JP2005060723A - 曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトおよびその製造方法 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】クランクピン部およびジャーナル部の表面に焼入れ硬化層を有するクランクシャフトにおいて、鋼組織を、質量%でC:0.35〜0.7 %、Si:0.30〜1.1 %、Mn:0.2 〜2.0 %、Al:0.005 〜0.25%、Ti:0.005 〜0.1 %、Mo:0.05〜0.6 %、B:0.0003〜0.006 %、S:0.06%以下、P:0.02%以下およびCr:0.2 %以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成にすると共に、母材組織を、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を有し、かつこれらベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率が10%以上とし、さらに高周波焼入れ後の硬化層の旧オーステナイト粒径を硬化層全厚にわたり12μm 以下とする。
【選択図】 図2
Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、クランクピン部およびジャーナル部の表面に高周波焼入れによる硬化層をそなえるクランクシャフトおよびその製造方法に関し、特にクランクシャフトの曲げ疲労寿命の有利な向上を図ろうとするものである。
【0002】
【従来の技術】
自動車エンジンなどの内燃機関におけるピストンの往復運動を回転運動に変更する部材として、クランクシャフトが用いられている。
このクランクシャフト1は、図1に示すように、シリンダーへのジャーナル部2、ピストン用コネクティングロッドの軸受け部であるクランクピン部3、クランクウェブ部4およびカウンタウェイト部5をそなえていて、特にジャーナル部2およびクランクピン部3には高周波焼入れを施して、その疲労強度の向上を図っている。
【0003】
しかしながら、最近の内燃機関の高出力化に伴い、クランクシャフトのさらなる強化、特に曲げ疲労寿命の向上が要請されている。
ここに、クランクシャフトの曲げ疲労寿命を向上させるには、上記したジャーナル部やクランクピン部における疲労強度を高めることが有効である。
【0004】
疲労強度を向上させるためには、例えば高周波焼入れによる焼入れ深さを増加させることが考えられる。しかしながら、焼入れ深さを増加してもある深さで疲労強度は飽和する。
また、疲労強度の向上には、粒界強度の向上も有効であり、この観点から、TiCを分散させることによって旧オーステナイト粒径を微細化する技術が提案されている(例えば特許文献1参照のこと)。
【0005】
上記の特許文献1に記載された技術では、高周波焼入れ加熱時に微細なTiCを多量に分散させることで、旧オーステナイト粒径の微細化を図るものであるため、焼入れ前にTiCを溶体化しておく必要があり、熱間圧延工程で1100℃以上に加熱する工程を採用している。そのため、熱延時に加熱温度を高くする必要があり、生産性に劣るという問題があった。
また、上記の特許文献1に開示された技術をもってしても、クランクシャフトの曲げ疲労寿命に対する要求には十分に応えることができなった。
【0006】
また、特許文献2には、硬化層深さCDと高周波焼入れ軸物部品の半径Rとの比(CD/R)を 0.3〜0.7 に制限した上で、このCD/Rと高周波焼入れ後の表面から1mmまでのオーステナイト結晶粒径γf、高周波焼入れままの(CD/R)=0.1 までの平均ビッカース硬さHfおよび高周波焼入れ後の軸中心部の平均ビッカース硬さHcで規定される値Aを、C量に応じて所定の範囲に制御することによってねじり疲労強度を向上させた機械構造用軸物部品が提案されている。
しかしながら、この部品では、焼入れ硬化層の全厚にわたる旧オーステナイト粒径に考慮が払われていない。このため、やはり本発明で所期したほど良好な曲げ疲労寿命を得ることはできなかった。
【0007】
さらに、特許文献3には、成形加工後、二段の高周波焼入れにより、表面γ粒度をJIS G 0551の粒度No. で10以上とし、かつ炭化物を微細に分散させることによって転動疲労強度を改善する技術が提案されている。
しかしながら、この技術は、焼入れ硬化層深さが浅いこともあって、やはり本発明で所期したほど良好な曲げ疲労寿命を得ることはできなかった。
【0008】
【特許文献1】
特開2000−154819号公報(特許請求の範囲、段落〔0008〕)
【特許文献2】
特開平8−53714 号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】
特開平7−118791号公報(特許請求の範囲)
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、従来よりも曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトを、その有利な製造方法と共に提案することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
さて、発明者らは、クランクシャフトの曲げ疲労寿命を効果的に向上させるべく、鋭意検討を行った。
その結果、以下に述べるように、クランクシャフトの化学組成、組織、焼入れ条件および焼入れ後の硬化層全厚にわたる旧オーステナイト粒径を最適化することにより、優れた曲げ疲労寿命を有するクランクシャフトが得られるとの知見を得た。
【0011】
(1) 適正な化学組成に調整したクランクシャフトの必要部位に、焼入れを施し、焼入れ硬化層全厚にわたる旧オーステナイト粒径を12μm 以下とすることで、曲げ疲労寿命が顕著に向上する。具体的には、化学組成に関しては、特にSiおよびMoを適正な範囲で添加することで、高周波焼入れ加熱時におけるオーステナイトの核生成サイト数が増加し、またオーステナイト粒の成長が抑制されることにより、焼入れ硬化層の粒径が効果的に微細化し、その結果曲げ疲労寿命が顕著に向上する。特にSiを0.30mass%以上添加することにより、高周波焼入れ後に、硬化層全厚にわたり粒径:12μm 以下の硬化層が得られ、これらの効果がさらに向上する。
【0012】
(2) クランクシャフトの母材の組織、すなわち焼入れ前の組織を、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織が特定の分率で含有された組織にすると、ベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織がフェライト−パーライト組織に比べて炭化物が微細に分散した組織であるため、焼入れ加熱時にオーステナイトの核生成サイトであるフェライト/炭化物の界面の面積が増えて、生成したオーステナイトが微細化する。その結果、焼入れ硬化層の粒径が微細となり、これにより粒界強度が向上し、曲げ疲労寿命が向上する。
【0013】
(3) 上記したように、化学組成および組織を調整したクランクシャフトに対し、高周波焼入れ条件(加熱温度、時間、焼入れ回数)を適正に制御することで、硬化層粒径が顕著に微細化し、粒界強度が向上する。具体的には、加熱温度:800〜1000℃、加熱時間:5秒以下とすることにより、硬化層全厚にわたり粒径:12μm 以下の微細粒を安定して得ることができる。さらに、上記条件での焼入れ処理を2回以上繰り返すことにより、1回の焼入れに比べてさらに微細な硬化層粒径が得られる。その結果、さらに曲げ疲労寿命が向上する。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0014】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.クランクピン部およびジャーナル部の表面に焼入れ硬化層を有するクランクシャフトであって、
C:0.35〜0.7 mass%、
Si:0.30〜1.1 mass%、
Mn:0.2 〜2.0 mass%、
Al:0.005 〜0.25mass%、
Ti:0.005 〜0.1 mass%、
Mo:0.05〜0.6 mass%、
B:0.0003〜0.006 mass%、
S:0.06mass%以下、
P:0.02mass%以下および
Cr:0.2 mass%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になり、母材組織が、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を有し、かつこれらベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率が10%以上であり、さらに高周波焼入れ後の表面硬化層の旧オーステナイト粒径が硬化層全厚にわたり12μm 以下であることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフト。
【0015】
2.上記1において、鋼材の成分組成が、さらに
Cu:1.0 mass%以下、
Ni:3.5 mass%以下、
Co:1.0 mass%以下、
Nb:0.1 mass%以下および
V:0.5 mass%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する組成になることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフト。
【0016】
3.上記1または2において、高周波焼入れ後の硬化層厚みが2mm以上であることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフト。
【0017】
4.C:0.35〜0.7 mass%、
Si:0.30〜1.1 mass%、
Mn:0.2 〜2.0 mass%、
Al:0.005 〜0.25mass%、
Ti:0.005 〜0.1 mass%、
Mo:0.05〜0.6 mass%、
B:0.0003〜0.006 mass%、
S:0.06mass%以下、
P:0.02mass%以下および
Cr:0.2 mass%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼素材を、熱間圧延により棒鋼としたのち、所定の長さに切断し、ついで熱間鍛造によりクランクシャフトに成形後、0.2 ℃/s以上の速度で冷却し、その後切削加工を施したのち、クランクシャフトのクランクピン部およびジャーナル部の表面に、焼入れ時の加熱温度:800 〜1000℃の条件下で高周波焼入れを行って表面硬化層を形成することを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
【0018】
5.上記4において、前記鋼素材が、さらに
Cu:1.0 mass%以下、
Ni:3.5 mass%以下、
Co:1.0 mass%以下、
Nb:0.1 mass%以下および
V:0.5 mass%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する組成になることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
【0019】
6.上記4または5において、高周波焼入れを複数回繰り返すものとし、その際、最終の高周波焼入れ時の加熱温度を 800〜1000℃とすることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
【0020】
7.上記6において、前記複数回の高周波焼入れの全てについて、高周波焼入れ時の加熱温度を 800〜1000℃とすることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
【0021】
8.上記4〜7のいずれかにおいて、前記加熱温度範囲での加熱時間を、1回の高周波焼入れ当たり5秒以下とすることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
【0022】
9.上記4〜8のいずれかにおいて、高周波焼入れによる鋼材表面の硬化層厚みが2mm以上であることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
【0023】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明において、クランクシャフトの成分組成を上記の範囲に限定した理由について説明する。
C:0.35〜0.7 mass%
Cは、焼入れ性への影響が最も大きい元素であり、焼入れ硬化層の硬さおよび深さを高めて疲労強度の向上に有効に寄与する。しかしながら、含有量が0.35mass%に満たないと必要とされる疲労強度を確保するためには焼入れ硬化深さを飛躍的に高めねばならず、その際焼割れの発生が顕著となり、またベイナイト組織も生成し難くなるため、0.35mass%以上を添加する。一方、0.7 mass%を超えて含有させると粒界強度が低下し、それに伴い曲げ疲労寿命が低下し、また切削性、冷間鍛造性および耐焼割れ性も低下する。このためCは、0.35〜0.7 mass%の範囲に限定した。好ましくは 0.4〜0.6 mass%の範囲である。
【0024】
Si:0.30〜1.1 mass%
Siは、焼入れ加熱時にオーステナイトの核生成サイト数を増加させると共に、オーステナイトの粒成長を抑制し、焼入れ硬化層の粒径を微細化する作用を有する。また、炭化物生成を抑制し、炭化物による粒界強度の低下を抑制する。さらに、ベイナイト組織の生成にも有用な元素であり、これらのことにより曲げ疲労寿命を向上させる。
このように、Siは、本発明において非常に重要な元素であり、0.30mass%以上の含有を必須とする。というのは、Si量が0.30mass%に満たないと、製造条件および焼入れ条件をいかように調整しても硬化層全厚にわたって粒径が12μm 以下の微細粒とすることができないからである。しかしながら、Si量が 1.1mass%を超えると、フェライトの固溶硬化により硬さが上昇し、切削性および冷間鍛造性の低下を招く。従って、Siは、0.30〜1.1 mass%の範囲に限定した。好ましくは0.40〜1.0 mass%の範囲である。
【0025】
Mn:0.2 〜2.0 mass%
Mnは、焼入れ性を向上させ、焼入れ時の硬化深さを確保する上で不可欠の成分であるため、積極的に添加するが、含有量が 0.2mass%未満ではその添加効果に乏しいので、0.2 mass%以上とした。好ましくは 0.3mass%以上である。一方、Mn量が 2.0mass%を超えると焼入れ後の残留オーステナイトが増加し、かえって表面硬度が低下し、ひいては曲げ疲労寿命の低下を招くので、Mnは 2.0mass%以下とした。なお、Mnは含有量が多いと、母材の硬質化を招き、被削性に不利となるきらいがあるので、1.2 mass%以下とするのが好適である。さらに好ましくは 1.0mass%以下である。
【0026】
Al:0.005 〜0.25mass%
Alは、脱酸に有効な元素である。また、焼入れ加熱時におけるオーステナイト粒成長を抑制することによって焼入れ硬化層の粒径を微細化する上でも有用な元素である。しかしながら、含有量が 0.005mass%に満たないとその添加効果に乏しく、一方0.25mass%を超えて含有させてもその効果は飽和し、むしろ成分コストの上昇を招く不利が生じるので、Alは 0.005〜0.25mass%の範囲に限定した。好ましくは0.05〜0.10mass%の範囲である。
【0027】
Ti:0.005 〜0.1 mass%
Tiは、不可避的不純物として混入するNと結合することで、BがBNとなってBの焼入れ性向上効果が消失するのを防止し、Bの焼入れ性向上効果を十分に発揮させる作用を有する。この効果を得るためには、少なくとも 0.005mass%の含有を必要とするが、0.1 mass%を超えて含有されるとTiNが多量に形成される結果、これが疲労破壊の起点となって曲げ疲労寿命の著しい低下を招くので、Tiは 0.005〜0.1 mass%の範囲に限定した。好ましくは0.01〜0.07mass%の範囲である。さらに、Nを確実に固定して、Bによる焼入れ性向上により、ベイナイトとマルテンサイト組織を得る観点からは、Ti(mass%)/N(mass%)≧3.42を満足させることが好適である。
【0028】
Mo:0.05〜0.6 mass%
Moは、ベイナイト組織の生成を促進することにより、焼入れ加熱時のオーステナイト粒径を微細化し、焼入れ硬化層の粒径を細粒化する作用がある。また、焼入れ加熱時におけるオーステナイトの粒成長を抑制することにより、焼入れ硬化層の粒径を微細化する作用がある。さらに、焼入れ性の向上に有用な元素であるため、焼入れ性を調整するために用いられる。加えて、Moは、炭化物の生成を抑制し、炭化物による粒界強度の低下を有効に阻止する元素でもある。
このように、Moは、本発明において非常に重要な元素であり、含有量が0.05mass%に満たないと、製造条件や焼入れ条件をいかように調整しても硬化層全厚にわたって粒径が12μm 以下の微細粒とすることができない。しかしながら、 0.6mass%を超えて含有させると、圧延材の硬さが著しく上昇し、加工性の低下を招く。従って、Moは0.05〜0.6 mass%の範囲に限定した。好ましくは 0.1〜0.6 mass%の範囲である。
【0029】
B:0.0003〜0.006 mass%
Bは、ベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織の生成を促進する効果を有する。またBは、微量の添加によって焼入れ性を向上させ、焼入れ時の焼入れ深さを高めることにより曲げ疲労寿命を向上させる効果がある。さらにBは、粒界に優先的に偏析して、粒界に偏析するPの濃度を低減し、粒界強度を向上させ、もって曲げ疲労寿命を向上させる作用もある。
このため、本発明では、Bを積極的に添加するが、含有量が0.0003mass%に満たないとその添加効果に乏しく、一方 0.006mass%を超えて含有させるとその効果は飽和し、むしろ成分コストの上昇を招くため、Bは0.0003〜0.006 mass%の範囲に限定した。好ましくは0.0005〜0.004 mass%の範囲である。
【0030】
S:0.06mass%以下
Sは、鋼中でMnSを形成し、切削性を向上させる有用元素であるが、0.06mass%を超えて含有させると粒界に偏析して粒界強度を低下させるため、Sは0.06mass%以下に制限した。好ましくは0.04mass%以下である。
【0031】
P:0.02mass%以下
Pは、オーステナイトの粒界に偏析し、粒界強度を低下させることにより、曲げ疲労寿命を低下させる。また、焼割れを助長する弊害もある。従って、Pの含有は極力低減することが望ましいが、0.020 mass%までは許容される。
【0032】
Cr:0.2 mass%以下
Crは、炭化物を安定化させて残留炭化物の生成を助長し、粒界強度を低下させて曲げ疲労寿命を低下させる。従って、Crの含有は極力低減することが望ましいが、0.2 mass%までは許容できる。好ましくは0.05mass%以下である。
【0033】
以上、基本成分について説明したが、本発明ではその他にも、以下に述べる元素を適宜含有させることができる。
Cu:1.0 mass%以下
Cuは、焼入れ性の向上に有効であり、またフェライト中に固溶し、この固溶強化によって、曲げ疲労寿命を向上させる。また、炭化物の生成を抑制することにより、炭化物による粒界強度の低下を抑制し、曲げ疲労寿命を向上させる。しかしながら、含有量が 1.0mass%を超えると熱間加工時に割れが発生するため、1.0 mass%以下の添加とする。なお好ましくは0.5 mass%以下である。
【0034】
Ni:3.5 mass%以下
Niは、焼入れ性を向上させる元素であるので、焼入れ性を調整する場合に用いる。また、炭化物の生成を抑制し、炭化物による粒界強度の低下を抑制して、曲げ疲労寿命を向上させる元素でもある。しかしながら、Niは極めて高価な元素であり、3.5 mass%を超えて添加すると鋼材のコストが上昇するので、3.5 mass%以下の添加とする。なお、0.05mass%未満の添加では焼入れ性の向上効果および粒界強度の低下抑制効果が小さいので、0.05mass%以上含有させることが望ましい。好ましくは 0.1〜1.0 mass%である。
【0035】
Co:1.0 mass%以下
Coは、炭化物の生成を抑制して、炭化物による粒界強度の低下を抑制し、曲げ疲労寿命を向上させる元素である。しかしながら、Coは極めて高価な元素であり、1.0 mass%を超えて添加すると鋼材のコストが上昇するので、1.0 mass%以下の添加とする。なお、0.01mass%未満の添加では、粒界強度の低下抑制効果が小さいので、0.01mass%以上添加することが望ましい。好ましくは0.02〜0.5 mass%である。
【0036】
Nb:0.1 mass%以下
Nbは、焼入れ性の向上効果があるだけでなく、鋼中でC, Nと結合し析出強化元素として作用する。また、焼もどし軟化抵抗性を向上させる元素でもあり、これらの効果によって曲げ疲労寿命を向上させる。しかしながら、0.1 mass%を超えて含有させてもその効果は飽和するので、0.1 mass%を上限とする。なお、0.005 %未満の添加では、析出強化作用および焼もどし軟化抵抗性の向上効果が小さいため、0.005 mass%以上添加することが望ましい。好ましくは0.01〜0.05mass%である。
【0037】
V:0.5 mass%以下
Vは、鋼中でC, Nと結合し析出強化元素として作用する。また、焼もどし軟化抵抗性を向上させる元素でもあり、これらの効果により曲げ疲労寿命を向上させる。しかしながら、0.5 mass%を超えて含有させてもその効果は飽和するので、0.5 mass%以下とする。なお、0.01mass%未満の添加では、曲げ疲労寿命の向上効果が小さいので、0.01mass%以上添加することが望ましい。好ましくは0.03〜0.3 mass%である。
【0038】
以上、好適成分組成範囲について説明したが、本発明では、成分組成を上記の範囲に限定するだけでは不十分で、鋼組織の調整も重要である。
すなわち、本発明においては、クランクシャフトの母材組織、すなわち焼入れ前の組織(高周波焼入れ後の硬化層以外の組織に相当)が、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を有し、かつこれらベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率を体積分率( vol%)で10%以上とする必要がある。この理由は、ベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織は、フェライト−パーライト組織に比べて炭化物が微細に分散した組織であるため、焼入れ加熱時にオーステナイトの核生成サイトである、フェライト/炭化物界面の面積が増加し、生成したオーステナイトが微細化するため、焼入れ硬化層の粒径を微細化するのに有効に寄与するからである。そして、焼入れ硬化層の粒径の微細化により、粒界強度が上昇し、曲げ疲労寿命が向上する。
ここに、ベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率は20 vol%以上とすることがより好ましい。
【0039】
なお、ベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織以外の残部組織は、フェライト、パーライト等いずれでもよく、特に規定しない。
また、焼入れ後の硬化層の粒径の微細化に関しては、マルテンサイト組織もベイナイト組織と同程度の効果を有するが、工業的な観点からは、マルテンサイト組織に比べてベイナイト組織の方がより合金元素の添加量が少なくて済み、また低冷却速度で生成させることが可能であるため、製造上有利となる。
【0040】
また、本発明のクランクシャフトでは、高周波焼入れ後の硬化層の旧オーステナイト粒径の調整も重要である。すなわち、高周波焼入れ後の硬化層に関し、その全厚にわたって旧オーステナイト粒径を12μm 以下とする必要がある。というのは、焼入れ硬化層の全厚にわたる粒径が12μm を超えると、十分な粒界強度が得られず、その結果満足いくほどの曲げ疲労寿命の向上が望めないからである。なお、好ましくは10μm 以下、さらに好ましくは5μm 以下である。
【0041】
ここに、焼入れ硬化層の全厚にわたる旧オーステナイト粒径の測定は、次のようにして行う。
高周波焼入れ後の本発明のクランクシャフトでは、高周波焼入れした部分の最表層は面積率で 100%のマルテンサイト組織を有する。そして、表面から内部にいくに従い、ある深さまでは 100%マルテンサイト組織の領域が続くが、ある深さから急激にマルテンサイト組織の面積率が減少する。
本発明では、高周波焼入れした部分について、鋼材表面から、マルテンサイト組織の面積率が98%に減少するまでの深さ領域を硬化層と定義する。
そして、この硬化層について、表面から硬化層厚の 1/5位置、1/2 位置および4/5 位置それぞれの位置における平均旧オーステナイト粒径を測定し、いずれの平均旧オーステナイト粒径も12μm 以下である場合に、焼入れ硬化層の全厚にわたる旧オーステナイト粒径が12μm 以下であるとする。
なお、平均旧オーステナイト粒径の測定は、光学顕微鏡により、400 倍(1視野の面積:0.25mm×0.225 mm)から1000倍(1視野の面積:0.10mm×0.09mm)で、各位置毎に5視野観察し、画像解析装置により平均粒径を測定することにより行う。
【0042】
さらに、本発明において、高周波焼入れによる硬化層厚みは2mm以上とすることが好適である。というのは、所望特性が転動疲労寿命のような極表層付近の組織のみに依存するような場合には、硬化層厚みが1mm程度でもそれなりの効果は得られるが、本発明のように曲げ疲労寿命を問題とする場合には、硬化層厚みは厚いほど好ましいからである。従って、より好ましい硬化層厚みは 2.5mm以上、さらに好ましくは3mm以上である。
【0043】
次に、本発明の製造条件について説明する。
本発明では、所定の成分組成に調整した鋼材を、熱間圧延により丸棒としたのち、所定の長さに切断し、ついで熱間鍛造によりクランクシャフトに成形後、必要に応じて焼ならしを施したのち、切削加工を施し、その後高周波焼入れ−焼戻し処理を施したのち、必要に応じて仕上げ加工またはショットピーニングを施して、製品とする。
【0044】
本発明では、クランクシャフトの母材組織を、上述したベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を有し、かつこれらベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率が10 vol%以上の組織とするために、熱間鍛造によってクランクシャフト形状に成形後は、0.2 ℃/s以上の速度で冷却する必要がある。というのは、冷却速度が0.2 ℃/s未満の場合には、ベイナイトあるいはマルテンサイト組織が得られ難くなり、これら組織の合計の組織分率が10 vol%に達しない場合が生じるからである。より好適な冷却速度範囲は 0.3〜30℃/sである。
なお、熱間鍛造は 900℃超〜1150℃の温度範囲で行うことが好ましい。900 ℃以下では、必要なベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織が得られず、一方1150℃超では加熱コストが大きくなるため、経済的に不利となるからである。
【0045】
ついで、本発明では、上述した硬化層を得るために、少なくともクランクシャフトのクランクピン部およびジャーナル部の表面に高周波焼入れを施すが、この高周波焼入れ時の加熱温度範囲は 800〜1000℃とする必要がある。というのは、加熱温度が 800℃未満の場合、オーステナイト組織の生成が不十分となり、上述した硬化層組織の生成が不十分となる結果、十分な曲げ疲労寿命を確保することができず、一方、加熱温度が1000℃超えの場合、オーステナイト粒の成長が促進されて粗大となり、硬化層の粒径が粗大となるため、やはり曲げ疲労寿命の低下を招くからである。より好ましい加熱温度範囲は 800〜950 ℃である。
【0046】
上記した高周波焼入れを複数回繰り返す場合には、少なくとも最終の高周波焼入れを、加熱温度:800 〜1000℃として行えばよい。ここに、高周波焼入れを複数回繰り返す場合には、全ての高周波焼入れについて、加熱温度:800 〜1000℃とすることが最も望ましい。そして、2回以上の繰り返し焼入れを行うことで、1回焼入れに比べてさらに微細な硬化層粒径を得ることができる。
なお、高周波焼入れを複数回繰り返す場合、少なくとも最終の高周波焼入れによる焼入れ深さは、それ以前の高周波焼入れによる焼入れ深さと同等またはそれ以上とすることが好ましい。というのは、硬化層の結晶粒径は、最後の高周波焼入れに一番強く影響されるので、最後の高周波焼入れによる焼入れ深さが、それ以前の高周波焼入れによる焼入れ深さよりも小さいと、硬化層全厚にわたる平均結晶粒径がむしろ大きくなり、かえって曲げ疲労寿命が低下する傾向にあるからである。
【0047】
また、本発明においては、高周波焼入れは、上記加熱温度範囲における加熱時間を5秒以下とすることが好ましい。というのは、加熱時間を5秒以下とした場合には、5秒を超える場合に比べて、オーステナイトの粒成長をさらに抑制することができ、非常に微細な硬化層粒径を得ることができる。より好ましい加熱時間は3秒以下である。
【0048】
【実施例】
表1に示す成分組成になる鋼素材を、転炉により溶製し、連続鋳造により鋳片とした。鋳片サイズは 300×400mm であった。この鋳片を、熱間圧延により90mmφの棒鋼に圧延した。ついで、この棒鋼を所定の長さに切断後、1000〜1100℃の温度範囲で曲げから仕上げまでの各熱間鍛造を行い、さらにバリ取りを行ってクランクシャフト形状に成形後、表2に示す速度で冷却した。
ついで、図2に示すクランクシャフトの断面図のように、クランクシャフトのクランクピン部およびジャーナル部の表面に、それぞれ表3に示す条件で高周波焼入れを行って硬化層6を形成させたのち、加熱炉を用いて 170℃、30分の焼戻しを行い、さらに仕上げ加工を施して、製品とした。
【0049】
かくして得られたクランクシャフトの曲げ疲労寿命について調べた結果を表3に示す。
ここに、クランクシャフトの曲げ疲労寿命は、次のようにして評価した。
図3に示すように、クランクシャフトのクランクピン部にコネクティングロッドを取り付け、クランクシャフトの端部は固定した状態で、各コネクティングロッドに一定の繰り返し荷重(5000N)を負荷する耐久試験を行い、その時のピン部またはジャーナル部が破損するまでの繰り返し数によって、曲げ疲労寿命を評価した。
【0050】
また、同じクランクシャフトについて、母材組織、焼入れ後の硬化層厚み、硬化層の全厚にわたって得られる平均硬化層粒径(旧オーステナイト粒径)を、光学顕微鏡を用いて測定した。
これらの結果も表2,3に併記する。
ここで、硬化層厚みについては、前述したように、鋼材表面からマルテンサイト組織の面積率が98%に減少する深さまでとした。また、高周波焼入れを複数回実施したものについては、それぞれの焼入れ後の硬化層厚みを測定した。さらに、硬化層粒径については、表面から硬化層厚の 1/5位置、1/2 位置および4/5 位置それぞれの位置における平均旧オーステナイト粒径を測定し、それらの最大値を示した。なお、高周波焼入れを複数回実施したものについては、最終焼入れ後の平均旧オーステナイト粒径を測定した。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
【表3】
【0054】
表2から明らかなように、本発明で規定した成分組成範囲を満足し、かつ本発明の高周波焼入れ条件を満たす条件で製造したクランクシャフトはいずれも、硬化層の旧オーステナイト粒径が全厚にわたって12μm 以下を満たしており、その結果、破損までの繰り返し数が5×106 回以上という優れた曲げ疲労寿命を得ることができた。
なお、表2中のNo.1と2あるいはNo.4と5を比較すると、焼入れ回数を1回から2回に増やすことで、硬化層の粒径が微細化し、曲げ疲労寿命がさらに上昇することが分かる。
また、No.8, No.37, No.38を比較すると、焼入れ回数を1回から2回に増やした場合において、2回目の焼入れ深さの方が浅い場合(No.37)には、1回しか施さなかった場合よりも曲げ疲労寿命はむしろ低下するのに対し、2回目の焼入れ深さを深くした場合(No.38)には、1回しか施さなかった場合に比べて曲げ疲労寿命は大幅に向上した。No.38 では、硬化層厚方向で、表面から硬化層厚の 4/5位置で最も旧オーステナイト粒径が大きく、3.5 μm であったが、表層近傍(表面から硬化層厚の 1/5位置)では旧オーステナイト粒径は 2.6μm であり、表層の粒径が微細化していることが、曲げ疲労寿命の向上に寄与したものと考えられる。
【0055】
これに対し、No.11 は、加工後の冷却速度が小さいため、ベイナイトとマルテンサイトの合計組織分率が10%未満となっており、その結果、硬化層粒径が粗大となり、曲げ疲労寿命が低い。
No.24 は、硬化層粒径は微細であるものの、C含有量が本発明の範囲より高いため、粒界強度の低下を招き、そのため曲げ疲労寿命が劣っている。
No,25, 26, 27 は、それぞれC, Si, Moの含有量が本発明の適正範囲よりも低いため、硬化層粒径が粗大となり、曲げ疲労寿命が劣っている。
No.28 はB含有量が低く、またNo.29 はMn含有量が、No.30 はSおよびP含有量が、No.31 はCr含有量が、それぞれ本発明の適正範囲を超えているため、いずれも粒界強度の低下を招き、曲げ疲労寿命が劣っている。
No.32 は、Ti含有量が本発明の適正範囲を超えているため、曲げ疲労寿命が劣っており、逆にNo.35 はTi含有量が低いため、硬化層粒径が粗大となり、曲げ疲労寿命が劣っている。
No.33 は、高周波焼入れ時の加熱温度が高すぎるため硬化層の粒径が粗大となり、一方No.34 は、高周波焼入れ時の加熱温度が低すぎるため硬化層が形成されず、いずれも曲げ疲労寿命に劣っている。
No.36 は、Si量が本発明の下限に満たない0.28mass%の場合であるが、この例のように、Si量が本発明の下限をわずかでも下回る場合には、硬化層全厚にわたって12μm 以下の粒径を得ることができず、その結果、曲げ疲労寿命に劣っている。
【0056】
【発明の効果】
かくして、本発明によれば、従来に比べて、格段に優れた曲げ疲労寿命を有するクランクシャフトを安定して得ることができ、その結果、自動車用部材の軽量化の要求に対して偉功を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】クランクシャフトの模式図である。
【図2】クランクシャフトの高周波焼入れを位置を示した図である。
【図3】本発明に従う耐久試験概要を示した図である。
【符号の説明】
1 クランクシャフト
2 ジャーナル部
3 クランクピン
4 クランクウェブ部
5 カウンタウェイト部
6 硬化層
Claims (9)
- クランクピン部およびジャーナル部の表面に焼入れ硬化層を有するクランクシャフトであって、
C:0.35〜0.7 mass%、
Si:0.30〜1.1 mass%、
Mn:0.2 〜2.0 mass%、
Al:0.005 〜0.25mass%、
Ti:0.005 〜0.1 mass%、
Mo:0.05〜0.6 mass%、
B:0.0003〜0.006 mass%、
S:0.06mass%以下、
P:0.02mass%以下および
Cr:0.2 mass%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になり、母材組織が、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を有し、かつこれらベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率が10%以上であり、さらに高周波焼入れ後の表面硬化層の旧オーステナイト粒径が硬化層全厚にわたり12μm 以下であることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフト。 - 請求項1において、鋼材の成分組成が、さらに
Cu:1.0 mass%以下、
Ni:3.5 mass%以下、
Co:1.0 mass%以下、
Nb:0.1 mass%以下および
V:0.5 mass%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する組成になることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフト。 - 請求項1または2において、高周波焼入れ後の硬化層厚みが2mm以上であることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフト。
- C:0.35〜0.7 mass%、
Si:0.30〜1.1 mass%、
Mn:0.2 〜2.0 mass%、
Al:0.005 〜0.25mass%、
Ti:0.005 〜0.1 mass%、
Mo:0.05〜0.6 mass%、
B:0.0003〜0.006 mass%、
S:0.06mass%以下、
P:0.02mass%以下および
Cr:0.2 mass%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼素材を、熱間圧延により棒鋼としたのち、所定の長さに切断し、ついで熱間鍛造によりクランクシャフトに成形後、0.2 ℃/s以上の速度で冷却し、その後切削加工を施したのち、クランクシャフトのクランクピン部およびジャーナル部の表面に、焼入れ時の加熱温度:800 〜1000℃の条件下で高周波焼入れを行って表面硬化層を形成することを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。 - 請求項4において、前記鋼素材が、さらに
Cu:1.0 mass%以下、
Ni:3.5 mass%以下、
Co:1.0 mass%以下、
Nb:0.1 mass%以下および
V:0.5 mass%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する組成になることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。 - 請求項4または5において、高周波焼入れを複数回繰り返すものとし、その際、最終の高周波焼入れ時の加熱温度を 800〜1000℃とすることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
- 請求項6において、前記複数回の高周波焼入れの全てについて、高周波焼入れ時の加熱温度を 800〜1000℃とすることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
- 請求項4〜7のいずれかにおいて、前記加熱温度範囲での加熱時間を、1回の高周波焼入れ当たり5秒以下とすることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
- 請求項4〜8のいずれかにおいて、高周波焼入れによる鋼材表面の硬化層厚みが2mm以上であることを特徴とする、曲げ疲労寿命に優れるクランクシャフトの製造方法。
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