JP2018070972A - 肉盛合金および肉盛部材 - Google Patents

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Abstract

【課題】耐摩耗性と肉盛性を両立した肉盛部の形成を可能とする肉盛合金を提供する。【解決手段】本発明の肉盛合金は、Cu、Fe、NiおよびSiからなる第1元素群と、Mo、WおよびVからなる第2元素群より選択された一種以上の第2元素とを含み、溶融時にCuを含む合金液相とFeを含む合金液相とが分離した状態(以下「液相分離状態」という。)となり得る銅基合金からなる。この銅基合金は、さらに、全体を100質量%として、Ag、Bi、Sn、Zn、InおよびPbからなる第3元素群より選択された一種以上の第3元素を0.1〜25質量%含み、Crを実質的に含まない。この肉盛合金からなる肉盛部は、特に低酸素環境下で高耐摩耗性および低相手攻撃性を発揮し得る。この肉盛合金を用いると、肉盛時に割れ等を生じることなく、安定した品質で効率的に肉盛を行うこともできる。【選択図】図4A

Description

本発明は、肉盛部を備えた肉盛部材と、その肉盛部となり得る肉盛合金に関する。
機械部材は、部位によって要求される機械的特性が異なる。例えば、内燃機関(「エンジン」という。)のシリンダーヘッドやエンジンブロックは、摺動部において、高耐摩耗性や低摩擦特性等が要求される。最近のシリンダーヘッド等は、軽量で熱伝導性や鋳造性等に優れるアルミニウム合金(「Al合金」という。)からなるが、Al合金(鋳物)自体は耐摩耗性等が必ずしも十分ではない。このため、その摺動部(例えば軸受、ライナー等)には、別部材が設けられたり、改質処理がなされたりする。
このような摺動部の別例として、シリンダーヘッドの吸排気ポート周縁部に設けられ、緩やかに回転する吸排気バルブの傘部外周縁部と当接を繰り返すバルブシートがある。吸気側バルブシートは、高速で流入する空気や多様な燃料成分を含む混合気に曝され、排気側バルブシートは高速で流出する高温燃焼ガスに曝される。このような過酷な環境下でも、バルブシートには、高い耐摩耗性(特に耐凝着摩耗性)や潤滑性等が要求される。
このようなバルブシートは、一般的に、特許文献1にあるような鉄基焼結合金からなるシートリングを、シリンダーヘッドのポート外周縁部に形成したリング溝へ圧入(打ち込み)して形成されている。これに対して、レーザークラッド法を用いた肉盛によりバルブシートを形成することも提案されている。前者の打込み式バルブシートから後者の肉盛り式バルブシートに変更すれば、吸排気ポート径の拡大等のみならず、バルブシート自体の熱伝導性向上やシリンダーヘッド側のウォータージャケットとの距離短縮等による動弁系周辺の冷却性向上も可能となる。
肉盛り式バルブシートは、例えば、次のようにして形成される。先ず、銅基合金粉末(原料粉末)にレーザー照射で溶融した後に急冷凝固する。こうして銅基マトリックス中に略球状の硬質粒子が分散した急冷凝固組織からなる肉盛部が、ポート周縁部に形成される。次に、その肉盛部をバルブガイドと同軸で切削加工等することにより、所望の寸法・表面粗さのバルブシートが得られる。
下記の特許文献2〜7には、そのような肉盛部またはその原料粉末に適した銅基合金に関する記載がある。なお、特許文献7には、Agを含む銅基合金に関する記載がある。この銅基合金は、耐酸化性を高めるCrを必須元素として、Crを少なくとも1重量%以上含んでいる。
特開2006−307331号公報 特公平7−17978号公報 特許第3305738号公報 特許第4114922号公報 特許第4472979号公報 特許第4603808号公報 特開2002−194462号公報
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来の肉盛合金とは異なり、Cr含有量を抑制しつつ摺動性と肉盛性を両立できる新たな肉盛合金と、その肉盛合金からなる肉盛部を有する肉盛部材とを提供することを目的とする。
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意研究した結果、Agを含有させつつCrを抑制することにより、摺動性と肉盛性の両立を図れる新たな肉盛合金を見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
《肉盛合金》
(1)本発明の肉盛合金は、Cu、Fe、NiおよびSiからなる第1元素群と、Mo、WおよびVからなる第2元素群より選択された一種以上の第2元素とを含み、溶融時にCuを含む合金液相と該第2元素およびFeを含む合金液相とが分離した状態となり得る銅基合金からなる肉盛合金であって、該銅基合金は、全体を100質量%(単に「%」という。)として、下記の組成を満たすことを特徴とする。
Cr:1%未満
Ag、Bi、Sn、Zn、InおよびPbからなる第3元素群より選択された一種以上の第3元素:0.1〜25%
(2)本発明の肉盛合金は、先ず、所定の温度範囲内で、Cuを含む合金液相(「Cu系合金液相」ともいう。)とFeを含む合金液相(「Fe系合金液相」ともいう。)とが分離した状態(「液相分離状態」という。)となる。このまま急冷凝固がなされると、その液相分離状態が凍結された金属組織が得られる。特に、液相分離状態時に強撹拌されて急冷凝固すると、Cu系合金液相が凝固したマトリックス(「銅基マトリックス」という。)中に、Fe系合金液相が凝固した略球状粒子(硬質粒子)が分散した複合組織が得られる。
次に本発明の肉盛合金は、Ag等の第3元素を含んでいる。第3元素は、基本的に軟質な金属元素であり、銅基マトリックス(単に「マトリックス」ともいう。)中に濃化部(相)を形成し、固体潤滑作用を発現し得る。この結果、Mo等の第2元素が固体潤滑性に富む酸化物を本来生成し難い低酸素雰囲気下でも、本発明の肉盛合金(肉盛部)は、優れた摺動性(耐摩耗性や相手材への低攻撃性等)を発揮し得る。
また、マトリックス中に第3元素からなる軟質な濃化部が存在することにより、マトリックスの靱性が向上し、本発明の肉盛合金は優れた肉盛性(肉盛時の割れ低減、品質安定化、歩留り向上等)も発揮し得る。
このような第3元素に起因した摺動性や肉盛性の向上効果は、Crが少ないほど生じ易い。この理由は次のように推察される。Crは、マトリックスの主成分であるCuにほとんど固溶せず、Ni−Si−Cr化合物およびCrSiとしてマトリックス中に析出する。これらの析出物は硬質なため、摺動時にその軟質な第3元素濃化相に混入し研削剤として働き得る。このためCrが少ない方が好ましいと考えられる。
また、第2元素は固体潤滑性に富む酸化物を生成して、肉盛合金の耐摩耗性の向上や相手攻撃性の低減に寄与し得るが、第2元素以上に安定した酸化物を形成するCrが多くなると、第2元素の酸化が妨げられて第2元素の酸化物による固体潤滑効果が発現され難くなる。この傾向は、低酸素雰囲気中で特に生じ易い。このため、Crは少ないほど好ましい。さらに、Crが少ないほど、肉盛に用いる原料粉末も製造時等に酸化され難くなり、原料粉末の製造性や収率の向上も図られるようになる。
《肉盛部材》
本発明は、上述した肉盛合金としてのみならず、その肉盛合金からなる肉盛部を有する肉盛部材としても把握できる。すなわち、本発明は、基材と、基材に形成された肉盛部とを備える肉盛部材であって、この肉盛部が上述した肉盛合金からなることを特徴とする肉盛部材でもよい。
《その他》
(1)本発明に係る「硬質」粒子は、銅基マトリックスよりも硬さが大きい粒子という意味であるが、適宜、分散粒子またはケイ化物粒子、鉄基粒子と換言してもよい。
本明細書でいう「X基〜」は、原子割合(原子%)で、その全体組成中でX元素が他のいずれの構成元素よりも多く含まれていることを意味する。具体的にいうと、銅基合金は、その合金全体中でCuが他元素よりも多いことを意味する。また銅基マトリックスは、そのマトリックス全体中でCuが他元素よりも多いことを意味する。
硬質粒子は、第1元素と第2元素との金属間化合物粒子である。但し、硬質粒子は、通常、Siを多く含む。このため硬質粒子は、ケイ化物粒子ということもできる。
本発明の肉盛合金は、肉盛前と肉盛後の両方を含む。例えば、肉盛合金は、肉盛に供される原料粉末でもよいし、肉盛されて銅基マトリックス中に硬質粒子が分散した金属組織を有する肉盛部でもよい。
液相分離状態となる銅基合金は、本発明で規定する元素(組成)からなり、少なくとも、Cu系合金液相とFe系合金液相の二液相分離状態となるものであればよく、偏晶系合金に限らず、包晶系合金等でもよい。
本発明の肉盛合金は、種々の改質元素(例えば、合計で5%以下さらには2%以下)や技術的またはコスト的に除去困難な不可避不純物を含む。なお、本明細書でいう成分組成に関する「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
(2)本明細書では、肉盛合金(肉盛部)の耐摩耗性や相手材への攻撃性(相手攻撃性)を、単に「摺動性」ともいう。また、肉盛合金の肉盛時の割れ性、品質安定性、歩留り性等を、単に「肉盛性」ともいう。
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
試料3の肉盛部の金属組織を示す光学顕微鏡写真である。 試料3のマトリックスをEPMA分析した結果である。 試料C0のマトリックスをEPMA分析した結果である。 試料3のマトリックスをEPMAで定量分析した位置を示す。 試料C0のマトリックスをEPMAで定量分析した位置を示す。 摩耗試験中の酸素濃度と肉盛部の摩耗量との関係を示す棒グラフである。 摩耗試験中の酸素濃度と相手材の摩耗量との関係を示す棒グラフである。 レーザークラッド法による肉盛の様子を模式的に示した説明図である。 耐摩耗試験装置を模式的に示した概要図である。
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の肉盛合金のみならず肉盛部材やその製造方法にも該当し得る。また方法的な構成要素も、一定の場合、物に関する構成要素となり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
《合金組成》
(1)第3元素群
本発明に係る銅基合金は、Ag、Bi、Sn、Zn、InおよびPbからなる第3元素群より選択された一種以上の第3元素を含む。第3元素は、硬質粒子中に存在してもよいが、主にマトリックス中に濃化して存在することにより、本発明の肉盛合金は優れた摺動性または肉盛性を発揮する。
第3元素の存在形態は、マトリックス中への固溶、単独での晶出、他元素と化合物(金属間化合物を含む)を形成して晶出等のいずれでもよい。AgCu化合物としてはAgCuの存在が知られているが、CuはAgに固溶するためマトリックス中に晶出する第3元素の形態として、例えば、Ag−Cu固溶体、特にAg−Cu−Ni固溶体が好ましい。
第3元素は、銅基合金全体に対して0.1〜25%、0.5〜18%、1〜13%さらには3〜8%含まれると好ましい。第3元素は、過少ならその効果が乏しく、過多になるとマトリックス自体が軟質化して耐摩耗性が却って低下し得る。
第3元素は、入手が容易で安定なAgが特に好ましい。Agは銅基合金中に1〜18%、2〜14%さらには4〜7%含まれていると好ましい。
(2)第1元素群
本発明の肉盛合金は、上述した第3元素の他、第1元素群(Cu、Fe、NiおよびSi)を含む。Cuは、主たる元素であり残部を構成する。NiおよびSiは、Cuと共に銅基マトリックスを構成する主要元素である。Feは、Cuと共に、溶融時に液相分離状態となるために重要な元素である。またFeは、Si(さらにはNi)および第2元素と共に銅基マトリックス中に分散した硬質粒子を構成する元素である。
各元素の選択および割合は、肉盛部に要求される特性または組織に応じて調整されるが、例えば、下記のような組成が好ましい。なお、ここで述べる組成は、肉盛合金(銅基合金)全体を100質量%としている。
Feは3〜20%、4〜10%さらには5〜8%含まれると好ましい。Feが過少では、硬質粒子の生成が不十分となり耐摩耗性が低下し得る。Feが過多になると硬質粒子は粗大化し、肉盛性、被削性が低下する。
Niは5〜30%、10〜20%さらには12〜18%であると好ましい。Niは銅基マトリックスに固溶して、その強度を高め得る。また、Ni量は二液相分離傾向に影響を与え、硬質粒子の大きさに影響して、肉盛合金の耐摩耗性を左右する。Niが過少ではマトリックス強度向上の効果が乏しく、Niが過多になると二液相分離傾向は低下し、硬質粒子が微細化するため耐摩耗性が低下する。
Siは0.5〜5%、1〜4%さらには2〜3%であると好ましい。Siは銅基マトリックスの強化または肉盛性の向上に寄与する。またSiは、Feおよび第2元素とケイ化物(シリサイド)を形成し、硬質粒子の形成に寄与する。Siが過少ではそれらの効果が乏しく、Siが過多になると硬質粒子の靱性が低下し、割れ発生を誘発する。
(3)第2元素群
本発明の肉盛合金は、さらに第2元素群(Mo、WおよびVの一種以上)を含む。それらは合計で、3〜20%、5〜15%さらには6〜10%であると好ましい。第2元素は、FeやSiとともに、硬質粒子を形成し易くする。特にMoは、Feよりもさらに高温までCuと反発して、二液相分離状態を生成し易くすると共に、自己潤滑性(固体潤滑性)を発揮して肉盛部の耐摩耗性を高める。第2元素が過少ではそれらの効果が乏しく、第2元素が過多になると硬質粒子は粗大化し、肉盛性、被削性が低下する。
(4)C、Mn、Cr、Co
銅基合金は、Cを0.01〜0.5%さらに0.02〜0.3%含んでもよい。Cは高温でより安定した炭化物の形成に寄与し得る。Cは第2元素の炭化物として銅基合金中に存在してもよい。このような炭化物は硬質粒子の微細化や、銅基合金の耐摩耗性や耐割れ性の向上に寄与し得る。
銅基合金は、Coを含んでもよい。CoはFeと同様にCuに殆ど固溶せず、溶融時に液相分離状態を促進する元素である。Coを含有することにより銅基合金の靱性等の向上を図れる。但し、Coは稀少元素で高価であり、資源リスクを伴う。このため銅基合金は、Coを実質的に含まないか(不純物として含む場合を除く)、Coを含むなら0.1〜2%さらには0.5〜1.9%であるとよい。これらの意味を含めて、Coは2%未満、1%以下さらには0.1%以下であると好ましい。
Crは、FeやCoと同様に、Cuに殆ど固溶せず、溶融時に液相分離状態を促進する元素である。しかし、低酸素環境下での使用、肉盛性、原料粉末の収率、環境負荷等を考慮すると、本発明の肉盛合金は、不純物として含む場合を除き、Crを実質的に含まない方がよい。そこでCrは、1%未満さらには0.1%未満であると好ましい。
なお、本発明の肉盛合金(肉盛部)は、表面または内部に不純物として酸素(O)を少量(例えば、0.01〜0.1%)含んでもよい。Oは、原料粉末の製造過程等で粉末粒子表面に吸着等したり、肉盛時に肉盛部の表面や内部に導入される。
《合金組織》
(1)本発明の肉盛合金は、溶融から凝固に至る形成過程を調整することにより、種々の金属組織をとり得る。肉盛部の耐摩耗性と肉盛性を両立する観点から、その金属組織は、銅基マトリックス(Cu−Ni−Si系マトリックス)と、この銅基マトリックス中に分散している略球状の硬質粒子(Fe−Mo−Si等の化合物粒子)と、主に銅基マトリックスに分散している第3元素の濃化部(単体または化合物)とからなると好ましい。
(2)硬質粒子は、平均粒径が10μm〜10mm、50μm〜5mmさらには100μm〜1mmであると好ましい。硬質粒子が過小では銅基合金(肉盛部)の耐摩耗性が不十分となり、硬質粒子が過大では相手材の摩耗(攻撃性)が大きくなったり、被削性が低下するため好ましくない。ここでいう各硬質粒子の粒径は面積円相当径とする。第3元素の濃化部はマトリックスの中の占有面積率が、5〜30%さらには10〜20%であると好ましい。各平均値は、17×19ミクロンを観察したときの相加平均値とする。
(3)耐摩耗性と肉盛性を両立するため、例えば、銅基マトリックスは150〜350Hvさらには200〜300Hvであり、硬質粒子は400〜1500Hvさらには600〜1200Hvであり、第3元素の濃化部は50〜250Hvさらには100〜200Hvであると好ましい。
ここでいう各硬さは、圧子の押し付け荷重(試験力)を500gfとして測定したときのマイクロビッカース硬さである。硬さの測定は、銅基合金(肉盛部)の最表面について行い、約0.5mm間隔で測定した10点の平均値とする。
《基材/肉盛部材》
本発明の肉盛合金を肉盛する相手材(基材)は、鉄系材(ステンレス鋼を含む。)、非鉄系材(アルミニウム系材、マグネシウム系材、チタン系材、銅系材等)など、種々考えられる。
Cuベースの肉盛合金は、純AlまたはAl合金からなる基材に肉盛されても、過度に基材と反応することはないため、例えば、アルミニウム合金(鋳造材、展伸材等)からなる基材上にも、欠陥(ボイドや割れ等)の少ない健全な肉盛部の形成が可能である。
例えば、アルミニウム合金からなる内燃機関用のシリンダーヘッド(鋳物/基材)の吸気ポートおよび/または排気ポートに形成されたバルブシート(肉盛部)を、本発明の肉盛合金で形成すると好ましい。吸気側バルブシートと排気側バルブシートは、各要求特性に応じて、各肉盛部の組成や組織が異なってもよい。例えば、従来よりも硬質粒子を増加・増大等させてバルブシートの耐摩耗性を高めてもよい。本発明の肉盛合金を用いれば、その耐摩耗性が低酸素雰囲気中でも確保される。
なお、本発明でいう肉盛部材は、肉盛により形成されたバルブシートを有するシリンダーヘッドに限らず、種々の材質からなる様々な部材(基材)に肉盛されたものでもよい。
《レーザークラッド法》
本発明では肉盛部の形成過程を問わないが、例えば、レーザークラッド法により、所望の金属組織または特性を有する肉盛部を形成することができる。
レーザークラッド法は、レーザービームまたは電子ビーム等の高密度エネルギー熱源を用いて、供給された肉盛合金素材(原料)を所定温度域で溶融し、その溶融液を基材表面で急冷凝固させて、所定の金属組織(急冷凝固組織)からなる肉盛部を形成する方法である。
原料として、ワイヤ材または棒材を用いることも考えられるが、所望する金属組織を均一的または安定的に形成する観点から、粉末を用いると好ましい。このような原料粉末は、例えば、(ガス)アトマイズ法により得られる。アトマイズ粉末の構成粒子も本発明の肉盛合金の一形態である。但し、アトマイズ粉末の製造時、その溶融液(噴霧前の溶湯)は一液相状態でもよい。
レーザークラッド法に供される原料粉末は、例えば、粒度が32〜180μmさらには63〜106μmであると好ましい。この粒度は篩い分けにより特定される(JIS Z 8801に準拠)。具体的にいうと、粒度:a〜bμmは、公称目開きがaμmの篩いを通過せず、公称目開きがbμmの篩いを通過した粒子からなることを意味する。なお、原料粉末は、成分組成の異なる複数種の粉末を混合した混合粉末でも、単一粉末でもよい。但し、取扱性に優れる単一粉末を用いる方が、均一的な肉盛部を容易に形成できる。
レーザとして、炭酸ガスレーザ、YAGレーザ、半導体レーザー等を用いることもできる。銅基マトリックス中に略球状の硬質粒子が均一的に分散した金属組織を得るために、液相分離状態にある溶融プールが強撹拌されつつ急冷されることが望ましい。このような強撹拌は、例えば、原料粉末へ照射するレーザーを周期的に、断続またはその強度を変化させることにより行える。具体的にいうと、半導体レーザーの出力を電子制御したり、上記した特許文献4(特許第4114922号公報)、特許文献5(特許第4472979号公報)等に記載されているようなオッシレーターを用いて行える。
成分組成の異なる原料粉末を用いて、レーザークラッド法により基材上に肉盛を行った。こうして得られた肉盛部について、組織観察、耐摩耗性および相手攻撃性をそれぞれ評価した。これらの具体例に基づいて本発明をさらに詳しく説明する。
《試料の製造》
(1)基材
肉盛する基材として、アルミニウム合金(JIS AC2C)を用意した。基材の形状は、組織観察:板状(100mm×100mm×20mm)、摩耗試験:リング状(外径φ80mm×内径φ20mm×高さ50mm)とした。
(2)原料粉末
先ず、表1の試料C0に示す成分組成を有するガスアトマイズ粉末を用意した。このガスアトマイズ粉末は、1800℃で調製された合金溶湯を、不活性ガス雰囲気に噴霧して製造した。入手したガスアトマイズ粉末を篩い分けにより分級した。こうして粒度:32〜180μmに調整した。試料C0では、こうして得られた粉末(これを「基準粉末」という。)を原料粉末として肉盛を行った。
試料1〜3は、基準粉末にAg粉末(粒度:6〜13mm)を混合した混合粉末を、原料粉末として肉盛を行った。各試料の混合粉末は、基準粉末:100重量部に対して、表1に示す割合のAg粉末を添加したものである。なお、各試料に係る原料粉末(100質量%)の全体組成も表1に併せて示した。
(3)肉盛
肉盛は、図5に示すように、炭酸ガスレーザービームを熱源としたレーザークラッド法により行った。具体的にいうと、炭酸ガスレーザのレーザービーム55を、基材50に対して相対的に移動させつつ、被肉盛部51に形成した原料粉末の粉末層53へ照射する。肉盛は、ガス供給管65からシールドガス(アルゴンガス)を吹き付けつつ行う。レーザービーム55は、ビームオシレータ57により粉末層53の幅方向(矢印W方向)へ揺動させつつ照射する。このレーザー照射により、粉末層53は溶融して二液相分離状態となり、強撹拌された後、基材等への放熱により急速凝固して、被肉盛部51に肉盛部60(肉盛厚み:約2mm、肉盛幅:約6mm)が形成される。
処理条件は、レーザ出力:4.5kW、レーザースポット径:2.0mm、レーザービームと基材の相対走行速度:15.0mm/秒、シールドガス流量:10L/分とした。肉盛に際して、特許文献4(特許第4114922号公報)等の記載も参考にした。
《観察・試験》
(1)組織観察
試料3の肉盛部の1.4×2.4mmの領域を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して得られた金属組織を図1に示した。
試料3と試料C0のマトリックス領域を、電子線マイクロアナライザ(EPMA)で分析した結果をそれぞれ図2Aと図2B(両者を併せて単に「図2」という。)に示した。さらに、試料3と試料C0について、各マトリックス組織中における成分構成をEPMAで定量分析した結果を表2に示した。定量分析した各部の観察位置は、図3Aと図3B(両者を併せて単に「図3」という。)にそれぞれ示した。
(2)摩耗試験
摩耗試験は、図6に示すような試験装置を用いて、次のようにして行った。先ず、肉盛部101をもつ試験片100を第1ホルダ102に保持する。次に、誘導コイル104が外周囲に巻回された円筒形状の相手材106を第2ホルダ108に保持する。誘導コイル104で高周波誘導加熱した相手材106の端面を、試験片100の肉盛部101に押し付けつつ回転させて、摩耗試験を行う。
試験条件は、押し付け荷重:150N(面圧:5MPa)、回転数:383rpm、試験時間:30分間、相手材の温度:600℃、相手材の材質:Co系合金(ステライト相当材)、雰囲気:0.5%O+N、7.5%O+Nまたは21%O+N(大気)のいずれか、とした。
摩耗試験後に、試験片(肉盛部)と相手材の摩耗量を試験前後の重量変化(減量)として測定した。こうして各試料について得られた各摩耗量を図4A、図4B(両者を併せて単に「図4」という。)に示した。
《評価》
(1)金属組織
図1から明らかなように、試料3の肉盛部は、マトリックス中に、球状の(硬質)粒子が分散した複合組織となっていた。なお、他の試料の肉盛部でも、同様な金属組織となることを確認している。これらから、レーザーで加熱された原料粉末は、溶融して二液相分離状態となった後に、急冷凝固したことがわかる。
いずれの試料も、マトリックスはCu−Ni−Si系合金であり、硬質粒子はFe−Mo−Si系化合物(合金)であった。但し、図2から明らかなように、試料3と試料C0のマトリックス組織は大きく相違していた。図3と表2から明らかなように、試料3のマトリックスは、Ag(第3元素)の濃化部(相)が分散した金属組織となっていた。なおAgは、硬質粒子(100%)中に殆ど存在しない(Ag:0.2%未満)ことも確認している。
ちなみに、いずれの試料も硬質粒子の硬さは800〜1200Hvであった。試料1〜3のマトリックスは硬さが230〜280Hvであり、試料C0のマトリックスは硬さが200〜230Hvであった。
(2)耐摩耗性
図4Aから明らかなように、酸素濃度が大気よりも低い雰囲気中では、Agを含む試料1〜3の方が、Agを含まない試料C0よりも、耐摩耗性に優れることがわかった。また、雰囲気中の酸素濃度が低いほど、Agを多くむ試料の方が耐摩耗性に優れることもわかった。但し、酸素濃度が大気レベルである雰囲気中での使用も考慮すると、肉盛部全体に対してAgは3〜15%であると好ましいといえる。このような傾向は、相手攻撃性に関しても同様であることが図4Bからわかる。
(3)肉盛性
試料1〜3と試料C0の原料粉末を用いて、Al合金製シリンダーヘッドの吸排気ポートに、バルブシートとなる肉盛部を実際に形成した。その際、試料1〜3の原料粉末を用いた場合、肉盛時に割れは発生しなかった。一方、試料C0の原料粉末を用いた場合、肉盛時に割れが発生した。これらの結果から、Agは、低酸素環境下での高耐摩耗性や低相手攻撃性に寄与するのみならず、肉盛性の向上にも寄与することがわかった。
なお、上述した各試料の製造には、Ag粉末と基準粉末の混合粉末を用いたが、所望する成分組成で調製された単種粉末を原料粉末として用いることにより、安定した品質で効率的な肉盛が可能となる。このような単種粉末をアトマイズ法により製造できることも、実際に確認している。

Claims (10)

  1. Cu、Fe、NiおよびSiからなる第1元素群と、
    Mo、WおよびVからなる第2元素群より選択された一種以上の第2元素とを含み、
    溶融時にCuを含む合金液相と該第2元素およびFeを含む合金液相とが分離した状態となり得る銅基合金からなる肉盛合金であって、
    該銅基合金は、全体を100質量%(単に「%」という。)として、下記の組成を満たすことを特徴とする肉盛合金。
    Cr:1%未満
    Ag、Bi、Sn、Zn、InおよびPbからなる第3元素群より選択された一種以上の第3元素:0.1〜25%
  2. 前記銅基合金は、さらにCoを2%未満含む請求項1に記載の肉盛合金。
  3. 前記銅基合金は、下記の組成を満たす請求項1または2に記載の肉盛合金。
    Fe :3〜20%、
    Ni :5〜30%、
    Si :0.5〜5%、
    第2元素の合計:3〜20%
  4. 前記銅基合金は、C:0.01〜0.5%をさらに含む請求項1〜3のいずれかに記載の肉盛合金。
  5. 前記銅基合金は、Ag:0.1〜18%含む請求項1〜4のいずれかに記載の肉盛合金。
  6. NiおよびSiを含む銅基マトリックスと、
    Siおよび前記第2元素を含み、該銅基マトリックス中に分散している略球状の硬質粒子と、
    該銅基マトリックス中に分散している前記第3元素の濃化部と、
    を有する請求項1〜5のいずれかに記載の肉盛合金。
  7. 肉盛に供される原料粉末である請求項1〜6のいずれかに記載の肉盛合金。
  8. 基材と、
    該基材に形成された肉盛部と、
    を備えた肉盛部材であって、
    前記肉盛部は、請求項1〜6のいずれかに記載した肉盛合金からなることを特徴とする肉盛部材。
  9. 前記基材は、アルミニウム合金からなる請求項8に記載の肉盛部材。
  10. 前記肉盛部は、内燃機関用のシリンダーヘッドの吸気ポートおよび/または排気ポートに形成されたバルブシートである請求項9に記載の肉盛部材。
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