JP2011026650A - 耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線及びそれを用いたステンレス鋼成形品 - Google Patents

耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線及びそれを用いたステンレス鋼成形品 Download PDF

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Abstract

【課題】加工性に優れ、強度及び疲労等の機械的特性とともに、高圧水素環境下で使用される際の水素に対する組織的欠陥の発生・拡大を防ぎ、耐水素性に優れた硬質ステンレス鋼線、並びにこれを成形加工したステンレス鋼成形品を提供する。
【解決手段】オーステナイト系ステンレス鋼線であって、質量%で、C:0.03〜0.18、N:Cの2〜4倍(但し、上限0.3%以下)、Si:1.5以下、Mn:2.0以下、Ni:8〜15、Cr:15〜25、Mo:0.20〜3.0及びCu:0.2を超え1.0未満を含み、かつ、残部がFe及び不可避不純物で構成され、0.2%耐力(σ0.2)が1200〜1800MPa、絞り値(R0)が55〜75%、しかも該鋼線の横断面面積の1/2となる軸芯面で分離された分離片の曲率半径に基づいて求められる内部応力(σi)が0±400MPaの範囲であることを特徴とする。
【選択図】図1

Description

本発明は、例えば、30MPa以上の高圧状態の水素環境下での使用に際しても機械的特性及び水素脆化を抑制でき、例えばシャフト、ピン、ばね又はロープ等の金属製部材に好適に利用しうる耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線及びそれを用いたステンレス鋼成形品に関する。
近年、地球温暖化対策やエネルギー政策の一環として、これまでの石油系燃料に代わる新たな代替エネルギーとして水素ガスが注目され、一般家庭用や産業用乃至自動車用等、多方面に亘って燃料電池の応用、普及が図られている。このような取り組みは、産学官を巻き込こんで拡大の一途を辿っている。
燃料電池は、例えば水の電気分解で酸素と水素を発生する原理を逆に活用し、酸素と水素ガスを用いて発電するもので、例えば固体高分子型(PEFC)や固体電解質型(SOFC)など種々のシステムが検討され、実用化に向けて取り組みされている。また、システム内での燃料ガスのエネルギー効率を高めるべく、近年ではその供給圧力をより高めることが望まれ、例えば30MPa以上といった高圧状態での使用が前提となりつつある。
また自動車業界においても、燃料電池自動車の普及を図るべく、現在、水素ガスステーションの設置拡大が計画されている。これらの水素ガスステーション等の供給設備には、ガス漏洩がなく安定して継続使用できる高品質かつ長寿命が要求される。従来、水素ガスステーション等の設備の貯槽、配管、継手、供給ホース又はカプラ等に組み込まれる例えばシャフト、ピン、ばね及びロープ等の金属部材については、機械的特性及び化学的特性に優れ、比較的材料欠陥の生じにくい例えばSUS304やSUS316等のオーステナイト系ステンレス鋼の採用が検討されてきた。
しかしながら、近年の研究では、上述のようなステンレス鋼においても、前述の高圧状態の水素環境下では、水素の影響を無視することができず、水素脆性による破壊発生を抑制する手段を講じる必要が出てきた。
従来、耐食性とばね特性に優れたばね用ステンレス鋼線として、例えば下記特許文献1が提案されている。この特許文献1では、重量比で、0.07〜0.10%C,0.45〜0.70%Si,1.3〜1.5%Mn,10.00〜10.50%Ni,16.00〜18.00%Cr,2.00〜3.00%Mo,0.18〜0.30%Nを含み、C+Nが0.26〜0.35%とし、Ni当量が25〜30%で、加工率60%以上で伸線加工してなることが記載されている。また、かかる組成のステンレス鋼線は、マルテンサイト量がSUS316と同様に少ないことも開示されている。
また下記特許文献2には、前記特許文献1のようなオーステナイト系ステンレス鋼の水素環境脆化を判定する判定指標として、前記Ni当量に相当する次式、Ni+0.65Cr+0.98Mo+1.05Mn+0.35Siの算式を用いることが記載されている。さらに、特許文献2の実施例には、その指標が24〜34%のオーステナイト系ステンレス鋼が推奨されることが記載されている。
更に、下記非特許文献1は、加工誘起マルテンサイト量が多いものほど水素脆化の程度が大きくなるとして、水素脆性と加工誘起マルテンサイト量との関係に着目している。
更に下記特許文献3には、耐水素脆性の用途を対象として、前記特許文献1と同様、質量%で、C:0.01〜0.25、N:0.01〜0.25、Mn:1.2〜2.5、Cr:16〜20、Ni:8.0〜14.0、Si:0.9〜2.0と、更にMo:0.1〜3.0、Nb:0.1〜2.0、Ti:0.1〜2.0の少なくとも1種を含有し、かつ0.15≦C+N≦0.35%で、線引き加工で誘起されるマルテンサイト相が3.3体積%以下で、その引張強さが1300以上2000N/mm2未満のばね用ステンレス鋼線が記載されている。
特開平11−12695号公報 特開2005−9955号公報 特開2003−226940号公報
CAMP−ISIJ Vol.6−739/「オーステナイト系ステンレス鋼の水素脆性と金属組織的要因」)
ところで、特許文献1及び3に記載されているステンレス鋼線は、伸線加工等の引抜き加工による加工硬化によってその強度を高め、かつ、加工誘起マルテンサイトが低減されるものである。しかしながら、鋼線は、伸線加工時のダイス工具との直接接触によって、線の表面側と内部とでは程度・状態の異なる応力分布が発生する。例えば、図1にはこのような応力分布の一例を示す。図1に見られるように、鋼線aの内部応力は、表面側から中心軸に向かって、引張方向から圧縮方向に変化した略放物線的な分布を示す。そして、一般的な冷間伸線加工によって得られたSUS304等の高強度ステンレス鋼線では、その内部応力は、例えば450〜600MPa程度にも達するとされている。
したがって、冷間伸線加工で得られた従来のステンレス鋼線は、その内部には表面側では極めて大きな引張方向の応力が、また中心部分には圧縮方向の応力が各々併存する。また、鋼線の各部分には、内部応力差に起因する内部歪が作用しており、このような応力状態の鋼線に更に水素元素が存在すると、内部応力のバランスが崩れ、亀裂乃至割れなどの脆性破壊に至ることを発明者らは知見した。従って、単にステンレス鋼線のマルテンサイト量を規制するものは、耐水素脆性の向上についてさらなる改善の余地があるといわざるを得ない。
また、仮に、上述のような組織的欠陥が発生した場合、鋼線の基地マトリックス自体の靭性が小さいものでは、該欠陥が一気に拡張ないし伝播しやすくなり、より大きな欠陥に至りやすい。従って、ステンレス鋼線において、局所的欠陥の拡がりを抑えることも必要である。
以上のように、本発明者らは、耐水素脆性について、ステンレス鋼線が保有する内部応力が大きく影響することを見出し、より一段の耐水素脆性の向上を達成する方策について検討し、ここに本発明を成すに至った。
即ち、本発明の第一の目的は、加工性に優れ、強度及び疲労等の機械的特性とともに、高圧水素環境下で使用される際の水素に対する組織的欠陥の拡張・伝播を防ぎ、耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線を提供することにある。また、第二の目的は、高圧水素環境下で高強度かつ優れた疲労特性とともに、水素に対する組織的欠陥の発生を抑制し得る前記ステンレス鋼線を用いたステンレス鋼成形品を提供することにある。
本発明のうち請求項1記載の発明は、オーステナイト系ステンレス鋼線であって、質量%で、C:0.03〜0.18、N:Cの2〜4倍(但し、上限0.3%以下)、Si:1.5以下、Mn:2.0以下、Ni:8〜15、Cr:15〜25、Mo:0.20〜3.0及びCu:0.2を超え1.0未満を含み、かつ、残部がFe及び不可避不純物で構成され、0.2%耐力(σ0.2)が1200〜1800MPa、絞り値(R0)が55〜75%、しかも該鋼線の軸心を通りかつ該鋼線の横断面面積を1/2とする軸芯面で分離された分離片の曲率半径で求められる内部応力(σi)が0±400MPaの範囲であることを特徴とする耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線である。
また請求項2記載の発明は、前記Cuは、次式で表されるA値が35.0以下を満足する請求項1に記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線である。
A={6.2Ni+2.1Cr+3.2Mn+9.3Mo+50(C+N)}/14.3Cu
また請求項3記載の発明は、更に質量%で、Nb:0.05〜2.5、Ti:0.05〜1.8、B:0.05〜0.20のうち少なくとも1種を含有する請求項1又は2に記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線である。
また請求項4記載の発明は、前記C+Nが0.23〜0.40質量%である請求項1〜3のいずれかに記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線である。
また請求項5記載の発明は、前記内部応力σiと、0.2%耐力σ0.2の平方根との比(σi/√σ0.2)が5以下である請求項4記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線である。
また請求項6記載の発明は、前記鋼線中のH量が10PPM以下である請求項4又は5に記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線である。
また請求項7記載の発明は、前記鋼線中の炭化物及び窒化物の合計量が0.10質量%以下である請求項4〜6のいずれかに記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線である。
また請求項8記載の発明は、30MPaの高圧水素環境下で温度200℃×250時間水素チャージした前記ステンレス鋼線の絞り値(R1)と、水素チャージ前の前記絞り値(R0)との下式で表される絞り変化率が10%以下である請求項1〜7のいずれかに記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線である。
絞り変化率(%)={1−(R1/R0)}×100
また請求項9記載の発明は、最終冷間伸線加工率(%)と前記Cuの含有量(質量%)とは、次式の関係を満足する請求項1〜8のいずれかに記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線である。
40≦最終冷間伸線加工率(%)/2√(Cuの含有量)≦85
また請求項10記載の発明は、請求項1〜9のいずれかに記載の高強度ステンレス鋼線を塑性加工で所定形状に成形したことを特徴とする耐水素脆性に優れたステンレス鋼成形品である。
本発明に係る高強度ステンレス鋼線は、その化学組成として、Mo及びN等を含むステンレス鋼に、更に0.2%を超えかつ1%未満のCuが添加される。これによって、伸線加工時における鋼線と加工ダイス面との接触抵抗を少なくし、鋼線の内部応力の発生を抑制する。合わせて、Cuの添加により、オーステナイト相の安定化を図り、水素脆化の発生、伝播及び拡大を防ぐとともに、その加工性を向上することを可能にする。
即ち、本発明は、加工硬化率の大きいオーステナイト系ステンレス鋼線に、前記Cuを特定量添加することにより、該鋼線自体の延性ないし靭性の向上という作用効果をもたらす。これにより、伸線ダイス面との接触抵抗が軽減して鋼線の内部応力を0±400MPaの範囲に軽減させる。これにより、結果的に前記耐水素脆性の向上をもたらすものである。
従って、本発明の前記ステンレス鋼線によれば、所定の冷間伸線加工によって、0.2%耐力が1200〜1800MPaで、かつ、絞り値(R0)が55〜75%に調整された高強度特性を発揮することができる。また、鋼線内部の内部応力が前記範囲に調整されることで、水素脆性割れの発生・拡大が抑制でき、軽減される。
よって、本高強度ステンレス鋼線を利用して所定形状に曲げ加工、撚り加工等の塑性変形をして得られる例えばシャフト、ピン、ばね、ロープ等は、水素環境下の化学設備や燃料設備、機械設備等に組み込まれても、安定してその機械的強度を発揮できかつ寿命特性の向上を図ることができる。
ステンレス鋼線の内部応力の分布状態を示す応力分布図である。 (a)はステンレス鋼線の内部応力の測定方法を示す部分斜視図、(b)はそのステンレス鋼線の断面図である。 絞り特性の変化を示す線図である。 ステンレス鋼線の引張断面の顕微鏡写真である。 疲労特性の変化を示す線図である。
以下、本発明の高強度ステンレス鋼線の好ましい一実施形態を図面とともに説明する。本実施形態の高強度ステンレス鋼線は、オーステナイト系ステンレス鋼線であって、質量%で、C:0.03〜0.18、N:Cの2〜4倍(但し、上限0.3%以下)、Si:1.5以下、Mn:2.0以下、Ni:8〜15、Cr:15〜25、Mo:0.20〜3.0及びCu:0.2を超え1.0未満を含み、かつ、残部がFe及び不可避不純物で構成されるとともに、0.2%耐力(σ0.2)が1200〜1800MPa、絞り値(R0)が55〜75%、しかも該鋼線の軸心を通りかつ該鋼線の横断面面積を1/2とする軸芯面で分離された分離片の曲率半径で求められる内部応力(σi)が0±400MPaの範囲であることを特徴とする。
即ち、本発明のステンレス鋼線は、加工硬化率の大きいオーステナイト系ステンレス鋼線に、とりわけCuを特定量添加することにより、該鋼線自体の延性ないし靭性の向上という作用を発揮できる。これにより、鋼線は、伸線加工時のダイス面との接触抵抗が軽減し、その内部応力を上述のように0±400MPaの範囲、即ち、−400〜400MPaの範囲まで顕著に軽減させて耐水素脆性の向上をもたらす。なお、前記マイナスは圧縮応力、プラスは引張応力を示す。
従って、本発明のステンレス鋼線によれば、上述の化学組成を有する合金に、所定の冷間伸線加工を施すことによって、0.2%耐力が1200〜1800MPaで、かつ、絞り値(R0)が55〜75%という高強度特性を発揮できる。また、鋼線内部の内部応力が前記範囲に調整されることで、水素脆性割れの発生・拡大が抑制できかつ軽減されるものである。
本実施形態の高強度ステンレス鋼線の好ましい形態としては、例えば0.1〜10mm程度の線径を持つ断面円形の長尺状の線材として形成される。また、前記ステンレス鋼線の断面形状は、円形以外にも、その横断面面積から換算される同等の換算直径を持つ例えば楕円形状、四角形状又は三角形状などの非円形のものであっても良い。そして、ステンレス鋼線は、通常、例えばリール又はコイル状に巻回されて用いられる。ただし、このような態様に限定されるものではない。
次に、本実施形態のステンレス鋼線の化学組成の限定理由について述べる。
[C:0.03〜0.18%]
Cは、オーステナイトの形成元素で、強度及び弾性特性を向上する。ここで、Cが0.03%未満では、例えば、ばねやロープなど硬質系の用途には適さなくなる。一方、Cの量が0.18%を超えると、結晶粒界に有害な炭化物が生成され、特性低下をもたらす。このような観点より、Cは、好ましくは、0.05〜0.10%の範囲とする。
[Si:1.5%以下]
Siは、脱酸剤として添加され、その含有によって強度、弾性限及び耐酸化性が向上する。他方、Siを多量に添加すると、靭性が低下するので、多くても1.5%とし、好ましくは0.4〜1.0%、更に好ましくは0.5〜0.8%の範囲とする。
[Mn:2.0%以下]
Mnは、Siと同様に精錬時の脱酸剤として使用されるが、オーステナイト系ステンレス鋼では、オーステナイト相(γ)の相安定性に寄与する。従って、Mnは、高価なNiの使用を抑えるとともに、N元素の固溶限を高める働きをする。一方、Mnは、耐食性、とりわけ耐酸化性を低下させるおそれがあることから、その上限を2.0%とし、より好ましくは1.0〜1.8%の範囲とする。
[Ni:8〜15%]
Niは、オーステナイト系ステンレス鋼の基本元素の1つで、加工オーステナイト相の安定化を図る上で不可欠である。また、Niは、水素脆性との関係でNi当量を高めてマルテンサイトの発生を抑えるとともに、耐食性及び溶解段階ではNの固溶量を高める。このような観点より、Niは少なくとも8%以上必要であり、より好ましくは8.5%以上、さらに好ましくは9.5%以上とする。他方、Niは非常に高価で、かつ、その添加によって強度を低下させることが懸念されるため、その上限を15%とするが、より好ましくは12.0%以下、更に好ましくは10.6%以下とするのが望ましい。
[Cr:15〜25%]
Crも前記Niと同様にステンレス鋼の基本元素で、例えば耐酸化性等の耐食性を向上させるが、機械的特性、例えば靭性や硬度を減少させやすいことから、その範囲を15〜25%とし、より好ましくは16.0〜20.0%の範囲とする。
[Mo:0.2〜3.0%]
Moは、オーステナイト中に置換固溶して耐食性を向上し、またNとの共存によって疲労特性を向上する。一方、Moの多量の添加は、加工性を低下するおそれがあることから、その量は0.2%以上、より好ましくは0.5%以上とし、かつ、3.0%以下、より好ましくは2.5%以下とする。
[N:Cの2〜4倍(上限0.3%)]
Nは、Cと同様にオーステナイトの形成元素で、また侵入型でもあることから固溶によって強度向上を図ることができる。また他のCrやMnなどとの親和力もあって固溶限を高められる。このような作用を発揮させるために、Nは、Cの2〜4倍とする。他方、Nの多量の添加は加工性を害し、歩留まり及びコストに影響するので、その上限は0.30%とし、より好ましくは0.1〜0.25%とする。
とりわけ、侵入型元素であるCとNとの合計量を所定範囲に調整することで、伸線加工に伴う加工誘起マルテンサイトを抑制して、耐水素脆性を高めることができる。その為に好ましくは、C+Nは、0.23〜0.40%、より好ましくは0.25〜0.30%の範囲であるのが特に望ましい。
[Cu:0.2%を超え1.0%未満]
Cuは、オーステナイトの生成元素で、その効果はNiの2倍以上にも及ぶ。また、Cuは、オーステナイト相を安定化して耐食性及び絞り特性を高め、加工性の向上を図ることができる。これは、冷間伸線加工時によって生じる内部応力を軽減させるのに役立つ。かかる作用を発揮させるためには、Cuは不純物レベルを超える量、即ち、0.2%を超えて添加される必要があり、より好ましくは0.3%以上、さらに好ましくは0.5%以上とする。しかし、Cuの多量の添加は、積層欠陥エネルギーを増加させ、また加工硬化率を減少させることにもつながる。従って、合金の安定な高強度化を図る観点より、Cuの上限は1.0%未満とし、より好ましくは0.95%以下、更に好ましくは0.9%以下とするのが望ましい。とりわけ、Cuは、次式(1)によるA値が35.0以下になるように添加されると、線材の伸線加工に伴う加工ダイスとの接触抵抗がより一層軽減され、内部応力をさらに抑制することができる。また、例えばばね等のように、繰り返し負荷応力が加わるばね特性の面から、好ましくは、A値は15.0〜32.0であり、更に好ましくは20.0〜30.0とする。
A={6.2Ni+2.1Cr+3.2Mn+9.3Mo+50(C+N)}/14.3Cu …(1)
[任意元素]
本実施形態のステンレス鋼線には、上記必須元素に加え、更に任意元素として、質量%で、Nb:0.05〜2.5、Ti:0.05〜1.8、B:0.05〜0.20のうち少なくとも1種を含有することができる。Nb、Ti及びBは、いずれもその添加によって機械的特性の向上、組織の安定化を図ることができる。また、水素元素がトラップに影響を及ぼさない程度の微細(例えば10Å以下)な化合物の形成による粒子分散効果によるクリープ強度の向上にも有効であるが、各上限を超える多量の添加は、これら特性を低下させ、水素脆性を招来させやすい。
[その他の元素]
上記に規定される構成元素を除く残部は、Fe及び不可避不純物からなる。不純物としては、例えばP:≦0.03%、S:≦0.01%、O:≦0.02%及びAl:≦0.01%などが許容され得る。また、鋼線中のHは、10PPM以下であるのが望ましい。Hは、これを過剰に含有するものではその使用過程中の加熱状態で拡散して脆化への影響をもたらすことから、その上限は10PPM以下にすることが好ましい。Hの含有量を抑えるために、水素低減を図る脱水素処理を予め行っておくことが望ましい。この脱水素処理は、該鋼線の最終加工前の例えば素材製造段階で、大気中、150〜300℃の加熱温度で、5〜15Hr程度のベーキング処理で行うことができる。
本実施形態のステンレス鋼線は、上記化学組成の鋼材を溶解して鋳造し、鍛造ないし熱間圧延によって所定の線材に加工された後、最終的にダイスやロールによる冷間引抜き加工によって仕上げ線径に加工硬化される。前記引抜き加工には、例えば、伸線加工又は圧延加工を包含する。特に伸線加工は、真円状のワイヤが強加工で形成できる。また、ばね用のステンレス鋼線の加工には、例えばストレート型冷間伸線機が好適に採用できる。
本発明のステンレス鋼線では、上で述べた通り、Cuの特定量の添加によって延性及び靭性が高められ、伸線加工時のダイスとの接触が良好となって摩擦抵抗が大幅に低減される。このため、従来と同様の冷間引き抜き加工がなされても、大きな内部応力の発生を抑制できる。具体的には、内部応力を0±400MPaの範囲に抑えることができる。とりわけ、本発明に係わるステンレス鋼線の冷間引抜き加工では、その内部応力を0〜250MPa程度、より好ましくは0〜180MPa程度まで低減できる。
したがって、このように内部応力を低減したステンレス鋼線は、そのまま使用される場合の他、例えば、ばね成形加工を行ってばね成形品とし、更に時効熱処理が行われた場合にも、内部応力をより小さくできる。このため、使用製品における耐水素性が飛躍的に向上する。なお、ステンレス鋼線の内部応力が0±400MPaの範囲を超えるものでは、本発明による顕著な水素脆性の抑制効果が期待できなくなる。
前記内部応力は、鋼材の前記化学組成とともに、伸線加工時の加工条件によって更に抑えることができる。例えば、線材の表面にCu又はNiなどの高潤滑皮膜を形成する方法、及び/又は、伸線加工での加工ダイスに、アプローチ角度が例えば10°以下の低角度ダイスを用いる方法が挙げられる。さらに、伸線加工温度を50〜100℃程度に高めることや、加工速度等の加工条件が調整されても良い。更には、線材の最終の仕上げ加工段階で、千鳥状に配置した歪取りロールによる矯正工程を付与することも有効である。このように、本発明のステンレス鋼線は、必要に応じて、上述のような方法を1以上併用して製造されることにより、内部応力の軽減効果をさらに高めうる。
本明細書において、ステンレス鋼線の内部応力(σi)の測定は、図2(a)に示されるように、該ステンレス鋼線の軸心を通りかつ該鋼線の横断面面積を1/2とする軸芯面で分離された分離片の曲率半径横断面面積の1/2、即ち、半分をその軸線方向に沿って任意長さ(L)に亙って分離し、その分離前後における分離片の曲率半径(ρ)から算出されるスリット法に基づき、下式(2)から計算されるものとする。
内部応力(σi)={E/(1−V2)}×{0.288d/ρ} …(2)
但し、E:該ステンレス鋼線の縦弾性係数(MPa)
V:該ステンレス鋼線のポアソン比
ρ:曲率半径(mm)
d:線径(mm)
なお、前記ステンレス鋼線の分離片は、横断面の半分を除却する除却処理を行うことによって得られる。また、この除却処理は、例えば、当該処理によって付加応力が生じないよう、十分に冷却しながら放電加工や研削・研磨加工などの機械的方法で行うことができる。本実施形態では、前記除却処理を放電加工によるワイヤーカットで行っている。この場合、図2(b)に示されるように、カット用線材の太さkだけ分離面(中心線)Zから位置をずらせてステンレス鋼線をカットすることで、測定用試料から、その横断面面積が1/2となる分離片10Aが得られる。すなわち、鋼線10の軸芯10Cを通りかつ該鋼線の横断面面積を1/2とする軸芯面Zで分離された分離片10Aの曲率半径ρを測定し、上式で該ステンレス鋼線の内部応力を算出できる。なお、前記カット用線材が例えば数十μm程度の微細さで、実質的に内部応力に影響しない程度の微細幅で切断される場合は別として、通常は、分離片10Aと分離された反対側の片10Bは、当初の鋼線の横断面面積の1/2よりも小さい横断面積となるので、この片10Bの曲率半径は採用しない。また、上記除却処理は、ワイヤーカット以外にも、分離片となるステンレス鋼線の1/2の外周面上にマニキュアを塗布して、その残部の露出面側をエッチング等の化学的方法で溶解除却することでも良く、さらには、機械的研削や研磨で連続的に除却することも前記分離片を得る一形態として採用し得る。
また、例えば該ステンレス鋼線がコイル状に巻回されたもののように、応力特性がその外周面上で異なる場合は、図2(a)に示されるように、その鋼線10の巻取り軸線Xと直交する方向に鋼線10を縦割りするものとする。また鋼線の横断面形状が、例えば楕円形状のような非円形の線材にあっては、その鋼線の横断面の中心を通る最大距離方向に分離させるものとする。なお、いずれの場合にも、分離片の長さ(L)は、線径dの10倍以上、例えば線径2mmのワイヤでは少なくとも20mm以上(例えば20〜200mm程度)とする。この場合、その長さを長くする程、曲率半径の測定精度を高めることができるが、正確な寸法での分離作業に高度の設備・技術が必要となる為、通常は100mm以下で行うこともできる。また、その分離面の表面状態は、目視状態で確認され、かつ内部応力に影響を及ぼさないように、例えば表面粗さ100μmを超える粗大凹凸面にならないよう配慮することが望ましい。
また、曲率半径の測定数は、鋼線が同一条件で連続的に製造され、かつ、バラツキがないものであるならば任意に採取した何れか1点の結果を用い得る。ただし、通常は何らかの微視的バラツキを内存するため、より好ましくはその線材の両端末から各々採取した測定結果の平均値が用いられる。
さらに、本発明の引き抜き加工後のステンレス鋼線は、0.2%の弾性歪領域内での応力である0.2%耐力(σ0.2)が1200〜1800MPaの高弾性特性でありながら、絞り値(R0)が55〜75%という延性及び靭性をも具える。これにより、本実施形態のステンレス鋼線は、使用に伴う疲労及び破断を防いで長寿命化をもたらすとともに、その成形加工における加工性の向上を図ることができる。
前記0.2%耐力(σ0.2)が1200MPa未満のステンレス鋼線では、その成形品が例えばバネやロープのように強度の繰り返し高弾性の疲労を受ける用途には適さず、逆に1800MPaを超えるものでは、基地マトリックスの剛性が大きくなって、結果的に長寿命化は期待できない。このような観点より、前記ステンレス鋼線の0.2%耐力(σ0.2)は、より好ましくは1400〜1700MPaとする。なお、0.2%耐力は、JIS−Z2241「金属材料引張試験方法」他に示される例えばオフセット法による引張試験から求められる。
またより好ましくは、前記内部応力(σi)と、0.2%耐力(σ0.2)の平方根との比(σi/√σ0.2)が5以下であることが望ましい。上記比が5を超えるものでは、前記脆性欠陥の発生機会を高めたり、その拡幅など欠陥増大をもたらしやすくなるが、この特性を必要以上に抑制するには高度の加工技術や成分調整が必要となって、製造歩留まりやコストアップの一因となる。こうした調整は、例えばばね用のように、複雑な品質特性とかつばらつきを抑制するハイレベルの用途において有効であり、より好ましくは、前記比は0.5〜4.5、更に好ましくは0.8〜4.0とする。
また前記絞り特性(R0)は、上記JIS規格に記載されるように、鋼線を引張破断した破断部を突き合わせたときの最小断面積(A1)と、試験前の原線の断面積(A0)とを用いて、下式(3)により算出される。
R0(%)={1−(A1/A0)}×100 …(3)
前記絞り特性(R0)が55%未満のステンレス鋼線では、十分な延性及び靭性を具えず、かつ、マトリックス自体の剛性が大きいため、成形加工時のスプリングバックや成形性に困難を伴い、コストアップの要因となる。他方、前記ステンレス鋼線の絞り特性(R0)が75%を超えて高められることは、本発明が対象とする前記組成及び0.2%耐力との関係から現実的ではない。なお、本発明ではステンレス鋼の前記組成として延性及び靭性を高め得るCuの添加によって、絞り特性の増加を図りやすい。よって、絞り特性(R0)は、より好ましくは58%以上、更に好ましくは63〜70%とする。
また、発明者らの種々の実験の結果、前記ステンレス鋼線の最終的な冷間引抜き加工において、その伸線加工率(伸線減面率)をCuの含有量との関係で規制することが望ましいことも確認された。即ち、Cuの含有量(質量%)と伸線加工率(%)との間には、内部応力の軽減作用について一定の相関があることが判明した。具体的には、上記2つのパラメータを次式(4)の関係を満足させることにより、鋼材を、そのCu含有量に応じた最適な減面率での伸線加工を行うことができ、伸線加工性及び適正な強度特性とともに、鋼線の内部応力をより確実に軽減することができる。
40≦最終冷間伸線加工率(%)/2√(Cuの含有量)(質量%)≦85 …(4)
また、本発明のステンレス鋼線の優れた耐水素脆性は、高圧水素環境下においても、絞り値の変化率を小さく抑えることができる。具体的には、30MPaの高圧水素環境下で温度200℃×250時間水素チャージしたステンレス鋼線の絞り値(R1)と、水素チャージ前のステンレス鋼線の絞り値(R0)との下式(5)で表される絞り変化率は、10%以下、より好ましくは5%以下に抑えられる。
絞り変化率(%)={1−(R1/R0)}×100 …(5)
従って、高圧水素環境下においても絞り変化率の小さい本実施形態のステンレス鋼線は、所定形状に曲げ加工乃至撚り加工等の塑性加工が施されて例えば前記ばねやロープ、ピン、シャフトなどの種々成形品にする場合において、使用上実質的に影響ない程度で安定した耐水素脆性をもたらすことができ、長寿命の製品が提供できる。
また、ステンレス鋼における水素脆性は、しばしばその内部に存在する炭・窒化物の近傍に水素がトラップして脆性破壊する危険性がある。従って、ステンレス鋼線は、こうした炭・窒化物の微小異物が内存しない清浄度に優れたものが好ましい。よって、炭・窒化物の合計分量は0.10質量%以下、より好ましくは0.05質量%以下とする。
前記炭・窒化物とは、鋼材中に含有する炭化物及び窒化物の総称であって、通常、これらは微細粒子状に分布し分散強化によって強度特性を向上するメリットがあるものの、本発明のように水素脆性の面では極力抑制するのが好ましい。また、炭・窒化物は、基地マトリックスに比して溶解し難い。この性質を利用し、ステンレス鋼線を化学的に溶解した溶液をろ過処理して、その残渣量を計量することで炭・窒化物の分量を測定できる。
以上説明したように、本発明による硬質ステンレス鋼線は、前記0.2%耐力が1200〜1800MPa、かつ絞り値(R0)が55〜75%の高強度かつ、適度の延・靭性を有し、また内部応力(σi)を0±400MPa以下であることから、耐水素脆性を顕著に向上しうる。
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定して解釈されるものではない。
表1は、本発明の実施例として用いたオーステナイト系ステンレス鋼線の組成の一例であって、ESR溶解によって予め鋼中の非金属介在物を抑制しながら熱間圧延を行い、得られた線径6.0mmの各ロッド線材が準備された。そして、これら線材に、各々冷間伸線加工と温度1050℃での固溶化熱処理を行って、線径2.8mmの断面円形に細径化された軟質素材を製造した。
試料A1〜A8は本発明に係る実施材として、基本組成であるSi、Mn、Ni、CrとともにMo、Nを種々変化させたステンレス鋼に対し、特徴元素であるCuの含有量を次の3ランク(0.2〜0.4%、〜0.6%、〜0.9%)に分けてその特性を評価した。
また試料B1〜B4は、比較のために用いた比較材で、B1はSUS316、B2はAISI205、B3はSUS304系のステンレス鋼であり、更にB4は前記先行文献1が示すようにCuをほとんど含有しない従来型のステンレス鋼線である。
そして、これら各軟質素材に、潤滑剤として、平均厚さ3μmのCuメッキを被覆し、これをストレート型冷間伸線機にセットして、加工率81%で1.2mmに細径化した硬質ステンレス鋼線を得た。この加工率は、前記関係式Bで示した最終伸線加工率と2√Cuとの関係が、実施例材では42〜79の範囲内で支障なく伸線加工することができ、その特性結果も表2に示すように良好な硬質細線であったが、比較材では86〜135と大きいことから、応力特性が本願発明の範囲外であるものが見られた。
表2において、引張特性及び絞り特性はJIS−Z2241によるオフセット法により測定した。また内部応力については、各鋼線試料の一端側から測定試料を採取し、これをワイヤーカット放電加工機にセットして、図2(b)のようにその断面の片側半分を長さ50mmに亘って除却した半円形のものを用い、その除却長さ当たりにおける先端部の変位量から曲率半径を求め、更に上記計算式(2)に代入して算出したものである。
いずれの実施材においても、1400〜1600MPaの0.2%耐力と、58〜69%の絞り値とを有し、高強度特性を具えることが認められた。また、加工誘起マルテンサイト量もSUS316より少ない非磁性を示し、Cuを添加しない比較材B4との比較では、絞りが若干上昇して高靭性であることが確認できた。
また、本発明に係る実施材はCuの添加によって内部応力が何れも少なく、特にA7、A8のように、前記A値が4.5乃至6.0では、顕著な内部応力の低下が見られた。
また、本発明に係る各実施例の内部応力σiは、√(σ0.2)の0.8〜4.5倍程度で、同比較材より大幅に低減しており、好ましいものであった。
次に、これらの試料の中からA1、A3及びA8と、比較材であるCuを実質的に含有しないB4の鋼線とをオートクレーブ内に収納し、内部に30MPaの高圧水素を注入し、温度200℃×時間250時間にわたって水素チャージした後、これを取出して引張試験にセットし、その引張破断した部分の絞り値と、拡大した顕微鏡による破面観察の結果から、耐水素脆性の適否を確認した。
その結果の一例を表3と、図3及び図4に示す。図3は、上記の水素チャージ前後の絞り特性の変化である。実施例のステンレス鋼線は、いずれも60%以上の絞り特性を有し、水素チャージ後の絞りの減少率が5%以下と小さく優れていることが分かる。また、図4には、試料A1の引張試験後の破断面の電子顕微鏡写真を示す。図4から明らかなように、実施例のステンレス鋼線には、脆性破壊面は確認されなかった。(他の実施例についても、同様であった)なお、表3において、実施例材については、水素チャージ後、引張強さが若干増加している結果となった。これは、水素チャージ時の熱が影響し、強度が増したものと考えられる。
一方、比較材B4については、いずれも水素チャージによる絞りの減少率が30%を超えており、大きいことが認められる。これは、鋼線内部にて水素脆化が発生したためと推測される。また比較材B4では、前記比較材B1〜B3に比して絞りの減少率はやや少ないものの、内部応力に関連して実施材までの特性には至らなかった。すなわち、その他の比較材(B1〜B3)では、何れも比較材B4を越えるものではなく、本願実施例材とは更にその差が拡大するものであった。
これら結果から、本願ステンレス鋼線は水素チャージに伴う絞り特性の低下が少なく、水素脆化において内部応力を400MPa以下にすることの有効性が確認された。また実施例材については、実際の水素環境下で使用する場合にも、実用面からほぼ良好な特性と認められた。
次に、コイルバネ用への応用を前提として、次の試験を行った。
この試験では、前記試料A1、A3及びA8の組成の鋼材を最終伸線加工率85%で0.7mmに伸線加工した。潤滑皮膜には、厚さ0.9μmのNiメッキが用いられた。また、伸線加工では、各ダイスのアプローチ角度が10゜以下(この例では9°)程度の低角度ダイスを用いるとともに、その最終ダイスを通過した後、千鳥状に配置した矯正ロールを通過させることで、更に内部応力の発生を抑えた。そして、前記と同様な方法で測定した結果、各鋼線の内部応力は、+20〜+40MPaであった。これは、前記実施例1に比してさらに低減されていることが確認できた。従って、このような内部応力の緩和手段の併用が好ましい結果をもたらすことが確認できた。
次に、これらの線材を、コイル中心径4mm、ばね自由長15mm、巻き数7の圧縮コイルばねにコイリング加工し、Niメッキ層を完全に溶解除却した後、更に温度480℃×40min.の低温熱処理を行い試験用のばね試料を得た。
上記ばね試料は、各々、予め600MPaの応力が負荷された状態で水素雰囲気の圧力容器内にセットされ、内圧を順次増しながら最終的に30MPaの高圧状態に高め、これを温度200℃に加熱して250時間の条件で水素チャージした後、容器内から取り出し、大気中でエミック(株)製の振動型ばね疲労試験機にセットして、周波数1Hzの試験条件で疲労破断までの寿命回数から疲労限の変化を求めたもので、平均負荷応力は600MPaで行った。
疲労試験の結果は、表4及び図5に示す通りである。水素チャージ前の疲労限はいずれも320〜340MPa程度で大差は見られないものであったが、本願発明に係わる実施例材の疲労限の減少率はせいぜい10%(2.9〜10.2%)に留まり良好であったが、Cuを実質的に含有しない比較材B4は、21.2%と大幅に低下していることから、本発明のステンレス鋼線は、耐水素脆性用の高強度ばね用として使用に適することが確認された。なお、実施例材A8では、疲労限の低下率が10.2%とやや大きい結果であったが、その理由は、Cuの添加によって前記積層欠陥エネルギーが増加したこと、また繰り返し疲労による為と考えられる。
他の成形品として、マイクロシャフト用ピンを対象に、その他実施例材について次の試験を行った。表1の試料A4,A7及びB4の組成を有する鋼材を、各々最終加工率92%で線径0.9mmに加工した。この伸線加工においても、前記実施例2と同様、低角度ダイスが使用されかつダイス通過後に矯正ロール加工が付加された。これにより、実施例の内部応力は+60〜+80MPa程度まで抑制され、0.2%耐力は1450〜1800MPa、絞り値58〜68%を各々有するものであった。
これらA4,A7の硬質線は、いずれも前記Cuの含有量が0.5〜0.78%と高く、かつA4では更にTiを添加したもので、若干の耐力低下は見られたものの、絞り値は逆に増加しかつ内部応力も比較的低減することができた。これらの機械的特性によって、実施例のステンレス鋼線は、スプリングバックが少なく比較的容易に直線状に成形することができた。
また、各線材を、前記実施例2と同様の条件で低温熱処理してピン製品を得、これについて再度その内部応力の変化状況が測定された。その結果、B4の試料では、なお120MPa程度の内部応力が見られたものの、本発明によるCu添加したA4,A7のステンレス鋼線では、内部応力がほほゼロ近くにまで解消していることが確認できた。また、この試料の水素チャージによる絞り特性の低下率を前記実施例1の試験と同様に調査したが、何れの実施例材も絞り低下率が5%以下であった。
本発明に係る高強度ステンレス鋼線及びこれを用いた成形品によれば、前記Cuの添加によって、更に鋼線自体の延性(捻性)及び耐食性向上をもたらし、過酷な水素使用条件下において長寿命化を図ることができる。また、本硬質ステンレス鋼線によれば、0.2%耐力が1200〜1800MPaの高強度でありながらも加工性に優れ、水素脆性の発生を抑え得る効果をもたらす。よって、本発明に係るステンレス鋼線を所定形状に塑性変形することで、寿命特性の優れた例えばシャフト、ピン、ばね、ロープ等、化学設備や燃料設備、機械設備等に組み込まれ、強度及び剛性を必要とする種々の形態のステンレス鋼成形品として活用し得る。

Claims (10)

  1. オーステナイト系ステンレス鋼線であって、質量%で、
    C:0.03〜0.18、
    N:Cの2〜4倍(但し、上限0.3%以下)、
    Si:1.5以下、
    Mn:2.0以下、
    Ni:8〜15、
    Cr:15〜25、
    Mo:0.20〜3.0及び
    Cu:0.2を超え1.0未満を含み、かつ、残部がFe及び不可避不純物で構成され、
    0.2%耐力(σ0.2)が1200〜1800MPa、絞り値(R0)が55〜75%、しかも該鋼線の軸心を通りかつ該鋼線の横断面面積を1/2とする軸芯面で分離された分離片の曲率半径に基づいて求められる内部応力(σi)が、0±400MPaの範囲であることを特徴とする耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線。
  2. 前記Cuは、次式で表されるA値が35.0以下に調整されてなる請求項1に記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線。
    A={6.2Ni+2.1Cr+3.2Mn+9.3Mo+50(C+N)}/14.3Cu
  3. 更に質量%で、Nb:0.05〜2.5、Ti:0.05〜1.8、B:0.05〜0.20のうち少なくとも1種を含有する請求項1又は2に記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線。
  4. 前記C+Nが0.23〜0.40質量%である請求項1〜3のいずれかに記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線。
  5. 前記内部応力σiと、0.2%耐力σ0.2の平方根との比(σi/√σ0.2)が5以下である請求項4記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線。
  6. 前記鋼線中のH量が10PPM以下である請求項4又は5に記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線。
  7. 前記鋼線中の炭化物及び窒化物の合計量が0.10質量%以下である請求項4〜6のいずれかに記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線。
  8. 30MPaの高圧水素環境下で温度200℃×250時間水素チャージした前記ステンレス鋼線の絞り値(R1)と、水素チャージ前の前記絞り値(R0)とを用いて下式で表される絞り変化率が10%以下である請求項1〜7のいずれかに記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線。
    絞り変化率(%)={1−(R1/R0)}×100
  9. 最終の冷間伸線加工率(%)と前記Cuの含有量(質量%)とは、次式の関係を満足する請求項1〜8のいずれかに記載の耐水素脆性に優れた高強度ステンレス鋼線。
    40≦冷間伸線加工率(%)/2√(Cuの含有量)≦85
  10. 請求項1〜9のいずれかに記載の高強度ステンレス鋼線を塑性加工で所定形状に成形したことを特徴とする耐水素脆性に優れたステンレス鋼成形品。
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