JP2006265663A - 無段変速機用鋼、素材鋼板および無段変速機ベルト - Google Patents

無段変速機用鋼、素材鋼板および無段変速機ベルト Download PDF

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Abstract

【課題】工程負荷の少ない製造プロセスで合理的な強度・疲労特性が付与できる無段変速機ベルト用の鋼を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.15%以下、Si:3.0%以下、Mn:1.0%以下、P:0.06%以下、S:0.01%以下、Ni:0.05〜7.0%、Cr:8.0〜18.0%、N:0.10%以下、Ti:0〜0.05%、Cu:0〜3.0%、Mo:3.0%以下、B:0〜0.015%、残部Feおよび不可避的不純物であり、D=−1667C−28Si−33Mn−61Ni−42Cr−1667N−30Cu−42Mo+1311≧80、X=420C−11.5Si+7Mn+23Ni−5Cr+470N+9Cu−12Mo+82≧50となるように成分調整された無段変速機ベルト用の鋼。
【選択図】なし

Description

本発明は、無端金属ベルトからなる無段変速機用の鋼、およびその鋼を用いた無段変速機ベルト用素材鋼板、並びに無段変速機ベルトに関する。
従来、無段変速機ベルトに用いる金属リング材としては18Niマルエージング鋼が使用されてきた。この材料は焼入れ状態でほぼマルテンサイト単相であり、時効処理によって硬度を上昇させ、さらに窒化処理で表面層を硬化させることで素材の耐摩耗性や疲労特性を付与することが可能である。しかし、18Niマルエージング鋼はCoを10%以上含有しているために非常に高価であり、リサイクル性にも問題がある。また、リング溶接時の熱履歴で硬度が上昇するので、そのままリング圧延に供すると板厚制御や周長制御が難しくなる。このため、リング溶接後に焼鈍工程を入れているのが現状であり、工程負荷も大きい。
下記特許文献1、2には、18Niマルエージング鋼よりもさらに疲労特性を向上させた無段変速機ベルト用材料として、準安定オーステナイト系ステンレス鋼を使用したものが記載されている。これは、リング圧延時に加工誘起マルテンサイトを生成させ、さらに時効窒化処理を施すことにより非常に高い疲労特性を実現したものである。
特開2000−63998号公報 特開2002−53936号公報
しかしながら、特許文献1、2の準安定オーステナイト系鋼は、溶体化処理後において基本的にオーステナイト単相組織であるから、十分な量の加工誘起マルテンサイトを確保するためにはリング圧延の工程に大きな負荷がかかる。特に溶接部はひずみの少ないオーステナイト単相組織となるため、母材部と溶接部とでほとんど差のない組織状態を得るにはリング圧延での負荷を増大させる必要がある。また、リング圧延後もオーステナイト相が多く存在するので窒化処理には長時間を要する。特許文献1によると時効窒化処理は20分以上必要であるとされるが、発明者らのその後の調査の結果、20分程度の短時間では必ずしも安定して窒化が達成されないことがわかった。
一方、昨今では無段変速機の設計技術の進歩等により、特許文献1、2の材料ほど高い疲労特性を必要としないリング材の用途も増えつつある。特許文献1、2の材料はコストおよび特性の面で必ずしも合理的とは言えない。
本発明は、Co等の特殊元素を添加することなくリサイクル性に優れた合金元素で構成され、実施しやすく工程負荷の少ないプロセスでコスト・性能バランスに優れた無段変速機ベルトが製造できる鋼、および素材鋼板を提供すること、並びにその素材鋼板を用いた無段変速機ベルトを提供することを目的とする。
発明者らは詳細な研究の結果、上記目的は、化学組成が厳密にコントロールされた鋼を用い、中間製品である素材鋼板の段階において金属組織を適切にコントロールすることにより達成できることを知見した。
すなわち、本発明では以下の化学組成にコントロールされた鋼を提供する。
質量%で、C:0.15%以下、Si:3.0%以下、Mn:1.0%以下、P:0.06%以下、S:0.01%以下、Ni:0.05〜7.0%、Cr:8.0〜18.0%、N:0.10%以下、Ti:0〜0.05%、Cu:0〜3.0%、Mo:3.0%以下、B:0〜0.015%好ましくは0.001〜0.015%、残部Feおよび不可避的不純物であり、下記(1)式で定義されるD値が80以上、かつ下記(2)式で定義されるX値が50以上である化学組成。
D=−1667C−28Si−33Mn−61Ni−42Cr−1667N−30Cu−42Mo+1311 ……(1)
X=420C−11.5Si+7Mn+23Ni−5Cr+470N+9Cu−12Mo+82 ……(2)
ここで、Ti、Cu、MoおよびBは任意添加元素であり、その下限の0%は、製鋼工程で行われる通常の元素分析手法において測定限界以下の場合である。(1)式および(2)式の元素記号の箇所には質量%で表された各元素の含有量の値が代入される。
また本発明では、前記の鋼からなり、中間製品の段階で以下の金属組織にコントロールされた無段変速機ベルト用素材鋼板を提供する。
[1] 残留オーステナイト相:0〜25体積%、フェライト相:0〜50体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相の金属組織をもつ、リング圧延に供するための素材鋼板。
[2] 溶接でリング状にした鋼板であって、母材および溶接部とも残留オーステナイト相:0〜10体積%、フェライト相:0〜50体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相からなり、もしくは冷間圧延加工された状態でこの金属組織をもつ、窒化処理に供するための素材鋼板。この場合、表面に、バレル研磨、ショットピーニング処理またはショットブラスト処理を施してなる加工層を有していても構わない。
ここで、リング圧延とは、リング状の無端金属ベルトを2個のドラムあるいはプーリーに架けて張力を付与した状態で回動させながら圧延ロールで冷間圧延する圧延方法である。マトリクス(鋼素地)はフェライト相、オーステナイト相およびマルテンサイト相をいう。金属組織中にはマトリクス以外に析出物や介在物が含まれていて構わない。残留オーステナイト相が0体積%、かつフェライト相が0体積%の場合は、マトリクスがマルテンサイト単相の組織状態を意味する。
さらに本発明では、前記の鋼からなり、最終的に以下の構造を有する無段変速機ベルトを提供する。
溶接でリング状にした鋼板のベルトであって、表面に窒化層を有し、窒化層を除く内部は母材および溶接部とも残留オーステナイト相:0〜10体積%、フェライト相:0〜50体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相の金属組織をもつ無段変速機ベルト。特に、当該ベルトから切り出した長手方向の試験片についての引張強さが1350N/mm2以上、両振り曲げ疲労試験(回転数:600rpm、応力比=最大応力/最小応力:−1)による疲れ限度が650N/mm2以上であるものが好適な対象となる。
本発明によれば、従来の18Niマルエージング鋼を用いた場合に比べリング圧延時に周長制御・板厚制御がし易く、かつ、得られた無段変速機ベルトはリサイクル性に優れる。また、準安定オーステナイト系ステンレス鋼を用いた場合に比べリング圧延や窒化処理の工程負荷を大幅に軽減でき、かつ、母材と溶接部で特性にほとんど差のない無段変速機ベルトが容易に製造できる。さらに本発明によれば、優れた強度・疲労特性を安定して付与することが可能である。したがって本発明は、コストと性能のバランスに優れた無段変速機ベルトを提供するものであり、無段変速機の普及に寄与しうるものである。
発明者らの検討によれば、残留オーステナイト相が10体積%以下であるマルテンサイト主体の組織状態とした上で窒化処理を施すことにより、最終的に引張強さ1350N/mm2以上、疲れ限度650N/mm2以上といった優れた強度・疲労特性を無段変速機ベルトに安定的に付与できることが明らかになった。そのためには、鋼の化学組成および中間製品における金属組織を厳密に管理することが必要となる。以下、本発明を特定するための事項について説明する。
〔化学組成〕
以下、成分元素の「%」は特に示さない限り「質量%」を意味する。
C:0.15%以下
Cはオーステナイト形成元素であり、マルテンサイト相の強化に極めて有効である。しかし、C含有量の増加に伴い溶体化処理後の冷却過程あるいは窒化処理時に粒界に析出するCr炭化物が増加し、耐粒界腐食性や疲労特性の低下要因となる。これは熱処理条件等の最適化によりある程度回避できるが、工業的な限界を考慮するとC含有量の上限は0.15%に制限される。C含有量の下限は特に制限されないが、0.005%以上とすることが好ましく、0.01%以上が更に好ましい。
Si:3.0%以下
Siは通常、脱酸目的で添加されるが、マルテンサイト相を固溶強化し、特にリング圧延後の高強度化に寄与する。またひずみ時効により時効硬化能を向上させる効果も有する。しかし、Si含有量が多くなると高温割れを誘発し易く、製造上の問題を生じるとともに、フェライト相の含有率が高くなり却って強度低下を招くことになる。このためSi含有量は3.0%以下に制限される。
Mn:1.0%以下
Mnはオーステナイト生成元素であり、溶体化処理後のマルテンサイト相比を高めて強度向上に寄与する。しかし、多量のMn含有は溶体化処理後の残留オーステナイト量を多くし、強度低下の要因となる。また、Sと結合してMnSの形で析出し、疲労特性に悪影響を及ぼすことがある。このためMn含有量1.0%以下に制限される。特に好ましいMn含有量は0.2〜0.8%である。
P:0.06%以下
Pは固溶強化能が大きい元素であるが、Ti等と結合してリン化物を形成し、高強度域における疲労特性を低下させることがある。したがってP含有量は低いほど望ましく、本発明では0.06%以下に制限される。
S:0.01%以下
Sは熱間圧延での耳切れ発生の面で好ましくない元素である。また、Mn、Ti等と結合して析出物を形成し、疲労特性に悪影響を及ぼす。したがってS含有量は低いほど望ましく、本発明では0.01%以下に制限される。
Ni:0.05〜7.0%
NiはMnと同様に溶体化処理後のマルテンサイト相比を高めて強度を向上させる作用を呈する。この作用を十分に発揮させるには0.05%以上のNi含有が望ましい。一方、多量のNi含有は溶体化処理後の残留オーステナイト量を増加させ、強度低下の要因となる。このためNi含有量は0.05〜7.0%に規定する。
Cr:8.0〜18.0%
Crは固溶強化に寄与するとともに、耐食性を付与する上で重要である。無段変速機の用途では少なくとも8.0%のCr含有量を確保することが望ましい。ステンレス鋼としての耐食性を得るには11.0%以上好ましくは13.0%以上のCr含有量を確保するとよい。しかし、Cr含有量が多すぎるとマルテンサイト主体の金属組織を得ることが難しくなり、無段変速機ベルトとしての十分な強度が確保できなくなる恐れがある。この弊害はCr含有量が18.0%を超えると顕著に現れるようになる。したがってCr含有量の上限は18.0%に規定する必要がある。
N:0.10%以下
NはCと同様にオーステナイト形成元素であり、マルテンサイト相の強化に寄与する。ただし、Nを多量に含有すると溶体化処理後の残留オーステナイト量が多くなり強度低下の要因となる。また、Tiとの非金属介在物が生成し易くなり、疲労特性の低下を招く恐れがある。このためN含有量は0.10%以下に制限される。N含有量の好ましい範囲は0.005〜0.07%である。
Ti:0.05%以下
Tiは析出硬化作用を有するが、本発明ではTiによる前記作用を特に利用する必要はない。むしろ、Tiを含有させるとTi窒化物が多くなり、却って無段変速機ベルトの疲労特性を損なう場合があることがわかってきた。本発明では優れた疲労特性を安定して付与する観点から、Tiは無添加とするか、あるいは0.05%以下の含有量にとどめる。
Cu:3.0%以下
Cuは時効硬化に寄与する。0.5%以上のCu含有量とすることが効果的である。ただし、過剰のCu添加は熱間加工性の低下を招くので、Cuを添加する場合は3.0%以下の範囲で行う必要がある。
Mo:3.0%以下
Moは時効処理時に炭化物を微細に分散させる効果を有するとともに、Cr含有量が多い場合にはステンレス鋼としての耐食性を高める効果がある。さらにMoには、高温で時効した場合にひずみの急激な解放を抑制する効果があり、時効を兼ねた窒化処理の高温・短時間化に寄与し得る。ただし、Moを多量に添加してもこれらの効果は飽和するとともに、原料コストの増大を招き合理的でない。したがって、Moを添加する場合は3.0%以下の範囲で行うことが望ましい。特に好ましいMoの含有量範囲は0.5〜2.0%である。
B:0.015%以下
BはNと微細な析出物を形成して最終焼鈍時の結晶粒粗大化を抑制するとともに、熱間圧延温度域でのδフェライト相とオーステナイト相の粒界における結合力を高めて熱間加工性を改善する作用があり、特に熱延耳切れの防止に有効である。このような作用を十分に発揮させるためには0.001%以上のB添加が特に効果的である。しかし、過度の添加は低融点硼化物の形成を招き、逆に熱間加工性を劣化させる。このため、Bを添加する場合は0.015%以下の範囲で行う必要がある。
その他、熱間加工性改善等の目的でCa、REM(希土類元素)、Y、Mgを含有させてもよい。この場合、無段変速機ベルトとして必要な疲労特性その他の材料特性を損なわないよう、それぞれ0.05%以下の含有量とすることが望ましい。
D値:80以上
本発明では下記(1)式で定義されるD値が80以上になるように各成分元素の含有量を調整する。
D=−1667C−28Si−33Mn−61Ni−42Cr−1667N−30Cu−42Mo+1311 ……(1)
D値は溶体化処理し水冷した鋼板(溶体化処理鋼板)における残留オーステナイト量と良い相関を有する指標である。本発明では後述のように、残留オーステナイト相が25体積%以下の溶体化処理鋼板を用意することが望ましい。D値が80以上となるように合金元素含有量を調整することで溶体化処理鋼板の残留オーステナイト量を25体積%以下にコントロールすることができる。
X値:50以上
本発明ではさらに下記(2)式で定義されるX値が50以上になるように各成分元素の含有量を調整する。
X=420C−11.5Si+7Mn+23Ni−5Cr+470N+9Cu−12Mo+82 ……(2)
X値は溶体化処理鋼板におけるフェライト量と良い相関を有する指標である。後述するように、最終的に十分な強度・疲労特性を得るためには、溶体化処理後の段階でフェライト量が50体積%以下に抑えられていることが望ましい。X値が50以上となるように組成調整することで溶体化処理鋼板のフェライト量を50体積%以下にコントロールすることができる。
〔製造工程〕
本発明では、溶体化処理鋼板を出発材料として以下の工程を有するプロセスで目的の無段変速機ベルトを得ようというものである。
(溶体化処理鋼板)→溶接によるリング化→リング圧延→必要に応じて機械的表面処理→窒化処理→(無段変速機ベルト)
〔リング圧延に供するための素材鋼板〕
リング圧延に供するための溶体化処理鋼板の段階での素材鋼板としては、残留オーステナイト量が25体積%になっていることが望ましい。これを超える多量の残留オーステナイト相が存在する場合は、後工程のリング圧延で所望の組織を得るのに多大な工程負荷を要するか、あるいは所望の組織を得ることが不可能となる。
一方、鋼板中にフェライト相が多いと強度不足が生じる。種々検討の結果、無段変速機ベルトとして引張強さ1350N/mm2以上かつ疲れ限度650N/mm2以上の強度・疲労特性を安定して得るには、当該ベルトにおいてフェライト量が50体積%以下になっていることが極めて有効である。フェライト量はリング圧延や窒化処理で実質的に変化しないので、溶体化処理鋼板の段階でフェライト量が50体積%以下になっていればよい。
以上のことから、リング圧延に供するための素材鋼板として、フェライト相:0〜50体積%、残留オーステナイト相:0〜25体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相の金属組織をもつ溶体化処理鋼板を用意することが好ましい。
なお、溶体化処理鋼板は一般的な「溶製→熱間圧延→冷間圧延」のプロセスで得ることができる。
〔窒化処理に供するための素材鋼板〕
上記の溶体化処理鋼板を一定長さに切断し、長手方向の両端部同士を溶接で接合して無端金属ベルトにする。次いで、無端金属ベルトにリング圧延を施し、窒化処理に供するためのリング状素材鋼板を得る。リング圧延後に表面に圧縮応力を付与するための機械的表面処理(後述)を施してもよい。
窒化処理に供するための素材鋼板においては、残留オーステナイト相が10体積%以下になっていることが極めて重要である。残留オーステナイト相が多い状態で窒化処理に供すると、Nの拡散が遅いことに起因して表層が十分に窒化されず、窒化層の厚さ変動が大きくなることから、疲労特性のバラツキが生じやすい。このような窒化の不具合は、残留オーステナイト相を10体積%以下に低減したとき、顕著に改善されるのである。窒化処理に供する段階での好ましい金属組織は、母材および溶接部とも、残留オーステナイト相:0〜10体積%、フェライト相:0〜50体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相の組織である。
溶体化処理後の段階で10体積%を超える残留オーステナイト相が存在している場合は、その残留オーステナイト相の一部または全部をリング圧延によって加工誘起マルテンサイト相に変態させることが肝要である。ただし、リング圧延率は3〜60%の範囲で設定することが好ましい。リング圧延率が3%未満ではベルト全周において均一な特性を得るのが困難であり、逆に60%を超えると過度の加工ひずみが導入され疲労特性が急激に低下するからである。本発明で規定する化学組成の鋼板であって、残留オーステナイト量が25体積%以下に調整されている溶体化処理鋼板を素材としたとき、3〜60%のリング圧延率の範囲で、母材および溶接部とも、残留オーステナイト相の量を10体積%以下にすることができる。
リング圧延後には、必要に応じてリング状鋼板の表面に圧縮応力を付与するための機械的表面処理を施すことができる。この処理を行うと最終製品における疲労特性を安定して向上させる上で一層有利となる。具体的な手段として、バレル研磨、ショットピーニング処理、ショットブラスト処理が挙げられる。これらは1種のみを採用してもよいし、2種以上を順次施す「複合処理」としてもよい。
〔無段変速機ベルト〕
リング圧延あるいは更に機械的表面処理を経たリング状鋼板は、窒化処理に供する。例えば300〜600℃の窒化環境下に1〜120分間曝す条件で窒化処理を行うと、時効処理を兼ねることができ、疲労特性とともに強度の向上を図ることができる。
窒化処理温度が300℃未満ではNの拡散速度が遅く、十分な窒化深さが得られない。逆に600℃を超えるとマルテンサイトの焼戻しおよびリング圧延で付与したひずみの回復が起こるため、母材および溶接部の強度レベルが低下し、それに伴って無段変速機ベルトとしての十分な疲労特性が得られない。一方、窒化処理時間については、本発明の素材鋼板を用いると、最長でも120分間の窒化処理で十分な窒化深さが得られる。本発明の素材鋼板はNの拡散が遅い残留オーステナイト相の量が0〜10体積%と少なく、残部のマトリクスはNの拡散が比較的速いマルテンサイト相、あるいはマルテンサイト相とフェライト相で構成されているからである。ただし、1分未満だと十分な窒化深さを安定して得ることが難しい。通常、10〜100分程度の窒化処理時間を確保することが、製品品質の安定性および経済性の観点から好ましい。
窒化方法は特に規定されないが、例えば「ガス窒化法」、「塩浴窒化法」、「ガス浸硫窒化法」、「プラズマ窒化法」などが適用できる。
ガス窒化法としては、アンモニアガスを含むガス環境が使用できる。例えば、アンモニアガスに、RXガス(吸収型変成ガス;CO+H2+N2)、プロパンガス、ブタンガス、(CO2+CO)混合ガス等を混合した雰囲気を採用することができる。
塩浴窒化法の場合は、NaCN、KCN、NaCNOおよびKCNOの1種以上を基本成分とし、これにNa2CO3およびK2CO3の1種以上を添加した300〜600℃塩浴を使用することができる。
ガス浸硫窒化法の場合は、アンモニアガスを基本成分とするガスにH2Sが混合され、さらに必要に応じてCO2、N2を含む混合ガスが使用できる。
プラズマ窒化法の場合は、窒素ガスを基本成分とし、必要に応じてH2を含む減圧ガス雰囲気中にリング状鋼板を設置し、当該リング状鋼板と電極との間に生成させたプラズマによって、当該リング状鋼板を300〜600℃に加熱すればよい。プラズマを発生させる電極として金属製密閉容器の炉壁を利用することが効率的である。すなわち、リング状鋼板と炉壁の間に生成されたプラズマによってリング状鋼板を加熱するとよい。
以上の製造法で作られる無段変速機ベルトは優れた強度および疲労特性を有する。なかでも板厚0.03〜0.5mm、幅3〜50mmであり、引張強さが1350N/mm2以上、疲れ限度が650N/mm2以上の合理的な特性を有する無段変速機ベルトがコストおよび性能バランスに優れたものとして提供できる。
表1に示す組成の鋼を真空溶解炉で溶製し、鍛造、熱間圧延、中間焼鈍、冷間圧延を行い、1020℃で1分間保持したのち水冷する溶体化処理を施して、リング圧延に供するための素材鋼板(以下「リング圧延前鋼板」という)を製造した。各リング圧延前の素材鋼板から幅20mmのベルトを切り出し、長手方向の両端部同士をTIG溶接にて接合して無端金属ベルトとした。これを2個のプーリーに架けて張力を付与した状態で回動させ、30%の圧延率でリング圧延を行って板厚0.18mmのリング状鋼板とした。次いで、一部を除いて、バレル研磨、ショットブラスト処理およびショットピーニング処理の1種以上の機械的表面処理を施し、窒化処理に供するための素材鋼板(以下「窒化処理前鋼板」という)を得た。その後、ガス窒化法による窒化処理に供した。ガス環境は「50体積%アンモニアガス+50体積%NXガス」からなる混合ガスとし、温度は480℃、保持時間は60分とした。
Figure 2006265663
リング圧延前鋼板、窒化処理前鋼板について、X線回折および光学顕微鏡観察により鋼板内部の残留オーステナイト量とフェライト量を調べた。なお、残留オーステナイト相とフェライト相を除く残部のマトリクスはマルテンサイト相であった。
また、窒化処理後の無端金属ベルト(無段変速機ベルトの製品に相当)から試験片を切り出し、引張試験および疲労試験を行った。引張試験はJIS Z2201に規定の13B号試験片を用いてJIS Z2241に準じて行った。疲労試験は長さ100mm、幅8mmの平行部を有する試験片を用いて、回転数600rpm、応力比(最大応力/最小応力)=−1の条件で両振り曲げ疲労試験を行い、JIS Z2273に準じて疲れ限度を測定した。
結果を表2に示す。
Figure 2006265663
表2から判るように、本発明例のものはリング圧延後に母材および溶接部ともに残留オーステナイト相が10体積%以下であり、窒化処理後において引張強さ1350N/mm2以上、疲れ限度650N/mm2以上の強度・疲労特性を余裕を持ってクリアした。特に、例えばリング圧延率30%、窒化処理温度480℃、窒化処理時間60分という、営業生産ラインで実施しやすく工程負荷の少ないプロセスで引張強さ1400N/mm2以上、疲れ限度700N/mm2以上という優れた強度・疲労特性が安定して得られることが確認された。
これに対し、比較例Q1はD値が80未満と低い鋼を使用したため、リング圧延前鋼板の残留オーステナイト量が25体積%を超えたことに起因して窒化処理前鋼板の残留オーステナイト量が10体積%を超え、結果的に窒化が不十分となって疲労特性に劣った。Q2はX値が50未満と低い鋼を使用したためフェライト量が50体積%を超え、窒化処理後の引張強さ、疲れ限度とも低かった。Q3はSとTiが高い鋼を使用し、Q4はTiが高い鋼を使用したため、いずれも窒化処理後にTi系介在物が多く分布し、疲れ限度が低かった。Q5はCが高い鋼を使用したため時効処理後の引張強さが過度に高くなりとともに、疲れ限度は低くなった。Q6はNが高い鋼を使用したためTiNが多く分布し、疲れ限度が低かった。

Claims (8)

  1. 質量%で、C:0.15%以下、Si:3.0%以下、Mn:1.0%以下、P:0.06%以下、S:0.01%以下、Ni:0.05〜7.0%、Cr:8.0〜18.0%、N:0.10%以下、Ti:0〜0.05%、Cu:0〜3.0%、Mo:3.0%以下、B:0〜0.015%、残部Feおよび不可避的不純物であり、下記(1)式で定義されるD値が80以上、かつ下記(2)式で定義されるX値が50以上となるように成分調整された無段変速機ベルト用の鋼。
    D=−1667C−28Si−33Mn−61Ni−42Cr−1667N−30Cu−42Mo+1311 ……(1)
    X=420C−11.5Si+7Mn+23Ni−5Cr+470N+9Cu−12Mo+82 ……(2)
  2. B含有量が0.001〜0.015%である請求項1に記載の無段変速機ベルト用の鋼。
  3. 請求項1または2に記載の鋼からなる溶体化処理された鋼板であって、残留オーステナイト相:0〜25体積%、フェライト相:0〜50体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相の金属組織をもつ、リング圧延に供するための無段変速機ベルト用素材鋼板。
  4. 請求項1または2に記載の鋼からなり、溶接でリング状にした鋼板であって、母材および溶接部とも残留オーステナイト相:0〜10体積%、フェライト相:0〜50体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相の金属組織をもつ、窒化処理に供するための無段変速機ベルト用素材鋼板。
  5. 請求項1または2に記載の鋼からなり、溶接でリング状にした鋼板であって、母材および溶接部とも残留オーステナイト相:0〜10体積%、フェライト相:0〜50体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相からなる冷間圧延加工された金属組織をもつ、窒化処理に供するための無段変速機ベルト用素材鋼板。
  6. 表面に、バレル研磨、ショットピーニング処理またはショットブラスト処理を施した加工層をもつ請求項4または5に記載の窒化処理に供するための無段変速機ベルト用素材鋼板。
  7. 請求項1または2に記載の鋼からなり、溶接でリング状にした鋼板のベルトであって、表面に窒化層を有し、窒化層を除く内部は母材および溶接部とも残留オーステナイト相:0〜10体積%、フェライト相:0〜50体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相の金属組織をもつ無段変速機ベルト。
  8. 請求項1または2に記載の鋼からなり、溶接でリング状にした鋼板のベルトであって、表面に窒化層を有し、窒化層を除く内部は母材および溶接部とも残留オーステナイト相:0〜10体積%、フェライト相:0〜50体積%、残部のマトリクスがマルテンサイト相の金属組織をもち、当該ベルトから切り出した長手方向の試験片についての引張強さが1350N/mm2以上、両振り曲げ疲労試験(回転数:600rpm、応力比=最大応力/最小応力:−1)による疲れ限度が650N/mm2以上である無段変速機ベルト。
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