以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
(実施形態)
本実施形態の信号処理装置2について図1〜図20に基づいて説明する。本実施形態の信号処理装置2は、電波センサ1から出力されるセンサ信号を信号処理するものである。なお、図1は、電波センサ1と信号処理装置2とを備えたセンサ装置Seのブロック図である。
電波センサ1としては、所定周波数の電波を検知エリアに向けて送信して、検知エリア内で動いている物体で反射された電波を受信し、送信した電波と受信した電波との周波数の差分に相当するドップラ周波数のセンサ信号を出力するドップラセンサを用いている。したがって、センサ信号は、物体の動きに対応するアナログの時間軸信号である。
電波センサ1は、電波を検知エリアに向けて送信する送信機と、検知エリア内の物体で反射された電波を受信する受信機と、送信した電波と受信した電波との周波数の差分に相当する周波数のセンサ信号を出力するミキサとを備えている。送信機は、送信用のアンテナを備えている。また、受信機は、受信用のアンテナを備えている。なお、送信機から送波する電波は、例えば、所定周波数が24.15GHzのミリ波とすることができる。送信機から送波する電波は、ミリ波に限らず、マイクロ波でもよい。また、送波する電波の所定周波数の値は、特に限定するものではない。電波を反射した物体が検知エリア内を移動している場合には、ドップラ効果によって反射波の周波数がシフトする。
信号処理装置2は、センサ信号を増幅する増幅部3と、増幅部3によって増幅されたセンサ信号をディジタルのセンサ信号に変換して出力するA/D変換部4と、A/D変換部4から出力されるセンサ信号をフィルタ処理するフィルタ部13とを備えている。増幅部3は、例えば、オペアンプを用いた増幅器により構成することができる。なお、フィルタ部13の詳細な構成については後述する。
また、信号処理装置2は、A/D変換部4(フィルタ部13)から出力されるセンサ信号を信号処理する周波数分析部5を備えている。周波数分析部5は、センサ信号を周波数領域の信号(周波数軸信号)に変換し周波数帯域の異なるフィルタバンク5a(図2A参照)の群におけるフィルタバンク5a毎の信号として抽出する。なお、周波数分析部5は、フィルタバンク5aの群として、規定数(例えば、16個)のフィルタバンク5aを設定してあるが、フィルタバンク5aの個数は特に限定するものではない。
また、信号処理装置2は、規格化部6を備えている。規格化部6は、周波数分析部5により抽出された信号の総和もしくは所定の複数(例えば、低周波側の4個)のフィルタバンク5aを通過した信号の強度の総和で、各フィルタバンク5aそれぞれを通過した信号の強度を規格化し規格化強度として出力する。
また、信号処理装置2は、規格化部6から出力されるフィルタバンク5a毎の規格化強度から決まる周波数分布により物体を検出する認識処理を行う認識部7を備えている。
上述の周波数分析部5は、センサ信号を離散コサイン変換(Discrete Cosine Transform:DCT)することで周波数領域の信号に変換する機能を有している。また、図2Aに示すように、各フィルタバンク5aの各々は、複数(図示例では、5個)の周波数ビン5b(frequency bin)を有している。DCTを利用したフィルタバンク5aの周波数ビン5bは、DCTビンとも呼ばれる。各フィルタバンク5aは、周波数ビン5bの幅(図2A中のΔf)により分解能が決まる。各フィルタバンク5aの各々における周波数ビン5bの数は、特に限定するものではなく、5個以外の複数でもよいし、1個でもよい。センサ信号を周波数領域の信号に変換する直交変換は、DCTに限らず、例えば、高速フーリエ変換(Fast Fourier Transformation:FFT)でもよい。FFTを利用したフィルタバンク5aの周波数ビン5bは、FFTビンとも呼ばれる。また、A/D変換部4から出力されるセンサ信号を周波数領域の信号に変換する直交変換は、ウェーブレット変換(Wavelet Transform:WT)でもよい。
各フィルタバンク5aの各々が複数の周波数ビン5bを有している場合、信号処理装置2は、周波数分析部5と規格化部6との間に、平滑化処理部8を備えていることが好ましい。この平滑化処理部8は、以下の2つの平滑化処理機能のうち、少なくとも一方を有することが好ましい。1つ目の平滑化処理機能は、フィルタバンク5a毎に周波数ビン5b毎の信号の強度を周波数領域(周波数軸方向)において平滑化処理する機能である。2つ目の平滑化処理機能は、フィルタバンク5a毎に周波数ビン5b毎の信号の強度を時間軸方向において平滑化処理する機能である。これにより、信号処理装置2は、雑音の影響を低減することが可能となり、両方とも有していれば、雑音の影響をより低減することが可能となる。
フィルタバンク5a毎に各周波数ビン5bの信号の強度を周波数領域において平滑化処理する機能を第1の平滑化処理機能とする。この第1の平滑化処理機能は、例えば、平均値フィルタ、荷重平均フィルタ、メジアンフィルタ、荷重メジアンフィルタなどにより実現でき、この第1の平滑化処理機能を平均値フィルタにより実現したとする。そして、図2A,図3Aに示すように、時刻t1において、周波数の低い方から順に数えて1番目のフィルタバンク5aの5個の周波数ビン5bそれぞれにおける信号の強度がそれぞれs1、s2、s3、s4、s5であるとする。ここで、1番目のフィルタバンク5aについてみれば、第1の平滑化処理機能により平滑化処理された信号の強度をm11(図2B,図3B参照)とすると、
m11=(s1+s2+s3+s4+s5)/5
となる。
同様に、2番目のフィルタバンク5a、3番目のフィルタバンク5a、4番目のフィルタバンク5a及び5番目のフィルタバンク5aの信号は、図2B,図3Bに示すように、それぞれ、m21、m31、m41及びm51となる。要するに、本実施形態では、説明の便宜上、時間軸上の時刻ti(iは自然数)におけるj(jは自然数)番目のフィルタバンク5aの信号に対して第1の平滑化処理機能により平滑化処理された信号の強度を、mjiと表している。
規格化部6では、認識部7において認識処理に利用する複数の所定のフィルタバンク5aを通過した信号の強度の総和で、各フィルタバンク5aそれぞれを通過した信号の強度値を規格化する。ここでは、例えば、周波数分析部5におけるフィルタバンク5aの総数が16個であり、認識処理に利用する所定の複数のフィルタバンク5aが、周波数の低い方から順に数えて1〜5番目の5個のみであるとして説明する。時刻t1において1番目のフィルタバンク5aを通過した信号の強度m11の規格化強度をn11(図2C参照)とすると、規格化強度n11は、規格化部6において、
n11=m11/(m11+m21+m31+m41+m51)
の演算により求められる。
また、各フィルタバンク5aの各々が1つの周波数ビン5bからなる場合、規格化部6は、各フィルタバンク5aそれぞれを通過した信号の強度を抽出し、これらの強度の総和で、各フィルタバンク5aそれぞれを通過した信号の強度を規格化する。
また、平滑化処理部8が、フィルタバンク5a毎に各周波数ビン5bの信号の強度を時間軸方向において平滑化処理する機能を第2の平滑化処理機能とする。この第2の平滑化処理機能は、例えば、平均値フィルタ、荷重平均フィルタ、メジアンフィルタ、荷重メジアンフィルタなどにより実現できる。この第2の平滑化処理機能を、時間軸方向の複数点(例えば、3点)での平均値を求める平均値フィルタにより実現したとする。この場合、図3Cに示すように、1番目のフィルタバンク5aについてみれば、第2の平滑化処理機能により平滑化処理された信号の強度をm1とすると、
m1=(m10+m11+m12)/3
となる。
同様に、2番目のフィルタバンク5a、3番目のフィルタバンク5a、4番目のフィルタバンク5a及び5番目のフィルタバンク5aの信号は、それぞれ、m2、m3、m4及びm5とすれば、
m2=(m20+m21+m22)/3
m3=(m30+m31+m32)/3
m4=(m40+m41+m42)/3
m5=(m50+m51+m52)/3
となる。
要するに、本実施形態では、説明の便宜上、n(nは自然数)番目のフィルタバンク5aの信号に対して第1の平滑化処理機能により平滑化処理され、更に第2の平滑化処理機能により平滑化処理された信号の強度を、mnと表している。
認識部7は、各フィルタバンク5aを通過し規格化部6により規格化された各規格化強度の周波数領域での分布に基づいて物体を検出する認識処理を行う。ここにおいて、検出は、分類、認識、識別を含む概念である。
認識部7は、例えば、主成分分析(Principal Component Analysis)によるパターン認識処理を行うことによって物体を検出する。この認識部7は、主成分分析を用いた認識アルゴリズムに従って動作する。このような認識部7を採用するには、あらかじめ、電波センサ1の検知エリアに検出対象物を含まない場合の学習サンプルデータ、検出対象物の異なった動きそれぞれに対応した学習サンプルデータを取得する。そして、これら複数の学習データに対して主成分分析を施すことで得られたデータを、データベース11に記憶させておく。ここにおいて、データベース11に記憶させておくデータは、パターン認識に利用するデータであり、物体の動きと射影ベクトル及び判別境界値とを対応付けたカテゴリデータである。
ここでは、説明の便宜上、電波センサ1の検知エリアに検出対象物を含まない場合の学習サンプルデータに対応する規格化強度の周波数領域での分布を図4Aに示す。さらに、検出対象物を含む場合の学習サンプルデータに対応する規格化強度の周波数領域での分布を図4Bに示す。そして、図4Aでは、各フィルタバンク5aそれぞれを通過した信号の規格化強度が、低周波側から順に、m10、m20、m30、m40及びm50とする。図4Bでは、各フィルタバンク5aそれぞれを通過した信号の規格化強度が、低周波側から順に、m11、m21、m31、m41及びm51とする。そして、図4A,図4Bのいずれにおいても、低周波側の3つのフィルタバンク5aそれぞれを通過した信号の規格化強度の総和を変量m1とし、高周波側の2つのフィルタバンク5aそれぞれを通過した信号の規格化強度の総和を変量m2とする。要するに、図4Aでは、
m1=m10+m20+m30
m2=m40+m50
となる。また、図4Bでは、
m1=m11+m21+m31
m2=m41+m51
となる。
図4Cは、2つの変量m1,m2を互いに直交する座標軸とした場合の2次元散布図と射影軸及び認識境界とをイメージ的に説明するために2次元で図示したものである。図4Cでは、破線で囲んだ領域内の各散布点(図4C中の“+”)の座標位置をμ0(m2,m1)、実線で囲んだ領域内の各散布点の座標位置をμ1(m2,m1)としている。主成分分析では、電波センサ1の検知エリアに検出対象物を含まない場合の学習サンプルデータに対応するデータのグループGr0と、検知エリアに検出対象物を含む場合の学習サンプルデータに対応するデータのグループGr1とを予め決める。そして、主成分分析では、図4Cにおいて破線、実線で囲んだそれぞれの領域内の各散布点を射影軸上に射影したデータの分布(破線、実線で模式的に示してある)の平均値の間隔が最大となり、且つ、分散(variance)が最大となる条件で射影軸を決める。これにより、主成分分析では、学習サンプルごとに射影ベクトルを求めることができる。
ところで、信号処理装置2は、認識部7による検出結果を出力する出力部12を備えている。出力部12は、認識部7により検出対象物が認識された場合、検出対象物が検出されたことを示す出力信号「1」を出力する。出力部12は、検出対象物が認識されない場合、検出対象物を非検出であることを示す出力信号「0」を出力する。
また、信号処理装置2は、背景信号推定部9、背景信号除去部10を備えていることが好ましい。背景信号推定部9は、各フィルタバンク5aそれぞれから出力される信号に含まれている背景信号(つまり、雑音)を推定する。背景信号除去部10は、各フィルタバンク5aを通過した信号から背景信号を除去する。
信号処理装置2は、例えば、動作モードとして、背景信号を推定する第1モードと、認識処理を行う第2モードとがあり、タイマ(図示せず)により計時される所定時間(例えば、30秒)ごとに第1モードと第2モードとが切り替わるようにすることが好ましい。ここにおいて、信号処理装置2は、第1モードの期間に背景信号推定部9を動作させ、第2モードの期間に、背景信号除去部10で背景信号を除去してから、認識部7で認識処理を行うことが好ましい。第1モードの時間と第2モードの時間とは、同じ時間(例えば、30秒)に限らず、互いに異なる時間でもよい。
背景信号除去部10は、例えば、フィルタバンク5aから出力される信号から背景信号を減算することで背景信号を除去するようにしてもよい。この場合、背景信号除去部10は、例えば、各フィルタバンク5aそれぞれを通過した信号m1、m2、…(図5B参照)の強度から、背景信号推定部9で推定された背景信号の強度b1、b2、…(図5A参照)を減算する減算器により構成できる。図5Cは、同一のフィルタバンク5a同士で信号から背景信号を減算することで得られた信号の強度を示している。ここで、左から1番目のフィルタバンク5aの信号の強度をL1とすれば、
L1=m1−b1
となる。
同様に、2番目のフィルタバンク5a、3番目のフィルタバンク5a、4番目のフィルタバンク5a及び5番目のフィルタバンク5aについて背景信号を減算した後の信号の強度は、それぞれ、L2、L3、L4及びL5とすれば、
L2=m2−b2
L3=m3−b3
L4=m4−b4
L5=m5−b5
となる。
背景信号推定部9は、第1モードの期間において、各フィルタバンク5aそれぞれについて得られた信号の強度を、フィルタバンク5a毎の背景信号の強度と推定し随時更新するようにしてもよい。また、背景信号推定部9は、第1モードにおいて、各フィルタバンク5aそれぞれについて得られた複数の信号の強度の平均値を、フィルタバンク5a毎の背景信号の強度と推定するようにしてもよい。すなわち、背景信号推定部9は、事前に得たフィルタバンク5a毎の複数点の信号の時間軸上での平均値を背景信号とするようにしてもよい。これにより、背景信号推定部9は、背景信号の推定精度を向上させることが可能となる。
また、背景信号除去部10は、フィルタバンク5a毎の直前の信号を背景信号とするようにしてもよい。ここで、信号処理装置2は、各信号を規格化部6で規格化処理する前に、時間軸上の直前の信号を減算することで背景信号を除去する機能を有するようにしてもよい。要するに、背景信号除去部10は、各フィルタバンク5aそれぞれを通過した信号に関し、規格化処理の対象となる信号から時間軸上における1サンプル前の信号を減算することで背景信号を除去する機能を有するようにしてもよい。この場合、例えば、図6に示すように、規格化処理の対象となる時刻t1での各フィルタバンク5aそれぞれの信号をm1(t1)、m2(t1)、m3(t1)、m4(t1)及びm5(t1)とする。さらに、その直前の時刻t0での信号をm1(t0)、m2(t0)、m3(t0)、m4(t0)及びm5(t0)とする。そして、減算後の信号の強度をL1、L2、L3、L4及びL5とすれば、
L1=m1(t1)−m1(t0)
L2=m2(t1)−m2(t0)
L3=m3(t1)−m3(t0)
L4=m4(t1)−m4(t0)
L5=m5(t1)−m5(t0)
となる。
また、信号処理装置2の使用形態に基づく周囲環境によっては、あらかじめ比較的大きな背景信号(雑音)が含まれる周波数ビン5bが既知である場合がある。例えば、センサ装置Seの周辺に、商用電源から電源供給される機器が存在しているとする。この場合、商用電源周波数(例えば、60Hz)の逓倍の周波数(例えば、60Hz、120Hz等)のような特定周波数を含む周波数ビン5bの信号には、比較的大きな背景信号が含まれる可能性が高い。一方、検出対象の物体(検出対象物)が検知エリア内を移動しているときに出力されるセンサ信号は、当該センサ信号の周波数(ドップラ周波数)が、電波センサ1と物体の間の距離と、物体の移動速度とに応じて随時変化する。この場合、背景信号が特定周波数で定常的に発生することはない。
そこで、信号処理装置2は、各フィルタバンク5aそれぞれが複数の周波数ビン5bを有している場合に、背景信号が定常的に含まれる周波数ビン5bを特定周波数ビン5biとする。そして、背景信号除去部10は、特定周波数ビン5biの信号を無効とし、当該特定周波数ビン5biに近接する2個の周波数ビン5bの信号の強度から推定した信号の強度で補完することによって背景信号を除去するようにしてもよい。
図7A,図7Bの例では、図7Aにおける左から3番目の周波数ビン5bが特定周波数ビン5biであるとする。背景信号除去部10は、当該特定周波数ビン5biの信号(信号の強度b3)を無効とし、図7Bに示すように、当該特定周波数ビン5biに近接する2個の周波数ビン5bの信号成分の強度b2,b4から推定した信号成分の強度b3で補完している。この推定にあたっては、特定周波数ビン5biに近接する2個の周波数ビン5bの信号の強度b2,b4の平均値、つまり、(b2+b4)/2を、推定した信号の強度b3としている。要するに、フィルタバンク5a内において低周波数側からi番目の周波数ビン5bが特定周波数ビン5biであり、当該特定周波数ビン5biの信号の強度をbiとすれば、biは、
bi=(bi−1+bi+1)/2
からなる推定式により求めた値としている。
しかしながら、周波数分析部5の分解能が低い場合、背景信号を除去する上記構成では、物体が存在しないにも関わらず存在すると判断される誤検出、および物体が存在するにも関わらず存在しないと判断される失報が発生するおそれがある。以下に、ノイズによる物体の誤検出、失報について説明する。
例えば、センサ装置Seの周辺に商用電源(周波数60Hz)から電源供給される機器が存在し、他に移動物体が存在しない状況において、信号処理装置2に入力される信号(第1入力信号とする)を図8に示す。なお、図8において、横軸は時間、縦軸は信号強度を示している。
また、第1入力信号が信号処理装置2に入力されている状況において、A/D変換部4が出力するセンサ信号を、周波数領域分布に変換したグラフを図9,図10に示す。図9は、信号処理装置2とは異なる計測器(図示なし)を用いてFFTにより周波数領域分布に変換した処理結果であり、図10は、信号処理装置2が備える周波数分析部5がDCTにより周波数領域分布に変換した処理結果である。なお、図9,図10において、横軸は周波数、縦軸は周波数成分の信号強度を示している。
計測器による周波数領域分布では、商用電源の周波数(60Hz)の逓倍の周波数をピークとした狭い帯域幅のノイズが計測結果として表れている(図9参照)。一方、周波数分析部5による周波数領域分布では、広い帯域幅のノイズが計測結果として表れている(図10参照)。これは、周波数分析部5の分解能が、計測器よりも低いことが原因と考えられる。
一般に、FFT,DCTなどの周波数分析手段を用いて信号を周波数領域分布に変換した場合、信号処理の分解能のレベルに応じて信号強度のピーク値付近の周波数帯域における処理結果が以下のようになる。信号処理の分解能が高い(処理のデータ点数が多い)場合、ピーク値付近の周波数帯域における信号強度のばらつきが小さく、信号処理の分解能が低い(処理のデータ点数が少ない)場合、ピーク値付近の周波数帯域における信号強度のばらつきが大きくなる。信号処理装置2に実装される周波数分析部5は、演算処理量、信号処理の応答速度などの制約により、認識部7が必要とする分解能を大きく超える処理のデータ点数を扱うことが難しい。したがって、周波数分析部5は、比較的少ない処理のデータ点数(例えば128点など)しか扱うことができず、比較的多いデータ点数(例えば8192点)を扱うことができる計測器に対して分解能が劣る。そのため、周波数分析部5の処理結果(図10参照)は、計測器の処理結果(図9参照)に対して、広い帯域幅のノイズが計測結果として表れる。
したがって、周波数分析部5の処理結果には、既知であるノイズの周波数(例えば、商用電源周波数の逓倍)を含む特定周波数ビン5biだけでなく、特定周波数ビン5bi周辺の周波数ビン5bの信号強度も高く表れる(図10参照)。そのため、特定周波数ビン5biを無効として、特定周波数ビン5biに隣接する周波数ビン5bを用いて補完したとしても、背景信号(ノイズ)を除去しきれない。
このような周波数分析部5の処理結果(図10参照)を用いて物体の認識処理を行った場合における、出力部12の出力信号のシミュレーション結果を図11に示す。図10に示す処理結果は、物体が存在しない第1入力信号(図8参照)が入力された際の結果であるにもかかわらず、広い帯域幅のノイズにより出力信号「1」が出力されており、物体が存在するという誤検出が発生している。
また、上述した背景信号推定部9は、周波数分析部5の処理結果に基づいて背景信号(ノイズ)を推定するので、広い帯域幅をノイズとして推定する。したがって、背景信号除去部10は、背景信号推定部9が推定した広い帯域幅の周波数成分を減衰させることとなる。これにより、物体検出に必要な周波数成分も減衰され、物体が存在するにも関わらず存在しないと判断する失報が発生するおそれがある。
そこで、ノイズによる物体の誤検出、失報を防止するために、本実施形態の信号処理装置2は、フィルタ部13、ノイズ検出部14、周波数設定部15を備えている。
フィルタ部13は、ノッチフィルタで構成されており、A/D変換部4が出力するセンサ信号に対して所定の周波数成分を減衰させるフィルタ処理を行う。具体的には、フィルタ部13は、IIR(Infinite Impulse Response)フィルタでノッチフィルタを実現しており、入力X(z)と出力Y(z)との関係は、数1で表される。
本実施形態のフィルタ部13は、図12に示す2次のIIRフィルタで構成されており、タップ係数(a0〜a2、b1〜b2)に応じた周波数成分を減衰させる。このように、フィルタ部13は、簡易な構成でフィルタ処理の実行手段を実現することができる。
ノイズ検出部14は、検出対象の物体が存在しない状況において、周波数分析部5から出力されるフィルタバンク5a毎の信号の強度に基づいてノイズの周波数成分を検出する。具体的には、ノイズ検出部14は、周波数分析部5の処理結果(図10参照)を参照して、信号強度が高いノイズの周波数成分(例えば、信号強度が閾値以上、または平均値に対して所定値以上の周波数成分)を検出する。本実施形態では、ノイズ検出部14は、120Hzを含む広い帯域幅の周波数成分をノイズの周波数成分として検出したとする。
周波数設定部15は、ノイズ検出部14が検出したノイズの周波数成分の帯域幅のうち中心周波数を含む一部の帯域幅を、フィルタ部13が減衰させる周波数成分に設定する。本実施形態では、ノイズ検出部14は、120Hzを中心周波数とする広い帯域幅(図10中のΔf10)をノイズの周波数成分として検出したとする。そして、周波数設定部15は、120Hzを含む狭い帯域幅(図10中のΔf11)を、フィルタ部13が減衰させる周波数成分に設定する。具体的には、周波数設定部15は、フィルタ部13が120Hzを含む帯域幅の周波数成分を減衰させるように、タップ係数(a0〜a2、b1〜b2)を設定する(図12参照)。
ここで、周波数分析部5による周波数領域分布では、広い帯域幅のノイズが計測結果(図10参照)として表れているが、これは上述したように周波数分析部5の分解能が低いためであり、実際には図9に示すようにノイズの帯域幅は狭い。フィルタ部13は、狭い帯域幅の周波数成分を減衰させるノッチフィルタで構成されており、図13に示す周波数特性のように120Hzを中心周波数とする狭い帯域幅の周波数成分を減衰(除去)させる。すなわち、フィルタ部13は、ノイズの周波数成分のみを減衰し、他の周波数成分を不要に減衰しないので、物体検出に必要な周波数領域の減衰を抑制し、フィルタ処理による物体の検出精度の低下を抑制する。
図14,図15に、第1入力信号(図8参照)が信号処理装置2に入力されている状況において、A/D変換部4が出力するセンサ信号を上述したフィルタ部13がフィルタ処理した後の信号を、周波数領域分布に変換したグラフを示す。図14は、A/D変換部4の出力信号を上述した計測器で計測し、その結果をプログラム処理でフィルタ部13と等価のフィルタ処理を行い、FFTで周波数領域分布に変換した処理結果である。また、図15は、信号処理装置2が備える周波数分析部5がDCTによる周波数領域分布に変換した処理結果である。なお、図14,図15において、横軸は周波数、縦軸は周波数成分の信号強度を示している。
図14に示すように、フィルタ部13のフィルタ処理によって図9と比較して120Hz付近における信号強度が減衰されており、A/D変換部4の出力信号からノイズの周波数成分が除去されている。したがって、図15に示すように、分解能が比較的低い周波数分析部5の処理結果においても、図10と比較して120Hz付近における信号強度が減衰されており、広い帯域幅のノイズは表れていない。
このような周波数分析部5の処理結果(図15参照)を用いて物体の認識処理を行った場合における、出力部12の出力信号のシミュレーション結果を図16に示す。図16に示すように、出力信号「0」が出力されており、フィルタ部13よってノイズの周波数成分が除去されることで、物体が存在しないという正確な検出結果が得られている。
次に、検知対象である物体(移動人体)がセンサ装置Seに向かって接近してきた場合について説明する。物体が接近してきた状況において、信号処理装置2に入力される信号(第2入力信号とする)を図17に示す。なお、図17において、横軸は時間、縦軸は信号強度を示している。また、第2入力信号が信号処理装置2に入力された際における、物体の認識処理のシミュレーション結果を図18に示す。フィルタ部13は、ノッチフィルタで構成されており、ノイズの周波数成分のみを減衰し、他の周波数成分を不要に減衰しないので、フィルタ処理による物体の検出精度の低下が抑制される。したがって、図18に示すように、フィルタ部13によるフィルタ処理が行われた際においても、物体が存在するという正確な検出結果が得られている。
このように、本実施形態の信号処理装置2は、周波数分析部5の分解能が低く、比較的大きな背景信号(ノイズ)が存在する信号が入力された場合であっても、フィルタ部13のフィルタ処理によって物体の誤検出を防止することができる。また、検知対象となる物体が接近してきた場合には、フィルタ部13のフィルタ処理による影響を受けることなく、物体を検出することができ、失報を防止することができる。
さらに、ノイズの周波数成分が未知である場合でも、ノイズ検出部14、周波数設定部15によって、ノイズの周波数成分が検出され、この周波数成分を減衰させるようにフィルタ部13が設定される。これにより、センサ装置Seが設置される環境に応じてフィルタ部13が減衰させる周波数成分が設定され、物体の誤検出、失報を防止することができる。
なお、ノイズの周波数成分が既知である場合(例えば、センサ装置Seの周辺に商用電源から電源供給される機器が設置されている場合など)、この周波数成分を減衰させるようにフィルタ部13のタップ係数が予め設定された構成であってもよい。
次に、信号処理装置2は、物体を検出する物体検出モードと、ノイズを検出して減衰させる周波数成分を設定するノイズ検出モードとを切り替えるためにステートマシンを備えている。このステートマシンの動作について図19を用いて説明する。
まず、電源投入直後、またはリセット解除直後において、ステートマシンは、アイドル状態J1から動作を開始する。そして、ステートマシンは、アイドル状態J1から状態I1に遷移する(K1)。
状態I1は、ノイズ検出モードであり、フィルタ部13が減衰させる周波数成分を決定する。具体的には、ステートマシンは、フィルタ部13を無効化した状態でノイズ検出部14を実行し、ノイズ検出部14がノイズの周波数成分を検出する。そして、周波数設定部15は、ノイズ検出部14が検出したノイズの周波数成分の帯域幅のうち、中心周波数を含む一部の帯域幅を減衰させるように、フィルタ部13のタップ係数を設定する。その後、ステートマシンは、状態I1から状態S1に遷移する(K2)。
状態S1は、物体検出モードであり、フィルタ部13を実行(有効化)した状態で移動物体を検出する。そして、ステートマシンは、一定時間経過後、またはノイズによる誤検出が疑われる場合(例えば、物体が存在するという検出結果の継続時間が閾値時間以上である場合)、状態S1から状態I2に遷移する(K3)。
状態I2は、ノイズ検出モードであり、状態I1と同様に、フィルタ部13を無効化した状態でノイズの周波数成分を検出し、フィルタ部13が減衰させる周波数成分を決定する。その後、ステートマシンは、状態I2から状態S1に遷移する(K4)。
このように、本実施形態の信号処理装置2は、フィルタ部13、周波数分析部5、認識部7とを備える。フィルタ部13は、物体で反射された電波を受信する電波センサ1から出力される物体の動きに応じたセンサ信号に対して、所定の周波数成分を減衰させるノッチフィルタで構成される。周波数分析部5は、フィルタ部13から出力されるセンサ信号を周波数領域の信号に変換し周波数帯域の異なるフィルタバンク5aの群におけるフィルタバンク5a毎の信号として抽出する。周波数分析部5から出力されるフィルタバンク5a毎の信号の強度に基づいて物体を識別する認識処理を行う。
したがって、本実施形態の信号処理装置2は、比較的大きな背景信号(ノイズ)が存在する信号が入力された場合であっても、フィルタ部13のフィルタ処理によってノイズの周波数成分が除去される。これにより、本実施形態の信号処理装置2は、ノイズによる物体の誤検出、失報を防止することができ、物体の検出精度を向上させることができる。
さらに、本実施形態の信号処理装置2は、ノイズ検出部14と周波数設定部15とを備える。ノイズ検出部14は、周波数分析部5から出力されるフィルタバンク5a毎の信号の強度に基づいてノイズの周波数成分を検出する。周波数設定部15は、ノイズ検出部14が検出したノイズの周波数成分の帯域幅のうち中心周波数を含む一部の帯域幅を、フィルタ部13が減衰させる周波数成分に設定する。
したがって、センサ装置Seの設置環境におけるノイズの周波数成分を検出し、この周波数成分を減衰させるようにフィルタ部13を設定することができる。すなわち、ノイズの周波数成分が未知である場合であっても、ノイズの周波数成分を検出して除去し物体の誤検出を防止することができ、物体の検出精度を向上させることができる。
また、フィルタ部13は、ノイズ検出部14が検出したノイズの周波数成分の帯域幅のうち中心周波数を含む狭い帯域幅を減衰させるノッチフィルタで構成されており、フィルタ部13によるフィルタ処理後の信号が周波数分析部5に入力される。したがって、周波数分析部5の分解能が低い場合であっても、広い帯域幅のノイズが周波数分析部5の処理結果に表れることが防止され、物体の誤検出、失報をより抑制することができる。
また、本実施形態では、フィルタ部13が1つの周波数成分(120Hz)を減衰させるように構成されているが、この構成に限定しない。周波数設定部15は、複数の周波数成分をフィルタ部13に設定し、フィルタ部13が複数の周波数成分を減衰させるように構成されていてもよい。例えば、図20に示すように、フィルタ部13Aは、上述したノッチフィルタ(図12参照)と同様構成のフィルタF1〜F3を備えており、3つのフィルタF1〜F3は直列に接続されている。周波数設定部15は、3つのフィルタF1〜F3それぞれに互いに異なるタップ係数を設定しており、フィルタF1〜F3は互いに異なる周波数成分(例えば、商用周波数の逓倍である60Hz、120Hz、180Hzなど)を減衰させる。これにより、ノイズの周波数成分が複数存在する場合においても、このノイズの周波数成分をそれぞれ減衰させることができるので、物体の誤検出、失報を防止し、検出精度を向上させることができる。なお、各フィルタF1〜F3のタップ係数は、所定周波数成分を減衰させるように予め設定された構成でもよい。また、フィルタ部13Aを構成するフィルタの数は、3つに限定せず異なる個数であってもよい。
さらに、フィルタ部13Aは、各フィルタF1〜F3を個別に有効化、無効化するためにマルチプレクサ(multiplexer)M1〜M3を備えている。マルチプレクサM1は、入力[0]にフィルタF1の入力が接続され、入力[1]にフィルタF1の出力が接続されており、制御信号C1に応じて入力[0]、入力[1]の一方に入力される信号を出力する。すなわち、マルチプレクサM1は、入力[0]に入力される信号を出力することでフィルタF1を無効化し、入力[1]に入力される信号を出力することでフィルタF1を有効化する。同様に、マルチプレクサM2、M3は、入力[0]にフィルタF2、F3の入力が接続され、入力[1]にフィルタF2、F3の出力が接続されており、制御信号C2、C3に応じてフィルタF2、F3を有効化、無効化する。このように、フィルタ部13Aは、各フィルタF1〜F3を個別に有効化、無効化することができるので、複数の周波数成分のうち減衰させる周波数成分を選択することができる。また、上述したステートマシンは、制御信号C1〜C3を用いて、ノイズ検出モード時にフィルタ部13A(フィルタF1〜F3)を無効化する。
ところで、認識部7は、認識処理にすべてのフィルタバンク5aの出力信号を用いる必要はなく、検知対象となる物体の種類、センサ装置Seの周囲環境などに応じて、複数のフィルタバンク5aのうち一部のみを認識処理に用いる構成であってもよい。例えば、フィルタバンク5aの群に設定された周波数の範囲が0Hz〜500Hzであるとする(図15参照)。そして、認識部7は、センサ装置Seの使用状況に応じて、フィルタバンク5aの群に設定された周波数の範囲における、低周波側の半分の範囲(0Hz〜250Hz)を認識処理に用いる。
このような場合、周波数設定部15は、認識部7が認識処理を行う周波数の範囲内で、フィルタ部13が減衰させる周波数成分を設定する。すなわち、周波数設定部15は、ノイズ検出部14が検出したノイズの周波数成分のうち、0Hz〜250Hz内に該当する周波数成分をフィルタ部13に設定する。例えば周波数成分が120Hz、360Hzのノイズの強度が高い場合、周波数設定部15は、120Hzの周波数成分のみをフィルタ部13に設定し、360Hzの周波数成分は、物体の認識処理に影響がないのでフィルタ部13に設定しない。すなわち、フィルタ部13が減衰させる周波数成分は、物体の認識処理を行う周波数の範囲内にのみ設定される。したがって、フィルタ部13が減衰させる周波数成分の数に制限がある場合(図20に示す例では3つ)、設定可能な周波数成分の数を有効活用することができる。また、物体の認識処理を行う周波数の範囲内にのみ、ノイズの周波数成分を減衰させるので、フィルタ処理を実行する回数が低減し、信号処理の演算時間を短縮することができる。
また、ノイズの周波数成分が既知であり、フィルタ部13が所定の周波数成分(例えば、商用電源の周波数の逓倍)を減衰させるように構成されているとする。このような場合、60Hz、120Hz、180Hz、240Hzそれぞれの周波数成分を減衰させるフィルタが有効化され、300Hz、360Hz、420Hz、480Hzそれぞれの周波数成分を減衰させるフィルタが無効化される。これにより、フィルタ処理を実行する回数が低減し、信号処理の演算時間を短縮することができる。
なお、上述した実施形態は本発明の一例である。このため、本発明は、上述の実施形態に限定されることはなく、この実施形態以外であっても、本発明に係る技術的思想を逸脱しない範囲であれば、設計等に応じて種々の変更が可能であることはもちろんのことである。