以下、本発明のクラッチ装置の一実施形態につき図面を参照しつつ詳細に説明する。
(第1実施形態)
図1から図6を参照して、第1実施形態について説明する。本実施形態は、回転体に対して軸方向に移動可能に設けられた本体と、入力される指令値に応じた推進力で本体を軸方向において回転体に向かう方向である係合方向に駆動する駆動手段とを備え、駆動手段により駆動された本体が、係合方向に移動することで、回転体に軸方向に形成された回転体係合部と、本体に軸方向に形成された本体係合部とが噛合うクラッチ装置に関する。
本実施形態の構成としては、以下の(1)から(8)の構成を備えていることが前提となる。
(1)電流をリニアまたは決められた値に制御して動作させるアクチュエータ(電磁アクチュエータ)
(2)アクチュエータの動力源として、少なくとも一方に電磁力によって吸引もしくは離間方向に力を発する構造
(3)アクチュエータの動力源として、少なくとも一方にばね等の反力部材を持ち、押し付け力が発生する構造(電磁力と反力部材の方向は同方向でもよい)
(4)アクチュエータの位置、もしくは係合解放の状態を検知できるセンサ
(5)ドグ噛み合い部のトルクを測定できるトルクセンサ、もしくは推定することのできる構成
(6)電磁アクチュエータの電流量もしくは印可電圧を複数の目標値もしくは任意に制御できる駆動回路
(7)FF制御もしくはFB制御にて電流量もしくは印可電圧を指定できる駆動回路
(8)駆動回路もしくはアクチュエータもしくは電源部に電流もしくは電圧を計測することができる機構を有する仕様
図2は、本実施形態に係るクラッチ装置を備えた変速装置の要部詳細図である。なお、以下の説明では、軸方向とは、どの軸線かを記載していない場合、後述する変速装置1の入力軸5や出力軸6が回転をする際に回転の中心となる軸である中心軸7に平行な方向をいう。また、同様な場合における径方向とは、中心軸7と直交する方向をいい、周方向とは、中心軸7が中心となる円周方向をいう。本実施形態に係るクラッチ装置1−1の駆動手段である電磁アクチュエータ40は、車両(図示省略)に搭載された変速装置1に設けられている。この変速装置1には、当該変速装置1と同様に車両に搭載されたエンジン(図示省略)と発電機(図示省略)とが接続されており、変速装置1は、エンジンからの動力が入力される入力軸5と、入力軸5に入力された動力を分割する動力分割機構10と、動力分割機構10で分割された動力の一部を出力する出力軸6とが設けられている。また、動力分割機構10で分割された動力の一部は発電機に伝達される。また、変速装置1の出力軸6はモータ(図示省略)に接続されている。
このように設けられる変速装置1が有する動力分割機構10は、第1遊星歯車機構11と第2遊星歯車機構21とを有しており、第1遊星歯車機構11は、互いに同軸的に配置されたサンギア12及びリングギア14と、これらのギアの間に介在する複数のプラネタリギア13と、プラネタリギア13を回転自在に支持するプラネタリキャリア15とを有している。同様に、第2遊星歯車機構21は、互いに同軸的に配置されたサンギア22及びリングギア24と、これらのギアの間に介在する複数のプラネタリギア23と、プラネタリギア23を回転自在に支持するプラネタリキャリア25とを有している。入力軸5は、これらのように設けられる第1遊星歯車機構11と第2遊星歯車機構21とのうち、第1遊星歯車機構11のプラネタリキャリア15と一体回転可能に接続されている。また、変速装置1に接続される発電機は、この動力分割機構10に接続されており、発電機の駆動軸18は入力軸5と同軸の中空状に形成され、且つ、第1遊星歯車機構11のサンギア12と一体回転可能に接続されている。
また、第1遊星歯車機構11のリングギア14は第2遊星歯車機構21のプラネタリキャリア25と一体回転可能に接続され、さらに、第2遊星歯車機構21のプラネタリキャリア25は、出力軸6と一体回転可能に接続されている。また、第2遊星歯車機構21のリングギア24は連結部材26を介して第1遊星歯車機構11のプラネタリキャリア15と一体回転可能に接続されている。さらに、第2遊星歯車機構21のサンギア22は、出力軸6の外周に相対回転可能に配設されている。このように設けられるサンギア22の軸端部には、クラッチホイール35が一体回転可能に設けられており、クラッチホイール35の外周には、クラッチホイール35の歯部であるクラッチ歯36が軸方向に形成されている。クラッチ歯36は、クラッチホイール35に対して周方向に複数形成されている。また、電磁アクチュエータ40は、動力分割機構10の外周に設けられている。これらの動力分割機構10や電磁アクチュエータ40は、変速装置1のハウジング3に内設されている。
図3は、クラッチ装置1−1の詳細図である。電磁アクチュエータ40は、電磁駆動部41と操作部90とを備えている。電磁駆動部41は、フロントカバー45と、フロントカバー45の内部に収容されたアウターヨーク55と、アウターヨーク55の内部に収容された電磁コイル50と、アウターヨーク55の一端部に固定されたインナーヨーク60と、アウターヨーク55の内周に嵌め合わされた駆動対象としてのプランジャ70と、プランジャ70の内周に嵌め合わされたスリーブ80とを備えている。電磁駆動部41の外周において、フロントカバー45とアウターヨーク55、及びアウターヨーク55とインナーヨーク60は、それらの全周に亘って互いに密着しており、これにより、フロントカバー45、アウターヨーク55及びインナーヨーク60は、実質的に電磁駆動部41の外周側のハウジングを形成する。また、アウターヨーク55、インナーヨーク60及びプランジャ70は、磁性材料により構成されている。
また、アウターヨーク55の内周面56は、円筒面状に設けられており、アウターヨーク55の内周に嵌め合わされたプランジャ70の外周面71も、円筒面状に設けられている。これにより、プランジャ70は、アウターヨーク55に対して相対的に内周面56の軸方向に移動可能になっている。即ち、プランジャ70は、アウターヨーク55の内周面56に沿って軸方向に移動可能になっている。
このように設けられるプランジャ70の、インナーヨーク60側の先端部の内周には、プランジャ70の軸方向においてインナーヨーク60から離れるに従って内径が減少する形状で形成されたテーパ部72が設けられている。また、テーパ部72におけるインナーヨーク60から離れている側の端部には、プランジャ70の移動方向と直交する面、即ち軸方向と直交する面で形成されたストッパ面73が設けられている。
これに対し、インナーヨーク60におけるプランジャ70に対向している側の面には、プランジャ70に向かって延びる筒状部61が設けられている。筒状部61の外周には、プランジャ70のテーパ部72と同一方向に傾斜した面で形成されたテーパ部62が設けられている。さらに、筒状部61におけるプランジャ70の方向の先端には、プランジャ70の移動方向と直交する面、即ち軸方向と直交する面で形成されたストッパ面63が設けられている。
また、プランジャ70の軸方向におけるインナーヨーク60側の端部の反対側に位置する端部には、内周方向側にリング状に突出する形状で形成されたスリーブ受け74が設けられている。また、スリーブ80は、フロントカバー45における内周側に円筒形状に設けられた円筒部46の外周に嵌め合わされる円筒部81を有している。また、インナーヨーク60の内周面64は円筒面状に形成されており、この内周面64は、スリーブ80の円筒部81の径方向における外方に位置している。これらのため、スリーブ80は、フロントカバー45及びインナーヨーク60に対して相対的に軸方向に移動可能になっている。
また、スリーブ80には、円筒部81のインナーヨーク60側の先端から径方向外方側に伸ばされて形成されたフランジ部82が設けられている。フランジ部82は、インナーヨーク60におけるアウターヨーク55側と反対側に位置する面に沿って形成されている。このフランジ部82には、軸方向におけるインナーヨーク60側の面の反対側に位置する面に、円柱形状の形状でインナーヨーク60から離れる方向に突出したばね保持部83が複数設けられている。
また、プランジャ70の内周には、軸方向に亘って形成された溝である油溝75が複数形成されている。この油溝75は、プランジャ70の周方向に等間隔に配設されている。また、フロントカバー45には、当該フロントカバー45の円筒部46とスリーブ80との間をシールするOリング85が装着されており、インナーヨーク60には、当該インナーヨーク60の筒状部61とスリーブ80との間をシールするOリング86が装着されている。これらのOリング85、86により、電磁駆動部41は、外部、即ち第1遊星歯車機構11(図2参照)や第2遊星歯車機構21(図2参照)側に対してシールされている。シールされたフロントカバー45の内部の空間には、電磁駆動部41の可動部材であるプランジャ70及びスリーブ80の摩擦抵抗を減少させるための適量の潤滑油が封入されている。
また、操作部90には、リアカバー95と、リアカバー95の内周側に配設されるドグ100とを備えている。リアカバー95の内周には外側スプライン歯96が一体に形成され、ドグ100の外周には外側スプライン歯96と噛み合う内側スプライン歯101が形成されている。外側スプライン歯96及び内側スプライン歯101は、それぞれ軸方向に形成されている。すなわち、外側スプライン歯96と内側スプライン歯101とは、外側スプライン歯96と内側スプライン歯101とが噛合った状態で、ドグ100とリアカバー95とが軸方向に相対移動可能であるように形成されている。
また、ドグ100の内周には、ドグ100の歯部であるドグ歯102が軸方向に形成されている。ドグ歯102は、ドグ100に対して周方向に複数形成されている。このドグ歯102は、クラッチホイール35に形成されたクラッチ歯36と噛み合い可能に形成されており、且つ、ドグ100と共にクラッチ歯36に対して軸方向に移動可能に設けられている。このように、ドグ歯102が設けられるドグ100及びクラッチ歯36が設けられるクラッチホイール35は、係合手段であるドグクラッチ30を構成している。即ち、ドグ歯102は、本体としてのドグ100に軸方向に形成された本体係合部として設けられており、ドグ歯36は、回転体としてのクラッチホイール35に軸方向に形成された回転体係合部として設けられている。
また、ドグ100とスリーブ80の円筒部81との間には、止め輪105が設けられている。止め輪105は、ドグ100及びスリーブ80に対して周方向に相対的に滑ることができるように設けられている。これにより、ドグ100とスリーブ80とは、軸方向に相対移動不能、且つ、周方向には相対回転可能に組み合わされている。
リアカバー95とスリーブ80のばね保持部83との間には、圧縮ばねからなるリターンスプリング110が、適度に圧縮された状態で保持されている。具体的には、リアカバー95におけるスリーブ80と対向している面には、周方向及び径方向においてスリーブ80のばね保持部83と同じ位置となる位置に、ばね受け部97が設けられている。このばね受け部97は、リアカバー95におけるスリーブ80と対向している面に形成された凹部であり、軸方向と直交する方向の断面形状がリターンスプリング110の断面形状と対応する形状、すなわち、円形状に形成されている。ばね保持部83とばね受け部97とのうち、ばね保持部83は、当該ばね保持部83の形状である円柱形の外径が、リターンスプリング110の内径よりも若干小さい径となって形成されている。また、ばね受け部97は、当該ばね受け部97の断面形状である円形状の径が、リターンスプリング110の外径よりも若干大きい径となって形成されている。
また、リターンスプリング110は、フロントカバー45及びインナーヨーク60に対して相対的に軸方向に移動可能なスリーブ80が最もフロントカバー45寄りに位置した状態におけるスリーブ80のフランジ部82と、リアカバー95におけるリターンスプリング110の接触面98との距離よりも、自由長が長くなっている。このため、リターンスプリング110がリアカバー95とスリーブ80との間に保持される場合には、リターンスプリング110は圧縮した状態で保持される。
圧縮した状態で保持されるリターンスプリング110は、スリーブ80側はリターンスプリング110の内側にばね保持部83が入り込むことにより保持され、リアカバー95側はリターンスプリング110がばね受け部97の内側に入り込むことにより保持される。このようにリアカバー95とスリーブ80との間で保持されるリターンスプリング110の圧縮に対する弾性復元力により、スリーブ80はプランジャ70のスリーブ受け74に向かって押し込まれている。即ち、圧縮した状態で保持されるリターンスプリング110は、リアカバー95とスリーブ80とに、双方が離間する方向の付勢力を付与した状態で保持される。
また、プランジャ70は、スリーブ受け74においてスリーブ80と軸方向に当接するため、スリーブ80に付与したリターンスプリング110の付勢力は、スリーブ受け74を介してプランジャ70にも付与される。スリーブ80を介してプランジャ70に付与される付勢力は、プランジャ70がインナーヨーク60から離間する方向の力になっている。
さらに、ドグ100とスリーブ80とは、軸方向に相対移動不能に組み合わされているため、スリーブ80に付与したリターンスプリング110の付勢力は、ドグ100にも付与される。スリーブ80を介してドグ100に付与される付勢力は、ドグ100がクラッチホイール35から離間する方向の力になっている。このようにリターンスプリング110は、ドグクラッチ30に、ドグ100とクラッチホイール35とが離間する方向の付勢力を付与することが可能に設けられている。すなわち、リターンスプリング110は、ドグ100を後述する解放方向A2に向けて付勢する付勢手段としての機能を有する。
さらに、リアカバー95は、固定手段としてのボルト115により変速装置1のハウジング3に固定されている。このようにハウジング3に固定されるリアカバー95は、操作部90の支持部材として機能する。
車両には、電磁アクチュエータ40を制御する制御部200が設けられている。制御部200は、周知のマイクロコンピュータによって構成され、図示しないCPU、RAM、ROM、入力ポート、出力ポート、及びコモンバス等を備えている。制御部200は、電磁コイル50に流す電流の指令値を電磁アクチュエータ40に出力する。電磁アクチュエータ40は、図示しない駆動回路を有し、入力された指令値に基づいて、電磁コイル50に流す電流値を指令値とするように制御する。これにより、電磁コイル50は、指令値に応じた吸引力をプランジャ70、スリーブ80を介してドグ100に作用させる。すなわち、制御部200は、電磁コイル50で発生させる吸引力(ドグ100を後述する係合方向A1に駆動する推進力)の指令値を設定し、かつ、指令値を駆動手段としての電磁アクチュエータ40に出力する制御手段、および、係合部伝達トルクTdを検出または推定する検出推定手段としての機能を有する。
この実施例に係る電磁アクチュエータ40を備える変速装置1は、以上のごとき構成からなり、以下、その作用について説明する。この変速装置1は、当該変速装置1に備えられる電磁アクチュエータ40を制御し、ドグ100のドグ歯102とクラッチホイール35のクラッチ歯36を噛み合わせた状態である係合状態と、ドグ100のドグ歯102とクラッチホイール35のクラッチ歯36とを離間させた状態である解放状態とに切り替える。以下、軸方向においてドグ100がクラッチホイール35に向かう方向、即ち、電磁アクチュエータ40がドグ100を駆動する方向を「係合方向A1」と記述する。また、軸方向においてドグ100がクラッチホイール35から離間する方向、即ち、リターンスプリング110によりドグ100に付与される付勢力の方向を「解放方向A2」と記述する。
ドグクラッチ30を係合状態にした場合には、クラッチホイール35の回転が阻止されるため、クラッチホイール35と一体回転可能に設けられている第2遊星歯車機構21のサンギア22も回転が阻止された状態になる。反対に、ドグクラッチ30を解放状態にした場合には、クラッチホイール35は回転が許容された状態になるため、第2遊星歯車機構21のサンギア22も回転が許容された状態になる。
このように、ドグクラッチ30を切り替えることにより制御される変速装置1にエンジンの動力が伝達される場合には、エンジンの動力は変速装置1の入力軸5に伝達される。これにより入力軸5は回転するが、入力軸5が回転した場合、第1遊星歯車機構11のプラネタリキャリア15、及び第2遊星歯車機構21のリングギア24は、入力軸5の回転に伴って入力軸5と等速で回転する。
ここで、ドグクラッチ30を解放状態にすることにより第2遊星歯車機構21のサンギア22の回転が許容された状態となっている場合は、モータの動力による出力軸6及び第2遊星歯車機構21のプラネタリキャリア25の回転速度と、エンジンの動力による第1遊星歯車機構11のプラネタリキャリア15及び第2遊星歯車機構21のリングギア24の回転速度とに応じた速度で、第2遊星歯車機構21のサンギア22が出力軸6の周りを空転する。さらに、第2遊星歯車機構21のプラネタリキャリア25と等速で第1遊星歯車機構11のリングギア14が回転することにより、当該リングギア14の回転速度と第1遊星歯車機構11のプラネタリキャリア15の回転速度とに応じた速度で第1遊星歯車機構11のサンギア12が回転して発電機の駆動軸18が回転し、発電機が駆動される。この場合、モータの動力による出力軸6の回転速度とエンジンの動力による入力軸5の回転速度とは、互いに自由に設定することができ、第2遊星歯車機構21のサンギア22は、それらの回転速度差を吸収するように出力軸6の周りを空転する。
一方、ドグクラッチ30を係合状態にすることにより第2遊星歯車機構21のサンギア22の回転が阻止された状態となっている場合は、第2遊星歯車機構21におけるリングギア24またはプラネタリキャリア25のいずれか一方の回転速度が定まれば他方も定まる関係になる。この場合、エンジンの動力による入力軸5の回転速度と、モータの動力による出力軸6の回転速度とが互いに関連付けられ、且つ、それらの回転速度のいずれか一方が定まれば、第1遊星歯車機構11のサンギア12による発電機の駆動軸18の回転速度も定まる。このような状態になるドグクラッチ30の係合状態は、例えば出力軸6の回転速度を高速度域に設定する場合に使用される。
変速装置1は、このようにドグクラッチ30を切り替えることにより作動状態が切り替わるが、このドグクラッチ30は、電磁アクチュエータ40を作動させることにより状態が切り替わる。まず、ドグクラッチ30を解放状態にする場合について説明すると、ドグクラッチ30を解放状態にする場合には、電磁アクチュエータ40に設けられる電磁コイル50を非励磁の状態にする。これにより、スリーブ80にはリターンスプリング110の付勢力が作用することにより、リアカバー95から離れる方向、即ち、解放方向A2に向かう力が作用し、フロントカバー45の方向に押し込まれる。これにより、スリーブ80は、フロントカバー45側に位置する端部がプランジャ70のスリーブ受け74に当接し、スリーブ80と共にプランジャ70もフロントカバー45の方向に押し込まれる。フロントカバー45の方向に押し込まれたプランジャ70は、フロントカバー45に当接することにより停止し、スリーブ80もプランジャ70の停止と共に停止して保持される。このように、電磁コイル50を非励磁の状態にした場合におけるプランジャ70及びスリーブ80は、インナーヨーク60から離れた位置である待機位置(図3の位置)に保持される。
また、ドグ100は、止め輪105を介してスリーブ80と軸方向に相対移動不能に組み合わされているので、スリーブ80がフロントカバー45の方向に押し込まれた場合には、ドグ100も同一方向に移動する。この場合、ドグ100の内側スプライン歯101とリアカバー95の外側スプライン歯96との噛み合いは維持されるが、ドグ歯102は、軸方向におけるクラッチホイール35のクラッチ歯36との位置が完全に離れ、ドグ歯102とクラッチ歯36とは、完全に離れる。即ち、ドグ歯102とクラッチ歯36とは噛み合わない状態になり、ドグ歯102とクラッチ歯36との間で、トルクの伝達が行なわれない状態になる。従って、電磁コイル50を非励磁の状態にした場合には、ドグ100とクラッチホイール35とが離間することにより、クラッチホイール35の回転方向のトルクがドグ100とクラッチホイール35との間で伝達されない状態である解放状態になる。
これに対し、電磁コイル50を励磁した場合は、電磁コイル50の周囲に磁界が発生する。このように磁界が発生した場合、電磁コイル50を囲むように配設されるアウターヨーク55、インナーヨーク60及びプランジャ70を周回する磁路が形成される。これにより、アウターヨーク55、インナーヨーク60、プランジャ70は、磁路に沿って磁化される。磁化されたプランジャ70は、アウターヨーク55の内周面56に案内されつつ、インナーヨーク60に向かって引き寄せられる。即ち、プランジャ70には、インナーヨーク60に向かって引き寄せられる力である吸引力が作用する。これらのように、プランジャ70とインナーヨーク60とは、電磁コイル50で発生した吸引力が作用した際に双方が近付くように作動する作動手段である電磁作動部43として設けられている。また、電磁コイル50は、この吸引力を発生する吸引力発生手段として設けられている。
このように、吸引力が作用することによってプランジャ70がインナーヨーク60の方向に移動する場合、プランジャ70のスリーブ受け74に当接しているスリーブ80には、スリーブ受け74からプランジャ70の移動方向の力が作用し、換言すると、スリーブ80にはプランジャ70を介して吸引力が作用する。吸引力が作用するスリーブ80には、リターンスプリング110によりフロントカバー45の方向への付勢力が付与されているが、吸引力は付勢力よりも大きな力でスリーブ80に作用するので、プランジャ70及びスリーブ80は、吸引力が作用する方向である係合方向A1、即ち、フロントカバー45から離れ、リアカバー95に近付く方向に移動する。
スリーブ80が係合方向A1に移動した場合、ドグ100も同一方向に移動する。このため、ドグ100のドグ歯102と、クラッチホイール35のクラッチ歯36とは、軸方向における位置が重なり始める。これにより、ドグ歯102とクラッチ歯36とは互いに噛み合った状態になり、ドグ歯102とクラッチ歯36との間で、トルクの伝達が可能になり始める。従って、電磁コイル50を励磁した場合には、クラッチホイール35の回転方向のトルクがドグ100とクラッチホイール35との間で伝達可能な状態である係合状態に切り替わる。また、このように電磁コイル50は、ドグクラッチ30に対して、電磁力を用いることにより、離間した状態のドグ100とクラッチホイール35とを近付けさせる力である吸引力をプランジャ70やスリーブ80を介して付与することができるように設けられている。つまり、プランジャ70は、電磁コイル50が発生した吸引力が付与された際にインナーヨーク60との距離が近付くことによりドグクラッチ30に吸引力を伝達可能に設けられている。
以上のように構成されたクラッチ装置1−1において、ドグクラッチ30の係合状態を保持するために電磁コイル50に流す電流である保持電流を低減できることが望まれている。従来の電磁クラッチでは、係合状態を保持する場合の保持電流は、例えば、一定値であった。電磁クラッチの歯抜けが発生しないように、ある程度大きな保持電流を流し続けていた。言い換えると、不意の解放を防ぐために係合時の全ての状態を想定し、最も解放しやすい状態であっても電磁コイル50で発生させる吸引力により電磁クラッチの解放を防ぐことができる値に保持電流を設定していた。このため、実際にはそれだけの保持電流が必要でないときにも最悪時と同じだけの保持電流を流すこととなり、保持時の消費電力が大きなものとなっていた。
ここで、以下に説明するように、ドグ歯102とクラッチ歯36との間で伝達されるトルクの大きさによって、ドグクラッチ30の抜けやすさは異なる。本実施形態では、ドグ歯102とクラッチ歯36とが噛合う部分(係合部)に作用するトルクである後述する係合部伝達トルクに応じて保持電流が可変に設定される。これにより、保持電流を適切な値に設定し、保持時の消費電力を低減させることができる。
図4は、係合した状態のドグ歯102とクラッチ歯36を示す図である。図4には、中心軸7と直交する方向、すなわち径方向から見たドグ歯102とクラッチ歯36が示されている。
図4に示すように、ドグ歯102およびクラッチ歯36は、それぞれ抜け防止のためのテーパ形状を有している。ドグ歯102は、係合方向A1へ向かうほど歯厚L1が大きく、解放方向A2へ向かうほど歯厚L1が小さくなるテーパ角θのテーパ形状に形成されている。これに対して、クラッチ歯36は、係合方向A1へ向かうほど歯厚L2が小さく、解放方向A2へ向かうほど歯厚L2が大きくなるテーパ角θのテーパ形状に形成されている。このように、ドグ歯102およびクラッチ歯36がそれぞれテーパ形状に形成されていることで、係合状態のドグクラッチ30の抜け防止が図られている。
係合状態のドグ100には、係合方向A1の力Fkeigo(Fkeigo1,Fkeigo2)と、解放方向A2の力Fkaihoがそれぞれ作用する。なお、図4には、電磁アクチュエータ40がドグ100に与える推進力が0である場合にドグ100に作用する力が示されている。実際にドグ100に対して係合方向A1に作用する力の総和には、係合方向A1の力Fkeigoに加えて、電磁アクチュエータ40がドグ100に与える推進力が含まれる。解放方向A2の力Fkaihoは、リターンスプリング110がドグ100に付与する付勢力等によるものである。係合方向A1の力Fkeigoには、ドグ歯102とクラッチ歯36との係合部Bにおいてドグ歯102に作用する2つの力Fkeigo1、および、Fkeigo2が含まれる。
ここで、係合部Bは、ドグ歯102においてクラッチ歯36と周方向に対向し、かつ、クラッチ歯36と当接する部分102aと、クラッチ歯36において、ドグ歯102と周方向に対向し、かつ、ドグ歯102と当接する部分36aとで構成されている。係合方向A1の力Fkeigoは、以下に説明するように、ドグ歯102とクラッチ歯36との間で伝達されるトルク、すなわち、係合部Bで伝達されるトルク(以下、単に「係合部伝達トルクTd」とする)の大きさによって変化する。
符号Fは、係合部伝達トルクTdに対応する周方向の力であり、径方向のドグクラッチ30の位置における周方向の力を示す。周方向の力Fは、以下の式(1)で算出される
F = 係合部伝達トルクTd / 半径R (1)
ここで、半径Rは、ドグクラッチ30の半径、つまり、中心軸7と係合部Bとの間の距離である。
周方向の力Fにより、ドグ歯102に対して係合部Bと直交する方向の力Nが作用する。係合方向A1の力Fkeigoは、この直交する方向の力Nの軸方向成分Fkeigo1(以下、「スラスト力Fkeigo1」とする)と、直交する方向の力Nに対応する静止摩擦力の軸方向成分Fkeigo2(以下、単に「静止摩擦力Fkeigo2」とする)との和として算出することができる。従って、係合方向A1の力Fkeigoは、係合部伝達トルクTdの大きさによって変化するものである。係合方向A1の力Fkeigoは、ドグ歯102とクラッチ歯36との間で伝達される係合部伝達トルクTdが大きくなるほど増加し、係合部伝達トルクTdが小さくなるほど減少する。このため、解放方向A2の力Fkaihoに抗してドグクラッチ30の係合状態を保持するために、電磁アクチュエータ40がドグ100に与える推進力を必要とするか否か、また、上記推進力が必要とされる場合の必要な推進力の大きさは、係合部伝達トルクTdの大きさによって変化することとなる。
本実施形態では、ドグクラッチ30の係合状態を保持する保持制御において、係合部伝達トルクTdの変動に応じて電磁アクチュエータ40がドグ100に与える推進力が制御される。具体的には、係合部伝達トルクTdの大きさが予め定められた閾値を下回る場合、言い換えると、ドグ100に係合方向A1に作用する力が低下し、解放方向A2の力Fkaihoに近づいた場合には、電磁アクチュエータ40がドグ100に与える推進力を増加させる。一方、係合部伝達トルクTdの大きさが上記閾値を上回る場合、言い換えると、ドグ100に係合方向A1に作用する力が解放方向A2の力Fkaihoに対して十分大きな値である場合には、電磁アクチュエータ40がドグ100に与える推進力を低下させる。
上記閾値は、ドグ100に係合方向A1に作用する力の大きさの総和が解放方向A2の力Fkaihoの大きさと等しくなるような係合部伝達トルクTdの大きさ、すなわち、電磁アクチュエータ40がドグ100に与える推進力と、係合方向A1の力Fkeigoとの和と、解放方向A2の力Fkaihoとが同じ大きさとなるような係合部伝達トルクTdの大きさに基づいて設定されている。以下、ドグ100に係合方向A1に作用する力の大きさの総和が解放方向A2の力Fkaihoの大きさと等しくなるような係合部伝達トルクTdの大きさを「下限トルクTn」とする。
本実施形態では、以下に図5を参照して説明する方法により、係合部伝達トルクTdを推定する。図5は、ドグクラッチ30の係合状態における動力分割機構10の共線図である。図5の縦軸は、各軸(各ギア)の回転数を示している。
図5において、符号S,C,Rは、それぞれ第1遊星歯車機構11のサンギア12、プラネタリキャリア15、およびリングギア14を示す。また、符号S’,C’,R’は、それぞれ第2遊星歯車機構21のサンギア22、プラネタリキャリア25、およびリングギア24を示す。符号ρ、およびρ’は、それぞれ第1遊星歯車機構11のギア比、および第2遊星歯車機構21のギア比である。図5に示したように、ドグクラッチ30が係合状態のときは、第2遊星歯車機構21のサンギア22(S’)が回転不可に固定され、いわゆるロックされるので、その部分を中心にエンジン(入力軸5)、発電機(駆動軸18)、および出力軸6の回転数が変化する。符号Tcは、エンジンが入力軸5に付加するトルク(以下、単に「入力軸付加トルクTc」とする)を示す。係合部伝達トルクTdは、下記[数1]により算出される。
本実施形態では、[数1]により推定された係合部伝達トルクTdに基づいて、以下に図6を参照して説明するように電磁コイル50に流す保持電流が制御される。図6は、本実施形態の保持電流の制御がなされる場合のタイムチャートである。
図6において、符号120は、推定された係合部伝達トルクTd、符号Tbは、予め定められた係合部伝達トルクTdの閾値を示す。閾値Tbは、ドグ100に対して係合方向A1に作用する力の大きさの総和と、解放方向A2の力Fkaihoの大きさとが等しくなる下限トルクTnに基づいて設定されている。具体的には、閾値Tbは、下限トルクTnに所定の安全率を乗じた値として設定されている。
符号130は、本実施形態で電磁コイル50に流す保持電流を示す。符号140は、従来の電磁クラッチにおいて電磁コイル50に流される保持電流の一例を示す。従来の電磁クラッチでは、係合部伝達トルクTdにかかわりなく、保持電流140が一定であった。不意の解放を防ぐために電磁クラッチの係合時の全ての状態を想定し、最も解放しやすい状態であっても電磁コイル50で発生させる吸引力により電磁クラッチの解放を防ぐことができる値に保持電流140が設定されていた。
これに対して、本実施形態では、符号T2,T4に示す期間のように、推定された係合部伝達トルクTd(120)の大きさ(絶対値)が、閾値Tbよりも小さい場合には保持電流130が大きな第一電流値I1に設定される。第一電流値I1は、例えば、係合部伝達トルクTdにかかわらずドグクラッチ30の係合状態を実現することが可能な電流値として設定されている。一方、符号T1,T3,T5に示す期間のように、推定された係合部伝達トルクTd(120)の大きさ(絶対値)が、閾値Tbよりも大きい場合には、閾値Tbよりも小さい場合と比較して、保持電流130が小さな第二電流値I2に設定される。第二電流値I2は、係合部伝達トルクTd(120)の大きさ(絶対値)が、閾値Tbよりも大きい場合に、ドグ歯102とクラッチ歯36とが噛合った状態を実現できる電流値の範囲で設定される値である。
なお、下限トルクTnは、例えば、保持電流130を第二電流値I2とした場合に、ドグ100に係合方向A1に作用する力の大きさの総和が、解放方向A2の力Fkaihoの大きさと等しくなるような係合部伝達トルクTdの大きさとして設定されている。これにより、保持電流130を第二電流値I2とした状態において、係合部伝達トルクTdの大きさが低下した場合に、ドグクラッチ30が解放する状態に近づいたことを適切に判定し、保持電流130を第一電流値I1に上昇させることができる。よって、ドグクラッチ30の不意の解放を効果的に抑制することができる。また、係合部伝達トルクTdが十分に大きな値である場合には、保持電流130を第二電流値I2に設定することで、ドグクラッチ30を係合状態に保持するための消費電力を低減することができる。
図1を参照して、本実施形態における電磁コイル50の電流制御について説明する。図1は、本実施形態の電磁コイル50の電流制御の動作を示すフローチャートである。本フローチャートに基づく制御は、ドグクラッチ30を係合状態とすると判定されている場合に実行される。なお、制御部200は、本制御フローの実行中に、ドグクラッチ30を解放状態とすると判定されたか否かを定期的にチェックしている。ドグクラッチ30を解放状態とすると判定された場合には、本制御フローが中断され、ドグクラッチ30を解放状態とする制御へ移行する。
まず、ステップS10では、制御部200において、ドグクラッチ30の係合を開始するという指令がなされる。次に、ステップS20では、制御部200により、係合制御が開始される。制御部200は、離間した状態のドグ歯102とクラッチ歯36とを係合させるために、電磁コイル50に電流を流すよう電磁アクチュエータ40に指令値を出力する。この係合開始時に電磁コイル50に流される電流値は、第一電流値I1よりも大きな電流値である。電磁コイル50に電流が流れると、プランジャ70に対する吸引力が発生し、プランジャ70と共に、スリーブ80、およびドグ100が係合方向A1に移動し、ドグ歯102とクラッチ歯36とが係合する。
次に、ステップS30では、制御部200により、ドグクラッチ30の係合完了が確認される。車両には、ドグクラッチ30の噛合い状態を検知する図示しないポジションセンサが設けられている。ポジションセンサの検出結果は、制御部200に出力される。制御部200は、ポジションセンサから出力されるドグクラッチ30の係合解放の状態を示す信号に基づいて、ドグクラッチ30の係合完了を確認する。
次に、ステップS40では、ドグクラッチ30が係合状態となったことにより、係合状態における制御フロー(ステップS50以降のフロー)へ移行する。言い換えると、解放された状態のドグクラッチ30を係合させるための係合制御から、係合したドグクラッチ30の係合状態を保持するための保持制御へ移行する。制御部200により、電磁コイル50に流される電流の指令値が、係合状態を保持する電流値である保持電流値に設定される。例えば、電磁コイル50に流される電流値が、ステップS20で設定された電流値から、第二電流値I2まで低下される。
次に、ステップS50では、制御部200により、係合部Bで伝達されるトルクである係合部伝達トルクTdの絶対値が閾値Tbよりも大であるか否かが判定される。制御部200は、上記[数1]により算出(推定)された係合部伝達トルクTdに基づいてステップS50の判定を行う。その判定の結果、係合部伝達トルクTdの絶対値が閾値Tbよりも大であると判定された場合(ステップS50−Y)にはステップS60に進み、そうでない場合(ステップS50−N)にはステップS70へ進む。
ステップS60では、制御部200により、スリーブ80が抜け方向に移動したか否かが判定される。制御部200は、ポジションセンサから出力されるドグクラッチ30の係合解放の状態を示す信号に基づいて、スリーブ80が抜け方向に移動したことを検知する。ポジションセンサの信号に基づいて、ドグクラッチ30の係合解放の状態が、解放方向に変化したことが検知された場合に、スリーブ80が抜け方向に移動したと判定される。ステップS60の判定の結果、スリーブ80が抜け方向に移動したと判定された場合(ステップS60−Y)には、ステップS70に進み、そうでない場合には、ステップS40へ移行する。
ステップS70では、制御部200により、電磁コイル50に流す保持電流の指令値が規定値まで上昇される。規定値は、例えば、第一電流値I1であることができる。あるいは、規定値は、推定された係合部伝達トルクTdの大きさに基づいて、第一電流値I1よりも小さく、かつ、解放方向A2の力Fkaihoに抗してドグ100を係合方向A1に駆動するために十分な推進力(吸引力)を発生させることができる電流値とされてもよい。この場合、一律に第一電流値I1まで保持電流を上昇させる場合と比較して、消費電力の低減を図ることができる。ステップS70が実行されて電磁コイル50に流す保持電流が上昇することにより、解放方向A2の力Fkaihoの大きさに対して、ドグ100に係合方向A1に作用する力の大きさの総和が上回るようになり、ドグクラッチ30の係合状態が維持される。
次に、ステップS80では、制御部200により、スリーブ80が噛合い位置まで移動した(噛合い位置にある)か否かが判定される。制御部200は、ポジションセンサから出力されるドグクラッチ30の係合解放の状態を示す信号に基づいて、ステップS80の判定を行う。その判定の結果、スリーブ80が噛合い位置まで移動したと判定された場合(ステップS80−Y)にはステップS90に進み、そうでない場合(ステップS80−N)には、ステップS80の判定がYesになるまで段階的に保持電流を上昇させる。
ステップS90では、制御部200により、係合部伝達トルクTdの絶対値が、閾値Tbよりも大であるか否かが判定される。その判定の結果、係合部伝達トルクTdの絶対値が、閾値Tbよりも大であると判定された場合(ステップS90−Y)にはステップS100に進み、そうでない場合(ステップS90−N)にはステップS90の判定が繰り返される。
ステップS100では、制御部200により、電磁コイル50に流す保持電流の指令値が低下される。保持電流の指令値は、たとえば、第二電流値I2に設定される。ここで、第二電流値I2は例えば、0に設定されてもよく、この場合、ステップS100において電磁コイル50が非励磁の状態とされる。ステップS100が実行されると、ステップS40に移行する。
以上説明したように、本実施形態のクラッチ装置1−1では、ドグクラッチ30の係合状態を保持する保持制御において、推定された係合部伝達トルクTdに基づいて、電磁コイル50に流す保持電流の指令値、言い換えると、電磁アクチュエータ40によりドグ100に与える推進力の指令値が可変に設定される。推定された係合部伝達トルクTdの絶対値が、閾値Tbを上回る場合には、ドグクラッチ30の係合状態を維持しつつ、保持電流が小さな値に設定され、係合部伝達トルクTdの絶対値が、閾値Tb以下である場合には、保持電流が大きな値に設定される。これにより、ドグ歯102とクラッチ歯36との係合部Bにおいてドグ歯102に作用する力Fkeigo1、および、Fkeigo2の変動に応じて、ドグクラッチ30の係合状態を維持しつつ、保持制御において電磁コイル50で消費される消費電力を低減することができる。言い換えると、ドグ100に係合方向A1に作用する力の大きさの総和が、解放方向A2の力Fkaihoの大きさを下回ってドグクラッチ30が解放してしまうことを抑制しつつ、係合状態を維持するために適切な値に対して電磁コイル50に流す保持電流が過大となることを抑制することができる。
なお、本実施形態では、推定された係合部伝達トルクTdの絶対値が、閾値Tbを上回る場合に、保持電流が小さな値に設定されたが、これに代えて、推定された係合部伝達トルクTdの絶対値が、閾値Tb以上である場合に保持電流を小さな値に設定するようにしてもよい。言い換えると、保持電流を小さな値に設定すると判定する条件に、推定された係合部伝達トルクTdの絶対値が、閾値Tbと等しい場合が含まれてもよい。この場合、保持電流を大きな値に設定すると判定される条件は、推定された係合部伝達トルクTdの絶対値が、閾値Tb未満であることとなる。
なお、本実施形態のクラッチ装置1−1のドグクラッチ30は、ドグ100がクラッチホイール35に係合することで、クラッチホイール35の回転を規制するものであったが、本実施形態の制御を適用可能なドグクラッチ30は、これには限定されない。例えば、ドグ100がクラッチホイール35に係合することで、ドグ100とクラッチホイール35とが一体回転するものであってもよい。すなわち、回転体(例えば、クラッチホイール35)に対して軸方向に移動可能に設けられた本体(例えば、ドグ100)と、入力される指令値に応じた推進力で本体を軸方向において回転体に向かう方向である係合方向A1に駆動する駆動手段(例えば、電磁アクチュエータ40)とを備え、駆動手段により駆動された本体が、係合方向A1に移動することで、回転体に軸方向に形成された回転体係合部(クラッチ歯36)と、本体に軸方向に形成された本体係合部(ドグ歯102)とが噛合うクラッチ装置であれば、本実施形態のクラッチ装置1−1を適用可能である。
本実施形態のクラッチ装置1−1では、ドグ100を駆動する駆動手段が電磁アクチュエータ40であったが、駆動手段はこれには限定されない。入力される指令値に応じた推進力でドグ100を係合方向A1に駆動する駆動手段であれば、推進力を発生させる手段は電磁力には限定されない。
本実施形態のクラッチ装置1−1では、クラッチホイール35が、第2遊星歯車機構21を構成するギア、具体的にはサンギア22と一体回転するものであったが、回転体としてのクラッチホイール35の設置箇所は、これには限定されない。クラッチホイール35は、駆動源の動力を駆動軸に伝達する駆動系に設けられるものであればよい。また、本実施形態では、クラッチ装置1−1が車両に適用される場合について説明したが、クラッチ装置1−1の適用対象は、車両には限定されない。
(第1実施形態の第1変形例)
第1実施形態の第1変形例について説明する。
上記第1実施形態では、図5を参照して説明したように、入力軸付加トルクTcと共線図に基づいて係合部伝達トルクTdが推定されたが、これに代えて、トルクセンサにより係合部伝達トルクTdを測定してもよい。
(第1実施形態の第2変形例)
第1実施形態の第2変形例について説明する。
上記第1実施形態では、ポジションセンサから出力されるドグクラッチ30の係合解放の状態を示す信号に基づいて、スリーブ80が抜け方向に移動したことが検知されたが、スリーブ80の抜け方向への移動を検知する方法は、これには限定されない。例えば、以下に説明するように、実際に電磁コイル50に流れる保持電流の変化に基づいて、スリーブ80の抜け方向への移動を検知することができる。
スリーブ80が抜け方向へ移動した場合、電磁コイル50に逆起電力が発生するため、保持電流が変化する。よって、例えば、電磁アクチュエータ40の駆動回路に電流を計測する電流計測手段を設け、電流計測手段の計測結果に基づいて、スリーブ80が抜け方向へ移動したことを検知することができる。
(第1実施形態の第3変形例)
第1実施形態の第3変形例について説明する。
上記第1実施形態では、係合部伝達トルクTdの閾値Tbは1つであったが、係合部伝達トルクTdの閾値が複数段設けられてもよい。例えば、係合部伝達トルクTdにおいて、トルクの領域を複数に分割するように互いに異なる閾値を設定し、それぞれの閾値により分割された領域ごとに段階的に保持電流の指令値を異ならせるようにしてもよい。この場合、例えば、分割された領域のうち、係合部伝達トルクTdが高トルクの領域であるほど、保持電流の指令値が小さな値に設定される。
(第2実施形態)
図7を参照して、第2実施形態について説明する。第2実施形態については、上記第1実施形態と異なる点についてのみ説明する。
上記第1実施形態では、検出または推定された係合部伝達トルクTdに基づいて、電磁コイル50に流す保持電流の指令値が可変に設定された。これに代えて、本実施形態では、車両の走行状態に基づいて上記保持電流の指令値が設定される。具体的には、車両に対する要求パワーと、車速とに基づいて保持電流値の指令値が設定される。制御部200は、予め定められた、車両に対する要求パワーおよび車速と、保持電流値との対応関係を示すマップ(以下、「保持電流値マップ」とする)を記憶しており、上記マップに基づいて保持電流の指令値を決定する。
ここで、車両に対する要求パワーおよび車速は、係合部伝達トルクTdに対応している。すなわち、車両に対する要求パワーと車速とに基づいて、エンジンの出力制御や変速装置1の変速制御等が行われるため、その結果として発生する係合部伝達トルクTdは、要求パワーと車速とに基づいて推測可能である。本実施形態では、要求パワーと車速とに基づいて、保持電流の指令値が設定されることで、実質的に、係合部伝達トルクTdに基づいて保持電流の指令値が可変に設定される。
保持電流値マップは、例えば、適合実験の結果に基づいて設定される。保持電流値マップは、車両の走行状態に応じ、ドグクラッチ30の解放を抑制しつつ、係合状態を維持するために適切な値に対して電磁コイル50に流す保持電流が過大となることを抑制できるように設定されている。具体的には、保持電流値マップに記憶された保持電流値は、例えば、ドグクラッチ30の係合状態を維持することができる電流値の最小値に対して予め定められた所定の安全率を乗じた値に設定される。ドグクラッチ30の係合状態を維持することができる電流値の最小値は、係合部伝達トルクTd(言い換えると、係合部伝達トルクTdに対応する車両の走行状態)によって変化する。本実施形態では、ドグクラッチ30の係合状態を維持することができる電流値の最小値に基づいて保持電流の指令値を設定することで、ドグクラッチ30の係合状態を保持する際の消費電力を効果的に低減することができる。本実施形態の制御部200は、記憶手段、移動検出手段、および、更新手段としての機能を併せ持つ。
図7を参照して、本実施形態における電磁コイル50の電流制御について説明する。図7は、本実施形態の動作を示すフローチャートである。上記第1実施形態と同様に、本フローチャートに基づく制御は、ドグクラッチ30を係合状態とすると判定されている場合に実行される。なお、制御部200は、本制御フローの実行中に、ドグクラッチ30を解放状態とすると判定されたか否かを定期的にチェックしている。ドグクラッチ30を解放状態とすると判定された場合には、本制御フローが中断され、ドグクラッチ30を解放状態とする制御へ移行する。
ステップS110からステップS130までは、上記第1実施形態のステップS10からステップS30までと同様であることができる。ステップS110で制御部200において、ドグクラッチ30の係合を開始するという指令がなされ、ステップS120では、制御部200により、係合制御が開始される。次に、ステップS130では、制御部200により、ドグクラッチ30の係合完了が確認される。
次に、ステップS140では、係合状態を保持する保持制御が実行される。制御部200により、電磁コイル50に流される電流の指令値が保持電流値に設定される。制御部200は、車両の走行状態をセンシングし、保持電流をマップ値から呼び出される値に適宜変更する。具体的には、制御部200は、例えば、図示しないアクセルペダルのアクセル開度と、車両の車速とに基づいて車両に対する要求パワーを算出する。次に、制御部200は、算出された要求パワーと、車速とに基づいて、保持電流値マップを参照して保持電流の指令値を算出し、算出された指令値を電磁アクチュエータ40に出力する。制御部200は、センシングされた走行状態が変化した場合には、適宜変化後の走行状態に応じて保持電流の指令値を変更する。
ステップS150では、制御部200により、スリーブ80が抜け方向である解放方向A2に移動したか否かが判定される。制御部200は、例えば、ポジションセンサから出力されるドグクラッチ30の係合解放の状態を示す信号に基づいて、スリーブ80が抜け方向に移動したことを検知する。ステップS150の判定の結果、スリーブ80が抜け方向に移動したと判定された場合(ステップS150−Y)にはステップS160に進み、そうでない場合(ステップS150−N)にはステップS140に移行する。
ステップS160では、制御部200により電磁コイル50に流す電流の指令値が規定値まで上昇される。ステップS160の規定値は、例えば、上記第1実施形態(図1)のステップS70の規定値と同様であることができる。すなわち、規定値は、第一電流値I1であってもよく、あるいは、車両の走行状態に対応する係合部伝達トルクTdの大きさに基づいて、第一電流値I1よりも小さく、かつ、解放方向A2の力Fkaihoに抗してドグ100を係合方向A1に駆動するために十分な推進力(吸引力)を発生させることができる電流値とされてもよい。
ステップS170では、制御部200により、スリーブ80が噛合い位置まで移動した(噛合い位置にある)か否かが判定される。制御部200は、ポジションセンサから出力されるドグクラッチ30の係合解放の状態を示す信号に基づいて、ステップS170の判定を行う。その判定の結果、スリーブ80が噛合い位置まで移動したと判定された場合(ステップS170−Y)にはステップS180に進み、そうでない場合(ステップS170−N)には、ステップS170の判定がYesになるまで段階的に保持電流を上昇させる。
ステップS180では、制御部200により、保持電流値マップの保持電流値が変更される。制御部200は、ステップS140でセンシングされた走行状態に対応して保持電流値マップに記憶されている保持電流値を更新する。更新後の保持電流値は、例えば、更新前の保持電流値よりも大きな電流値に変更される。ステップS180が実行されるとステップS140に移行する。
本実施形態によれば、車両の走行状態に基づいて保持電流の指令値が設定される。つまり、車両の走行状態が変わるのと同時に保持電流を変化させることが可能である。従って、係合部伝達トルクTdの検出または推測結果に基づいて保持電流を変化させる場合と比較して、係合部伝達トルクTdの変化に対する保持電流の応答性を向上させることができる。よって、ドグクラッチ30の不意の解放が生じることをより確実に抑制しつつ、ドグクラッチ30の係合状態を保持する際の消費電力をより一層低減することができる。
ここで、下限トルクTn、すなわち、ドグ100に係合方向A1に作用する力の大きさの総和が解放方向A2の力Fkaihoの大きさと等しくなるような係合部伝達トルクTdの大きさは、各車両によってばらつきがあったり、経年変化が生じたりすることがある。これに対して、保持電流値マップを学習により更新する学習制御を実行することができる。保持電流値マップを学習により更新する学習制御を実行することで、保持電流値マップを現在の車両の状態に適合させ、ドグクラッチ30の不意の解放をより確実に抑制したり、ドグクラッチ30の係合状態を保持する際の消費電力を低減したりすることができる。
上記学習制御では、例えば、ドグクラッチ30の係合状態において、保持電流値を低下させていき、スリーブ80の抜け方向への移動が検知されたときの保持電流値に基づいて保持電流値マップが更新される。これにより、各車両にばらつきがあったり、経年変化が生じたりしたとしても、保持制御における保持電流値を適切な値に制御することができる。
本実施形態では、車両の走行状態として、車両に対する要求パワーと車速とが用いられたが、走行状態は、これには限定されない。車両の走行状態は、例えば、エンジン要求トルクと車速など、係合部伝達トルクTdを推測できる値であればよい。