JP2016108593A - クロムめっき皮膜の形成方法 - Google Patents

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雅之 木曽
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Akinori Sugiura
啓規 杉浦
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Abstract

【課題】皮膜の耐食性とつきまわり性とを良好に保つとともに、6価クロムの生成を抑えることができるめっき皮膜の形成方法を提供する。【解決手段】クロムめっき浴を用いた電気めっきによって被めっき物上にクロムめっき皮膜を形成する。クロムめっき浴は、少なくとも3価クロムイオンと、シュウ酸とを含み、アノードとして、酸化イリジウムを含む電極を用い、カソードとして前記被めっき物を用い、前記クロムめっき皮膜を形成する際には、高電流密度期間と、前記高電流密度期間よりも電流密度を低くする低電流密度期間とを交互に複数回行う。【選択図】図5

Description

本明細書に開示された技術は、クロムめっき皮膜の形成方法に関する。
クロムめっきは、装飾用及び工業用として、各種分野で利用されている。クロムめっきには、クロムの酸化数が+VI(+6価)であるクロム酸を含むめっき浴が用いられてきた。しかしながら、6価クロム(以下、原則として6価クロムイオンを含む)は有害であるため環境への排出が厳しく規制されており、廃液処理等に多くの手間とコストがかかっていた。
このため、6価クロムを用いないクロムめっき方法が盛んに研究されている。特に、3価クロムの毒性が6価クロムと比べて格段に低いことから、3価クロムを用いたクロムめっき方法は、6価クロムを用いるめっき方法の有力な代替技術として期待されている。
例えば、特許文献1には、3価クロム浴に直流、パルス波形、又は周期的パルスの逆波形の電流を印加することで、結晶質クロム堆積物を電析させる方法が記載されている。
特表2009−532580号公報
しかしながら、3価クロム浴を用いた従来のクロムめっき形成方法では、めっきのつきまわり性を良好に保ちつつ、めっき皮膜の耐食性を向上させることが難しい。また、従来のクロムめっき形成方法では、アノードで3価クロムイオンが6価クロムイオンへと酸化され、この6価クロムイオンが蓄積するので、廃液中の6価クロムイオンを別途処理する必要が生じる。
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、皮膜の耐食性とつきまわり性とを良好に保つとともに、6価クロムの生成を抑えることができるめっき皮膜の形成方法を提供することを目的とする。
本明細書に開示されたクロムめっき皮膜の形成方法は、クロムめっき浴を用いた電気めっきによって被めっき物上にクロムめっき皮膜を形成する方法である。前記クロムめっき浴は、少なくとも3価クロムイオンと、シュウ酸とを含み、アノードとして、酸化イリジウムを含む電極を用い、カソードとして前記被めっき物を用い、前記クロムめっき皮膜を形成する際には、高電流密度期間と、前記高電流密度期間よりも電流密度を低くする低電流密度期間とを交互に複数回行う。
本明細書で開示された方法によれば、良好な耐食性を示し、めっきのつきまわり性が向上するとともに、6価クロムの生成を抑えることも可能となる。
図1は、電解処理前後におけるめっき浴の吸光スペクトルを示す図である。 図2は、電解処理前後におけるめっき浴の吸光スペクトルを示す図である。 図3は、直流電解法によりクロムめっき皮膜の形成を行った場合のめっき浴の吸光スペクトルを示す図である。 図4は、実施例1〜5及び比較例1〜3でのめっき条件を示す図である。 図5は、ベントカソードテストの結果を示す図である。 図6(a)、(b)は、オージェ分析法により、めっき皮膜中の炭素量を測定した結果を示す図である。 図7は、XPS法によるめっき皮膜の分析結果を示す図である。 図8は、めっき皮膜の耐食性試験の結果を示す図である。
−めっき条件の検討−
3価クロム浴にはシュウ酸を含むタイプとギ酸を含むタイプとがある。シュウ酸を含む3価クロム浴には、クラックが少なく、耐食性が良いめっき皮膜を形成することができるという利点がある反面、低電流密度域でのめっきのつきまわり性及び均一電着性が劣るという不具合がある。
一方、ギ酸を含むタイプの3価クロム浴では、クロム濃度を低くした場合、つきまわり性が良好となる反面、めっき皮膜の耐食性を改善することが困難である。
これらを考え合わせた結果、本願発明者らは、シュウ酸を含む3価クロム浴を採用し、つきまわり性を向上させる方法を模索することとした。つきまわり性を向上させる方法の1つに、パルスめっき法がある。パルスめっき法は、所定のパルス波形を有する電流を印加してめっき皮膜を形成する方法である。
同一のめっき浴を用いる場合、析出するクロムの結晶粒径は電流密度に、均一電着性は電極表面に形成される拡散層の厚さに各々関連する。直流電解ではイオンの放電速度がその拡散速度よりも早いため電極面へのイオンの供給が遅れ、結晶粒径の大きな樹脂状結晶皮膜が形成されやすい。これに対し、パルス電流を用いると、イオンの放電速度と拡散速度とから適度なパルス幅とパルス間隔を設定することで、拡散層を電極表面の微細凹凸に沿って分布させることができ、つきまわり性及び均一電着性を改善することが可能となると考えられた。
そこで、本願発明者らは、シュウ酸を含む3価クロム浴にパルス電流を印加してめっき皮膜を形成することで、高い耐食性と良好なつきまわり性を実現できると考えた。本願発明者らがパルス電流のパルス幅を1秒以下として3価クロム浴を用いた方法でめっき皮膜を形成してみたところ、つきまわり性は改善し、耐食性が良好なクロムめっき皮膜を形成することができた。ところが、このような方法では、めっき浴中に6価クロムが蓄積してしまうことが分かった。これは、パルス電流の電流密度を高くすることにより、アノード(陽極)で3価クロムイオンが6価クロムイオンへと酸化されるためであると考えられた。
これに対し、6価クロムの生成を抑えるための方策を検討した結果、パルス幅を大きくするとともに、低電流密度期間を十分に確保してパルス電解めっきを行うことで、6価クロムの生成を効果的に抑えることができることが分かった。また、パルス幅を小さくしたままでも、アノードに酸化イリジウム(IrO)を含む電極を用いることで、酸素過電圧を下げてアノードでの6価クロムの生成を抑えることができることが分かった。
以上の知見を踏まえ、本願発明者らは、新たなクロムめっき皮膜の形成方法を発明するに至った。
(実施形態)
−めっき皮膜の形成方法−
本実施形態のめっき皮膜の形成方法では、例えば3価クロムイオンと、3価クロムイオンと錯体を形成するシュウ酸と、硫酸イオンを含むめっき浴を用いる。以下に、めっき浴の組成の一例を示すが、めっき浴の組成はこれに限定されるものではない。
40%硫酸クロム溶液 =200mL/L(±20%)
シュウ酸 =90g/L(±20%)
ホウ酸 =40g/L(±20%)
硫酸ナトリウム =30g/L(±20%)
上記のめっき浴は、例えばアンモニアでpH=2.5に調整する。
めっき浴には、アミノカルボン酸、アミン化合物、尿素等を添加してもよい。また、めっき皮膜の形成時には必要に応じて3価クロムとシュウ酸の組成を有する補給液を補給してもよい。補給液の組成の一例を下記に示す。
40%硫酸クロム溶液=400ml/L(±20%)
シュウ酸 =200g/L(±20%)
めっき浴中のクロム濃度は例えば35g/L以上45g/L以下であり、pHは2.0以上3.0以下であり、めっき浴の温度は30℃以上50℃以下とする。
アノードとしては、酸化イリジウムを含む電極を用いる。例えば、基材上に酸化イリジウムの単層膜が形成された電極や、基材上に酸化イリジウムとシリコン(Si)、チタン(Ti)、タンタル(Ta)、ジルコニウム(Zr)、タングステン(W)、ニオブ(Nb)のうち少なくとも1種の元素を含む酸化物との混合膜が設けられた電極等を用いることができる。
なお、めっき槽において、アノード側とカソード側とを隔てる隔膜は設けなくてよい。
以上のめっき浴及び電極を用いて、次のような手順でパルス電解法を行う。
まず、めっき浴組成に応じた適正な電流密度を設定する。具体的には、上記のめっき浴及び電極を用いた上で、一定値の直流電流を流して電解を行う方法(すなわち、直流電解法)を実施し、直流電解法における適正な電流密度(以下、「Dk−Dc」と表記)の範囲を設定する。電解時間は任意でよいが、例えば5〜30分程度としてもよい。ここで、適正なDk−Dcの範囲を設定する基準の一例としては、所定の時間(例えば3時間)内に、被めっき物の用途に応じためっき皮膜の目標膜厚に達することができ、且つ当該所定時間電解処理した後のめっき浴で6価クロムの紫外線(UV)吸収が確認されないことが挙げられる。
この手順を踏むことで、異なる組成や状態の3価クロムめっき浴を用いた場合でも、適切な条件でめっき皮膜の形成を行うことが可能となる。また、電流密度を上げすぎるとアノードで6価クロムイオンが生成する恐れがあるので、本工程により、6価クロムイオンの発生が抑えられる電流密度条件を知ることができる。ただし、適正な電流密度が既知のめっき浴を用いる場合には、この工程を省略できる。
図1、2は、電解処理前後におけるめっき浴の吸光スペクトルを示す図である。図1では、電解量を変えて測定した結果を示し、図2では、アノードの電流密度を変えて測定した結果を示す。
電解開始時のめっき浴の組成は、上述の組成(Cr濃度が4wt%、シュウ酸濃度が20wt%)とした。このめっき浴は、6価クロムイオンを含まず、3価クロムイオンを含んでいる。図1において、49AH/Lの場合は、アノード電流密度を10A/dmとし、4.9時間電解を行い、105AH/Lの場合は、電流密度を10A/dmとし、10.5時間電解を行った。
図2には、電解密度を10A/dm、40A/dmとしてそれぞれ10時間、2.5時間電解を行った場合の結果を示す。同図に示す「新液」は、電解を行う前の上記めっき浴の吸光スペクトルを示している。図1、2に示す測定では、めっき浴のpHを2.5、温度を40℃とした。いずれの場合も、アノードとして酸化イリジウムを含む材料で被覆された電極を、カソード(陰極)として真鍮板に光沢ニッケルめっき皮膜が形成された被めっき物を、それぞれ用いた。
図1に示す結果から、電解量を105AH/Lまで増やしても、めっき浴中に6価クロムイオンは生成されないことが分かった。また、図2に示す結果から、電解処理中の電流密度を40A/dm程度まで上昇させても6価クロムイオンは生成されないことが分かった。
このように、図1、2に示す例では、少なくとも電解密度が40A/dm以下の範囲、あるいは電解量が105AH/L以下の範囲では、6価クロムイオンが生成せず、適正にめっき皮膜の形成を行うことが可能であることが確認できた。
次に、パルス電解法によるめっき皮膜の形成を行う。具体的には、高電流密度(高Dk)での電解と低電流密度(低Dk)での電解とを交互に複数回行う。本工程では、先の工程で求められたDk−Dcに基づいて高電流密度期間での電流密度と、高電流密度期間よりも電流密度を低くする低電流密度期間での電流密度とを設定することができる。
例えば、高電流密度期間での電流密度をDk−Dcの200%以上500%以下、好ましくは300%以上400%以下に設定してもよい。また、低電流密度期間での電流密度をDk−Dcの40%以上100%以下、好ましくは50%以上80%以下に設定してもよい。電流密度を上げすぎると6価クロムイオンが生成しやすくなるとともに、めっき皮膜の膜厚のばらつきが大きくなってつきまわり性及び均一電着性が低下してしまう。電流密度が小さすぎると、めっき皮膜を所望の膜厚にするのに多大な時間を要してしまうことになる。
あるいは、高電流密度期間での電流密度を、例えば15A/dm以上40A/dm以下程度とし、低電流密度期間での電流密度を、例えば0A/dm以上8A/dm以下程度としてもよい。
高電流密度期間において、電流密度を15A/dm以上とすることで、クロムめっき皮膜の形成速度を工業的に許容できる範囲にすることができ、電流密度を40A/dm以下とすることで、めっき皮膜の良好なつきまわり性及び良好な均一電着性を実現することができる。
低電流密度期間での電流密度を8A/dm以下とすることで、めっき浴に6価クロムイオンが含まれる場合であっても3価クロムイオンへの還元を効果的に行うことができる。低電流密度期間であっても多少の電流を流すことにより、めっき皮膜の膜厚をより短い時間で目標膜厚にすることができる。
高電流密度期間の長さは例えば10sec以上50sec以下程度とし、好ましくは20sec以上40sec以下とする。低電流密度期間の長さを例えば50sec程度以上として6価クロムイオンの蓄積を防ぐとともに、つきまわり性を向上させるため、低電流密度期間は高電流密度期間よりも長くすることが好ましい。低電流密度期間の長さは、具体的には、高電流密度期間の長さの1〜3倍の長さとするのが好ましい。。
本実施形態の方法において、高電流密度期間の長さを例えば10sec以上とすることにより、高電流密度期間を短くする場合に比べて低電流密度期間におけるつきまわり性を改善することができる。高電流密度期間の長さを50sec以下にすることにより、6価クロムイオンの生成を抑えることができる。
また、低電流密度期間を50sec以上とすることで、めっきつきまわり性及び均一電着性を大きく向上させることができる。低電流密度期間を高電流密度期間の長さの3倍以下とすることで、平均電流密度が小さくなりすぎないようにし、めっき皮膜の形成速度が低くなり過ぎるのを防ぐことができる。
ただし、これらの電流密度の範囲や高電流密度期間及び低電流密度期間の長さは、めっき浴の組成やめっき条件、被めっき物の形状等によって適宜変更してもよい。
なお、本実施形態の方法では、低電流密度期間では電流密度を0A/dm以上とし、高電流密度期間の逆方向に電流を流すことはない。これは、逆方向に電流を流すと、酸化イリジウムを含むアノードに不具合が生じるからである。
次に、本実施形態の方法において、6価クロムイオンを含むめっき浴を用いた場合に、6価クロムイオンを還元できることを順を追って説明する。
図3は、酸化イリジウムを含むアノードを用いた直流電解法によりクロムめっき皮膜の形成を行った場合のめっき浴の吸光スペクトルを示す図である。同図における「新液」は、図2に示す測定で用いた「新液」と同じ組成のめっき浴の電解開始前の吸光スペクトルを示す。また、「Cr6+生成液」は、Cr濃度が4wt%、シュウ酸濃度が20wt%、pHが2.5であり、6価クロムイオンを含む下記の組成のめっき浴の、電解開始前の吸光スペクトルを示す。
40%硫酸クロム溶液 =200mL/L
シュウ酸 =90g/L
ホウ酸 =40g/L
硫酸ナトリウム =30g/L
クロム酸(Cr6+)=1g/L(0.52g/L)
上記組成のめっき浴を、アンモニアでpH=2.5に調整した。
図3における「7AH/L」は、「Cr6+生成液」を用いて直流電流をDk=10A/dmの条件で流し、0.7時間電解処理を行った結果を表す。
図3における「14AH/L」は、「7AH/L」と同様に、直流電流をDk=10A/dmの条件で流し、1.4時間電解処理を行った結果を表す。
アノードは、いずれの場合も、図1、2に結果を示す測定、及び本実施形態の方法と同じく酸化イリジウムを含む電極を用いた。カソード(被めっき物)は、図1、2に結果を示す測定と同じものを用いた。めっき浴の温度は37.5℃とした。
図3に示す結果から、「Cr6+生成液」では、波長360nm付近に6価クロムイオンの吸光が見られたが、「7AH/L」では、6価クロムイオンが大きく減少し、「14AH/L」では、360nm付近での吸光が6価クロムイオンを含まない「新液」と同程度にまで低下していることが分かった。この結果から、酸化イリジウムを含むアノードと、3価クロムイオンを含むめっき浴とを組み合わせて用いれば、めっき浴中に6価クロムイオンが存在しても電解処理中に還元できることが確認できた。また、電解時間を長くして電解量を大きくする方が6価クロムイオンの減少は大きくなることも確認できた。
本実施形態の方法では直流電解法ではなくパルス電解法を用いているが、めっき浴組成と使用するアノードは上述の実験と同じであるので、本実施形態の方法によっても電解処理によってめっき浴中の6価クロムイオンを減少させることができると考えられる。
ここで、本実施形態の方法でめっき浴中の6価クロムイオン濃度が減少する理由について考察する。本実施形態のような3価クロムめっき浴中では、電解中のアノードとカソードでそれぞれ以下のような反応が起こる。
アノード:
2OH → 2e + O (E=1.23)・・・主反応
Cr3+ → 3e + Cr6+ (E=1.33)・・・副反応
カソード:
2H + 2e → H (E=0)・・・副反応
Cr6+ + 3e → Cr3+ (E=−1.33)・・・副反応
Cr3+ + 3e → Cr (E=−0.74)・・・主反応(目的の反応)
本実施形態の方法では、アノードとして酸化イリジウムを有する材料で被覆された電極を用いているので、従来の電極を用いた場合に比べてアノードにおける酸素過電圧が低くなっており、アノードにおける酸素の発生が優先して進行する。このため、6価クロムイオンの生成が抑えられている。なお、アノード電流密度が高くなると、6価クロムイオンが微量ながら生成する恐れがある。この際に、不溶性アノードとして一般的に使用されている白金アノードを用いた場合には、酸素過電圧が高いことにより、酸素発生の優先度が低下するため、他の酸化反応(シュウ酸の酸化や3価クロムの酸化に伴う6価クロムイオンの生成)が進行してしまう。本実施形態の方法では、アノードとして酸化イリジウムを有する材料で被覆された電極を用いているので、このような不具合は生じにくくなっている。
従って、本実施形態の電解方法では、高電流密度期間においても、アノードでの6価クロムイオンの生成反応は低減されている。また、カソードにおいては、クロムの析出と同時に6価クロムイオンの還元反応も進む。
また、低電流密度期間においては、アノードでの6価クロムイオンの生成反応は生じないが、カソードでは3価クロムイオンへの還元反応が進む。このため、微量に存在する6価クロムイオンの濃度をより少なくする結果となり、良好な析出皮膜が得られる。
この結果、本実施形態の方法によれば、めっきつきまわり性が大幅に向上する。特に、本実施形態の方法において、低電流密度期間を一般的なパルス電解よりも大幅に長くすることにより、めっき皮膜の均一性を大きく向上させることが可能となっている。
本実施形態の方法では、高電流密度期間と低電流密度期間とを交互に行うことにより、結果として、従来の方法に比べてつきまわり性を大幅に改善することが可能となっている。そのため、凹凸のある被めっき物であってもめっき皮膜を美しく仕上げることができるとともに、めっき皮膜の膜厚がばらつくことによる不具合を抑えることができる。すなわち、被めっき物の凸部における膜厚過剰により生じる不具合や、凹部における膜厚不足より生じる不具合の発生を防ぐことができる。
また、本実施形態の方法によれば、被めっき物の用途やめっき皮膜の設定膜厚等に応じて電流密度や高電流密度期間及び低電流密度期間の長さを適宜調整することが可能である。
さらに、本実施形態の方法では、シュウ酸及び3価クロムイオンを含むめっき浴を用いているので、クロムめっき皮膜に適度に炭素を導入することができ、耐食性の良好なクロムめっき皮膜を得ることができる。
なお、本実施形態のクロムめっき皮膜の形成方法において用いられるめっき浴は上述のものに限られず、少なくとも3価クロムイオンと、シュウ酸とを含んでいるめっき浴であれば用いることができる。
以下に示す実施例、比較例に係るクロムめっき皮膜の形成方法を実施し、クロムめっき皮膜の評価を行った。
−めっき浴−
以下の組成のめっき浴を準備した。
40%硫酸クロム溶液 =200mL/L
シュウ酸 =90g/L
ホウ酸 =40g/L
硫酸ナトリウム =30g/L
上述のめっき浴をアンモニアでpH=2.5に調整した。すなわち、このめっき浴は、Cr濃度が4wt%、シュウ酸濃度が20wt%、pHが2.5の3価クロムめっき浴である。
下記の実施例及び比較例(比較例5を除く)では、このめっき浴を用い、それぞれの条件でクロムめっき皮膜の形成を行った。
−ベントカソードテスト−
パルス電解法を用いた実施例1〜5に係る方法と、直接電解法を用いた比較例1〜3に係る方法とでクロムめっき皮膜の形成を行い、それぞれの場合でのめっきつきまわり性を評価した。上述のめっき浴を用い、アノードとして酸化イリジウムを含む材料で被覆された電極を用い、カソードとして銅製のベントカソードテストピース(山本鍍金試験器社製)に光沢ニッケルめっきを施したものを用いた。このベントカソードテストピースは薄い銅片であり、折り曲げられて6つの部分に分割されている。すべての例でめっき浴の温度は37℃とし、めっき時間は10分とした。
クロムめっき皮膜の形成後、ベントカソードテストピースを延ばして平板状にし、6つの部分に形成されたクロムめっき皮膜の膜厚をそれぞれ測定した。膜厚の測定には、蛍光X線膜厚計を使用した。
図4は、実施例1〜5及び比較例1〜3でのめっき条件を示す図である。図4に示すように、実施例1〜5では高電流密度期間での電流密度(図4に示す「H−Dk電流密度)を30A/dmとし、低電流密度期間の電流密度(図4に示す「L−Dk電流密度)をそれぞれ3A/dm、3A/dm、3A/dm、0A/dm、6A/dmとした。また、実施例1〜5では各高電流密度期間の長さ(図4に示す「H−DkTime」)を30secとし、各低電流密度期間の長さ(図4に示す「L−Dk Time」)をそれぞれ90sec、70sec、45sec、70sec、70secとした。
また、図4に示すように、比較例1〜3では10分間を通してそれぞれ8A/dm、10A/dm、15A/dmの直流電流を流した。
−オージェ分析法によるめっき皮膜中の炭素量測定−
パルス電解法を用いた実施例6に係る方法と、直流電解法を用いた比較例4に係る方法とにおいて、形成されたクロムめっき皮膜中に含まれる炭素量をオージェ分析法によって測定した。測定には、JAMP−9500F(日本電子社製)を用いた。
実施例6では、実施例3と同じ条件でクロムめっき皮膜の形成を行った。ただし、めっき時間は20分とし、カソードとして酸化イリジウム電極を用いた。
比較例4では、電流密度を8A/dmとし、20分間クロムめっき皮膜の形成を行った。
−X線光電子分光法(XPS法)による分析−
上述の実施例6において、形成されたクロムめっき皮膜をXPS法用いて分析した。測定には、JPC−9010MC(日本電子社製)を用いた。クロムめっき皮膜のうち、表面からの深さが0nm、200nm、400nm、600nm、800nm、1000nmである部分についてそれぞれ分析を行った。
−めっき皮膜の耐食性試験−
後述する実施例7〜9及び比較例5の方法で形成されためっき皮膜に対して、塩化カルシウム5g、カオリン15g及び水25mLの混合液を塗布し、240時間室温で放置した。耐食性の良否は、めっき皮膜の腐食の度合いを目視によって確認することで判断した。本試験では、膜厚が5μmの光沢ニッケルめっき膜で表面が被覆された真鍮板をカソードとして用いた。
ここで、実施例7〜9では、アノードとして実施例1〜5と同一の電極、同一の組成のめっき浴を用い、めっき浴の温度は37℃とした。電流密度の条件と、電流密度期間の長さとは、実施例3と同一とした。実施例7〜9では、クロムめっき皮膜の膜厚がそれぞれ0.3μm、0.6μm、0.9μmになるまで電解処理を行った。
比較例5では、CrO=250g/L、硫酸=2.5g/Lの6価クロムイオンを含むめっき浴を用い、Dk=8A/dm、45℃の条件で5分間電解処理を行った。
−評価結果−
<ベントカソードテストの結果>
図5に、ベントカソードテストの結果を示す。比較例ではDkを高くしても、めっき皮膜が形成されにくい箇所での膜厚は0μm(無めっき)のままで改善されず、高いDk部のみ膜厚が厚くなっていた。一方、実施例1〜5では、めっき皮膜が形成されにくい箇所での析出性が改善されると共に、電流密度が高くなる箇所で生じる膜厚過剰を緩和できることが確認された。
<オージェ分析法によるめっき皮膜中の炭素量測定結果>
図6(a)、(b)は、オージェ分析法により、めっき皮膜中の炭素量を測定した結果を示す図である。図6(a)は、比較例4におけるめっき皮膜の測定結果を示し、図6(b)は、実施例6におけるめっき皮膜の測定結果を示す。横軸は、皮膜表面からのSiOに換算した深さを示し、縦軸は元素の含有量(重量%)を示す。
この結果から、パルス電解法を用いた実施例6と、直流電解法を用いた比較例4とでは、めっき皮膜中の炭素含有量は共に10〜15%と大差はないことが確認できた。クロムめっきでは、めっき皮膜に適度に炭素が含まれることにより、耐食性が増す。従って、本実施形態の方法によっても直流電解法を用いた場合と同程度の高い耐食性を実現できることが分かる。
なお、実施例6の結果において、めっき皮膜のうち高電流密度期間に形成された部分は、他の部分よりも少し多く炭素を含むことが分かった。
<X線光電子分光法(XPS法)による分析>
図7は、XPS法によるめっき皮膜の分析結果を示す図である。めっき皮膜中にクロムと共に析出した炭素は、クロムと結合することで、めっき皮膜の耐食性を向上させる。
図7に示す結果から、めっき皮膜中の炭素分は、ほぼクロム炭化物として存在していることが確認できた。なお、めっき皮膜の表面部分に単体の炭素を示すピークが見られるのは、皮膜の最表面に環境からの炭酸ガスが吸着したためと考えられた。
<めっき皮膜の耐食性試験結果>
図8は、めっき皮膜の耐食性試験の結果を示す図である。同図に示すように、実施例7〜9では、試験板の腐食はほぼ認められず、めっき皮膜の変色は生じなかった。これに対し、6価クロムを含むめっき浴を用いた場合には、塩化クロムが生成し、めっき皮膜が緑色に変色した。
以上の結果から、本実施形態の方法を用いれば、耐食性が良好で変色が生じないめっき皮膜が形成できることが分かる。
以上説明したように、本開示の一例に係るめっき皮膜の形成方法は、装飾用、工業用を問わず種々の被めっき物に適用されうる。

Claims (6)

  1. クロムめっき浴を用いた電気めっきによって被めっき物上にクロムめっき皮膜を形成する方法であって、
    前記クロムめっき浴は、少なくとも3価クロムイオンと、シュウ酸とを含み、
    アノードとして、酸化イリジウムを含む電極を用い、カソードとして前記被めっき物を用い、
    前記クロムめっき皮膜を形成する際には、高電流密度期間と、前記高電流密度期間よりも電流密度を低くする低電流密度期間とを交互に複数回行うクロムめっき皮膜の形成方法。
  2. 前記クロムめっき皮膜を形成する際には、高電流密度期間の長さを10sec以上50sec以下とし、低電流密度期間の長さを50sec以上200sec以下とすることを特徴とする請求項1に記載のクロムめっき皮膜の形成方法。
  3. 前記クロムめっき皮膜を形成する際に用いるめっき浴と同一の前記クロムめっき浴を用いた直流電解法を行って、適正な電流密度を設定する工程を備え、
    前記クロムめっき皮膜を形成する際には、直流電解法における適正な電流密度に基づいて適正な電流密度を設定することを特徴とする請求項1又は2に記載のクロムめっき皮膜の形成方法。
  4. 直流電解法における適正な電流密度を設定する際には、所定時間内に前記クロムめっき膜厚が目標とする膜厚に達し、且つ電解処理後のめっき浴に6価クロムの紫外線吸収が確認されないことを基準とすることを特徴とする請求項3に記載のクロムめっき皮膜の形成方法。
  5. 前記クロムめっき皮膜を形成する際には、高電流密度期間での電流密度を、直流電解法における適正な電流密度の200%以上500%以下とし、低電流密度期間での電流密度を直流電解法における適正な電流密度の40%以上100%以下とすることを特徴とする請求項3又は4に記載のクロムめっき皮膜の形成方法。
  6. 前記クロムめっき皮膜を形成する際には、高電流密度期間での電流密度を15A/dm以上40A/dm以下とし、低電流密度期間での電流密度を、0A/dm以上8A/dm以下とすることを特徴とする請求項1〜3のうちいずれか1項に記載のクロムめっき皮膜の形成方法。
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