上述のように、気相合成法に用いられるダイヤモンド種結晶は高温高圧合成法により製造されたものであるため、切り出した基板面には結晶の成長方向が異なる部分が含まれている。そのため、このダイヤモンド種結晶は不純物および欠陥の導入量が互いに異なる複数の成長セクタを含んでいる。このような成長セクタ同士では基板の研磨速度やエッチング速度などが異なるため、研磨やエッチング処理により成長セクタの境界部分に段差が形成される。そして、段差が形成されたダイヤモンド基板上に単結晶ダイヤモンドを成長させた場合には単結晶ダイヤモンドにおいても複数の成長セクタが形成され、これを工具材料として用いた場合には複数の成長セクタの境界部分における段差に起因して被削材に傷痕などが発生し易くなるという問題を本発明者は見出した。
また、ダイヤモンド種結晶のサイズを小さくすることで単一の成長セクタのみを含むものを準備することも可能である。しかし、この場合にはサイズの大きい単結晶ダイヤモンドを成長させることが困難になるという問題がある。
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、サイズが大きく、かつダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能なダイヤモンド複合体、単結晶ダイヤモンドおよびこれらの製造方法、ならびに当該単結晶ダイヤモンドを備えるダイヤモンド工具を提供することである。
本発明に従ったダイヤモンド複合体の製造方法は、複数の成長セクタを含むダイヤモンド種結晶を準備する工程と、気相合成法によりダイヤモンド種結晶の表面上に単結晶ダイヤモンドを成長させてダイヤモンド複合体を得る工程とを備えている。ダイヤモンド複合体を得る工程は、単結晶ダイヤモンドの成長温度に達する前にダイヤモンド種結晶を加熱する昇温工程を含んでいる。昇温工程では、メタンガスおよび不活性ガスのうち少なくともいずれかのガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶が加熱される。また、昇温工程では、メタンガス、エタンガスおよび不活性ガスのうち少なくともいずれかのガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶が加熱されてもよい。
本発明者は、複数の成長セクタを含むサイズの大きいダイヤモンド種結晶を用いて気相合成法を行う場合において、より工具性能に優れた単結晶ダイヤモンド(つまり、単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンド)を成長させることについて、鋭意検討を行った。その結果、複数の成長セクタを含むダイヤモンド種結晶上に単結晶ダイヤモンドを成長させる場合でも、成長温度に達する前までの昇温工程におけるダイヤモンド種結晶の加熱条件を選択することにより単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドが得られることを見出し、本発明に想到した。
本発明に従ったダイヤモンド複合体の製造方法では、単結晶ダイヤモンドの成長温度に達する前にダイヤモンド種結晶を加熱する昇温工程が行われ、この昇温工程ではメタンガスおよび不活性ガス(好ましくはメタンガス、エタンガスおよび不活性ガス)のうち少なくともいずれかのガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶が加熱される。これにより、複数の成長セクタを含むダイヤモンド種結晶の表面上において単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドが成長したダイヤモンド複合体が得られる。そして、ダイヤモンド複合体から分離した単結晶ダイヤモンドをダイヤモンド工具に用いた場合には、工具性能をより向上させることができる。したがって、本発明に従ったダイヤモンド複合体の製造方法によれば、サイズが大きく、かつダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能なダイヤモンド複合体を製造することができる。
上記ダイヤモンド複合体の製造方法は、ダイヤモンド複合体を得る工程の前に、不活性ガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶の上記表面をエッチングする工程をさらに備えていてもよい。
これにより、ダイヤモンド工具の性能をより向上させることが可能なダイヤモンド複合体を製造することができる。
上記ダイヤモンド複合体の製造方法は、ダイヤモンド複合体を得る工程の前に、50μm/h以下の速度でダイヤモンド種結晶の上記表面を研磨する工程をさらに備えていてもよい。
これにより、ダイヤモンド工具の性能をさらに向上させることが可能なダイヤモンド複合体を製造することができる。また、上記研磨速度は、20μm/h以下であることが好ましく、10μm/h以下であることがより好ましい。
上記ダイヤモンド複合体の製造方法において、ダイヤモンド種結晶における窒素濃度は、0.02atm%以下であってもよい。ここで、「atm%」とは原子数密度を意味しており、上記ダイヤモンド種結晶では窒素の原子数密度が0.02%以下となっている。
ダイヤモンド種結晶における窒素濃度の上限値が0.02atm%と高い場合には成長セクタ同士の境界部分においてより段差が形成され易く、単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドの成長がより困難である。そのため、このような場合には上記本発明に従ったダイヤモンド複合体の製造方法を好適に用いることができる。また、上記窒素濃度は、0.005atm%以下であることが好ましく、0.0005atm%以下であることがより好ましく、0.0001atm%以下であることがさらに好ましい。
上記ダイヤモンド複合体の製造方法において、ダイヤモンド種結晶は、6mm以上の幅を有していてもよい。
ダイヤモンド種結晶の幅が6mm以上と大きい場合には複数の成長セクタがより含まれ易く、単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドの成長がより困難である。そのため、このような場合には上記本発明に従ったダイヤモンド複合体の製造方法を好適に用いることができる。また、上記ダイヤモンド種結晶の幅は、8mm以上であることが好ましく、10mm以上であることがより好ましい。
本発明に従った単結晶ダイヤモンドの製造方法は、上記本発明に従ったダイヤモンド複合体の製造方法により、ダイヤモンド種結晶の表面上に単結晶ダイヤモンドが成長したダイヤモンド複合体を準備する工程と、ダイヤモンド複合体からダイヤモンド種結晶を除去することにより単結晶ダイヤモンドを得る工程とを備えている。
本発明に従った単結晶ダイヤモンドの製造方法によれば、サイズが大きく、かつ単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドを得ることができる。そして、この単結晶ダイヤモンドをダイヤモンド工具などに用いることで工具性能をより向上させることができる。したがって、本発明に従った単結晶ダイヤモンドの製造方法によれば、サイズが大きく、かつダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能な単結晶ダイヤモンドを製造することができる。
本発明に従ったダイヤモンド複合体は、複数の成長セクタを含むダイヤモンド種結晶と、ダイヤモンド種結晶の表面上に成長し、単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドとを備えている。
本発明に従ったダイヤモンド複合体によれば、サイズが大きいダイヤモンド種結晶から分離することにより、サイズが大きくかつ単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドを得ることができる。また、この単結晶ダイヤモンドをダイヤモンド工具などに用いることで工具性能をより向上させることができる。したがって、本発明に従ったダイヤモンド複合体によれば、サイズが大きく、かつダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能なダイヤモンド複合体を提供することができる。
上記ダイヤモンド複合体において、ダイヤモンド種結晶における窒素濃度は0.02atm%以下であってもよい。
上述のように、ダイヤモンド種結晶における窒素濃度の上限値が0.02atm%以下と高い場合には、単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドを得ることが困難である。そのため、このような場合には上記本発明に従ったダイヤモンド複合体を好適に用いることができる。また、上記窒素濃度は、0.005atm%以下であることが好ましく、0.0005atm%以下であることがより好ましく、0.0001atm%以下であることがさらに好ましい。
上記ダイヤモンド複合体において、ダイヤモンド種結晶は6mm以上の幅を有していてもよい。
上述のように、ダイヤモンド種結晶の幅が6mm以上と大きい場合には、単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドを得ることが困難である。そのため、このような場合には上記本発明に従ったダイヤモンド複合体を好適に用いることができる。また、上記ダイヤモンド種結晶の幅は、8mm以上であることが好ましく、10mm以上であることがより好ましい。
本発明に従った単結晶ダイヤモンドは、上記本発明に従ったダイヤモンド複合体からダイヤモンド種結晶を除去することにより得られる。
本発明に従った単結晶ダイヤモンドは、上述のようにサイズが大きくかつ単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドであるため、これをダイヤモンド工具などに用いることで工具性能をより向上させることができる。したがって、本発明に従った単結晶ダイヤモンドによれば、サイズが大きく、かつダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能な単結晶ダイヤモンドを提供することができる。
本発明に従ったダイヤモンド工具は、ダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能な上記本発明に従った単結晶ダイヤモンドを備えている。したがって、本発明に従ったダイヤモンド工具によれば、工具性能がより向上したダイヤモンド工具を提供することができる。
以上の説明から明らかなように、本発明に従ったダイヤモンド複合体および単結晶ダイヤモンドによれば、サイズが大きく、かつダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能なダイヤモンド複合体および単結晶ダイヤモンドを提供することができる。また、本発明に従ったダイヤモンド複合体および単結晶ダイヤモンドの製造方法によれば、サイズが大きく、かつダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能なダイヤモンド複合体および単結晶ダイヤモンドを製造することができる。また、本発明に従ったダイヤモンド工具によれば、工具性能がより向上したダイヤモンド工具を提供することができる。
次に、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰り返さない。また、本明細書中においては、個別方位を[]、集合方位を<>、個別面を()、集合面を{}でそれぞれ示す。
まず、本発明の一実施の形態に係るダイヤモンド工具の一例として、ダイヤモンドバイト1を説明する。図1を参照して、本実施の形態に係るダイヤモンドバイト1は、台金2と、ろう付け層3と、メタライズ層4と、単結晶ダイヤモンド10とを主に備えている。
単結晶ダイヤモンド10は、ろう付け層3およびメタライズ層4を介して台金2に固定されている。単結晶ダイヤモンド10はすくい面10bおよび逃げ面10cを含み、すくい面10bおよび逃げ面10cの接触部において切れ刃10dが構成されている。また、単結晶ダイヤモンド10は後述する本実施の形態に係る単結晶ダイヤモンドであるため、ダイヤモンドバイト1は工具性能がより向上したものとなっている。
また、本発明のダイヤモンド工具は、上記ダイヤモンドバイト1に限定されず、たとえばドリルやエンドミルなどの他の切削工具(図示しない)でもよく、ドレッサー、スタイラス、ノズルまたはダイスなどの耐摩耗工具(図示しない)でもよい。これらの切削工具および耐摩耗工具においても、単結晶ダイヤモンド10を備えることにより上記ダイヤモンドバイト1と同様に工具性能を向上させることができる。
次に、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体30および単結晶ダイヤモンド10について説明する。図2を参照して、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体30は、ダイヤモンド種結晶20と、ダイヤモンド種結晶20の表面20aに成長した単結晶ダイヤモンド10とを備えている。そのため、本実施の形態に係る単結晶ダイヤモンド10は、ダイヤモンド複合体30からダイヤモンド種結晶20を除去することにより得られるものである。また、単結晶ダイヤモンド10は、上述のようにダイヤモンドバイト1などのダイヤモンド工具のための材料として用いられる。
ダイヤモンド種結晶20は高温高圧合成法により製造されたものである。ダイヤモンド種結晶20は{001}成長セクタ21と、{001}成長セクタ21を挟むように形成された{111}成長セクタ22とを含んでいる。また、ダイヤモンド種結晶20の表面20aには、{001}面からなる表面21aと、{111}面からなる表面22aとが含まれている。このようにダイヤモンド種結晶20は、複数の成長セクタを含んでいる。なお、ダイヤモンド種結晶20内の成長セクタの数は特に限定されず、図2に示すように2個であってもよいし、それ以上であってもよい。たとえば、ダイヤモンド種結晶20では{001}成長セクタ21と{111}成長セクタ22との間に{113}成長セクタが含まれていてもよいし、また{011}成長セクタが含まれていてもよい。
ここで、「成長セクタ」とは、ダイヤモンド結晶内において成長方向が同じ結晶領域であり、その結果、不純物および欠陥濃度などがほぼ同じとなっている領域を意味している。{001}成長セクタ21は<001>方向に結晶成長した領域であり、また{111}成長セクタ22は<111>方向に結晶成長した領域である。また、異なる成長セクタ同士では研磨速度やエッチング速度などが異なっている。そのため、たとえばダイヤモンド種結晶20の表面20aを研磨またはエッチングした場合には、表面21aと表面22aとの境界部分に段差が形成される。また、異なる成長セクタ同士では不純物(たとえば窒素原子)や欠陥濃度などが異なっているため、カソードルミネセンス(CL:Cathod Luminescence)測定やフォトルミネセンス(PL:Photo Luminescence)測定により異なる成長セクタ同士を区別することができる。また、異なる成長セクタ同士の境界には歪が存在しているため、たとえば偏光像などにより当該境界を確認することもできる。
ダイヤモンド種結晶20には、故意に制御しない限り、たとえば窒素(N)原子などの不純物原子が自然に導入(ドープ)される。また、合成条件を制御することにより窒素の導入量を減少させることもできる。ダイヤモンド種結晶20における窒素濃度は0.02atm%以下であり、好ましくは0.005atm%以下であり、より好ましくは0.0005atm%以下であり、さらに好ましくは0.0001atm%以下である。また、ダイヤモンド種結晶20の幅Wは6mm以上であり、好ましくは8mm以上であり、より好ましくは10mm以上である。
単結晶ダイヤモンド10は、たとえばマイクロ波励起プラズマCVD法などの気相合成法によりダイヤモンド種結晶20の表面20a上に成長している。単結晶ダイヤモンド10は単一の成長セクタからなっており、より具体的には{001}成長セクタのみからなっている。また、単結晶ダイヤモンド10の幅Wは、ダイヤモンド種結晶20と同様に6mm以上であり、好ましくは8mm以上であり、より好ましくは10mm以上である。
以上のように、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体30によれば、当該ダイヤモンド複合体30からダイヤモンド種結晶20を除去することにより、サイズが大きく(6mm以上)、かつ単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンド10を得ることができる。そして、単結晶ダイヤモンド10をダイヤモンドバイト1などの工具に用いることで工具性能をより向上させることができる。このように、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体30および単結晶ダイヤモンド10は、サイズが大きく、かつダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能なものとなっている。
次に、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体および単結晶ダイヤモンドの製造方法について説明する。図3を参照して、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体の製造方法では、工程(S10)〜(S50)が順に実施されることにより上記ダイヤモンド複合体30が製造される。また、本実施の形態に係る単結晶ダイヤモンドの製造方法では、工程(S10)〜(S50)に加えて工程(S60)がさらに実施されることにより、上記単結晶ダイヤモンド10が製造される。
本実施の形態に係るダイヤモンド複合体の製造方法では、まず、工程(S10)としてダイヤモンド種結晶準備工程が実施される。この工程(S10)では、図4を参照して、まず高温高圧合成法により製造されたダイヤモンド結晶体20A(タイプ:Ib)が準備される。ダイヤモンド結晶体20の表面には、{001}面からなる表面21aと、{111}面からなる表面22aとが形成されている。
図5は、図4に示すダイヤモンド結晶体20Aの線分V−Vに沿った断面図である。図5を参照して、ダイヤモンド結晶体20Aは{001}成長セクタ21と、{111}成長セクタ22とを含んでいる。{001}成長セクタ21は表面21aを含み、また{111}成長セクタ22は表面22aを含んでいる。また、{001}成長セクタ21は表面21a側に向かい広がるように形成されており、また{111}成長セクタ22は表面22a側に向かい広がるように形成されている。
次に、図5中点線に示すようにダイヤモンド結晶体20Aが切断される。これにより、図6に示すように{001}成長セクタ21と{111}成長セクタ22とを含むダイヤモンド種結晶20が得られる。このように複数の成長セクタを含むダイヤモンド種結晶を切り出すことにより、サイズの大きい種結晶を得ることができる。なお、ダイヤモンド種結晶20は両端部が適宜切り落とされた状態で用いられる。
また、この工程(S10)では、窒素濃度が0.02atm%以下であるダイヤモンド種結晶20が準備されることが好ましい。また、ダイヤモンド種結晶20の窒素濃度は0.005atm%以下であることがより好ましく、0.0005atm%以下であることがさらに好ましく、0.0001atm%以下であることが一層好ましい。
また、この工程(S10)では、幅Wが6mm以上であるダイヤモンド種結晶20が準備されることが好ましい。また、ダイヤモンド種結晶20の幅Wは8mm以上であることがより好ましく、10mm以上であることがさらに好ましい。
次に、工程(S20)として、研磨工程が実施される。この工程(S20)では、図6を参照して、たとえばダイヤモンド砥粒が固定された研磨盤を用いた機械研磨により、ダイヤモンド種結晶20の表面20aおよび裏面20bが研磨される。また、この工程(S20)では、研磨速度は50μm/h以下であることが好ましく、20μm/h以下であることがより好ましく、10μm/h以下であることがさらに好ましい。
また、上記低速研磨(研磨速度が50μm/h以下の研磨)は、高速研磨(研磨速度が50μm/hを超える研磨)と組合わせて実施されることが好ましい。これにより、研磨時間をより短縮することができる。なお、上記低速研磨は5分以上30分以下の時間実施されることが好ましい。
次に、工程(S30)として、エッチング工程が実施される。この工程(S30)では、図6を参照して、たとえばアルゴン(Ar)ガスなどの不活性ガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶20の表面20aおよび裏面20bがエッチングされる。この不活性ガスはアルゴンガスに限定されず、たとえばヘリウム(He)ガスやキセノン(Xe)などの他の希ガスであってもよい。また、ダイヤモンド種結晶20のエッチング方法は上記方法に限定されず、たとえば酸素(O2)ガスおよび四フッ化炭素(CF4)ガスを用いた反応性イオンエッチング(RIE:Reactive Ion Etching)であってもよい。
次に、工程(S40)として、イオン注入工程が実施される。この工程(S40)では、図7を参照して、表面20a側からカーボン(C)、窒素(N)、シリコン(Si)、リン(P)または硫黄(S)がダイヤモンド種結晶20内に注入される。これにより、表面20aを含む領域に導電層40が形成される。
次に、工程(S50)として、エピタキシャル成長工程が実施される。この工程(S50)では、図8を参照して、たとえばマイクロ波励起プラズマCVD法などの気相合成法により、ダイヤモンド種結晶20の表面20a上(導電層40上)にエピタキシャル成長層50(単結晶ダイヤモンド)が成長する。また、この工程(S50)では、以下に説明する昇温工程(S51)および成長工程(S52)が順に実施される。
まず、昇温工程(S51)では、単結晶ダイヤモンドの成長温度(800〜1100℃)に達する前に、水素(H2)ガスならびにメタンガスおよびアルゴンガス(不活性ガス)のうち少なくともいずれかのガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶20が加熱される。より具体的には、水素ガスおよびメタンガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶20が加熱されてもよいし、水素ガスおよびアルゴンガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶20が加熱されてもよいし、水素ガス、メタンガスおよびアルゴンガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶20が加熱されてもよい。
また、この工程(S51)では、水素ガスの流量に対するメタンガスの流量は好ましくは0.01体積%以上12体積%以下であり、より好ましくは0.05体積%以上5体積%以下である。また、水素ガスの流量に対するアルゴンガスの流量は好ましくは1体積%以上99体積%以下であり、より好ましくは20体積%以上80体積%以下である。
この工程(S51)は、成長工程(S52)が開始されるまでに基板(ダイヤモンド種結晶20)の温度を上昇させるための工程である。すなわち、この工程(S51)は、電力投入開始から一定温度で成長工程(S52)が開始されるまでの時間に相当する。また、温度が上昇し過ぎて温度を下降させている時間もこの工程(S51)に含まれる。この工程(S51)では、工程(S51)全体の時間のうち少なくとも5%以上の時間(好ましくは15%以上の時間、より好ましくは30%以上の時間、さらに好ましくは70%の時間)は、上記ガス雰囲気中においてダイヤモンド種結晶20が加熱される。
また、この工程(S51)では、不活性ガスはアルゴンガスに限定されず、たとえばヘリウムガスやキセノンガスなどの他の希ガスであってもよい。
次に、成長工程(S52)では、水素ガス、メタンガスおよび窒素ガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶20が加熱される。加熱温度は800〜1100℃に設定され、かつ圧力は10.7〜14.7kPaに設定される。これにより、ダイヤモンド種結晶20の表面20a上にエピタキシャル成長層50(単結晶ダイヤモンド)が成長する。また、この工程(S52)では、水素ガスの流量に対するメタンガスの流量は5体積%以上20体積%以下であり、かつ水素ガスの流量に対する窒素ガスの流量は0.1体積%以上10体積%以下である。このように水素ガスの流量に対するメタンガスの流量の割合は、成長工程(S52)よりも昇温工程(S51)の方が小さくなる。以上のようにして上記工程(S10)〜(S50)が実施されることによりダイヤモンド複合体30が製造され、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体の製造方法が完了する。
次に、工程(S60)として、分離工程が実施される。この工程(S60)では、図9を参照して、導電層40が電気化学的にエッチングされることにより、ダイヤモンド種結晶20とエピタキシャル成長層50とが分離される。このようにして、単結晶ダイヤモンド10(エピタキシャル成長層50)が得られる。
また、この工程(S60)では、導電層40を電気化学的にエッチングする場合に限られず、たとえば表面20a側からレーザ光を照射して導電層40に集光し、エネルギーを吸収させることにより導電層40が除去されてもよい。また、側面側からレーザ光を照射してダイヤモンド種結晶20とエピタキシャル成長層50とが切断されて分離されてもよく、この場合は必ずしも導電層40が形成されなくてもよい。また、この場合には切り代が大きくなるが、単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンド10を得ることができる。以上のようにして上記工程(S10)〜(S60)が実施されることにより単結晶ダイヤモンド10が製造され、本実施の形態に係る単結晶ダイヤモンドの製造方法が完了する。
以上のように、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体および単結晶ダイヤモンドの製造方法では、単結晶ダイヤモンドの成長温度(800〜1100℃)に達する前にダイヤモンド種結晶20を加熱する昇温工程(S51)が行われ、昇温工程(S51)ではメタンガスおよびアルゴンガスのうち少なくともいずれかのガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶20が加熱される。これにより、複数の成長セクタを含むダイヤモンド種結晶20上に単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンド10が成長したダイヤモンド複合体30が得られ、このダイヤモンド複合体30からダイヤモンド種結晶20を除去することで単結晶ダイヤモンド10が得られる。そして、この単結晶ダイヤモンド10をダイヤモンドバイト1などの工具に用いることで工具性能をより向上させることができる。したがって、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体および単結晶ダイヤモンドの製造方法によれば、サイズが大きく、かつダイヤモンド工具の性能を向上させることが可能なダイヤモンド複合体30および単結晶ダイヤモンド10を製造することができる。
一方、本実施の形態に係るダイヤモンド複合体および単結晶ダイヤモンドの製造方法ではない方法においては、ダイヤモンド種結晶20における成長セクタの境界部分に起因してエピタキシャル成長層に微小な成長セクタが形成される。これは、CLやPLなどの評価や偏光像の評価により確認することが可能であり、また工具性能評価によってより明確に確認することが可能である。
また、成長結晶のサイズが大きい場合、たとえば工具の最長サイズ(工具として用いることが可能な領域の最大長さ)が6mm以上(好ましくは8mm以上、より好ましくは10mm以上)である場合には、ダイヤモンド種結晶20において複数の成長セクタが含まれ易いため、単一の成長セクタからなる単結晶ダイヤモンドを成長させることがより困難になる。そのため、このような場合には上記本実施の形態に係るダイヤモンド複合体および単結晶ダイヤモンドの製造方法を特に好適に用いることができる。
単結晶ダイヤモンドを用いたダイヤモンド工具の性能向上などについて本発明の効果を確認する実験を行った。
(単結晶ダイヤモンドの作製)
まず、本実施の形態に係る単結晶ダイヤモンドの製造方法を用いて単結晶ダイヤモンド10を製造した(図3〜図9参照)。工程(S10)では、ダイヤモンド結晶体20Aの幅W1は約8mmであり、また表面21aの幅W2は約5mmであった(図4参照)。そして、{001}成長セクタ21と{111}成長セクタ22とが含まれるようにダイヤモンド種結晶20を切り出した(図5および図6参照)。
工程(S20)では、ダイヤモンド砥粒が固定された研磨盤による機械研磨(条件(1)または(2))、またはダイヤモンド砥粒が固定された研磨盤による50μm/h以下の研磨速度での機械研磨(低速機械研磨、条件(3))により、ダイヤモンド種結晶20の表面20aおよび裏面20bを研磨した。
工程(S30)では、酸素ガスおよび四フッ化炭素ガスを用いたRIE(条件(1))、またはアルゴンガスを含む雰囲気中でのエッチング(条件(2)または(3))により、ダイヤモンド種結晶20の表面20aおよび裏面20bをエッチングした。
工程(S40)では、エネルギーを300〜350keV、ドーズ量を5×1015〜5×1017個/cm2としてカーボン、シリコンまたはリンイオンをダイヤモンド種結晶20内に注入し、導電層40を形成した(図7参照)。なお、注入元素の種類は、後述する評価結果に大きな影響を及ぼすものではなかった。
工程(S51)では、水素ガスが導入された雰囲気(条件(4))、水素ガスおよび窒素ガスが導入された雰囲気(条件(5))、水素ガスおよび酸素ガスが導入された雰囲気(条件(6))、水素ガスおよびアルゴンガスが導入された雰囲気(条件(7))、水素ガスおよびメタンガスが導入された雰囲気(条件(8))または水素ガス、メタンガスおよびアルゴンガスが導入された雰囲気(条件(9))において、ダイヤモンド種結晶20を定常温度(800〜1100℃)にまで加熱した(実施例:条件(7)〜(9)、比較例:条件(4)〜(6))。成長工程(S52)では、水素ガス、メタンガスおよび窒素ガスが導入された雰囲気中において、厚さ約0.5mmのエピタキシャル成長層50(単結晶ダイヤモンド)を成長させた。表1および表2は、上記実施例および比較例における各々の処理条件を示している。また、成長工程(S52)では、通常行われている一般的な合成条件の範囲内でエピタキシャル成長層50を形成した。
(単結晶ダイヤモンドの観察)
実施例および比較例の単結晶ダイヤモンドの表面に所定のエッチング処理(たとえば酸素ガスを含む雰囲気中でのRIE、水素プラズマ、酸素および水素の混合プラズマ、窒素および水素の混合プラズマなど)を施し、その後エッチングされた表面を観察した。その結果、比較例では表面の段差に起因して筋が観察されたのに対し、実施例では筋が観察されなかった。
(ダイヤモンド工具の性能評価)
実施例および比較例の単結晶ダイヤモンドを用いてダイヤモンドバイトを作製し、これを用いて被削材の加工を行った。表3は上記加工実験の結果を示しており、加工後の被削材に切削痕(鏡面である切削表面において筋状に形成されたもの)が発生しなかった場合には「○」と表記し、また切削痕が発生した場合には「×」と表記している。また、「−」の表記は、上記加工実験を行わなかった場合である。
表3から明らかなように、昇温度工程(S51)において条件(4)〜(6)を採用した場合には被削材に切削痕が発生したのに対して、条件(7)〜(9)を採用した場合には被削材に切削痕が発生しなかった。また、研磨工程(S20)およびエッチング工程(S30)において条件(1)を採用した場合にはダイヤモンド種結晶20の窒素濃度に関わらず被削材に切削痕が発生したのに対して、条件(2)では上記窒素濃度が0.0005atm%以下である場合には切削痕が発生せず、また条件(3)では上記窒素濃度が0.02atm%以下である場合には切削痕が発生しなかった。以上の実験結果より、昇温工程(S51)においてメタンガスおよび不活性ガスのうち少なくともいずれかのガスを含む雰囲気中においてダイヤモンド種結晶20を加熱することにより、単一の成長セクタからなり工具性能に優れた単結晶ダイヤモンドが得られることが分かった。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。