本発明の実施形態に係る乗員保護装置10について、図1〜図4に基づいて説明する。なお、各図に適宜記す矢印FR、矢印UPは、車両用シート12の前方向(着座者の向く方向)、上方向をそれぞれ示している。以下、単に前後、上下、左右の方向を用いて説明する場合は、特に断りのない限り、シート前後方向の前後、シート上下方向の上下、シート前後方向の前方を向いた場合の左右を示すものとする。なお、各図に適宜記す矢印INは、車両用シート12が搭載された車両としての自動車における車幅方向の車両中央側を示している。
(乗員保護装置の概略全体構成)
図1に示されるように、乗員保護装置10は、車両用シート12に搭載されている。車両用シート12は、図示しない自動車の車体における車幅方向中央に対し左右何れか(本実施形態では左側)にオフセットして配置されている。また、本実施形態の車両用シート12は、シート前後方向が車両の前後方向に一致され、シート幅方向が車幅方向に一致されている。さらに、車両用シート12は、シートクッション14と、シートクッション14の後端に下端が連結されたシートバック16と、シートバック16の上端に設けられたヘッドレスト18とを含んで構成されている。
なお、各図では、保護すべき乗員のモデルとして衝突試験用のダミー(人形)Dが車両用シート12のシートクッション14に着座した状態を図示している。ダミーDは、例えばWorldSID(国際統一側面衝突ダミー:World Side Impact Dummy)のAM50(米国人成人男性の50パーセンタイル)である。このダミーDは、衝突試験法で定められた標準的な着座姿勢で着座しており、車両用シート12は、当該着座姿勢に対応した基準設定位置に位置している。以下、説明を分かり易くするために、ダミーDを「着座者D」と称する。
乗員保護装置10は、着座者Dを各種形態の衝突から保護するための多方位エアバッグ装置20と、サイドエアバッグ装置22と、シートベルト装置24と、制御部であるECU(Electronic Control Unit)60とを含んで構成されている。以下、シートベルト装置24及びサイドエアバッグ装置22について概略構成を説明し、その後、多方位エアバッグ装置20の詳細構成を説明することとする。
シートベルト装置24は、3点式のシートベルト装置とされており、一端がリトラクタ26に引き出し可能に巻き取られたベルト(ウエビング)28の他端がアンカ24Aに固定されている。図2に示されるように、ベルト28にはタングプレート24Tがスライド可能に設けられており、このタングプレート24Tをバックル24Bに係止させることで、ベルト28が着座者Dに装着されるようになっている。そして、ベルト28は、着座者Dへの装着状態で、該ベルト28のうちリトラクタ26からタングプレート24Tまでのショルダベルト28Sが着座者Dの上体に装着され、タングプレート24Tからアンカ24Aまでのラップベルト28Lが着座者Dの腰部Pに装着される構成である。
ここで、本実施形態のシートベルト装置24は、リトラクタ26、アンカ24A、及びバックル24Bが車両用シート12に設けられている、所謂シート付のシートベルト装置とされている。また、本実施形態では、リトラクタ26は、作動されることで強制的にベルト28を巻き取るプリテンショナ機能を有する。リトラクタ26のプリテンショナ機能は、ECU60によって作動されるようになっている。さらに、本実施形態では、衝突予知センサ62によって車両の衝突が予知された際に、図示しないモータにより着座者Dを拘束するベルト28の張力を増加させる、所謂プリクラッシュシートベルトとされている。
図1に示されるように、サイドエアバッグ装置22は、インフレータ22Aと、サイドエアバッグ22Bとを含んで構成されており、サイドエアバッグ22Bの折り畳み状態でシートバック16における車幅方向外側の側部に収納されている。インフレータ22Aは、作動されるとサイドエアバッグ22B内でガスを発生するようになっている。このガスによってサイドエアバッグ22Bは、シートバック16の側部から前方に突出され着座者Dに対する車幅方向外側で膨張展開する構成とされている。この実施形態では、サイドエアバッグ22Bは、着座者Dの腰部P、腹部A、胸部B、肩部Sに対する車幅方向外側で膨張展開する構成とされている。
(多方位エアバッグ装置の構成)
多方位エアバッグ装置20は、エアバッグとしての多方位エアバッグ30と、インフレータ32と、ヘッドレスト18を構成するモジュールケース(エアバッグケースともいう)34とを含んで構成されている。多方位エアバッグ30は、インフレータ32がガス供給可能に接続された状態で折り畳まれ、モジュールケース34内に収納されている。以下、具体的に説明する。
<多方位エアバッグ>
多方位エアバッグ30は、平断面視で図3(A)に示されるように、着座者Dの頭部H(以下、単に「頭部H」という場合がある)を前方及び左右両側方から覆うように膨張展開される一体の袋体として構成されている。より具体的には、図1〜図3に示されるように、多方位エアバッグ30は、頭部Hに対するシート前方で展開される前展開部36と、頭部Hに対するシート側方で展開される一対の横展開部38とを含んで構成されている。
前展開部36は、頭部Hの正面で膨張展開される正面膨張部40と、正面視で正面膨張部40を囲んで膨張展開される前膨張部42とを含んで構成されている。正面膨張部40は、正面視で略矩形状を成しており、この正面膨張部40には、保護部材としてのフェルトシート64が設けられている。フェルトシート64の詳細については後述する。
図2に示されるように、前膨張部42は、正面視で正面膨張部40を囲むように矩形枠状を成している。また、前膨張部42は、ガス供給を受けて膨張展開されるようになっており、前膨張部42のうち主にシートバック16の上方で正面膨張部40の周囲に配置された部分は、第1膨張部42Aとされている。一方、前膨張部42のうち第1膨張部42Aの下方に位置する(正面視でシートバック16にラップする)部分は、着座者Dの胸部B及び肩部Sの前方で膨張展開される第2膨張部42Bとされている。第2膨張部42Bは、第1膨張部42Aを通じてガスが供給されるようになっている。なお、本実施形態では、第1膨張部42Aと正面膨張部40との間がシーム42Sにて区画されており、第2膨張部42Bを通じて正面膨張部40へガスが供給されるようになっている。
図3(A)に示されるように、横展開部38は、ガス供給を受けて頭部Hの両側方で膨張展開される左右一対の横膨張部44と、上下方向に沿って延び横膨張部44を前後に区画する非膨張部であるシーム部46とを含んで構成されている。横膨張部44は、側面視で頭部Hの全体にラップする大きさ(面積)を有しており、シーム部46は、横膨張部44における頭部Hとラップする部分で該横膨張部44を前後に区画している。なお、図1及び図4では、説明の便宜上、シーム部46及び後述するシーム部47の図示を省略している。
左右の横膨張部44の前端は、前膨張部42に連通状態で繋がっており、左右の横膨張部44は、前膨張部42を経由してインフレータ32からのガスが供給されるようになっている。一方、前膨張部42の第1膨張部42Aと横膨張部44との間は、非膨張部であるシーム部47にて仕切られている。
図3(B)に示されるように、左右の横展開部38は、多方位エアバッグ30の膨張展開状態で、それぞれの横膨張部44の下端44Lが着座者Dの肩部S上に接触するようになっている。この横膨張部44の下端44Lの肩部Sに対する接触によって、膨張展開状態の多方位エアバッグ30の着座者(の頭部H)に対する上下方向の位置が決まる構成である。
この位置決め状態で多方位エアバッグ30は、通常の着座姿勢をとる着座者Dに対して、前展開部36、左右の横展開部38、及び後述する上展開部48の何れも頭部Hと接触しない(隙間が形成される)構成とされている。
また、多方位エアバッグ30は、前展開部36、左右の横展開部38の各上縁を繋ぎ着座者Dの頭部Hに対する上方で膨張展開される上展開部48を有する。上展開部48は、ガス供給を受けて膨張展開される上膨張部50を主要部として構成されている。上膨張部50は、頭部Hの上方で膨張展開される中央膨張部50Cと、中央膨張部50Cの左右で前後方向に沿って延びる一対の上ダクト部50Dとを含んで構成されている。
図3(A)に示されるように、多方位エアバッグ30は、上展開部48の後方で展開される後展開部52を有する。後展開部52は、膨張部である後ダクト部54と、非膨張部56とを含んで構成されている。後ダクト部54は、左右に分離されてそれぞれの上端が左右対応する上ダクト部50Dに連通状態で繋がっている。左右の後ダクト部54は、前縁が中央膨張部50Cの後縁に接合されている非膨張部56にて互いに連結されている。
また、左右の後ダクト部54は、非膨張部56の下方で互いに合流して図示しないガス導入部を形成している。そして、このガス導入部は、T字状を成すディフューザを介してインフレータ32からのガスが供給可能に接続されている。なお、ディフューザを用いる構成に限らず、例えば縦置きのインフレータ32におけるガス噴出し口を含む部分をガス導入部に挿入してもよい。また、ガス導入部をL字状に曲げて構成し、横置きのインフレータ32におけるガス噴出し口を含む部分をガス導入部に挿入してもよい。
また、着座者Dを拘束しない無拘束の膨張展開状態の多方位エアバッグ30は、図1に示されるように、着座者Dを拘束しない無拘束の膨張展開状態のサイドエアバッグ22Bに側面視で重ならない(ラップしない)構成とされている。換言すれば、多方位エアバッグ30とサイドエアバッグ22Bとは、互いの無拘束の膨張展開状態で、少なくとも側面視でラップする膨張展開部分を互いに有しない構成とされている。また、図2に示されるように、無拘束の膨張展開状態の多方位エアバッグ30は、着座者Dを拘束しない無拘束の膨張展開状態のサイドエアバッグ22Bに正面視で重ならない構成とされている。
以上説明したように膨張展開される多方位エアバッグ30は、折り畳み前には展開形状(フラットパターン)とされている。この展開形状の多方位エアバッグ30は、OPW(One Piece Wovenの略)により一体の袋体として形成されている。なお、2枚の織物の周縁を縫い合わせる方法(Cut & Sew)にて多方位エアバッグ30を一体の袋体として形成してもよい。
<インフレータ>
インフレータ32は、燃焼式又はコールドガス式のものが採用され、作動されることで発生したガスを多方位エアバッグ30内に供給するようになっている。この実施形態では、インフレータ32は、シリンダ型のインフレータとされ、モジュールケース34内でシート幅方向を長手方向として配置されている。このインフレータ32は、ECU60によって作動が制御されるようになっている。
<モジュールケース>
図1に示されるように、ヘッドレスト18は、ヘッドレスト本体19と、このヘッドレスト本体19のシート後方側に配置されたモジュールケース34とを含んで構成されている。ヘッドレスト本体19は、ヘッドレスト18のシート前方側を構成しており、着座者Dの頭部Hのシート後方側に配置されている。また、本実施形態のモジュールケース34は、ヘッドレスト18(の後部意匠)を構成するバックボードとされている。したがって、多方位エアバッグ30は、ヘッドレスト18の後部に収納されていることとなる。
モジュールケース34は、正面視ではヘッドレスト本体19の上端よりも上方に突出すると共に、ヘッドレスト本体19に対しシート幅方向の両側に張り出している。すなわち、モジュールケース34は、ヘッドレスト本体19を後方から覆っている。本実施形態では、モジュールケース34は、ヘッドレスト本体19の後部を上方及び左右両側方から覆っており、上記の通りヘッドレスト18の後部意匠を構成している。
より具体的には、モジュールケース34は、ベース部34Bと、主壁34Mと、左右一対の側壁34Sとを主要部として構成されている。ベース部34Bは、シートバック16の上端に対する固定部とされている。
主壁34Mは、ベース部34Bの後端から上方に延出されており、シートバック16上に固定された下端に対し上端が前方に位置するように前傾され、かつ側面視で後上向きに凸となる湾曲形状を成している。主壁34Mは、正面視でヘッドレスト本体19の上端よりも上方に突出すると共に、ヘッドレスト本体19に対しシート幅方向の両側に張り出している。
主壁34Mとヘッドレスト本体19との間には、折り畳み状態の多方位エアバッグ30を収納する空間が形成されている。また、主壁34Mの上端は、ヘッドレスト18の上方まで至っている。この主壁34Mの上端部とヘッドレスト18との間を、膨張展開過程の多方位エアバッグ30が通過する構成とされている。膨張展開状態の多方位エアバッグ30では、主壁34Mの上端部とヘッドレスト18との間を後展開部52が通るようになっている。
一対の側壁34Sは、主壁34Mのシート幅方向両端から前方に延出されており、側面視でヘッドレスト本体19の後部を覆っている。一対の側壁34Sとヘッドレスト本体19との間を、膨張展開状態の多方位エアバッグ30における横展開部38(後展開部52との境界付近の部分)が通る構成とされている。
以上説明したモジュールケース34は、ヘッドレスト本体19との間に折り畳み状態の多方位エアバッグ30を収納している。また、インフレータ32は、多方位エアバッグ30及びモジュールケース34のベース部34Bと共に、スタッドボルトによってシートバックフレームに締結されている。
ここで、多方位エアバッグ30は、外ロール折りされてモジュールケース34内に収納されている。外ロール折りとは、展開過程を逆向きに折り畳むように前端側から上方側かつ後方側に向けたロール状の折り態様とされている。
また、モジュールケース34内には、図示しない展開誘導布が多方位エアバッグ30と共に折り畳まれて収納されている。そして、展開誘導布は、多方位エアバッグ30の膨張展開(ロール折り解消)に伴ってモジュールケース34外に導出され、多方位エアバッグ30に先行して該多方位エアバッグ30と車室の天井部との間で展開されるようになっている。また、展開誘導布は、乗員保護装置10が適用された車両の天井材よりも多方位エアバッグ30に対する摩擦係数が小さくされている。この実施形態では、展開誘導布の車室天井側の面はシリコンコートが施されており、展開誘導布の多方位エアバッグ30との接触面はシリコンコートが施されない低摩擦面とされている。
モジュールケース34とヘッドレスト本体19との間は図示しないエアバッグドアにて閉止されている。このエアバッグドアは、多方位エアバッグ30の展開圧によって脆弱部であるティアラインをきっかけに開裂されることで、該多方位エアバッグ30の前方への膨張展開を許容する構成とされている。
(フェルトシートの構成)
図1に示されるように、前展開部36を構成する正面膨張部40には、通気性を備えた軟質の保護部材としてのフェルトシート64が設けられている。フェルトシート64は、正面膨張部40における着座者Dの顔面と対向する部位に設けられており、本実施形態ではフェルト(不織布)によって形成されている。
図2に示されるように、フェルトシート64は、正面視で略矩形状に形成されており、フェルトシート64のシート幅方向の長さは、着座者Dの頭部Hよりも長く形成されている。また、着座者Dの頭部Hの上端部を除く部分とフェルトシート64が正面視で重なっている(ラップしている)。
(ECUの構成)
乗員保護装置10を構成する多方位エアバッグ装置20、サイドエアバッグ装置22、及びシートベルト装置24は、ECU60によって制御されるようになっている。具体的には、多方位エアバッグ装置20のインフレータ32、サイドエアバッグ装置22のインフレータ22A、及びシートベルト装置24のリトラクタ26は、それぞれECU60と電気的に接続されている。また、ECU60は、プリクラッシュセンサなどの衝突予知センサ62及び衝突センサ63(又はセンサ群)と電気的に接続されている。
ECU60は、衝突予知センサ62からの信号に基づいて、適用された自動車に対する各種形態の衝突(の発生又は不可避であること)を予測可能とされている。また、ECU60は、衝突予知センサ62からの信号に基づいて車両の衝突が予知された際に、シートベルト装置24のベルト28の張力を増加させるようになっている。
また、ECU60は、衝突センサ63からの信号に基づいて前面衝突が検知されると、リトラクタ26のプリテンショナ機構を作動させると共にインフレータ32を作動させる。なお、ECU60がリトラクタ26、インフレータ32、を作動させる前面衝突の形態は、フルラップ前面衝突、オフセット前面衝突などとされる。
さらに、ECU60は、衝突センサ63からの信号に基づいて前面衝突のうち車幅方向一方側に所定値以上オフセットした位置への前面衝突が検知されると、リトラクタ26のプリテンショナ機構を作動させると共にインフレータ22A及びインフレータ32を作動させる。このような車幅方向一方側に所定値以上オフセットした位置への前面衝突には、斜め衝突や微小ラップ衝突などが含まれる。
ここで、斜め衝突(MDB斜突、オブリーク衝突)とは、例えばNHTSAにて規定される斜め前方からの衝突(一例として、衝突相手方との相対角15°、車幅方向のラップ量35%程度の衝突)とされる。この実施形態では、一例として相対速度90km/hrでの斜め衝突が想定されている。また、微小ラップ衝突とは、自動車の前面衝突のうち、例えばIIHSにて規定される衝突相手方との車幅方向のラップ量が25%以下の衝突とされる。例えば車体骨格であるフロントサイドメンバに対する車幅方向外側への衝突が微小ラップ衝突に該当する。この実施形態では、一例として相対速度64km/hrでの微小ラップ衝突が想定されている。
また、ECU60は、衝突センサ63からの信号に基づいて側面衝突が検知されると、インフレータ22A及びインフレータ32を作動させる。
(作用及び効果)
次に、実施形態の作用について説明する。
本実施形態では、ヘッドレスト18に収納された多方位エアバッグ30を膨張展開させて、前面衝突、側面衝突、及び斜め衝突(複数方向からの衝突)に対し着座者Dを効果的に保護することができる。そして、多方位エアバッグ30は、前展開部36、横展開部38が上展開部48、後展開部52とで頭部Hを覆うように展開される一体の袋体として構成されている。このため、多方位エアバッグ30は、各展開部が強固に繋がっていると共に、頭部H、胸部B、肩部Sを拘束する際の荷重(反力)が車両用シート12に支持される。したがって、多方位エアバッグ30は、複数のエアバッグ(膨張部)が乗員の拘束の際に接合される構成と比較して、大きな拘束力で乗員を拘束することができる。
また、本実施形態では、正面膨張部40(前展開部36)における着座者Dの顔面と対向する部位にフェルトシート64を設けたことで、前面衝突などの衝突時に着座者Dの顔面の保護性能を向上させることができる。以下、具体的に説明する。
ECU60は、衝突センサ63からの信号に基づいてフルラップ前面衝突が検知されると、リトラクタ26のプリテンショナ機能を作動させる。これにより、シートベルト装置24のベルト28がリトラクタ26により強制的に巻き取られる。また、インフレータ32が作動され、多方位エアバッグ30が着座者Dの頭部Hを覆うように膨張展開される。
ここで、図4に示されるように、フルラップ前面衝突の場合、着座者Dは、シート前方へ慣性移動する。なお、シートベルト装置24のベルト28が装着されている着座者Dの前方への移動は、腰部Pを中心に着座者Dの上体が前傾する形態となる。そして、着座者Dは、ショルダベルト28Sによって拘束され(前方への移動に対する抵抗を受け)つつ、頭部Hが多方位エアバッグ30の前展開部36に接触し、該前展開部36によって頭部Hの前方への移動が制限される。ここで、着座者Dの顔面は、前展開部36の正面膨張部に設けられたフェルトシート64によって受け止められる。これにより、フェルトシート64などの軟質の保護部材が設けられていない構成と比較して、着座者Dの顔面が擦過などにより受傷するのを防止又は抑制することができる。
また、多方位エアバッグ30がシート前方へ引き伸ばされる形で頭部Hを拘束するため、着座者Dの顔面とフェルトシート64とが接触した状態がしばらく維持されることとなる。ここで、例えば、着座者Dの口や鼻がフェルトシート64で覆われた状態であっても、通気性を備えたフェルトシート64を用いているので、着座者Dの呼吸が妨げられずに済む。
一方、前膨張部42の第2膨張部42Bが着座者Dの胸部B、肩部Sに前方から接触し、該前膨張部42の第2膨張部42Bによって着座者Dの上体(頭部H)の前方への移動が制限される。このように、着座者Dは、前展開部36によって、頭部H及び上体が拘束され、フルラップ前面衝突に対し保護される。すなわち、着座者Dの頭部H及び上体の前方への移動を制限することができる。しかも、フェルトシート64で着座者Dの顔面を受け止めることで、着座者Dの顔面の保護性能を向上させることができる。また、前展開部36が前膨張部42を含んでいるため、頭部H、胸部B、肩部Sの拘束過程で前膨張部42の変形によるエネルギ吸収が果たされる。これにより、例えば、頭部Hが車室内構成品(ステアリングホイールやインストルメントパネルなど)と干渉し得る領域まで移動する場合でも、頭部Hに入力される荷重のピークが小さく抑えられる。
以上、フルラップ前面衝突の場合を説明したが、例えば相手方車両との車幅方向のラップ量が50%程度であるオフセット前面衝突の場合の作用も、上記したフルラップ前面衝突の場合と概ね同様である。
また、本実施形態では、多方位エアバッグ30がヘッドレスト18を構成するモジュールケース34内に収納されている。このため、乗員保護装置10は、例えば、乗員の頭部を上方から囲むように配置されたガス供給パイプが常時車室内に突出している構成と比較して、同等以上の乗員保護性を確保しつつ作動前における見栄えが良好である。また、乗員保護装置10(主に多方位エアバッグ装置20)は、車両用シート12の前後位置調整、高さ調整、リクライニング動作などを妨げることがない。
さらに、本実施形態では、多方位エアバッグ30とサイドエアバッグ22Bとが互いの無拘束での膨張展開状態において側面視で重ならない。このため、多方位エアバッグ30及びサイドエアバッグ22Bが共に膨張展開される衝突形態において、互いの膨張展開に強干渉することがなく適正に膨張展開される。したがって、多方位エアバッグ30によって着座者Dの頭部Hを拘束し、サイドエアバッグ22Bによって着座者Dの肩部Sから腰部Pまでの範囲を側方から拘束することができる。
また、多方位エアバッグ30の横展開部38を構成する横膨張部44の下端44Lが着座者Dの肩部S上に接触することで、着座者Dに対する多方位エアバッグ30の上下方向の位置が決まる。これにより、例えば着座者Dの体格や適正範囲の着座姿勢の個人差によらず、多方位エアバッグ30を適切な上下方向の位置で膨張展開させることができる。これにより、多方位エアバッグ30による乗員の拘束(移動制限)性能が向上される。
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上記の構成に限定されるものでなく、その主旨を逸脱しない範囲内において上記の構成以外にも種々なる態様で実施し得ることは勿論である。例えば、本実施形態では、前展開部36を構成する正面膨張部40のみにフェルトシート64を設けたが、これに限定されない。図5に示す変形例のように、第1膨張部42Aにも同様のフェルトシート66を設けてもよい。
この変形例では、フェルトシート64に加えて、保護部材としてのフェルトシート66が設けられている。フェルトシート66は、前展開部36において、着座者Dから見て着座者Dの顔面に対するシート右斜め前方に位置する第1膨張部42Aと、着座者Dの顔面に対するシート左斜め前方に位置する第1膨張部42Aにそれぞれ設けられている。また、フェルトシート66は、フェルトシート64と同様に通気性を備えた軟質の保護部材(不織布)によって形成されている。
この変形例によれば、車両の斜め衝突時や微小ラップ衝突時のように着座者Dの頭部Hがシート右斜め前方又はシート左斜め前方へ慣性移動する衝突形態の衝突時であっても、フェルトシート66で乗員の顔面を受け止めることができる。以下、斜め衝突を例として具体的に説明する。
ECU60は、衝突センサ63からの信号に基づいて斜め衝突が検知されると、リトラクタ26のプリテンショナ機能を作動させると共に、インフレータ22A及びインフレータ32を作動させる。これにより、シートベルト装置24のベルト28がリトラクタ26により強制的に巻き取られると共に、多方位エアバッグ装置20の多方位エアバッグ30が着座者Dの頭部Hを覆うように膨張展開される。また、サイドエアバッグ装置22のサイドエアバッグ22Bが着座者Dに対する車幅方向の外側で膨張展開される。
斜め衝突が車幅方向における車両用シート12の設置側へのニアサイド斜め衝突であった場合、着座者Dは、図5に矢印Xにて示すように、前方に移動しつつ、車幅方向外側に慣性移動する。そして、着座者Dは、サイドエアバッグ22B並びに多方位エアバッグ30を構成する前展開部36及び車幅方向外側の横展開部38によって、斜め前方衝突側(フロントピラー側)への移動が制限される。すなわち、着座者Dは、サイドエアバッグ22B並びに多方位エアバッグ30を構成する前展開部36及び車幅方向外側の横展開部38によって、頭部H及び上体が拘束され、斜め衝突に対し保護される。
このとき、車幅方向外側の第1膨張部42Aに設けられたフェルトシート66によって着座者Dの顔面が受け止められる。これにより、第1膨張部42Aにフェルトシート66などの軟質の保護部材が設けられていない構成と比較して、着座者Dの顔面が擦過などにより受傷するのを防止又は抑制することができる。また、フェルトシート66は通気性を備えているため、着座者Dの顔面がフェルトシート66に接触した状態であっても着座者Dの呼吸が妨げられずに済む。
一方、斜め衝突が車幅方向における車両用シート12の設置側とは反対側へのファーサイド斜め衝突であった場合、着座者Dは、図5に矢印Yにて示すように、前方に移動しつつ、車幅方向中央側に慣性移動する。そして、着座者Dは、多方位エアバッグ30を構成する前展開部36及び車幅方向中央側の横展開部38によって、斜め前方衝突側(センタクラスタ側)への移動が制限される。すなわち、着座者Dは、前展開部36及び車幅方向中央側の横展開部38によって、頭部H及び上体が拘束され、斜め衝突に対し保護される。
このとき、車幅方向中央側の第1膨張部42Aに設けられたフェルトシート66によって着座者Dの顔面が受け止められる。これにより、第1膨張部42Aにフェルトシート66などの軟質の保護部材が設けられていない構成と比較して、着座者Dの顔面が擦過などにより受傷するのを防止又は抑制することができる。また、フェルトシート66は通気性を備えているため、着座者Dの顔面がフェルトシート66に接触した状態であっても着座者Dの呼吸が妨げられずに済む。
なお、上述した例では、車両の斜め衝突の場合について説明したが、微小ラップ衝突の場合における乗員保護装置10による着座者Dの保護態様についても、斜め衝突の場合の乗員保護装置10による着座者Dの保護態様と概ね同様である。
(その他の変形例)
その他の変形例として、例えば、上記した実施形態及び変形例では、保護部材をフェルトによって形成したが、これに限定されず、他の材質で保護部材を形成してもよい。すなわち、通気性を備えており、かつ、着座者Dの顔面の保護性能を確保できる材質であればよく、アクリル繊維などの合成繊維や、ウールなどによって保護部材を形成してもよい。
また、前展開部36の正面膨張部40の一部に可視構造であるメッシュ部を設けてもよい。この場合、フェルトシート64による着座者Dの顔面の保護性能を損なわない範囲でメッシュ部を設けることにより、このメッシュ部を通じて前展開部36に対する前側部分(車室や車外)を視認することができる。すなわち、着座者Dに対し前方視界を確保することができる。
さらに、上記した実施形態及び変形例では、乗員保護装置10がサイドエアバッグ装置22を備えた例を示したが、これに限定されない。例えば、乗員保護装置10がサイドエアバッグ装置22を備えない構成としてもよい。また、乗員保護装置10がサイドエアバッグ装置22を備える構成において、サイドエアバッグ装置22が車両用シート12に設けられる構成には限定されない。例えば、サイドドアなどに設けられたサイドエアバッグ装置を備えて乗員保護装置10が構成されてもよい。さらに、本実施形態では、着座者Dに対して車幅方向外側で膨張展開されるサイドエアバッグ装置22を備えた例を示したが、これに限定されない。例えば、本実施形態のサイドエアバッグ装置22に代えて又は加えて、車幅方向中央側で膨張展開されるサイドエアバッグ装置を備えた構成としてもよい。
また、上記した実施形態及び変形例では、乗員保護装置10がシートベルト装置24を備えた例を示したが、本発明はこれに限定されない。例えば、乗員保護装置10がシートベルト装置24を備えない構成としてもよい。また、乗員保護装置10がシートベルト装置24を備える構成において、シートベルト装置24が車両用シート12に設けられる構成には限定されない。例えば、リトラクタやアンカ、バックルなどが車体側に設けられた構成としてもよい。さらに、乗員保護装置10がシートベルト装置24を備える構成において、3点式のシートベルト装置に限定されず、4点式や2点式のシートベルト装置であってもよい。また、プリクラッシュシートベルトに限定されない。すなわち、衝突予知センサ62によって車両の衝突が予知された際に、ベルト28の張力を増加させる構成に限定されない。
さらに、上記した実施形態及び変形例では、車両用シート12がシート幅方向を車幅方向に一致させた例を示したが、本発明はこれに限定されない。例えば、車両用シート12は車体に対し斜めに配置されてもよく、車体に対する向きが変更(上下軸回りに回転)可能である構成としてもよい。このような構成において、着座者Dの頭部Hを覆って膨張展開される多方位エアバッグ30を備えた構成は、該頭部Hの良好な保護に寄与し得る。また、着座者Dの頭部Hがシート前方へ慣性移動するような車両の衝突時に、フェルトシート64によって着座者Dの顔面を保護することができる。すなわち、車両用シート12の向きが車両後方側を向いている場合は、車両の後面衝突時に着座者Dの頭部Hがシート前方へ慣性移動する。このため、車両の後面衝突時にフェルトシート64によって着座者Dの顔面が受け止められ、着座者Dの顔面が擦過などにより受傷するのを防止又は抑制することができる。
また、上記した実施形態及び変形例では、多方位エアバッグ30がヘッドレスト18に収納された例を示したが、本発明はこれに限定されず、ヘッドレストとシートバックとが一体とされた車両用シートの内部に多方位エアバッグ30が収納された構成としてもよい。この場合、車両用シートにおいて乗員の頭部を支持する部位が本発明の「ヘッドレスト」に相当する。
さらに、上記した実施形態及び変形例では、多方位エアバッグ30が上展開部48、後展開部52を含んで構成された例を示したが、本発明はこれに限定されない。多方位エアバッグは、少なくとも前展開部及び左右の横展開部を含んで構成されれば足りる。このため、例えば、インフレータからのガスが一方又は双方の横展開部の横膨張部を経由して前展開部の前膨張部に供給される構成としてもよい。したがって、多方位エアバッグ30は、上展開部を含む構成において、該上展開部が上膨張部50(上ダクト部50D)を有する構成に限られることもない。また、多方位エアバッグがダクト部を有する構成において、該ダクトが左右一対である構成に限定されることはなく、例えばシート幅方向の中央のみにダクト部が形成されてもよく、上展開部の幅一杯にダクト部が形成されてもよい。
またさらに、上記した実施形態及び変形例では、多方位エアバッグ30を構成する前展開部36、横展開部38がそれぞれ前膨張部42、横膨張部44を含む例を示したが、本発明はこれに限定されない。例えば、前膨張部、左右の横膨張部の何れかに膨張部が設けられない構成としてもよい。従って、多方位エアバッグは、前膨張部が横膨張部に先行して膨張展開される構成に限定されることもない。また、前膨張部42の第2膨張部42Bは、着座者Dの肩部S及び胸部Bの双方を拘束する構成には限られず、肩部S及び胸部Bの何れか一方を拘束する構成であってもよい。
また、上記した実施形態及び変形例では、多方位エアバッグ30が非膨張部であるシーム部46、47を含む例を示したが、本発明はこれに限定されない。例えば、前展開部、左右の横展開部が非膨張部を含まない一体の袋体として構成されてもよい。多方位エアバッグは、例えば、前展開部(前膨張部)と横展開部(横膨張部)との間に明確な境界がない構成であってもよい。