[第1実施形態]
図1は、第1実施形態に係る摩擦係合要素の制御装置を含む車両の動力伝達装置の概略構成を示す図である。
車両は、内燃機関(エンジン)Eと、このエンジンEの出力軸Es上に配設された電気モータ・ジェネレータMと、エンジン出力軸Esにカップリング機構CPを介して連結された無段変速機CVT(Continuous Variable Transmission)とから構成される。
エンジンEは4気筒レシプロタイプエンジンであり、シリンダブロックEB内に形成された四つのシリンダ室E1内にそれぞれピストンが配設されている。このエンジンEは、各シリンダ室E1に対する吸排気を行わせるための吸気バルブ及び排気バルブの作動制御を行う吸排気制御装置E2と、各シリンダ室E1に対する燃料噴射制御及び噴射燃料の点火制御を行う燃料噴射・点火制御装置E3とを有している。
電気モータ・ジェネレータMは、車載のバッテリBから電力供給ライン39a、39bを介して電力供給を受けて駆動されてエンジン駆動力をアシストすることが可能であり、また、減速走行時には車輪側からの回転駆動により発電を行ってバッテリBの充電(エネルギー回生)を行うことができるようになっている。
このときの電力供給制御及びエネルギー回生制御(充電制御)を行うためにバッテリ制御器BCが設けられている。このように本動力伝達装置の車両は、エンジンE及び電気モータ・ジェネレータMを駆動源とするハイブリッド車両である。
無段変速機CVTは、入力軸1とカウンタ軸2との間に配設された金属Vベルト機構10と、入力軸1に配設された前後進切換機構20と、カウンタ軸2に配設された発進クラッチ(メインクラッチ)5とを備えて構成される。ここで、入力軸1はカップリング機構CPを介してエンジン出力軸Esと連結され、発進クラッチ5からの駆動力は、ディファレンシャル機構8から左右のアクスルシャフト8a、8bを介して左右の車輪(図示省略)に伝達される。
また、入力軸1に対してチェーン機構(図示省略)を介して繋がれた油圧ポンプPが変速機ハウジング内に配設されており、エンジン出力軸Esと同一回転する入力軸1により油圧ポンプPが駆動され、作動油が溜められているオイルタンクOTからコントロールバルブCVに作動油を供給する。
コントロールバルブCV内には、電流が供給されることで弁が開き、電流が遮断されることで弁が閉じられる常閉タイプのリニアソレノイド弁LS1、LS2、LS3が備えられる。リニアソレノイド弁LS1、LS2、LS3内にはスプール(図示省略)が配置され、リニアソレノイド弁LS1、LS2、LS3の電磁部に電流が流されることで発生する磁力によってスプールが移動し、弁が開閉される。スプールの移動量は電流の値に応じて決定され、スプールの移動量に応じて弁の開度も変化する。このため、この電流の大きさを制御することによって、リニアソレノイド弁LS1、LS2、LS3からライン圧(後述)を調圧した油圧を出力する。
金属Vベルト機構10は、入力軸1上に配設された駆動側可動プーリ11と、カウンタ軸2上に配設された被駆動側可動プーリ16と、両プーリ11、16間に巻き掛けられた金属Vベルト15とから構成される。駆動側可動プーリ11は、入力軸1上に回転自在に配設された固定プーリ半体12と、固定プーリ半体12に対して軸方向に相対移動可能な可動プーリ半体13とを有する。
可動プーリ半体13の側方にはシリンダ壁12aにより囲まれて駆動側シリンダ室14が形成されており、このシリンダ室14にコントロールバルブCVのリニアソレノイド弁LS1及び油路31を介して供給されるプーリ制御油圧により、可動プーリ半体13を軸方向に移動させる駆動側圧が発生する。
被駆動側可動プーリ16は、カウンター軸2に固定された固定プーリ半体17と、固定プーリ半体17に対して軸方向に相対移動可能な可動プーリ半体18とからなる。可動プーリ半体18の側方にはシリンダ壁17aにより囲まれて被駆動側シリンダ室19が形成されており、このシリンダ室19にコントロールバルブCVのリニアソレノイド弁LS2及び油路32を介して供給されるプーリ制御油圧により、可動プーリ半体18を軸方向に移動させる被駆動側圧が発生する。
上記のように構成されているため、上記シリンダ室14、19への供給油圧はコントロールバルブCVのリニアソレノイド弁LS1、LS2により制御され、金属Vベルト15の滑りを発生させないように供給油圧を与える。更に、両プーリのプーリ溝幅を変化させて金属Vベルト15の巻き掛け半径を変化させ、変速比を無段階に変化させる制御が行われる。
前後進切換機構20は、遊星歯車機構からなり、入力軸1に結合されたサンギヤ21と、固定プーリ半体12に結合されたリングギヤ22と、後進用ブレーキ27により固定保持可能なキャリア23と、サンギヤ21とリングギヤ22とを連結可能な前進用クラッチ25とを備える。
この前後進切替機構20において、前進用クラッチ25が係合されると全ギヤ21、22、23が入力軸1と一体に回転し、エンジンEの駆動により駆動側可動プーリ11は入力軸1と同方向(前進方向)に回転駆動される。一方、後進用ブレーキ27が係合されると、キャリア23が固定保持されるため、リングギヤ22はサンギヤ21と逆の方向に駆動され、エンジンEの駆動により駆動側可動プーリ11は入力軸1と逆方向(後進方向)に回転駆動される。
なお、これら前進用クラッチ25及び後進用ブレーキ27の係合作動は、コントロールバルブCVの調圧機構(例えば、リニアソレノイド弁。図示省略)においてライン圧を用いて設定される前後進制御油圧により制御される。
発進クラッチ5は、カウンタ軸2と出力側部材すなわち動力伝達ギヤ6a、6b、7a、7bとの動力伝達を制御するクラッチであり、これが係合されると両者間での動力伝達が可能となる。このため、発進クラッチ5が係合されているときには、金属Vベルト機構10により変速されたエンジン出力が、動力伝達ギヤ6a、6b、7a、7bを介してディファレンシャル機構8に伝達され、ディファレンシャル機構8により分割されて左右のアクスルシャフト8a、8bを介して左右の車輪に伝達される。発進クラッチ5が解放されると、このような動力伝達は行えず、変速機は中立状態となる。
発進クラッチ5は、コントロールバルブCVのリニアソレノイド弁LS3によってライン圧が調圧され、油路33を介して供給されることで係合制御が行われる。
このコントロールバルブCV及びリニアソレノイド弁LS1、LS2、LS3は、油圧ポンプPから供給される作動油を受けると共に、電子制御ユニットECUからの制御信号に基づいて作動が制御され、上記制御油圧の供給制御を行う。
このようにして前進クラッチ25及び後進ブレーキ27のいずれか一方が係合した状態で発進クラッチ5の係合制御を行えば、エンジンE及び電気モータ・ジェネレータMの回転駆動力を車輪に伝達する制御を行うことができる。なお、発進クラッチ5を係合させた状態で、前進クラッチ25及び後進ブレーキ27のいずれか一方の係合制御を行っても同様な伝達制御が可能である。
発進クラッチ5、前進クラッチ25及び後進ブレーキ27が、本発明における摩擦係合要素に相当する。また、リニアソレノイド弁LS3及び前後進制御油圧を調圧するリニアソレノイド弁が、本発明における電磁弁に相当する。
以上のような構成の動力伝達装置は車両上に搭載されて作動されるが、電気モータ・ジェネレータMはエンジンEの駆動力をアシストし、エンジンEをできる限り燃費の良い範囲で運転して、車両駆動時の燃費を向上させる。
また、減速走行時には車輪からの駆動によりエネルギー回生を行い、燃費を向上させる。特に、減速走行時にブレーキの作動により車輪が制動されたときに、エネルギー回生量を大きくして一層の燃費向上を図ると共に、エネルギー回生のためのトルクを減速トルクとして作用させてブレーキ力をアシストする。
このような電気モータ・ジェネレータMの駆動制御及びエネルギー回生制御は、電子制御ユニットECUから制御ライン36を介した制御信号に基づいてバッテリ制御器BCにより行われる。これと同時に、エンジンEをできる限り燃費の良い範囲で運転させることができるような変速比を設定するような変速制御も行われるが、この制御は、電子制御ユニットECUにより制御ライン35を介してコントロールバルブCVに送られる制御信号によりなされる。
更に、エンジンEにおいて、四つの気筒のうちのいくつかもしくは全部を所定の運転状態(例えば、減速運転状態)で休筒させ、部分気筒運転もしくは全気筒休筒運転を行うことができるようになっている。
すなわち、電子制御ユニットECUにより、制御ライン37を介して吸排気制御装置E2の作動を制御すると共に、制御ライン38を介して燃料噴射・点火制御装置E3の作動を制御し、いくつかもしくは全部のシリンダ室E1における吸排気バルブを閉止保持すると共に燃料噴射及び点火を行わせず、部分気筒運転もしくは休筒運転を行うことができるようになっている。
これにより、減速走行時の燃費向上を図ると共に、エンジンブレーキ力を小さくして、減速エネルギーを電気モータ・ジェネレータMにより効率よく回生できる。
以上のように構成された動力伝達装置において、エンジンEの回転出力を車輪に伝達するときに、その伝達量を発進クラッチ5の係合率によって変更して、車両の発進制御を行うように構成されている。
発進クラッチ5は通常、開放状態のときに係合制御油圧を増加させても、すぐに係合が開始されるわけではなく、ある程度の係合制御油圧になってから係合が開始される、いわゆる無効ストロークがある。このため、発進クラッチ5の係合が実際に開始されるときの係合制御油圧が正確に設定されていることが重要である。
以下、発進クラッチ5の係合を開始するときの係合制御油圧を「初期圧力値PcI」という。この、初期圧力値PcIが本発明における初期制御値に相当し、制御油圧が本発明における係合制御値に相当する。
初期圧力値PcIが実際に発進クラッチ5が係合を開始するときの制御油圧よりも低い場合には、初期圧力値PcIから実際に係合を開始するまで制御油圧を増加させている時間遅れが発生し、駆動力の伝達開始が遅れ、車両発進時にもたつきが発生する。また、初期圧力値PcIが実際に発進クラッチ5が係合を開始するときの制御油圧よりも高い場合には、発進クラッチ5の係合を開始する圧力よりも大きい制御油圧にするように制御するため、大きな係合制御油圧が急に発進クラッチ5に作用することにより、車両発進時にショックのような違和感を与えるおそれがある。
そこで、初期圧力値PcIを適切な値として設定することで、車両の発進時などで車両に発生するショックの低減や発進時のもたつきを抑制することができる。そのため、車両の最終出荷ラインにおいて初期圧力値PcIの学習を行っている。ここで、「初期圧力値PcIの学習」とは、初期圧力値PcIを適切な値として設定することをいう。以下、初期圧力値PcIの学習について説明する。
初期圧力値PcIの学習は、電子制御ユニットECUによって実行される。
初期圧力値PcIの学習では、まずエンジンEの運転条件を一定にするための学習条件の設定を行なう。これは、エンジンEの運転条件を一定に保ったまま発進クラッチ5の制御油圧のみを変動(スイープ)させて行なうことで、発進クラッチ5の係合が開始されたことを正確に検知できるようにするためである。
例えば、スロットル開度を全閉で固定すると共に、バイパスエア量を固定保持し且つ点火時期も固定保持してエンジンEの目標アイドリング回転数を固定し、変速機はインギヤ状態(例えば、Dレンジ)に設定し、車輪のブレーキを作動させて車両を停止保持し、エアコンディショナー等の補機類をオフにして補機類の駆動負荷をなくし、発電機(ジェネレータ)をオフにするか電気負荷を一定にする。
エンジンEの運転条件を一定にするために、上述の運転条件を一定にするように車両の制御を開始してから、安定待ちタイマをスタートさせ、このタイマの設定時間(例えば、5秒)の経過を待つ。安定待ちタイマの設定時間は、エンジン吸気負圧Pb及びエンジン回転数Neが安定するのに充分な時間が設定される。そのため、安定待ちタイマが経過すると、エンジン吸気負圧Pb及びエンジン回転数Neは安定しているので、この時点から初期圧力値PcIの学習を行う。
上述のように、初期圧力値PcIの学習は、発進クラッチ5の制御油圧のみを変動させて行なう。発進クラッチ5の制御油圧は、リニアソレノイド弁LS3に供給する電流の値の増減によって制御され、電流の値が増加するに従って制御油圧も増加する。電子制御ユニットECUは、発進クラッチ5の実圧力値(実際に作用する制御油圧)Pcfが指令圧力値(目標とする制御油圧)Pcになるように、リニアソレノイド弁LS3に供給する電流の値を制御する。
電流の値は、ライン圧及び指令圧力値Pcに応じたテーブルを用意しておき、そこから検索することで決定される。このテーブルは、電子制御ユニットECU内に備えられたメモリ(図示省略)に記憶される。また、油路33に圧力センサを備え、このセンサ出力によって、圧力が小さい場合には電流を増加し、圧力が大きい場合には電流を減少させるように制御してもよい。あるいは、上記テーブルから検索した上で、更に上記のように圧力センサを用いて制御してもよい。
初期圧力値PcIの学習時において、発進クラッチ5の指令圧力値Pcを、所定の低圧(発進クラッチ5を解放状態に設定するような低い油圧であり、例えば、1kgf/cm2)PcLから所定の高圧(発進クラッチ5の係合を確実に開始させる油圧、但し、係合開始に足る程度の低い油圧であり、例えば、2kgf/cm2)PcHまで緩やかに増加させる。
但し、このとき、リニアソレノイド弁LS3に供給する電流にディザを付加する。上述したように、ディザとは任意の振幅及び周波数を有する信号の変動成分のことである。
ディザの振幅及び周波数に基づいて、電子制御ユニットECUは、電流にディザを付加した値を算出して、この値になるように制御することでディザを付加する。
リニアソレノイド弁LS3に供給する電流に変動成分であるディザを付加することで、リニアソレノイド弁LS3内に配置されたスプールが常に変動している状態になる。すると、スプールに作用する抵抗力が静止摩擦力分減り、リニアソレノイド弁LS3の開閉の応答が早くなる。従って、指令圧力値Pcに対する実圧力値Pcfの応答特性が良くなり、油圧の時間遅れが小さくなる。
図2は、第1実施形態で使用するディザの例を示す。実線で示された振幅の小さい正弦(sin)波が高油温のときのディザであり、破線で示された振幅の大きい正弦波が低油温のときのディザである。
通常、作動油は粘性流体であるため、低温では粘性が高く、高温になるほど粘性が低くなる。そのため、第1実施形態では、学習開始時の作動油の温度(以下、「油温」という)Tfが所定値α以上のときに高油温用のディザを使用し、所定値α未満のときに低油温用のディザを使用している。
ディザの振幅を大きくするほどリニアソレノイド弁LS3の開度が増加してリニアソレノイド弁LS3の出力油圧が増加するため、実圧力値Pcfが増加する。ディザを付加しても指令圧力値Pcは、ディザの有無に拘らず増加させるため、実圧力値Pcfが増加する分、指令圧力値Pcに対する実圧力値Pcfの応答特性が良くなる。
このように、ディザの振幅を油温Tfに応じて変更することで、指令圧力値Pcに対する実圧力値Pcfの応答特性を良くすることができる。ディザの振幅及び周波数は、予め実験などによって決定され、電子制御ユニットECU内のメモリに記憶される。
このディザの使い分けが、本発明における、ディザを作動油の温度に応じて変更することに相当する。
図3(a)は、ディザを付加しない場合の指令圧力値Pc(横軸)に対する実圧力値Pcf(縦軸)の特性を示し、図3(b)は、ディザを付加する場合の指令圧力値Pc(横軸)に対する実圧力値Pcf(縦軸)の特性を示す。
図3のi、j、k、lは、各油温毎の応答特性を示す。図3(a)及び(b)で同じ符号のものは同じ油温Tfである。油温Tfは、i、j、k、lの順に高くなる。
図3の一点鎖線で示された線(応答ライン)は、指令圧力値Pcと実圧力値Pcfとが同じ値になっている点を結んだ線である。すなわち、指令圧力値Pcに対する実圧力値Pcfが、応答ラインから遠くなるほど、指令圧力値Pcと実圧力値Pcfの差が大きくなるため応答特性が悪い。このとき、図3の右下に離れていくほど、指令圧力値Pcに対する実圧力値Pcfが小さくなり、図3の左上に離れていくほど、指令圧力値Pcに対する実圧力値Pcfが大きくなる。
また、指令圧力値Pcに対する実圧力値Pcfが、応答ラインに近いほど、指令圧力値Pcと実圧力値Pcfの差が小さくなるため応答特性が良い。従って、より正確な油圧制御をするためには、指令圧力値Pcに対する実圧力値Pcfを応答ラインに近づける必要がある。
図3(a)に示されるように、ディザを付加しない場合には、油温Tfが低いほど応答特性が悪い傾向が顕著にみられる。ディザを付加することによって上述のように静止摩擦力分の抵抗力が減る。また、低油温の場合には振幅の大きいディザを付加することにより、実圧力値が増加する。従って、図3(b)に示されるように、ディザを付加することによって、どの油温Tfの場合でも応答特性が改善していることが分かる。
この第1実施形態では、ディザを低油温用と高油温用との2種類のみ使い分けているが、応答特性の改善を行なうにあたり適切な数のディザを使い分けるようにすればよい。
また、第1実施形態ではディザとして正弦波を使用したが、応答特性を改善可能な振幅及び周期性があれば、パルス波、方形波、三角波又は鋸歯状波であってもよい。
そして、上記のように指令圧力値Pcを所定の低圧PcLから所定の高圧PcHまで増加させるときに、エンジン吸気負圧Pb及びエンジン回転数Neを測定する。発進クラッチ5が係合を開始することで、エンジンと車輪とが動力伝達が可能な状態となり、停止している車輪を駆動しようとするため、エンジンの負荷が増大し、エンジン吸気負圧Pbが増加し、且つエンジン回転数Neが減少する。
従って、この指令圧力値Pcの増加中に、エンジン吸気負圧Pbが所定量以上増加(吸気負圧が高負荷側に変動)し、且つエンジン回転数Neが所定量以上減少したときは、発進クラッチ5が係合を開始してエンジン負荷が増加したと判定し、このときの指令圧力値Pcを初期圧力値PcIとして設定する。これらの所定量は、エンジンの負荷の増大を検知できるように設定されていればよい。
ディザを付加することで、上述のように油圧の時間遅れが小さくなるため、発進クラッチ5の係合が開始されたときの指令圧力値Pcと実圧力値Pcfとの差が小さくなり、初期圧力値PcIの値をより適切に設定できる。
但し、実際には、エンジン吸気負圧Pbの増加開始、もしくはエンジン回転数Neの減少開始時点が実際の係合開始時点であるため、上記設定された初期圧力値PcIは、係合開始時点より大きな値になっている。従って、後述のように、ディザ及び学習終了時の油温Tfに応じて、初期圧力値PcIを補正する。
一方、エンジン吸気負圧Pbが増加したときに、エンジン回転数Neが低下しない場合、すなわち、エンジン回転数Neが増加し又はあまり変動しない場合には、発進クラッチ5の係合開始以外の原因によりこの現象が発生したと考えられ、この場合は誤学習であると判定して、初期圧力値PcIの設定はしない。
このような現象は、例えば、測定中に車輪のブレーキがゆるめられたような場合に生じる。これは、ブレーキマスターシリンダのアシスト力をエンジン吸気負圧Pbにより得ているため、ブレーキがゆるめられると、ブレーキマスタシリンダへのエンジン吸気負圧Pbの供給が停止してエンジン吸気負圧Pbが増加し、これに伴ってエンジン回転数Neが増加するためである。
また、エンジン吸気負圧Pbの増加が見られないまま、指令圧力値Pcを所定の高圧PcHまで増加させたときには、学習未完了と判定する。この場合には、初期圧力値PcIの設定はしない。
第1実施形態では、エンジン吸気負圧Pb及びエンジン回転数Neが、本発明におけるエンジン(内燃機関)に発生する負荷に相当する。また、エンジン吸気負圧Pbが増加し、且つエンジン回転数Neが減少することが、本発明における摩擦係合要素が係合状態になることで負荷が変化することに相当する。
図4は、初期圧力値PcIを決定するときのタイミングチャートを示す。図4(a)〜(d)の横軸は時間軸を示す。また、図4(a)の縦軸は発進クラッチ5の圧力値を示し、図4(b)の縦軸はリニアソレノイド弁LS3への電流を示し、図4(c)の縦軸はエンジン回転数Neを示し、図4(d)の縦軸はエンジン吸気負圧Pbを示す。
図4の時刻0は、上述した安定化タイマが経過した直後、すなわち、エンジン吸気負圧Pb及びエンジン回転数Neが安定した直後を示す。また、時刻t1は、発進クラッチ5が係合を開始した時刻を示し、時刻t2は、初期圧力値PcIの学習が終了した時刻を示す。
発進クラッチ5を開放状態から係合状態へ移行するために、指令圧力値Pc(図4(a)のi)を増加させる。この増加に従って、リニアソレノイド弁LS3への電流を増加させる。電流の値は、上述したように、ライン圧及び指令圧力値Pcに応じたテーブルから検索することで決定される。
この増加する電流にディザを付加する。図4(b)のiはディザを付与しないときの電流を示し、jは高油温用のディザをiに付加した電流を示し、kは低油温用のディザをiに付加した電流を示す。j又はkのどちらを使用するかは、上述のように、学習開始時(例えば、時刻0)の油温Tfが所定値α以上か否かで決定する。
リニアソレノイド弁LS3の電流の増加に従い、発進クラッチ5の実圧力値も増加する。図4(a)のjは高油温のときの実圧力値の変化であり、図4(b)のjに示される電流の増加に応じて実圧力値が増加する。また、図4(a)のkは低油温のときの実圧力値の変化であり、図4(b)のkに示される電流の増加に応じて実圧力値が増加する。このとき、実圧力値は、電流にディザが付加されているため、ディザの振幅に応じた変動をしながら増加する。
時刻t1で発進クラッチ5の係合が開始されると、図4(c)に示すエンジン回転数Neが減少し、図4(d)に示すエンジン吸気負圧Pbが上昇する。上述したように、この2つの変化を検知することで、電子制御ユニットECUは、発進クラッチ5の係合を開始したと判定する。
但し、実際に係合を開始してから、エンジン回転数Neの減少及びエンジン吸気負圧Pbの上昇を検知するまでには時間がかかるため、時刻t1より遅れて時刻t2の時点での指令圧力値Pcは、実際の係合開始のときの圧力値に比べて大きくなっている。
そのため、ディザ及び学習終了時(時刻t2)の油温Tfに応じて補正する。ディザの振幅が大きいほど、すなわち、学習開始時の油温Tfが低いときは、高いときに比べて補正量を大きくする。また、学習終了時の油温Tfが低いときは、高いときに比べて補正量を大きくする。油圧の応答特性が悪いときは指令圧力値Pcに対する実圧力値Pcfの時間遅れが大きくなるため、油温が低いときほど、補正量を大きくする。
第1実施形態では、学習終了時の油温Tfが、所定値β1未満のとき、所定値β2未満のとき、所定値β3未満のとき、又は所定値β3以上のときのいずれであるかを判定する。そして、この判定結果のそれぞれの場合において、高油温用のディザを使用しているか、低油温用のディザを使用しているかを判定する。
そして、これらの判定に応じて、初期圧力値PcIの補正量PCRを決定する。
具体的には、「学習終了時の油温Tfが所定値β1未満」且つ「低油温用のディザを使用している」ときには、補正量PCL1を補正量PCRとし、「学習終了時の油温Tfが所定値β1未満」且つ「高油温用のディザを使用している」ときには、補正量PCH1を補正量PCRとする。
また、「学習終了時の油温Tfが所定値β2未満」且つ「低油温用のディザを使用している」ときには、補正量PCL2を補正量PCRとし、「学習終了時の油温Tfが所定値β2未満」且つ「高油温用のディザを使用している」ときには、補正量PCH2を補正量PCRとする。
また、「学習終了時の油温Tfが所定値β3未満」且つ「低油温用のディザを使用している」ときには、補正量PCL3を補正量PCRとし、「学習終了時の油温Tfが所定値β3未満」且つ「高油温用のディザを使用している」ときには、補正量PCH3を補正量PCRとする。
また、「学習終了時の油温Tfが所定値β3以上」且つ「低油温用のディザを使用している」ときには、補正量PCL4を補正量PCRとし、「学習終了時の油温Tfが所定値β3以上」且つ「高油温用のディザを使用している」ときには、補正量PCH4を補正量PCRとする。
このように、第1実施形態では、8つの補正量をディザ及び学習終了時の油温Tfに応じて使い分ける。
上記のようにして決定された補正量PCRによって初期圧力値PcIが補正され、この初期圧力値PcIを次回の発進クラッチ5の係合のときの制御油圧として電子制御ユニットECU内に備えられたメモリに記憶する。
第1実施形態では、学習終了時の油温Tfを4つの所定値(β1、β2、β3、β4)に応じて判定しているが、補正量PCRを適切に決定できる数の所定値を用意すればよい。ここで用意した所定値の個数と使い分けるディザの個数とを乗算した個数の補正量を用意する。
図4に示すタイミングチャートでは、上述したように、最終出荷ラインにおける初期圧力値PcIの学習のため、時刻t2で初期圧力値PcIが決定すると、発進クラッチ5の圧力値の増加を止めるために、リニアソレノイド弁LS3の電流の増加及びディザの付加を止めている。
しかし、初期圧力値PcIの学習は、最終出荷ラインだけではなく、実際に車両が発進するときの発進クラッチ5の係合を行なうときにも実行し、初期圧力値PcIを更新して記憶するようにしてもよい。こうすることで、発進クラッチ5の経年変化などによる係合特性の変化に対して対応することができる。
次に、上記初期圧力値PcIの学習を電子制御ユニットECUが実行する処理手順について説明する。
図5は、電子制御ユニットECUが実行する初期圧力値PcIの学習処理手順を示すフローチャートである。このフローチャートで示される制御処理プログラムは、所定時間(例えば、10msec)毎に呼び出されて実行される。
最初のステップST1では、上述したように、エンジンEの運転条件を一定にするための学習条件の設定を行なう。
ステップST1が終了するとステップST2に進み、上述した安定待ちタイマによって設定された時間が経過したか否かを判定する。経過していないときは、再度ステップST2の判定を行ない、経過したときは、ステップST3に進む。これによって、予め設定された安定待ちタイマの時間経過するまでステップST2に留まり、エンジン吸気負圧Pb及びエンジン回転数Neが安定するのに充分な時間が経過するとステップST3に進む。
ステップST3では、リニアソレノイド弁LS3の電流に付加するディザの決定を行なう。図6を用いて、ステップST3の詳細について説明する。
図6において、ステップST101では、現時点(学習開始時)の油温Tfが所定値α以上か否かを判定する。ステップST101の判定結果がNOのときは、ステップST102に進み、低油温用のディザを使用することに決定し、ステップST101の判定結果がYESのときは、ステップST103に進み、高油温用のディザを使用することに決定する。
ステップST101〜ST103の処理が、本発明においてディザを作動油の温度に応じて変更することに相当する。
ステップST102又はST103の処理が終了すると図5のステップST3の処理を終了し、ステップST4に進む。
ステップST4では、指令圧力値Pcに所定の低圧PcLを代入する。
次にステップST5に進み、ステップST3で決定したディザをリニアソレノイド弁LS3に供給する電流に付加する。具体的には、現時点の指令圧力値Pcになるように、ライン圧及び指令圧力値Pcに応じたテーブルから検索することによって電流の値を決定する。そして、ディザを付加し始めたときから経過した時間に応じてディザの値を決定し、電流の値にディザの値を加算した値を算出する。この電流値の算出が、本発明における電流にディザを付加することに相当する。
次にステップST6に進み、エンジン回転数Ne及びエンジン吸気負圧Pbを測定する。
次にステップST7に進み、エンジン吸気負圧Pbが上昇しているか否かを判定する。エンジン吸気負圧Pbが上昇していないときは、ステップST8に進み、指令圧力値Pcが所定の高圧PcH以下か否かを判定する。
ステップST8の判定結果がYESのときはステップST9に進み、指令圧力値Pcを所定圧力値ΔPcだけ増加させ、ステップST5に戻る。所定圧力値ΔPcは、発進クラッチ5の係合開始を精度良く検出できるように、指令圧力値Pcを増加させる値に設定すればよい。
ステップST8の判定結果がNOのときはステップST10に進み、学習未完了として処理を終了する。
ステップST7の判定結果がYESのときは、ステップST11に進み、エンジン回転数Neが減少しているか否かを判定する。エンジン回転数Neが減少していないときは、ステップST12に進み、誤学習と判定して処理を終了する。
エンジン回転数Neが減少しているときは、ステップST13に進み、現時点での指令圧力値Pcを電子制御ユニットECU内のメモリ上に確保した一時変数PcTmpに記憶する。
ステップST7及びST11の判定結果がYESのときが、本発明において、摩擦係合要素が係合状態になることで内燃機関の負荷が変化したときに相当する。
次にステップST14に進み、ディザ及び油温Tfに応じた補正量PCRを決定する。図7を用いて、ステップST14の処理について詳しく説明する。
図7において、ステップST201では、油温Tfが所定値β1未満か否かを判定する。油温Tfが所定値β1未満のときは、ステップST202に進み、低油温用ディザを使用しているか否かを判定する。ステップST202の判定結果がYESのときは、ステップST203に進み、補正量PCRに補正量PCL1を設定し、ステップST202の判定結果がNOのときは、ステップST204に進み、補正量PCRに補正量PCH1を設定する。
ステップST201の判定結果がNOのときは、ステップST205に進み、油温Tfが所定値β2未満か否かを判定する。油温Tfが所定値β2未満のときは、ステップST206に進み、低油温用ディザを使用しているか否かを判定する。ステップST206の判定結果がYESのときは、ステップST207に進み、補正量PCRに補正量PCL2を設定し、ステップST206の判定結果がNOのときは、ステップST208に進み、補正量PCRに補正量PCH2を設定する。
ステップST205の判定結果がNOのときは、ステップST209に進み、油温Tfが所定値β3未満か否かを判定する。油温Tfが所定値β3未満のときは、ステップST210に進み、低油温用ディザを使用しているか否かを判定する。ステップST210の判定結果がYESのときは、ステップST211に進み、補正量PCRに補正量PCL3を設定し、ステップST210の判定結果がNOのときは、ステップST212に進み、補正量PCRに補正量PCH3を設定する。
ステップST209の判定結果がNOのときは、ステップST213に進み、低油温用ディザを使用しているか否かを判定する。ステップST213の判定結果がYESのときは、ステップST214に進み、補正量PCRに補正量PCL4を設定し、ステップST213の判定結果がNOのときは、ステップST215に進み、補正量PCRに補正量PCH4を設定する。
ステップST203、ST204、ST207、ST208、ST211、ST212、ST214、ST215のいずれかの処理が終了すると、図5のステップST14の処理を終了し、ステップST15に進む。
ステップST15では、初期圧力値PcIを設定する。図8を用いて、ステップST15の詳細な処理について説明する。
ステップST301では、図5のステップST13で記憶した一時変数PcTmpに、ステップST14で設定した補正量PCRを加算して、初期圧力値PcIに設定する。
ステップST301の処理が終了すると図8の処理は終了して、図5の処理に戻り、初期圧力PcIの学習処理を終了する。
上記ステップST14及びST15の処理が、本発明における、摩擦係合要素の係合制御値をディザに応じて補正し、補正された係合制御値を摩擦係合要素の次回の係合を開始させるための初期制御値として設定することに相当する。
以上のように、エンジンが一定の条件下で作動している状態で(ステップST2の判定結果がYESのとき)、油温に応じてディザを決定する(ステップST3)。指令圧力値Pcを所定の低圧PcLから所定の高圧PcHまで所定圧力値ΔPcずつ増加させ(電流にディザを付加しながら発進クラッチ5を開放状態から係合状態に変化させ)、エンジンの負荷を測定する(ステップST6)。このとき、電流にディザを付加することで発進クラッチ5の指令圧力値Pcに対する応答特性を良くしている(ステップST5)。
発進クラッチ5が係合を開始することによってエンジンEの負荷が変動したとき(ステップST7及びST11の判定結果がYES)、指令制御値Pcを一時変数PcTmpに記憶し(ステップST13)、ディザ及び油温Tfに応じた補正量PCRを決定する(ステップST14)。この補正量PCRによってステップST13で記憶した一時変数PcTmpを補正して、初期圧力値PcIを設定する(ステップST15)。
従って、発進クラッチ5(摩擦係合要素)の応答特性の低下を抑制可能な制御方法を提供することができる。
[第2実施形態]
次に、本発明の第2実施形態について説明する。
リニアソレノイド弁の個体差によって、リニアソレノイド弁で出力される作動油の流量は多少変動する。特に、作動油の流量が少ない個体の場合には出力可能な油圧が小さくなるため、油圧の応答特性が悪くなり、指令圧力値Pcと実圧力値Pcfとの差が、平均的な流量を出力できるリニアソレノイド弁の場合より大きくなる。このため、平均的な流量を出力できるリニアソレノイド弁の場合よりも、初期圧力値PcIが大きくなる。
従って、予め所定の上限値PcMaxを決めておき、初期圧力値PcIがこの所定上限値PcMax以上にならないようにすることで過大な学習を抑制する。このようにすることで、発進クラッチ5の係合開始の制御油圧よりも初期圧力値PcIが大きくなりすぎて車両の発進時に発生する違和感を抑制することができる。
以下、第2実施形態の電子制御ユニットECUが実行する処理手順について説明する。
図5のステップST1〜ST14までは第1実施形態と同じため、説明を省略する。
ステップST14の処理後、ステップST15で、初期圧力値PcIを設定する。ここでは、図9に示す手順で行なう。
まず、図9のステップST311で、図5のステップST13で設定した一時変数PcTmpにステップST14で決定された補正量PCRを加算した値を一時変数PcTmpに再設定する。
次にステップST312に進み、ステップST311で再設定された一時変数PcTmpの値が所定上限値PcMax以上か否かを判定し、判定結果がYESのときは、ステップST313に進む。ステップST313では、初期圧力値PcIに所定上限値PcMaxを設定する。
ステップST312の判定結果がNOのときは、ステップST314に進み、初期圧力値PcIにステップST311で補正された一時変数PcTmpを設定する。
すなわち、ステップST312、ST313の処理によって、初期圧力値PcIが大きくなりすぎないように所定上限値PcMax以下になるようにしている。
従って、第1実施形態と同様の効果に加えて、初期圧力値PcIが過大になることによる車両発進時の違和感を抑制できるという効果が得られる。