以下、本実施形態に係る回転電機制御装置について図面に基づいて説明する。図1のブロック図は、回転電機制御装置を含むシステム構成を模式的に示している。回転電機80は、本実施形態では、例えばハイブリッド自動車や電気自動車等の車両の駆動力源となる回転電機である。回転電機80は、複数相の交流(ここでは3相交流)により動作する回転電機であり、電動機としても発電機としても機能することができる。後述するように、回転電機80は、インバータ10を介して高圧バッテリ11(直流電源)からの電力を動力に変換する(力行)。或いは、回転電機80は、例えば不図示の内燃機関や車輪から伝達される回転駆動力を電力に変換し、インバータ10を介して高圧バッテリ11を充電する(回生)。
図1に示すように、回転電機制御装置2は、インバータ10を備えた回転電機駆動装置1を制御対象とし、回転電機駆動装置1を介して交流の回転電機80を駆動制御する。インバータ10は、直流電力(高圧バッテリ11)と複数相の交流電力との間で電力変換する電気回路である。即ち、回転電機制御装置2は、インバータ10を介して交流の回転電機80を制御する制御装置である。本実施形態では、回転電機制御装置2は、マイクロコンピュータやDSP(Digital Signal Processor)などの論理演算プロセッサなどのハードウェアと、プログラムやパラメータなどのソフトウェアとの協働によって実現される。当然ながら、回転電機制御装置2は、論理回路などの電子回路を中核としたハードウェアによって構成されてもよい。
例えば、回転電機制御装置2の中核となるマイクロコンピュータは、CPUコア、プログラムメモリ、パラメータメモリ、ワークメモリ、A/Dコンバータ、タイマ(カウンタ)等を有している。これらの全てが1つの集積回路の中に構成されている必要はなく、例えば、プログラムメモリなど一部がCPUコアとは別の素子であってもよい。CPUコアは、種々の演算の実行主体となるALU(Arithmetic Logic Unit)や、命令レジスタ、命令デコーダ、フラグレジスタ、汎用レジスタ、割り込みコントローラ、DMA(Direct Memory Access)コントローラなどを有して構成される。回転電機制御装置2の動作電圧は、3.3〜12[V]程度であり、回転電機制御装置2は、不図示の低圧バッテリ(例えば定格電圧が12〜24[V]程度)から電力の供給を受けて動作する。
上述したように、インバータ10は、高圧バッテリ11(直流電源)に接続されると共に、交流の回転電機80に接続されて直流と複数相の交流(ここでは3相交流)との間で電力変換を行う。高圧バッテリ11は、例えば、ニッケル水素やリチウムイオンなどの二次電池や、電気二重層キャパシタなどのキャパシタ、或いはこれらを組み合わせたものなどであり、大電圧大容量の蓄電可能な直流電源である。高圧バッテリ11の定格電圧は200〜400[V]程度である。尚、高圧バッテリ11の出力電圧を昇圧する直流コンバータ(DC−DCコンバータ)を備える場合には、直流電源に当該コンバータを含めることができる。尚、このコンバータは、インバータ10を介して高圧バッテリ11へ電力が回生される場合には、降圧コンバータとして機能する。
以下、インバータ10の直流側の電圧(高圧バッテリ11の端子間電圧やコンバータの出力電圧)を直流リンク電圧Vdcと称する。インバータ10の直流側には、直流リンク電圧Vdcを平滑化する平滑コンデンサ(直流リンクコンデンサ4)が備えられている。直流リンクコンデンサ4は、回転電機80の消費電力の変動に応じて変動する直流電圧(直流リンク電圧Vdc)を安定化させる。
上述したように、インバータ10は、直流リンク電圧Vdcを有する直流電力を複数相(nを自然数としてn相、ここでは3相)の交流電力に変換して回転電機80に供給すると共に、回転電機80が発電した交流電力を直流電力に変換して直流電源に供給する。インバータ10は、複数のスイッチング素子3を有して構成される。スイッチング素子3には、シリコン(Si)を基材としたIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やパワーMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)、シリコンカーバイド(SiC)を基材としたSiC−MOSFET(Silicon Carbide - Metal Oxide Semiconductor FET)やSiC−SIT(SiC - Static Induction Transistor)、ガリウムナイトライド(GaN)を基材としたGaN−MOSFET(Gallium Nitride - MOSFET)などの高周波での動作が可能なパワー半導体素子を適用すると好適である。
インバータ10を構成するスイッチング素子には、しばしばIGBTが用いられている。電圧制御型のMOSFETは、耐圧に伴ってオン抵抗が高くなり発熱が大きくなる。一方、バイポーラトランジスタは、スイッチング速度が低く高速スイッチングには向かない。IGBTは、このようなMOSFET及びバイポーラトランジスタの欠点をそれぞれ補うように、1つの半導体素子上において、入力段にMOSFET構造を、出力段にバイポーラトランジスタ構造を構築したものである。IGBTは、ゲート・エミッタ間の電圧で駆動され、入力信号によってオン・オフができる自己消弧形であるので、大電力の高速スイッチングが可能な半導体素子である。このような特徴により、インバータ10を構成するスイッチング素子3として、IGBTは好適である。
ところで、近年、インバータ10を構成するスイッチング素子3として、上述したようなSiC半導体やGaN半導体を用いるケースも増加している。SiCやGaNは、シリコンに比べてバンドギャップが広く、ワイドバンドギャップ半導体と称され、半導体材料の素材としての性能が高い。このため、シリコン素材のIGBTに代えて、SiC素材やGaN素材のFETを使ってインバータ10を構成することで、インバータ10を小型化、軽量化することができる。また、インバータ10の損失も低減させることができる。但し、小型化によって面積も小さくなるので、インバータ10の放熱性は低下する。また、SiC半導体やGaN半導体は、Si半導体よりも耐熱性が高いため、素子に備えられるヒートシンクも、例えば、熱抵抗は小さいが高価な銅から、銅よりも熱抵抗の大きいが銅よりも安価なアルミニウムなどを採用することが容易である。従って、SiC半導体やGaN半導体を用いたインバータ10では、素子の性能向上に伴う小型化や軽量化、ヒートシンクなどの付加部材のコストダウンが可能な一方で、熱対策の上ではIGBTを用いたインバータ10に対して大きなアドバンテージは得られない可能性がある。つまり、SiC半導体やGaN半導体を用いたインバータ10でも、IGBTを用いたインバータ10と同様の熱対策の継続や、さらなる熱対策の付加が重要である。
熱対策の1つとして以下に説明するような過渡電流(例えば変調方式の切換え時に生じる過渡電流など)に起因する交流電流のピーク値(絶対値)の低減は重要である。1つの対策として、インバータ10のスイッチング周波数を高くすることによって、過渡電流を低減し、当該過渡電流に起因する交流電流のピーク値も低減することが考えられる。しかし、インバータ10のスイッチング周波数を高くすると、インバータ10を構成するスイッチング素子3の発熱量も増加する。従って、インバータ10のスイッチング周波数を単純に高くするという対策は好ましくない。上述したように、スイッチング素子3がIGBTであっても、SiC半導体やGaN半導体を素材としたFETなどであっても、インバータ10の装置としての熱容量には限界がある。つまり、本実施形態のインバータ10を構成するスイッチング素子3が、シリコンを基材とするIGBT、及びシリコンカーバイドやガリウムナイトライドを基材としたFETの何れであっても、変調方式の切換え時に生じる過渡電流などに起因する交流電流のピーク値(絶対値)の低減は重要である。このため、図1ではスイッチング素子3の構造を特定しない形で例示している。また、当然ながら、スイッチング素子3としてバイポーラトランジスタを用いることを妨げるものではない。
インバータ10は、複数組のスイッチング素子3を備えたブリッジ回路により構成されている。インバータ10は、回転電機80の各相のステータコイル8(3相の場合、U相、V相、W相)に対応するそれぞれのアームについて上段側及び下段側の一対のスイッチング素子3を備えて構成されている。具体的には、図1に示すように、交流1相分のアームが上段側スイッチング素子31と下段側スイッチング素子32との直列回路により構成されている。また、各スイッチング素子3には、下段側から上段側へ向かう方向を順方向として、並列にダイオード(フリーホイールダイオード5)が接続されている。換言すれば、スイッチング素子3がオン状態の場合の通流方向と逆方向を順方向として、各スイッチング素子3にフリーホイールダイオード5が並列接続(逆並列接続)されている。
スイッチング素子3のそれぞれは、回転電機制御装置2から出力されるスイッチング制御信号(例えば、IGBT又はMOSFETのゲート端子を駆動するゲート駆動信号)に従って動作する。高電圧をスイッチングするIGBTやMOSFETの制御端子(ゲート端子)に入力されるゲート駆動信号は、回転電機制御装置2を構成する電子回路(マイクロコンピュータなど)の動作電圧よりも高い電圧を必要とする。このため、回転電機制御装置2により生成されたスイッチング制御信号は、ドライバ回路30によって電圧変換(例えば昇圧)された後、インバータ10に入力される。
回転電機80には、図1に示すように、回転電機80のロータの各時点での磁極位置(ロータの回転角度)や回転速度を検出する回転センサ13が備えられている。回転センサ13は、例えばレゾルバ等である。また、回転電機80の各相のステータコイル8を流れる電流は、電流センサ12により測定される。本実施形態では、3相の全てが非接触型の電流センサ12により測定される構成を例示している。回転電機制御装置2は、回転電機80の要求トルクや回転速度、変調率に基づき、電流フィードバック制御を行う。要求トルクは、例えば車両用制御装置や車両の走行制御装置などの不図示の他の制御装置から回転電機制御装置2に提供される。尚、変調率は、直流電圧(直流リンク電圧Vdc)に対する3相交流電力の実効値の割合を示す指標である。
回転電機制御装置2は、これらの要求トルク、回転速度、変調率等に応じて、インバータ10をスイッチング制御するためのパルス(変調パルス)を生成して出力する。尚、変調パルスは都度生成されても良いし、回転電機80或いはインバータ10の動作条件に応じて予めメモリ等にパルスパターンを記憶させておき、DMA転送等によってプロセッサに負荷をかけることなく出力される形態であってもよい。
ところで、直流から交流へ変換する場合を変調、交流から直流へ変換する場合を復調と、区別して称することも可能であり、両者を併せて変復調と称することもできるが、本実施形態では何れの変換についても変調と称して説明する。本実施形態において、回転電機制御装置2は、ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を行って、インバータ10を介して回転電機80を制御する。ベクトル制御法については、以下のような簡単な説明に留め、詳細な説明は省略する。
まず、回転電機制御装置2は、直流リンク電圧Vdc、要求トルク、変調率等に基づいて、ベクトル制御における直交ベクトル座標系における電流指令を演算する。この直交ベクトル座標系は、回転電機80のロータの磁極の方向を一方の軸(d軸)、この軸(d軸)に直交する方向を他方の軸(q軸)とする座標系である。ステータコイル8を流れる3相の電流(実電流)も、磁極位置に基づいてこの直交ベクトル座標系に座標変換される。直交ベクトル座標系において、電流指令と実電流との偏差に基づき、比例積分制御(PI制御)や比例積分微分制御(PID制御)の演算が行われ、電圧指令が導出される。この電圧指令が磁極位置に基づいて、3相の電圧指令に逆座標変換され、選択された変調方式に従って変調パルス(スイッチング制御信号)が生成される。
ところで、変調方式として、パルス幅変調(Pulse Width Modulation)が知られている。パルス幅変調では、出力指令としての交流波形(例えば交流電圧波形)の振幅と三角波(鋸波を含む)状のキャリアの波形の振幅との大小関係に基づいてパルスが生成される。キャリアとの比較によらずにデジタル演算により直接PWM波形を生成する場合もあるが、その場合でも、指令値としての交流波形の振幅と仮想的なキャリア波形の振幅とは相関関係を有する。パルス幅変調には、正弦波パルス幅変調(SPWM : sinusoidal PWM)や、空間ベクトルパルス幅変調(SVPWM : space vector PWM)などが含まれる。
これらの変調方式において、キャリアは例えばマイクロコンピュータの演算周期や電子回路の動作周期など、回転電機制御装置2の制御周期に応じて定まる。つまり、複数相の交流電力が交流の回転電機80の駆動に利用される場合であっても、キャリアは回転電機80の回転速度や回転角度(電気角)には拘束されない周期(同期しない周期)を有している。従って、キャリアも、キャリアに基づいて生成される各パルスも、回転電機80の回転には同期していない。従って、正弦波パルス幅変調、空間ベクトルパルス幅変調などの変調方式は、“非同期変調方式”と称される場合がある。
これに対して、回転電機80の回転に同期してパルスが生成される変調方式は“同期変調方式”と称される。例えば回転電機80の電気角1周期に付き1つのパルスが出力される回転同期変調方式として、矩形波変調(1パルス変調)という変調方式がある。
ところで、上述したように、直流電圧から交流電圧への変換率を示す指標として、直流電圧に対する複数相の交流電圧の線間電圧の実効値の割合を示す変調率がある。一般的に、正弦波パルス幅変調の最大変調率は約0.61、空間ベクトルパルス幅変調制御の最大変調率は約0.71である。約0.71を越える変調率を有する変調方式も存在し、その変調方式は、通常よりも変調率を高くした変調方式として、“過変調パルス幅変調”と称される。“過変調パルス幅変調”の最大変調率は、約0.78である。この変調率0.78は、直流から交流への電力変換における物理的(数学的)な限界値である。過変調パルス幅変調において、変調率が0.78に達すると、電気角の1周期において1つのパルスが出力される矩形波変調(1パルス変調)となる。矩形波変調では、変調率は物理的な限界値である約0.78に固定されることになる。
変調率が0.78未満の過変調パルス幅変調は、同期変調方式、非同期変調方式の何れの原理を用いても実現することができる。代表的な変調方式は、不連続パルス幅変調(DPWM:discontinuous PWM)と称される変調方式である。不連続パルス幅変調は、同期変調方式、非同期変調方式の何れの原理を用いても実現することができるが、ここでは、同期変調方式を用いる形態を例示する。上記において、矩形波変調(1パルス変調)では、電気角の1周期において1つのパルスが出力されると例示したが、電気角の1周期において複数のパルスを出力することもできる。電気角の1周期において複数のパルスを出力すると、パルスの有効期間がその分減少するため、変調率は低下する。従って、約0.78に固定された変調率に限らず、0.78未満の任意の変調率を同期変調方式によって実現することができる。例えば、電気角の1周期において、9パルス、5パルスなどのパルスを出力することも可能である。本実施形態では、このような変調方式を複数パルス変調と称する。上述したように、この複数パルス変調は、回転電機80の回転に同期してパルスを出力するので、“同期変調方式”に属する。
本実施形態において、回転電機制御装置2は、回転電機80の動作条件に応じて、非同期変調と同期変調との間で変調方式を切換えて、回転電機80を制御する。ここで、動作条件には、少なくとも回転電機80の回転速度を含む。回転電機80の回転速度が高くなると、逆起電力が高くなり、変調率を高くする必要が生じる。このため、回転電機80の回転速度が高くなると、より高い変調率での変調が可能な変調方式を選択することが好ましい。変調方式を切換える際の動作条件には、図2や図3に例示するように、回転電機80の要求トルク(出力トルク)や直流リンク電圧Vdc等も含まれると好適である。しかし、説明を容易にするため、本実施形態では、回転電機制御装置2が、少なくとも回転電機80の回転速度に応じて変調方式を切換えるものとして説明する。
図2は、要求トルクを縦軸に、回転速度を横軸に取り、非同期変調及び同期変調が適用される領域を模式的に示している。本実施形態において、非同期変調(空間ベクトルパルス幅変調など)は主に低回転・高トルク領域で採用され、同期変調(矩形波(1パルス・複数パルス))は主に高回転・低トルク領域で採用される。回転電機制御装置2は、少なくとも回転電機80の回転速度に基づいて、非同期変調と同期変調との変調方式を選択的に採用し、スイッチング素子3を制御する変調パルス(スイッチング制御信号)を生成する。図3は、同期変調として9パルス、5パルス、1パルスが採用される場合の、回転速度及びトルクと変調方式との関係の一例を具体的に示している。本実施形態では、非同期変調と同期変調との間で変調方式が切り替わる際に、空間ベクトルパルス幅変調(SVPWM)と9パルス変調との間で変調方式が切り替わる例を用いて説明する。
ここで、図3に示す領域A、即ち、要求トルクが高い状態で非同期変調(SVPWM)から同期変調(9パルス変調)へ変調方式が切り替わる場合について考える。図4は、領域Aにおいて、非同期変調(SVPWM)によってスイッチング制御信号(変調パルス)が生成され、インバータ10がスイッチング制御される場合の3相交流電流波形とスイッチング制御信号(変調パルス)のパルス波形とのシミュレーション結果を示している。また、図5は、領域Aにおいて、同期変調(9パルス変調)によってスイッチング制御信号(変調パルス)が生成され、インバータ10がスイッチング制御される場合の3相交流電流波形とスイッチング制御信号(変調パルス)のパルス波形とのシミュレーション結果を示している。また、図6は、領域Aにおいて、非同期変調(SVPWM)から同期変調(9パルス変調)に変調方式が切り替わる場合の、3相交流電流波形とスイッチング制御信号(変調パルス)のパルス波形とのシミュレーション結果を示している。図4から図6において、Su+,Sv+,Sw+は、それぞれU相、V相、W相の上段側スイッチング素子31に対するゲート駆動信号(スイッチング制御信号、変調パルス)を表している。また、Iu,Iv,Iwは、それぞれU相、V相、W相の交流電流を示している。
図4は、非同期変調(SVPWM)から同期変調(9パルス変調)に変調方式が切り替わる直前の波形を示しており、図5は、非同期変調(SVPWM)から同期変調(9パルス変調)に変調方式が切り替わった直後の波形を表しているということができる。非同期変調では、周波数“cf1”のキャリア周波数(第1キャリア周波数cf1)で変調パルスが生成されている。変調パルスの平均周波数(変調周波数)は、“cf1”である。第1キャリア周波数cf1による非同期変調では、回転電機80の回転速度に拘わらず、変調パルスの平均周波数(変調周波数)は同じである。従って、回転電機80の回転速度が高くなるほど、電気角1周期当たりの変調パルスの数が少なくなる。
一方、同期変調では、回転電機80の回転速度に拘わらず、電気角1周期当たりの変調パルスの数は一定であるが、回転速度に応じて変調パルスの平均周波数は変化する。図4に例示した形態(非同期変調)では、電気角1周期当たりの変調パルスの数は約5パルスである。図5に例示した形態(同期制変調)は、9パルス変調であるから電気角1周期当たりの変調パルスの数は9パルスである。従って、本実施形態においては、変調方式が切換わる時点の変調周波数は、同期変調の方が高い。即ち、回転電機80の回転速度が高いため、同期変調の変調周波数は、第1キャリア周波数cf1よりも高い。本実施形態では、第1キャリア周波数cf1は、この時点での同期変調(9パルス変調)の変調パルスの周波数の約半分である。
図4に示す非同期変調では、変調周波数(キャリア周波数)が比較的低いことにも起因して、図5に示す同期変調よりも振幅の大きいリップルが交流電流に生じている。即ち、“非同期変調のリップルRP1>同期変調のリップルRP2”であり、シミュレーション結果では、“RP1”は“RP2”の約2倍となっている。また、非同期変調では、電気角の1周期当たりの変調パルスの数が同期変調より少なくなることや、電気角(回転電機80の回転)と変調パルスとが同期していないことにより、3相の交流電流波形にバラツキを生じ易い。換言すれば、3相の交流電流波形がアンバランスな状態となり易い。シミュレーション結果によれば、非同期変調の場合には、図4に示すように、3相の交流電流のピーク値に“UB1”の差を生じている。一方、同期変調では、電気角の1周期当たりの変調パルスの数が非同期変調より多いことや、電気角(回転電機80の回転)と変調パルスとが同期していることにより、3相の交流電流波形が安定し易い。シミュレーション結果によれば、同期変調の場合には、図5に示すように、3相の交流電流のピーク値の差“UB2”はほぼゼロである。
図6は、このような特徴を有する変調方式を、好ましくない条件下において切換えた場合をシミュレーションしたものである。非同期変調と同期変調とでは、変調パルスの発生方法が異なるため、本実施形態では切換え時にV相のゲート駆動信号“Sv+”の信号レベルがハイ状態となる期間(V相の上段側スイッチング素子31がオン状態となる期間)が長くなっている。これにより、逆に、U相やW相では、ゲート駆動信号がハイレベルとなる期間が短くなる可能性がある。その結果、3相の交流電圧や3相の交流電流にバラツキが生じ易くなる。また、図6に例示するように、高回転速度領域での非同期変調による3相の交流電流の乱れ(アンバランス)は、変調方式が同期変調に移行した後の交流電流にも影響を与えている。
また、図6に示したシミュレーション例では、W相の交流電流がピークとなる位相で変調方式を切換えているため、切換えの際に生じる過渡電流によって当該ピーク電流の値が非常に大きくなっている。換言すれば、過渡電流が重畳される際の交流電流の初期電流の値が高いために、過渡電流が重畳された後の交流電流の値も高くなっている。このピーク電流の値(絶対値)が、インバータ10の許容可能な最大電流(絶対値)を超えることは好ましくない。
即ち、変調方式を切換える際の交流電流の最大値(絶対値)は、切換わる際の位相(電流位相や電圧位相)によっても異なる。図6を参照して上述したように、複数相の交流電流の何れか1相の電流が最大振幅である位相において変調方式が切換わると、当該最大電流に対して過渡電流が重畳されることになる。このため、交流電流の絶対値の最大値は大きくなる。従って、そのような位相で変調方式を切換えることを避け、より好ましい位相において変調方式を切換えると好適である。多くの場合、インバータ10は、電圧制御型であり、交流電圧の電圧位相や変調パルスの電圧位相によって変調方式を切換えるタイミングが規定されると好適である。
例えば、インバータ10の交流側の相数が3相である場合、1相の電圧レベルが固定され、他の2相の電圧レベルが変化する2相変調のフェーズと、2相の電圧レベルが固定され、残りの1相の電圧レベルが変化する1相変調のフェーズとが発生し得る。図7は、図6に例示した形態において、変調方式が切換わる位相の近傍の変調パルスの拡大図である。図6に例示した形態では、1相変調のフェーズにおいて変調方式が切換えられている。詳細は後述するが、発明者らによる実験やシミュレーションによれば、1相変調の場合には、2相変調の場合に比べて、過渡電流の影響によって交流電流の絶対値が大きくなる傾向があることが認められた。
上述したようなシミュレーション結果に基づけば、変調方式を切換える際の条件として以下の点に留意すると好適である。
(a)非同期変調の変調周波数(キャリア周波数)を高くして、リップルを低減すると共に、3相電流のアンバランスを低減する。
(b)電圧位相(或いは電流位相)が最適な位相において変調方式を切換えて、3相電流のアンバランスを低減すると共に、切換え時の初期電流の値を低くする。
これら、(a)及び(b)の条件を満たすような変調方式の切換えには、以下の(A)及び(B)のような形態がある。
(A)変調方式を切換える場合に、第1キャリア周波数cf1よりも高い周波数である第2キャリア周波数cf2に基づいて変調パルスを生成する高周波非同期変調を経て変調方式を切換える(図8参照)。高周波非同期変調は、電流波形が安定する時間(安定時間(交流電流安定時間))、継続されることが好ましい。但し、より高い周波数の変調パルスによってスイッチング素子3がスイッチングされた場合、インバータ10の消費電力も増大し、発熱も大きくなる。従って、高周波非同期変調が行われる期間は、消費電力の増加に伴う発熱が許容可能な許容時間(温度上昇許容時間)内に限定されることが好ましい。本実施形態では、高周波非同期変調は、所定の実行時間T1(高周波非同期変調実行時間)の間、実行される。この実行時間T1は、安定時間(交流電流安定時間)以上、許容時間(温度上昇許容時間)未満の長さに設定されていると好適である(図18を参照して後述する。)。
(B)変調方式の切換えは、3相の交流電圧の関係を表す電圧位相に基づいて規定される遷移期間TPに行われる(図9参照)。例えば、この遷移期間TPは、3相の交流電圧(3相の変調パルスと等価)の内の1相の信号レベルがハイレベル又はローレベルに固定され、当該1相の信号レベルが固定されている期間中に他の2相の信号レベルが変化する2相変調の状態となる電圧位相の期間(TP1〜TP6)に設定されている。尚、このような電圧位相の期間(TP1〜TP6)は、変調方式が同期変調から非同期変調へと切換わる場合、同期変調における電圧位相に応じて設定される。一方、変調方式が非同期変調から同期変調へと切換わる場合には、この期間(TP1〜TP6)は、変調方式が切り替わった直後の同期変調における電圧位相に応じて設定されると好適である。換言すれば、変調方式が非同期変調から同期変調へと切換わる場合には、変調方式が同期変調であると仮定した場合の電圧位相に基づいて、この期間(TP1〜TP6)が設定されると好適である。
発明者らによるシミュレーションによれば、上記の(A)及び(B)の内、何れか一方だけを実施した場合であっても、交流電流の最大値(絶対値)が低減されることが確かめられている。当然ながら、(A)及び(B)の双方を適用して変調方式を切換えると、さらに効果は大きくなる。
図10は、(A)を適用して変調方式を切換えた場合の波形を示している。図6と図10との比較により明らかなように、図10では図6に比べて非同期変調のキャリア周波数が高くなり、変調パルスが密になっている。その結果、交流電流のリップルは、“RP1”から“RP3”へと約半分に低減されている。また、3相の交流電流のアンバランス、具体的にはピーク値の差も“UB1”から“UB3”へと大きく低減されている。変調方式を切換える際の電圧位相は、図6と図10とで同じ位相“θb”であるが、リップルやアンバランスが低減されたことによって、切換え時の電流の絶対値が小さくなっている。即ち、変調方式の切換え時に、交流電流に過渡電流が重畳されても、(A)を適用することで、ピーク値(絶対値)が小さくなっている。
上述したように、非同期変調において変調パルスを生成する基準となるキャリアの周波数が低い場合(第1キャリア周波数cf1の場合)には、キャリアの周波数が相対的に高い場合(第2キャリア周波数cf2の場合)に比べて、直流から交流への変換に当たっての分解能が低くなり、交流の電流における脈動(リップル)が大きくなる。また、非同期変調では、交流電圧や交流電流の位相と、変調パルスの位相とが、交流の各周期によって異なるため、交流波形も安定せず、アンバランスが生じることも多い。第2キャリア周波数cf2のキャリアを用いて非同期変調を行う高周波非同期変調を行うことによって、直流から交流への変換に当たっての分解能が高くなり、脈動も低減され、交流電流の波形もより安定する。
この第2キャリア周波数cf2は、第1キャリア周波数cf1よりも大きい値であり、“N”を1よりも大きい値として、“cf2=cf1×N”で示される周波数である。回転電機制御装置2の構成を簡素化する上では、第2キャリア周波数cf2は、第1キャリア周波数cf1の整数倍であると好適である。例えば、第2キャリア周波数cf2は、第1キャリア周波数cf1の2倍や3倍であると好適である。本実施形態(図6に対する図10、図13)では、第2キャリア周波数cf2が第1キャリア周波数cf1の2倍である形態を例示している。上述したように、本実施形態では、第1キャリア周波数cf1は、同期変調(9パルス変調)の変調周波数の約半分であるから、第2キャリア周波数cf2は、同期変調の変調周波数とほぼ等価となる。
1つの態様として、第2キャリア周波数cf2は、変調方式を切換える際の同期変調の変調パルスの周波数に基づいて設定されていると好適である。図2及び図3を参照して上述したように、一般的には、相対的に回転電機80の回転速度が低回転速度の場合に非同期変調が用いられ、高回転速度の場合に同期変調が用いられる。従って、変調方式を切換えるときの回転電機80の回転速度は、比較的高回転速度側である場合が多い。第1キャリア周波数cf1による非同期変調では、回転電機80の回転速度に拘わらず、変調パルスの平均周波数(変調周波数)は同じである。一方、同期変調では、回転電機80の回転速度に応じて変調パルスの平均周波数は変化する。例えば、本実施形態においては、変調方式が切換わる時点の変調周波数は、同期変調の方が高く、同期変調の変調周波数は、第1キャリア周波数cf1よりも高い。
特に複数パルス変調が行われる場合には、交流電流の脈動の低減や、各相での振幅の安定化が考慮されてパルス数(変調周波数)が設定されていることが多い。従って、変調方式が切換わる際の同期変調の変調周波数に基づいて、交流電流の脈動が低減され、各相での振幅が安定するように、高周波非同期変調の変調周波数が設定されると好適である。本実施形態では、第1キャリア周波数cf1が、同期変調(9パルス変調)の変調パルスの周波数は、第1キャリア周波数cf1の約2倍であるから、この関係に基づいて、第2キャリア周波数cf2を、第1キャリア周波数cf1の2倍に設定すると好適である。
ところで、変調方式を切換える条件には、回転速度の他に直流リンク電圧Vdcや、回転電機80のトルクも加えられる場合がある。換言すれば、変調方式が切換わる際の同期変調(例えば9パルス変調)の変調周波数も変動する可能性がある。従って、第2キャリア周波数cf2は可変周波数であってもよい。1つの態様として、第2キャリア周波数cf2が、変調方式を切換える際の当該同期変調の変調パルスの周波数(変調周波数)に基づいて設定されている場合、第2キャリア周波数cf2が可変周波数であって、変調方式を切換える都度、当該切換えの際の同期変調の変調周波数に適合するように設定されてもよい。
但し、このように第2キャリア周波数cf2を可変周波数とすると、回転電機制御装置2の演算負荷を増大させる可能性もある。従って、第2キャリア周波数cf2は、インバータ10の動作条件が最悪条件となる場合において、変調方式が切換わる際の当該同期変調の変調周波数に応じた一定値として設定されていてもよい。具体的には、第2キャリア周波数cf2は、インバータ10の直流側端子に最大定格電圧が印加され、回転電機80が最大定格トルクを出力し、回転電機80の回転速度が最大定格トルクを出力可能な範囲の最高回転速度であるという条件における同期変調の変調パルスの周波数に応じて設定されていると好適である。この条件は、インバータ10の発熱が最大となる最悪条件ということができる。この条件下における変調周波数に応じて第2キャリア周波数cf2を規定することによって、耐熱等の条件を満たした状態で高周波非同期変調を実施することができる。
尚、変調方式は、少なくとも回転速度に基づいて行われるが、回転速度の変動によって変調方式が頻繁に切換わるハンチングを防止するために、非同期変調から同期変調への切換えの回転速度と、同期変調から非同期変調への切換えの回転速度とを異なる回転速度としてもよい。この場合、当該回転速度に対応する同期変調の変調周波数も異なる。従って、第2キャリア周波数cf2が固定周波数の場合であっても、少なくとも2種類の周波数が設定されていてもよい。
図11は、(B)の形態によって変調方式を切替えた場合の波形を示している。図6(及び図10)に例示した形態では、電圧位相が“θb”の時に変調方式を切換えていたが、本例では、電圧位相が“θa”の時に変調方式を切換えている。図11では、変調パルスが切換わっているために判りにくいが、電圧位相“θa”は、V相電圧(V相変調パルスと等価、以下同様)の信号レベルがハイ状態に固定され、当該固定期間中に、U相電圧及びW相電圧の信号レベルが変化する2相変調の状態となる位相範囲(遷移期間TP)に含まれている。換言すれば、図11に例示した形態において、非同期変調と同期変調との間での変調方式の切換えは、3相の交流電圧の関係を表す電圧位相に基づいて規定される遷移期間(TP)に行われている。
また、電圧位相“θa”の直前には、V相電圧がローレベルとなる状態がある。この状態は、U,V,W相の3相全てがローレベルとなる状態であり、後述するように、“000”で示されるゼロベクトルの状態である。インバータ10の交流側の相数が3相である場合、当該3相の電圧位相(変調パルスの電圧位相とほぼ等価)によって8つの空間ベクトルを定義することができる。具体的には、100,010,001,110,101,011,111,000の8つの空間ベクトルを定義することができる。この内、111及び000はゼロベクトルと称され、他の6つはアクティブベクトルと称される。尚、空間ベクトルは、電圧位相と相関関係があるため、以下の説明において空間ベクトル(空間ベクトルの状態)及び電圧位相は、同じ条件を示す対象として用いる場合がある。
図12を参照して後述するように、発明者らによるシミュレーションによれば、変調方式の切換えの前後がアクティブベクトル期間である場合には、過渡電流の影響による交流電流の絶対値が大きくなる傾向があることが確認された。逆に、変調方式の切換えの前後がゼロベクトル期間である場合には、過渡電流の影響による交流電流の絶対値が小さい傾向がある。従って、3相の交流電圧がゼロベクトル状態となる期間が直前及び直後の少なくとも何れかに存在する電圧位相の期間が、遷移期間TPとして設定されていると好適である。電圧位相“θa”は、ゼロベクトル状態となる期間が、“θa”の直前及び直後の少なくとも何れかに存在する電圧位相の期間の中に含まれる。
また、電圧位相“θa”は、U相電流がゼロとなる電圧位相でもある。このように、遷移期間TPの期間中であって、3相の交流電流の内の何れか1相の電流がゼロとなる電圧位相(例えばθa)を含む期間に変調方式を切換えると好適である。換言すれば、3相の交流電流の内の何れか1相の電流がゼロとなる電圧位相(例えば“θa”)を含む電圧位相の範囲であって、2相変調となる電圧位相の範囲(TP1〜TP6)、及び、ゼロベクトル状態となる期間が、直前及び直後の少なくとも何れかに存在する電圧位相の範囲(TP11〜TP16)、の何れかの中に含まれる電圧位相の範囲(図12のTP21〜TP26)が、遷移期間TPとして設定されていると好適である。
3相の交流電流は平衡しており、理論的には3相電流の瞬時値はゼロである。従って、3相の内の1相の電流がゼロであるとき、他の2相は、正負それぞれに同じ値である。また、3相電流は、それぞれ位相が120度ずつずれているため、3相の内の1相の電流がゼロである位相では、他の2相の電流は振幅が最大となる位相ではない。従って、過渡電流が重畳されたとしても、ベースとなる電流の絶対値は比較的小さい値である。よって、相の交流電流の内の何れか1相の電流がゼロとなる電圧位相を含む期間に変調方式を切換えると好適である。図11と図6との比較により明らかなように、電圧位相が“θa”では、3相交流電流の何れもが、ピークではない。従って、変調方式の切換えの際に生じる過渡電流が3相交流電流に重畳されても、電流の絶対値を小さい値に留めることができる。
図12は、変調方式を切換える電圧位相と3相交流電流のピーク値(絶対値)との関係のシミュレーション結果を示している。図12の上段の折れ線グラフは、電気角0〜360度の間で、変調方式を切換える電圧位相を4度ずつずらすスイープシミュレーションを行って演算された3相交流電流のピーク値(絶対値)を示している。実線の折れ線グラフ“Ip1”は、(B)のみを適用した場合のシミュレーション結果を示しており、破線の折れ線グラフ“Ip2”は、(A)及び(B)を共に適用した場合のシミュレーション結果を示している。“Ip1”と“Ip2”との比較については後述する。図12の下段は、図9と同様に、3相電圧波形(上段側スイッチング素子31の変調パルスの波形と等価)を示している。
図9及び図12に示すように、遷移期間TPの一例としてのTP1〜TP6は、2相変調の状態となる電圧位相の期間に設定されている。図12の“Ip1”を参照すると、これらの期間TP1〜TP6は、ピーク電流の絶対値が大きい電圧位相をほぼ含まずに設定されていることがわかる。“TP1”や“TP5”には、ピーク電流の絶対値が大きい電圧位相も含まれているが、遷移期間TPは、好適にはさらに範囲が限定されたTP11〜TP16であることが好ましい。TP11〜TP16は、ピーク電流の絶対値が大きい電圧位相をほぼ含まずに設定されているから、遷移期間としてさらに好適である。尚、TP11〜TP16は、3相の交流電圧(3相の変調パルス)がゼロベクトル状態となる期間が直前及び直後の少なくとも何れかに存在する電圧位相の期間である。
また、遷移期間は、TP11〜TP16の中でさらに範囲が限定された電圧位相の範囲であると好適である。図12に示すように、TP11〜TP16の中央部において、TP11〜TP16の1/2〜1/3の電圧位相の範囲(TP21〜TP26)であると好適である。TP21〜TP26は、3相の交流電流の内の何れか1相の電流がゼロとなる電圧位相(例えば“θa”)を少なくとも含む電圧位相の範囲である。図12より明らかなように、これらの電圧位相の範囲(TP21〜TP26)におけるピーク電流の絶対値は、他の電圧位相でのピーク電流の絶対値に比べて全体的に小さい。
図12から明らかなように、より適切なタイミングで変調方式を切換えるためには、遷移期間は適切な幅(位相幅)に制限されていることが好ましい。この位相幅は、回転電機制御装置2の制御周期と回転電機80の電気角との関係に基づいて設定されていると好適である。回転電機80を滑らかに回転させるためには、高回転時における1パルス変調などを除けば、電気角の1周期の間に、5〜9パルスの変調パルスが存在することが好ましい。図9及び図12等を参照すれば、変調パルスのパルス幅が長くなる期間も存在するので、概ね電気角の半周期に5〜9パルスが存在すると考えて、パルス幅(位相幅)を演算することができる。180度中に9パルス存在するとすれば、パルス幅(位相幅)は、20度となる。この位相幅は、概ねTP11〜TP16として例示した遷移期間に対応する。また、TP21〜Tp26として例示した遷移期間TPは、その1/3〜1/2であるから、その位相幅は概ね6〜10度となる。
上述したように、変調パルスのパルス幅(位相幅)は、キャリア周波数によっても変動する。また、変調パルスのパルス幅(位相幅)は、回転電機制御装置2の制御周期によっても異なる。本実施形態では、第1キャリア周波数cf1に対して第2キャリア周波数cf2が2倍の周波数である例を示した。従って、上述した遷移期間TPの位相幅も、約2倍の余裕を持って設定されていると好適である。上記においては、TP21〜Tp26として例示した遷移期間TPが、6〜10度となる形態を例示したが、この位相幅は、6〜20度程度の範囲内に設定されていると好適である。
ところで、図12における“Ip2”は、(A)及び(B)の双方を適用して変調方式を切替えた場合のシミュレーション結果を示している。“Ip1”と“Ip2”とを比較すれば明らかなように、“Ip2”の方がピーク電流の絶対値が小さい。従って、(A)及び(B)の形態を共に適用することによって、変調方式を切換える際の3相交流電流のピーク値の絶対値をさらに低減することができる。
図13は、(A)及び(B)の双方を適用して変調方式を切替えた場合の波形を示している。図13と図6との比較、図13と図10との比較、図13と図11との比較、さらにこれら3つの比較結果を俯瞰することから明らかなように、(A)及び(B)を共に適用することによって、変調方式を切換える際の3相交流電流のピーク値の絶対値を低減することができ、3相交流電流のアンバランスも低減することができる。
以上、変調方式を切換える際の原理について説明したが、以下、回転電機制御装置2による具体的な制御方法について、図14〜図17の状態遷移図を用いて説明する。図14は、(A)及び(B)の何れも行わずに変調方式を切換える場合の状態遷移を例示しており、図6に示した形態に対応する。図15は、(A)の形態を適用して変調方式を切換える場合の状態遷移を例示しており、図8及び図10に示した形態に対応する。図16は、(B)の形態を適用して変調方式を切換える場合の状態遷移を例示しており、図9、図11、図12(“Ip1”)に例示した形態に対応する。図17は、(A)及び(B)の形態を共に適用して変調方式を切換える場合の状態遷移を例示しており、図12(“Ip2”)及び図13の形態に対応する。尚、各状態遷移図において、SW周波数(スイッチング周波数)は、変調パルスの平均周波数(変調周波数)に相当する。
図14に示すように、回転電機制御装置2は、(A)、(B)の何れも行わずに変調方式を切換える場合には、回転速度及び変調率に基づいて変調方式を遷移させる。回転電機制御装置2は、変調パルスを非同期変調によって生成している場合には、回転速度が“ω2”を超え、且つ変調率が“M2”を超える場合に、同期変調に遷移させる(#11)。一方、回転電機制御装置2は、変調パルスを同期変調によって生成している場合には、回転速度が“ω1”未満、且つ変調率が“M1”未満の場合に、非同期変調に遷移させる(#21)。ここで、回転速度のしきい値は、“ω1<ω2”であり、変調率のしきい値は“M1<M2”である。このようにヒステリシスを設けることによって、しきい値の近傍で回転速度や変調率が変動した場合であっても、変調方式がハンチングを起こさないようになっている。
この形態において、非同期変調における制御周期と、同期変調における制御周期とは、“CP1”の同じ周期である。尚、非同期変調における変調周波数(キャリア周波数)は、第1キャリア周波数cf1である。第1キャリア周波数cf1は、制御周期“CP1”の逆数の1/2である。つまり、1回の制御周期において信号レベルが1回変化するように変調パルスが生成される。
図15に示すように、(A)の形態を適用して変調方式を切換える場合にも、回転速度及び変調率に基づいて変調方式を遷移させる。但し、この形態では、回転電機制御装置2は、高周波非同期変調を経て変調方式を切換える。この高周波非同期変調は、所定の実行時間T1の間、実行される。本実施形態では、高周波非同期変調における変調周波数(キャリア周波数)である第2キャリア周波数cf2は、第1キャリア周波数cf1のN倍である。よって、高周波非同期変調を実行する場合の制御周期も短くなり、“CP1”の1/Nの周期である“CP2”となる。
回転電機制御装置2は、変調パルスを非同期変調によって生成している場合には、回転速度が“ω2”を超え、且つ変調率が“M2”を超える場合に、まず、高周波非同期変調に遷移させる(#11)。そして、回転電機制御装置2は、高周波非同期変調に遷移してからの経過時間が所定の実行時間T1以上となった場合に、同期変調に移行させる(#12)。尚、同期変調における制御周期は、高周波非同期変調の制御周期を引き継いで“CP2”であっても良いし、非同期変調と同様の“CP1”であってもよい。一方、回転電機制御装置2は、変調パルスを同期変調によって生成している場合には、回転速度が“ω1”未満、且つ変調率が“M1”未満の場合に、まず、非同期変調に遷移させる(#21)。そして、回転電機制御装置2は、高周波非同期変調に遷移してからの経過時間が所定の実行時間T1以上となった場合に、非同期変調に移行させる(#22)。
回転電機制御装置2は、非同期変調から高周波非同期変調に遷移し、変調パルスを高周波非同期変調によって生成している状態で、回転速度が“ω1”未満、且つ変調率が“M1”未満、且つ、非同期変調から高周波非同期変調に遷移してからの経過時間が実行時間T1以上となった場合には、変調方式を再び非同期変調に遷移させる(#19)。また、回転電機制御装置2は、同期変調から高周波非同期変調に遷移し、変調パルスを高周波非同期変調によって生成している状態で、回転速度が“ω2”を超え、且つ変調率が“M2”を超え、且つ、同期変調から高周波非同期変調に遷移してからの経過時間が実行時間T1以上となった場合には、変調方式を再び同期変調に遷移させる(#29)。
図16に示すように、(B)の形態を適用して変調方式を切換える場合にも、回転速度及び変調率に基づいて変調方式を遷移させる。但し、この形態では、回転電機制御装置2は、電圧位相が遷移期間TPの範囲内において変調方式を切換える。回転電機制御装置2は、変調パルスを非同期変調によって生成している場合には、回転速度が“ω2”を超え、且つ変調率が“M2”を超え、且つ、その際の電圧位相が遷移期間TPに含まれる場合に、同期変調に移行させる(#13)。一方、回転電機制御装置2は、変調パルスを同期変調によって生成している場合には、回転速度が“ω1”未満、且つ変調率が“M1”未満、且つ、その際の電圧位相が遷移期間TPに含まれる場合に、非同期変調に移行させる(#23)。
遷移期間TPは、図16(及び図9、図12)に例示するように、電気角1周期の間に、6箇所存在する。従って、図16に示すように、θ2を超えθ3未満の範囲、θ4を超えθ5未満の範囲、θ6を超えθ7未満の範囲、θ8を超えθ9未満の範囲、θ10を超えθ11未満の範囲、θ12を超え360度以下且つ0度以上θ1未満の範囲の何れかである場合に、変調方式を切換える。ここでは、遷移期間TPについて、nを偶数、mを奇数として、「θnを超えθm未満」の範囲と規定したが、当然ながら境界条件は「以上及び以下」でもよい。即ち、遷移期間TPは、「θn以上θm以下」の範囲や、「θnを超えθm以下」の範囲や、「θn以上θm未満」の範囲、として規定されてもよい。また、θ1〜θ12は、図9及び図12に例示したTP1〜TP6を規定する電圧位相であっても良いし、TP11〜TP16を規定する電圧位相であってもよい。当然ながら、図12に例示したTP21〜TP26を規定する電圧位相であってもよい。
図17に示すように、図15及び図16に例示した条件を組み合わせることによって、(A)及び(B)の形態を適用して変調方式を切換えることができる。回転電機制御装置2は、変調パルスを非同期変調によって生成している場合には、回転速度が“ω2”を超え、且つ変調率が“M2”を超える場合に、まず、高周波非同期変調に遷移させる(#11)。そして、回転電機制御装置2は、高周波非同期変調に遷移してからの経過時間が実行時間T1以上となり、且つ、その際の電圧位相が遷移期間TPに含まれる場合に、同期変調に移行させる(#15)。一方、回転電機制御装置2は、変調パルスを同期変調によって生成している場合には、回転速度が“ω1”未満、且つ変調率が“M1”未満、且つ、その際の電圧位相が遷移期間TPに含まれる場合に、まず、高周波非同期変調に移行させる(#23)。そして、回転電機制御装置2は、高周波非同期変調に遷移してからの経過時間が所定の実行時間T1以上となった場合に、非同期変調に移行させる(#22)。
回転電機制御装置2は、非同期変調から高周波非同期変調に遷移し、変調パルスを高周波非同期変調によって生成している状態で、回転速度が“ω1”未満、且つ変調率が“M1”未満、且つ、非同期変調から高周波非同期変調に遷移してからの経過時間が実行時間T1以上となった場合には、変調方式を再び非同期変調に遷移させる(#19)。また、回転電機制御装置2は、同期変調から高周波非同期変調に遷移し、変調パルスを高周波非同期変調によって生成している状態で、回転速度が“ω2”を超え、且つ変調率が“M2”を超え、且つ、同期変調から高周波非同期変調に遷移してからの経過時間が実行時間T1以上であり、且つ、その際の電圧位相が遷移期間TPに含まれる場合には、変調方式を再び同期変調に遷移させる(#28)。
以下、高周波非同期変調が実行される所定の実行時間T1(高周波非同期変調実行時間)の設定条件について説明する。上述したように、実行時間T1は、安定時間(交流電流安定時間)以上、許容時間(温度上昇許容時間)未満の長さに設定されていると好適である。これらの安定時間及び許容時間は、回転電機駆動装置1、回転電機制御装置2、回転電機80などの仕様や、動作条件(環境条件)に基づいて、固定値として設定されていてもよいし、高周波非同期変調を実行する都度、その際の条件(仕様及び動作条件)に基づいて浮動値として設定されてもよい。
上述したように、変調周波数(キャリア周波数)が高くなると、より高い周波数の変調パルスによってスイッチング素子3がスイッチングされることになるため、インバータ10の消費電力も増大し、発熱も大きくなる。従って、高周波非同期変調の実行時間は、消費電力の増加に伴う発熱が許容可能な許容時間(温度上昇許容時間)内に限定されることが好ましい。この許容時間は、実行時間T1(高周波非同期変調実行時間)の最大値である。例えば、図18に例示するように、許容時間は、変調周波数(SW周波数)が高いほど短い時間となる。但し、許容可能な上昇温度は、高周波非同期変調の開始時のスイッチング素子3(インバータ10)の温度(初期温度)によって異なる。つまり、初期温度が低い場合には、初期温度が高い場合に比べて許容できる上昇温度も高くなる。従って、図18に例示すように初期温度に応じて異なる複数の周波数特性に基づいて、許容時間が規定されると好適である。図18には、それぞれ初期温度がTemp1、Temp2、Temp3の際の周波数特性を例示している。ここで、初期温度は、Temp1が最も低く、Temp3が最も高い。即ち、許容時間は、高周波非同期変調の開始時のスイッチング素子3(インバータ10)の初期温度が高いほど短く、高周波非同期変調の実行時の変調周波数(第2キャリア周波数)が高いほど短い時間である。
また、上述したように、高周波非同期変調は、電流波形が安定する時間(安定時間(交流電流安定時間))、継続されることが好ましい。この安定時間は、実行時間T1(高周波非同期変調実行時間)の最小値である。安定時間は、主として回転電機80の仕様に応じて規定される時間であり、回転電機80の安定性を確保できる最低限の時間である。この時間は、回転電機80の仕様(電磁気的なパラメータ)によって定まる。制御周期(CP)との関係では、3相交流の電圧のアンバランスによる電流のアンバランスが解消される制御周期の数(少なくとも1〜2周期)に対応する時間が安定時間として規定されると好適である。
〔その他の実施形態〕
以下、その他の実施形態について説明する。尚、以下に説明する各実施形態の構成は、それぞれ単独で適用されるものに限られず、矛盾が生じない限り、他の実施形態の構成と組み合わせて適用することも可能である。
(1)上記においては、非同期変調と同期変調との間で変調方式を切換える形態として、空間ベクトルパルス幅変調と9パルス変調との間で変調方式を切換える形態を例示して説明した。しかし、非同期変調に空間ベクトルパルス幅変調以外の形態が存在すること、及び同期変調に9パルス変調以外の形態が存在することも上記において例示している。従って、非同期変調と同期変調との間で変調方式を切換える形態は、上述した形態に限定されるものではない。
(2)上記においては、第1キャリア周波数cf1が、変調方式を切換える際の同期変調の変調周波数の約1/2である場合を例示した(図6に対する図10、図13を参照)。また、第2キャリア周波数cf2は、第1キャリア周波数cf1の2倍の周波数である場合を例示した。第2キャリア周波数cf2は、変調方式を切換える際の同期変調の変調周波数よりも高くても良いし、低くてもよい。尚、第2キャリア周波数cf2が、変調方式を切換える際の同期変調の変調周波数よりも高い場合には、インバータ10の消費電力の増加により、発熱も増加する可能性がある。従って、上述した許容時間は短くなり、設定可能な実行時間T1の最大値も小さくなる。第2キャリア周波数cf2は、交流電流の波形が安定するために充分な時間が確保できる範囲内であれば、変調方式を切換える際の同期変調の変調周波数よりも高い周波数に設定可能である。
一方、同期変調の変調周波数は、インバータ10の温度上昇を考慮して設定されているため、第2キャリア周波数cf2が、変調方式を切換える際の同期変調の変調周波数よりも低い場合には、許容時間については気にする必要はない。但し、変調周波数が低いと、交流の電流波形が安定するまでの時間が長くなる傾向がある。従って、変調方式を切換える際の同期変調の変調周波数よりも低い周波数を第2キャリア周波数cf2とする場合には、回転電機80の制御の応答性を損なわない範囲の値が設定されることが好ましい。
(3)上記においては、変調方式が非同期変調から同期変調へと切換わる場合、遷移期間TPを変調方式が切り替わった直後の同期変調における電圧位相(変調方式が同期変調であると仮定した場合の電圧位相)に基づいて設定すると好適であると説明した。この形態の方が好ましいが、変調方式が非同期変調から同期変調へと切換わる場合、非同期変調によるパルスの電圧位相に基づいて遷移期間TPを設定することを妨げるものではない。
〔実施形態の概要〕
以下、上記において説明した回転電機制御装置(2)の概要について簡単に説明する。
直流電力と3相の交流電力との間で電力変換するインバータ(10)を介して交流の回転電機(80)を制御する回転電機制御装置(2)は、1つの態様として、
前記回転電機(80)の回転に同期しないキャリア周波数(cf1)を有するキャリアに基づいて生成される変調パルスによって前記インバータ(10)をスイッチング制御する非同期変調と、前記回転電機(80)の回転に同期して生成される変調パルスによって前記インバータ(10)をスイッチング制御する同期変調と、を少なくとも前記回転電機(80)の回転速度を含む前記回転電機(80)の動作条件に応じて切換え、
前記非同期変調と前記同期変調との間での変調方式の切換えは、3相の交流電圧の関係を表す電圧位相に基づいて規定される遷移期間(TP)に行われ、前記遷移期間(TP)は、3相の交流電圧の内の1相の信号レベルがハイレベル又はローレベルに固定され、当該1相の信号レベルが固定されている期間中に他の2相の信号レベルが変化する2相変調の状態となる前記電圧位相の期間に設定されている。
複数相の交流電流の何れか1相の電流が最大振幅である位相において変調方式が切換わると、当該最大電流に対して過渡電流が重畳されることになるので、交流電流の絶対値の最大値は大きくなる。従って、そのような位相で変調方式を切換えることを避け、より好ましい位相において変調方式を切換えると好適である。多くの場合、インバータ(10)は、電圧制御型であり、交流電圧の電圧位相(変調パルスの電圧位相とほぼ等価)によって変調方式を切換えるタイミングが規定されると好適である。インバータ(10)の交流側の相数が3相である場合、1相の電圧レベルが固定され、他の2相の電圧レベルが変化する2相変調のフェーズと、2相の電圧レベルが固定され、残りの1相の電圧レベルが変化する1相変調のフェーズとが発生し得る。1相変調のフェーズでは、3相の内の何れか1相の電流の振幅が大きくなり、過渡電流が重畳される基本電流の絶対値が大きくなる。発明者らによる実験やシミュレーションによれば、1相変調のフェーズで変調方式を切換えると、2相変調のフェーズで変調方式を切換える場合に比べて、過渡電流の影響によって交流電流の絶対値が大きくなる傾向があることが確認されている。従って、変調方式の切換えは、2相変調の状態となる電圧位相の期間に行われることが好ましい。
また、3相の交流電圧の全ての信号レベルがハイレベル、又は3相の交流電圧の全ての信号レベルがローレベルである状態をゼロベクトル状態として、前記3相の交流電圧が前記ゼロベクトル状態となる期間が直前及び直後の少なくとも何れかに存在する前記電圧位相の期間に、前記遷移期間(TP)が設定されていると好適である。インバータ(10)の交流側の相数が3相である場合、当該3相の電圧位相(変調パルスの電圧位相とほぼ等価)によって8つの空間ベクトルが実現される。具体的には、100,010,001,110,101,011,111,000の8つの空間ベクトルが実現できる。この内、111及び000はゼロベクトルと称され、他の6つはアクティブベクトルと称される。発明者らによるシミュレーションによれば、変調方式の切換えの前後がアクティブベクトル期間である場合には、過渡電流の影響による交流電流の絶対値が大きくなる傾向があることが確認されている。逆に、変調方式の切換えの前後がゼロベクトル期間である場合には、過渡電流の影響による交流電流の絶対値が小さい傾向がある。従って、上述したように遷移期間(TP)が設定されていると好適である。
また、回転電機制御装置(2)は、前記遷移期間(TP)の期間中であって、3相の交流電流の内の何れか1相の電流がゼロとなる前記電圧位相を含む期間に前記変調方式を切換えると好適である。3相の交流電流は平衡しており、理論的には3相電流の瞬時値はゼロである。従って、3相の内の1相の電流がゼロであるとき、他の2相は、正負それぞれに同じ値である。また、3相電流は、それぞれ位相が120度ずつずれているため、3相の内の1相の電流がゼロである位相では、他の2相の電流は振幅が最大となる位相ではない。従って、過渡電流が重畳されたとしても、ベースとなる電流の絶対値は最大振幅ではない。よって、3相の交流電流の内の何れか1相の電流がゼロとなる電圧位相を含む期間に変調方式を切換えると好適である。
また、1つの態様として、回転電機制御装置(2)は、前記非同期変調における前記キャリア周波数(cf1)を第1キャリア周波数(cf1)とし、前記非同期変調と前記同期変調との間で変調方式を切換える場合に、前記第1キャリア周波数(cf1)よりも高い周波数である第2キャリア周波数(cf2)に基づいて変調パルスを生成する高周波非同期変調を経て変調方式を切換え、前記高周波非同期変調と前記同期変調との間での変調方式の切換えが、前記遷移期間(TP)に行われると好適である。
非同期変調において変調パルスを生成する基準となるキャリアの周波数が相対的に低い場合には、直流から交流への変換に当たって分解能が相対的に低くなるため、キャリアの周波数が相対的に高い場合に比べて、交流の電流における脈動(リップル)が大きくなる。このような脈動成分により交流電流の絶対値が大きくなっている位相において、変調方式の切換えに起因する過渡電流が重畳されると、さらに交流電流の絶対値が大きくなる可能性がある。また、非同期変調では、交流電圧や交流電流の位相と、変調パルスの位相とが、交流の各周期によって異なるため、交流電圧や交流電流の波形も安定していない。換言すれば、複数相の各相、さらには同一相であっても周期ごとに交流電流の最大振幅が異なることがある。交流電流の最大振幅が大きくなっている周期において、波形のピークの近くに過渡電流が重畳されると、交流電流の絶対値が大きくなる。しかし、本構成のように、変調方式を切換える際に、キャリアの周波数を高くした高周波非同期変調が実行されると、直流から交流への変換に当たっての分解能も高くなるため、上述したような脈動も低減され、交流電流の波形もより安定する。その結果、非同期変調と同期変調とを切り替える際に生じる過渡電流の影響による交流電流の絶対値の最大値を低減することができる。
ここで、前記同期変調の変調パルスは、前記回転電機(80)の回転速度に応じた周波数を有し、前記第2キャリア周波数(cf2)は、変調方式を切換える際の当該同期変調の変調パルスの周波数に基づいて設定されていると好適である。一般的には、相対的に回転電機(80)の回転速度が低回転速度の場合に非同期変調が用いられ、高回転速度の場合に同期変調が用いられる。従って、変調方式を切換えるときの回転電機(80)の回転速度は、比較的高回転速度側である場合が多い。第1キャリア周波数(cf1)による非同期変調では、回転電機(80)の回転速度に拘わらず、変調パルスの平均周波数(変調周波数)は同じであるから、回転電機(80)の回転速度が高くなるほど、電気角1周期当たりの変調パルスの数が少なくなる。一方、同期変調(1パルスはもちろん、複数パルス変調でも)では、回転電機(80)の回転速度に拘わらず、電気角1周期当たりの変調パルスの数は一定であり、回転速度に応じて変調パルスの平均周波数は変化する。このため、比較的高回転速度側で変調方式が切換わるときには、非同期変調に比べて同期変調の方が、変調周波数が高い場合が多い。特に複数パルス変調が行われる場合には、交流電流の脈動の低減や、各相での振幅の安定化が考慮されてパルス数(変調周波数)が設定されていることが多い。従って、変調方式が切換わる際の同期変調の変調周波数に基づいて高周波非同期変調の変調周波数が設定されると、交流電流の脈動が低減され、各相での振幅を安定させることができる。
ここで、前記第2キャリア周波数(cf2)が、変調方式を切換える際の当該同期変調の変調パルスの周波数に基づいて設定されている場合において、さらに、前記第2キャリア周波数(cf2)は、前記インバータ(10)の直流側端子に最大定格電圧が印加され、前記回転電機(80)が最大定格トルクを出力し、前記回転電機(80)の回転速度が前記最大定格トルクを出力可能な範囲の最高回転速度であるという条件における前記同期変調の変調パルスの周波数に応じて設定されていると好適である。この条件は、インバータ(10)の発熱が最大となる最悪条件ということができる。この条件下における同期変調の変調周波数に応じて第2キャリア周波数(cf2)を規定することによって、耐熱等の条件を満たした状態で高周波非同期変調を実施することができる。
また、前記第2キャリア周波数(cf2)が、変調方式を切換える際の当該同期変調の変調パルスの周波数に基づいて設定されている場合において、前記第2キャリア周波数(cf2)が、可変周波数であり、変調方式を切換える都度、当該切換えの際の前記同期変調の変調パルスの周波数に適合するように設定されると好適である。変調方式は、少なくとも回転速度に基づいて切換えられるが、回転速度の変動によって頻繁に変調方式が切換わること(ハンチング)を防止するために、非同期変調から同期変調への切換えの回転速度と、同期変調から非同期変調への切換えの回転速度とが異なる場合もある。また、変調方式の切換えは、回転速度だけではなく、回転電機(80)の出力トルクや、インバータ(10)の直流側端子の電圧(直流リンク電圧(Vdc))も含めた条件によって行われる場合もある。このため、変調方式が切換わる際の同期変調による変調周波数は一定とは限らない。従って、高周波非同期変調の際の変調周波数(第2キャリア周波数(cf2))も一定である必要はない。変調方式が切換わる際の同期変調による変調周波数に応じて、その都度、第2キャリア周波数(cf2)を設定することも好適な形態である。
ところで、高周波非同期変調は、電流波形が安定する時間、継続されることが好ましい。但し、より高い周波数の変調パルスによってインバータ(10)のスイッチング素子(3)がスイッチングされた場合、インバータ(10)の消費電力も増大し、発熱も大きくなる。従って、高周波非同期変調の実行時間(T1)は、消費電力の増加に伴う発熱が許容可能な許容時間内であることが好ましい。この許容時間は、変調周波数(キャリア周波数)が高いほど短い時間となる。また、許容可能な上昇温度は、高周波非同期変調の開始時のインバータ(10)の温度(初期温度)によって異なる。つまり、初期温度が低い場合には、初期温度が高い場合に比べて許容できる上昇温度も高くなる。従って、前記高周波非同期変調の実行時間(T1)は、前記高周波非同期変調の開始時のインバータ(10)の温度が高くなるのに応じて短く、第2キャリア周波数(cf2)が高くなるのに応じて短い時間であると好適である。