JP2013053375A - 塑性加工用鋼材およびその製造方法、並びに塑性加工製品 - Google Patents

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Abstract

【課題】皮膜中にリン酸塩を含有しなくても、代表的な潤滑皮膜であるリン酸塩・石鹸皮膜と同等またはそれ以上の塑性加工性および耐食性を発揮する潤滑皮膜を備えた塑性加工用鋼材を提供する。
【解決手段】鋼材表面にリンを含まない皮膜を備えた塑性加工用鋼材であって、前記皮膜は、鋼材側から順に、鋼材成分の酸化物を含有する第1層と、石鹸と、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩(但し、塩素酸塩を除く。)または鉄の錯塩とを含有する第2層と、を含む塑性加工用鋼材。
【選択図】なし

Description

本発明は、引き抜き、伸線、圧造、鍛造等の塑性加工を行うのに有用な塑性加工用鋼材、およびその製造方法、並びに当該塑性加工用鋼材を用いて得られる塑性加工製品に関するものである。本発明の塑性加工用鋼材は、例えば、冷間鍛造、冷間圧造、冷間転造等の冷間加工によって得られるボルト、ナット、ばねなどの機械部品、スチールコード、ビードワイヤー、PC(prestressed concrete)鋼線などの伸線加工品などの塑性加工製品を製造するのに好適に用いられる。
塑性加工用鋼材は、用途に応じて、引き抜き、伸線、圧造、鍛造などの様々な塑性加工が施されるが、その際、加工工具と被加工材(鋼材)との間に高い圧力が加わり、相互間に滑りを伴って焼き付きが発生しやすくなる。そこで、被加工材表面の摩擦を軽減し、焼き付きなどを防止するため、金属材料の表面には、通常、潤滑皮膜が形成されている。
潤滑皮膜として、代表的には、リン酸塩皮膜と石けん層とからなる複合皮膜(以下、「リン酸塩・石鹸皮膜」と呼ぶ場合がある。)が挙げられる。このリン酸塩・石鹸皮膜は、金属材料にリン酸塩処理を行ってリン酸塩皮膜を形成した後、反応型石けん潤滑処理を行い、石けんの主成分であるステアリン酸ナトリウムとリン酸塩皮膜とを反応させ、密着性の良いステアリン酸亜鉛(金属石けん)とステアリン酸ナトリウム(湯浴石けん)とからなる石けん層を形成するなどして得られる。このようにして得られる皮膜は、潤滑性および耐焼き付き性に優れており、耐錆性も良好なため、当該皮膜を備えた鋼材は、例えば、冷間鍛造加工のような過酷な加工に好適に用いられる。
しかしながら、上記の鋼材を用い、冷間伸線加工後に熱処理してボルトなどの最終製品を作製すると、熱処理の際、金属材料中にリンが拡散(浸リン)し、遅れ破壊が発生するという問題がある。また、リン酸塩皮膜の形成には、煩雑な処理液の管理と多くの工程とを必要とするほか、処理液と被処理材(鋼材)との化学反応によって大量のスラッジが発生し、その処理に多大な労力と費用とを要する。
そこで、リン酸塩皮膜を介在させることなしに、潤滑性などに優れた潤滑皮膜を形成する方法が提案されている(例えば、特許文献1〜特許文献5)。
このうち、特許文献1には、石灰石鹸を主成分とする潤滑剤が、特許文献2には、アルカリ金属ホウ酸塩を主成分とする潤滑皮膜が、特許文献3には、ケイ酸カリウム、ステアリン酸塩、フッ素系樹脂などを含有する潤滑剤が、特許文献4には、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の炭酸塩を含有する潤滑剤が、それぞれ、提案されている。特許文献5は、本願出願人によって提案されたものであり、ここでは、「ケイ酸塩、ホウ酸塩の1種以上または水酸化カルシウムと、過酸化物とを含有する水溶液」または「ホウ酸塩と水酸化カルシウムと過酸化物とを含有する水溶液」を用いて潤滑皮膜を形成する方法を提案している。
特開平9−3476号公報 特開2002−192220号公報 特開2003−53422号公報 特開平11−222599号公報 特開2006−272461号公報
上述したように、潤滑性などに優れた塑性加工用鋼材は種々提案されているが、更なる改善が求められている。
本発明の目的は、皮膜中にリン酸塩を含有しなくても、代表的な潤滑皮膜であるリン酸塩・石鹸皮膜と同等またはそれ以上の塑性加工性および耐食性を発揮する潤滑皮膜を備えた塑性加工用鋼材、およびその製造方法、並びに当該塑性加工用鋼材から得られる塑性加工製品を提供することにある。
上記課題を達成し得た本発明の製造方法とは、鋼材表面に皮膜を備えた塑性加工用鋼材の製造方法であって、酸化剤として、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸若しくはその塩、または鉄の錯塩を用い、下記(a)または(b)の工程を含むところに要旨を有している。
(a)前記酸化剤と、石鹸とを含有する水溶液に、鋼材を浸漬する工程
(b)前記酸化剤を含有する水溶液に鋼材を浸漬した後、前記鋼材を石鹸と接触させる工程。
前記ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩として、アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を使用することが好ましい。前記ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸若しくはその塩、または鉄の錯塩の水溶液濃度は、好ましくは、0.01〜10mol/Lである。
本発明には、上記の製造方法によって製造された塑性加工用鋼材も包含される。
本発明の塑性加工用鋼材は、鋼材表面に皮膜を備えた塑性加工用鋼材であって、上記皮膜は、鋼材側から順に、鋼材成分の酸化物を含有する第1層と、石鹸と、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩とを含有する第2層と、を含んでいる。
上記第1層は、アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を更に含有していることが好ましい。また、上記第1層に含まれる鋼材成分は、鋼材側から第2層側に向うにつれて少なくなる濃度分布を有していることが好ましい。
上記第1層の厚さは、好ましくは10nm〜10μmである。
本発明には、上記の塑性加工用鋼材を塑性加工して得られた塑性加工製品も包含される。
本発明の製造方法によれば、皮膜中にリン酸塩を含有しなくても、リン酸塩・石鹸皮膜と同等またはそれ以上の塑性加工性を発揮する皮膜を備えた塑性加工用鋼材が得られる。また、本発明の製造方法によって形成される皮膜は、リンを含んでいないので、熱処理時に浸リンを発生させることも無い。このようにして得られる塑性加工用鋼材は、塑性加工を良好に行なうことができるため、耐食性などに極めて優れた塑性加工製品(例えばボルトなど)が得られる。
本発明者らは、潤滑性などの塑性加工性や耐食性に優れた潤滑皮膜を備えた塑性加工用鋼材を提供するため、研究を行なってきた。その結果、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸(オキソ酸)若しくはその塩、または鉄の錯塩といった酸化剤は皮膜密着性向上剤として極めて有用であり、この皮膜密着性向上剤と、皮膜形成剤である石鹸を用いて得られる皮膜は、従来のリン酸塩・石鹸皮膜と同等またはそれ以上に優れた塑性加工性および耐食性を発揮し得ることを見出し、本発明を完成した。
従来の非リン系潤滑剤を用いた場合は、母材である鋼材成分との化学反応が殆ど進行しないため、得られる皮膜は鋼材表面に物理的に接触しているだけで密着力が極めて弱い。これに対し、本発明によれば、皮膜密着性向上剤であるハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸若しくはその塩、または鉄の錯塩が鋼材成分(特に、鉄)と反応し、鋼材との密着性に極めて優れた反応層(鋼材の酸化物層を含む酸化反応皮膜)が鋼材表面に形成されるようになる。この反応層は凹凸を有しており、当該凹凸部に石鹸成分などが入りこむことによって密着性が更に向上するようになる。また、皮膜密着性向上剤として鉄の錯塩を用いれば、鋼材を構成する鉄との結合によって密着性が更に向上するようになる。その結果、本発明によれば、従来のリン酸塩・石鹸皮膜と同程度の極めて強固な潤滑皮膜が形成される。
以下、本発明に用いられる皮膜密着性向上剤(酸化剤)および石鹸成分について説明する。
(皮膜密着性向上剤)
本発明は、皮膜密着性向上剤として、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸(オキソ酸)若しくはその塩、または鉄の錯塩を用いたところに特徴がある。これらは、酸化剤として機能するため、当該皮膜密着性向上剤と石鹸を含む処理液などに鋼材を浸漬すれば、鋼材の表面に、鋼材成分と皮膜密着性向上剤、更には石鹸成分との強固な酸化反応物(主に、鋼材成分の酸化物を含む。)が形成されるようになる(詳細は後述する)。
上記皮膜密着性向上剤のうち、好ましくはハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩であり、より好ましくは鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩である。鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩を用いれば、皮膜の製造過程で還元された鉄が、鋼材表面に形成される上記酸化物に含まれるようになるため、酸化物層をより厚くすることができ、皮膜の密着性が一層高められる(後記する実施例を参照)。
上記の「塩」には、例えば、アルカリ金属塩(Li塩、Na塩、K塩など)、アルカリ土類金属塩(Mg塩、Ca塩、Sr塩、Ba塩など)などが挙げられる。特に、石鹸として、脂肪酸のアルカリ金属塩(一般的に「石鹸」と呼ばれるもの)やアルカリ土類金属塩(一般的に「金属石鹸」と呼ばれるもの)を使用する場合、皮膜密着性向上剤も、上記と同様、アルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩を使用することが好ましい。石鹸と皮膜密着性向上剤との酸化還元反応による反応浮遊物の生成や反応液の組成変化といった弊害を防止するためである。
具体的には、ハロゲンの酸素酸若しくはその塩として、例えば、次亜塩素酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など)、次亜臭素酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など)、次亜ヨウ素酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など);塩素酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など)、臭素酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など)、ヨウ素酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など);過塩素酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など)、過ヨウ素酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など)などが挙げられる。マンガンの酸素酸若しくはその塩として、例えば、過マンガン酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など)などが挙げられる。鉄の酸素酸若しくはその塩として、例えば、鉄酸またはその塩(ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、バリウム塩など)などが挙げられる。鉄の錯塩として、例えば、フェリシアン化カリウムなどが挙げられる。
(石鹸成分)
本発明において「石鹸」とは、狭義の石鹸(一般的に「石鹸」と呼ばれるもので、脂肪酸のアルカリ金属塩を意味する)のほか、金属石鹸や石灰石鹸を含む、広義の石鹸を意味している。本発明に用いられる石鹸は、潤滑皮膜の形成に通常用いられるものであれば特に限定されない。例えば、脂肪酸のアルカリ金属塩としては、代表的には、ステアリン酸ナトリウムなどが挙げられる。また、「金属石鹸」とは、一般に、アルカリ金属塩以外の脂肪酸の金属塩を意味し、例えばステアリン酸カルシウム、ステアリン酸アルミニウムなどが挙げられる。また、「石灰石鹸」とは、一般に、石鹸(脂肪酸のアルカリ金属塩)に過剰な生石灰(酸化カルシウム)を加えて水中で反応させることによって得られるものを意味する。通常、石灰石鹸は、水酸化カルシウム、ステアリン酸ナトリウム、水などを含有している。上記のほか、石灰石鹸は、大気中の二酸化炭素を吸収するなどして炭酸カルシウムを更に含むこともある。
次に、本発明の塑性加工用鋼材について説明する。
本発明の塑性加工用鋼材は、鋼材表面に皮膜を備えており、上記皮膜は、鋼材側から順に、鋼材成分の酸化物を含有する第1層と、石鹸と、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩とを含有する第2層と、を含んでいる。本発明によれば、鋼材の表面に、鋼材との密着性に極めて優れた酸化物が形成されるため、従来の石鹸・リン酸塩皮膜とほぼ同程度またはそれ以上に潤滑性や耐食性などに優れた潤滑皮膜が得られるようになる。
上記皮膜は、前述したように、鋼材成分の酸化物を含む第1層と、石鹸などを含む第2層とを含んでいる。皮膜の密着性向上に大きく寄与するのは、鋼材表面に形成される上記第1層である。
上記第1層は、鋼材成分と、皮膜の製造に用いられる成分(石鹸成分および皮膜密着性向上剤)の反応によって生成する酸化物から構成され、これらの1種または2種以上の酸化物が含まれる。
詳細には、上記酸化物は、少なくとも鋼材成分を含有している。鋼材成分の酸化物が鋼材表面に形成されることにより、強固な密着性皮膜が得られるようになる。
上記「鋼材成分」には、鋼材の主成分である鉄のほか、鋼材に含まれ得る合金成分(例えば、Si、Cr、Mo等)も含まれる。また、「鋼材成分の酸化物」とは、鉄の酸化物(例えばFeO、Fe23、Fe34等)や、合金成分であるSi、Cr、Mo等の酸化物を意味する。上記の「酸化物」は、化学量論的関係を必ずしも満足する必要はなく、成分比が化学量論組成を外れるもの、例えば、酸素が欠乏したものも含まれる。後記する実施例では、オージェ電子分光法によって皮膜深さ方向の元素分析を行なったとき、鋼材成分および酸素のいずれもが1質量%以上検出されるものを「鋼材成分の酸化物」として観察を行なった。
上記酸化物は、更に、皮膜密着性向上剤を含んでいてもよい。詳細には、上記酸化物は、皮膜密着性向上剤を構成するアルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩などを更に含有してもよい。また、本発明では、皮膜の製造過程で石鹸を用いるが、上記酸化物は、当該石鹸成分を構成するアルカリ金属、アルカリ土類金属、アルミニウムなどを更に含有してもよい。これらの存在形態は限定されず、アルカリ金属などの単独酸化物(例えばMgO、K2O、CaOなど)として存在しても良いし、鋼材成分(特に鉄)との酸化物の形態で存在してもよい。また、上記の酸化物は、前述した鋼材成分の酸化物の場合と同様、化学量論的関係を必ずしも満足する必要はなく、成分比が化学量論組成を外れるもの、例えば、酸素が欠乏したものも含まれる。
第1層に含まれる鋼材成分は、鋼材側から第2層側に向うにつれて少なくなるような「傾斜組成」を有していることが好ましい。例えば、第1層を構成する鋼材の酸化物が、アルカリ金属やアルカリ土類金属を含んでいる場合、第1層中のアルカリ金属およびアルカリ土類金属の合計に対する鋼材成分の質量比は、鋼材表面に近いほど大きいことが好ましい。このような濃度勾配を有している方が、鋼材との密着性に優れているため、塑性加工時に剥離しにくく、苛酷な塑性加工に耐えることができる。傾斜組成を有しているかどうかは、後述するオージェ電子分光法によって判定することができる。
第1層の厚さは、好ましくは10nm以上(より好ましくは100nm以上)、好ましくは10μm以下(より好ましくは7μm以下)である。第1層の厚さが薄すぎると、塑性加工用工具と鋼材との接触を充分に防止することができず、塑性加工時に焼付きなどが生じやすい。一方、第1層が厚すぎると皮膜に亀裂が生じ易くなる。第1層の厚さは、後述するオージェ電子分光法によって測定することができる。
第2層は、石鹸と、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩とを含有している。第2層には、鋼材成分との反応によって得られる酸化物を含んでいない点で、上記第1層と区別される。皮膜密着性向上剤として、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸を用いたときであっても、第2層には、これらの酸素酸はそのままの形態では含まれず、酸素酸の塩として存在する。皮膜の製造過程で、これらの酸素酸は酸素酸の塩に変化するからである。
上記皮膜は、潤滑皮膜に通常含まれる添加剤を更に含有しても良い。本発明に用いられる添加剤としては、例えば、防錆剤や固体潤滑剤などが代表的に例示される。防錆剤としては、例えば、モリブデン酸塩、バナジン酸塩、ポリアクリル酸、シリカ、ベンゾトリアゾールなどが挙げられる。固体潤滑剤は、摩擦係数の低減に有効であり、例えば、二硫化モリブデン、黒鉛、窒化硼素、雲母、フッ化黒鉛、ポリテトラフルオロエチレン、パラフィンなどが挙げられる。
本発明において、鋼材の種類は特に限定されず、炭素鋼、低合金鋼、ステンレス鋼などの様々な鋼材を使用することができる。また、鋼材の形態も塑性加工されるものであれば特に限定されず、例えば、ボルト、ナット、ばねなどの機械部品、スチールコード、ビードワイヤー、PC鋼線等の伸線加工品などの塑性加工製品を製造するのに用いられる線材や棒材などが挙げられる。
上記皮膜を構成する第1層および第2層の組成、厚さ、および付着量は、例えば、下記の方法によって測定することができる。
[第1層および第2層の組成、並びに厚さの測定法]
第1層および第2層の組成、並びに第1層および第2層の厚さは、例えば、オージェ電子分光法によって測定することができる。詳細な測定条件は以下のとおりである。この測定法により、第1層、第2層が単一組成か傾斜組成かを判別することもできる。
・装置:パーキン・エルマー社製「PHI650走査型オ−ジェ電子分光装置」
・一次電子エネルギー、電流:10keV、300nA
・その入射角:試料法線に対して30度
・そのビーム径:<5μmφ
・分析領域:同上(点分析)
・イオンスパッタエネルギー、電流:3keV、25mA
・その入射角度:試料法線に対して約58度
・そのスパッタ速度:約31nm/分
詳細には、オージェ電子分光法による深さ方向への元素分析結果に基づき、下記基準にて、鋼材の上に形成される第1層(鋼材の酸化物を含む)および第2層(鋼材の酸化物なし)の厚さを測定した。上記方法による深さ方向プロファイルによれば、第1層と第2層は、主にFeとO(酸素)によって区別することができ、第1層は、FeおよびOが多く検出されるのに対し、鋼材はOの検出量が少ない。一方、第2層はFeの検出量が少ない。そこで、以下のようにして各層を規定した。
鋼材 :Feを主成分として含み、Oの平均濃度<1原子%
第1層:鋼材の上(Oの平均濃度≧1%)の深さから第2層の内側(Feの平均濃度≧1原子%)の深さまでの範囲
第2層:最表面側に形成されており、Feの平均濃度<1原子%
[皮膜組成の測定法]
皮膜を備えた塑性加工用鋼材を用意し、当該鋼材をそのまま、または当該鋼材から金属片で削り取った皮膜を皮膜測定用サンプルとして用い、X線回折(XRD)によって皮膜の組成を測定する。X線回折によれば、例えば、石鹸由来のアルカリ金属またはアルカリ土類金属等の酸化物や、アルカリ土類金属等とケイ素またはホウ素等との複合酸化物等を同定することができる。あるいは、上記のようにして削り取った皮膜を皮膜測定用サンプルとして用い、赤外分光分析計(IR)やガスクロマトグラフ質量分析計(GC−MS)によって皮膜の組成を測定してもよい。これらの方法によれば、石鹸由来の有機成分やハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩、鉄の錯塩などを同定することができる。
[皮膜付着量の測定法]
皮膜付着量測定用サンプルとして、直径:10mm、長さ50mm程度のサンプルを用意する。金属片等を用いて全周に亘って皮膜を削り取った後、50℃の1N硫酸に水素の泡が発生するまで浸漬した後、水洗・乾燥し、皮膜除去後の質量変化から皮膜の付着量を測定する。
次に、上記の皮膜を備えた塑性加工用鋼材の製造方法を説明する。
本発明の製造方法は、上述した皮膜密着性向上剤(ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸若しくはその塩、または鉄の錯塩)および皮膜形成剤(石鹸)を用いて上記皮膜を形成したところに特徴がある。詳細には、本発明の製造方法は、酸化剤として、上記のハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸若しくはその塩、または鉄の錯塩を用い、下記(a)または(b)の工程を含んでいる。
(a)上記の酸化剤と石鹸とを含有する水溶液(処理液)に、鋼材を浸漬する工程
(b)上記の酸化剤を含有する水溶液(処理液)に鋼材を浸漬した後、鋼材を石鹸と接触させる工程
上記(a)、(b)のいずれを用いるかは、主に、酸化剤として機能する上記皮膜密着性向上剤の種類によって決定される。例えば、石鹸との反応性が低い皮膜密着性向上剤(例えば、液性が中性〜アルカリ性であり、石鹸を処理する温度で酸化作用を有する次亜塩素酸ナトリウムなど)を用いる場合は、上記(a)の工程を用いることが好ましく、一方、石鹸との反応性が高い皮膜密着性向上剤(例えば、液性が酸性のもの)を用いる場合は、上記(b)の工程を用いることが好ましい。
上記(b)において、鋼材を石鹸と接触させる手段は特に限定されず、例えば、鋼材を石鹸の水溶液などに浸漬しても良いし、鋼材と固体状の金属石鹸とを物理的に接触(例えば、こすり付ける)させても良い。
上記(a)における「皮膜密着性向上剤および石鹸を含む水溶液」、および上記(b)における「皮膜密着性向上剤を含む水溶液」の温度(処理温度)は、好ましくは30℃以上(より好ましくは40℃以上)、好ましくは80℃以下(より好ましくは70℃以下)である。30℃未満の場合は、鋼材に付着した処理液を乾燥するのに時間がかかる。一方、80℃を超える場合は、水分の蒸発が激しく、また、皮膜形成中に、皮膜密着性向上剤の分解が起こる恐れがある。
上記(a)および(b)において、水溶液(処理液)への鋼材の浸漬時間は、例えば、所望とする皮膜の付着量や、塑性加工の程度・塑性加工後の工程など応じて適宜設定すれば良いが、おおむね、好ましくは1分以上(より好ましくは2分以上)、好ましくは20分以下(5分以下)である。
上記(a)および(b)のいずれにおいても、皮膜密着性向上剤の水溶液濃度は、好ましくは0.01mol/L以上(より好ましくは0.5mol/L以上)、好ましくは10mol/L以下(より好ましくは5mol/L以下)である。皮膜密着性向上剤の濃度が低すぎると、鋼材成分との酸化反応が充分進行せず、密着性向上に寄与する鋼材成分の酸化物層(第1層)の形成が不充分となる。皮膜密着性向上剤の濃度を高くすれば、皮膜密着向上作用も向上する傾向にあるが、約10mol/Lを超えると上記作用が飽和してしまい、経済的に無駄である。
本発明には、上記塑性加工用鋼材を用いて得られる塑性加工製品も包含される。上記の塑性加工製品を製造する方法は特に限定されず、当該技術分野で周知の方法を、適宜採用すれば良い。本発明の塑性加工製品は、前述した皮膜をそのまま有していても良いし、上記皮膜を酸やアルカリ水溶液などを用いて除去しても良い。或いは、上記皮膜は、塑性加工後に熱処理を施すことによって変質されていても良い。例えば、ボルト用鋼を用いる場合、塑性加工後に焼き入れや焼き戻しを行うことが多く、これにより、皮膜を構成する第2層(石鹸層)中の水や有機分が蒸発するが、このようなものも本発明の範囲内に包含される。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
実施例1
本実施例では、表1に示すように、皮膜密着性向上剤として、次亜塩素酸カルシウム(ハロゲンの酸素酸塩)、過マンガン酸カリウム(マンガンの酸素酸塩)、鉄酸カリウム(鉄の酸素酸塩)、フェリシアン化カリウム(鉄の錯塩)を用いて皮膜を形成し、実験を行なった。
(供試材の作製)
鋼種SCM435を熱間圧延して得られた熱間圧延線材(線径10mm)を、強度が約1200MPaとなるように焼入れ・焼戻しを行なった後、直径10mm、長さ50mmのサイズに加工した。加工後の線材を酸洗して脱スケールし、次いで水洗した後、下記表1に示す浸漬条件で処理することにより、線材の表面に皮膜(第1層および第2層)を形成した。表1において、工程(a)の「処理剤の種類」の欄には、処理剤を構成する皮膜密着性向上剤および石鹸の種類および濃度を記載している。また、工程(b)の「処理剤の種類」の欄には、処理剤を構成する皮膜密着性向上剤の種類を記載し、「石鹸の種類」の欄には、鋼材と接触させる石鹸の種類を記載している。
なお、表1のNo.6では、線材をフェリシアン化カリウム水溶液に浸漬した後、粉体状のステアリン酸Caを擦り付けることによって接触させた。
比較のため、従来のリン酸塩・石鹸皮膜を備えた線材(表1のNo.18)を作製した。詳細な処理条件(リン酸亜鉛処理)は、以下のとおりである。
[リン酸亜鉛処理方法]
線材を15%塩酸溶液(50℃)中に10分間浸漬した後、水洗し、90g/Lのリン酸亜鉛処理剤(日本パーカライジング(株)製「パルボンド181X」)を用いて、80℃で5分間化成処理を行った。次いで、70g/Lの石鹸潤滑剤(日本パーカライジング(株)製「パルーブ235」)を用いて、80℃で5分間石鹸処理を行った。
本実施例では、各実験例について10個のサンプルを作製した。
このようにして得られた各サンプルについて、以下のようにして第1層の厚さおよび傾斜組成の有無を測定すると共に、塑性加工性および耐食性を評価した。
(第1層の厚さ)
オージェ電子分光法によって第1層の厚さを測定した。詳細には、各実験例について3個のサンプルを用意し、各オージェ電子分光法によって得られたプロファイルに基づき、Fe量が5原子%以上になる深さから、アルカリ金属またはアルカリ土類金属が5原子%以下になる深さまでを第1層(鋼材成分の酸化物層)の厚さとして算出し、これらの平均を、各実験例の第1層の厚さとした。
(第1層の傾斜組成の有無)
また、上記と同様、オージェ電子分光法を行うことによって第1層が傾斜組成を有するかどうかを調べた。詳細には、各実験例について3個のサンプルを用意し、第1層の表面からD/4、D/2および3D/4(D=第1層の厚さ)の位置におけるアルカリ金属またはアルカリ土類金属、および鉄の含有量を求めた。第1層中のアルカリ金属またはアルカリ土類金属に対する鉄の質量比が、鋼材表面に近い程(即ち、深さが深い程)大きくなっている場合、「第1層は傾斜組成である」と判定した。
(塑性加工性)
各実験例について3個のサンプルを用意し、以下のようにして塑性加工性を調べた。東化学社製の表面性測定機を用い、SUJ2の10mmφ球を相手材として1000kgfの荷重を負荷し、常温且つ無潤滑の条件下にて、サンプルの長さ方向に30mmの長さを連続往復させた。摩擦係数を連続的に測定し、摩擦係数が0.2以上となる往復サイクル数を測定した。測定した3個のサンプルのうち、最も小さい往復サイクル数に基づき、塑性加工性を評価した。この評価法によれば、摩擦熱による温度上昇が40℃を超えることはなく、ほぼ同一条件で塑性加工性を評価することができた。
上記の評価法は、伸線性や圧造加工性と相関が高いことが知られている。即ち、潤滑性に劣る皮膜の場合、摩擦係数が早期に高くなり、往復サイクル数が小さくなる。また、密着性が低く伸線性や圧造加工性に劣る皮膜の場合、皮膜が早期に剥離・消耗して摩擦係数が高くなるため、やはり、往復サイクル数が小さくなる。
(耐食性)
各実験例について4個のサンプルを用意し、以下のようにして耐食性を調べた。温度40℃および湿度90%の恒温恒湿槽内でサンプルを2週間放置した後、サンプル表面に発生した錆の面積率を目視により測定した。実験を行なった4個のサンプルのうち、最も大きい錆面積率に基づき、耐食性を評価した。
これらの結果を表2にまとめて示す。
Figure 2013053375
Figure 2013053375
表2より、本発明で規定する皮膜密着性向上剤と、石鹸を用いて得られた実験No.1〜15は、上記の皮膜密着性向上剤を用いず、石灰石鹸またはステアリン酸Naのみで処理した実験No.16および17に比べ、塑性加工性および耐食性に優れており、リン酸塩・石鹸皮膜を有する従来例(実験No.18)に匹敵する程度の良好な特性を示した。
上記のうち、鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩を用いた実験No.3、5、7、10、12、14および15では、浸漬処理によって還元された鉄も第1層(鋼材成分の酸化物層)に含まれるため、第1層の厚さが厚くなり、塑性加工性がより高くなる傾向が見られた。

Claims (15)

  1. 鋼材表面にリンを含まない皮膜を備えた塑性加工用鋼材であって、
    前記皮膜は、鋼材側から順に、
    鋼材成分の酸化物を含有する第1層と、
    石鹸と、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩(但し、塩素酸塩を除く。)または鉄の錯塩とを含有する第2層と、
    を含むことを特徴とする塑性加工用鋼材。
  2. 鋼材表面にリンを含まない皮膜を備えた塑性加工用鋼材であって、
    前記皮膜は、鋼材側から順に、
    鋼材成分の酸化物を含有する第1層と、
    石鹸と、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩とを含有する第2層と、
    を含むことを特徴とする塑性加工用鋼材。
    (但し、高張力鋼の素材に対して、シュウ酸と塩素酸塩および有機ニトロ化合物からなる促進剤との溶液に前記素材を接触させることによってシュウ酸塩コーティングを形成し、その上に潤滑剤が施された高張力鋼素材を除く。)
  3. 前記第2層は、石鹸と、マンガン若しくは鉄の酸素酸塩または鉄の錯塩とを含有する請求項1または2に記載の塑性加工用鋼材。
  4. 前記第2層は、石鹸と、次亜塩素酸塩とを含有する請求項1または2に記載の塑性加工用鋼材。
  5. 前記第1層は、アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を更に含有する請求項1〜4のいずれかに記載の塑性加工用鋼材。
  6. 前記第1層に含まれる鋼材成分は、鋼材側から第2層側に向うにつれて少なくなる請求項1〜5のいずれかに記載の塑性加工用鋼材。
  7. 前記第1層の厚さが10nm〜10μmである請求項1〜6のいずれかに記載の塑性加工用鋼材。
  8. 鋼材表面にリンを含まない皮膜を備えた塑性加工用鋼材の製造方法であって、
    酸化剤として、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸若しくはその塩(但し、塩素酸塩を除く。)、または鉄の錯塩を用い、下記(a)または(b)の工程を含むことを特徴とする製造方法。
    (a)前記酸化剤と、石鹸とを含有する水溶液に、鋼材を浸漬する工程
    (b)前記酸化剤を含有する水溶液に鋼材を浸漬した後、前記鋼材を石鹸と接触させる工程
  9. 鋼材表面にリンを含まない皮膜を備えた塑性加工用鋼材の製造方法であって、
    酸化剤として、ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸若しくはその塩、または鉄の錯塩を用い、下記(a)または(b)の工程を含むことを特徴とする製造方法。
    (a)前記酸化剤と、石鹸とを含有する水溶液に、鋼材を浸漬する工程
    (b)前記酸化剤を含有する水溶液に鋼材を浸漬した後、前記鋼材を石鹸と接触させる工程
    (但し、高張力鋼の素材に対して、シュウ酸と塩素酸塩および有機ニトロ化合物からなる促進剤との溶液に前記素材を接触させることによってシュウ酸塩コーティングを形成し、その上に潤滑剤を施す高張力鋼素材の製造方法を除く。)
  10. 前記酸化剤として、マンガン若しくは鉄の酸素酸若しくはその塩、または鉄の錯塩を用いる請求項8または9に記載の製造方法。
  11. 前記酸化剤として、次亜塩素酸塩を用いる請求項8または9に記載の製造方法。
  12. 前記酸素酸の塩は、前記酸素酸のアルカリ金属塩若しくはアルカリ土類金属塩であり、前記鉄の錯塩は、前記鉄のアルカリ金属塩若しくはアルカリ土類金属塩である請求項8〜11のいずれかに記載の製造方法。
  13. 前記ハロゲン、マンガン若しくは鉄の酸素酸若しくはその塩、または鉄の錯塩の水溶液濃度が、0.01〜10mol/Lである請求項8〜12のいずれかに記載の製造方法。
  14. 請求項8〜13のいずれかに記載の製造方法によって製造された塑性加工用鋼材。
  15. 請求項1〜7、14のいずれかに記載の塑性加工用鋼材を塑性加工して得られた塑性加工製品。
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