近年、ガリウム・ヒ素(GaAs)やインジウム・ガリウム・ヒ素(InGaAs)等のIII−V族化合物半導体や、セレン化カドミウム(CdSe)、テルル化亜鉛(ZnTe)、セレン化亜鉛(ZnSe)やテルル化カドミウム(CdTe)等のII−VI族化合物半導体よりなる量子ドットを発光素子やレーザーに適用するための研究が盛んになされている。
量子ドットからの発光はそのサイズや組成に依存し、その発光スペクトルは、量子ドットを構成する材料系、サイズ分布や組成分布で制御可能である。すなわち、量子ドットを構成する材料により、大まかな発光波長範囲が決まる。そして、量子ドットのサイズ分布や組成分布を調整することで、より細かな中心発光波長と半値幅の制御が可能となる。
このような量子ドットの作製方法の一つとして、S−K(Stranski−Krastanov)成長法が知られている。このS−K成長法では、基板上に結晶成長させた結晶層の歪み緩和を利用して結晶層の表面にドットを形成する。例えばインジウム・砒素(InAs)のIII−V族化合物半導体よりなる量子ドットをGaAs基板上に作製する場合、結晶成長温度に加熱したGaAs基板上に、分子線エピタキシー法等を利用してInとAsとを同時に供給して薄膜状に結晶成長させる。このGaAs基板とInAs結晶層とは格子不整合系であるため、結晶層の基板との界面に歪みエネルギが蓄えられる。そして、この結晶層が所定の膜厚を超えると、歪み緩和により転位が発生し、結晶層の表面が凸凹状となってドットが形成される。
一方、液滴エピタキシー法による量子ドットの作製方法も知られている。液滴エピタキシー法による量子ドットの作製は、例えば特許文献1や非特許文献1に記載されているように、元々、分子線エピタキシー法によって行われていた。その後、特許文献2〜3や非特許文献2〜3に記載されているように、分子線エピタキシー法だけでなく、有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法によっても量子ドットが作製されるようになってきている。
この液滴エピタキシー法によって、例えばアルミニウム・砒素(AlAs)のIII−V族化合物半導体よりなる量子ドットをGaAs基板上に作製する場合、300℃程度以下に加熱したGaAs基板上に、分子線エピタキシー法や有機金属気相成長法を利用してAlを供給して、GaAs基板上にAl液滴を形成する。その後、分子線エピタキシー法や有機金属気相成長法を利用してAsを供給して、Al液滴にAsを固溶させて結晶化し、AlAs量子ドットを形成する。
このような液滴エピタキシー法は、例えばGaAs基板上にアルミニウム・ガリウム・ヒ素(AlGaAs)量子ドットやAlAs量子ドットを作製する場合のように、格子定数の一致する組み合わせ、すなわち格子整合系にも適用できる。したがって、液滴エピタキシー法によれば、基板と量子ドットとにおいて材料選択の自由度が高まる。
ところで、近年、OCTと呼ばれる、近赤外光を用いた断層撮影技術が注目を浴びている。OCTは、分解能が10μm程度と、X線CTの1mm程度よりも高分解能であり、また、近赤外光を用いるので、X線CTよりも安全である。
このOCTは、マイケルソン干渉計を利用した技術であり、観察対象の各層構造で反射された信号光と、可動ミラーで反射された参照光とが干渉することによって、撮影を行っている。この信号光と参照光との干渉は、信号光の経路長と参照光の経路長とのズレがコヒーレンス長よりも短いときに起こる。このため、OCTでは、このコヒーレンス長が深さ方向の分解能となる。したがって、OCTの分解能を高めるには、コヒーレンス長が短い、すなわち、半値幅の広い広帯域光源が必要となる。
そこで、本発明者らは、OCTの光源として有望な、近赤外線領域の広帯域発光を目指して、有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法により、例えばInAsP量子ドットを形成することを行っている。実際、非特許文献2で発表しているように、GaInP上に作製したInP量子ドットにより750nm帯での広帯域発光や、GaInP上に作製したInAsP量子ドットにより850nm帯での広帯域発光を実現している。
本発明者らが従来行ってきた、有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法によるInAsP量子ドット作製のためのガスフローシーケンスの一例は図16に示すとおりである。
このガスフローシーケンスでは、まず、TBP(ターシャリブチルホスフィン)、TEGa(トリエチルガリウム)及びTMIn(トリメチルインジウム)の3種の原料ガスを反応室内に供給して、反応室内をTBP、TEGa及びTMInよりなる雰囲気にする。そして、この雰囲気において、反応室内に配置された基板温度をGaInPの結晶成長温度以上である600℃に所定時間だけ保持する。これにより、下地層たるGaInP層を基板上に形成する。その後、基板温度を410℃に下げる。この基板温度の下降は、基板上に形成したGaInP層からV族元素たるPが離脱しないように、反応室をTBP雰囲気としながら行う。そして、基板温度を410℃に維持しつつ、反応室内へのTBPの供給を停止してから反応室内にTMInを供給して反応室をTMIn雰囲気に所定時間だけ保持する。これにより、GaInP層上にIn液滴を形成する。その後、基板温度を410℃に維持しつつ、反応室内にTBP及びTBAs(ターシャリブチルアルシン)の二種の原料ガスを反応室内に供給して、反応室をTBP及びTBAsよりなる雰囲気に所定時間だけ保持する。これにより、PとAsをIn液滴に固溶させて結晶化し、InAsP量子ドットを形成する。その後、反応室内にTBPを供給して反応室をTBP雰囲気にした状態で、基板温度を600℃まで上げる。そして基板温度を600℃に維持しつつ、TBP、TEGa及びTMInの3種の原料ガスを反応室内に供給して反応室をTBP、TEGa及びTMInよりなる雰囲気に所定時間だけ保持する。これにより、キャップ層たるGaInP層を形成して、InAsP量子ドットを埋め込む。
ここに、次世代OCTでは、850nm帯の光源よりも1000〜1050nm帯の光源が注目されている。そこで、本発明者らは、InAsP量子ドットにおけるAsとPの組成制御を行うことによって、近赤外線領域の広帯域発光の波長チューニングを目指し、まずInAsP量子ドット中のAs組成を増加させることで、中心発光波長を長波長側にずらすことを試みた。
しかしながら、従来用いてきたガスフローシーケンスを用いると、In液滴の形成後に、TBP及びTBAsの二種の原料ガスの供給比を変更することで気相As比を増加させても、図17に示されるように、それに応じてInAsP量子ドットの発光波長を長波長側に比例的にずらすことができなかった。例えば、液滴形成後の気相As比を0.17から0.43に増加させたときは、中心発光波長の長波長側へのズレが認められたが、それからさらに気相As比を0.75に増加させても、中心発光波長が長波長側にずれることはなかった。理論的には、InAsP量子ドット中のAs比が大きくなるほど、中心発光波長は長波長側にずれるはずである。このため、In液滴の形成後の気相As比を増加させても、実際にはそれに応じてInAsP量子ドットにおけるAs比を増加させることができなかったことになる。
したがって、従来のガスフローシーケンスによっては、In液滴の形成後の気相As比を調整しても、量子ドットの発光の波長チューニングを適切に行うことが困難であった。
特開平3−116822号公報
Journal of Crystal Growth、111 (1991)688−692、「New MBE growth method for InSb quantum well boxes」
国際公開WO 2004/055900号公報
特開平5−175118号公報
日本結晶成長学会誌vol.33、No.2、26−30頁、 2006、「分散量子ドット構造を利用した広帯域発光素子」
Journal of Crystal Growth、291 (2006)363−369、「High−density nanometer−scale InSb dots formation usingu droplets heteoepitaxial groth by MOVPE」
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法によるガスフローシーケンスの変更により、量子ドット中に所望の元素成分を確実に固溶させることを目的とするものである。
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を進めた。その結果、上記従来のガスフローシーケンスにおいてはIn供給直前の反応室内をP雰囲気としていたことに伴い、基板上等にP成分が残留していたことが、In液滴形成後の気相As比の増加に応じてInAsP量子ドットのAs比が増加しないことの原因であることを突き止めた。そして、上記従来のガスフローシーケンスを変更し、In供給前に積極的にAs及びPを供給することで、InAsP量子ドットのAs比を確実に増加させうることを知見し、本発明を完成させた。
ここに、In供給前のガスフローシーケンスを変更することは、一見、簡単で、すぐに気づくことのように感じるかもしれない。しかし、分子線エピタキシー法を用いた場合は、In液滴の形成時に反応室内に上述したような前工程のP成分が残留することはないため、In供給前のガスフローシーケンスに着目することはない。また、有機金属気相成長法を用いた場合でも、液滴エピタキシー法においてIn供給前のガスフローシーケンスに着目することは、従来、全く考えられていなかった。したがって、液滴エピタキシー法においてIII族金属等を供給する前のガスフローシーケンスを変更することにより、III−V族化合物半導体等よりなる量子ドット中にV族元素等を確実に固溶させることは、本発明者らがIII−V族化合物半導体等よりなる量子ドットの波長チューニングを行うにあたり、初めて直面した新規な課題である。
(1)上記課題を解決する本発明の量子ドットの製造方法は、有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法により、液滴形成元素群としてのA族元素群から選ばれた少なくとも一種よりなる第一A族元素群と液滴固溶元素群としてのB族元素群から選ばれた少なくとも一種よりなる第一B族元素群とを含む第一A−B族化合物半導体よりなる量子ドットを、該A族元素群から選ばれた少なくとも一種よりなる第二A族元素群と該B族元素群から選ばれた少なくとも一種よりなる第二B族元素群とを含む第二A−B族化合物半導体よりなる基材単一体の上又は基材上に形成された該第二A−B族化合物半導体よりなる下地層の上に形成する量子ドットの製造方法であって、前記第一B族元素群は、前記第二B族元素群を構成する各B族元素とは異なる異種B族元素を含み、前記基材単一体又は前記下地層が形成された前記基材が配置された反応室を、前記第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気にして所定時間保持する前処理工程と、前記基材単一体又は前記基材の温度を、量子ドットを形成する際のドット形成温度に維持した状態で、前記反応室を、前記第一A族元素群を構成する各A族元素の各A族元素成分を含む雰囲気にして、該基材単一体上又は該下地層上に、各該A族元素成分よりなり前記第一B族元素群の各前記B族元素成分が固溶した液滴を形成するとともに該液滴を結晶化して、前記第一A−B族化合物半導体よりなる量子ドットを形成するドット形成工程と、を備え、前記前処理工程は、該前処理工程実施後の前記基材単一体又は前記下地層の上に、前記第一B族元素群の各前記B族元素成分が存在し、かつ該第一B族元素群の各該B族元素成分以外のB族元素成分が存在することのない条件で実施することを特徴とするものである。
すなわち、本発明の量子ドットの製造方法では、有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法により、量子ドットを形成する。この量子ドットは、液滴形成元素群(III族元素群又はII族元素群等)としてのA族元素群から選ばれる少なくとも一種よりなる第一A族元素群と、液滴固溶元素群(V族元素群又はVI族元素群等)としてのB族元素群から選ばれる少なくとも一種よりなる第一B族元素群とを含む第一A−B族化合物半導体(III−V族化合物半導体又はII−VI族化合物半導体等)よりなる。
ここに、「液滴形成元素」とは、有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法により量子ドットを形成する際に、所定温度以上に加熱された基材単一体又は下地層の上で液滴を形成する元素のことを意味する。有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法による量子ドット形成時には、所定温度以上に加熱された基材単一体又は下地層の上に液滴形成元素成分の液相微細球が形成される。かかる液滴形成元素として、例えば、Al、GaやIn等のIII族元素、ZnやCd等のII族元素を挙げることができる。
また、「液滴固溶元素」とは、有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法により量子ドットを形成する際に、基材単一体又は下地層の上に形成される液滴に固溶する元素のことを意味する。有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法による量子ドットの形成時には、基材単一体又は下地層上に形成される液滴に液滴固溶元素成分が固溶して結晶化する。かかる液滴固溶元素として、例えば、P、AsやSb等のV族元素、S、SeやTe等のVI族元素を挙げることができる。
第一A−B族化合物半導体よりなる量子ドットは、基材単一体の上に、又は基材上に形成された下地層の上に形成する。これらの基材単一体又は下地層は、A族元素群から選ばれる少なくとも一種よりなる第二A族元素群と、B族元素群から選ばれる少なくとも一種よりなる第二B族元素群とを含む第二A−B族化合物半導体よりなる。
ここに、「第二A−B族化合物半導体よりなる基材単一体」とは、第二A−B族化合物半導体よりなる基材のみからなるもので、この基材上に他の化合物半導体よりなる層が形成されていないものを意味する。
また、「基材上に形成された第二A−B族化合物半導体よりなる下地層」とは、ある基材の上に形成された下地層であって、第二A−B族化合物半導体よりなるものを意味し、この下地層には単層のものも複層のものも含まれる。ただし、下地層が複層のものである場合は、その最表層が第二A−B族化合物半導体よりなるものが、ここでいう「基材上に形成された第二A−B族化合物半導体よりなる下地層」となる。
第一B族元素群は、第二B族元素群を構成する各B族元素とは異なる異種B族元素を含む。すなわち、量子ドットを構成する第一A−B族化合物半導体は、基材単一体又は下地層を構成する第二A−B族化合物半導体の構成元素としてのB族元素とは異なるB族元素(異種B族元素)を構成元素として含む。なお、この第一A−B族化合物半導体は、第一B族元素群として、異種B族元素のみを含んでもよく、また、異種B族元素の他に、第二B族構成元素群を構成する各B族元素のうちのいずれか一種又は二種以上のB族元素を含んでもよい。
ここに、第二B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分は、所定温度以上の雰囲気に所定時間以上さらされることで、そのときの雰囲気の気相組成によっては、第二A−B族化合物半導体から離脱する。例えば、第二A−B族化合物半導体が、ある温度(例えば、室温又は下地層形成時の温度)からドット形成温度まで昇・降温(昇温又は降温)する過程で、所定温度以上の雰囲気に所定時間以上さらされる場合、そのときの雰囲気におけるB族元素成分の気相組成が仮に所定値よりも小さいとき、この第二A−B族化合物半導体からそのB族元素成分が離脱する。また、下地層形成温度とドット形成温度とが同じである場合はその温度に維持された状態で、所定温度以上の雰囲気に所定時間以上さらされる場合、そのときの雰囲気におけるB族元素成分の気相組成が仮に所定値よりも小さいとき、この第二A−B族化合物半導体からそのB族元素成分が離脱する。
なお、ある温度から量子ドットを形成する際のドット形成温度まで昇・降温する過程で(下地層形成温度とドット形成温度とが同じである場合はその温度に維持された状態で)、所定温度以上の雰囲気に所定時間以上さらされる場合であっても、そのときの雰囲気におけるB族元素成分の気相組成が所定値以上であれば、第二A−B族化合物半導体からそのB族元素が離脱することはない。また、ある温度から量子ドットを形成する際のドット形成温度まで昇・降温する過程で(下地層形成温度とドット形成温度とが同じである場合はその温度に維持された状態で)、所定温度以上の雰囲気にさらされ、そのときの雰囲気におけるB族元素の気相組成が所定値よりも小さい場合であっても、その温度及び雰囲気での保持時間が所定時間よりも短ければ、第二A−B族化合物半導体からそのB族元素が離脱することはない。
従来のガスフローシーケンスにおいては、このようなB族元素の離脱を阻止すべく、ある温度(例えば、室温又は下地層形成温度)からドット形成温度まで昇・降温する過程の雰囲気を、基材又は下地層を構成する第二A−B族化合物半導体に含まれるB族元素成分の雰囲気としていた。そして、その後液滴形成元素成分の雰囲気として液滴を形成してから、液滴固溶元素成分の雰囲気(液滴形成直前におけるB族元素成分の雰囲気に含まれていたB族元素成分以外のB族元素成分を含む雰囲気)としてこの液滴に液滴固溶元素成分を固溶させて結晶化させていた。
しかし、前述のとおり、このような従来のガスフローシーケンスでは、液滴形成後の雰囲気において液滴固溶元素成分の気相組成を増加させても、所望の液滴固溶元素成分の組成比をもつ量子ドットを得ることができなかった。これは、液滴形成直前の雰囲気をB族元素成分の雰囲気としていたところ、このB族元素成分が基板上等に残留し、そこに液滴形成元素成分が供給されるため、この残留B族元素成分を取り込みつつ液滴が形成されて結晶化してしまい、その後に液滴形成元素成分としてこの残留B族元素成分と異なる異種B族元素成分を供給しても、この異種B族元素成分は量子ドット内に取り込まれなかったものと考えられる。
その点、本発明では、液滴形成の直前に、前処理工程を実施する。この前処理工程では、前記基材単一体又は前記下地層が形成された前記基材が配置された反応室を、前記第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気にして所定時間保持する。しかも、この前処理工程は、前処理工程実施後の前記基材単一体又は前記下地層の上に、前記第一B族元素群の各前記B族元素成分が存在し、かつ該第一B族元素群の各該B族元素成分以外のB族元素成分が存在することのない条件で実施する。
ここに、「前処理工程」とは、前処理工程前に下地層形成工程を実施する場合は基材の温度を下地層形成温度からドット形成温度まで昇・降温(昇温又は降温)する過程を含み、また、前処理工程前に下地層形成工程を実施しない場合は基材単一体の温度を室温等からドット形成温度まで昇温する過程を含む概念である。
また、「前処理工程実施後の基材単一体又は下地層の上に、第一B族元素群の各B族元素成分が存在し、かつ該第一B族元素群の各該B族元素成分以外のB族元素成分が存在することのない条件で実施する」とは、例えば、基材単一体又は下地層を構成する第二A−B族化合物半導体の第二B族元素群が、第一B族元素群を構成する各B族元素のいずれとも異なるB族元素を含む場合は、当該B族元素(第一B族元素群を構成する各B族元素のいずれとも異なるB族元素)が第二A−B族化合物半導体から離脱しない条件で実施することをいう。なお、基材単一体又は下地層を構成する第二A−B族化合物半導体の第二B族元素群が当該B族元素(第一B族元素群を構成する各B族元素のいずれとも異なるB族元素)を含まない場合、すなわち第一B族元素群が第二B族元素群を構成する各B族元素を全て含む場合は、第二A−B族化合物半導体からB族元素成分が離脱する条件で実施してもよい。この場合は、仮に基材単一体又は下地層を構成する第二A−B族化合物半導体からB族元素成分が離脱したとしても、第一B族元素群の各B族元素成分以外のB族元素成分が基材単一体又は下地層上に存在することはない。
また、当該B族元素(第一B族元素群を構成する各B族元素のいずれとも異なるB族元素)が第二A−B族化合物半導体から離脱しない条件で実施するとは、例えば、基材単一体又は基材の温度をある温度から量子ドットを形成する際のドット形成温度まで昇・降温する過程や昇・降温した後(下地層形成温度とドット形成温度とが同じである場合はその温度に維持された状態)で、その基材単一体又は基材を所定温度以上の雰囲気に所定時間以上さらして保持する場合において、そのときの保持温度、保持時間及びその雰囲気における気相組成のうちの少なくとも一つについて、第二A−B族化合物半導体から当該B族元素のB族元素成分が離脱することを阻止できるような所定の条件とすることをいう。例えば、そのときの保持時間を所定時間よりも短くしたり、あるいは保持温度を所定温度よりも低くしたりすることで、当該B族元素の離脱を阻止することができる。また、そのときの雰囲気における当該B族元素成分の気相組成を所定値以上とすることが、当該B族元素成分の離脱を阻止することができる。勿論、保持温度、保持時間及び雰囲気における気相組成のうちの2つ以上を所定条件とすることで、当該B族元素の離脱を阻止してもよい。ただし、雰囲気における当該B族元素成分の気相組成を所定値よりも大きくすることによって、当該B族元素成分の離脱を阻止する場合は、雰囲気中の当該B族元素成分(すなわち、第一B族元素群を構成する各B族元素のB族元素成分以外のB族元素成分)が基材単一体又は下地層の上に残存するおそれもある。このため、保持温度及び保持時間のうちの少なくとも一方を所定条件とすることで、当該B族元素の離脱を阻止することが好ましい。
このため、本発明における前処理工程では、ドット形成温度となった基材単一体又は下地層の上に、第一B族元素群の各B族元素成分以外のB族元素成分が存在することがなく、B族元素成分としては第一B族元素群の各B族元素成分のみを存在させておくことができる。
そして、その後ドット形成工程を実施する。このドット形成工程では、前記基材単一体又は前記基材の温度を前記ドット形成温度に維持した状態で、前記反応室を、前記第一A族元素群を構成する各A族元素の各A族元素成分を含む雰囲気にする。これにより、基材単一体又は下地層の上に存在していた第一B族元素群の各B族元素成分を取り込みつつ各該A族元素成分よりなる液滴が形成される。すなわち、各該A族元素成分よりなり前記第一B族元素群の各B族元素成分が固溶した液滴が形成される。このとき、液滴固溶元素成分たるB族元素成分としては、第一B族元素群の各B族元素成分のみが基材単一体又は下地層の上に存在しているので、この第一B族元素群の各B族元素成分を確実に液滴に固溶させることができる。そして、その後すぐに、この液滴が結晶化され、前記第一A−B族化合物半導体よりなる量子ドットが基材単一体又は下地層の上に形成される。
したがって、本発明の量子ドットの製造方法によれば、第一A−B族化合物半導体における第一B族元素群の各B族元素成分を確実に含み、かつ、各該B族元素成分以外のB族元素成分を含まない量子ドットを得ることができる。
また、本発明の量子ドットの製造方法では、量子ドットを構成する第一A−B族化合物半導体が、基材単一体又は下地層を構成する第二A−B族化合物半導体には含まれない異種B族元素を含むにもかかわらず、この異種B族元素を確実に量子ドット中に含ませることができる。
よって、本発明の量子ドットの製造方法によれば、III−V族化合物半導体やII−VI族化合物半導体等よりなる量子ドットにおいて、V族元素やVI族元素等を確実に量子ドット中に取り込むことで所望の組成を有する量子ドットの製造が可能となり、量子ドットからの発光スペクトルにおける波長チューニングを確実に行うことが可能となる。
(2)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記前処理工程で、前記雰囲気において前記異種B族元素の異種B族元素成分の気相組成を調整することにより、前記量子ドットにおける該異種B族元素成分の組成を制御する。
前処理工程で、反応室内の雰囲気における異種B族元素成分の気相組成を調整すれば、それに応じて量子ドットにおける異種B族元素成分の組成を制御することができる。すなわち、雰囲気における異種B族元素成分の気相組成を大きくすれば、それに応じて量子ドットにおける異種B族元素成分の組成を大きくすることができる。そして、量子ドットにおける異種B族元素成分の組成を制御することで、量子ドットからの発光スペクトルにおけるピーク波長をずらすことができる。
(3)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記ドット形成工程の後に、前記基材単一体又は前記基材の温度を前記量子ドットが表面マイグレーションにより移動しうる温度以上に維持しつつ、前記反応室を、前記第一B族元素群の各前記B族元素成分を含む雰囲気にする後処理工程を実施する。
ドット形成工程で量子ドットを形成した後に、基材単一体又は基材の温度を量子ドットが表面マイグレーションにより移動しうる所定の温度以上に維持しつつ、反応室を、第一B族元素群の各B族元素成分を含む雰囲気にする後処理工程を実施することで、量子ドットのサイズを大きくすることができる。そして、量子ドットのサイズを大きくすることで、量子ドットからの発光スペクトルにおけるピーク波長を長波長側へずらすことができる。
(4)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記後処理工程で、処理時間を調整することにより、前記量子ドットのサイズを制御する。
後処理工程で、基材単一体又は基材の温度を所定の温度以上に維持しつつ、反応室を、第一B族元素群の各B族元素成分を含む雰囲気にして保持する時間を調整すれば、それに応じて量子ドットのサイズを制御することができる。すなわち、後処理工程の処理時間を長くすれば、それに応じて量子ドットのサイズを大きくすることができる。そして、量子ドットのサイズを制御することで、量子ドットからの発光スペクトルにおけるピーク波長をずらすことができる。
(5)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、有機金属気相成長法により前記下地層を前記基材上に形成した後に、該下地層の上に前記量子ドットを形成する量子ドットの製造方法であって、前記前処理工程の前に、前記基材が配置された反応室を、前記第二A族元素群を構成する各A族元素の各A族元素成分と前記第二B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分とを含む雰囲気にするとともに、該基材の温度を前記第二A−B族化合物半導体が結晶成長する下地層形成温度にして、該基材上に該第二A−B族化合物半導体を結晶成長させて前記下地層を形成する下地層形成工程を実施し、前記前処理工程では、(A)前記下地層形成温度と前記ドット形成温度とが異なる場合は前記基材の温度を該下地層形成温度から該ドット形成温度まで(a)昇・降温する過程で、(b)昇・降温した後に又は(c)昇・降温する過程から昇・降温した後まで連続して、(B)前記下地層形成温度と前記ドット形成温度とが同じである場合は前記基材の温度をその温度に維持した状態で、前記下地層が形成された前記基材が配置された反応室を、前記第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気にして所定時間保持する。
この量子ドットの製造方法では、下地層形成工程で、基材上に第二A−B族化合物半導体よりなる下地層を形成した後に、前記前処理工程及び前記ドット形成工程を実施する。
この下地層形成工程では、第二A族元素群を構成する各A族元素の各A族元素成分と第二B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分とを含む雰囲気にするとともに、基材の温度を第二A−B族化合物半導体が結晶成長する下地層形成温度にし、この雰囲気及び温度を所定時間保持することで、基材上に第二A−B族化合物半導体よりなる下地層を形成する。
そして、その後に実施する前処理工程では、前記下地層が形成された前記基材が配置された反応室を、第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気にして所定時間保持する。このとき、(A)前記下地層形成温度と前記ドット形成温度とが異なる場合は、(a)前記基材の温度を該下地層形成温度から該ドット形成温度まで昇・降温(昇温又は降温)する過程で、反応室の雰囲気を当該雰囲気(第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気)に所定時間保持したり、(b)前記基材の温度を該下地層形成温度から該ドット形成温度まで昇・降温した後に、反応室の雰囲気を当該雰囲気に所定時間保持したり、あるいは(c)前記基材の温度を該下地層形成温度から該ドット形成温度まで昇・降温する過程から昇・降温した後まで連続して、反応室の雰囲気を当該雰囲気に所定時間保持したりする。また、(B)前記下地層形成温度と前記ドット形成温度とが同じである場合は、前記基材の温度をその温度に維持した状態で、反応室の雰囲気を当該雰囲気に所定時間保持する。
その後、前記ドット形成工程を実施することにより、基材上に形成された第二A−B族化合物半導体よりなる下地層上に、第一A−B族化合物半導体よりなる量子ドットを形成することができる。
(6)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記前処理工程では、前記基材の温度を前記下地層形成温度から前記ドット形成温度まで昇・降温した後に、前記下地層が形成された前記基材が配置された反応室を、前記第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気にして所定時間保持する。
下地層形成工程後に前処理工程を実施する場合において、下地層形成温度とドット形成温度とが異なるときに、仮に下地層形成温度からドット形成温度まで昇・降温する過程で第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気に反応室を長時間保持すると、下地層を構成する第二A−B族化合物半導体において第二B族元素群のB族元素成分が第一B族元素群のB族元素成分と置換してしまうおそれがある。
その点、基材の温度を下地層形成温度からドット形成温度まで昇・降温した後に、反応室を、第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気に所定時間保持するようにすれば、たとえ下地層形成温度からドット形成温度までの昇・降温過程が長くなったとしても、下地層を構成する第二A−B族化合物半導体においてB族元素成分が置換してしまうようなことがない。
(7)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記基材単一体の上に前記量子ドットを形成する量子ドットの製造方法であって、
前記前処理工程では、前記基材単一体の温度を室温から前記ドット形成温度まで(a)昇温する過程で、(b)昇温した後に又は(c)昇温する過程から昇温した後まで連続して、前記基材単一体が配置された反応室を、前記第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気にして所定時間保持する。
この量子ドットの製造方法では、下地層を形成することなく、前処理工程及びドット形成工程を実施することにより、基材単一体の上に直接量子ドットを形成する。
この前処理工程では、基材単一体が配置された反応室を、第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気にして所定時間保持する。このとき、(a)前記基材単一体の温度を室温からドット形成温度まで昇温する過程で、反応室の雰囲気を当該雰囲気(第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気)に所定時間保持したり、(b)前記基材単一体の温度を室温からドット形成温度まで昇温した後に、反応室の雰囲気を当該雰囲気に所定時間保持したり、あるいは(c)前記基材単一体の温度を室温からドット形成温度まで昇温する過程から昇温した後まで連続して、反応室の雰囲気を当該雰囲気に所定時間保持したりする。
その後、前記ドット形成工程を実施することにより、基材単一体上に、第一A−B族化合物半導体よりなる量子ドットを直接形成することができる。
(8)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記前処理工程では、前記基材単一体の温度を室温から前記ドット形成温度まで昇温した後に、前記基材単一体が配置された反応室を、前記第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気にして所定時間保持する。
基材単一体上に直接量子ドットを形成する場合において、仮に室温からドット形成温度まで昇温する過程で第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気に反応室を長時間保持すると、基材単一体を構成する第二A−B族化合物半導体において第二B族元素群のB族元素成分が第一B族元素群のB族元素成分と置換してしまうおそれがある。
その点、基材単一体の温度を室温からドット形成温度まで昇温した後に、反応室を、第一B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分を含む雰囲気に所定時間保持するようにすれば、たとえ室温からドット形成温度までの昇温過程が長くなったとしても、基材単一体を構成する第二A−B族化合物半導体においてB族元素成分が置換してしまうようなことがない。
(9)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、有機金属気相成長法により、前記A族元素群から選ばれる少なくとも一種よりなる第三A族元素群と前記B族元素群から選ばれる少なくとも一種よりなる第三B族元素群とを含む第三A−B族化合物半導体よりなるキャップ層を前記量子ドットの上に形成して該量子ドットを埋め込む量子ドットの製造方法であって、前記ドット形成工程の後に、又は該ドット形成工程の後に前記後処理工程を実施する場合は該後処理工程の後に、前記反応室を、前記第三A族元素群を構成する各A族元素の各A族元素成分と前記第三B族元素群を構成する各B族元素の各B族元素成分とを含む雰囲気にするとともに、前記基材単一体又は前記基材の温度を前記第三A−B族化合物半導体の成長温度にして、前記量子ドットの上に該第三A−B族化合物半導体を結晶成長させて前記キャップ層を形成するキャップ層形成工程を実施する。
このように量子ドット形成後にキャップ層を形成することにより、基材単一体又は下地層とキャップ層との間に量子ドットを挟んで埋め込むことができる。
(10)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記第二A−B族化合物半導体及び前記第三A−B族化合物半導体は、前記第一A−B族化合物半導体よりもバンドギャップが大きいものである。
この構成により、バンドギャップの大きい基材単一体又は下地層とキャップ層とによってバンドギャップの小さい量子ドットを挟んで、いわゆる量子井戸構造とすることができる。したがって、電子を量子ドットの層に閉じ込めることができ、種々の量子力学効果の実現が可能となる。
(11)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記第一B族元素群は、前記異種B族元素の他に、前記第二B族元素群を構成する各B族元素を全て含む。
量子ドットの構成元素としての第一B族元素群が、異種B族元素の他に、第二B族元素群を構成する各B族元素を全て含む場合は、前記前処理工程で第二A−B族化合物半導体よりなる基材単一体又は下地層からB族元素成分が離脱するか、しないかにかかわらず、前処理工程後の基材単一体又は下地層上に、第一B族元素群の各B族元素成分以外のB族元素成分が存在することがない。すなわち、前処理工程後の基材単一体又は下地層上に、容易に第一B族元素群の各B族元素成分のみを存在させることができる。
(12)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記A族元素群はIII族元素群であり、前記B族元素群はV族元素群である。すなわち、前記第一A−B族化合物半導体、前記第二A−B族化合物半導体の好ましい態様は、III−V族化合物半導体である。
(13)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記第一A−B族化合物半導体はInAsPであり、前記第二A−B族化合物半導体はGaInPである。
(14)本発明の量子ドットの製造方法の好ましい態様において、前記第三A−B族化合物半導体はGaInPである。
(15)本発明の量子ドットは、基材単一体の上又は基材上に形成された下地層の上に液滴エピタキシー法により形成された量子ドットであって、InAsxP1−x0<x≦1)のIII−V族化合物半導体よりなり、1〜3nmの平均高さを有することを特徴とするものである。
後述する実施例で示すように、1〜3nmの平均高さをもち、液滴エピタキシー法により形成されたInAsxP1−xよりなる量子ドットからの発光は、中心発光波長が1000nm付近よりも長波長側となる。そして、このような量子ドットは、従来のガスフローシーケンスによる液滴エピタキシー法によっては形成することができなかったものである。
以下、本発明の実施形態について図面を参照しつつ具体的に説明する。
(実施形態1)
本実施形態は、本発明における液滴形成元素群たるA族元素群としてIII族元素群を採用するとともに、本発明における液滴固溶元素群たるB族元素群としてV族元素群を採用するものである。すなわち、本実施形態では、本発明における第一〜第三A−B族化合物半導体として第一〜第三III−V族化合物半導体を採用している。
図1は、本実施形態の量子ドットの製造方法を説明する図であり、各工程で得られたものの断面構造を模式的に示す断面図である。また、図2は、本実施形態の量子ドットの製造方法におけるガスフローチャートを示す。
本実施形態では、基材1上に下地層2を形成した後に、この下地層2上に量子ドット6を形成するとともに、この量子ドット6のサイズを制御してドット層3とし、さらにその上にキャップ層4を形成する。このため、本実施形態の量子ドットの製造方法により得られた量子ドットのドット層3は、図1(e)に示されるように、基材1上に形成された下地層2の上に形成されており、さらにその上に形成されたキャップ層5で埋め込まれている。
すなわち、本実施形態の量子ドットの製造方法で得られた半導体積層体は、基材1と、この基材1上に形成された下地層2と、この下地層2上に形成された量子ドットのドット層3と、ドット層3の上に形成されたキャップ層4とを備えている。
基材1はIII−V族化合物半導体よりなる。本実施形態における基材1はGaAsよりなる。基材1の厚さは特に限定されず、例えば350〜700μm程度とすることができる。
下地層2は、第二III−V族化合物半導体としてのGaInPよりなる。この下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体は、III族元素群から選ばれた二種のGa及びInよりなる第二III族元素群と、V族元素群から選ばれた一種のPよりなる第二V族元素群とからなる。この下地層2を構成するGaInPの組成は、例えばGaxIn1−xP(ここで、x=0.52)とすることができる。また、下地層2の厚さは特に限定されず、例えば0.5μm程度とすることができる。
ドット層3の量子ドットは、第一III−V族化合物半導体としてのInAsPよりなる。このドット層3の量子ドットを構成する第一III−V族化合物半導体は、液滴形成元素群としてのIII族元素群から選ばれた一種のInよりなる第一III族元素群と、液滴固溶元素群としてのV族元素群から選ばれた二種のAs及びPよりなる第一V族元素群とからなる。また、このドット層3の量子ドットを構成する第一III−V族化合物半導体における前記第一V族元素群は、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体における前記第二V族元素群を構成するV族元素としてのPとは異なる異種V族元素(異種B族元素)としてのAsを含んでいる。さらに、この第一V族元素群は、前記異種V族元素としてのAsの他に、前記第二V族元素群の全構成元素たるPを含んでいる。すなわち、第一V族元素群は、前記異種V族元素としてのAsと、前記第二V族元素群を構成するV族元素としてのPとから構成されている。
この量子ドットを構成するInAsPの組成は、例えばInAsxP1−x(ここで、0<x≦1)とすることができる。ドット層3の厚さ、すなわちドット層3を構成する量子ドットの高さ(平均高さ)は特に限定されず、例えば1〜3nm程度とすることができる。
キャップ層4は、第三III−V族化合物半導体としてのGaInPよりなる。このキャップ層4を構成するGaInPの組成は、例えばGaxIn1−xP(ここで、x=0.52)とすることができる。
下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体及びキャップ層4を構成する第三III−V族化合物半導体としてのGaInPは、ドット層3の量子ドットを構成する第一III−V族化合物半導体としてのInAsPよりもバンドギャップの大きいものである。このため、本実施形態で得られる半導体積層体は、バンドギャップの大きい下地層2及びキャップ層4の間に、バンドギャップの小さい量子ドットのドット層3が挟まれた、いわゆる量子井戸構造をもつものとなる。したがって、電子を量子ドットのドット層3に閉じ込めることができ、種々の量子力学効果の実現が可能となる。
ここに、基材1の材質としては、下地層2、量子ドット3及びキャップ層4の形成時の温度に耐えうるものであれば特に限定されず、各種の化合物半導体の他に、金属酸化物等のセラミックスやサファイア等の鉱物を採用してもよい。基材1に用いて好適な化合物半導体としては、例えば、InP、GaInP、GaAs、GaP、AlAs、AlP、GaN、AlN、InN、AlInAs、GaInAsP、AlGaInAsやAlGaInPを挙げることができる。
下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体の種類としては、その上に形成される量子ドットを構成する第一III−V族化合物半導体よりもバンドギャップの大きいものであれば特に限定されない。下地層2に用いて好適な第二III−V族化合物半導体としては、前記GaInPの他に例えば、InP、GaAs、GaN、AlN、InN、AlInAs、GaInAsP、AlGaInAsやAlGaInAsPを挙げることができる。
ドット層3の量子ドットを構成する第一III−V族化合物半導体の種類としては、前記InAsPの他に例えば、InAs、InP、GaInAsやGaInAsPを挙げることができる。
キャップ層4を構成する第三III−V族化合物半導体の種類としては、量子ドットを構成する第一III−V族化合物半導体よりもバンドギャップの大きいものであれば特に限定されない。キャップ層4に用いて好適な第三III−V族化合物半導体としては、前記GaInPの他に例えば、InP、GaAs、GaN、AlN、InN、AlInAs、GaInAsP、AlGaInAsやAlGaInAsPを挙げることができる。
なお、本実施形態では、下地層2として単層を採用したが、下地層2は複層であってもよい。ただし、下地層2を複層とする場合は、下地層2の最表層が第二III−V族化合物半導体よりなるものとする。
また、本実施形態では、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体と、キャップ層4を構成する第三III−V族化合物半導体とを同種の化合物半導体としたが、異種の化合物半導体とすることもできる。
さらに、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体、ドット層3の量子ドットを構成する第一III−V族化合物半導体、キャップ層4を構成する第三III−V族化合物半導体の組み合わせの好適な例としては、キャップ層/量子ドット/下地層の順で、本実施形態のGaInP/InAsP/GaInPの他に、GaAs/InAsP/GaAs、GaInP/InGaAs/GaInPやGaAs/InAsP/GaAsを挙げることができる。
また、基板1、下地層2、ドット層3及びキャップ層4を構成する各化合物半導体は、所定の不純物が添加されたn型又はp型の半導体層としてもよいし、不純物が添加されていないノンドープ層としてもよい。
さらに、下地層2とドット層3とは、格子整合系であってもよいし、格子不整合系であってもよい。
以下、本実施形態の量子ドットの製造方法について説明する。本実施形態の量子ドットの製造方法は、下地層形成工程と、前処理工程と、ドット形成工程と、後処理工程と、キャップ層形成工程とを備えている。
これらの各工程は、有機金属気相成長法を用いて同一の反応室内で連続的に行う。この有機金属気相成長法では、反応室内に供給された原料ガス(有機金属のガス)が高温の状態になると分解、化学反応を起こし、基材や下地層等の上に結晶情報を引き継いでエピタキシャル成長する。
この有機金属気相成長法では、原料ガスとして、例えば、TMAl(トリメチルアルミニウム、Al(CH3)3)、TMIn(トリメチルインジウム、In(CH3)3)、TEGa(トリエチルガリウム、Ga(C2H5)3)、TMGa(トリメチルガリウム、Ga(CH3)3)、TBAs(ターシャリブチルアルシン、t−C4H9AsH)、AsH3(アルシン)、TBP(ターシャリブチルホスフィン、t−C4H9PH2)やPH3(ホスフィン)を適宜選択して用いることができる。
また、反応室内への原料ガス供給時には、H2やN2等をキャリアガスとして用いることができる。これにより、結晶成長に十分な量の成長用原料をガスとして、安定した流量で供給することができる。
<下地層形成工程>
下地層形成工程では、有機金属気相成長法により基材1上に下地層2を形成する。この下地層形成工程では、反応室内に基材1を配置し、この反応室を、前記第二III族元素群を構成する各III族元素の各III族元素成分(Ga成分及びIn成分)と、前記第二V族元素群を構成する各V族元素の各V族元素成分(P成分)とを含む雰囲気にする。また、基材1の温度を前記第二III−V族化合物半導体たるGaInPが結晶成長する下地層形成温度にする。これにより、基材1の上に前記第二III−V族化合物半導体たるGaInPを結晶成長させて下地層2を形成する(図1(a)参照)。
この下地層形成工程における処理時間は、30分程度とすることができる。
本実施形態では、H2をキャリアガスとして、TEGa、TMIn及びTBPをそれぞれ所定の流量で反応室に供給するとともに、基材1の温度を下地層形成温度(例えば600℃程度)に設定した状態で、所定時間保持する。
<前処理工程>
前処理工程は、前処理工程実施後の下地層2の上に、前記第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)が存在し、かつ第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)以外のV族元素成分が存在することのない条件で実施する。
本実施形態では、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体(GaInP)の第二V族元素群を構成するV族元素のV族元素成分がP成分であり、また、前記第一V族元素群を構成する各V族元素の各V族元素成分がAs成分及びP成分である。すなわち、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体(GaInP)の第二V族元素群(Pよりなる元素群)は、前記第一V族元素群を構成する各V族元素(As及びP)のいずれとも異なるV族元素を含んでおらず、前記第一V族元素群(As及びPよりなる元素群)が第二V族元素群を構成する各V族元素(P)を全て含んでいる。このため、前処理工程において仮に下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体(GaInP)からV族元素成分(P成分)が離脱しても、前処理工程実施後の下地層2の上に、前記第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)以外のV族元素成分が存在することはない。
ただし、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体(GaInP)からV族元素成分(P成分)が離脱すると、前処理工程での雰囲気における気相組成の調整が困難となる。そこで、本実施形態における前処理工程では、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体(GaInP)からV族元素成分(P成分)が離脱することを阻止する。
すなわち、この前処理工程では、反応室を、P成分を所定の気相組成以上で含む雰囲気にした状態で、基材1の温度を前記下地層形成温度からドット形成温度まで下げる。それから、基材1の温度をドット形成温度に維持した状態で、反応室を、ドット層3の量子ドットにおける液滴固溶元素群たる第一V族元素群を構成する各V族元素の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気にして所定時間保持する。
これにより、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体(GaInP)からP成分が離脱することによって、気相組成が変動することを抑えることができ、前処理工程での雰囲気における気相組成の調整を確実に行うことが可能となる。
このため、本実施形態における前処理工程では、ドット形成温度となった下地層2の上に、第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)以外のV族元素成分が存在することがなく、V族元素成分としては第一V族元素群の各V族元素成分のみを存在させておくことができる(図1(b)参照)。
また、この前処理工程で、反応室の雰囲気において前記異種V族元素の異種V族元素成分(As成分)の気相組成を調整することにより、ドット層3の量子ドットにおける異種V族元素成分(As成分)の組成を制御することができる。例えば、前処理工程での反応室の雰囲気における異種V族元素成分(As成分)の気相組成を増大することで、ドット層3の量子ドットにおける異種V族元素成分(As成分)の組成を増大させることができる。そして、ドット層3の量子ドットにおけるAs成分組成の増大により、この量子ドットからの発光波長を長波長側にずらすことができる。
さらに、本実施形態の前処理工程では、前述のとおり、基材1の温度を下地層形成温度からドット形成温度まで降温させる際に、反応室を、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体(GaInP)のV族元素成分(P成分)所定の気相組成以上で含む雰囲気にしている。このため、仮にこの降温過程に長時間をかけたとしても、下地層2を構成する第二A−B族化合物半導体においてB族元素成分が他のB族元素成分と置換するおそれがない。
この前処理工程における前記降温過程における処理時間は、5〜20分程度とすることができる。また、この前処理工程において、ドット形成温度で第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気に保持する処理時間は、30秒程度とすることができる。
本実施形態では、H2をキャリアガスとして、TBPを所定の流量で反応室に供給して反応室の雰囲気をTBP雰囲気とし、この状態で、所定時間かけて基材1の温度を下地層形成温度(600℃程度)からドット形成温度(410〜430℃程度)まで降温する。その後、基材1の温度をドット形成温度に維持した状態で、H2をキャリアガスとして、TBAs及びTBPをそれぞれ所定の流量で反応室に供給して反応室の雰囲気をTBAs及びTBP雰囲気として所定時間保持する。これにより、下地層2の上に第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)5のみを存在させる。
<ドット形成工程>
ドット形成工程では、有機金属気相成長法を用いた液滴エピタキシー法により量子ドットを形成する。すなわち、基材1の温度を前記ドット形成温度に維持した状態で、反応室を、ドット層3の量子ドットにおける液滴形成元素群たる前記第一III族元素群を構成する各III族元素の各III族元素成分(In成分)を含む雰囲気にして、所定時間保持する。これにより、下地層2上に、前記第一III族元素群の各III族元素成分(In成分)よりなり前記第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)が固溶した液滴を形成するとともに、この液滴を結晶化して、下地層2の上に前記第一III−V族化合物半導体たるInAsPよりなる量子ドット6を形成する(図1(c)参照)。
このドット形成工程で形成する量子ドット6は、平均高さを0.5〜2nm程度、密度を8.0×1011cm−2程度とすることができる。
また、このドット形成工程における処理時間は、3秒程度とすることができる。
<後処理工程>
後処理工程では、基材1の温度を量子ドット6が表面マイグレーションにより移動しうる温度以上に維持しつつ、反応室を、量子ドット6を構成する第一III−V族化合物半導体の前記第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気にする。このようにすることで、雰囲気のAs成分及びP成分が量子ドット6に何らかの影響を及ぼし、これにより量子ドット6の表面マイグレーションによる移動を促進させることができる。したがって、量子ドット6同士が凝集してサイズが大きくなった量子ドットのドット層3を形成することができる(図1(d)参照)。
この後処理工程では、処理時間を調整することにより、量子ドット6のサイズを制御することができる。例えば、基材1の温度を量子ドット6が表面マイグレーションにより移動しうる温度以上に維持する処理時間を長くすれば、量子ドット6の移動量を多くして量子ドット6同士の凝集を促進することができ、ドット層3における量子ドットのサイズを大きくすることが可能となる。そして、ドット層3の量子ドットにおけるAs成分組成の増大により、この量子ドットからの発光波長を長波長側にずらすことができる。
この後処理工程実施後のドット層3における量子ドットは、平均高さを1〜3nm程度、密度を4×1010〜1×1011cm−2程度とすることができる。
また、後処理工程における処理時間は、0〜10秒程度とすることができる。
<キャップ層形成工程>
キャップ層形成工程では、有機金属気相成長法によりドット層3の上にキャップ層4を形成する。このキャップ層形成工程では、反応室を、第三III族元素群を構成する各III族元素の各III族元素成分(Ga成分及びIn成分)と第三V族元素群を構成する各V族元素の各V族元素成分(P成分)とを含む雰囲気にする。また、基材1の温度を前記第三III−V族化合物半導体たるGaInPが結晶成長するキャップ層形成温度にする。これにより、ドット3の上に第三III−V族化合物半導体たるGaInPを結晶成長させてキャップ層4を形成する(図1(e)参照)。
キャップ層形成工程における処理時間は、180秒程度とすることができる。
このように、本実施形態の量子ドットの製造方法では、前処理工程を実施した後の下地層2の上に、量子ドットを構成する第一III−V族化合物半導体における前記第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)のみを存在させておくことができる。このため、ドット形成工程では、下地層2上に存在していたこの第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)のみが固溶した液滴を形成することができる。
したがって、本実施形態の量子ドットの製造方法によれば、第一III−V族化合物半導体における第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)を確実に含み、かつ、各該B族元素成分(As成分及びP成分)以外のB族元素成分を含まない量子ドットを得ることができる。
また、ドット形成工程で形成される量子ドット6は、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体には含まれないV族元素成分としてのAs成分を含むにもかかわらず、所定量のAs成分を確実に含むものとなる。
よって、本実施形態の量子ドットの製造方法によれば、所定量のAs成分及びP成分を確実に含み、所望の組成を有する量子ドットのドット層3の製造が可能となり、量子ドットのドット層3からの発光スペクトルにおける波長チューニングを確実に行うことが可能となる。
なお、実施形態1の前処理工程では、基材1の温度を下地層形成温度からドット形成温度まで降温させてから、反応室を、量子ドット6を構成する第一III−V族化合物半導体(InAsP)の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気に切り換える例について説明したが、これに限定されるものではない。例えば、基材1の温度を下地層形成温度からドット形成温度まで下げる降温過程の途中で(降温過程の後半で)、反応室を、量子ドット6を構成する第一III−V族化合物半導体(InAsP)の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気に切り換えて、ドット形成温度まで降温した後、ドット形成温度を維持しつつ、この第一III−V族化合物半導体(InAsP)の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気を所定時間保持してもよい。
(実施形態2)
図3に示される本実施形態は、前記実施形態1において、前処理工程を変更したものである。
すなわち、この実施形態における前処理工程では、反応室を、P成分を所定の気相組成以上で含む雰囲気にした状態で、基材1の温度を前記下地層形成温度からドット形成温度まで下げる。この基材1の降温過程の前半では、反応室を、P成分を所定の気相組成以上で含む雰囲気にする。そして、この降温過程の後半では、反応室を、ドット層3の量子ドットにおける液滴固溶元素群たる第一V族元素群を構成する各V族元素の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気にする。
これにより、下地層2を構成する第二III−V族化合物半導体(GaInP)からP成分が離脱することによって、気相組成が変動することを抑えることができ、前処理工程での雰囲気における気相組成の調整を確実に行うことが可能となる。
このため、本実施形態によっても、前記実施形態1と同様、ドット形成温度となった下地層2の上に、第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)以外のV族元素成分が存在することがなく、V族元素成分としては第一V族元素群の各V族元素成分のみを存在させておくことができる。
この前処理工程の前記降温過程の前半における処理時間は、5〜20分程度とすることができる。また、この前処理工程の前記降温過程の後半における処理時間、すなわちドット形成温度で第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気に保持する処理時間は、30秒程度とすることができる。
本実施形態では、所定時間かけて基材1の温度を下地層形成温度(600℃程度)から下げドット形成温度(410〜430℃程度)まで降温する。この降温過程において、H2をキャリアガスとして、降温過程の前半ではTBPを所定の流量で反応室に供給して反応室の雰囲気をTBP雰囲気とし、降温過程の後半ではTBAs及びTBPをそれぞれ所定の流量で反応室に供給して反応室の雰囲気をTBAs及びTBP雰囲気とする。これにより、下地層2の上に第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)5のみを存在させる。
その他の構成及び作用効果は前記実施形態1と同様である。
なお、実施形態2の前処理工程では、基材1の温度を下地層形成温度からドット形成温度まで下げる降温過程の後半で、反応室を、量子ドット6を構成する第一III−V族化合物半導体(InAsP)の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気に切り換える例について説明したが、これに限定されるものではない。例えば、下地層形成工程を実施した後、直ぐに反応室の雰囲気をTBAs及びTBP雰囲気とし、この雰囲気を維持した状態で、基材1の温度を下地層形成温度からドット形成温度まで下げてもよい。
(実施形態3)
図4に示される本実施形態では、基材単一体7上に量子ドット6を形成するとともに、この量子ドット6のサイズを制御してドット層3とし、さらにその上にキャップ層4を形成する。このため、本実施形態の量子ドットの製造方法により得られた半導体積層体は、基材単一体7と、この基材単一体7上に形成された量子ドットのドット層3と、ドット層3の上に形成されたキャップ層4とを備えている。
基材単一体7は、第二III−V族化合物半導体としてのGaInPよりなる。この基材単一体7を構成する第二III−V族化合物半導体は、III族元素群から選ばれたに種のGa及びInよりなる第二III族元素群と、V族元素群から選ばれた一種のPよりなる第二V族元素群とからなる。この基材単一体7を構成するGaInPの組成は、例えばGaxIn1−xP(ここで、0≦x≦1)とすることができる。また、基材単一体7の厚さは特に限定されず、例えば350〜700μm程度とすることができる。
その他の構成は、前記実施形態1と同様である。
なお、基材単一体7を構成する第二III−V族化合物半導体、ドット層3の量子ドットを構成する第一III−V族化合物半導体、キャップ層4を構成する第三III−V族化合物半導体の組み合わせの好適な例としては、キャップ層/量子ドット/基材単一体の順で、前記実施形態1のキャップ層/量子ドット/下地層と同様のものを挙げることができる。
また、基材単一体7、ドット層3及びキャップ層4を構成する各化合物半導体は、所定の不純物が添加されたn型又はp型の半導体層としてもよいし、不純物が添加されていないノンドープ層としてもよい。
さらに、基材単一体7とドット層3とは、格子整合系であってもよいし、格子不整合系であってもよい。
以下、本実施形態の量子ドットの製造方法について説明する。本実施形態の量子ドットの製造方法は、前処理工程と、ドット形成工程と、後処理工程と、キャップ層形成工程とを備えている。
これらの各工程は、前記実施形態1と同様、有機金属気相成長法を用いて同一の反応室内で連続的に行うことができ、下地層形成工程を実施しないこと以外は基本的には実施形態1と同様とすることができる。
ただし、前処理工程では、反応室を、P成分を所定の気相組成以上で含む雰囲気にした状態で、基材1の温度を室温からドット形成温度まで昇温する。それから、基材1の温度をドット形成温度に維持した状態で、反応室を、ドット層3の量子ドットにおける液滴固溶元素群たる第一V族元素群を構成する各V族元素の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気にして所定時間保持する。
これにより、基材単一体7を構成する第二III−V族化合物半導体(GaInP)からP成分が離脱することによって、気相組成が変動することを抑えることができ、前処理工程での雰囲気における気相組成の調整を確実に行うことが可能となる。
このため、本実施形態における前処理工程では、ドット形成温度となった基材単一体7の上に、第一V族元素群の各V族元素成分(As成分及びP成分)以外のV族元素成分が存在することがなく、V族元素成分としては第一V族元素群の各V族元素成分のみを存在させておくことができる。
したがって、本実施形態の量子ドットの製造方法によっても、前記実施形態1と同様、所定量のAs成分及びP成分を確実に含み、所望の組成を有する量子ドットのドット層3の製造が可能となり、量子ドットのドット層3からの発光スペクトルにおける波長チューニングを確実に行うことが可能となる。
なお、実施形態3の前処理工程においても、実施形態1と同様、基材1の温度を室温からドット形成温度まで昇温する過程の途中で(昇温過程の後半で)、反応室を、量子ドット6を構成する第一III−V族化合物半導体(InAsP)の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気に切り換えて、ドット形成温度まで昇温した後、ドット形成温度を維持しつつ、この第一III−V族化合物半導体(InAsP)の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気を所定時間保持してもよい。
また、実施形態2の前処理工程のように、基材1の温度を室温からドット形成温度まで挙げる昇温過程でのみ、量子ドット6を構成する第一III−V族化合物半導体(InAsP)の各V族元素成分(As成分及びP成分)を含む雰囲気に所定時間保持してもよい。
(その他の実施形態)
前記実施形態1〜3において、液滴形成元素群たるA族元素群としてIII族元素群の代わりにII族元素群を採用するとともに、液滴固溶元素群たるB族元素群としてV族元素群の代わりにVI族元素群を採用してもよい。
すなわち、本発明における第一〜第三A−B族化合物半導体として第一〜第三II−VI族化合物半導体を採用してもよい。第一〜第三A−B族化合物半導体として第一〜第三II−VI族化合物半導体を採用する場合の、好適な例としては、キャップ層/量子ドット/下地層の順で、ZnS/ZnSSe/ZnS、ZnS/ZnTe/ZnSを挙げることができる。
また、前記実施形態1〜4においては、後処理工程を省略してもよい。後処理工程を省略した場合、ドット形成工程で形成された量子ドット6の大きさのドット層3が形成される。この場合でも、ドット層3における量子ドットのサイズが小さいこと以外は、各実施形態1〜4と同様の組成を有する量子ドットを得ることができる。
以下、本発明の実施例について具体的に説明する。
(実施例1)
キャップ層形成工程を実施しないこと以外は、前記実施形態1に準ずる方法で、基材1上に下地層2を形成した後に、この下地層2上に量子ドット6を形成するとともに、この量子ドット6のサイズを制御してドット層3とした。
すなわち、本実施例では、基材1と、この基材1上に形成された下地層2と、この下地層2上に形成された量子ドットのドット層3とを備えた半導体積層体を形成した。
<下地層形成工程>
下地層形成工程では、III−V族化合物単導体としてのGaAsよりなる基材1上にGaInPよりなる下地層2を形成した。
まず、MOCVD装置の反応室(石英反応管)内に基材1を配置した。そして、反応室内を所定の圧力まで真空排気してから、H2ガスを流し、反応室圧力を76Torrの減圧状態に保持した。このH2ガスは4slmの流量で常時流しておいた。なお、slm(standard liter per minute)は、リットル/分のことで、0℃において1013hPaに換算した場合の流量を表す単位である。
そして、基材1の温度(成長温度)を600℃に設定し、TEGa、TMIn及びTBPをそれぞれ所定の流量で反応室に供給した。このときの各原料ガスの流量は、TEGa:2.89×10−6mol/秒、TMIn:2.66×10−6mol/秒、TBP:200×10−6mol/秒とした。また、処理時間は30分とした。なお、この処理時間は、基材1の温度(成長温度)を600℃に保持した状態で、TEGa、TMIn及びTBPをそれぞれ前記所定流量で供給した時間である。
これにより、基材1上に、厚さ500nmのGaInPよりなる下地層2を形成した。
<前処理工程>
前記TEGa及びTMInの供給を停止して反応室の雰囲気をTBP雰囲気とし、この雰囲気を維持しつつ、10分程度かけて基材1の温度を600℃から430℃まで降温した。
そして、基材1の温度を430℃に維持したまま、TBAs及びTBPをそれぞれ所定の流量で反応室に供給して反応室の雰囲気をTBAs及びTBP雰囲気として30秒保持した。このときの各原料ガスの流量は、TBAs:10×10−6mol/秒、TBP:190×10−6mol/秒とした。また、このTBAs及びTBP雰囲気における気相As組成は0.05とした。
これにより、下地層2の上にAs成分及びP成分5のみを存在させた。
<ドット形成工程>
基材1の温度を430℃に維持した状態で、前記TBAs及びTBPの供給を停止してから、TMInを所定の流量で反応室に供給して反応室の雰囲気をTMIn雰囲気とした。
このときの原料ガスの流量は、TMIn:1.68×10−7mol/秒とした。また、このときの処理時間を3秒とした。なお、この処理時間は、基材1の温度を410℃に保持した状態で、TMInを前記所定流量で供給した時間である。
これにより、下地層2の上にInAsPよりなる量子ドット6を形成した。
<後処理工程>
基材1の温度を430℃に維持した状態で、前記TMInの供給を停止してから、TBAs及びTBPをそれぞれ所定の流量で反応室に供給して反応室の雰囲気をTBAs及びTBP雰囲気とした。このときの各原料ガスの流量は、TBAs:10×10−6mol/秒、TBP:190×10−6mol/秒とした。なお、このTBAs及びTBP雰囲気における気相As組成は0.05とした。また、このときの処理時間を10秒とした。なお、この処理時間は、基材1の温度を430℃に保持した状態で、TBAs及びTBPをそれぞれ前記所定流量で供給した時間である。
これにより、量子ドット6を表面マイグレーションにより移動させて、量子ドット6同士を凝集させ、サイズの大きな量子ドットのドット層3を形成した。
(実施例2)
実施例1の前処理工程において、各原料ガスの流量を、TBAs:100×10−6mol/秒、TBP:100×10−6mol/秒とし、TBAs及びTBP雰囲気における気相As組成は0.5とすること以外は、実施例1と同様である。
(実施例3)
実施例1の前処理工程において、各原料ガスの流量を、TBAs:200×10−6mol/秒、TBP:0mol/秒とし、TBAs及びTBP雰囲気における気相As組成は1とすること以外は、実施例1と同様である。
すなわち、この実施例では、前処理工程における雰囲気をTBAs雰囲気とした。これにより、InAsよりなる量子ドットを形成した。
(比較例1)
実施例1の前処理工程において、各原料ガスの流量を、TBAs:0mol/秒、TBP:200×10−6mol/秒、0mol/秒とし、TBAs及びTBP雰囲気における気相As組成は0とすること以外は、実施例1と同様である。
すなわち、この比較例では、前処理工程における雰囲気をTBP雰囲気とした。これにより、InPよりなる量子ドットを形成した。
(PLスペクトル評価)
前記実施例1〜3及び前記比較例1で得られた半導体積層体について、フォトルミネセンスによる発光強度を調べた。この測定は、検出機として浜松ホトニクス株式会社製のR5509を用い、室温にて、励起光源32mWのAr+レーザー光(波長488.0nm)を各半導体積層体に照射して行った。なお、半導体積層体からの発光は、回格子分光器(リツー応用光学株式会社製のMC−20N)により分光した。
その結果を図5に示す。図5において、縦軸は、フォトルミネセンス(PL)強度(任意目盛り)であり、横軸は、発光波長(nm)である。また、気相As比と中心発光波長との関係をまとめた結果を図6に示す。
図5及び図6より、比較例1のInP量子ドットからは中心発光波長が834nm、半値幅が55nmの発光が得られた。これに対し、前処理工程における気相As比を0.05とした実施例1のInAsP量子ドットからは中心発光波長が1030nm、半値幅が230nmの発光が得られた。また、前処理工程における気相As比を0.5とした実施例2のInAsP量子ドットからは中心発光波長が1124nm、半値幅が230nmの発光が得られた。また、前処理工程における気相As比を1とした実施例3のInAs量子ドットからは中心発光波長が1134nm、半値幅が225nmの発光が得られた。
この結果、実施例1〜3では、ドット層3の量子ドット中に確実にAsが取り込まれており、量子ドット中へのAsの混入により発光波長が波長側へシフトしたことがわかる。
(AFM観察)
前記実施例1〜3及び前記比較例1で得られた量子ドットについて、AFM(原子間力顕微鏡)で観察した。そして、量子ドットの平均高さ、高さ分布及び密度を調べた。
これらの結果を図7〜図10に示す。なお、図7〜図10の(a)は各量子ドットのAFM像である。また、図7〜図10の(b)において、縦軸は、頻度を示している。
図7は、気相As比を0.05とした実施例1のInAsP量子ドットについてのものであり、図8は、気相As比を0.5とした実施例2のInAsP量子ドットについてのものであり、図9は、気相As比を1とした実施例3のInAs量子ドットについてのものであり、図10は、気相As比を0とした比較例1のInP量子ドットについてのものである。
さらに、気相As比と、量子ドットの平均高さ及び密度との関係をまとめた結果を図11に示す。なお、図11において、黒丸の点が平均高さを示し、斜線入りの点が密度を示す。
これらの図より、気相As比のわずかな変化が、量子ドットの高さと密度に大きく影響していることがわかる。すなわち、気相As比を0から0.05以上に変化させることで、量子ドットの平均高さが3.6nmから1nm以下に低くなり、また量子ドットの密度も1.2×1010cm−2から6.1×1010cm−2以上に高くなった。
(実施例4)
前処理工程における気相As比を0.5とした実施例2において、後処理工程における処理時間を3秒から0秒に変更したこと以外は、実施例2と同様である。すなわち、この実施例では、後処理工程を行わなかった。
(実施例5)
前処理工程における気相As比を0.5とした実施例2において、後処理工程における処理時間を3秒から10秒に変更したこと以外は、実施例2と同様である。
(AFM観察)
前記実施例2、4及び5で得られた量子ドットについて、AFM(原子間力顕微鏡)で観察した。そして、量子ドットの平均高さ、高さ分布及び密度を調べた。
これらの結果を図12〜図14に示す。なお、図12〜図14の(a)は各量子ドットのAFM像である。また、図12〜図14の(b)において、縦軸は、頻度を示している。
図12は、気相As比を0.5とし後処理工程における処理時間を0秒とした実施例4のInAsP量子ドットについてのものであり、図13は、気相As比を0.5とし後処理工程における処理時間を3秒とした実施例2のInAsP量子ドットについてのものであり、図14は、気相As比を0.5とし後処理工程における処理時間を10秒とした実施例5のInAsP量子ドットについてのものである。
これらの図より、後処理工程の処理時間を長くするほど、量子ドットの平均高さが高くなった。
(PLスペクトル評価)
前記実施例2、4及び5で得られた半導体積層体について、前述したのと同様の方法により、フォトルミネセンスによる発光強度を調べた。
その結果を図15に示すように、量子ドットの平均高さが高くなるに連れて、量子ドットからの発光の中心発光波長が長波長側へシフトした。