図1は、本発明が適用される車両10の概略構成を説明する図である。図1において、車両10は、走行用の駆動力源として機能するエンジン12と、駆動輪14と、エンジン12と駆動輪14との間に設けられた動力伝達装置16とを備えている。動力伝達装置16は、非回転部材としてのハウジング18内において、エンジン12に連結された流体式伝動装置としての公知のトルクコンバータ20、トルクコンバータ20に連結された入力軸22、入力軸22に連結された無段変速機構としての公知のベルト式無段変速機24(以下、無段変速機24)、同じく入力軸22に連結された前後進切換装置26、前後進切換装置26を介して入力軸22に連結されて無段変速機24と並列に設けられた伝動機構としてのギヤ機構28、無段変速機24及びギヤ機構28の共通の出力回転部材である出力軸30、カウンタ軸32、出力軸30及びカウンタ軸32に各々相対回転不能に設けられて噛み合う一対のギヤから成る減速歯車装置34、カウンタ軸32に相対回転不能に設けられたギヤ36に連結されたデフギヤ38、デフギヤ38に連結された1対の車軸40等を備えている。このように構成された動力伝達装置16において、エンジン12の動力(特に区別しない場合にはトルクや力も同義)は、トルクコンバータ20、無段変速機24(或いは前後進切換装置26及びギヤ機構28)、減速歯車装置34、デフギヤ38、及び車軸40等を順次介して1対の駆動輪14へ伝達される。
このように、動力伝達装置16は、エンジン12(ここではエンジン12の動力が伝達される入力回転部材である入力軸22でも同意)と駆動輪14(ここでは駆動輪14へエンジン12の動力を出力する出力回転部材である出力軸30でも同意)との間に並列に設けられた、無段変速機24及びギヤ機構28を備えている。よって、動力伝達装置16は、エンジン12の動力を入力軸22から無段変速機24を介して駆動輪14側(すなわち出力軸30)へ伝達する第1動力伝達経路と、エンジン12の動力を入力軸22からギヤ機構28を介して駆動輪14側(すなわち出力軸30)へ伝達する第2動力伝達経路とを備え、車両10の走行状態に応じてその第1動力伝達経路とその第2動力伝達経路とが切り換えられるように構成されている。その為、動力伝達装置16は、エンジン12の動力を駆動輪14側へ伝達する動力伝達経路を、上記第1動力伝達経路と上記第2動力伝達経路とで選択的に切り替えるクラッチとして、上記第1動力伝達経路を断接する第1クラッチとしてのCVT走行用クラッチC2と、上記第2動力伝達経路を断接する第2クラッチとしての前進用クラッチC1及び後進用ブレーキB1とを備えている。CVT走行用クラッチC2、前進用クラッチC1、及び後進用ブレーキB1は、断接装置に相当するものであり、何れも油圧アクチュエータによって摩擦係合させられる公知の油圧式摩擦係合装置(摩擦クラッチ)である。又、前進用クラッチC1及び後進用ブレーキB1は、各々、後述するように、前後進切換装置26を構成する要素の1つである。
トルクコンバータ20は、入力軸22回りにその入力軸22に対して同軸心に設けられており、エンジン12に連結されたポンプ翼車20p、及び入力軸22に連結されたタービン翼車20tを備えている。ポンプ翼車20pには、無段変速機24を変速制御したり、無段変速機24におけるベルト挟圧力を発生させたり、前記クラッチの各々の作動を切り換えたり、動力伝達装置16の動力伝達経路の各部に潤滑油を供給したりする為の作動油圧をエンジン12により回転駆動されることにより発生する機械式のオイルポンプ41が連結されている。
前後進切換装置26は、上記第2動力伝達経路において入力軸22回りにその入力軸22に対して同軸心に設けられており、ダブルピニオン型の遊星歯車装置26p、前進用クラッチC1、及び後進用ブレーキB1を備えている。遊星歯車装置26pは、入力要素としてのキャリヤ26cと、出力要素としてのサンギヤ26sと、反力要素としてのリングギヤ26rとの3つの回転要素を有する差動機構である。キャリヤ26cは入力軸22に一体的に連結され、リングギヤ26rは後進用ブレーキB1を介してハウジング18に選択的に連結され、サンギヤ26sは入力軸22回りにその入力軸22に対して同軸心に相対回転可能に設けられた小径ギヤ42に連結されている。又、キャリヤ26cとサンギヤ26sとは、前進用クラッチC1を介して選択的に連結される。よって、前進用クラッチC1は、前記3つの回転要素のうちの2つの回転要素を選択的に連結するクラッチ機構であり、後進用ブレーキB1は、前記反力要素をハウジング18に選択的に連結するクラッチ機構である。
ギヤ機構28は、小径ギヤ42と、ギヤ機構カウンタ軸44回りにそのギヤ機構カウンタ軸44に対して同軸心に相対回転不能に設けられてその小径ギヤ42と噛み合う大径ギヤ46とを備えている。又、ギヤ機構28は、ギヤ機構カウンタ軸44回りにそのギヤ機構カウンタ軸44に対して同軸心に相対回転可能に設けられたアイドラギヤ48と、出力軸30回りにその出力軸30に対して同軸心に相対回転不能に設けられてそのアイドラギヤ48と噛み合う出力ギヤ50とを備えている。出力ギヤ50は、アイドラギヤ48よりも大径である。従って、ギヤ機構28は、入力軸22と出力軸30との間の動力伝達経路において、所定のギヤ比(ギヤ段)としての1つのギヤ比(ギヤ段)が形成される伝動機構である。ギヤ機構カウンタ軸44回りには、更に、大径ギヤ46とアイドラギヤ48との間に、これらの間を選択的に断接する噛合式クラッチD1が設けられている。噛合式クラッチD1は、動力伝達装置16に備えられて(すなわちエンジン12と駆動輪14との間の動力伝達経路に介在させられて)、サンギヤ26sから出力軸30までの間の動力伝達経路を断接する噛合式クラッチであり、前進用クラッチC1よりも出力軸30側に設けられた、上記第2動力伝達経路を断接する第3クラッチとして機能する。
具体的には、噛合式クラッチD1は、ギヤ機構カウンタ軸44回りにそのギヤ機構カウンタ軸44に対して同軸心に相対回転不能に設けられたクラッチハブ52と、アイドラギヤ48とクラッチハブ52との間に配置されてそのアイドラギヤ48に固設されたクラッチギヤ54と、クラッチハブ52に対してスプライン嵌合されることによりギヤ機構カウンタ軸44の軸心C回りの相対回転不能且つその軸心Cと平行な方向の相対移動可能に設けられた円筒状のスリーブ56とを備えている。クラッチハブ52の外周面52outの外周歯(不図示)とスプライン嵌合される、スリーブ56の内周面56inの内周歯56sは、スリーブ56がクラッチギヤ54側へ移動させられることで、クラッチギヤ54の外周歯54sと噛み合わされる(図3,4参照)。クラッチハブ52と常に一体的に回転させられるスリーブ56がクラッチギヤ54と噛み合わされることで、アイドラギヤ48とギヤ機構カウンタ軸44とが接続される。更に、噛合式クラッチD1は、スリーブ56とクラッチギヤ54とを嵌合する際に回転を同期させる、同期機構としての公知のシンクロメッシュ機構S1を備えている。
このように構成された噛合式クラッチD1では、フォークシャフト58がアクチュエータ60(図3,4参照)によって作動させられることにより、フォークシャフト58に固設されたシフトフォーク62を介してスリーブ56がギヤ機構カウンタ軸44の軸心Cと平行な方向に摺動させられ、係合状態と解放状態とが切り替えられる。動力伝達装置16では、上記第2動力伝達経路において、前進用クラッチC1(又は後進用ブレーキB1)と噛合式クラッチD1とが共に係合されることで、前進用動力伝達経路(又は後進用動力伝達経路)が成立させられて、エンジン12の動力が入力軸22からギヤ機構28を経由して出力軸30へ伝達される。動力伝達装置16では、少なくとも前進用クラッチC1及び後進用ブレーキB1が共に解放されるか、或いは少なくとも噛合式クラッチD1が解放されると、上記第2動力伝達経路は動力伝達を遮断するニュートラル状態(動力伝達遮断状態)とされる。
無段変速機24は、入力軸22と出力軸30との間の動力伝達経路上に設けられている。無段変速機24は、入力軸22に設けられた有効径が可変のプライマリプーリ64と、出力軸30と同軸心の回転軸66に設けられた有効径が可変のセカンダリプーリ68と、その一対のプーリ64,68の間に巻き掛けられた伝動ベルト70とを備え、一対のプーリ64,68と伝動ベルト70との間の摩擦力を介して動力伝達が行われる。無段変速機24では、一対のプーリ64,68のV溝幅が変化して伝動ベルト70の掛かり径(有効径)が変更されることで、変速比(ギヤ比)γ(=入力軸回転速度Ni/出力軸回転速度No)が連続的に変化させられる。CVT走行用クラッチC2は、無段変速機24よりも駆動輪14側に設けられており(すなわちセカンダリプーリ68と出力軸30との間に設けられており)、セカンダリプーリ68(回転軸66)と出力軸30との間を選択的に断接する。動力伝達装置16では、上記第1動力伝達経路において、CVT走行用クラッチC2が係合されることで、動力伝達経路が成立させられて、エンジン12の動力が入力軸22から無段変速機24を経由して出力軸30へ伝達される。動力伝達装置16では、CVT走行用クラッチC2が解放されると、上記第1動力伝達経路はニュートラル状態とされる。
動力伝達装置16の作動について、以下に説明する。図2は、動力伝達装置16の各走行パターン毎の係合要素の係合表を用いて、その走行パターンの切り換わりを説明する為の図である。図2において、C1は前進用クラッチC1の作動状態に対応し、C2はCVT走行用クラッチC2の作動状態に対応し、B1は後進用ブレーキB1の作動状態に対応し、D1は噛合式クラッチD1の作動状態に対応し、「○」は係合(接続)を示し、「×」は解放(遮断)を示している。
先ず、ギヤ機構28を介してエンジン12の動力が出力軸30に伝達される走行パターン(すなわち第2動力伝達経路を通って動力が伝達される走行パターン)であるギヤ走行について説明する。このギヤ走行では、図2に示すように、例えば前進用クラッチC1及び噛合式クラッチD1が係合される一方、CVT走行用クラッチC2及び後進用ブレーキB1が解放される。
具体的には、前進用クラッチC1が係合されると、前後進切換装置26を構成する遊星歯車装置26pが一体回転させられるので、小径ギヤ42が入力軸22と同回転速度で回転させられる。又、小径ギヤ42はギヤ機構カウンタ軸44に設けられている大径ギヤ46と噛み合わされているので、ギヤ機構カウンタ軸44も同様に回転させられる。更に、噛合式クラッチD1が係合されているので、ギヤ機構カウンタ軸44とアイドラギヤ48とが接続される。このアイドラギヤ48は出力ギヤ50と噛み合わされているので、出力ギヤ50と一体的に設けられている出力軸30が回転させられる。このように、前進用クラッチC1及び噛合式クラッチD1が係合されると、エンジン12の動力は、トルクコンバータ20、前後進切換装置26、ギヤ機構28等を順次介して出力軸30に伝達される。尚、このギヤ走行では、例えば後進用ブレーキB1及び噛合式クラッチD1が係合される一方、CVT走行用クラッチC2及び前進用クラッチC1が解放されると、後進走行が可能となる。
次いで、無段変速機24を介してエンジン12の動力が出力軸30に伝達される走行パターン(すなわち第1動力伝達経路を通って動力が伝達される走行パターン)であるCVT走行について説明する。このCVT走行では、図2のCVT走行(高車速)に示すように、例えばCVT走行用クラッチC2が係合される一方、前進用クラッチC1、後進用ブレーキB1、及び噛合式クラッチD1が解放される。
具体的には、CVT走行用クラッチC2が係合されると、セカンダリプーリ68と出力軸30とが接続されるので、セカンダリプーリ68と出力軸30とが一体回転させられる。このように、CVT走行用クラッチC2が係合されると、エンジン12の動力は、トルクコンバータ20及び無段変速機24等を順次介して出力軸30に伝達される。このCVT走行(高車速)中に噛合式クラッチD1が解放されるのは、例えばCVT走行中のギヤ機構28等の引き摺りをなくすと共に、高車速においてギヤ機構28や遊星歯車装置26pの構成部材(例えばピニオンギヤ)等が高回転化するのを防止する為である。
前記ギヤ走行は、例えば車両停止中を含む低車速領域において選択される。この第2動力伝達経路におけるギヤ比γ1(すなわちギヤ機構28により形成されるギヤ比EL)は、無段変速機24により形成される最大ギヤ比(すなわち最も低車速側のギヤ比である最ローギヤ比)γmaxよりも大きな値(すなわちロー側のギヤ比)に設定されている。例えばギヤ比γ1は、動力伝達装置16における第1速ギヤ段のギヤ比である第1速ギヤ比γ1に相当し、無段変速機24の最ローギヤ比γmaxは、動力伝達装置16における第2速ギヤ段のギヤ比である第2速ギヤ比γ2に相当する。その為、例えばギヤ走行とCVT走行とは、公知の有段変速機の変速マップにおける第1速ギヤ段と第2速ギヤ段とを切り換える為の変速線に従って切り換えられる。又、例えばCVT走行においては、公知の手法を用いて、アクセル開度、車速などの走行状態に基づいてギヤ比γが変化させられる変速(例えばCVT変速、無段変速)が実行される。ここで、ギヤ走行からCVT走行(高車速)、或いはCVT走行(高車速)からギヤ走行へ切り換える際には、図2に示すように、CVT走行(中車速)を過渡的に経由して切り換えられる。
例えばギヤ走行からCVT走行(高車速)へ切り換えられる場合、ギヤ走行に対応する前進用クラッチC1及び噛合式クラッチD1が係合された状態から、CVT走行用クラッチC2及び噛合式クラッチD1が係合された状態であるCVT走行(中車速)に過渡的に切り換えられる。すなわち、前進用クラッチC1を解放してCVT走行用クラッチC2を係合するようにクラッチを掛け替える変速(例えばクラッチツゥクラッチ変速(以下、CtoC変速という))が実行される。このとき、動力伝達経路は第2動力伝達経路から第1動力伝達経路へ変更され、動力伝達装置16においては実質的にアップシフトさせられる。そして、動力伝達経路が切り換えられた後、ギヤ機構28等の不要な引き摺りや遊星歯車装置26pにおける高回転化を防止する為に噛合式クラッチD1が解放される(図2の被駆動入力遮断参照)。このように噛合式クラッチD1は、駆動輪14側からの入力を遮断する被駆動入力遮断クラッチとして機能する。
又、例えばCVT走行(高車速)からギヤ走行へ切り換えられる場合、CVT走行用クラッチC2が係合された状態から、ギヤ走行への切換準備として更に噛合式クラッチD1が係合される状態であるCVT走行(中車速)に過渡的に切り換えられる(図2のダウンシフト準備参照)。このCVT走行(中車速)では、ギヤ機構28を介して遊星歯車装置26pのサンギヤ26sにも回転が伝達された状態となる。このCVT走行(中車速)の状態からCVT走行用クラッチC2を解放して前進用クラッチC1を係合するようにクラッチを掛け替える変速(例えばCtoC変速)が実行されると、ギヤ走行へ切り換えられる。このとき、動力伝達経路は第1動力伝達経路から第2動力伝達経路へ変更され、動力伝達装置16においては実質的にダウンシフトさせられる。
図3及び図4は共に、噛合式クラッチD1における係合状態と解放状態との切替作動を説明する為の図である。図3は、噛合式クラッチD1が解放状態にあるときの実施態様を示す図である。図4は、噛合式クラッチD1が係合状態にあるときの実施態様を示す図である。
図3及び図4において、噛合式クラッチD1は、アクチュエータ60のリターンスプリング60aの付勢力により、スリーブ56を解放側へ押し付ける押付力がフォークシャフト58及びシフトフォーク62を介してスリーブ56に常時作用させられている。又、エンジン12の作動中には、エンジン12により回転駆動されるオイルポンプ41が発生する油圧を元圧として油圧制御回路(不図示)により調圧された油圧Pd1がアクチュエータ60の油室60bに供給されることにより、リターンスプリング60aの付勢力に対抗する押圧力が発生させられ、上記押付力に対抗してスリーブ56を係合側へ移動させる係合力がフォークシャフト58及びシフトフォーク62を介してスリーブ56に作用させられる。油室60bに所定油圧よりも大きな油圧Pd1が供給されず前記係合力が所定値よりも小さいときは、図3に示すように、リターンスプリング60aの付勢力による前記押付力によって噛合式クラッチD1を解放状態とする位置にスリーブ56が移動させられる。一方で、油室60bに所定油圧よりも大きな油圧Pd1が供給されて前記係合力が所定値よりも大きいときは、噛合式クラッチD1を係合状態とする位置にスリーブ56が移動させられる。前記所定値は、例えば噛合式クラッチD1を係合状態とする位置にスリーブ56を移動させる為の下限の油圧Pd1として予め実験的に或いは設計的に求められて記憶された(すなわち予め定められた)所定油圧によってスリーブ56に作用させられる係合力に相当する。尚、この所定油圧は、例えば油温などに基づいて変化させられる値であっても良い。
ここで、エンジン停止時に、噛合式クラッチD1を係合状態としておくと、車両10の被牽引時に、駆動輪14側から入力される回転により遊星歯車装置26pの要素間の差回転速度が大きくなって(例えば遊星歯車装置26pのピニオンギヤ等が高回転化して)遊星歯車装置26pの耐久性が低下するおそれがある。その為、車両10の被牽引状態を想定すれば、エンジン停止時には、噛合式クラッチD1を解放状態としておくことが望ましい。一方で、本実施例の動力伝達装置16における最ローギヤ比は、ギヤ機構28により形成されるギヤ比ELであるので、噛合式クラッチD1を介して動力が伝達されるギヤ走行にて車両発進すること適切である。その為、エンジン始動後に、車両10を速やかに発進させる為に、エンジン停止時には、噛合式クラッチD1を係合状態としておくことが望ましい。このように、エンジン停止時において、被牽引状態を想定するか、或いはエンジン始動後の車両発進を想定するかで、エンジン停止時の噛合式クラッチD1の適切な状態が異なる。ところで、エンジン12が始動前のエンジン停止時には、オイルポンプ41の回転も停止させられているので、アクチュエータ60に対する油圧Pd1の給排による、噛合式クラッチD1の係合と解放との切替作動を行うことができない。本実施例では、エンジン停止時には油圧Pd1の給排による噛合式クラッチD1の切替作動を行うことができないことを踏まえた上で、上述した何れの想定にも対処できる噛合式クラッチD1を提案する。
噛合式クラッチD1は、噛合式クラッチD1が油圧Pd1の供給により係合状態とされた後に、スリーブ56の回転速度が所定回転よりも低いときは噛合式クラッチD1の係合状態を機械的に保持し、スリーブ56の回転速度が前記所定回転よりも高いときは噛合式クラッチD1の係合状態の機械的な保持を解除する、係合保持機構80を更に備える。前記所定回転は、例えば係合保持機構80による機械的な保持が解除される為の下限のスリーブ56の回転速度である。
具体的には、係合保持機構80は、スリーブ56の内周面56inに形成された、径方向外側へ伸びる収容孔82と、径方向に摺動可能且つ径方向内側へ突出可能に収容孔82に収容されたロックボール84と、径方向に伸縮可能にロックボール84と収容孔82の底面82bとの間の空間に収容されたスプリング86と、クラッチハブ52の外周面52outに形成された、噛合式クラッチD1が係合状態とされるスリーブ56の位置においてロックボール84の一部を受け入れる凹部88とを備えている。
このように構成された噛合式クラッチD1において、噛合式クラッチD1が油圧Pd1の供給により係合状態とされた後に、エンジン停止などに起因して所定油圧よりも大きな油圧Pd1が供給されない為にスリーブ56に作用させられる前記係合力が所定値よりも小さくされたとしても、スリーブ56の回転速度が所定回転よりも低ければ(例えば車両停止状態や低車速時のように駆動輪14から入力される回転がないか或いは低ければ)、図4に示すように、ロックボール84がスプリング86によって凹部88に押し付けられることで、噛合式クラッチD1の係合状態が係合保持機構80によって機械的に保持される。このような係合保持機構80による噛合式クラッチD1の係合状態の機械的な保持は、スリーブ56の回転速度が前記所定回転よりも高くされる(例えば駆動輪14の回転が高くされる)ことで、ロックボール84がスプリング86の力に対抗する遠心力によって径方向外側へ(すなわち凹部88から脱出する方向へ)移動させられると、解除される。スリーブ56に作用させられる前記係合力が所定値よりも小さくされた状態で、係合保持機構80による噛合式クラッチD1の係合状態の機械的な保持が解除されると、リターンスプリング60aの付勢力によりスリーブ56に常時作用させられている押付力によって、図3に示すように、噛合式クラッチD1は解放状態とされる。
噛合式クラッチD1の係合状態の保持に関連する、電子制御装置(不図示)による制御作動の一例を以下に示す。電子制御装置は、例えばCVT走行(高車速)中に、車速の低下などに基づいてダウンシフトを判断すると、CVT走行(高車速)からギヤ走行へ切り換える。この場合、電子制御装置は、先ず、解放中の噛合式クラッチD1を係合するようにスリーブ56を作動させる指令を出力して、CVT走行(中車速)へ切り換える。次いで、電子制御装置は、CVT走行用クラッチC2を解放すると共に前進用クラッチC1を係合するCtoC変速によりダウンシフトを実行する(図2参照)。噛合式クラッチD1が係合された状態で車両10が停止した後にエンジン12が運転停止される場合、アクチュエータ60の油室60bには所定油圧よりも大きな油圧Pd1は供給されないが、係合保持機構80により噛合式クラッチD1の係合状態が機械的に保持される。従って、このような状態でエンジン始動が為された場合、エンジン始動直後から車両10の速やかな発進が可能である。車両発進に伴って係合保持機構80のロックボール84に遠心力が作用することによって噛合式クラッチD1の係合状態の機械的な保持が解除されるまでに、アクチュエータ60の油室60bに所定油圧よりも大きな油圧Pd1が供給されれば良いので、急速に油圧Pd1を増大させる必要がなく、オイルポンプ41のポンプ容積の低減が可能となる。又、車両走行中は、ロックボール84に遠心力が作用することによって噛合式クラッチD1の係合状態の機械的な保持が解除されているので、噛合式クラッチD1が係合された状態であるCVT走行(中車速)から、油圧Pd1の低下によって噛合式クラッチD1が解放されてCVT走行(高車速)へ切り換えられる。
一方で、車両停止時に係合保持機構80により噛合式クラッチD1が係合状態に保持されているときに、車両10を被牽引状態とされると、駆動輪14の回転上昇に伴いロックボール84に遠心力が作用することによって噛合式クラッチD1の係合状態の機械的な保持が解除される。これにより、アクチュエータ60の油室60bに所定油圧より大きな油圧Pd1が供給されないエンジン停止時では、アクチュエータ60のリターンスプリング60aの付勢力により噛合式クラッチD1が解放状態とされる。車両10の被牽引状態において噛合式クラッチD1が解放状態とされることで、駆動輪14から入力される回転が噛合式クラッチD1よりも上流側の動力伝達経路に介在させられた遊星歯車装置26pへ伝達されず、遊星歯車装置26pのピニオンギヤ等が駆動輪14側からの入力により高回転化することが回避される。よって、遊星歯車装置26pの耐久性低下を回避することができる。
上述のように、本実施例によれば、エンジン12の作動中にスリーブ56に作用させられる係合力が所定値よりも大きくされることで噛合式クラッチD1が係合状態とされる。この噛合式クラッチD1の係合状態にて、エンジン12の停止などに起因して前記係合力が所定値よりも小さくされたとしても、スリーブ56の回転速度が所定回転よりも低ければ(例えば車両停止状態であれば)、係合保持機構80によって噛合式クラッチD1の係合状態が機械的に保持される。よって、噛合式クラッチD1は、エンジン12の停止中に係合状態が保持され得る。このことは、エンジン12を作動させた直後からの速やかな車両発進に寄与する。加えて、係合保持機構80による噛合式クラッチD1の係合状態の機械的な保持は、スリーブ56の回転速度が所定回転よりも高くされると(例えば駆動輪14の回転が高くされると)解除される。この噛合式クラッチD1の係合状態の機械的な保持の解除中に、エンジン12の停止などに起因して前記係合力が所定値よりも小さくされていれば、スリーブ56に常時作用させられている押付力によって噛合式クラッチD1は解放状態とされる。よって、噛合式クラッチD1は、車両被牽引時には解放状態が実現され得る。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
例えば、前述の実施例では、噛合式クラッチD1は、入力軸22と出力軸30との間に無段変速機24及びギヤ機構28を並列に備える、車両10の動力伝達装置16に備えられる構成であったが、これに限らない。例えば、動力伝達装置16は、入力軸22と出力軸30との間にギヤ機構28を介した動力伝達経路のみを備えるものであっても良い。要は、噛合式クラッチD1は、エンジン12と駆動輪14との間の動力伝達経路に介在させられていれば、本発明は適用され得る。そういう意味では、単独で備えられるギヤ機構28は、他の形式の変速機、例えば遊星歯車式多段変速機、無段変速機などであっても良い。尚、噛合式クラッチD1よりも上流側の動力伝達経路に介在させられた、3つの回転要素を有する差動機構(前述の実施例では遊星歯車装置26p)を少なくとも備える動力伝達装置は、車両被牽引時を想定すれば、本発明を適用するのに有用な構成である。又、上記差動機構は、例えばピニオンに噛み合う一対のかさ歯車を有する差動歯車装置であっても良い。
また、前述の実施例において、係合保持機構80は、スリーブ56の内周面56in及びクラッチハブ52の外周面52outに、1つ、又は周方向に略等間隔に複数個備えられる。
また、前述の実施例では、ギヤ機構28は、所定のギヤ比(ギヤ段)として1つのギヤ段が形成される伝動機構であったが、これに限らない。例えば、ギヤ機構28は、所定のギヤ比(ギヤ段)としてギヤ比γが異なる複数のギヤ段が形成される伝動機構であっても良い。つまり、ギヤ機構28は2段以上に変速される有段変速機であっても良い。
また、前述の実施例では、ギヤ機構28は、ギヤ比γで見れば、無段変速機24の最ローギヤ比γmaxよりもロー側のギヤ比ELを形成する伝動機構であったが、これに限らない。例えば、ギヤ機構28は、ロー側のギヤ比EL、及び無段変速機24の最ハイギヤ比γminよりもハイ側のギヤ比EHを形成する伝動機構であっても良い。このようなギヤ機構28であっても、本発明は適用され得る。これについては、ギヤ機構28が複数のギヤ段が形成される伝動機構である場合も同様である。
また、前述の実施例では、無段変速機構としてベルト式無段変速機24を例示し、CVT走行用クラッチC2を無段変速機24よりも駆動輪14側(すなわちセカンダリプーリ68と出力軸30との間)に設けたが、これに限らない。例えば、無段変速機構はトロイダル式の無段変速機などであっても良い。又、CVT走行用クラッチC2は無段変速機24よりもエンジン12側(すなわちプライマリプーリ64と入力軸22との間)に設けられても良い。
また、前述の実施例では、動力伝達装置16の走行パターンを、所定の変速マップを用いて切り換えたが、これに限らない。例えば、車速とアクセル開度に基づいて運転者の駆動要求量(例えば要求トルク)を算出し、その要求トルクを満たすことができるギヤ比を設定することで、動力伝達装置16の走行パターンを切り換えても良い。
また、前述の実施例では、スリーブ56は、油圧式のアクチュエータ60によって作動させられるものであったが、これに限らない。例えば、スリーブ56は、電動モータによって作動させられるものであっても良い。又、噛合式クラッチD1においては、シンクロメッシュ機構S1は必ずしも必要ない。
また、前述の実施例において駆動力源として例示したエンジン12は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の内燃機関が用いられるが、例えば電動機等の他の原動機を単独で或いはエンジンと組み合わせて採用することもできる。又、前進用クラッチC1、後進用ブレーキB1、及びCVT走行用クラッチC2は共に、油圧式の摩擦クラッチが用いられたが、例えば電磁式等の摩擦クラッチを採用することもできる。
尚、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。