特許文献3に記載されているように、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成しようとしたときに、燃料噴射量が比較的少ないときには、混合気層をコンパクトにすることが容易であるため、周囲に断熱ガス層を形成し易い。これに対し、燃料噴射量が多くなったときには、噴射した燃料が拡散することで混合気層をコンパクトにすることが難しくなり、混合気層が燃焼室の壁面に接触するようになって、周囲の断熱ガス層を確保することが困難になる。断熱ガス層が形成されないことによって、冷却損失の低減が達成されなくなる。
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、直噴エンジンにおいて、燃焼室内に混合気層と断熱ガス層とを確実に形成することにある。
燃料噴射量が多くなったときに、燃料を一括で噴射すると、前述の通り、燃料が拡散して断熱ガス層が形成できなくなる。そこで、例えば燃焼室内に燃料を噴射する第1噴射を行った後に、所定の間隔を空けて第2噴射を行うといったように、燃料噴射を複数回に分けて行うことが考えられる。
ここで、分割噴射を行う際に、噴射と噴射との時間間隔を広くする(つまり、噴射と噴射との間の休止時間を長くする)と、先の噴射によって噴射した燃料噴霧と、後の噴射によって噴射した燃料噴霧とが、燃焼室内において重なることが抑制され、局所的に過濃な混合気が形成されることを防止することができる。これは、スモークの発生を抑制する。
しかしながら、エンジン回転数が高くなると、クランク角が変化することに対する時間の経過が短くなるため、噴射と噴射との間の休止時間が短くなってしまう。燃料噴射弁から燃料が噴射されることに伴い燃焼室内に形成される噴霧流れは、周囲の空気(又は空気を含むガス)を巻き込むようになるが、噴射と噴射との間の休止時間が短くなると、後から噴射した燃料噴霧が、先に噴射された燃料噴霧による空気流れに引き寄せられる結果、先に噴射された燃料噴霧と重なってしまう。
そこで、後から噴射する燃料噴射の噴射終了時期(つまり、クランク角)を遅らせることによって、噴射と噴射との間の休止時間を長くすることが考えられるが、着火までの間に燃料の気化及び燃料と空気とのミキシングを行うことを考慮すると、後から噴射する燃料噴射の噴射終了時期を遅らせることができない。また、先に噴射する燃料噴射の噴射開始時期を進角させることによって、噴射と噴射との間の休止時間を長くすることも考えられるが、噴射開始時期を進角させると、シリンダ内の圧力及び温度が低いときに燃料を噴射することになるため、先の噴射によって噴射した燃料噴霧が拡散し易く、その結果、混合気が燃焼室の壁面に接触し易くなる。
本願発明者等は、この点に着目して、複数の燃料噴射を行うことを前提に、エンジンの回転数の高低に拘わらず、先の噴射によって噴射した燃料噴霧と後の噴射によって噴射した燃料噴霧との重なりを回避しつつ、混合気層が燃焼室の壁面に接触してしまうことを防止するように、燃料噴射の噴射形態を工夫することにした。
具体的に、例えば外開弁式の燃料噴射弁のように、リフト量が大きくなるほど、燃料を噴射する噴口の有効開口面積が大きくなるように構成された燃料噴射弁においては、燃料圧力が一定という条件の下で、噴口の有効開口面積が広くなると、燃料の噴射速度が低下する。また、噴口の有効開口面積が狭くなりすぎると、燃料が噴口を通過する際の、噴口の壁面と燃料との摩擦の影響が大きくなり、この場合も、燃料の噴射速度が低下する。従って、燃料の噴射速度が最高となるリフト量が存在し、リフト量がその最高速度リフト量よりも大きくても小さくても、燃料の噴射速度は低下する。尚、この最高速度リフト量は、比較的小さい。
また、燃料噴射弁のリフト量を大きくして噴口の有効開口面積を大きくすると、燃料に作用する抵抗、すなわち、燃料の流量に対する壁面摩擦抵抗の割合が小さくなるため、燃料噴射を開始した後、燃料の噴射速度が速やかに上昇する。逆に、燃料噴射弁のリフト量を小さくして噴口の有効開口面積を小さくすると、燃料に作用する抵抗が大きくなるため、燃料噴射を開始した後、燃料の噴射速度が上がり難くなる。
このような特性から、燃料噴射弁のリフト量を大きくしかつ、噴射期間を短くした噴射態様と、燃料噴射弁のリフト量を小さくしかつ、噴射期間を長くした噴射態様とを比較すると、前者の噴射態様は、燃料の噴射開始後、速やかに燃料の噴射速度が上昇するものの、到達する噴射速度は比較的低くなるのに対し、後者の噴射態様は、燃料の噴射開始当初の噴射速度は低くなるものの、後半の噴射速度は比較的高くなる。
本願発明者らは、こうした燃料噴射弁の特性に着目して、ここに開示する技術を完成するに至ったものである。具体的にここに開示する技術は、直噴エンジンの燃料噴射制御装置に係り、この装置は、シリンダヘッドの天井部と、シリンダブロックに設けられたシリンダと、前記シリンダ内を往復動するピストンとによって区画される燃焼室を有して構成されたエンジン本体と、前記燃焼室内に、液体の燃料を噴射するように配設された燃料噴射弁を有しかつ、少なくとも圧縮行程の後半で、前記燃料を前記燃焼室内に噴射するよう構成された燃料噴射制御部と、を備える。
そして、前記燃料噴射弁は、リフト量が大きくなるほど、前記燃料を噴射する噴口の有効開口面積が大きくなるように構成され、前記燃料噴射制御部は、前記エンジン本体の運転状態が、所定の低回転領域にあるときには、所定の第1リフト量でかつ、所定の第1噴射期間で燃料を噴射する第1噴射を行った後に、前記第1リフト量よりも小さい第2リフト量でかつ、前記第1噴射期間よりも長い第2噴射期間で燃料を噴射する第2噴射を行い、前記エンジン本体の運転状態が、前記低回転領域よりも回転数の高い高回転領域にあるときには、前記第2噴射を行った後に、前記第1噴射を行う。
この構成によると、エンジン本体の運転状態が所定の低回転領域にあるときには、第1噴射を行った後に、第2噴射を行う。第1噴射は、相対的にリフト量が高くかつ、相対的に噴射期間が短い噴射である。第1噴射は、このような噴射態様により、前述したように燃料の噴射開始後、速やかに燃料の噴射速度が上昇する。第1噴射によって噴射された燃料噴霧は、燃焼噴射弁から離れた位置まで到達するようになる。これによって、燃焼室内の空気の利用率が高まる。
第1噴射はリフト量が比較的高いため、噴射速度はそれほど高くならない。また、エンジン本体が低回転であるため、後述の通り、第1噴射と第2噴射との間の休止時間を長く確保することが可能である。このため、第1噴射の噴射開始時期を遅い時期にすることが可能である。第1噴射は、その一部又は全部を圧縮行程の後半に行ってもよい。ここで、圧縮行程の後半は、圧縮行程期間を前半と後半との2つの期間に2等分したときの後半に相当する。こうすることで、第1噴射を行うときのシリンダ内の圧力及び温度は高くなっている。これにより、燃料噴霧が飛びすぎることが回避でき、燃料噴霧が燃焼室の壁面に接触することが回避される。こうして、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成することが可能になる。尚、ここでいう燃焼室は、ピストンが上死点に至ったときのシリンダ内空間に限定されず、ピストン位置に拘わらず、シリンダヘッドの天井部とシリンダとピストンとによって区画される空間である、広義の燃焼室である。
第2噴射は、相対的にリフト量が低くかつ、相対的に噴射期間が長い噴射である。第2噴射は、このような噴射態様により、前述したように燃料の噴射速度が、噴射開始当初は低くなる。第2噴射によって噴射された燃料噴霧が、第1噴射によって噴射された燃料噴霧に追いつくことが防止される。また、第2噴射は、第1噴射との間に長い休止時間を空けた後に行われる。このため、第2噴射によって噴射された燃料噴霧が引き寄せられて、燃料噴霧同士が重なることが回避される。こうして、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と第2噴射によって噴射された燃料噴霧とは、その噴射方向に位置がずれるようになる。
また、燃料噴射弁から燃料が噴射されることに伴い燃焼室内に形成される噴霧流れは、前述したように、周囲の空気を巻き込むようになる。このときに、燃料噴霧は、燃料噴射弁の先端から広がるように噴射されるが、噴射された燃料噴霧の内側となる燃料噴射弁の噴射軸心の付近には、空気が流れ込み難い。噴射期間が長くなると、燃料噴射弁の噴射軸心の付近は、負圧が強まるようになり、燃料噴霧の内外の圧力差によって燃料噴霧は、燃料噴射弁の噴射軸心に近づくようになる。
第2噴射の噴射期間を相対的に長くすることによって、第2噴射によって噴射された燃料噴霧は、前述した圧力差によって、第1噴射によって噴射された燃料噴霧よりも、噴霧角の角度方向の内側に位置するようになる。第1噴射によって噴射された燃料噴霧と第2噴射によって噴射された燃料噴霧とは、噴射方向に位置がずれるだけでなく、噴霧角の角度方向にも位置がずれるようになる。こうして、局所的に過濃な混合気が形成されることが回避される。また、第1噴射及び第2噴射のそれぞれで噴射した燃料噴霧の配置が異なるため、燃焼室内の空気の利用率も高まる。尚、第2噴射は、ピストンが上死点に至るまで(ピストンが上死点に至った時点を含む)に、終了することが好ましい。
エンジン本体の運転状態が低回転の領域にあるときには、第1噴射を先に、第2噴射を後にすることによって、燃焼室内に混合気層と断熱ガス層とを形成して冷却損失の低減を図りつつ、局所的に過濃な混合気が形成されることを回避してスモークの発生を回避することが可能になる。また、第1噴射を先に、第2噴射を後にすることによって、燃焼室内の空気の利用率も高まる。
これに対し、エンジン本体の運転状態が高回転の領域にあるときには、相対的にリフト量が低くかつ、噴射期間が相対的に長い第2噴射を行い、その後、相対的にリフト量が高くかつ、噴射時間が相対的に短い第1噴射を行う。つまり、高回転領域にあるときには、低回転領域にあるときに対して、第1噴射及び第2噴射の順番を入れ替える。これにより、後から行う第1噴射は、前述したように、噴射開始当初の燃料の噴射速度が高くなるから、先に行った第2噴射に伴う空気流れの影響を受けにくくなる。高回転領域にあるときには、第1噴射と第2噴射との間の休止時間は短くなりがちであるが、第1噴射によって噴射された燃料噴霧が引き寄せられて、第2噴射によって噴射された燃料噴霧と重なってしまうことが防止される。これによって、局所的に過濃な混合気が形成されてしまうことが防止され、スモークの発生が抑制される。
また、エンジン本体の運転状態が高回転領域にあるときには、後から行う第1噴射によって噴射された燃料噴霧の気化時間が短くなってしまうものの、前述したように、第1噴射によって噴射される燃料噴霧の速度は速やかに高まるため、燃料噴霧が分裂及び分散し易くなって、燃料の気化及び燃料と空気との混合に有利になる。つまり、エンジン本体の運転状態が高回転領域にあるときに、第1噴射を後で行うことは、着火までの短い時間内に混合気を速やかに形成する上で有利になる。
一方、エンジン本体の運転状態が高回転領域にあるときには、第2噴射を先に行うものの、前述したように、噴射開始当初の燃料の噴射速度が低くなって、燃料噴霧は飛び難くなる。これにより、燃料噴霧が燃焼室の壁面に接触することが防止される。こうして、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成することが可能になる。
また、第2噴射によって噴射された燃料噴霧は、前述の通り、内外の圧力差によって燃料噴射弁の噴射軸心に近づくようになるから、第1噴射によって噴射された燃料噴霧とは、噴射角の角度方向に位置がずれるようになり、燃料噴霧同士の重なりを防止することが可能になる。
こうして、エンジン本体の運転状態が高回転の領域にあるときには、第2噴射を先に、第1噴射を後にすることによって、燃焼室内に混合気層と断熱ガス層とを形成して冷却損失の低減を図りつつ、局所的に過濃な混合気が形成されることを回避してスモークの発生を回避することが可能になる。
前記燃料噴射制御部は、前記エンジン本体の運転状態が前記高回転領域にあるときには、前記第2噴射の噴射開始時期を、前記エンジン本体の運転状態が前記低回転領域にあるときの前記第1噴射の噴射開始時期よりも進角させる、としてもよい。
エンジン本体の運転状態が高回転領域にあるときには、クランク角の変化に対する時間の経過が短いため、第2噴射と第1噴射との間の休止時間を長く確保しようとすれば、第2噴射の噴射開始時期(つまり、クランク角)を進めることになる。進角させた第2噴射は、圧縮行程期間中に開始するようにすればよい。
第2噴射の噴射開始時期を進めると、シリンダ内の圧力及び温度が低いときに燃料の噴射を行うことになるが、前述したように、第2噴射は、燃料噴射を開始した当初の噴射速度が比較的低い。このため、シリンダ内の圧力及び温度が低い状態で燃料の噴射を開始しても、噴射した燃料噴霧の到達距離を短くすることが可能になる。その結果、燃料噴霧が燃焼室の壁面に接触することを防止することが可能になる。
また、そうして第2噴射の噴射開始時期を進めることによって、第2噴射と第1噴射との間の休止時間も長くすることが可能になり、第2噴射によって噴射された燃料噴霧と第1噴射によって噴射された燃料噴霧とが重なることを回避する上で有利になる。又は、第2噴射の噴射開始時期を進めることに伴い、第1噴射の開始を進めると共に、第1噴射の噴射終了時期を進めることが可能になる。これは、第1噴射の噴射終了から着火までの時間を長くして、第1噴射によって噴射した燃料による混合気の形成に有利になる。
前記燃料噴射弁は、噴口が形成されたノズル本体と、外向きにリフトすることによって前記噴口を開閉する外開弁とを有しかつ、前記噴口からホローコーン状に前記燃料を噴射するよう構成された外開弁式の燃料噴射弁である、としてもよい。
外開弁式の燃料噴射弁は、リフト量が大きくなるほど、燃料を噴射する噴口の有効開口面積が大きくなると共に、ホローコーン状に燃料を噴射する。この外開弁式の燃料噴射弁を用いて、前述した第1噴射及び第2噴射を行うことにより、エンジン本体が低回転領域にあるとき、及び、高回転領域にあるときのそれぞれにおいて、燃焼室内に混合気層と断熱ガス層とを形成しつつ、局所的に過濃な混合気の形成を防止することが可能になる。
外開弁式の前記燃料噴射弁は、前記シリンダヘッドの天井部において、噴射軸心が前記シリンダの軸線に沿うように配設されており、前記天井部には、前記燃料噴射弁の先端部を収容する凹部が、その天井面から凹陥して形成されている、としてもよい。
こうすることで、燃料噴射弁をシリンダヘッドの天井面から奥まった位置に配置することが可能になるため、ピストンが上死点に至ったときの、ピストンの頂面と燃料噴射弁の先端との間隔を、できる限り広くすることが可能になる。これは、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成する上で有利である。
また、前述の通り、外開弁式の燃料噴射弁は、ホローコーン状に燃料を噴射するため、燃料噴射弁から噴射した燃料噴霧が、コアンダ効果によってシリンダヘッドの天井面に付着し易くなる。しかしながら、前記の構成では、シリンダヘッドの天井面から凹陥する凹部を設けることで、燃料噴射弁の先端と凹部の内周面との間隔が広がり、燃料噴射弁から噴射した燃料噴霧が、シリンダヘッドの天井面に付着することが抑制される。
前記ピストンの頂面には、キャビティが形成されており、前記燃料噴射弁は、前記キャビティ内に向かって前記燃料を噴射するように構成されている、としてもよい。
こうすることで、燃料噴射弁から噴射された燃料によって形成される混合気層は、主にキャビティ内に形成され、混合気層とその周囲の断熱ガス層とを形成する上で有利になる。
以上説明したように、前記直噴エンジンの燃料噴射制御装置によると、エンジン本体の運転状態が低回転領域にあるときには、第1リフト量でかつ、第1噴射期間で燃料を噴射する第1噴射を行った後に、第1リフト量よりも小さい第2リフト量でかつ、第1噴射期間よりも長い第2噴射期間で燃料を噴射する第2噴射を行うと共に、エンジン本体の運転状態が、高回転領域にあるときには、第2噴射を行った後に、第1噴射を行うことで、いずれの回転領域においても、混合気層と断熱ガス層とを形成して冷却損失を低減しつつ、各噴射によって噴射した燃料噴霧同士が重なることを防止して、スモークの発生を防止することが可能になる。
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。以下の説明は例示である。
(エンジンの全体構成)
図1は、実施形態に係るエンジン1の構成を示している。エンジン1のクランクシャフト15は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。ここで、エンジン1の燃料は、本実施形態ではガソリンであるが、バイオエタノール等を含むガソリンであってもよい。ここに開示する技術は、様々な種類の液体燃料を用いるエンジンに広く適用することが可能である。
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、シリンダブロック12の内部に複数のシリンダ11が形成されている(図1では、1つのみ示す)。エンジン1は、多気筒エンジンである。シリンダブロック12及びシリンダヘッド13の内部には、図示は省略するが冷却水が流れるウォータージャケットが形成されている。各シリンダ11内には、コネクティングロッド14を介してクランクシャフト15に連結されたピストン16が摺動自在に嵌挿されている。ピストン16は、シリンダ11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。
本実施形態では、燃焼室17の天井部170(シリンダヘッド13の下面)は、吸気ポート18の開口部180が設けられかつ、シリンダ11の中央に向かって登り勾配となった吸気側斜面171と、排気ポート19の開口部190が設けられかつ、シリンダ11の中央に向かって登り勾配となった排気側斜面172とを備えて構成されている。燃焼室17は、ペントルーフ型の燃焼室である。尚、ペントルーフの稜線は、シリンダ11のボア中心に一致する場合、及び一致しない場合の両方があり得る。また、ピストン16の頂面160は、図2にも示すように、天井部170の吸気側斜面171及び排気側斜面172に対応するように、吸気側及び排気側のそれぞれにおいて、ピストン16の中央に向かって登り勾配となった傾斜面161、162によって、三角屋根状に隆起している。これにより、このエンジン1の幾何学的圧縮比は、15以上の高い圧縮比に設定されている。また、ピストン16の頂面160には、凹状のキャビティ163が形成されている。
図1には1つのみ示すが、シリンダ11毎に2つの吸気ポート18がシリンダヘッド13に形成されている。吸気ポート18の開口部180は、シリンダヘッド13の吸気側斜面171に、エンジン出力軸(つまり、クランクシャフト15)の方向に並んで設けられ、吸気ポート18は、この開口部180を通じて燃焼室17に連通している。同様に、シリンダ11毎に2つの排気ポート19がシリンダヘッド13に形成されている。排気ポート19の開口部190は、シリンダヘッド13の排気側斜面172に、エンジン出力軸の方向に並んで設けられ、排気ポート19は、この開口部190を通じて燃焼室17に連通している。
吸気ポート18は、吸気通路181に接続されている。吸気通路181には、吸気流量を調節するスロットル弁55が、介設されている。排気ポート19は、排気通路191に接続されている。排気通路191には、図示は省略するが、1つ以上の触媒コンバータを有する排気ガス浄化システムが配設されている。触媒コンバータは、三元触媒を含む。
シリンダヘッド13には、吸気弁21が、吸気ポート18を燃焼室17から遮断する(つまり、燃焼室17を閉じる)ことができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構により駆動される。シリンダヘッド13にはまた、排気弁22が、排気ポート19を燃焼室17から遮断することができるように配設されている。排気弁22は排気弁駆動機構により駆動される。吸気弁21は所定のタイミングで往復動して吸気ポート18を開閉すると共に、排気弁22は所定のタイミングで往復動して排気ポート19を開閉する。それによって、シリンダ11内のガス交換を行う。
吸気弁駆動機構は、図示は省略するが、クランクシャフト15に駆動連結された吸気カムシャフトを有し、吸気カムシャフトはクランクシャフト15の回転と同期して回転する。また、排気弁駆動機構は、図示は省略するが、クランクシャフト15に駆動連結された排気カムシャフトを有し、排気カムシャフトはクランクシャフト15の回転と同期して回転する。
吸気弁駆動機構は、この例では、吸気カムシャフトの位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式又は電動式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)23を、少なくとも含んで構成されている。尚、吸気弁駆動機構は、VVT23と共に、弁リフト量を変更可能なリフト可変機構を備えるようにしてもよい。
排気弁駆動機構は、この例では、排気カムシャフトの位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式又は電動式のVVT24を、少なくとも含んで構成されている。尚、排気弁駆動機構は、VVT24と共に、弁リフト量を変更可能なリフト可変機構を備えるようにしてもよい。
リフト可変機構は、リフト量を連続的に変更可能なCVVL(Continuous Variable Valve Lift)としてもよい。尚、吸気弁21を駆動する動弁機構、及び、排気弁22を駆動する動弁機構は、どのようなものであってもよく、例えば油圧式や電磁式の駆動機構を採用してもよい。
図2に拡大して示すように、シリンダヘッド13には、燃焼室17内に燃料を直接噴射する燃料噴射弁6が取り付けられている。燃料噴射弁6は、吸気側斜面171と排気側斜面172とが交差するペントルーフの稜線上に配設されている。燃料噴射弁6はまた、その噴射軸心Sが、シリンダ11の軸線に沿うように配設されて、噴射先端が、燃焼室17内に臨んでいる。燃料噴射弁6の噴射軸心Sは、シリンダ11の軸線と一致する場合、及び、シリンダ11の軸線からずれる場合の双方がある。
ピストン16のキャビティ163は、燃料噴射弁6に向かい合うように設けられている。燃料噴射弁6は、このキャビティ163内に向かって、燃料を噴射する。
燃料噴射弁6は、ここでは、外開弁式の燃料噴射弁である。外開弁式の燃料噴射弁6は、その先端部を図3に拡大して示すように、燃料を噴射する噴口61が形成されたノズル本体60と、噴口61を開閉する外開弁62とを有する。
ノズル本体60は、その内部を燃料が流通するように筒状に構成されており、噴口61は、ノズル本体60の先端部に設けられている。噴口61は、先端側ほど径が大きくなるテーパ状に形成されている。
外開弁62は、ノズル本体60の先端において、ノズル本体60から外側に露出する弁本体63と、弁本体63からノズル本体60内を通って図示省略のピエゾ素子に接続される接続部64とを有している。弁本体63は、テーパ状の噴口61と略同じ形状を有する着座部65を有する。弁本体63の着座部65と接続部64との間には、縮径部66が介在する。図3に示すように、縮径部66は、着座部65とは傾きが相違し、基端から先端に向かう縮径部66の傾きは、着座部65の傾きよりも緩やかである。
図3に二点鎖線で示すように、着座部65が噴口61に当接しているときには、噴口61が閉口状態となる。電圧が印加されることによりピエゾ素子が変形して、外開弁62が噴射軸心Sに沿って外向きにリフトする。このことに伴い、図3に実線で示すように、着座部65が噴口61から離れて噴口61が開口状態となる。噴口61が開口状態となれば、燃料が、噴口61から噴射軸心Sに対して傾斜した方向であって、噴射軸心Sを中心とする半径方向に広がる方向へ噴射される。燃料は、噴射軸心Sを中心とするホローコーン状に噴射される。ピエゾ素子への電圧の印加が停止すると、ピエゾ素子が元の状態に復帰することで、外開弁62の着座部65が噴口61に当接して、噴口61を再び閉口状態にする。
ピエゾ素子に印加する電圧が大きいほど、外開弁62の、噴口61の閉じた状態からのリフト量が大きくなる。図3から明らかなように、リフト量が大きいほど、噴口61の開度、つまり、有効開口面積が大きくなる。有効開口面積は、噴口61と着座部65との距離によって定義される。リフト量が大きいほど、噴口61から燃焼室17内に噴射される燃料噴霧の粒径が大きくなる。逆に、リフト量が小さいほど、噴口61から燃焼室17内に噴射される燃料噴霧の粒径が小さくなる。また、燃料が噴口61を通過する際には、縮径部66に沿うように流れることから、リフト量が大きいほど、縮径部66が噴口61から離れることで、燃料の噴霧角(つまり、ホローコーンのテーパ角度)が狭くなり、リフト量が小さいほど、縮径部66が噴口61に近づくことで、燃料の噴霧角(つまり、ホローコーンのテーパ角度)が広くなる。
また、燃料圧力が同一と仮定すれば、有効開口面積は大きいほど、噴射速度は低くなる。逆に、有効開口面積が小さくなれば、噴射速度が高まるものの、有効開口面積が小さくなりすぎると、噴口の壁面から受ける燃料の摩擦抵抗の影響が大きくなるため、噴射速度は低くなる。従って、燃料の噴射速度が最高となるリフト量が存在し、リフト量がその最高速度リフト量よりも大きくても小さくても、燃料の噴射速度は低下する。尚、この最高速度リフト量は、比較的小さい。
図2に示すように、シリンダヘッド13の天井部170には、その天井面から凹陥する凹部173が設けられており、燃料噴射弁6の先端部は、この凹部173内に収容されている。凹部173の内周面は、燃焼室17の内方に向かうに従って次第に拡径するように傾斜している。燃料噴射弁6の先端部を、シリンダヘッド13の天井面から奥まった位置に配置することによって、幾何学的圧縮比を高くしながら、ピストン16が上死点に至ったときの、ピストン16の頂面160と燃料噴射弁6の先端部との間隔を、できる限り広くすることが可能になる。これは、後述するように、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成する上で有利である。また、燃料噴射弁6の先端部と凹部173の内周面との間隔が広がるため、燃料噴射弁6から噴射した燃料噴霧が、コアンダ効果によってシリンダヘッド13の天井面に付着することを抑制することが可能になる。
燃料供給システム57は、外開弁62を駆動するための電気回路と、燃料噴射弁6に燃料を供給する燃料供給系とを備えている。エンジン制御器100は、所定のタイミングで、リフト量に応じた電圧を有する噴射信号を電気回路に出力することで、該電気回路を介して外開弁62を作動させて、所望量の燃料を、シリンダ内に噴射させる。噴射信号の非出力時(つまり、噴射信号の電圧が0であるとき)には、外開弁62により噴口61が閉じられた状態となる。このようにピエゾ素子は、エンジン制御器100からの噴射信号によって、その作動が制御される。こうしてエンジン制御器100は、ピエゾ素子の作動を制御して、燃料噴射弁6の噴口61からの燃料噴射及び該燃料噴射時におけるリフト量を制御する。ピエゾ素子の応答は速く、例えば1〜2msecの間に20回程度の多段噴射が可能である。但し、外開弁62を駆動する手段としては、ピエゾ素子には限られない。
燃料供給系には、図示省略の高圧燃料ポンプやコモンレールが設けられており、その高圧燃料ポンプは、低圧燃料ポンプを介して燃料タンクより供給されてきた燃料をコモンレールに圧送し、コモンレールは、その圧送された燃料を、所定の燃料圧力で蓄える。そして、燃料噴射弁6が作動する(つまり、外開弁62がリフトされる)ことによって、コモンレールに蓄えられている燃料が噴口61から噴射される。エンジン制御器100と、燃料噴射弁6とを含んで、燃料噴射制御部が構成される。
燃料噴射制御部は、詳細は後述するが、図2に概念的に示すように、燃焼室17内(つまり、キャビティ163内)に、(可燃)混合気層と、その周囲の断熱ガス層とが形成可能に構成されている。
このエンジン1は、基本的には全運転領域で、シリンダ11内に形成した混合気を圧縮着火(つまり、制御自動着火(Controlled Auto Ignition:CAI)により燃焼させるように構成されている。エンジン1は、所定の環境下において混合気の着火をアシストするための着火アシストシステム56を備えている。着火アシストシステム56は、例えば、燃焼室17内に臨んで配設される放電プラグとしてもよい。つまり、燃焼室17で、極短パルス放電が生じるように、制御されたパルス状の高電圧を放電プラグの電極に印加することによって、燃焼室内にストリーマ放電を発生させ、シリンダ内にオゾンを生成する。オゾンは、CAIをアシストする。尚、着火アシストシステムは、オゾンを発生させる放電プラグに限らず、火花放電を行うことで混合気にエネルギを付与し、CAIをアシストするスパークプラグとしてもよい。
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
エンジン制御器100は、少なくとも、エアフローセンサ51からの吸気流量に関する信号、クランク角センサ52からのクランク角パルス信号、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ53からのアクセル開度信号、及び、車速センサ54からの車速信号をそれぞれ受ける。エンジン制御器100は、これらの入力信号に基づいて、例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、着火アシスト信号、バルブ位相角信号等といった、エンジン1の制御パラメータを計算する。そして、エンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル弁55(正確には、スロットル弁55を動かすスロットルアクチュエータ)、VVT23、24、燃料供給システム57及び着火アシストシステム56等に出力する。
このエンジン1は、前述したように、幾何学的圧縮比εが15以上に設定されている。幾何学的圧縮比は、40以下とすればよく、特に20以上35以下が好ましい。エンジン1は圧縮比が高いほど膨張比も高くなる構成から、高圧縮比と同時に、比較的高い膨張比を有するエンジン1でもある。高い幾何学的圧縮比は、CAI燃焼を安定化する。
燃焼室17は、シリンダ11の内周面と、ピストン16の頂面160と、シリンダヘッド13の下面(天井部170)と、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッドの面と、によって区画形成されている。冷却損失を低減すべく、これらの区画面に、遮熱層を設けることによって、燃焼室17が遮熱化されている。遮熱層は、これらの区画面の全てに設けてもよいし、これらの区画面の一部に設けてもよい。また、燃焼室17を直接区画する壁面ではないが、吸気ポート18や排気ポート19における、燃焼室17の天井部170側の開口近傍のポート壁面に遮熱層を設けてもよい。
これらの遮熱層は、燃焼室17内の燃焼ガスの熱が、区画面を通じて放出されることを抑制するため、燃焼室17を構成する金属製の母材よりも熱伝導率が低く設定される。
また、遮熱層は、冷却損失を低減する上で、母材よりも容積比熱が小さいことが好ましい。つまり、遮熱層の熱容量を小さくして、燃焼室17の区画面の温度が、燃焼室17内のガス温度の変動に追従して変化するようにすることが好ましい。
前記遮熱層は、例えば、母材上にZrO2等のセラミック材料をプラズマ溶射によってコーティングして形成すればよい。このセラミック材料の中には、多数の気孔を含んでいてもよい。このようにすれば、遮熱層の熱伝導率及び容積比熱をより低くすることができる。
本実施形態では、前記の燃焼室の遮熱構造に加えて、燃焼室17内にガス層による断熱層を形成することで、冷却損失を大幅に低減するようにしている。
具体的には、燃焼室17内の外周部に新気を含むガス層が形成されかつ中心部に混合気層が形成されるように、圧縮行程以降において燃料噴射弁6の噴射先端からキャビティ163内に向かって燃料を噴射させることにより、図2に示すように、燃料噴射弁6の近傍の、キャビティ163内の中心部に混合気層が形成されかつ、その周囲に新気を含む断熱ガス層が形成されるという、成層化が実現する。ここで言う混合気層は、可燃混合気によって構成される層と定義してもよく、可燃混合気は、例えば当量比φ=0.1以上の混合気としてもよい。燃料の噴射開始から時間が経過すればするほど、燃料噴霧は拡散することから、混合気層の大きさは、着火時点での大きさである。着火とは、例えば燃料の燃焼質量割合が1%以上となることをもって判定することができる。混合気は、圧縮上死点の付近において着火する。
断熱ガス層は、新気のみであってもよく、新気に加えて、既燃ガス(EGRガス)を含んでいてもよい。尚、断熱ガス層に少量の燃料が混じっても問題はなく、断熱ガス層が断熱層の役割を果たせるように混合気層よりも燃料リーンであればよい。
前記のように断熱ガス層と混合気層とが形成された状態で、混合気がCAI燃焼すれば、混合気層とシリンダ11の壁面との間の断熱ガス層により、混合気層の火炎がシリンダ11の壁面に接触することがなく、その断熱ガス層が断熱層となって、シリンダ11の壁面からの熱の放出を抑えることができるようになる。この結果、冷却損失を大幅に低減することができる。
尚、冷却損失を低減させるだけでは、その冷却損失の低減分が排気損失に転換されて図示熱効率の向上にはあまり寄与しないところ、このエンジン1では、高圧縮比化に伴う高膨張比化によって、冷却損失の低減分に相当する燃焼ガスのエネルギを、機械仕事に効率よく変換している。すなわち、エンジン1は、冷却損失及び排気損失を共に低減させる構成を採用することによって、図示熱効率を大幅に向上させているということができる。
このような混合気層と断熱ガス層とを燃焼室17内に形成するために、燃料を噴射するタイミングにおいては、燃焼室17内のガス流動は弱いことが望ましい。そのため、吸気ポートは、燃焼室17内でスワールが生じない、又は、生じ難いようなストレート形状を有していると共に、タンブル流もできるだけ弱くなるように、構成されている。
前述したように、燃焼室17内に混合気層と断熱ガス層とを形成する上で、燃料噴射量が比較的少ないとき、例えばエンジン1の運転状態が、軽負荷領域にあるときには、混合気層をコンパクトにし易いため、混合気層と断熱ガス層とを形成することは比較的容易である。これに対し、燃料噴射量が増えると、燃料を一括で噴射したのでは、混合気層をコンパクトにすることが困難となり、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成することが難しくなる。
この点に関し、燃焼室17内への燃料噴射を、一括して行うのではなく、複数回の噴射に分割して行うことは、燃焼室17内の空気利用率を高めながら、混合気層と断熱ガス層とを形成する上で有利になるが、燃料噴射を複数回の噴射に分割することによって、燃料噴霧同士が重なりあうことで局所的に過濃な混合気が形成されて、スモークの発生を招く場合がある。
エンジン1の運転状態が、相対的に回転数の低い低回転領域にあるときには、クランク角の変化に対する時間経過が長くなる。そのため、燃料の噴射開始時期を早めなくても、また、燃料の噴射終了時期を遅くしなくても、複数回の噴射を行う際の、噴射と噴射との間の休止時間が比較的長くなる。これにより、後から噴射した燃料噴霧が、先に噴射した燃料噴霧による空気流れの影響を受けにくくなり、後から噴射した燃料噴霧が引き寄せられて先に噴射した燃料噴霧に重なることが回避可能である。
これに対し、エンジン1の運転状態が、高回転領域にあるときには、クランク角の変化に対する時間経過が短くなるため、噴射と噴射との間のクランク角が低回転領域と同じであるとしても、噴射と噴射との間の休止時間は短くなる。この場合、後から噴射した燃料噴霧が、先に噴射した燃料噴霧による空気流れの影響を受けやすくなり、後から噴射した燃料噴霧が引き寄せられて、先に噴射した燃料噴霧に重なりやすい。その結果、局所的に過濃な混合気が形成され、スモークの発生を招くことになる。
このエンジン1は、エンジン1の回転数の高低に拘わらず、局所的に過濃な混合気が形成されないように、燃料の噴射態様を工夫している。具体的に、図4は、燃料の噴射態様を例示している。図4の横軸はクランク角を、縦軸は燃料噴射弁6のリフト量を示している。図4(a)は、エンジン1の運転状態が低回転領域にあるときの燃料噴射態様を示している。低回転領域においては、第1噴射を行った後に、第2噴射を行う。第1噴射は、リフト量が相対的に大きい第1リフト量で、燃料噴射を行う。また、第1噴射の噴射期間は、比較的短い第1噴射期間である。
図5は、燃料噴射弁6のリフト量の変化(同図(a))と、燃料の噴射速度の変化(同図(b))とを示している。図3にも示すように、外開弁式の燃料噴射弁6において、リフト量を大きくすると噴口61の有効開口面積は大きくなる。図5(a)に実線で示すように、リフト量を比較的大にしたときには、有効開口面積が大きくなるため、噴口61の壁面による抵抗の影響が小さくなり、燃料の噴射速度を速やかに上昇させることが可能になる。その結果、図5(b)に実線で示すように、噴射期間が短いときでも、燃料の噴射速度は速やかに上昇し、所定の噴射速度に到達して、それを維持することが可能になる。図4における第1噴射は、この高いリフト量でかつ、短い噴射期間の燃料噴射に相当する。
低回転領域では、第1噴射の噴射開始時期(クランク角)は所定の時期に設定される。具体的には、圧縮行程の後半としてもよい。ここでいう圧縮行程の後半は、圧縮行程を前半と後半との2つの期間に2等分したときの後半としてもよい。エンジン1の回転数が低いため、燃料の噴射開始時期を早めなくても、第1噴射と第2噴射との間の休止時間を長く確保することが可能である。
第1噴射は、そのリフト量が高いため、前述の通り、燃料の噴射速度は速やかに高まる。図6に概念的に示すように、燃料噴射弁6から所定の噴霧角で噴射された燃料噴霧は、シリンダ11内の高い圧力及び温度に抗して、燃料噴射弁6から遠く離れた位置にまで到達するようになる。これにより、燃焼室17内の空気の利用率が高まる。但し、燃料の噴射開始時期を圧縮行程の後半にすることで、噴射開始時におけるシリンダ11内の圧力及び温度が高い。このため、燃料噴霧が飛びすぎることを回避することができ、燃料噴霧が燃焼室17内の壁面に接触することは防止される。これにより、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成することが可能になる。
第1噴射の終了後、所定の間隔を空けて第2噴射を行う。第2噴射は、第1噴射の第1リフト量よりもリフト量が小さい第2リフト量でかつ、第1噴射の第1噴射期間よりも噴射期間が長い第2噴射期間で燃料を噴射する。
図5(a)(b)に破線で示すように、リフト量を比較的低くすることにより、燃料の噴射速度の上昇は遅れる。しかしながら、噴射期間を長くすることによって、噴射速度が次第に高まる結果、最終的に到達する噴射速度は高くなる。例えば図5(a)(b)における一点鎖線は、比較的高いリフト量でかつ、噴射期間を長く設定したときの噴射速度の変化を示している。噴射期間の前半においては、リフト量が高い方が、噴射速度が高くなるが、噴射期間の後半においては、リフト量が低い方が、噴射速度が高くなる。
第2噴射によって噴射される燃料噴霧は、噴射開始当初は低い噴霧速度となる。これにより、第1噴射と第2噴射との間に長い休止時間が空けられていることと相俟って、第2噴射によって噴射された燃料噴霧が、第1噴射によって噴射された燃料噴霧に追いついて、燃料噴霧同士が重なることが抑制される。また、休止時間が長いため、第2噴射によって噴射された燃料噴霧が、第1噴射に伴う空気流れに引き寄せられることも抑制される。その結果、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と、第2噴射によって噴射された燃料噴霧とは、噴射方向に位置がずれるようになる。
また、第2噴射は噴射期間が長いため、第2噴射によって噴射された燃料噴霧は、燃料噴射弁6の噴射軸心Sに近づくようになる。図6は、図4(a)に示す低回転領域の燃料噴射態様に対応する、燃焼室17内の燃料噴霧の広がりを示している。つまり、燃料が噴射されることに伴い燃焼室17内に形成される噴霧流れは、周囲の空気を巻き込むようになる。しかし、燃料噴射弁6の先端部からホローコーン状に噴射される燃料噴霧の内側は、空気が流れ込み難い。そのため、噴射期間が長くなると、燃料噴射弁6の噴射軸心Sの付近は、負圧が強まるようになり、燃料噴霧の内外の圧力差によって、図6に実線の矢印で示すように、燃料噴霧は、燃料噴射弁6の噴射軸心Sに近づくようになる。これにより、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と、第2噴射によって噴射されて燃料噴霧とは、噴霧角の角度方向にも位置がずれるようになる。より詳細には、第1噴射によって噴射された燃料噴霧の軸を基準とし、その軸方向に直交する径方向について、第2噴射によって噴射された燃料噴霧は、第1噴射によって噴射された燃料噴霧に対し径方向の内側に位置するようになる。こうして、燃料噴霧同士が重なることが防止されるから、混合気層が局所的に過濃となることを、確実に防止することが可能になる。その結果、スモークの発生を抑制することが可能になる。
図4(b)に示すように、エンジン1の運転状態が高回転領域にあるときには、第2噴射を行った後に、第1噴射を行う。このように、エンジン1の回転数の高低に対して、第1噴射と第2噴射とを入れ替える。
エンジン1の回転数が高いときには、噴射と噴射との間の休止時間が短くなる。ここで、低回転領域と同様に、燃料の噴射速度が高い第1噴射を先に行うと、燃料噴霧に巻き込まれる空気流れが強くなる一方で、後で噴射する第2噴射は、噴射開始当初の噴射速度が低いため、燃料噴霧が、強い空気流れに引き寄せられて、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と重なりやすくなる。
また、噴射と噴射との間の休止時間が長くなるように、燃料の噴射開始時期(噴射開始クランク角)を進めると、燃料の噴射を開始するときのシリンダ11内の圧力及び温度が低くなる。この状態で、相対的にリフト量が高くかつ、相対的に噴射期間が短い第1噴射を先に行うと、高い噴射速度によって燃料噴霧が飛びすぎてしまい、燃料噴霧が燃焼室17の壁面に接触してしまう。
そこで、このエンジン1では、高回転領域では、第2噴射を先に行う。また、第2噴射の噴射開始時期(つまり、クランク角)は、低回転領域における第1噴射の噴射開始時期よりも進角させる(図4(a)(b)参照)。第2噴射は、圧縮行程期間中に噴射を開始するようにしてもよい。図7は、図4(b)に示す高回転領域の燃料噴射態様に対応する、燃焼室17内の燃料噴霧の広がりを示している。第2噴射は、噴射開始当初の噴射速度が遅いため、シリンダ11内の圧力及び温度が低い状態で、燃料の噴射を開始しても、燃料噴霧が飛びすぎることが防止される。燃料噴霧が燃焼室17の壁面に接触することが回避されるため、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成することが可能になる。また、第2噴射の噴射開始時期を進角させることによって、第2噴射と第1噴射との間の休止時間をできる限り長くすることが可能になる。
第2噴射はまた、噴射期間の長い噴射であるため、前述したように、燃料噴霧の内外の圧力差によって、燃料噴霧は、燃料噴射弁6の噴射軸心Sに近づくようになる(図7参照)。
第2噴射の終了後に、所定の間隔を空けて第1噴射を行う。第1噴射は、前述の通り、リフト量が相対的に高い噴射であり、噴射速度は速やかに高まる。また、第2噴射と第1噴射との間の休止時間も、可能な限り長くしている。これにより、第1噴射によって噴射された燃料噴霧は、第2噴射に伴う空気流れの影響を受けにくくなる。つまり、第1噴射によって噴射された燃料噴霧が、空気流れに引き寄せられることが防止される。また、前述したように、第2噴射によって噴射された燃料噴霧は、圧力差によって燃料噴射弁6の噴射軸心Sに近づくようになるのに対し、第1噴射は所定の噴霧角で燃料が噴射することで、第2噴射によって噴射された燃料噴霧と、第1噴射によって噴射された燃料噴霧とは、噴霧角の角度方向に位置がずれるようになる。こうして、高回転領域においても、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と、第2噴射によって噴射された燃料噴霧とが重なることが防止され、局所的に過濃な混合気が形成されることが回避される。
また、第1噴射は、燃料の噴射速度が速やかに高まることで燃料噴霧が分裂及び分散し易い。このため、高回転領域において、第1噴射の噴射終了から着火までの時間は短くなるものの、その短い時間の間に混合気の形成が可能になるという利点もある。尚、図4(b)の例では、第2噴射の噴射開始時期を進角させることに伴い、第1噴射の噴射開始時期を進角させることによって、その噴射終了時期を、低回転領域での第2噴射の噴射終了時期よりも進角させている。これは、高回転領域において、第1噴射の噴射終了から着火までの時間を可能な限り長くすることになり、混合気の形成に有利になる。
こうして、第1噴射と第2噴射とを行うことによって、エンジン1の運転状態が低回転領域にあるとき、及び、高回転領域にあるときのそれぞれにおいて、燃焼室17内に混合気層とその周囲の断熱ガス層とを形成しつつ、局所的に過濃な混合気が形成されることを回避して、スモークの発生を防止することが可能になる。
図8は、図4とは異なる燃料噴射態様を示している。図8に示す燃料噴射態様と、図4に示す燃料噴射態様とは、低回転領域における燃料噴射態様が相違する。つまり、図8(a)に示すように、低回転領域においては、第2噴射を、複数の燃料噴射を含む多段噴射によって構成している。前述の通り、ピエゾ素子を有する燃料噴射弁6は高応答であり、1〜2msecの間に20回程度の多段噴射が可能である。多段噴射によって構成される第2噴射のリフト量は、図4に示す噴射態様と同様に、第2リフト量である。また、多段噴射によって構成される第2噴射の噴射期間は、図4に示す噴射態様と同様に、第1噴射の噴射期間よりも長い。第2噴射を多段噴射にした場合も、噴射した燃料噴霧は、図6に示すように、燃料噴射弁6の近くでかつ、燃料噴射弁6の噴射軸心Sに近づくようになる。こうして、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と第2噴射によって噴射された燃料噴霧とを、その噴射方向及び噴射方向に直交する径方向のそれぞれに対し、位置をずらすことが可能になる。
尚、図8の例では、第2噴射を構成する各燃料噴射同士の間隔を、実質的にゼロにしているが、燃料噴射と燃料噴射との間に所定の間隔を設けてもよい。また、高回転領域においては、クランク角の変化に対する時間の経過が短くなるため、多段噴射にすることは困難になる。
前記の例では、燃料噴射弁6として外開弁式の燃料噴射弁を採用しているが、ここに開示する技術に適用可能な燃料噴射弁6は、外開弁式の燃料噴射弁に限らない。例えばVCO(Valve Covered Orifice)ノズルタイプのインジェクタも、ノズル口に発生するキャビテーションの度合い調整することにより、噴口の有効開口面積を変更することが可能である。従って、外開弁式の燃料噴射弁と同様に、図4又は図8に示す燃料噴射態様によって、キャビティ163内の中央部に混合気層を、その外周囲に断熱ガス層を形成すると共に、局所的に過濃な混合気が形成されることを抑制することが可能である。
尚、前記の例では、燃焼室及び吸気ポートの遮熱構造を採用すると共に、燃焼室内に断熱ガス層を形成するようにしたが、ここに開示する技術は、遮熱構造を採用しないエンジンに対しても適用することが可能である。