JP2014152345A - 硬質皮膜被覆wc基超硬合金部材及びその製造方法 - Google Patents

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正和 伊坂
Fumihiro Fujii
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Abstract

【課題】脱炭相を形成することなく硬質皮膜の密着性を向上させた長寿命の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】WC基超硬合金基材の表面にbcc構造を有する改質相を介して少なくともTiを含有する第一硬質皮膜、及び第一硬質皮膜の直上に少なくともCrを含有する第二硬質皮膜を形成した硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材であり、前記改質相は、不可避的不純物を除いて下記一般式:W100-x-yMxCoy(質量%)[ただし、MはCr、V、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Crは必須でM元素全体の70質量%以上であり、かつW、M元素及びCoの含有量(質量%)を表す(100-x-y)、x及びyはそれぞれ80≦100-x-y≦95、5≦x≦20、及び0.1≦y≦3の条件を満たす数である。]により表される金属組成を有する。
【選択図】図1(a)

Description

本発明は、高い皮膜密着性を有し、硬質皮膜被覆工具に好適な硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材及びその製造方法に関する。
物理蒸着法によりWC基超硬合金基材表面に硬質皮膜を形成する場合、硬質皮膜は基材に対して高い密着強度を有することが要求される。基材と硬質皮膜との密着強度の向上のため、種々の方法が提案された。特公平6-74497号(特許文献1)は、真空中で基材表面に金属イオンボンバードメントを施した後に、溶融蒸着法によりセラミックス硬質膜を形成する方法を開示している。また特許第4535249号(特許文献2)及び特許第4590940号(特許文献3)は、真空中で切削工具用超硬合金基材の表面をCrイオンボンバード処理し、ついで所定の硬質皮膜を被覆する方法を開示している。しかし、真空中で金属イオンをボンバードするこれらの方法では、ある程度の皮膜密着強度が得られるものの、切削工具等の性能に対して益々高まる要求を満たすことができず、更なる改良が求められる。
特開2009-220260号(特許文献4)は、Ar又はN2を主体とする雰囲気中でWC基超硬合金基材の表面に金属Tiのイオンボンバードメントを行うことによりW改質相を形成し、その直上に炭化物相を形成し、この炭化物相の直上に硬質皮膜を被覆する被覆工具の製造方法を開示している。しかし、Tiのイオンボンバードメントでは改質相の下に脱炭相が形成され、硬質皮膜の密着強度は十分でない。また改質相上に形成されるTiCは衝撃に対して弱く、密着強度の低下を招く。
特公平6-74497号 特許第4535249号 特許第4590940号 特開2009-220260号
従って、本発明の目的は、脱炭相を形成することなく硬質皮膜の密着性を向上させた長寿命の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材及びその製造方法を提供することである。
本発明の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材は、WC基超硬合金基材の表面にbcc構造を有する改質相を介して少なくともTiを含有する第一硬質皮膜を形成し、さらに前記第一硬質皮膜の直上に少なくともCrを含有する第二硬質皮膜を形成したもので、前記改質相は、不可避的不純物を除いて下記一般式:
W100-x-yMxCoy(質量%)
[ただし、MはCr、V、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Crは必須でM元素全体の70質量%以上であり、かつW、M元素及びCoの含有量(質量%)を表す(100-x-y)、x及びyはそれぞれ80≦100-x-y≦95、5≦x≦20、及び0.1≦y≦3の条件を満たす数である。]により表される金属組成を有することを特徴とする。
WC基超硬合金基材の表面に改質相を形成することにより、WC基超硬合金基材と少なくとも前記第一硬質皮膜及び前記第二硬質皮膜との密着強度が高くなり、もって前記硬質皮膜が剥離しにくく、長寿命で、切削工具に好適な硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材を得ることができる。
前記改質相の結晶格子縞は前記WC基超硬合金基材の結晶格子縞と両者の界面において少なくとも部分的に連続している(エピタキシャル成長している)。このため、前記改質相は前記基材に対して高い密着強度を有する。この効果は、M元素がCrのみからなる場合に特に顕著である。
本発明の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材の製造方法は、(1) 窒素ガス又は窒素ガスと不活性ガスとの混合ガス(窒素ガスの流量を前記混合ガスの流量の50%以上とする。)を用い、前記ガスの圧力を0.03〜2 Paとし、前記基材の温度を650〜850℃とする条件で、前記WC基超硬合金基材の表面に対してM元素(Cr、V、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Crは必須でM元素全体の70質量%以上である。)のイオンボンバード処理を行うことにより、bcc構造を有する改質相が形成された表面改質WC基超硬合金部材を製造し、(2) 前記改質相の表面に少なくともTiを含有する第一硬質皮膜を形成し、さらに前記第一硬質皮膜の直上に少なくともCrを含有する第二硬質皮膜を形成することを特徴とする。
イオンボンバード処理に用いるM元素の800℃における炭化物生成自由エネルギーEmは、Wの800℃における炭化物生成自由エネルギーEwに対して、Em/Ew<3の条件を満たすのが好ましい。これにより硬質皮膜の密着強度を低下させる脱炭相の形成が防止できる。
前記第一硬質皮膜は少なくともTi及びNを含有するとともに平均膜厚が0.1〜0.5μmであり、前記第二硬質皮膜は少なくともCr及びNを含有するのが好ましい。
窒素ガス又は窒素ガスと不活性ガスとの混合ガスの中で、Cr又はCr合金(V、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素を含む。)のイオンボンバード処理を行うことによりWC基超硬合金基材の表面に形成された改質相は、bcc構造を有し、基材の結晶格子縞と少なくとも部分的に連続した結晶格子縞を有する。また、改質相の形成に伴って脱炭層が形成されない。そのため、改質相は基材に対して大きな密着強度を有する。更に、改質相と第二硬質皮膜とは共通の元素(Cr)を含む上に、第一硬質皮膜は薄膜であるから、改質相の結晶格子縞は第一硬質皮膜及び第二硬質皮膜の結晶格子縞と少なくとも部分的に連続し、改質相を介してWC基超硬合金基材に前記硬質皮膜が形成された本発明の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材は従来のものより大きな硬質皮膜の密着強度を有し、長寿命である。このような特徴を有する本発明の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材は、優れた皮膜密着性が要求される硬質皮膜被覆工具に好適であり、高硬度鋼、ステンレス鋼、鋳鋼等の切削工具に広く用いることができる。また金型に広く用いることができる。
実施例1の硬質皮膜被覆工具の表面のX線回折パターンを示すグラフである。 従来例1の硬質皮膜被覆工具の表面のX線回折パターンを示すグラフである。 本発明の硬質皮膜被覆工具の断面組織における結晶格子縞の連続性を説明する概略図である。 本発明の硬質皮膜被覆工具における改質相の電子回折パターンを示す図である。 従来例2の硬質皮膜被覆工具の断面組織における結晶格子縞の連続性を説明する概略図である。 従来例2の硬質皮膜被覆工具における基材と硬質皮膜の界面の電子回折パターンを示す図である。 実施例等で用いたWC基超硬合金製二枚刃ボールエンドミル基材を示す部分側面図である。 実施例1、4及び5において、バイアス電圧と硬質皮膜の剥離面積との関係を示すグラフである。 実施例1、6及び7において、放電電流と硬質皮膜の剥離面積との関係を示すグラフである。 実施例1、8〜11及び比較例2において、ガス圧力と硬質皮膜の剥離面積との関係を示すグラフである。 実施例1、12〜15において、イオンボンバード処理時間と硬質皮膜の剥離面積との関係を示すグラフである。
[1] 組成
(A) WC基超硬合金基材の組成
WC基超硬合金基材は、炭化タングステン(WC)粒子と、Co又はCoを主体とする合金の結合相からなるのが好ましい。結合相は1〜13.5質量%が好ましく、3〜13質量%がより好ましい。結合相が1質量%未満では基材の靭性が不十分であり、13.5質量%を超えると硬度(耐摩耗性)が不十分になる。
(B) 改質相の組成
M元素のイオンボンバード処理により形成された改質相は、炭素及び不可避的不純物を除けば、W、M元素(Cr、V、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Crは必須でM元素全体の70質量%以上である。)、及びCoを必須元素とする。高い密着強度を有する改質相を得るためには、M元素はCrのみからなるのが好ましい。M元素がV、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素を含有する場合、Crの割合はM元素全体の70質量%以上である必要がある。Crの割合がM元素全体の70質量%より少なくなると、改質相の密着強度が低下する。Crの割合はM元素全体の75質量%以上が好ましく、80質量%以上がより好ましい。
改質相の構成元素のうち、炭素の測定データは基材中の炭素含有量の影響によりばらつきが大きい。従って、本明細書では改質相の組成を金属組成により表すことにする。改質相の金属組成は、不可避的不純物を除いて下記一般式:
W100-x-yMxCoy(質量%)
[ただし、MはCr、V、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Crは必須でM元素全体の70質量%以上であり、W、M元素及びCoの含有量(質量%)を表す(100-x-y)、x及びyはそれぞれ80≦100-x-y≦95、5≦x≦20、及び0.1≦y≦3の条件を満たす数である。]により表される。この金属組成範囲内において、高い密着強度が得られ、長寿命の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材が得られる。
WC基超硬合金基材と硬質皮膜とのさらに高い密着強度のために、Wの含有量(100-x-y)は82〜92質量%が好ましく、85〜90質量%がより好ましい。M元素の含有量(x)は7〜18質量%が好ましく、10〜14質量%がより好ましい。Coの含有量(y)は0.2〜2質量%が好ましく、0.3〜1質量%がより好ましい。
(C) 第一硬質皮膜の組成及び平均膜厚
実用性の点から、第一硬質皮膜として、TiN、TiCN及びTiAlNからなる群から選ばれた一種の単層皮膜又は二種以上の積層皮膜が挙げられる。改質相との密着力を高めるために、TiAlN皮膜の場合、金属成分の組成はTi及びAlの合計を100原子%として、Alの含有量は30〜90原子%が好ましく、40〜90原子%がより好ましく、Tiの含有量は70〜10原子%が好ましく、60〜10原子%がより好ましい。TiCN皮膜の場合、非金属成分の組成はC及びNの合計を100原子%として、Cの含有量は50〜90原子%が好ましく、50〜85%がより好ましい。これらの硬質皮膜はCVD法又はPVD法により形成することができる。
第一硬質皮膜は、改質相との密着力を高めるために、平均膜厚を0.1〜0.5μmにすることが必要であり、0.1〜0.4μmにするのが好ましい。平均膜厚が0.1μm未満では、第二硬質皮膜と異なる組成の第一硬質皮膜を設けるメリットが得られず、平均膜厚が0.5μm超では密着力が大きく低下する。第一硬質皮膜の平均厚さは、本発明の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材の断面組織を透過型電子顕微鏡(TEM)又は走査型電子顕微鏡(SEM)等により観察して測定し、求める。
(D) 第二硬質皮膜の組成及び平均膜厚
改質相との密着強度を高めるために、第二硬質皮膜は少なくとも改質相の主成分であるCrを含有する必要がある。第二硬質皮膜はさらにAl及びNを含有するのが好ましい。Cr、Al及びNを含有する硬質皮膜として、AlCrN、AlCrNC、AlCrNCB、AlCrSiN、AlCrTiN、AlCrTiNC、AlCrSiNC及びAlCrSiNCBからなる群から選ばれた一種の単層皮膜又は二種以上の積層皮膜が挙げられる。AlCrN皮膜の場合、金属成分の組成はAl及びCrの合計を100原子%として、Crの含有量は20〜40原子%が好ましく、25〜35原子%がより好ましく、Alの含有量は80〜60原子%が好ましく、75〜65原子%がより好ましい。AlCrNC皮膜及びAlCrNCB皮膜の場合、金属成分の組成はAlCrN皮膜と同じで良く、非金属成分の組成はN、C及びBの合計を100原子%として、Cの含有量は20原子%以下が好ましく、15原子%以下がより好ましく、またBの含有量は10原子%以下が好ましく、5原子%以下がより好ましい。AlCrSiN皮膜、AlCrTiN皮膜、AlCrSiNC皮膜、AlCrTiNC皮膜、AlCrSiNCB皮膜及びAlCrTiNCB皮膜の場合、金属成分の組成はAl、Cr、Si及びTiの合計を100原子%として、Al及びCrの含有量はAlCrN皮膜と同じで良く、Si及びTiの含有量はいずれも20原子%以下が好ましく、10原子%以下がより好ましい。非金属成分のN、C及びBの含有量はAlCrNCB皮膜と同じで良い。これらの硬質皮膜はCVD法又はPVD法により形成することができる。
第二硬質皮膜は、特に限定されないが、平均膜厚を0.1〜10μmにすることが好ましい。平均膜厚が0.1μm未満では改質相との密着力が低下する。平均膜厚が10μm超では残留応力が過大になり改質相との密着力が大きく低下する。第二硬質皮膜の平均厚さは、本発明の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材の断面組織をTEM又はSEM等により観察して測定し、求める。
改質相及び第二硬質皮膜はともにCrを含有し、かつ第一硬質皮膜は薄膜なので、改質相から第二硬質皮膜に至る結晶格子縞が少なくとも部分的に連続する傾向があり、親和性に富み、高い密着強度を有する。
[2] 組織
(A) 改質相の組織
改質相はbcc構造を有する。改質相はbccの単一構造であるのが好ましいが、bccが主構造であれば他の結晶構造を含んでいても高い密着強度を有する。改質相中の他の結晶構造としてはfcc構造やhcp構造が挙げられる。改質相の結晶構造は、後述するように電子回折パターンにより決定する。ここで「主構造である」とは、改質相の電子回折像を複数の視野で得た場合に、bcc構造の電子回折パターンが全視野数のうちの半数以上の視野で観察されることを意味する。
bcc構造を有する改質相の結晶格子縞がWC基超硬合金基材の結晶格子縞と少なくとも部分的に連続しているので、すなわちbcc構造を有する改質相がWC基超硬合金基材の表面にエピタキシャル成長しているので、改質相は基材に対して著しく高い密着強度を有する。WC基超硬合金基材と改質相との界面組織の観察の結果、改質相の格子縞の50%以上、好ましくは70%以上がエピタキシャル成長したものであるとき、密着強度が著しく向上することが分かった。
改質相の平均厚さは0.1〜20 nmであるのが好ましく、0.5〜10 nmであるのがより好ましい。改質相の平均厚さが0.1 nm未満では密着強度の改善効果が認められず、また20 nm超としても効果のさらなる向上は認められず、生産性が低下するだけである。改質相の平均厚さは、本発明の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材の断面組織をTEM又はSEM等により観察して測定し、求める。
本発明では、改質相の形成に伴って脱炭相(脱炭したWC相)が形成されることはない。例えばWC基超硬合金基材に対して従来のTiのイオンボンバード処理を行うと、基材の表面温度が800℃を超えてWC相に脱炭が起こり、Co3W3C、Co6W6C等のC量が少ない脱炭相が形成される。脱炭相は非常に脆いので、高送り加工等の高負荷の切削加工用工具として使用すると、脱炭相に生じたクラックを起点として硬質皮膜が剥離する。このため、工具の欠損や異常摩耗を招き、短寿命となる。これに対し、本発明では基材表面に脱炭相が形成されないので、長寿命の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材が得られる。
(B) 硬質皮膜の組織
改質相の直上に形成された第一硬質皮膜及び第二硬質皮膜はいずれも主にfcc構造を有し、図2に示すように、その結晶格子縞は、基材1直上に形成された、bcc構造を有する改質相2の結晶格子縞と第一硬質皮膜3-1との界面、及び第一硬質皮膜3-1と第二硬質皮膜3-2との界面において少なくとも部分的に連続している。すなわち、第一硬質皮膜は改質相の表面から、及び第二硬質皮膜は第一硬質皮膜の表面から少なくとも部分的にエピタキシャル成長する。そのため、前記硬質皮膜は改質相に対して高い密着強度を有する。前記各界面組織の観察の結果、少なくとも前記各界面における格子縞の50%以上、好ましくは70%以上がエピタキシャル成長したものである場合、著しく密着強度が向上することが分かった。
[3] 硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材の製造方法
硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材は、アルゴンガスボンバード処理によるイオンクリーニング工程、M元素のイオンボンバード処理による改質相の形成工程、第一硬質皮膜の形成工程、及び第二硬質皮膜の形成工程により製造することができる。イオンボンバード処理にはアーク放電式蒸発源を用いるのが好ましいが、スパッタリング蒸発源による金属イオンボンバード処理も可能である。
(A) ガスボンバード処理
ガスボンバード処理は必須ではないが、イオンボンバード処理の前に行うのが好ましい。ガスボンバード処理は、成膜装置内のホルダに固定したWC基超硬合金基材を約500℃まで加熱し、基材に−800 V〜−200 Vのバイアス電圧P1を印加し、装置内の圧力が0.01〜4 Paになるようにアルゴンガスを流しながら、例えばフィラメントによりアルゴンガスをイオン化させ、基材にイオンを衝突させてクリーニングを行うものである。
(B) イオンボンバード処理
(1) ターゲット
イオンボンバードに用いるM元素はCr単独、又はCrとV、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素との組合せ(CrはM元素全体の70質量%以上である。)である必要がある。従って、M元素のターゲットは、例えば金属Crのみからなるか、Cr-V合金、Cr-Ni合金、Cr-Fe合金、Cr-Ni-Fe合金、Cr-V-Fe合金等のようなCr含有合金からなる。M元素の800℃における炭化物生成自由エネルギーEmは、Wの800℃における炭化物生成自由エネルギーEwに対して、Em/Ew<3の条件を満たす。これにより、脱炭相を形成することなく、WC基超硬合金基材に対して高い密着強度を有するbcc構造の改質相が得られることが分かった。
TiのようにWの炭化物生成自由エネルギーより非常に小さい炭化物生成自由エネルギーを有する金属は、WC基超硬合金基材の表面が当該金属イオンでボンバードされたときに、WCからCを奪い、炭化物を形成する。Cを奪われたWCはCo3W3C、Co6W6C等の脱炭相(脆化相)を形成する。脱炭相は脆いために硬質皮膜の密着強度を大きく低下させ、硬質皮膜の剥離を発生させる。この現象を防止する条件は800℃においてEm/Ew<3であり、この条件を満たす元素はM元素である。M元素は0.1≦Em/Ew≦2.5を満たすのが好ましく、0.2≦Em/Ew≦2を満たすのがより好ましい。
(2) 基材温度
イオンボンバード処理中、WC基超硬合金基材の温度を650〜850℃にする必要があり、700〜800℃にするのが好ましい。650℃未満ではイオンボンバード処理により基材表面が活性化されない。一方、850℃を超えるとWCが脱炭されて脆化相を形成するおそれがある。基材温度は、成膜装置に設置した基材を保持するホルダー内に熱電対を埋め込み、この熱電対により測定する。
(3) ガス
イオンボンバード処理に使用するガスは、不可避的不純物を除いて、窒素ガス単体か窒素ガスと不活性ガスとの混合ガスであり、窒素ガス単体が好ましい。不活性ガスは、Ar、Kr、Xe及びNeからなる群から選ばれた少なくとも一種である。混合ガスの場合、混合ガスの全流量に対する窒素ガスの流量の体積比を50%以上にするのが好ましく、70%以上にするのがより好ましい。50%以上の窒素ガス流量比により、イオンボンバード用ターゲットの表面に発生するプラズマの密度が高められ、イオン化効率が向上し、もってイオンボンバード処理が高効率化する。混合ガスの場合、窒素ガスの体積流量比が50%以上であるかぎり、装置に複数のガスを所定の流量比で流しても、あらかじめ所定の流量比で混合したガスを流しても良い。
(4) 時間
イオンボンバード処理時間は特に限定されないが、3〜30分間が好ましく、5〜20分間がより好ましい。処理時間が3分間未満では十分な改質効果が得られず、30分間を超えると実用性が低下する。
(5) バイアス電圧
イオンボンバード処理中基材に印加するバイアス電圧P2は−1500 V〜−600 Vが好ましく、−1000 V〜−600 Vがより好ましい。P2が−1500 V〜−600 Vの範囲外であると、イオンボンバード処理により十分な改質効果が得られない。
(6) ガス圧
イオンボンバード処理中、成膜装置内の圧力が0.03〜2 Paとなるように上記ガスを流す。雰囲気圧力が0.03 Pa未満ではイオンボンバード処理の効果が得られず、また2 Paを超えると基材のバイアス電流が不安定になり、安定したイオンボンバード処理ができなくなる。雰囲気圧力は0.04〜1.5 Paが好ましく、0.05〜1 Paがより好ましい。
(7) 放電電流
イオンボンバード処理中、アーク放電式蒸発源の放電電流を80〜200 Aにするのが好ましく、100〜150 Aにするのがより好ましい。放電電流が80〜200 Aの範囲外であると、アーク放電が不安定になる。
(C) 第一硬質皮膜の形成
改質相の直上に形成する第一硬質皮膜は、少なくともTi及びNを含有するとともに、その平均膜厚を0.1〜0.5μmにする必要があり、好ましくは0.1〜0.4μmにする。第一硬質皮膜は改質相と同じ成膜装置内で連続的に形成するのが好ましい。成膜装置はアークイオンプレーティング装置(以後、アーク装置という。)が好ましい。アーク装置による第一硬質皮膜の形成条件は、実用上、0.5〜10 Paの圧力の雰囲気ガス(例えば、窒素ガス等)中、450〜850℃の基板温度、−150 V〜−30 Vのバイアス電圧、100〜200 Aの放電電流、及び1〜30分間の処理時間とするのが好ましい。
(D) 第二硬質皮膜の形成
第一硬質皮膜の直上に形成する第二硬質皮膜は、高い密着性を得るためにイオンボンバード処理に用いるCrを含有する必要があり、好ましくはCr、Al及びNを含有する。第二硬質皮膜は改質相及び第一硬質皮膜と同じ成膜装置内で連続的に形成するのが好ましい。成膜装置はアーク装置が好ましい。アーク装置による第二硬質皮膜の形成条件は、実用上、0.5〜10 Paの圧力の雰囲気ガス(例えば、窒素ガス等)中、450〜850℃の基板温度、−150 V〜−30 Vのバイアス電圧、100〜200 Aの放電電流、及び10〜240分間の処理時間とするのが好ましい。第二硬質皮膜の形成後、200℃以下に冷却し、成膜装置から硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材(工具等)を取り出す。
本発明の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材は、硬質皮膜被覆工具又は硬質皮膜被覆金型として使用するのが好適である。
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。実施例では工具を例にとって説明するが、勿論本発明の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材が工具に限定される訳ではない。
実施例1
8.0質量%のCo、0.3質量%のTaC、残部WC及び不可避的不純物からなり、図6に示す形状を有するWC基超硬合金製二枚刃ボールエンドミル基材(ボール半径R:1.0 mm、首下長さL:10 mm)をアーク装置内にセットし、以下の工程を行った。
(1) 加熱工程
アーク装置内を10×10-3 Pa以下に排気した後、ヒーターにより基材を500℃まで加熱した状態で圧力が5×10-3 Paに達するまで排気を行った。
(2) ガスボンバード処理工程
基材を500℃に加熱した状態でアーク装置内にアルゴンガスを流して2.0 Paのアルゴンガス雰囲気とし、基材に−600 Vのバイアス電圧を印加し、基材のアルゴンガスボンバード処理を15分間行った。
(3) 金属Crによるイオンボンバード処理工程
アルゴンガスの供給を止めた後、アーク装置内に窒素ガスを20 sccmの流量で流し、0.08 Paの圧力の窒素ガス雰囲気とした。アーク放電式蒸発源に取り付けた金属Crターゲットに120 Aの放電電流を流してアーク放電を発生させ、基材に−1000 Vのバイアス電圧を印加し、基材温度を738℃にして、Crイオンによるボンバード処理を15分間行い、表面改質WC基超硬合金部材を製造した。
(4) 第一硬質皮膜の形成工程
金属Crへの放電電流を遮断した後、アーク装置内の圧力が3 Paになるように窒素ガス流量を制御した。アーク放電式蒸発源に取り付けたTiが100原子%のターゲット(以下Ti100ターゲットという。但し、不可避的不純物を含む。)に150 Aの放電電流を流してアーク放電を発生させ、成膜初期の基材温度を738℃にして、基材に−50 Vのバイアス電圧を印加し、TiN(原子比)の組成を有する平均膜厚0.2μmの第一硬質皮膜を形成した。
(5) 第二硬質皮膜の形成工程
Ti100ターゲットへの放電電流を遮断した後、アーク装置内の圧力が3 Paになるように窒素ガス流量を制御した。アーク放電式蒸発源に取り付けたAl70Cr30(原子%)の組成を有するターゲット(以下Al70Cr30ターゲットという。)に150 Aの放電電流を流してアーク放電を発生させ、基材に−100 Vのバイアス電圧を印加し、(Al70Cr30)N(原子比)の組成を有する平均膜厚3μmの第二硬質皮膜を有する硬質皮膜被覆工具を得た。
(6) 測定
硬質皮膜被覆工具表面のX線回折パターンを図1(a)に示す。図1(a)から明らかなように、本実施例の硬質皮膜被覆工具には脱炭相のX線回折ピークが認められなかった。
図2は前記硬質皮膜被覆工具の断面組織における結晶格子縞を示す概略図である。図2に示すように、基材1の結晶格子縞と改質相2及び第一硬質皮膜3-1の結晶格子縞とは、各界面を介して、連続しているのが分かる。また、第一硬質皮膜3-1の結晶格子縞と第二硬質皮膜3-2の結晶格子縞とは、界面を介して、一部に連続していない部分を有するものの、両者の界面で91%連続していることが分かる。
図3は改質相2の電子回折パターンを示す。図3から、実施例1で形成された改質相2はbccの単一構造を有することが分かる。
実施例2及び3
金属Crによるイオンボンバード処理工程におけるガス種の影響を調べるために、窒素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを用いた以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。実施例2では、窒素ガスの流量を15 sccmとし、アルゴンガスの流量を5 sccmとした(N2の流量比は混合ガス全体の75体積%)。また実施例3では、窒素ガスの流量を10 sccmとし、アルゴンガスの流量を10 sccmとした(N2の流量比は混合ガス全体の50体積%)。実施例2及び3の基材温度はそれぞれ729℃及び722℃になった。
実施例4及び5
金属Crによるイオンボンバード処理工程におけるバイアス電圧P2の影響を調べるために、バイアス電圧をそれぞれ−800 V(実施例4)及び−600 V(実施例5)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。ただし、バイアス電圧P2の低下にともなって、実施例4及び5の基材温度はそれぞれ708℃及び711℃になった。
実施例6及び7
金属Crによるイオンボンバード処理工程におけるアーク放電式蒸発源の放電電流の影響を調べるために、放電電流をそれぞれ100 A(実施例6)及び150 A(実施例7)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。ただし、放電電流の変化にともなって、実施例6及び7の基材温度はそれぞれ718℃及び742℃になった。
実施例8〜11
金属Crによるイオンボンバード処理工程における雰囲気ガスの圧力の影響を調べるために、ガス圧力をそれぞれ2 Pa(実施例8)、1 Pa(実施例9)、0.04 Pa(実施例10)、及び0.7 Pa(実施例11)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。ただし、ガス圧力の変化にともなって、実施例8〜11の基材温度はそれぞれ726℃、737℃、721℃及び744℃になった。
実施例12〜15
金属Crによるイオンボンバード処理工程における処理時間の影響を調べるために、処理時間をそれぞれ10分間(実施例12)、5分間(実施例13)、20分間(実施例14)、及び25分間(実施例15)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
実施例16-1
第二硬質皮膜の組成の影響を調べるために、第二硬質皮膜のターゲット組成をAl80Cr20(原子%)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
実施例16-2
第二硬質皮膜の組成の影響を調べるために、第二硬質皮膜のターゲット組成をAl60Cr40(原子%)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
実施例16-3
第二硬質皮膜の組成の影響を調べるために、第二硬質皮膜のターゲット組成をAl65Cr30Si5(原子%)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
実施例16-4
第二硬質皮膜の組成の影響を調べるために、第二硬質皮膜のターゲット組成をAl65Cr25Si10(原子%)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
実施例16-5
第二硬質皮膜の組成の影響を調べるために、第二硬質皮膜のターゲット組成をAl60Cr20Si20(原子%)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
実施例16-6
第二硬質皮膜の組成の影響を調べるために、第二硬質皮膜のターゲット組成をAl65Cr25Ti10(原子%)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
実施例16-7
第二硬質皮膜の組成の影響を調べるために、第二硬質皮膜のターゲット組成をAl60Cr20Ti20(原子%)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
実施例17
第二硬質皮膜を積層(二層構造)にした効果を調べるために第二硬質皮膜のターゲットの層構成を変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。まず実施例1と同様にして第一硬質皮膜までを形成した。次にAl70Cr30ターゲットを用いて(Al70Cr30)N(原子比)の組成を有する平均膜厚1.5μmの第二硬質皮膜を形成した後、Ti80Si20(原子%)の組成を有するターゲットを用いて(Ti80Si20)N(原子比)の組成を有する平均膜厚1.5μmの第二硬質皮膜を形成した。
実施例18
第二硬質皮膜を積層(二層構造)にした効果を調べるために第二硬質皮膜のターゲットの層構成を変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。まず実施例1と同様にして第一硬質皮膜までを形成した。次にAl70Cr30ターゲットを用いて(Al70Cr30)N(原子比)の組成を有する平均膜厚1.5μmの第二硬質皮膜を形成した後、Cr90Si5B5(原子%)の組成を有するターゲットを用いて(Cr90Si5B5)N(原子比)の組成を有する平均膜厚1.5μmの第二硬質皮膜を形成した。
実施例19及び20
イオンボンバード処理工程における金属ターゲットの組成の影響を調べるために、ターゲット組成(原子%)をそれぞれCr90V10(実施例19)及びCr95Mn5(実施例20)に変更した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
比較例1
金属Crによるイオンボンバード処理工程におけるガス種の影響を調べるために、雰囲気ガスをアルゴンガスのみとした以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
比較例2
金属Crによるイオンボンバード処理工程の雰囲気を真空(圧力0.006 Pa)とした以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。
比較例3
特開2009-220260号のトレース実験1
金属イオンボンバード処理工程におけるボンバード金属(Em/Ew)の密着強度に及ぼす影響を評価するために、ボンバード金属としてTi100ターゲットを用いた以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造した。この製造条件は、特開2009-220260号の表1中の試料番号16〜19におけるN2/H2=90/10の雰囲気を100%N2に変更し、Ti100ターゲットによるイオンボンバード処理をした場合に相当する。
従来例1
特開2009-220260号のトレース実験2
アーク放電式蒸発源にTi100ターゲットを用いて、アルゴンガスと水素ガスとの90:10の体積比の混合ガスを20 sccmの流量で流し、アーク放電式蒸発源の放電電流を120 Aとし、バイアス電圧を−1000 Vとして、実施例1と同じWC基超硬合金基材に対して金属Tiによるイオンボンバード処理を10分間行った。イオンボンバード処理した基材に、Al70Cr30ターゲットを用いて、(Al70Cr30)N(原子比)の組成を有する平均膜厚3.0μmの硬質皮膜を形成した。得られた硬質皮膜被覆工具の表面のX線回折パターンを図1(b)に示す。図1(b)から明らかなように、この硬質皮膜被覆工具には脱炭相のX線回折ピークが認められた。
従来例2
特許第4535249号のトレース実験
アーク放電式蒸発源にCrが100原子%のターゲット(以下Cr100ターゲットという。但し、不可避的不純物を含む。)を用いて、放電電流を100 Aとし、バイアス電圧を−800 Vとして、真空(圧力0.006 Pa)中で金属Crによるイオンボンバード処理を5分間行った。次いで、Ti50Al50(原子%)の組成を有するターゲットを用いて、(Ti50Al50)N(原子比)の組成を有する平均膜厚3.0μmの硬質皮膜を形成した。得られた硬質皮膜被覆工具の基材と硬質皮膜の界面における結晶格子縞を図4に概略的に示す。図4から、硬質皮膜3の結晶格子縞が基材1の結晶格子縞に対して界面で曲がっていることが分かる。
図5は従来例2の硬質皮膜被覆工具における基材1と硬質皮膜3の界面の電子回折パターンを示す。図5から、従来例2の硬質皮膜被覆工具では、界面に基材1中のWC粒子のhcp構造と硬質皮膜3のfcc構造とが混在しており、改質相が形成されていないことが分かる。
従来例3
特許第4590940号のトレース実験
アーク放電式蒸発源にCr100ターゲットを用いて、放電電流を80 Aとし、バイアス電圧を−1000 Vとして、真空(圧力0.006 Pa)中で金属Crによるイオンボンバード処理を5分間行った。次いで、Ti50Al40Si10(原子%)の組成を有するターゲットを用いて、(Ti50Al40Si10)N(原子%)の組成を有する平均膜厚3.0μmの硬質皮膜を形成した。
従来例4
イオンボンバード処理の効果を調べるために、イオンボンバード処理を実施しない以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を得た。これは、従来から一般的なガスボンバード処理のみを行った硬質皮膜被覆工具である。
実施例1〜20、比較例1〜3及び従来例1〜4について、金属イオンボンバード処理条件を表1に示す。
TEMを用いて50 cmのカメラ長及び1〜3 nmのビーム径で微小部電子回折により改質相を同定し、改質相の組成を電界放出型透過電子顕微鏡(日本電子株式会社製のJEM-2100F)に付属のノーラン製UTW型Si(Li)半導体検出器を使用して分析し、また改質相の結晶構造をTEMで分析した。各例の改質相の結晶構造及び組成を、イオンボンバード処理前の基材のものとともに、表2に示す。なお表2中、比較例1及び2、並びに従来例2〜4では改質相がないため、基材表面近傍の分析結果を示す。
表2から明らかなように、実施例1〜20の改質相はいずれもbcc構造のみを有するが、比較例3及び従来例1の改質相はbcc構造とfcc構造の混合構造を有し、また比較例1及び2、並びに従来例2〜4では改質相が形成されておらず、基材中のWC由来のhcp構造が確認された。なお、fcc構造は改質相の直上に形成された炭化物相に由来するものである。
表2から明らかなように、実施例1〜20のいずれでも、金属Cr又はCr合金のイオンボンバード処理により形成された改質相はCr、Co及びWを含有していた。また処理前(基材)と実施例1〜20との比較から、イオンボンバード処理によるCrの導入に伴い、W含有量が若干減少し、Co含有量が大きく減少することが分かる。また基材中のTaは検出されなかった。なお、イオンボンバード処理後もCの含有は定性分析により確認されるが、C含有量の測定結果は安定せず、Cの正確な定量分析はできない。従って、改質相の組成はその金属成分の組成により表す。Cr合金ターゲットを用いた実施例19及び20では、Cr以外の成分は改質相に僅かに含まれていた。比較例3及び従来例1の改質相では、イオンボンバード処理によるTiの導入に伴い、W含有量が増加し、Co含有量が減少した。
実施例1〜20では改質相がbcc構造のみを有していたが、改質相はbcc構造のみに限定される訳ではなく、改質相がbcc構造を主構造とすれば本発明の効果が得られると期待される。改質相の結晶構造中bcc構造の割合は70%以上が好ましい。
実施例1〜20、比較例1〜3及び従来例1〜4の工具に対して、脱炭相の有無を確認するために、X線回折装置(株式会社リガク製のRU-200BH)を用いて下記条件でX線回折を行った。
X線源:Cukα1線(波長λ:0.15405 nm)
X線の入射角:5°
X線の入射スリット:0.4 mm
管電圧:40 kV
管電流:120 mA
2θ:20〜70°
上記条件でX線回折を行うと、脱炭相があればそのピークは40〜41°付近に検出される。これ以外にも47°及び58°付近に微弱な脱炭相のピークが検出されるが、低強度のために判別が難しい場合がある。脱炭相は形成されないのが好ましい。なお、第二硬質皮膜が厚くて脱炭相のピークの検出が困難な場合、透過型電子顕微鏡(TEM)により第1硬質皮膜と基材との界面を解析すると、脱炭相の存否を精度よく確認できる。各例の脱炭相の有無を表3に示す。表3には、第一硬質皮膜の組成及び平均膜厚、並びに、第二硬質皮膜の組成を併せて示す。
実施例1〜20、比較例1〜3及び従来例1〜4の工具に対して、硬質皮膜の耐剥離性を評価するために、以下の条件で切削試験を行った。
被削材:硬さHRC 52のマルテンサイト系ステンレス鋼SUS420J2
切り込み:軸方向=0.1 mm、径方向=0.1 mm
回転数:10,000 rpm
テーブル送り:680 mm/分
切削距離:5 m
切削油:水溶性
走査型電子顕微鏡(株式会社日立製作所製のS-4200)を使用して、切削試験後の各工具のすくい面における脱炭相の有無及び硬質皮膜の耐剥離性を評価した。硬質皮膜の耐剥離性は、すくい面のSEM写真を画像解析ソフト(Media Cybernetics社製のIMAGE-PRO)により画像処理することにより求めたすくい面の剥離面積により評価した。硬質皮膜の剥離面積が2000μm2未満の場合、硬質皮膜は良好な密着強度を有すると言える。硬質皮膜の剥離面積を表3に示す。
表1〜3から明らかなように、窒素ガス又は窒素ガスと不活性ガスとの混合ガス(窒素ガスの流量を混合ガスの流量の50%以上とする。)を用い、ガス圧力を0.03〜2 Paとし、基材温度を650〜850℃とする条件で、WC基超硬合金基材の表面に金属Cr又はCrとV又はMnの合金をイオンボンバード処理した実施例1〜20の硬質皮膜被覆工具は、脱炭相が形成されず、硬質皮膜の密着強度が高かった。これに対して、上記条件のいずれかを満たさない比較例1〜3の硬質皮膜被覆工具には、脱炭相が形成されているか、硬質皮膜の密着強度が低いか、又は両方の問題があった。
金属Tiのターゲットを用いて、Arガスと水素ガスとの混合ガス中でイオンボンバード処理を行った従来例1では、脱炭相が形成されただけではなく、硬質皮膜の剥離面積が大きかった(密着強度が低かった)。金属Crのターゲットを用いて、真空中でイオンボンバード処理を行った従来例2及び3では、雰囲気に窒素ガスが含まれておらず、また硬質皮膜にボンバード金属と同じ金属が含まれていないために、硬質皮膜の密着強度が非常に低かった。イオンボンバード処理を行っていない従来例4では、改質層が形成されないために、硬質皮膜の密着強度が著しく低かった。
実施例21〜24、比較例4
第一硬質皮膜の平均膜厚を検討するために、第一硬質皮膜の成膜時間を調整して、平均膜厚0.1μm(実施例21)、0.3μm(実施例22)、0.4μm(実施例24)、0.5μm(実施例25)、及び1.2μm(比較例4)の第一硬質皮膜(TiN皮膜)をそれぞれ形成した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造し、評価した結果を表4に示す。
表4より、第一硬質皮膜の平均膜厚が0.1〜0.5μmの場合に、剥離面積が2000μm2未満となり、硬質皮膜は良好な密着強度を有することが分かる。
実施例25
第一硬質皮膜の膜種を検討するために、第一硬質皮膜のターゲット組成をTi50Al50(原子%)に変更して(Ti50Al50)N(原子比)の組成を有する平均膜厚0.3μmの第一硬質皮膜を形成した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造し、評価した結果を表5に示す。
実施例26
第一硬質皮膜の膜種を検討するために、第一硬質皮膜のターゲット組成をTi35Al65(原子%)に変更して(Ti35Al65)N(原子比)の組成を有する平均膜厚0.3μmの第一硬質皮膜を形成した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造し、評価した結果を表5に示す。
実施例27
第一硬質皮膜の膜種を検討するために、第一硬質皮膜のターゲット組成をTi100ターゲットに変更するとともに成膜時の雰囲気を窒素ガスとアセチレンガスとの混合ガス雰囲気にしてTiCN(原子比)の組成を有する平均膜厚0.3μmの第一硬質皮膜を形成した以外実施例1と同様にして、硬質皮膜被覆工具を製造し、評価した結果を表5に示す。
表5より、第一硬質皮膜の膜種が(Ti50Al50)N(実施例25)、(Ti35Al65)N(実施例26)、及びTiCN(実施例27)の場合に、剥離面積が2000μm2未満となり、硬質皮膜は良好な密着強度を有することが分かる。
(1) イオンボンバード金属の影響
実施例1、19及び20と比較例3の比較から明らかなように、Cr単独又はCrとV又はMnとの合金からなるターゲット(Em/Ew<3)を用いた実施例1、19及び20の硬質皮膜被覆工具では、脱炭相がないだけでなく、硬質皮膜の剥離面積が1214μm2以下(2000μm2未満)と小さかったが、Ti100のターゲット(3<Em/Ew)を用いた比較例3の硬質皮膜被覆工具では、脱炭相が形成され、また硬質皮膜の剥離面積も4017μm2と非常に大きかった。これから、Em/Ew<3の条件を満たすイオンボンバード金属を用いると、脱炭相が形成されないだけでなく、硬質皮膜の密着強度が非常に高いが、上記条件を満たさないと、脱炭相が形成され、硬質皮膜の密着強度も低いことが分かる。実施例1、19及び20で硬質皮膜の密着強度が高いのは、WC基超硬合金基材の表面に形成されたbcc構造の改質相が密着強度の改善に寄与したためであると考えられる。
(2) ガス種の影響
実施例1〜3と比較例1の比較から明らかなように、金属Crによるイオンボンバード処理を、窒素ガス単独又は窒素ガスとArガスとの混合ガス(窒素ガスの流量比が50体積%以上)中で行った実施例1〜3では硬質皮膜の剥離面積が1243μm2以下(2000μm2未満)に抑制されたが、金属Crによるイオンボンバード処理をArガス中で行った比較例1では硬質皮膜の剥離面積は6838μm2と非常に大きかった。これは、比較例1で用いたArガスでは窒素ガスと異なり、イオンボンバード処理時に金属Crのターゲット表面に形成されるプラズマの密度が低いからである。
イオンボンバード処理時に基材に流れるバイアス電流に着目すると、窒素ガス単独又は窒素ガスとArガスとの混合ガスの雰囲気とした実施例1〜3ではバイアス電流は約18 Aであったのに対し、アルゴンガス単独の雰囲気とした比較例1でのバイアス電流は約14 Aであった。バイアス電流が高いほど基材に到達するCrイオンの量が多い(ターゲット金属のイオン化効率が高い)ので、実施例1〜3は比較例1よりイオン化効率が高く、もってイオンボンバード処理効率も高いと言える。そのため、実施例1〜3で得られた硬質皮膜被覆工具は比較例1で得られた硬質皮膜被覆工具より硬質皮膜の剥離面積が小さく、長寿命である。図2で例示したとおり、本発明においては、改質相の結晶格子と硬質皮膜の結晶格子が少なくとも70%以上連続しているから、結晶格子の連続性により硬質皮膜の密着強度が向上したと考えられる。
(3) バイアス電圧の影響
バイアス電圧以外の条件が同じ実施例1、4及び5におけるバイアス電圧と硬質皮膜の剥離面積との関係を図7に示す。図7から明らかなように、バイアス電圧がそれぞれ−800 V及び−600 Vの実施例4及び5の硬質皮膜の剥離面積は、バイアス電圧が−1000 Vの実施例1より大きかったが、いずれも1500μm2未満と従来例1〜4より十分に小さかった。図7から、バイアス電圧の絶対値が大きいほど、硬質皮膜の剥離面積が小さくなる(密着強度が高くなる)ことが分かる。基材温度は、バイアス電圧が−600 Vの実施例5では711℃であり、バイアス電圧が−800 Vの実施例4では708℃であり、バイアス電圧が−1000 Vの実施例1では738℃であった。これらのことから、バイアス電圧の絶対値が大きくなるにつれて基材に到達する金属イオンのエネルギーが高くなり、基材温度が上昇して基材表面が活性化されると考えられる。
(4) 放電電流の影響
アーク放電式蒸発源の放電電流以外同じ条件で製造した実施例1、6及び7の硬質皮膜被覆工具について、放電電流と硬質皮膜の剥離面積との関係を図8に示す。実施例1、6及び7の放電電流はそれぞれ120 A、100 A及び150 Aであった。図8から、いずれの剥離面積も1500μm2未満と従来例1〜4より著しく小さく、かつ放電電流が増加すると硬質皮膜の剥離面積が減少することが分かる。放電電流が高いほど硬質皮膜の剥離面積が小さくなるのは、放電電流が高いほどターゲットから放出されるCrイオンが多くなり、イオンボンバード処理が効率化するためであると考えられる。
(5) ガス圧力の影響
雰囲気のガス圧力以外同じ条件で製造した実施例1及び8〜11及び比較例2の硬質皮膜被覆工具について、ガス圧力と硬質皮膜の剥離面積との関係を図9に示す。実施例1及び8〜11及び比較例2のガス圧力はそれぞれ0.08 Pa、2 Pa、1 Pa、0.04 Pa、0.7 Pa、及び0.006 Paであった。図9から、実施例1、8、9及び11は、雰囲気のガス圧力が減少すると硬質皮膜の剥離面積が減少する傾向が認められた。これは、ガス圧力を高く設定するためにガスを多量に流すと、成膜装置内に存在するガス分子が金属イオンの基材への到達を妨げるためであると考えられる。
実施例1及び8〜11の中では実施例10が最も低いガス圧力であるが、硬質皮膜の剥離面積は微増した。これは、窒素ガスの流量が少ないために金属Crのイオン化効率が低下したためであると考えられる。従って、真空(0.006 Paのガス圧力)を用いた比較例2では、硬質皮膜の剥離面積は5773μm2と著しく大きかった。
(6) イオンボンバード処理時間の影響
イオンボンバード処理時間以外同じ条件で製造した実施例1及び12〜15の硬質皮膜被覆工具について、イオンボンバード処理時間と硬質皮膜の剥離面積との関係を図10に示す。実施例1及び12〜15のイオンボンバード処理時間はそれぞれ15分間、10分間、5分間、20分間、及び25分間であった。図10から、イオンボンバード処理時間が長くなると硬質皮膜の剥離面積は減少する傾向が認められた。これは、イオンボンバード処理時間が短いほど得られる改質相が薄くなるためであると考えられる。改質相の平均厚さは5分間(実施例13)で約5 nm、10分間(実施例12)で約7 nm、及び15分間(実施例1)で約10 nmあった。
イオンボンバード処理時間は基材のサイズに応じて変動するが、ボール半径Rが1.0 mmで、首下長さLが10 mmの図6に示すWC基超硬合金製二枚刃ボールエンドミルでは、15分以上のイオンボンバード処理で硬質皮膜の剥離面積の低減効果は飽和した。これは、イオンボンバード処理時間を長く設定しても、基材温度がほとんど変わらず、改質相の厚さがほとんど変化しないためであると考えられる。
(7) 第一硬質皮膜の組成の影響及び平均膜厚の影響
表4に示すように、第一硬質皮膜(TiN皮膜)の平均膜厚が0.1〜0.5μmである実施例21〜25の場合、いずれも剥離面積が2000μm2未満となり、硬質皮膜は良好な密着強度を有する。また表5に示すように、第一硬質皮膜の膜種が(Ti50Al50)N(実施例25)、(Ti35Al65)N(実施例26)、及びTiCN(実施例27)の場合に、いずれも剥離面積が2000μm2未満となり、硬質皮膜は良好な密着強度を有する。これは改質相及び第二硬質皮膜はともにCrを含有し、かつ第一硬質皮膜は薄膜なので、改質相から第二硬質皮膜に至る結晶格子縞が少なくとも部分的に連続し、親和性に富み、高い密着強度を有するためであると考えられる。
(8) 第二硬質皮膜の組成の影響
第二硬質皮膜の密着強度に対する第二硬質皮膜の組成の影響を評価するために、表3に示すように第二硬質皮膜の組成が異なる以外実施例1と同じ条件で、実施例16-1〜18の硬質皮膜被覆工具を製造した。実施例16-1〜18の硬質皮膜はそれぞれ(Al80Cr20)N 、(Al60Cr40)N 、(Al65Cr30Si5)N、(Al65Cr25Si10)N、(Al60Cr20Si20)N、(Al65Cr25Ti10)N、(Al60Cr20Ti20)N、(Al70Cr30)N/(Ti80Si20)Nの二層積層構造、及び(Al70Cr30)N/(Cr90Si5B5)Nの二層積層構造であった。実施例16-1〜18の硬質皮膜被覆工具は、実施例1より硬質皮膜の剥離面積が大きいが、いずれも2000μm2未満と従来例1〜4より非常に小さかった。これは、実施例1と同様に、実施例16-1〜18の硬質皮膜に改質相と同じ成分であるCrが含まれているために、基材/改質相/第一硬質皮膜/第二硬質皮膜の密着強度が向上したためであると考えられる。

Claims (8)

  1. WC基超硬合金基材の表面にbcc構造を有する改質相を介して少なくともTiを含有する第一硬質皮膜を形成し、さらに前記第一硬質皮膜の直上に少なくともCrを含有する第二硬質皮膜を形成した硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材であって、前記改質相は、不可避的不純物を除いて下記一般式:
    W100-x-yMxCoy(質量%)
    [ただし、MはCr、V、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Crは必須でM元素全体の70質量%以上であり、かつW、M元素及びCoの含有量(質量%)を表す(100-x-y)、x及びyはそれぞれ80≦100-x-y≦95、5≦x≦20、及び0.1≦y≦3の条件を満たす数である。]により表される金属組成を有することを特徴とする硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材。
  2. 請求項1に記載の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材において、前記第一硬質皮膜が少なくともTi及びNを含有するとともに平均膜厚が0.1〜0.5μmであり、前記第二硬質皮膜が少なくともCr及びNを含有することを特徴とする硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材。
  3. 請求項1又は2に記載の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材において、前記基材の結晶格子縞が前記改質相の結晶格子縞と両者の界面において少なくとも部分的に連続していることを特徴とする硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材。
  4. 請求項1〜3のいずれかに記載の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材において、前記M元素がCrのみからなることを特徴とする硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材。
  5. 請求項1〜4のいずれかに記載の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材において、切削工具であることを特徴とする硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材。
  6. 硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材を製造する方法において、(1) 窒素ガス又は窒素ガスと不活性ガスとの混合ガス(窒素ガスの流量を前記混合ガスの流量の50%以上とする。)を用い、前記ガスの圧力を0.03〜2 Paとし、前記基材の温度を650〜850℃とする条件で、前記WC基超硬合金基材の表面に対してM元素(Cr、V、Ni、Fe及びMnからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、Crは必須でM元素全体の70質量%以上である。)のイオンボンバード処理を行うことにより、bcc構造を有する改質相が形成された表面改質WC基超硬合金部材を製造し、(2) 前記改質相の直上に少なくともTiを含有する第一硬質皮膜を形成し、さらに前記第一硬質皮膜の直上に少なくともCrを含有する第二硬質皮膜を形成することを特徴とする方法。
  7. 請求項6に記載の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材の製造方法において、前記第一硬質皮膜が少なくともTi及びNを含有するとともに膜厚が0.1〜0.5μmであり、前記第二皮膜が少なくともCr及びNを含有することを特徴とする方法。
  8. 請求項6又は7に記載の硬質皮膜被覆WC基超硬合金部材の製造方法において、前記M元素の800℃における炭化物生成自由エネルギーEmが、Wの800℃における炭化物生成自由エネルギーEwに対して、Em/Ew<3の条件を満たすことを特徴とする方法。
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