JP2015120224A - 表面被覆切削工具 - Google Patents

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Abstract

【課題】硬質被覆層が高速重切削、高速断続切削ですぐれた耐剥離性、耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】
硬質被覆層の下部層の最表面層が、所定の酸素含有TiCN層からなり、上部層が、2〜15μmの平均層厚を有し、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有するAl層からなり該Al層を構成する個々の結晶粒の内、アスペクト比が3未満である結晶粒が面積比で上部層全体の60-90%を占め、かつ、平均粒径が0.1〜1.0μmの範囲に含まれ、上部層全体のAl結晶粒について、(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した場合、その傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl結晶粒の度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上であり、アスペクト比が3未満である結晶粒個々の結晶粒内平均方位差が5度未満であることにより前記課題を解決する。
【選択図】図1

Description

本発明は、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を示す表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関する。この被覆工具では、各種の鋼や鋳鉄などの切削加工を、高速で、かつ、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する断続切削条件で行った場合でも、硬質被覆層がすぐれた耐剥離性と耐チッピング性を発揮する。
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有する酸化アルミニウム層(以下、Al層で示す)、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層が蒸着形成された被覆工具が知られている。
しかし、前述したような従来の被覆工具は、例えば、各種の鋼や鋳鉄などの連続切削ではすぐれた耐摩耗性を発揮するが、これを、高速断続切削に用いた場合には、被覆層の剥離やチッピングが発生しやすく、工具寿命が短命になるという問題があった。
そこで、被覆層の剥離、チッピングを抑制するために、下部層、上部層に改良を加えた各種の被覆工具が提案されている。
例えば、特許文献1には、被覆層が、TiCN層とAl層が順に積層されており、100μm領域で観察した際に、TiCN層は、平均粒子幅が3〜6μmで、各粒子の粒径分布が標準偏差σで平均粒子幅の0.3倍以下のTiCN粒子からなり、Al層は、粒径3〜6μmのAl巨大粒子が10−30面積%と、粒径0.3〜1.5μmのAl微細粒子が70−90面積%とからなることによって、すぐれた耐チッピング性と耐欠損性が得られることが開示されている。
また、特許文献2には、被覆層が、1層または幾層かの耐火物層を含んでなり、少なくとも1層は、(104)方向に集合組織化した密集微細結晶のα型Al層であることにより、すぐれた表面仕上げを示しかつ非常に改良された摩耗性と靭性特性とを示すことが開示されている。
また、特許文献3には、下部層がTi化合物層、上部層がα型Al層からなる硬質被覆層を蒸着形成してなる表面被覆切削工具であって、下部層直上のAl結晶粒の30〜70%は(11−20)配向Al結晶粒からなり、上部層の全Al結晶粒の45%以上は、(0001)配向Al結晶粒からなり、さらに好ましくは、下部層の最表面層は、500nmまでの深さ領域に亘ってのみ0.5〜3原子%の酸素を含有する酸素含有TiCN層からなり、また、下部層最表面層の酸素含有TiCN結晶粒数と、下部層と上部層の界面におけるAl結晶粒数との比の値が0.01〜0.5であることにより、硬質被覆層が高速重切削、高速断続切削ですぐれた耐剥離性、耐チッピング性を発揮することが開示されている。
また、特許文献4には、工具基体の表面に、Ti化合物層からなる下部層とAl層からなる上部層が被覆形成された表面被覆切削工具において、上部層のAl結晶粒について、(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、隣接する測定点からの測定傾斜角の角度差が5度以上である場合に異なる結晶粒であるとして結晶粒を特定し、個々の結晶粒のアスペクト比を求めた場合、アスペクト比が5未満である結晶粒が面積比で10〜50%、アスペクト比が5以上である結晶粒が面積比で50〜90%を占め、また、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差を求めた場合、アスペクト比が5未満の結晶粒の結晶粒内平均方位差の平均は5度未満、一方、前記アスペクト比が5以上である結晶粒の結晶粒内平均方位差の平均は5度以上を示すことにより、高速断続切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮することが開示されている。
特開2012−144766号公報 特開平9−507528号明細書 特開2013−63504号公報 特開2013−111721号公報
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強い。これに伴い、切削加工は一段と高速化すると共に、高切り込みや高送りなどの重切削、断続切削等で切刃に高負荷が作用する傾向にある。前述した従来の被覆工具を鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削に用いた場合には問題はない。しかし、従来の被覆工具を、高速断続切削条件で用いた場合には、硬質被覆層を構成するTi化合物層からなる下部層とAl層からなる上部層の密着強度が不十分となる。そのため、上部層と下部層間での剥離、チッピング等の異常損傷が発生し、比較的短時間で工具寿命に至る。
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、Ti化合物層からなる下部層とAl層からなる上部層との密着性を改善し、もって、剥離、チッピング等の異常損傷の発生を防止するとともに、工具寿命の長寿命化を図るべく鋭意研究を行った。その結果、以下の知見を得た。
(1)Ti化合物層からなる下部層とAl層からなる上部層とを被覆形成した被覆工具において、Alの微粒化を図ることにより、膜厚方向へのクラック伝搬を抑制すると共に残留応力を緩和出来ることを見出した。これらのことより、耐剥離性の向上が図られる。
(2)また、上部層のAlの微粒化を図ることにより、下部層と上部層との間に形成した酸素含有TiCN層との密着性が向上し、その結果、耐剥離性が向上することを見出した。
(3)下部層の最表面に酸素含有TiCN層からなる中間層を形成することにより、上部層のC軸配向性が高まり、高温硬さ、高温強度が向上することを見出した。
(4)Alの微粒化は、Alの形成時にHClガス分圧を増加することにより、エッチングが起こり、新たな核形成を誘発し、その結果、Alの微細化が起こることを見出した。
本発明は、前述した知見に基づき、研究を重ねた結果、完成したものであって、以下のような特徴を有する。
「炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体と該工具基体の表面に蒸着形成された硬質被覆層を備える表面被覆切削工具であって、
前記硬質被覆層は、工具基体の表面に形成された下部層と該下部層上に形成された上部層とを有し、
(a)前記下部層は、3〜20μmの合計平均層厚を有し、TiC、TiN、TiCN、TiCO、TiCNOのうちの2層以上からなり、その内の少なくとも1層はTiCN層で構成したTi化合物層からなり、
(b)前記下部層の最表面層が、少なくとも500nm以上の層厚を有するTiCN層からなり該TiCN層と前記上部層との界面から、前記TiCN層の層厚方向に最大500nmまでの深さ領域にのみ酸素が含有されており、前記深さ領域に含有される平均酸素含有量は、前記深さ領域に含有されるTi,C,N,Oの合計含有量の0.5〜3原子%であり、
(c)前記上部層は、2〜15μmの平均層厚を有し、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有するAl層からなり該Al層を構成する個々の結晶粒のアスペクト比を求めた場合該アスペクト比が3未満である結晶粒が面積比で上部層全体の60-90%を占め、かつ、前記アスペクト比が3未満である結晶粒の平均粒径が0.1〜1.0μmの範囲に含まれ、
(d)前記上部層全体のAl結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した場合、前記測定傾斜角のうちの0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、その傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl結晶粒の該傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上であり、
(e)前記(c)に記載された上部層全体のAl結晶粒のうち、アスペクト比が3未満である結晶粒個々の結晶粒内平均方位差が5度未満であることを特徴とする表面被覆切削工具。」
ここで前述した本発明の構成について詳細に説明する。
(a)下部層:
下部層を構成するTi化合物層(例えば、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層)は、基本的にはAl層の下部層として存在し、自身の持つすぐれた高温強度によって、硬質被覆層に対して高温強度を与える。その他にも、Ti化合物層は、工具基体表面、Al層からなる上部層のいずれにも密着し、硬質被覆層の工具基体に対する密着性を維持する作用を有する。しかしながら、このTi化合物層の合計平均層厚が3μm未満である場合、前述した作用を十分に発揮させることができない。一方、このTi化合物層の合計平均層厚が20μmを越える場合、特に高熱発生を伴う高速重切削・高速断続切削では熱塑性変形を起し易くなり、偏摩耗の原因となる。以上から、Ti化合物層の合計平均層厚は3〜20μmと定めた。
(b)下部層の最表面層:
本発明における下部層の最表面層は、例えば、以下のようにして形成する。
即ち、まず、通常の化学蒸着装置を使用して、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの1層または2層以上からなる種々のTi化合物層を蒸着形成(なお、TiCN層のみを蒸着形成することも勿論可能である)する。その後、同じく通常の化学蒸着装置を使用して、
反応ガス組成(容量%):TiCl 2〜10%、CHCN 0.5〜1.0%、N 25〜60%、残部H
反応雰囲気温度:800〜900℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件で化学蒸着して、下部層の最表面層として、酸素を含有するTiCN(以下、酸素含有TiCNという)層を形成する。
この際、所定層厚を得るに必要とされる蒸着時間終了前の5分から30分の間は、全反応ガス量に対して1〜5容量%となるようにCOガスを添加して化学蒸着を行うことにより、層厚方向に最大500nmまでの深さ領域にのみ該深さ領域に含有されるTi、C、N、Oの合計含有量の0.5〜3原子%の平均酸素含有量の酸素を含有する酸素含有TiCN層を蒸着形成する。
酸素含有TiCN層からなる前記下部層の最表面層は、例えば、その上に、好ましいAl結晶粒を形成するためには(後記(c)参照)、少なくとも500nm以上の層厚として形成するとともに、さらに、この酸素含有TiCN層と上部層との界面から、層厚方向に最大500nmまでの深さ領域にのみ該深さ領域に含有されるTi、C、N、Oの合計含有量の0.5から3原子%の酸素を含有させ、最大500nmまでの深さ領域にのみ酸素を含有させる。
ここで、酸素含有TiCN層の深さ領域を前述のように限定したのは、500nmより深い領域において酸素が含有されていると、TiCN最表面の組織形態が柱状組織から粒状組織に変化するとともに、下部層の最表面層直上のAl結晶粒の傾斜角度数分布を所望のものとできなくなるためである。
ただ、深さ領域500nmまでの平均酸素含有量が0.5原子%未満では、上部層と下部層TiCNの付着強度の向上を望むことはできないばかりか、下部層の最表面層直上のAl結晶粒の傾斜角度数分布を満足させることはできない。一方、この深さ領域における平均酸素含有量が3原子%を超えると、界面直上の上部層Alにおいて、(0001)配向Al結晶粒(なお、(0001)配向Al結晶粒については、後述する。)の占める面積割合が、上部層全体のAlの全面積に対して60面積%未満となり、上部層の高温強度が低下する。
ここで、平均酸素含有量は、下部層の最表面層を構成する前記TiCN層と上部層との界面から、このTiCN層の層厚方向に500nmまでの深さ領域におけるチタン(Ti),炭素(C),窒素(N)及び酸素(O)の合計含有量に占める酸素(O)含有量を原子%(=O/(Ti+C+N+O)×100)で表したものをいう。
(c)上部層のAl結晶粒:
下部層の最表面層に前記(b)の酸素含有TiCN層を蒸着形成した後、上部層のAl層を以下の条件で形成する。
即ち、前記(b)で形成した酸素含有TiCN層の表面を、
反応ガス組成(容量%):CO 3〜10%、CO 3〜10%、残部H
雰囲気温度:950〜1000℃、
雰囲気圧力:5〜15kPa、
処理時間:1〜5min、の条件で処理した後、
<Al初期成長>
反応ガス組成(容量%):AlCl 1〜3%、CO 1〜5%、HCl 0.3〜1.0%、残部H
雰囲気温度:950〜1000℃、
雰囲気圧力:5〜15kPa、
処理時間:5〜30min、の条件で蒸着後、
<Al上層形成>
反応ガス組成(容量%):AlCl 1.5〜5.0%、CO 2〜8%、HCl 3〜8%、HS 0.5〜1.0%、残部H
反応雰囲気温度:950〜1000℃、
反応雰囲気圧力:5〜15kPa、
処理時間:(目標とする上部層層厚になるまで)
という条件で蒸着することにより、所定の傾斜角度数分布を有する(0001)配向のα型の結晶構造を有する微細な粒状Al結晶粒からなる上部層が形成される。この時、Al上層形成時の他の反応ガスと比較してHClガス分圧を相対的に高く設定していることにより、結晶粒表面をエッチングし成膜中の二次核形成を誘発することにより、Al層を構成する結晶粒の微細化を図っている。
なお、上部層全体の層厚が、2μm未満であると長期の使用に亘ってすぐれた高温強度および高温硬さを発揮することができず、一方、15μmを越えると、チッピングが発生し易くなることから、上部層の層厚は2〜15μmと定めた。
さらに、上部層を構成するα型の結晶構造を有する微細な粒状Al結晶粒について、詳細に解析したところ、粒状の程度としては、アスペクト比が3未満の結晶粒が上部層全体に対して面積比で60〜90%であることが好ましく、微細化の程度としては、平均粒径が0.1〜1.0μmの範囲に含まれていることが好ましい。
その理由としては、アスペクト比が3未満のものが面積比で上部層全体の60%未満になると相対的にアスペクト比が3以上の結晶粒の割合が増え、クラック伝搬を抑制する効果が低下するため好ましくない。一方、アスペクト比が3未満のものが面積比で上部層全体の90%を超えると、結果として(0001)配向Al結晶粒の割合が少なくなり、高温強度および高温硬さが低下するため好ましくない。そのため、アスペクト比が3未満の結晶粒は、上部層全体に対して面積比で60〜90%と定めた。また、アスペクト比が3未満の結晶粒の平均粒径が、0.1μm未満であると、長期の使用に亘っての耐摩耗性を確保できず、一方、1.0μmを超えると、粒子の粗大化によりクラック伝搬の抑制効果が低下する。そのため、アスペクト比が3未満の結晶粒の粒径は、0.1〜1.0μmと定めた。なお、結晶粒の粒径の制御は、蒸着条件を調整することによって行うことが出来る。
(d)上部層の(0001)面配向Al結晶粒の傾斜角度数分布:
工具基体表面の法線に対して、上部層の六方晶結晶格子を有するAl結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角(図2を参照)は、以下の手順で測定することができる。
まず、本実施形態の表面被覆工具基体に対して垂直な工具断面研磨面を調製する(図1参照)。次に、下部層の最表面層直上(上部層と下部層の界面直上)に形成された前記(c)のAl結晶粒を測定対象として、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、前記工具断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射し、前記Al結晶粒の配向性に関わるデータを得る。そして、このデータを基に、前記工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角(図2参照)を測定した場合、前記測定傾斜角のうちの0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わす。そして、その傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl結晶粒の該傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体に占める面積割合を測定する。
前述の手順で得られるAl結晶粒の(0001)面の法線がなす傾斜角は、前記蒸着条件のうちの、AlClガス量に対するCOガス量やHSガス量の比を相対的に多くすることによって、傾斜角度数分布グラフにおける0〜10度の傾斜角区分に存在する度数割合が度数全体の60%以上という値を得ることができる。(0001)配向Al結晶粒、即ち、(0001)面の法線がなす傾斜角が0〜10度の傾斜角区分に存在するAl結晶粒、が傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%未満であると、高温強度および高温硬さが低下する。
したがって、上部層と下部層との界面直上における上部層のAl結晶粒について、工具基体表面の法線に対して、Al結晶粒の(0001)面の法線の傾斜角が0〜10度の範囲内にある結晶粒の度数の合計は、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上と定めた。
(e)上部層のアスペクト比が3未満の結晶粒の結晶粒内平均方位差:
まず、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体表面の法線に対して結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、隣接するピクセル間で5°以上の方位差がある場合に、相互に隣接するピクセルの境界を結晶粒界であるとし、結晶粒界に囲まれ、他の結晶粒界に分断されない範囲を1つの結晶粒と定義する。ここで1ピクセルとは、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、試料に電子線を照射した際に観察される画像を解析ソフトにて解析する際の、画像内の結晶粒像を構成する最小単位である。
そして、結晶粒内のあるピクセルと、同結晶粒内の他のすべてのピクセル間で方位差を計算し、それを平均化したものを結晶粒内平均方位差と定義する。これらの測定を電子線後方散乱回折装置を用いて観察されたAl結晶粒間について行った。
本発明の上部層のアスペクト比が3未満の結晶粒の結晶粒内平均方位差は、5度未満であり、すなわち、アスペクト比の低い粒状組織を選択的に(0001)配向させることで、すぐれた耐摩耗性を創出している。
本発明の被覆工具によれば、硬質被覆層が、工具基体の表面に形成された下部層と該下部層上に形成された上部層とを有し、(a)下部層は、3〜20μmの合計平均層厚を有し、TiC、TiN、TiCN、TiCO、TiCNOのうちの2層以上からなり、その内の少なくとも1層はTiCN層で構成したTi化合物層からなり、(b)下部層の最表面層が、少なくとも500nm以上の層厚を有するTiCN層からなり該TiCN層と前記上部層との界面から、TiCN層の層厚方向に最大500nmまでの深さ領域にのみ酸素が含有されており該深さ領域に含有される平均酸素含有量は、深さ領域に含有されるTi,C,N,Oの合計含有量の0.5〜3原子%であり、(c)上部層は、2〜15μmの平均層厚を有し、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有するAl層からなり、該Al層を構成する個々の結晶粒のアスペクト比を求めた場合、該アスペクト比が3未満である結晶粒が面積比で上部層全体の60-90%を占め、かつ、前記アスペクト比が3未満である結晶粒の平均粒径が0.1〜1.0μmの範囲に含まれ、(d)上部層全体のAl結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した場合、前記測定傾斜角のうちの0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、その傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl結晶粒の該傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上であり、(e)前記(c)に記載された上部層全体のAl結晶粒のうち、アスペクト比が3未満である結晶粒個々の結晶粒内平均方位差が5度未満であるという本発明に特有の構成を有することにより、耐剥離性および耐摩耗性の向上という本発明に特有の効果を奏する。そのため、各種の鋼や鋳鉄などの切削加工を高速で、かつ切れ刃に対して高負荷・衝撃的負荷が作用する高速重切削条件、高速断続切削条件で行っても、すぐれた高温強度と高温硬さを示し、硬質被覆層の剥離・チッピングの発生もなく、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する。
本発明の実施形態の表面被覆工具における、工具基体表面に垂直方向の断面の模式図である。 本発明の実施形態の表面被覆工具における、工具基体表面の法線と上部層のAl結晶粒の結晶面である(0001)面の法線とがなす傾斜角を示す図であり、(a)は傾斜角0度を示し、(b)は傾斜角45度を示す。 本発明の実施形態の表面被覆工具における、工具基体表面の法線と上部層のAl結晶粒の結晶面である(0001)面の法線とがなす傾斜角の傾斜角度数分布グラフである。
本発明の被覆工具の実施形態について、実施例に基づいて具体的に説明する。特に、本発明の被覆工具の硬質被覆層を構成する各層について、詳細に説明する。
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Eをそれぞれ製造した。
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Mo2C粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜eを作製した。
ついで、これらの工具基体A〜Eおよび工具基体a〜eのそれぞれを、通常の化学蒸着装置に装入し、以下の手順で本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
(a)まず、表3に示される条件にて、表7に示される目標層厚の下部層としてのTi化合物層を蒸着形成した。
(b)次に、表4に示される条件にて、下部層の最表面層としての酸素含有TiCN層(即ち、該層の表面から500nmまでの深さ領域にのみ、0.5から3原子%(O/(Ti+C+N+O)×100)の酸素が含有される)を表7に示される目標層厚で形成した。
(c)次に、表5に示される条件にて、下部層の最表面のTiCN層にCOとCOの混合ガスによる酸化処理(下部層表面処理)を行った。
(d)次に、表6に示される初期成長条件にて、Alの初期成長を行ったのに、同じく表6に示される上層形成条件による蒸着を表7に示される目標層厚となるまで行うことにより、本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
また、比較の目的で、前記本発明被覆工具1〜13の前記工程(b)を行わない、および/または、工程(d)の条件を表6に示される上層形成条件で行うことにより、表8に示す比較被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
ついで、本発明被覆工具1〜13と比較被覆工具1〜13については、下部層の最表面層を構成するTiCN層について、このTiCN層の層厚方向に500nmまでの深さ領域における平均酸素含有量(=O/(Ti+C+N+O)×100)、さらに、500nmを超える深さ領域における平均酸素含有量(=O/(Ti+C+N+O)×100)を、オージェ電子分光分析器を用い、被覆工具の断面研磨面に下部層Ti炭窒化物層の最表面からTi炭化物層の膜厚相当の距離の範囲に直径10nmの電子線を照射させていき、Ti、C、N、Oのオージェピークの強度を測定し、それらのピーク強度の総和からOのオージェピーク強度の割合を算出して求めた。
また、TiCN層に不可避的に含有する酸素含有量を求めるため、別途炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
反応ガス組成(容量%):TiCl 2〜10%、CHCN 0.5〜1.0%、N 25〜60%、残部H
反応雰囲気温度:800〜900℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件で化学蒸着して、酸素を意図的に含有させないTiCN(以下、不可避酸素含有TiCNという)層を3μm以上の層厚で形成した。この不可避酸素含有TiCN層の表面から層厚方向に100nmより深い領域に不可避的に含まれる酸素含有量を、オージェ電子分光分析器を用いて前記深さ領域に含有されるTi、C、N、Oの合計含有量に対する割合から求め、オージェ電子分光分析器の精度の範囲内で求められる不可避酸素含有量を0.5原子%と定めた。
前述の平均酸素含有量から、不可避酸素含有量を差し引いた値を下部層の最表面層を構成するTiCN層の平均酸素含有量として求めた。
表7、8にこれらの値を示す。
ついで、硬質被覆層の上部層のAlについて、Al結晶粒の(0001)面の法線がなす傾斜角の度数分布を、以下の手順で電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用いて測定した。
まず、本発明被覆工具1〜13、比較被覆工具1〜13の下部層と上部層との界面から上部層の深さ方向へ0.3μm、また、工具基体表面と平行方向に50μmの断面研磨面の測定範囲(0.3μm×50μm)を、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットした。次に、前記断面研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、それぞれの前記断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射して、電子後方散乱回折像装置を用い、0.3×50μmの測定領域を0.1μm/stepの間隔で、前記工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した。そして、測定された傾斜角(以下、「測定傾斜角」という)のうちの0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした。図3に本発明被覆工具10の傾斜角度数分布グラフを示す。そして、その傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl結晶粒の該傾斜角区分に存在する度数の合計の傾斜角度数分布グラフにおける度数全体に占める面積割合を求めた。
また、アスペクト比の算出方法は、上記に記載された電界放出型走査電子顕微鏡と電子後方散乱回折像装置を用いた測定にて、個々の結晶格子間の方位差(回転角)を個々の結晶格子のオイラー角の差から測定し、隣接する測定点の結晶格子間の方位差(回転角)が5度以上である場合に、相互に隣接する測定点の境界は結晶粒界であるとし、結晶粒界に囲まれ、他の結晶粒界に分断されていない範囲を同一の結晶粒として特定し、さらに、特定した結晶粒各々について、工具基体表面方向と垂直な方向を長軸、工具基体表面方向と平行な方向を短軸とし、長軸および短軸の長さを求め、それらの比からアスペクト比を求めた。そのアスペクト比が3未満である結晶粒の面積割合は、鏡面研磨加工した断面を、電子線後方散乱回折装置を用いて観察倍率2,000倍で横方向:50μm×縦方向:上部層の膜厚相当の領域を測定することで算出した。
また、アスペクト比が3未満であるAl層を構成する個々の結晶粒の平均粒径は、Al層を構成する結晶粒に、工具基体表面方向と平行に直線を引き、粒界で区分される線分10個所の長さの測定値の平均から求めた。
表7、表8にこれらの値を示す。
さらに、電子線後方散乱回折装置を用いて上部層を構成するアスペクト比が3未満である個々の結晶粒の結晶方位を縦断面方向から解析し、結晶粒内平均方位差が0度以上1度未満、1度以上2度未満、2度以上3度未満、3度以上4度未満、・・・と0〜10度の範囲を1度ごとに区切って、マッピングした。そのマッピング図から、個々の結晶粒の結晶粒内平均方位差は5度未満であることを確認した。
また、本発明被覆工具1〜13、比較被覆工具1〜13の硬質被覆層の各構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
つぎに、本発明被覆工具1〜13、比較被覆工具1〜13の各種の被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、
被削材:JIS・SCM440の長さ方向等間隔4本縦溝入り、
切削速度:400m/min、
切り込み:2mm、
送り:0.4mm/rev、
切削時間:5分、
の条件(切削条件Aという)でのクロムモリブデン合金鋼の乾式高速断続切削試験(通常の切削速度は、それぞれ、300m/min、)、
被削材:JIS・SNCM439の丸棒、
切削速度:120m/min、
切り込み:1.5mm、
送り:1.0mm/rev、
切削時間:3分、
の条件(切削条件Bという)でのニッケルクロムモリブデン合金鋼の乾式高送り切削試験(通常の切削速度および送り量は、それぞれ、250m/min、0.3mm/rev.)、
被削材:JIS・FC300の長さ方向等間隔4本縦溝入り、
切削速度:400m/min、
切り込み:2.5mm、
送り:0.4mm/rev.、
切削時間:5分、
の条件(切削条件Cという)での鋳鉄の乾式高速高切込切削試験(通常の切削速度および切込量はそれぞれ350m/min、1.5mm)、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
表9にこの測定結果を示した。
表9に示される結果から、本発明被覆工具1〜13は、いずれも、上部層のAlの微粒化を図ったことにより、膜厚方向へのクラック伝搬を抑制し、すぐれた、耐剥離性および耐チッピング性を示した。
これに対して、比較被覆工具1〜13では、高速重切削加工、高速断続切削加工においては、硬質被覆層の剥離発生、チッピング発生により、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
前述のように、本発明の被覆工具は、各種鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削は勿論のこと、切刃に高負荷、断続的・衝撃的負荷が作用する高速重切削、高速断続切削という厳しい切削条件下でも、硬質被覆層の剥離、チッピングが発生することはなく、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。

Claims (1)

  1. 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体と該工具基体の表面に蒸着形成された硬質被覆層を備える表面被覆切削工具であって、
    前記硬質被覆層は、工具基体の表面に形成された下部層と該下部層上に形成された上部層とを有し、
    (a)前記下部層は、3〜20μmの合計平均層厚を有し、TiC、TiN、TiCN、TiCO、TiCNOのうちの2層以上からなり、その内の少なくとも1層はTiCN層で構成したTi化合物層からなり、
    (b)前記下部層の最表面層が、少なくとも500nm以上の層厚を有するTiCN層からなり該TiCN層と前記上部層との界面から、前記TiCN層の層厚方向に最大500nmまでの深さ領域にのみ酸素が含有されており、前記深さ領域に含有される平均酸素含有量は、前記深さ領域に含有されるTi,C,N,Oの合計含有量の0.5〜3原子%であり、
    (c)前記上部層は、2〜15μmの平均層厚を有し、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有するAl層からなり該Al層を構成する個々の結晶粒のアスペクト比を求めた場合該アスペクト比が3未満である結晶粒が面積比で上部層全体の60-90%を占め、かつ、前記アスペクト比が3未満である結晶粒の平均粒径が0.1〜1.0μmの範囲に含まれ、
    (d)前記上部層全体のAl結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定した場合、前記測定傾斜角のうちの0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、その傾斜角が0〜10度の範囲内にあるAl結晶粒の該傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上であり、
    (e)前記(c)に記載された上部層全体のAl結晶粒のうち、アスペクト比が3未満である結晶粒個々の結晶粒内平均方位差が5度未満であることを特徴とする表面被覆切削工具。
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