本発明の実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極及びその製造方法並びにリチウムイオン二次電池について詳細に説明する。
(リチウムイオン二次電池用正極)
本実施形態のリチウムイオン二次電池用正極において、正極活物質層は、リチウムイオンを吸蔵及び放出し得る第1正極活物質と、第1正極活物質の表面に形成された炭素被覆部とを有する第1活物質粒子、及び第1活物質粒子の表面に形成された有機無機コート層、を有する。
本実施形態のリチウムイオン二次電池用正極を用いたリチウムイオン二次電池は、後述の実施例に示すように、サイクル試験後に、容量維持率が高くまた正極電子抵抗の増加も少ない。このため、サイクル特性が向上する。その理由は以下のように考えられる。
一般に、第1活物質粒子の炭素被覆部は、導電性がよい。このため、炭素被覆部近傍が高酸化状態となり、電解液と第1正極活物質とが反応してSEI皮膜(不導態被膜)が形成されやすい。しかし、本実施形態では、第1活物質粒子は有機無機コート層により被覆されている。第1活物質粒子の炭素被覆部は、有機無機コート層により被覆されている。このため、炭素被覆部表面にSEI皮膜が形成されることが防止される。また、有機無機コート層は、Liイオンの移動を妨げない。したがって、充放電を繰り返しても、高い容量を維持することができる。
また、有機無機コート層は、アミノ基、アミド基、イミノ基、イミド基、マレイミド基、カルボキシル基及びエーテル基の中から選ばれる少なくとも一種をもつ選択ポリマーと、アルカリ金属、アルカリ土類金属及び希土類元素から選ばれる少なくとも一種の選択金属と、を含む。窒素やカルボキシル基を含む選択ポリマーは、非共有電子対を有するため、選択金属イオンが配位しやすい。また、エーテル基を含む選択ポリマーは、アルカリ金属などと錯体を形成し易い。したがって、有機無機コート層は均一かつ緻密な被膜となり、しかも、電解液が炭素被覆部に直接接触しにくいため、炭素被覆部を通る電子が電解液の酸化分解に消費されにくい。このため、正極の電子抵抗の上昇を大きく抑制することができる。
また、SEI皮膜の過剰な形成が抑制されるとともにガス発生を抑制できる。過充電時の急激な反応を抑制し、電池の過剰発熱も抑えられる。
正極活物質層は、第1活物質粒子、及び第1活物質粒子の表面に形成された有機無機コート層を有する。
第1活物質粒子は、リチウムイオンを吸蔵及び放出し得る第1正極活物質と、第1正極活物質の表面に形成された炭素被覆部とを有する。第1正極活物質は、オリビン型リチウムリン酸複合酸化物からなることが好ましい。一般に、オリビン型リチウムリン酸複合酸化物は、平均放電電位が低いため、3.5Vを超える高電位(例えば、4.2V以上)に曝されると、オリビン型リチウムリン酸複合酸化物の分解、溶出や正極近傍の電解液の分解が生じやすい。本実施形態では、オリビン型リチウムリン酸複合酸化物を被覆する炭素被覆部は、有機無機コート層により被覆されている。このため、オリビン型リチウムリン酸複合酸化物と電解液との直接接触を防止して、高電位に曝されてもオリビン型リチウムリン酸複合酸化物の分解、溶出や電解液の分解を効果的に抑制できる。
第1正極活物質として用いられるオリビン型リチウムリン酸複合酸化物は、化学式:LiMPO4(式中のMはCo、Ni、Mn、Feのうちの少なくとも一種から選択される)などで表される。具体的には、LiFePO4、LiCoPO4、LiNiPO4、LiMnPO4が挙げられる。この中、LiFePO4がよい。
第1正極活物質は、オリビン型リチウムリン酸複合酸化物の他に、層状岩塩型リチウム複合酸化物、スピネル型リチウム複合酸化物を用いることも可能である。また、第1正極活物質として、オリビン型リチウムリン酸複合酸化物以外のポリアニオン系化合物を用いることも可能である。オリビン型リチウムリン酸複合酸化物以外のポリアニオン系化合物としては、例えば、LiMVO4又はLi2MSiO4(式中のMはCo、Ni、Mn、Feのうちの少なくとも一種から選択される)などで表される化合物を挙げることができる。
第1正極活物質の表面には炭素被覆部が形成されている。炭素被覆部は、第1正極活物質間の導電性を高める。炭素被覆部は炭素材料を有する。炭素材料は、導電性を有するとよく、例えば、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB、登録商標)、炭素ナノチューブ、グラフェーン、炭素繊維、黒鉛等を用いることができる。中でも、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)が好ましい。
第1正極活物質と炭素被覆部の合計質量を100質量%としたときの炭素被覆部の質量比は、1質量%以上50質量%以下であることがよく、更には5質量%以上30質量%以下であることがよい。この場合には、正極の高い容量を維持しつつ、第1正極活物質間の導電性を高めることができる。
第1正極活物質と炭素材料に機械的エネルギーを付与することで、第1正極活物質と炭素被覆部とを有する第1活物質粒子が形成される。第1正極活物質と炭素材料にメカニカルミリングにより機械的エネルギーを付与するとよい。これにより、第1正極活物質及び炭素材料に均一に機械的エネルギーを付与することができる。メカニカルミリング方法としては特に限定はないが、硬質のボールを試料とともに容器に収容した状態で外力によって容器を運動させることにより機械的エネルギーを導入するボールミリングが好適である。ボールミリング装置としては、自転および公転により試料にエネルギーを与える遊星型、水平方向または垂直方向などへの振動により試料にエネルギーを与える振動型、のいずれも採用できる。
エネルギー付与の際には、不活性ガス雰囲気(アルゴンガス、窒素ガス)あるいは大気雰囲気下で第1正極活物質と炭素材料とを混合することがよい。
エネルギー付与の後には、機械的エネルギーが付与された第1活物質粒子に熱処理を行うとよい。熱処理により、第1正極活物質が再結晶化するとともに焼結することで粒子同士が密着する。これにより、第1活物質粒子の導電性が向上する。
熱処理温度は、500〜800℃とすることが好ましい。熱処理温度が低すぎる場合には、第1正極活物質の周りに炭素を均一に析出させることが難しく、一方、熱処理温度が高すぎると、第1正極活物質の分解やリチウム欠損が生じることがあり、充放電容量が低下するので好ましくない。また、熱処理時間は、通常、1〜10時間とすればよい。
炭素被覆部の厚みは、数nm程度であるとよい。炭素被覆部の厚みが過小の場合には、第1活物質粒子の導電性を向上させる効果が低減するおそれがある。炭素被覆部の厚みが過大の場合には、正極活物質層における第1正極活物質の質量が相対的に小さくなり、容量が低減するおそれがある。
有機無機コート層は、アミノ基、アミド基、イミノ基、イミド基、マレイミド基、カルボキシル基及びエーテル基の少なくとも一種をもつ選択ポリマーを含む。この選択ポリマーとしては、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリビニルアミン、ポリアニリン、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロリド、ポリアクリル酸、ポリエチレンオキシド、ポリアリルアミン、ポリリジン、ポリアクリルイミド、ビスマレイミドトリアジン樹脂、カルボキシメチル化ポリエチレンイミン、リン酸エステルポリマーなどが例示される。選択ポリマーは少なくとも一種の基が含まれていればよく、複数種の基が含まれていてもよい。
有機無機コート層に含まれる選択ポリマーとしては、例えば、ポリアチレンイミンが挙げられる。
有機無機コート層を100質量%としたとき、選択ポリマーの含有量は、10〜99.9質量%がよく、更に50〜99質量%であるとよい。
有機無機コート層は、選択ポリマーに加えてアルカリ金属、アルカリ土類金属及び希土類元素から選ばれる少なくとも一種の選択金属を含む。アルカリ金属としてはLiが特に望ましく、アルカリ土類金属としてはMgが特に望ましく、希土類元素としてはLaが特に望ましい。有機無機コート層における選択金属の含有量は、0.1〜90質量%の範囲が好ましく、1〜50質量%の範囲が特に望ましい。選択金属の含有量が過少の場合には選択金属を有機無機コート層に含有させたことによる効果が発現せず、選択金属の含有量が過剰の場合には均一なコート層の形成が困難となる場合がある。
有機無機コート層を形成するには、CVD法、PVD法などを用いることも可能であるが、コストの面から好ましいとはいえず、選択金属を含ませるのも容易でない。そこで本実施形態の製造方法では、選択ポリマーと選択金属の化合物とが溶媒に溶解した混合溶液を正極活物質層に塗布し乾燥して有機無機コート層を形成している。選択金属の化合物としては、溶媒に溶解するものであれば特に制限されず、硝酸塩、酢酸塩などを用いることができる。
また混合溶液の溶媒としては、選択ポリマーと選択金属の化合物の両方を溶解できる有機溶剤又は水を用いることができる。有機溶剤には特に制限はなく、複数の溶剤の混合物でも構わない。例えば、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類、ベンゼン、トルエンなどの芳香族炭化水素、ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチル-2-ピロリドン、N-メチル-2-ピロリドンとエステル系溶媒(酢酸エチル、酢酸n-ブチル、ブチルセロソルブアセテート、ブチルカルビトールアセテート等)あるいはグライム系溶媒(ジグライム、トリグライム、テトラグライム等)の混合溶媒などを用いることができる。有機無機コート層から容易に除去できる沸点が低いものが望ましい。
混合溶液を正極活物質層表面に塗布するにあたっては、スプレー、ローラー、刷毛などで塗布してもよいが、正極活物質層の表面を均一に塗布するにはディッピング法にて塗布する事が望ましい。ディッピング法にて塗布すれば、第1活物質粒子どうしの間隙に混合溶液が含浸されるので、第1活物質粒子のほぼ表面全体に有機無機コート層を形成することができる。したがって、第1活物質粒子と電解液との直接接触を確実に防止することができる。
ディッピング法で混合溶液を正極活物質層表面に塗布する方法として二つの方法がある。先ず、少なくとも第1活物質粒子とバインダーとを含むスラリーを集電体に結着させて正極前駆体を形成し、その正極前駆体を混合溶液に浸漬し、引き上げて乾燥させる。必要であればこれを繰り返して、所定の厚さの有機無機コート層を形成する。
このディッピング法を用いる場合には、正極前駆体を混合溶液に2分間以上浸漬するのが好ましい。また減圧雰囲気下で浸漬することも好ましい。このようにすることで、正極活物質層内に混合溶液が十分に含浸され、第1活物質粒子の表面に有機無機コート層をさらに確実に形成することができる。
もう一つの方法として、第1活物質粒子の粉末を先ず混合溶液に混合し、それをフリーズドライ法などによって乾燥させる。必要であればこれを繰り返して、所定の厚さの有機無機コート層を形成する。その後、有機無機コート層が形成された第1活物質粒子を用いて正極を形成する。
上記のディッピング法により有機無機コート層を形成することで、ロールトウーロールプロセスが可能となる。
ディッピング後には、有機無機コート層を適切な溶媒で洗浄するのが好ましい。洗浄が不十分であると、コート時の残渣が正極表面に生じるため初期抵抗が上昇したり、残渣が電解液中に流出するためと考えられサイクル時の容量低下が生じる。また、ディッピング法により形成された有機無機コート層は、熱処理を行うことが望ましい。熱処理温度は80〜140℃、熱処理時間は10分〜3日とすることができる。また熱処理雰囲気は、真空雰囲気、非酸化性ガス雰囲気とするのが望ましい。
有機無機コート層の厚さは、0.1nm〜100nmの範囲であることが好ましく、0.1nm〜10nmの範囲であることがさらに好ましく0.1nm〜5nmの範囲であることが特に望ましい。有機無機コート層の厚さが薄すぎると、第1活物質粒子が電解液と直接接触する場合がある。また有機無機コート層の厚さがμmオーダー以上となると、二次電池とした場合に抵抗が大きくなってイオン伝導性が低下する。このように薄い有機無機コート層を形成するには、上記したディッピング溶液(混合溶液)中の選択ポリマーと選択金属の濃度を低くしておき、繰り返し塗布することで、薄くかつ均一な有機無機コート層を形成することができる。
有機無機コート層は、第1活物質粒子の少なくとも一部表面を被覆すればよいが、電解液との直接接触を防ぐためには、第1活物質粒子のほぼ全面を被覆することが好ましい。有機無機コート層は、少なくとも炭素被覆部の表面を被覆することが望ましい。
混合溶液中の選択ポリマーの濃度は、0.001質量%以上かつ5.0質量%未満とすることが好ましく、0.1質量%〜1.0質量%の範囲が望ましい。この範囲内では、濃度が高くなるほど、サイクル後の容量維持率の向上、及びサイクル後の正極の抵抗上昇が抑制される。またこの範囲で混合溶液を塗布すれば、有機無機コート層の厚さは0.2nm〜4nmの範囲となる。この範囲を外れて濃度が低すぎると第1活物質粒子との接触確率が低くコートに長時間要するようになり、濃度が高すぎると正極上での電気化学反応を阻害する場合がある。
有機無機コート層の内部に、カーボネート系電解液より高い酸化反応電位をもつリチウム化合物をさらに含むことも好ましい。カーボネート系電解液より高い酸化反応電位をもつリチウム化合物をさらに含むとは、カーボネート系電解液より高い酸化反応電位をもつリチウム化合物を内包することを指す。このようなリチウム化合物をさらに含むことで耐電圧性がさらに向上し、リチウムイオン二次電池のサイクル特性が向上する。ここで酸化反応電位とは酸化反応が始まる電位、すなわち分解開始電圧を意味する。このような酸化反応電位はリチウムイオン二次電池に用いられる電解液の有機溶媒の種類によって異なる値を有し、本実施形態では、電解液の有機溶媒としてカーボネート系溶媒を用いて酸化反応電位を測定した時に表われる値を意味する。
カーボネート系電解液より高い酸化反応電位をもつリチウム化合物としては、リチウムビス(ペンタフルオロエチルスルホニル)イミド(LiBETI)、リチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(LiTFSI)、LiBF4、LiCF3SO3などが例示される。有機無機コート層におけるリチウム化合物の含有量は、10〜80質量%の範囲が好ましく、40〜60質量%の範囲が特に望ましい。リチウム化合物の含有量が10質量%未満では含有させたことによる効果が発現せず、80質量%を超えるとリチウム化合物を内包させるコート層の形成が困難となる場合がある。
有機無機コート層に上記リチウム化合物を含ませるには、例えば上記リチウム化合物が溶媒に溶解した溶液に有機無機コート層が形成された電極を浸漬し、引き上げて乾燥することで容易に行うことができる。
有機無機コート層の表面に、有機コート層を形成することも好ましい。有機コート層によって高電圧駆動時に第1活物質粒子と電解液との直接接触をさらに抑制することができる。しかし有機無機コート層と有機コート層との合計層厚が大きくなると、リチウムイオン伝導性の抵抗が増大してしまう。そこで有機コート層に含まれるポリマーとして、下層の有機無機コート層を構成するポリマーのゼータ電位とは正負が逆のゼータ電位をもつものを用いることが好ましい。このようにすれば、下層の有機無機コート層と有機コート層とがクーロン力によって強固に接合されるので、下層の有機無機コート層と上層の有機コート層とを共に薄膜に形成することができ、有機無機コート層と有機コート層とからなるコート層の総厚をnmオーダーとすることができる。
なお有機コート層を形成した場合には、有機無機コート層と有機コート層とからなるコート層の総厚が0.1nm〜100nmの範囲であることが好ましく、0.1nm〜10nmの範囲であることがさらに好ましく0.1nm〜5nmの範囲であることが特に望ましい。また有機コート層には、上述した選択金属及び/又はカーボネート系電解液より高い酸化反応電位をもつリチウム化合物を含んでもよい。この場合、有機コート層に含まれる選択金属及び/又はリチウム化合物は、有機無機コート層に含まれる選択金属及び/又はリチウム化合物と同じでもよいし異なっていてもよい。選択金属及び/又はリチウム化合物の添加量は、有機無機コート層の場合と同様である。
本実施形態の正極に用いられる第1活物質粒子は、電解質を入れていない状態の水もしくは有機溶媒に分散させた場合、ゼータ電位を測定すると負になることが判明している。この現象から、例えばポリエチレンイミンなどのゼータ電位が正のカチオン性ポリマーを有機無機コート層に用いるのが好ましい。こうすることで、第1活物質粒子と選択ポリマーとがクーロン力によって強固に結合して有機無機コート層が形成される。有機無機コート層の表面に、ポリアクリル酸などのゼータ電位が負のアニオン性ポリマーを用いて有機コート層を形成するのが好ましい。
なお本実施形態にいうゼータ電位は、顕微鏡電気泳動法、回転回折格子法、レーザー・ドップラー電気泳動法、超音波振動電位(UVP)法、動電音響(ESA)法にて測定されるものである。特に好ましくはレーザー・ドップラー電気泳動法によって測定されたものである。具体的な測定条件を以下に説明するが、この限りではない。先ず、DMF、アセトン、水を溶媒とし、固形分濃度0.1質量%の溶液(懸濁液)を調製した。測定は温度25℃で3回の測定を行い、その平均値を算出して求めた。またpHについては中性条件とした。
こうして形成された有機無機コート層は第1活物質粒子との接合強度が高いため、高電圧駆動時に第1活物質粒子と電解液との直接接触を抑制することができる。また有機無機コート層と有機コート層とからなるコート層の総厚がnmオーダーであれば、リチウムイオン伝導性の抵抗となることも抑制できる。したがって高電圧駆動によっても電解液の分解を抑制することができ、高容量であるとともに繰り返し充放電後も高い電池特性を維持できるリチウムイオン二次電池を提供することができる。
正極活物質層は、リチウムイオンを吸蔵及び放出し得る第2正極活物質を有する第2活物質粒子を更に有していても良い。第2正極活物質は、層状岩塩型リチウム金属複合酸化物又は/及びスピネル型リチウム金属複合酸化物からなってもよい。スピネル構造を有するリチウム金属複合酸化物は、一般式:Lix(AyMn2-y)O4(Aは、遷移金属元素、Ca、Mg、S、Si、Na、K、Al、P、Ga、及びGeから選ばれる少なくとも1種の元素、0<x≦2.2、0≦y≦1)で表されると良い。一般式の中のAを構成し得る遷移金属元素は、例えば、Fe、Cr、Cu、Zn、Zr、Ti、V、Mo、Nb、W、La、Ni、Coから選ばれる少なくとも1の元素であるとよい。スピネル構造を有するリチウム金属複合酸化物の具体例としては、LiMn2O4及びLiNi0.5Mn1.5O4の群から選ばれる少なくとも一種であることがよい。
層状岩塩構造をもつリチウム金属複合酸化物は、層状化合物ともいわれる。層状岩塩構造をもつリチウム金属複合酸化物は、一般式:LiaNibCocMndDeOf(0.2≦a≦1.2、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはFe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、S、Si、Na、K、Al、Zr、Ti、P、Ga、Ge、V、Mo、Nb、W、Laから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)、Li2MnO3を挙げることができる。
また、リチウム金属複合酸化物は、層状岩塩構造をもつものと、LiMn2O4、LiNi0.5Mn1.5O4等のスピネルとの混合物で構成される固溶体を含んでいてもよい。
また、第2正極活物質として、上記のLiMPO4、LiMVO4又はLi2MSiO4(式中のMはCo、Ni、Mn、Feのうちの少なくとも一種から選択される)などで表されるポリアニオン系化合物を用いても良い。
第2正極活物質の表面は上記の有機無機コート層が形成されていてもよい。更に、第2正極活物質の表面上の有機無機コート層は、有機コート層で被覆されていてもよい。
正極活物質層は、結着部を有すると良い。結着部はバインダーが乾燥することで形成された部位であり、第1活物質粒子どうしを、或いは第1活物質粒子と集電体とを結着しているとよい。有機無機コート層はこの結着部の少なくとも一部にも形成されていることが望ましい。このようにすることで結着部が保護されて結着強度がより高まるため、高温高電圧という厳しいサイクル試験後にも正極活物質層のクラックや剥離を防止することができる。
正極活物質層に含まれる結着部を構成するバインダーとしては、ポリフッ化ビニリデン(ポリビニリデン、ジフルオライド:PVDF)、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリ塩化ビニル(PVC)、メタクリル樹脂(PMA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、変性ポリフェニレンオキシド(PPO)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等が例示される。正極用バインダーとしての特性を損なわない範囲で、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、ポリブロックイソシアナート、ポリオキサゾリン、ポリカルボジイミド等の硬化剤、エチレングリコール、グリセリン、ポリエーテルポリオール、ポリエステルポリオール、アクリルオリゴマー、フタル酸エステル、ダイマー酸変性物、ポリブタジエン系化合物等の各種添加剤を単独で又は二種以上組み合わせて配合してもよい。
有機無機コート層を構成する選択ポリマーは、結着部に対する被覆性が良好であるものが望ましい。したがってバインダーのゼータ電位とは正負が逆のゼータ電位をもつ選択ポリマーを用いることが好ましい。例えばバインダーにポリフッ化ビニリデン(PVDF)を用いた場合には、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)のゼータ電位はマイナスであるので、カチオン性の選択ポリマーを用いるのが好ましい。
またバインダーと選択ポリマーとの電位差は大きいほど好ましい。したがってバインダーにポリフッ化ビニリデン(PVDF)を用いた場合には、有機無機コート層にカチオン化し易いポリエチレンイミン(PEI)を用いてゼータ電位が+20mV以上となるように溶媒を選ぶことが好ましい。
正極活物質層には一般に導電助剤が含まれているが、有機無機コート層は導電助剤の少なくとも一部にも形成されていることが望ましい。このようにすることで導電助剤を保護することができる。
また正極活物質層には、導電助剤を含むことも好ましい。導電助剤は、電極の導電性を高めるために添加される。導電助剤として、炭素質微粒子であるカーボンブラック、黒鉛、アセチレンブラック(AB)、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)等を単独でまたは二種以上組み合わせて添加することができる。正極活物質層における導電助剤の含有量については、特に限定的ではないが、例えば、第1活物質粒子及び第2活物質粒子の合計質量を100質量部としたときに、導電助剤の含有量は2〜100質量部程度とすることができる。導電助剤の量が2質量部未満では効率のよい導電パスを形成できず、100質量部を超えると電極の成形性が悪化するとともにエネルギー密度が低くなる。
集電体としては、リチウムイオン二次電池用正極などに一般に用いられるものを使用すれば良い。例えば、アルミニウム箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート、ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート、発泡ニッケル、ニッケル不織布、銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート、チタン箔、チタンメッシュ、カーボン不織布、カーボン織布等が例示される。
集電体がアルミニウムを含む場合には、集電体の表面に導電体よりなる導電層を形成し、その導電層の表面に正極活物質層を形成することが望ましい。このようにすることで、リチウムイオン二次電池のサイクル特性がさらに向上する。これは、高温時に電解液中に集電体が溶出するのが防止されるためと考えられている。導電体としては、グラファイト、ハードカーボン、アセチレンブラック、ファーネスブラックなどのカーボン、ITO(Indium-Tin-Oxide)、錫などが例示される。これらの導電体から、PVD法あるいはCVD法などによって導電層を形成することができる。
導電層の厚さは特に制限されないが、5nm以上とするのが好ましい。これより薄くなると、サイクル特性向上の効果の発現が困難となる。
(リチウムイオン二次電池)
本発明のリチウムイオン二次電池は、本実施形態のリチウムイオン二次電池用正極を備えている。負極及び電解液は、公知のものを用いることができる。負極は、集電体と、集電体を被覆する負極活物質層とからなる。負極活物質層は、負極活物質とバインダーとを少なくとも含み、導電助剤を含んでもよい。負極活物質としては、グラファイト、ハードカーボン、ケイ素、炭素繊維、スズ、酸化ケイ素など公知のものを用いることができる。中でもグラファイト、ハードカーボンなどのカーボンからなる負極活物質を用いると、サイクル後の抵抗が大きく低下し、サイクル後に出力が向上するという特異な効果が発現される。
また負極活物質として、SiOx(0.3≦x≦1.6)で表されるケイ素酸化物を用いることもできる。このケイ素酸化物粉末の各粒子は、不均化反応によって微細なSiと、Siを覆うSiO2とに分解したSiOxからなる。xが下限値未満であると、Si比率が高くなるため充放電時の体積変化が大きくなりすぎてサイクル特性が低下する。またxが上限値を超えると、Si比率が低下してエネルギー密度が低下するようになる。0.5≦x≦1.5の範囲が好ましく、0.7≦x≦1.22の範囲がさらに望ましい。
一般に、酸素を断った状態であれば800℃以上で、ほぼすべてのSiOが不均化して二相に分離すると言われている。具体的には、非結晶性のSiO粉末を含む原料酸化ケイ素粉末に対して、真空中または不活性ガス中などの不活性雰囲気中で800〜1200℃、1〜5時間の熱処理を行うことで、非結晶性のSiO2相および結晶性のSi相の二相を含むケイ素酸化物粉末が得られる。
また、負極活物質として、ケイ素酸化物SiOxに対し炭素材料を1〜50質量%で複合化したものを用いることもできる。ケイ素酸化物と炭素材料を複合化することで、サイクル特性が向上する。炭素材料の複合量が1質量%未満では導電性向上の効果が得られず、50質量%を超えるとSiOxの割合が相対的に減少して負極容量が低下してしまう。炭素材料の複合量は、SiOxに対して5〜30質量%の範囲が好ましく、5〜20質量%の範囲がさらに望ましい。SiOxに対して炭素材料を複合化するには、CVD法などを利用することができる。
ケイ素酸化物粉末は平均粒径が1μm〜10μmの範囲にあることが望ましい。平均粒径が10μmより大きいと非水系二次電池の充放電特性が低下し、平均粒径が1μmより小さいと凝集して粗大な粒子となるため同様に非水系二次電池の充放電特性が低下する場合がある。
また、負極活物質として、シリコン材料を用いることもできる。シリコン化合物は、CaSi2と酸とを反応させる反応工程と、層状シリコン化合物を300℃以上で加熱する工程(以下、シリコン材料製造工程ということがある。)と、を含む。CaSi2は、一般にCa層とSi層が積層した構造からなる。CaSi2は、公知の製造方法で合成してもよく、市販されているものを採用してもよい。層状シリコン化合物の製造方法に用いるCaSi2は、あらかじめ粉砕しておくことが好ましい。
酸としては、フッ化水素、塩化水素、臭化水素、ヨウ化水素、硫酸、硝酸、リン酸、蟻酸、酢酸、メタンスルホン酸、テトラフルオロホウ酸、ヘキサフルオロリン酸、ヘキサフルオロヒ素酸、フルオロアンチモン酸、ヘキサフルオロケイ酸、ヘキサフルオロゲルマン酸、ヘキサフルオロスズ(IV)酸、トリフルオロ酢酸、ヘキサフルオロチタン酸、ヘキサフルオロジルコニウム酸、トリフルオロメタンスルホン酸、フルオロスルホン酸が例示される。これらの酸を単独又は併用して使用すれば良い。
また、酸は水溶液として用いられるのが、作業の簡便性及び安全性の観点、並びに、副生成物の除去の観点から好ましい。
反応工程に用いる酸は、CaSi2に対して2当量以上のプロトンを供給できる量で用いればよい。したがって、1価の酸であれば、CaSi21モルに対して2モル以上で用いればよい。
反応工程の反応条件は、真空などの減圧条件又は不活性ガス雰囲気下とすることが好ましく、また、氷浴などの室温以下の温度条件とするのが好ましい。同工程の反応時間は適宜設定すれば良い。
さて、反応工程において、酸として塩化水素を用いた場合の反応式で示すと、以下のとおりとなる。
3CaSi2+6HCl→Si6H6+3CaCl2
ポリシランであるSi6H6が理想的な層状シリコン化合物に該当する。この反応は、層状のCaSi2のCaが2Hで置換されつつ、Si−H結合を形成すると考えることもできる。CaSi2は、Ca層とSi層が積層した構造からなる。そして、層状シリコン化合物は、原料のCaSi2におけるSi層の基本骨格が維持されているため、層状をなす。
反応工程において、酸は水溶液として用いられるのが好ましいことは、前述した。ここで、Si6H6は水と反応し得るため、通常は、層状シリコン化合物がSi6H6のみで得られることはほとんどなく、酸素や酸由来の元素を含有する。
反応工程以降は、層状シリコン化合物を濾取する濾過工程、層状シリコン化合物を洗浄する洗浄工程、層状シリコン化合物を乾燥する乾燥工程、層状シリコン化合物を粉砕若しくは分級する工程を、必要に応じて適宜実施するのが好ましい。
また、層状シリコン化合物を加熱することで水素などを離脱させ、シリコン材料としてもよい。
シリコン材料製造工程は、層状シリコン化合物を300℃以上で加熱する工程を含む。
シリコン材料製造工程を理想的な反応式で示すと以下のとおりとなる。
Si6H6→6Si+3H2↑
ただし、シリコン材料製造工程に実際に用いられる層状シリコン化合物は酸素や酸由来の元素を含有し、さらに不可避不純物も含有するため、実際に得られるシリコン材料も酸素や酸由来の元素を含有し、さらに不可避不純物も含有するものとなる。本実施形態のシリコン材料は、ケイ素のモル量を100としたとき酸素元素のモル量が50以下であることが好ましく、40以下の量となるのが特に好ましい。また、ケイ素のモル量を100としたとき酸由来の元素のモル量が8以下の量であることが好ましく、5以下の量となるのが特に好ましい。
シリコン材料製造工程は、通常の大気下よりも酸素含有量の少ない非酸化性雰囲気下で行われるのが好ましい。非酸化性雰囲気としては、真空を含む減圧雰囲気、不活性ガス雰囲気を例示できる。加熱温度は、350℃〜1200℃の範囲内が好ましく、400℃〜1200℃の範囲内がより好ましい。加熱温度が低すぎると水素の離脱が十分でない場合があり、他方、加熱温度が高すぎるとエネルギーの無駄になる。加熱時間は加熱温度に応じて適宜設定すれば良く、また、反応系外に抜けていく水素などの量を測定しながら加熱時間を決定するのも好ましい。加熱温度及び加熱時間を適宜選択することにより、製造されるシリコン材料に含まれるアモルファスシリコン及びシリコン結晶子の割合、並びに、シリコン結晶子の大きさを調製することもでき、さらには、製造されるシリコン材料に含まれる、アモルファスシリコン及びシリコン結晶子を含むナノ水準の厚みの層の形状や大きさを調製することもできる。
シリコン結晶子のサイズとしては、ナノサイズのものが好ましい。具体的には、シリコン結晶子サイズは、0.5nm〜300nmの範囲内が好ましく、1nm〜100nmの範囲内がより好ましく、1nm〜50nmの範囲内がさらに好ましく、1nm〜10nmの範囲内が特に好ましい。シリコン結晶子サイズは、シリコン材料に対してX線回折測定(XRD測定)を行い、得られたXRDチャートのSi(111)面の回折ピークの半値幅を用いたシェラーの式から算出される。
上記シリコン材料製造工程により、複数枚の板状シリコン体が厚さ方向に積層されてなる構造を有するシリコン材料を得ることができる。この構造は、走査型電子顕微鏡などによる観察で確認できる。シリコン材料をリチウムイオン二次電池の活物質として使用することを考慮すると、リチウムイオンの効率的な挿入及び脱離反応のためには、板状シリコン体は厚さが10nm〜100nmの範囲内のものが好ましく、20nm〜50nmの範囲内のものがより好ましい。また、板状シリコン体の長軸方向の長さは、0.1μm〜50μmの範囲内のものが好ましい。また、板状シリコン体は、(長軸方向の長さ)/(厚さ)が2〜1000の範囲内であるのが好ましい。
シリコン材料は、粉砕や分級を経て、一定の粒度分布の粒子としてもよい。シリコン材料の好ましい粒度分布としては、一般的なレーザー回折式粒度分布測定装置で測定した場合に、D50が1〜30μmの範囲内を例示できる。
シリコン材料は、リチウムイオン二次電池などの二次電池の負極活物質として使用することができる。その際には、シリコン材料を炭素で被覆して用いるのが好ましい。
負極における集電体、バインダー及び導電助剤は、正極活物質層で用いられるものと同様のものを用いることができる。
上記した正極及び負極を用いる本実施形態のリチウムイオン二次電池は、特に限定されない公知の電解液、セパレータを用いることができる。電解液は、有機溶媒に電解質であるリチウム金属塩を溶解させたものである。電解液は、特に限定されない。有機溶媒として、非プロトン性有機溶媒、たとえばプロピレンカーボネート(PC)、エチレンカーボネート(EC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、フルオロエチレンカーボネート(FEC)等から選ばれる一種以上を用いることができる。少なくともフルオロエチレンカーボネート(FEC)を含むことが望ましい。また、溶解させる電解質としては、LiPF6、LiBF4、LiAsF6、LiI、LiClO4、LiCF3SO3等の有機溶媒に可溶なリチウム金属塩を用いることができる。
例えば、エチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネートなどの有機溶媒にLiClO4、LiPF6、LiBF4、LiCF3SO3等のリチウム金属塩を0.5mol/Lから1.7mol/L程度の濃度で溶解させた溶液を使用することができる。中でもLiPF6を用いることが望ましい。有機無機コート層をもつ正極を用いるとともにLiPF6を電解液中に含むことで、電解質が分解しにくくなる効果が相乗的に得られるため、高電圧駆動における繰り返し充放電後もさらに高い電池特性を維持することができる。
セパレータは、正極と負極とを分離し電解液を保持するものであり、ポリエチレン、ポリプロピレン等の薄い微多孔膜を用いることができる。また、これらの微多孔膜は無機物を主とする耐熱層が設けられていてもよく、用いられる無機物としては酸化アルミニウムや酸化チタンが好ましい。
本実施形態のリチウムイオン二次電池は、形状に特に限定はなく、円筒型、積層型、コイン型等、種々の形状を採用することができる。いずれの形状を採る場合であっても、正極および負極にセパレータを挟装させて電極体とし、正極集電体および負極集電体から外部に通ずる正極端子および負極端子までの間を、集電用リード等を用いて接続した後、この電極体を電解液とともに電池ケースに密閉して電池となる。
なお本実施形態のリチウムイオン二次電池は、高温下で初期充放電処理(コンディショニング処理)を行うことが好ましい。コンディショニング処理は、35〜90℃で行うことが好ましい。コンディショニング処理では、未使用のリチウムイオン二次電池について充放電が1回又は数回繰り返される。これにより、電解液の劣化が抑制され、容量維持率が更に向上する。
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態を更に詳しく説明する。
(実施例1)
以下の方法により実施例1のリチウムイオン二次電池を作製した。
<正極の作製>
第1活物質粒子を作製するために、第1正極活物質としてのオリビン型のLiFePO4の粉体と、アセチレンブラック(AB)とを質量比5:4で混合し、メカニカルミリング装置(フリッチュジャパン(株)製)を用い、大気雰囲気下において450rpmで5時間のメカニカルミリング処理を行った。次いで処理後の粉体を、体積比で二酸化炭素と水素が100:3の混合ガス雰囲気下、700℃で2時間加熱する熱処理を行った。これにより、第1正極活物質の表面に炭素被覆部を形成してなる第1活物質粒子を得た。得られた第1活物質粒子における第1正極活物質の平均粒子径D50は2〜5μmであり、炭素被覆部の厚みは2nmであった。
第2活物質粒子としてのLiNi0.5Co0.3Mn0.2O2の粉体を準備した。第2活物質粒子の平均粒子径D50は5μmであった。
第1活物質粒子と、第2活物質粒子と、導電助剤としてのアセチレンブラック(AB)と、バインダーとしてのポリフッ化ビニリデン(PVDF)とを、第1活物質粒子:第2活物質粒子:AB:PVDF=69:25:3:3の組成比で混合した。混合物を、溶剤としてN−メチル−2−ピロリドンと混合してスラリーとなし、これを厚み15μmのアルミニウム箔(集電体)の表面にドクターブレードを用いて塗布し、乾燥させて約40μmの厚さの正極活物質層を形成した。
エチルアルコールに硝酸ランタンを2.5mmol/Lとなるように溶解させ、さらにポリエチレンイミン(PEI)を濃度1質量%となるように溶解させて、混合溶液を調製した。この混合溶液に上記正極活物質層を25℃で1分間浸漬後にエタノールで洗浄し、次に、ポリアクリル酸が0.2質量%溶解したエタノール溶液に25℃で1分間浸漬した。その後、エタノールで洗浄したのち120℃で12時間真空乾燥した。この正極の正極活物質層をTEMで観察したところ、有機無機コート層と有機コート層とが形成されていた。以下、有機無機コート層と有機コート層の全体を単にコート層ということがある。コート層は、正極活物質層の第1活物質粒子の表面及び第2活物質粒子の表面に形成されていた。正極活物質層の第1活物質粒子の表面及び第2活物質粒子の表面に形成されたコート層は、いずれも厚さが約1nmであった。
なお上記混合溶液を調製する際に、先ずエチルアルコールに硝酸ランタンを溶解させ、次いでポリエチレンイミン(PEI)を溶解したところ、溶液が一瞬白濁した後に透明となった。この混合溶液を粒度分布測定器(「NANO PARTIVLE ANALYZER SZ-100」、HORIBA社製)を用いて分析したところ、2nm±0.3nmの極めて狭い範囲に粒径をもつ微粒子が存在することがわかった。無機物の微粒子ではこのようにシャープな粒度分布は生じないので、この微粒子はランタンイオンがポリエチレンイミンに配位したものと推察される。
<負極の作製>
負極活物質としてのシリコン材料を以下の方法で調製した。
・反応工程
アルゴン雰囲気下、10℃とした濃度35重量%のHCl水溶液500gに、50gのCaSi2を加え、撹拌した。反応液から発泡が無くなったのを確認した後、さらに同条件下、4時間攪拌した。その後、室温まで昇温し、濾過を行った。残渣を300mLの蒸留水で3回洗浄した後、300mLのエタノールで洗浄し、減圧乾燥して39.4gの固形物を得た。当該固形物を層状シリコン化合物とした。
・シリコン材料製造工程
層状シリコン化合物を、O2を1体積%以下の量で含むアルゴン雰囲気下にて900℃で1時間加熱して、シリコン材料を得た。
・リチウムイオン二次電池製造工程
負極活物質として上記のシリコン材料58質量部、負極活物質として天然黒鉛24.5質量部、導電助剤としてアセチレンブラック6.5質量部、結着剤としてポリアミドイミド11質量部、溶剤としてN−メチル−2−ピロリドンを混合し、スラリーを調製した。上記スラリーを、集電体としての厚さ約20μmの電解銅箔の表面にドクターブレードを用いて塗布し、乾燥して、銅箔上に負極活物質層を形成した。その後、ロールプレス機により、集電体と負極活物質層を強固に密着接合させた。これを200℃で2時間減圧乾燥し、負極活物質層の厚さが23μmの負極を得た。
正極と負極の間にセパレータを介装させて電極体を得た。セパレータはポリエチレンからなる微小多孔質膜である。この電極体を電池ケースに収容した。電池ケースに、フルオロエチレンカーボネート(FEC)とエチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)とジメチルカーボネート(DMC)とを、体積比でFEC:EC:EMC:DMC=0.4:2.6:3:4で混合した。混合溶媒にLiPF6を1Mの濃度で溶解した非水電解液を注入し、電池ケースを密閉して、実施例1のリチウムイオン二次電池を得た。
(比較例1)
比較例1のリチウムイオン二次電池は、正極に有機無機コート層及び有機コート層が形成されていない点を除いて、実施例1と同様である。
<容量維持率>
実施例1及び比較例1のリチウムイオン二次電池についてサイクル試験を行い、容量維持率を測定した。サイクル試験の条件は、60℃で、3サイクル目まで、充電は1Cの定電流で4.5Vの定電圧(1C−CCCV、4.5V充電)で行い、放電は1Cの定電流で3.6Vまで電圧を降下させた(1C−CC、3.6V放電)。4サイクル目以後については、1Cの定電流で4.4Vまで充電(1C−CC、4.4V充電)し、1分間休止後、1Cの定電流で3.6Vまで放電(1C−CC、3.6V放電)し、1分間休止するという工程を400サイクル繰り返した。各リチウムイオン二次電池につき、3サイクル目の充放電効率及び、400サイクル試験後の容量維持率を算出した。3サイクル目の充放電効率は以下の式で算出した。
充放電効率(%)=100×(3サイクル目の放電容量)/(3サイクル目の充電容量)
400サイクル試験後の容量維持率は以下の式で算出した。
容量維持率(%)=100×(400サイクル目の充電容量)/(初回充電容量)
測定結果を表1に示した。
表1に示すように、実施例1のリチウムイオン二次電池の容量維持率は42.0%であり、比較例1のリチウムイオン二次電池の容量維持率は32.2%であった。上限電圧が4.4Vと高い場合には、正極にコート層を形成することで、容量維持率が向上した。
<正極の電子抵抗>
実施例1及び比較例1のリチウムイオン二次電池について上記のサイクル試験を行う前後で、セルの交流インピーダンスを測定した。抵抗成分の切り分けは、三極セルを用い、参照極として金属リチウムを用いた。電解液は、有機溶媒としてのEC/EMC/DMC=30/30/40(体積%)に、1mol/LとなるようにLiPF6を溶解したものを用いた。印加電圧は3.6Vとした。
実施例1の未使用正極を2枚重ね合わせて二極式対称セルを組み立てた。二極式対称セルで用いた電解液は、有機溶媒としてのEC/EMC/DMC=30/30/40(体積%)に、1mol/LとなるようにLiPF6を溶解したものを用いた。二極式対称セルについて、上記の三極セルと同条件で交流インピーダンスを測定した。測定された交流インピーダンスを用いて等価回路モデルの解析法にしたがって、液抵抗(Rsol)、Rion(Liイオン抵抗)、電気二重層容量(Cdl)、Re(電子抵抗)、Ce 、Rct(反応抵抗)を算出した。これらの各抵抗及び容量に基づいて三極セルの交流インピーダンスを解析して、三極セルの正極の電子抵抗(Re)及び反応抵抗(Rct)を算出した。図1には、実施例1のサイクル試験前後の電子抵抗及び比較例1のサイクル試験後の電子抵抗を示した。図2には、実施例1及び比較例1のサイクル試験後の反応抵抗を示した。
図1に示すように、サイクル試験前の実施例1の正極の電子抵抗はほぼゼロに近い値であった。サイクル試験後の実施例1の正極の電子抵抗は、サイクル試験前の電子抵抗よりも高かったが、サイクル試験後の比較例1の正極の電子抵抗よりも格段に小さかった。
図2に示すように、サイクル試験後の実施例1及び比較例1の正極の反応抵抗は、いずれも同程度であった。このことから、実施例1の正極活物質層に形成されているコート層は、正極の電子抵抗上昇を抑制する機能があることがわかった。
実施例1及び比較例1の正極の電子抵抗について、上記の等価回路モデルに従った手法により、集電体と正極活物質層との間の界面抵抗と、それ以外の諸抵抗に分けた。その結果を図3に示した。実施例1と比較例1とでは、界面抵抗はほぼ同程度であったが、それ以外の諸抵抗については、実施例1が比較例1よりも格段に低かった。比較例1の正極内での界面抵抗とそれ以外の抵抗の比率は、界面抵抗: 諸抵抗=15%:85%であったのに対して、実施例1の正極では、界面抵抗:諸抵抗=40%:60%であった。
実施例1の正極の界面抵抗以外の諸抵抗が、比較例1に対して格段に減少したのは、炭素被覆部表面にコート層を形成することで、電解液が炭素被覆部に直接接触しにくくなり、炭素被覆部を通る電子が電解液の酸化分解に消費されにくくなり、このため、サイクル後の正極の電子抵抗の上昇を大きく抑制することができたものと考えられる。
なお、コート層は、炭素被覆部以外に、第2活物質表面も被覆していると考えられる。コート層が第2活物質粒子表面を被覆することで、容量維持率や電子抵抗に良好な影響を与えているとも考えられる。しかし、第1活物質粒子は第2活物質粒子とは異なって、炭素被覆部を有していて、電子が多く集まり強い酸化状態におかれている。しかも、第1活物質粒子は、平均放電電位が3.4Vと低いオリビン型リチウムリン酸複合酸化物により構成されている。このため、正極が充電時に4.4Vと高い電圧に曝されると、第1活物質粒子の破壊又は溶出が懸念される。第1活物質粒子を構成するオリビン型リチウムリン酸複合酸化物は、高電位で安定な層状岩塩構造をもつリチウム金属複合酸化物からなる第2活物質粒子よりも破壊又は溶出しやすい。このため、第1活物質粒子の表面、更には炭素被覆部表面をコート層で被覆することで、第2活物質粒子表面をコート層で被覆した場合に比べて、粒子の破壊又は溶出を効果的に抑え、しかも各粒子付近の電解液の劣化も効果的に抑制できていると推定される。