JP2013176859A - ボールペンチップ - Google Patents

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Abstract

【課題】安定したインキ流出量を得るとともに、インキリターンし易すく、チップ先端部の内壁の摩耗を抑制し、また、筆感及び筆跡が良好なボールペンチップ及びそれを用いたボールペンを簡単な構造で提供する。
【解決手段】ボールペンチップにおいて、前記ボール抱持室の底壁に曲面状のボール座を形成し、前記チップ先端部の内壁に曲面状のシール面を形成し、且つ縦断面における前記ボール座の先端縁と、前記ボール座の先端縁と軸心で対峙する位置のシール面との先端縁を結ぶ交線の交点が、前記ボールの略中心を通るとともに、前記ボールの表面及び/又は前記ボール抱持室の内面に炭素質膜を設け、前記炭素質膜が、炭素原子及び該炭素原子と結合した酸素原子を有することを特徴とする。
【選択図】 図1

Description

本発明は、ボール抱持室と、該ボール抱持室の底壁の中央に形成したインキ流通孔と、該インキ流通孔から放射状に延びる複数本のインキ流通溝とを有し、チップ先端部を内側にかしめることにより、ボールの一部をチップ先端縁より突出させて回転自在に抱持してなるボールペンチップに関する。
従来からボール抱持室と、該ボール抱持室の底壁の中央に形成したインキ流通孔と、該インキ流通孔から放射状に延びる複数本のインキ流通溝とを有し、チップ先端部を内側にかしめることにより、ボールの一部をチップ先端縁より突出させて回転自在に抱持してなるボールペンチップについてよく知られている。
こうしたボールペンチップを用いたボールペンにおいて、紙面へのインキ吐出のメカニズムは、水性ボールペン用インキなどの紙面へ浸透するタイプと、油性ボールペン用インキなどの紙面へ転写するタイプとに大別できる。こうした、ボールペンでは、紙面へ浸透又は転写できなかったボールペン用インキは、再度、チップ内に戻る、インキリターンを行うことで、チップ先端部にインキが残り、滴化する泣き現象、該チップ先端部に残ったインキが滴化して筆跡に転写されるとボテ現象が発生する問題を抱えている。
ところで、ボールペンチップにおいて、特開平6−15218号公報「塗布具の製造方法」に開示のように、チップ先端部からのインキ漏れ防止等のため、チップ先端部の内壁に、曲面状のシール面を形成することが開示されている。
また、特開2001−171280号公報「ボールペンチップの製造方法」では、チップ先端部の内壁とボールとの隙間やチップ先端部の内壁面幅によって、インキ流出量をコントロールし、描線濃度やボール座の摩耗を抑制することが開示されている。
さらにまた、ボールやボール座の摩耗を低減するため、セラミックス製のボールを用いたり、特開2004−338134号公報「ボールペンチップ及びボールペン」のように、金属製ボールの表面をダイヤモンド状炭素膜などの硬質の材料によりコーティングしたりすることが試みられている。また、ボールによるチップ本体の摩耗を低減するために、ボールだけでなくチップ本体を硬質の材料によりコーティングすることが試みられている。
特開平6−15218号公報 特開2001−171280号公報 特開2004−338134号公報
しかし、筆記時のボールの回転によって、ボール座などボール抱持室の底壁側の摩耗が発生しやすいことも事実であるが、チップ先端部の内壁も摩耗が発生している。このチップ先端部の内壁の摩耗が大きくなると、インキの垂れ下がりや筆跡に影響する恐れがあった。
ここで、ボールペンに用いられるインキは、水性ボールペン用インキ、剪断減粘性が付与された水性又は油性のボールペン用インキ、油性ボールペン用インキ、に大別できる。近年、剪断減粘性が付与された水性又は油性のボールペン用インキ、及び、油性ボールペン用インキは、筆感向上等を目的として、粘度を低くすることが望まれている。
そのため、特許文献3のように、ボール及びチップ本体の硬度を高くしただけでは、ボール及びチップ本体の摩耗を完全に防止するには至っていないのが現実である。これは、ボールとチップ本体との接触部位をミクロ的に見た場合には、ボールとチップ本体との界面にボールペン用インキが介在することなく直接接触する境界潤滑の状態となる場合があり、特にボールペン用インキが低粘度の場合に生じやすい。
本発明はこれらの従来技術に鑑みてなされたものであって、安定したインキ流出量を得るとともに、インキリターンし易すく、チップ先端部の内壁の摩耗を抑制し、また、筆感及び筆跡が良好なボールペンチップを簡単な構造で提供することにある。
本発明は、前記問題を解決するために、第1に、チップ本体に、ボール抱持室と、該ボール抱持室の底壁の中央に形成したインキ流通孔と、該インキ流通孔から放射状に延びる複数本のインキ流通溝とを有し、チップ先端部を内側にかしめることにより、ボールの一部をチップ先端縁より突出させて回転自在に抱持してなるボールペンチップにおいて、前記ボール抱持室の底壁に曲面状のボール座を形成し、前記チップ先端部の内壁に曲面状のシール面を形成し、且つ縦断面における前記ボール座の先端縁と、前記ボール座の先端縁と軸心で対峙する位置のシール面との先端縁を結ぶ交線の交点が、前記ボールの略中心を通るとともに、前記ボールの表面及び/又は前記ボール抱持室の内面に炭素質膜を設け、前記炭素質膜が、炭素原子及び該炭素原子と結合した酸素原子を有することを特徴とする。
第2に、前記チップ先端部のかしめ角度が、鈍角であることを特徴とする。
第3に、前記ボール座の径が、前記シール面の先端内径と略同等であることを特徴とする。
第4に、前記炭素質膜の表面における酸素原子と結合した炭素原子の全炭素原子に対する比率は、0.1以上であることを特徴とする。
本願発明の第1の構成によれば、チップ本体に、ボール抱持室と、該ボール抱持室の底壁の中央に形成したインキ流通孔と、該インキ流通孔から放射状に延びる複数本のインキ流通溝とを有し、チップ先端部を内側にかしめることにより、ボールの一部をチップ先端縁より突出させて回転自在に抱持してなるボールペンチップにおいて、前記ボール抱持室の底壁に曲面状のボール座を形成し、前記チップ先端部の内壁に曲面状のシール面を形成し、且つ縦断面における前記ボール座の先端縁と、前記ボール座の先端縁と軸心で対峙する位置のシール面との先端縁を結ぶ交線の交点が、前記ボールの略中心を通るとともに、前記ボールの表面及び/又は前記ボール抱持室の内面に炭素質膜を設け、前記炭素質膜が、炭素原子及び該炭素原子と結合した酸素原子を有することで、ボールの偏りを抑制し、ボールがボール座から外れないようにしているため、ボールの回転をスムーズにするとともに、前記ボールとチップ先端部の内壁との隙間も一定に維持しやすいため、安定したインキ流出量を得ることができ、インキリターンしやすい効果を奏する。
また、ボールの偏りを抑制することで、ボールの回転によるボール座及びチップ先端部のシール面の偏摩耗を抑制することもできる。さらに、前記ボールが、略円弧状のボール座とシール面によって前後方向の移動を規制されているため、ボールの回転をスムーズにすることができる。
尚、本願発明の縦断面における前記ボール座の先端縁と、前記先端縁と軸心で対峙する位置のシール面との先端縁を結ぶ交線の交点が、前記ボールの略中心を通るとは、ボールの中心及びその近傍を通過するものであり、具体的には、前記交点が、ボールの中心及びボールの中心からボール径の10.0%以下、好ましくは5.0%以下の範囲を通ることが望ましい。
また、本発明によるボールペンチップを具備したボールペンに用いられるインキは、炭素質膜との親和性が高いことが望ましい。例えばボールペンに用いられるインキには、アルコールやグリコールエーテル等の親水性官能基を有する成分が含まれていることが多い。このような成分を含むインキは、従来使用されていたボール、例えば表面処理がなされていない炭化ケイ素からなるボールとは親和性が低い。このため、ボールとボール抱持室との接触部分が境界潤滑となり易い傾向がある。しかしながら、本発明においてはボール表面またはボール抱持室の内面のいずれかに炭素質膜が形成されており、それと親和性の高いインキを用いることでボールとボール抱持室の内面のボール座やシール面との間が流体潤滑となりやすい。また、ボールとインキとの親和性が向上することにより、インキの供給を安定化することができるので、書き出し性を良化し、より均一な筆跡及び良好な筆感を実現することが可能となる。このような炭素質膜に対するインキの親和性は、接触角により評価することができる。
尚、炭素質膜を形成する方法は、特に制限されない。例えば、炭化水素ガスを原料として用いるプラズマ化学気相堆積法(プラズマCVD法)又は触媒化学気相堆積法(CAT−CVD法)等により形成することができる。また、固体グラファイトを原料とするスパッタリング法、アークイオンプレーティング法等により形成することもできる。さらに、他の方法により形成してもよく、複数の方法を組み合わせて形成してもよい。
本発明において用いられる炭素質膜は、ダイヤモンド様膜(DLC膜)に代表されるsp炭素−炭素結合(グラファイト結合)及びsp炭素−炭素結合(ダイヤモンド結合)を含む膜である。DLC膜のようなアモルファス状態の膜であっても、ダイヤモンド膜のような結晶状態の膜であってもよい。しかしながら、本発明において炭素質膜は、sp炭素−炭素結合のsp炭素−炭素結合に対する比率が高いほうが、炭素質膜の硬度が高くなるので好ましい。具体的には、sp炭素−炭素結合のsp炭素−炭素結合に対する比率が0.3以上であることが好ましい。
また、通常、炭素質膜はsp炭素−水素結合及びsp炭素−水素結合を含んでいるが、本発明における炭素質膜には炭素−水素結合は必須の構成要素ではない。また、炭素質膜には本発明の効果を損なわない範囲でシリコン(Si)又はフッ素(F)等が添加されていてもよい。
また、炭素質膜へ炭素−酸素結合を導入する方法は、例えば酸素プラズマ又は酸素を含むガスのプラズマ等の照射により行えばよい。酸素を含むガスとしては水蒸気、空気等を用いることができる。また、酸素原子を含む有機物化合物等のガスを用いることもできる。さらに、酸素を含む雰囲気において炭素質膜に紫外線を照射したり、炭素質膜を酸化性の溶液に浸漬することによって、酸素を導入することもできる。また、炭素質膜を成膜する際に雰囲気中の酸素濃度を高くすることにより、炭素質膜を成膜する際に炭素−酸素結合を導入することも可能である。炭素質膜の成膜直後にはその表面に未結合手が存在している。このため、成膜直後の炭素質膜を酸素を含む雰囲気に放置することにより未結合手と酸素とを反応させて炭素−酸素結合を導入することも可能である。
炭素質膜の膜厚は、特に限定されないが、0.001μm〜3μmの範囲が好ましく、0.005μm〜1μmの範囲であることがより好ましい。また、炭素質膜はボールの表面またはボール抱持室の内壁表面に直接形成することができるが、ボールまたはボール抱持室と炭素質膜とをより強固に密着させるために、中間層を設けることが好ましい。中間層の材質としては、ボールまたはボール抱持室の種類に応じて種々のものを用いることができるが、例えばケイ素(Si)と炭素(C)、チタン(Ti)と炭素(C)又はクロム(Cr)と炭素(C)からなるアモルファス膜等の公知のものを用いることができる。その厚みは特に限定されるものではないが、0.001μm〜0.3μmの範囲が好ましく、0.005μm〜0.1μmの範囲であることがより好ましい。中間層は、例えば、スパッタ法、CVD法、プラズマCVD法、溶射法、イオンプレーティング法又はアークイオンプレーティング法等を用いて形成することができる。
本願発明の請求項2の構成によれば、ボールペンチップにおいて、前記チップ先端部のかしめ角度を鈍角とすることで、ボール保持力を高め、チップ先端部の内面の摩耗抑制によって、ボール保持力を維持するとともに、かしめ角度を90度以下にする場合に比べ、ボールとチップ先端部の間にインキを溜める空間を大きくすることができるため、インキリターンしやすく、インキの這い上がりを抑制することができる。
本願発明の請求項3の構成によれば、前記ボール座の径が、前記シール面の先端内径と略同等とすることで、筆圧を受けた状態で、ボールがボール座に安定して載置し、前記した炭素質膜との相乗効果によってより回転しやすくすることができる。
また、前記炭素質膜が、炭素原子及び該炭素原子と結合した酸素原子を有し、前記炭素質膜の表面における酸素原子と結合した炭素原子の全炭素原子に対する比率は、0.1以上とすることで、炭素質膜とインキとの親和性が高くなり、長期及び長距離にわたり安定した筆記性能を維持することができる。
これは、ボールの表面とインキとの親和性が低い場合には、ボールの表面においてインキがはじかれてしまい、ボールとチップ本体との界面にインキを保持し難くなるため、特に長距離筆記時に摩耗を防止し難くなるため、炭素質膜の表面における酸素原子と結合した炭素原子を有し、ボール表面の親水性を高めることが好ましいためである。尚、炭素質膜における酸素原子と結合した炭素原子の中で、C−Oは水酸基及びエーテル等を主に構成し、C=Oはカルボニル基及びケトン等を主に構成し、O=C−Oは主にカルボキシル基及びエステル等を主に構成していると考えられる。このため、COtotalの値が大きくなるほど、炭素質膜の表面における親水性が増大し、炭素質膜とインキとの親和性が高くなると考えられるためである。COtotalの値は0.1以上とすることでボールの表面とインキとの親和性が高まり、長期及び長距離にわたり安定した筆記性能を維持しやすい。ただし、COtotalの値が大きくなりすぎると、炭素同士の結合が減少し硬度が低下するため、0.5以下とすることが好ましい。
本発明に用いるボールの材質は特に限定されないが、一般に金属またはセラミックスからなるものが用いられる。本発明による筆記具には耐久性が求められるために、高度の高い材料が選択されることが好ましい。例えば、炭化タングステン、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化ケイ素、炭化ケイ素などのセラミックスやステンレス鋼などの金属が用いられる。チップ本体もステンレス鋼や銅合金、アルミニウム等、特に限定されるものではない。
本発明は、安定したインキ流出量を得るとともに、インキリターンし易すく、チップ先端部の内壁の摩耗を抑制し、また、筆感及び筆跡が良好なボールペンチップ及びそれを用いたボールペンを簡単な構造で提供することができた。
実施形態1のボールペンチップを示す縦断面図である。 図1における、A−A矢視断面図である。 図1における、一部省略した要部拡大断面図である。 ボール表面を示す一部省略した要部拡大断面図である。 実施形態のボールペンチップを用いたボールペンを示す図である。
図1から図3に示す実施の形態のボールペンチップ1は、ボール9を抱持するためのボール抱持室3と、当該ボール抱持室3の底壁4の中央に形成されたインキ流通孔7と、当該インキ流通孔7から放射状に延びる複数本(本例では4本)のインキ流通溝6と、を有するチップ本体2のチップ先端部2aを内側にかしめることにより、ボール抱持室3内に抱持されるボール9の一部をチップ先端縁より突出させると共に当該ボール9を回転自在に抱持するボールペンチップ1である。チップ本体2は、ステンレス鋼線材からなる。また、インキ流通孔7はチップ後部孔8に連続している。また、ボール抱持室3の底壁4には、曲面状のボール座5が設けられており、チップ先端部2aの内壁には、曲面状のシール面2bを設けてある。
そして、直径0.5mmの炭化タングステン(ISO K−10相当)のボールを用いている。ボールの大きさは、その筆記具の用途や筆記時に要求される描線の幅などによって決められるが、一般に0.25〜2.0mmの範囲から選択される。チップ本体には、フェライト系ステンレス鋼線材(下村特殊精工株式会社製:SF−20T)を用いている。
本発明においては、前記ボール9表面、または前記ボール抱持室3の内壁表面(内面)の少なくとも一方に炭素質膜9Aが形成されている。このため、ボールは耐久性が高いだけでなく、ボールとインキとの親和性が高い。その結果、ボールとボール抱持室の内面との隙間にインキが保持され、ボールとボール抱持室の内面との直接の接触が生じにくくなる。従って、ボールとチップ本体とが直接に接触することによるボール及びチップ本体の摩耗を低減でき、耐久性に優れ且つ使用に伴う書き味の劣化が生じにくいボールペンを実現することができる。また、ボールとインキとの親和性が向上することにより、インキの供給を安定化することができるので、より均一な筆跡及び描線を実現することが可能となる。
このようなボールペンチップ1は、以下のように製造される。すなわち、例えばφ2.3mmで硬度が230Hv〜280Hvのステンレス鋼線材が所望の長さに切断され、ボール抱持室3、インキ流通孔7、及び、当該インキ流通孔7から放射状に伸びるインキ流通溝6、が作製される。その後、ボール抱持室3の底壁4にボール9を載置した状態でチップ先端部2a側からハンマーリングが行われ、曲面状のボール座が形成された後、チップ先端部2aが内側へかしめられる。その後、チップ後端側からハンマーリングが行われ、チップ先端部2aの内壁には、曲面状のシール面2bが形成される。
また、図3に示すように、縦断面におけるボール座5の先端縁と、当該ボール座5と軸心J(図1参照)を挟んで対峙するシール面2bの先端縁と、を結ぶ線分K1、K2の交点Kが、ボールの略中心Cを通るようになっている。このことにより、ボール9の偏りが抑制され、ボール9がボール座5から外れにくいようになっている。これにより、ボール9の回転がスムーズであり、ボール9とシール面2bとの隙間も一定に維持されやすく、従って安定したインキ流出量を実現することができ、且つ、インキリターンしやすいという効果を奏することができる。また、ボール9の偏りが抑制されることで、ボール9の回転によるボール座5及びシール面2bの偏摩耗を抑制することとなる。
なお、本実施形態においては、ボール9が、ボール座5に載置している状態のチップ先端より臨出するボール出Hは、ボール径の30.0%、かしめ角度αは93度、シール面2bの先端縁の内径は、ボール径の95.4%、ボール9の縦方向のクリアランスが20μmとし、ボール抱持室の内径は、ボール径の110.0%、ボール座5の径は、ボール径の95.0%としてある。
また、縦断面にけるボール座5とシール面2bは、ボール座5の先端縁と、軸心Jで対峙する位置のシール面2bの先端縁を結ぶ交線K1、K2の交点Kが、ボール9がボール座5に載置した状態で、ボール9の略中心Cを通過するようにしてある。尚、ボール9の中心Cと同心の円R1は、ボール9に対して直径が約10.0%の円であり、R2はボール9に対して直径が約5.0%の円である。
次に、炭素質膜9Aの形成方法について説明する。ここでは、例としてボール9表面に炭素質膜9Aを形成させる方法を説明する。ボール抱持室の内面に炭素質膜を形成させる場合にも同様の方法を応用することができる。
まず、ボール9の表面にSiとCとを含むアモルファス膜からなる中間層9Bを形成させる。成膜には例えばイオン化蒸着法を用いることができる。この方法では、真空ポンプを用いてイオン化蒸着用のチャンバー内を所定の圧力に調整すると共に、チャンバー内にテトラメチルシラン(Si(CH)を導入し、ボールにバイアス電圧(例えば1kV)を印加して、放電(例えば30分間)を行う。成膜の際にチャンバー内においてボールを回転させることにより、ボール9の表面全面に中間層9Bを形成することができる。
中間層9Bの形成後、チャンバー内に供給するガスをベンゼンに変更し、炭素質膜9Aを形成する。チャンバー内を真空ポンプを用いて所定の圧力に調整した後、ボールにバイアス電圧(例えば1kV)を印加して、放電(例えば90分間)を行う。成膜の際にチャンバー内においてボールを回転させることによりボール9の表面全面に炭素質膜9Aを形成することができる。
この後、酸素を含む雰囲気においてプラズマ照射を行い、炭素質膜への炭素−酸素結合の導入を行う。チャンバー内を例えば100Paの圧力に調整し、出力を例えば10Wとしてプラズマ照射を行い、目的のボールを得ることができる。
得られた炭素質膜に含まれる炭素−酸素結合の割合は、X線光電子分光(XPS)測定により評価することができる。測定条件は、形成させる炭素質膜の種類、厚さなどによって調整されるが、例えば、試料に対する検出角度を90°とし、X線源にはAlを用い、X線照射エネルギーを100Wとすることができる。1回の測定の時間は0.1ms程度とされるのが一般的である。また、測定精度を高めるために、1つの試料について複数回、例えば64回測定を行ってその平均値を測定結果とすることがある。
炭素質膜中のC−O、C=O及びO=C−Oの割合を求めるために、XPS測定により得られた炭素1s(C1s)ピークを、炭素同士が結合したspC−C及びspC−C、炭素と水素とが結合したspC−H及びspC−H、炭素と酸素とが結合したC−O、C=O及びO=C−Oの7つの成分にカーブフィッティングにより分解する。カーブフィッティングにあたり、spC−Cの結合エネルギーは283.8eV、spC−Cの結合エネルギーは284.3eV、spC−Hの結合エネルギーは284.8eV、spC−Hの結合エネルギーは285.3eV、C−Oの結合エネルギーは285.9eV、C=Oの結合エネルギーは287.3eV、O=C−Oの結合エネルギーは288.8eVとするのが適当である。カーブフィッティングにより得られた各ピークの面積をC1sピーク全体の面積により割った値を、各成分の組成比とした。C−O、C=O及びO=C−Oの組成比の和を炭素−酸素結合した炭素原子の全炭素原子に対する割合(COtotal)とする。
炭素質膜9Aが形成されたボール9をオージェ電子分光分析装置(アルバックファイ株式会社製 PHI−660型)により分析することで、中間層9Bおよび炭素質膜9Aの厚さを測定することができる。具体的には、炭素質膜が形成されたボールの表面を段階的にエッチングし、各段階でオージェ電子分光分析法により表面分析を行う。測定条件は、例えば、電子銃の加速電圧を10kV、試料電流を500nm、アルゴンイオン銃の加速電圧を2kVとする。この測定条件により、ボール9表面の40μm角の領域について、各深さにおける分析を行うことで、中間層9Bや炭素質膜9Aの厚さを測定することができる。
前記した方法により製造した炭素質膜9A付きのボール9について分析した場合には以下の結果が得られた。炭素質膜が形成されたボール9の表面から80nm程度の深さまではほぼ炭素原子(C)だけが存在しており、炭素質膜9Aが形成されていた。80nm〜120nmの深さにおいては、Si原子が存在しており、SiCからなる中間層9Bが形成されていた。100nm以上の深さの部分では炭化タングステン(WC)だけが検出され、図4に示すように、ボール9である炭化タングステンの表面に、中間層9Bおよび炭素質膜9Aが形成されていることが確認された。
第1の実施形態を組み込んだボールペン
次に、図5に示すのは、第1の実施形態のボールペンチップ1をボールペン21に組み込んだ例である。具体的には、インキタンク22の先端部に、第1の実施形態のボールペンチップ1が装着されている。インキタンク22内には、水性ゲルインキボールペン用インキ24と、グリース状のインキ追従体25と、が収容されている。
ボール9の後方には、コイルスプリング23が配設されており、この押圧力によって、ボール9がチップ先端部2aのシール面2b側に押圧されている。尚、ボール9を押圧するコイルスプリング23の押圧力は、10gfとしてあり、ボール保持力は、450gfであった。
このボールペン21を用いて紙面に筆記すると、インキ収容筒22にあるボールペンインキ24が、ボールペンチップ1の後部孔8からインキ流通孔7及びインキ流通溝6を通じてボール9に供給される。ボール9に供給されたボールペンインキ24は、筆圧によって前記クリアランス分だけボール9がボール座5側に移動する際に、チップ先端部2aの内壁とボール9との間に生じる隙間を介して、吐出されることになる。これによって、筆記がなされることになる。
実施例
前記した方法により、ボール表面に炭素質膜を形成させたボール(DLC−1)と、プラズマ照射条件を変えることにより、炭素−酸素結合の割合が異なる炭素質膜を得たボール(DLC−2)を作成した。具体的には、DLC−1は、高周波電源の出力を10Wとし、60秒秒間酸素プラズマを照射した。DLC−2は、高周波電源の出力を50Wとし、60秒間酸素プラズマを照射した。これらのボールに形成された炭素質膜に含まれる各結合の割合を前記した方法で測定した。得られた結果は表1に示す通りであった。
Figure 2013176859
酸素原子と結合した炭素原子の全炭素原子に対する比率(COtotal)は、DLC−1では0.16であり、DLC−2では0.43であった。酸素プラズマを照射する際の電源出力が高いDLC−2の方がDLC−1よりもCOtotalの値が大きくなった。COtotalをさらに詳しくみると、C−Oの全炭素に対する比率は、DLC−1とDLC−2とでほぼ同じとなったが、C=Oの比率は、DLC−2においてDLC−1の約6倍となり、O=C−Oの比率は、DLC−2においてDLC−1の約9倍となった。また、これらの炭素質膜におけるsp炭素−炭素結合のsp炭素−炭素結合に対する比率は0.3以上であった。
次に、炭素質膜を形成していない炭化タングステンボール(WC)、前記したDLC−1、または前記したDLC−2と、ボールペン用インキとの接触角に関し、測定を行った。得られた結果は表2に示す通りであった。
Figure 2013176859
水性インキ、水性ゲルインキ及び油性インキのいずれについても、WCよりもDLC−1の接触角が小さく、さらにDLC−2の接触角が小さくなった。水性インキの場合には、未処理のWCボールでは60°程度あった接触角がDLC−1では55°程度まで低下し、DLC−2では3°程度まで低下しており非常に親和性が高くなっていることがわかる。水性ゲルインキについても、未処理のWCボールでは44°程度あった接触角がDLC−1では39°になり、DLC−2では22°程度まで低下した。油性インキについても、同様に32°程度あった接触角が、25°及び20°程度まで低下しており、いずれのインキにおいても、炭素−酸素結合を有する炭素質膜を形成することにより、インキとの親和性が向上することが明らかである。
尚、使用したインキは、水、有機溶剤、着色剤(水溶性染料)を含む水性インキ(株式会社パイロットコーポレーション製、20℃の環境下におけるインキ粘度は、2mPa・s)を用いて測定を行っている。水性ゲルインキは、市販のゲルインキボールペン(株式会社パイロットコーポレーション製:G−2)に使用しているインキであり、有機溶剤、水溶性の染料系着色剤、剪断減粘性付与剤、保湿湿潤剤及び水等を含む。20℃の環境下で、剪断速度384.0秒−1における粘度は50mPa・sである。油性インキは、市販の油性ボールペン(株式会社パイロットコーポレーション製)に使用しているインキを低粘度にしたものである。油性インキの場合、粘度が低い方が摩耗が大きくなるため、低粘度のインキを用いた。有機溶剤であるフェニルグリコール及びベンジルアルコール、油溶性の染料系着色剤、樹脂、潤滑剤及び粘度調整剤等を含む。20℃の環境下における粘度は1500mPa・sである。なお、粘度の測定にはデジタル粘度計(ブルックフィールド社製DV−II:CPE−42ローター)を用いた。
接触角の測定には、自動接触角測定機(協和界面科学社製DM−500)を用いた。炭素質膜の表面上にインキを1μl滴下して接触角を測定した。なお、測定タイミングは水性インキの場合には滴下直後とし、粘度の高い水性ゲルインキ及び油性インキの場合には滴下の3秒後とした。測定値は3点の平均値とした。
ボールペン用のインキは主に着色剤としての染料又は顔料と溶剤とからなり、水性ゲルインキの場合には増粘剤をさらに含んでいる。溶剤は水性インキ及び水性ゲルインキの場合には主に水である。このため、炭素質膜の表面がある程度親水性である方が炭素質膜とインキとの親和性が高くなる。また、油性インキの有機溶剤にも、アルコール系又はグリコエーテル系等の親水性の官能基を有する成分が含まれているため、炭素質膜の表面がある程度親水性である方が炭素質膜とインキとの親和性が高くなると考えられる。
次に、前記の各ボールを用いたボールペンチップを具備したボールペンを準備して、走行試験を行った。この試験は、20℃にてボールペンを紙面に対して70度傾斜させた状態で保持し、直径32mmの円を描くように回転させ、筆記用紙(JIS:P3201)を4m/分の速さで移動させる試験機を用いた。ボールペンが1つの円を描くことにより約10cmの距離を筆記する。筆記距離の100mごとにチップ先端縁からのボール先端位置までの距離を測定した。ボール及びボール座の磨耗により、チップ先端縁からのボール先端位置までの距離が小さくなるため、ボール先端位置の変化量(沈み量)を磨耗量とした。尚、油性インキは400gf(約3.92N)、水性インキ及び水性ゲルインキ100gf(約0.98N)で走行試験を行っている。
先に述べた摩耗量を測定した結果、炭素質膜を形成していない未処理のボール(WC)>表面に炭素−酸素結合の官能基導入を行っていない炭素質膜(DLC−0)>DLC−1>DLC−2という結果となった。これは、水性インキにおいては、ボールとボール抱持室との間での境界潤滑或いは混合潤滑になると考えられるが、炭素−酸素結合を有する炭素質膜を形成した場合には、ボールと水性インキとの親和性が向上し、ボールとボール抱持室との直接の接触が生じにくいため、ボール及びボール抱持室が摩耗しにくくなったためである考えられる。
また、ボールペンチップのかしめ角度α、ボール径、ボール出等も特に限定されるものではない。もっとも、ボールペンチップのかしめ角度α、ボール径、ボール出等も特に限定されるものではない。もっとも、かしめ角度αが大きすぎると、紙当たり角度が小さくなる傾向となるため、120度以下、好ましくは110度以下とすることが好ましい。かしめ角度を鈍角とすることで、ボール9とチップ先端縁の間にインキを溜める空間を大きくすることができるため、インキリターンしやすく、インキの這い上がりを抑制することができるので90度以上とすることが好ましい。
尚、実施形態では便宜上、ステンレス鋼線材をドリルによる切削加工によってチップ本体2を形成する切削タイプを例示しているが、金属製のパイプ(例えばステンレス鋼製パイプ)の先端近傍側壁を径方向内方に押圧変形することにより形成した複数(例えば、3個または4個)の内方突出部とによってボール抱持室を形成し、内方突出部によって設けた底壁にボール座、チップ先端部の内壁にシール面を設けたボールペンチップであってもよい。
本発明によるボールペンチップにおいては、前記ボール表面、または前記ボール抱持室の内面の少なくとも一方に炭素質膜が形成されている。前記ボール表面と前記ボール抱持室の内面の両方に炭素質膜が形成されていてもよい。なお、ボール抱持室の内面に炭素質膜が形成される場合には、ボール抱持室の内面だけに炭素質膜が形成されていればよいが、製造の容易さや、使用による変形などの観点から、ボール抱持室外面など、広い範囲に炭素質膜が形成されていてもよい
また、ボール抱持室の内面に形成する炭素質膜は、ボールの表面に形成する炭素質膜と官能基の導入量又はCOtotalの値等が同じであってもよいし、異なっていてもよい。また、ボールペンチップの表面に炭素質膜を形成する場合も、炭素質膜とボール抱持室の内面との間に中間層を形成してもよい。
また、ボール出、クリアランス、ボール抱持室の内径は、特に限定されるものではないが、前記したインキ消費量を得るために、ボール出は、ボール径の20.0〜45.0%、好ましくは30〜40%、クリアランスは、5〜50μm、ボール抱持室の内径は、ボール径の105.0〜120.0%とすることが好ましい。
本発明のボールペンチップは、ボールペンとして広く利用可能であり、ボール座の摩耗を抑制できるので、特に0.5mm以下の小径のボールを用いたボールペンとして好適に用いることができる。
また、本発明のボールペンチップボールの回転による摩耗を抑制するので、ボールペンチップとインキタンクとの間にチップ保持部材を具備し、このチップ保持部材の後方にインキタンクを着脱自在に取り付けることで、ボールペンチップの交換を不要とし、長期及び長距離にわたり安定した筆記性能を維持するボールペンを提供することができる。
1 ボールペンチップ
2 チップ本体
2a 先端部
2b シール面
3 ボール抱持室
4 底壁
5 ボール座
6 インキ流通溝
7 インキ流通孔
9 ボール
9A 中間層
9B 炭素質膜
11 ボールペン
12 インキタンク
13 コイルスプリング
14 ボールペン用インキ
15 インキ追従体
C ボールの中心
J 軸心
K 交点
K1、K2 交線

Claims (4)

  1. チップ本体に、ボール抱持室の底壁の中央に形成したインキ流通孔と、該インキ流通孔から放射状に延びる複数本のインキ流通溝とを有し、前記ボール抱持室の底壁に、曲面状のボール座を設け、前記ボール座にボールを載置し、チップ先端部を内側にかしめることにより、ボールの一部をチップ先端縁より突出させて回転自在に抱持してなるボールペンチップにおいて、前記チップ先端部の内壁に、曲面状のシール面を形成し、前記ボールの表面及び/又は前記ボール抱持室の内面に炭素質膜を設けてなるとともに、前記炭素質膜が、炭素原子及び該炭素原子と結合した酸素原子を有し、縦断面における前記ボール座の先端縁と、前記先端縁と軸心で対峙する位置のシール面との先端縁を結ぶ交線の交点が、前記ボールの略中心を通ることを特徴とするボールペンチップ。
  2. 前記チップ先端部のかしめ角度が、鈍角であることを特徴とするボールペンチップ。
  3. 前記ボール座の径が、前記シール面の先端内径と略同等であることを特徴とする請求項1または2に記載のボールペンチップ。
  4. 前記炭素質膜の表面における酸素原子と結合した炭素原子の全炭素原子に対する比率は、0.1以上であることを特徴とする請求項1ないし3の何れか1項に記載のボールペンチップ。
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