以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
強誘電体薄膜
結晶格子の歪み
本発明の強誘電体薄膜は、Si単結晶基板上に形成されたエピタキシャル薄膜である。本発明の強誘電体薄膜において、Si単結晶基板表面の結晶面に平行な結晶面をZF面とし、ZF面間の距離をzFとし、強誘電体薄膜構成材料のバルク状態でのZF面間の距離をzF0としたとき、0.980≦zF/zF0≦1.010であり、好ましくは0.982≦zF/zF0≦1.010である。そして、強誘電体材料が後述するBaTiO3または希土類元素含有チタン酸鉛であるときには0.988≦zF/zF0であることがより好ましく、PbTiO3であるときにはzF/zF0≦1.000であることがより好ましい。このように、本発明の強誘電体薄膜では、バルク状態に対しZF面の間隔がほとんど同じであるか、長くなるように結晶格子が歪んでいる。
結晶格子の歪みがゼロに近い強誘電体薄膜、すなわち応力がほとんど生じていない強誘電体薄膜では、応力緩和が生じず、したがって、自発分極は経時変化を生じない。また、強誘電体薄膜結晶にドメイン構造や欠陥が生じないので、高品質の結晶が得られる。また、zF/zF0が1を超えている強誘電体薄膜には圧縮応力が生じているので、自発分極の値が大きくなる。
これに対し、薄膜化したときにZF面の間隔が短くなりすぎると、すなわち膜面内において二次元引っ張り応力が大きくなりすぎると、上述したように自発分極の値が小さくなってしまう。一方、ZF面の間隔に上限を設ける理由は以下のとおりである。ZF面の間隔が広くなるほど、ZF面内に存在する結晶軸間の距離が小さくなるので、ZF面内における二次元圧縮応力が大きくなる。その結果、図1に示されるように自発分極値が大きくなるので、好ましい。しかし、本発明では、熱膨張係数の小さいSi基板を用いるため、強誘電体薄膜形成後に圧縮応力が存在していたとしても、室温まで冷却する際に圧縮応力が緩和されてしまう。このため、室温において上記範囲を超える圧縮応力を得ようとすると、強誘電体薄膜形成時に圧縮応力が著しく大きくなるようにしなければならず、形成条件に無理が生じ、エピタキシャル膜の形成が不可能となってしまう。このような理由から、Si基板を用いる本発明では、ZF面の間隔を表すzF/zF0の上限を上記値とする。
厚さ
強誘電体薄膜の厚さは、一般に、好ましくは100nm以下、より好ましくは75nm以下、さらに好ましくは50nm以下、最も好ましくは20nm以下であるが、PbTiO3薄膜をエピタキシャル膜とする場合には、30nm以下、好ましくは20nm以下である。強誘電体薄膜形成後に室温まで冷却したときに、ZF面の間隔が上記したようにバルク材料とほぼ同じとなるか、バルク材料より広くなるように結晶格子が歪んでいるためには、強誘電体薄膜形成時に膜面内において圧縮応力が生じていなければならない。この圧縮応力は、ミスフィットを膜の弾性歪みで吸収することにより生じさせることができる。強誘電体薄膜が厚すぎると、エピタキシャル成長時にミスフィットを弾性歪みで吸収できず、転位による歪み吸収が行われるようになり、膜面内の二次元圧縮応力を効果的に生じさせることができなくなる。圧縮応力を生じさせるためには強誘電体薄膜が薄いほうがよいが、強誘電性は結晶格子の骨格と原子の配置とに依存して発現するため、厚さは最低でも2nm(5格子分)、好ましくは5nmは必要と考えられる。
強誘電体材料
強誘電体薄膜に用いる材料は特に限定されず、強誘電性を有するものから適宜選択すればよいが、例えば以下の材料が好適である。
(A)ペロブスカイト型材料:BaTiO3;PbTiO3、希土類元素含有チタン酸鉛、PZT(ジルコンチタン酸鉛)、PLZT(ジルコンチタン酸ランタン鉛)等のPb系ペロブスカイト化合物;Bi系ペロブスカイト化合物など。以上のような単純、複合、層状の各種ペロブスカイト化合物。
(B)タングステンブロンズ型材料:SBN(ニオブ酸ストロンチウムバリウム)、PBN(ニオブ酸鉛バリウム)等のタングステンブロンズ型酸化物など。
(C)YMnO3系材料:希土類元素(ScおよびYを含む)とMnとOとを含み、六方晶系YMnO3構造をもつ酸化物など。例えば、YMnO3、HoMnO3等。
以下、これらの強誘電体材料について説明する。
(A)ペロブスカイト型材料のうち、BaTiO3や、PbTiO3等の鉛系ペロブスカイト化合物などは、一般に化学式ABO3で表される。ここで、AおよびBは各々陽イオンを表す。AはCa、Ba、Sr、Pb、K、Na、Li、LaおよびCdから選ばれた1種以上であることが好ましく、BはTi、Zr、TaおよびNbから選ばれた1種以上であることが好ましい。本発明では、これらのうちから、使用温度において強誘電性を示すものを目的に応じて適宜選択して用いればよい。
こうしたペロブスカイト型化合物における比率A/Bは、好ましくは0.8〜1.3であり、より好ましくは0.9〜1.2である。
A/Bをこのような範囲にすることによって、誘電体の絶縁性を確保することができ、また結晶性を改善することが可能になるため、誘電体特性または強誘電特性を改善することができる。これに対し、A/Bが0.8未満では結晶性の改善効果が望めなくなり、またA/Bが1.3を超えると均質な薄膜の形成が困難になってしまう。このようなA/Bは、成膜条件を制御することによって実現する。
なお、本明細書では、PbTiO3などのようにABOxにおけるOの比率xをすべて3として表示してあるが、xは3に限定されるものではない。ペロブスカイト材料によっては、酸素欠陥または酸素過剰で安定したペロブスカイト構造を組むものがあるので、ABOXにおいて、xの値は、通常、2.7〜3.3程度である。なお、A/Bは、蛍光X線分析法から求めることができる。
本発明で用いるABO3型のペロブスカイト化合物としては、A1+B5+O3、A2+B4+O3、A3+B3+O3、AXBO3、A(B’0.67B”0.33)O3、A(B’0.33B”0.67)O3、A(B0.5 +3B0.5 +5)O3、A(B0.5 2+B0.5 6+)O3、A(B0.5 1+B0.5 7+)O3、A3+(B0.5 2+B0.5 4+)O3、A(B0.25 1+B0.75 5+)O3、A(B0.5 3+B0.5 4+)O2.75、A(B0.5 2+B0.5 5+)O2.75等のいずれであってもよい。
具体的には、PZT、PLZT等のPb系ペロブスカイト化合物、CaTiO3、BaTiO3、PbTiO3、KTaO3、BiFeO3、NaTaO3、SrTiO3、CdTiO3、KNbO3、LiNbO3、LiTaO3、およびこれらの固溶体等である。
なお、上記PZTは、PbZrO3−PbTiO3系の固溶体である。また、上記PLZTは、PZTにLaがドープされた化合物であり、ABO3の表記に従えば、(Pb0.89〜0.91La0.11〜0.09)(Zr0.65Ti0.35)O3で示される。
また、層状ペロブスカイト化合物のうちBi系層状化合物は、一般に式 Bi2Am−1BmO3m+3で表わされる。上記式において、mは1〜5の整数、Aは、Bi、Ca、Sr、Ba、Pbおよび希土類元素(ScおよびYを含む)のいずれかであり、Bは、Ti、TaおよびNbのいずれかである。具体的には、Bi4Ti3O12、SrBi2Ta2O9、SrBi2Nb2O9などが挙げられる。本発明では、これらの化合物のいずれを用いてもよく、これらの固溶体を用いてもよい。
本発明に用いることが好ましいペロブスカイト型化合物は、チタン酸塩ないしチタン酸塩含有ペロブスカイト型化合物、例えばBaTiO3、SrTiO3、PLZT、PZT、CaTiO3、PbTiO3、希土類元素含有チタン酸鉛等であり、より好ましいものはBaTiO3、SrTiO3、PZT、PbTiO3、希土類元素含有チタン酸鉛であり、特に好ましいものは、PbTiO3、R(Rは、Pr、Nd、Eu、Tb、Dy、Ho、Yb、Y、Sm、Gd、ErおよびLaから選択された少なくとも1種の希土類元素)、Pb、TiならびにOを含有する希土類元素含有チタン酸鉛である。特にPbTiO3は、自発分極、誘電率、キューリー点の点でメモリに好適である。そして、本発明では、従来は不可能であったPbTiO3のエピタキシャル膜化を実現できる。エピタキシャル膜化により、単一配向ではない従来のPbTiO3薄膜で問題であったリークや、分極反転による疲労特性の悪さが改善でき、PbTiO3本来の高特性を利用できる。
本発明では、希土類元素含有チタン酸鉛として、原子比率が(Pb+R)/Ti=0.8〜1.3、Pb/(Pb+R)=0.5〜0.99の範囲、好ましくは(Pb+R)/Ti=0.9〜1.2、Pb/(Pb+R)=0.7〜0.97の範囲にある組成のものを用いることが好ましい。この組成の希土類元素含有チタン酸鉛は、特願平8−186625号に開示されている。希土類元素を上記比率でPbTiO3に添加することにより、Ecを低下させることができ、しかも、それに伴なう残留分極値Prの減少を抑えることが可能となる。また、上記組成では、半導体化を生じさせにくい希土類元素を添加するので、リークのより少ない強誘電体薄膜が実現する。また、本発明者らは、添加する希土類元素の種類と量とが、分極反転の疲労特性に影響していることをつきとめた。上記組成では、希土類元素の種類と量とを最適なものとしてあるので、繰り返し特性に優れた強誘電体薄膜が実現する。
Rは、PbTiO3材で構成される基本ペロブスカイトのAサイトに位置するPbと置換し、結晶を変形させる。PbTiO3は、a軸:3.897A、c軸:4.147Aの正方晶型のペロブスカイト構造であり、c軸方向に分極軸を持つ。この結晶変形は、a軸とc軸との比を減少させるので、わずかに自発分極を減少させるが、分極反転に必要とされる電圧(Ec)を低下させることができる。一方、R以外の希土類元素、例えば、Ceでは、PbTiO3のBサイトに位置する元素と置換するので、結晶の変形が効果的に行えず、自発分極が極端に低下するためデバイス応用に好ましくない。
希土類元素含有チタン酸鉛において、(Pb+R)/Tiが小さすぎると結晶性の改善効果が望めなくなり、(Pb+R)/Tiが大きすぎると均質な薄膜の形成が困難になってしまう。また、(Pb+R)/Tiを上記範囲とすることにより、良好な誘電特性が得られる。Pb/(Pb+R)が小さすぎると、自発分極が小さくなってしまうと同時に誘電率も1000以上と大きくなってしまう。一方、Pb/(Pb+R)が大きすぎると、希土類元素の添加効果、すなわちEcの低下効果が不十分となる。Pb/(Pb+R)を上記範囲とすることは、強誘電体薄膜の形成条件を後述するように制御することによって容易に実現できる。Pb、TiおよびRの含有率は、蛍光X線分析法により求めることができる。
チタン酸鉛は、一般にPb:Ti:O=1:1:3であるが、本発明では添加するRの種類および量によって酸素の比率は異なり、通常、2.7〜3.3程度である。
なお、希土類元素含有チタン酸鉛では、Tiの60原子%以下がZr、Nb、Ta、HfおよびCeの少なくとも1種で置換されていてもよい。
(B)タングステンブロンズ型材料としては、強誘電体材料集のLandoit−BorensteinVol.16記載のタングステンブロンズ型材料が好ましい。具体的には、(Ba,Sr)Nb2O6、(Ba,Pb)Nb2O6、PbNb2O6、PbTa2O6、BaTa2O6、PbNb4O11、PbNb2O6、SrNb2O6、BaNb2O6等やこれらの固溶体が好ましく、特に、SBN{(Ba,Sr)Nb2O6}やPBN{(Ba,Pb)Nb2O6}、が好ましい。
(C)YMnO3系材料は、化学式RMnO3で表せる。Rは希土類元素(ScおよびYを含む)から選ばれた1種以上であることが好ましい。YMnO3系材料における比率R/Mnは、好ましくは0.8〜1.2であり、より好ましくは0.9〜1.1である。このような範囲にすることにより、絶縁性を確保することができ、また結晶性を改善することが可能になるため、強誘電特性を改善することができる。これに対し、比率R/Mnが0.8未満、1.2をこえる範囲では、結晶性が低下する傾向がある。また特に、比率R/Mnが1.2をこえる範囲では、強誘電性が得られず、常誘電的特性になる傾向があり、分極を利用した素子への応用が不可能になってくることがある。このようなR/Mnは、成膜条件を制御することによって実現する。なお、R/Mnは、蛍光X線分析法から求めることができる。YMnO3系材料の誘電率は、バルクで10〜50程度、薄膜で10〜100程度である。
本発明に用いることが好ましいYMnO3系材料は、結晶構造が六方晶系のものである。YMnO3系材料は、六方晶系の結晶構造を持つものと斜方晶系の結晶構造を持つものとが存在する。強誘電性を得るためには、六方晶系の結晶材料とする必要がある。具体的には、組成が実質的にYMnO3、HoMnO3、ErMnO3、YbMnO3、TmMnO3、LuMnO3であるものか、これらの固溶体などである。
結晶配向
強誘電体薄膜は、分極軸が基板面と垂直方向に配向した結晶化膜であることが望ましいが、本発明では後述するようなエピタキシャル膜を形成することができるので、極めて優れた強誘電体特性が実現する。具体的には、ペロブスカイト型材料では(001)配向のエピタキシャル膜とすることが可能であり、タングステンブロンズ型材料では(001)配向のエピタキシャル膜とすることが可能であり、六方晶YMnO3系材料では(0001)配向のエピタキシャル膜とすることが可能である。
ペロブスカイト型材料から構成される強誘電体薄膜は、Si(100)基板の表面に形成することが好ましい。この場合の強誘電体薄膜とSi基板との好ましい結晶軸方位関係は、以下の通りである。なお、Siは立方晶である。強誘電体薄膜が(001)単一配向である場合、強誘電体[100]//Si[010]である。すなわち、強誘電体薄膜とSi基板とは、面内に存在する軸同士も平行であることが好ましい。
タングステンブロンズ型材料から構成される強誘電体薄膜も、Si(100)基板の表面に形成することが好ましい。この場合の強誘電体薄膜とSi基板との好ましい結晶軸方位関係は、強誘電体[100]//Si[010]である。
六方晶YMnO3系材料から構成される(0001)配向の強誘電体薄膜は、Si(111)基板の表面に形成することが好ましい。ただし、後述するように(111)配向のバッファ薄膜や(111)配向の電極層を設ければ、Si(100)基板上に(0001)配向の六方晶YMnO3系強誘電体薄膜を形成することができる。
なお、本明細書においてエピタキシャル膜とは、第一に、単一配向膜である必要がある。この場合の単一配向膜とは、X線回折による測定を行ったとき、目的とする面以外のものの反射のピーク強度が目的とする面の最大ピーク強度の10%以下、好ましくは5%以下である膜である。例えば、(001)単一配向膜、すなわちc面単一配向膜では、膜の2θ−θX線回折で(00L)面以外の反射ピークの強度が、(00L)面反射の最大ピーク強度の10%以下、好ましくは5%以下である。なお、本明細書において(00L)は、(001)や(002)などの等価な面を総称する表示である。また、同様に、(100)単一配向膜では(100)面や(200)面などの等価な面すべての反射について考え、(111)単一配向膜では(111)面や(222)面などの等価な面すべての反射について考える。第二に、膜面内をX−Y面とし、膜厚方向をZ軸としたとき、結晶がX軸、Y軸およびZ軸方向にともに揃って配向している必要がある。このような配向は、RHEED評価でスポットまたはストリークパターンを示すことで確認できる。これらの条件を満足すれば、エピタキシャル膜といえる。なお、RHEEDとは、反射高速電子線回折(Reflction High Energy Electron Diffraction)であり、RHEED評価は、膜面内における結晶軸の配向の指標である。
バッファ薄膜
強誘電体薄膜をペロブスカイト型材料、タングステンブロンズ型材料またはYMnO3系材料から構成する場合、強誘電体薄膜と基板との間には、以下に説明する酸化物中間層および/または電極層をバッファ薄膜として設ける。バッファ薄膜とは、上述したように、強誘電体薄膜の応力制御のために基板と強誘電体薄膜との間に設けられる薄膜である。なお、酸化物中間層は、絶縁体としても機能する。
強誘電体薄膜がペロブスカイト型材料またはタングステンブロンズ型材料から構成される場合、酸化物中間層は、下記酸化ジルコニウム系層からなるか、さらに下記希土類酸化物系層または下記ペロブスカイト下地層を含むか、下記希土類酸化物系層および下記ペロブスカイト下地層の両方を含むことが好ましい。積層順序は、酸化ジルコニウム系層→強誘電体薄膜であるか、酸化ジルコニウム系層→希土類酸化物系層→強誘電体薄膜であるか、酸化ジルコニウム系層→ペロブスカイト下地層→強誘電体薄膜であるか、酸化ジルコニウム系層→希土類酸化物系層→ペロブスカイト下地層→強誘電体薄膜である。
強誘電体薄膜がYMnO3系材料から構成される場合、酸化物中間層は酸化ジルコニウム系層または希土類酸化物系層から構成されることが好ましい。
バッファ薄膜としての電極層は、基板と強誘電体薄膜との間に設けられる。上記した酸化物中間層を設ける場合には、電極層は酸化物中間層と強誘電体薄膜との間に設けられる。
バッファ薄膜としての電極層は、金属から構成されることが好ましいが、金属以外の導電性材料で構成されていてもよい。電極層は、強誘電体薄膜の下側の電極として機能する。また、電極層は、強誘電体薄膜との間の格子整合性が良好なので、結晶性の高い強誘電体薄膜が得られる。
バッファ薄膜において、Si単結晶基板表面の結晶面に平行な結晶面をZB面とし、このZB面の面内における格子定数をxBとし、強誘電体薄膜構成材料のバルク状態での前記ZF面の面内における格子定数をxF0としたとき、強誘電体薄膜形成時の温度においてxBおよびxF0は、式 1.000<mxF0/nxB≦1.050を満足することが好ましく、式 1.000<mxF0/nxB≦1.020を満足することがより好ましく、式 1.005≦mxF0/nxB≦1.010を満足することがさらに好ましい。上記式において、nおよびmは1以上の整数である。xF0>xBの場合、m=n=1としたときに上記式を満足することが好ましいが、m<nであってもよい。この場合のmとnとの組み合わせ(m,n)は、例えば(2,3)、(2,5)、(3,4)、(3,5)、(4,5)などが好ましい。一方、xF0<xBのときは、m>nとする必要がある。この場合の(m,n)としては、例えば(3,2)、(5,2)、(4,3)、(5,3)、(5,4)などが好ましい。これら以外の組み合わせでは、強誘電体薄膜のエピタキシャル成長による圧縮応力蓄積が難しくなる。なお、複合ペロブスカイト型化合物を用いた場合の(m,n)も上記と同様であるが、この場合の格子定数xB、xF0には、単純ペロブスカイト構造を基本とした単位格子の格子定数を用いる。なお、複合ペロブスカイト型化合物自体の格子定数は、その単位格子の整数倍(通常、最大5倍程度)である。
このような条件を満足する強誘電体薄膜とバッファ薄膜とを選択することにより、強誘電体薄膜の形成温度において強誘電体薄膜の格子とバッファ薄膜の格子との間のミスフィットを利用し、形成温度で強誘電体薄膜面内に二次元圧縮応力を生じさせることができる。膜形成時に二次元圧縮応力が生じているため、冷却時にSi基板との間の熱膨張率の差により生じる二次元引っ張り応力をキャンセルすることができる。このため、条件を合わせることにより無応力状態の強誘電体薄膜または圧縮応力を有する強誘電体薄膜を得ることが可能となるので、自発分極値の大きな強誘電体薄膜を実現することができる。
上記式においてmxF0/nxBが1以下になると、冷却時に生じる引っ張り応力をキャンセルできなくなり、本発明の効果が得られない。一方、mxF0/nxBが大きすぎると、バッファ薄膜上に強誘電体薄膜をエピタキシャル成長させることが困難となり、強誘電体薄膜に所定の圧縮応力を生じさせることが難しくなる。
例えば、バッファ薄膜材料として後述するZrO2を用い、強誘電体薄膜材料としてBaTiO3を用いた場合、600℃でSi基板上に形成したZrO2(001)膜の面内の格子定数(xB)は0.519nmであり、600℃でのBaTiO3バルク材料の格子定数(xF0)は0.403nmである。したがって、格子定数のずれ(ミスフィット)は、xF0/xB=0.776となり、上記式においてnおよびmをいずれも1としたときには上記式を満足しない。しかし、実際はそれぞれの整数倍(BaTiO34格子とZrO23格子)で格子が整合する。すなわち、上記式においてm=4かつn=3とすれば、1.612/1.557=1.035となり、上記式を満足する。
以下、バッファ薄膜として用いられる酸化物中間層および電極層について詳細に説明する。
酸化物中間層
酸化ジルコニウム系層
酸化ジルコニウム系層は、酸化ジルコニウムを主成分とするか、希土類元素(ScおよびYを含む)により安定化された酸化ジルコニウム(安定化ジルコニア)を主成分とする。この層を設けることにより、その上に設けられる電極層や強誘電体薄膜の剥離を防止できる。また、この層は、強誘電体との格子整合性がよいため、結晶性の高い強誘電体薄膜が得られる。
酸化ジルコニウムおよび安定化ジルコニアは、Zr1−xRxO2−δ(RはScおよびYを含む希土類元素である)で表わされる組成のものが好ましい。xおよびδについては、後述する。Rとしては、Y、Pr、Ce、Nd、Gd、Tb、Dy、HoおよびErから選択される少なくとも1種であることが好ましい。
酸化ジルコニウム系層は、単一の結晶配向を有していることが望ましい。これは、複数の結晶面を有する層においては粒界が存在するため、その上の電極層や強誘電体薄膜のエピタキシャル成長が不可能になるためである。具体的には、(001)配向の電極層や強誘電体薄膜を形成しようとする場合、酸化ジルコニウム系層は、正方晶または単斜晶の(001)単一配向であるか、立方晶の(100)単一配向であることが好ましく、また、(111)配向の電極層や(0001)配向の強誘電体薄膜を形成しようとする場合、酸化ジルコニウム系層は(111)単一配向であることが好ましく、いずれの場合でもエピタキシャル膜であることがより好ましい。このような良好な結晶性の酸化ジルコニウム系層が形成できれば、粒界による物理量の攪乱等がなくなり、酸化ジルコニウム系層上に良質の電極層や強誘電体薄膜が得られる。
Si(100)基板表面に、酸化物中間層(Zr1−xRxO2−δ)が積層されているとき、これらの結晶方位関係は、Zr1−xRxO2−δ(001)//Si(100)であることが好ましい。
また、Si(111)基板表面に、酸化物中間層(Zr1−xRxO2−δ)が積層されているとき、これらの結晶方位関係は、Zr1−xRxO2−δ(111)//Si(111)であることが好ましい。
ZrO2は高温から室温にかけて立方晶→正方晶→単斜晶と相転移を生じる。立方晶を安定化するために希土類元素を添加したものが、安定化ジルコニアである。Zr1−xRxO2−δ膜の結晶性はxの範囲に依存する。Jpn.J.Appl.Phys.27(8)L1404−L1405(1988)に報告されているように、xが0.2未満である組成域では正方晶または単斜晶の結晶になる。これまで、xが0.2以上の立方晶領域では単一配向のエピタキシャル膜が得られている。ただし、xが0.75を超える領域では、立方晶ではあるが、例えば(100)単一配向は得られず、(111)配向の結晶が混入する。一方、正方晶または単斜晶となる領域では、J.Appl.Phys.58(6)2407−2409(1985)にも述べられているように、得ようとするもの以外の配向面が混入し、単一配向のエピタキシャル膜は得られていない。
したがって、立方晶(100)単一配向とするためには、Zr1−xRxO2−δにおいてxは0.2〜0.75であることが好ましい。この場合のxのより好ましい範囲は、0.2〜0.50である。酸化ジルコニウム系層がエピタキシャル膜であれば、その上に形成される電極層や強誘電体薄膜をエピタキシャル成長させやすい。一方、(111)基板を用いて(111)単一配向とする場合には、xは0.75超であってよい。なお、xが1のときは、後述する希土類酸化物層となる。
安定化ジルコニアが含む希土類元素は、Si基板の格子定数および酸化ジルコニウム系層上に設けられる層の格子定数と、酸化ジルコニウム系層の格子定数とを好ましくマッチングさせるために、その種類および添加量が選択される。希土類元素の種類を固定したままxを変更すれば格子定数を変えることができるが、xだけの変更ではマッチングの調整可能領域が狭い。ここで、例えばYに替えてPrを用いると、格子定数を大きくすることが可能であり、マッチングの最適化が容易となる。
なお、酸素欠陥を含まない酸化ジルコニウムは、化学式ZrO2で表わされるが、希土類元素を添加した酸化ジルコニウムは、添加した希土類元素の種類、量および価数により酸素の量が変化し、Zr1−xRxO2−δにおけるδは、通常、0〜0.5となる。
Zr1−xRxO2−δにおいてxが0.2未満である領域、特に、酸素を除く構成元素中におけるZrの比率が93mol%を超える高純度の組成域では、上述したように結晶性が良好とはならず、また、良好な表面性も得られていなかった。しかし、本発明者らが検討を重ねた結果、後述する製造方法を適用することにより、上記した単一配向、さらにはエピタキシャル成長が可能となり、表面性も良好な値が得られることがわかった。高純度のZrO2膜は、絶縁抵抗が高くなり、リーク電流が小さくなることから、絶縁特性を必要とする場合には好ましい。
したがって、良好な結晶性および表面性が得られる場合には、酸化ジルコニウム系層中の酸素を除く構成元素中におけるZrの比率は、好ましくは93mol%超、より好ましくは95mol%以上、さらに好ましくは98mol%以上、最も好ましくは99.5mol%以上である。酸素およびZrを除く構成元素は、通常、希土類元素やPなどである。なお、Zrの比率の上限は、現在のところ99.99mol%程度である。また、現在の高純度化技術ではZrO2とHfO2との分離は難しいので、ZrO2の純度は、通常、Zr+Hfでの純度を指している。したがって、本明細書におけるZrO2の純度は、HfとZrとを同元素とみなして算出された値であるが、HfO2は本発明における酸化ジルコニウム系層においてZrO2と全く同様に機能するため、問題はない。
なお、酸化物中間層を形成する場合、酸化物中間層中の酸素がSi等からなる基板の表面付近に拡散し、基板表面付近が浅く(例えば5nm程度以下)酸化されてSiO2などの酸化層が形成されることがある。また、成膜の方法によっては、酸化物中間層形成時にSi等の基板の表面にSi酸化物層等が残留する場合がある。
希土類酸化物系層
希土類酸化物系層は、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuの少なくとも1種、特に、Ce、Pr、Nd、Gd、Tb、Dy、HoおよびErの少なくとも1種を含有する希土類酸化物から実質的に構成されていることが好ましい。なお、2種以上の希土類元素を用いるとき、その比率は任意である。
希土類酸化物系層は、基板の面配向によらず(111)配向を示す。すなわち、例えば、Si(100)基板でもSi(111)基板でも立方晶(111)配向となる。このため、YMnO3系材料から構成される強誘電体薄膜を形成する場合に好適である。
希土類酸化物系層としては、特にSc2O3(111)層が好ましい。Sc2O3(111)の格子定数0.3418nmに対しYMnO3(0001)層面内のMnの配列間隔は0.3540nmであるため、両者が格子整合して、ミスフィットによる圧縮応力がYMnO3(0001)層形成時に発生する。
ただし、希土類酸化物系層を(001)配向の酸化ジルコニウム系層の上に形成した積層構造の場合には、希土類酸化物系層は(001)配向となるので、この場合は、ペロブスカイト型材料またはタングステンブロンズ型材料から構成される強誘電体薄膜の形成に好適である。酸化物中間層として上記した安定化ジルコニアを用いたときには、C−V特性にヒステリシスがみられ、この点においてZrO2高純度膜に劣る。この場合、酸化ジルコニウム系層上に希土類酸化物系層を積層することにより、C−V特性のヒステリシスをなくすことができる。また、希土類酸化物系層を積層することにより、強誘電体薄膜との間での格子整合のマッチングがより良好となる。希土類酸化物系層が積層されている場合、酸化ジルコニウム系層は、元素分布が均一な膜であってもよく、膜厚方向に組成が変化する傾斜構造膜であってもよい。傾斜構造膜とする場合、基板側から希土類酸化物系層側にかけて、酸化ジルコニウム系層中の希土類元素含有率を徐々または段階的に増大させると共に、Zr含有率を徐々または段階的に減少させる。このような傾斜構造膜とすることにより、酸化ジルコニウム系層と希土類酸化物系層との間の格子のミスフィットが小さくなるか、あるいは存在しなくなり、希土類酸化物系層を高結晶性のエピタキシャル膜とすることが容易となる。このような積層構造の場合、希土類酸化物系層に添加する希土類元素は、酸化ジルコニウム系層に添加する希土類元素と同一のものを用いることが好ましい。
酸化ジルコニウム系層および希土類酸化物系層には、特性改善のために添加物を導入してもよい。例えば、これらの層にCaやMgなどのアルカリ土類元素をドーピングすると、膜のピンホールが減少し、リークを抑制することができる。また、AlおよびSiは、膜の抵抗率を向上させる効果がある。さらに、Mn、Fe、Co、Niなどの遷移金属元素は、膜中において不純物による準位(トラップ準位)を形成することができ、この準位を利用することにより導電性の制御が可能になる。
ペロブスカイト下地層
ペロブスカイト下地層は、強誘電体薄膜の説明において述べたABO3型のペロブスカイト型化合物から構成される。ペロブスカイト下地層は、ペロブスカイト型化合物またはタングステンブロンズ型化合物からなる強誘電体薄膜の結晶性を高めるために、必要に応じて設けられる。ペロブスカイト下地層の構成材料は、好ましくはBaTiO3、SrTiO3またはこれらの固溶体であり、より好ましくはBaTiO3である。ペロブスカイト下地層は、酸化ジルコニウム系層や希土類酸化物系層との間の格子整合性が良好であって、かつ強誘電体薄膜構成材料とは異なる化合物から構成される。
例えば、前述した希土類含有チタン酸鉛からなる強誘電体薄膜を、酸化ジルコニウム系層または希土類酸化物系層に接して形成する場合、前述した好ましい結晶配向を有する強誘電体薄膜を得ることは難しいが、BaTiO3等からなるペロブスカイト下地層を介して希土類含有チタン酸鉛の強誘電体薄膜を形成することにより、目的とする結晶配向を実現することができる。
また、後述する電極層を、酸化ジルコニウム系層または希土類酸化物系層に接して形成する場合、後述するような正方晶(001)配向または立方晶(100)配向の電極層を得ることは難しいが、BaTiO3等からなるペロブスカイト下地層を介して電極層を形成することにより、目的とする結晶配向を実現することができる。
ペロブスカイト下地層は、正方晶であるときは(001)単一配向、すなわち基板表面と平行にc面が単一に配向したものであることが好ましく、立方晶であるときは(100)単一配向、すなわち基板表面と平行にa面が単一に配向したものであることが好ましく、いずれの場合でもエピタキシャル膜であることがより好ましい。
そして、酸化ジルコニウム系層とペロブスカイト下地層との結晶方位関係は、ペロブスカイト(001)//Zr1−xRxO2−δ(001)//Si(100)、かつペロブスカイト[100]//Zr1−xRxO2−δ[100]//Si[010]であることが好ましい。なお、これは各層が正方晶の場合であるが、各層が立方晶である場合でも、膜面内において軸同士が平行であることが好ましいという点では同様である。
電極層
電極層を構成する金属としては、Au、Pt、Ir、Os、Re、Pd、RhおよびRuの少なくとも1種を含有する金属単体または合金が好ましい。金属以外の導電性材料としては、導電性酸化物が好ましく、特に、以下の導電性酸化物を含む材料が好ましい。
NaCl型酸化物:TiO,VO,NbO,RO1−x(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)、0≦x<1),LiVO2等。
スピネル型酸化物:LiTi2O4,LiMxTi2−xO4(ここで、M=Li,Al,Cr,0<x<2),Li1−xMxTi2O4(ここで、M=Mg,Mn,0<x<1),LiV2O4,Fe3O4,等。
ペロブスカイト型酸化物:ReO3,WO3,MxReO3(ここで、M金属,0<x<0.5),MxWO3(ここで、M=金属,0<x<0.5),A2P8W32O112(ここで、A=K,Rb,Tl),NaxTayW1−yO3(ここで、0≦x<1,0<y<1),RNbO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),Na1−xSrxNbO3(ここで、0≦x≦1),RTiO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),Can+1TinO3n+1−y(ここで、n=2,3,...,y>0),CaVO3,SrVO3,R1−xSrxVO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)、0≦x≦1),R1−xBaxVO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)、0≦x≦1),Srn+1VnO3n+1−y(ここで、n=1,2,3....,y>0),Ban+1VnO3n+1−y(ここで、n=1,2,3....,y>0),R4BaCu5O13−y(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)、0≦y),R5SrCu6O15(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),R2SrCu2O6.2(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),R1−xSrxVO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),CaCrO3,SrCrO3,RMnO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),R1−xSrxMnO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む),0≦x≦1),R1−xBaxMnO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む),0≦x≦1),Ca1−xRxMnO3−y(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む),0≦x≦1,0≦y),CaFeO3,SrFeO3,BaFeO3,SrCoO3,BaCoO3,RCoO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),R1−xSrxCoO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む),0≦x≦1),R1−xBaxCoO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む),0≦x≦1),RNiO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),RCuO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),RNbO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),Nb12O29,CaRuO3,Ca1−xRxRu1−yMnyO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む),0≦x≦1,0≦y≦1),SrRuO3,Ca1−xMgxRuO3(ここで、0≦x≦1),Ca1−xSrxRuO3(ここで、0<x<1),BaRuO3,Ca1−xBaxRuO3(ここで、0<x<1),(Ba,Sr)RuO3,Ba1−xKxRuO3(ここで、0<x≦1),(R,Na)RuO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),(R,M)RhO3(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む),M=Ca,Sr,Ba),SrIrO3,BaPbO3,(Ba,Sr)PbO3−y(ここで、0≦y<1),BaPb1−xBixO3(ここで、0<x≦1),Ba1−xKxBiO3(ここで、0<x≦1),Sr(Pb,Sb)O3−y(ここで、0≦y<1),Sr(Pb,Bi)O3−y(ここで、0≦y<1),Ba(Pb,Sb)O3−y(ここで、0≦y<1),Ba(Pb,Bi)O3−y(ここで、0≦y<1),MMoO3(ここで、M=Ca,Sr,Ba),(Ba,Ca,Sr)TiO3−x(ここで、0≦x),等。
層状ペロブスカイト型酸化物(K2NiF4型を含む):Rn+1NinO3n+1(ここで、R:Ba,Sr,希土類(ScおよびYを含む)のうち一種類以上,n=1〜5の整数),Rn+1CunO3n+1(ここで、R:Ba,Sr,希土類(ScおよびYを含む)のうち一種類以上,n=1〜5の整数),Sr2RuO4,Sr2RhO4,Ba2RuO4,Ba2RhO4,等。
パイロクロア型酸化物:R2V2O7−y(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む),0≦y<1),Tl2Mn2O7−y(ここで、0≦y<1),R2Mo2O7−y(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む),0≦y<1),R2Ru2O7−y(ここで、R:Tl,Pb,Bi,希土類(ScおよびYを含む)のうち一種類以上,0≦y<1),Bi2−xPbxPt2−xRuxO7−y(ここで、0≦x≦2,0≦y<1),Pb2(Ru,Pb)O7−y(ここで、0≦y<1),R2Rh2O7−y(ここで、R:Tl,Pb,Bi,Cd,希土類(ScおよびYを含む)のうち一種類以上,0≦y<1),R2Pd2O7−y(ここで、R:Tl,Pb,Bi,Cd,希土類(ScおよびYを含む)のうち一種類以上,0≦y<1),R2Re2O7−y(ここで、R:Tl,Pb,Bi,Cd,希土類(ScおよびYを含む)のうち一種類以上,0≦y<1),R2Os2O7−y(ここで、R:Tl,Pb,Bi,Cd,希土類(ScおよびYを含む)のうち一種類以上,0≦y<1),R2Ir2O7−y(ここで、R:Tl,Pb,Bi,Cd,希土類(ScおよびYを含む)のうち一種類以上,0≦y<1),R2Pt2O7−y(ここで、R:Tl,Pb,Bi,Cd,希土類(ScおよびYを含む)のうち一種類以上,0≦y<1)等。
その他の酸化物:R4Re6O19(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),R4Ru6O19(ここで、R:一種類以上の希土類(ScおよびYを含む)),Bi3Ru3O11,V2O3,Ti2O3,Rh2O3,VO2,CrO2,NbO2,MoO2,WO2,ReO2,RuO2,RhO2,OsO2,IrO2,PtO2,PdO2,V3O5,VnO2n−1(n=4から9の整数),SnO2−x(ここで、0≦x<1),La2Mo2O7,(M,Mo)O(ここで、M=Na,K,Rb,Tl),MonO3n−1(n=4,8,9,10),Mo17O47,Pd1−xLixO(ここで、x≦0.1)等。Inを含む酸化物。
これらのうち特に、Inを含む酸化物または導電性ペロブスカイト酸化物が好ましく、特にIn2O3、In2O3(Snドープ)、RCoO3、RMnO3、RNiO3、R2CuO4、(R,Sr)CoO3、(R,Sr,Ca)RuO3、(R,Sr)RuO3、SrRuO3、(R,Sr)MnO3(Rは、YおよびScを含む希土類)、およびそれらの関連化合物が好ましい。
(001)配向の強誘電体薄膜を形成しようとする場合、電極層は正方晶(001)単一配向であるか、立方晶(100)単一配向であることが好ましく、また、六方晶(0001)配向の強誘電体薄膜を形成しようとする場合、電極層は(111)単一配向であることが好ましく、いずれの場合でも電極層はエピタキシャル膜であることがより好ましい。
正方晶(001)配向または立方晶(100)配向の電極層を形成しようとする場合、酸化物中間層は(001)配向であることが好ましく、(111)配向の電極層を形成しようとする場合、酸化物中間層は(111)配向であることが好ましい。ただし、電極層が金属から構成される場合には、(001)配向のバッファ薄膜上に(111)配向の電極層を形成することができる。電極層が金属から構成される場合に電極層を確実に(001)配向とするためには、上記したペロブスカイト下地層を設けることが好ましい。
Si単結晶基板、電極層および強誘電体薄膜の間の結晶軸方位関係は、ペロブスカイトまたはタングステンブロンズ[100]//電極層[100]//Si[010]であることが好ましい。また、面方位関係はペロブスカイトまたはタングステンブロンズ(001)//電極層(001)//Si(100)であることが好ましい。なお、これは電極層が正方晶の場合であるが、電極層が立方晶である場合でも、膜面内において軸同士が平行であることが好ましいという点では同様である。
電極層の比抵抗は、10−7〜10−2Ωcmであることが好ましい。また、電極層は、超電導材料から構成されていてもよい。
基板
前述したように、Si単結晶基板としては、Si(100)面またはSi(111)面を表面に有するものを用いることが好ましい。
各層の結晶性、表面性および厚さ
バッファ薄膜、すなわち酸化物中間層を構成する各層および電極層は、その上に形成される層の結晶性を向上させるために、結晶性が良好でかつ表面が分子レベルで平坦であることが好ましい。また、強誘電体薄膜も、上記した理由により、高結晶性で表面が平坦であることが好ましい。
各層の結晶性は、XRD(X線回折)における反射ピークのロッキングカーブの半値幅や、RHEEDによる像のパターンで評価することができる。また、表面性は、RHEED像のストリーク性、およびAFMで測定した表面粗さ(十点平均粗さ)で評価することができる。
強誘電体薄膜、電極層および酸化物中間層は、X線回折による(002)面の反射のロッキングカーブの半値幅が1.50°以下となる程度の結晶性を有していることが好ましい。また、AFMにより測定される表面粗さRz(十点平均粗さ、基準長さ500nm)は、酸化物中間層では好ましくは2nm以下、より好ましくは0.60nm以下であり、電極層では好ましくは10nm以下であり、強誘電体薄膜では2nm以下、好ましくは0.60nm以下である。なお、このような表面粗さは、各層の表面の好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上の領域で実現していることが望ましい。上記表面粗さは、基板全面にわたって各層を形成したときに、面積10cm2以上の領域にわたって平均に分布した任意の10箇所以上を測定しての値である。本明細書において、薄膜表面の例えば80%以上でRzが2nm以下であるとは、上記のように10箇所以上を測定したときにその80%以上の箇所でRzが2nm以下であることを意味する。なお、表面粗さRzは、JIS B 0610に規定されている。
ロッキングカーブの半値幅およびRzの下限値は特になく、小さいほど好ましいが、現在のところ、ロッキングカーブの半値幅の下限値は、一般に0.7°程度、特に0.4°程度、上記Rzの下限値は0.10nm程度である。
また、RHEED像がストリークであって、しかもシャープである場合、各層の結晶性および表面平坦性が優れていることになる。
電極層の厚さは、一般に好ましくは50〜500nm程度であるが、結晶性および表面性が損なわれない程度に薄いことが好ましい。
酸化物中間層の厚さは、一般に好ましくは5〜500nm、より好ましくは10〜50nmであるが、結晶性、表面性を損なわない程度に薄いことが好ましい。また、酸化物中間層を絶縁層として用いる場合の厚さは、50〜500nm程度であることが好ましい。なお、酸化物中間層を多層構成とする場合、各層の厚さは0.5nm以上であることが好ましく、かつ酸化物中間層全体の厚さは上記範囲とすることが好ましい。
製造方法
強誘電体薄膜、酸化物中間層および電極層の形成方法は特に限定されず、Si基板上にこれらを単一配向膜やエピタキシャル膜として形成可能な方法であればよいが、好ましくは蒸着法、特に、特願平7−219850号、特願平7−240607号、特願平8−186625号等に開示されている蒸着法を用いることが好ましい。
以下、製造方法の具体例として、強誘電体薄膜に希土類元素含有チタン酸鉛を用いた場合について説明する。
強誘電体薄膜の形成方法
この製造方法を実施するにあたっては、図6に示したような蒸着装置1を用いることが望ましい。ここでは、PbTiO3にGdを添加した組成であるPGT薄膜を例に挙げて説明するが、他の希土類含有チタン酸鉛系強誘電体材料からなる薄膜も、同様にして製造することができる。
蒸着装置1は、真空ポンプPが設けられた真空槽1aを有し、この真空槽1a内には、下部に基板2を保持するホルダ3が配置されている。このホルダ3は、回転軸4を介してモータ5に接続されており、このモータ5によって回転され、基板2をその面内で回転させることができるようになっている。上記ホルダ3は、基板2を加熱するヒータ6を内蔵している。
蒸着装置1は、酸化性ガス供給装置7を備えており、この酸化性ガス供給装置7の酸化性ガス供給口8は、上記ホルダ3の直ぐ下方に配置されている。これによって、酸化性ガスは、基板2近傍でその分圧が高くされるようになっている。ホルダ3のさらに下方には、PbO蒸発部9、TiOx蒸発部10および希土類元素蒸発部11が配置されている。これら各蒸発部には、それぞれの蒸発源の他に、蒸発のためのエネルギーを供給するためのエネルギー供給装置(電子線発生装置、抵抗加熱装置等)が配置されている。
鉛蒸発源として酸化物(PbO)を用いる理由は、高温の基板上ではPbの蒸気圧が高いため、蒸発源にPbを用いると再蒸発して基板表面に付着しにくいが、PbOを用いると付着率が高まるからであり、TiOxを用いる理由も、同様に付着率が高いからである。TiOxの替わりにTiを用いた場合、TiはPbOよりも酸化されやすいため、PbOはTiに酸素を奪われてPbとなり、これが再蒸発してしまうので好ましくない。
なお、TiOxにおけるxは、好ましくは1≦x<1.9、より好ましくは1≦x<1.8、さらに好ましくは1.5≦x≦1.75、特に好ましくは1.66≦x≦1.75である。このようなTiOxは熱エネルギーを加えると真空槽内で溶融し、安定した蒸発速度が得られる。これに対しTiO2は、熱エネルギーを加えると真空槽内で酸素を放出しながらTiOxへと変化してゆくため、真空槽内の圧力変動が大きくなり、また、安定した蒸発速度が得られないため、組成制御が不可能である。
まず、上記ホルダに基板をセットする。基板材料には、前述した各種のものを用いることができるが、これらのうちではSi単結晶基板が好ましい。特にSi単結晶の(100)面を基板表面になるように用いることが好ましい。また、前記した酸化ジルコニウム系層、希土類酸化物系層、ペロブスカイト下地層、電極層などを形成した単結晶板を基板として用いることも好ましい。
この製造方法では、均質な強誘電体薄膜を大面積基板、例えば10cm2以上の面積を持つ基板上に形成することができる。これにより、強誘電体薄膜を有する電子デバイスや記録媒体を、従来に比べて極めて安価なものとすることができる。なお、基板の面積の上限は特にないが、現状では400cm2程度である。現状の半導体プロセスは2〜8インチのSiウエハー、特に6インチタイプのウエハーを用いたものが主流であるが、この方法ではこれに対応が可能である。また、ウエハー全面ではなく、部分的にマスク等で選択して強誘電体薄膜を形成することも可能である。
次に、基板を真空中で加熱し、PbO、TiOxおよびGdと、酸化性ガスとを基板表面に供給することにより、強誘電体薄膜を形成していく。
加熱温度は、500〜700℃、特に550〜650℃とすることが好ましい。500℃未満であると、結晶性の高い強誘電体薄膜が得られにくい。700℃を超えると、鉛蒸気と基板のSi等とが反応し、結晶性の鉛系強誘電体膜が得られにくい。また、Pt等の電極層上に強誘電体薄膜を形成する場合にも、Ptとの反応が生じてしまう。
上記酸化性ガスとしては、酸素、オゾン、原子状酸素、NO2、ラジカル酸素等を用いることができるが、酸化性ガスの一部または大部分をラジカル化した酸素とすることが好ましい。
ここでは、ECR酸素源によるラジカル酸素を用いる場合について説明する。
真空ポンプで継続的に真空槽内を排気しながら、ECR酸素源から大部分がラジカル化した酸素ガスを真空蒸着槽内に継続的に供給する。基板近傍における酸素分圧は、10−3〜10−1Torr程度であることが好ましい。酸素分圧の上限を10−1Torrとしたのは、真空槽内にある蒸発源中の金属を劣化させることなく、かつその蒸発速度を一定に保つためである。真空蒸着槽に酸素ガスを導入するに際しては、基板の表面にその近傍からガスを噴射し、基板近傍だけに高い酸素分圧の雰囲気をつくるとよく、これにより少ないガス導入量で基板上での反応をより促進させることができる。このとき真空槽内は継続的に排気されているので、真空槽のほとんどの部分は10−4〜10−6Torrの低い圧力になっている。酸素ガスの供給量は、2〜50cc/分、好ましくは5〜25cc/分である。酸素ガスの最適供給量は、真空槽の容積、ポンプの排気速度その他の要因により決まるので、あらかじめ適当な供給量を求めておく。
各蒸発源は、電子ビーム等で加熱して蒸発させ、基板に供給する。成膜速度は、好ましくは0.05〜1.00nm/s、より好ましくは0.100〜0.500nm/sである。成膜速度が遅すぎると成膜速度を一定に保つことが難しくなり、膜が不均質になりやすい。一方、成膜速度が速すぎると、形成される薄膜の結晶性が悪く表面に凹凸が生じてしまう。
TiOxおよびGdは、供給したほぼ全量が基板上に成長するPGT結晶に取り込まれるので、目的とする組成比に対応した比率の蒸発速度で基板上に供給すればよい。しかし、PbOは蒸気圧が高いので組成ずれを起こしやすく、制御が難しい。これまで鉛系の強誘電体材料では、組成ずれがなく、より単結晶に近い薄膜は得られていない。本発明では、このPbOの特性を逆に利用し、PbO蒸発源からの基板への供給量比を、形成されるPGT膜結晶における比率に対し過剰とする。過剰供給の度合いは、蒸発源から供給されるPbとTiとの原子比Pb/Ti=E(Pb/Ti)、と、形成された強誘電体薄膜の組成におけるPbとTiとの原子比Pb/Ti=F(Pb/Ti)、との関係が、E(Pb/Ti)/F(Pb/Ti)=1.5〜3.5、好ましくはE(Pb/Ti)/F(Pb/Ti)=1.7〜2.5、より好ましくはE(Pb/Ti)/F(Pb/Ti)=1.9〜2.3となるものである。過剰なPbOあるいはペロブスカイト構造に組み込まれないPbOは基板表面で再蒸発し、基板上にはペロブスカイト構造のPGT膜だけが成長することになる。E(Pb/Ti)/F(Pb/Ti)が小さすぎると、膜中にPbを十分に供給することが困難となり、膜中の(Pb+R)/Tiの比率が低くなりすぎて結晶性の高いペロブスカイト構造とならない。一方、E(Pb/Ti)/F(Pb/Ti)が大きすぎると、膜中の(Pb+R)/Tiの比率が大きくなりすぎて、ペロブスカイト相の他に他のPbリッチ相が出現し、ペロブスカイト単相構造が得られなくなる。
以上説明したように、PbOおよびTiOxを蒸発源として用いて付着率を高め、ラジカル酸素により強力に酸化し、かつ基板温度を所定範囲に設定することにより、Pbの過不足のないほぼストイキオメトリのPGT結晶が基板上に自己整合的に成長する。この方法は、ストイキオメトリの鉛系ペロブスカイト結晶薄膜を製造する画期的な方法であり、結晶性の極めて高い強誘電体薄膜が得られる。
成膜面積が10cm2程度以上である場合、例えば直径2インチの基板の表面に成膜するときには、図6に示すように基板を回転させ、酸化性ガスを基板表面の全域に万遍なく供給することにより、成膜領域全域で酸化反応を促進させることができる。これにより、大面積でしかも均質な膜の形成が可能となる。このとき、基板の回転数は10rpm以上であることが望ましい。回転数が低いと、基板面内で膜厚の分布が生じやすい。基板の回転数の上限は特にないが、通常は真空装置の機構上120rpm程度となる。
以上、強誘電体薄膜の製造方法の詳細を説明したが、この製造方法は、従来の真空蒸着法、スパッタリング法、レーザーアブレージョン法などとの比較において特に明確なように、不純物の介在の余地のない、しかも制御しやすい操作条件下で実施しうるため、再現性よく完全性が高い目的物を大面積で得るのに好適である。
さらに本方法においてMBE装置を用いても、全く同様にして目的とする薄膜を得ることができる。
以上では、希土類元素添加チタン酸鉛系の薄膜を製造する方法について述べたが、この方法は、希土類元素を添加しないPT系材料や、PZT系材料などにも適用でき、これらの場合でも同様な効果が得られる。また、Bi系酸化物薄膜にも適用できる。Bi系酸化物薄膜においても、真空中でBiの蒸気圧が高いために、これまで組成制御が不十分であったが、この方法においてPbO蒸発源をBi2O3蒸発源に替えることで同様に製造できることを確認している。Bi系の場合も、Biが過不足無く自己整合的に結晶に取り込まれ、ストイキオメトリの強誘電体薄膜結晶が得られる。
Si基板表面処理
Si単結晶基板を用いる場合、バッファ薄膜の形成前に、基板に表面処理を施すことが好ましい。以下に、表面処理の必要性について説明する。
結晶表面の数原子層における表面構造は、バルク(3次元的な大きな結晶)の結晶構造を切断したときに考えられる仮想的な表面の原子配列構造とは一般に異なる。これは、片側の結晶がなくなることにより表面に現れた原子の周囲の状況が変化し、これに対応してエネルギーのより低い安定な状態になろうとするからである。その構造変化は、主として、原子位置の緩和に留まる場合と、原子の組み換えが生じ、再配列構造を形成する場合とがある。前者はほとんどの結晶表面で存在する。後者は一般に表面に超格子構造を形成する。バルクの表面構造の単位ベクトルの大きさをa、bとするとき、ma、nbの大きさの超格子構造が生じた場合、これをm×n構造とよぶ。
Si基板上に酸化物薄膜をエピタキシャル成長させるためには、Si基板表面の構造が安定で、かつSi基板表面が、その結晶構造情報を、成長させる酸化物薄膜へ伝える役割を果たさなければならない。バルク結晶構造を切断したときに考えられる原子配列構造は1×1構造なので、酸化物薄膜をエピタキシャル成長させるための基板の表面構造は、安定な1×1構造であることが必要である。
しかし、清浄化されたSi(100)の表面は、後述するように、1×2または2×1構造となり、Si(111)の表面は、7×7または2×8構造の大きな単位メッシュをもつ複雑な超構造となってしまうため、好ましくない。
また、これらの清浄化されたSi表面は、反応性に富み、特に、酸化物薄膜をエピタキシャル形成する温度(700℃以上)では、真空中の残留ガス、とくに炭化水素と反応をおこし、表面にSiCが形成されることにより基板表面が汚染され、表面結晶が乱れる。したがって、酸化物薄膜の形成に際しては、反応性に富んだSi表面を保護する必要がある。
このようなことから、Si単結晶基板に、以下の方法で表面処理を施すことが好ましい。
この方法では、まず、表面が清浄化されたSi単結晶基板を、図6に示すホルダにセットして真空槽中に配置し、酸化性ガスを導入しつつ加熱して、基板表面にSi酸化物層を形成する。酸化性ガスとしては、上記した強誘電体薄膜の場合と同様なものを用いることができるが、空気を用いてもよい。Si酸化物層は、基板表面を再配列、汚染などから保護するためのものである。Si酸化物層の厚さは、0.2〜10nm程度とすることが好ましい。厚さが0.2nm未満であると、Si表面の保護が不完全となるからである。上限を10nmとした理由は、後述する。
上記の加熱は、300〜700℃の温度に、0〜10分間程度保持して行う。このとき、昇温速度は、30〜70℃/分程度とする。温度が高すぎたり、昇温速度が速すぎたりすると、Si酸化物層の形成が不十分になり、逆に、温度が低すぎたり、保持時間が長すぎると、Si酸化物層が厚くなりすぎてしまう。
酸化性ガスの導入は、例えば酸化性ガスとして酸素を用いる場合、真空槽内を当初1×10−7〜1×10−4Torr程度の真空にし、酸化性ガスの導入により、少なくとも基板近傍の雰囲気中の酸素分圧が1×10−4〜1×10−1Torrとなるようにして行うことが好ましい。
上記工程後、真空中で加熱する。基板表面のSi結晶は、Si酸化物層により保護されているので、残留ガスである炭化水素と反応してSiCが形成されるなどの汚染が発生しない。加熱温度は、600〜1200℃、特に700〜1100℃とすることが好ましい。600℃未満であると、Si単結晶基板表面に1×1構造が得られない。1200℃を超えると、Si酸化物層によるSi結晶の保護が十分ではなくなり、Si単結晶基板の結晶性が乱れてしまう。
次いで、Zrおよび酸化性ガスか、Zr、希土類元素(ScおよびYを含む)および酸化性ガスを、基板表面に供給する。この過程で、Zr等の金属は前工程で形成したSi酸化物層を還元し、除去することになる。同時に露出したSi結晶表面にZrおよび酸素、またはZr、希土類元素および酸素により、1×1の表面構造が形成される。
表面構造は、RHEEDによる像のパターンで調べることができる。例えば、好ましい構造である1×1の表面構造の場合、電子線入射方向が[110]で図7(a)に示すような1倍周期C1の完全なストリークパターンとなり、入射方向を[1−10]にしても全く同じパターンとなる。一方、Si単結晶清浄表面は、たとえば(100)面の場合1×2または2×1であるか、1×2と2×1とが混在している表面構造となる。このような場合には、RHEEDのパターンは、電子線の入射方向[110]または[1−10]のいずれか、または両方で、図7(b)に示すような1倍周期C1と2倍周期C2とを持つパターンになる。1×1の表面構造においては、上記RHEEDのパターンでみて、入射方向が[110]および[1−10]の両方で、2倍周期C2が見られない。
なお、Si(100)清浄表面も1×1構造を示す場合があり、われわれの実験でも何度か観察された。しかし、1×1を示す条件は不明確であり、安定に再現性よく1×1をSi清浄面で得ることは、現状では不可能である。1×2、2×1、1×1いずれの構造の場合であっても、Si清浄面は真空中、高温で汚染されやすく、特に残留ガス中に含まれる炭化水素と反応してSiCが形成されて、基板表面の結晶が乱れやすい。
Zr、またはZrおよび希土類元素は、これらを酸化性雰囲気中で蒸着して酸化物膜を形成したときの膜厚が0.3〜10nm、特に3〜7nm程度となるように供給することが好ましい。このような供給量の表示を、以下、酸化物換算での供給量という。酸化物換算での供給量が0.3nm未満では、Si酸化物の還元の効果が十分に発揮できず、10nmを超えると表面に原子レベルの凹凸が発生しやすくなり、表面の結晶の配列が凹凸により1×1構造でなくなることがある。上記Si酸化物層の厚さの上限の好ましい値を10nmとした理由は、10nmを超えると、上記のように金属を供給してもSi酸化物層を十分に還元できなくなる可能性がでてくるからである。
酸化性ガスとして酸素を用いる場合は、2〜50cc/分程度供給することが好ましい。酸化性ガスの最適供給量は、真空槽の容積、ポンプの排気速度その他の要因で決まるので、あらかじめ最適な供給量を求めておく。
酸化ジルコニウム系層、希土類酸化物系層の形成方法
バッファ薄膜のうち酸化ジルコニウム系層は、本出願人がすでに特願平7−93024号において提案した方法で形成することが好ましい。
酸化ジルコニウム系層の形成にあたっては、まず、基板を加熱する。成膜時の加熱温度は酸化ジルコニウムの結晶化のために400℃以上であることが望ましく、750℃以上であれば結晶性に優れた膜が得られ、特に分子レベルの表面平坦性を得るためには850℃以上であることが好ましい。なお、単結晶基板の加熱温度の上限は、1300℃程度である。
次いで、Zrを電子ビーム等で加熱し蒸発させ、基板表面に供給すると共に、酸化性ガスおよび必要に応じ希土類元素を基板表面に供給して、酸化ジルコニウム系薄膜を形成する。成膜速度は、好ましくは0.05〜1.00nm/s、より好ましくは0.100〜0.500nm/sとする。成膜速度が遅すぎると成膜速度を一定に保つことが難しくなり、一方、成膜速度が速すぎると、形成される薄膜の結晶性が悪くなり、表面に凹凸が生じてしまう。
なお、酸化性ガスの種類、その供給量、基板近傍の酸素分圧、基板の回転等の各種条件については、上記した強誘電体薄膜形成の場合と同様である。
酸化ジルコニウム系層の上に希土類酸化物系層を積層する場合、蒸発源として希土類元素だけを用いればよい。このときの酸化性ガスの導入条件や基板の温度条件等は、酸化ジルコニウム系層の場合と同様とすればよい。両薄膜において同一の希土類元素を使用する場合には、酸化ジルコニウム系層が所定の厚さに形成されたときにZrの供給を停止し、希土類金属だけを引き続いて供給することにより、連続して希土類酸化物系層を形成することができる。また、酸化ジルコニウム系薄膜を傾斜構造とする場合には、Zrの供給量を徐々に減らし、最後にはゼロとして、希土類酸化物系層の形成に移行すればよい。
ペロブスカイト下地層の形成方法
ペロブスカイト下地層としてBaTiO3膜を形成する場合について説明する。
酸化ジルコニウム系層または希土類酸化物系層を成膜した後、加熱および酸化性ガスの導入を続けながら、BaおよびTiを基板表面に供給する。供給量は、Ba:Ti=1:1となるようにすることが好ましい。成膜時の蒸着基板の温度および成膜初期のBa/Ti供給量比は、BaTiO3膜の配向性に影響を及ぼす。BaTiO3膜、酸化ジルコニウム系層(Zr1−xRxO2−δ)およびSi(100)基板の結晶方位関係が、前述した好ましい関係、すなわち、BaTiO3(001)//Zr1−xRxO2−δ(001)//Si(100)、かつBaTiO3[100]//Zr1−xRxO2−δ[100]//Si[010]となるようにするためには、BaTiO3成膜時における加熱温度は800〜1300℃、好ましくは900〜1200℃が望ましい。また、成長初期のBa/Ti供給量比は、1〜0、好ましくは1〜0.8とすることが望ましい。すなわち、成長初期にはTi過剰にすることが好ましい。なお、Ba/Ti供給量比が0であるとは、成長初期にはTiのみの供給であってもよいことを示す。加熱温度が高すぎると、薄膜積層体に相互拡散が生じ、結晶性が低下してしまう。一方、加熱温度が低すぎたり、成長初期のBa/Ti比が適切でなかったりすると、形成されるBaTiO3膜が目的とする(001)配向ではなく(110)配向になるか、または(001)配向BaTiO3膜に(110)配向結晶が混在してしまう。成長初期には、供給されたBaが下地の酸化ジルコニウム系層と反応して、目的の配向を有するBaTiO3が得られにくい。成長初期にTi過剰とするのは、Baと酸化ジルコニウムとの反応を避けるためである。なお、ここでいう成長初期とは、膜厚が1nm程度以下である範囲内である。
ペロブスカイト下地層形成時の成膜速度、酸化性ガスの種類、その供給量、基板近傍の酸素分圧、基板の回転等の各種条件については、上記した酸化ジルコニウム系層形成の場合と同様である。
酸化ジルコニウム系層や希土類酸化物系層、ペロブスカイト下地層の上記形成方法は、上記した強誘電体薄膜の場合と同様に、従来の真空蒸着法、スパッタリング法、レーザーアブレージョン法などとの比較において特に明確なように、不純物の介在の余地のない、しかも制御しやすい操作条件下で実施しうるため、再現性よく完全性が高い目的物を大面積で得るのに好適である。上記方法においてMBE装置を用いても、全く同様にして目的とする薄膜を得ることができる。
電極層の形成方法
電極層を金属から構成する場合、蒸着により形成することが好ましい。蒸着時の基板温度は、500〜750℃とすることが好ましい。基板温度が低すぎると、結晶性の高い膜が得られず、基板温度が高すぎると膜の表面の凹凸が大きくなってしまう。なお、蒸着時に真空槽内に微量の酸素を流しながらRfプラズマを導入することにより、さらに結晶性を向上させることができる。具体的には、例えばPt薄膜において、(001)配向中に(111)配向が混入することを防ぐ効果がある。
電極層をInを含む酸化物または導電性ペロブスカイト酸化物から構成する場合、上記した強誘電体薄膜やペロブスカイト下地層の形成方法を利用することが好ましく、この他、反応性多元蒸着法やスパッタ法を利用することもできる。
本発明では、強誘電体薄膜がエピタキシャル膜であるので、その表面の平坦度が良好となるが、強誘電体薄膜の組成や形成方法によっては十分な平坦度が得られないこともある。そのような場合には、強誘電体薄膜表面を研磨して平坦化することができる。研磨には、アルカリ溶液等を用いる化学的研磨、コロイダルシリカ等を用いる機械的研磨、化学的研磨と機械的研磨との併用などを用いればよい。
強誘電体薄膜表面を研磨すると、研磨歪が残留することがある。強誘電体の電気的特性は応力により大きく変化するため、研磨歪を除去するために、必要に応じて強誘電体薄膜にアニールを施すことが好ましい。アニールは、好ましくは300〜850℃、より好ましくは400〜750℃で、好ましくは1秒間〜30分間、より好ましくは5〜15分間行う。
なお、研磨を行わない場合でも、強誘電体特性を向上させるために、必要に応じてアニールを施してもよい。この場合のアニールは、好ましくは300℃以上、より好ましくは500℃以上、さらに好ましくは650℃以上、かつ好ましくは850℃以下、より好ましくは800℃以下で、好ましくは1秒間〜30分間、より好ましくは5〜15分間行う。
1…蒸着装置、1a…真空槽、2…基板、3…ホルダ、4…回転軸、5…モータ、6…ヒータ、7…酸化性ガス供給装置、8…酸化性ガス供給口、9…PbO蒸発部、10…TiOx蒸発部、11…希土類元素蒸発部。