以下に、本発明を詳細に説明する。
(油脂)
本発明において、油脂中のトリグリセリドとは、1分子のグリセロールに3分子の脂肪酸がエステル結合した構造を有するものである。トリグリセリドの1位、2位、3位とは、脂肪酸が結合した位置を表す。なお、トリグリセリドの構成脂肪酸の略称として、S:飽和脂肪酸、U:不飽和脂肪酸、を用いる。
飽和脂肪酸Sは、油脂中に含まれるすべての飽和脂肪酸である。また、各トリグリセリド分子に結合している2つ又は3つの飽和脂肪酸Sは、同一の飽和脂肪酸であってもよいし、異なる飽和脂肪酸であってもよい。
飽和脂肪酸Sとしては、酪酸(4)、カプロン酸(6)、カプリル酸(8)、カプリン酸(10)、ラウリン酸(12)、ミリスチン酸(14)、パルミチン酸(16)、ステアリン酸(18)、アラキジン酸(20)、ベヘン酸(22)、リグノセリン酸(24)等が挙げられる。なお、上記の数値表記は、脂肪酸の炭素数である。
不飽和脂肪酸Uは、油脂中に含まれるすべての不飽和脂肪酸である。また、各トリグリセリド分子に結合している2つ又は3つの不飽和脂肪酸Uは、同一の不飽和脂肪酸であってもよいし、異なる不飽和脂肪酸であってもよい。
不飽和脂肪酸Uとしては、ミリストレイン酸(14:1)、パルミトレイン酸(16:1)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、リノレン酸(18:3)、エルカ酸(22:1)等が挙げられる。なお、上記の数値表記は、脂肪酸の炭素数と二重結合数の組み合わせである。
本発明のスプレッド用油脂組成物に使用される油脂は、1位、2位、3位のすべてに飽和脂肪酸Sが結合した3飽和トリグリセリドを含み、1分子のグリセロールに2分子の飽和脂肪酸Sと1分子の不飽和脂肪酸Uが結合した2飽和トリグリセリドとして、1位及び3位に飽和脂肪酸Sが結合し、かつ2位に不飽和脂肪酸Uが結合した対称型トリグリセリド(SUS)と、1位及び2位に飽和脂肪酸Sが結合し、かつ3位に不飽和脂肪酸Uが結合した非対称型トリグリセリド(SSU)とを含む。また、1分子のグリセロールに2分子の不飽和脂肪酸Uと1分子の飽和脂肪酸Sが結合した2不飽和トリグリセリドを含み、1位、2位、3位のすべてに不飽和脂肪酸Uが結合した3不飽和トリグリセリドを含む。
本発明のスプレッド用油脂組成物は、油脂として乳脂分別軟質部を含有する。乳脂分別軟質部を含有する本発明のスプレッド用油脂組成物は、乳脂特有の風味が強く良好である。乳脂分別軟質部を調製するための乳脂としては、乳等省令で定められるバター又はクリームからほとんどすべての乳脂肪以外の成分を除去(脂肪率99.3質量%以上、水分5質量%以下)した乳脂や、牛乳から分離したクリームを転相し、濃縮、真空乾燥することで、脂肪率99.9質量%以上の無水乳脂肪(anhydrous milk fat AMF)を使用することができる。
上記乳脂を分別して乳脂分別軟質部を得る方法としては、乾式分別、溶剤分別、界面活性剤(乳化)分別があり、これらを1種単独であるいは2種以上を組み合わせて分別を行うことができる。
乾式分別では、高融点と低融点のトリグリセリドの融点差を利用して、完全に溶解した油脂を徐々に冷却し、生成した結晶部分と液体部分とをろ別して分離し得ることができる。また乾式分別では、温度を段階的に低下させる一段分別、二段分別、又は多段分別により分別油を得ることができる。
溶剤分別では、アセトンやヘキサンなどの溶剤に対する溶解度差を利用して、油脂を溶剤に溶解し、冷却することで、溶剤に対して溶解度の低い高融点部、次いで中融点部の順に結晶を析出させる。結晶を十分成長させた後、結晶部分と液油部分とに分離し、溶媒を留去して、液油部分を分別油として得ることができる。
界面活性剤(乳化)分別では、油脂を溶解し、冷却して結晶化後、界面活性剤(乳化剤)の水溶液を添加して結晶部分に混在している液体部を大きな液滴とし、液状油、固体脂と水溶液の懸濁液、過剰の水溶液の三層に分離し分別油を得ることができる。
本発明のスプレッド用油脂組成物に使用される乳脂分別軟質部は、10℃の固体脂含量(SFC)が20%以下であり、好ましくは10%以下である。また、乳脂分別軟質部の融点は、25℃以下であり、好ましくは20℃以下であり、最も好ましくは15℃以下である。
なお、ここで固体脂含量と融点は、後述の実施例に記載の方法で測定することができ、固体脂含量は、加熱溶解後、10℃で7日間保存後における値である。このような乳脂分別軟質部を使用することで、長期保存による硬さの経時変化を抑制することができる。以下の記述においては、ここで定義されたものを単に「乳脂分別軟質部」と言う。
また、このような乳脂分別軟質部は、長期にわたり結晶が析出しないものであると、可塑性油脂としたときに、可塑性が良好であり、硬さの経時変化を少なくすることができることから、加熱溶解後、10℃で3週間保存後における固体脂含量が20%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましい。
乳脂分別軟質部は、乳脂特有の風味が強く、本発明のスプレッド用油脂組成物は風味発現性が良好である。また、乳脂に比べて低温での結晶量が少ないため、口溶けが良好で、温度による硬さ変化も小さいことから作業性を良好なものとすることができる。
本発明のスプレッド用油脂組成物に使用される油脂は、構成脂肪酸の総炭素数が36〜48であるトリグリセリドを油脂全量に対して15〜46質量%、好ましくは20〜40質量%含有する。この範囲内であると、可塑性が良好で、保存時に染みだしが起こりにくく長期にわたり安定した物性を保つことができ、保型性も良好で耐熱性に優れ、風味発現性も良好である。また、低温での特性、例えばコク味、つや、乳脂特有の風味等の発現とその持続性に優れている。
本発明のスプレッド用油脂組成物に使用される油脂は、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量が、油脂全量に対して多い方が、保型性に優れ、液状油の染みだしが起こりにくい。この観点から、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量は、油脂全量に対して30質量%以上、好ましくは40質量%以上である。しかし、この合計量が油脂全量に対して多すぎると、スプレッド性(伸展性)や風味の発現性が低下する。この観点から、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量は、油脂全量に対して60質量%以下、好ましくは55質量%以下である。すなわち、本発明のスプレッド用油脂組成物は、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量が、油脂全量に対して30〜60質量%であることによって、可塑性が良好で、保存時に染みだしが起こりにくく長期にわたり安定した物性を保つことができ、保型性も良好で耐熱性に優れ、風味発現性も良好である。
本発明のスプレッド用油脂組成物は、2飽和トリグリセリドのうち対称型トリグリセリド(SUS)と非対称型トリグリセリド(SSU)との質量比(SUS/SSU)が低い方が、可塑性が良くなり、染みだしが抑制される。これは、SSUが多いと、結晶の析出が速くなり、マーガリンやショートニング等の製造機において練られやすくなり、また、油脂の相溶性が良くなるためと考えられる。この観点から、SUS/SSUは、1.1以下、好ましくは1.0以下、より好ましくは0.8以下である。しかし、SUS/SSUが低すぎると、結晶の析出が速過ぎて製造機で練られすぎ、可塑性油脂の保型性が低下したり、液状油の染みだしが多くなったりする。この観点から、SUS/SSUは、0.2以上、好ましくは0.3以上である。すなわち、本発明のスプレッド用油脂組成物は、SUS/SSUが0.2〜1.1であることによって、可塑性が良好で、保存時に染みだしが起こりにくく長期にわたり安定した物性を保つことができ、保型性も良好で耐熱性に優れている。
本発明のスプレッド用油脂組成物の製造に用いられる乳脂分別軟質部以外の油脂としては、特に限定されないが、植物油脂、動物油脂、これらの分別油、硬化油、エステル交換油脂等が挙げられる。具体的には、例えば、パーム系油脂、ヤシ油、パーム核油、豚脂(ラード)、牛脂、菜種油、大豆油、綿実油、ヒマワリ油、米油、サフラワー油、オリーブ油、ゴマ油、乳脂、これらの分別油、硬化油、エステル交換油脂等が挙げられる。油脂中における、構成脂肪酸の総炭素数が36〜48であるトリグリセリドの含有量、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量、及びSUS/SSUのバランスを適宜調整するために、これらの油脂は、1種あるいは2種以上を選択して含有させることが好ましい。またエステル交換油脂は、上記のような油脂の1種あるいは2種以上を選択した配合物をエステル交換反応したものであってよい。上記油脂に極度硬化油を含有させる場合、融点50℃以上の極度硬化油の添加量が油脂全量に対して5質量%以下、更には3質量%以下であると、スプレッド用油脂組成物の口溶けの低下を抑制できる。ここで、上記パーム系油脂としては、パーム油、パーム分別油、これらの硬化油、エステル交換油脂等が挙げられ、パーム分別油としては、硬質部、軟質部、中融点部等が挙げられる。
上記油脂のうち、本発明のスプレッド用油脂組成物の製造には、エステル交換油脂を使用することが好ましく、エステル交換油脂を含有させると、油脂中における、構成脂肪酸の総炭素数が36〜48であるトリグリセリドの含有量、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量、及びSUS/SSUのバランスを適宜調整するのが容易である。
本発明のスプレッド用油脂組成物は、好ましい態様において、油脂として次のエステル交換油脂Aを含有する。このエステル交換油脂Aは、ラウリン系油脂とパーム系油脂とをエステル交換反応して得られるものであり、以下、このエステル交換油脂Aを使用した場合について説明する。
エステル交換油脂Aの原料であるラウリン系油脂は、全構成脂肪酸中のラウリン酸含有量が30質量%以上、好ましくは40〜55質量%である。このようなラウリン系油脂としては、パーム核油、ヤシ油、これらの分別油、硬化油等が挙げられ、これらは1種単独で使用してもよく2種以上を併用してもよい。ラウリン系油脂は、ヨウ素価が2以下であることが好ましい。ヨウ素価が2以下のラウリン系油脂を用いると、エステル交換油脂Aを乳脂分別軟質部等の他の油脂と混合する際に結晶核となり固化し易く、また極度硬化油であるためトランス酸の生成の虞も少ない。
エステル交換油脂Aの原料であるパーム系油脂は、全構成脂肪酸中の炭素数16以上の脂肪酸含有量が35質量%以上である。このようなパーム系油脂としては、パーム油、パーム分別油、これらの硬化油等が挙げられ、これらは1種単独で使用してもよく2種以上を併用してもよい。パーム分別油としては、硬質部、軟質部、中融点部等を用いることができる。パーム系油脂として硬化油を使用する場合、極度硬化油を使用するとトランス酸の生成の虞が少ない。パーム系油脂は、ヨウ素価が30〜55であることが好ましい。また、パーム系油脂は、全体として極度硬化油を5〜45質量%含有することが好ましく、20〜45質量%含有することがより好ましい。
そしてエステル交換油脂Aは、ラウリン系油脂5質量%以上30質量%未満と、パーム系油脂70質量%超95質量%以下とをエステル交換反応して得られる。好ましくはラウリン系油脂10質量%以上30質量%未満と、パーム系油脂70質量%超90質量%以下とをエステル交換反応して得られ、より好ましくは、ラウリン系油脂10〜28質量%と、パーム系油脂72〜90質量%とをエステル交換反応して得られる。ラウリン系油脂の含有量が30質量%未満であると、可塑性油脂からの液状油の染みだし抑制と、保型性、口溶けの向上に適している。
そしてエステル交換油脂Aは、ヨウ素価が20〜45である。この範囲内であると、乳脂分別軟質部等の他の油脂との相溶性が良く、そして乳脂分別軟質部等の他の油脂に対して核となりやすく、核発生を誘発し、その結果として固化が遅れることを抑制することができる。ヨウ素価が20以上であると、乳脂分別軟質部等の他の油脂との相溶性が良く、例えば硬い油脂だけで固まることが抑制され、ヨウ素価が45以下であると、乳脂分別軟質部等の他の油脂に対して核となりやすく、核発生を誘発し、その結果として固化が遅れることを抑制することができる。
油脂として、以上のエステル交換油脂Aを使用する場合、パーム系油脂をエステル交換反応して得られ、ヨウ素価が45〜60であるエステル交換油脂Bを併用することが好ましい。ここでパーム系油脂としては、パーム分別軟質油が好ましい。
本発明のスプレッド用油脂組成物におけるエステル交換油脂Aの含有量は、油脂全量に対して5〜55質量%が好ましく、10〜30質量%がより好ましい。エステル交換油脂Bを使用する場合には、エステル交換油脂Bの含有量は、油脂全量に対して5〜60質量%が好ましく、10〜55質量%がより好ましい。エステル交換油脂Aとエステル交換油脂Bとの合計量は、油脂全量に対して35〜75質量%が好ましく、40〜70質量%がより好ましい。また、このような含有量のエステル交換油脂Aや、エステル交換油脂A及びBとともに使用される乳脂分別軟質部の含有量は、2〜40質量%が好ましく、5〜35質量%がより好ましい。
また、本発明のスプレッド用油脂組成物は、油脂として、以上の乳脂分別軟質部やエステル交換油脂A、B以外に、液状油を併用することが好ましい。乳脂分別軟質部とともに液状油を使用すると、スプレッド性(伸展性)が良好で、風味発現性と口溶けも良好である。
ここで液状油としては、5℃で流動状を呈するものであり、例えば、菜種油、大豆油、コーン油、米油、綿実油、ヒマワリ油、ゴマ油、オリーブ油、パーム油を分別したスーパーオレイン等が挙げられる。
本発明のスプレッド用油脂組成物における液状油の含有量は、油脂全量に対して3〜25質量%が好ましい。乳脂分別軟質部と液状油との合計量は、油脂全量に対して20〜50質量%が好ましい。また、乳脂分別軟質部と液状油との質量比(乳脂分別軟質部/液状油)は、0.1〜7.0が好ましく、0.2〜6.0がより好ましい。
本発明のスプレッド用油脂組成物は、油脂として、以上の乳脂分別軟質部、エステル交換油脂A、B、及び液状油以外に、ヨウ素価70以下、好ましくはヨウ素価45〜70の油脂を使用することができる。このような油脂を使用すると、トリグリセリド組成、すなわち構成脂肪酸の総炭素数が36〜48であるトリグリセリドの含有量や、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量及びSUS/SSUを前述のような範囲内に調整することが容易である。
ヨウ素価70以下の油脂としては、植物油脂、動物油脂、これらの分別油、硬化油、エステル交換油脂等が挙げられる。
植物油脂としては、パーム油、ヤシ油、パーム核油、これらの分別油、硬化油、エステル交換油脂等が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよく2種以上を併用してもよい。
動物油脂としては、動物の脂肉から溶出法により採取した脂肪を精製したものを用いることができる。具体的には、ラード、牛脂、これらの分別油、硬化油、エステル交換油脂等が挙げられる。これらは1種単独で使用してもよく2種以上を併用してもよい。
エステル交換油脂Aや、エステル交換油脂A及びBを使用する場合、本発明のスプレッド用油脂組成物におけるヨウ素価70以下の油脂の含有量は、油脂全量に対して35質量%以下が好ましく、20質量%以下がより好ましく、15質量%以下が更に好ましい。
トランス型脂肪酸は動脈硬化症のリスクを増加させると言われており、健康への影響が懸念される点を考慮し、本発明のスプレッド用油脂組成物は、トランス酸量が油脂全量に対して0.1〜5.0質量%であることが好ましい。
ここで、トランス酸量はガスクロマトグラフ法(基準油脂分析試験法(社団法人日本油化学会)の「2.4.4.3−2013 トランス脂肪酸含量(キャピラリーガスクロマトグラフ法)」)で測定することができる。
以上において、本発明のスプレッド用油脂組成物に使用される油脂の分別、硬化反応、エステル交換反応は、次のような方法によって行うことができる。
油脂の分別は、前述した乳脂より乳脂分別軟質部を分別する方法と同様に、乾式分別、溶剤分別、又は界面活性剤(乳化)分別によって行うことができ、これらを1種単独であるいは2種以上を組み合わせて行うことができる。
油脂の硬化反応は、常法にしたがって、ニッケル触媒等の触媒を用いて油脂に水素添加し、加温、攪拌しながら反応を進め、トリグリセリドを構成する不飽和脂肪酸の二重結合部分に水素を結合させ飽和化することによって行うことができる。この際、圧力、温度、時間、触媒を制御することにより、求める硬さの油脂を得ることができる。
油脂のエステル交換反応は、1分子のグリセロールに3分子の脂肪酸が結合したトリグリセリドのグリセロールに結合している脂肪酸の位置や脂肪酸の種類を組みかえる操作であり、常法にしたがって、ナトリウムメチラート等の化学触媒を用いて行われる化学的エステル交換反応や、リパーゼ等を触媒として用いた酵素的エステル交換反応等によって行うことができる。
化学的エステル交換反応は、ナトリウムメチラート等の化学触媒を用いて行われる、位置特異性の乏しいエステル交換反応である(ランダムエステル交換反応とも言われる)。
化学的エステル交換反応は、例えば、常法にしたがって、原料油脂を十分に乾燥させ、触媒を原料油脂に対して0.05〜1質量%添加した後、減圧下、80〜120℃で0.5〜1時間攪拌することにより行うことができる。エステル交換反応終了後は、触媒を水洗にて洗い流した後、通常の食用油の精製工程で行われる脱色、脱臭処理を施すことができる。
酵素的エステル交換反応は、リパーゼを触媒として用いて行われる。リパーゼとしては、リパーゼ粉末やリパーゼ粉末をセライト、イオン交換樹脂等の担体に固定化した固定化リパーゼを使用するができる。酵素的エステル交換によるエステル交換反応は、リパーゼの種類によって、位置特異性の乏しいエステル交換反応とすることもできるし、1、3位特異性の高いエステル交換反応とすることもできる。
位置特異性の乏しいエステル交換反応を行うことのできるリパーゼとしては、アルカリゲネス属由来リパーゼ(例えば、名糖産業株式会社製のリパーゼQLM、リパーゼPL等)、キャンディダ属由来リパーゼ(例えば、名糖産業株式会社製のリパーゼOF等)等が挙げられる。
1、3位特異性の高いエステル交換反応を行うことのできるリパーゼとしては、リゾムコールミーハイ由来の固定化リパーゼ(ノボザイムズ社製のリポザイムTLIM、リポザイムRMIM等)等が挙げられる。
酵素的エステル交換反応は、例えば、リパーゼ粉末又は固定化リパーゼを原料油脂に対して0.02〜10質量%、好ましくは0.04〜5質量%添加した後、40〜80℃、好ましくは40〜70℃で0.5〜48時間、好ましくは0.5〜24時間攪拌することにより行うことができる。エステル交換反応終了後は、ろ過等によりリパーゼ粉末又は固定化リパーゼを除去後、通常の食用油の精製工程で行われる脱色、脱臭処理を施すことができる。
なお、エステル交換油脂A、Bを得るために用いるエステル交換反応は、化学的エステル交換反応であっても酵素的エステル交換反応であってもよい。
(ソルビタン脂肪酸エステル)
本発明のスプレッド用油脂組成物は、好ましい態様において、パーム油の固化開始温度を1.0℃以上、好ましくは1.5℃以上、より好ましくは2.0〜4.0℃上昇させるソルビタン脂肪酸エステルを含有する。
このようなソルビタン脂肪酸エステルを用いることで、本発明のスプレッド用油脂組成物を用いた可塑性油脂の製造時における急冷条件において、油脂の結晶化が促進される。そのため、製造機中でよく練られ、更に可塑性が向上し、保存時の染みだしも更に抑制され耐熱性が良好になる。
上記パーム油の固化開始温度は、示差走査熱量測定(DSC)により測定した値である。固化開始温度の測定には、示差走査熱量計(型番:DSC Q1000、ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン(株)製)を用いることができる。より詳細には、パーム油100質量部にソルビタン脂肪酸エステル0.5質量部を添加し、80℃から毎分10℃の速度で冷却し、固化開始温度を測定することができる。
上記ソルビタン脂肪酸エステルは、全構成脂肪酸中の好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上がパルミチン酸とステアリン酸である。また、パルミチン酸とステアリン酸の質量比は、好ましくは0.3:1.0〜1.0:1.0であり、より好ましくは0.5:1.0〜0.8:1.0である。パルミチン酸とステアリン酸の質量比がこの範囲程度であれば、パーム油の固化開始温度を1.0℃以上上昇させることができる。
ここでパルミチン酸とステアリン酸の質量比は、ガスクロマトグラフ法(基準油脂分析試験法(社団法人日本油化学会)の「2.4.2.2−2013 脂肪酸組成(FID昇温ガスクロマトグラフ法)」)により測定することができる。
上記ソルビタン脂肪酸エステルは、HLB値が好ましくは3.5〜5.5であり、より好ましくは4.0〜5.5である。HLB値がこの範囲であると、パーム油の固化開始温度を上昇させるのに適している。
ここでHLB値は、Griffin式(Atlas社法)により求めることができる。
本発明においては、上記ソルビタン脂肪酸エステルとして、市販のものを用いることができる。例えば、理研ビタミン(株)製のS−320YN、ポエムS−60V、及びソルマンS−300V等が挙げられる。
上記ソルビタン脂肪酸エステルの含有量は、油脂全量に対して、好ましくは0.05〜6.0質量%であり、より好ましくは0.1〜5.0質量%であり、更に好ましくは0.2〜4.0質量%である。ソルビタン脂肪酸エステルの含有量がこの範囲内にあれば、可塑性と耐熱性が良好なものとなり、かつ、乳化剤による雑味を感じることなく風味の発現性の良好なスプレッドを得ることができる。
(モノグリセリンモノ脂肪酸エステル)
本発明のスプレッド用油脂組成物は、好ましい態様において、融点が60℃以下であるモノグリセリンモノ脂肪酸エステルを含有する。
このようなモノグリセリンモノ脂肪酸エステルを用いることで、本発明のスプレッド用油脂組成物を用いた可塑性油脂の乳化を向上させつつ、口溶けを良好なものとすることができる。
一般的に、モノグリセリンモノ脂肪酸エステルを使用すると、乳化は向上するものの、口溶けや味が低下するものと考えられているが、本発明のスプレッド用油脂組成物は、融点が60℃以下のモノグリセリンモノ脂肪酸エステルを添加することにより、口溶けが向上する。これは、融点が60℃以下のモノグリセリンモノ脂肪酸エステルは、融点が高過ぎず溶けやすいことも効果の発現に寄与していると推測される。
ここで「融点が60℃以下のモノグリセリンモノ脂肪酸エステル」とは、単独で融点が60℃以下であるモノグリセリンモノ脂肪酸エステル、及び、2種以上を混合したモノグリセリンモノ脂肪酸エステルであって、全体の融点が60℃以下のものの両方を指す。モノグリセリンモノ脂肪酸エステルは、特に限定されないが、例えば、モノグリセリンモノステアリン酸エステル、モノグリセリンモノオレイン酸エステル、モノグリセリンモノリノール酸エステル、モノグリセリンモノラウリン酸エステル、モノグリセリンモノミリスチン酸エステル、モノグリセリンモノパルミチン酸エステル、モノグリセリンモノアラキジン酸エステル、モノグリセリンモノベヘン酸エステル、モノグリセリンモノリグノセリン酸エステル、モノグリセリンモノミリストレイン酸エステル、モノグリセリンモノパルミトレイン酸エステル、モノグリセリンモノリノレン酸エステル、モノグリセリンモノエルカ酸エステル、モノグリセリンモノカプリン酸エステル、モノグリセリンモノカプリル酸エステル、モノグリセリンモノカプロン酸エステル、モノグリセリンモノ酪酸エステル、モノグリセリンモノデカン酸エステル、モノグリセリンモノノナン酸エステル、モノグリセリンモノオクタン酸エステル、モノグリセリンモノヘプタン酸エステル、モノグリセリンモノヘキサン酸エステル、モノグリセリンモノペンタン酸エステル、モノグリセリンモノブタン酸エステル等が挙げられる。すなわち、ここでモノグリセリンモノ脂肪酸エステルは、これらのうち、全体の融点が60℃以下となるように選択することにより構成される。モノグリセリンモノ脂肪酸エステルは、モノグリセリンモノラウリン酸エステル、モノグリセリンモノオレイン酸エステル又はモノグリセリンモノリノール酸エステルが好ましく、これらのうち、モノグリセリンモノラウリン酸エステル又はモノグリセリンモノオレイン酸エステルがより好ましい。本発明で使用する「融点が60℃以下のモノグリセリンモノ脂肪酸エステル」は、合成するか、又は、商業上入手することが可能であり、例えば、理研ビタミン株式会社製のエマルジーML−N、エマルジーOL−100H、エマルジーMU、エマルジーMO、エマルジーHRO、ポエムM−300等が挙げられる。
モノグリセリンモノ脂肪酸エステルの融点測定は、「食品添加物公定書解説書」記載の融点測定(B−233)方法により行う。
上記モノグリセリンモノ脂肪酸エステルの含有量は、口溶けの向上を考慮すると、油脂全量に対して、好ましくは0.01〜1質量%、より好ましくは0.05〜0.5質量%である。
(抗酸化剤)
本発明のスプレッド用油脂組成物は、好ましい態様において、抗酸化剤を含有する。乳脂分別軟質部は、長期保存による脂質の酸化、光劣化により風味の劣化が起こる。乳脂分別軟質部に対し、抗酸化剤を用いることで、長期保存による風味の劣化を抑制でき、スプレッドの風味の発現性を長期にわたり良好なものとすることができる。
抗酸化剤としては、油溶性のもの、例えば、茶抽出物や茶葉等の茶由来の抗酸化剤、トコフェロール類、トコトリエノール類、ビタミンC(アスコルビン酸)パルミテート、カロテン、フラボン、ケルセチン、ルチン等のフラボン誘導体、コーヒー豆やカカオ豆等に含まれるコーヒー酸、没食子酸、フェルラ酸、クロロゲン酸、オリザノール、ヤマモモ等の没食子酸誘導体、ローズマリー抽出物、セサモール、テルペン類、リン脂質等が挙げられ、これらは1種単独で使用してもよく2種以上を併用してもよい。
これらの中でも、乳脂分別軟質部を含有する本発明のスプレッド用油脂組成物には、ビタミンC(アスコルビン酸)パルミテートや茶由来の抗酸化剤が好適であり、乳脂分別軟質部に由来する強い乳脂感が長期にわたって持続し、風味の低下を抑制できる。更に、ビタミンC(アスコルビン酸)又は茶由来の抗酸化剤とトコフェロール類とを組み合わせることが好適である。
ビタミンC(アスコルビン酸)パルミテートを含む抗酸化剤としては、市販品を使用でき、理研ビタミン(株)製「理研EオイルCP3+L」、三菱化学フーズ(株)製「エアコートC」などを使用することができる。
茶由来の抗酸化剤としては、茶抽出物を好ましく用いることができる。茶抽出物は、緑茶、ウーロン茶、紅茶等の茶葉又はその加工品を、水、熱・BR>・A又は有機溶剤などにより抽出したもので、カテキン類を主成分とする。
カテキン類としては、ガレート型カテキン(エピガロカテキンガレート、エピカテキンガレート、カテキンガレート、ガロカテキンガレート)と遊離型カテキン(エピガロカテキン)、エピカテキン、カテキン、ガロカテキン)が挙げられる。
茶抽出物が油脂に不溶である場合、乳化剤、アルコール、油脂等に分散させて添加するのが好ましい。茶抽出物としては市販の茶抽出含有物が使用でき、市販品としては、三井農林(株)製「サンカテキン油性E」、太陽化学(株)製「サンカトールNo.1」、三菱化学フーズ(株)製「サンフード油性」、小川香料(株)製「ピュアフェノン10−O」などを使用することができる。これらの市販の茶抽出含有物には茶抽出物が10質量%程度含まれている。
本発明のスプレッド用油脂組成物における茶由来の抗酸化剤の含有量は、茶抽出物由来の苦みを感じて風味を損なうことなく、油脂の酸化を抑制して風味や食感の持続性を高めることを考慮すると、油脂100質量部に対して0.001〜1質量部が好ましく、0.005〜0.5質量部がより好ましい。この際、前述したような茶由来の抗酸化剤以外の抗酸化剤を併用してもよい。
(スプレッド)
本発明のスプレッドは、油相中に本発明のスプレッド用油脂組成物を含有する可塑性油脂として調製することができる。
ここでスプレッドとしては、日本農林規格に規定されたファットスプレッドや、日本農林規格に規定されたマーガリンが包含される。本発明のスプレッドは主に、パンや菓子などのベーカリー製品の表面に塗り広げて、あるいはベーカリー製品に充填(注入)、サンドしたり、また食材や呈味素材を入れるパンや菓子などに塗布し、食材や呈味素材の水分がパンや菓子に移行するのを防止する目的等に使用される。
本発明のスプレッドは、水相を含有する形態をとることができる。水相を含有する形態としては、油中水型、水中油型、油中水中油型、水中油中水型が挙げられる。この場合の油相の含有量は、可塑性油脂であるスプレッド全量に対して、好ましくは60〜99.4質量%であり、より好ましくは65〜98質量%である。また、水相の含有量は、スプレッド全量に対して、好ましくは0.6〜40質量%である、より好ましくは2〜35質量%である。乳化形態は、特に口溶け及び保型性に優れ、かつ、染みだしが起こりにくいという点で、油中水型が好ましい。
本発明のスプレッドは、水以外に、従来の公知の成分を含んでもよい。公知の成分としては、前述した抗酸化剤などの他、例えば、乳、乳製品、蛋白質、糖質、塩類、酸味料、pH調整剤、香辛料、着色成分、香料、乳化剤等が挙げられる。乳としては、例えば、牛乳等が挙げられる。乳製品としては、脱脂乳、クリーム、チーズ(ナチュラルチーズ、プロセスチーズ等)、発酵乳、濃縮乳、脱脂濃縮乳、無糖れん乳、加糖れん乳、無糖脱脂れん乳、加糖脱脂れん乳、全粉乳、脱脂粉乳、クリームパウダー、ホエイパウダー、蛋白濃縮ホエイパウダー、ホエイ蛋白コンセントレート(WPC)、ホエイ蛋白アイソレート(WPI)、バターミルクパウダー、トータルミルクプロテイン、カゼインナトリウム、カゼインカリウム等が挙げられる。蛋白質としては、大豆蛋白、エンドウ豆蛋白、小麦蛋白等の植物蛋白等が挙げられる。糖質としては、単糖(グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノース等)、二糖類(ラクトース、スクロース、マルトース、トレハロース等)、オリゴ糖、糖アルコール、デンプン、デンプン分解物、多糖類等が挙げられる。香辛料としては、カプサイシン、アネトール、オイゲノール、シネオール、ジンゲロン等が挙げられる。着色成分としては、カロテン、アナトー、アスタキサンチン等が挙げられる。香料としては、バターフレーバー、ミルクフレーバー等が挙げられる。乳化剤としては、前述したソルビタン脂肪酸エステルやモノグリセリンモノ脂肪酸エステルの効果を阻害しないものであれば添加することができる。例えば、レシチン、グリセリン脂肪酸エステル、有機酸グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ステアロイル乳酸カルシウム、ステアロイル乳酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル等が挙げられる。
本発明のスプレッドは、公知の方法により製造することができる。例えば、本発明のスプレッド用油脂組成物を含む油相と水相とを適宜に加熱し混合して乳化した後、コンビネーター、パーフェクター、ボテーター、ネクサス等の冷却混合機により急冷捏和し得ることができる。冷却混合機による急冷捏和後には、必要に応じて熟成(テンパリング)してもよい。
以下に、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
1.測定方法
各油脂のヨウ素価は、基準油脂分析試験法(社団法人日本油化学会)の「2.3.4.1−2013ヨウ素価(ウィイス−シクロヘキサン法)」で測定した。
乳脂分別軟質部の融点は、基準油脂分析法(社団法人日本油化学会)の「3.2.2.2−2013 融点(上昇融点)」で測定した。
固体脂含量は、基準油脂分析試験法(社団法人日本油化学会)の「2.2.9−2013 固体脂含量(NMR法)」で測定した。また、基準油脂分析試験法の温度条件を変更し(0℃±2℃で30分保持後、26℃±0.2℃で30分保持し、その後0℃±2℃で30分保持する操作を除いた)、10℃で7日間及び3週間保存し測定した。
構成脂肪酸の総炭素数が36〜48であるトリグリセリドの含有量は、ガスクロマトグラフ法(基準油脂分析試験法(社団法人日本油化学会)の「2.4.6.1−2013 トリアシルグリセリン組成(ガスクロマトグラフ法)」)で測定した。
油脂における2飽和トリグリセリド及び3飽和トリグリセリドの合計含有量は、ガスクロマトグラフ法(基準油脂分析試験法(社団法人日本油化学会)の「2.4.2.2−2013 脂肪酸組成(FID昇温ガスクロマトグラフ法)」と「奨2−2013 2位脂肪酸組成」)で測定し、それぞれ脂肪酸量を用いて計算にて求めた。
油脂における対称型トリグリセリド(SUS)及び非対称型トリグリセリド(SSU)の含有量と質量比(SUS/SSU)は、ガスクロマトグラフ法(基準油脂分析試験法(社団法人日本油化学会)の「2.4.2.2−2013 脂肪酸組成(FID昇温ガスクロマトグラフ法)」と「奨2−2013 2位脂肪酸組成」)により測定し算出した。
2.スプレッド用油脂組成物の製造
表1及び表2に示す配合比にて各油脂とソルビタン脂肪酸エステルを溶解後混合し、実施例及び比較例の油脂組成物を得た。
(エステル交換油脂A)
パーム核極度硬化油20質量%、パーム油50質量%、パーム極度硬化油30質量%を混合して110℃に加熱し、十分に脱水させた後、化学触媒としてナトリウムメチラートを油脂量の0.08質量%添加し、減圧下、100℃で0.5時間攪拌しながらエステル交換反応を行った。エステル交換反応後、水洗して触媒を除去し、活性白土を用いて脱色し、更に脱臭を行ってエステル交換油脂Aを得た。
(エステル交換油脂B)
パーム分別軟質部(ヨウ素価56)について、エステル交換油脂Aの製法に準じてエステル交換反応等を行い、エステル交換油脂Bを得た。
(乳脂分別軟質部1、2)
乳脂より常法により分別を行い、軟質部を得た。乳脂分別軟質部として2種類の融点(10℃、18℃)のものを使用した。これらについて、基準油脂分析法にしたがって測定した10℃のSFC、前述のとおり60℃±0.2℃で30分保持後、10℃で7日間保存し測定したSFCと、60℃±0.2℃で30分保持後、10℃で3週間保存し測定したSFCの値を表3に示す。なお、比較例で使用した乳脂(融点32.5℃)についても、基準油脂分析試験法、60℃±0.2℃で30分保持後、10℃で7日間及び3週間保存し測定した10℃のSFC値を示した。
(ソルビタン脂肪酸エステル1)
S−320YN (理研ビタミン(株)製)
パーム油の固化開始温度の上昇値 3.0℃
パルミチン酸とステアリン酸の合計含有量 98.1質量%
パルミチン酸/ステアリン酸(質量比) 0.8
HLB 4.2
(ソルビタン脂肪酸エステル2)
ポエムS−60V (理研ビタミン(株)製)
パーム油の固化開始温度の上昇値 2.0℃
パルミチン酸とステアリン酸の合計含有量 98.6質量%
パルミチン酸/ステアリン酸(質量比) 0.9
HLB 5.1
ソルビタン脂肪酸エステルを添加したパーム油の固化開始温度(℃)の上昇値は、以下のようにして測定した。まず、パーム油(ヨウ素価53)100質量部にソルビタン脂肪酸エステル0.5質量部を添加し、それを測定用のアルミニウムパンに3.5mg量り、更にサンプルを何も入れない空パン(リファレンス)を用いて、示差走査熱量計(型番:DSC Q1000、ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン(株)製)で以下の条件で固化開始温度を測定した。
次に、同様にして、ソルビタン脂肪酸エステルを添加していないパーム油の固化開始温度を測定した。
ソルビタン脂肪酸エステルを添加したパーム油の固化開始温度とソルビタン脂肪酸エステルを添加していないパーム油の固化開始温度の差を、パーム油の固化開始温度(℃)の上昇値とした。
<測定条件>
示差走査熱量計のセル内の温度を80℃まで昇温し、5分間保持し、完全にサンプルを溶解させた。その後、毎分10℃(10℃/min.)で80℃から−40℃まで降温させ、その過程における固化開始温度(発熱ピークにおける発熱開始温度)を測定した。固化開始温度は、ベースラインとピークとの接線における交点とした。
3.評価
実施例及び比較例の各試料について次の評価を行った。
(スプレッド用マーガリンの製造)
油脂組成物82質量部を70℃に調温し、レシチン0.2質量部を添加後、溶解させ油相とした。一方、水15.3質量部に脱脂粉乳1.5質量部及び食塩1.0質量部を添加し、85℃で加熱殺菌して水相を得た。
次に、該油相に該水相を添加し、プロペラ攪拌機で撹拌して、油中水型に乳化した後、パーフェクターによって急冷捏和して、下記の配合割合のスプレッド用マーガリンを得た。
〈スプレッド用マーガリンの配合〉
油脂組成物 82質量部
レシチン 0.2質量部
水 15.3質量部
脱脂粉乳 1.5質量部
食塩 1.0質量部
上記スプレッド用マーガリンを10℃で7日保存した後、下記の評価を行った。
[可塑性(10℃)]
10℃に調温したスプレッド用マーガリン5gをスパテラにとりステンレス製の板に塗布し、以下の基準で評価した。
評価基準
5:薄く、非常に滑らかに伸展する。
4:薄く、滑らかに伸展する。
3:若干厚みはあるが、滑らかに伸展する。
2:厚みがあり、伸展性が悪い。
1:伸展しない、又は伸展するが、途中で切れる。
[耐熱性(染みだし、保型性)]
スプレッド用マーガリンを口金片目#3(外径24×高さ36×幅16(mm))の波形で長さ50mmに伸ばし、30℃の恒温槽に2日間保管した時の液状油の染みだしと保型性を目視で確認した。
評価基準
5:全く染みだしはなく、波形を保っている。
4:染みだしはないが、若干光沢があり、波形を保っている。
3:若干染みだしがあり、波形が若干くずれている。
2:染みだしがあり、波形がくずれ広がり始めている。
1:染みだしが非常に多く、波形が分からないほど溶け広がっている。
[硬さの経時変化(製造直後、30日後)]
スプレッド用マーガリンを円柱の容器に入れ、表面が平らになるようにスパテラでカットし10℃で2日間及び30日間保管した時の硬さをペネトロメーターを用いて測定した。AOCS公定法Cc16−60の円錐型コーンアダプターの先端をスプレッド用マーガリン表面に接触する位置にセットし5秒間落下させたときの進入距離(mm)の10倍をペネトロ値とし、硬さの指標とした。30日目と2日目のペネトロ値の変化率((|30日目のペネトロ値−2日目のペネトロ値|)/2日目のペネトロ値×100)により硬さの変化を以下の基準で評価した。
評価基準
5:12%未満
4:12%以上20%未満
3:20%以上28%未満
2:28%以上36%未満
1:36%以上
[風味発現性(乳脂感)]
スプレッド用マーガリンの乳脂感についてパネル20名により以下の基準で評価し、その平均点により評価した。
評価基準
点数
4点:乳脂感が非常に強く、持続時間が長い。
3点:乳脂感が強く、持続性がある。
2点:乳脂感がやや強いが、持続性がない。
1点:乳脂感が弱く、持続性がない。
平均点による評価
5:平均点が3.5点以上
4:平均点が3.0点以上3.5点未満
3:平均点が2.5点以上3.0点未満
2:平均点が1.5点以上2.5点未満
1:平均点が1.5点未満
[コク味の持続性]
スプレッドマーガリンのコク味についてパネル20名で試食して、以下の基準で評価し、その平均点により評価した。
評価基準
点数
4点:コク味が非常に強く、持続時間が長い。
3点:コク味が強く、持続性ある。
2点:コク味がややあるが、持続性がない。
1点:コク味がない。
平均点による評価
5:平均点が3.5点以上
4:平均点が3.0点以上3.5点未満
3:平均点が2.5点以上3.0点未満
2:平均点が1.5点以上2.5点未満
1:平均点が1.5点未満
[つや]
スプレッド用マーガリンを10℃で7日保存した後、さらに5℃で7日保存し、スプレッドのつやについて、目視にて以下の基準で評価した。
評価基準
5:非常につやがある。
4:つやがある。
3:つやがない。
2:つやがなく、さらに若干表面にざらつきがみられる。
1:つやがなく、さらに表面にざらつきがみられる。
上記の評価結果を表4及び表5に示す。
上記の結果より、スプレッド用マーガリンの可塑性については、実施例1〜10は、スプレッドを冷蔵下で保存後に塗布などの作業を行う温度域である10℃での可塑性がいずれも最高の5又は4の評価で、薄く、非常に滑らかに伸展するものが多かった。実施例2、10は、特定のソルビタン脂肪酸エステルを配合することで、それ以外は同一配合の実施例1よりも可塑性が向上し、薄く、非常に滑らかに伸展した。実施例4は、SUSとSSUとの質量比が他の実施例に比べて高めであるが、可塑性は4の評価で、5の評価のものに比べると伸展時の滑らかさにやや差がみられ、製造機での結晶化がやや不十分となり、保存時に結晶化が進んで硬くなることが可塑性の低下に影響を及ぼす可能性を示唆した。実施例8は乳脂分別軟質部として他の実施例に比べて融点の高いものを使用したが、それ以外は同一配合の実施例5に比べて伸展時の滑らかさにやや差がみられた。
スプレッド用マーガリンの耐熱性については、冷蔵温度よりも高めの温度である30℃で2日間保存したところ、実施例1〜10は概ね、全く染みだしがないか、若干光沢がある程度のレベルで、もとの形状がくずれず保持されていた。実施例4は、SUSとSSUとの質量比が他の実施例に比べて高めであるが、耐熱性は4の評価で、5の評価ものに比べると染みだしにやや差がみられた。実施例6、7は、他の実施例に比べて、構成脂肪酸の総炭素数が36〜48であるトリグリセリドの含有量と、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量のバランスを変更したものであるが、染みだしが僅かにみられ、もとの形状には若干のくずれがみられた。しかし染みだしは抑制され、形状のくずれも大きく広がる程度のものではなく、一定の耐熱性が認められるレベルであった。この実施例6、7の結果や比較例2、3、4、6などの結果を考慮すると、構成脂肪酸の総炭素数が36〜48であるトリグリセリドの含有量は油脂全量に対して15〜46質量%、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量は油脂全量に対して30〜60質量%の範囲が適していることが確認された。
スプレッド用マーガリンの硬さの経時変化については、実施例1〜10はいずれも3以上の評価で、概ね硬さ変化は抑制される傾向がみられた。これは、10℃で7日間、更には3週間保存してもSFCの増加が比較的少ない乳脂分別軟質部を使用したことの影響が示唆される。乳脂分別軟質部1は表3に示したように保存後のSFCの増加が著しく小さいものであり、乳脂分別軟質部2は保存後にSFCがやや増加するものであるが、この乳脂分別軟質部2を用いた実施例8は、乳脂分別軟質部1を用いた以外は同一配合の実施例5に比べると、硬さの経時変化に有意差がみられた。また、乳脂分別軟質部に比べてSFCの高い乳脂を用いた比較例1との対比においては、比較例1は2の評価であるのに対して実施例1〜10はいずれも3以上の評価で、概ね硬さ変化は抑制される傾向がみられた。
風味発現性については、実施例1〜10は、概ね乳脂の風味が強く、持続性があり、比較例2、6などに比べても有意差が見られた。中でも実施例1〜5、7〜10は、乳脂の風味と持続性が良く、実施例6は、他の実施例に比べて、構成脂肪酸の総炭素数が36〜48であるトリグリセリドの含有量と、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量のバランスを変更したものであるが、評価はやや下がったものの、乳脂の風味があり一定の持続性が認められるレベルであった。
また実施例1〜10は、いずれも低温でのコク味、つやの発現とその持続性が比較例に比べて良好であった。長期にわたり結晶が析出しない特定の乳脂分別軟質部を使用することで、可塑性油脂としたときに、物性の経時変化が起こりにくいことが考慮される。つまり低結晶量である乳脂分別軟質部を使用することで、長期にわたり結晶が析出せず経時変化が起こりにくいことから「低温でのコク味の持続性、低温でのつや」も良好であったことが考慮される。
以上の実施例及び比較例の結果より、10℃の固体脂含量が20%以下である乳脂分別軟質部を含有し、構成脂肪酸の総炭素数が36〜48であるトリグリセリドの含有量が油脂全量に対して15〜46質量%、2飽和トリグリセリドと3飽和トリグリセリドとの合計量が油脂全量に対して30〜60質量%、2飽和トリグリセリドのうち対称型トリグリセリド(SUS)と非対称型トリグリセリド(SSU)との質量比(SUS/SSU)が0.2〜1.1であることによって、乳脂分別軟質部を含有していても、可塑性が良好で、保存時に染みだしが起こりにくく長期にわたり安定した物性を保つことができ、保型性も良好で耐熱性に優れ、風味発現性も良好であり、かつ、低温での特性、例えばコク味、つや、乳脂特有の風味等の発現とその持続性に優れていることが確認された。
また、実施例2、9、10では、ソルビタン脂肪酸エステル1、2を配合することで、可塑性、耐熱性が更に良くなることが確認された。これらのソルビタン脂肪酸エステル1、2は、パーム油の固化開始温度を1.0℃以上上昇させるもので、これらを配合した実施例2、9、10では、可塑性と耐熱性の評価がいずれも最高の5の評価であった。
4.モノグリセリンモノ脂肪酸エステルの配合と評価
更に、表6に示す配合比にて各油脂とソルビタン脂肪酸エステル、モノグリセリンモノ脂肪酸エステルを溶解後混合し、実施例の油脂組成物を得た。
モノグリセリンモノ脂肪酸エステルは次のものを用いた。
(モノグリセリンモノ脂肪酸エステル1)
モノグリセリンモノリノール酸エステル:エマルジーMU(理研ビタミン株式会社製、融点34.8℃)
(モノグリセリンモノ脂肪酸エステル2)
モノグリセリンモノラウリン酸エステル:ポエムM−300(理研ビタミン株式会社製、融点56.8℃)
(モノグリセリンモノ脂肪酸エステル3)
モノグリセリンモノステアリン酸エステル:エマルジーMS(理研ビタミン株式会社製、融点67.0℃)
この油脂組成物を用いて、前述と同様の配合と手順にしたがってスプレッド用マーガリンを製造し、10℃で7日保存した後、下記の評価を行った。
[口溶け]
スプレッド用マーガリンの口溶けについてパネル20名により以下の基準で評価し、その平均点により評価した。
評価基準
点数
4点:非常に口溶けが良い。
3点:口溶けが良い。
2点:普通。
1点:口溶けが悪い。
平均点による評価
5:平均点が3.5点以上
4:平均点が3.0点以上3.5点未満
3:平均点が2.5点以上3.0点未満
2:平均点が1.5点以上2.5点未満
1:平均点が1.5点未満
上記の評価結果を表7に示す。
上記の結果より、実施例11、12、16は、評価3で、いずれも口溶けは通常レベルより良好なものであった。そして実施例11のモノグリセリンモノ脂肪酸エステルを融点が60℃以下であるモノグリセリン脂肪酸エステルに変更した実施例13、14、同様に実施例12のモノグリセリンモノ脂肪酸エステルを変更した実施例15、実施例16のモノグリセリンモノ脂肪酸エステルを変更した実施例17、18はいずれも評価が5で、更に口溶けが良好となり、融点が60℃を超えるモノグリセリンモノ脂肪酸エステルを配合したものと有意差がみられた。
5.抗酸化剤の配合と評価
実施例1の油脂組成物100質量部に対して下記の抗酸化剤0.02質量部を添加して、評価用の油脂組成物を調製した。
(抗酸化剤1)
抽出トコフェロール 「理研Eオイル600」理研ビタミン(株)製
(抗酸化剤2)
ビタミンCパルミテート+低αトコフェロール 「理研EオイルCP3+L」理研ビタミン(株)製
(抗酸化剤3)
茶抽出物+抽出トコフェロール 「サンカトールNo.1」太陽化学(株)製
(抗酸化剤4)
茶抽出物+抽出トコフェロール 「ピュアフェノン10−O」小川香料(株)製
この油脂組成物について、メトローム(株)製ランシマット743型CDM測定機にて、CDM時間を測定した。具体的には、120℃に加熱した油脂組成物3gに通気量20L/時で空気を吹き込み、酸化により生成した揮発性分解物を水中に捕集し、水の導電率が急激に変化する変曲点までの時間(hr)を調べた。CDM時間が長いほど油脂組成物の酸化安定性が高いことを示す。
更に、この抗酸化剤を含有する油脂組成物を使用したマーガリンを製造し、15℃で4ヶ月間保存後、官能により風味の劣化を評価した。
(スプレッド用マーガリンの製造)
評価用油脂組成物を使用して、前述と同様の手順にしたがって下記配合割合のマーガリンを得た。
〈スプレッド用マーガリンの配合〉
油脂組成物 82質量部
レシチン 0.2質量部
水 15.3質量部
脱脂粉乳 1.5質量部
食塩 1.0質量部
上記の評価結果を表8に示す。
表8より、抗酸化剤1〜4のいずれもCDM時間の延長効果が確認された。また15℃で4ヵ月保存の長期保存テストにおいても風味の低下が少なく乳脂感があるものであった。
その中でも、抗酸化剤3、4の茶抽出物を用いた場合には、トコフェロールやビタミンCパルミテートを用いた抗酸化剤1、2よりもCDM時間の延長効果が大きく、これらの間には有意差が確認された。また、官能試験においては、抗酸化剤2〜4を用いた場合には、抗酸化剤1に比べて特に風味の劣化が抑制され強い乳脂感が維持された。