本発明は、車輌への路面からの入力を緩衝するサスペンションの減衰力の制御を行う車両用減衰力制御装置に関する。
従来、車輌には路面からの入力を緩衝するサスペンションが用意されており、近年においては、そのサスペンションの減衰力特性を所定の条件の下で変更させ、これにより車輌の乗り心地や走行性能を変化させることの可能なサスペンションが知られている。そして、かかるサスペンションが配備された車輌においては、そのサスペンションの減衰力の制御を行う車両用減衰力制御装置が搭載されている。
例えば、下記の特許文献1には、サスペンションのショックアブソーバの作動油の温度を温度センサから検出させ、その温度に応じてショックアブソーバの減衰係数を変更させることによって、その作動油の温度変化による減衰係数の変化を補償する技術について開示されている。
尚、下記の特許文献2には、折れ線近似を用いたショックアブソーバの伸縮方向のストローク速度と減衰力特性の関係に従ってショックアブソーバの減衰係数をステップモータで切り替え制御する技術について開示されている。また、下記の特許文献3には、ステップモータで減衰力特性を変更させることの可能なサスペンションにおいて、車体の実上下加速度と推定上下加速度の偏差に基づいてステップモータの脱調を検出する技術について開示されている。また、下記の特許文献4には、車体の実上下加速度に基づいてショックアブソーバの劣化判定を行う技術についても開示されている。
特開平8−104122号公報
特開平7−228114号公報
特許第3189699号公報
特許第3013627号公報
しかしながら、上記特許文献1の技術においては、ショックアブソーバの減衰力特性を作動油の温度という間接的な情報を用いて推定させているので、精度の高い減衰力特性の推定を行うことができない。また、この技術においては、新たに温度センサが必要になるので、その搭載場所を確保しなければならず、更にコスト的にも増加を免れない。
そこで、本発明は、かかる従来例の有する不都合を改善し、既存の物理的構成のままでも精度の高いサスペンションの減衰力特性の推定を可能にする車両用減衰力制御装置を提供することを、その目的とする。
上記目的を達成する為、請求項1記載の発明では、折れ点が設定された減衰力特性を有する車輌のサスペンションの減衰力の制御を減衰力制御手段に実行させる車両用減衰力制御装置において、そのサスペンションにおける伸縮方向のストローク速度の演算を行うストローク速度演算手段と、そのストローク速度の伸び側及び縮み側の頻度分布の演算を行うストローク速度頻度分布演算手段と、そのストローク速度の頻度分布に基づいてサスペンションの減衰力特性の推定を行う減衰力特性推定手段と、を設けている。
この請求項1記載の車両用減衰力制御装置においては、ストローク速度の頻度分布に減衰力特性を表す折れ点が窪みとして示されているので、その減衰力特性の正確な推定が可能になる。つまり、サスペンションの作動油が温度変化や経時変化で変化したとしても、このサスペンションの減衰力特性を正確に推定することができる。
また、上記目的を達成する為、請求項2記載の発明では、上記請求項1記載の車両用減衰力制御装置において、ストローク速度の基準分布の演算を行うストローク速度基準分布演算手段を設ける。そして、減衰力特性推定手段は、ストローク速度の基準分布と頻度分布の偏差に基づいてサスペンションの減衰力特性の推定を行うよう構成している。
この請求項2記載の車両用減衰力制御装置においては、その偏差から折れ点を正しく把握することができるようになるので、これによりサスペンションの減衰力特性の正確な推定が可能になる。
また、上記目的を達成する為、請求項3記載の発明では、上記請求項2記載の車両用減衰力制御装置において、サスペンションが減衰力段数を複数段の中から変更することによって減衰力特性を変化させるものである場合、ストローク速度の基準分布と頻度分布の偏差に基づいてサスペンションの減衰力段数の推定を行うよう減衰力特性推定手段を構成している。
この請求項3記載の車両用減衰力制御装置は、サスペンションの減衰力段数の正確な推定が可能になる。
また、上記目的を達成する為、請求項4記載の発明では、上記請求項3記載の車両用減衰力制御装置において、記憶部に記憶された減衰力段数と前記推定された減衰力段数とを比較し、夫々の減衰力段数が異なる段数の場合に記憶部に記憶されている減衰力段数を前記推定された減衰力段数へと置き替えるよう減衰力特性推定手段を構成している。
この請求項4記載の車両用減衰力制御装置は、アクチュエータに脱調が生じても正確な減衰力段数へと補正して適切な減衰力制御を行うことができるようになる。
また、上記目的を達成する為、請求項5記載の発明では、上記請求項1又は2に記載の車両用減衰力制御装置において、荒れた路面の走行中に、ストローク速度の頻度分布に基づいてサスペンションの減衰力段数を現状の減衰力段数よりも折れ点速度が高速側のものへと変更させるよう減衰力制御手段を構成している。
この請求項5記載の車両用減衰力制御装置は、荒れた路面を走行しているときにサスペンションが折れ点速度を超えて使用されないので、車輌の乗り心地の悪化を抑えることができる。
また、上記目的を達成する為、請求項6記載の発明では、上記請求項1記載の車両用減衰力制御装置において、荒れた路面の走行中に、ストローク速度の基準分布と頻度分布の偏差の最大値が所定値以上になっているときに減衰力段数の変更を行うよう減衰力制御手段を構成している。
この請求項6記載の車両用減衰力制御装置は、折れ点を正しく把握できるので、より適切に車輌の乗り心地の悪化を抑えることができる。
また、上記目的を達成する為、請求項7記載の発明では、上記請求項2記載の車両用減衰力制御装置において、推定されたサスペンションの減衰力特性に応じて記憶部に記憶されている減衰力特性マップを補正するよう構成している。
この請求項7記載の車両用減衰力制御装置は、適切な減衰力制御を行うことができるようになる。
また、上記目的を達成する為、請求項8記載の発明では、上記請求項1又は2に記載の車両用減衰力制御装置において、サスペンションの作動油の温度変化が起きていない条件の下で当該サスペンションの減衰力特性の推定を行うよう減衰力特性推定手段を構成している。
この請求項8記載の車両用減衰力制御装置は、作動油の経時変化を原因とする減衰力特性の変化が明らかになり、その後は作動油の経時変化以外の温度変化を原因として変化した減衰力特性が推定されるようになる。これが為、この車両用減衰力制御装置においては、その温度変化に起因する減衰力特性の変化のみを補正すれば良くなり、補正時の演算処理の負荷が軽減される。
本発明に係る車両用減衰力制御装置においては、車高センサ等の既設部品から得ることのできるサスペンションのストローク速度に基づいて頻度分布を求め、このストローク速度の頻度分布に応じて減衰力特性を推定している。つまり、この車両用減衰力制御装置によれば、既存の物理的構成のままで精度良くサスペンションの減衰力特性を推定することができるようになる。
以下に、本発明に係る車両用減衰力制御装置の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。尚、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。
本発明に係る車両用減衰力制御装置の実施例1を図1から図5に基づいて説明する。
本実施例1の車両用減衰力制御装置は、図1に示す電子制御装置(ECU)1の演算処理機能として用意されたものであり、車輌に搭載されているサスペンション(車輌への路面からの入力を緩衝する緩衝装置)の減衰力の制御を行うものである。ここで、その電子制御装置1は、図示しないCPU(中央演算処理装置),所定の制御プログラム等を予め記憶しているROM(Read Only Memory),そのCPUの演算結果を一時記憶するRAM(Random Access Memory),予め用意された情報等を記憶するバックアップRAM等で構成されている。
最初に、本実施例1の車両用減衰力制御装置の制御対象たるサスペンションの一例について説明する。
ここで例示するサスペンションは、図1に示す如く、減衰力Fの変更が可能なショックアブソーバ(以下、「減衰力可変ショックアブソーバ」という。)10,その減衰力Fを変更する際に作動させるアクチュエータ11,コイルスプリング等の弾性部材12,アームやリンク等のジオメトリ構造部材13,ホイールキャリア14などから構成されている。
その減衰力可変ショックアブソーバ10は、その技術分野において周知のものであり、例えばピストン10aの往復運動に伴って作動油が流出入するオリフィスの径を大小切り替えることによって減衰力Fの変更を実現させるものがある。本実施例1においては、その減衰力Fを複数段の中から選択して切り替えることができ、そして、減衰力段数Mm(m=1,2,3,…,k)を小さくしていくにつれて減衰力減少方向へと変更される減衰力可変ショックアブソーバ10について例示する。従って、本実施例1の減衰力可変ショックアブソーバ10は、減衰力段数Mmを小さくすることによって車輌の乗り心地を向上させることができる。また、ここでは、ピストン10aの異なるストローク速度Vにおいて夫々の減衰力段数Mm(m=1,2,3,…,k)の折れ点が設定されている減衰力可変ショックアブソーバ10について例示する。例えば、ここで例示している減衰力可変ショックアブソーバ10は、減衰力段数Mmが図2に示す如く3段(つまり、m=1,2,3)あり、その減衰力段数Mm(m=1,2,3)をM3(3段)、M2(2段)、M1(1段)と小さくしていくほどに減衰力減少方向への変更が行われるものである。また、この減衰力可変ショックアブソーバ10の夫々の折れ点は、図2に示すように、1段目においてはストローク速度V1、2段目においてはストローク速度V2、3段目においてはストローク速度V3に設定されている。尚、以下においては、その折れ点におけるストローク速度Vm(m=1,2,3,…,k)のことを「折れ点速度Vm(m=1,2,3,…,k)」という。
また、アクチュエータ11としてはモータなどが考えられ、その作動状態が電子制御装置1の減衰力変更手段からの指令によって制御される。本実施例1においては、オリフィスの径の大きさを切り替えて減衰力段数Mm(m=1,2,3,…,k)の切り替えを行うステップモータを例示し、以下においてはそのアクチュエータ11を「ステップモータ11」と置き替えて記す。
ところで、走行中の車輌のサスペンションには常に車輪Wを介して路面からの入力が入っており、その入力が振動として減衰力可変ショックアブソーバ10やステップモータ11などに伝わる。例えば、その振動は、車輪Wが走行路の段付き部分に乗り上げた場合などのような単位時間当たりの入力が大きいときに大きくなる。そして、ステップモータ11は、そのような振動が減衰力段数Mm(m=1,2,3,…,k)の切り替えを実行しているときに伝わると、切り替え後の実際の減衰力段数(以下、「実減衰力段数」という。)Mactが電子制御装置1の減衰力変更手段から指示された要求減衰力段数Mecuとは異なる減衰力段数へと切り替わってしまう所謂脱調という現象を引き起こす可能性がある。
そこで、本実施例1においては、実際の減衰力(以下、「実減衰力」という。)Factを推定して脱調が起きているのか否かを判断させ、脱調が引き起こされているならばそれの補正を行うように構成する。具体的に、本実施例1の車両用減衰力制御装置は、実減衰力段数Mactの推定を行い、これと要求減衰力段数Mecuとを比較させることによって脱調の有無を判断し、脱調が起きているのであれば今後適切な減衰力段数Mmへの制御が行われるように構成する。
以下、かかる車両用減衰力制御装置の演算処理動作を図3のフローチャートを参照しながら詳述する。
先ず、本実施例1の電子制御装置1の減衰力特性推定手段は、減衰力可変ショックアブソーバ10に対しての現在の要求減衰力段数Mecuと減衰力可変ショックアブソーバ10の夫々の減衰力段数Mmにおける折れ点速度Vmを読み込む(ステップST5,ST10)。
ここで、その電子制御装置1の減衰力制御手段は、ステップモータ11に対して減衰力制御の作動指示を行った際に、その際の要求減衰力段数Mecuを図1に示す記憶部2へと記憶させる。従って、そのステップST5においては、その記憶部2から現在の要求減衰力段数Mecuを読み込ませればよい。また、その夫々の減衰力段数Mmの折れ点速度Vmは、その減衰力可変ショックアブソーバ10固有のものであり、これが為、予め記憶部2に記憶させておけばよい。従って、そのステップST10においては、夫々の減衰力段数Mmの折れ点速度Vmを記憶部2から読み込ませる。
更に、この電子制御装置1の減衰力特性推定手段は、ピストン10aのストローク速度Vの分散σ2及び頻度分布Pact(V)の読み込みを行う(ステップST15)。
そのストローク速度Vの分散σ2は、図4に示す如くピストン10aの伸び側と縮み側とに表れた過去のn個のストローク速度Vi(i=1,2,3,…,n)に基づいて、電子制御装置1のストローク速度基準分布演算手段(具体的には、後述するストローク速度正規分布演算手段)に下記の式1から求めることができる。
ここで、本実施例1においては、そのストローク速度Vをポテンショメータ等の車高センサ15の検出信号を利用して電子制御装置1のストローク速度演算手段に求めさせる。つまり、減衰力可変ショックアブソーバ10の伸縮(換言すれば、ピストン10aの往復運動)に伴って車高も上下動するので、ストローク速度Vは、静止状態における単位時間当たりの車高の変化量を観ることによって伸び側と縮み側とに分けて算出することができる。例えば、その車高センサ15は、ジオメトリ構造部材13やホイールキャリア14に取り付けておく。
また、そのストローク速度Vの頻度分布Pact(V)は、その図4に示すn個のストローク速度Viの平均値を「μ=0」と仮定し、そのn個のストローク速度Viを図5に示す如く刻み値dVで区切ったy個の速度区分NX(X=1,2,3,…,y)に当て嵌めたものであり、電子制御装置1のストローク速度頻度分布演算手段に求めさせる。
これらストローク速度Vの分散σ2及び頻度分布Pact(V)の情報は、過去(少なくとも今よりも前)に蓄積されたn個のストローク速度Viの情報に基づいて求められるものである。従って、そのストローク速度Vの分散σ2及び頻度分布Pact(V)の情報は、予め求めておくことができ、また、全体の演算処理速度を速めるとの観点からすれば予め求めておくことが望ましい。更に、そのストローク速度Vの分散σ2及び頻度分布Pact(V)の情報は、各々の減衰力段数Mmに応じて異なる。これが為、本実施例1においては、そのストローク速度Vの分散σ2及び頻度分布Pact(V)の情報を演算後に減衰力段数Mm毎に記憶部2へと記憶させておき、上記のステップST15ではそこから現在の要求減衰力段数Mecuに相当するものを読み込ませる。尚、演算処理速度の低下が許容できる範囲内にあるならば、そのステップST15において夫々を演算させてもよい。
ところで、その図5の頻度分布Pact(V)においては、伸び側と縮み側とに各々ストローク速度Vの窪み部分が存在している。これは本実施例1の減衰力可変ショックアブソーバ10が減衰力段数Mmの折れ点を有しているからであり、その窪み部分が折れ点を示している。そして、本実施例1の減衰力可変ショックアブソーバ10には夫々の減衰力段数Mmにおいて異なるストローク速度Vに折れ点が設定されているので、その窪み部分のストローク速度Vと各減衰力段数Mmの折れ点速度Vmとの比較により実減衰力段数Mactの推定が可能になる。
従って、本実施例1においては、先ず上記のステップST15で読み込んだストローク速度Vの分散σ2と平均値「μ=0」とからストローク速度Vの基準分布{具体的には、正規分布Pstd(V)}を求める(ステップST20)。
このストローク速度Vの正規分布Pstd(V)は、上述した図4のn個のストローク速度Viの点列における個数nで正規化した確率密度であり、下記の式2から電子制御装置1のストローク速度正規分布演算手段に求めさせる。
続いて、この減衰力特性推定手段は、ストローク速度Vの頻度分布Pact(V)と正規分布Pstd(V)とに基づいて、夫々の速度区分NX(X=1,2,3,…,y)におけるそれらの誤差(偏差)eNXを下記の式3から求める(ステップST25)。尚、その式3における或る速度区分NXにおいてのストローク速度VNXは、その速度区分NXと刻み値dVとを用いて下記の式4から演算される。
そして、この減衰力特性推定手段は、その夫々の誤差eNXの中の最大値(以下、「最大誤差」という。)emaxを求め、これが所定値よりも小さいものであるのか否かについて判定する(ステップST30)。例えば、その所定値としては、正常時のものとして求められたストローク速度Vの頻度分布Pact(V)と正規分布Pstd(V)の誤差eNXの最大値、換言すれば、その正常時においての折れ点速度Vmに該当する誤差eNXを設定する。
この減衰力特性推定手段は、そのステップST30で否定判定されて最大誤差emaxが所定値以上であると判断された場合、その最大誤差emaxとなっている速度区分NXのストローク速度Vemaxを下記の式5から求める(ステップST35)。ここで、その式5の「NX」には、最大誤差emaxとなっている速度区分NXが代入される。尚、この場合には、そのときの減衰力段数Mmの折れ点速度Vm以上の高速側で減衰力可変ショックアブソーバ10を作動させるように、電子制御装置1の減衰力制御手段がステップモータ11の駆動制御を行う。
つまり、そのステップST35においては、実際の折れ点速度Vmがストローク速度Vemaxとして求められる。従って、この減衰力特性推定手段は、そのストローク速度Vemaxに最も近い折れ点速度Vm(m=1,2,3,…,k)が設定されている減衰力段数Mmを上記ステップST10で読み込んだ中から求め、これを実減衰力段数Mactと推定する(ステップST40)。
しかる後、この減衰力特性推定手段は、その実減衰力段数Mactが上記ステップST5で読み込んだ現在の要求減衰力段数Mecuと一致しているのか否かについて判定し(ステップST45)、一致していなければ、記憶部2の減衰力特性マップの要求減衰力段数Mecuをその実減衰力段数Mactに書き替える(ステップST50)。つまり、そのステップST45で否定判定された場合には、ステップモータ11が脱調を引き起こしたと判断し、ステップST50で要求値と実際の状態とのずれを補正(脱調補正)する。
一方、そのステップST45で肯定判定されて実減衰力段数Mactと要求減衰力段数Mecuとが一致していると判断した場合、又は上記ステップST30で肯定判定されて最大誤差emaxが所定値よりも小さくなっていると判断された場合、減衰力特性推定手段は、現在の要求減衰力段数Mecuを実減衰力段数Mactと推定する(ステップST55)。尚、そのステップST30で肯定判定された場合には、そのときの減衰力段数Mmの折れ点速度Vmよりも低速側で減衰力可変ショックアブソーバ10を作動させるように、電子制御装置1の減衰力制御手段がステップモータ11の駆動制御を行う。
以上示した如く、本実施例1の車両用減衰力制御装置においては、減衰力可変ショックアブソーバ10におけるピストン10aの伸縮方向のストローク速度Vを検出し、これから頻度分布Pact(V)を求める。そして、その頻度分布Pact(V)において折れ点速度Vmを表している窪み部分の検出を行わせ得る為に、ストローク速度Vの正規分布Pstd(V)を求め、これと頻度分布Pact(V)とを比較する。これにより、この車両用減衰力制御装置においては、現状における実際の折れ点速度Vmが判明し、これを記憶部2の夫々の減衰力段数Mmの折れ点速度Vmに照らし合わせることによって、現状での実減衰力段数Mactを既存の物理的構成のままで推定することができるようになる。また、減衰力可変ショックアブソーバ10は作動油の温度変化や経時変化によって減衰力特性が変化してしまうが、本実施例1の車両用減衰力制御装置は、そのような状況下に減衰力可変ショックアブソーバ10が置かれていたとしても、直近のn個のストローク速度Viを利用することによって正確に実減衰力段数Mactの推定を行うことができる。
更に、その実減衰力段数Mactと現在の要求減衰力段数Mecuとが異なっているときには、ステップモータ11が脱調を引き起こしたと判断することができる。つまり、この本実施例1の車両用減衰力制御装置は、従来必要とされていたステップモータ11の出力軸回転角の位置検出センサを用意せずとも、既存の物理的構成のままでステップモータ11の脱調を検出することができる。
従って、本実施例1の車両用減衰力制御装置によれば、サスペンションにおける実際の減衰力特性(ここでは、実減衰力段数Mact)を精度良く推定することができ、また、その推定結果に基づいてステップモータ11の脱調の検出及び補正を行うことができる。これが為、この車両用減衰力制御装置は、適切な減衰力制御を実行することができるようになる。
次に、本発明に係る車両用減衰力制御装置の実施例2を図1及び図6から図13に基づいて説明する。
本実施例2の車両用減衰力制御装置は、前述した実施例1の車両用減衰力制御装置を一部変更したものであり、本実施例2においてもその実施例1と同じサスペンションを制御対象にするものとして例示する。
具体的に、この本実施例2の車両用減衰力制御装置は、前述した実施例1と同様にしてストローク速度Vemaxを求め、これを実際の折れ点速度(以下、「実折れ点速度」という。)V0actと推定する一方、図6に示す要求減衰力Fecu(V)と実際の減衰力F(以下、「実減衰力」という。)Fact(V)とのずれが補正されるように構成する。
ここで、本実施例2の減衰力可変ショックアブソーバ10は、折れ点速度(要求折れ点速度V0ecu、実折れ点速度V0act)を堺に、これよりも低速側ではオリフィス領域で作動し、それ以上に高速側であればバルブ領域で作動する。そのオリフィス領域とは。図7に示す如くオリフィスを通過する作動油によって減衰力特性が決定付けられる領域のことをいい、図8に示すように損失係数(換言すれば、作動油の抵抗係数)ζの変化の影響を受けて減衰力特性が変わり易い。一方、バルブ領域とは、図9に示す如くオリフィスをバルブ10bで圧力に応じて開閉できるようにして塞ぎ、これによりオリフィスを通過する作動油の流速vや流量Qを変化させて減衰力特性に変化を付けた領域のことをいい、図10に示すように損失係数(作動油の抵抗係数)ζの変化の影響が後述する式16から明らかなように1/3乗と小さい。尚、その損失係数ζは、作動油の温度変化や経時変化による粘性の変化によって変わる値である。
従って、要求減衰力Fecu(V)や実減衰力Fact(V)の演算式(ストローク速度Vをパラメータとする関数式)は、各々にオリフィス領域とバルブ領域とで違うものになっている。要求減衰力Fecu(V)の演算式は、減衰力可変ショックアブソーバ10固有のものであり、最初から特定しておくことができるので、予め記憶部2に記憶させておく。一方、実減衰力Fact(V)の演算式は、オリフィス領域であれば下記の式6、バルブ領域であれば下記の式7を利用する。
先ず、実減衰力Fact(V)のオリフィス領域の演算式(式6)について説明する。
図7に示す減衰力可変ショックアブソーバ10のオリフィス領域におけるモデル図においては、下記の3式(式8〜式10)が成立しており、これらからオリフィス領域の減衰力Fが下記の式11の如く求められる。その式において、「A」はピストン10aにおける作動油の受圧面積、「ΔP」は減衰力可変ショックアブソーバ10内におけるピストン10aを堺にした各々の部屋の作動油の差圧、「Q」はオリフィスを通過する作動油の流量、「v」はオリフィスを通過する作動油の流速、「a」はオリフィス面積、「ρ」は作動油の密度を表している。
また、その式11において「V」及び「F」に各々折れ点速度V0とバルブ10bのプレロード(換言すれば、折れ点速度V0における減衰力)F0を代入して展開すると、下記の式12の如く折れ点速度V0の演算式を得ることができる。
ここで、作動油の温度変化等による粘性の変化は、その式12の各パラメータにおいて、主に損失係数ζへの大きく、他のパラメータへの影響は小さい。これが為、要求折れ点速度V0ecuと実折れ点速度V0actとの間にはその夫々における式12の関係から下記の式13の関係が成立し、また、要求減衰力Fecu(V)と実減衰力Fact(V)との間にはその夫々における式11の関係から下記の式14の関係が成立し、これら式13,14に基づいて前述した式6に示す実減衰力Fact(V)のオリフィス領域の演算式を導き出すことができる。尚、その式13,14の「ζecu」は減衰力可変ショックアブソーバ10が要求減衰力Fecu(V)を発生させているときの損失係数を表しており、「ζact」は減衰力可変ショックアブソーバ10が実減衰力Fact(V)を発生させているときの損失係数を表している。
次に、実減衰力Fact(V)のバルブ領域の演算式(式7)について説明する。
図9に示す減衰力可変ショックアブソーバ10のバルブ領域におけるモデル図においては、a∝ΔPと考えられるので下記の式15が成立しており、これと上記式8〜式10とからバルブ領域の減衰力Fが下記の式16の如く求められて、上記の式6のときと同様にして式7が導かれる。その式15,16の「b」は、バルブ10bの剛性や受圧面積等によって定まる定数である。
以下、かかる車両用減衰力制御装置の演算処理動作を図11のフローチャートを参照しながら詳述する。尚、その演算処理動作は、減衰力段数Mm毎に実行する。
先ず、本実施例2の電子制御装置1の減衰力特性推定手段は、減衰力可変ショックアブソーバ10に対しての現在の要求減衰力段数Mecuを実施例1のときと同様にして記憶部2から読み込む(ステップST5)。また、本実施例2の減衰力特性推定手段は、その要求減衰力段数Mecuにおける折れ点速度V0ecuを記憶部2から読み込む(ステップST11)。
更に、この減衰力特性推定手段と電子制御装置1のストローク速度正規分布演算手段は、ピストン10aのストローク速度Vの分散σ2及び頻度分布Pact(V)の読み込み、そのストローク速度Vの正規分布Pstd(V)の演算を実施例1と同様にして各々実行する(ステップST15,ST20)。
そして、この減衰力特性推定手段は、同じく実施例1のときと同様にして夫々の速度区分NX(X=1,2,3,…,y)におけるそれらの誤差(偏差)eNXを求め(ステップST25)、その中の最大値(最大誤差emax)が所定値よりも小さいものであるのか否かについて判定する(ステップST30)。
この減衰力特性推定手段は、そのステップST30で否定判定されて最大誤差emaxが所定値以上であると判断された場合、その最大誤差emaxとなっている速度区分NXのストローク速度Vemaxを実施例1と同様にして求め(ステップST35)、これを実折れ点速度V0actと推定する(ステップST36)。
この場合には実施例1のときと同じく実折れ点速度V0act以上の高速側で減衰力可変ショックアブソーバ10を作動させるので、減衰力特性推定手段は、バルブ領域における実減衰力Fact(V)の演算式(式7)を適用して、この場合の実減衰力Fact(V)の推定を行う(ステップST41)。つまり、ここでは、減衰力可変ショックアブソーバ10の減衰力特性が推定される。
ここで、その式7においては、バルブ10bのプレロードF0,要求減衰力Fecu(V)及び要求折れ点速度V0ecuが減衰力可変ショックアブソーバ10固有の既定値であり、また、実折れ点速度V0actは上記ステップST36にて推定されている。これが為、このステップST41においては、推定された実折れ点速度V0actと変数たるストローク速度Vとに応じたバルブ領域の実減衰力Fact(V)が推定される。つまり、ここでは、そのバルブ領域の実減衰力Fact(V)の演算式に基づいて減衰力可変ショックアブソーバ10の減衰力特性の補正を正確に行うことができるようになる。尚、その補正結果は、記憶部2の減衰力特性マップに織り込まれる。即ち、その減衰力特性マップは、推定された減衰力可変ショックアブソーバ10の減衰力特性に応じて補正される。
一方、上記ステップST30で肯定判定されて最大誤差emaxが所定値よりも小さくなっていると判断された場合、本実施例2の減衰力特性推定手段は、現在の要求減衰力段数Mecuの折れ点速度V0ecuを実折れ点速度V0actと推定する(ステップST37)。そして、この場合には実折れ点速度V0actよりも低速側で減衰力可変ショックアブソーバ10を作動させるので、減衰力特性推定手段は、オリフィス領域における実減衰力Fact(V)の演算式(式6)を適用して、この場合の実減衰力Fact(V)の推定を行う(ステップST42)。
ここで、その式6においては、要求減衰力Fecu(V)及び要求折れ点速度V0ecuが減衰力可変ショックアブソーバ10固有の既定値であり、また、実折れ点速度V0actは上記ステップST37にて推定されている。これが為、このステップST42においても変数たるストローク速度Vに応じたオリフィス領域の実減衰力Fact(V)が推定される。つまり、この場合においても、そのオリフィス領域の実減衰力Fact(V)の演算式に基づいて減衰力可変ショックアブソーバ10の減衰力特性の補正を正確に行うことができるようになる。尚、ここでの補正結果についても、上記と同様に減衰力特性マップに織り込まれる。
以上示した如く、本実施例2の車両用減衰力制御装置においては、実施例1のときと同様にして実折れ点速度V0actの推定を行い、これに基づいて実減衰力Fact(V)を推定することができる。つまり、この車両用減衰力制御装置は、作動油の温度変化や経時変化によって減衰力可変ショックアブソーバ10の減衰力特性が変化したとしても、既存の物理的構成のままで実減衰力Fact(V)の推定を行うことができる。そして、この車両用減衰力制御装置においては、適切に減衰力可変ショックアブソーバ10の減衰力特性の補正を実行することができる。
ところで、上述した車両用減衰力制御装置においては、バルブ領域における実減衰力Fact(V)の演算式(式7)が煩雑なことから、演算処理速度の低下や演算時のメモリ容量の不足等の不都合を生じさせる可能性がある。
そこで、バルブ領域においては、上述したように損失係数ζの変化の影響が1/3乗と小さいので、図12に示す如く折れ点速度の変化分(要求折れ点速度V0ecuと実折れ点速度V0actの偏差)だけ要求減衰力Fecu(V)をずらした実減衰力Fact(V)を利用してもよい。
また、要求折れ点速度の推定値V0ecuと実折れ点速度V0actの関係を下記の式17のようにした場合には、この式17と上記式13とから下記の式18の関係が成立する。
従って、その式18と上記式16とから下記の式19を導き出すことができ、折れ点以降の高速側においては、その式19の如き簡易式を用いて減衰力可変ショックアブソーバ10の減衰力特性の補正を実行させてもよい。
更に、上述した車両用減衰力制御装置においては、減衰力段数Mm毎に減衰力の補正を行っている。つまり、損失係数ζとは作動油の粘性だけでなく厳密には減衰力可変ショックアブソーバ10の内部形状の影響も受けるものであり、その内部形状は減衰力段数Mmを変える度に変わるので、夫々の減衰力段数Mmにおいて個別に減衰力を補正する必要がある。しかしながら、これを全ての減衰力段数Mmに対して実行し終えるまでには時間を要するので、或る減衰力段数Mm(例えば、走行開始後の最初の作動状態にある減衰力段数Mm)のみ上述した演算処理を実行して減衰力の補正を行い、その際の上記式17の要求折れ点速度の推定値V0ecuを用いて他の減衰力段数Mmについての補正を実行させてもよい。
また更に、上述した車両用減衰力制御装置においては減衰力を補正する為に実折れ点速度V0actの推定が必要とされるが、段差の少ない路面のように、路面次第では、ピストン10aのストローク速度Vが延びずに実折れ点速度V0actの推定ができない場合もある。そこで、かかる場合には、実折れ点速度V0actの推定が可能になる段数まで所定時間(例えば、数秒間)だけ減衰力段数Mmを下げる。つまり、かかる場合には、折れ点速度の低い減衰力段数Mmへと所定時間だけ変更し、実折れ点速度V0actを推定できるようにする。そして、かかる場合には、これにより減衰力の補正が行われるようになる。
また更に、上述した車両用減衰力制御装置においては、作動油の粘性の変化に伴う実折れ点速度V0actのずれの原因が作動油の温度変化によるものであるのか作動油の経時変化によるものであるのかに拘わらず、その何れが原因であったとしても同じように行っている。しかしながら、例えば、冷間時と暖機後とで作動油の温度に違いが出るのは当然であり、そのような温度変化のときにまで減衰力の補正を行ってしまうと、正確な減衰力を導き出すことができなくなってしまう可能性がある。一方、経時変化を原因とする場合には、これを適切に検知して減衰力を補正することが望ましい。
そこで、ここでは、減衰力可変ショックアブソーバ10の作動油の温度変化が起きていない条件の下で上述した演算処理を行い、作動油の経時変化を原因として変化した減衰力特性が推定され、これを基に減衰力特性が正しく補正されるように構成する。例えば、その条件としては、走行開始後所定時間内(つまり、作動油の温度が上昇し始める前まで)等が考えられる。これにより、ここでは、その条件の下で作動油の経時変化を原因とする減衰力特性の変化を除外しておくことができ、その後はその経時変化を原因とするものを考慮せずともよくなるので、今後作動油の温度変化を原因とする減衰力特性の変化のみが明らかになる。従って、この場合には、その温度変化に関わる変化分のみが減衰力の補正の対象とされるので、その補正時の演算処理の負荷が軽減される。尚、その補正結果は、記憶部2の減衰力特性マップに織り込まれる。
次に、本発明に係る車両用減衰力制御装置の実施例3を図1及び図14に基づいて説明する。
本実施例3の車両用減衰力制御装置は、前述した実施例1の車両用減衰力制御装置を一部変更したものであり、本実施例3においてもその実施例1と同じサスペンションを制御対象にするものとして例示する。
ここで、段差の多い荒れた路面を走行するときには、減衰力可変ショックアブソーバ10の減衰力段数Mmの折れ点近傍が頻繁に使われるようになるので、これが主たる要因となって車輌の乗り心地を悪化させている。
そこで、本実施例3においては、荒れた路面の走行中に折れ点速度Vmを超えた高速側が使用されないように構成する。具体的には、減衰力段数Mmを折れ点速度Vmが現状よりも高速側になっているものへと下げる。ここでは、折れ点速度Vmを超えないように減衰力段数Mmを1段ずつ下げていってもよく、折れ点速度Vmを超えない減衰力段数Mmへと一気に下げてもよい。本実施例3においては、前者の場合について例示する。
以下、かかる車両用減衰力制御装置の演算処理動作を図14のフローチャートを参照しながら詳述する。尚、そのフローチャートのステップST5〜ST45,ST55については、前述した実施例1と同じであり、それと同様にして実減衰力段数Mactの推定が行われるので、ここでの説明を省略する。
従って、本実施例3の電子制御装置1の減衰力制御手段は、ステップST45にて否定判定されて実減衰力段数Mactと要求減衰力段数Mecuとが一致していないとの判断が為された場合、その実減衰力段数Mactを基準にして、これよりも折れ点速度Vmが高速側の減衰力段数Mmへと1段下げる(ステップST60)。例えば、その実減衰力段数Mactが図2に示す2段(減衰力段数M2)の場合、減衰力制御手段は、減衰力段数M1への変更を実行させる。これでも未だ折れ点速度Vmを超えて減衰力可変ショックアブソーバ10が使用されているならば、再びステップST5から始まって、最終的にそのステップST60に進んで更にもう1段減衰力段数Mmを下げる。
また、この減衰力制御手段は、ステップST45にて肯定判定されて実減衰力段数Mactと要求減衰力段数Mecuとが一致しているとの判断が為された場合、又はステップST30で肯定判定されて最大誤差emaxが所定値よりも小さくなっていると判断された場合、上記ステップST60に進んで減衰力段数Mmを1段下げる。
以上示した如く、本実施例2の車両用減衰力制御装置においては、実施例1のときと同様にして実減衰力段数Mactの推定が行われ、それを基に減衰力段数Mmが下げられる。そして、この車両用減衰力制御装置においては、これにより減衰力可変ショックアブソーバ10の折れ点速度Vmを超えた高速側での使用が制限されるので、荒れた路面を走行しているときの乗り心地の悪化の抑制が可能になる。
以上のように、本発明にかかる車両用減衰力制御装置は、既存の物理的構成のままで精度良くサスペンションの減衰力特性を推定させる技術に有用である。
本発明に係る車両用減衰力制御装置の制御対象たるサスペンションの構成の一例を示す図である。
減衰力可変ショックアブソーバにおける夫々の減衰力段数と折れ点との関係の一例を説明する図である。
本発明に係る車両用減衰力制御装置の実施例1の動作を説明するフローチャートである。
減衰力可変ショックアブソーバにおけるピストンのストローク速度の頻度の一例を示す図である。
減衰力可変ショックアブソーバにおけるピストンのストローク速度の頻度分布と正規分布について示す図である。
減衰力可変ショックアブソーバにおけるオリフィス領域とバルブ領域での要求減衰力と実減衰力の一例について示す図である。
減衰力可変ショックアブソーバにおけるオリフィス領域のモデル図である。
オリフィス領域における損失係数の影響について示す図である。
減衰力可変ショックアブソーバにおけるバルブ領域のモデル図である。
バルブ領域における損失係数の影響について示す図である。
本発明に係る車両用減衰力制御装置の実施例2の動作を説明するフローチャートである。
実施例2における減衰力補正の変形例について示す図である。
実施例2における減衰力補正の他の変形例について示す図である。
本発明に係る車両用減衰力制御装置の実施例3の動作を説明するフローチャートである。
符号の説明
1 電子制御装置(ECU)
2 記憶部
10 減衰力可変ショックアブソーバ
10a ピストン
11 アクチュエータ(ステップモータ)
13 ジオメトリ構造部材
14 ホイールキャリア
15 車高センサ
eNX 誤差(偏差)
F 減衰力
Mm 減衰力段数
Pact(V) ストローク速度の頻度分布
Pstd(V) ストローク速度の正規分布
V ストローク速度