ところで、例えばエンジン回転数が増大するに従い、エンジン本体の振動レベルが高まってセンサ出力信号のバックグラウンドノイズはますます大きくなることから、その出力信号に対しどのような処理を施してもノッキングに係る信号のみを取り出すことができなくなる。つまり、ノッキングの発生を検出し得なくなるから、従来から、エンジン回転数が所定回転数以上になればノックコントロール制御を止めると共に、各気筒の点火時期を、ノッキングの発生が確実に回避できるような、大幅に遅角した点火時期に設定することが行われている。
ところが、前述した、エンジン本体に対しノックセンサを1つだけ取り付ける構成、言い換えると複数の気筒についてノックセンサを1つだけ取り付ける構成では、そのノックセンサと各気筒との間隔が気筒毎に異なるようになるため、例えばノックセンサに近い気筒は、ノッキングに起因する振動がノックセンサに伝播し易い一方、ノックセンサから離れた気筒は、ノッキングに起因する振動がノックセンサに伝播し難い。このため、ノックセンサに近い気筒についてはノッキングの発生を検出し得る程度のバックグラウンドノイズであったとしても、ノックセンサから離れた気筒についてはノッキングの発生を検出し得なくなるため、全気筒についてノッキングの発生を確実に回避するために、エンジン回転数が比較的低くても、ノックコントロール制御を止めて、全気筒について、点火時期を大幅に遅角させなければならない。しかしながら、点火時期を大幅に遅角させることは、熱効率を低下させ、エンジントルクの低下及び燃費の悪化の点で不利である。
特にエンジンの気筒内に燃料を直接噴射する、いわゆる直噴エンジンにおいては、例えばカムシャフトに取り付けられた駆動カムにより駆動されるような、エンジン本体によって直接的に駆動される燃料噴射ポンプが、そのエンジン本体に対して取り付けられることになるため、こうした燃料噴射ポンプが不要なエンジンよりも、バックグラウンドノイズが大きくなり易い。この場合、バックグラウンドノイズが大きい分、さらに低いエンジン回転数であってもノックコントロール制御を止めて、点火時期を大幅に遅角させなければならなくなり、エンジントルクの低下や燃費の悪化の点でさらに不利になる。
一方でこの問題は、エンジン本体に取り付けるノックセンサの数を増やすことによって解消し得るものの、その場合は、前述したように、センサの数の増加に伴いコストが増大するという不都合がある。
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、火花点火式エンジンにおいて、エンジン本体に取り付けるノックセンサの数を減らしつつも、ノックコントロール制御をできるだけ高回転側まで継続するようにして、エンジントルクの向上及び燃費の向上を図ることにある。
ここに開示する技術は、ノックセンサから離れた気筒についてはノッキングの発生を検出し得ないとしても、ノックセンサに近い気筒についてはノッキングの発生を検出し得ることから、ノックセンサに近い気筒では、点火時期を、できるだけ進角側の所定の点火時期に設定して、ノックセンサによるノッキングの発生の有無を検出する(つまり、ノックコントロール制御を行う)一方で、ノッキングの発生を検出できない、ノックセンサから離れた気筒については前記所定の点火時期よりも遅角させることにした。
具体的に、ここに開示する火花点火式エンジンの制御装置は、クランク軸方向に3気筒以上の気筒が並ぶ、少なくとも1の気筒列を有するエンジン本体と、前記気筒毎に設けられて当該気筒内の混合気に火花点火を行う点火プラグと、前記エンジン本体に取り付けられかつ、当該エンジン本体の振動強度を検出するノックセンサと、前記ノックセンサが検出した振動強度に基づいてノッキングの発生有無を判断しながら、前記各点火プラグの制御を通じて前記エンジン本体の運転を制御する制御手段と、を備える。
前記制御手段は、前記エンジン本体が相対的に高負荷側の運転領域でかつ、所定の回転領域にあるときには、前記ノックセンサとの距離が相対的に近い気筒の点火時期を進角側の所定時期に設定する一方、前記ノックセンサとの距離が相対的に遠い気筒の点火時期を前記所定時期よりも遅角側に設定する特定制御を実行する。
ここで、「クランク軸方向に3気筒以上の気筒が並ぶ、少なくとも1の気筒列を有するエンジン本体」としては、具体的には、直列3気筒や直列4気筒等の直列配置の各種エンジン、及び、V型6気筒やV型8気筒等のV型配置の各種エンジンを例示し得る。
前記の「ノックセンサ」は、1つの気筒列に対し1個、取り付けてもよいし、複数の気筒列に対し1個、取り付けてもよい。1つの気筒列に対し1個のノックセンサを取り付ける場合は、ノックセンサは、前記気筒列を構成する各気筒が当該ノックセンサに対して均等に配置されるように、エンジン本体に取り付けることが望ましく、複数の気筒列に対し1個のノックセンサを取り付ける場合は、ノックセンサは、各気筒が当該ノックセンサに対して均等に配置されるように、エンジン本体に取り付けることが望ましい。
「所定の回転領域」は、ノックセンサとの距離が相対的に近い気筒については、ノックセンサによってノッキングの発生有無を判断し得る一方、ノックセンサとの距離が相対的に遠い気筒については、ノッキングに係る信号をバックグラウンドノイズから抽出することができず、ノックセンサによるノッキングの発生有無を判断できなくなるような、例えばバックグラウンドノイズが比較的大きい、比較的高い回転領域を意味する。
「ノッキングの発生有無を判断しながら、前記各点火プラグの制御を通じて前記エンジン本体の運転を制御する」ことには、ノッキングの発生を検出又は予測したときには、各気筒の点火時期を所定クランク角以上、遅角して、ノッキングを回避するノックコントロール制御が含まれる。
「点火時期を進角側の所定時期に設定する」ことは、当該点火時期をエンジントルクが最大になるような点火時期(所定時期)に設定することを意味する。
ノックセンサとの距離が相対的に近い気筒については、ノックセンサによってノッキングの発生有無を判断し得る一方で、ノックセンサとの距離が相対的に遠い気筒については、ノックセンサによるノッキングの発生有無を判断し得ないような、所定の回転領域にあるときには、従来制御であればノックコントロール制御を止めて、全ての気筒について点火時期を大幅に遅角させるところ、前記の構成では、ノックセンサとの距離が相対的に近い気筒については、点火時期を所定時期に、例えば前述したように最大トルクが発生し得るような進角側の時期に設定する。ノックセンサとの距離が相対的に近い気筒は、ノッキングの発生有無を判断することが可能であり、ノックコントロール制御を行うことが可能であるから、点火時期を進角側に設定し得る。これによって、少なくとも一部の気筒については、点火時期が進角側に設定されるため、エンジントルクの向上及び燃費の向上の点で有利になる。
一方、ノックセンサとの距離が相対的に遠い気筒については、点火時期を、前記の所定時期よりも遅角側に設定する。ノックセンサとの距離が相対的に遠い気筒は、ノッキングの発生有無を判断することができず、ノックコントロール制御を行うことが不可能であるから、点火時期を進角側に設定することはできず、ノッキングの発生を抑制する観点から、点火時期を遅角側に設定する。ここで、遅角側に設定した点火時期は、前述したノックコントロール制御を止めて、ノッキングが確実に回避され得る点火時期(大幅に遅角した点火時期)よりも進角側に設定してもよい。これは、ノックセンサとの距離が相対的に近い気筒についてはノックコントロール制御を行うことが可能であり、その相対的に近い気筒についてのノッキングの発生有無を判断を利用して、ノックセンサとの距離が相対的に遠い気筒についてのノッキングの発生有無を推定することが可能であるためである。すなわち、ノッキングを確実に回避するように、点火時期を大幅に遅角する必要がないためである。このように、ノックセンサとの距離が相対的に遠い気筒の点火時期を、できるだけ進角側に設定することは、エンジントルクの向上及び燃費の向上においてさらに有利になる。
従って、ノックセンサの数を減らしつつ、ノッキングの発生有無を判断可能にしてノッキングの発生を回避し得ると共に、少なくとも一部の気筒については、できるだけ高回転側まで、点火時期を進角側に設定し得るから、エンジントルクの向上及び燃費の向上の上で有利になる。
前記特定制御を実行する前記所定の回転領域は、前記エンジン本体の回転領域における、相対的に高回転側の領域である、としてもよい。
また、前記制御手段は、前記特定制御を、前記高回転側の回転領域における相対的に低回転の領域で実行する、としてもよい。
相対的に高回転側の領域のように、ノッキングが発生する可能性のある領域において前記の特定制御を行うことで、ノッキングの発生を回避することが可能になる。また、「高回転側の回転領域における相対的に低回転の領域」、換言すれば、エンジン本体の回転領域を、低回転、中回転、高回転に区分した場合の中回転乃至高回転に相当する回転領域は、一般的なエンジンでは最大トルクが発生し得る回転領域に相当する。この回転領域において前記の特定制御を実行することは、前述したように、エンジントルクの向上に寄与し得るから、結果として、エンジン本体の最大トルク値を高くし得ることになる。
前記制御手段は、前記エンジン本体の回転数が高くなるに従って前記遅角量を大きく設定する、としてもよい。
特定制御において遅角する、ノックセンサからの距離が相対的に遠い気筒の点火時期は、予め設定したクランク角度分だけ遅角させてもよいが、ノッキングの発生を効果的に抑制しながら、点火時期をできるだけ進角側に設定してエンジントルク及び燃費の向上を図る上では、エンジン本体の回転数が高くなるに従って前記遅角量を大きく設定することが好ましい。
前記エンジン本体には、当該エンジン本体によって駆動される燃料噴射ポンプが取り付けられている、としてもよい。
エンジン本体に燃料噴射ポンプが取り付けられた構成においては、前述したようにバックグラウンドノイズが相対的に大きく、エンジン回転数が比較的低くても、ノックセンサとの距離が相対的に遠い気筒についてはノッキングの発生有無を判断できなくなり、従来であれば、ノックコントロール制御を止めなければならなくなる。これに対し、前記の特定制御の実行は、ノックコントロール制御をできるだけ高回転側まで継続して行うことを可能にするから、エンジン本体に燃料噴射ポンプが取り付けられた直噴エンジンのトルクの向上及び燃費の向上を図る上で、極めて効果的である。
以上説明したように、前記火花点火式エンジンの制御装置は、エンジン本体が相対的に高負荷側の運転領域でかつ、所定の回転領域にあるときに、ノックセンサによってノッキングの発生有無を判断し得るような、ノックセンサとの距離が相対的に近い気筒については、点火時期を進角側の所定時期に設定してエンジントルクの向上及び燃費の向上の点で有利になる一方で、ノックセンサによりノッキングの発生有無を判断し得ないような、ノックセンサとの距離が相対的に遠い気筒については、点火時期を前記の所定時期よりも遅角側に設定することにより、ノッキングの発生を抑制することが可能になる。その結果、ノックセンサの数を減らしつつもノッキングの発生を回避し得ると共に、少なくとも一部の気筒については、できるだけ高回転側まで、点火時期を進角側に設定し得るから、エンジントルクの向上及び燃費の向上の上で有利になる。
以下、火花点火式エンジンの制御装置を図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎない。図1に示されるように、エンジン・システムは、エンジン(エンジン本体)1、エンジン1に付随する様々なアクチュエーター、様々なセンサ、及びセンサからの信号に基づきアクチュエーターを制御するエンジン制御器100を有する。
エンジン1は、火花点火式内燃機関であって、図2に示すように、第1〜第4の4つの気筒11,11,…を有する。エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、ブロック12の内部に気筒11,11,…が形成されている。周知のように、シリンダブロック12には、ジャーナル、ベアリングなどによりクランクシャフト14が回転自在に支持されており、このクランクシャフト14が、コネクティングロッド16を介してピストン15に連結されている。
前記ピストン15は、各気筒11内に摺動自在に嵌挿されており、気筒11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。図1には1つのみ示すが、気筒11毎に2つの吸気ポート18がシリンダヘッド13に形成され、それぞれが燃焼室17に連通している。同様に、気筒11毎に2つの排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれが燃焼室17に連通している。図に示すように、吸気弁21及び排気弁22はそれぞれ、吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構30により、排気弁22は排気弁駆動機構40により、それぞれ駆動され、それによって所定のタイミングで往復動して、吸気ポート18及び排気ポート19を開閉する。
吸気弁駆動機構30及び排気弁駆動機構40は、それぞれ吸気カムシャフト31及び排気カムシャフト41を有する。カムシャフト31,41は、周知のチェーン/スプロケット機構等の動力伝達機構を介してクランクシャフト14に連結される。動力伝達機構は、周知のように、クランクシャフト14が二回転する間に、カムシャフト31,41を一回転させる。
吸気弁駆動機構30は、吸気カムシャフト31の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式又は機械式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)32を含んで構成されている。VVT32は、図2に示すように、吸気カムシャフト31における、エンジン1の前端部(図2における左側の端部)に取り付けられる。吸気カムシャフト31の位相角は、カム位相センサ35により検出され、その出力信号がエンジン制御器100に入力される。
点火プラグ51は、例えばねじ等の周知の構造によって、シリンダヘッド13に取り付けられている。点火プラグ51の電極は燃焼室17の天井部に臨んでいる。点火システム52は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、点火プラグ51が所望の点火タイミングで火花を発生するよう、それに通電する。
燃料噴射弁53は、例えばブラケットを使用する等の周知の構造で、この実施形態ではシリンダヘッド13の一側(図例では吸気側)に取り付けられている。燃料噴射弁53の先端は、上下方向については2つの吸気ポート18の下方に、また、水平方向については2つの吸気ポート18の中間に位置して、燃焼室17内に臨んでいる。燃料噴射弁53の配置はこれに限定されるものではない。
燃料供給システム54は、燃料噴射弁53に燃料を昇圧して供給する高圧ポンプ(燃料噴射ポンプ)59と、この高圧ポンプ59に対して燃料タンクからの燃料を送る配管やホース等と、燃料噴射弁53を駆動する電気回路と、を備えている。高圧ポンプ59は、図2に示すように、エンジン1の後側に取り付けられており、吸気カムシャフト31の後端に設けられた駆動カム591によって駆動される。尚、高圧ポンプ59の配設位置は特に限定されず、例えば吸気カムシャフト31の前後方向の途中位置に取り付けることも可能である。電気回路は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて燃料噴射弁53を作動させ、所定のタイミングで所望量の燃料を、燃焼室17内に噴射させる。このエンジン1は、いわゆる直噴エンジンである。
吸気ポート18は、吸気マニホルド55内の吸気経路55bによってサージタンク55aに連通している。図示しないエアクリーナからの吸気流は、スロットルボデー56を通過してサージタンク55aに供給される。スロットルボデー56にはスロットル弁57が配置されており、このスロットル弁57は、周知のようにサージタンク55aに向かう吸気流を絞って、その流量を調整する。スロットル・アクチュエーター58が、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、スロットル弁57の開度を調整する。
排気ポート19は、排気マニホルド60内の排気経路によって周知のように排気管内の通路に連通している。排気マニホルド60よりも下流の排気通路には、1つ以上の触媒コンバータ61を有する排気ガス浄化システムが配置される。触媒コンバータ61は、周知の三元触媒、リーンNOx触媒、酸化触媒等とすることができ、それ以外にも、特定の燃料制御手法による排気ガス浄化の目的にかなうものであれば、いかなるタイプの触媒としてもよい。
また、排気ガスの一部を吸気系に循環させる(以下、EGRともいう)ために、吸気マニホルド55(スロットル弁57よりも下流側)と排気マニホルド60との間がEGRパイプ62によって接続されている。排気側の圧力は吸入側よりも高いので、排気ガスの一部は吸気マニホルド55に流れ込むようになり(EGRガスと呼ぶ)、この吸気マニホルド55から燃焼室17に吸入される新気と混ざることになる。EGRパイプ62にはEGRバルブ63が配設され、このバルブ63によってEGRガスの流量を調整する。EGRバルブ・アクチュエーター64は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、EGRバルブ63の開度を調整する。
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
エンジン制御器100は、エアフローセンサ71からの吸気流量、吸気圧センサ72からの吸気マニホルド圧、クランク角センサ73からのクランク角パルス信号、水温センサ78からのエンジン水温、というように、種々の入力を受ける。エンジン制御器100は、例えばクランク角パルス信号に基づいて、エンジン回転数を計算する。また、エンジン制御器100は、酸素濃度センサ74からの排気ガスの酸素濃度の入力も受ける。さらに、エンジン制御器100は、アクセル・ペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ75からのアクセル開度信号を受ける。またエンジン制御器100には、変速機の出力軸の回転速度を検出する車速センサ76からの車速信号が入力される。さらに、シリンダブロック12には、当該シリンダブロック12の振動を電圧信号に変換して出力する加速度センサからなるノックセンサ77が取り付けられており、その出力信号もエンジン制御器100に入力される。
エンジン制御器100は前記のような入力に基づいて、以下のようなエンジン1の制御パラメーターを計算する。例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号、EGR開度信号等である。そしてエンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル・アクチュエーター58、燃料供給システム54、点火システム52、VVT32及びEGRバルブ・アクチュエーター64等に出力する。
そして、エンジン制御器100は、前記ノックセンサ77の出力信号に基づいて、エンジン1におけるノッキングの発生を検出又はノッキングの発生を予測して(以下、これらを総称して、「ノッキングを検出」という場合がある)、ノッキングの発生を回避すべく、点火システム52及び点火プラグ51の制御を通じて、点火時期を遅角させるノックコントロール制御を実行する(Knock Control System:KCS)。
ここで、エンジン制御器100における、ノックセンサ77の出力信号に基づくノッキングの検出について簡単に説明すると、ノックセンサ77は、前述したように、シリンダブロック12の振動を電圧信号に変換して出力するため、その出力信号には、ノッキングの発生に伴い生じるエンジン1(シリンダブロック12)の振動の他、エンジン1の駆動に伴う振動や、前記高圧ポンプ59等の各種補機の駆動に伴う振動が含まれる。従って、エンジン制御器100において、ノックセンサ77の出力信号に対して所定の処理を施すことによりノッキングの発生に関係し得る信号を抽出し、その信号が所定のしきい値を超えるか否かに基づいてノッキングの検出を行う。
エンジン1が、相対的に高負荷側の運転領域にあるときには、その回転数が高くなればなるほど、エンジン1の振動が大きくなると共に、例えば高圧ポンプ59の振動も大きくなることから、ノックセンサ77の出力信号に含まれるバックグラウンドノイズのレベルが高くなる。そうなると、ノックセンサ77の出力信号から、ノッキングの発生に関係し得る信号のみを抽出することが困難になり、ノッキングの検出精度が大幅に低下する。そこで、エンジン制御器100は、ノッキングの検出精度が大幅に低下するような所定のエンジン回転数以上のときには、KCSを停止すると共に、各気筒11において、ノッキングの発生を確実に回避し得るように、その点火時期を大幅に遅角させる。
ここで、図2に示すように、クランク軸方向(図2の左右方向)に、第1〜第4の順で並んだ直列4気筒のエンジン1において、ノックセンサ77は第2気筒(#2)と第3気筒(#3)との間に配置されている。このため、4つの気筒11の内でも、二点鎖線で囲んだ第2気筒(#2)及び第3気筒(#3)は、ノックセンサ77に対して相対的に距離が近くなり、第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)は、ノックセンサ77に対して相対的に距離が遠くなる。このことにより、ノックセンサ77は、第2気筒(#2)及び第3気筒(#3)については、ノッキングの発生に起因した振動を検出し易い一方で、第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)については、ノッキングの発生に起因した振動を検出し難くなるため、エンジン1の回転数が所定の回転数範囲にあるときには、第2気筒(#2)及び第3気筒(#3)については、ノッキングの検出ができる一方で、第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)については、ノッキングの検出ができなくなる。従来制御においては、少なくとも一部の気筒についてノッキングの検出ができないときには、前述したようにKCSを停止すると共に、各気筒11において、ノッキングの発生を確実に回避し得るように、その点火時期を大幅に遅角させる。しかしながら、一部の気筒についてノッキングの検出ができないときであっても、ノックセンサ77に対する距離が相対的に近い気筒(この例では、第2気筒(#2)及び第3気筒(#3))については、ノッキングの検出が可能であることから、それらの気筒についても、点火時期を大幅に遅角させることは熱効率の低下に伴うエンジントルクの低下及び燃費の悪化の点で不利になる。
そこで、このエンジン・システムにおいては、エンジン1が相対的に高負荷側の領域(エンジンの負荷領域を低負荷側と高負荷側とに区分した場合の、高負荷側の領域)であって、中回転乃至高回転に相当する所定の回転領域においては、ノックセンサ77との距離が相対的に近い気筒11と、ノックセンサ77との距離が相対的に遠い気筒11とで、点火時期を互いに異ならせる特定制御を実行する。
具体的にこの特定制御は、エンジン1の回転数が第1回転数以上で第2回転数未満のときに、ノックセンサ77との距離が相対的に近い第2気筒(#2)及び第3気筒(#3)については、その点火時期をエンジントルクが最大となる点火時期(ベース点火時期)に設定する一方で、ノックセンサ77との距離が相対的に遠い第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)については、その点火時期をベース点火時期よりも遅角側に設定する。
ここで、前記の第1回転数は、第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)においては、バックグラウンドノイズに起因してノッキングが検出できない一方で、第2気筒(#2)及び第3気筒(#3)においては、ノックセンサ77によるノッキングの検出が可能な回転数として適宜設定され、例えば図4又は図5に示すように、エンジン1の回転領域を低回転側と高回転側とに区分したときの高回転側の領域であって、その高回転側の領域中でも、相対的に低回転のエンジン回転数として設定される。従って、エンジン1の回転数が第1回転数未満のときには、第1〜第4気筒の全ての気筒について、ノッキングの検出が可能であり、前述したノックコントロールシステムを実行しながら(KCS ON)、第1〜第4気筒の全ての気筒について、その点火時期が、前記ベース点火時期に設定される。
一方、前記の第2回転数は、第1〜第4気筒の全ての気筒について、バックグラウンドノイズに起因してノッキングが検出できない回転数として適宜設定され、例えば図4又は図5に示すように、高回転側の領域中でも、相対的に高回転のエンジン回転数として設定される。従って、エンジン1の回転数が第2回転数以上のときには、第1〜第4気筒の全ての気筒についてノッキングの検出が不可能であるから、前述したノックコントロールシステムを止めて(KCS OFF)、第1〜第4気筒の全ての気筒について、その点火時期がノック余裕度を持った点火時期(大幅に遅角した点火時期)に設定される。
次に、図3,4を参照しながら、エンジン制御器100が実行する、前記の特定制御について、さらに詳細に説明する。図3は、エンジン制御器100が実行するフローチャートを示している。図4は、前記の特定制御に係る、エンジン回転数に対する点火時期を示したマップの一例である。図3のフローチャートにおいて、ステップS31では運転中のエンジン回転数を読み込み、続くステップS32で、エンジン回転数が第1回転数以上であるか否かを判定する。第1回転数以上でないとき(NOのとき)には、ステップS33に移行する一方、第1回転数以上であるとき(YESのとき)には、ステップS34に移行する。
ステップS33では、エンジン回転数が第1回転未満であり、前述したように、第1〜第4の全ての気筒#1、#2,#3,#4について、ノックセンサ77によるノッキングの検出が可能であることから、KCSをオンのままで、全気筒について、その点火時期をベース点火時期に設定する。ベース点火時期は、前述したようにエンジントルクが最大となるような点火時期であり、図4に一例を示すように、基本的にはエンジン回転数が高くなるほど進角するように設定される。
ステップS34では、エンジン回転数が第2回転数以上であるか否かを判定する。第2回転数以上であるとき(YESのとき)には、ステップS35に移行する一方、第2回転数以上でないとき(NOのとき)には、ステップS36に移行する。
ステップS35では、エンジン回転数が第2回転以上であり、前述したように、第1〜第4の全ての気筒#1、#2,#3,#4について、ノックセンサ77によるノッキングの検出が不可能であることから、KCSをオフにする。その上で、全気筒について、ノッキングの発生を確実に回避し得るように、予め十分な余裕度を持って設定された点火時期で全気筒の点火を行う。図4に一例を示すように、ノック余裕度を持たせた点火時期は、ベース点火時期に対し所定のクランク角度分だけ遅角するように、エンジン回転数に応じて設定されている。
ステップS36では、エンジン回転数が第1回転数以上でかつ、第2回転数未満であるため、前述した特定制御を実行する。つまり、ノックセンサ77との距離が相対的遠い第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)については、ノッキングの検出が不可能であるのに対し、ノックセンサ77との距離が相対的に近い第2気筒(#2)及び第3気筒(#3)については、ノックセンサ77によるノッキングの検出が可能であることから、第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)についての点火時期と、第2気筒(#2)及び第3気筒(#3)についての点火時期とを異ならせる。
具体的には、KCSをオンのままにして、ノックセンサ77との距離が相対的に近い第2気筒(#2)及び第3気筒(#3)については、その点火時期をベース点火時期に設定する。一方、ノックセンサ77との距離が相対的遠い第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)については、その点火時期を、ベース点火時期よりも遅角させた点火時期(リタード点火時期)で点火を行う。このリタード点火時期は、ベース点火時期に対しては遅角している一方で、前記のノック余裕度を持たせた点火時期よりは進角している範囲で設定される。これは、第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)については、ノッキングの検出を行い得ないものの、第2気筒(#2)及び第3気筒(#3)についてはノックコントロール制御を行うことが可能であり、それらの気筒についてのノッキングの発生有無を判断を利用して、第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)についてのノッキングの発生を推定することが可能であることから、これら第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)について、ノッキングを確実に回避するように点火時期を大幅に遅角する必要がないためである。このように第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)について、その点火時期をできるだけ進角側に設定することは、後述するように、エンジントルクの向上及び燃費の向上において有利になる。
従来制御においては、エンジン回転数が第1回転数以上になれば、少なくとも第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)についてはノックセンサ77によってノッキングを検出することができないため、KCSをオフにして、図4に一点鎖線の矢印で示すように、全気筒に対してノック余裕度を持たせた点火時期で点火を行っていた。こうした従来制御は、ノッキングの発生を確実に回避することができる一方で、エンジン回転数が比較的低回転であっても、点火時期を大幅に遅角させるため、エンジントルクの減少や、燃費の低下を招いていた。特にここに開示するエンジン1のように、高圧ポンプ59が取り付けられたエンジン1においては、ノックセンサ77によってノッキングを検出することができなくなる回転数が比較的低くなってしまうため、KCSをオフにする回転数領域が広がってしまい、エンジントルク及び燃費の点で大幅に不利になる。
これに対し、前記のエンジン・システムでは、エンジン回転数が第1回転数及び第2回転数の間にあるときには、前述した特性制御を実行することによって、図4に実線の矢印及び破線の矢印で示すように、各気筒について、点火時期を可及的に進角させる。これによって、図5に例示するエンジントルクの特性図に示されるように、従来制御(図5の一点鎖線参照)と比較して、エンジントルクを向上させることが可能になる。特にこの第1回転数及び第2回転数の間の辺りは、エンジン1の中回転乃至高回転に相当する回転数領域であり、エンジン1においては最大トルクが発生し得る回転数に相当する。このことは、エンジン特性値の1つである、最大トルク値を高くし得る点で有利である。また、点火時期を可及的に進角させることは熱効率を高めることであり、従来制御よりも燃費が向上し得る。
ここでステップS36では、予め設定した所定遅角量だけ点火時期を遅角させてもよい。第1気筒(#1)及び第4気筒(#4)については、第1回転数以上第2回転数未満の領域では、例えば図4において破線で示すように、ベース点火時期に対して所定クランク角だけ遅角させた点火時期(ノック余裕度を持たせた点火時期に対して所定クランク角だけ遅角した点火時期)にしてもよい。また、図4において、斜め下向きの破線の矢印で示すように、エンジン回転数に応じて、つまり、エンジン回転数が高くなるに従って遅角量を大きくするように、点火時期を設定してもよい。
尚、ここに開示した特定制御は、3個以上の気筒が並んだ気筒列を有するエンジンにおいて広く適用することが可能であり、エンジンの気筒配置について、種々の構成に適用可能である。例えば図6(a)(b)に示すように、直列3気筒のエンジン101に適用することが可能であり、この場合、同図(a)に示すように、ノックセンサ77は第1気筒(#1)及び第2気筒(#2)の間位置に配置してもよい。この構成では、二点鎖線で囲んだ第1気筒(#1)及び第2気筒(#2)を、ノックセンサ77との距離が相対的に近い気筒とし、第3気筒(#3)をノックセンサ77との距離が相対的に遠い気筒として、前述した特定制御を実行すればよい。また、同図(b)に示すように、ノックセンサ77を第2気筒(#2)の側方位置に配置してもよく、この構成では、二点鎖線で囲んだ第2気筒(#2)を、ノックセンサ77との距離が相対的に近い気筒とし、第1気筒(#1)及び第3気筒(#3)をノックセンサ77との距離が相対的に遠い気筒として、前述した特定制御を実行すればよい。
また、例えば図6(c)に示すように、3個の気筒が並んだ気筒列を2列、有するV型6気筒エンジン102に対して、前記の特定制御を適用してもよい。V型エンジンにおけるバンク角については何ら制限はない。この場合は、各気筒列に対して図6(a)(b)に例示するように1個のノックセンサ77を取り付けてもよいし、図6(c)に示すように、気筒列と気筒列との間に1個のノックセンサ77を取り付けてもよい。同図(c)に示す構成では、二点鎖線で囲んだ第3気筒(#3)及び第4気筒(#4)がノックセンサとの距離が相対的に近い気筒に相当し、第1気筒(#1)、第2気筒(#2)、第5気筒(#5)及び第6気筒(#6)がノックセンサ77との距離が相対的に遠い気筒に相当する。また、図示は省略するが、例えばV型8気筒エンジンに、前記の特定制御を適用してもよい。この場合は、前述した直列4気筒やV型6気筒のエンジンと同様の考え方で、1個又は2個のノックセンサをエンジンに対し取り付ければよい。
さらにここに開示する技術は、高圧ポンプ59が取り付けられた直噴エンジンに限定されるものではなく、例えば吸気ポートに燃料を噴射するようなエンジン等、種々の火花点火式エンジンに広く適用することが可能である。