本発明は、粒間割れと粒間腐食の開始を妨げ、防ぐために、そして特別な粒界の密度を増やすために、オーステナイト系鉄・ニッケル・クロム合金から作られる物品の表面処理のためのプロセスに関する。本プロセスは、表面に近い領域に変形を引き起こすために、例えば高密度ショットピーニングによる、加工と、その後の再結晶熱処理を少なくとも一サイクル行うことにより構成される。本新規プロセスは、鍛造した物質や鋳造した物質、溶接した物質にも適用することができ、特に、蒸気ボイラー管や原子力発電所の原子炉の上蓋コア貫通管(core reactor head penetrations)、パルプ製紙業界で使用されるリカバリーボイラーパネル、原子力廃棄物の保管のための金属性容器における閉鎖溶接、蓄電池部品などの部品への現地での適用、または現場での適用に適している。
先行技術で主に述べられていることは、物質の表面に残留圧縮の状態をもたらし、それにより、引っ張り応力があると始まり広がる割れが始まることに対する耐性をその物質に付与する手段として、例えば「ショットピーニング(shot peening)」による、表面冷間加工を利用することである。ショットピーニングは冷間加工の一つの方法で、金属部品の表面層上と表面層付近に圧縮応力を引き起こす。このプロセスでは、試験対象物にショットの流れを衝突させるが、それは制御された条件下で金属表面に向けて高速に行われる。
ピーニングにより表面が洗浄されるが、その主たる目的は疲労強度に影響を与え高めることである。ピーニングプロセスでは、応力腐食割れの一因となる引っ張り応力が緩和されることが知られている。米国特許5816088号(1998年)においてヤマダ氏は高速ショットピーニングを利用した鋼鉄のワークピースに対する表面処理方法を記載している。米国特許5932120号(1999年)においてマナーバ(Mannava)氏は低エネルギーレーザを利用したレーザショックピーニング装置を記載している。米国特許4481802号(1984年)において、ハーマン(Harman)氏とランバート(Lambert)氏は残留引っ張り応力を緩和するために、小径の管の内側をピーニングする方法を記載している。
米国特許3844846号(1974年)においてフリスク(Friske)氏とページ(Page)氏はショットピーニングによる表面変形処理を記載している。この処理は、オーステナイト系クロム・鉄・ニッケル合金に、熱処理を後で行うことなく適用されるが、表面領域を大きく変形させ、その結果、その物品が使用中に増感温度、すなわち、摂氏400度から700度に露出される場合に粒間腐食に対する耐性を強くするために行われる。
米国特許4086104号(1978年)においてキノシタ氏とマサムネ氏もまたオーステナイト系ステンレス鋼部品に対する表面変形処理を記載している。この処理は最終ミル焼き鈍し、または熱間圧延処理の後に適用されるが、ステンレス鋼の表面を、後に高温蒸気に露出させるときに酸化スケールの生成に対してより耐性を持つようにする。
米国特許4495002号(1985年)においてアネロ(Anello)氏は塩化物腐食に対する耐性を高めるためにマルテンサイト系ステンレス鋼に対する三段階のプロセスを記載している。物品にショットピーニングにより表面変形を与え、その後、摂氏527度から549度において時効処理(ageing treatment)を行い、そして、強度の弱い最後のショットピーニングを行う。このようにして、時効したマルテンサイトからなる均質な表面に近い領域を得ることになり、そこは塩化物腐食と割れに対する耐性がある。
米国特許4424083号(1984年)においてポリツォッティ(Polizotti)氏は、鋳造されたオーステナイト系ステンレス鋼管が炭化水素の水蒸気分解などの高温浸炭雰囲気中で使用されたときに、浸炭からの保護性を高める方法を記載している。炭素が合金鋼に拡散するとカーバイドをさらに生成することになり、それにより管の脆化が起こるが、これを避けるために、少なくともクロムを酸化する酸素分圧雰囲気下において、再結晶温度と融点温度の間の温度で有効な長さの時間をかけてそのような管の冷間加工された内面を加熱する。ポリツォティ(Polizotti)氏によって使用された温度は、摂氏420度と1150度であり、好ましくは摂氏420度と800度であり、そのような温度での処理時間は約200時間から約500時間であると述べられている。適切な雰囲気には酸素、または蒸気が含まれる。必要な処理時間は酸素分圧に依存し、酸素分圧が低いとより長い処理時間が必要になる。
米国特許5702543号(1997年)と米国特許5817193号(1998年)においてパラムボ(Palumbo)氏は、バルク冷間加工を適用し、その後、再結晶熱処理を行うことを含む熱機械的なミルプロセスを記載している。これはオーステナイト系ニッケル・鉄・クロム合金の粒界微細構造を改善し、それによって粒間腐食と粒間割れの耐性にかなりの改善をもたらすことを目的としている。
研究によると、境界面構造の「Coincident Site Lattice」モデル(クロンベルグ(Kronberg)、ウィルソン(Wilson)、Trans. Met. Soc. AIME、185、501(1949))に基づき、Σ≦29でΔθ≦15°_Σ−0.5であるΣのΔθ内にあるとして(ブランドン(Brandon)、Acta Metall.、14、1479、(1966))記載される、ある「特別な」粒界は、腐食や割れ、粒界すべりなどの粒間劣化プロセスに対して高い耐性があることが示されている。この粒界すべりはクリープ変形の主要な原因である。特別な粒界を含む教えを引用することにより、クロンベルグ(Kronberg)とウィルソン(Wilson)の開示、およびブランドン(Brandon)の開示はそこに組み込まれるものとする。
オーステナイト系ニッケル・鉄・クロム合金からなる仕上げ、または半仕上げ物品は、それが鍛錬された状態でも、鍛造された状態でも、鋳造された状態でも、溶接された状態であろうとも、冷間加工された表面に近い領域で再結晶を引き起こすため、そして特別にΣ CSLの低い粒界の出現率を上げるために十分な時間に渡り融点未満の温度で、ショットピーニングなどの技法とその後にその物品の焼き鈍し(annealing)を行うことで、表面に近い領域の変形を引き起こすために加工され得ることを私たちは発明した。
本明細書において、「表面に近い領域」とは物品の表面層で0.01ミリメートルから約0.5ミリメートルまでの範囲の深さまでを示す。本明細書の以下において、変形を引き起こす加工のことを簡略して「加工」を呼ぶ。
本発明の主たる目的は、オーステナイト系ニッケル・鉄・クロム合金からなる仕上げ物品または部品の表面に近い領域で再結晶化された構造を変化させることで、圧延や押出し、鍛造などのプロセスにより物品や部品にバルク変形を与える必要なしに、物品や部品の使用中に粒間腐食や粒間割れに対するかなりの耐性に強い影響を与える、表面処理方法論を提供することである。再結晶処理後の表面層の硬度は処理前の物品の硬度よりも低い。
本発明のさらなる目的は、前述のように表面処理プロセスを提供することで、そのプロセスは複雑な形状の仕上げ部品やすでに使用されているかも知れない部品、特に原子力蒸気ボイラー管や原子炉の上蓋貫通管などの部品、の劣化や腐食耐性を処理し改善するために使用することができる。適切に処理される部品としては、ほかに、パルプ製紙業界で使用されるリカバリーボイラーパネルなどの溶接被覆部品や原子力廃棄物の保管のための金属性容器における閉鎖溶接がある。
本発明の方法では、金属製物品の表面において特別な粒界(grain boundaries、結晶の境界線)の密度を高める。これは、析出硬化や時効硬化などの従来の強化の仕組みを引き起こすことなく、また物質の引張り応力や硬度を実質的に変更することなく、なされる。一般的には、このプロセスを受けない、受け取ったままの物質やその物質のバルクに比較すると、特別な粒界割れ部分が増えた層では引張り応力の減少が見られる。
私たちの実験と文献の調査から、ここで対象とする種類の物品に対する従来の表面冷間加工はわずか10%から15%の特別な粒界部分を生成するだけであることが示されている。本発明の方法によれば、これが20%を超えるまでにかなり改善することができる。特別な粒界部分が30%を超えると、そして一般的には40%から50%になると、粒間腐食と粒間割れに対する耐性が高まる。
希望する特性を得るために必要な処理時間は物質に依存して変化するが、標準的には1分から75時間の範囲であり、好ましくは5分から50時間の範囲である。
これらの目的を達成する観点から、オーステナイト系ニッケル・鉄・クロム合金に対して以下のステップからなる少なくとも一回のサイクルを行うことにより、その合金からなる物品の粒間腐食や粒間割れに対する耐性を改善する方法が提供されるが、そのサイクルは、
(i)0.01ミリメートルから0.5ミリメートルの範囲の深さまで、物品の表面領域を加工し、
(ii)表面領域で再結晶を引き起こすために十分な時間、合金の融点未満の温度で物品を焼き鈍しすることを含む。
本発明の好適な実施の形態は図面を参照して以下に詳細に記載される。3枚の図面はオーステナイト系合金の断面の光学的顕微鏡写真であり、比較のために利用される。
冶金技術の当業者の間では既知であるが、転位を維持できるほど十分低温において物品を機械的に変形させることは冷間加工に含まれているが、それにより再結晶化されていない、変形された結晶粒構造が生じる。他方、熱間加工では、主に再結晶化された結晶粒を持つ物品ができる。
本発明は、物品の表面層を加工し、その後焼き鈍し処理を行うことによっているが、それにより変形した領域が再結晶化される。ショットピーニングは冷間加工の中で従来にはない方法であり、制御された条件化において表面に向けられた高速のショットの流れの衝突によって金属部品の露出された表面層に圧縮応力を起こす。強度の高いショットの流れが試験物品表面に接触すると、表面に小さな丸いへこみが生成され、表面の下0.5ミリメートル(0.02インチ)まで塑性変形を起こす。この層の下の金属は影響を受けない。物品の露出された表面へのピーニングの浸透深さは、ショットの硬度や重量、大きさ、そして衝撃速度により制御可能である。
本発明の方法を実施する際には、加工は標準的には室温未満または室温近辺、たとえば、摂氏マイナス20度とプラス45度の間で実施される。変形処理はそれより高温でも、うまく適用することが可能であることを私たちは発見している。たとえば、摂氏約40度から、ケルビン温度で表現して、物品の融点の約50%の温度(ケルビン温度のTm度(Tm°K)の50%)まで、好ましくはケルビン温度のTm度の25%までで適用可能である。どのような場合でも、変形最高温度は処理されている合金の再結晶温度未満(be below、以下)でなくてはならない。
オーステナイト系ニッケル・鉄・クロム物品を熱処理し、その後ピーニングを施す作業は、完全な再結晶化が生じるために十分な、そして、炭化クロムが融解されないままで、クロム元素と炭素元素が固溶体内に保持されることが保証できるほど十分な温度と時間で行われる。適切な焼き鈍し温度は、ケルビン温度のTm度の50%からケルビン温度のTm度未満までの範囲(ケルビン温度のTm度の0.5から1.0未満)で、通常はケルビン温度のTm度の0.6から0.99の範囲、好ましくはケルビン温度のTm度の0.7から0.95の範囲であることを私たちは発見している。
ピーニングと熱処理のステップは表面に近い微細構造に最適な均質性を達成するために何度も繰り返し行ってもよい。
また、処理した物品の表面に近い部分に圧縮応力を与えるために、熱処理の後で強度の弱い、最終的な表面変形を加えてもよい。析出硬化可能なオーステナイト系ニッケル・鉄・クロム合金の場合は、最終的な再結晶化処理、または強度を弱めたピーニング処理の後に時効熱処理(ageing heat treatment)を行い、強化段階の促進をもたらしてもよい。
オーステナイト系溶接オーバレイ合金625(化学組成:ニッケル61%、クロム21.4%、モリブデン8.2%、鉄9.4%)の一部を鋳造したままの状態で得た。この物質のサンプルを本発明の好適な実施の形態に基づき処理したが、それにより露出された表面は表1に概略を示した条件でショットピーニングされた。各ピーニングサイクルの後で、サンプルは摂氏1000度(華氏1832度)で5分間再結晶化され、空気冷却された。図1(a)は受け取った状態の物質(F)の断面の光学的顕微鏡写真を示し、図1(b)と図1(c)はそれぞれ、本発明の好適な実施の形態により1サイクルと2サイクル処理された物質(G−1とG−2)の断面の光学的顕微鏡写真である。これらの顕微鏡写真に示すように、処理された物質には、標本に対して約0.127ミリメートル(0.005インチ)延びた再結晶化した表面層が見える。表2には、本発明の方法を適用して得られた、最終的な微細構造の特性をまとめてある。
処理されたサンプルと受け取ったままの物質はその後、応力除去の製造プロトコルをシミュレートする「増感」熱処理を受けるが、この処理は次のように行われた。サンプルは室温から一時間に華氏400度(摂氏204度)の加熱速度で目標温度の華氏1650度(摂氏899度)まで加熱され、華氏1650度(摂氏899度)で20分間保持され、その後華氏600度(摂氏315度)まで炉冷され、そして室温まで空気冷却された。
すべてのサンプルはその後、ASTMのG28Aに従って腐食検査され、増感により生じる粒間腐食に対する耐性を評価した。検査では、沸騰した硫酸第二鉄、50%の硫酸水内に120時間に渡って露出される。質量の減少とミル単位での一年間の腐食率を示すために、約0.0615インチx0.5インチx2インチの繰り返し実験を行ったサンプルを正確に寸法測定して露出された表面の面積を決定し、露出の前後で1ミリグラムの正確さで重量測定した。
表2には腐食の測定結果をまとめてある。受け取ったままで増感した物質(F)は、本発明の好適な実施の形態に従って処理することを行っていないが、一年間で393ミルの腐食率を示している。本発明の好適な実施の形態により処理され、その後増感された物質は、増感における著しい減少と腐食耐性の改善が見られるが、G−1とG−2の標本ではそれぞれ一年間に40ミル、41ミルというほぼ同じ平均腐食率を示している。
本発明のプロセスを用いることにより、バルク変形を行わずに、多くの種類の物品を処理し、腐食に対する耐性をかなり増やすことができる。
合金625の受け取ったままの状態の顕微鏡写真である。
同一の合金625のサンプルであるが、本発明にしたがって、表面変形(ショットピーニング)と再結晶による単一サイクル処理を加えた後の状態を示す。
本発明によるプロセスを二サイクル施した、同一の合金の光学的な顕微鏡写真である。