JP2011033546A - 等電点電気泳動方法及び粗雑物除去の判定方法 - Google Patents

等電点電気泳動方法及び粗雑物除去の判定方法 Download PDF

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Abstract

【課題】適切な定電圧工程の設定により効率的に粗雑物を除去すると共に高スループットを実現し、加えてゲルの乾燥を防止した等電点電気泳動方法、並びに適切な定電圧工程が行われたことを確認するために有用な粗雑物除去の判定方法を提供する。
【解決手段】:検体を含むゲル1本につき100V〜600Vの範囲内の値の定電圧の印加による定電圧工程を行い、泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内となった後に前記定電圧から電圧を上昇させる電圧上昇工程を始めることを特徴とする等電点電気泳動方法。
【選択図】図1

Description

本発明は、等電点電気泳動方法及び粗雑物除去の判定方法に関する。更に詳しくは本発明は、電圧、電流の段階的な設定を適切に行い得る等電点電気泳動方法、その際にゲルの乾燥を防止できる等電点電気泳動方法及び粗雑物除去の判定方法に関する。この等電点電気泳動方法は、2次元電気泳動の1次元目としても適用できる。
なお、本発明において「粗雑物」とは、等電点電気泳動の検体中に含まれる荷電性の物質であって、分離・精製の対象とならないものをいう。例えば、分離・精製の対象が蛋白質である場合は、リン脂質、ゲノムDNAやRNAを含む核酸、脂肪酸、金属イオン、抽出用の界面活性剤等が粗雑物に含まれる。
従来、細胞抽出物などから蛋白質や核酸を分離・精製する方法が種々に検討されてきている。塩濃度を利用した析出、遠心分離などはその一例であるといえる。
また、蛋白質や核酸の残基が有する電荷や、分子量の違いを利用した精製方法も多数検討されている。電荷を利用した精製方法としては、イオン交換樹脂を用いたカラムクロマトグラフィーや等電点電気泳動を例示できる。分子量の違いを利用した精製方法としては遠心分離、分子量篩によるカラムクロマトグラフィーやSDS−PAGEを例示できる。
近年、少量のサンプルから多様な蛋白質を分離精製する方法として、1次元目に等電点電気泳動を行い、2次元目にSDS−PAGEを行う2次元電気泳動法が用いられている。
特表2002−503813号公報。 この特許文献1は、肝細胞性のガンの診断のために被験者の血清又は血漿について行う2次元電気泳動を開示している。
David R.M.Grahamet al. 「Improvements in two-dimensional gelelectrophoresis by utilizing a low cost "in-house" neutral pH sodium dodecylsulfate-polyacrylamide gel electrophoresis system」 Proteomics 2005,5,2309-2314。 この非特許文献1は、SDS−PAGEを含む2次元電気泳動における「イン−ハウス・システム」と称する一定の改良について開示している。
等電点電気泳動によって検体に含まれる多数の分離対象物質を分離・精製する場合、検体の調製過程で粗雑物を除去する操作が行われるのが一般的であるが、当該粗雑物を検体から完全に除去するのは難しい。
等電点電気泳動では一般的に、電気泳動の早期に一定の低電圧で行う泳動工程(定電圧工程)によって粗雑物の除去を図り、次いで電圧を上昇させて行く工程(電圧上昇工程)に移るが、従来は、この定電圧工程を予め設定した一定の時間で終了させていた。
例えば、従来の手法である、300V定電圧で30分の泳動を行った後に電圧をあげるという一連の工程で行われた等電点電気泳動ではブロードしたスポットが見られるので、スポットの分離能や検出限界について改善の余地がある。ブロードの原因は、検体に残留している粗雑物をゲル中から十分に除去する前に電圧を上昇し始めてしまうために、泳動機器や分離対象物質に悪影響が及んでいることにある、と考えられる。即ち、上記従来の手法におけるブロードの原因は、等電点電気泳動における定電圧工程の時間が不足したからであると考えられる。しかし、この問題を解決するために、無原則に定電圧工程の時間を長くして行くと、等電点電気泳動全体のスループットが落ちてしまう。即ち、定電圧工程の適切な終了時点の指標が求められる。又、同様の意味で、粗雑物除去の良好な判定方法が求められる。
ところで、粗雑物である荷電性の物質は、ゲル中を移動するため、その動きを電流として捉えることができる。よって、電流の変化を指標にして定電圧工程の適切な終了時点、換言すれば粗雑物の除去の完了を判定することができる。即ち、単位時間あたりの電流変化幅を基準として、適切な定電圧工程を設定することができるし、また、適切な定電圧工程が行われたことが判定できると考えられる。
また、等電点電気泳動においては、電圧(V)と当該電圧を加えた時間(hr)の積であるVhrを指標として用いることができる。適切な定電圧工程によって粗雑物を十分に除いた後、比較的高い電圧で等電点電気泳動を行えば、高スループットを実現できる。一方、比較的高い電圧で泳動を行う場合は熱を発生するので、ゲルが乾かないようにする措置も必要である。
そこで本発明は、適切な定電圧工程の設定により効率的に粗雑物を除去すると共に高スループットを実現し、加えてゲルの乾燥を防止した等電点電気泳動方法を提供すること、並びに適切な定電圧工程が行われたことを確認するために有用な粗雑物除去の判定方法を提供することを、解決すべき課題とする。
(第1発明)
上記課題を解決するための本願第1発明の構成は、検体を含むゲル1本につき100V〜600Vの範囲内の値の定電圧の印加による定電圧工程を行い、泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内となった後に前記定電圧から電圧を上昇させる電圧上昇工程を始める、等電点電気泳動方法である。
なお、上記の第1発明では、発明の効果を阻害しない限りにおいて、前記の定電圧工程に先だって任意の電圧印加工程を行うことも可能である。
(第2発明)
上記課題を解決するための本願第2発明の構成は、前記第1発明に記載の等電点電気泳動方法において、電圧上昇工程の最終電圧が3000V〜6000Vの範囲内である、等電点電気泳動方法である。
(第3発明)
上記課題を解決するための本願第3発明の構成は、前記第1発明又は第2発明に記載の等電点電気泳動方法において、電極とゲルの間に水で湿らせた通電性の保水材を挟む、等電点電気泳動方法である。
第3発明において「水で湿らせた」とは、保水材全体に水が行きわたっているが、当該保水材を持ち上げたときに水の滴下がない状態を指す。「保水材」とは、限定はされないが、例えばろ紙をいう。
(第4発明)
上記課題を解決するための本願第4発明の構成は、前記第1発明〜第3発明のいずれかに係る等電点電気泳動方法が、2次元電気泳動における1次元目の電気泳動として行うものである、等電点電気泳動方法である。
(第5発明)
上記課題を解決するための本願第5発明の構成は、検体を含むゲル1本につき100V〜600Vの範囲内の値の定電圧による定電圧工程を行い、泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内となった時点で検体中の粗雑物が除去されたと判定する、粗雑物除去の判定方法である。
(第1発明)
第1発明によって、検体中の粗雑物を効率的に除去する等電点電気泳動方法が提供される。
第1発明では、電圧上昇工程の前に100V〜600Vという低い定電圧で定電圧工程を行う。等電点電気泳動の定電圧工程において比較的弱い定電圧をかけ、正に荷電した粗雑物は陰極に素早く移動させ、負に荷電した粗雑物は陽極に素早く移動させることで、泳動機器や検体中の分離対象物質に負荷をかけずにゲルから粗雑物を除くことができると考えられる。
第1発明の特徴は、粗雑物の除去を電流の測定によって判定することである。定電圧工程における電流量は、高い電流量が測定される段階、電流量が低下していく段階(ある程度の粗雑物が電極へ移動し終わった段階)、安定した電流量が測定される段階(粗雑物が除去された段階)のように変化していくと考えられる。即ち、定電圧工程の開始後は電流量に起伏が見られても、泳動を続けていくと電流量は安定するので、単位時間あたりの電流変化幅により電流の安定を判定し、もって粗雑物の除去を判定できる。具体的な判定基準として、ゲル1本につき泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内であれば、電流量の変化が小さいので電流量は安定しているといえる。そして、電流の安定(即ち、粗雑物の除去)を確認してから電圧上昇工程を始めれば、不十分な定電圧工程となることはなく、かつ、長すぎる定電圧工程となることもない。よって、効率的に粗雑物を除去する定電圧工程となる。
(第2発明)
第2発明の特徴は、最終電圧を3000V〜6000Vの範囲内という高い電圧にすることである。等電点電気泳動においては、電圧(V)と当該電圧を加えた時間(hr)の積であるVhrを指標として用いることができる。最終電圧を3000V〜6000Vという高い値に設定することで、より短い泳動時間で高いVhr値を得ることができる。よって、等電点電気泳動の高スループットを実現できる。
(第3発明)
等電点電気泳動においては、等電点電気泳動用ゲルに電極が接触する。特に、第2発明においては最終電圧が3000V〜6000Vの範囲内という高い値になっているため熱が発生し易い。よって、電極付近のゲル中の水の蒸発によりゲルが乾かないようにする工夫が必要とされる。電極とゲルの間に水で湿らせたろ紙等の保水材を挟むことで、等電点電気泳動における電極付近のゲルの乾燥を抑制することができる。また、保水材に粗雑物が効率的に吸収され、粗雑物の除去も良好となると考えられる。
(第4発明)
第1発明〜第3発明のいずれかに係る等電点電気泳動方法を2次元電気泳動における1次元目の電気泳動として行うことにより、第1発明〜第3発明の効果を確保した2次元電気泳動を行うことができる。
(第5発明)
第5発明により、単位時間あたりの電流変化幅を判定基準として、検体中の粗雑物が有効に除去された時点を過不足なく決定できる。第1発明に関して前記したように、定電圧工程においては、検体に残存した粗雑物がゲルから除かれるまでの間に、高い電流量が測定される段階、電流量が低下していく段階(ある程度の粗雑物が電極へ移動し終わった段階)、安定した電流量が測定される段階(粗雑物が除去された段階)のように変化していくと考えられる。即ち、定電圧工程の開始後は電流量に起伏が見られても、泳動を続けていくと電流量は安定するので、単位時間あたりの電流変化幅により電流の安定を判定し、もって粗雑物の除去を判定できる。この内の「安定した電流量」の具体的な判定基準として、ゲル1本につき泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内であれば、電流量の変化が小さいので電流量は安定しているといえる。ゆえに、粗雑物が除去できたと判定することができる。
この第5発明の判定結果は、同様に処理された同様の検体を用いて同一条件下で再度の等電点電気泳動を行う際に、そのまま利用することができる。即ち、その際には、既に得られた判定結果に基づいて、定電圧工程の終了時点を例えば電気泳動装置に自動プログラミングすることが可能である。
第1実施例に係る2次元電気泳動の結果を示す。
第1実施例に対する比較例に係る2次元電気泳動の結果を示す。
単位時間あたりの電流変化幅を説明するグラフである。
次に、本発明を実施するための形態を、その最良の形態を含めて説明する。以下、「本発明」とは、上記第1発明〜第5発明を一括して称するものである。
〔単位時間あたりの電流変化幅〕
本発明における「単位時間あたりの電流変化幅」について図3を用いて説明する。図3における縦軸は電流(μA)であり、横軸は定電圧での等電点電気泳動の泳動時間(分)である。単位時間をx分間として、任意に定めたn分からm分までのx分間の電流を測定していき、当該x分間の電流の変化幅(縦軸方向の変化幅)が、5μAの範囲内、より好ましくは3μAの範囲内であれば、等電点電気泳動を開始してm分間を経過した時点において電流は安定したと判定でき、粗雑物の除去ができたと判定できる。
〔等電点電気泳動用ゲル〕
本発明において用いられる等電点電気泳動用ゲルは、単独に等電点電気泳動を行うためのゲルであっても良いし、2次元電気泳動における1次元目の等電点電気泳動に用いるゲルであっても良い。
ゲルの種類は、等電点電気泳動用ゲルとして利用できるものである限りにおいて限定されないが、例えば、ポリアクリルアミドゲルを好ましく例示することができる。
等電点電気泳動用ゲルの形態は特に限定されない。しかし、棒状、円柱状を好ましい形態として例示することができる。さらに、これらの形態であれば2次元電気泳動の2次元目ゲルへの備え付けも簡便である。
等電点電気泳動用ゲルは、例えば、両性担体(キャリアアンフォライト)をポリアクリルアミドゲルに添加して、電場をかけて所望のpH勾配を形成する手法や、種々の等電点の側鎖を持つアクリルアミド誘導体等のモノマー誘導体を用いてポリアクリルアミドゲル等のゲル作成と同時にpH勾配を固定的に形成する手法(IPG法)により作成したゲルが好ましく用いられる。
等電点電気泳動用ゲルのゲル長やpH範囲及びpH勾配等は必ずしも限定されない。しかし、ゲルのゲル長が長くなるほど通電による抵抗は大きくなる。よって、ゲル長を無制限に長くすると、泳動中にゲルの温度が上昇して、分離対象物質の等電点がずれたり、最悪の事態としてゲルが燃えてしまうという問題が起こりうる。そうなった場合、スポットの検出に悪影響が及ぶ。このような観点に加え、ゲル長の短縮化に基づく電気泳動時間の短縮、高スループット化のために、ゲル長が5〜10cmの範囲内、特に5〜8cmの範囲内であることが好ましい。
ゲルのpHの範囲は、例えば3〜10にわたるものとすることができる。泳動方向に対するゲルのpH勾配も限定されないが、好ましくは、pH5までのゲル長をa、pH5〜7のゲル長をb、pH7以上のゲル長をcとした場合に「a<b」及び「b>c」の関係を満たすものであり、より好ましくは、ゲルの全長を1とした場合に、aが0.15〜0.3の範囲内、bが0.4〜0.7の範囲内、cが0.15〜0.3の範囲内であるものであり、とりわけ好ましくは、「a+c≦b」の関係を満たすものである。このようなゲルのpH勾配の設定は、例えば生物細胞の抽出物に含まれる各種蛋白質の等電点の分布が、蛋白質の種類においても、その量においてもpH5〜7の領域に相対的に集中していることに対応したものであり、実質的に高分離能を損なうことなくゲル長を短縮化できる。
〔等電点電気泳動方法〕
等電点電気泳動は、検体中の蛋白質等の分離対象物質が有する等電点を利用して分離を行う。正に荷電した分離対象物質は陰極側に移動し、他方、負に荷電した分離対象物質は陽極側に移動する。そして、等電点(pI)と等しいpHのゲルの位置で分離対象物質の正味の電荷がゼロとなり、泳動を止める。よって泳動開始後は荷電状態の化合物が移動するので、電流が流れることとなる。
本発明において、泳動に用いられる機器は特に限定されない。しかし、ゲル長5〜10cmのゲルの使用に合致した電気泳動用機器が好ましく、ゲル長5〜8cmのゲルの使用に合致した電気泳動用機器が特に好ましい。また、電圧又は電流を測定する装置は特に限定されない。あらかじめ電圧及び電流測定機能を備えた等電点電気泳動機器を用いることが好ましい。
本発明においては、電気泳動の早い段階において、ゲル1本につき、好ましくは100V〜600V、特に好ましくは200V〜400Vの範囲内の値の定電圧での泳動を行い、好ましくはゲル1本につき単位時間である泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内、特に好ましくは3μAの範囲内となった後に電圧上昇工程を始め、当該電圧上昇工程の最終電圧が好ましくは3000V〜6000V、更に好ましくは4000V〜5800V、特に好ましくは5000V〜5500Vの範囲内とすることが望ましい。また、分離対象物質の等電点がずれないように、泳動中はゲルの温度を一定に保つことが好ましい。電圧と泳動時間の積であるVhr値は、8000〜15000の範囲内となることが好ましい。
上記の実施形態により、以下の効果を期待できる。即ち、電圧上昇工程が始まる前に好ましくは100V〜600V、特に好ましくは200V〜400Vという低い定電圧で定電圧工程を行うことで、正に荷電した粗雑物は陰極に素早く移動させ、負に荷電した粗雑物は陽極に素早く移動させることで、泳動機器や検体中の分離対象物質に負荷をかけずにゲルから粗雑物を除くことができる。又、単位時間あたりの電流変化幅により粗雑物の除去を判定できるので、不十分な定電圧工程となることはなく、かつ、長すぎる定電圧工程を行うこともない。更に、最終電圧を好ましくは3000V〜6000V、更に好ましくは4000V〜5800V、特に好ましくは5000V〜5500Vという高い値に設定することで、より短い泳動時間で高いVhr値を得ることができ、等電点電気泳動の高スループットを実現できる。
定電圧工程によって粗雑物の影響を除けたか否かは、単位時間あたりの電流変化幅を指標として判定することが好ましいのは上記の通りである。定電圧工程における電流量は、高い電流量が測定される段階、電流量が低下していく段階(ある程度の粗雑物が電極へ移動し終わった段階)、安定した電流量が測定される段階(粗雑物が除去された段階)のように変化していくと考えられる。即ち、泳動開始後は電流量に起伏が見られるが泳動を続けていくと電流は安定するので、単位時間あたりの電流変化幅により電流の安定を判定し、もって粗雑物の除去を判定できる。
本発明においては、ゲルと電極の間に、ゲル中の水の移動の影響を軽減するための措置を講じることが好ましい。電極とゲルの間に水で湿らせた通電性の保水材を挟むことが特に好ましい。当該水で湿らせた通電性の保水材としては、水で湿らせたろ紙を好ましく例示することができる。
本発明においては、電圧上昇工程における電圧上昇の態様は特に限定されないが、電圧の上昇を徐々に行うことが好ましい。具体的には、電気泳動装置の電流値の上限をゲル1本につき40〜80μAの範囲内の値で設定する。そして、定電圧工程での印加電圧から電圧上昇工程での最終電圧まで、ゲル温度が一定に保たれるようにして、電圧を上昇させることが好ましい。
〔2次元電気泳動〕
上記等電点電気泳動方法は、2次元電気泳動における1次元目の電気泳動として行うこともできる。この場合、2次元目の電気泳動は、必ずしも限定されないが、SDS−PAGEであることが好ましい。2次元電気泳動を行う場合、等電点電気泳動に続いて、好ましくはSDS−PAGEが行われるので、以下、2次元目のSDS−PAGEについて説明する。
〔2次元目のSDS−PAGE〕
SDS−PAGEは、検体に界面活性剤であるSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)を加え、検体に含まれる蛋白質の高次構造を解くと共に、蛋白質のアミノ酸残基の荷電もSDSによって相対的に減少させたもとで、分子篩い効果を利用して電気泳動を行うものである。よって、1次元目電気泳動を完了したゲルは予めSDS平衡化処理等を施されることが好ましい。
1次元目電気泳動の完了後、その1次元目電気泳動ゲルを2次元目電気泳動用ゲル上へ設置するプロセスでは、接着用(封入用)アガロースとしてゲル化温度が35〜40℃である高融点アガロースを用い、かつ、この接着用アガロースを予め2次元目電気泳動用ゲル上へ流し込んだ後に前記1次元目電気泳動ゲルを設置することが好ましい。
上記の実施形態によって、2次元目電気泳動中に発生する熱により接着用アガロースのゲル化が弱くなる(ゲルがゆるくなる)ことが防止される。従って、そのような不具合に起因する2次元目電気泳動での検出スポットの広がり、検出限界の上昇、検出蛋白質の減少等の不具合を抑制できる。又、接着用アガロースの先入れにより、高融点アガロースが2次元目電気泳動用ゲルと接触して迅速に冷却されるため、SDS平衡化緩衝液に尿素を加えていた場合でも、その熱分解が起こりにくい。
SDS−PAGEを行う機器は特に限定されない。また、SDS−PAGEを行うPAG(ポリアクリルアミドゲル)に関し、モノマーであるアクリルアミドと架橋剤の総濃度(T%)や、アクリルアミドと架橋剤の総重量中で架橋剤が占める割合(C%)等は特に限定されない。
〔2次元目電気泳動用ゲル基端部のゲル濃度〕
1次元目電気泳動用ゲルのゲル長が短く設定されている場合には、2次元目として行うSDS−PAGEでは、その電気泳動用ゲルにおける泳動方向基端部のゲル濃度が3〜6%程度の低濃度であることが好ましい。ゲル濃度とは、直接的には当該ゲルの重合反応時のモノマー濃度を意味するが、重合反応時のモノマー濃度が高い程ゲルの網目構造は密になるので、実質的にはゲルの網目構造の密度を意味する。
上記の実施形態によれば、次の効果を期待できる。即ち、1次元目等電点電気泳動用ゲルのゲル長を、例えば5〜10cm程度と短くすると、1次元目の電気泳動時間を短縮してハイスループット化等が可能となる一方、蛋白質のスポットの相互間隔がコンパクトになり、スポット中の蛋白質濃度も高くなる。これに対して2次元目電気泳動用ゲルの泳動方向基端部のゲル濃度が高い(ゲルの網目が密である)と、スポット中に濃縮された蛋白質の2次元目電気泳動用ゲルへの移行に対して高いバリア性を示し、蛋白質の移行漏れが顕著になったり、スポットが泳動方向に対して横向きにブロードしてしまう。上記の実施形態により、このような不具合を抑制できる。
〔検体の調製〕
等電点電気泳動に適用される検体は特に限定されないが、動物、植物、微生物由来の抽出物や、化学、生化学的に合成された化合物、蛋白質、核酸等を含む種々の検体が適用できる。検体が生物細胞、特に動物細胞、とりわけヒト細胞の抽出物であることが好ましい。
上記したゲルのpH勾配の設定は、例えば生物細胞の抽出物に含まれる各種蛋白質の等電点の分布が、蛋白質の種類においても、その量においてもpH5〜7の領域に相対的に集中していることに対応したものであり、実質的に高分離能を損なうことなくゲル長を短縮化できる。
ゲル中においては分子量により泳動の速度が異なるが、ナトリウムイオン等の分子量の小さい物質は篩にかからないので素早くゲル中を移動する。また、ゲノムDNAは分子量が大きいが、大きく負に荷電しているため、陽極に素早く移動する。検体の調製においては、機器への負荷を軽減し、定電圧工程を短くし、また、ゲル中のスポットの詰まりを抑制するため、分離・精製の対象とならない粗雑物を除くことが好ましい。そのために、透析、沈殿、遠心分離、クロマトグラフィー、親水−疎水相互作用を利用した分画等、種々の前処理を適用することができる。蛋白質が分離・精製の対象となる場合は、酸による沈殿及び有機溶媒による沈殿を好ましく例示できる。TCA(トリクロロ酢酸)による沈殿及びアセトンによる沈殿を更に好ましい手法として例示できる。
分離・精製に供される検体は、等電点電気泳動に使用するゲルの膨潤用の緩衝液に溶解して膨潤用検体溶液とし、ゲルの膨潤とともにゲル中に検体を取り込ませることができる。また、検体を適当な溶液に溶解し、膨潤後のゲルに適用することもできる。
このような等電点電気泳動用膨潤ゲルの作成においては、ゲル全体に膨潤用検体溶液を適用した後、当該ゲルにオイルを流し込むことが行われるが、その際、従来のようにゲル表面に油性成分を流し込むのではなく、ゲルの長手方向の側端部から、とりわけゲルの長手方向の両側の側端部から同時に、油性成分を流し込むという方法が特に好ましい。油性成分としては、シリコンオイル又はミネラルオイル、とりわけ前者が好ましい。
上記の実施形態により、油性成分はゲルの側端部から中央部に向かって広がりゲルを覆う。油性成分がゲルを覆った状態でしばらく放置すると、検体は効率的にゲルに取り込まれる。その際、ゲルの側端部から中央部に向かって広がる油性成分によって膨潤用検体溶液がはじかれるため、膨潤用検体溶液のゲルへの染み込みが促進され、検体のゲル全体への染み込みが迅速かつ良好に完了する。従来のようにゲル表面に油性成分を流し込んだ場合、油性成分がゲルから広がるので、その流れに押されてはじかれた、染み込みきれていない膨潤用検体溶液の一部がゲルから拡散してしまい、検出できる蛋白質等の減少及びゲルの膨潤不足につながっていたと考えられるが、上記の実施形態によれば、このような検体成分の脱落を生じない。
以下に本発明の実施例と比較例を説明する。本発明の技術的範囲は、これらの実施例、比較例によって限定されない。
〔第1実施例〕
(蛋白質の抽出)
ヒトケラチノサイトからなる再構成3次元培養皮膚(株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング製の商品名LabCyte EPI-MODEL 12)の培養物1枚(約1cm)を、蛋白質抽出液であるmammalian cell lysis kit;MCL1(SIGMA−ALDRICH社製)500μlに浸漬し、4℃で2時間、voltexを使用して振とう破砕した。この振とう破砕の後、蛋白質抽出液を回収した。上記のmammalian cell lysis kit;MCL1の組成は下記の通りである。
50mM Tris−HCl pH7.5
1mM EDTA
250mM NaCl
0.1%(w/v) SDS
0.5%(w/v) Deoxycholic acid sodium salt
1%(v/v) Igepal CA-630(SIGMA−ALDRICH社製の界面活性剤(Octylphenoxy)polyethoxyethanol)
適量のProtease Inhibitor
その後、2D-CleanUPキット〔GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社(以下、GE社と省略する)製〕を使用して2回の沈殿操作を行った。第1回目の沈殿操作は、回収した上記蛋白質抽出液にTCAを加えて沈殿を行い、当該操作で生じた沈殿(TCA沈殿)を回収した。第2回目の沈殿操作は、回収した前記TCA沈殿にアセトンを加えて沈殿を行い、当該操作で得られた沈殿(検体)を回収した。回収した当該検体は全量500μgであった。
(検体溶液の調製)
得られた検体の一部30μgを1次元目等電点電気泳動用ゲルの膨潤用緩衝液であるDeStreak Rehydration Solution(GE社製)130μlに溶解し、1次元目等電点電気泳動用の検体溶液(膨潤用検体溶液)とした。DeStreak Rehydration Solutionの組成は以下の通りである。
7M Thiourea
2M Urea
4%(w/v) CHAPS:
3-[(3-Cholamidopropyl)dimethylammonio]propanesulfonate
0.5%(v/v) IPGbuffer;GE社製
適量のDeStreakReagent;GE社製
適量のBPB(ブロモフェノールブルー)
(1次元目等電点電気泳動用ゲルの調製)
前記したIPG法により、本実施例で用いる1次元目の等電点電気泳動用ゲル(ポリアクリルアミドゲル)を調製した。このゲルは長さが7cmで径が0.3cmの棒状ゲルであり、T=4%、C=3%であって、pHの範囲を3〜10に設定した。
(1次元目等電点電気泳動用ゲルへの検体の浸透)
上記の1次元目等電点電気泳動用ゲルを前記した1次元目等電点電気泳動用の検体溶液(膨潤用検体溶液)130μlに浸漬した後、シリコンオイルを流し込み、シリコンオイルがゲルを覆った状態で、一晩、室温にて検体溶液をゲルに浸透させた。その後、当該シリコンオイルは廃棄した。
(一次元目の等電点電気泳動)
本実施例においては、電気泳動機器としてGE社製のIPGphorとCup Loading Manifold Light Kitを使用した。本電気泳動機器は、電圧及び電流測定機能を備えるものであり、等電点電気泳動における電圧及び電流は本泳動機器を用いて測定した。
検体を浸透させたゲルの両端に水で湿らせたろ紙を設け、電極はゲルとの間に当該ろ紙を挟んだ状態でセットした。その後、ゲル及び濾紙の全体をシリコンオイルで浸漬した。
等電点電気泳動機器の電流値の上限をゲル1本当たり75μAに設定し、(1)300V定電圧で泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内となるまで合計150分間の定電圧工程を行い、(2)電圧上昇工程として300Vhrかけて1000Vまで徐々に電圧を上昇させ、(3)更に4500Vhrかけて5000Vまで徐々に電圧を上昇させ、(4)その後5000V定電圧で総Vhrが12000になるまで、1次元目の等電点電気泳動を行った。
(等電点電気泳動ゲルのSDS平衡化)
上記の1次元目の等電点電気泳動を行った後、等電点電気泳動機器からゲルを取り外し、還元剤を含む平衡化緩衝液に当該ゲルを浸漬して、15分・室温にて振とうした。上記還元剤を含む平衡化緩衝液の組成は以下の通りである。
100mM Tris−HCl(pH8.0)
6M Urea
30%(v/v) Glycerol
2%(w/v) SDS
1%(w/v) DTT
次に、上記還元剤を含む平衡化緩衝液を除き、ゲルをアルキル化剤を含む平衡化緩衝液に浸漬して、15分・室温にて振とうし、SDS平衡化したゲルを得た。上記アルキル化剤を含む平衡化緩衝液の組成は以下の通りである。
100mM Tris−HCl(pH8.0)
6M Urea
30%(v/v) Glycerol
2%(w/v) SDS
2.5%(w/v) Iodoacetamide
(2次元目のSDS−PAGE)
本実施例においては、電気泳動機器としてInvitrogen社製のXCell SureLock Mini-Cellを使用した。2次元目泳動用ゲルはInvitrogen社製NuPAGE 4-12% Bis-Tris Gelsを使用した。また、以下の組成の泳動用緩衝液を調製し、使用した。
50mM MOPS
50mM Tris base
0.1%(w/v) SDS
1mM EDTA
又、本実施例においては上記泳動用緩衝液に0.5%(w/v)のアガロースS(ニッポンジーン社製:融解温度≦90℃、ゲル化温度37℃〜39℃のいわゆる高融点アガロース)と適量のBPB(ブロモフェノールブルー)を溶解させた接着用アガロース溶液を使用した。
SDS−PAGEのwell中を十分に上記泳動用緩衝液で洗浄した後、当該洗浄に用いた緩衝液を取り除いた。次に、wellの中に充分に溶解させた接着用アガロース溶液を添加した。次に、SDS平衡化したゲルをアガロース中に浸漬させ、ピンセットでSDS平衡化したゲルと2次元目泳動用ゲルを密着させた。当該両ゲルが密着した状態でアガロースが充分に固まったのを確認し、200V定電圧で約45分間泳動を行った。
(ゲルの蛍光染色)
SyproRuby(Invitrogen社製)を用いてゲルの蛍光染色を行った。
まず、使用するタッパーを事前に98%(v/v)のエタノールで十分に洗浄した。SDS−PAGE機器から泳動後の2次元目泳動用ゲルを取り外して、洗浄したタッパーにおき、50%(v/v)メタノール及び7%(v/v)酢酸含有水溶液に30分間浸漬する処理を2回行った。その後、当該水溶液を水に置換し、10分間浸漬した。次に、2次元目泳動用ゲルを40ccのSyproRuby(Invitrogen社製)に浸漬し、室温で一晩振とうした。次に、SyproRubyを除き、2次元目泳動用ゲルを水で洗浄した後、10%(v/v)メタノール及び7%(v/v)酢酸含有水溶液で30分間振とうした。更に当該水溶液を水に置換し、30分以上振とうした。
(解析)
上記一連の処理を施した2次元目泳動用ゲルをTyphoon9400(GE社製)を使用した蛍光イメージのスキャンに供した。2次元電気泳動の結果を図1に示す。図1の左端はSDS−PAGEにおいて使用されたマーカーである。
〔第2実施例〕
第2実施例では、2D−DIGEを行った。第2実施例においては、第1実施例に記載した手順の内、「(検体溶液の調製)」の項の手順を下記「(2D−DIGEにおける検体溶液の調製)」の項の手順に変更し、又、「(ゲルの蛍光染色)」のプロセスを省略した以外は、第1実施例と同様の手順の操作を行った。
(2D−DIGEにおける検体溶液の調製)
得られた検体の全量を下記の組成の溶液100μlに溶解した。
30mM Tris−HCl(pH8.5)
2M ThioUrea
7M Urea
4%(w/v) CHAPS
溶解したサンプル20μgに対しCydye(GE社製)160pmolを添加し、その溶液の入った容器を氷上で30分間静置した。その後10mMリジン水溶液を0.5μl添加して更に10分間、容器を氷上で静置した。このような処理を行った後、溶液を等電点電気泳動に適した量である130μlまでDeStreak Rehydration Solutionでメスアップした。メスアップ後充分に攪拌し、氷上で10分以上静置して、1次元目の等電点電気泳動用の検体溶液とした。
〔第1実施例に対する比較例〕
本比較例では、第1実施例における「(一次元目の等電点電気泳動)」の項の以下の変更点以外は、検体の調製からゲルの蛍光染色及び解析に至る全てのステップを第1実施例と同様に行った。
本比較例における等電点電気泳動は、(1)まず、300V定電圧で合計30分間の定電圧工程を行った(当該30分間における電流変化幅は45μAであった)。(2)次に、電圧上昇工程として、300Vhrかけて1000Vまで徐々に電圧を上昇させ、(3)更に4500Vhrかけて5000Vまで徐々に電圧を上昇させ、(4)その後5000V定電圧で総Vhrが12000になるようにした。
本比較例の定電圧工程(上記(1)の工程)は、単位時間あたりの電流変化幅が45μAと大きい、即ち電流量の変化(低下)が大きな傾きを示している状態で定電圧工程を終了している。よって、ゲル中の粗雑物は十分に除けていないと判断できる。
本比較例における2次元電気泳動の結果を図2に示す。図2の左端はSDS−PAGEにおいて使用されたマーカーである。図2に対して図1では、明確にスポットが現れており、かつ、スポット同士の分離も良い。一方で、図2では、等電点電気泳動の総Vhrが第1実施例と等しいにも関わらず、分離能や検出限界について満足できる結果ではなかった。
第1実施例は、単位時間あたりの電流変化幅を判定基準とした定電圧工程を行っているので、効率的に粗雑物を除去できている。よって、第1実施例の定電圧工程は過不足のないものであり、等電点電気泳動の高スループットを実現している。また、ゲルの乾燥は認められなかった。
本発明によって、適切な定電圧工程の設定により効率的に粗雑物を除去すると共に高スループットを実現し、加えてゲルの乾燥を防止した等電点電気泳動方法、並びに適切な定電圧工程が行われたことを確認するために有用な粗雑物除去の判定方法が提供される。

Claims (5)

  1. 検体を含むゲル1本につき100V〜600Vの範囲内の値の定電圧の印加による定電圧工程を行い、泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内となった後に前記定電圧から電圧を上昇させる電圧上昇工程を始めることを特徴とする等電点電気泳動方法。
  2. 前記等電点電気泳動方法において、電圧上昇工程の最終電圧が3000V〜6000Vの範囲内であることを特徴とする請求項1に記載の等電点電気泳動方法。
  3. 前記等電点電気泳動方法において、電極とゲルの間に水で湿らせた通電性の保水材を挟むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の等電点電気泳動方法。
  4. 前記等電点電気泳動方法が、2次元電気泳動における1次元目の電気泳動として行うものであることを特徴とする請求項1〜請求3のいずれかに記載の等電点電気泳動方法。
  5. 等電点電気泳動において、検体を含むゲル1本につき100V〜600Vの範囲内の値の定電圧による定電圧工程を行い、泳動30分間あたりの電流変化幅が5μAの範囲内となった時点で検体中の粗雑物が除去されたと判定することを特徴とする粗雑物除去の判定方法。
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