以上のことから本発明の課題は、1.0μm以下の近赤外波長帯で高効率化と低消費電力化、高信頼性という従来両立できなかった3種の特性を全て満たした半導体レーザ素子を提供することにある。
さらに、発光源としてこのような利点をもつ半導体レーザ素子を搭載することで、従来実現し得なかった新たな規格の高速光無線通信用送信装置を実現し、また高速化競争の続く光ディスク分野でより高速の読み書きを可能にする光ディスク装置を提供することにある。
本発明の第1の側面に係る半導体レーザ素子は、基板上に、
複数のn型導電型層l(ここで、l=1、2…k、但し、kは自然数)と、
複数のp型導電型層m(ここで、m=1、2…k’、但し、k’は自然数)と、
上記n型導電型層lと上記p型導電型層mとの間に位置する活性層とを備え、
発振波長が1.0μm以下であり、
上記基板内および基板上の全ての層に存在する光量の総和に対する上記n型導電型層lに存在する光量の割合を光閉じ込め係数Γ(l)、上記基板内および基板上の全ての層に存在する光量の総和に対する上記p型導電型層mに存在する光量の割合を光閉じ込め係数Γ(m)とすると、Γ(l)の総和とΓ(m)の総和との関係が、
であり、
上記p型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)と上記p型導電型層mのドーピング濃度P(m)(単位:cm
−3)の積の総和
が8.0×10
17cm
−3 以下であり、
上記複数のp型導電型層のうちドーピング濃度が1.0×10
18cm
−3以上であるp型導電型層の層厚の合計が上記複数のp型導電型層全体の層厚の合計の80%以上を占めることを特徴としている。
なお、Γ(l)の総和、Γ(m)の総和、Γ(m)とP(m)の積の総和はそれぞれ、以下、単に、Σ{Γ(l)}、Σ{Γ(m)}、Σ{Γ(m)×P(m)}とも表す。
本発明者らは、まず波長1.0μm以下の近赤外波長帯で自由電子吸収を回避できるp型ドーピング構造の「上限値」を決定するため、波長900nm程度で発振する半導体レーザ素子でp型導電型層mのp型ドーピング濃度P(m)や同層の光閉じ込め係数Γ(m)の値の組み合わせを変えた数種類の素子を実際に作製し、効率の値と効率に直接影響を与える内部吸収αiの値を算出した。層構造の対称性については、層厚や層を構成する材料については、過去の例と同じくp型エッチングストップ層を除き、p型、n型両導電型層で対称な構造とした。ドーピング濃度については、p型導電型層での自由電子吸収の影響だけを確認できるよう、n型導電型層側は平均1.0×1017cm−3以下という一般の半導体レーザ素子としては低い値に設定した。
その結果、p型ド−ピング各層m(m=1、2…k’、但し、kは自然数)の光閉じ込め係数Γ(m)とそのドーピング濃度P(m)(cm−3、以下省略)との積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}と、半導体レーザ素子の効率の値を決定する内部吸収αiとの間に図7のような関係があることがわかった。図7によると、p型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)と上記p型層のドーピング濃度P(m)との積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値が8.0×1017cm−3を越えると、内部吸収αiの値が急激に増加することがわかる。半導体レーザ素子の内部吸収αiは自由電子吸収αfcとその他の吸収αoからなるが、一般にドーピング濃度に依存しないその他の吸収αoの値は4〜5cm−1未満と小さく、半導体レーザ素子への影響はあまりない。また、先に述べたように、本実験で作製した半導体レーザ素子ではn型ドーピング濃度をごく小さい値に設定したため、図7の自由電子吸収αfcの変化はほぼp型ドーパントの寄与によるものとみてよい。つまり、図7からは、p型ドーピング濃度に依存しない吸収αoが3cm−1程度あり、これにp型ドーパントに由来する自由電子吸収αfcが加わり、半導体レーザ素子の内部吸収αiとなっていることがわかる。以上のことからp型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)と上記p型層ドーピング濃度P(m)との積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値を8.0×1017cm−3以下の範囲に設定すれば、内部吸収αiのうちp型ドーパントに由来する自由電子吸収αfcの急激な増加を抑制できることがわかる。そして自由電子吸収αfcさえ抑制すれば高い効率を得ることができるともいえる。
さらに図7では、総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値が6.0×1017cm−3以下では、内部吸収αiの値はほとんど変化していない。ゆえに、この総和の値を6.0×1017cm−3以下となるようp型ドーピング層構造を設定すると、内部吸収αiに対する自由電子吸収αfcの影響をほとんど排除できることもわかる。
これらの事実は1.0μm以下の近赤外波長帯では自由電子吸収の影響はないとする従来の認識とは異なるものであり、上記波長帯でも構造によってはp型ドーパントによる自由電子吸収の影響を受け、半導体レーザ素子の効率が悪化することがわかった。また同時に、p型ドーピング濃度だけではなくp型導電型層の光閉じ込め係数も同時に考慮することで、自由電子吸収の増大につながりかねない比較的高いp型ドーピング濃度でも良好な効率を維持することができることもわかった。
ところで、実際にp型導電型層での光閉じ込め係数とp型ドーピング濃度の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値が上述の範囲となるように設定する際、発光層を含む活性層を中心とする対称構造を維持したまま光閉じ込め係数を小さくすると、先述のように発光層の光密度が増大し、信頼性の低下につながる。実際、p型、n型両導電型層の光閉じ込め係数を同一に保ったままその値を減少させると、図11の曲線Aのように、両者の光閉じ込め係数の値が小さくなるに従い、発光層の光密度が指数関数的に増大する。
本発明で目的とする近赤外波長帯の発光層に用いられる半導体材料では、発光層の光密度が3.0×104cm−1を超えると半導体レーザ素子の信頼性の低下が顕著となることがわかっている。したがって、この値を半導体レーザ素子で信頼性を確保するための発光層光密度の上限とすると、p型、n型両導電型層が対称構造をとる半導体レーザ素子で信頼性を確保するのに必要なp型、n型各導電型層の光閉じ込め係数の値は、図11からA1以上となる。この条件を満たしながらp型導電型層の光閉じ込め係数とp型ドーピング濃度の総和Σ{Γ(m)×P(m)}を8.0×1017cm−3以下となるようにp型ドーピング濃度を設定した場合、図10のように、p型ドーピング濃度の平均値が1.0×1018cm−3を下回ることになる。温度特性や素子抵抗の改善には、平均値として1.0×1018cm−3以上の濃度になるようp型ドーピング濃度を設定する必要があるため、対称構造のままでは、高効率と低消費電力、高信頼性を全て満たすことができない。なお、ここで言う「p型ドーピング濃度の平均値」とは、半導体レーザ素子に含まれる全p型導電型層のうち、高濃度にドーピングされてはいるが光閉じ込め係数が小さいため自由電子や素子抵抗を考える上で無視してよい最外部の層を除いた層の中で平均をとったものである。
この点を考慮し、本発明では、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)の総和Σ{Γ(l)}と上記p型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)の総和Σ{Γ(m)}の関係をΣ{Γ(l)}÷ Σ{Γ(m)}>1.0となるよう、つまり、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)の総和の方がp型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)の総和よりも大きくなるよう設定した上で、さらにp型導電型層の光閉じ込め係数とp型ドーピング濃度の総和Σ{Γ(m)×P(m)}が8.0×1017cm−3以下となり、かつ、p型ドーピング濃度をp型導電型層全体の80%以上の厚さの層で1×1018cm−3以上となるようにp型ドーピング濃度を設定した。
このとき先の図11中の曲線Aは下方へ下がり例えば曲線A’となるため、先と同じ発光層光密度の上限値に対してp型導電型層の光閉じ込め係数の和Σ{Γ(m)}を対称構造の場合より小さく設定することができる。その結果、発光層光密度の増大による信頼性の低下とp型導電型層での自由電子吸収の増大による効率の低下を同時に回避しながら、温度特性や抵抗値を改善して低消費電力化を図るという、従来両立しなかった3種の特性を全て満たした1.0μm以下の近赤外高速光無線通信用半導体レーザ素子を実現することができた。
なお、本明細書中でいう「効率」とは、半導体レーザ素子の静特性の一つであり、発振しきい値電流をIth(A)、ある光出力Pop(W)を得る為に必要な駆動電流値をIop(A)とすると、Pop/(Iop−Ith)で定義される、半導体レーザ素子の基本的な静特性の一つである。
また、半導体レーザ素子の内部吸収αiの値は小さいほどよいが、一般的に10cm−1を越えると効率の値に顕著な影響があり、0.95W/A以上という高速光無線通信で必要とされる高効率値を得られなくなる。このため、半導体レーザ素子がこのような光無線通信用送信装置に搭載される場合には、内部吸収の値は10cm−1以下、より好ましくは5cm−1以下であることが望ましい。
さらに、特に記載がない限り、本明細書内で規定するp型、n型導電型層とは、半導体レーザ素子がリッジ埋め込み型の場合には、リッジおよびリッジの上下に連なる箇所に存在するp型またはn型導電型層であって、埋め込み部のみに存在するp型またはn型導電型層は含まないものとする。
一実施形態では、上記n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)と上記n型導電型層lのドーピング濃度N(l)(単位:cm
−3)の積の総和
が4.0×10
18cm
−3以下であることを特徴としている。
先述のように、従来半導体レーザ素子におけるn型ドーパントの自由電子吸収への寄与は、p型ドーパントの寄与よりも小さいとされてきたこともあり、ほとんど問題とされてこなかった。しかし、上述のように本発明の半導体レーザ素子では、p型導電型層内での自由電子吸収の増加と発光層光密度の増大を同時に抑制するため、p型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)の値に比べて、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)の値を敢えて大きくなるよう設定している。このため、Σ{Γ(l)×N(l)}の値で決まるn型導電型層での自由電子吸収についても、本発明の半導体レーザ素子では問題となる可能性がある。
そこで、発明者らは、先のp型導電型層に対する実験とは逆に、p型ドーパントによる自由電子吸収の影響がないようp型導電型層構造を設定した上で、n型導電型層lのn型ドーピング濃度N(l)や同層の光閉じ込め係数Γ(l)の値の組み合わせが異なる数種類の素子を作製し、効率の値と、効率に直接影響を与える内部吸収αiの値とを算出した。その結果、Σ{Γ(l)×N(l)}の値が4.0×1018cm−3を超えたときに半導体レーザ素子の内部吸収αiの値が急激に増加することが新たにわかった。
これを受けて、一実施形態では、n型導電型層の光閉じ込め係数とそのドーピング濃度の積の和であるΣ{Γ(l)×N(l)}の値を4.0×1018cm−3以下となるように層構造を規定しているのである。これにより、これまで自由電子吸収への寄与の程度が不明だったn型ドーパントによる自由電子吸収の影響を確実に回避する構造を規定することが可能となった。
そして、この範囲内でn型導電型層の光閉じ込め係数の総和Σ{Γ(l)}の値を大きく設定できるようになるため、その分、発光層の光密度を増加させない範囲でp型導電型層の光閉じ込め係数をより小さく設定することが可能となる。
つまり、p型導電型層での自由電子吸収の抑制による効率の改善と、それとはトレードオフの関係にある温度特性や抵抗値の改善を目的にp型ドーピング濃度をより高い値に設定するにあたり、信頼性の低下や放射角の過度の増大を招くことなく、かつn型導電型層での自由電子吸収の影響も回避しながらp型ドーピング濃度をより高い値に設定することができる。
一実施形態では、上記n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)と上記n型導電型層lのドーピング濃度N(l)(単位:cm
−3)の積の総和と、上記p型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)と上記p型導電型層mのドーピング濃度P(m)の積の総和との関係が、
であることを特徴としている。
従来、n型ドーパントの自由電子吸収への寄与はp型ドーパントのそれの3/7倍程度だと考えられてきた。しかし、先に述べた2種の実験により、n型ドーパントの自由電子吸収への寄与は、光閉じ込め係数とドーピング濃度の積の和の値で、p型導電型層での上限8.0×1017cm−3に対して上限4.0×1018cm−3と1/5程度の値をとることがわかった。つまり、光閉じ込め係数とドーピング濃度の積の和の値で、最大5倍程度までp型導電型層に対してn型導電型層構造での値を大きくすることができるため、先の実施形態と同様、p型、n型両導電型層での自由電子吸収の増加や信頼性の低下、放射角の増大を回避しながら、p型ドーピング濃度をより高い値に設定することができる。
一実施形態では、上記n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)と上記n型導電型層lのドーピング濃度N(l)(単位:cm
−3)の積の総和と、上記p型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)と上記p型導電型層mのドーピング濃度P(m)の積の総和との関係が、
であることを特徴としている。
先に説明したように、従来、n型ドーパントの自由電子吸収への寄与はp型ドーパントの寄与の3/7倍程度だとされてきたが、先の発明者らの実験により、光閉じ込め係数とドーピング濃度の積の和の値でたとえ7/3倍を超えても、5倍程度までは大きな影響がないことがわかった。
Σ{Γ(l)}={(3/7)× Σ{Γ(m)}を維持しつつp型、n型導電型層の層構造を変更すると、発光層の光密度とp型導電型層の光閉じ込め係数との関係は図11の直線Bのようになる。このとき、発光層光密度を抑制する観点から、信頼性を維持するためのp型導電型層の光閉じ込め係数の総和の下限値は図中B1となる。このとき図10を用いてp型導電型層の光閉じ込め係数とドーピング濃度の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値が8.0×1017cm−3以下を保ち得るp型ドーピング濃度の上限値を算出すると、その値B2は2.2×1018cm−3となる。p型導電型層のうち、最外層の低光閉じ込め係数/高p型ドーピング濃度の層と最も発光層に近くごく薄い高光閉じ込め係数/低p型ドーピング濃度の層とを除く層、いわゆるクラッド層については、特に素子抵抗の低減を考えると、一般的に平均2.0〜3.0×1018cm−3程度以上のp型ドーピング濃度に設定することが望ましい。本実施形態では、Σ{Γ(l)}の値をΣ{Γ(m)}の7/3以上となるよう設定したため、p型、n型両導電型層による自由電子吸収の抑制と信頼性の確保に加え、高濃度にドーピングされてはいるが光閉じ込め係数が小さいため自由電子や素子抵抗を考える上で無視してよい最外部の層を除くp型導電型層のドーピング濃度の平均値を2.0〜3.0×1018cm−3程度という、素子抵抗の低減とってより有効な範囲の値に引き上げることが可能となり、近赤外波長帯半導体レーザ素子の消費電力を有効に低減できる。
一実施形態では、上記n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)の総和と、上記p型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)の総和との関係が、
であることを特徴としている。
n型導電型層とp型導電型層の抵抗を同じドーピング濃度で比較した場合、前者のほうが後者に較べて小さいため、素子抵抗の観点から、半導体レーザ素子のn型ドーピング濃度は一般的に4×1017cm−3〜1×1018cm−3程度という比較的低い値に設定される。先に示した光閉じ込め係数とドーピング濃度の積の総和の値で、n型導電型層Σ{Γ(l)×N(l)}の値がp型導電型層Σ{Γ(m)×P(m)}の値の5倍以下という結果を合わせて考えると、n型導電型層の光閉じ込め係数の総和Σ{Γ(l)}の値はp型導電型層の総和の値の最大12.5倍までに設定することが可能となる。このため、p型導電型層での光閉じ込め係数をより小さく、すなわち同層のドーピング濃度をより大きく設定することができる。
一実施形態では、上記n型導電型層のうち最も厚い層の層厚をd1、その層を構成する材料の屈折率をn1とし、上記p型導電型層のうち最も厚い層の層厚をd2、その層を構成する材料の屈折率をn2とすると、(d1×n1)>(d2×n2)であることを特徴としている。
p型、n型導電型層のうち、光閉じ込め係数の非対称性に最も寄与するこれら両層の層厚をこのように規定することにより、実際にn型導電型層の光閉じ込め係数の和をp型導電型層の光閉じ込め係数の和よりも大きくすることができる。
一実施形態では、上記活性層は、光を発する発光層を1層以上備え、上記基板内および基板上の全ての層に存在する光量の総和に対する全ての上記発光層に存在する光量の割合を光閉じ込め係数Γ(act)とし、上記全ての発光層の層厚の合計をd(act)(単位:cm)としたとき、Γ(act)/d(act)≦3.0×104cm−1である。
この実施形態の層構造は、発光層の光密度を3.0×104cm−1以下に抑えることを意図したものである。先に述べたように、近赤外波長帯の発光層に用いられる半導体材料では、発光層の光密度が3.0×104cm−1を超えると半導体レーザ素子の信頼性の低下が顕著となることがわかっているからである。Γ(act)/d(act)≦3.0×104cm−1となるように層構造を設定することにより、半導体レーザ素子の信頼性の低下を良好に防止できる。
一実施形態では、上記p型、n型導電型層m、lそれぞれの光閉じ込め係数Γ(m)、Γ(l)が1.0×10−4以上であるとき、このp型、n型導電型層m、lのドーピング濃度P(m)、N(l)が8.0×1018cm−3以下であることを特徴としている。
半導体内に1017〜1018cm−3程度のドーピングを行った場合、一般に、ドーピング濃度が大きくなるに従い半導体層の屈折率が大きくなる。AlGaAs系の半導体材料では8.0×1018cm−3を越えるとこの傾向が顕著となり、その結果、該当する層の光閉じ込め係数Γの値が設定値よりも大きくなる。この場合、p型、n型各導電型層の光閉じ込め係数とドーピング濃度の積の総和Σ{Γ(l)×N(l)}、Σ{Γ(m)×P(m)}の値を本発明に従い上限値以下に設定したとしても、実際には、屈折率が増加することによって両層での光閉じ込め係数が増大し、この設定上限値を超える可能性がでてくる。この実施形態ではこのような不都合を回避し、上述の作用効果を有する1.0μm以下の近赤外波長帯半導体レーザ素子を設計通りに高い歩留りで作製することを可能にする。
一実施形態においては、その発振波長が700nm以上であることを特徴としている。
短波長帯では自由電子吸収のうちエネルギーバンド内の谷間遷移による吸収の影響が大きくなるとされている。これは波長に反比例する成分を含む現象だが、特に700nm未満の波長領域でp型導電型層の自由電子吸収αfcの値が10cm−1を越えることを、発明者は見出した。本実施形態では、700nm以上になるよう発振波長を設定しているため、波長に反比例する自由電子吸収成分の影響を被ることなく、高効率の半導体レーザ素子を実現することができる。
一実施形態では、上記活性層に平行な方向に光を閉じ込める光閉じ込め構造を有し、上記活性層を間にして、上記光閉じ込め構造が存在する側に上記複数のp型導電型層が設けられ、上記光閉じ込め構造が存在しない側に上記複数のn型導電型層が設けられていることを特徴としている。換言すれば、上記活性層を間にして上記光閉じ込め構造のある側の層の光閉じ込め係数の総和が、上記光閉じ込め構造のない側の層の光閉じ込め係数の総和よりも小さい。
先に述べたように本発明の半導体レーザ素子では、p型導電型層の光閉じ込め係数の和をn型導電型層のそれよりも小さくなるように設定している。そのため、この実施形態のように上記光閉じ込め構造が存在する側をp型導電型層とすることで、光閉じ込め構造側に存在する光の量が活性層を挟んで逆側よりも少なくなり、光が感じる活性層と平行な方向の屈折率差が小さくなる。その結果、活性層と平行な方向すなわち横モードを安定化させることができ、横モード不安定に起因する半導体レーザ素子の相対雑音強度の悪化を防ぐことができるため、通信時の符号誤り率の値が仕様範囲を満たす半導体レーザ素子を実現することができる。
なお、上記光閉じ込め構造のうち、光が閉じ込められる領域は上記p型導電型層の少なくとも1つから形成することができる。
一実施形態では、電流注入領域と非電流注入領域からなり、上記活性層と平行な方向に電流を狭窄する電流狭窄構造を有し、上記電流注入領域は上記p型導電型層の少なくとも1つからなり、上記電流注入領域のp型導電型層のドーピング濃度が1.0×1018cm−3以上であることを特徴としている。
発振横モードを安定させるため、一般的に電流狭窄構造の電流注入領域は数μm程度という狭い値に設定されており、さらにその構造の層積層方向の層厚はp型導電型層の大半を占める。したがって、p型導電型層の中でもこれら電流注入領域を形成するp型導電型層の素子抵抗への寄与は特に大きい。このため、この実施形態では、これらの層のドーピング濃度を1.0×1018cm−3以上となるよう設定することにより、より効果的に自由電子吸収による効率の悪化を回避し、かつ低消費電力化も実現した半導体レーザ素子を得ることができた。
本発明の半導体レーザ素子は、上記光閉じ込め構造と上記電流狭窄構造を同時に備えていてもよい。この場合、電流狭窄構造の電流注入領域は、一般的に、光閉じ込め構造の光が閉じ込められる領域に合致するように形成される。
一実施形態では、上記n型導電型層は、n型クラッド層と、上記基板と上記n型クラッド層との間に位置するn型バッファ層とを含み、上記基板内および基板上の全ての層に存在する光量の総和に対する上記n型バッファ層に存在する光量の割合を光閉じ込め係数Γ(buf)とし、上記基板内および基板上の全ての層に存在する光量の総和に対する上記基板内に存在する光量の割合を光閉じ込め係数Γ(sub)すると、Γ(buf)+Γ(sub)≦5.0×10−5であることを特徴としている。
本発明の半導体レーザ素子の発振波長は1.0μm以下の近赤外波長帯であるため、一般にGaAsが用いられる基板やその直上のバッファ層にある値以上の光が存在した場合、GaAs結晶のバンド端による吸収を受けるかGaAsが光導波路として作用してしまい、半導体レーザ素子の効率や発振スペクトルに悪影響を及ぼす。この影響は上記n型バッファ層と基板の光閉じ込め係数の和{Γ(buf)+Γ(sub)}が1.0×10−4以上で特に顕著になる。本実施形態では、5.0×10−5以下に設定したため、このバッファ層や基板のGaAsに由来する半導体レーザ素子特性の悪化を回避し、高い信頼性を保持した半導体レーザを実現することができる。
本発明の第2の側面に係る高速光無線通信用送信装置は、本発明の上記いずれかの構成を有する半導体レーザ素子を搭載していることを特徴としている。
本発明に使用する半導体レーザ素子は、先に説明したように、1.0μm以下の近赤外波長における自由電子吸収の影響を考慮して、高効率かつ低消費電力、高信頼性を実現した半導体レーザ素子である。このような特性の半導体レーザ素子を用いることで、今後の高速光無線通信で必要とされる1.0μm以下の波長の光をより低消費電力で実現できるため、本発明の高速光無線通信用送信装置は、レーザドライバの設計の自由度が高く、また信頼性の高いものとなる。
本発明の第3の側面に係る光ディスク装置は、本発明の上記いずれかの構成を有する半導体レーザ素子を搭載していることを特徴としている。
この発明によると、搭載している半導体レーザ素子が高効率かつ高温度特性、低消費電力を実現したものであるので、高出力化競争が続いている1.0μm以下の近赤外波長帯の光ディスク装置において、ディスク回転数を従来よりも高速化することができる。本発明の光ディスク装置は、特にCD−R/RWなどへの書き込み時に問題となっていたディスクへのアクセス時間が従来の半導体レーザ素子を用いた装置よりも格段に短くなるので、より快適な操作を実現できる。
本発明の第1の側面によると、波長1.0μm以下の近赤外波長帯でp型、n型両導電型層での自由電子吸収の影響による静特性の悪化を回避し、かつ、発光層の光密度の上昇を抑制しながらできるだけ高い濃度でp型ドーピングを行うことができる範囲で層構造を規定することで、ドーピング濃度に対してトレードオフの関係にある高効率化と低消費電力化を両立し、かつ信頼性も向上させた波長1.0μm以下の近赤外無線通信用半導体レーザ素子を提供することができる。
また、本発明の第2の側面によると、高い信頼性を保ち、装置内のレーザドライバ回路の設計の自由度が高い1.0μm以下の近赤外波長帯の波長で駆動する高速光無線通信用送信装置を提供することができる。
また、本発明の第3の側面によると、従来よりもデ−タの読み書き速度が高速化した光ディスク装置を提供することができる。
〈第1実施形態〉
図1、図2を用いて、本発明の第1の実施形態について説明する。図1、図2はそれぞれ本実施形態の構造、製造方法を示す模式的断面図である。初めに図1を用いて本実施形態の構造を説明する。なおこの後の全実施形態において、n型の導電型層を「n−」と表し、p型の導電型層を「p−」で表す。また層の名称中の「下部」「上部」とは、活性層を挟んでそれぞれ「基板側」、「基板とは逆側」、に位置することを意味する。
層構造は、基板101上に、バッファ層102、下部クラッド層103、下部光ガイド層104、量子井戸層と障壁層からなる多重量子井戸活性層105、上部光ガイド層106、上部第一クラッド層107、エッチングストップ層108、上部第二クラッド層109、第一キャップ層110がこの順に基板側から積層され、上部第二クラッド層109と第一キャップ層110とでリッジの最下部がエッチングストップ層直上となるリッジストライプ構造(リッジストライプ部R)を形成している。さらに、リッジストライプ部Rの両側にはその側面を埋め込む形で第一埋め込み層111、第二埋め込み層112、第三埋め込み層113(これらをまとめて埋め込み部Fと言う。)が積層され、この埋め込み部Fとリッジストライプ部Rとで、主にリッジストライプ部R直下にのみ電流が流れる電流狭窄構造をなしている。さらに、リッジストライプ部Rと埋め込み部Fの上全面に第二キャップ層114、第三キャップ層115が積層されている。そして、第三キャップ層115上および基板101の裏面には、電極116,117がそれぞれ設けられている。
第1実施形態の一具体例では、n−GaAs基板101上に、n−GaAsバッファ層102(0.5μm厚)、n−Al0.452Ga0.548As下部クラッド層103(1.8μm厚)、n−Al0.4Ga0.6As下部光ガイド層104(95nm厚)、2層の0.08%圧縮歪In0.06Ga0.94As量子井戸層(4.5nm厚)と3層の無歪Al0.15Ga0.85As障壁層(3層のうち基板側から第1、第3番目の障壁層の層厚21.5nm、第2番目は8nm厚)を交互に積層したアンドープ多重量子井戸活性層105(発振波長0.87μm)、p−Al0.4Ga0.6As上部光ガイド層106(90nm厚)、p−Al0.5Ga0.5As上部第一クラッド層107(0.15μm厚)、p−GaAsエッチングストップ層108(4nm厚) P−Al0.53Ga0.48As上部第二クラッド層109(1.28μm厚)、p−GaAs第一キャップ層110(0.75μm厚)がこの順に基板側から積層され、上部第二クラッド層109と第一キャップ層110とでリッジの最下部がエッチングストップ層直上となるリッジストライプ部Rを形成している。
リッジストライプ部Rは高さが約2μm、幅(つまり、リッジストライプ部Rを画定している2つの境界面間の距離)がエッチングストップ層108層直上の最も広いところで約3.1μmである。ここでリッジストライプ部Rの高さとは、後に述べるエッチング法を用いて削除される、上部第二クラッド層109と第一キャップ層110の層厚の和をいう。
さらに、リッジストライプ部Rの両側にはその側面を埋め込む形でn−Al0.7Ga0.3As第一埋め込み層111(0.6μm厚)、n−GaAs第二埋め込み層112(0.7μm厚)、p−GaAs第三埋め込み層113(0.7μm厚)が積層され、この埋め込み部Fとリッジストライプ部Rとで、主にリッジストライプ部R直下にのみ電流が流れる電流狭窄構造をなしている。さらに リッジストライプ部Rと埋め込み部Fの上全面にp−GaAs第二キャップ層114(0.95μm厚)、p−GaAs第三キャップ層115(0.3μm厚)が積層されている。
また、p−GaAs第三キャップ層115上には、金属薄膜からなるp側電極116が、そして、n−GaAs基板101の裏面には、やはり金属薄膜からなるn側電極117が形成されている。
次に、図2A−2Cを用いて本実施形態の製造方法を説明する。層の構成材料や層厚は上で示しているので、ここでは省略している。
まず、図2Aに示すように、n−基板101上にn−バッファ層102、n−下部クラッド層103、n−下部光ガイド層104、2層の井戸層と3層の障壁層からなる量子井戸活性層105、p−上部光ガイド層106、p−上部第一クラッド層107、p−エッチングストップ層108、p−上部第二クラッド層109、p−第一キャップ層110を有機金属化学気相成長法(MOCVD法)を用いてこの順に積層する。成長温度については、量子井戸活性層で690℃、それ以外の層では713℃に設定し、各々、実際の基板温度がそれらの設定温度になった後、成長を開始している。
その後、図2Bに示すように、一例としてSiO2からなる絶縁膜121をマスクとしたエッチング法を用いて、高さが約2μm、幅が最下部で約3.1μmとなるようリッジストライプ部Rを作製する。エッチングは、硫酸と過酸化水素水の混合水溶液及びフッ酸を用いて、p−GaAsエッチングストップ層108の直上まで行う。
次に、図2Cに示すように、再度MOCVD法を用いて、リッジストライプ部Rの両側にその側面を埋め込む形でn−第一埋め込み層111、n−第二埋め込み層112、p−第三埋め込み層113を順次積層する。このとき、リッジストライプ部Rの上面には絶縁膜121があるため、リッジストライプ部R上には各埋め込み層の成長は起こらず、リッジストライプ部Rの両側部のみに埋め込み層111〜113を積層することができる。その後、絶縁膜121を除去し、再びMOCVD法を用いて、p−第二キャップ層114、p−第三キャップ層115を積層する。
以後、p側、n側の両表面に、それぞれ、一例としてTi/Pt/Au、AuGe/Niで構成されるp側、n側オーミック電極116,117(図1参照)を蒸着した後、通常のウエハプロセス(劈開によるウェハのバー分割、端面コーティングによる反射膜形成、チップ分割)を経ることで、ストライプ方向に光を出射する共振器長500μmの埋め込みリッジ型半導体レーザ素子を得る。本実施形態ではドーパント用不純物材料として、n型にシリコンSi、p型に亜鉛Znを用いている。
本実施形態では、第三キャップ層側である図1の上方から基板側である図1の下方へ向かって電流が流れるが、このとき各層の導電型が上に述べたような構造となっているため、第一、第二、第三埋め込み層111,112,113が非電流注入領域となり、電流は、第三キャップ層115から電流注入領域であるリッジストライプ部Rを通って、活性層105を含むエッチングストップ層108より下方の層へと流れる電流狭窄構造を形成している。
また、本実施形態における活性層と平行な方向に光を閉じ込めるための光閉じ込め構造は、リッジストライプ部Rを構成する層の一つである上部第二クラッド層109と、非電流注入領域を構成する層の一つである第一埋め込み層111との屈折率の違いにより形成されている。つまり、光閉じ込め構造は、これらの層109、111を電流狭窄構造と共有していることになる。
本実施形態の半導体レーザ素子のn型導電型層のドーピング濃度Nと光閉じ込め係数Γの値はそれぞれ、バッファ層102で8.0×1017cm−3、1.0×10−5未満、下部クラッド層103で5.0×1017cm−3、0.200、下部光ガイド層104で5.0×1017cm−3、0.308とし、また、GaAs基板101の光閉じ込め係数はバッファ層同様1.0×10−5未満として、GaAs基板101上のバッファ層102から下部光ガイド層104までのn型導電型層l(本実施形態では、l=1、2、3)の光閉じ込め係数Γ(l)とドーピング濃度N(l)の積の総和Σ{Γ(l)×N(l)}の値が2.54×1017cm−3となるように、また、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)の総和Σ{Γ(l)}の値が0.509となるよう設定している。
また、本実施形態の半導体レーザ素子のp型導電型層のドーピング濃度Pと光閉じ込め係数Γの値はそれぞれ、上部光ガイド層106で1.35×1018cm−3、0.167、上部第一クラッド層107で1.35×1018cm−3、0.118、上部第二クラッド層109で2.4×1018cm−3、0.049、GaAsキャップ層については、第一キャップ層110で3.0×1018cm−3、1.0×10−6、第二キャップ層114で3.0×1018cm−3、1.0×10−7未満、第三キャップ層115で1.0×1020cm−3、1.0×10−7未満とし、活性層105に隣接する上部光ガイド層106からリッジストライプ部Rを通って第三キャップ層115までのp型導電型層m(本実施形態では、m=1、2…7)の光閉じ込め係数Γ(m)とドーピング濃度P(m)の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値が5.02×1017cm−3となるように,またp型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)の総和Σ{Γ(m)}の値が、n型導電型層lのΣ{Γ(l)}の値よりも小さい0.334となるよう設定している。
上述のn型導電型層およびp型導電型層のドーピング濃度および光閉じ込め係数の設定により、p型、n型各導電型層の光閉じ込め係数の総和の比Σ{Γ(l)}/Σ{Γ(m)}の値は1.52となり、またp型、n型各導電型層の光閉じ込め係数と同層のドーピング濃度の積の総和の比{Σ{Γ(l)×N(l)}}/{Σ{Γ(m)×P(m)}}の値は0.51となる。
さらに、上記2層の量子井戸層(以下、単に「井戸層」とも言う)の光閉じ込め係数Γ(act)をこれら2層の井戸層の合計層厚d(act)(本実施形態では、約9nm)で割ったいわゆる発光層光密度{Γ(act) }/{d(act)}の値が1.36×10−4cm−1となるよう、層構造を設定している。
ここで、例えばn型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)とは、前述したように、基板内および基板上の全ての層に存在する光量の総和に対する層l内に存在する光量の割合のことをいう。
なお、p−エッチングストップ層108については、その層厚が他のp型導電型層に比して極端に小さく、したがってその光量、より詳しくは光閉じ込め係数は上記総和値に影響を与えることのない無視可能な値であるため、考慮の対象から外している。このあと述べる実施形態でもp−エッチングストップ層は同様に取り扱われている。
また、電流狭窄構造のうち非電流注入部となる埋め込み層のドーピング濃度は、n−第一埋め込み層111で2.0×1018cm−3、n−第二埋め込み層112で3.0×1018cm−3、p−第三埋め込み層113で2.0×1018cm−3とした。
本実施形態の半導体レーザ素子の特性は、効率の値で0.99W/A、内部吸収αiの値として4.0cm−1が得られた。また温度特性も120K以上と良好な値が得られ、p型ドーピング濃度減少による抵抗値の上昇もみられなかった。横モードの不安定化によるキンクの発生もなく、直線的な電流−光出力特性が得られた。そして信頼性試験に関しても、端面劣化や長期寿命試験によるレーザ特性の緩慢劣化などは発生しなかった。垂直方向の放射角も34度という40度未満の値が得られた。
本実施形態では、波長870nmという波長1.0μm以下の近赤外波長帯で発振する半導体レーザ素子において、特にp型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)とドーピング濃度P(m)の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値を5.02×1017cm−3という8.0×1017cm−3以下の値に設定し、n型導電型層の光閉じ込め係数の総和Σ{Γ(l)}の値を0.509とp型導電型層の光閉じ込め係数の総和Σ{Γ(m)}の値0.334よりも大きくした上で、さらに全p型導電型層のうち、層厚でこれらのp型導電型層の80%以上にあたる層でドーピング濃度を1.0×1018cm−3となるように設定している。具体的には、層厚とドーピング濃度をそれぞれ、上部光ガイド層106で90nm、1.35×1018cm−3、上部第一クラッド層107で0.15μm、1.35×1018cm−3、エッチングストップ層108で4nm、8.2×1017cm−3、上部第二クラッド層109で1.28μm、2.4×1018cm−3、第一キャップ層110で0.75μm、3.0×1018cm−3、第二キャップ層114で0.95μm、3.0×1018cm−3、第三キャップ層115で0.3μm、1.0×1020cm−3として、これらのp型導電型層のうち層厚で実質的に100パーセントにあたる層でドーピング濃度が1.0×1018cm−3となるように設定している。これにより、p型導電型層での自由電子吸収の増加による効率の低下と発光層光密度の増加による信頼性の低下を回避しつつp型導電型層のドーピング濃度を高く設定することで消費電力を低下させることができるため、従来不可能だった高効率化と低消費電力化、高信頼性という3種の特性を同時に満たした近赤外帯半導体レーザ素子を実現することができた。
さらに本実施形態では、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)と上記n型導電型層lのドーピング濃度N(l)の積の総和Σ{Γ(l)×N(l)}の値を2.54×1017cm−3と4.0×1018cm−3以下となるよう設定している。これにより、これまで自由電子吸収への寄与の程度が不明だったn型ドーパントによる自由電子吸収の影響を確実に回避しながら、n型導電型層の光閉じ込め係数の総和Σ{Γ(l)}をp型導電型層の光閉じ込め係数の総和Σ{Γ(m)}よりも大きくすることができるため、高い信頼性と低消費電力を保持したまま、0.99W/Aという高効率の半導体レーザ素子を得ることができた。
また、本実施形態ではn型クラッド層のうち最も厚いn−下部クラッド層103の層厚1.8μmとその層を構成する材料の屈折率3.293の積の値5.93×10−4cmが、p型クラッド層のうち最も厚いp−上部第二クラッド層109の層厚1.28μmとその層を構成する材料の屈折率3.245の積の値4.15×10−4cmよりも大きくなるよう層構造を設定している。
n型、p型導電型層のうち各導電型層の光閉じ込め係数の和Σ{Γ(l)}、Σ{Γ(m)}の大小に最も寄与するのが上記の2層103,109であるが、両者の光閉じ込め係数の大小関係を実際に所望の関係にすることができるため、自由電子吸収の増加や信頼性の低下、放射角の増大を回避しながらp型ドーピング濃度を1.35×1018cm−3〜3.0×1018cm−3という、温度特性維持、抵抗低減に有効な程度に高い値に設定することができ、消費電力の低い半導体レーザ素子を得ることができた。
さらに本実施形態では、基板内および基板上の全ての層に存在する光量の総和に対する上記活性層内の発光層に存在する光量の割合を光閉じ込め係数Γ(act)とし、上記発光層の層厚の合計をd(act)(単位:cm)としたとき、後者に対する前者の割合Γ(act)/d(act)を1.36×104cm−1と3.0×104cm−1以下となるように層構造を決定している。このことにより、自由電子吸収や素子抵抗の増大による特性の悪化を回避しつつ、発光層の劣化による信頼性の低下を回避することができ、該当波長帯で高効率と低消費電力を維持しながら高い信頼性をもつ半導体レーザを得ることができた。
さらに本実施形態では、上部第二クラッド層109、第一〜第三キャップ層110、114、115のドーピング濃度を各々2.4×1018cm−3、3.0×1018cm−3、3.0×1018cm−3、1.0×1020cm−3と、全て1.0×1018cm−3以上となるよう設定している。これらの層は電流狭窄構造のうち、数μmという狭いリッジ幅でその幅が決まる電流注入領域を構成する層であり、またその層厚の合計が3.28μmとp型導電型層全体の約90%という80%以上の値を占めるため、これらの層の素子抵抗への寄与は極めて大きい。このため、これらの層のドーピング濃度を1.0×1018cm−3以上となるよう設定することにより、自由電子吸収による特性の悪化を回避すると同時に素子の低抵抗化をも実現することができた。
本実施形態では、基板101、バッファ層102の光閉じ込め係数Γ(sub)、Γ(buf)の和を2.0×10−6程度以下と非常に小さな値となるよう設定している。
一般に0.7〜1.0μmの近赤外波長帯では基板にはGaAs基板が用いられ、またバッファ層も主に同材料が用いられる。そのため、基板およびバッファ層では他の層に比べて屈折率が高く、また発振波長に対して透明な層となる。このため光閉じ込め係数で5.0×10−5を越える光が基板及びバッファ層に存在すると、これらの層が導波層となり活性層を通る本来の導波光と干渉を起こす。この干渉は電流−光出力特性に複数のキンクを引き起こすため、符号誤り率などの通信品質を劣化させることとなる。本実施形態では基板およびバッファ層の光閉じ込め係数Γ(sub)、Γ(buf)の和を2.0×10−6程度以下と、5.0×10−5以下になるように設定したため、これらの影響を受けることなく、高効率かつ安定に通信動作し得る半導体レーザ素子を得ることができた。
なお、量子井戸活性層105を構成する井戸/障壁層の歪の定義については、GaAs基板の格子定数をa(GaAs)、井戸層または障壁層の格子定数をaとして、{a−a(GaAs)}/a(GaAs)で定義され、その符号が正の場合を圧縮歪、負の場合を引っ張り歪としている。また、歪の大きさは、圧縮/引っ張り歪とも絶対値で表現している。
〈第2実施形態〉
本発明の第2実施形態の半導体レーザ素子について図3を用いてその構造を説明する。
層構造は、基板201上に、バッファ層202、下部第一クラッド層203a、下部第二クラッド層203b、下部光ガイド層204、量子井戸層と障壁層からなる多重量子井戸活性層205、上部光ガイド層206、上部第一クラッド層207、エッチングストップ層208、上部第二クラッド層209、第一キャップ層210がこの順に基板側から積層され、上部第二クラッド層209と第一キャップ層210とでリッジの最下部がエッチングストップ層直上となるリッジストライプ構造(リッジストライプ部R)を形成している。リッジストライプ部Rの両側にはその側面を埋め込む形で第一埋め込み層211、第二埋め込み層212、第三埋め込み層213(これらをまとめて埋め込め部F)が積層され、この埋め込み部Fとリッジストライプ部Rとで、主にリッジストライプ部R直下にのみ電流が流れる電流狭窄構造をなしている。さらに リッジストライプ部Rと埋め込み部Fの上全面に第二キャップ層214、第三キャップ層215が積層されている。
第2実施形態の一具体例では、n−GaAs基板201上に、n−GaAsバッファ層202(0.5μm厚)、n−Al0.45Ga0.55As下部第一クラッド層203a(3.0μm厚)、n−Al0.47Ga0.53As下部第二クラッド層203b(0.24μm厚)、n−Al0.43Ga0.57As下部光ガイド層204(103nm厚)、2層の0.4%圧縮歪In0.21Ga0.79As0.62P0.38量子井戸層(7.5nm厚)と3層の0.8%引っ張り歪In0.09Ga0.91As0.4P0.6障壁層(3層のうち基板側から第1、第3番目の障壁層の層厚10nm、第2番目は5nm厚)を交互に積層したアンドープ多重量子井戸活性層205(発振波長0.75μm)、p−Al0.43Ga0.57As上部光ガイド層206 (53nm厚)、p−Al0.49Ga0.51As上部第一クラッド層207(0.177μm厚)、p−GaAsエッチングストップ層208(3nm厚)、p−Al0.49Ga0.51As上部第二クラッド層209(1.28μm厚)、p−GaAs第一キャップ層 210(0.75μm厚)がこの順に基板側から積層され、上部第二クラッド層209と第一キャップ層210とでリッジの最下部がエッチングストップ層直上となるリッジストライプ部Rを形成している。このリッジストライプ部Rは高さが約2μm、幅がエッチングストップ層208層直上の最も広いところで約2.1μmである。
リッジストライプ部Rの両側にはその側面を埋め込む形でn−Al0.7Ga0.3As第一埋め込み層211(0.6μm厚)、n−GaAs第二埋め込み層212(0.7μm厚)、p−GaAs第三埋め込み層213(0.7μm厚)が積層され、埋め込み部Fとリッジストライプ部Rとで、主にリッジストライプ部R直下にのみ電流が流れる電流狭窄構造をなしている。さらに リッジストライプ部Rと埋め込み部Fの上全面にp−GaAs第二キャップ層214(0.95μm厚)、p−GaAs第三キャップ層215(0.3μm厚)が積層されている。
また、p−GaAs第三キャップ層215上には、金属薄膜からなるp側電極216が、そして、n−GaAs基板201の裏面には、やはり金属薄膜からなるn側電極117が形成されている。
本実施形態の半導体レーザ素子を有機金属化学気相成長法を用いて作製する際の成長温度や中断といった成長プロファイルは、先の第1実施形態に準ずる。また端面出射型半導体レーザ素子とするまでのプロセスについても、第1実施形態と同じである。
本実施形態の半導体レーザ素子のn型導電型層のドーピング濃度Nと光閉じ込め係数Γの値はそれぞれ、バッファ層202で7.0×1017cm−3、1.0×10−5未満、下部第一クラッド層203aで3.0×1018cm−3、0.337、下部第二クラッド層203bで3.0×1018cm−3、0.240、下部光ガイド層204で1.0×1018cm−3、0.176とし、また、GaAs基板201の光閉じ込め係数をバッファ層202同様1.0×10−5未満として、GaAs基板201上のバッファ層202から下部光ガイド層204までのn型導電型層l(本実施形態では、l=1、2…4)の光閉じ込め係数Γ(l)とドーピング濃度N(l)の積の総和Σ{Γ(l)×N(l)}の値が1.83×1018cm−8となるよう、また、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)の総和Σ{Γ(l)}の値が0.728となるよう設定している。
また本実施形態の半導体レーザ素子のp型導電型層のドーピング濃度Pと光閉じ込め係数Γの値はそれぞれ、上部光ガイド層206で1.0×1018cm−3、0.086、上部第一クラッド層207で1.35×1018cm−3、0.133、上部第二クラッド層209で4.0×1018cm−3、0.062、GaAsキャップ層については、第一キャップ層210で4.0×1018cm−3、5.0×10−6、第二キャップ層214で3.0×1018cm−3、1.0×10−7未満、第三キャップ層215で1.0×1020cm−3、1.0×10−7未満とし、活性層205に隣接する上部光ガイド層206からリッジストライプ部Rを通って第3キャップ層215までのp型導電型層m(本実施形態では、m=1、2…7)の光閉じ込め係数Γ(m)とドーピング濃度P(m)の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値が略5.16×1017cm−3となるよう、さらに光閉じ込め係数Γ(m)の総和Σ{Γ(m)}の値が、0.282となるよう設定している。
上述のn型導電型層およびp型導電型層のドーピング濃度および光閉じ込め係数の設定により、p型、n型各導電型層の光閉じ込め係数の総和の比Σ{Γ(l)}/Σ{Γ(m)}の値は2.58となり、またp型、n型各導電型層の光閉じ込め係数とこの層のドーピング濃度の積の総和の比{Σ{Γ(l)×N(l)}}/{Σ{Γ(m)×P(m)}}の値は3.56となる。
さらに、上記2層の井戸層の光閉じ込め係数Γ(act)をこれらの井戸層の合計層厚d(act)(本実施形態では、約15nm)で割ったいわゆる発光層光密度{Γ(act) }/{d(act)}の値が2.45×104cm−1となるよう、層構造を設定している。
また、電流狭窄構造のうち非電流注入部となる埋め込み層のドーピング濃度は、n−第一埋め込み層211で3.0×1018cm−3、n−第二埋め込み層212で3.0×1018cm−3、p−第三埋め込み層213で5.0×1018cm−3とした。
本実施形態の半導体レーザ素子の特性は、効率の値で0.97W/A、内部吸収αiの値として5cm−1という小さな値が得られた。また温度特性も120K以上と良好な値が得られ、P型ドーピング濃度減少による抵抗値の上昇もみられなかった。横モードの不安定化によるキンクの発生もなく、直線的な電流−光出力特性が得られた。そして信頼性においても端面劣化や長期寿命試験によるレーザ特性の緩慢劣化などは発生しなかった。垂直方向の放射角については17度という第1実施形態よりもさらに小さな値を得ることができた。
このように、本第2実施形態においても、第1実施形態と同じように、信頼性を維持した上で、p型、n型両導電型層での自由電子吸収の影響を受けることなく、高効率と高温度特性/低消費電力を両立した波長1.0μm以下の近赤外の波長帯で発振する半導体レーザ素子を得ることができた。
さらに本実施形態では、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)と上記n型導電型層lのドーピング濃度N(l)の積の総和Σ{Γ(l)×N(l)}の値を1.83×1018cm−3、p型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)と上記p型導電型層mのドーピング濃度P(m)の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値を5.16×1017cm−3として、前者の値が後者の値の3.56倍と、7/3以上になるように層構造を設定している。
前述の「課題を解決するための手段」の欄で説明したように、従来、n型ドーパントの自由電子吸収への寄与はp型ドーパントの寄与の3/7倍程度はあるとされてきたが、先の発明者らの実験により、光閉じ込め係数とドーピング濃度の積の和の値で、n型導電型層がp型導電型層のたとえ7/3倍を超えても、5倍程度までは大きな影響がないことがわかった。
本実施形態では、上記実験結果を踏まえて、第1実施形態の構成に加えて、Σ{Γ(l)}の値がΣ{Γ(m)}の7/3以上となるように、自由電子や素子抵抗を考える上で無視してよい最外部の層を除くp型導電型層の光閉じ込め係数を小さく設定することにより、それらのp型導電型層のドーピング濃度を、2.0〜4.0×1018cm−3程度という、特に素子抵抗の低減にとって有効な高い値に設定することができた。したがって、本実施形態では、p型、n型両導電型層による自由電子吸収の抑制と信頼性の確保に加え、第1実施形態よりも、半導体レーザ素子の消費電力を下げることができた。
さらに、本実施形態では、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)の総和Σ{Γ(l)}の値を0.728、p型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)の総和Σ{Γ(m)}の値を0.282として前者の値が後者の値の2.58倍と、最大12.5倍まで大きくなるように設定している。このため、p型、n型両導電型層での自由電子吸収の影響を受けることなくp型導電型層での光閉じ込め係数を第1実施形態より小さくすることができ、同層のドーピング濃度をより大きく設定することができたため、同じく半導体レーザ素子の消費電力を下げることができた。
また本実施形態では、特に発振波長が750nmという第1実施形態よりも短い波長で発振する半導体レーザ素子に本発明を適用している。前述したように、短波長帯では自由電子吸収のうちエネルギーバンド内の谷の間での遷移による吸収の影響が大きくなると言われる。これは波長に反比例する成分を持つが、特に700nm以下の波長では、自由電子吸収αfcの値で10cm−1を越えることを本発明者は見出した。これを踏まえて、本実施形態ではレーザ発振波長を750nmとしたため、上述の波長に反比例する自由電子吸収成分による吸収の影響を被ることなく、0.97W/Aという高い効率の半導体レーザ素子を得ることができた。
ところで本実施形態の半導体レーザ素子では、発振波長(750nm)を基板などに使われるGaAs材料のバンド端で吸収され得る波長帯に設定している。しかし、本実施形態では、基板201、バッファ層202の光閉じ込め係数の和を2.0×10−6程度というごく小さい値に設定したため、基板およびバッファ層でのバンド端吸収の影響を受けることなく、高効率の半導体レーザ素子を得ることができた。
〈第3実施形態〉
本発明の第3実施形態の半導体レーザ素子について図4を用いてその構造を説明する。
この半導体レーザ素子の層構造は、基板301上に、バッファ層302、下部第一クラッド層303a、下部第二クラッド層303b、下部光ガイド層304、量子井戸層と障壁層からなる多重量子井戸活性層305、上部第一光ガイド層306a、上部第二光ガイド層306b(図面では、図を簡単にするため、これらの光ガイド層306a,306bは1層にまとめて表されている。)、上部第一クラッド層307、エッチングストップ層308、上部第二クラッド層309、第一キャップ層310、第二キャップ層311がこの順に基板側から積層され、上部第二クラッド層309と第一、第二キャップ層310、311とでリッジの最下部がエッチングストップ層308直上であるリッジストライプ構造(リッジストライプ部R)を形成している。リッジストライプ部Rの側面及びその両側には絶縁膜322が積層され、この絶縁膜322とリッジストライプ部Rとで、リッジストライプ部直下にのみ電流が流れる電流狭窄構造をなしている。
第3実施形態の一具体例では、n−GaAs基板301上に、n−GaAsバッファ層302(0.5μm厚)、n−Al0.56Ga0.44As下部第一クラッド層303a(2.5μm厚)、n−Al0.3Ga0.7As下部第二クラッド層303b(0.05μm厚)、n−Al0.41Ga0.59As下部光ガイド層304(100nm厚)、2層の0.14%圧縮歪 In0.12Ga0.88As量子井戸層(4.8nm厚)と3層の無歪Al0.15Ga0.85As障壁層(3層のうち基板側から第1、第3番目の障壁層の層厚22nm、第2番目は8nm厚)を交互に積層したアンドープ多重量子井戸活性層305(発振波長0.895μm)、p−Al0.4Ga0.6As上部第一光ガイド層306a(50nm厚)、p−Al0.4Ga0.6As上部第二光ガイド層306b(50nm厚)、p−Al0.47Ga0.53As上部第一クラッド層307(0.4μm厚)、p−InGaAsPエッチングストップ層308(15nm厚)、p−Al0.5Ga0.5As上部第二クラッド層309(1.28μm厚)、p−GaAs第一キャップ層310(1.7μm厚)、p−GaAs第二キャップ層311(0.3μm厚)がこの順に基板側から積層され、上部第二クラッド層309と第一、第二キャップ層310、311とでリッジの最下部がエッチングストップ層308直上であるリッジストライプ構造(リッジストライプ部R)を形成している。
このリッジストライプ部Rは、高さが約3μm、幅がエッチングストップ層308直上の最も広いところで約2.7μmである。リッジストライプ部Rの側面及びその両側には絶縁膜322としてSiO2膜が積層され、リッジストライプ部直下にのみ電流が流れる電流狭窄構造をなしている。
また、絶縁膜322と第二キャップ層311上には金属薄膜からなるp側電極316が、そして基板301の裏面には、やはり金属薄膜からなるn側電極317が形成されている。
先の第1、第2実施形態の半導体レーザ素子がリッジ埋め込み型半導体レーザ素子であったのに対して、本実施形態の半導体レーザ素子は、リッジ導波型半導体レーザ素子である。
本実施形態の半導体レーザ素子の製造工程では、リッジストライプ部Rを形成した後、絶縁膜322をウェハ全面に形成し、その後、第2キャップ層322上の絶縁膜部分をフォトリソグラフィー技術を用いて除去して電流通路を形成している。この点を除いては、本実施形態の半導体レーザ素子の製造工程は先の2つの実施形態における製造工程と略同様であり、有機金属化学気相成長法を用いて結晶を成長する際の成長温度や中断といった成長プロファイルは、先の第1、第2実施形態に準ずる。また、電極形成後の端面出射型半導体レーザ素子とするまでのプロセスについても、先の実施形態と同じである。
本実施形態の半導体レーザ素子の、n型導電型層のドーピング濃度Nと光閉じ込め係数Γの値はそれぞれ、バッファ層202で7.0×1017cm−3、1.0×10−5未満、下部第一クラッド層303aで2.4×1018cm−3、0.251、下部第二クラッド層203bで5.0×1017cm−3、0.072、下部光ガイド層304で5.0×1017cm−3、0.219とし、また、GaAs基板301の光閉じ込め係数をバッファ層302同様1.0×10−5未満として、GaAs基板301上のバッファ層302から下部光ガイド層304までのn型導電型層l(本実施形態では、l=1、2…4)の光閉じ込め係数Γ(l)とドーピング濃度N(l)の積の総和Σ{Γ(l)×N(l)}の値が7.48×1017cm−8となるよう、また、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)の総和Σ{Γ(l)}の値が0.542となるように設定している。
また本実施形態の半導体レーザ素子のp型導電型層のドーピング濃度Pと光閉じ込め係数Γの値はそれぞれ、上部第一光ガイド層306aで3.0×1017cm−3、0.135、上部第二光ガイド層306bで8×1017cm−3、0.06、上部第一クラッド層307で1.35×1018cm−3、0.119、上部第二クラッド層309で3.0×1018cm−3、0.011、GaAsキャップ層については、p−第一キャップ層310を5.0×1018cm−3、1.0×10−6、p−第二キャップ層311を1.0×1020cm−3、1.0×10−7未満とし、活性層305に隣接する上部第一光ガイド層306aからリッジストライプ部Rを通って第二キャップ層311までのp型導電型層m(本実施形態では、m=1、2…7)の光閉じ込め係数Γ(m)とドーピング濃度P(m)の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値が2.81×1017cm−3となるよう、さらにp型導電型層mの光閉じ込め係数Γ(m)の総和Σ{Γ(m)}の値が、0.325となるよう設定している。
上述のn型導電型層およびp型導電型層のドーピング濃度および光閉じ込め係数の設定により、p型、n型各導電型層の光閉じ込め係数の総和の比Σ{Γ(l)}/Σ{Γ(m)}の値は1.67となり、またp型、n型各導電型層の光閉じ込め係数と該当層のドーピング濃度の積の総和の比{Σ{Γ(l)×N(l)}}/{Σ{Γ(m)×P(m)}}の値は2.66となる。
さらに、上記2層の井戸層の光閉じ込め係数Γ(act)をこれらの井戸層の合計層厚d(act)(本実施形態では、約9.6nm)で割ったいわゆる発光層光密度{Γ(act) }/{d(act)}の値が1.28×104cm−1となるよう、層構造を設定している。
本実施形態の半導体レーザ素子の特性は、効率の値で0.97W/A、内部吸収αiの値として5cm−1という小さな値が得られた。また温度特性も120K以上と良好な値が得られ、p型ドーピング濃度減少による抵抗値の上昇もみられなかった。横モードの不安定化によるキンクの発生もなく、直線的な電流−光出力特性が得られた。そして信頼性においても端面劣化や長期寿命試験によるレーザ特性の緩慢劣化などは発生しなかった。垂直方向の放射角についても36度という第1,2実施形態同様、40度未満の値を得ることができた。
このように本実施形態においても、第1、2実施形態と同じように、信頼性を維持した上で、p型、n型両導電型層での自由電子吸収の影響を受けることなく高効率と高温度特性/低消費電力を両立した波長1.0μm以下の近赤外の波長帯で発振する半導体レーザ素子を得ることができた。
さらに、第2実施形態同様、本実施形態においても、n型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(l)と該n型導電型層lのドーピング濃度N(l)の積の総和Σ{Γ(l)×N(l)}の値(7.48×1017cm−3)を、p型導電型層lの光閉じ込め係数Γ(m)とp型導電型層mのドーピング濃度P(m)の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値(2.81×1017cm−3)に比べて、最大5倍を超えない範囲で、7/3以上になるように設定している。
したがって、p型導電型層での自由電子吸収を抑制するよう設定された層構造の下で、n型導電型層での自由電子吸収の寄与をp型導電型層での自由電子吸収の寄与よりも小さくすることができ、1.0W/Aという高い効率の値を得ることができた。
また、特に本実施形態の半導体レーザ素子では、波長890nmという、波長900nmを越えない波長となるよう、発振波長を設定している。発振波長900nm以下では、自由電子吸収を求める先述の式(1)において波長λの指数xの値が小さくなるため、図9に示すように、特に自由電子吸収による効率の悪化を抑制することができる。そして半導体レーザ素子の相対雑音強度が上昇して通信時の符号誤り率が悪化するのを防ぐことができる。
さらに本実施形態では、光閉じ込め構造を形成するリッジストライプ部R(上部第二クラッド層309および第一キャップ層310)の導電型をp型としたため、これをn型にした場合に比べて自由電子吸収を抑制でき、より高い効率で発振する半導体レーザ素子を得ることができた。先に述べたように本実施形態の半導体レーザ素子では、p型導電型層の光閉じ込め係数の和をn型導電型層のそれよりも小さくなるように設定している。そのため本実施形態のように活性層に対し光閉じ込め構造が存在する側すなわちリッジを形成する層が存在する側をp型導電型層とすると、光閉じ込め構造のある側に存在する光の量が少なくなり、光が感じる活性層に平行な方向の屈折率の差が小さくなる。その結果、活性層と平行な方向の光のモードである横モードを安定化させることができ、半導体レーザ素子の相対雑音強度が上昇して通信時の符号誤り率が悪化するのを防ぐことができた。これは本実施形態のようにリッジの外側が空気であるため活性層と平行な方向で屈折率差がより大きくなる傾向を持つ構造にとり、特に有効な手段である。
特に本実施形態では、p型導電型各層の光閉じ込め係数とドーピング濃度の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}を実施形態1、2よりも小さくなるよう設定している。図7はΣ{Γ(m)×P(m)}と内部吸収αiの関係を示したグラフを示しているが、この図から、特に上記の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値を6.0×1017cm−3以下に設定すると、p型導電型層での自由電子吸収による特性の悪化をほぼ完全に防ぐことができることがわかる。
以上3種の実施形態では、波長750nmから900nm程度の半導体レーザ素子について記述したが、本発明の骨子は、従来自由電子吸収を問題としていなかった波長1.0μm以下の近赤外波長帯で自由電子吸収の影響の程度を把握し、電流注入領域にあたるp型導電型層のドーピング濃度と光閉じ込め係数との積の総和を規定することで、対象波長帯での自由電子吸収の影響の回避と温度特性や素子抵抗の値の改善との両立を、発光層の劣化による信頼性の低下を回避しつつ実現するものであり、波長1.0μm以下、そして好ましくは700nm以上で発振する近赤外波長帯半導体レーザ素子全てに適用され得るものである。
また、上記全実施形態ではp型クラッド層がエッチングストップ層によって二分される構造となっているが、先に述べた本発明の骨子からすると、層を構成する材料の混晶比で規定されるクラッド層の分類については、本発明の本質とは直接の関係はない。例えばエッチングストップ層がなくクラッド層1層で構成されるBH(埋め込みヘテロ)構造型の半導体レーザ素子や、他の目的のためクラッド層が3層以上の複数層で構成された半導体レーザ素子に対しても、本特許の内容は適用され得るものである。
さらに、上記全実施形態において、GaAs基板を用い、かつ被ドーピング層の層材料を全てAlGaAs系の材料としているが、III−V族系の化合物半導体であればp型、n型ドーピング濃度と光閉じ込め係数の積の総和の自由電子吸収αfcへの寄与はほとんど同じであり、また近赤外帯波長を実現する各活性層材料の信頼性耐性への発光層光密度依存性も、発光層自体にAlを含む材料を除けば同程度であるため、本発明を構成する要件を満たせば、他のIII−V族系の化合物半導体材料、例えばInGaP、InGaAlPなどで構成された半導体レーザ素子全てに適用され得るものである。また発光層自体にAlを含む発光層の光密度に対する信頼性耐性はAlを含まない活性層のそれよりもさらに厳しいため、光閉じ込め係数Γ(m)とドーピング濃度P(m)の積の総和Σ{Γ(m)×P(m)}の値を8.0×1017cm−3以下に保ったまま高い信頼性を維持するには、本特許の層構造の非対称性がより重要な要素となる。
また導電型については、両実施形態で活性層より基板に近い側をn型、遠い側をp型としているが、上記実施形態と逆の導電型すなわち活性層より基板に近い側がp型、遠い側がn型という構成に対しても本発明は適用し得るものである。
〈第4実施形態〉
図5を用いて本発明の第4の実施形態である光無線通信用送信装置について説明する。これは、第1実施形態の半導体レーザ素子401を用いて空間的に離れた場所にある受信装置に信号光を送信するための装置である。
具体的には信号発生源402と送信用回路403とレーザドライバ404と電気信号を光に変えて空間に放射する半導体レーザ素子401を備えており、信号発生源402から発せられる電気信号を送信用回路403を通じてレーザドライバ404に入力し、この電気信号を半導体レーザ素子401を用いてE/O(電気/光)変換し、外部空間への放射光405とする。このとき半導体レーザ素子外部には、人体、特に眼への安全基準を満たすよう光を拡散する樹脂モールドが備えつけられており、半導体レーザ素子401から出た光は安全基準を満たす程度に非コヒーレント化され、外部放射光405とされている。
このように第1実施形態の高効率かつ低消費電力で光密度の点から発光層が劣化する可能性が極めて低い半導体レーザ素子を用いることで、今後の高速光無線通信で必要とされる1.0μm以下の近赤外波長帯の光を低い駆動電力/電圧で発生させることができる。
この駆動電力/電圧の低下分、レーザドライバや他の回路構成部品の消費電力を上げることができ、回路設計の際の設計自由度を上げることができる。また、高効率、高温度特性、小放射角という使用半導体レーザ素子の特徴から半導体レーザ素子の駆動電流を低下させることができるため、半導体レーザ素子の寿命が延び、装置の信頼性が向上する。また半導体レーザ素子の活性層の光密度も劣化が抑制される値に設定されているため、同じく装置の長期信頼性が保障されることとなる。
〈第5実施形態〉
図6を用いて本発明の第5の実施形態である光ディスク記録再生装置について説明する。これは光ディスク501にデ−タを書き込んだり、書き込まれたデ−タを再生するための装置であり、発光素子502,コリメ−トレンズ503,ビ−ムスプリッタ504,λ/4偏光板504,レ−ザ光照射用対物レンズ506、再生光用対物レンズ507、信号光検出用受光素子508、信号再生回路509を備えている。そして、発光素子502として、先に説明した本発明第2の実施形態の半導体レーザ素子を用いている。この光ディスク記録再生装置についてその作用を以下に説明する。
まず書き込みの際には、半導体レーザ素子502から出射された信号光がコリメ−トレンズ503により平行光とされ、ビ−ムスプリッタ504を透過しλ/4偏光板505で偏光状態が調節された後、対物レンズ506で集光されて光ディスク501に照射される。これに対して、読み出しの際には、デ−タ信号がのっていないレ−ザ光が書き込み時と同じ経路をたどって光ディスク501に照射される。このレ−ザ光がデ−タが記録された光ディスク501の表面で反射され、レ−ザ光照射用対物レンズ506、λ/4波長板505を経た後、ビ−ムスプリッタ504で反射されて90度角度を変えた後、再生光用対物レンズ507で集光され、信号検出用受光素子508に入射する。信号検出用受光素子508内で、入射したレ−ザ光の強弱によって、記録されたデ−タ信号が電気信号に変換され、信号光再生回路509において元の信号に再生される。
本実施形態の光ディスク装置は従来よりも高い光出力で動作する半導体レーザ素子を用いているため、ディスクの回転数を従来よりも高速化してもデ−タの読み書きが可能となった。したがって、特にCD−R/RWなどへの書き込み時に問題となっていたディスクへのアクセス時間が従来の半導体レーザ素子を用いた装置よりも格段に短くなり、より快適な操作を実現した光ディスク装置を提供することができた。