本発明は、眼疾患のための細胞に基づく療法または再生療法の分野に関する。特に、本発明は、幹細胞または前駆細胞の特性を有する細胞を網膜に投与すること、および前記細胞と前記網膜細胞との細胞融合を介して、網膜ニューロンまたは網膜グリア細胞などの網膜細胞をリプログラミングすることによる網膜変性疾患の処置方法であって、前記リプログラミングはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を介したものである、処置方法を提供する。
網膜は、光受容細胞(桿体および錐体)ならびに視覚情報の処理のための神経網に接続したニューロンを含む、眼の奥にある特殊な光感受性組織である。桿体は低照度条件で機能し、錐体は色覚および高解像度を必要とするあらゆる視覚的作業(例えば、読むこと)を担う。桿体はほとんどが眼の中心から離れて網膜周辺部に位置する。最も高濃度の錐体は網膜の中心である黄斑に見られ、視力に必要である。その代謝機能を維持するため、網膜は隣接する網膜色素上皮(RPE)の細胞に依存している。
網膜変性は網膜細胞または網膜色素上皮(RPE)細胞の進行的および最終的な死滅によって引き起こされる網膜の変質である。網膜変性には、動脈または静脈閉塞、糖尿病性網膜症、水晶体後線維増殖症/未熟児網膜症、または疾患(通常は遺伝性)を含め、いくつかの理由がある。これらは視力障害、夜盲症、網膜剥離、羞明、トンネル視野、および周辺視力の欠落から失明などの多くの異なる現れ方をする。網膜変性は、色素性網膜炎、加齢性黄斑変性(AMD)、糖尿病性網膜症、白内障、および緑内障を含む、網膜疾患の多くの異なる形態で見られる。
色素性網膜炎(RP)は最も多い網膜変性であり、罹患率はおよそ3,000人に1人〜5,000人に1人であり、世界でおよそ150万人が罹患している。RPは、光受容器の進行的変性と続いてのRPEの変性を特徴とする遺伝性の網膜障害の異質な一系統である。RPは、最も多い遺伝性網膜変性であり、色素が主として網膜周辺部に沈着し、網膜中心部には比較的少ないことを特徴とする。典型的な症状発現は青年期〜成人早期の間に見られ、高い確率で破壊的な視力低下をもたらす。RP症例の大部分では、光受容桿体の一次変性が見られ、二次的な錐体変性が伴う。RPは、通常数十年をかけて進行し、初期には夜盲症として、人生の終盤には日中条件での視力障害として現れる長期持続性の疾患である。現在のところ、網膜変性の進行を止める、または視力を回復させる療法は無い。光回避および/または弱視用補助具の使用など、RPの進行を緩徐化する処置選択肢はほとんど無い。ビタミンAをRPの進行を緩徐化する可能性のある処置選択肢と考える医師もいる。
網膜変性の効果的な処置は広く検討されてきた。動物モデルにおける多くの研究が、幹細胞は失われた光受容器および網膜ニューロンを再生し、視力を改善する能力を有することを示唆することから、幹細胞に基づく療法の分野は網膜変性疾患の治療に大きな可能性を持っている。これまでのところ、これらの細胞には、網膜前駆細胞、胚性幹細胞、骨髄由来幹細胞、および誘導多能性幹細胞が含まれる。
網膜前駆細胞(RPC)は胎児または新生児網膜に由来し、胚発生の際に総ての網膜細胞の生成を担う未熟な細胞集団を含んでなる。RPCはin vitroにおいて、増殖し、新たなニューロンおよび特殊な網膜支持細胞を生成することができ、また、in vivoにおいて、総ての網膜層に遊走し、種々の網膜細胞種の形態学的特徴を発達させることができる(MacLaren et al., 2006, Nature 444:203-7)。これらの結果は、RPC移植が網膜変性疾患の可能性のある処置であるという仮説を裏付けている。
胚性幹細胞(ESC)は、胚盤胞期胚の内部細胞塊に由来し、自己再生能、ならびにマウスおよびヒトにおいて、光受容器前駆体、光受容器、またはRPEを含む総ての成体細胞種に分化する能力を持っている(Lamba et al., 2006, PNAS USA 103:12769-74; Osakada et al., 2008, Nat Biotechnol 26:215-224)。Lamba et al.は、ヒトESC由来の網膜細胞を成体Crx(−/−)マウスの網膜下腔に移植したところhESC由来網膜細胞の機能的光受容器への分化が促進され、この手法がこれらの動物の光応答を改善したことを示した(Lamba et al., 2009, Cell Stem Cell 4:73-9)。ESCは網膜補充療法に有望であるが、考慮すべき倫理的問題および免疫拒絶の問題がなおあり、また、ESCは奇形腫形成にも関連づけられている。
骨髄は、少なくとも2つの異なる幹細胞集団、すなわち、間葉幹細胞(MSC)と造血幹細胞(HSC)を含んでいる。MSCは、in vitroで、アクチビンA、タウリン、および上皮細胞増殖因子を用いて、光受容器系列特異的マーカーを発現する細胞へと誘導することができる(Kicic et al., 2003, J Neurosci 23:7742-9)。さらに、in vivo動物モデルでは、Royal College of Surgeons (RCS)ラットにおいて、網膜下腔に注射されたMSCは網膜細胞変性を緩徐化し、網膜に組み込まれ、光受容器へと分化できることが実証された(Kicic et al., 2003, J Neurosci 23:7742-9; Inoue et al., 2007, Exp Eye Res 85:234-41)。
Otani et al.は、lineage陰性(Lin−)造血幹細胞(HSC)を硝子体内に注射すると、rd1およびrd10マウスにおいて網膜変性を救済できることを報告した(Otani et al., 2004, J Clin Invest 114:755-7;US2008/0317721;US2010/0303768)。しかしながら、移植された網膜はほとんど錐体のみから形成されており、網膜電位図応答は極めて異常であり、非処置動物に匹敵していた。硝子体内に注射されたLin− HSCは初期の、出生直後の発達段階でのみ網膜に効果的に組み込まれたが、成体マウスでは組み込まれず、新生児マウスまたは成体の傷害誘導モデルに見られる活性化星状細胞のみを標的とするという制限があった(Otani et al., 2002, Nat Med 8:1004-10; Otani et al., 2004, J Clin Invest 114:755-7; Sasahara et al., 2004, Am J Pathol 172:1693-703)。
成体組織に由来する誘導多能性幹細胞(iPS)は、in vitroにおいて最終分化状態の体細胞から、4つの転写因子、すなわち、Oct3/4、Sox2、Klf4およびc−Mycのレトロウイルス形質導入によりリプログラミングされた多能性ESC様細胞である。ヒトiPSは正常な網膜形成を模倣するというESCと同様の可能性を有することが報告された(Meyer et al., 2009, PNAS USA 106:16698-703)。しかしながら、主要な問題としては、iPSの作製に関するウイルスの組み込みおよび癌遺伝子の発現のリスクを軽減することが含まれる。これらの制限は、Wnt/β−カテニン、MAPK/ERK、TGF−βおよびPI3K/AKTシグナル伝達経路(ssignalling pathways)を含むシグナル伝達経路の活性化などの、iPSを得るための別の方法を用いて克服することができる(WO2009/101084;Sanges & Cosma, 2010, Int J Dev Biol 54:1575-87)。
よって、網膜変性疾患を処置するための有効な方法を提供する必要がある。
本発明者らは、今般、網膜再生は幹細胞または前駆細胞の特性を有する細胞を対象の網膜に移植することによって達成することができ、前記細胞は網膜ニューロン、例えば桿体など、または網膜グリア細胞、例えばミュラー細胞などの網膜細胞と融合してハイブリッド細胞を形成し、前記ハイブリッド細胞はニューロン前駆体マーカーを再活性化し、増殖し、脱分化し、そして、例えば、光受容細胞、神経節細胞などの、対象とする最終分化状態の網膜ニューロンに最終的に分化し、これにより、傷害を受けた網膜組織を再生することができることを見出した。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、前記ハイブリッド細胞の脱分化および対象とする網膜ニューロンにおける最終的な再分化を誘導するために不可欠である。一実施形態において、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、少なくとも一部は、移植された細胞(Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理された、かつ/またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現する)により提供されるが、別の実施形態では、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤を、処置を受ける対象に単に投与する結果として、または単に例えば、網膜変性疾患(例えば、色素性網膜炎)で起こるような網膜傷害もしくは損傷の結果として提供される。新生児網膜ニューロンは移植された哺乳動物で網膜を完全に再生し、機能的な視力をある程度救済する。組織学的分析は、移植2か月後、前記の再生された網膜は野生型哺乳動物の網膜と区別できないことを示す。これらのデータは、細胞融合を介した再生が哺乳動物網膜において極めて有効なプロセスであること、およびそれが移植された細胞においてWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化により誘発され得ること、およびin vivoにおける最終分化状態の網膜ニューロンのリプログラミングは組織再生の可能性のある機構であることを示す。結果として、これらの教示は、網膜が変性する疾患を処置するために適用することができる。
細胞融合の制御。(a)実験計画の概略図。HSPCRFP/CreとLoxP−STOP−LoxP−YFPマウス(R26Y)の網膜ニューロンとのin−vivo細胞融合は、網膜ニューロンにおけるfloxed終止コドンの切除、およびその後のYFPの発現をもたらす。得られるハイブリッドはRFPおよびYFPの両方を発現する。(b)BIO処理HSPCCRE/RFPの網膜下移植から24時間後のR26Yrd1網膜の代表的な蛍光顕微鏡写真。YFP陽性細胞は、HSPCとR26Yrd1網膜細胞の細胞融合から得られるハイブリッドに相当する。(c)標的遺伝子Axin2のRT−PCR分析は、BIO処理HSPCにおけるβ−カテニンシグナル伝達の活性化を示す。(d−e)BIO処理HSPCCRE/RFPの網膜下移植から24時間後のp10野生型R26Y網膜の代表的な蛍光顕微鏡写真。YFP陽性細胞(緑)が検出されなかった。(e)では核をDAPIで対比染色した。点線は、網膜組織の最終部分を示す。OS:外節;ONL:外顆粒層;INL:内顆粒層。
移植されたHSPCは、rd1マウス網膜細胞と融合し、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化時にrd1マウス網膜細胞の脱分化を誘導する。(a−d)HSPCCRE/RFPの網膜下移植から24時間後のR26Yrd1マウス網膜の代表的な蛍光顕微鏡写真。HSPC(赤)とrd1網膜細胞の細胞融合後の二重陽性RFP/YFP(赤/緑)ハイブリッドがONLで検出され、INLには少なかった。これらのYFP陽性ハイブリッド(YFP、緑)は、桿体細胞(ロドプシン;bの赤)およびミュラー細胞(グルタミンシンセターゼ;cの赤)に対するマーカーも陽性であるが、錐体(d)に対するマーカーは陰性であった。(e〜g)p10 R26Yrd1眼に非BIO処理(No BIO)およびBIO処理(BIO)HSPCCREを移植してから24時間後のアポトーシス光受容器(e)、アポトーシスハイブリッド(f)および増殖ハイブリッド(g)の定量。数値は、全光受容器核に対するTUNEL陽性光受容器のパーセンテージ(e)またはYFP陽性ハイブリッド細胞の総数に対するアネキシンV(f)もしくはKi67(g)陽性細胞のパーセンテージとして算出した。(h)HSPCおよび網膜およびハイブリッド細胞(示した通り)で発現された遺伝子(示した通り)のリアルタイムPCR。ONL:外顆粒層;INL:内顆粒層。
脱分化したハイブリッドの増殖および細胞死分析。p10においてBIO処理HSPCCRE(BIO;a、c)または非処理HSPCCRE(No BIO;b、d)を移植してから24時間後に分析したR26Yrd1マウスの網膜切片に対するアネキシンV(a、b)およびKi67(c、d)の代表的な免疫蛍光染色。YFP蛍光(緑)は、融合後に得られたハイブリッドに局在する。核はDAPI(青)で対比染色した。黄色の矢印は、アポトーシスハイブリッド(b)または増殖ハイブリッド(c〜d)を示す。
脱分化したハイブリッドにおける前駆体マーカーの発現の免疫蛍光分析。p10においてBIO処理HSPCCRE(BIO;a〜c)または非処理細胞(No BIO;d〜f)を移植してから24時間後のR26Yrd1マウスの網膜切片におけるNestin(ネスチン)(a、d、赤)、Noggin(ノギン)(b、e、赤)およびOtx2(c、f、赤)の代表的な免疫蛍光染色。融合後に得られたYFPハイブリッド(緑)は、BIO処理後にのみこれらのマーカーに関して陽性であった(a〜c、黄色の矢印)。
rd1マウスにおける網膜再生の組織学的分析の経時的推移。(a〜h)p10において非処理(a、c、e、g)またはBIO処理(b、d、f、h)HSPCRFP/CREを移植したR26Yrd1マウスの網膜切片の代表的なH&E染色(a、b、e〜h)およびTUNEL染色(c、d;赤)、移植から5日後(p15;a〜d)、10日後(p20;e、f)および15日後(p25;g、h)に分析。(i−p)移植無し(i、j、o、p)またはp10(k〜n)において非処理(m、n)またはBIO処理(k〜l)HSPCを移植した(m〜n)野生型(i、j)およびrd1マウス(k〜p)の代表的なH&E染色、総てp60において分析。倍率:20× a〜h、j、l、n、p;5× i、k、m、o。ONL:外顆粒層。
移植を行ったR26Yrd1眼の組織学的分析の経時的推移。(a)p10において非処理またはBIO処理HSPCRFP/CREを移植し、移植5日後(p15)、移植10日後(p20)および移植15日後(p25)に分析したR26Yrd1マウスの網膜切片の代表的なH&E染色およびTUNEL染色。(b)非BIO処理HSPCRFP/CREを移植したR26Yrd1マウスの網膜切片の代表的な免疫染色。ONL:外顆粒層;INL:内顆粒層。
p60におけるハイブリッド分化の分析。(a〜f)移植無し(e)およびp10においてBIO処理HSPCを移植した(a〜d、f)R26Yrd1マウスの網膜切片の代表的な免疫蛍光染色、p60において分析。(a〜d)YFP陽性ハイブリッド(緑)はロドプシンに関して陽性であるが(a、赤)、錐体オプシン(b、赤)、グルタミンシンセターゼ(c、赤)、およびCD31(d、赤)に関しては陰性である。下の画像:DAPI(青)で対比染色された核と共に、赤と緑のマージ。(e〜f)Rhodopsin(ロドプシン)(赤)、Pde6b(マゼンタ)およびDAPI(青)で対比染色された核。(g)非処理(rd1 NT)またはBIO処理HSPCを移植した(rd1 BIO)、野生型(wt)およびR26Yrd1マウスの網膜におけるPde6bタンパク質発現のウエスタンブロット、総てp60に分析。全タンパク質溶解液を抗β−アクチン抗体で正規化した。ONL:外顆粒層;INL:内顆粒層;GCL:神経節細胞層。
YFP陽性ハイブリッドはPDE6Bを発現する。(a)p10において非処理HSPCCRE細胞を移植してから2か月後のR26Yrd1マウスの網膜切片におけるロドプシン(赤)の代表的な免疫蛍光染色。YFPハイブリッド(緑)陽性光受容器もロドプシン(赤)陽性光受容器も検出されなかった。核はDAPIで対比染色した。(b)p10においてBIO処理HSPCCREを移植したR26Yrd1マウスの代表的な網膜切片、p60において分析。YFP陽性ハイブリッド(緑)は、ロドプシン(赤)およびPde6b(マゼンタ)の両方に対して陽性であった。マージした画像の核はDAPI(青)で対比染色された。ONL:外顆粒層;INL:内顆粒層;GCL:神経節細胞層。
in−vivoにおける傷害依存性細胞融合。(A)細胞融合実験計画の概略図。赤で標識したSPCCreとLoxP−STOP−LoxP−YFPマウス(R26Y)の網膜ニューロンとのin−vivo細胞融合は、網膜ニューロンにおけるfloxed終止コドンの切除、およびその後のYFPの発現をもたらす。得られるハイブリッドはYFPを発現し、かつ、赤で標識もされる。(B、C)HSPCRFP/Creを移植したマウスのR26Y NMDA傷害網膜(B)または健常網膜(C)の共焦点光学顕微鏡写真。マウスは組織傷害から24時間後に犠牲にした。細胞融合から得られた二重陽性RFP(赤)およびYFP(緑)ハイブリッドはNMDA傷害の存在下では検出されるが(B、NMDA)、傷害を受けていない眼では検出されない(C、No NMDA)。核はDAPI(青)で対比染色した。onl:外顆粒層;inl:内顆粒層;gcl:神経節細胞層。スケールバー:50μm。(D)細胞移植から24時間後に形成されていたハイブリッドの、視野に局在した総ての赤色のHSPCCre/RFPに対するYFP陽性細胞のパーセンテージとしての定量。NMDA傷害を受けた眼および傷害を受けていない眼(No NMDA)の切片を分析した。データは平均±s.e.m.である;n=90(各眼について10枚の異なる網膜連続切片の、異なる3視野。3つの異なる眼を分析した)。***P<0.001。(E〜G):網膜融合細胞相手の免疫組織化学分析。神経節細胞マーカー(E、Thy1.1、赤)、無軸索細胞マーカー(F、シンタキシン(sintaxin)、赤)に関しても陽性であり、またはミュラー細胞マーカー(G、GS、赤)に関して陰性であるYFPハイブリッドは、NMDA傷害を受けた眼においてHSPCCreを移植してから12時間後に検出される。黄色の矢印は、YFPおよびマーカー染色の両方に陽性である細胞を示す。スケールバー:10μm。
細胞融合事象の分析。(A)H&E染色(左)および網膜組織の概略図。(B)NMDA注射から48時間後に犠牲にしたR26Yマウスの眼の切片に対するTUNEL染色(緑)。(C)R26YマウスにおけるNMDA処理は、網膜ニューロンにおいてYFP発現(緑)を活性化しない。(D)細胞移植は各実験に対して少なくとも3つの異なる眼で行った。次に、各眼から得た計10枚の連続切片で、各切片について異なる3領域を調べた。各切片において、網膜の3領域(40×視野)内の免疫反応性マーカー陽性細胞、YFP陽性細胞またはGFP陽性細胞の数を数えた。同じ視野内の前記の数と赤で標識された(DiD)細胞またはRFP陽性細胞の総数との比から陽性細胞のパーセンテージを得た。網膜組織のgclおよびinlを含む領域において、40×視野(赤い長方)を選択した。(E)4C DNA含量を有する四倍体細胞のフローサイトメトリー分析を、BIO−HSPCCreを移植したNMDA傷害R26Y網膜から単離した全細胞に対して行った。細胞周期のG2/M期における四倍体細胞の存在は、RFP陽性細胞(ハイブリッド)にゲートを設定した際に検出されたが(右のグラフ)、対照の非融合RFP HSPCCreでは検出されなかった(左のグラフ)。(F)網膜融合相手の統計分析。数値は、NMDA傷害を受けたR26Y眼にHSPCCreを移植してから12時間後に検出された、神経節細胞マーカー、無軸索細胞マーカーまたはミュラー網膜細胞マーカーのいずれかに関して陽性であるYFPハイブリッドのパーセンテージを表す。
ESCおよびRSPC融合事象の分析。(A)細胞傷害を誘導するためにNMDAで24時間前処理したマウスの眼、または健常眼(No NMDA)のいずれかに注射したDiD−ESCCreおよびDiD−RSPCCreの代表的なサンプル。細胞注射(DiD細胞、赤)から24時間後のR26Y眼において、YFP発現(YFP、緑)はNMDA傷害を受けた眼(NMDA)では検出されたが、傷害を受けていない眼(No NMDA)では検出されなかった。核はDAPI(青)で対比染色した。スケールバー:20μm。(B)視野に局在する移植されたDiD−ESCCreおよびDiD−RSPCCreの総数に対するパーセンテージとしてのYFP陽性細胞の定量。NMDA傷害を受けた眼および傷害を受けていない眼の切片を、移植から24時間後に犠牲にしたマウスで分析した。データは平均±s.e.m.である;n=30(各眼について10枚の異なる網膜連続切片の、異なる3領域)。P値<0.001(***)。(C)NMDA(硝子体内)およびBrdU(腹腔内)をR26Yマウスに注射し;1日後に非標識ESCを注射し(硝子体内)、最後に、さらに24時間後に犠牲したマウスの眼の切片にBrdU染色を行った。gclにおいて全BrdU陽性細胞(赤矢印)を40×視野で計数した。YFP陽性ハイブリッドはBrdU染色に陽性ではなかった(緑矢印)。データは平均±s.e.m.である;n=30。
融合後の網膜ニューロンのリプログラミングの分析。(A)NMDAもしくはNMDAとDKK1の両方のいずれかで処理した眼、または対照としての非処理の眼からの切片に対して、抗β−カテニン抗体を用いた免疫蛍光染色(赤)を行った。NMDA傷害を受けた眼において検出された網膜細胞におけるβ−カテニンの発現および核蓄積(赤矢印)は、DKK1処理後に減少する。スケールバー:20μm。(B)in−vivoリプログラミング実験計画の概略図。非処理(対照)またはBIOで24時間処理した、赤で標識したSPCを、Nanog−GFP−PuroレシピエントマウスのNMDA傷害を受けた眼または傷害を受けていない眼に注射した。リプログラミングされたハイブリッドにおけるGFPの発現を注射1日後に分析した。(C)NMDA処理は、Nanog−GFP網膜ニューロンにおいてGFP発現(緑)を活性化しない。(D〜F)HSPCのBIO処理は、標的遺伝子Axin2のRT−PCRにより(D)、または非処理細胞(E)もしくはBIO処理細胞(F)におけるβ−カテニンの核移行により示されるように、β−カテニンシグナル伝達を活性化する。(G)健常なNanog−GFP眼にBIO処理HSPCRFP(赤)を移植してもNanog−GFP導入遺伝子(緑)の再活性化は誘導されない。核はDAPIで対比染色した。
Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、in−vivo細胞融合後のニューロンのリプログラミングを促進する。(A)in−vivoリプログラミング実験計画の概略図。Nestin−CREマウスに、HSPCR26Y注射の1日前に、NMDAとDKK1の両方、NMDA単独、または対照としてのPBSの硝子体内注射を施した。移植前にHSPCR26YをWnt3aまたはBIOによる前処理を行いまたは行わずに、DiD赤色素で標識した。サンプルを細胞移植から24時間後に分析した。細胞融合およびリプログラミングの結果としてのみ、Nestinプロモーターの活性化により成体マウスで再発現されるCreがハイブリッドにおいてYFPの発現を誘導することができ、前記ハイブリッドは赤色の膜を保持する。(B)DKK1無しのNMDAの存在下でのみ、移植された赤色のHSPCR26YはYFPの発現を開始する(緑矢印)。黄色の矢印は、赤と緑の二重陽性細胞を示す。移植前に赤色のHSPCR26YをWnt3aで前処理すると、二重陽性赤/緑ハイブリッドの量が増える。スケールバー:50μm。(C〜D)非処理HSPCの移植またはWnt3aもしくはBIO処理HSPCの移植から24時間後に、NMDA、NMDA+DKK1で処理した、または非処理(No NMDA)の、Nestin−CRE(C)網膜またはNanog GFP(D)網膜で検出された二重赤/緑(DiD/YFP)陽性ハイブリッドの数の統計分析。パーセンテージは、これらの視野で検出された赤色のHSPCの総数に対するYFP陽性細胞の数として算出した。データは平均±s.e.m.である;n=90。***P<0.001。(E)非傷害(No NMDA)Nanog−GFP網膜およびWnt3aで前処理したHSPCを移植したNMDA Nanog−GFP網膜(NMDA+Wnt3a)の、移植から24時間後の共焦点光学顕微鏡写真。
Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、in vivoにおける細胞融合後にニューロンのリプログラミングを促進する。(A)Nanog−GFP−puroマウスにおいてPBS注射(No NMDA)またはNMDA注射から24時間後にDiD−ESCを注射した場合の代表的なサンプル。ESC注射から24時間後に、NMDA傷害を受けた(NMDA)眼ではESC−ニューロンハイブリッド(赤と緑)にNanog−GFP発現(緑)が検出されるが、非処理の眼(No NMDA)では検出されない。DKK1で前処理すると(NMDA+DKK1)、GFP陽性ハイブリッドの数が減少する。ESCをBIOおよびWnt3aで前処理すると、非処理ESC(No BIO)に比べてGFP陽性のリプログラミングニューロン(赤/緑)の数が増加した。核はDAPI(青)で対比染色した。スケールバー:20μm。(B)BIOで処理した(BIO)または非処理の(No BIO)ESCを移植したNMDA傷害Nanog−GFP眼から単離したハイブリッドをin vitroピューロマイシン選択下で培養したもの。1か月の細胞培養後に検出された平均23のGFP陽性クローン。クローンはアルカリ性ホスファターゼ 染色にも陽性である。(C)移植されたRSPC(赤)は、BIO処理の存在下または不在下でNMDA傷害を受けた網膜ニューロンをリプログラミングしない。核はDAPI(青)で対比染色した。(D)NMDAで前処理した(NMDA)または非処理の(No NMDA)R26Y眼において非処理またはBIO処理HSPCCre(白いバー)、ESCCre(グレーのバー)またはRSPCCre(黒いバー)のいずれかを注射した後のYFP−ハイブリッドのパーセンテージの統計分析。
リプログラミングされたハイブリッドの特徴。(A)R26Y NMDA傷害眼にBIO(黒いバー)処理または非BIO処理(グレーのバー)HSPCCre/RFPを移植してから24時間後にFACSにより選別されたRFP陽性ハイブリッドにおける種々の遺伝子の発現のRT−PCR分析。(B)BIO処理HSPCCreを移植し、その後、抗Oct4抗体、抗Nanog抗体、抗Nestin抗体、抗cKit抗体または抗Tuj−1抗体で染色したNMDA傷害R26Y網膜の共焦点光学顕微鏡写真。YFP陽性ハイブリッド(緑)はOct4、NanogおよびNestin発現に関しても陽性(赤、矢印)であったが、c−KitまたはTuj−1に対しては陽性でなかった(緑、矢印)。スケールバー:50μm。(C〜D)Nanog−GFPマウスのNMDA傷害眼にBIO処理およびDiD標識ヒトCD34+ HSPCを移植してから24時間後にFACS選別したハイブリッドにおいて、マウス(C)またはヒト(D)特異的オリゴを用いたRT−PCRにより種特異的遺伝子発現を評価した。(E〜J)NMDA傷害R26Y眼の硝子体内にBIO処理(BIO)または非処理(No BIO)HSPCCreを注射し、24時間後に分析した。YFP陽性ハイブリッド(緑)の増殖(E〜GおよびI)および細胞死(F、HおよびJ)を評価するために、抗Ki67抗体(GおよびI、赤)または抗アネキシンV抗体(HおよびJ)のいずれかで切片を染色した。陽性ハイブリッドの量は、YFPハイブリッドの総数に対するKi67陽性細胞(E)またはアネキシンV陽性細胞(F)のパーセンテージとして評価した。データは平均±s.e.m.である;n=30。P値<0.001(***)。GおよびJの黄色の矢印は、それぞれKi67陽性またはアネキシンV陽性ハイブリッドを示した。スケールバー:50μm。(K〜L)R26YマウスのNMDA傷害眼にBIO処理(K)または非処理(L)HSPCCreを注射した後に形成されたYFPハイブリッドで、ESCマーカー(Oct4、Nanog)、中胚葉マーカー(Gata4)、内胚葉マーカー(Hand1)、神経外胚葉マーカー(Nestin、NogginおよびOtx2)、HSPCマーカー(c−KitおよびSca1)または最終分化ニューロンマーカー(Tuj−1)の発現を評価した(マウスは細胞移植から24時間後(白いバー)、48時間後(グレーのバー)および72時間後(黒いバー)に犠牲にした)。データは平均±s.e.m.である;n=30。
ハイブリッドにおける増殖および遺伝子発現。(A〜B)移植していないNMDA傷害R26Y網膜(A)または非処理(No BIO、グレーのバー)もしくはBIO処理(BIO、黒いバー)HSPC細胞のRT−PCR分析。(C)DiD標識およびBIO処理ヒトCD34+ HSPC(赤)を移植したNMDA傷害Nanog−GFP網膜の共焦点光学顕微鏡写真。YFP陽性ハイブリッド(緑/赤の細胞、黄色の矢印)が検出された。(D〜E)NMDA傷害R26Y眼にBIO処理または非処理ESCを注射した後に得られたYFP陽性のリプログラミングされたハイブリッドに対して、Ki67(D)およびアネキシンV(E)染色を行った。陽性ハイブリッドは、YFPハイブリッドの総数に対する陽性細胞のパーセンテージとして評価した。データは平均±s.e.m.である;n=30。P値<0.001(***)。(F)R26YマウスのNMDA傷害眼にBIO処理HSPCCreを注射した後に形成されたYFPハイブリッドで、中胚葉マーカー(Gata4)、内胚葉マーカー(Hand1)、神経外胚葉マーカー(Nestin、NogginおよびOtx2)、最終分化ニューロンマーカー(Tuj−1)またはESCマーカー(Oct4、Nanog)の発現を評価した(マウスは細胞移植から24時間後(白いバー)、48時間後(グレーのバー)および72時間後(黒いバー)に犠牲にした)。データはn=30の平均である。
NMDA傷害網膜は、移植されたHSPCの融合後に再生することができる。(A)BIO−HSPCCre移植から1か月後のNMDA傷害網膜における、内顆粒層の厚み(inl、括弧)の増加および神経節細胞層の再生(gcl、矢印の先)を示すH&E染色。矢印は、NMDA傷害網膜における神経節細胞の欠如を示した。スケールバー:50mm。(B〜C)BIO処理(BIO)または非処理HSPCを移植した傷害(NMDA)または非傷害網膜の垂直網膜切片において計数した、gcl(B)の神経節核およびinl(C)の核列の定量。データは平均±s.e.m.である(n=30)。***P<0.001。(D)gclのニューロンを、鼻側頭軸(左)および背腹軸(右)に沿って計数し、1平方ミリメートル当たりの細胞をグラフ化した。各サンプルについて、網膜全体を含む計80の異なる画像を計数した。データは3つの網膜からの平均±s.e.mである。*P<0.01。ON:視神経。(E)内皮細胞を除くgclの全細胞を、鼻側頭軸(左)および背腹軸(右)に沿って計数し、密度マップとしてグラフ化した。濃い赤は、カラーバーに示すように10,000細胞/mm2の細胞密度に相当する。
細胞融合を介したリプログラミングの後に得られるハイブリッドの長期分化能。(A)NMDA傷害を受けたR26Y網膜におけるBIO処理または非処理HSPCCreから1か月後にYFP+ハイブリッドを同定するための実験戦略。(B)BIO−HSPCCre移植から1か月後のNMDA損傷R26Y網膜のフラットマウントでYFP+ニューロンが検出された。核はDAPI(青)で対比染色した。スケールバー:50μm。高倍率のYFP+ニューロンを右のパネルに示す。(C)YFP+分化ハイブリッド(緑)は、神経節細胞マーカーSMI−32(左、赤)または無軸索細胞マーカーChat(右、赤)のいずれかを発現した。(D)YFP+軸索(緑)は、BIO−HSPCCreを移植した眼の視神経には検出されたが、非処理HSPCCreを用いた場合には検出されなかった。視神経における高倍率のYFP+陽性軸索(緑)を右のパネルに示す。
骨髄補充効率の分析ならびに内因性BM動員および細胞融合後のハイブリッド増殖およびアポトーシスの分析。(A)骨髄補充から1か月後のマウスの代表的なヘモクロモサイトメトリック(haemochromocytometric)分析。(B〜C)BMRFP/Cre補充を受けたマウスのNMDA傷害R26Y眼にBIOを注射してから24時間後に得られたYFP陽性のリプログラミングされたハイブリッドに対して、Ki67(B)およびアネキシンV(C)染色を行った。
傷害を受けた眼に動員された内因性BM由来細胞は網膜ニューロンと融合することができる。(A)実験スキーム。R26Yマウスに、亜致死線量照射後に尾静脈注射によりBMRFP/Cre移植を施した。BMの再形成の後(1か月)、右眼にNMDAの硝子体内注射を施し、左眼には注射は行わず、マウスを24時間後に分析した。動員されたBM細胞(赤)とニューロンが細胞融合した場合にのみ、YFP/RFP二重陽性ハイブリッドが検出される。(B〜F)二重陽性YFP/RFPハイブリッドは、NMDA傷害を受けた眼(B〜C、NMDA)では検出されたが、健常な眼(D〜E、No NMDA)では検出されなかった。(F)検出されたRFP細胞の総数に対するYFP/RFP二重陽性ハイブリッドのパーセンテージを算出した。(G〜K)網膜細胞融合相手の免疫組織化学的分析。YFPハイブリッド(緑)は、NMDA傷害から24時間後に、Sca1(G)およびc−Kit(H)HSPCマーカー、ならびに神経節(I、Thy1.1、赤)、無軸索(J、シンタキシン、赤)およびミュラー(K、GS、赤)網膜細胞マーカーについても陽性である。黄色の矢印は、二重陽性細胞を示す。スケールバー:50μm。
内因性BMの細胞融合を介した網膜ニューロンのリプログラミングがBIOにより誘導される。(A)実験スキーム。Nestin−Creマウスに、亜致死線量照射後に尾静脈注射によりBMR26Y移植を施した。BM再形成後(1か月)、右眼にBIO+NMDAの硝子体内注射を施し、反対側の眼にNMDA単独を注射した。動員されたBMCR26Yとニューロンの間のハイブリッドが細胞融合を介してリプログラミングされた場合にのみ、Nestinを介したCre発現は、YFPの発現をもたらす。(B〜C)BIO注射後(C)にのみ、動員されたBM細胞と傷害ニューロンの融合後にYFP陽性のリプログラミングされたハイブリッド(緑)が検出された。これに対して、BIOを用いない場合のNMDA傷害眼ではYFPハイブリッド(B)は見られなかった。(D〜E)増殖ハイブリッド(Ki67陽性、D)または死滅ハイブリッド(アネキシンV陽性、E)のパーセンテージは、YFP細胞の総量に対するYFP二重陽性細胞の数として評価した。データは平均±s.e.m.である;n=30。(F〜I)NMDA+BIO処理網膜の共焦点光学顕微鏡写真は、YFPリプログラミングハイブリッド(緑、GおよびIのマージを参照)におけるOct4タンパク質(F〜Gの赤)およびNanog(H〜Iの赤)タンパク質の発現を示す。Oct4およびNanog陽性ハイブリッド(E)のパーセンテージは、YFP細胞の総量に対するYFP二重陽性細胞の数として評価した。データは平均±s.e.m.である;n=30。
HSPC移植後のマクロファージ/単球分析。(A)非処理HSPCの移植から1か月後の、フラットマウントしたNMDA傷害網膜の代表的な共焦点画像。わずかなYFP+細胞(緑)だけが検出された。スケールバー:50μm。(B)NMDA傷害R26Y眼にHSPCCreを移植してから24時間後に採取した視神経。スケールバー:200μm。(C〜F)NMDA傷害R26Y眼にHSPCCre/RFPを移植してから24時間後(C、D)および2週間後(E、F)にCD45(C〜E)およびMac1(D〜F)染色にも陽性であるRFP+/YFP+ハイブリッドのパーセンテージとしてのFACS分析。
発明の具体的な説明
網膜再生は、対象の網膜にいくつかの細胞種を移植することによって達成することができ、前記細胞は、造血幹細胞、前駆細胞および/または間葉幹細胞などの幹細胞または前駆細胞の特性を有する。これらの細胞は網膜ニューロン、例えば、桿体、神経節細胞、および無軸索細胞などの網膜細胞、または網膜グリア細胞、例えば、ミュラー細胞と融合してハイブリッド細胞を形成し、次に、脱分化し、例えば光受容細胞および/または神経節細胞などの目的の網膜ニューロンに最終的に分化するが、この場合、前記ハイブリッド細胞の脱分化および目的の網膜ニューロンへの最終的な再分化を誘導するためには、移植細胞またはハイブリッド細胞内でのWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化が不可欠である。一実施形態では、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、少なくとも部分的に、移植細胞(Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理されており、かつ/またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現する)により提供されるが、別の実施形態では、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、処置を受ける対象に単にWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターもしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤を投与する結果として、または例えば網膜変性疾患で起こるような網膜傷害もしくは損傷の結果として提供される。
その細胞と融合した網膜細胞の、Wnt/β−カテニン経路の活性化を介したリプログラミングにより網膜変性疾患を処置するための、幹細胞または前駆細胞の特性を有する細胞の使用
処置A
一態様において、本発明は、網膜変性疾患の処置において使用するための細胞に関し、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有し、かつ、造血幹細胞、前駆細胞、および間葉幹細胞からなる群から選択される。言い換えれば、この態様によれば、本発明は、網膜変性疾患の処置において使用するための、造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、および間葉幹細胞(MSC)からなる群から選択される細胞であって、前記細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されている細胞を提供する。
よって、本発明は、網膜変性疾患の処置において使用するための、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理され、かつ/またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現する、造血幹細胞、前駆細胞、および間葉幹細胞からなる群から選択される細胞を提供する。前記処置、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現するための細胞操作の結果として、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有し、網膜変性疾患の処置において使用することができる。この目的で、このような処理または操作が施された前記細胞は、網膜変性疾患の処置を必要とする対象の眼に移植される。
言い換えれば、本発明のこの態様は、網膜変性疾患の処置のための医薬組成物の製造における、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有し、かつ、造血幹細胞、前駆細胞、および間葉幹細胞からなる群から選択される細胞の使用に関し;あるいは、本発明のこの態様は、網膜変性疾患の処置のための医薬組成物の製造における、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理され、かつ/またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現する、造血幹細胞、前駆細胞、および間葉幹細胞からなる群から選択される細胞の使用に関する。
処置Aによれば、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、少なくとも部分的に、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有し、かつ、造血幹細胞、前駆細胞、および間葉幹細胞からなる群から選択される移植細胞により提供される。処置を受ける対象は、網膜傷害または損傷後にWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化させている。一般に、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路は、標的遺伝子が転写された際に活性化され;例として、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、例えばAxin2などの標的遺伝子の発現を分析することによるか、例えばRT−PCR(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)などの遺伝子発現を分析するための当業者に公知の手段によるか、あるいは例えば、免疫染色などの従来技術による細胞の核内へのβ−カテニンの移行を検出することによるなどの従来技術によるか、またはDishevelledのリン酸化もしくはLRPテールのリン酸化の検出により確認することができる。
Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化される様式は様々であってよい。例として、造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、および間葉幹細胞(MSC)からなる群から選択される細胞におけるWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、下記に述べるが、前記経路が活性化されるように、前記細胞をWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理することによるか、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターとしてのタンパク質またはペプチドを過剰発現するように細胞を操作することによって達成することができる。あるいは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、例えば網膜変性疾患で起こるような網膜傷害もしくは損傷の結果として、または以下に述べるが、前記経路が活性化されるように、処置を受ける対象にWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターもしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤を投与することによって達成することができる。
本明細書において用語「造血幹細胞」または「HSC」は、骨髄系(単球およびマクロファージ、好中球、好塩基球、好酸球、赤血球、巨核球/血小板、樹状細胞)、およびリンパ系(T細胞、B細胞、NK細胞)のあらゆる血液細胞種を生じる多能性幹細胞(multipotent stem cell)を意味する。HSCは、ヘテロな集団である。血中のリンパ系後代と骨髄系後代の比(L/M)で識別される3つのクラスの幹細胞が存在する。骨髄偏向(My−bi)HSCは低L/M比(>0、<3)を有し、リンパ偏向(Ly−bi)HSCは大きな比(>10)を示す。3つ目のカテゴリーは、バランスの取れた(Bala)HSC(3≦L/M≦10)からなる。幹細胞として、HSCは、あらゆる血液細胞種を補うそれらの能力(多能性)およびそれらの自己再生能によって定義される。表現型に関して、HSCは、小さいサイズ、細胞系(lin)マーカーの欠如、ローダミン123(ローダミンDULL、rholoとも呼ばれる)またはHoechst 33342などの生体染色色素による低い染色(サイドポピュレーション)、およびそれらの表面の種々の抗原マーカーの存在によって特定される。ヒトでは、HSCの大部分はCD34+CD38−CD90+CD45RA−である。しかしながら、総てのHSCが前記組合せによってカバーされるわけではないが、それにもかかわらず、これが周知となっている。実際に、ヒトでさえ、CD34−CD38−のHSCが存在する。好ましい実施形態では、HSCは哺乳動物細胞、好ましくは、ヒト細胞である。
特定の実施形態では、HSCは、長期型HSC(LT−HSC)、すなわち、何ヶ月もまたは一生であっても造血に寄与することができる造血幹細胞であり、CD34−、CD38−、SCA−1+、Thy1.1+/low、C−kit+、lin−、CD135−、Slamf1/CD150+を特徴とする。
別の特定の実施形態では、HSCは、短期型HSC(ST−HSC)、すなわち、数週間に限定される再形成能を有するHSCであり、CD34+、CD38+、SCA−1+、Thy1.1+/low、C−kit+、lin−、CD135−、Slamf1/CD150+、Mac−1(CD11b)lowである。
本明細書において用語「CD34」は、ヒト体内の特定の細胞上に存在する分化抗原群(cluster of differentiation)を意味する。CD34は細胞表面糖タンパク質であり、細胞−細胞接着因子として機能する。CD34はまた、幹細胞の、骨髄細胞外マトリックスまたは直接的には間質細胞への接着を媒介する。CD34を発現する細胞(CD34+細胞)は通常、臍帯および骨髄には造血細胞、間葉系幹細胞のサブセット、内皮前駆細胞、血管内皮細胞として見られるが、リンパ管には見られない。ヒトCD34の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P28906(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD38」は、サイクリックADPリボースヒドロラーゼとしても知られる分化抗原群38を意味し、CD4+細胞、CD8+細胞、B細胞およびナチュラルキラー細胞を含む多くの免疫細胞(白血球細胞)の表面に見られる糖タンパク質である。CD38はまた、細胞接着、シグナル伝達およびカルシウムシグナル伝達において機能する。CD38は、シグナル伝達分子として機能し、リンパ球と内皮細胞の間の接着を媒介する、II型膜貫通タンパク質である。CD38はまた、セカンドメッセンジャーサイクリックADPリボースの形成および加水分解に酵素的に機能する。造血系において、CD38は形質細胞で発現が最も高い。ヒトCD38の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P28907(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD90」またはThy−1は分化抗原群90を意味し、最初に胸腺細胞抗原として発見され、単一のV様免疫グロブリンドメイン(この免疫グロブリンドメインは、ギリシャキートポロジーを有する2つのβ−シート内に配置された7と9の逆平行β−ストランド間の2層サンドイッチからなるタイプのタンパク質ドメインである)を有する、25〜37kDaの、高度にN−グリコシル化された、グリコホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー型の保存された細胞表面タンパク質である。ヒトCD90の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P04216(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD45」は、単一の複合遺伝子の全産物である複数のメンバーからなるファミリーを意味する。この遺伝子は34のエキソンを含み、一次転写産物の3つのエキソンは選択的にスプライシングされて、最大8つの異なる成熟mRNA、そして、翻訳後には8つの異なるタンパク質産物を生成する。これらの3つのエキソンは、RA、RBおよびRCアイソフォームを生成する。CD45には種々のアイソフォームが存在する:CD45RA、CD45RB、CD45RC、CD45RAB、CD45RAC、CD45RBC、CD45R0、CD45R(ABC)。ヒトCD45の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P08575(2012年7月26日)を有する。
用語「SCA−1」は、ataxin 1(アタキシン1)を意味し、その機能は未知である。ヒトSCA−1の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P54253(2012年7月26日)を有する。
用語「c−kit」は、癌原遺伝子c−Kitまたはチロシンタンパク質キナーゼKitまたはCD117としても知られる肥満/幹細胞増殖因子受容体(SCFR)を意味し、ヒトではKIT遺伝子によりコードされるタンパク質である。CD117は、「スティール因子」または「c−kitリガンド」としても知られる幹細胞因子と結合する受容体チロシンキナーゼIII型である。ヒトc−kitの全タンパク質配列は、UniProt受託番号P10721(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD135」は、Fms様チロシンキナーゼ3(FLT−3)または受容体型チロシンタンパク質キナーゼとしても知られる分化抗原群抗原135(CD135)を意味する。CD135は、造血前駆細胞の表面に発現されるサイトカイン受容体である。ヒトCD135の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P36888(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「SLAMF1」は、シグナル伝達リンパ球活性化分子(lymphocytic activation molecule)を意味し、ヒトではSLAMF1遺伝子によりコードされるタンパク質である。SLAMF1は、最近CD150(分化抗原群150)と呼ばれるようになった。ヒトSLAMF1の全タンパク質配列は、UniProt受託番号Q13291(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「Mac−1(CD11b)」は、マクロファージ−1抗原(Mac−1)または補体受容体3(CR3)として知られるヘテロ二量体インテグリンα−M β−2(αMβ2)分子を形成する、1つのタンパク質サブユニットであるインテグリンαM(ITGAM)を意味する。ITGAMはまたCR3A、および分化抗原群分子11B(CD11B)としても知られる。ヒトMac−1の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P11215(2012年7月26日)を有する。
用語「lin」は、サンプルから成熟造血細胞を取り出すように設計された抗体の標準カクテルである細胞系マーカーを意味する。これらの抗体は、マウスではCD2、CD3、CD4、CD5、CD8、NK1.1、B220、TER−119、およびGr−1、ヒトではCD3(Tリンパ球)、CD14(単球)、CD16(NK細胞、顆粒球)、CD19(Bリンパ球)、CD20(Bリンパ球)、およびCD56(NK細胞)を標的とする。
「前駆細胞」は、分化により幹細胞から誘導され、より成熟した細胞種にさらに分化することができる細胞を意味する。前駆細胞は一般に、幹細胞に比べて限定された増殖能を有する。特定の実施形態では、前駆細胞は、HSCから分化した機能的細胞への進行の過程で、分化によりHSCから誘導される造血前駆細胞である。前記造血前駆細胞は、マーカーCD34+CD38−CD90−CD45RA−を特徴とする。好ましい実施形態では、前駆細胞は哺乳動物細胞、好ましくはヒト細胞である。
特定の実施形態では、前駆細胞は、CD34+、SCA−1+、Thy1.1−、C−kit+、lin−、CD135+、Slamf1/CD150−、Mac−1(CD11b)low、CD4lowを特徴とする初期多分化能前駆細胞(Early Multipotent Progenitor)(Early MPP)である。
別の特定の実施形態では、前駆細胞は、CD34+、SCA−1+、Thy1.1−、C−kit+、lin−、CD135high、Slamf1/CD150−、Mac−1(CD11b)low、CD4lowにより定義される後期多分化能前駆細胞(Late Multipotent Progenitor)(Late MPP)である。
別の特定の実施形態では、前駆細胞は、CD150−CD48+CD244+を特徴とする細胞系列限定前駆(LRP)細胞である。
別の特定の実施形態では、前駆細胞は、骨髄球性共通前駆細胞(Common Myeloid Progenitor)(CMP)、すなわち、CD34+CD38+IL3RalowCD45RA−を特徴とする骨髄性細胞を生成するコロニー形成単位である。別の特定の実施形態では、前駆細胞は、顆粒球−マクロファージ前駆細胞(Granulocyte-Macrophage Progenitor)(GMP)、すなわち、CD34+CD38+IL3Ra−CD45Ra−を特徴とする単芽球および骨髄芽球の前駆細胞である。
別の特定の実施形態では、前駆細胞は、CD34+CD38+IL3RA+CD45RA−を特徴とする巨核球赤血球系前駆細胞(Megakaryocyte-Erythroid Progenitor)(MEP)である。
本明細書において用語「CD4」は、分化抗原群4を意味する。CD4は、ヘルパーT細胞、単球、マクロファージ、および樹状細胞などの免疫細胞の表面に見られる糖タンパク質である。CD4は、抗原提示細胞とともにT細胞受容体(TCR)を補助する共受容体である。CD4は、T細胞内に存在するその一部を用いて、活性化されたT細胞のシグナル伝達カスケードに関与する多くの分子を活性化するために不可欠な酵素(チロシンキナーゼlckとして知られる)を動員することにより、TCRが生成したシグナルを増幅する。CD4はまた、その細胞外ドメインを用いて、抗原提示細胞表面のMHCクラスII分子と直接相互作用する。ヒトCD4の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P01730(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD244」は、CD244分子、すなわち、ナチュラルキラー細胞受容体2B4である。この遺伝子は、非主要組織適合性複合体(MHC)拘束細胞死を媒介するナチュラルキラー(NK)細胞(および一部のT細胞)上で発現される細胞表面受容体をコードする。この受容体を介するNK細胞と標的細胞の間の相互作用は、NK細胞の細胞溶解活性を調節すると考えられる。ヒトCD244の全タンパク質配列は、UniProt受託番号Q9BZW8(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「IL3RA」は、CD123(分化抗原群123)としても知られるインターロイキン3受容体α(低親和性)(IL3RA)を意味し、41.3KdaのI型膜貫通タンパク質であり、IL3RAはインターロイキン3と相互作用することが示されている。ヒトIL3RAの全タンパク質配列は、UniProt受託番号P26951(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「間葉系幹細胞」または「MSC」は、骨芽細胞(骨の細胞)、軟骨細胞(軟骨の細胞)、および脂肪細胞(脂肪の細胞)を含む、様々な細胞種に分化することができる多分化能間質細胞を意味する。間葉系幹細胞により発現されるマーカーとしては、CD105(SH2)、CD73(SH3/4)、CD44、CD90(Thy−1)、CD71およびStro−1ならびに接着分子CD106、CD166、およびCD29が含まれる。MSCの陰性マーカー(発現されない)としては、造血系マーカーCD45、CD34、CD14、共刺激分子CD80、CD86およびCD40、ならびに接着分子CD31がある。
本明細書において用語「CD105」は、細胞表面に存在するI型膜糖タンパク質であるエンドグリンを意味し、TGFβ受容体複合体の一部である。ヒトCD105の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P17813(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD73」は、エクト−5’−ヌクレオチダーゼまたはCD73(分化抗原群73)としても知られる5’−ヌクレオチダーゼ(5’−NT)を意味し、ヒトではNT5E遺伝子によりコードされている酵素である。ヒトCD73の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P21589(2012年7月26日)を有する。
用語「CD44」は、細胞−細胞相互作用、細胞間接着および遊走に関与する細胞表面糖タンパク質である抗原に関する。ヒトCD44の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P16070(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD71」は、(分化抗原群71)(CD71)としても知られる、トランスフェリンから細胞へ鉄を送達するのに必要なタンパク質であるトランスフェリン受容体タンパク質1(TfR1)である。ヒトCD71の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P02786(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「STRO−1」は、骨髄間質細胞および赤血球前駆体により発現される細胞表面タンパク質を意味する。
用語「CD106」は、血管細胞接着分子1(VCAM−1)または分化抗原群106(CD106)としても知られる、ヒトではVCAM1遺伝子によりコードされ、細胞接着分子として機能するタンパク質である血管細胞接着タンパク質1である。ヒトCD106の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P19320(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD166」は、タンパク質の免疫グロブリンスーパーファミリーのメンバーである、100〜105kDのI型膜貫通糖タンパク質を意味する。ヒトCD166の全タンパク質配列は、UniProt受託番号Q13740(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD29」は、最晩期抗原受容体に会合したインテグリン単位であるインテグリンβ−1を意味する。ヒトCD29の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P05556(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD14」は、先天免疫系の成分である分化抗原群14を意味する。ヒトCD14の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P08571(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD80」は、活性化されたB細胞および単球上に見られる、T細胞の活性化および生存に必要な共刺激シグナルを提供するタンパク質である分化抗原群80(CD80およびB7−1とも)を意味する。ヒトCD80の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P33681(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD86」は、抗原提示細胞上で発現される、T細胞の活性化および生存に必要な共刺激シグナルを提供するタンパク質である分化抗原群86(CD86およびB7−2としても知られる)を意味する。ヒトCD86の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P42081(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD40」は、抗原提示細胞上に見られる、それらの活性化に必要な共刺激タンパク質を意味する。ヒトCD40の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P25942(2012年7月26日)を有する。
本明細書において用語「CD31」は、身体からの加齢好中球の除去に重要な役割を果たすタンパク質である、分化抗原群31(CD31)としても知られる血小板内皮細胞接着分子(PECAM−1)を意味する。ヒトCD31の全タンパク質配列は、UniProt受託番号P16284(2012年7月26日)を有する。
細胞におけるマーカーの有/無は、例えば、従来の方法および装置を用いたフローサイトメトリーの手段によって決定することができる。例えば、BD LSR IIフローサイトメーター(BD Biosciences Corp.、フランクリンレイクス、NJ、US)を市販の抗体とともに、当技術分野で公知のプロトコールに従って使用することができる。よって、バックグラウンドノイズよりも強い特異的細胞表面マーカーシグナルを発する細胞を選択することができる。バックグラウンドシグナルは、従来のFACS分析において各表面マーカーを検出するために使用される特異的抗体と同じアイソタイプの非特異的抗体によって示されるシグナル強度と定義される。マーカーが陽性とみなされるには、観察される特異的シグナルが、従来の方法および装置を用いて(例えば、FACSCaliburフローサイトメーター(BD Biosciences Corp.、フランクリンレイクス、NJ、US)および市販の抗体を使用することにより)バックグラウンドシグナルよりも20%、好ましくは、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、500%、1000%、5000%、10000%またはそれを超える強度でなければならない。そうでなければ、細胞は前記マーカーに関して陰性とみなされる。
特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する細胞は、HSCである。別の特定の実施形態では、前記細胞はLT−HSCまたはST−HSCである。
別の特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する細胞は、前駆細胞である。別の特定の実施形態では、前記前駆細胞は、初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMPまたはMEPである。
別の特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する細胞は、MSCである。
本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞は、前記細胞の集団の一部を形成してもよく、網膜変性疾患の処置におけるその使用は本発明のさらなる態様をなす。
よって、他の態様において、本発明はさらに、網膜変性疾患の処置において使用するための複数の細胞を含んでなる細胞集団に関し、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有し、かつ、造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、間葉系幹細胞(MSC)およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される。よって、この態様によれば、本発明は、網膜変性疾患の処置において使用するための複数の細胞を含んでなる細胞集団を提供し、前記細胞は造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、間葉系幹細胞(MSC)、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択され、前記細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されている。
言い換えれば、本発明は、網膜変性疾患の処置において使用するための複数の細胞を含んでなる細胞集団に関し、前記細胞はHSC、前駆細胞、MSCおよびそれらの任意の組合せからなる群から選択され、前記細胞はWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理され、かつ/または前記細胞はWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現する。前記処置、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターとしてのタンパク質もしくはペプチドを過剰発現するための細胞操作の結果として、前記細胞集団の細胞は、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有し、かつ、網膜変性疾患の処置に使用することができる。この目的で、前記細胞集団は、網膜変性疾患の処置を必要とする対象の眼に移植される。
別法として企図される本発明のこの態様は、網膜変性疾患の処置のための医薬組成物の製造における、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有し、かつ、HSC、前駆細胞、MSCおよびそれらの任意の組合せからなる群から選択される複数の細胞を含んでなる細胞集団の使用に関し;あるいはまた、網膜変性疾患の処置のための医薬組成物の製造における、HSC、前駆細胞、MSCおよびそれらの任意の組合せからなる群から選択される複数の細胞を含んでなる細胞集団の使用に関し、前記細胞はWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されるように、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理され、かつ/またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現する。
前記HSC、前駆細胞、およびMSCの詳細は従前に述べられている。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を目的とする上述の処置の詳細を下記に述べる。
特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、複数、すなわち、3以上のHSCを含んでなり、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する。特定の実施形態では、前記HSCは、LT−HSC、ST−HSCおよびそれらの組合せから選択される。
別の特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は複数の前駆細胞を含んでなり、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する。特定の実施形態では、前記前駆細胞は、初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMP、MEPおよびそれらの組合せから選択される。
別の特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は複数のMSCを含んでなり、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する。
特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は少なくとも1のHSCと少なくとも1の前駆細胞を含んでなり、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する。特定の実施形態では、前記HSC細胞はLT−HSCまたはST−HSCであり;別の特定の実施形態では、前記前駆細胞は初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMPまたはMEPである。
別の特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、少なくとも1のHSCと少なくとも1のMSCを含んでなり、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する。特定の実施形態では、前記HSC細胞はLT−HSCまたはST−HSCである。
別の特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、少なくとも1の前駆細胞と少なくとも1のMSCを含んでなり、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する。特定の実施形態では、前記前駆細胞は初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMPまたはMEPである。
別の特定の実施形態では、処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、少なくとも1のHSC、少なくとも1の前駆細胞および少なくとも1のMSCを含んでなり、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する。特定の実施形態では、前記HSC細胞はLT−HSCまたはST−HSCであり;別の特定の実施形態では、前記前駆細胞は初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMPまたはMEPである。
特定の実施形態では、骨髄から得ることができるHSC、前駆細胞およびMSCを含んでなる細胞集団は、本明細書において「HSPC」、すなわち、「造血幹細胞および前駆細胞」と呼ぶこともある。前記細胞集団HSPCは、種々の比率または割合でHSC、前駆細胞およびMSCを含み得る。前記HSPC細胞集団は、例えば、骨髄から、あるいはまたHSPC細胞集団を得るためにHSC、前駆細胞およびMSCを所望の比率または割合で混合することにより得ることができる。当業者には、前記細胞集団では、従来の手段、例えば、対応する表面マーカーに対する結合対の使用に基づく任意の好適な技術によって特定の細胞種を分離することにより任意の特定の細胞種を富化し得ることが理解されるであろう。よって、特定の実施形態では、HSPC細胞集団では、HSC、または前駆細胞、またはMSCを富化することができる。HSPCとして特定される前記細胞集団が処置Aに従った網膜変性疾患の処置において使用するために好適であるには、前記細胞集団の細胞が活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有することが必要である。
本発明の教示の範囲内での使用に関して、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有し、かつ、造血幹細胞、前駆細胞、および間葉系幹細胞からなる群から選択される細胞、または本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、起こり得る拒絶または望ましくない副反応のリスクを最小にするために同じ対象に由来するもの、すなわち、自己のものであってよいが、本発明はまた、同種異系細胞、すなわち、レシピエント対象と同種の他の対象からの細胞の使用も企図し、この場合には、全身または局所的な免疫抑制剤の使用が推奨される場合があるが、網膜の免疫応答は低いので、細胞がHSC、前駆細胞、およびMSCから選択されかつ前述のようにそれらのWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されるような処理または操作を施されている限り、異なるヒト対象からの匹敵する細胞を使用することができる。
「Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路」という表現は、胚発生、細胞分化、および細胞極性の形成において様々な重要な役割を果たすタンパク質のネットワークを意味する。特に断りのない限り、これはカノニカルWnt経路を意味し、Wntタンパク質がFrizzledファミリーの細胞表面受容体に結合した際に起こる、これらの受容体にDishevelledファミリータンパク質を活性化させ、最後に核に到達するβ−カテニンの量に変化をもたらすという一連の事象を意味する。Dishevelled(DSH)は、Wntの結合により活性化された際に、アキシン、グリコーゲンシンターゼキナーゼ3(GSK−3)、および大腸腺腫性ポリポーシス(APC)タンパク質を含むタンパク質の二次複合体を阻害する膜結合型のWnt受容体複合体の重要な成分である。アキシン/GSK−3/APC複合体は通常、β−カテニン細胞内シグナル伝達分子のタンパク質分解を促進する。このβ−カテニン破壊複合体が阻害された後、細胞質のβ−カテニンプールは安定化し、一部のβ−カテニンは核に入ることができ、TCF/LEFファミリー転写因子と相互作用して特定の遺伝子発現を促進する。数種のタンパク質キナーゼおよびタンパク質ホスファターゼが、細胞表面Wntにより活性化されたWnt受容体複合体のアキシンと結合しアキシン/GSK3複合体を解離させる能力に関連づけられている。CK1およびGSK3によるLRPの細胞質ドメインのリン酸化は、アキシンのLRPへの結合を調節することができる。GSK3のタンパク質キナーゼ活性は、膜結合型Wnt/FRZ/LRP/DSH/アキシン複合体の形成とアキシン/APC/GSK3/β−カテニン複合体の機能の両方に重要であると思われる。GSK3によるβ−カテニンのリン酸化は、β−カテニンの破壊をもたらす。
本明細書において「Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター」は、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化することができる分子を意味する。一般に、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路は、標的遺伝子が転写された際に活性化され;例として、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、標的遺伝子、例えばによりアキシン2の発現を分析することによるか、例えば、免疫染色により細胞の核内へのβ−カテニンの移行を検出することによるか、またはDishevelledのリン酸化もしくはLRPテールのリン酸化の検出などにより確認することができる。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターは、Wntシグナル伝達タンパク質の膜受容体に、また、このシグナル伝達カスケードを含んでなるタンパク質に作用し得る。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターの具体的な非限定例としては、以下のようなペプチドまたはタンパク質ならびにペプチドまたはタンパク質以外の化学化合物(すなわち、非ペプチド薬が挙げられる:
・ペプチドまたはタンパク質、例えば、Wntタンパク質アイソフォーム、例えば、Wnt1、Wnt2、Wnt2b/13、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11またはWnt16;β−カテニン;スポンジン、例えば、R−スポンジンなど;またはそれらの機能的変種、例えば、前述のペプチドまたはタンパク質のアミノ酸配列と少なくとも40%、一般に少なくとも50%、有利には少なくとも60%、好ましくは少なくとも70%、より好ましくは少なくとも80%、いっそうより好ましくは少なくとも90%同一であるアミノ酸配列を有し、かつ、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化する能力を維持するペプチドまたはタンパク質;または
・非ペプチド化合物、例えば、2−(4−アセチルフェニルアゾ)−2−(3,3−ジメチル−3,4−ジヒドロ−2H−イソキノリン−1−イリデン)−アセトアミド(IQ1)、(2S)−2−[2−(インダン−5−イルオキシ)−9−(1、1’−ビフェニル−4−イル)メチル)−9H−プリン−6−イルアミノ]−3−フェニル−プロパン−1−オール(QS11)、デオキシコール酸(DCA)、2−アミノ−4−[3,4−(メチレンジオキシ)ベンジルアミノ]−6−(3−メトキシフェニル)ピリミジン、またはGilbert et al., Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, Volume 20, Issue 1, 1 January 2010, 366-370に開示されている(ヘテロ)アリールピリミジン。
Wnt分泌タンパク質ファミリーに属し、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路のアクチベーターとして働くWntタンパク質アイソフォームの例としては、下記のものまたはそれらの相同分子種(Swiss−prot参照)が挙げられる:
ホモ・サピエンス(Homo sapiens):Wnt1:P04628;Wnt2:P09544;Wnt2b/13:Q93097;Wnt3:P56703;Wnt3a:P56704;Wnt4:P56705;Wnt5a:P41221;Wnt5b:Q9H1J7;Wnt6:Q9Y6F9;Wnt7a:O00755;Wnt7b:P56706;Wnt8a:Q9H1J5;Wnt9a:014904;Wnt9b:014905;Wnt10a:Q9GZT5;Wnt10b:000744;Wnt11:096014;Wnt16:Q9UBV4;
ハツカネズミ(Mus musculus):Wnt1:P04426;Wnt2:P21552.1;Wnt2b/13:O70283.2;Wnt3:P17553;Wnt3a:P27467;Wnt4:P22724;Wnt5a:P22725;Wnt5b:P22726;Wnt6:P22727.1;Wnt8a:Q64527;Wnt9a:Q8R5M2;Wnt9b:035468.2;Wnt10a:P70701;Wnt10b:P48614;Wnt11:P48615;Wnt16:Q9QYS1.1;
ならびに機能的アイソフォーム、変種またはその断片、すなわち、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化する能力を有するアイソフォーム、変種またはその断片。
β−カテニンの例としては、下記のものまたはそれらの相同分子種(Swiss−prot参照)が挙げられる:
ホモ・サピエンス:P35222;
ハツカネズミ:Q02248;
ならびに機能的アイソフォーム、変種またはその断片、すなわち、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化する能力を有するアイソフォーム、変種またはその断片。
R−スポンジン(RSpo)は、カノニカルWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の4つの分泌型アゴニストである。システインに富むシングルトロンボスポンジンドメイン含有タンパク質(Cristins(クリスチン))としても知られるR−スポンジンは40%前後のアミノ酸同一性を有する(Lowther, W. et al. (2005) J. Virol. 79:10093; Kim, K.-A. et al. (2006) Cell Cycle 5:23)。R−スポンジンは総て、2つの隣接するシステインに富むフューリン様ドメインと、その後にトロンボスポンジン(TSP−1)モチーフおよび塩基性残基に富む領域を含む。β−カテニンの安定化に必要なのはフューリン様ドメインだけである(Kim, K.-A. et al. (2006) Cell Cycle 5:23; Kazanskaya, O. et al. (2004) Dev. Cell 7:525)。マウスに組換えR−スポンジン1を注射すると、β−カテニンの活性化および腸陰窩上皮細胞の増殖が起こり、実験的大腸炎が改善される(Kim, K.-A. et al. (2005) Science 309:1256; Zhao, J. et al. (2007) Gastroenterology 132:1331)。R−スポンジン1(RSPO1)は、Wnt共受容体クレメン(Kremen)との結合に関してWntアンタゴニストDKK−1と競合することによりWnt/β−カテニンを調節すると思われる。この競合によりDKK−1/LRP−6/クレメン複合体のインターナリゼーションが低下する(Binnerts, M.E. et al. (2007) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104:147007)。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路のアクチベーターとして働くR−スポンジンの具体的な非限定例としては、下記のものまたはそれらの相同分子種(Swiss−prot references)が挙げられる:
ホモ・サピエンス:R−スポンジン−1:Q2MKA7;R−スポンジン−2:Q6UXX9;R−スポンジン−3:Q9BXY4;R−スポンジン−4:Q2IOM5、または機能的アイソフォーム、変種またはその断片、すなわち、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化する能力を有するアイソフォーム、変種またはその断片、例えば、それらの機能的ドメインを維持するアイソフォーム、変種またはその断片。
前記(ヘテロ)アリールピリミジンの具体的な非限定例としては、下記の式(I)〜(IV)の化合物が挙げられる。
特定の実施形態では、(ヘテロ)アリールピリミジンは、式(I)、(II)、(III)または(IV)[表1]のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の(ヘテロ)アリール−ピリミジンアゴニストである。
本明細書において「Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤」は、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサーを阻害または遮断することによってWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化することができる分子、すなわち、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を抑制、遮断またはサイレンシングする化合物を意味する。Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサーの具体的な非限定例としては、グリコーゲンシンターゼキナーゼ3(GSK−3)、分泌型frizzled関連タンパク質1(SFRP1)などが挙げられる。
SFRP1阻害剤の具体的な非限定例としては、5−(フェニルスルホニル)−N−(4−ピペリジニル)−2−(トリフルオロメチル)ベンゼンスルホンアミド(WAY−316606)が挙げられる。
GSK−3阻害剤の具体的な非限定例としては、リチウム塩(例えば、塩化リチウム)、6−ブロモインジルビン−3’−オキシム(BIO)、6−ブロモインジルビン−3’−アセトキシム(BIO−アセトキシム)、6−{2−[4−(2,4−ジクロロ−フェニル)−5−(4−メチル−1H−イミダゾール−2−イル)−ピリミジン−2−イルアミノ]−エチル−アミノ}−ニコチノ−ニトリル(CHIR99021)、N−[(4−メトキシフェニル)メチル]−N’−(5−ニトロ−2−チアゾリル)尿素(AR−A014418)、3−(2,4−ジクロロフェニル)−4−(1−メチル−1H−インドール−3−イル)−1H−ピロール−2,5−ジオン(SB−216763)、5−ベンジルアミノ−3−オキソ−2,3−ジヒドロ−1,2,4−チアジアゾール(TDZD−20)、3−[(3−クロロ−4−ヒドロキシフェニル)アミノ]−4−(2−ニトロ−フェニル)−1H−ピロール−2,5−ジオン(SB415286)など、またはそれらの機能的類似体もしくは誘導体、すなわち、対象に投与した際に目的化合物を与える官能基を含む化合物が挙げられる。
GSK−3阻害剤のさらなる例は当業者に公知である。例は例えば、WO99/65897およびWO03/074072およびそこに引用されている参照文献に記載されている。例えば、種々のGSK−3阻害剤化合物が、US2005/0054663、US2002/0156087、WO02/20495およびWO99/65897(ピリミジンおよびピリジン系化合物);US2003/0008866、US2001/0044436およびWO01/44246(二環式系化合物);US2001/0034051(ピラジン系化合物);およびWO98/36528(プリン系化合物)に開示されている。さらなるGSK−3阻害剤化合物としては、WO02/22598(キノリノン系化合物)、US2004/0077707(ピロール系化合物);US2004/0138273(炭素環式化合物);US2005/0004152(チアゾール化合物);およびUS2004/0034037(ヘテロアリール化合物)に開示されているものが挙げられる。さらなるGSK−3阻害剤化合物としては、Johnson & Johnsonにより開発され、例えばKuo et al. (2003) J Med Chem 46(19):4021-31に記載されている大環状マレイミド選択性GSK−3β阻害剤が挙げられ、特定の例としては、10,11,13,14,16,17,19,20,22,23−デカヒドロ−9,4:24,29−ジメト−1H−ジピリド(2,3−n:3’、2’−t)ピロロ(3,4−q)−(1,4,7,10,13,22)テトラオキサジアザシクロテトラコシン−1,3(2H)−ジオンである。さらに、置換アミノピリミジン誘導体CHIR 98014(6−ピリジンジアミン,N6−[2−[[4−(2,4−ジクロロフェニル)−5−(1H−イミダゾール−1−イル)−2−ピリミジニル]アミノ]エチル]−3−ニトロ−)およびCHIR 99021(6−{2−[4−(2,4−ジクロロ−フェニル)−5−(4−メチル−1H−イミダゾール−2−イル)−ピリミジン−2−イルアミノ]−エチルアミノ}−ニコチノニトリル)はヒトGSK−3を強力に阻害する。また、本発明に有用であり得る他のいくつかのGSK−3阻害剤がCalbiochem(商標)から市販されており、例えば、5−メチル−1H−ピラゾール−3−イル)−(2−フェニルキナゾリン−4−イル)アミン、4−ベンジル−2−メチル−1,2,4−チアジアゾリジン−3,5−ジオン(TDZD8)、2−チオ(3−ヨードベンジル)−5−(1−ピリジル)−[1,3,4]−オキサジアゾール、3−(1−(3−ヒドロキシ−プロピル)−1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−3−イル]−4−ピラジン−2−イル−ピロール−2,5−ジオンなどがある。上述の化合物の機能的類似体または誘導体も本発明の範囲内に含まれる。
Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化することができる化合物に関する総説としては、Chen et al, Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2010、Barker et al., Nat Rev Drug Discov. 2006およびMeijer et al, Trends Pharmacol Sci. 2004を参照。
特定の実施形態では、HSC、前駆細胞、MSCおよびそれらの任意の組合せからなる群から選択される細胞をそのWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されるように処理するために使用される化合物は、Wntアイソフォーム、β−カテニン、R−スポンジン、またはそれらの機能的変種もしくは断片、IQ1、QS11、DCA、2−アミノ−4−[3,4−(メチレンジオキシ)−ベンジルアミノ]−6−(3−メトキシフェニル)ピリミジン、(ヘテロ)アリールピリミジン、例えば、式(I)、(II)、(III)または(IV)[表1]の(ヘテロ)アリールピリミジン、GSK−3阻害剤、SFRP1阻害剤、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される。特定の実施形態では、前記Wntタンパク質アイソフォームは、Wnt1、Wnt2、Wnt2b/13、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16、およびそれらの組合せ、またはそれらの機能的変種もしくは断片からなる群から選択される。別の特定の実施形態では、前記Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターは、β−カテニンまたはその機能的変種もしくは断片である。別の特定の実施形態では、前記Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターは、R−スポンジン、例えば、R−スポンジン−1、R−スポンジン−2、R−スポンジン−3、R−スポンジン−4、またはそれらの機能的アイソフォーム、変種もしくは断片である。
別の特定の実施形態では、SFRP1阻害剤はWAY−316606である。別の特定の実施形態では、GSK−3阻害剤は、リチウム塩、好ましくは、塩化リチウム、BIO、BIO−アセトキシム、CHIR99021、AR−A014418、SB−216763、TDZD−20、SB415286、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される。
好ましい実施形態では、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターは、Wnt3a、β−カテニン、R−スポンジン−1、およびそれらの組合せからなる群から選択される。別の好ましい実施形態では、Wnt β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤は、BIO、CHIR99021、およびそれらの組合せからなる群から選択される。
特定の実施形態では、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための、HSC、前駆細胞およびMSCからなる群から選択される、単独の細胞または複数の前記細胞を含んでなる細胞集団であって、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターで、前記経路が活性化されるように処理された細胞である。この実施形態によれば、HSC、前駆細胞およびMSCからなる群から選択される細胞、または複数の細胞を、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターと接触させる、例えば、それとともに培養またはインキュベートする。前記Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターの量は一定の範囲内で可変であるが、好ましくは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターは好適な量、すなわち、特定量のβ−カテニンの細胞核内蓄積を得ることを可能とする量で添加する。例として、特定の実施形態では、好適な特定の培養条件下で前記細胞を処理するために約100〜約300ng/mlの範囲のWnt3aを使用することができる。特定量のβ−カテニンの細胞内蓄積および細胞核内への移行(これに伴って細胞融合を介したリプログラミングが見られる)を得ることを可能とするWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターの量は、従来のアッセイ、例えば、細胞をWnt/β−カテニン経路アクチベーターと、種々の濃度で、このように処理された細胞を動物に移植するまでの期間を様々にして接触させること、およびその後、細胞融合を介したリプログラミングが起こるかどうかを、例えば、未分化細胞マーカー、例えば、Nanog、Oct4、Nestin、Otx2、Noggin、SSEA−1などの発現を検出および/または測定することによって分析することにより、当業者により決定することができる。特定の実施形態では、これらの細胞は、処理を施した細胞を移植する24時間前に約100〜300ng/μlの好適な量の、Wnt/β−カテニン経路アクチベーターとしてのWnt3aで処理する。
別の特定の実施形態では、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための、HSC、前駆細胞およびMSCからなる群から選択される、単独の細胞または複数の前記細胞を含んでなる細胞集団は、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で前記経路が活性化されるように処理された細胞である。この実施形態によれば、HSC、前駆細胞およびMSCからなる群から選択される細胞を、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤と接触させる、例えば、それとともに培養またはインキュベートする。前記Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤の量は一定の範囲内で可変であるが、好ましくは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤は好適な量、すなわち、特定量のβ−カテニンの細胞核内蓄積を得ることを可能とする量で添加する。例として、特定の実施形態では、特定の培養条件下(下記参照)で前記細胞を処理するために約1〜約3μMの範囲のBIOを使用することができる。特定量のβ−カテニンの細胞内蓄積および細胞核内への移行(これに伴って細胞融合を介したリプログラミングが見られる)を得ることを可能とするWnt/β−カテニン経路レプレッサー阻害剤の量は、実施例1に述べられているアッセイの手段によって、当業者により決定することができる。簡単に述べると、前記アッセイは、細胞をWnt/β−カテニン経路レプレッサー阻害剤と、種々の濃度で、このように処理された細胞を動物に移植するまでの期間を様々にして接触させること、およびその後、細胞融合を介したリプログラミングが起こるかどうかを、例えば、未分化細胞マーカー、例えば、Nanog、Oct4、Nestin、Otx2、Noggin、SSEA−1などの発現を検出および/または測定することにより分析することを含んでなる。特定の実施形態では、これらの細胞は、処理を施した細胞を移植する24時間前に約1〜3μMの好適な量の、Wnt/β−カテニン経路レプレッサー阻害剤(GSK−3)としてのBIOで処理する。
別の特定の実施形態では、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための、前述のように細胞集団中に存在し得るHSC、前駆細胞およびMSCからなる群から選択される細胞は、Wnt/β−カテニン経路アクチベーターを過剰発現する細胞である。
本明細書において「Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現する細胞」は、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現するように遺伝的に操作された、HSC、前駆細胞およびMSCからなる群から選択される細胞などの細胞であり、前記Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターはペプチドまたはタンパク質である。特定の実施形態では、前記Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターは、Wntタンパク質アイソフォーム、例えば、Wnt1、Wnt2、Wnt2b/13、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16、またはそれらの機能的変種もしくは断片である。別の特定の実施形態では、前記Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターは、β−カテニンまたはそれらの機能的変種もしくは断片である。別の特定の実施形態では、前記Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターは、R−スポンジン、例えば、R−スポンジン−1、R−スポンジン−2、R−スポンジン−3、R−スポンジン−4、またはそれらの機能的アイソフォーム、変種もしくは断片である。一実施形態では、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターをコードするヌクレオチド配列を含んでなるポリヌクレオチドは発現カセットに含まれ、前記ポリヌクレオチドは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターをコードするヌクレオチド配列を含んでなる前記ポリヌクレオチドの発現制御配列に作動可能に(すなわち制御下に)結合されている。発現制御配列は、タンパク質の転写、および適当であれば翻訳を制御および調節する配列であり、プロモーター配列、転写レギュレーターをコードする配列、リボソーム結合配列(RBS)および/または転写ターミネーター配列を含む。特定の実施形態では、前記発現制御配列は、哺乳動物細胞、好ましくはヒト細胞などの真核細胞において機能的であり、例えば、ヒトサイトメガロウイルス(hCMV)プロモーター、サイトメガロウイルス(CMV)初期エンハンサーエレメントとニワトリβ−アクチンプロモーター(CAG)の組合せ、真核生物翻訳開始因子(eIF)プロモーターなどである。
有利には、前記発現カセットは、前記発現カセットで形質転換された宿主細胞の選択を可能とするモチーフまたは表現型をコードするマーカーまたは遺伝子をさらに含んでなる。本発明の発現カセットに存在し得る前記マーカーの具体例としては、抗生物質耐性遺伝子、毒性化合物耐性遺伝子、蛍光マーカー発現遺伝子、および一般に、遺伝的に形質転換された細胞の選択を可能とする総ての遺伝子が含まれる。遺伝子構築物は好適なベクターに挿入することができる。ベクターの選択は、次にそれが導入される宿主細胞によって決まる。例としては、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターをコードするヌクレオチド配列を含んでなるポリヌクレオチドが導入されるベクターは、宿主細胞に導入された際に前記細胞のゲノムに組み込まれるまたは組み込まれないプラスミドまたはベクターであり得る。前記ベクターは、当業者に知られている従来の方法によって得ることができる[Sambrook and Russell, “Molecular Cloning, A Laboratory Manual”, 3rd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, N.Y., 2001 Vol 1-3]。特定の実施形態では、前記組換えベクターは、動物細胞、好ましくは、哺乳動物細胞を形質転換するのに有用なベクターである。前記ベクターは、HSC、前駆細胞およびMSCからなる群から選択される細胞などの細胞を形質転換するか、トランスフェクトするかまたは感染させるために使用することができる。形質転換細胞、トランスフェクト細胞または感染細胞は、当業者に知られている従来の方法によって得ることができる[Sambrok and Russell, (2001),前掲]。
本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための、HSC、前駆細胞およびMSCからなる群から選択される細胞、好ましくは、単離された細胞は、細胞培養物を起こすまたは播種するために使用することができる。従前に述べられているように、それらのマーカーに関して特定の細胞を単離してもよい。単離された細胞は、コーティングされていない、または細胞外マトリックスまたはリガンド、例えば、ラミニン、コラーゲン(天然型、変性型または架橋型)、ゼラチン、フィブロネクチン、および他の細胞外マトリックスタンパク質でコーティングされた無菌組織培養容器に移すことができる。本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞は、前記細胞の増殖を維持することができる好適な培養培地(細胞の性質に依存する)、例えば、DMEM(高または低グルコース)、アドバンスドDMEM、DMEM/MCDB 201、イーグルの基本培地、ハムのF10培地(F10)、ハムのF−12培地(F12)、イスコブの改変ダルベッコ−17培地、DMEM/F12、RPMI1640などで培養することができる。必要に応じて、培養培地には、例えば、ウシ胎児血清(FBS);ウマ血清(ES);ヒト血清(HS);β−メルカプトエタノール(BMEまたは2−ME)、好ましくは、約0.001%(v/v);1以上の増殖因子、例えば、血小板由来増殖因子(PDGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、インスリン様増殖因子−1(IGF−1)、白血球阻害因子(LIF)、幹細胞因子(SCF)およびエリスロポエチン;サイトカイン、例えば、インターロイキン−3(IL−3)、インターロイキン−6(IL−6)、FMS様チロシンキナーゼ3(Flt3);L−バリンなどのアミノ酸;および細菌汚染を抑えるための1以上の抗生物質および/または抗真菌剤、例えば、ペニシリンG、硫酸ストレプトマイシン、アムホテリシンB、ゲンタマイシン、およびナイスタチンを単独でまたは組み合わせて含む1以上の成分を添加することができる。これらの細胞は、培養容器に細胞の増殖を可能とする密度で播種することができる。
最も適当な培養培地の選択のための方法、培地調製、および細胞培養技術は当技術分野で周知であり、Doyle et al., (eds.), 1995, Cell & Tissue Culture: Laboratory Procedures, John Wiley &Sons, Chichester;およびHo and Wang (eds.), 1991, Animal Cell Bioreactors, Butterworth-Heinemann, Bostonを含む様々な情報源に記載されている。
実施例1に示す通り、出生10日後(p10)にrd1マウスの網膜下腔に移植された、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための前記細胞または細胞集団は、桿体およびミュラー細胞と融合してハイブリッドを形成し、これらのハイブリッドは脱分化し、最終的に例えば、光受容細胞(桿体など)、神経節細胞などの網膜ニューロンに再分化する。この場合、移植された細胞におけるWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化が、新たに形成されたハイブリッドの脱分化を誘導するために不可欠であると思われ、これらのハイブリッドは最終的に新生網膜ニューロンに再分化する。さらに、移植されたマウスにおいて新生光受容細胞は網膜を完全に再生し、機能的視覚の救済を伴う。これらのデータは、細胞融合を介した再生は哺乳動物網膜において極めて有効なプロセスであること、およびそれはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化により惹起され得ることを実証している。色素性網膜炎(RP)は、現在のところ治療法のない極めて重篤な疾患である。しかしながら、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞または細胞集団の移植を介した網膜再生は、RPに、またはさらには様々な網膜変性疾患に罹患した対象の視力の救済のためのアプローチとなる。
本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞または細胞集団は、ひと度眼の標的部位に移植されると、網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞と融合して、1以上の表現型へと分化するハイブリッド細胞をもたらすので、前記細胞は網膜変性疾患を処置するための細胞療法として使用可能である。本発明によれば、網膜変性疾患の処置は、前記細胞と前記網膜細胞、例えば、網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞との細胞融合を介した網膜細胞のリプログラミングによりなされる。リプログラミングは、一般に、胚状態または前駆状態の両レベルで、分化状態(または分化細胞、すなわち、心臓、肝臓などのような、他の細胞種を生じることのできない特定の機能に特化した細胞)から未分化状態(または未分化幹細胞、すなわち、特化細胞を生じる能力を保持する、特定の機能に特化していない細胞)に至る細胞の経路を意味し得るが、リプログラミングはまた、ある分化状態から別の分化状態(例えば、前駆/胚状態に戻らずにニューロンとなる線維芽細胞、または前駆/胚状態に戻らずに別の網膜ニューロンとなる網膜ニューロン)に至る経路も意味し得る。本明細書で「リプログラミング」とは、細胞(例えば、HSC、前駆細胞またはMSC)と体細胞(例えば、網膜ニューロンまたは網膜グリア細胞)の間の細胞融合の結果として事前に形成されたハイブリッド細胞の分化が後に続く、体細胞の脱分化のみを意味する。
本明細書において「細胞融合」という表現は、自発的に起こる、または外因性因子により媒介される細胞−細胞融合を意味する。細胞−細胞融合は、多くの発生プロセス、ならびに細胞の運命および細胞分化を調節する。体細胞は自発的に幹細胞と融合し、得られるハイブリッドクローンは幹細胞様表現型を有する。幹細胞の幹細胞的特徴は体細胞の形質よりも優位であり、体細胞核のリプログラミングを可能とする。よって、細胞−細胞融合は細胞の運命を課す方法であり、HSC、前駆細胞またはMSCなどの細胞と融合する場合には、この機構は細胞のリプログラミング、すなわち、体細胞の脱分化を誘導する。本発明者らは、融合を介した体細胞のリプログラミングは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の時間依存的活性化により大きく促進されることを示した。Wntがその受容体と結合するか、またはGSK−3の阻害の後、本記載の明細書の複合体の成分としてのβ−カテニンが安定化され、核に移行し、そこでいくつかの標的遺伝子を活性化する。
本明細書において「網膜ニューロン」は、網膜の一部を形成するニューロンを意味する。網膜は、眼の内面を裏打ちする光感受性組織である。網膜は、シナプスにより相互に連絡したニューロンを数層備えた層状構造である。光に直接感受性のあるニューロンのみが光受容細胞である。これらには主として桿体と錐体の2種類がある。桿体は主として、薄暗い光で機能し、白黒視覚をもたらし、一方、錐体は、日中視覚と色彩認識を補助する。3つ目に、はるかに少ない光受容器種であるが、光感受性神経節細胞は、明るい昼光に対する反射応答に重要である。桿体および錐体からの神経シグナルは、網膜の他のニューロンによりプロセシングを受ける。その出力は網膜神経節細胞の活動電位の形態を採り、網膜神経節細胞の軸索は視神経を形成する。網膜ニューロンはさらに、とりわけ水平細胞、双極性細胞、無軸索細胞、間網状細胞、神経節細胞を含む。前記細胞に加えて、網膜には、網膜の主要なグリア細胞であり、支持細胞、星状細胞およびマイクログリア細胞として働く、ミュラー細胞(ミュラーグリア)などのグリア細胞が存在する(Webvision - The Organization of the Retina and Visual System, Part II, Chapter entitled “Glial cells of the Retina”, by Helga Kolb, dated July 31, 2012)。
特定の実施形態では、網膜細胞は、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞または細胞集団、例えばBIO処理HSPCと融合する、桿体などの網膜ニューロンおよびミュラー細胞などの網膜グリア細胞を含んでなる(実施例1)。別の特定の実施形態では、網膜ニューロンは、移植されたHSPCと融合する、神経節細胞および/または無軸索細胞を含んでなる(実施例2)。別の特定の実施形態では、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞、またはその集団、例えばHSPCなどの、HSC、前駆細胞、MSCおよびそれらの任意の組合せからなる群から選択される細胞と内因性の増殖細胞(例えばRSPC)との融合が企図される。
融合した網膜ニューロンのリプログラミングの後に得ることのできる最終的な網膜ニューロンは、例えば、光受容細胞、神経節細胞、介在ニューロンなど多様である。特定の実施形態では、融合した網膜ニューロン(例えば、桿体)および網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞)は主として桿体へとリプログラミングされ(実施例1)、別の特定の実施形態では、融合した網膜ニューロン(例えば、神経節細胞および/または無軸索細胞)は神経節細胞および介在ニューロンへとリプログラミングされる(実施例2)。
本発明者らはいずれの理論に縛られるつもりもないが、リプログラミングされた網膜ニューロンは、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞または細胞集団と融合した網膜ニューロンと同じ(または異なる)種類のものであってよいと考えられ;例えば、桿体は桿体へとリプログラミングされてもよいし、または例えば、神経節細胞、無軸索細胞などの別の種類の網膜ニューロンへとリプログラミングされてもよく;神経節細胞は神経節細胞へとリプログラミングされてもよいし、または例えば、桿体、無軸索細胞などの別の種類の網膜ニューロンへとリプログラミングされてもよく;無軸索細胞は無軸索細胞へとリプログラミングされてもよいし、または例えば、桿体、神経節細胞などの別の種類の網膜ニューロンへとリプログラミングされてもよい。さらに、ミュラー細胞などの網膜グリア細胞は、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞または細胞集団と融合した後、桿体などの網膜ニューロンへとリプログラミングされてもよいし、または例えば、神経節細胞、無軸索細胞などの別の種類の網膜ニューロンへとリプログラミングされてもよい。実際に、実施例1は、HSPCと桿体との融合、およびそれらのハイブリッド細胞の桿体のみへの分化を示す。
特定の実施形態では、前記網膜変性疾患の処置は、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための前記細胞または細胞集団と前記網膜細胞との細胞融合を介した網膜ニューロン(例えば、桿体、神経節細胞、無軸索細胞など)および/または網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞など)などの網膜細胞のリプログラミングと、得られるハイブリッド細胞の、光受容細胞(例えば、桿体など)、神経節細胞、無軸索細胞などの網膜ニューロンへの分化を含んでなる。別の特定の実施形態では、前記網膜変性疾患の処置は、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための前記細胞または細胞集団と前記網膜ニューロンとの細胞融合を介した網膜ニューロンのリプログラミングと、得られるハイブリッド細胞の、同じまたは異なる種類の網膜ニューロン、例えば、桿体などの光受容細胞、神経節細胞、無軸索細胞などへの分化を含んでなる。
特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜ニューロン(例えば、桿体、神経節細胞、無軸索細胞など)を含んでなる。別の特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞など)を含んでなる。別の特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜ニューロン(例えば、桿体、神経節細胞、無軸索細胞など)および網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞など)を含んでなる。
本明細書で定義される「網膜変性疾患」は、網膜組織の細胞の進行的および最終的な死滅によって引き起こされる網膜の変質に関連する疾患である。用語「網膜変性疾患」はまた、網膜変性の間接的原因、すなわち、白内障、糖尿病、緑内障などの原発病態から誘発される網膜変性症状を含む。特定の実施形態では、前記網膜変性疾患は、色素性網膜炎、加齢性黄斑変性、シュタルガルト病、錐体桿体ジストロフィー、先天性停止性夜盲症、レーバー先天性黒内障、ベスト卵黄様黄斑ジストロフィー、前部虚血性視神経症、コロイデレミア、加齢性黄斑変性、中心窩黄斑ジストロフィー、ビエッティ結晶性角膜網膜ジストロフィー、アッシャー症候群など、ならびに白内障、糖尿病、緑内障などの他の原発病態から誘発される網膜変性症状を含んでなる群から選択される。特定の実施形態では、前記網膜変性疾患は、白内障、糖尿病または緑内障から誘発される。別の特定の実施形態では、前記網膜変性疾患は、網膜下の網膜色素上皮層の萎縮を原因とし、眼の中央部における光受容器(桿体および錐体)の喪失により視力低下を引き起こす「萎縮型(dry)」と;脈絡毛細管板内からブルッフ膜への異常な血管成長(脈絡膜新血管新生)により視力低下を引き起こし、やがて黄斑下への血液およびタンパク質の漏出に至り、最終的に光受容器への不可逆的傷害および急速な視力低下を招く「滲出型(wet)」の2つの形態で現れる加齢性黄斑変性である。さらに特定の実施形態では、前記網膜変性疾患は、光受容器の進行性の変性とその後のRPEの変性を特徴とする遺伝性の網膜障害の異質な系列であるRPであり、主として周辺網膜における色素沈着および中心網膜の相対的回避を特徴とする。RPの大部分の症例では、光受容器桿体の一次変性が見られ、二次的な錐体変性を伴う。
本発明に関して、「網膜変性疾患の処置」とは、網膜変性疾患の症状、合併症または生化学的徴候の発生を予防もしくは治療するため、その症状を緩和するため、またはその発生および進行、例えば、失明の発生を停止もしくは阻害するために、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞もしくは前記細胞の集団、または前記細胞を含んでなる医薬組成物もしくは本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞以外の細胞を含んでなる医薬組成物(下記の処置Bを参照)を投与することを意味する。処置は、疾病の発症を遅延させるまたはその臨床症状もしくは亜臨床症状の発現を予防するための予防的処置、あるいは疾病の発現後の症状を除去または緩和するための治療的処置であり得る。
生体対象における移植細胞の生存率は、種々の走査技術、例えば、コンピューター体軸断層撮影(CATまたはCT)スキャン、磁気共鳴画像(MRI)スキャンまたは陽電子放射型断層撮影(PET)スキャンの使用によって決定することができる。あるいは、移植片の生存率の決定は死後に、組織を摘出し、目視または顕微鏡で検査することによって行ってもよい。傷害を受けたまたは罹患した眼の機能の回復検査により、移植細胞の対象の眼の組織への機能的統合を評価することができる。例えば、網膜変性疾患の処置における有効性は、視力の改善ならびに立体カラー眼底写真の異常性およびグレードに関する評価によって決定することができる(Age-Related Eye Disease Study Research Group, NEI5 NIH, AREDS Report No. 8, 2001, Arch. Ophthalmol. 119: 1417-1436)。
対象に投与するために、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞または細胞集団は、薬学上許容される担体を用い、医薬組成物、調製物または処方物として処方してもよい(詳細は、下記の「医薬組成物」と題した節で述べる)。
処置B
別の態様において、本発明は、造血幹細胞、前駆細胞、および間葉系幹細胞からなる群から選択される細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜細胞のリプログラミング(前記リプログラミングはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を介する)による網膜変性疾患の処置において使用するための前記細胞に関する。言い換えれば、この態様によれば、本発明は、対象の眼において造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、および間葉系幹細胞(MSC)からなる群から選択される細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞とを接触させた際の前記細胞と前記網膜細胞との融合による前記網膜細胞の、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路を介したリプログラミングによる網膜変性疾患の処置において使用するための前記細胞に関する。
あるいは、言い換えれば、本発明のこの態様は、造血幹細胞、前駆細胞、間葉系幹細胞からなる群から選択される細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜細胞のリプログラミング(前記リプログラミングはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を介する)による網膜変性疾患の処置のための医薬組成物の製造における前記細胞の使用に関する。
造血幹細胞、前駆細胞、間葉系幹細胞からなる群から選択される細胞、および処置される網膜変性疾患の詳細は、上記処置Aに関して従前に述べており、その詳細をここに組み入れる。
特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜ニューロン(例えば、桿体、神経節細胞、無軸索細胞など)を含んでなる。別の特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞など)を含んでなる。別の特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜ニューロン(例えば、桿体、神経節細胞、無軸索細胞など)および網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞など)を含んでなる。
上記処置Aとは対照的に処置Bでは、移植される細胞(HSC、前駆細胞またはMSC)は、その細胞が眼に移植された時点でそのWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されている必要はなく、これは、下記に述べるように、前記経路が内因的に、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターもしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤の投与により活性化され得るからである。よって、処置Bによれば、細胞(HSC、前駆細胞またはMSC)が、それを眼に移植する前に、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターまたはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理される必要、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現する必要はないが、網膜再生が、前記細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜のリプログラミング(前記リプログラミングはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を介する)により起こることを必要とする。この場合、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は内因的であってよく、すなわち、それは細胞が投与される(埋植もしくは移植される)対象により、網膜の傷害、病変もしくは損傷(網膜変性疾患で起こり得るもの)の結果として達成可能であり、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターもしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤の投与によるものであってもよい。本発明者らが実施したいくつかのアッセイは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の内因的活性化後に、傷害後に生じたハイブリッド細胞のリプログラミングが見られることを示した(実施例2)。他方、眼の傷害およびWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の異所的活性化の後の内因性骨髄細胞(BMC)の動員は、ハイブリッド細胞のリプログラミングを認めるのに十分なものである(実施例2)。従って、特定の実施形態では、処置B(すなわち、前記細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した網膜細胞のリプログラミングによる、このリプログラミングはWnt/β−カテニン経路の活性化を介する)による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞は、骨髄(BM)から眼に動員されたBMC(c−kit+、sca−1+)であり、眼は網膜組織の再生を得るためにWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターで処置される。
Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化の効果、ならびにWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターおよびWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤の具体的な非限定例は、上記処置Aに関して述べており、その詳細をここに組み入れる。
実施例2は、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化時に、マウス網膜ニューロンは、移植細胞(例えば、HSPC、またはESC)との自発的融合の後にin vivoで一時的にリプログラミングされて前駆体段階に戻り得ることを示す。新たに形成されたハイブリッド細胞はニューロン前駆体マーカーを再活性化する(例えば、HSPCおよびESCは、網膜ニューロンをリプログラミングしてNanogおよびNestin発現に戻す)。さらに、前記ハイブリッド細胞は増殖し、神経外胚葉系列へと(HSPCおよび網膜ニューロンにより形成されたハイブリッド細胞の場合)、最終的には、最終分化状態の網膜ニューロン(例えば、光受容細胞)へと分化することができ、これにより傷害を受けた網膜組織を再生することができ;あるいは、ESCおよび網膜ニューロンにより形成されたハイブリッド細胞もまた増殖し、神経外胚葉性系列に加えて内胚葉および外胚葉系列を分化することができ、奇形腫の形成をもたらし得る。網膜傷害および眼におけるWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の誘導の後、細胞融合を介したリプログラミングは、眼における骨髄細胞の内因的動員後にも起こる。これらのデータは、最終分化状態の網膜ニューロンのin−vivoリプログラミングが可能性のある組織再生機構であることを示す。
特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞はHSCである。別の特定の実施形態では、前記細胞はLT−HSCまたはST−HSCである。
別の特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞は前駆細胞である。別の特定の実施形態では、前記前駆細胞は初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMPまたはMEPである。
別の特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞はMSCである。
処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞は、前記細胞の集団の一部を形成してもよく、網膜変性疾患の処置におけるその使用は本発明のさらなる態様をなす。
よって、本発明はさらに、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための、造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、間葉系幹細胞(MSC)およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される複数の細胞を含んでなる細胞集団に関する。
言い換えれば、本発明は、HSC、前駆細胞、MSCおよびそれらの任意の組合せからなる群から選択される細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜細胞のリプログラミング(前記リプログラミングはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を介する)を介した網膜変性疾患の処置において使用するための、複数の前記細胞を含んでなる細胞集団に関する。この目的で、前記細胞集団は、網膜変性疾患の処置を必要とする対象の眼に移植される。よって、この態様によれば、本発明は、対象の眼においてHSC、前駆細胞、MSCおよびそれらの任意の組合せからなる群から選択される細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞とを接触させた際の前記細胞と前記網膜細胞との融合による前記網膜細胞の、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路を介したリプログラミングによる網膜変性疾患の処置において使用するための複数の前記細胞を含んでなる細胞集団を提供する。
別法として企図される本発明のこの態様は、HSC、前駆細胞、MSCおよびそれらの任意の組合せからなる群から選択される細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜細胞のリプログラミング(前記リプログラミングはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を介する)による網膜変性疾患の処置のための医薬組成物の製造における、複数の前記細胞を含んでなる細胞集団の使用、あるいはまた、HSC、前駆細胞、MSCおよびそれらの任意の組合せからなる群から選択される細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜細胞のリプログラミング(前記リプログラミングはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化を介する)による網膜変性疾患の処置のための医薬組成物の製造における複数の前記細胞を含んでなる細胞集団の使用に関する。
前記HSC、前駆細胞、およびMSCの詳細は従前に述べた。
特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜ニューロン(例えば、桿体、神経節細胞、無軸索細胞など)を含んでなる。別の特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞など)を含んでなる。別の特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜ニューロン(例えば、桿体、神経節細胞、無軸索細胞など)および網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞など)を含んでなる。
特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、複数の、すなわち、3以上のHSCを含んでなる。特定の実施形態では、前記HSCは、LT−HSC、ST−HSCおよびそれらの組合せから選択される。
別の特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、複数の前駆細胞を含んでなる。特定の実施形態では、前記前駆細胞は、初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMP、MEPおよびそれらの組合せから選択される。
別の特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、複数のMSCを含んでなる。
特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、少なくとも1のHSCおよび少なくとも1の前駆細胞を含んでなる。特定の実施形態では、前記HSC細胞は、LT−HSCまたはST−HSCであり;別の特定の実施形態では、前記前駆細胞は、初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMPまたはMEPである。
別の特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、少なくとも1のHSCと少なくとも1MSCを含んでなる。特定の実施形態では、前記HSC細胞は、LT−HSCまたはST−HSCである。
別の特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、少なくとも1の前駆細胞と少なくとも1のMSCを含んでなる。特定の実施形態では、前記前駆細胞は、初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMPまたはMEPである。
別の特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、少なくとも1のHSC、少なくとも1の前駆細胞と少なくとも1のMSCを含んでなる。特定の実施形態では、前記HSC細胞は、LT−HSCまたはST−HSCであり;別の特定の実施形態では、前記前駆細胞は、初期MPP、後期MPP、LRP、CMP、GMPまたはMEPである。
特定の実施形態では、処置Bによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞集団は、「HSPC」として特定される細胞組成物、すなわち、HSC、前駆細胞およびMSCを含んでなる細胞集団であり;前記細胞集団は、例えば骨髄から、あるいはまたHSPC細胞集団を得るためにHSC、前駆細胞およびMSCを所望の比率または割合で混合することによって得ることができる。よって、前記細胞集団HSPCは、HSC、前駆細胞およびMSCを種々の比率または割合で含み得る。当業者には、前記細胞集団では、従来の手段、例えば、対応する表面マーカーに対する結合対の使用に基づく任意の好適な技術によって特定の細胞種を分離することにより任意の特定の細胞種を富化し得ることが理解されるであろう。よって、特定の実施形態では、HSPC細胞集団では、HSC、または前駆細胞、またはさらにMSCを富化することができる。
組成物
別の態様において、本発明は、以下のような細胞組成物(以下、「本発明の細胞組成物」と呼ぶ)に関し、前記細胞組成物の細胞の少なくとも50%が造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、間葉系幹細胞(MSC)およびそれらの任意の組合せからなる群から選択され、かつ、前記細胞は活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有するか、または前記細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されるか、または前記細胞がWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理されており、かつ/または前記細胞はWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現する。
特定の実施形態では、本発明の細胞組成物は、前記細胞の少なくとも60%、好ましくは70%、より好ましくは80%、いっそうより好ましくは90%、なおいっそうより好ましくは95%、およびさらにいっそうより好ましくは100%が、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する(例えば、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理された結果として、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現するような操作による)任意の比率のHSC、前駆細胞、および/またはMSCである、組成物である。本発明の細胞組成物は、培地をさらに含んでなり;前記培地は前記組成物に含まれる細胞と適合しなければならず;本発明の細胞組成物中に存在することができる培地の例示的な非限定例としては、場合により血清を添加した等張溶液;細胞培養培地、あるいはまた固体、半固体、ゼラチン状または粘稠な支持媒体が挙げられる。
医薬組成物
本発明の処置AおよびBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞および細胞集団は、薬学上許容される担体を使用することにより、医薬組成物、調製物、または処方物として投与することができる。
よって、一態様において、本発明は、以下からなる群から選択される医薬組成物(以下、「本発明の細胞組成物」と呼ぶ)に関する:
1)造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、間葉系幹細胞(MSC)、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される少なくとも1つの細胞と、薬学上許容される担体とを含んでなる医薬組成物であって、前記細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されている、医薬組成物、ならびに
2)造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、間葉系幹細胞(MSC)、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される少なくとも1の細胞とWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターまたはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤との組合せと、薬学上許容される担体とを含んでなる医薬組成物。
HSC、前駆細胞、および/またはMSCが、それらのWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化させるためには、[本発明の医薬組成物1)]、前記HSC、前駆細胞および/またはMSCはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路阻害剤で処理され、かつ/またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現するように操作される。
本発明の医薬組成物は、網膜変性疾患の処置に使用することができる。
本明細書において、用語「担体」としては、本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞を投与することができる、ビヒクル、培地または賦形剤が挙げられる。明らかに、前記担体は前記細胞と適合しなければならない。好適な薬学上許容される担体の例示的な非限定例としては、任意の生理学的に適合する担体、例えば、血清、好ましくは自己血清が添加されていてもよい等張溶液(例えば、0.9%NaClの無菌生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、乳酸リンゲル液など);細胞培養培地(例えば、DMEMなど)などが挙げられる。
本発明の医薬組成物は、医化学者または生物学者によく知られているであろう補助成分、例えば、眼への投与に好適な酸化防止剤(例えば、EDTA、亜硫酸ナトリウム、メタ重亜硫酸ナトリウム、メルカプトプロピオニルグリシン、N−アセチルシステイン、β−メルカプトエチルアミン、グルタチオンおよび類似種、アスコルビン酸およびその塩または亜硫酸もしくはメタ重亜硫酸ナトリウムなど)、pHを眼の刺激作用を最小にするのに好適なpHに維持するための緩衝剤(例えば、直接的硝子体内または眼内注射では、医薬組成物はpH7.2〜7.5、あるいはpH7.3〜7.4であるべきである)、眼への投与に好適な等張化剤(例えば、組成物を0.9%生理食塩水でおよそ等張とするための塩化ナトリウム)、増粘剤(例えば、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ポリビニルピロリドンなど)などを含んでなり得る。いくつかの実施形態では、本発明の医薬組成物は、保存剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、クロロブタノール、酢酸フェニル水銀または硝酸フェニル水銀、チメロサール、メチルパラベンまたはプロピルパラベンなど)を含有し得る。本発明の医薬組成物に使用することができる前記薬学上許容される物質は一般に当業者に知られており、細胞組成物の調製に通常使用される。好適な医薬担体は、例えば、E.W. Martin の“Remington's Pharmaceutical Sciences”に記載されている。
本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞は、単独で(例えば、実質的に均質な集団として)または他の細胞、例えば、ニューロン、神経幹細胞、網膜幹細胞、眼前駆細胞、網膜上皮幹細胞または角膜上皮幹細胞および/または他の多分化能(multipotent)もしくは多能性(pluripotent)幹細胞との混合物として投与することができる。本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞を他の細胞とともに投与する場合、それらは前記他の細胞と同時にまたは逐次に(前記の他の細胞の前または後のいずれかで)投与することができる。異なる種類の細胞は、投与の直前もしくはしばらく前に、本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞と混合してもよく、またはそれらは投与前に一定の期間、共培養してもよい。
本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞は、例えば、増殖因子、栄養因子、細胞馴化培地、または他の活性剤、例えば、当技術分野で公知の抗炎症剤、抗アポトーシス剤、酸化防止剤、神経栄養因子または神経再生もしくは神経保護剤といった少なくとも1の医薬剤とともに、単一の医薬組成物として一緒に、または別個の医薬組成物として他の薬剤と同時にもしくは逐次に(他の薬剤の前または後のいずれかで)投与することができ;前記薬剤の使用が細胞再生の効率を高める、または細胞変性を低減すると思われる。
本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞とともに投与可能な前記他の薬剤または成分の例としては、限定されるものではないが、いくつか例を挙げると、(1)他の神経保護または神経有用薬;(2)選択された細胞外マトリックス成分、例えば、当技術分野で公知の1以上のコラーゲン、および/または増殖因子、血小板富化血漿、および薬物(あるいは、前記細胞は増殖因子を発現および産生するように遺伝的に操作されてもよい);(3)抗アポトーシス剤(例えば、エリスロポエチン(EPO)、EPOミメティボディ、トロンボポエチン、インスリン様増殖因子(IGF)−I、IGF−II、肝細胞増殖因子、カスパーゼ阻害剤);(4)抗炎症化合物(例えば、p38 MAPキナーゼ阻害剤、TGF−β阻害剤、スタチン、IL−6およびIL−1阻害剤、ペミロラスト(Pemirolast)、トラニラスト(Tranilast)、レミケード(Remicade)、シロリムス(Sirolimus)、および非ステロイド系抗炎症剤(NSAIDS)、例えば、テポキサリン、トルメチン、およびスプロフェン;(5)免疫抑制剤または免疫調節剤、例えば、カルシニュリン阻害剤、mTOR阻害剤、抗増殖剤、コルチコステロイドおよび種々の抗体;(6)酸化防止剤、例えば、プロブコール、ビタミンCおよびE、補酵素Q−10、グルタチオン、L−システイン、N−アセチルシステインなど;および(7)局所麻酔が含まれる。
本発明の医薬組成物は一般に、液体または流体組成物、半固体(例えば、ゲルまたはヒドロゲル)、フォーム、または多孔質固体(例えば、眼の組織工学に適当なポリマーマトリックス、コンポジット、およびリン酸カルシウム誘導体など)または細胞のより良好な投与もしくはより高い生存および機能を可能とするための、天然もしくは合成起源の細胞封入用粒子として処方することができる。特定の実施形態では、本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞は、外科的移植に好適な半固体もしくは固体デバイスで投与してもよく、または液体担体とともに投与してもよい(例えば、レシピエント対象に注射される)。よって、前記細胞は、眼の傷害または苦痛部位に外科的に移植しても、注射してもまたはそれ以外の方法で直接的もしくは間接的に投与してもよい。細胞を半固体または固体デバイスで投与する場合、身体の正確な場所への外科的移植が一般に好適な投与手段である。しかしながら、液体または流体医薬組成物を眼のより全般的な位置(例えば、眼内)に投与してもよい。
本発明の医薬組成物は、それを必要とする対象(患者)の眼に、当技術分野で公知のいくつかの送達様式の1以上で送達することができる。一実施形態では、医薬組成物を、間欠的眼内または硝子体内注射により網膜もしくは周囲領域に、または網膜下に移植または送達する。さらに、細胞は疾病の発症初期に1回だけ送達するのが理想的であるが、表現型の復帰が存在する場合には、対象の生涯にわたって追加送達が可能である。当業者によって理解されているように、利益を望む部位への本発明の医薬組成物の直接投与が有利であり得る場合がある。よって、所望の器官または組織への本発明の医薬組成物の直接投与は、好適なデバイス、例えば好適なカニューレを挿入する手段による、または本明細書で述べられるもしくは当技術分野で公知の他の手段による、直接投与(例えば、注射によるなど)によって達成することができる。
注射用医薬組成物は、単回投与用に設計されてよく、保存剤を含有しない。注射溶液は0.9%塩化ナトリウム溶液(モル浸透圧濃度290〜300ミリオスモル)に相当する等張性を有してよい。これは、塩化ナトリウムまたは上記に挙げた緩衝剤および酸化防止剤などの賦形剤を添加することによって達成できる。
本発明の医薬組成物の対象への投与は従来の手段によって行われ、例えば、前記医薬組成物は、シリンジ、カニューレなどの好適なデバイスを使用することにより、硝子体内経路で前記対象に投与することができる。総ての場合において、本発明の医薬組成物は、当業者に公知の細胞組成物を投与するために好適な器具、装置およびデバイスを用いて投与される。
本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞または本明細書に記載の他の任意の医薬組成物を投与するための投与形および投与計画は、適正診療規範に従い、対象の病態、例えば網膜変性症状の性質および程度、齢、性別、体重および健康状態、ならびに医師に知られている他の因子を考慮して設定される。よって、対象に投与される医薬組成物の有効量は、当技術分野で公知のようにこれらの考慮事項によって決定される。
しかしながら、一般に、本発明の医薬組成物(または本明細書に記載の他の任意の医薬組成物)は、所望の治療効果を提供するために治療上有効な量の、本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞、好ましくは、前記細胞の実質的に均質な集団を含有する。本明細書で使用される意味において、用語「治療上有効な量」は、本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞の、所望の治療効果を生じる(例えば、網膜を完全にもしくは部分的に再生し、かつ/または機能的視覚を救済するなど)ことのできる量に関し、一般に、他の因子の中でも、前記細胞それら自体の特徴および所望の治療効果によって決定される。一般に、投与しなければならない本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための前記細胞の治療上有効な量は、他の因子の中でも、対象自身の特徴、疾病の重篤度、投与形などによって異なる。この目的で、本発明に述べられる用量は当業者にとっての指針として考慮すべきことであるに過ぎず、当業者はこの用量を前述の因子に応じて調整しなければならない。特定の実施形態では、本発明の医薬組成物は、本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞を1眼当たり約104〜約1010の間で、好ましくは1眼当たり約106〜108細胞の間で含有する用量で投与される。前記細胞の用量は、対象の状態および進展に応じて何日間か、何週間か、または何か月かの時間間隔(各場合において専門家が設定しなければならない)で繰り返すことができる。
場合によっては、細胞療法を開始する前に対象を薬理学的に免疫抑制することが望ましいまたは適当であることがある。これは全身または局所的免疫抑制剤の使用によって達成してもよいし、または被包デバイスで細胞を送達することによって達成してもよい。移植された細胞に対する免疫応答を低減または排除するためのこれらおよびその他の手段は当技術分野で公知である。別法として、本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞は、それらの免疫原性を低減するように遺伝的に改変してもよい。
キット
別の態様において、本発明は、下記からなる群から選択されるキット(以下、「本発明のキット」と呼ぶ)に関する:
1)造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、間葉系幹細胞(MSC)、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される少なくとも1の細胞と、前記キット成分の使用に関する説明書とを含んでなるキットであって、前記細胞のWnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されている、キット、および
2)造血幹細胞(HSC)、前駆細胞、間葉系幹細胞(MSC)、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される少なくとも1の細胞とWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターまたはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤の組合せと、前記キット成分の使用に関する説明書とを含んでなるキット。
HSC、前駆細胞、および/またはMSCがWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化させる[本発明のキット1)]ためには、前記HSC、前駆細胞および/またはMSCは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理され、かつ/またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現するように操作される。
本発明のキットは、網膜変性疾患の処置において使用することができる。
本発明の処置AまたはBによる網膜変性疾患の処置において使用するための細胞、本発明の医薬組成物、および処置される網膜変性疾患の詳細は従前に述べており、ここに組み入れる。
処置方法
本発明の別の態様によれば、網膜変性疾患を有する対象(すなわち、患者)を処置するために、処置を必要とする前記対象に、本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞または細胞集団、本発明の医薬組成物を、網膜変性疾患を処置するために有効な量で投与することを含んでなる方法により提供され、前記網膜変性疾患の処置は、前記細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜細胞のリプログラミングにより行われ、前記リプログラミングはWnt/β−カテニン経路の活性化を介する。
本発明による網膜変性疾患の処置において使用するための細胞、本発明の医薬組成物、処置される網膜変性疾患および前記疾病を処置するための有効量の詳細は従前に述べており、ここに組み入れる。
特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜ニューロン(例えば、桿体、神経節細胞、無軸索細胞など)を含んでなる。別の特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞など)を含んでなる。別の特定の実施形態では、網膜細胞は、網膜ニューロン(例えば、桿体、神経節細胞、無軸索細胞など)および網膜グリア細胞(例えば、ミュラー細胞など)を含んでなる。
特定の実施形態では、網膜変性疾患を有する対象を処置する方法は、本発明の医薬組成物1)、すなわち、活性化されたWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を有する、HSC、前駆細胞、MSC、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される少なくとも1の細胞と薬学上許容される担体とを含んでなる医薬組成物を、網膜変性疾患を処置するために有効な量で投与することを含んでなり、前記網膜変性疾患の処置は、前記細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜細胞のリプログラミングにより行われ、前記リプログラミングはWnt/β−カテニン経路の活性化を介する。
HSC、前駆細胞、および/またはMSCがWnt/β−カテニンシグナル伝達経路を活性化させる[本発明のキット1)]ためには、前記HSC、前駆細胞および/またはMSCは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、もしくはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤で処理され、かつ/またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーターを過剰発現するように操作される。
別の態様において、本発明は、網膜変性疾患を有する対象(すなわち、患者)を処置する方法であって、処置を必要とする前記対象に、HSC、前駆細胞およびMSCからなる群から選択される細胞、またはHSC、前駆細胞、MSC、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される複数の細胞を含んでなる細胞集団、または前記細胞または細胞集団を含んでなる医薬組成物を、網膜変性疾患を処置するために有効な量で投与することを含んでなる方法を提供し、前記網膜変性疾患の処置は、前記細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜細胞のリプログラミングにより行われ、前記リプログラミングはWnt/β−カテニン経路の活性化を介する。
特定の実施形態では、網膜変性疾患を有する対象を処置する上記方法は、HSC、前駆細胞、MSC、およびそれらの任意の組合せからなる群から選択される少なくとも1の細胞と、本発明の細胞以外の細胞から製造された薬学上許容される担体とを含んでなる医薬組成物を、網膜変性疾患を処置するために有効な量で投与することを含んでなり、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路アクチベーター、またはWnt/β−カテニンシグナル伝達経路レプレッサー阻害剤を伴ってもよく、前記網膜変性疾患の処置は、前記細胞と網膜ニューロンおよび/または網膜グリア細胞などの網膜細胞との細胞融合を介した前記網膜細胞のリプログラミングにより行われ、前記リプログラミングはWnt/β−カテニン経路の活性化を介する。
本発明を以下の実施例でさらに説明するが、これらに限定されるものではない。
実施例1
造血幹細胞融合は色素性網膜炎のマウスモデルにおいて網膜再生を誘発する
1.方法
細胞の調製
系列陰性HSPCは、Lineage Cell Depletionキット(Miltenyi Biotech)を用いて、Cre−RFPマウス(CREおよび赤色蛍光タンパク質[RFP]を安定発現するマウス;Jackson Laboratoriesにより供給)の全骨髄から単離した。それらを移植24時間前に1μM BIOまたはPBSのいずれかで、および1μMタモキシフェンで処理した。
動物
R26Yrd1マウス(R26Lox−Stop−Lox−YFP導入遺伝子を保持し、かつ、rd1突然変異に関して同型接合であるマウス)[Srinivas et al., BMC Dev Biol 1, 4 (2001)]。
移植
ケタミン:メトミジン(metomidine)(80mg/kg:1.0mg/kg、i.p.)の腹腔内注射で予め麻酔した麻酔したマウスに105〜106個の範囲の細胞を移植し、眼瞼を注意深く開き、鋸状縁の下を小さく切開し、PBS中に細胞懸濁液を含有する溶液最大5μlを1回、硝子体または網膜下腔に注射した。還流を避けるため、キャピラリーを眼内に約3秒間維持した。
ハイブリッドFACS選別
遺伝子発現分析では、細胞移植から24時間後に、マウス網膜組織を単離し、トリプシン中で機械的摩砕により解離させた。FACSセルソーターを用いて赤と緑の陽性ハイブリッド細胞を単離した。RNA Ispolation Microキット(Qiagen)を製造者のプロトコールに従って用い、全RNAを抽出した。RNAをスーパースクリプトIII(Invitrogen)で逆転写し、Platinum SYBR green qPCix−UDG(Invitrogen)を用いたqRT−PCR反応を、ABI Prism 7000リアルタイムPCR機にて実施した。実験は総て3反復で行い、cDNAインプットの違いは、GAPDHの発現に対する正規化により補正した。qRT−PCR分析に用いたプライマーを表2に示す。
TUNELアッセイ
アポトーシス核を、製造者のプロトコールに従い、TdT−mediated dUTP terminal nick−end labelingキット(TUNEL、フルオレセイン;Roche Diagnostics、モンツァ、イタリア)により検出した。
H&E染色
簡単に述べると、組織切片を、製造者のプロトコールに従い、Histo・Perfect(商標)H&E染色キット(商標)(製造社:BBC Biochemical)で染色した。
サンプル処理
4%パラホルムアルデヒド中に一晩浸漬することにより組織を固定した後、OCTコンパウンド(Tissue−Tek)に包埋した。10mm厚の水平断連続切片を分析用に処理した。フルオレセイン免疫染色では、使用した一次抗体は下記のものであった:抗Nestin(1:300、Abcam)、抗Otx2(1:200、Abcam)、抗Noggin(1:200、Abcam)、抗Thy1.1(1:100、Abcam)、抗シンタキシン(1:50、Sigma)、抗グルタミンシンセターゼ(Sigma、1:100)、抗アネキシンV(1:200、Abcam)および抗Ki67(Sigma、1.100)。使用した二次抗体は下記のものであった:Alexa Fluor 488、Alexa Fluor 546またはAlexa Fluor 633と結合された抗マウスIgGおよび抗ウサギIgG抗体(1:1000;Molecular Probes、Invitrogen)。
統計分析
各切片において3つの異なる網膜領域(40×視野)内の免疫反応性またはYFP陽性細胞の数を計数した。少なくとも3個体の異なるマウスから各眼について計10枚の連続切片を検査した。統計分析では、データは、各2反復で行った少なくとも3回の独立した実験からプールした場合の平均±SEMで表した。
2.結果
色素性網膜炎は、100を超える既知の遺伝子における種々の突然変異から起こる破壊的失明障害である[Wright et al. Nat Rev Genet 11, 273-284, doi:nrg2717 [pii]10.1038/nrg2717 (2010)]。Rd1マウスは、サイクリックGMP特異的3’,5’−環状ホスホジエステラーゼのβサブユニットをコードするPDE6B遺伝子における自然劣性突然変異を有する。この機能欠失型突然変異は、桿体におけるサイクリックGMPおよびCa2+の蓄積を生じ、やがて光受容細胞死に至る[Doonan et al. Invest Ophthalmol Vis Sci 46, 3530-3538, doi:46/10/3530 [pii]10.1167/iovs.05-0248 (2005)]。Rd1マウスはこの突然変異について同型接合であり、これらのマウスはこの変性疾患の急速進行の重篤モデルに相当する。
HSPCは、全種類の血液細胞を生じることができる多分化能細胞である。さらに、HSPCは、CNSを含め種々の組織に対してある程度の再生能を伴う、いくらかの可塑性を保持していることが提示されている[Alvarez-Dolado, M. Front Biosci 12, 1-12 (2007)]。
Wnt/β−カテニン経路の活性化は、網膜変性の種々のマウスモデルにおいてミュラーグリア(ミュラー細胞)の増殖および脱分化を促進することが示されており、CNS可塑性の調節におけるこの経路の関与の可能性が示唆される[Osakada, F. et al. J Neurosci 27, 4210-4219 (2007)]。実際に、発明者らは最近、胚性幹細胞(ESC)におけるWnt3aまたはGSK−3阻害剤BIOによるWnt/β−カテニン経路の間欠的活性化は、細胞融合後の神経系前駆細胞のリプログラミングを強く促進することを報告した[Lluis et al. Cell Stem Cell 3, 493-507 (2008)]。従って、発明者らは、HSPCと網膜ニューロンとの融合は、移植されたHSPCにおけるWnt/β−カテニン経路の一時的な活性化と相まって、rd1マウスにおける網膜再生および機能的視力の救済の機構となり得るかどうかに答えを求めた。
従って、発明者らは、出生10日後(p10)のR26Yrd1マウス(R26Lox−Stop−Lox−YFP導入遺伝子を保持し、rd1突然変異に関して同型接合である)の眼の網膜下にLin− HSPCCRE/RFP(CREと赤色蛍光タンパク質[RFP]を安定発現するドナーマウスから単離)を移植し、24時間後にこれらのマウスを犠牲にした。細胞融合の場合にはRFPおよび黄色蛍光タンパク質(YFP)の二重陽性ハイブリッド細胞が見られると予測された(図1a)。実際に、網膜の外顆粒層(ONL)に極めて多数のハイブリッド(RFP/YFP陽性)が見られ、少量ながら内顆粒層(INL)にも見られた(図2a)。
発明者らは、GSK−3阻害剤BIOはin vitroにおいてESCと神経系前駆細胞との融合効率を高めないことが従前に示されている[Lluis et al. (2008)前掲]。ここでも同様に、発明者らがWnt/β−カテニン経路を活性化させるために、BIOで24時間前処理したHSPCCRE,RFP(以下、BIO−HSPCと呼ぶ)を移植した場合に、ONLにおいて匹敵するレベルのハイブリッドが見られた(図1bおよび1c)。これにより、in vivoでの融合効率の調節におけるBIOの役割は除外された。対照的に、対照野生型R26Yマウスでのp10における網膜下移植後には融合事象は見られず(図1dおよび1e)、このことは遺伝的な細胞傷害が網膜ニューロンとHSPCの間の融合を誘発することを示している。
次に、網膜細胞融合相手を特定するために、HSPCCRE(RFP陽性でない)をR26Yrd1マウスの網膜下に移植した。これらのHSPCはONLにおいて桿体と特異的に融合し(ロドプシン/YPF二重陽性細胞)(図2b)、また、ミュラー細胞と特異的に融合した(グルタミンシンセターゼ/YFP二重陽性細胞)(図2c)。しかしながら、これらのHSPCと錐体の間の融合は全く見られなかった(図2d)。
rd1マウスにおける神経変性は、p10において、光受容器(最初は桿体、その後、結果として錐体)がアポトーシスおよび変性を受けることからすでに明らかであり;p20までにこれらはすでにほとんど全面的に進んでしまう。興味深いことに、アポトーシス光受容器の数は、BIO−HSPC移植後に実質的に減少し、移植後24時間の時点ですでに桿細胞死が遅延または停止されたことを示唆した(図2e)。さらに、BIO−HSPCCRE,RFPと網膜ニューロンとの融合(すなわち、BIO−ハイブリッド)から得られたYFP陽性ハイブリッドでは、低レベルのアポトーシス(全YFP陽性細胞の20%)と高い増殖速度(16%)が存在した。対照的に、非BIO処理HSPCCRE,RFPと網膜ニューロンの間で形成されたハイブリッド(すなわち、no−BIO−ハイブリッド)では、高いレベルの細胞死(75%)と低増殖速度(2%)が存在した(図2f、2gおよび図3)。
YFP/RFPハイブリッドの特性を決定するために、それらを移植網膜からFACSで選別し、いくつかの前駆ニューロンマーカーおよび網膜マーカーの発現をqRT−PCR分析により解析した(図2h)。ニューロン前駆体Nestin、NogginおよびOtx2は、BIO−ハイブリッドにおいて明らかに活性化され、Crx、RxおよびChx10光受容器前駆体マーカーの活性は低かった。さらに、最終分化状態の光受容器で発現されるロドプシンおよびフェリフェリン(pheripherin)(rds)、およびGATA−1、HSPCマーカーは、BIO−ハイブリッドにおいて強くダウンレギュレートされた。対照的に、no−BIO−ハイブリッドでは、前駆細胞マーカーの再活性化または系列遺伝子のサイレンシングは見られなかった(図2h)。
次に、切片においてタンパク質発現を分析した。この場合、BIO−ハイブリッドはNestin、NogginおよびOtx2の発現が活性化されており;対照的に、no−BIO−ハイブリッドでは、これらのマーカーの活性化はほとんど見られなかった(図4)。従って、これらのデータは、新たに生成したBIO−ハイブリッドにおける脱分化プロセスの誘導を示す。
結論として、BIO処理HSPCと網膜ニューロンとの融合から得られるBIO−ハイブリッドはアポトーシスに入らず、代わりに、細胞増殖および脱分化を受けて、種々の膜前駆ニューロンマーカーを再活性化する。対照的に、非BIO処理HSPCから得られるハイブリッドは増殖も脱分化もせず、代わりに、アポトーシスを受ける。
次に、これらのBIO−ハイブリッドが網膜組織を再生するかどうかを調べるために、発明者らは、経時的実験を行った。BIO−HSPCRFP/CREおよびno−BIO−HSPCRFP/CREをp10において種々のR26Yrd1マウス群の網膜下に移植し、5日後(p15)、10日後(p20)、15日後(p25)、および2か月後(p60)の網膜切片に対してTUNELおよびH&E染色を行った。BIO−HSPCおよびno−BIO−HSPCを移植した両場合の眼の網膜切片では、ONLの正常構造により示されるように(図5a、5bおよび6a)、p15においてなお明らかに光受容器が存在していたが、網膜ニューロンの生存率は大きく異なっていた。p15では、no−BIO−HSPCを移植した眼の切片の光受容器層には広範なアポトーシスが存在したが(図5cおよび6a);対照的に、BIO−HSPCを移植した網膜のONLには、p15において、細胞死がほとんど存在しなかった(図5dおよび6a)。注目すべきは、それ以降の時点(p20およびp25)では、BIO−HSPC移植眼の光受容器層はその正常構造を維持していたが(図5f、5hおよび6a)、no−BIO−HSPC移植眼のONLには桿体および錐体の核が存在しなかった。その代わりに、細胞に異常な核の層が少し見られ、これらは色素を発現し、網膜色素上皮マーカーRpe65およびRFPに対してのみ陽性であった(図5e、5f、5g、6aおよび6b)。
最後に、移植後2か月の時点では、BIO−HSPC移植rd1マウスの網膜は、組織全体において、10列の光受容器核と正常な外部および内部セグメント構造を持つことで、野生型網膜となお区別可能であった(図5i、5j、5kおよび5l)。他方、no−BIO−HSPC移植網膜の組織構造は非移植rd1眼の組織構造に匹敵するものであり、完全に脱分化した光受容器層を持っていた(図5m、5n、5oおよび5p)。
よって、移植されたBIO−HSPCは、移植後少なくとも2か月まで、rd1マウスの網膜において光受容器層を保存したと結論付けることができる。これは変性機構の遮断か再生プロセスの活性化のいずれかを示唆すると思われる。対照的に、no−BIO−HSPCの移植は、仮に移植細胞が網膜色素上皮細胞に分化転換するそこそこの能力を保持していたとしても、rd1マウスの表現型を救済しなかった。
ハイブリッドの長期分化を調べるために、p10のR26Yrd1マウスにBIO−HSPCCREまたはno−BIO−HSPCCREを移植し、移植から2か月後に再び分析を行った。この場合には、BIO−HSPC移植rd1マウス網膜には、全層にYFP陽性細胞が存在した(図7a)。
免疫蛍光染色は、YFPハイブリッドはロドプシン染色に対しては陽性であったが(図7a)、錐体オプシン染色に対しては陽性でなかった(図7b)ので、これらのハイブリッドは桿体に分化したが、錐体には分化しなかったことを示した。さらに、ミュラー細胞マーカーであるグルタミンシンセターゼまたは内皮細胞マーカーであるCD31に関しても陽性であったYFPハイブリッド細胞は見られず、従って、これらのハイブリッドのミュラー細胞または網膜血管への分化は除外された(図7cおよび7d)。対照的に、no−BIO−HSPC移植細胞では、移植から2か月後にYFP陽性ハイブリッドはほとんど見られず、これはこれらのハイブリッドがこの期間生存しなかったためである(図8a)。よって、BIO−ハイブリッドは桿体に特異的に分化し、その結果として、錐体が生存し得ると結論付けることができる。要するに、総ての桿体にYFPが発現するということは、新生ハイブリッドがrd1突然変異光受容器に取って代わり、それにより、網膜組織を再生することを明らかに示す。
ハイブリッドの桿体への分化をさらに評価し、この融合を介した再生プロセスがrd1マウス突然変異を救済できるかどうかを調べるために、rd1マウスには発現されないPDE6Bの発現を分析した。注目すべきは、移植網膜からの全抽出物のウエスタンブロット法により確認されたように、YFP/ロドプシン二重陽性桿体はまた、PDE6B発現に関しても陽性であった(図7g)。これらの結果は、BIO−ハイブリッドが野生型桿体を生成し、それにより、網膜を再生し得ることを示し(図7e、7fおよび8b);これは、rd1桿体は野生型PDE6Bを発現することができず、この突然変異はこれらのハイブリッド内のHSPCゲノムによって補償されたためである。
次に、再生した桿体が電気生理学的機能もあったかどうかを調べるために、発明者らは、BIO−HSPCまたはno−BIO−HSPCの移植から1か月後にrd1マウスに対して網膜電位図検査を行った。重要なこととしては、BIO−HSPCを移植した8個体のうち4個体のマウスにおいて、暗所および明所条件下でA波およびB波の両方が記録され、振幅Δは平均150μV程度であったが(非掲載)、このことは、再生した桿体が光刺激に応答して細胞−膜の過分極を受けたこと、およびそれらの再生桿体が、B波応答が示すように、介在ニューロンに電気信号を送ることができたことを示す。組織学的分析下での網膜再生により機能的救済が確認された(非掲載)。さらに、2.0〜2.5か月齢のrd1マウスの処置群の視力をオプトメーター検査で分析した。BIO−HSPC移植rd1マウスでは、動いている対象を検知する動物の自動応答を測定するヘッドトラッキング運動の回数[Abdeljalil et al. Vision Res 45, 1439-1446, doi:S0042-6989(05)00005-2 [pii]10.1016/j.visres.2004.12.015 (2005)]は、非移植およびno−BIO−HSPC移植rd1マウスで測定されたものよりも有意に高かった(示されていない)。これは、BIO−HSPC移植rd1マウスにおける刺激後の視覚応答を実証した。
3.考察
骨髄由来幹細胞(BMSC)を用いて網膜変性の機能を改善するための試みをいくつか行った。rd1マウス眼の硝子体内に注射したLin− HSPCは、二次的な疾患表現型である網膜血管変性を防ぐことができ、これが次に網膜錐体の変性を遅延させたことが報告されている。しかしながら、移植された網膜は、ほとんど錐体のみから形成され、網膜電位図応答は極めて異常であり、非処置動物に匹敵していた[Otani et al. J Clin Invest 114, 765-774, doi:10.1172/JCI21686 (2004)]。BMSC移植後の網膜機能の改善機構に関するさらなる検討は、血管新生の増大、または炎症の軽減、またはさらには抗アポトーシス作用(これらは疾病の進行を緩徐化するために、網膜変性を遅延させ、従って、有益であり得る)を促進するBMSCの役割に基づくものであった。さらに、光受容器の生存を持続させ得る、網膜色素上皮における移植BMSCの分化転換が急性眼損傷マウスモデルにおいて示されている[Siqueira et al. Arq Bras Oftalmol 73, 474-479, doi:S0004-27492010000500019 [pii] (2010)]。しかしながら、これらのアプローチは総て、網膜組織の再生を有意に改善するとは思われなかったので、治療上有効と言うにはなおほど遠かった。
さらに、全身移植されたBMSCは、心臓、骨格筋、肝臓および脳などの種々の組織において常在細胞と融合することが報告されている[Terada et al. Nature 416, 542-545 (2002); Alvarez-Dolado et al. Nature 425, 968-973 (2003); Piquer-Gil et al. J Cereb Blood Flow Metab 29, 480-485 (2009)]。しかしながら、これらの融合事象は極めて稀であると思われ、当然のことながら、それらの生理学的関連に関していくらかの懐疑を生む[Wurmser & Gage. Nature 416, 485-487 (2002)]。ゆえに、発明者らは、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されなければ、これらのハイブリッドはアポトーシスを受け、従って、後期の段階では検出できないことを明らかに証明した。これらの移植HSPCの大部分は融合せず、その代わりに死滅するが、少数は網膜色素上皮細胞に分化転換することができ、これらは間葉起源のものである。この分化転換は変性のある程度の緩徐化を提供することができるが、この表現型を救済することはできない。
対照的に、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は、ハイブリッド内のHSPCゲノムにPDE6B遺伝子を活性化させるが、この条件において、ハイブリッドはそれら自体、一時的な脱分化状態を経て、桿体へ分化する指示を受けている。ヘテロカリオンは検出できなかったが、一部存在していたということは外見上では排除できない。しかしながら、再生した光受容器はPDE6BとYFPを共発現しており、このことは、網膜ニューロンと移植されたHSPCのゲノムが同じ細胞内で混合していたことを示した。還元分裂または肝臓再生の際に従前に報告されているような多極分裂機構が再生した光受容器の倍数性を減じることができるかどうか、または二重のゲノムコピーが新生桿体に許容され、最終的に錐体変性を防ぐかどうかが、なお決定されるべきである。実際に、四倍体ニューロンはマウスおよびヒト脳において同定されている[Wurmser & Gage前掲]。
個々の色素性網膜炎突然変異を治療するためにいくつかの遺伝子療法の試みが行われてきたが、各単一の遺伝子突然変異を治療するために個々の遺伝子療法を作り出すよりも、突然変異非依存性細胞療法のアプローチの方がはるかに有効で実用的である可能性がある。これらのデータは、色素性網膜炎ならびにさらには網膜変性疾患を有する患者の処置に真の希望を与える。
実施例2
Wnt/β−カテニンシグナル伝達がマウス網膜におけるニューロンのリプログラミングを惹起する
この実施例は、哺乳動物の組織において体細胞のリプログラミングが誘導可能であるかどうかを分析するために行った。得られた結果は、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路が活性化されると、マウス網膜ニューロンはin vivoにおいて、移植された造血幹細胞および前駆細胞(HSPC)との自発的融合後に、一時的にリプログラミングされて前駆体段階に戻ることができることを示す。さらに、in vivoにおける細胞ハイブリッドの形成には網膜傷害が不可欠であることが示された。新たに形成されたハイブリッドは、ニューロン前駆体マーカーOct4およびNanogを再活性化し、さらに、これらのハイブリッドは増殖可能である。これらのハイブリッドは間もなく、神経外胚葉系列へ、最終的には最終分化ニューロンへの分化が運命付けられ、これにより、傷害を受けた網膜組織を再生することができる。網膜傷害および眼におけるWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の誘導に次いで、眼における骨髄細胞の内因的動員の後にも細胞融合を介したリプログラミングが起こる。これらのデータは、最終分化状態の網膜ニューロンのin−vivoリプログラミングが組織再生の可能性のある機構であることを示す。
1.実験手順
動物の飼育および処置
マウスに対する手順は総て、眼科および視覚研究における動物の使用についてのARVO宣言(the ARVO Statement for the Use of Animals in Ophthalmic and Vision Research)および動物研究に関する当所指針に従って行った。総ての動物を12時間明/暗周期下で維持し、食物および水は自由に摂らせた。
網膜傷害およびBrdU処置
3か月齢のマウスをケタミン:メントミジン(80mg/kg:1.0mg/kg、腹腔内(i.p.))注射により麻酔した。網膜傷害を誘発するために、マウスの硝子体を2μlの20mM N−メチル−D−アスパラギン酸(NMDA)(計40nmol;Sigma)で24時間処置した[Timmers et al., Mol Vis 7, 131-137 (2001)]。対照眼には2μlのPBSを施した。BrdU組み込みアッセイでは、マウスの腹腔内(i.p.)に50mg/kg体重のBrdU投与を施した。
幹細胞の調製および移植
網膜幹細胞および前駆細胞(RSPC)は、従前に記載されているように[Sanges et al., Proc Natl Acad Sci U S A 103, 17366-17371 (2006)]、成体Creマウスの毛様体縁から単離した。系列陰性HSPC(Lin− HSPC)は、Lineage Cell Depletionキット(Miltenyi Biotech)を用い、Cre、Cre−RFPまたはR26Yマウスの全BMから単離した。ヒトCD34+ HSPCは、StemCell Technologiesから購入した。細胞を1μMのタモキシフェンで24時間前処理してCreリコンビナーゼの核移行を誘導し、必要であれば、移植前にVybrant DiD(5μl/ml)(Invitrogen)で標識した。
ESCCreを得るために、ES nucleofectorキット(Amaxa)を用い、5×106のESCに、Creリコンビナーゼ担持ベクター(CAGG−Cre)をエレクトロポレーションした。
幹細胞(SC)は、未処理のままとするか、または100ng/mlのWnt3aもしくは1μMのBIOで24時間前処理し、最後に5×105細胞を麻酔したマウスの硝子体内に注射した。マウスを頚椎脱臼により犠牲にし、組織学的分析のためにそれらの眼球を摘出した。
遺伝子発現および四倍性分析のためのハイブリッドの単離
細胞移植から24時間後に、網膜組織を処置マウスから単離し、トリプシン中で機械的摩砕により解離させた。
四倍体含量のハイブリッドを分析するために、細胞をペレットとし、1×PBSで2回洗浄し、氷中にて70%エタノールで2時間固定した。固定後、細胞を1×PBSで2回洗浄し、25μg/mlのヨウ化プロピジウムおよび25μg/mlのRNアーゼA(Sigma−Aldrich)とともに室温で30分間インキュベートした。サンプルをFACSCanto(Becton Dickinson)でのフローサイトメトリーにより分析した。ダブレットの識別は、PIチャネルのパルス面積に対するパルス幅にゲートを設定することにより行った。サンプルはFlowJoソフトウエア(Tree Star,Inc)を用いて分析した。
遺伝子発現分析では、BD FACSAria IIソーティングマシーン(Becton Dickinson)を用いて、赤と緑の陽性ハイブリッド細胞を単離した。RNA Isolate Microキット(Qiagen)を製造者のプロトコールに従って用い、全RNAを抽出した。溶出したRNAをスーパースクリプトIII(Invitrogen)を用いて逆転写し、製造者の推奨に従い、ABI Prism 7000リアルタイムPCRマシーンにて、Platinum SYBR green qPCix−UDG(Invitrogen)を用いたqRT−PCR反応を行った。使用した種特異的オリゴを表3に挙げる。実験は総て3反復で行い、cDNAインプットの違いは、GAPDHの発現に対する正規化により補正した。
表3
qRT−PCR用のヒトおよびマウス特異的プライマー
骨髄(BM)補充
BM移植は、軽微な修正を行って、従前に報告された通りに行った。4〜6週齢のR26YまたはNestin−CreレシピエントマウスのBMを、それぞれRFP/CREまたはR26Yトランスジェニックマウスの脛骨および大腿由来のBM細胞で再構成した。BM細胞(1×107細胞)をγ線照射(9Gy)から3時間後にレシピエントに静注した。レシピエントの眼を鉛遮蔽体で保護して放射線誘発性の傷害(放射線網膜症)を防止した。移植から4週間後に、キメラマウスの末梢血を尾静脈から採取し、再構成されたBMを評価した。
固定、切片化および免疫組織化学
4%パラホルムアルデヒドに一晩浸漬することにより組織を固定し、次に、OCTコンパウンド(Tissue−Tek)に包埋した。10μm厚の水平断連続切片を免疫組織化学用に処理し、Nanog−GFPおよびRosa26−YFP蛍光の可視化は、蛍光顕微鏡により行った。
フルオレセイン免疫染色では、使用した一次抗体は下記のものであった:抗Nanog(1:200、R&D)、抗Oct4(1:100、AbCam)、抗Nestin(1:300、Abcam)、抗GATA4(1:500、Abcam)、抗Otx2(1:200、Abcam)、抗Noggin(1:200、Abcam)、抗Hand1(1:400、Abcam)、抗Tuj−1(1:100、Abcam)、抗Thy1.1(1:100、Abcam)、抗シンタキシン(1:50、Sigma)、抗グルタミンシンセターゼ(Sigma、1:100)、抗アネキシンV(1:200、Abcam)、抗Ki67(Sigma、1.100)および抗BrdU(1:300、Sigma)。使用した二次抗体は下記のものであった:Alexa Fluor 488、Alexa Fluor 546またはAlexa Fluor 633と結合された抗マウスIgGおよび抗ウサギIgG抗体(1:1000;Molecular Probes、Invitrogen)。
GFPおよびYFP陽性細胞のパーセンテージは、組織切片をDAPI(Vectashield、Vector Laboratories、Burlingame、CA、USA)で対比染色して評価し、Axioplan顕微鏡(Zeiss)またはLeicaレーザー共焦顕微鏡システムのいずれかを用いてそれらの写真を撮影した。
リプログラミングされたハイブリッドのIn−vitro培養
BIO処理または非BIO処理のESCまたはHSPCを、NMDA傷害を受けたNanog−GFP−puroマウスの眼に注射した。移植から24時間後に、網膜組織を単離し、37℃にて30分間トリプシンで処理した。次に、火で穴をあけたパスツール(fire bore hole Pasteur)を用いて、これらの細胞を、ES培養培地中の単一細胞懸濁液として再懸濁させ、ゼラチンコーティングディッシュに3×105細胞/9.6cm2濃度での播種した。リプログラミングクローンを選択するために、72時間後に培養培地にピューロマイシンを加えた。GFP陽性クローンを計数し、培養1か月後に写真を撮影した。これらのクローンを培養1か月後に従前に記載されているように、アルカリ性ホスファターゼ(AP)で染色した[Lluis et al., Cell Stem Cell 3, 493-507 (2008)]。
フラットマウント網膜および視神経の調製と神経節細胞の計数
網膜フラットマウントは従前に記載されているように調製した。簡単に述べると、眼を鋸状縁に沿って二等分し、網膜を色素上皮から分離し、Isopore 3mm(Millipore)上に神経節細胞側を上にしてマウントした。次に、網膜を4%パラホルムアルデヒド中で20分間固定し、リン酸緩衝生理食塩水で洗浄し、上記のように免疫染色用に処理した。視神経を眼から切り取り、Vectashield(Vector Laboratories、Burlingame、CA、USA)を用い、スライス上に直接マウントした。
神経節細胞層内の全細胞を、軽微な修正を施して従前に記載されているように(Jakobs et al., (2005). J Cell Biol 171:313-315)計数した。フラットマウント網膜をDAPIで対比染色し、gclに焦点を合わせた共焦顕微鏡(Leica SP5)にて20倍で調査写真を撮影した。網膜全体にわたるには約80枚の画像を必要とした。Fijiソフトウエアを用いて細胞核を計数し、細胞数/平方ミリメートルとしてグラフ化した。Matlabにおける定期的書き込みによって各画像の二次元密度地図を得、Photoshop 9で、各写真からマウント網膜全体の写真をアセンブルした。
統計分析
各切片において3つの異なる網膜領域(40×視野)内の免疫反応性細胞、またはNanog−GFP陽性細胞およびNanog−YFP陽性細胞の数を計数した。少なくとも3個体の異なるマウスから各眼について計10枚の連続切片を検査した。統計分析では、データは、各2反復で行った少なくとも3回の独立した実験からプールした場合の平均±SEMで表した。実験は少なくとも3個体の異なるマウスを用いて行った。対応のないスチューデントのt検定を用いて差を調べた。
2.結果
NMDA誘発損傷は網膜ニューロンと幹細胞の間の融合を惹起する
細胞融合を介した体細胞のリプログラミングは培養において誘導することができるが、最終分化細胞が成体脊椎動物の組織内での細胞融合によりリプログラミングできるかどうかは、なお確認すべきである。
従って、発明者らはまず、SPCがin vivoで網膜ニューロンと融合できるかどうかを調べた。このために、発明者らは、遍在的に発現されるRosa26プロモーターの制御下にloxP部位に挟み込まれたYFP(すなわち、LoxP−STOP−LoxP−YFP[R26Y]対立遺伝子を有する)を有するトランスジェニックマウスをレシピエントとして用いた[Srinivas et al., BMC Dev Biol 1, 4 (2001)]。Creリコンビナーゼを安定発現し、かつ、赤で標識された種々のSPCをレシピエントマウスの眼に硝子体内注射により移植した(5×105細胞/眼)。具体的には、発明者らは、CRE−RFP二重トランスジェニックドナーマウスから単離した系列陰性(Lin−)HSPCCre/RFP、Creトランスジェニックマウス眼の毛様体縁から単離した1,1’−ジオクタデシル−3,3,3’,3’−テトラメチルインドジカルボシアニン色素(DiD)標識RSPCCre[Sanges et al., Proc Natl Acad Sci U S A 103, 17366-17371 (2006)]、および発明者らにより作製されたDiD標識ESCCre遺伝子を用いた。マウスをSPC注射後の種々の時点で犠牲にした。注射されたSPCCreとLoxP−STOP−LoxP−YFP(R26Y)網膜ニューロンの間で細胞融合が起こっていたとしたら、Creによる終止コドンの切除のために、網膜切片においてYFP発現を検出することが期待できた(図9A)。
まず、発明者らは、R26YマウスにおけるNMDAの硝子体内注射により引き起こされた網膜組織傷害が細胞融合を誘導できるかどうかを調べた。従前に示されたように[Osakada et al., J Neurosci 27, 4210-4219 (2007)]、NMDAは網膜のinlおよびgcl内のニューロンのアポトーシスを引き起こしたが(図10Aおよび10B)、NMDAは、これらのR26YマウスにおけるYFP導入遺伝子の確率的発現を増強しなかった(図10C)。次に、発明者らは、R26Yマウスの右眼にNMDA傷害を誘導し、反対側の左眼は対照として傷害無しとし、24時間後にHSPCCre/RFPを両眼に移植した。最後に、マウスを移植から24時間後、48時間後または72時間後に犠牲にした(図9A)。
移植24時間後にすでに、この視野において検出された、注射されたHSPCCre/RFPの最大70%が網膜細胞と融合しており、従って、YFP陽性ハイブリッドを生じていた(図9B、9Dおよび10D)。興味深いことに、移植された細胞は網膜組織に組み込まれ、gcl超えて、inlに至りさえした(図9B、NMDA)。対照的に、反対側の非傷害眼ではYFP陽性ハイブリッドは存在せず、さらに、移植されたHSPCCre/RFPはgclの境界に留まり、網膜組織には組み込まれなかった(図9Cおよび9D、No NMDA)。同様の結果が、移植48時間後および72時間後に犠牲にしたマウスの網膜切片でも見られた(図9D)。四倍体細胞の存在もフローサイトメトリーにより分析した。4C DNA含量を有する核は、HSPCCre/RFPを移植したR26Yマウスの網膜に存在するハイブリッドにおいて明らかな証拠があった(図10C)。
これらのデータは、移植されたHSPCの網膜組織への遊走およびそれらの網膜ニューロンとの融合を誘導するためには損傷が必要であったことを示した。
網膜組織におけるハイブリッド(YFP陽性細胞)の局在は、移植された細胞が神経節細胞(gclにおけるそれらの核に局在する)および無軸索細胞(inlおよび内網状層(inner plaxiform layer)(ipl)にわたって局在する)と融合したことを示唆した(図10A)(それらはNMDA処理後に特異的に傷害された網膜細胞であることを注記しておく)[Osakada et al. (2007),前掲]。従って、どの網膜細胞がHSPCと融合したかを確認するために、発明者らは、Lin− HSPCCre/RFPをNMDA傷害を受けたR26Y眼に移植してから12時間後に、YFP陽性ハイブリッドにおける種々の網膜細胞マーカーの発現を分析した。gclにおける神経節細胞マーカーthy1.1に対して陽性のYFPハイブリッド(図9E)、またはiplにおける無軸索細胞マーカーシンタキシンに対して陽性のYFPハイブリッド(図9F)。ミュラー細胞マーカーグルタミンシンセターゼとの共局在は見られなかった(図9G)。YFP陽性ハイブリッドの60%はthy1.1陽性であったが、22%はシンタキシン陽性であり(図10Fおよび10F)、このことは、大多数のハイブリッドが神経節細胞とHSPCの間で形成され、一部、無軸索細胞との融合が存在することを示している。YFP陽性ハイブリッドの残りの18%では、融合相手は明らかでなく、実際には、新たに形成されたハイブリッドではthy1.1および/またはシンタキシンのダウンレギュレーションが見られる場合もあった。
次に、発明者らは、DiD標識ESCCreおよびDiD−RSPCCreをR26Yマウスの非傷害眼およびNMDA傷害眼に注射することにより、同様の実験を行った。両細胞種とも、視野において検出される注射細胞の最大70%が網膜ニューロンと融合していた(図11A、11B、および10D)。また、これらの細胞は、gclおよびiplにおけるYFPシグナルの局在により、およびYFPとthy1.1またはシンタキシンシグナルの共局在により示されるように、神経節細胞および無軸索細胞と融合する(図11A、11Bおよびデータは示されていない)。
注射したSPCが実際に有糸分裂後の網膜ニューロンと融合することをさらに確認するために、融合事象前の網膜細胞の増殖能を分析した。R26Yマウスの眼へのNMDAと同時に、発明者らは、チミジン類似体5’−ブロモ−2’−デオキシウリジン(BrdU)を腹膜内に注射し、次に、24時間後にESCCreを注射し、最後に、この移植から24時間後にマウスを犠牲にした。YFPに対しても陽性であると見られる(緑矢印)BrdU陽性細胞(赤矢印)は無く、ESCと増殖中の細胞との融合は除外された(図11C)。gclに隣接して見られたBrdU陽性細胞は(図11C、赤矢印)おそらく、傷害後の網膜に動員されたマイクログリア細胞であった[Davies et al., Mol Vis 12, 467-477]。
全体的に見れば、これらのデータは、細胞傷害時には、HSPC、ESCおよびRSPCがin vivoで網膜ニューロンと自発的に融合可能であることを実証する。
Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路はin vivoにおいて網膜ニューロンのリプログラミングを惹起する
Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路はNMDA傷害後に活性化されてβ−カテニンの発現の増強をもたらし、β−カテニンが細胞に蓄積する(図12AおよびOsakada et al. (2007)前掲参照)。よって、発明者らは、内因性のWnt/β−カテニン経路の活性化がin vivoで細胞融合後のリプログラミングを媒介できるかどうかを検討した。
このために、下記の2つの異なるマウスモデルをレシピエントマウスとして使用した:Nestin−CRE(神経前駆体においてNestinプロモーターの制御下でCreリコンビナーゼ遺伝子を発現するトランスジェニックマウス)[Tronche et al., Nat Genet 23, 99-103 (1999); Okita et al., Nature 448, 313-317 (2007)]およびNanog−GFP−Puroマウス(胚においてNanogプロモーターの制御下でGFP−ピューロマイシン遺伝子を発現するトランスジェニックマウス)[Okita et al., Nature 448, 313-317 (2007)]、これらは、本発明者らに、それぞれ神経前駆体および胚段階でのリプログラミングを検討することを可能とした。DiD標識HSPCR26YおよびHSPCRFPをそれぞれNestin−CREマウスおよびNanog−GFP−puroマウスの眼に注射した。NMDAは一マウス群の一方の眼の硝子体内に注射し、反対側の眼は対照として傷害無しとした。ここで重要なことに、NMDA処理後に神経節細胞および無軸索細胞においてNanog−GFP(図12C)またはNestin−Cre(データは示されていない)導入遺伝子の発現は検出されなかった。24時間後、HSPCを非処理眼およびNMDA処理眼の両方に注射し、さらに24時間後にマウスを犠牲にした。これらのマウスモデルで、網膜ニューロンのリプログラミングの場合には、赤/緑二重陽性細胞が見られるということが予測できた(図13Aおよび図12B)。非傷害眼にHSPCを注射した後では、緑の陽性細胞は見られなかった(図13B、13C、13Dおよび13E、No NMDA)。対照的に、Nestin−CREおよびNanog−GFP−puroマウスそれぞれのNMDA傷害眼にHSPCを注射した場合には、全赤血球の約30%および20%が緑でもあり(図13B、13C、13Dおよび13E、NMDA;および10C)、ハイブリッドの最大30%が、それらがニューロンゲノムに再活性化されたNanogおよびNestinプロモーターを持っていたことから、実際にリプログラミングされていたことを示す。
網膜ニューロンのリプログラミングにおける内因性Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化の役割を評価するために、これらのマウスモデルの両方において、NMDA注射直後にDKK1も注射した(DKK1はWnt/β−カテニン経路の阻害剤である)[Osakada et al. (2007)前掲、図12A]。24時間後にHSPCを移植し、24時間後にマウスを犠牲にした。DKK1注射はニューロン−HSPCハイブリッドのリプログラミングをほぼ完全に遮断し(図13B、13Cおよび13D、NMDA+DKK1)、これは、Wnt/β−カテニン経路内因的および傷害依存的活性化が、網膜ニューロンがHSPCと融合した後に、その網膜ニューロンのリプログラミングを惹起することを実証した。
次に、発明者らは、注射前にWnt/β−カテニンシグナル伝達経路がGSK−3阻害剤BIOまたはWnt3a処理により予め活性化されている場合のHSPCの移植後に、網膜ニューロンのリプログラミングが増強されたかどうかを分析することを目的とした(図12D、12Eおよび12F)。驚くことに、Nestin−CREマウスおよびNanog−GFPマウスのNMDA傷害眼にBIO前処理またはWnt3a前処理HSPCを移植してから24時間後に、リプログラミングされた(緑陽性)ハイブリッドの数に、非処理HSPCを施したNMDA傷害眼で見られたものに比べて著しい増加が見られた(図13Bおよび13E;NMDA+BIO、NMDA+Wnt3a)。同様の結果が、細胞移植から48時間後および72時間後に犠牲にしたマウスでも見られた(データは示されていない)。BIO処理HSPCを非傷害眼に注射した後には、Nanog−GFP−puro(図12G)およびNestin−CRE導入遺伝子は両方とも発現されず(データは示されていない)、自発的細胞融合を介した網膜ニューロンのリプログラミングには組織傷害が必要であることが確認されたことを注記しておく。
このin−vivoリプログラミングの効率を評価するために、発明者らは、視野において検出された赤色HSPCの全集団に対する緑陽性のリプログラミング細胞を計数した(図10C)。傷害網膜では、BIO前処理HSPCおよびWnt3a前処理HSPCの両方の最大65%が融合後に網膜ニューロンをリプログラミングし、これらの両マウスモデルにおいて二重陽性HSPC−ニューロンハイブリッドをもたらした(図13Cおよび13D)。
HSPCと最終分化ニューロンの融合後に胚段階でリプログラミングを認めたことは驚くべきことであったので、ESCおよびRSPCをNMDA注射眼に移植した後のNanog−GFP導入遺伝子の活性化を検討した。
予測できたように、ESC移植の場合、内因性Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化にも依存する網膜ニューロンのリプログラミングも見られた。GFP陽性細胞もまた、ESCを移植前にBIOまたはWnt3aで前処理した際に著しく増加した(図14A)。ESC−網膜ニューロンハイブリッドのリプログラミングを確認するために、発明者らは、BIO処理または非処理ESCを移植したNanog−GFP−puroマウスのNMDA傷害網膜からFACSにより選別したGFP陽性ハイブリッドを培養した。リプログラミングされたGFP陽性コロニーを培養増殖させたところ、それらはピューロマイシン選択にも耐性があり、かつ、アルカリ性ホスファターゼ(alkaline phosphatise)(AP)染色にも陽性であった(図14B)。
対照的に、Nanog−GFPマウスのNMDA注射眼にRSPCを注射した後には、移植RSPCをBIOで前処理した場合であっても、リプログラミング事象は見られなかった(図14C)。興味深いことに、Nestin−CREマウスのNMDA傷害眼では、BIO処理RSPCR26Yの移植後にわずかなYFP陽性細胞が見られたに過ぎなかった(示されていない)。
最後に、in vivoにおける融合事象の増強におけるBIOの効果も除外された。BIOの前処理は、R26YマウスのNMDA傷害眼に注射したHSPC、ESCまたはRSPCの融合効率を高めなかった(図14D)。
ここでの結論として、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化は胚/ニューロン前駆段階へと戻る網膜ニューロンのリプログラミングを惹起すること、およびこれはHSPCおよびESCの傷害依存性細胞−細胞融合の後に起こるが、RSPCの場合には起こらないことが示された。
リプログラミングされたハイブリッドをより良く同定するために、Nestin−CREおよびNanog−GFP導入遺伝子の再活性化を調べることに加え、新たに形成されたハイブリッドにおいて、in vivoにおける前駆体および胚遺伝子の発現プロフィールを分析した。次に、R26YマウスのNMDA傷害眼にBIO処理または非処理HSPCCre/RFPを注射し、24時間後に、網膜由来のハイブリッド細胞をFACSにより選別した。マーカー発現をリアルタイムPCRにより分析した。BIO−ハイブリッド(BIO処理HSPCにより形成されたハイブリッド)では、Oct4、Nanog、Nestin、NogginおよびOtx2がアップレギュレートされており(図15A);実際に、これらの遺伝子の発現は、非移植NMDA注射網膜でも、HSPCにおけるNanogを除きHSPCでも検出されなかった(図16Aおよび16B)。対照的に、HSPC特異的遺伝子であるGata1は、BIO−ハイブリッドではダウンレギュレートされていた(図15A)。Gata1の発現がHSPCに見られるものに匹敵していた非BIO−ハイブリッドにおいて、再発現された前駆体マーカーは無かった(またはNanogおよびNestinの場合には、発現が低かった)(図15Aおよび図16B)。
BIO−ハイブリッドにおけるOct4、NanogおよびNestinタンパク質の発現は、それらのマージした免疫染色シグナルによっても確認され、切片にはYFP陽性ハイブリッドが存在する(図15B)。
しかしながら、胚および前駆体マーカーの再発現が、注射したHSPCのゲノムからではなく、ニューロンゲノムのリプログラミングから生じたことを明らかに証明するために、種間ハイブリッドを分析した。このために、発明者らは、Nanog−GFPマウスの傷害眼にBIO処理およびDiD標識CD34+ヒトHSPCを移植した。ヒトHSPCの融合後の切片に、網膜ニューロンのリプログラミングが確認された(図16C)。興味深いことに、Oct4、Nanog、Nestin、NogginおよびOtx2は総て、選別されたハイブリッドの、リプログラミングされたマウスニューロンゲノムから発現された(マウス特異的オリゴヌクレオチドを用いて分析した通り;表3)(図15C)。さらに、ヒトゲノムにおいて、Oct4、Nestin、Otx2およびNogginの発現は活性化されたが、CD34はダウンレギュレートされた(図15D)。
全体的に見れば、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路により制御されるHSPC融合を介した網膜ニューロンのリプログラミングがin vivoにおいて起こり得ると結論付けることができる。
リプログラミングされたニューロンはin vivoで増殖および分化可能である
次に、リプログラミングされたニューロンの増殖能を検討した。従って、BIO処理および非処理HSPCCreをR26Yマウス群のNMDA傷害眼に注射し、24時間後に網膜切片を分析した。
驚くことに、YFP陽性のリプログラミングされたハイブリッドの8%(BIO処理HSPCCreの注射後)が増殖下にあり(図15Eおよび15G、Ki67/YFP二重陽性);これらのハイブリッドのうちアネキシン−V染色に陽性であったのは約5%だけなので、これらの細胞はアポトーシスに運命付けられてはいなかった(図15Fおよび15H)。これに対して、非BIO処理HSPCCREの注射は非増殖性ハイブリッドの形成をもたらし(図15Eおよび15I;Ki67染色陰性)、YFP陽性ハイブリッドの最大30%がアネキシン−V染色に関して陽性であったことから(図15Fおよび15J、Anexin−V/YFP二重陽性)、これらのハイブリッドはアポトーシス下にあった。BIO処理または非BIO処理ESCの移植から72時間後にも同様の結果が得られた(図16Dおよび16E)。全体として見れば、これらのデータは、HSPCまたはESCと網膜ニューロンの間で形成されたハイブリッドはアポトーシスに入るが、移植されたSPCにおいてWnt/β−カテニン経路が活性化されれば、それらのニューロンはリプログラミングされ、生存し、再び細胞周期に入り得ることを示す。
次に、発明者らは、BIO処理および非BIO処理HSPCCreを注射したR26YマウスのNMDA傷害網膜における、リプログラミングされた網膜ニューロンのin−vivo分化能を分析した。移植24時間後、48時間後および72時間後にマウスを犠牲にした。各マーカーに対するYFP陽性ハイブリッドのパーセンテージを網膜切片から求めた(図10C)。注目すべきは、BIO処理HSPCの注射から24時間後に、リプログラミングされたニューロン(YFP陽性)はすでにNestin、NogginおよびOtx2を再発現しており、この発現は、分析した後の時点(48時間、72時間)でも維持されていた。逆に、ニューロン最終分化マーカーTuj−1は段階的にサイレンシングされた。さらに、Sca1およびc−kitはこれらのハイブリッドにおいて強いダウンレギュレーションを受けていた。Oct4およびNanogもまた24時間および48時間では発現が高かったが、それらの発現は72時間までに低下した(図15Bおよび15K)。対照的に、非BIO処理HSPCとの融合後に得られた少数のYFP陽性ハイブリッドはNestin、NogginおよびOtx2を再活性化し、これに対して、ハイブリッドの大多数では、Tuj−1、Sca−1およびc−kitの発現を維持していた。また、Oct4およびNanogも発現されていたが、これは24時間の時点とその後の時点(48、72時間)では極めて少数のハイブリッドに限られ(図15L)、これらのハイブリッドでは、中胚葉マーカーGATA4および内胚葉マーカーHand1は全く発現されなかった(図15Kおよび15L)。結論として、BIO−ハイブリッドは、リプログラミングされ、神経外胚葉系列に分化する傾向があった。対照的に、非BIOハイブリッドのリプログラミングは低く、従って、それらは神経外胚葉分化に入らなかった。
傷害R26Y網膜にBIO処理ESCCreを注射した後に行った同様の分化分析では、得られたハイブリッドの神経外胚葉分化能の遅延(Nestin、NogginおよびOtx2はESC注射から72時間後により多く発現されたが、Oct4およびNanogは24〜72時間に発現が高かったため)およびGata4 およびHand1の陽性発現)が示された。これらの結果は、ESC−ニューロンハイブリッドの方が多能性が高く、神経外胚葉系列に分化できるだけでなく、中胚葉および内胚葉系列にも分化できることを示す(図16F)。
最後に、発明者らは、神経系分化へ運命付けられたBIO−ハイブリッドが網膜ニューロンへ最終的に分化することができるかどうか、従って、傷害網膜を再生することができるかどうかを検討した。このため、R26YマウスのNMDA傷害眼の一群にBIO処理または非BIO処理HSPCCre/RFPを注射し、2週間後に犠牲にした。注目すべきは、gclおよびinlにおけるYFP/RFPニューロンは、BIO処理HSPCの移植後にのみ観察された。これらの細胞は、thy1.1およびシンタキシンマーカーに陽性であり、これらのハイブリッドが神経節および無軸索ニューロンに分化したことを明らかに示す。これに対して、YFP/RFPハイブリッドは短時間で細胞死を受けるので、非処理HSPCの移植から2週間後に検出されたものは無かった。次に、移植された網膜の組織構造を分析した。注目すべきは、BIO処理HSPCを移植した網膜のgclおよびinlの核列の数は、非BIO処理HSPCを移植した場合に比べて、また、非移植網膜に比べて実質的に増加していたことが認められた。それらの数は野生型網膜の場合に匹敵していた(図17A、17Bおよび17C)。これらのデータは、リプログラミングされたHSPC−ニューロンハイブリッドが網膜ニューロンに分化でき、傷害網膜を再生できることを明らかに示す。よって、細胞融合を介したリプログラミングは網膜組織の再生を惹起し得ると結論付けることができる。
リプログラミングされたハイブリッドは傷害を受けた網膜を再生することができる
リプログラミングされたハイブリッドが増殖可能であり、かつ、神経外胚葉系統へ分化できることが分かったので、発明者らは、長期分化およびそれらの再生能を評価することを目的とした。そして、Wntシグナル伝達を活性化するためにHSPCCreをBIOで前処理し、NMDA傷害を受けたR26Y眼に移植した。並行して、非処理HSPCCreを対照として移植した。4週間後にマウスを犠牲にした(図18A)。
BIO−HSPCCreを移植した網膜のフラットマウントを分析したところ、多数のYFP+ハイブリッド(図18B)が、神経節(SMI−32)および無軸索(Chat)ニューロンマーカーの発現に関して陽性であったことが示された(図18C)。次に、発明者らは移植から24時間後および1か月後の視神経も分析した。注目すべきは、1か月の視神経において、本発明者らは、おそらく再生した神経節ニューロンの突起に由来するYFP+軸索を観察した(図18D)。対照的に、非処理HSPCCreを移植した網膜は、極めてわずかなYFP+ハイブリッドを示し(図22A)、視神経にはYFP+軸索は見られなかった(図18D、untr.HSPC)。興味深いことに、BIO−HSPCの移植から24時間後の視神経にはYFP+軸索は見られず(図22B)、新たに生成された神経節ニューロンは、移植のしばらく後に、おそらくは再生プロセス中にそれらの軸索を突出させることを示す(図18D)。
NMDA処理は眼におけるマクロファージの動員を誘導する(Sasahara et al., Am J Pathol 172, 1693-1703 (2008))。実際に、予測されるように、移植24時間後に採取した網膜では、一定のパーセンテージのYFP+ハイブリッドが単球/マクロファージCD45およびMac1マーカーに対して陽性であったが、これにより、R26Y対立遺伝子を保有する内因性マクロファージによる移植されたHSPCCre/RFPの一部の食作用、または一部のYFP+ハイブリッドそれら自体の食作用が示唆された(図22Cおよび22D)。興味深いことに、このパーセンテージは、移植2週間後に採取された網膜ですでに劇的に低下していた(図22Eおよび22F)。この結果は、一部のハイブリッドは移植後間もなく(son after transplantation)食作用を受け得るが、あるパーセンテージのものは生存し、網膜を再生し得ることを明らかに示す。
次に、発明者らは、垂直切片において細胞核再生の発生を分析した。興味深いことに、BIO−HSPCを移植した網膜の、神経節細胞層のニューロン核の数(図17Aおよび17B、gcl)、および内顆粒層の核列の数(図17Aおよび17C、inl)は野生型網膜に匹敵しており、非移植網膜または非処理HSPCを移植した網膜に比べて実質的に増加していた(図17A、17Bおよび17C)。これは網膜再生を明らかに示す。発明者らはまた、移植1か月後に採取した網膜全体における神経節核の総数を数えることにより、フラットマウント網膜全体における神経節ニューロンの核密度を調べた。注目すべきは、非移植網膜に比べてBIO−HSPCCre移植網膜には核数の有意な増加が見られた(図17D)。しかしながら、新たに生成した神経節ニューロンは、核密度地図により示されるように、均一に分布しておらず、不均一な網膜再生を示す(図17E)。
これらのデータは、Wntシグナル伝が活性化されれば、NMDA傷害後の網膜細胞の部分的再生が、移植されたHSPCの融合後に達成され得ることを明らかに実証する。
内因性BMC融合を介した網膜ニューロンのリプログラミングはin vivoにおいて傷害後に起こる
内因性BMCがNMDA傷害後の眼に動員され得ることが報告されている[Sasahara et al., Am J Pathol 172, 1693-1703 (2008)]が、それらの役割は未知のままである。よって、発明者らは、内因性BMCがNMDA傷害後の網膜ニューロンと融合し、これをリプログラミングすることができるかどうかを調べた。このために、ドナーRFP−CREマウス(RFPおよびCRE(両方とも遍在的に発現されるβ−アクチンプロモーターの制御下にある)を発現するトランスジェニックマウス(Long et al., (2005). BMC Biotechnol 5, 20; Srinivas et al. (2001)前掲)からのBMCを亜致死線量を照射したR26Yレシピエントマウスに尾静脈移植し、これにより、BMをBMCre/RFPに置換した。ドナー起源の細胞を含むBMの再増殖を、血液細胞中のRFPの発現に従って、および血球計算分析によって分析した(図19A)。移植1か月後に、NMDAを各キメラマウス群の一方の眼の硝子体内に注射した後、24時間後にマウスを犠牲にした(図20A)。興味深いことに、NMDA傷害後に、RFP陽性細胞の50%はYFP陽性でもあることが見出され、これは眼に動員された内因性BMCの融合を示す(図20B、20Cおよび20F、NMDA、および図10D)。対照的に、非NMDA注射眼の切片にはRFP/YFP陽性細胞は見られなかった(図20D、20Eおよび20F、No NMDA)。これらの結果は、眼に動員されたBMCと網膜ニューロンとの間に細胞融合が起こることを明らかに実証する。
次に、発明者らは、内因性の細胞融合後に得られたこれらのハイブリッド細胞のアイデンティティを分析した。NMDA傷害から12時間後に、網膜切片におけるYFP陽性細胞はSca1、Ckit、Thy1.1、シンタキシン、およびGS細胞マーカーに関しても陽性であることが認められたが、このことは、HSPCがBMから動員され、神経節、無軸索およびミュラー細胞と融合することを明らかに示す(図20G、20H、20I、20Jおよび20K)。
次に、発明者らは、BMC動員および網膜ニューロンとの融合の後にリプログラミングが起こり得るかどうかを調べ、この目的のために、BMCR26Yを亜致死線量を照射したNestin−CREマウス群に移植してキメラマウスを作出した。Nestin−CRE導入遺伝子の再活性化と結果としてのYFP発現により、本発明者らはthe眼にBMCが動員された後のリプログラミング事象を特定することが可能であった。1か月後、NMDAおよびBIOをキメラマウスの一方の眼だけに注射し、24時間後に犠牲にした(図21A)。NMDA傷害眼のgclおよびinlには、BIOの注射後にYFP陽性細胞が見られたが、NMDA傷害を受けた(非BIO注射)非処理の反対側の眼には見られなかった(図21Bおよび21C)。このことは、網膜ニューロンが、動員されたBMCと融合し、Nestinプロモーターの再活性化のためにリプログラミングされたことを明らかに示す。これらのYFP陽性ハイブリッドの約8%がKi67発現に関して陽性であり、アネキシン−V陽性は1%に過ぎなかったが、このことは、ハイブリッドの一部が分裂しており、アポトーシスは極めてわずかであったことを示す(図21D、19Bおよび19C)。注目すべきは、これらのYFP陽性ハイブリッドの50%はOct4発現に関しても陽性であり(図21E、21Fおよび21G)、70%はNanogに関しても陽性であり(図21E、21Hおよび21I)、眼へのBMCの動員の後にも網膜ニューロンのリプログラミングが起こったことが確認された。
結論として、Wnt/β−カテニン経路が活性化されれば、眼においてBMC融合を介した網膜ニューロンのリプログラミングの内因的活性化が起こり得る。
3.考察
本明細書において、カノニカルWnt/β−カテニンシグナル伝達経路がin vivoで網膜ニューロンのリプログラミングを媒介することが実証された。さらに、損傷後にマウス網膜で自発的細胞融合が起こり得ること、およびそれらがWnt活性によりリプログラミングされれば、一定の割合の融合ハイブリッドが増殖することが示された。さらに、リプログラミングされなければ、ニューロン−SPCハイブリッドはアポトーシスを受けることも示された。驚くことに、リプログラミングされたハイブリッドは傷害を受けた網膜組織を再生することができる。最後に、眼においてWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化の後、損傷を受けた網膜に動員されるBM由来細胞は、Wnt/β−カテニンシグナル伝達経路の活性化の際に網膜ニューロンと融合することができ、その網膜ニューロンをリプログラミングできることが明らかに示された。全体として見れば、細胞融合を介したリプログラミングが傷害修復の内因性機構となり得ると結論付けることができる。
成体SPCは高い程度の可塑性および多能性を示し、それらは広域の分化細胞に寄与し得る。移植されたBMCは肝臓細胞、プルキニエニューロン、腎臓細胞、上皮細胞、およびその他と融合することができ、それらの特徴を獲得することができる。この可塑性は、分化転換または細胞−細胞融合機構のいずれかのためであるとされた。
しかしながら、これまでに、細胞融合事象は極めて稀であると考えられており、従って、「新生」ハイブリッドの細胞アイデンティティは明らかに検討されたことがない。ここで、発明者らは、HSPCを傷害眼に移植した少し後に、細胞−細胞融合が起こり、極めて関連のある事象として可視化できることを実証した。これはBMから傷害網膜にc−kit/sca−1陽性細胞が動員された後にも起こる。従前の研究では、BMC融合から得られたハイブリッドの数は大幅に過小評価されており;実際には、これらの新たに形成されたハイブリッドがリプログラミングされなければ、それらは細胞死を受け、従って、移植後長期間、検出することができないことが判明した。
HSPCは神経節および無軸索ニューロンと高い効率で融合し;得られた「新生」ハイブリッドは、Wntシグナル伝達刺激が提供されれば、まず一時的にリプログラミングされ、増殖することができ、次いで最終分化ニューロンとなり得る新規な細胞実体である。これらのハイブリッドにおいて、NanogおよびOct4の発現、そして同時にNestin、NogginおよびOtx2前駆ニューロンマーカーの発現が見出されたことは注目すべきである。NanogおよびOct4の発現は、胚段階に戻るリプログラミングの明らかな証拠であるが、この状態は、少なくともHSPCと網膜ニューロンの間の融合の場合には一時的なものである。ハイブリッドは間もなく神経外胚葉系統へ運命付けられ、実際には、移植72時間後に、Oct4およびNanogがすでにダウンレギュレートされていた。最後に、2週間で、これらのハイブリッドは最終分化ニューロンとなり、網膜組織のgclおよびinlを再生する。興味深いことに、色素性網膜炎(RP)のマウスモデルにおける、Wnt/β−カテニン経路が活性化されたHSPCを移植した際の細胞融合を介した網膜ニューロンのリプログラミングの後に、光受容器の完全な機能的再生も見られた(実施例1)。
これらの所見は、Oct4およびNanogは、胚において発現される幹細胞遺伝子であるということだけでなく、細胞融合を介した再生プロセスの過程で成体組織においても機能的役割を持つということを予想させる。成人におけるこれらの遺伝子の発現については議論があるが[Shin et al., Mol Cells 29, 533-538 (2010); Kucia et al., J Physiol Pharmacol 57 Suppl 5, 5-18 (2006)]、おそらくその極めて一時的な性質のために、それらの発現が場合によっては明確に評価されなかったことももっともなことである。
ESCも大きな可塑性を持ち、本明細書で、発明者らは、in vivoにおける脱分化事象を特定することができ;すなわち、網膜ニューロンがESCと融合した後に、Nanogを発現するハイブリッドをリプログラミングした。ESC−網膜ニューロンハイブリッドは、おそらくHSPC由来のハイブリッドよりも多能性が大きい。それらは培養でクローンを形成することができ、3つの異なる系列のマーカーを発現し;加えて、in vivoにおいて奇形腫を形成する(データは示されていない)。対照的に、in vitroでは、発明者らは、HSPC−網膜ニューロンハイブリッドからクローンを単離することはできず、これは明らかにそれらの一時的リプログラミングおよび急速な神経外胚葉系列分化への運命付けを示す。興味深いことに、RSPCの融合後には、Nanogの発現までの網膜ニューロンのリプログラミングは見られず、これはHSPCに比べてこれらの細胞の可塑性の程度が低いことを示す。
長い間、分化は一方向の機構であると思われてきたが、体細胞リプログラミングを誘導できる可能性はこの見解を完全に廃した。しかしながら、これまで、ニューロンの脱分化は相対的に難しいと考えられてきた。本明細書で、ニューロンは生体生物において、それら本来の組織に内在しながら、それらの発生段階を実際に変化させることができるということが実証された。しかしながら、ニューロンがHSPCと融合する場合には、これらの「新生」ハイブリッドはニューロンに最終分化するので、ニューロンは自らのニューロンアイデンティティの記憶を保持している。研究者は通常リプログラミングされたin vitro細胞に、脱分化状態の表現型で増殖することを強いるので、これはささいな所見ではなく;実際に、ESCでさえ基本的に胚には存在しない。リプログラミングされた細胞などの多能性細胞(pluripotent stem cell)は、in vivoにおいてすぐさま運命変化を受けるはずであり、これは種々の組織シグナルに依存するであろうし、また、多能性細胞は特定の分化運命に進むように運命付けられるはずである。リプログラミングプロセスの過程で消えない系列アイデンティティの記憶は、in vivoにおいて適正な分化を指示するために有益となる可能性がある。興味深いことに、誘導多能性SC(iPSC)は、それらの体細胞の、起源に関するエピジェネティック記憶を保持することが示されている[Polo et al., Nat Biotechnol 28, 848-855 (2010); Kim et al., Nature 467, 285-290 (2010)]。ここで、本明細書で使用したモデルでは、ある細胞運命から別の運命への遷移は直接的なものではなく、前駆体の遺伝子の一時的再発現を経たものであり、これにより、中間体である低分化状態の発生前駆体を経由する。
Wntシグナル伝達は、下等真核生物において、傷害に応答して組織の再生を制御する[Lengfeld et al., Dev Biol 330, 186-199 (2009)]。ゼブラフィッシュの尾びれおよびアフリカツメガエル(Xenopus)の手足の再生には、プラナリアの組織再生の場合と同様に、Wnt/β−カテニンシグナル伝達の活性化が必要である[De Robertis, Sci Signal 3, pe21 (2010)]。興味深いことに、魚類および出生直後のニワトリの網膜では、グルタミンシンセターゼなどのミュラー細胞特異的マーカーのダウンレギュレーション、ならびにPax6およびChx10などの前駆マーカーの活性化がこれらの細胞の再生能に関連づけられている。しかしながら、Wntシグナル伝達の外因的活性化はマウス網膜におけるミュラー細胞の脱分化の誘導に必要である。従って、下等真核生物に存在するWntシグナル伝達の再生活性は、進化の過程で失われた可能性がある。
これらの研究は総て、再生プロセスにおけるWnt/β−カテニンシグナル伝達経路の重要な役割を強調するが、この再生の基礎をなす生物学的機構はこれまでにはまだあまり知られていなかったが、本明細書で、少なくともマウス網膜では、細胞融合を介したリプログラミングにより再生が起こり得ることが示される。他方、移植された網膜の均一でない再生が見られ、これは例えば神経成長因子などの他の因子がこのプロセスの増強に使用されている可能性があることを示す。また、新たなニューロンを生成する、従って、網膜組織を真に再生するだけでなく、ニューロン変性の遅延も誘導された可能性があることを排除することはできない。
さらに、このプロセスは、眼にBMCが動員された際にも誘導され得る。興味深いことに、動員された少数のBMCが傷害後のミュラー細胞と融合することが認められた。従って、従前に報告されている[Osakada et al., (2007)前掲]ミュラー細胞の脱分化が、動員されたBMCとの融合事象によるものであるというのももっともなことである。
この内因性のin vivoリプログラミングは傷害修復の一機構であり得、光傷害または機械的傷害などの小さな傷害は、BMCの動員後の細胞融合を介したリプログラミングによって修復され得る。Wntを介したリプログラミングはin vivo細胞融合後の安全機構でもあり得る。リプログラミングされないハイブリッドはアポトーシスを介した細胞死を受ける。代わりに、Wntを介してリプログラミングされたハイブリッドは生存かつ増殖可能である。
しかしながら、眼におけるWntシグナル伝達の異所的活性化後に傷害マウス網膜を完全に再生する他の試みは失敗したものの[Osakada et al., (2007)前掲]、本明細書で、Wntシグナル伝達の活性化に加えて、細胞融合を介したリプログラミングもまた再生プロセスに不可欠であることが実証された。従って、Wntシグナル伝達の活性化とともに眼へのBMCの動員を増大させる戦略は、傷害網膜組織の再生に治療上適切であり得る。
これらのアッセイは、2つの異なる融合相手のゲノムに由来するRFPおよびYFP導入遺伝子の発現が、細胞融合から2週間後に検出されたことを示すが、このことはこれらのハイブリッドにおける両ゲノムの関与を示す。さらに、リプログラミングされたハイブリッドの増殖が見られ、このことはそれらが単核細胞または真の融合核であったことを示す。プルキニエ細胞とBM由来細胞との融合では安定なヘテロカリオンが見られ、それらの数は炎症時に非常に多かった[Johansson et al., Nat Cell Biol 10, 575-583 (2008)]。さらに最近、野生型網膜にもヘテロカリオンが見出された[Morillo et al., Proc Natl Acad Sci U S A 107, 109-114 (2010)]。しかしながら、発明者らは、その存在を形式的に排除することはできないものの、注射した眼の網膜においてヘテロカリオンを検出したことはない。
他方、癌SCと体細胞の融合後にアポトーシス耐性の増強が見られた場合に、発達中の腫瘍の多剤耐性などの有害な結果が見られたこと[Lu & Kang. Cancer Res 69, 8536-8539 (2009)]も考慮すべきである。さらに、細胞融合、従って倍数性細胞は病態の過程でも生じる場合があり、これらの細胞の遺伝的不安定性が異数性および癌の発生をもたらし得る場合が多い。従って、本発明により提供されるデータは、今後、違う経路をたどるため、すなわち、腫瘍発生過程において癌SCと体細胞の融合を研究するためにも重要であり得る。
リプログラミングは、多能性(pluripotency)に関連する内因性遺伝子が誘導されている間の、サイレンシングされた系統特異的遺伝子による、段階的かつ緩慢なプロセスである。全体として見れば、このプロセスは、種々の遺伝的およびエピジェネティックな障壁[Sanges & Cosma. Int J Dev Biol 54, 1575-1587 (2010)]のために極めて効率が悪い。実際に、pre−iPS(部分的にリプログラミングされた細胞)は、他の特徴の中でも、不完全なエピジェネティックリモデリングおよび持続的なDNAの高メチル化を示す。pre−iPSはDNAメチル化の全体的阻害によってiPS細胞に変換することができる。発明者らは、最近、β−カテニン標的遺伝のレプレッサーであるTcf3の欠失が、リプログラミング中のエピゲノム修飾を軽減し、それにより、in vitroにおけるiPS細胞誘導を助長することを示した[Lluis et al., (2011) 印刷中]。これはin vivo細胞融合の際にも起こり得、SPCのエピゲノムは活発にリモデリングされ、数種のリプログラマーが転写され、これらがハイブリッド内のニューロンエピゲノムをトランスで変化させる可能性がある。
結論として、Wntシグナル伝達により制御される細胞融合を介したリプログラミングは、正常組織における細胞の再生/修復に寄与し得る生理学的なin vivoプロセスであると断言することができる。