JP2007199024A - 鉄鋼材料の遅れ破壊試験方法、ボルトの遅れ破壊方法及び遅れ破壊試験用治具 - Google Patents
鉄鋼材料の遅れ破壊試験方法、ボルトの遅れ破壊方法及び遅れ破壊試験用治具 Download PDFInfo
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Abstract
【課題】遅れ破壊が生じる実環境に近い試験環境の下で遅れ破壊試験を行なうことである。
【解決手段】遅れ破壊試験に用いられる試験用治具20は、試験片10を挿入する通し穴22と、試験液30を内部に貯留する貯留部24と、試験液30を注入する注入口26とを有する。この試験用治具20の通し穴22に試験片10を挿入し、隙間シール部材28によって通し穴22と試験片10との間の隙間をシールし、注入口26から試験液30を貯留部24に注入し、試験片10に試験液30を曝露し、埋め栓32とシール部材34とで注入口26を封止し、曝露部分を大気環境から遮断した密閉状態とする。そして、引張試験機の把持部40に試験片10の両端を取り付け、所定の応力を負荷し、温度槽50の中で所定の温度環境に保持する。実ボルトを試験片とすることもできる。
【選択図】図5
【解決手段】遅れ破壊試験に用いられる試験用治具20は、試験片10を挿入する通し穴22と、試験液30を内部に貯留する貯留部24と、試験液30を注入する注入口26とを有する。この試験用治具20の通し穴22に試験片10を挿入し、隙間シール部材28によって通し穴22と試験片10との間の隙間をシールし、注入口26から試験液30を貯留部24に注入し、試験片10に試験液30を曝露し、埋め栓32とシール部材34とで注入口26を封止し、曝露部分を大気環境から遮断した密閉状態とする。そして、引張試験機の把持部40に試験片10の両端を取り付け、所定の応力を負荷し、温度槽50の中で所定の温度環境に保持する。実ボルトを試験片とすることもできる。
【選択図】図5
Description
本発明は、鉄鋼材料の遅れ破壊試験方法、ボルトの遅れ破壊方法及び遅れ破壊試験用治具に関する。
自動車や産業機械の軽量化、建築構造物の大型化に伴い、高い締め付け力に耐える高力ボルトおよびその素材に用いられる鉄鋼材料の需要が高まっている。一般に使用される高力ボルトは、例えばJISG4105(1989)に規定される引張強度1000MPa級のボルトである。これ以上の引張強度、例えば引張強度1100MPaから1200MPa級のボルトとなると、遅れ破壊が生じやすいことが知られている。遅れ破壊とは、ボルトが締め付けられてから一定時間経過した後に、ボルトのネジ部や首下等の応力の集中する部分が、何らかの原因で侵入した水素によって脆性的に突然破断する現象である。この遅れ破壊がボルトの高強度化を妨げているのが実情である。
近年の研究で、腐食環境下にあるボルトの遅れ破壊は、ボルトの腐食に伴って腐食された表面からボルトの素材である鋼材の内部へ水素が浸透し、鋼材の脆化を引き起こす水素脆性の一種であることが判明しつつある。これらのことから、遅れ破壊試験方法について、いくつかの提案がなされている。
例えば特許文献1には、被試験ボルトの長さが異なっていても単一の試験装置で複数の被試験ボルトを同時に試験できるボルトの遅れ破壊試験装置が開示されている。ここでは、金属製のブロック体において、被試験ボルトの雄ねじ部及び軸部が挿入可能な挿入孔と、この挿入孔に酸化性流体を送り込むための挿入孔に連通する通孔がブロック体に設けられる。これにより、被試験ボルトに所定の引張応力を加えた状態で酸化性流体が軸部に接触し、腐食環境を形成されることが述べられている。
また、特許文献2には、自動車等に使用されるボルト等についてその遅れ破壊性の評価を行うための方法が開示されている。ここでは、電解質を含む水溶液の中で、引張試験片として選択したボルトに張力を加え、このボルトに負の電位を付与してボルトの表面に水素を発生させ、このような水素をボルトの材料に表面に積極的に浸透させることで、周知の曝露試験のように自然界にある水素が徐々にボルトの材料に浸透する期間に比して格段に早くボルトを水素脆化させることができる、と述べられている。
また、特許文献3には、高温高圧水中で炭素鋼等の強度、耐久性を試験する応力腐食割れ試験装置に関し、試験液の封入された試験片に引張応力を加え、試験片を高温加熱することが述べられている。
従来技術の遅れ破壊試験においては、特許文献1のように、酸化性流体を用い、あるいは特許文献2のように電解質水溶液等を用い、水素を容易にチャージする加速度試験の方法がとられている。例えば、100時間から200時間程度の試験時間で遅れ破壊が生じるように加速試験が行なわれる。しかし、これらの試験液の環境は、急激な水素発生反応を生じさせ、実際の遅れ破壊が生じる実環境とかなり異なっており、水素の出入りする状況も実際の遅れ破壊が生じる実環境と異なっている可能性がある。
また、特許文献3においては高温高圧水がボルト等の試験片の内部に封入されており、実際の遅れ破壊が生じる実環境と異なっているばかりでなく、ボルトの最も弱い部位を特定することが困難である。
このように、従来技術においては、遅れ破壊試験の環境が、実際に遅れ破壊が生じる実環境とかなり異なっており、その対応付けが必要となっている。
本発明の目的は、遅れ破壊が生じる実環境に近い試験環境の下で試験することを可能とする鉄鋼材料の遅れ破壊試験方法、ボルトの遅れ破壊方法及び遅れ破壊試験用治具を提供することである。
本発明に係る鉄鋼材料の遅れ破壊試験方法は、試験対象の鉄鋼材料試験片を所定の応力が負荷された状態で試験液に曝露し所定の温度環境に保持して遅れ破壊試験を行なう方法であって、試験対象の鉄鋼材料試験片を挿入する通し穴と、通し穴の少なくとも一部に設けられ試験片を曝露するための試験液を内部に貯留する貯留部と、試験液を貯留部に注入する注入口と、を有する試験用治具の通し穴に試験片を挿入し、隙間シール部材によって通し穴と試験片との間の隙間をシールする試験片セット工程と、注入口から試験液を貯留部に注入し、試験片に試験液を曝露する注入工程と、封止部材で注入口を封止し、隙間シール部材と協働して、曝露部分を大気環境から遮断した密閉状態とする密閉工程と、応力負荷手段によって試験片に所定の応力を負荷する応力負荷工程と、応力負荷の下の試験片が試験液に曝露された状態で曝露部分が密閉された試験片装着試験用治具を所定の温度環境に保持する温度保持工程と、を含むことを特徴とする。
また、本発明に係るボルトの遅れ破壊試験方法は、試験対象のボルトを所定の応力が負荷された状態で試験液に曝露し所定の温度環境に保持して遅れ破壊試験を行なう方法であって、試験対象のボルトを挿入する通し穴と、通し穴の一部に設けられボルトのネジ部長さより短いネジ部長さを有するメネジ部と、メネジ部と異なる部分の通し穴の一部に設けられ試験液が貯留される貯留部と、試験液を貯留部に注入する注入口と、を備える試験用治具の通し穴にボルトを挿入し、ボルトのネジ部をメネジ部に勘合させて所定の軸力で締め付け、所定の負荷状態とし、隙間シール部材によって通し穴とボルトとの間の隙間をシールするボルトセット工程と、注入口から試験液を貯留部に注入し、ボルトに試験液を曝露する注入工程と、封止部材で注入口を封止し、隙間シール部材と協働して、曝露部分を大気環境から遮断した密閉状態とする密閉工程と、応力負荷の下のボルトが試験液に曝露された状態で曝露部分が密閉されたボルト装着試験用治具を所定の温度環境に保持する温度保持工程と、を含むことを特徴とする。
また、温度保持工程は、外部から気密にシールされた試験液の曝露状態で鉄鋼材料にマグネタイトと水素とが生成する温度環境であることが好ましい。
また、本発明に係る遅れ破壊試験用治具は、試験対象の鉄鋼材料試験片を挿入する通し穴と、通し穴の一部に設けられ、試験片に曝露するための試験液を内部に貯留する貯留部と、試験液を貯留部に注入する注入口と、注入口を封止する封止部材と、通し穴と試験片との間の隙間をシールする隙間シール部材と、を有することが好ましい。
また、本発明に係る遅れ破壊試験用治具は、試験対象のボルトを所定の応力が負荷された状態で試験液に曝露し所定の温度状態に保持して遅れ破壊試験を行なうための試験用治具であって、試験対象のボルトを挿入する通し穴と、通し穴の一部に設けられ、ボルトのネジ部長さより短いネジ部長さを有するメネジ部と、通し穴の一部に設けられ、ボルトに曝露するための試験液を内部に貯留する貯留部と、試験液を貯留部に注入する注入口と、注入口を封止する封止部材と、通し穴とボルトとの間の隙間をシールする隙間シール部材と、を有することを特徴とする。
上記構成の少なくとも1つにより、遅れ破壊試験において試験対象の鉄鋼材料試験片を挿入する通し穴と、通し穴の少なくとも一部に設けられ試験片を曝露するための試験液を内部に貯留する貯留部と、試験液を貯留部に注入する注入口と、を有する試験用治具を用いる。そして、その試験用治具の通し穴に試験片を挿入し、隙間シール部材によって通し穴と試験片との間の隙間をシールし、注入口から試験液を貯留部に注入して試験片に試験液を曝露する。その後、封止部材で注入口を封止して隙間シール部材と共に曝露部分を大気環境から遮断した密閉状態とする。そしてその状態で試験片に所定の応力を負荷し、所定の温度環境に保持する。つまり、応力負荷の下の試験片が試験液に曝露された状態で曝露部分が密閉された試験片装着試験用治具を所定の温度環境に保持する。ここで、密閉された曝露環境は、外部から常に新鮮な試験液が供給される加速試験の環境と異なり、遅れ破壊が生じる実環境に近い。
例えば、車両用エンジンの内部に用いられるボルトの場合、オイルを試験液とすれば、常時オイルの潤滑環境にさらされる実環境を模擬でき、より強度の高い材料を検討する際の遅れ破壊試験の評価を行うことができる。また、酸性雨を模擬して硫酸、塩酸等を試験液として使用するとしても、密閉空間においては、新しい試験液が供給され続けられない限り、鉄鋼材料の腐食と共にpHが上昇し、最終的に中性に落ち着く。このことも酸性雨が降り続くことがないのと同じように実環境に近いといえる。このように、上記構成によれば、遅れ破壊が生じる実環境に近い試験環境の下で試験することが可能となる。
また、上記構成の少なくとも1つにより、遅れ破壊試験において試験対象のボルトを挿入する通し穴と、通し穴の一部に設けられボルトのネジ部長さより短いネジ部長さを有するメネジ部と、メネジ部と異なる部分の通し穴の一部に設けられ試験液が貯留される貯留部と、試験液を貯留部に注入する注入口と、を備える試験用治具を用いる。そしてその試験用治具の通し穴にボルトを挿入し、ボルトのネジ部をメネジ部に勘合させて所定の軸力で締め付け、所定の負荷状態とし、隙間シール部材によって通し穴とボルトとの間の隙間をシールし、注入口から試験液を貯留部に注入し、ボルトに試験液を曝露する。その後封止部材で注入口を封止し隙間シール部材と共に曝露部分を大気環境から遮断した密閉状態とする。そして、その状態でボルト装着試験用治具を所定の温度環境に保持する。ここで、密閉された曝露環境は、外部から常に新鮮な試験液が供給される加速試験の環境と異なり、遅れ破壊が生じる実環境に近い。また、ここでは、試験用治具のメネジ部と、ボルトのネジ部との勘合を利用して、ボルトに所定の応力を負荷することができ、構成がより簡単になり、温度保持のための装置が小型とできる。
また、外部から気密にシールされた試験液の曝露状態で、鉄鋼材料にマグネタイトと水素とが生成する温度環境が、試験環境として保持される。マグネタイトは水素を吸着しやすい性質を有することが実験的に確認されている。したがって、実環境で起こりうるマグネタイト生成と、自然発生的に生じる水素とによって、遅れ破壊が生じる実環境に近い試験環境の下で試験することが可能となる。
上記のように、本発明に係る鉄鋼材料の遅れ破壊試験方法、ボルトの遅れ破壊方法及び遅れ破壊試験用治具によれば、遅れ破壊が生じる実環境に近い試験環境の下で試験することが可能となる。
以下に図面を用いて本発明に係る実施の形態につき詳細に説明する。以下では、車両のエンジンの内部に用いられる高力ボルト、およびこれを模擬した試験片の遅れ破壊試験について説明するが、エンジン以外の車両要素に用いられるボルトであってもよく、車両用以外の用途、例えば産業機械、建築構造物等の用途に用いられるボルト又は鉄鋼材料であってもよい。また、試験液として数種類のものを説明するが、実環境を模擬したそれ以外の組成を有する試験液であってもよい。
図1から図5は、鉄鋼材料試験片についての遅れ破壊試験方法の手順を示す図である。この遅れ破壊試験方法は、図1に示す試験片10と試験用治具20を用い、図2に示すように試験片10を試験用治具20にセットし、図3に示されるように試験液30を注入し、図4に示されるように試験液に曝露された試験片10の部分を外気等から遮断して密閉し、図5において示されるように、試験片10を引張試験機の把持部40に取り付けて所定の応力を負荷し、温度槽50の中で所定の温度環境に保持し、遅れ破壊が生じるかどうかを試験する手順で行なわれる。以下、各手順の詳細を説明する。
最初に、図1に示すように試験片10と試験用治具20を用意する(試験用治具等準備工程)。図1(a)に試験用治具20、(b)に試験片10の例を示す。試験片10は、試験対象の鉄鋼材料の素材を試験に適する形状に加工したものである。ここでは適当な切り欠きを設けた平板状の試験片10が示されている。例えば実際の部品であるボルト等では締め付けによってネジ部や首下等に応力集中が生じやすいが、図1(b)における試験片10の切り欠きは、その応力集中を生じる部位を模擬したものである。切り欠きの大きさは、模擬する応力集中の程度に応じて設定することができる。試験片10の両端部は、図5で説明するように引張試験機の把持部40に取り付けられるので、適当な取付部形状とすることがよい。また、試験片10を試験用治具20に装着したときに、その両端の取付部が試験用治具20の外部に出るように、試験片10の長さは、試験用治具20における試験片装着長さより大きめとする。なお、試験片10の形状は、平板状以外に、丸棒状あるいは角棒状のものとしてもよい。丸棒の場合は、試験片10にオネジを切り、把持部40はメネジを切った治具とすることができる。
試験用治具20は、試験片10を遅れ破壊試験の環境とするために試験片10を装着するための治具である。試験用治具20は、概略円柱状あるいは角柱状の外形を有し、試験片を挿入するための通し穴22と、それに交わるように試験液30を注入するための注入口26および通路が設けられ、通し穴22に注入口26からの通路が交わるところに試験液30を貯留するための貯留部24を有している。かかる試験用治具20は、試験液30の腐食性に耐える材料を加工して得ることができる。材料としては、ステンレス、あるいはその他の耐食性耐熱性金属材料または耐食性のよい高強度耐熱性プラスチック等を用いることができる。
通し穴22は、例えば試験用治具20が円柱状の場合は、その軸方向の中心に貫通する穴である。その内径は、試験片10が通る大きさに設定される。通し穴22の両端部、すなわち、試験用治具20における両開口部は、図3で説明するように、通し穴22の内径と試験片10との隙間に隙間シール部材28が詰められるので、予め隙間シール部材28が詰めやすいように段差等を設けておいてもよく、また、その隙間シール部材28を詰めたときに試験液30が外部に漏れにくいように、メネジ等の螺旋溝を刻んでおいてもよい。
貯留部24は、通し穴22の一部を拡張した形となっている空間で、遅れ破壊試験中の間、そこに試験液30を貯留し、通し穴22に挿入されている試験片10に試験液30を曝露する機能を有する。貯留部24の位置と大きさは、その空間内において試験片10の切り欠き部分を中心として試験液30に十分浸漬される程度に設定される。例えば、通し穴22の軸方向の長さのほぼ中央部に貯留部24を配置する。そして通し穴22の軸方向に垂直な断面において、通し穴22の断面積の約2倍程度の断面積を有する大きさ等に設定することができる。
注入口26とそこから貯留部24に連通する通路は、貯留部24に試験液30を外部から注入し、注入後は図3、図4で説明するように埋め栓32等の封止部材でしっかり密閉される機能を有する穴である。その穴の端部開口が注入口26であるが、埋め栓32が止まりやすいように、メネジを刻み、これに対応して埋め栓32にオネジを刻むことができる。
図2は、試験用治具20の通し穴22に試験片10を挿入する様子を示す図である。上記のように、試験片10の長さは、試験用治具20の試験片装着長さである通し穴22の全長より十分長く設定されるので、挿入したとき、試験片10の両端の取付部は、試験用治具20より突き出る。突き出る量は、両端でほぼ同じとすることがよい。これによって、試験片10の切り欠き部分が貯留部24のところに位置するようにでき、試験片10の遅れ破壊に対する最も弱い部分と考えられる切り欠き部分に試験液30を曝露することができる。
試験片10を通し穴22に挿入したのち、試験片10と通し穴22との間の隙間が隙間シール部材28でシールされる。隙間シール部材28としては、例えば耐熱性のシリコンゴム等を用いることができる。この試験片挿入とシールの工程とを合わせて、試験片セット工程と呼ぶことができる。
その後、図3に示されるように、注入口26から試験液30が注入される(注入工程)。試験液30には、遅れ破壊試験の評価をしようとする対象部品がおかれる実環境を模擬する液体が用いられることが好ましい。例えば、オイルの潤滑環境にある車両用エンジンの内部に置かれるボルトと同じ組成の試験片10を用いて、応力負荷状態のボルトの遅れ破壊試験の評価を行うときは、試験液30にその潤滑オイルが用いられる。また、例えば、酸性雨の環境におかれる部品と同じ組成の試験片10を用いて、応力負荷状態におけるその部品の遅れ破壊試験の評価を行うときは、試験液30に硫酸、塩酸、硝酸等の酸性流体が用いられる。例えば、60%硝酸等を用いることができる。また、工業用水にさらされる部品と同じ組成の試験片10を用いて、応力負荷状態におけるその部品の遅れ破壊試験の評価を行うときは、その工業用水を試験液30とすることができる。また、海岸に近く潮風等の影響を受ける部品と同じ組成の試験片10を用いて、応力負荷状態におけるその部品の遅れ破壊試験の評価を行うときは、試験液30としてその海水あるいは適当な濃度の食塩水を用いることができる。また、一般的に湿度雰囲気に置かれる部品と同じ組成の試験片10を用いて、応力負荷状態におけるその部品の遅れ破壊試験の評価を行うときは、試験液30として中性水等を用いることができる。
なお、酸性雨を模擬して硫酸、塩酸等を試験液として使用するとしても、密閉空間においては、新たな試験液の供給がないため、鉄鋼材料の腐食と共にpHが徐々に上昇し、最終的に中性から弱アルカリ性に落ち着き、腐食環境としてはマイルドなものとなる。このことも酸性雨が降り続くことがない実環境に近いものといえる。このマイルドとなった環境の下でもマグネタイトが生成し、50℃以上の温度では水素も自然発生し、結果的に中性の水や食塩水を用いた環境と同様な腐食環境となる。
注入口26から注入された試験液30は、貯留部24に入り、そこで試験片10に対しその切り欠き部分を中心に接触し、一部は試験片10と通し穴22との隙間に沿って流れ、隙間シール部材28で止められる。したがって、切り欠き部分を中心として試験片10が試験液30に曝露される。
注入口26から十分に試験液30が貯留部24に注入されると、注入口26は埋め栓32で埋められ、図4に示されるように、その上から適当なシール部材34でシールされる。このシール部材34には、適当なシールテープ等を用いることができる。もちろん試験片10と通し穴22との隙間を詰めた隙間シール部材28と同じ材料、例えばシリコンゴム等を用いてもよい。この埋め栓32及びシール部材34と、先ほどの試験片10と通し穴22との隙間を詰めた隙間シール部材28とによって、試験液30は、試験用治具20の内部に封止されて閉じ込められ、大気環境から遮断されて酸素不足の状態に置かれる(密閉工程)。密閉された試験液30には、大気等の気体を適当に含んでもよく、あるいは一切大気等の気体を含まないようにしてもよい。大気等を排除して液体のみを注入するために、予め脱気された試験液30を準備し、減圧下でその試験液30を貯留部24に注入するものとしてもよい。
密閉工程によって、試験片10は、試験用治具20の内部において、大気環境から遮断された状態で密閉された試験液30に曝露された状態で、試験用治具20に装着されることになる。
試験用治具20に装着された試験片10は、図5に示されるように、その両端の取付部が引張試験機の把持部40にそれぞれ取り付けられ、軸方向に所定の引張応力が負荷されるように引っ張られる(応力負荷工程)。引張試験機は、市販の一般的な引張試験機、あるいはクリープ試験機、あるいは遅れ破壊試験機をそのまま用いる他に、所定の引張応力を試験片10に負荷し、これを一定応力あるいは一定歪の状況のまま保持できる機能を有する専用の装置あるいは機構を用いることができる。
そして、図5に示されているように、その応力負荷状態のまま、所定の温度環境に保持された温度槽50等の雰囲気に置かれる(温度保持工程)。温度槽50は、加熱槽を用いることができ、あるいはその代わりに、恒温室等を用いてもよい。温度環境は、鉄鋼材料にマグネタイトと水素とが生成されるような温度とすることが好ましい。マグネタイトは、酸化鉄の一種で、鉄鋼材料が腐食雰囲気において酸素不足の環境で生成される。そして、マグネタイトは水素を吸着しやすい性質を有することが確認されている。したがって、密閉された試験液30と試験片10との環境の下で生成された中間腐食生成物であるマグネタイトは、その環境の下で自然発生的に生じた水素を吸着し、鉄鋼材料の内部に浸透させる。このプロセスは、加速的あるいは強制的に水素を鉄鋼材料に浸透させるものではなく、むしろ実環境で生じる自然発生的な水素による遅れ破壊のプロセスに近い。所定の温度環境は、マグネタイトが実環境に近い状況で生成される温度が好ましく、例えば50℃以上の温度を用いることができる。
遅れ破壊の評価は、試験用治具20に装着された試験片10に応力負荷して温度槽50に置き、所定の時間経過後に行なわれる。具体的には、破断等が生じたか否かを検査する。破断等が生じている場合は、直ちに液体窒素中に入れてその状態を凍結し、その後水素濃度等を測定する。試験中に破断が検出されれば、やはり直ちに液体窒素中に入れてその状態を凍結する。
試験片を実際のボルトとする場合には、そのボルトに対して締め付け用ナットを用いることで応力負荷をかけることができ、引張試験機を省略することができる。その例を図6に示す。図6において、図1から図5と同様の要素には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。ここでは、両端にネジ部を有するボルト60が試験片の場合において、試験用治具20の通し穴22にボルト60を挿入し、その両端のネジ部に適合する締め付け用ナット62を用い、試験用治具20の両端面で各締め付けナット62の座面を受けるようにして、ボルト60のネジ部に締め付けナット62を勘合させて締め付ける。締め付け量は、ボルト60の切欠部に所定の引張応力が負荷される大きさとする。その後、締め付けナット62、ボルト60の端面を含み、シール部材64で覆う。シール部材64は、ボルト60の軸部と通し穴22との隙間を外部から遮断するためである。この工程は、図1から図5で説明した方法における試験片セット工程と応力負荷工程とに対応する。
このようにして、ボルト60に所定の応力が負荷された状態で、ボルト60の軸部と通し穴22との間の隙間は外部と遮断されるようにできるので、その後注入口26から試験液30を貯留部24に注入し、埋め栓32とシール部材34とで密閉される。これらの工程は、図3、図4で説明した注入工程及び密閉工程と同じ内容である。
こうして、応力負荷された状態で試験液に曝露されたボルト60が試験用治具20に装着されるので、これを図5に関連して説明した温度槽50の中に置き、所定の温度環境に保持することで遅れ破壊を評価できる。この工程は、図5における温度保持工程に相当する。
試験片を実際のボルトとするときは、試験用治具にメネジを設け、そのボルトのネジ部を試験用治具のメネジと勘合させて締め付け、所定の応力負荷をかけることもできる。そのような例を図7、図8に示す。図7、図8において、図1から図5と同様の要素には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。図7(a)は、内部に応力負荷用のメネジ84が設けられる試験用治具80を示し、図7(b)は、試験片として用いられるボルト70を示す。ボルト70は、フランジ72付きの頭部74を有するボルトで、軸部76の先端にネジ部78を有している。試験用治具80は、ボルト70の軸部76を挿入するためのい通し穴82と、通し穴82に試験液30を注入する注入口26及び通路とを有する。通し穴82は、貫通穴でなく底部を有し、その一部にメネジ84が刻まれている。図7においてメネジ84は通し穴82の底部に設けられるが、必ずしも底部でなくてもよく、通し穴82の中間部にメネジの部分を設けてもよい。注入口26及び通路は図1で説明した内容と同じである。
ここで、試験用治具80の通し穴82の内径D1は、ボルト70の軸部76の外径D2よりも大きく、ボルト70のネジ部78と同じかやや大きめに設定される。なお、通し穴82は、試験液30の貯留空間として、その一部の内径を太めにしてもよい。また、試験用治具80のメネジ84の軸方向長さL1は、ボルト70のネジ部78の軸方向長さL2より短く設定される。また、試験用治具80の通し穴82のメネジ84を含めた全長の深さは、ボルト70のフランジ72の首下の長さ、すなわちネジ部78を含めた軸部76の全長よりも長く設定される。つまり、ボルト70を通し穴82に挿入し、その先端のネジ部78を通し穴82の底部のメネジ84に勘合させるとき、ボルト70を目一杯に回しても、ボルト70の先端は通し穴82のメネジ84の先端に突き当たらない寸法関係に設定される。これにより、ボルト70の締め付け力を加減することで、所定の軸方向応力をボルトに負荷させることができる。
ボルト70が試験用治具80のメネジ84を用いて締め付けられるとき、ボルト70のフランジ72は、試験用治具80の端面に押し付けられるので、試験液30が漏れにくくなり、図3で説明した隙間シール部材28、あるいは図6で説明したシール部材64を省略することができる。もちろん、万全を期して、シール部材を適当に設けてもよい。このようにして、ボルト70は、所定の応力が負荷され、またボルト70の軸部76と通し穴82との隙間が外部から遮断された状態で、試験用治具80に装着される。その後、注入口26から試験液が注入され、ボルト70の軸部76と通し穴82との隙間に貯留される。そして注入口26は埋め栓32とシール部材34とによって封止され、試験液は試験用治具80の内部に密閉され、ボルト70の軸部76は、外部から大気環境から遮断され酸素不足状態の試験液に曝露される。
こうして、応力負荷された状態で試験液に曝露されたボルト70が試験用治具80に装着されるので、これを図5に関連して説明した温度槽50の中に置き、所定の温度環境に保持することで遅れ破壊を評価できる。図8は、その様子を示す図である。ここで、ボルト70のネジ部78が試験用治具80のメネジ84と勘合し、その締め付け力の加減によって、所定の軸方向の応力が負荷されている。図8では、ボルト70のフランジ72の首下の部分に、右上から左下に向かう斜線を付して、勘合の状態を示してある。試験液30は、通し穴82とボルト70の軸部76との間の隙間に貯留され、図8では左上から右下に向かう斜線で示したが、ボルト70の首下部分に相当するところの斜線の図示を省略してある。
図9に示す化学成分と図10に示す材質を有するボルトについて遅れ破壊試験を行なった。図9においては、参考のためにJISG4105の規格範囲を示してある。また、図10には特に示していないが、結晶の粒度が一定範囲の材料を使用した。
ボルトの形状、及び試験用治具の構造は図7、図8で説明したものを用いた。負荷した応力は、ボルトを実使用状態の締め付け条件の下の大きさとした。試験液は、pH7.2の工業用水、pH3.0に調整した60%硝酸、車両用エンジンオイルの3種類である。試験温度は、室温と50℃の2種類である。
評価結果を図11に示す。ここに示されるように、工業用水の環境、及び初期pH3.0の硝酸の環境の下でボルトの遅れ破壊が観察されたが、エンジンオイル中の環境の下ではボルトの遅れ破壊は見られなかった。遅れ破壊した場合の試験時間は、4000時間を超える長時間であった。なお、初期pH3.0の硝酸環境は、評価終了時にはpH7近辺の中性となっており、これらの試験が、継続的に酸化腐食する環境でなく、実際に近いマイルドな環境であることを示している。このように、試験液を大気環境から遮断し酸素不足の状態で密閉した条件の下で、応力負荷されたボルトに曝露することで、実環境に近い条件で、遅れ破壊試験を行なうことができる。
10 試験片、20,80 試験用治具、22,82 通し穴、24 貯留部、26 注入口、28 隙間シール部材、30 試験液、32 埋め栓、34,64 シール部材、40 把持部、50 温度槽、60,70 ボルト、62 ナット、72 フランジ、74 頭部、76 軸部、78 ネジ部、84 メネジ。
Claims (6)
- 試験対象の鉄鋼材料試験片を所定の応力が負荷された状態で試験液に曝露し所定の温度環境に保持して遅れ破壊試験を行なう方法であって、
試験対象の鉄鋼材料試験片を挿入する通し穴と、通し穴の少なくとも一部に設けられ試験片を曝露するための試験液を内部に貯留する貯留部と、試験液を貯留部に注入する注入口と、を有する試験用治具の通し穴に試験片を挿入し、隙間シール部材によって通し穴と試験片との間の隙間をシールする試験片セット工程と、
注入口から試験液を貯留部に注入し、試験片に試験液を曝露する注入工程と、
封止部材で注入口を封止し、隙間シール部材と協働して、曝露部分を大気環境から遮断した密閉状態とする密閉工程と、
応力負荷手段によって試験片に所定の応力を負荷する応力負荷工程と、
応力負荷の下の試験片が試験液に曝露された状態で曝露部分が密閉された試験片装着試験用治具を所定の温度環境に保持する温度保持工程と、
を含むことを特徴とする鉄鋼材料の遅れ破壊試験方法。 - 請求項1に記載の温度保持工程は、外部から気密にシールされた試験液の曝露状態で鉄鋼材料にマグネタイトと水素とが生成する温度環境であることを特徴とする鉄鋼材料の遅れ破壊試験方法。
- 試験対象のボルトを所定の応力が負荷された状態で試験液に曝露し所定の温度環境に保持して遅れ破壊試験を行なう方法であって、
試験対象のボルトを挿入する通し穴と、通し穴の一部に設けられボルトのネジ部長さより短いネジ部長さを有するメネジ部と、メネジ部と異なる部分の通し穴の一部に設けられ試験液が貯留される貯留部と、試験液を貯留部に注入する注入口と、を備える試験用治具の通し穴にボルトを挿入し、ボルトのネジ部をメネジ部に勘合させて所定の軸力で締め付け、所定の負荷状態とし、隙間シール部材によって通し穴とボルトとの間の隙間をシールするボルトセット工程と、
注入口から試験液を貯留部に注入し、ボルトに試験液を曝露する注入工程と、
封止部材で注入口を封止し、隙間シール部材と協働して、曝露部分を大気環境から遮断した密閉状態とする密閉工程と、
応力負荷の下のボルトが試験液に曝露された状態で曝露部分が密閉されたボルト装着試験用治具を所定の温度環境に保持する温度保持工程と、
を含むことを特徴とするボルトの遅れ破壊試験方法。 - 請求項1又は請求項3に記載の温度保持工程は、外部から気密にシールされた試験液の曝露状態で鉄鋼材料にマグネタイトと水素とが生成する温度環境であることを特徴とするボルトの遅れ破壊試験方法。
- 試験対象の鉄鋼材料試験片を挿入する通し穴と、
通し穴の一部に設けられ、試験片に曝露するための試験液を内部に貯留する貯留部と、
試験液を貯留部に注入する注入口と、
注入口を封止する封止部材と、
通し穴と試験片との間の隙間をシールする隙間シール部材と、
を有することを特徴とする遅れ破壊試験用治具。 - 試験対象のボルトを所定の応力が負荷された状態で試験液に曝露し所定の温度状態に保持して遅れ破壊試験を行なうための試験用治具であって、
試験対象のボルトを挿入する通し穴と、
通し穴の一部に設けられ、ボルトのネジ部長さより短いネジ部長さを有するメネジ部と、
通し穴の一部に設けられ、ボルトに曝露するための試験液を内部に貯留する貯留部と、
試験液を貯留部に注入する注入口と、
注入口を封止する封止部材と、
通し穴とボルトとの間の隙間をシールする隙間シール部材と、
を有することを特徴とする遅れ破壊試験用治具。
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