミングチェーンが摩耗しやすいことが、新たにわかった。
ここに開示する技術はかかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、エンジンのタイミングチェーンの摩耗量を精度よく推定することにある。
前述の通り、タイミングチェーンの、実際の摩耗の進行は、理論とは一部相違することから、面圧や走行速度以外の因子がタイミングチェーンの摩耗に影響を与えていると推測することができる。
本願発明者らが検討を重ねた結果、タイミングチェーンのピンとピン孔との間の油膜厚さが、エンジンの運転状態に応じて変化することを見出した。ピンとピン孔との間に潤滑油が十分に吸い込まれずに油膜が薄くなると、タイミングチェーンが摩耗しやすい。ピンとピン孔との間に潤滑油が十分に吸い込まれることによって油膜が厚くなると、タイミングチェーンの摩耗が抑制される。
ここで、ピンとピン孔との間の油膜厚さは、ピンとピン孔との間に吸い込まれる潤滑油の量によって定まる。潤滑油は、タイミングチェーンの走行時にピンとピン孔とが相対運動をすることによってピンとピン孔との間に発生する吸込圧(つまり、吸込圧が大気圧よりも低い負圧のとき)により、ピンとピン孔との間に吸い込まれる。
ピンとピン孔との相対運動には、ピンとピン孔とが、ピンの軸に対して直交する方向に相対移動をする並進運動と、ピンとピン孔とが、ピンの軸周りに相対回転をする屈曲運動と、が含まれる。ピンとピン孔とは、例えばタイミングチェーンが、スプロケット同士の間の張り側又は緩み側において走行するときに並進運動をする。ピンとピン孔とは、例えばタイミングチェーンがスプロケットに巻き掛けられているときに屈曲運動をする。従って、タイミングチェーンが所定の経路に沿って走行している最中にピンとピン孔との間の吸込圧は変化すると共に、エンジンの回転数の高低、エンジンが発生するトルクの高低、及び、トルク変動の大小等に応じて、ピンとピン孔との間の吸込圧が変動する。
従来においては、ピンとピン孔との間の油膜厚さは、エンジンの運転状態に関わらず常に一定であると仮定をして、タイミングチェーンのピンとピン孔との間の面圧、及び、タイミングチェーンが走行する速度等の因子に基づきタイミングチェーンの摩耗を推定していた。
本願発明者らは、前述したように、タイミングチェーンの走行時におけるピンとピン孔との間の油膜厚さを考慮してタイミングチェーンの摩耗を推定する新たな手法によって、タイミングチェーンの摩耗を精度よく推定することができることを見出し、ここに開示する技術を完成するに至った。
具体的に、ここに開示する技術は、ピンと前記ピンを支持するピン孔とを有するタイミングチェーン、及び、所定の経路に沿って走行している前記タイミングチェーンの特定箇所に潤滑油を供給する供給部を備えたエンジンにおいて、前記タイミングチェーンの摩耗量を推定する方法に係る。
この推定方法は、前記エンジンの回転数を取得する工程と、前記エンジンが発生するトルクを取得する工程と、前記タイミングチェーンの走行時に前記ピンと前記ピン孔とが相対運動をすることによって前記ピンと前記ピン孔との間に発生する吸込圧を、前記エンジンの回転数と、前記エンジンが発生するトルクとに基づいて演算する工程と、演算した吸込圧と大気圧との差圧に基づいて、前記タイミングチェーンの前記ピンと前記ピン孔との間に吸い込まれる前記潤滑油の吸込量を演算する工程と、演算した前記吸込量を用いて、前記タイミングチェーンの摩耗量を推定する工程と、を備えている。
この構成によると、タイミングチェーンの走行時にピンとピン孔との間に発生する吸込圧を、エンジンの回転数と、エンジンが発生するトルクとに基づいて演算する。
ピンとピン孔との間の油膜厚さは、吸込圧と大気圧との差圧によって変動する。つまり、差圧が大きいと、ピンとピン孔との間に吸い込まれる潤滑油の量が増えるため、油膜は厚くなる。差圧が小さいと、ピンとピン孔との間に吸い込まれる潤滑油の量が減るため、油膜は薄くなる。従って、ピンとピン孔との間に吸い込まれる潤滑油の吸込量を、吸込圧と大気圧との差圧に基づいて演算しかつ、演算した吸込量を用いて、タイミングチェーンの摩耗量(言い換えるとピン孔の摩耗量)を推定することによって、タイミングチェーンの走行時におけるピンとピン孔との間の油膜厚さを考慮してタイミングチェーンの摩耗量を推定することができるから、摩耗量の推定精度が高くなる。
前記推定方法は、前記供給部が前記タイミングチェーンの前記特定箇所に供給する前記潤滑油の供給圧を取得する工程を備え、前記吸込量を演算する工程は、前記潤滑油が供給される前記特定箇所においては、演算した吸込圧と前記潤滑油の供給圧との差圧に基づいて前記吸込量を演算すると共に、前記特定箇所以外の箇所においては、演算した吸込圧と大気圧との差圧に基づいて前記吸込量を演算する、としてもよい。
タイミングチェーンの走行経路における特定箇所においては、供給部が潤滑油を供給している。特定箇所において、潤滑油は、ピンとピン孔との間に吸い込まれやすい。つまり、特定箇所以外の箇所における潤滑油の圧力は、大気圧と同じである。これに対し、特定箇所における潤滑油の圧力は、供給部の供給圧に相当し、特定箇所以外の箇所における潤滑油の圧力よりも高い。
そこで、潤滑油の供給圧を取得し、特定箇所においては、ピンとピン孔との間に発生した吸込圧と潤滑油の供給圧との差圧に基づいて、潤滑油の吸込量を演算すると共に、特定箇所以外の箇所においては、吸込圧と大気圧との差圧に基づいて吸込量を演算する。このことにより、タイミングチェーンの走行時におけるピンとピン孔との間の油膜厚さを、より一層、正確に推定することができ、その結果、タイミングチェーンの摩耗を、より高精度に、推定することが可能になる。
前記吸込量を演算する工程は、前記潤滑油の供給圧が高いほど、前記吸込量が多くなるように演算する、としてもよい。
ピンとピン孔との間に吸い込まれる潤滑油の量は、潤滑油の供給圧と吸込圧との差圧に比例するため、潤滑油の供給圧が高いほど、潤滑油の吸込量が多くなるように演算をすることによって、ピンとピン孔との間の油膜厚さを、正確に推定することができる。その結果、タイミングチェーンの摩耗を、より高精度に、推定することが可能になる。
前記吸込量を演算する工程は、前記エンジンの回転数が高いほど、前記吸込量が多くなるように演算する、としてもよい。
エンジンの回転数が高くなると、単位時間当たりの、ピンとピン孔との相対運動の回数が増える。また、供給部が、エンジンによって駆動される油圧ポンプを有している構成では、エンジンの回転数が高いほど、油圧ポンプの回転数が高くなるから、潤滑油の供給量が増える。そのため、エンジンの回転数が高いほど、潤滑油の吸込量が多くなるように演算をすることによって、ピンとピン孔との間の油膜厚さを、正確に推定することができる。その結果、タイミングチェーンの摩耗を、より高精度に、推定することが可能になる。
前記吸込量を演算する工程は、前記エンジンが発生するトルクが高いほど、前記吸込量が多くなるように演算する、としてもよい。
エンジンが発生するトルクが高いときには、エンジンの運転時に発生し得るトルクの変動量が大きくなる。トルクが大きく変動すると、タイミングチェーンの張力変動が発生し、ピンとピン孔との並進運動を招いて、ピンとピン孔との間に吸い込まれる潤滑油の吸込量が増える。そのため、エンジンが発生するトルクが高いほど、吸込量が多くなるように演算することによって、ピンとピン孔との間の油膜厚さを、正確に推定することができる。その結果、タイミングチェーンの摩耗を、より高精度に、推定することが可能になる。
前記タイミングチェーンの摩耗量を演算する工程は、前記吸込量が多いほど、前記摩耗量が少なくなるように演算する、としてもよい。
吸込量が多いと、タイミングチェーンのピンとピン孔との間の油膜厚さが厚くなるから、タイミングチェーンの摩耗が抑制される。よって、吸込量が多いほど、摩耗量が少なくなるように演算することによって、タイミングチェーンの摩耗を、精度よく推定することができる。
ここに開示する方法はまた、ピンと前記ピンを支持するピン孔とを有するタイミングチェーン、及び、所定の経路に沿って走行している前記タイミングチェーンの特定箇所に潤滑油を供給する供給部を備えたエンジンにおいて、前記タイミングチェーンを潤滑する方法である。
この潤滑方法は、前記エンジンの回転数を取得する工程と、前記エンジンが発生するトルクを取得する工程と、前記タイミングチェーンの走行時に前記ピンと前記ピン孔とが相対運動をすることによって前記ピンと前記ピン孔との間に発生する吸込圧を、前記エンジンの回転数と、前記エンジンが発生するトルクとに基づいて演算する工程と、演算した吸込圧と大気圧との差圧に基づいて、前記タイミングチェーンの前記ピンと前記ピン孔との間に吸い込まれる前記潤滑油の吸込量を演算する工程と、演算した前記吸込量を用いて、前記タイミングチェーンの摩耗量を推定する工程と、推定した前記タイミングチェーンの摩耗量に基づいて、前記供給部が供給する前記潤滑油の供給量を調整する工程と、を備えている。
前述したように、ピンとピン孔との間に吸い込まれる潤滑油の吸込量を演算しかつ、演算した吸込量を用いて、タイミングチェーンの摩耗量を推定することによって、タイミングチェーンの摩耗量を精度よく推定することが可能になる。
そして、精度よく推定したタイミングチェーンの摩耗量に基づいて、供給部が供給する潤滑油の供給量を調整する。例えばタイミングチェーンの摩耗の進行が早いと推定されるときには、供給部が供給する潤滑油の供給量を増やす。こうすることで、ピンとピン孔との間の油膜厚さを厚くすることができ、タイミングチェーンの摩耗の進行を抑制することができる。
前記潤滑方法は、前記供給部が前記タイミングチェーンの前記特定箇所に供給する前記潤滑油の供給圧を取得する工程を備え、前記吸込量を演算する工程は、前記潤滑油が供給される前記特定箇所においては、演算した吸込圧と前記潤滑油の供給圧との差圧に基づいて前記吸込量を演算すると共に、前記特定箇所以外の箇所においては、演算した吸込圧と大気圧との差圧に基づいて前記吸込量を演算する、としてもよい。
こうすることで、前述したように、ピンとピン孔との間の油膜厚さを、より一層、正確に推定することができ、タイミングチェーンの摩耗を、より高精度に推定することができる。
その結果、潤滑油の供給量の調整も、適切に行うことができ、タイミングチェーンの摩耗の進行を、効果的に抑制することができる。
ここに開示する装置は、ピンと前記ピンを支持するピン孔とを有する、エンジンのタイミングチェーンと、所定の経路に沿って走行している前記タイミングチェーンの特定箇所に潤滑油を供給するよう構成された供給部と、を備えたエンジンのタイミングチェーンの潤滑装置であって、前記エンジンの回転数を取得するよう構成された回転数取得部と、前記エンジンの運転に関するパラメータに基づいて前記エンジンが発生するトルクを取得するよう構成されたトルク取得部と、前記タイミングチェーンの摩耗量を推定するよう構成された推定部と、を備え、前記推定部は、前記回転数取得部が取得した前記エンジンの回転数と、前記トルク取得部が取得した前記エンジンが発生するトルクと、に基づいて、前記タイミングチェーンの走行時に前記ピンと前記ピン孔とが相対運動をすることによって前記ピンと前記ピン孔との間に発生する吸込圧を演算する吸込圧演算部と、前記吸込圧演算部が演算した吸込圧と大気圧との差圧に基づいて、前記タイミングチェーンの前記ピンと前記ピン孔との間に吸い込まれる前記潤滑油の吸込量を演算する吸込量演算部と、前記吸込量演算部が演算した前記吸込量を用いて、前記タイミングチェーンの摩耗量を推定する摩耗量推定部と、を有している。
この構成によると、前記と同様に、タイミングチェーンの摩耗量を精度よく推定することが可能になる。
前記潤滑装置は、前記推定部が推定した前記タイミングチェーンの摩耗量に基づいて、前記供給部が供給する前記潤滑油の供給量を調整するよう構成された制御部を備えている、としてもよい。
この構成によると、精度よく推定されたタイミングチェーンの摩耗状態に対応して、潤滑油の供給量を、適切に調整することができる。その結果、タイミングチェーンの摩耗の進行を、効果的に抑制することができる。
前記潤滑装置は、前記供給部が前記タイミングチェーンの前記特定箇所に供給する前記潤滑油の供給圧を取得するよう構成された供給圧取得部を備え、前記吸込量演算部は、前記潤滑油が供給される前記特定箇所においては、前記吸込圧演算部が演算した吸込圧と前記供給圧取得部が取得した前記潤滑油の供給圧との差圧に基づいて前記吸込量を演算すると共に、前記特定箇所以外の箇所においては、前記吸込圧演算部が演算した吸込圧と大気圧との差圧に基づいて前記吸込量を演算する、としてもよい。
こうすることで、タイミングチェーンの各箇所において、ピンとピン孔との間の油膜厚さを、より一層、正確に推定することができ、その結果、タイミングチェーンの摩耗を、より高精度に、推定することができる。
前記吸込量演算部は、前記潤滑油の供給圧が高いほど、前記吸込量が多くなるように演算する、としてもよい。
これにより、ピンとピン孔との間の油膜厚さを、正確に推定することができる。
前記吸込量演算部は、前記エンジンの回転数が高いほど、前記吸込量が多くなるように演算する、としてもよい。
これにより、タイミングチェーンの走行時におけるピンとピン孔との間の油膜厚さを、正確に推定することができる。
前記吸込量演算部は、前記エンジンが発生するトルクが高いほど、前記吸込量が多くなるように演算する、としてもよい。
これにより、タイミングチェーンの走行時におけるピンとピン孔との間の油膜厚さを、正確に推定することができる。
前記摩耗量推定部は、前記吸込量が多いほど、前記摩耗量が少なくなるように演算する、としてもよい。
これにより、タイミングチェーンの摩耗量を、正確に推定することができる。
以上説明したように、前記のエンジンのタイミングチェーン摩耗量推定方法、エンジンのタイミングチェーン潤滑方法、及び、エンジンのタイミングチェーン潤滑装置によると、タイミングチェーンの摩耗量の推定を精度よく行うことができる。
以下、ここに開示する技術の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の説明は、タイミングチェーン摩耗量推定方法、タイミングチェーン潤滑方法、及び、エンジンのタイミングチェーン潤滑装置の一例である。図1は、エンジンシステム1の構成を例示している。
エンジンシステム1は、火花点火式内燃機関として構成されたエンジン2を備えている。エンジン2は、ターボ過給機付きエンジンである。エンジン2は、図示は省略するが、自動車等の車両における前部のエンジンルーム内で、いわゆる横置きに搭載されている。エンジン2は縦置きであってもよい。エンジン2の出力軸であるクランクシャフト21は、図示を省略する変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン2の出力を駆動輪に伝達することによって、車両が走行する。
エンジン2は、図2にも示すように、シリンダブロック22と、シリンダブロック22の上に載置されるシリンダヘッド23と、を備えている。シリンダブロック22の内部には、複数の気筒24が設けられている。この例では、エンジン2は、4つの気筒24を有している。4つの気筒24は、図1における紙面に垂直な方向に並んで配置されている。尚、エンジン2が有する気筒24の数、及び、気筒24の配列は、特定の数及び配列に限定されない。
シリンダブロック22の下側には、エンジンオイルを貯留するオイルパン29が取り付けられている。シリンダブロック22によって、クランクシャフト21を収容するクランクケース26が区画される。エンジン2は、クランクシャフト21の回転数、つまりエンジン2の回転数を検知するクランク角センサ211を有している。クランク角センサ211は、回転数取得部を構成する。
クランクシャフト21は、一部の図示を省略するコネクティングロッド271を介してピストン27に連結されている。ピストン27は、各気筒24内に往復動可能に内挿されている。ピストン27と、シリンダヘッド23と、気筒24とは、燃焼室28を区画形成している。
シリンダヘッド23には、気筒24毎に吸気ポート231が形成されている。吸気ポート231は、燃焼室28に連通している。吸気ポート231には、燃焼室28と吸気ポート231との間を遮断可能な吸気バルブ31が配設されている。吸気バルブ31は、吸気動弁機構32によって駆動される。吸気バルブ31は、所定のタイミングで吸気ポート231を開閉する。
シリンダヘッド23にはまた、気筒24毎に排気ポート232が形成されている。排気ポート232は、燃焼室28に連通している。排気ポート232には、燃焼室28と排気ポート232との間を遮断可能な排気バルブ33が配設されている。排気バルブ33は、排気動弁機構34によって駆動される。排気バルブ33は、所定のタイミングで排気ポート232を開閉する。
吸気動弁機構32及び排気動弁機構34はそれぞれ、図2に示すように、吸気カムシャフト321及び排気カムシャフト341を有する。尚、図1と図2とは左右が反転している。吸気カムシャフト321と排気カムシャフト341とは、タイミングギヤ322、342を介して互いに連結されている。排気カムシャフト341には、排気カムシャフト341と同軸にカムスプロケット343が取り付けられている。クランクシャフト21には、クランクスプロケット215が取り付けられている。カムスプロケット343とクランクスプロケット215との間には、タイミングチェーン210が巻きかけられている。
燃焼圧力によりピストン27が気筒軸方向に往復移動することによって、コネクティングロッド271を介してクランクシャフト21が回動する。クランクシャフト21の駆動力は、クランクスプロケット215、タイミングチェーン210を介してカムスプロケット343に伝達される。それによって、排気カムシャフト341が、クランクシャフト21の回転に同期して回転すると共に、タイミングギヤ322、342を介して連結された吸気カムシャフト321も、クランクシャフト21の回転に同期して回転する(図2の矢印参照)。
タイミングチェーン210の張り側、つまり、図2における紙面右側には、タイミングチェーン210を案内するガイド351が設けられている。ガイド351は、タイミングチェーン210のばたつきを抑制する。ガイド351は、タイミングチェーン210の張り側に沿うように上下方向に伸びている。ガイド351は、シリンダヘッド23及びシリンダブロック22に固定されている。
タイミングチェーン210の緩み側、つまり、図2における紙面左側には、タイミングチェーン210に張力を付与し、さらに減衰機能を有する油圧テンショナ352が配設されている。油圧テンショナ352は、テンションアーム353を介して、タイミングチェーン210を押圧する。テンションアーム353は、タイミングチェーン210の緩み側に沿うように上下方向に伸びている。テンションアーム353の上端部は、シリンダヘッド23に枢支されている。油圧テンショナ352は、プランジャが、テンションアーム353の下端部を、エンジン2の内方に押すように、配設されている。
シリンダブロック22の中間部には、タイミングチェーン210に潤滑油を供給するオイルジェット36が設けられている。オイルジェット36は、白抜きの矢印で示すように、タイミングチェーン210がクランクスプロケット215に噛み込む特定箇所361に向かって潤滑油を噴射する。オイルジェット36は、タイミングチェーン210の特定箇所361に潤滑油を供給する供給部の一部を構成する。
図示は省略するが、オイルジェット36に潤滑油を供給するオイルポンプ37(図4参照)は、エンジン2によって駆動される。ここに示すエンジンシステム1の構成例では、オイルポンプ37は、可変容量型に構成されている。オイルポンプ37は、供給部の一部を構成する。
尚、エンジン2のタイミングチェーンシステムは、図2に示す構成に限らず、その他の構成を採用してもよい。
吸気動弁機構32は、一例として、吸気カムシャフト321の位相、吸気バルブ31のリフト量及び吸気バルブ31の開弁期間を変更可能に構成されている。吸気動弁機構32は、公知の様々な構成を採用することが可能である。吸気動弁機構32は、エンジン制御部7(図4参照)からの信号を受けて、吸気カムシャフト321の位相、吸気バルブ31のリフト量及び吸気バルブ31の開弁期間を変更する。
排気動弁機構34は、一例として、排気カムシャフト341の位相、排気バルブ33のリフト量及び排気バルブ33の開弁期間を変更可能に構成されている。排気動弁機構34は、公知の様々な構成を採用することが可能である。排気動弁機構34は、エンジン制御部7からの信号を受けて、排気カムシャフト341の位相、排気バルブ33のリフト量及び排気バルブ33の開弁期間を変更する。
吸気ポート231には、吸気通路51が接続されている。吸気通路51は、気筒24に吸気を導く。吸気通路51には、スロットルバルブ511が介設している。スロットルバルブ511は、電気制御式である。エンジン制御部7が出力した制御信号を受けたスロットルアクチュエータ512が、スロットルバルブ511の開度を調整する。
吸気通路51におけるスロットルバルブ511よりも上流には、ターボ過給機9のコンプレッサ91が配設されている。コンプレッサ91が作動することにより、吸気の過給を行う。スロットルバルブ511とコンプレッサ91との間には、コンプレッサ91により圧縮された空気を冷却するインタークーラ513が配設されている。
吸気通路51におけるスロットルバルブ511よりも下流には、サージタンク521と、サージタンク521の下流側で4つの気筒24のそれぞれに分岐される独立通路522とが設けられている。
吸気通路51において、コンプレッサ91よりも下流には、気筒24に導入する吸入空気量と、吸気の温度とを検出するエアフローセンサ50が配設されている。
排気ポート232には、排気通路53が接続されている。排気通路53には、ターボ過給機9のタービン92が配設されている。タービン92が排気ガス流により回転し、タービン92の回転により、タービン92と連結されたコンプレッサ91が作動する。
排気通路53には、排気ガスを、タービン92をバイパスして流すための排気バイパス通路531が設けられている。排気バイパス通路531には、ウエストゲートバルブ93が設けられている。ウエストゲートバルブ93は、排気バイパス通路531を流れる排気ガスの流量を調整する。ウエストゲートバルブ93の開度が大きいほど、排気バイパス通路531を流れる排気ガスの流量が増え、タービン92を流れる流量が少なくなる。
排気通路53において、タービン92よりも下流には、排気ガスを浄化するよう構成された、第1触媒装置81と第2触媒装置82とが配設されている。排気通路53にはまた、排気ガス中の酸素濃度を検知するための、2つのO2センサ83、84が介設している。各O2センサ83、84はそれぞれ、エンジン制御部7に検知信号を出力する。
シリンダヘッド23には、気筒24毎にインジェクタ41が取り付けられている。インジェクタ41は、気筒24内に直接、燃料(ここでは、ガソリン、又は、ガソリンを含む燃料)を噴射するように構成されている。インジェクタ41の構成は、どのようなものであってみよいが、例えば多噴口型のインジェクタとしてもよい。インジェクタ41は、エンジン制御部7からの燃料噴射パルスに従って、所定の量の燃料を、所定のタイミングで、気筒24内に噴射する。尚、図1の例では、インジェクタ41を、気筒24の軸心よりも吸気側の位置に取り付けている。気筒24内におけるインジェクタ41の取り付け位置は、図例の位置に限らない。
シリンダヘッド23にはまた、気筒24毎に、点火プラグ42が取り付けられている。点火プラグ42は、シリンダヘッド23の天井面において、電極が気筒24の軸心上となるように取り付けられている。点火プラグ42は、燃焼室28内で火花を発生させることによって、燃焼室28内の混合気に点火する。点火プラグ42は、エンジン制御部7からの点火信号により、所望の点火タイミングで火花を発生させる。
エンジン2は、燃焼室28から漏れ出たブローバイガスを、吸気通路51に戻すため連通部64を有している。連通部64は、エンジン2のクランクケース26と、サージタンク521とを互いに連通させるホースによって構成される。連通部64は、クランクケース26内のブローバイガスを、サージタンク521に導入する。サージタンク521には、PCV(Positive Crankcase Ventilation)バルブ65が取り付けられている。連通部64は、PCVバルブ65に接続される。PCVバルブ65は、連通部64を流れるブローバイガスの流量を調整する。PCVバルブ65は、この構成例では、クランクケース26と吸気通路51との圧力差に応じて開度を変更する機械式に構成されている。尚、PCVバルブ65は、サージタンク521ではなく、エンジン2のシリンダブロック22の側面に設けるオイルセパレータ(図示省略)に取り付けるようにしてもよい。
図4は、エンジンシステム1におけるエンジン制御に関する構成を示している。エンジンシステム1は、エンジン制御部7を備えている。
エアフローセンサ50、O2センサ83、O2センサ84、クランク角センサ211はそれぞれ、エンジン制御部7に接続されていると共に、検出信号をエンジン制御部7に出力する。
図示を省略するエンジン2の冷却水通路には、冷却水温を検知する水温センサ20が取り付けられている。水温センサ20も、エンジン制御部7に接続されていると共に、検出信号をエンジン制御部7に出力する。
また、運転者が操作するアクセルペダルの開度を検知するアクセル開度センサ212、変速機のギヤ段を検出するギヤ段検出部213、及び、自動車の車速を検出する車速センサ214はそれぞれ、エンジン制御部7に接続されていると共に、検出信号をエンジン制御部7に出力する。
エンジン制御部7は、これらの検出信号に基づいて、エンジン2の運転状態を判断し、インジェクタ41、点火プラグ42、吸気動弁機構32、排気動弁機構34、及び、スロットルアクチュエータ512のそれぞれに対し、制御信号を出力する。
また、可変容量型オイルポンプ37も、エンジン制御部7に接続されており、エンジン制御部7は、可変容量型オイルポンプ37に制御信号を出力する。可変容量型オイルポンプ37は、エンジン制御部7の制御信号を受けて、容量を変更する。
このエンジンシステム1は、タイミングチェーン210の摩耗を推定する摩耗推定装置10を備えている(図5参照)。摩耗推定装置10は、エンジン制御部7によって構成されている。
ここで、タイミングチェーン210の構成について簡単に説明をする。図3に示すように、タイミングチェーン210は、ローラ間隔Pで配設された複数のローラ210a…210aを有する周知の無端チェーンである。複数のローラ210a…210aは、図3においては仮想的に示すスプロケット343、215の外周部に形成された歯部t…tと噛み合い可能に構成されている。ローラ210a…210aの軸方向両端には、タイミングチェーン210を構成する外側プレート210b及び内側プレート210cが配設され、外側プレート210b及び内側プレート210cを貫通するピン210dによって、ローラ210a…210aは支持される。外側プレート210b及び内側プレート210cには、ピン孔210eが設けられており、ピン孔210eは、ピン210dを回転可能に支持する。ピン210dとピン孔210eとの摺動摩擦による摩耗を抑制するために、エンジンオイルが潤滑油として供給されている。ピン210dとピン孔210eとの間の油膜が薄くなると、ピン孔210eが拡大しやすくなる(つまり、ピン孔210eの摩耗)。タイミングチェーン210が摩耗すると、チェーン長さが伸びてしまう。
摩耗推定装置10は、エンジン2の回転数、エンジン2が発生するトルク、及び、エンジン2の運転時間等を含むエンジン2の運転状態に基づいて、タイミングチェーン210の摩耗を推定する。この摩耗推定装置10は、タイミングチェーン210の摩耗の推定に際し、タイミングチェーン210の走行時におけるピン210dとピン孔210eとの間の油膜厚さを考慮する。
摩耗推定装置10は、図5に示すように、ピン210dとピン孔210eと付近における潤滑油圧力を演算する演算部101と、ピン210dとピン孔210eとの間への潤滑油の吸い込み関係する差圧Pを演算する演算部102と、差圧Pに基づいてピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の吸込量を演算する演算部103と、潤滑油の吸込量を用いて、タイミングチェーン210の摩耗量を推定する推定部104と、を備えている。
ここで、摩耗推定装置10による、タイミングチェーン210のピン210dとピン孔210eとの間の油膜厚さの推定について、図を参照しながら説明をする。
図6は、タイミングチェーン210のピン210dとピン孔210eとを拡大して示している。ピン210dとピン孔210eとの間の油膜厚さは、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の量によって決まる。潤滑油は、タイミングチェーン210の走行時におけるピン210dとピン孔210eとの相対運動によって発生する吸込圧により、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる。つまり、図6に示すように、ピン210dが、ピン孔210eに対して、紙面右上方向に相対的に移動をすると仮定する。この移動に伴い、ピン210dとピン孔210eとの間に吸込圧が発生する。吸込圧が大気圧よりも低い圧力(つまり、負圧)であれば、潤滑油は、図6に太い矢印で示すように、ピン210dの移動元から移動先に向かうように流れて、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる。尚、吸込圧が大気圧よりも高い圧力(つまり、正圧)であれば、潤滑油は、ピン210dとピン孔210eとの間から外に排出される。
タイミングチェーン210の走行時におけるピン210dとピン孔210eとの相対運動には、図7に図示するように、ピン210dとピン孔210eとが、ピン210dの軸に対して直交する方向に相対移動をする並進運動と、ピン210dとピン孔210eとが、ピン210dの軸周りに相対回転をする屈曲運動と、が含まれる。ピン210dとピン孔210eとは、タイミングチェーン210が、クランクスプロケット215とカムスプロケット343との間の張り側及び緩み側のそれぞれにおいて走行するときに並進運動をする。また、ピン210dとピン孔210eとは、タイミングチェーン210が、クランクスプロケット215及びカムスプロケット343に巻き掛けられているときに屈曲運動をする。従って、タイミングチェーン210が所定の経路に沿って走行している最中に、ピン210dとピン孔210eとの間の吸込圧は変動すると共に、エンジン2の回転数の高低、エンジン2が発生するトルクの高低、及び、トルク変動の大小等に応じて、ピン210dとピン孔210eとの間の吸込圧は変動する。
ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の量は、差圧Pの大きさに依存する。差圧Pは、圧力項Pz、圧力項Pr、圧力項P0によって定まる。差圧Pは0よりも小さくなるほど、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の量が増える。
圧力項P0は、ピン210d及びピン孔210eの付近における潤滑油圧力に係る。摩耗推定装置10の演算部101は、圧力項P0を演算する。潤滑油圧力は、オイルジェット36が、タイミングチェーン210に潤滑油を供給する特定箇所361と、特定箇所以外の箇所とで相違する。特定箇所361における潤滑油の圧力は、オイルジェット36の供給圧に相当する。演算部101は、特定箇所361における潤滑油圧力を、エンジン2の回転数と可変容量型オイルポンプ37の容量とに基づき推定した、オイルジェット36の吐出流量と、予め設定した、マップ又は演算式とに従って演算する。演算部101は、タイミングチェーン210の特定箇所361に供給する潤滑油の供給圧を取得するよう構成された供給圧取得部を構成する。一方、特定箇所361以外の箇所における潤滑油の圧力は、大気圧に相当する。演算部101は、特定箇所361以外の箇所における潤滑油圧力を、大気圧にする。
圧力項Pzは、ピン210dとピン孔210eとの間の相対並進運動による圧力項である。圧力項Pzは、タイミングチェーン210の走行速度、タイミングチェーン210の張力変動、及び、クリアランスに依存する。タイミングチェーン210の走行速度は、エンジン2の回転数が高いほど高くなる。タイミングチェーン210の走行速度が高いと、圧力項Pzは小さくなる。また、タイミングチェーン210の張力変動は、エンジン2が発生するトルクが高いほど大きくなる。タイミングチェーン210の張力変動が大きいと、圧力項Pzは小さくなる。
圧力項Prは、ピン210dとピン孔210eとの間の相対屈曲運動による圧力項である。圧力項Prは、タイミングチェーン210の走行速度、クランクスプロケット215及びカムスプロケット343の歯数、チェーンピッチ、及び、タイミングチェーン210の平均張力に依存する。タイミングチェーン210の走行速度は、前述したように、エンジン2の回転数が高いほど高くなる。タイミングチェーン210の走行速度が高いと、圧力項Prは小さくなる。
また、クランクスプロケット215及びカムスプロケット343の歯数が多いほど、ピン210dとピン孔210eとの間が相対的に屈曲運動をする時の、タイミングチェーン210の屈曲角が小さくなって、ピン210dとピン孔210eとの間に潤滑油が吸い込まれにくくなる。また、チェーンピッチが短いほど、ピン210dとピン孔210eとの間が相対的に屈曲運動をする時の、タイミングチェーン210の屈曲角が小さくなって、ピン210dとピン孔210eとの間に潤滑油が吸い込まれにくくなる。尚、当然に、スプロケット215、343の歯数や、チェーンピッチは、エンジン2の運転中に変化するものではない。
摩耗推定装置10の演算部102は、前述した圧力項P0、圧力項Pz、及び、圧力項Prから、差圧Pを演算する。演算部102は、実質的に、ピン210dとピン孔210eとの間に発生する吸込圧を演算する吸込圧演算部を構成する。
摩耗推定装置10の演算部103は、演算した差圧Pに基づき、予め設定したマップ又は演算式に従って、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の吸込量を演算する。例えば図8の上図に示すように、潤滑油の圧力が高くなるほど、圧力項P0が大きくなって差圧Pが0よりも小さくなるため、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の量が多くなる。また、図8の中図に示すように、エンジン2の回転数が高くなるほど、可変容量型オイルポンプ37の回転数が高くなって潤滑油の供給圧が高くなるから、P0が大きくなると共に、前述したように圧力項Pz及び圧力項Prが小さくなって差圧Pが0よりも小さくなるため、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の量が多くなる。さらに、図8の下図に示すように、エンジン2が発生するトルクが高くなるほど、タイミングチェーン210の張力変動が大きくなることで、圧力項Pzが小さくなって差圧Pが0よりも小さくなるため、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の量が多くなる。演算部103は、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の吸込量を演算する吸込量演算部を構成する。
摩耗推定装置10の推定部104は、演算した吸込量を用いてタイミングチェーン210のピン210dとピン孔210eとの間における油膜厚さを考慮し、エンジン2の運転状態に基づいて、予め設定した演算式に従いタイミングチェーン210の摩耗量を推定する。油膜厚さが厚いと、タイミングチェーン210の摩耗量は、相対的に少なく推定される。逆に、油膜厚さが薄いと、タイミングチェーン210の摩耗量は、相対的に多く推定される。推定部104は、タイミングチェーン210の摩耗量を推定する摩耗量推定部を構成する。
図9は、エンジン制御部7(つまり、摩耗推定装置10)が実行する、タイミングチェーン210の摩耗量の推定手順を示すフローチャートである。先ず、スタート後のステップS91で、エンジン制御部7は、エンジン2の運転状態を読み込む。続くステップS92で、摩耗推定装置10の演算部101は、前述したように、エンジン2の回転数と可変容量型オイルポンプ37の容量とに基づいてオイルジェットの吐出流量を推定する。
ステップS93で、摩耗推定装置10の演算部101は、ステップS92で推定したオイルジェットの吐出流量に基づいて、圧力項P0を演算する。つまり、演算部101は、特定箇所361における潤滑油圧力を演算すると共に、特定箇所361以外における潤滑油圧力を、大気圧に設定する。
ステップS94で、エンジン制御部7は、エンジン2の目標トルクを取得する。目標トルクは、アクセル開度センサ212が検出したアクセル開度、ギヤ段検出部213が検出した変速機のギヤ段、及び、車速センサ214が検出した車速に基づいて設定される(図5参照)。アクセル開度センサ212、ギヤ段検出部213、及び、車速センサ214はそれぞれ、エンジン2の運転に関するパラメータに基づいてエンジン2が発生するトルクを取得するトルク取得部の一部を構成する。尚、エンジン2が発生するトルクは、前述した手法によって取得することには限定されない。例えば、エンジン2の運転に関するパラメータの一つとしての燃料噴射量に基づいて、エンジン2が発生するトルクを取得してもよい。
ステップS95で、摩耗推定装置10の演算部102は、ステップS91で取得したエンジン2の回転数、及び、ステップS94で取得したエンジン2の目標トルク(つまり、エンジン2が発生するトルク)に基づいて、吸込圧(つまり、Pz+Pr)を演算すると共に、演算した吸込圧と、ステップS93で演算した潤滑油圧力(つまり、P0)とに基づいて、差圧P(=Pz+Pr−P0)を演算する。
ステップS96で、摩耗推定装置10の演算部103は、ステップS95で演算した差圧Pに基づき、ピン210dとピン孔210eとの間に吸い込まれる潤滑油の吸込量を演算する。
ステップS97で、摩耗推定装置10の推定部104は、ステップS96で演算した潤滑油の吸込量を考慮しつつ、エンジン2の運転状態に基づいて、予め設定した演算式に従いタイミングチェーン210の摩耗量を推定する。摩耗推定装置10は、推定した摩耗量を累積することによって、タイミングチェーン210の摩耗の進行度合いを推定する。
この摩耗推定装置10は、タイミングチェーン210の走行時におけるピン210dとピン孔210eとの間の油膜厚さを考慮して、タイミングチェーン210の摩耗量を推定するため、推定精度を高めることが可能になる。
例えば図10は、従来の理論式に基づいてタイミングチェーン210の摩耗量を推定した場合と、前述した手順に従って、タイミングチェーン210の摩耗量を推定した場合とを比較している。図10は、エンジン2が、高負荷低回転で運転される頻度が高いときの推定を示している。
従来の推定手法では、ピン210dとピン孔210eとの間の油膜厚さが、エンジン2の運転状態にかかわらず、常に一定であると仮定をして、エンジン2の運転状態に基づいてタイミングチェーン210の摩耗量を推定していた。エンジン2の回転数が低いと、タイミングチェーン210の走行速度が低くなるため、従来の推定手法では、タイミングチェーン210の摩耗は進行しにくいと推定される。
これに対し、ここに開示する推定手法では、ピン210dとピン孔210eとの間の油膜厚さを考慮する。エンジン2の回転数が低いと、図8の中図から明らかなように、ピン210dとピン孔210eとの間に潤滑油が吸い込まれにくいため、油膜が薄くなる。そのため、ここに開示する推定手法では、エンジン2の回転数が低いときに、従来の手法での推定量よりもタイミングチェーン210の摩耗は進行しやすいと推定される。これは、実際の傾向に一致する。従って、ここに開示する新たな推定手法は、タイミングチェーン210の摩耗を精度よく推定することができる。
図5に示すように、エンジンシステム1は、摩耗推定装置10の推定結果に基づいて、タイミングチェーン210の潤滑状態を調整する調整装置100を備えている。調整装置100は、タイミングチェーン210の潤滑装置の一部を構成すると共に、タイミングチェーン210の摩耗量に基づいて、潤滑油の供給量を調整する制御部を構成する。具体的に調整装置100は、可変容量型オイルポンプ37の容量を調整する。つまり、摩耗推定装置10が、タイミングチェーン210の摩耗が進行しやすいと推定したときに、調整装置100は、潤滑油の供給量が増えるように可変容量型オイルポンプ37の容量を補正する。こうすることで、タイミングチェーン210のピン210dとピン孔210eとの間の油膜を厚くすることができ、タイミングチェーン210の摩耗の進行を抑制することができる。
(変形例)
図11は、変形例に係るフローチャートを示している。この変形例では、エンジン制御部7(摩耗推定装置10)は、ピン210dとピン孔210eとの間への潤滑油の吸込量、及び、差圧Pを演算しないで、例えば図12に示すマップと、エンジン2の回転数及びエンジン2が発生するトルクと、に基づいて、タイミングチェーン210の摩耗量を推定する。図12に示すマップは、エンジン2の回転数を横軸、エンジン2が発生するトルクを縦軸とした二次元平面を複数の領域に区分けし、各領域において、当該運転状態におけるピン210dとピン孔210eとの間の油膜厚さを考慮したタイミングチェーン210の摩耗量を、予め定めている。
摩耗推定装置10は、ステップS111で、エンジン2の運転状態を読み込む。ステップS111は、ステップS91と同じである。続くステップS112で、摩耗推定装置10は、エンジン2の目標トルクを取得する。ステップS112は、ステップS94と同じである。
そして、ステップS113で、摩耗推定装置10は、ステップS111で取得したエンジン2の回転数と、ステップS112で取得したエンジン2の目標トルクと、図12に示すマップとに基づいて、タイミングチェーン210の摩耗量を推定する。図12に示すマップは、ピン210dとピン孔210eとの間の油膜厚さを考慮しているため、前記と同様に、タイミングチェーン210の推定精度を高めることができる。
尚、ここに開示する技術は、前述した構成のエンジンシステム1に適用することに限定されない。ここに開示する技術は、様々な構成のエンジンシステム1に適用することが可能である。