(1)エンジンの全体構成
図1は、本発明の一実施形態にかかる始動制御装置が適用された予混合圧縮着火式エンジンの全体構成を示す図である。本図に示されるエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載される4サイクルのガソリンエンジンである。具体的に、このエンジンは、紙面に直交する方向に列状に並ぶ複数の気筒2A〜2D(後述する図2も参照)を有する直列4気筒型のエンジン本体1と、エンジン本体1に空気を導入するための吸気通路28と、エンジン本体1で生成された排気ガスを排出するための排気通路29とを有している。
エンジン本体1は、上記複数の気筒2A〜2Dが内部に形成されたシリンダブロック3と、シリンダブロック3の上部に設けられたシリンダヘッド4と、各気筒2A〜2Dに往復摺動可能に挿入されたピストン5とを有している。
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されており、この燃焼室6には、後述するインジェクタ15からの噴射によって燃料が供給される。そして、噴射された燃料が燃焼室6で燃焼し、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。なお、当実施形態のエンジンはガソリンエンジンであるため、燃料としてはガソリンが用いられる。ただし、燃料の全てがガソリンである必要はなく、例えばアルコール等の副成分が燃料に含まれていてもよい。
ピストン5は、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸7と図外のコネクティングロッドを介して連結されており、上記ピストン5の往復運動に応じてクランク軸7が中心軸回りに回転するようになっている。
各気筒2A〜2Dの幾何学的圧縮比、つまり、ピストン5が下死点にあるときの燃焼室6の容積とピストン5が上死点にあるときの燃焼室6の容積との比は、ガソリンエンジンとしてはかなり高めの値である18以上50以下に設定されている。これは、ガソリンを自着火により燃焼させるHCCI燃焼(予混合圧縮着火燃焼)を実現するために、燃焼室6を大幅に高温・高圧化する必要があるからである。
ここで、図示のような4サイクルかつ直列4気筒型のエンジンでは、各気筒2A〜2Dに設けられたピストン5が、クランク角で180°(180°CA)の位相差をもって上下運動する。このため、エンジンの通常運転時、各気筒2A〜2Dでの燃焼(そのための燃料噴射)のタイミングは、基本的に180°CAずつ位相をずらしたタイミングに設定される。具体的に、紙面手前側から奥側に向けて気筒が2A,2B,2C,2Dの順に並んでいるものとし、これらの気筒番号をそれぞれ1番、2番、3番、4番とすると、1番気筒2A→3番気筒2C→4番気筒2D→2番気筒2Bの順に燃焼が行われる(後述する図5も参照)。このため、例えば1番気筒2Aが膨張行程であれば、3番気筒2C、4番気筒2D、2番気筒2Bは、それぞれ、圧縮行程、吸気行程、排気行程となる。
シリンダヘッド4には、吸気通路28から供給される空気を各気筒2A〜2Dの燃焼室6に導入するための吸気ポート9と、各気筒2A〜2Dの燃焼室6で生成された排気ガスを排気通路29に導出するための排気ポート10と、吸気ポート9の燃焼室6側の開口を開閉する吸気弁11と、排気ポート10の燃焼室6側の開口を開閉する排気弁12とが設けられている。
吸気弁11および排気弁12は、それぞれ、シリンダヘッド4に配設された一対のカム軸等を含む動弁機構13,14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。
シリンダヘッド4には、燃焼室6に向けて燃料(ガソリン)を噴射するインジェクタ15と、インジェクタ15から噴射された燃料と空気との混合気に対し火花放電による点火エネルギーを供給する点火プラグ16とが、各気筒2A〜2Dにつきそれぞれ1組ずつ設けられている。ただし、当実施形態のエンジンは、混合気をピストン5の圧縮により自着火させるHCCI燃焼を基本とするため、点火プラグ16は、HCCI燃焼が不可能かまたは困難な状況(例えばエンジン冷却水の温度がかなり低いとき)でのみ作動し、HCCI燃焼の実行時には基本的に点火プラグ16の作動は休止される。
インジェクタ15は、ピストン5の上面を臨むような姿勢でシリンダヘッド4に設けられている。各気筒2A〜2Dのインジェクタ15にはそれぞれ燃料供給管17が接続されており、各燃料供給管17を通じて供給される燃料(ガソリン)が、インジェクタ15の先端部に設けられた複数の噴孔(図示省略)から噴射されるようになっている。
より具体的に、燃料供給管17の上流側には、エンジン本体1により駆動されるプランジャー式のポンプ等からなるサプライポンプ18が設けられているとともに、このサプライポンプ18と燃料供給管17との間には、全気筒2A〜2Dに共通の蓄圧用のコモンレール(図示省略)が設けられている。そして、このコモンレール内で蓄圧された燃料が各気筒2A〜2Dのインジェクタ15に供給されることにより、各インジェクタ15からは、20MPa以上の高い圧力で燃料が噴射可能とされている。
クランク軸7には、ベルト等を介してオルタネータ32が連結されている。このオルタネータ32は、図外のフィールドコイルへの印加電流(フィールド電流)を制御して発電量を調節するレギュレータ回路を内蔵しており、車両の電気負荷やバッテリの残容量等から定められる目標発電量に基づいてフィールド電流を調節しつつ、クランク軸7から駆動力を得て発電を行う。
シリンダブロック3には、エンジンを始動するためのスタータモータ34が設けられている。このスタータモータ34は、モータ本体34aと、モータ本体34aにより回転駆動されるピニオンギア34bとを有している。ピニオンギア34bは、クランク軸7の一端部に連結されたリングギア35と離接可能に噛合している。そして、スタータモータ34を用いてエンジンを始動する際には、ピニオンギア34bが所定の噛合位置に移動してリングギア35と噛合し、ピニオンギア34bの回転力がリングギア35に伝達されることにより、クランク軸7が回転駆動される。
吸気通路28は、1本の共通通路部28cと、共通通路部28cの下流端部に接続された所定容積のサージタンク28bと、サージタンク28bから下流側に延びて各気筒2A〜2Dの吸気ポート9とそれぞれ連通する複数本の独立通路部28a(図1にはそのうちの1本のみを示す)とを有している。
吸気通路28の共通通路部28cには、その内部の流通断面積を可変とするためのスロットル弁30が設けられている。スロットル弁30は、運転者により踏み込み操作される図外のアクセルペダルの開度と非連動で操作可能なように、電動式とされている。すなわち、スロットル弁30は、共通通路部28cの内部に設けられたバタフライ式の弁本体と、この弁本体を開閉駆動する電動式のアクチュエータとを有している。
排気通路29は、その詳しい図示を省略するが、各気筒2A〜2Dの排気ポート10と連通する複数本の独立通路部と、独立通路部の各下流端部が集合した排気集合部と、排気集合部から下流側に延びる1本の共通通路部とを有している。
排気通路29(より詳しくはその共通通路部)には触媒コンバータ31が設けられている。触媒コンバータ31は、例えば三元触媒等からなる触媒を内蔵しており、排気通路29を通過する排気ガス中に含まれる有害成分(HC、CO、NOx)を浄化する機能を有している。
図2は、上記エンジン本体1を含むパワートレイン系を簡易的に示す図である。この図2に示すように、エンジン本体1のクランク軸7は、クラッチ102を介して手動変速機101と連結されている。つまり、当実施形態のエンジンを搭載する車両は、手動で変速操作を行うMT車である。具体的に、手動変速機101は、例えば、車両に乗車した運転者の手により操作される図外のシフトレバーと連携されており、このシフトレバーを用いた手動操作に基づき、手動変速機101の変速段が選択されるようになっている。
クラッチ102は、エンジン本体1のクランク軸7の一端部に取り付けられたフライホイール102aと、手動変速機101の入力軸103に取り付けられたクラッチプレート102bとを有している。そして、運転者がクラッチペダル36(図1)を踏み込むかまたはリリースすることにより、フライホイール102aとクラッチプレート102bとが互いに離接され、それに伴ってクラッチ102の断続が実現されるようになっている。
(2)制御系
次に、エンジンの制御系について説明する。当実施形態のエンジンは、その各部がECU(エンジン制御ユニット)50によって統括的に制御される。ECU50は、周知のとおり、CPU、ROM、RAM等を含むマイクロプロセッサからなるものである。
エンジンもしくは車両には、その各部の状態量を検出するための複数のセンサが設けられており、各センサからの情報がECU50に入力されるようになっている。
例えば、シリンダブロック3やシリンダヘッド4の内部には、冷却水が流通する図外のウォータジャケットが設けられており、このウォータジャケット内の冷却水の温度を検出する水温センサSN1が、シリンダブロック3に設けられている。
また、シリンダブロック3には、クランク軸7の回転角度および回転速度を検出するクランク角センサSN2が設けられている。このクランク角センサSN2は、クランク軸7と一体に回転するクランクプレート25の回転に応じてパルス信号を出力するものであり、このパルス信号に基づいて、クランク軸7の回転角度(クランク角)および回転速度(エンジン回転速度)が検出されるようになっている。
シリンダヘッド4には、気筒判別情報を出力するためのカム角センサSN3が設けられている。すなわち、カム角センサSN3は、カムシャフトと一体に回転するシグナルプレートの歯の通過に応じてパルス信号を出力するものであり、この信号と、クランク角センサSN2からのパルス信号とに基づいて、どの気筒が何行程にあるのかが判別されるようになっている。
吸気通路28のサージタンク28bには、エンジン本体1の各気筒2A〜2Dに吸入される空気の量(吸入空気量)を検出するエアフローセンサSN4が設けられている。
また、車両には、その走行速度(車速)を検出する車速センサSN5と、クラッチペダル36の状態(クラッチ102の断接)を検出するためのクラッチセンサSN6と、バッテリ(図示省略)の残容量を検出するバッテリセンサSN7と、車室内の温度を検出する室温センサSN8とが設けられている。
ECU50は、これらのセンサSN1〜SN8と電気的に接続されており、それぞれのセンサから入力される信号に基づいて、上述した各種情報(エンジンの冷却水温、クランク角、回転速度‥‥など)を取得する。
また、ECU50は、上記各センサSN1〜SN8からの入力信号に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつ、エンジンの各部を制御する。すなわち、ECU50は、インジェクタ15、点火プラグ16、スロットル弁30、オルタネータ32、およびスタータモータ34と電気的に接続されており、上記演算の結果等に基づいて、これらの機器にそれぞれ駆動用の制御信号を出力する。
ECU50のより具体的な機能について説明する。ECU50は、いわゆるアイドリングストップ制御に関わる特有の機能的要素として、自動停止制御部51および再始動制御部52を有している。
自動停止制御部51は、エンジンの運転中に、予め定められたエンジンの自動停止条件が成立したか否かを判定し、成立した場合に、エンジンを自動停止させる制御を実行するものである。
再始動制御部52は、エンジンが自動停止した後、予め定められた再始動条件が成立したか否かを判定し、成立した場合に、エンジンを自動的に再始動させる制御を実行するものである。
(3)自動停止・再始動制御
次に、エンジンの自動停止・再始動制御を司るECU50の具体的な制御手順について、図3のフローチャートを用いて説明する。
図3のフローチャートに示す処理がスタートすると、ECU50は、各種センサ値を読み込む処理を実行する(ステップS1)。具体的には、水温センサSN1、クランク角センサSN2、カム角センサSN3、エアフローセンサSN4、車速センサSN5、クラッチセンサSN6、バッテリセンサSN7、および室温センサSN8からそれぞれの検出信号を読み込み、これらの信号に基づいて、エンジンの冷却水温、クランク角、回転速度、気筒判別情報、吸入空気量、車速、クラッチペダル36の状態、バッテリの残容量、車室内温度等の各種情報を取得する。
次いで、ECU50の自動停止制御部51は、上記ステップS1で取得された情報に基づいて、エンジンの自動停止条件が成立しているか否かを判定する処理を実行する(ステップS2)。例えば、車両が停止状態にあること、手動変速機101のシフトポジションがニュートラルであること、クラッチペダル36がリリースされている(踏み込まれていない)こと、エンジンの冷却水温が所定値以上であること(つまり暖機がある程度進んでいること)、バッテリの残容量が所定値以上であること、エアコンの負荷(車室内温度とエアコンの設定温度との差)が比較的少ないこと、等の複数の要件が全て揃ったときに、自動停止条件が成立したと判定する。
上記ステップS2でYESと判定されて自動停止条件が成立したことが確認された場合、自動停止制御部51は、スロットル弁30の開度を、アイドル運転時に設定される通常の開度から、所定の低開度(例えば0%)まで低下させる処理を実行する(ステップS3)。
次いで、自動停止制御部51は、インジェクタ15からの燃料の噴射を停止する燃料カットの処理を実行する(ステップS4)。すなわち、各気筒2A〜2Dのインジェクタ15から噴射すべき燃料の量である目標噴射量をゼロに設定し、全てのインジェクタ15からの燃料噴射を停止することにより、燃料カットを実現する。
上記燃料カットの後、エンジンは一時的に惰性で回転するが、最終的には完全停止に至る。そのことを確認するため、自動停止制御部51は、エンジンの回転速度が0rpmであるか否かを判定する処理を実行する(ステップS5)。そして、ここでYESとなってエンジンが完全停止していることが確認されると、自動停止制御部51は、スロットル弁30の開度を所定の高開度(例えば80%)まで増大させる処理を実行する(ステップS6)。
以上のような自動停止制御が終了した後のエンジンの各気筒2A〜2Dの状態を、図4に例示する。この図4の例では、1番気筒2Aが膨張行程で停止し、2番気筒2Bが排気行程で停止し、3番気筒2Cが圧縮行程で停止し、4番気筒2Dが吸気行程で停止している。なお、以下では、自動停止制御によって○○行程で停止した気筒のことを、「停止時○○行程気筒」ということがある。例えば、膨張行程で停止した気筒2Aのことを「停止時膨張行程気筒2A」といい、排気行程で停止した気筒2Bのことを「停止時排気行程気筒2B」といい、圧縮行程で停止した気筒2Cのことを「停止時圧縮行程気筒2C」といい、吸気行程で停止した停止した気筒2Dのことを「停止時吸気行程気筒2D」という。ただし、図4のような状態でエンジンが停止するのはあくまで一例に過ぎず、各気筒2A〜2Dがどの行程で停止するかはその都度変わり得る。ただしその場合でも、以下に説明する制御(エンジンが自動停止した後に行われる制御)の中身は、気筒番号が異なる以外は全て同じである。
上記のようにしてエンジンが完全停止すると、ECU50の再始動制御部52は、各種センサ値に基づいて、エンジンの再始動条件が成立しているか否かを判定する処理を実行する(ステップS7)。例えば、クラッチペダル36が踏み込まれたこと、エンジンの冷却水温が所定値未満になったこと、バッテリの残容量の低下量が許容値を超えたこと、エンジンの停止時間(自動停止後の経過時間)が上限時間を越えたこと、エアコン作動の必要性が生じたこと(つまり車室内温度とエアコンの設定温度との差が許容値を超えたこと)等の要件の少なくとも1つが成立したときに、再始動条件が成立したと判定する。
上記ステップS7でYESと判定されて再始動条件が成立したことが確認された場合、ECU50の再始動制御部52は、上記エンジンの自動停止に伴い圧縮行程で停止した気筒(図4の停止時圧縮行程気筒2C)のピストン停止位置を、クランク角センサSN2およびカム角センサSN3に基づき特定し、その特定したピストン停止位置が、図4に示す上限位置Xよりも下死点側に設定された特定範囲Rx(より詳しくは上限位置Xから下死点までの間であって上限位置Xを含む範囲)にあるか否かを判定する処理を実行する(ステップS8)。なお、上限位置Xは、エンジンの形状(排気量、ボア/ストローク比等)や暖機の進行度合い等によって異なり得るが、例えば上死点前(BTDC)90〜75°CAの間のいずれかの位置に設定することができる。
上記ステップS8でYESと判定されて停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置が特定範囲Rxにあることが確認された場合、再始動制御部52は、停止時圧縮行程気筒2Cが圧縮上死点を迎える1圧縮目から混合気の燃焼を開始する1圧縮始動によりエンジンを再始動させる処理を実行する(ステップS9)。すなわち、再始動制御部52は、スタータモータ34を駆動してクランク軸7を回転させるクランキングを行いつつ、それによって停止時圧縮行程気筒2Cのピストン5が上昇している途中で(圧縮上死点に至る前に)、当該気筒2Cに対しインジェクタ15から燃料を噴射させる。そして、気筒2Cに噴射した燃料と空気との混合気をピストン5の圧縮に伴い自着火させることにより、エンジン全体として1回目の上死点を迎える1圧縮目からHCCI燃焼を行わせ、エンジンを再始動させる。
一方、上記ステップS8でNOと判定された場合、つまり、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置が上記特定範囲Rxを外れている(上限位置Xよりも上死点側にある)ことが確認された場合、再始動制御部52は、停止時圧縮行程気筒2Cが圧縮上死点を迎える1圧縮目からではなく、吸気行程で停止していた停止時吸気行程気筒2Dが圧縮上死点を迎える2圧縮目から混合気の燃焼を開始する2圧縮始動によりエンジンを再始動させる処理を実行する(ステップS10)。すなわち、停止時吸気行程気筒2Dのピストン5が一旦下降してから上昇に転じて圧縮上死点に至るまで、スタータモータ34の駆動力(クランキング)のみによってクランク軸7を回転させるとともに、停止時吸気行程気筒2Dのピストン5が上昇している途中で(圧縮上死点に至る前に)、当該気筒2Dに対しインジェクタ15から燃料を噴射させる。そして、気筒2Dに噴射した燃料と空気との混合気をピストン5の圧縮に伴い自着火させることにより、エンジン全体として2回目の上死点を迎える2圧縮目からHCCI燃焼を行わせ、エンジンを再始動させる。
なお、上記のフローチャート(図3)では説明を省略したが、エンジンが自動停止したときに圧縮行程にある停止時圧縮行程気筒(図4では気筒2C)のピストン停止位置が下死点寄りの特定範囲Rxに高い確率で収まるように、エンジンの自動停止制御中(エンジンが完全停止する前)に所定の制御を付加することが考えられる。2圧縮始動の場合、停止時吸気行程気筒2Dのピストン5が圧縮上死点付近に到達する2圧縮目までは燃焼を再開することができず、エンジンの再始動に要する時間、つまり、スタータモータ34による駆動が開始されてからエンジンが完爆(全気筒2A〜2Dで1回ずつ燃焼が行われた状態)に至るまでに要する時間が、1圧縮始動のときに比べて若干長くなってしまう。そこで、できるだけ高い確率で1圧縮始動ができるように、ピストン停止位置を上記特定範囲Rxに収めるために何らかの制御を実行することが望ましい。
例えば、全気筒2A〜2Dにおけるエンジン停止直前の最後の上死点を最終TDCとすると、この最終TDCまたはそのn回前の上死点通過時のエンジン回転速度がどのような範囲にあれば停止時圧縮行程気筒のピストン停止位置が特定範囲Rx内に収まるかということは、実験等により予め知ることができる。そこで、最終TDCまたはそのn回前の上死点通過時のエンジン回転速度が予め定められた所定の速度範囲(つまりピストン停止位置を特定範囲Rxに収めるために必要な速度範囲)に収まっているか否かを判定し、当該速度範囲から外れている場合には、オルタネータ32のフィールド電流を増減させることにより、エンジン本体1に加わる回転抵抗を調節することが考えられる。あるいは、最終TDCの1つ前の上死点通過時にスロットル弁30を開くことにより、その時点から吸気行程を迎える気筒(言い換えれば最終的に圧縮行程で停止する停止時圧縮行程気筒)への吸入空気量を増大させ、空気の圧縮に伴い生じる圧縮反力を増大させることにより、停止時圧縮行程気筒のピストン停止位置を下死点寄りにもっていくようにしてもよい。これらの少なくとも一方の対策を施せば、停止時圧縮行程気筒のピストン停止位置を半ば強制的に特定範囲Rxに収めることができるので、1圧縮始動による迅速なエンジン再始動をかなり高い確率で実現することができる。
(4)1圧縮始動時の具体的制御
次に、1圧縮始動によるエンジン再始動時に行われる燃料噴射等の制御の具体例について説明する。
図5は、1圧縮始動時における各気筒2A〜2Dの行程の移り変わりと、各気筒2A〜2Dに対し実行される燃料噴射を図示したものである。本図に示すように、1圧縮始動のときは、停止時圧縮行程気筒2Cが最初の圧縮上死点を迎える前に当該気筒2Cに対し最初の燃料噴射が実行され(F1)、その後は、停止時吸気行程気筒2D、停止時排気行程気筒2B、停止時膨張行程気筒2Aに対し、この順に(それぞれの気筒の圧縮行程中に)燃料噴射が実行される(F2,F3,F4)。
最初の燃料噴射F1により停止時圧縮行程気筒2Cにおいて最初のHCCI燃焼が起きると、当該気筒2Cのピストン5にそのHCCI燃焼による膨張エネルギーが作用する結果、エンジン回転速度が急激に上昇し始める。その後、エンジン回転速度は、2回目以降の燃料噴射F2,F3,F4に基づき気筒2D,2B,2Aで順番に起きるHCCI燃焼を受けてさらに上昇し、4つ目の気筒2AでのHCCI燃焼が終了した時点、つまり全ての気筒2A〜2Dで1回ずつHCCI燃焼が済んだ完爆の時点では、概ね1000rpm程度まで上昇する(後述する図7、図8も参照)。当実施形態では、このようにしてエンジンが完爆した時点を、エンジンの再始動が完了した時点とする。なお、以下では、1回目のHCCI燃焼が起きる気筒のことを、特に初爆気筒ということがある。図5のような1圧縮始動のケースでは、停止時圧縮行程気筒2Cが初爆気筒に該当する。
また、図5に示すように、エンジン再始動の開始から所定期間の間は、スタータモータ34によりクランク軸7を回転させるクランキングが継続して実行される。具体的に、当実施形態では、2回目の燃焼、つまり気筒2Dへの燃料噴射F2に基づくHCCI燃焼が済むまではクランキングが継続される。なお、2回目のHCCI燃焼が起きる時点では、エンジン回転速度は概ね400rpm程度まで上昇しているから(後述する図7、図8も参照)、スタータモータ34としては、エンジン回転速度が400rpmを超えるまで駆動可能なものが用いられる。そして、エンジン回転速度が400rpmより所定量以上高い値まで達した時点で、クランキングが停止される。
図6は、1圧縮始動の際に停止時圧縮行程気筒2C(初爆気筒)に対し行われる最初の燃料噴射F1の開始時期を、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置との関係で示すグラフである。この図6に示すように、最初の燃料噴射F1の開始時期は、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置が上限位置X(つまり1圧縮始動が許容される限界の停止位置)から下死点(BDC)側に離れるほど、進角側に設定される。具体的に、図6の例では、ピストン停止位置が上限位置Xであるときの燃料噴射F1の開始時期が上死点前(BTDC)約10°CAに設定されるのに対し、ピストン停止位置が上限位置Xより所定のクランク角だけ下死点側に離れた位置Yであるときの燃料噴射F1の開始時期は、BTDC約25°CAに設定される。また、停止位置XからYまでの間においては、燃料噴射F1の開始時期がBTDC25°CAから10°CAの間の時期に設定されるが、その時期は、総じてピストン停止位置がYに近づくほど進角される。なお、停止位置Yは、吸気弁11の閉時期(IVC)に対応するクランク角、つまり実質的に気筒内の空気が圧縮され始めるクランク角である。このため、ピストン停止位置が上記停止位置Yよりさらに下死点側であるときの燃料噴射F1の開始時期は、破線の波形で示すように、停止位置Yのときとほぼ同一の時期に維持される。
図7は、1圧縮始動時に各気筒2A〜2Dに対し燃料が噴射されるときのエンジン回転速度と、各燃料噴射(F1〜F4)の開始時期との関係を示すグラフである。本図に示すように、1圧縮始動時の最初の燃料噴射である停止時圧縮行程気筒2Cへの燃料噴射F1が実行されるとき、エンジン回転速度は100rpmを若干超える程度(例えば120rpm程度)の速度になっており、そのときの燃料噴射F1の開始時期は、既に図6でも説明したとおり、BTDC約25〜10°CAのいずれかに設定される。図7には、噴射開始時期がBTDC約25°CAに設定される場合を実線の波形で表し、BTDC約10°CAに設定される場合を破線の波形で表している。一方、上記燃料噴射F1が実行されると、噴射された燃料が停止時圧縮行程気筒2Cで自着火により燃焼(HCCI燃焼)してピストン5が押し下げられることにより、エンジンの回転速度が上昇し始める。このため、最初の燃料噴射F1に次ぐ2回目の燃料噴射(停止時吸気行程気筒2Dへの燃料噴射)F2が行われるときのエンジン回転速度は、最初の燃料噴射F1のときよりも上昇しており、以下同様に、3回目の燃料噴射(停止時排気行程気筒2Bへの燃料噴射)F3、4回目の燃料噴射(停止時膨張行程気筒2Aへの燃料噴射)F4へと進むにつれて、エンジン回転速度はさらに上昇していく。そして、このようなエンジン回転速度の上昇と相関するように、各回の燃料噴射の開始時期は、圧縮上死点からより遠ざかった進角側の時期へとずらされていく。つまり、2回目の燃料噴射F2の開始時期は最初の燃料噴射F1の開始時期よりも進角され、3回目の燃料噴射F3の開始時期は2回目の燃料噴射F2の開始時期よりも進角され、4回目の燃料噴射F4の開始時期は3回目の燃料噴射F3の開始時期よりも進角される。なお、4回目の燃料噴射F4が行われてエンジンが完爆(全気筒2A〜2Dで1回ずつ燃焼が行われた状態)に至った後は、アクセル開度に基づく通常の制御に移行するので、5回目以降の燃料噴射についてはその図示を省略している。
図8は、1圧縮始動時に各気筒2A〜2Dに対し燃料が噴射されるときのエンジン回転速度と、各燃料噴射(F1〜F4)に基づき気筒内に形成される混合気の当量比φとの関係を示すグラフである。なお、当量比φとは、混合気の理論空燃比を実空燃比で割った値のことであり、理論空燃比に相当する量(気筒内の空気に対して過不足ない量)の燃料が噴射されたときにφ=1となり、それより少ない量の燃料が噴射されたときにφ<1となる。本図に示すように、当量比φは、燃料噴射の回数が進むほど(言い換えればエンジン回転速度が上昇するほど)、徐々に小さくされる。すなわち、1圧縮始動時の最初の燃料噴射である停止時圧縮行程気筒2Cへの燃料噴射F1では、当量比φが1になるように燃料の噴射量が設定されるのに対し、2回目、3回目、4回目の燃料噴射(気筒2D、2B、2Aへの燃料噴射)F2,F3,F4では、当量比φが1より小さくなるように燃料の噴射量が調節される。しかも、2回目、3回目、4回目へと進むにつれて、当量比φは、1未満の範囲で徐々に小さくされる。図8の例では、1回目の燃料噴射F1のときの当量比φが1であるのに対し、2回目、3回目、4回目の燃料噴射F2,F3,F4のときの当量比φは、それぞれ0.9,0.8,0.7とされる。
(5)2圧縮始動時の具体的制御
次に、2圧縮始動によるエンジン再始動時に行われる燃料噴射等の制御の具体例について説明する。
図9は、2圧縮始動時における各気筒2A〜2Dの行程の移り変わりと、各気筒2A〜2Dに対し実行される燃料噴射を図示したものである。本図に示すように、2圧縮始動の場合は、停止時圧縮行程気筒2Cの次に圧縮行程を迎える停止時吸気行程気筒2Dに対し最初の燃料噴射が実行され(F1’)、その後は、停止時排気行程気筒2B、停止時膨張行程気筒2A、停止時圧縮行程気筒2Cに対し、この順に(それぞれの気筒の圧縮行程中に)燃料噴射が実行される(F2’,F3’,F4’)。
このような2圧縮始動では、最初の燃料噴射F1’により停止時吸気行程気筒2Dで起きるHCCI燃焼が最初の燃焼となるので、この最初の燃焼が起きる停止時吸気行程気筒2Dが初爆気筒となる。この初爆気筒(停止時吸気行程気筒2D)でのHCCI燃焼が起きるまでは、スタータモータ34の駆動力のみ(クランキングのみ)によってクランク軸7が回転させられるので、その間のエンジン回転速度はそれほど大きくは上昇しない。一方、初爆気筒でHCCI燃焼が起きると、エンジン回転速度はこれをきっかけに急激に上昇し始め、気筒2Bで起きる2回目のHCCI燃焼の時点では400rpmを超え、さらに気筒2Cで起きる4回目のHCCI燃焼の時点(つまりエンジン完爆の時点)では1000rpm程度にまで上昇する。このとき、スタータモータ34によるクランキングは、2回目のHCCI燃焼(気筒2Bでの燃焼)が済むまで継続される。
図7および図8に、2圧縮始動のときに実行される燃料噴射F1’〜F4’の開始時期、および各燃料噴射に基づき気筒内に形成される混合気の当量比φをそれぞれ示している。これらの図に示すように、2圧縮始動のときに実行される燃料噴射F1’〜F4’の開始時期およびそれに基づく当量比φは、基本的に、1圧縮始動のときの燃料噴射F1〜F4の開始時期および当量比φと同じである。このため、図7および図8には、燃料噴射F1〜F4のプロットと燃料噴射F1’〜F4’のプロットとを重ねて図示している。ただし、1圧縮始動のときの最初の燃料噴射F1の開始時期は、先にも説明したとおり、停止時圧縮行程気筒2C(初爆気筒)のピストン停止位置によって変動するのに対し、2圧縮始動のときの最初の燃料噴射F1’の開始時期は、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置によっては変動せず、1圧縮始動時の最初の燃料噴射F1が最も早いケースにおける当該噴射F1の開始時期と同一に設定される。より具体的に、1圧縮始動時の最初の燃料噴射F1の開始時期は、既に図6を用いて説明したとおり、最も早いケース、つまり当該気筒2Cのピストン停止位置が吸気弁11の閉時期(IVC)よりも下死点側にあるケースにおいて、BTDC約25°CAに設定される。このため、2圧縮始動のときの最初の燃料噴射F1’の開始時期も、これと同じくBTDC約25°CAに設定される。これは、2圧縮始動時における2圧縮目の筒内温度・圧力が、ピストン停止位置が深い(IVCよりも下死点側にある)状態からの1圧縮始動時における1圧縮目の筒内温度・圧力とほぼ同じになると考えられるからである。このため、図7では、2圧縮始動時の最初の燃料噴射F1’の開始時期を表すプロットを、1圧縮始動時の最初の燃料噴射F1が最も早いケース(実線)における当該噴射F1のプロットと重ねて図示している。
なお、図7および図8によれば、1圧縮始動時に各回の燃料噴射F1〜F4が行われるときのエンジン回転速度(横軸の値)と、2圧縮始動時に各回の燃料噴射F1’〜F4’が行われるときのエンジン回転速度とが同一ということになるが、1圧縮始動時と2圧縮始動時とでは、厳密には、各回の燃料噴射時におけるエンジン回転速度は微妙に異なる。ただし、その違いはわずかであるので、図7および図8では各プロットを重ねて図示している。
(6)作用等
以上説明したように、当実施形態では、インジェクタ15から気筒2A〜2D内に噴射された燃料を空気と混合しつつピストン5の圧縮により自着火させるHCCI燃焼(予混合圧縮着火燃焼)が可能で、しかもアイドルストップ機能を備えたエンジンにおいて、次のような特徴的な構成を採用した。
エンジンの自動停止後、所定の再始動条件が成立すると、ECU50の再始動制御部52は、スタータモータ34を駆動してクランク軸7を回転させるクランキングを行いつつ、圧縮行程で停止していた停止時圧縮行程気筒2C、または上記クランキングにより当該気筒2Cの次に圧縮行程を迎える停止時吸気行程気筒2Dのいずれかから選ばれる初爆気筒に対し、その圧縮行程中にインジェクタ15から最初の燃料を噴射してこれを自着火により燃焼させるとともに(燃料噴射F1またはF1’)、上記初爆気筒に続いて圧縮行程を迎える複数の気筒に対し順次燃料を噴射して自着火させることにより(燃料噴射F2〜F4またはF2’〜F4’)、エンジンを再始動させる。特に、再始動制御部52は、上記初爆気筒を含む複数の気筒(全気筒2A〜2D)での燃焼を経てエンジンの再始動が完了するまでの間、燃料噴射F1(F1’)→F2(F2’)→F3(F3’)→F4(F4’)と進むにつれて(つまり燃焼回数が進むにつれて)、インジェクタ15から各気筒への燃料の噴射開始時期をクランク角基準で早める(進角させる)とともに、混合気の当量比φが徐々に小さくなるように各気筒への燃料噴射量を調節する(図7、図8参照)。このような構成によれば、エンジンが自動停止した後の再始動時に、各気筒2A〜2Dでの着火時期を適正なタイミングに調節することにより、迅速かつ確実にエンジンを再始動させることができるという利点がある。
すなわち、上記実施形態では、エンジン再始動時に初爆気筒で行われる最初の燃焼から、2回目、3回目と燃焼回数が進むにつれて、各気筒の圧縮行程中に噴射される燃料の噴射開始時期が徐々に進角されるので、燃焼回数の進行に伴いエンジン回転速度が上昇しても(つまりクランク角の変化スピードが上昇しても)、燃料噴射の開始から自着火までの時間(着火遅れ時間)を充分に確保することができる。これにより、気筒内での燃料の分布に大きな偏りが生じた状態、つまり極端に燃料リッチまたは燃料リーンな領域ができた状態で燃焼が起きることが回避されるので、HC、CO、NOxやスート(煤)の発生量を抑制し、エミッション性能を向上させることができる。ただし、上記のように燃焼回数の進行(これに伴うエンジン回転速度の上昇)に伴い燃料噴射の開始時期を進角させた場合、燃料噴射後に気筒内が圧縮されて徐々に温度が上昇する過程で(つまり混合気が受熱する過程で)、混合気が狙いのタイミングよりも過早に自着火するプリイグニッションと呼ばれる異常燃焼が起きることが懸念される。このような問題に対し、上記実施形態では、燃焼回数が進むほど混合気の当量比φが徐々に小さくされ、混合気の着火性が悪くなるように燃料の噴射量(気筒内の空気量に対する相対的な燃料の量)が減らされるので、上記のような異常燃焼の発生を確実に回避することができる。これにより、混合気が適正なタイミングで自着火する効率のよいHCCI燃焼を実現でき、その燃焼に基づきエンジンを迅速に再始動させることができる。
より具体的に、上記実施形態では、初爆気筒における当量比φ、つまり燃料噴射F1(またはF1’)に基づく当量比φの値が1に設定される一方、その後エンジン再始動が完了するまでの間の燃焼気筒の当量比φ、つまり燃料噴射F2〜F4(またはF2’〜F4’)に基づく当量比φの値が、燃焼回数が進むにつれて1未満の範囲で徐々に低下させられる(図8参照)。このような構成によれば、プリイグニッション等の異常燃焼を確実に回避しつつ、HC、CO、NOxやスートの発生量を抑制してエミッション性能を効果的に向上させることができる。
図10は、縦軸に混合気の当量比φを横軸に混合気の燃焼温度Tをとったグラフ上に、HC、CO、NOx、およびスートの発生量が多くなる領域を図示した、いわゆるφ−Tマップと呼ばれるものである。このマップに示されるように、HC、COは主に燃焼温度の低い領域(グラフの左側)で増大し、NOxは主に燃焼温度が高い領域(グラフの右側)で増大し、スートは主に当量比φの大きいリッチ領域(グラフの上側)で増大する。これに対し、当量比φが概ね1以下になりかつ燃焼温度が中間程度の値になるハッチングの領域では、HC、CO、NOx、スートのいずれの発生量も少なくなる。このような領域で混合気を燃焼させるには、当量比φが1以下となる量の燃料を気筒内に噴射しつつ、それによって形成される混合気を充分な着火遅れ時間の後に燃焼させることが必要である。
このような点を考慮して、上記実施形態では、初爆気筒での燃焼以降、当量比φが1→0.9→0.8→0.7と徐々に低下させられるとともに、上述したとおり、燃料の噴射開始時期が徐々に進角されることで着火遅れ時間が充分に確保されるようになっている。これにより、当量比φの分布が大きくばらついて気筒内に燃料の過濃領域(φが1を大幅に上回る領域)ができたり、燃焼温度Tが極端に高くなるかまたは低くなる領域ができたりすることが回避される。これにより、上述した図10のφ−Tマップ上のハッチングの領域で多くの混合気を燃焼させることが可能になり、エミッション性能に優れた燃焼を実現することができる。
ここで、本願発明者の研究によれば、エミッション性能を満足する、つまり図10のハッチングの領域で比較的多くの混合気を燃焼させるには、着火遅れ時間を少なくとも3msec以上確保する必要がある。図7に示したような各回の燃料噴射の開始時期は、この要件を充分に満足するものである。
また、上記実施形態では、自動停止に伴い圧縮行程で停止した停止時圧縮行程気筒2Cに最初の燃料を噴射する1圧縮始動の際に、この停止時圧縮行程気筒2C(初爆気筒)のピストン停止位置が、1圧縮始動が可能な範囲として予め定められた特定範囲Rx(図4)の中でも下死点側にあるほど、当該気筒2Cへの最初の燃料噴射F1の開始時期が進角側に設定される(図6参照)。このような構成によれば、1圧縮始動の際に、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置にかかわらず同じような時期に混合気を燃焼させることができ、エンジンを迅速かつ安定的に再始動させることができる。
すなわち、上記実施形態では、停止時圧縮行程気筒2Cに最初の燃料を噴射して自着火させる1圧縮始動時に、当該気筒2Cのピストン停止位置が下死点側にあるほど、つまりピストン5による圧縮代(ピストン停止位置から圧縮上死点までのストローク量)が大きいほど、上記最初の燃料噴射F1の開始時期が早められ、その結果、噴射された燃料の気化潜熱によって気筒2C内の温度上昇が鈍り始める時期も早められる。このように、気筒2C内の温度が上昇し易い条件であるほど温度上昇を抑制する方向に噴射開始時期が調節されるため、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置が1圧縮始動が可能な範囲(特定範囲Rx)内で変動したとしても、気筒2C内の温度が混合気の自着火に必要な温度(着火開始温度)まで上昇する時期を、同一のクランク角の近傍(例えば圧縮上死点の近傍)に揃えることができる。
具体的には、1圧縮始動時の最初の燃料噴射F1の開始時期が図6のように設定され、かつ燃料噴射F1に基づく当量比φが1に設定されることで(図8)、混合気の着火時期は、図6に示すように、停止時圧縮行程気筒2Cのピストン停止位置にかかわらず圧縮上死点の近傍に設定される。そして、このような時期に着火時期が設定されることで、HCCI燃焼の燃焼重心は、ATDC5°CA(縦軸の−5の目盛に相当)の前後の所定範囲に収められることになる。このような時期に燃焼重心を迎えるHCCI燃焼が起きると、その燃焼による膨張エネルギーが上死点を過ぎたばかりのピストン5に作用することで、エネルギーがピストン5の押し下げ力に効率よく変換され、ピストンスピードが大幅に上昇する結果、エンジン再始動の迅速性がより高められる。なお、ピストン5の押し下げ力を充分に生み出すために望ましい燃焼重心の時期は、ATDC5°CAに限られず、少なくともATDC5±5°CAの範囲にあればよい。図6における燃焼重心は、少なくともこのATDC5±5°CAの範囲に含まれている。
さらに、1圧縮始動時の最初の燃料噴射F1に続く2回目以降の燃料噴射F2〜F4については、図7に示したように噴射開始時期が徐々に進角され、しかも図8に示したように当量比φが徐々に低下される。このような態様の燃料噴射F2〜F4に基づき起きる2回目以降の燃焼は、やはり上述した初回の燃焼(燃料噴射F1に基づく初爆気筒での燃焼)と同様、ATDC5±5°CAの範囲内に燃焼重心がくるようなエネルギー効率に優れた燃焼となる。
さらにまた、2圧縮始動時の1〜4回目の燃料噴射F1’〜F4’についても、図7、図8に示したような噴射開始時期および当量比φに設定されるので、2圧縮始動時における1〜4回目の燃焼も、やはりATDC5±5°CAの範囲内に燃焼重心がくるようなエネルギー効率に優れた燃焼となる。
また、上記実施形態では、手動変速機101を搭載する車両(MT車)にエンジンが搭載されており、エンジン本体1のクランク軸7が、フライホイール102aおよびクラッチプレート102bを介して手動変速機101に連結されている。そして、図5、図9に示したように、エンジンの再始動時には、スタータモータ34によりクランク軸7を回転させるクランキングが、2回目の燃焼(1圧縮始動時は気筒2Dでの燃焼、2圧縮始動時は気筒2Bでの燃焼)が行われるまで継続される。これにより、エンジン回転速度が400rpmを超えるまでクランキングが継続されることになるので(図7、図8参照)、エンジン本体1(より詳しくはそのクランク軸7やピストン5)にスタータモータ34やリングギア35等を加えたエンジンの回転系の共振点を越えるまで、エンジン回転速度をごく短時間で上昇させることができ、エンジン再始動時の振動が増大するのを効果的に防止することができる。
すなわち、クランク軸7に比較的質量の大きいフライホイール102aが連結されるMT車では、クランキング時におけるエンジン本体1の共振点が比較的小さい値、例えば200〜300rpm程度になると考えられる。このように共振点の回転速度が小さいと、エンジン再始動の初期に大きな振動が起きて乗員が違和感を覚えるおそれがある。これに対し、上記実施形態では、エンジン回転速度が400rpmを超えるまでクランキングを継続させ、上述した共振点(200〜300rpm)をできるだけ短時間で通過させるようにしたので、エンジン再始動時の振動を抑制して乗員に与える違和感を効果的に軽減することができる。
なお、上記実施形態では、車両がMT車であることを前提に、エンジン本体1の共振点が200〜300rpmであるとしたが、エンジン本体1のサイズ等により共振点は異なることがあり、300rpmよりもさらに高い回転数になることも考えられる。いずれにせよ、エンジン再始動時の振動を抑制するには、共振点よりも高い所定の回転速度まではクランキングを継続するのが望ましく、このときの所定の回転速度は、MT車であれば(エンジン本体1のサイズ等が多少異なっても)、400〜600rpmのいずれかに設定されることになる。ただし、共振点はエンジンのアイドリング回転速度(例えば700rpm前後)よりも当然低くなるはずなので、クランキングはアイドリング回転速度に達する前に終了させることができる。言い換えると、上記所定の回転速度は、初爆気筒での最初の燃焼時の回転速度よりも高く、かつアイドリング時の回転速度よりも低いということができる。
また、上記実施形態では、クランク軸7に連結されたフライホイール102aの構造について詳しく説明しなかったが、このフライホイール102aとして、いわゆるデュアルマスフライホイール(DMF)を採用することが考えられる。デュアルマスフライホイールとは、2枚のプレートと、両者のプレートを相対回転可能に繋ぐための環状のコイルスプリングとを備えたもので、このコイルスプリングの伸縮によってクランク軸7の回転ムラ(回転変動)がある程度吸収されるようになっている。このようなデュアルマスフライホイールが装備されている場合には、エンジン再始動の特に初期において、振動吸収用の上記コイルスプリングが大きく回転方向に伸縮し、伸縮したコイルスプリングの反動で上記2枚のプレートが回転方向に暴れるような挙動を示すことがあり、これによりかえって振動が増大することが懸念される。しかしながら、上記のように比較的高いエンジン回転速度になるまでクランキングを継続するようにすれば、このようなデュアルマスフライホイールに特有の振動の増大についても有効に回避することが可能になる。