以下、実施形態を図面に基づいて説明する。以下の説明は例示である。
(エンジンの全体構成)
図1は、実施形態に係るエンジン1の構成を示している。エンジン1のクランクシャフト15は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。ここで、エンジン1の燃料は、本実施形態ではガソリンであるが、バイオエタノール等を含むガソリンであってもよい。ここに開示する技術は、様々な種類の液体燃料を用いるエンジンに広く適用することが可能である。
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、シリンダブロック12の内部に複数のシリンダ11が形成されている(図1では、1つのみ示す)。エンジン1は、多気筒エンジンである。シリンダブロック12及びシリンダヘッド13の内部には、図示は省略するが冷却水が流れるウォータージャケットが形成されている。各シリンダ11内には、コネクティングロッド14を介してクランクシャフト15に連結されたピストン16が摺動自在に嵌挿されている。ピストン16は、シリンダ11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。
本実施形態では、燃焼室17の天井部170(シリンダヘッド13の下面)は、吸気ポート18の開口部180が設けられかつ、シリンダ11の中央に向かって登り勾配となった吸気側斜面171と、排気ポート19の開口部190が設けられかつ、シリンダ11の中央に向かって登り勾配となった排気側斜面172とを備えて構成されている。燃焼室17は、ペントルーフ型の燃焼室である。尚、ペントルーフの稜線は、シリンダ11のボア中心に一致する場合、及び一致しない場合の両方があり得る。また、ピストン16の頂面160は、図2にも示すように、天井部170の吸気側斜面171及び排気側斜面172に対応するように、吸気側及び排気側のそれぞれにおいて、ピストン16の中央に向かって登り勾配となった傾斜面161、162によって、三角屋根状に隆起している。これにより、このエンジン1の幾何学的圧縮比は、15以上の高い圧縮比に設定されている。また、ピストン16の頂面160には、凹状のキャビティ163が形成されている。
図1には1つのみ示すが、シリンダ11毎に2つの吸気ポート18がシリンダヘッド13に形成されている。吸気ポート18の開口部180は、シリンダヘッド13の吸気側斜面171に、エンジン出力軸(つまり、クランクシャフト15)の方向に並んで設けられ、吸気ポート18は、この開口部180を通じて燃焼室17に連通している。同様に、シリンダ11毎に2つの排気ポート19がシリンダヘッド13に形成されている。排気ポート19の開口部190は、シリンダヘッド13の排気側斜面172に、エンジン出力軸の方向に並んで設けられ、排気ポート19は、この開口部190を通じて燃焼室17に連通している。
吸気ポート18は、吸気通路181に接続されている。吸気通路181には、吸気流量を調節するスロットル弁55が、介設されている。排気ポート19は、排気通路191に接続されている。排気通路191には、図示は省略するが、1つ以上の触媒コンバータを有する排気ガス浄化システムが配設されている。触媒コンバータは、三元触媒を含む。
シリンダヘッド13には、吸気弁21が、吸気ポート18を燃焼室17から遮断する(つまり、燃焼室17を閉じる)ことができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構により駆動される。シリンダヘッド13にはまた、排気弁22が、排気ポート19を燃焼室17から遮断することができるように配設されている。排気弁22は排気弁駆動機構により駆動される。吸気弁21は所定のタイミングで往復動して吸気ポート18を開閉すると共に、排気弁22は所定のタイミングで往復動して排気ポート19を開閉する。それらによって、シリンダ11内のガス交換を行う。
吸気弁駆動機構は、図示は省略するが、クランクシャフト15に駆動連結された吸気カムシャフトを有し、吸気カムシャフトはクランクシャフト15の回転と同期して回転する。また、排気弁駆動機構は、図示は省略するが、クランクシャフト15に駆動連結された排気カムシャフトを有し、排気カムシャフトはクランクシャフト15の回転と同期して回転する。
吸気弁駆動機構は、この例では、吸気カムシャフトの位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式又は電動式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)23を、少なくとも含んで構成されている。尚、吸気弁駆動機構は、VVT23と共に、弁リフト量を変更可能なリフト可変機構を備えるようにしてもよい。
排気弁駆動機構は、この例では、排気カムシャフトの位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式又は電動式のVVT24を、少なくとも含んで構成されている。尚、排気弁駆動機構は、VVT24と共に、弁リフト量を変更可能なリフト可変機構を備えるようにしてもよい。
リフト可変機構は、リフト量を連続的に変更可能なCVVL(Continuous Variable Valve Lift)としてもよい。尚、吸気弁21を駆動する動弁機構、及び、排気弁22を駆動する動弁機構は、どのようなものであってもよく、例えば油圧式や電磁式の駆動機構を採用してもよい。
図2に拡大して示すように、シリンダヘッド13には、燃焼室17内に燃料を直接噴射する燃料噴射弁6が取り付けられている。燃料噴射弁6は、吸気側斜面171と排気側斜面172とが交差するペントルーフの稜線上に配設されている。燃料噴射弁6はまた、その噴射軸心Sが、シリンダ11の軸線に沿うように配設されて、噴射先端が、燃焼室17内に臨んでいる。燃料噴射弁6の噴射軸心Sは、シリンダ11の軸線と一致する場合、及び、シリンダ11の軸線からずれる場合の双方がある。
ピストン16のキャビティ163は、燃料噴射弁6に向かい合うように設けられている。燃料噴射弁6は、このキャビティ163内に向かって、燃料を噴射する。
燃料噴射弁6は、ここでは、外開弁式の燃料噴射弁である。外開弁式の燃料噴射弁6は、その先端部を図3に拡大して示すように、燃料を噴射する噴口61が形成されたノズル本体60と、噴口61を開閉する外開弁62とを有する。
ノズル本体60は、その内部を燃料が流通するように筒状に構成されており、噴口61は、ノズル本体60の先端部に設けられている。噴口61は、先端側ほど径が大きくなるテーパ状に形成されている。
外開弁62は、ノズル本体60の先端において、ノズル本体60から外側に露出する弁本体63と、弁本体63からノズル本体60内を通って図示省略のピエゾ素子に接続される接続部64とを有している。弁本体63は、テーパ状の噴口61と略同じ形状を有する着座部65を有する。弁本体63の着座部65と接続部64との間には、縮径部66が介在する。図3に示すように、縮径部66は、着座部65とは傾きが相違し、基端から先端に向かう縮径部66の傾きは、着座部65の傾きよりも緩やかである。
図3に二点鎖線で示すように、着座部65が噴口61に当接しているときには、噴口61が閉口状態となる。電圧が印加されることによりピエゾ素子が変形して、外開弁62が噴射軸心Sに沿って外向きにリフトする。このことに伴い、図3に実線で示すように、着座部65が噴口61から離れて噴口61が開口状態となる。噴口61が開口状態となれば、燃料が、噴口61から噴射軸心Sに対して傾斜した方向であって、噴射軸心Sを中心とする半径方向に広がる方向へ噴射される。燃料は、噴射軸心Sを中心とするホローコーン状に噴射される。ピエゾ素子への電圧の印加が停止すると、ピエゾ素子が元の状態に復帰することで、外開弁62の着座部65が噴口61に当接して、噴口61を再び閉口状態にする。
ピエゾ素子に印加する電圧が大きいほど、外開弁62の、噴口61の閉じた状態からのリフト量が大きくなる。図3から明らかなように、リフト量が大きいほど、噴口61の開度、つまり、有効開口面積が大きくなる。有効開口面積は、噴口61と着座部65との距離によって定義される。リフト量が大きいほど、噴口61から燃焼室17内に噴射される燃料噴霧の粒径が大きくなる。逆に、リフト量が小さいほど、噴口61から燃焼室17内に噴射される燃料噴霧の粒径が小さくなる。また、燃料圧力が同一と仮定すれば、有効開口面積は大きいほど、噴射速度は低くなる。逆に、有効開口面積が小さくなれば、噴射速度が高まるものの、有効開口面積が小さくなりすぎると、噴口の壁面から受ける燃料の摩擦抵抗の影響が大きくなるため、噴射速度は低くなる。従って、燃料の噴射速度が最高となるリフト量が存在し、リフト量がその最高速度リフト量よりも大きくても小さくても、燃料の噴射速度は低下する。尚、この最高速度リフト量は、比較的小さい。
さらに、図4に示すように、燃料が噴口61を通過する際には、縮径部66に沿うように流れる。図4(a)に示すように、リフト量が小さいときには、縮径部66が噴口61に近いことで、燃料の噴霧角(つまり、ホローコーンのテーパ角度)が大きくなり、図4(b)に示すように、リフト量が大きいときには、縮径部66が噴口61から離れることで、燃料の噴霧角(つまり、ホローコーンのテーパ角度)が小さくなる。外開弁式の燃料噴射弁6において、リフト量と噴霧角との関係は、図5に示すような関係となり、リフト量が所定以上であれば、噴霧角は比較的小さい角度で一定、又は、ほとんど一定となり、リフト量が所定よりも小さいときには、リフト量が小さくなるほど、噴霧角は大きくなる。
図2に示すように、シリンダヘッド13の天井部170には、その天井面から凹陥する凹部173が設けられており、燃料噴射弁6の先端部は、この凹部173内に収容されている。凹部173の内周面は、燃焼室17の内方に向かうに従って次第に拡径するように傾斜している。燃料噴射弁6の先端部を、シリンダヘッド13の天井面から奥まった位置に配置することによって、幾何学的圧縮比を高くしながら、ピストン16が上死点に至ったときの、ピストン16の頂面160と燃料噴射弁6の先端部との間隔を、できる限り広くすることが可能になる。これは、後述するように、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成する上で有利である。また、燃料噴射弁6の先端部と凹部173の内周面との間隔が広がるため、燃料噴射弁6から噴射した燃料噴霧が、コアンダ効果によってシリンダヘッド13の天井面に付着することを抑制することが可能になる。
燃料供給システム57は、外開弁62を駆動するための電気回路と、燃料噴射弁6に燃料を供給する燃料供給系とを備えている。エンジン制御器100は、所定のタイミングで、リフト量に応じた電圧を有する噴射信号を電気回路に出力することで、該電気回路を介して外開弁62を作動させて、所望量の燃料を、シリンダ内に噴射させる。噴射信号の非出力時(つまり、噴射信号の電圧が0であるとき)には、外開弁62により噴口61が閉じられた状態となる。このようにピエゾ素子は、エンジン制御器100からの噴射信号によって、その作動が制御される。こうしてエンジン制御器100は、ピエゾ素子の作動を制御して、燃料噴射弁6の噴口61からの燃料噴射及び該燃料噴射時におけるリフト量を制御する。ピエゾ素子の応答は速く、例えば1〜2msecの間に20回程度の多段噴射が可能である。但し、外開弁62を駆動する手段としては、ピエゾ素子には限られない。
燃料供給系には、図示省略の高圧燃料ポンプやコモンレールが設けられており、その高圧燃料ポンプは、低圧燃料ポンプを介して燃料タンクより供給されてきた燃料をコモンレールに圧送し、コモンレールは、その圧送された燃料を、所定の燃料圧力で蓄える。そして、燃料噴射弁6が作動する(つまり、外開弁62がリフトされる)ことによって、コモンレールに蓄えられている燃料が噴口61から噴射される。エンジン制御器100と、燃料噴射弁6とを含んで、燃料噴射制御部が構成される。
燃料噴射制御部は、詳細は後述するが、図2に概念的に示すように、燃焼室17内(つまり、キャビティ163内)に、(可燃)混合気層と、その周囲の断熱ガス層とが形成可能に構成されている。
このエンジン1は、基本的には全運転領域で、シリンダ11内に形成した混合気を圧縮着火(つまり、制御自動着火(Controlled Auto Ignition:CAI))により燃焼させるように構成されている。エンジン1は、所定の環境下において混合気の着火をアシストするための着火アシストシステム56を備えている。着火アシストシステム56は、例えば、燃焼室17内に臨んで配設される放電プラグとしてもよい。つまり、燃焼室17で、極短パルス放電が生じるように、制御されたパルス状の高電圧を放電プラグの電極に印加することによって、燃焼室内にストリーマ放電を発生させ、シリンダ内にオゾンを生成する。オゾンは、CAIをアシストする。尚、着火アシストシステムは、オゾンを発生させる放電プラグに限らず、火花放電を行うことで混合気にエネルギを付与し、CAIをアシストするスパークプラグとしてもよい。
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
エンジン制御器100は、少なくとも、エアフローセンサ51からの吸気流量に関する信号、クランク角センサ52からのクランク角パルス信号、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ53からのアクセル開度信号、及び、車速センサ54からの車速信号をそれぞれ受ける。エンジン制御器100は、これらの入力信号に基づいて、例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、着火アシスト信号、バルブ位相角信号等といった、エンジン1の制御パラメータを計算する。そして、エンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル弁55(正確には、スロットル弁55を動かすスロットルアクチュエータ)、VVT23、24、燃料供給システム57及び着火アシストシステム56等に出力する。
このエンジン1は、前述したように、幾何学的圧縮比εが15以上に設定されている。幾何学的圧縮比は、40以下とすればよく、特に20以上35以下が好ましい。エンジン1は圧縮比が高いほど膨張比も高くなる構成から、高圧縮比と同時に、比較的高い膨張比を有するエンジン1でもある。高い幾何学的圧縮比は、CAI燃焼を安定化する。
燃焼室17は、シリンダ11の内周面と、ピストン16の頂面160と、シリンダヘッド13の下面(天井部170)と、吸気弁21及び排気弁22それぞれのバルブヘッドの面と、によって区画形成されている。冷却損失を低減すべく、これらの区画面に、遮熱層を設けることによって、燃焼室17が遮熱化されている。遮熱層は、これらの区画面の全てに設けてもよいし、これらの区画面の一部に設けてもよい。また、燃焼室17を直接区画する壁面ではないが、吸気ポート18や排気ポート19における、燃焼室17の天井部170側の開口近傍のポート壁面に遮熱層を設けてもよい。
これらの遮熱層は、燃焼室17内の燃焼ガスの熱が、区画面を通じて放出されることを抑制するため、燃焼室17を構成する金属製の母材よりも熱伝導率が低く設定される。
また、遮熱層は、冷却損失を低減する上で、母材よりも容積比熱が小さいことが好ましい。つまり、遮熱層の熱容量を小さくして、燃焼室17の区画面の温度が、燃焼室17内のガス温度の変動に追従して変化するようにすることが好ましい。
前記遮熱層は、例えば、母材上にZrO2等のセラミック材料をプラズマ溶射によってコーティングして形成すればよい。このセラミック材料の中には、多数の気孔を含んでいてもよい。このようにすれば、遮熱層の熱伝導率及び容積比熱をより低くすることができる。
本実施形態では、前記の燃焼室の遮熱構造に加えて、燃焼室17内にガス層による断熱層を形成することで、冷却損失を大幅に低減するようにしている。
具体的には、燃焼室17内の外周部に新気を含むガス層が形成されかつ中心部に混合気層が形成されるように、圧縮行程以降において燃料噴射弁6の噴射先端からキャビティ163内に向かって燃料を噴射させることにより、図2に示すように、燃料噴射弁6の近傍の、キャビティ163内の中心部に混合気層が形成されかつ、その周囲に新気を含む断熱ガス層が形成されるという、成層化が実現する。ここで言う混合気層は、可燃混合気によって構成される層と定義してもよく、可燃混合気は、例えば当量比φ=0.1以上の混合気としてもよい。燃料の噴射開始から時間が経過すればするほど、燃料噴霧は拡散することから、混合気層の大きさは、着火時点での大きさである。着火とは、例えば燃料の燃焼質量割合が1%以上となることをもって判定することができる。混合気は、圧縮上死点の付近において着火する。
断熱ガス層は、新気のみであってもよく、新気に加えて、既燃ガス(EGRガス)を含んでいてもよい。尚、断熱ガス層に少量の燃料が混じっても問題はなく、断熱ガス層が断熱層の役割を果たせるように混合気層よりも燃料リーンであればよい。
前記のように断熱ガス層と混合気層とが形成された状態で、混合気がCAI燃焼すれば、混合気層とシリンダ11の壁面との間の断熱ガス層により、混合気層の火炎がシリンダ11の壁面に接触することがなく、その断熱ガス層が断熱層となって、シリンダ11の壁面からの熱の放出を抑えることができるようになる。この結果、冷却損失を大幅に低減することができる。
尚、冷却損失を低減させるだけでは、その冷却損失の低減分が排気損失に転換されて図示熱効率の向上にはあまり寄与しないところ、このエンジン1では、高圧縮比化に伴う高膨張比化によって、冷却損失の低減分に相当する燃焼ガスのエネルギを、機械仕事に効率よく変換している。すなわち、エンジン1は、冷却損失及び排気損失を共に低減させる構成を採用することによって、図示熱効率を大幅に向上させているということができる。
このような混合気層と断熱ガス層とを燃焼室17内に形成するために、燃料を噴射するタイミングにおいては、燃焼室17内のガス流動は弱いことが望ましい。そのため、吸気ポートは、燃焼室17内でスワールが生じない、又は、生じ難いようなストレート形状を有していると共に、タンブル流もできるだけ弱くなるように、構成されている。
前述したように、燃焼室17内に混合気層と断熱ガス層とを形成する上で、燃料噴射量が比較的少ないとき、例えばエンジン1の運転状態が、軽負荷領域にあるときには、混合気層をコンパクトにし易いため、混合気層と断熱ガス層とを形成することは比較的容易である。これに対し、燃料噴射量が増えると、燃料を一括で噴射したのでは、混合気層をコンパクトにすることが困難となり、混合気層の周囲に断熱ガス層を形成することが難しくなる。
この点に関し、燃焼室17内への燃料噴射を、一括して行うのではなく、複数回の噴射に分割して行うことは、燃焼室17内の空気利用率を高めつつ、混合気層と断熱ガス層とを形成する上で有利になるが、燃料噴射を複数回の噴射に分割することによって、燃料噴霧同士が重なりあうことで局所的に過濃な混合気が形成されて、スモークの発生を招く場合がある。
このエンジン1は、燃料噴射量が増えても、局所的に過濃な混合気が形成されないように、燃料の噴射態様を工夫している。具体的に、図6は、燃料の噴射態様を例示している。図6の横軸はクランク角を、縦軸は燃料噴射弁6のリフト量を示している。図6の上図は、エンジン1の負荷が最も低いとき、言い換えると要求噴射量が最も少ないとき(第1要求量よりも少ないとき)の燃料噴射態様を示している。これは、エンジン1の運転状態が、軽負荷の領域にあるときに対応する。要求噴射量が少ないときには、所定の噴射タイミングで、燃料を一括噴射する。この噴射は、その一部又は全部が圧縮行程の後半に行われる。また、リフト量は、比較的大きい第1リフト量である。第1リフト量は、前述した、燃料の噴射速度が最高となる最高速度リフト量よりも大きい。リフト量が大きいため、噴射期間は比較的短くなる。この燃料噴射は、噴射タイミングは異なるものの、後述する第1噴射と同様の噴射態様である。燃料を一括噴射することによって、燃料噴霧が拡散し易くなり、燃焼室17内の空気の利用率が高まる一方で、燃焼室17内に噴射する燃料量が少ないため、燃料噴霧が燃焼室17の壁面に接触することが防止される。こうして、混合気層と、その周囲の断熱ガス層とを形成することが可能になる。
図6の中図は、エンジン1の負荷が高くなり、要求噴射量が、第1要求量以上となったとき(及び、第2要求量よりも少ないとき)の燃料噴射態様を示している。要求噴射量が増えたため、第1噴射及び第2噴射を含む分割噴射を行う。第1噴射は、相対的に進角したタイミングで、第1リフト量で燃料を噴射する。第1噴射は、圧縮行程期間内に行われる。第1噴射の一部又は全部を圧縮行程の後半に行ってもよい。噴射期間は、後述する第2噴射よりも短い。これにより、図5に示すように、燃料噴射弁6から噴射される燃料噴霧の噴霧角は、比較的狭くなる。図7に概念的に示すように、第1噴射によって噴射された燃料噴霧は、所定の噴霧角でかつ、燃焼室17の壁面近くにまで広がるようになる。但し、第1噴射により、燃焼室17内に最初に噴射された燃料噴霧は比較的高い抵抗を受けて、飛び難くなるため、燃焼室17の壁面に接触することが防止される。
第1噴射の終了後、所定の間隔を空けて第2噴射が行われる。第2噴射は、その一部又は全部が、圧縮行程の後半の燃料噴射である。第2噴射のタイミングは、前述した要求噴射量が、第1要求量よりも少ないときの燃料噴射のタイミングと同じ、又は、ほぼ同じである。第2噴射は、第1リフト量よりもリフト量が小さい第2リフト量で燃料を噴射する。図5に示すように、燃料噴射弁6から噴射される燃料噴霧の噴霧角は、比較的狭くなる。第2リフト量もまた、第1リフト量と同様に、最高速度リフト量よりも大とすることが好ましい。こうすることで、第2噴射によって噴射された燃料噴霧の噴射速度が抑制されるため、第1噴射によって噴射された燃料噴霧に追いついて、燃料噴霧が重なってしまうことが防止される。また、第2噴射によって噴射された燃料噴霧は、燃料噴射弁6の近くに配置されるため、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と第2噴射によって噴射された燃料噴霧とは、噴射方向に位置がずれるようになる。
第2噴射はまた、その噴射期間が、第1噴射の噴射期間よりも長く設定される。これにより、第2噴射によって噴射された燃料噴霧は、燃料噴射弁6の噴射軸心Sに近づくようになる。つまり、燃料が噴射されることに伴い燃焼室17内に形成される噴霧流れは、周囲の空気を巻き込むようになる。しかし、燃料噴射弁6の先端部からホローコーン状に噴射される燃料噴霧の内側は、空気が流れ込み難い。そのため、噴射期間が長くなると、燃料噴射弁6の噴射軸心Sの付近は、負圧が強まるようになり、燃料噴霧の内外の圧力差によって、図7に実線の矢印で示すように、燃料噴霧は、燃料噴射弁6の噴射軸心Sに近づくようになる。これにより、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と、第2噴射によって噴射されて燃料噴霧とは、噴霧角の角度方向にも位置がずれるようになる。より詳細には、第1噴射によって噴射された燃料噴霧の軸を基準とし、その軸方向に直交する径方向について、第2噴射によって噴射された燃料噴霧は、第1噴射によって噴射された燃料噴霧に対し径方向の内側に位置するようになる。こうして、燃料噴霧同士が重なることが防止されるから、混合気層が局所的に過濃となることを、確実に防止することが可能になる。その結果、スモークの発生を抑制することが可能になる。
図6の下図は、エンジン1の負荷がさらに高くなり、要求噴射量が、第2要求量以上となったときの燃料噴射態様を示している。要求噴射量が増えたため、第1噴射及び第2噴射に加えて、第3噴射を行う。第1噴射は、図6の中図に示す第1噴射と同様に、相対的に進角したタイミングで、第1リフト量で燃料を噴射する。噴射期間は、相対的に短い。また、第2噴射も、図6の中図の第2噴射と同じように、第1噴射の終了後、所定の間隔を空けて、第2リフト量で燃料を噴射する。その噴射期間は長く設定される。
第3噴射は、第2噴射の終了後、所定の間隔を空けて行う。第3噴射は、圧縮行程の後半に行われる。第3噴射のリフト量は、第2リフト量よりも小さい第3リフト量である。第3リフト量は、第1リフト量よりも小さくなる。第3リフト量は、最高速度リフト量よりも大としてもよい。また、第3噴射の噴射期間は、第1噴射及び第2噴射の噴射期間よりも短い。第3噴射のリフト量を小さくすることに伴い、燃料噴射弁6から噴射される燃料噴霧の噴霧角は大きくなる(図4(a)及び図5参照)。また、噴射タイミングが最も遅くてシリンダ11内の圧力及び温度が高い上に、噴射期間が短いため、第3噴射によって噴射された燃料噴霧は、燃料噴射弁6の先端部の近傍に位置するようになる。つまり、図7に示すように、第3噴射によって噴射された燃料噴霧は、第1噴射によって噴射された燃料噴霧の軸を基準としたときの径方向の外側に配置されるようになる。第1噴射、第2噴射及び第3噴射のそれぞれによって噴射された燃料噴霧は、燃焼室17内において、第1噴射によって噴射された燃料噴霧の軸を基準とした径方向に位置がずれるようになる。また、噴射方向に対しても、位置がずれるようになるから、局所的に過濃な混合気が形成されることが防止される。
こうして、エンジン1の負荷が高くなって要求噴射量が増えることに従い、燃料の噴射態様を変更することによって、局所的に過濃な混合気が形成されることを防止しながら、混合気層と断熱ガス層とを燃焼室17内に形成することが可能になる。
また、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と、第2噴射によって噴射された燃料噴霧とは、第1噴射によって噴射された燃料噴霧の軸を基準とした径方向に位置がずれると共に、噴射方向に対しても位置がずれるようになるから、第1噴射と第2噴射との噴射間隔を狭くしても、それらの燃料噴霧が重なることを防止することが可能である。そのため、第1噴射の噴射開始時期を進角させる必要がなくなり、混合気層が燃焼室の壁面に接触することを防止する上で有利になる。また、第2噴射の噴射終了時期を遅らせることがなくなり、着火までに、燃料の気化及び燃料と空気とのミキシングの時間を十分に確保することが可能になる。
同様に、第1噴射によって噴射された燃料噴霧と、第2噴射によって噴射された燃料噴霧と、第3噴射によって噴射された燃料噴霧とは、第1噴射によって噴射された燃料噴霧の軸を基準とした径方向に位置がずれると共に、噴射方向にも位置がずれるようになるから、第1噴射と第2噴射との噴射間隔を狭くしても、また、第2噴射と第3噴射との噴射間隔を狭くしても、それらの燃料噴霧が重なることを防止することが可能である。そのため、要求噴射量が増えたときには3回の燃料噴射を行うものの、第1噴射の噴射開始時期を大きく進角させる必要がなくなり、混合気層が燃焼室17の壁面に接触することを防止する上で有利になると共に、第3噴射の噴射終了時期を大きく遅らせることがなくなり、着火までに、燃料の気化及び燃料と空気とのミキシングの時間を十分に確保することが可能になる。
図8は、図6とは異なる燃料噴射態様を示している。図8に示す燃料噴射態様と、図6に示す燃料噴射態様とは、要求噴射量が第1要求量よりも少ないときの燃料噴射態様が相違する。つまり、図8の上図に示すように、要求噴射量が第1要求量よりも少ないときには、所定の噴射タイミングで、燃料を一括噴射するものの、リフト量は、第2リフト量に設定される。また、噴射期間は、比較的長く設定される。これは、図8の中図及び下図における第2噴射に相当する。噴射期間を長くすることにより、前述したように、燃焼室17内に噴射された燃料噴霧は、燃料噴霧の内外の圧力差によって、燃料噴射弁6の噴射軸心Sに近づくようになる。これにより、混合気層をコンパクトにして、混合気層が、燃焼室17の壁面に接触してしまうことを、確実に防止することが可能になる。
図9は、第1噴射の噴射態様の変形例を示している。この第1噴射は、噴射の開始時は相対的に大きい第1リフト量とするが、噴射を継続している途中で、燃料噴射弁6のリフト量を、第1リフト量から、それよりも小さい第4リフト量へと切り替える。これにより、燃料の噴射流量を減らさずに、噴射速度を増速させる。
図10は、燃料噴射弁6のリフト量の変化(同図(a))と、燃料の噴射速度の変化(同図(b))とを示している。図3にも示すように、外開弁式の燃料噴射弁6において、リフト量を大きくすると噴口61の有効開口面積は大きくなる。燃料の噴射を開始するときには、有効開口面積を大きくして、抵抗の影響を小さくすることによって、燃料の噴射速度を速やかに上昇させることが可能になる。図10(a)に実線で示すように、リフト量が比較的大きい第1リフト量で燃料の噴射を開始する(時刻T0〜T1参照)と、図10(b)に実線で示すように、燃料の噴射速度は速やかに上昇する。これに対し、図10(a)に破線で示すように、燃料の噴射開始時にリフト量を小さくすると、図10(b)に破線で示すように、燃料の噴射速度の上昇は遅れる。
そうして、燃料の噴射速度が十分に高まった後、第1噴射は、図10(a)に実線で示すように、燃料の噴射を継続しながら、リフト量を第1リフト量よりも小さい第4リフト量にする。第4リフト量は、燃料の噴射速度が最高になる最高速度リフト量としてもよい。尚、第4リフト量は、最高速度リフト量以上で適宜設定することが可能である。
リフト量を小さくすることで、噴口61の有効開口面積が小さくなるため、噴射流量を減らさずに、噴口61を通過する燃料の噴射速度が上昇する(時刻T2〜T3参照)。第4リフト量を最高速度リフト量とすれば、図10(b)に実線で示すように、燃料の噴射速度は最高速度に到達する。燃料噴射弁6のリフト量を、そのまま第4リフト量に維持することによって、燃料の噴射速度は最高速度に維持される(時刻T3〜T5参照)。そうして、閉弁に至る((時刻T5〜T6参照)。リフト量を切り替えるタイミングは、前述の通り燃料の噴射速度が十分に高まった後でかつ、リフト量を切り替えた後も十分な量の燃料が噴射されるような、適宜のタイミングにすればよい。
尚、図10(a)(b)の破線は、燃料噴射弁6のリフト量を、最高速度リフト量にした例であるが、前述の通り、燃料噴射の開始時のリフト量が小さいため、燃料の噴射速度の上昇が遅れる結果、最高速度に到達するまでに長い時間がかかる(時刻T0〜T5参照)。
図10(a)に一点鎖線で示すように、燃料噴射弁6のリフト量を第1リフト量のままで継続したときには、図10(b)に一点鎖線で示すように、燃料の噴射速度は、増速すること無く所定の速度で一定となる(時刻T2〜T4参照)。尚、この場合でも、燃料噴射弁6を閉弁するために燃料噴射弁6のリフト量を小さくすることに伴い、噴射速度は増速する。
図11は、図9に示す噴射態様に従って燃焼室17内に噴射した、燃料噴霧の広がりを概念的に示している。燃料噴射弁6のリフト量を第1リフト量のままで継続したときには、燃料の噴射速度は増速しないため、図11に二点鎖線で示すように、燃料噴霧の後端部(燃料の進行方向についての後端部)は、燃料噴射弁6の先端に近くなる。これは、図7に示す例と実質的に同じである。これに対し、燃料の噴射を継続している途中でリフト量を小に切り替えることによって、前述したように、燃料の噴射速度が増速するから、図11に白抜きの矢印で示すように、第1噴射において後半に噴射した燃料噴霧(つまり、リフト量を切り替えた後に噴射した燃料噴霧)は燃料噴射弁6に対し、遠ざかるようになる。
第1噴射の燃料噴射態様を、噴射開始時には第1リフトとして、その後、第4リフトとすることによって、第1噴射によって噴射された燃料噴霧の内、先に噴射された燃料噴霧は、前述したように、相対的に速度が低い上に、燃焼室17内で相対的に高い抵抗を受けるため、飛び難くなり、燃焼室17の壁面に接触することが防止される。一方、第1噴射における後半に噴射された燃料噴霧は、相対的に速度が高い上に、受ける抵抗が低くなるため、短時間で燃料噴射弁6から遠ざかるようになる。
第1噴射の終了後、所定の間隔を空けて第2噴射が行われるが、第1噴射によって噴射した燃料噴霧は、燃料噴射弁6から遠ざかっているため、図11に示すように、第2噴射によって噴射した燃料噴霧が、第1噴射によって噴射した燃料噴霧と重なってしまうことが、より一層確実に回避される。これにより、混合気が局所的に過濃となることが防止される。
図9に示す態様の第1噴射は、図6及び図8における中図、及び/又は、下図の第1噴射に置き換えることが可能である。
図12は、第2噴射の噴射態様の変形例を示している。この第2噴射は、複数の燃料噴射を含む多段噴射によって構成されている。前述の通り、ピエゾ素子を有する燃料噴射弁6は高応答であり、1〜2msecの間に20回程度の多段噴射が可能である。多段噴射によって構成される第2噴射のリフト量は、図6及び図8に示す噴射態様と同様に、第2リフト量である。また、第2噴射の噴射期間は、図6及び図8に示す噴射態様と同様に、第1噴射の噴射期間よりも長い。第2噴射を多段噴射にした場合も、噴射した燃料噴霧は、図7に示すように、燃料噴射弁6の近くでかつ、燃料噴射弁6の噴射軸心Sに近づくようになる。尚、図12の例では、第2噴射を構成する各燃料噴射同士の間隔を、実質的にゼロにしているが、燃料噴射と燃料噴射との間に所定の間隔を設けてもよい。
図12に示す態様の第2噴射は、図6及び図8における中図、及び/又は、下図の第2噴射に置き換えることが可能である。また、図9に示す態様の第1噴射と、図12に示す態様の第2噴射とを組み合わせることも可能である。
尚、前記の例では、燃焼室及び吸気ポートの遮熱構造を採用すると共に、燃焼室内に断熱ガス層を形成するようにしたが、ここに開示する技術は、遮熱構造を採用しないエンジンに対しても適用することが可能である。