JP2004218004A - 潤滑被膜形成体及びその製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】種々の摺動部材への適用が可能であると共に摺動部材全体の低廉化を図ることが可能な優れた潤滑性を備えた溶射被膜形成体及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系合金粉末をプラズマ溶射法のような高温の熱履歴を伴う溶射法によって被溶射体に溶射するか、上記Fe系合金粉末を800〜1000℃の温度範囲内で熱処理したのち被溶射体に溶射することにより、高潤滑性の黒鉛結晶が生成した溶射被膜が被溶射体の表面に形成される。
【選択図】 図5
【解決手段】Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系合金粉末をプラズマ溶射法のような高温の熱履歴を伴う溶射法によって被溶射体に溶射するか、上記Fe系合金粉末を800〜1000℃の温度範囲内で熱処理したのち被溶射体に溶射することにより、高潤滑性の黒鉛結晶が生成した溶射被膜が被溶射体の表面に形成される。
【選択図】 図5
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、潤滑被膜形成体の及びその製造方法に関し、更に詳しくは、優れた潤滑特性が要求される摺動部材に適用可能な潤滑被膜形成体及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
各種機械構造部品、特に自動車部品は多数の摺動部を抱えており、これら摺動部から発生する摩擦と熱によって内燃機関で燃焼される燃料の大部分が消費され、結果、機械システム全体として多大なエネルギー損失が生じてしまう。そこで従来より、各摺動部における摩擦係数を低減させることによって摩擦によるメカニックロス(機械損失)を抑え、内燃機関等の機械システムの高効率化を図る技術が開発されている。
【0003】
摺動部材の摩擦係数を低減させる手段としては、その部材の構成材料中に黒鉛結晶を微細に生成させる方法が挙げられる。黒鉛は、六角形に配列したC(炭素)原子からなる平板層を積み重ねた構造を備えたものであり、層間の結合が弱く、層間で容易にせん断が生じることにより、良好な潤滑性を呈する。このため、摺動部材中に黒鉛結晶を散在させることで、部材全体の摩擦係数を低減させることができる。具体的には、空気圧縮機を構成するシリンダ用の材料として、片状黒鉛鋳鉄、あるいは球状黒鉛鋳鉄等を使用することで部材の高潤滑化が図られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
この公報では、黒鉛鋳鉄の持つ潤滑性によってクロススライダクラウン機構によってシリンダ内を無潤滑で往復するピストンと圧縮リングの組合せを提供することができ、車載可能な無潤滑圧縮機を実現できると共に、ブレーキシステムの信頼性を高めることができるという効果が示されている。しかしながら、これら摺動部材を構成している鋳鉄材料は重く、機械システム全体の軽量化を妨げる大きな要因となるという問題があった。
【0005】
このような問題を考慮して、従来より摺動部材の表層部のみに潤滑性を備えた潤滑被膜を形成する手段も講じられている。具体的には、Fe基合金製のワイヤーのアーク溶射時、もしくは、Fe基合金製の粉末の溶射時に黒鉛を同時添加して、摺動部材の表層部のみに黒鉛結晶が付着した溶射被膜を形成し、部材全体の軽量化を図る試みが実験的になされている。さらには、摺動部材に、ケルメット(Cu−Sn−Pb系合金)やリン青銅(Cu−Sn系合金)からなる潤滑被膜を形成させる試みもなされている(例えば、特許文献2参照。)。
【0006】
【特許文献1】
特開平11−82741号公報
【特許文献2】
特開平10−8231号公報
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、Fe基合金の溶射時に黒鉛を同時に添加する手法では、被膜中に黒鉛結晶が均一に分散せず、品質の安定した潤滑被膜を形成させることが困難であるといった問題がある。また、ケルメットによる潤滑被膜は、ケルメット中のPbが有害な物質であるため環境上好ましくない。さらに、リン青銅による潤滑被膜は、Snによる自己犠牲、すなわち、摺動面で摩擦が発生した際にSn若しくはSnを含有する合金元素のムシレが発生することによって、高潤滑性を呈するものであるため、十分な耐焼付き面圧が得られないという問題があった。
【0008】
本発明の解決しようとする課題は、種々の摺動部材への適用が可能であると共に摺動部材全体の低廉化を図ることが可能な優れた潤滑性を備えた潤滑被膜形成体及びその製造方法を提供することである。
【0009】
【課題を解決するための手段】
この課題を解決するために本発明に係る潤滑被膜形成体は、Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系被膜が形成されると共に、このFe系被膜中に黒鉛結晶が生成してなることを要旨とする。
【0010】
この潤滑被膜形成体によれば、被膜中に高潤滑性を呈する黒鉛結晶が生成しているので、摺動部材として応用した場合にその摺動面において優れた潤滑特性を発現させることができる。また、この潤滑被膜は、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlとをが有したFe系合金材料からなるものであるので、黒鉛結晶の有する潤滑特性を効果的に発現させることができる。
【0011】
また、本発明に係る潤滑被膜形成体の製造方法は、Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系合金粉末を溶射により被溶射体の表面に付与すると同時にその溶射による入熱エネルギーによりそのFe系合金粉末による溶射被膜中に黒鉛結晶を生成させてなることを要旨とする。また、この場合における溶射は、プラズマ溶射法によって行うことが好ましい。
【0012】
本発明に係る潤滑被膜形成体の製造方法によれば、溶射と同時にFe系合金粉末中のC成分から黒鉛結晶を生成させてなるものであるので、効率良く且つ黒鉛結晶が均一に分散してなる溶射被膜形成体を製造することができる。ここで、溶射と同時とは、被溶射体に溶射を施しその後冷却する一連の工程を含めて「溶射」とした場合に溶射被膜を形成させる一方で被膜中に黒鉛結晶も生成させるという意味であり、黒鉛結晶は、厳密には、後述のように溶射後の冷却段階において溶融状態の溶射被膜中から晶出する。
【0013】
また、溶射と同時に黒鉛結晶を生成させる手段として、プラズマ溶射法を用いれば、溶射時に溶射用粉末であるFe系合金粉末に対してこの粉末が溶融する程度の高い入熱エネルギーを付与できるので、溶融された状態の溶射被膜が冷却される段階において黒鉛結晶の晶出(生成)が促進される共に溶射被膜と被溶射体との高い密着性を実現することができる。
【0014】
また、潤滑被膜形成体を製造する手段として、上記Fe系合金粉末を溶射前に予め800〜1000℃の温度範囲内で加熱してFe系合金粉末中に黒鉛結晶を生成させることにより、上記プラズマ溶射法のように溶射時にFe系合金粉末を溶融させることができない入熱エネルギーの低い溶射手段によってFe系合金粉末を被溶射体に溶射した場合でも黒鉛結晶が均一に分散された潤滑被膜を得ることができる。
【0015】
さらに、潤滑被膜形成体を製造する手段としては、上記Fe系合金粉末をプラズマ粉体肉盛溶接法を用いて被溶接体の表面に肉盛被膜を形成させるものであっても良い。このプラズマ粉体肉盛溶接法によれば、溶接時の入熱エネルギーにより溶接と同時にFe系合金粉末からなる肉盛被膜中に黒鉛結晶を生成させ潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体を製造することができる。なお、ここにいう、溶接と同時も、上述の溶射と同時と同じ意味であり、黒鉛結晶は溶接後の冷却段階において晶出する。
【0016】
また、Fe系合金粉末が水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、又は水/ガス複合アトマイズ法によって製造されることにより、各含有成分の分散性に優れたFe系合金粉末が得られ、その結果、均質且つ良好な潤滑性能を備えた潤滑被膜形成体を製造することができる。
【0017】
【発明の実施の形態】
初めに、本発明に係る潤滑被膜形成体及びその製造方法について説明する。この潤滑被膜形成体は、Feを主成分とし、これに数重量%のC、Si及びAlとを含有してなるFe系被膜を摺動部材等の表面に付与したもので、その潤滑被膜中に黒鉛結晶が生成してなることを特徴とするものである。ここで、潤滑被膜は、Feを主成分とし、これに数重量%のC、Si及びAlとを含有してなるFe系合金粉末を摺動部材等の表面に溶射等することにより得られる。
【0018】
このFe系合金粉末中のCの含有量は、3〜6重量%であることが好ましく、更には、4〜5重量%であることがより好ましい。Cの含有量が3重量%に満たなければ、黒鉛結晶の生成量が少なく溶射被膜の潤滑性が乏しくなる。一方、Cの含有量が6重量%を超えると、溶射被膜が脆性的になる上に、アトマイズ法によりFe系合金粉末を作る際にFe、C、Si及びAlからなる溶融物(溶湯)の粘性が上がってしまい分散性を付与する妨げとなる。
【0019】
また、Fe系合金粉末中のSi成分及びAl成分は共に、C成分の黒鉛化を促す役割を担う。Si及びAlはCとの親和力が小さく、炭化物生成傾向の小さい元素であると共に、セメンタイト(Fe3C)等のFe系炭化物を黒鉛とフェライトに分解する働きをする。したがって、Fe系合金粉末中にSi及びAlを適量含有させることにより、黒鉛結晶の生成が促進される。
【0020】
ここで、Siの含有量は、3〜6重量%であることが好ましく、更には、3〜4重量%であることがより好ましい。また、Alの含有量は、1〜7重量であることが好ましく、更には、4〜5重量%であることがより好ましい。Siの含有量が3重量%若しくはAlの含有量が1重量%に満たなければ、黒鉛結晶の生成量が少なくなり溶射被膜の潤滑性が乏しくなる。一方、Siの含有量が6重量%若しくはAlの含有量が7重量%を超えると、Fe系合金粉末の粘性が高くなり、形成される溶射被膜の機械的強度が低下する。
【0021】
次に、摺動部材等(被溶射体)の表面に溶射被膜を形成する手段について説明する。溶射被膜の形成に際しては如何なる溶射方法を用いてもよい。その中でも、プラズマ溶射法は溶射時に溶射用粉末であるFe系合金粉末を溶融させる程度の高い入熱エネルギーを伴うことから、溶射後の冷却段階において溶射により被溶射体表面に形成された溶融状態の被膜中のC成分から高潤滑性の黒鉛結晶を晶出(生成)させることが可能であり、特に好適な溶射手段である。
【0022】
図1にプラズマ溶射法の概略図を示す。プラズマ溶射は、電極間に不活性ガスを流して放電させることによって、作動ガスが電離して高温・高速のプラズマが発生し、この発生したプラズマを溶射の熱源として用いる溶射法である。プラズマを発生させる作動ガスとしては、通常、アルゴン、水素などが用いられる。また電極としては、水冷されたノズル状のCu製陽極とW製陰極が用いられる。電極間にアークを発生させると作動ガスがアークによってプラズマ化され、ノズルから高温・高速のプラズマジェットとなって噴出する。このプラズマジェットに溶射用のFe系合金粉末を投入し加熱加速して基材に吹き付ける。プラズマジェットの平均温度は5000℃以上であり、このプラズマジェットの中にFe系合金粉末がおかれることによって、被溶射体の表面に付与された直後は溶融状態の被膜が形成される。そして、溶射後に被膜形成体を冷却することにより溶融被膜から黒鉛結晶が晶出(生成)してくる。これにより潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体が得られる。
【0023】
また潤滑被膜を形成する手段としては、プラズマ溶射に限らずそれ以外の溶射法を用いることも可能であるが、被膜に潤滑性を備えさせるためには被膜中に黒鉛結晶が存在していなければならない。このため、プラズマ溶射のようにFe系合金粉末を溶融する程度にまで入熱エネルギーを与えることができない溶射法を用いて溶射被膜を形成させる場合には、溶射前に予めFe系合金粉末中に黒鉛結晶を生成させておく必要がある。その手段として、Fe系合金粉末を800〜1000℃の温度範囲で熱処理を行うのが好ましく、更には、熱処理温度が900〜1000℃の範囲内にあることが好ましい。熱処理温度が800℃に満たないと、黒鉛結晶の生成量が少なく溶射被膜に十分な潤滑性能を付与することができないため好ましくない。一方、熱処理温度が1000℃を超えると、粉末同士が焼結により凝集するため好ましくない。
【0024】
上記熱処理を施した黒鉛結晶を生成させたFe系合金粉末は、フレーム溶射、アーク溶射、爆発溶射など種々の溶射法によって、被溶射体である摺動部材への溶射が可能である。ただし、アーク溶射のように溶射材が粉末ではなく線材(ワイヤ)であることが必要な場合には、Fe系合金粉末を溶融し加工し、もしくはコアードワイヤ化することにより線材としても良い。
【0025】
また、溶射以外に潤滑被膜を形成する手段としては、プラズマ粉体肉盛溶接(PTA:Plasma Transferd Arc Welding)法を用いて、Fe系合金粉末を摺動部材等(被溶接体)の表面に肉盛溶接するものであっても良い。このプラズマ粉体肉盛溶接法(以下、「PTA法」という)は、プラズマアーク中にFe系合金粉末をヘリウムやアルゴンなどのキャリアガスを介して送り込み、溶融した状態で摺動部材上に肉盛層を形成するものであり、溶接時にFe系合金粉末に対して高い入熱エネルギーが加えられるので、溶接と同時に粉末中のC成分から黒鉛結晶を生成させることができる。
【0026】
図2にPTA法の概略図を示す。まず、パイロット電源によってプラズマガスとして使用されるアルゴンガスが流れているタングステン電極と水冷ノズル間にアークを飛ばし、アルゴンガスをプラズマ化させる。この高温のプラズマガスを水冷ノズルによるサーマルピンチ効果を利用して絞り、エネルギー密度の高いプラズマアークとして被溶接体に到達させる。アークが被溶接体に到達すると、この状態を持続させるためにメイン電源が作動し、アーク電流が被溶接体中を流れるようになり、被溶接体表面に溶融池が形成される。一方、肉盛材となるFe系合金粉末はヘリウムガス又はアルゴンガスのキャリヤガスに圧送されてプラズマアーク中に送り込まれ、溶融した状態で被溶接体上の溶融池に投入されて肉盛被膜が形成される。そして、肉盛溶接後の冷却段階において溶融被膜から黒鉛結晶が晶出(生成)してくる。これにより潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体が得られる。
【0027】
なお、PTA法により被覆中に生成する黒鉛結晶の大きさは溶接後の冷却速度に大きく影響を受ける。一般に、PTA法による溶接後の冷却速度は、上記プラズマ溶射法等に比べると速く黒鉛結晶が微細化しやすい傾向がある。黒鉛結晶の微細化は被覆層の低靭性化の原因となるため好ましくない。したがって、通常は肉盛被覆の冷却速度を遅延化させるために被溶接体に対して余熱を加えておく手段が講じられている。このときの余熱温度は400〜500℃の温度範囲にあることが好ましい。これにより晶出する黒鉛結晶の微細化が抑制される。また、冷却に際しては徐冷することも必要である。
【0028】
さらに、黒鉛結晶の微細化を解消する手段としては、PTA法による肉盛溶接後における潤滑被膜形成体の熱処理が効果的である。これにより、黒鉛結晶の粒成長すなわち粗大化が促進され、潤滑被膜の高靭性化が図られる。ここで、潤滑被膜形成体の熱処理温度は、800〜1200℃の範囲にあることが好ましく、さらには、900〜1100℃の範囲にあることがより好ましく、またさらには、1000〜1100℃の範囲にあることがより好ましい。熱処理温度が800℃に満たない場合は、黒鉛結晶の粒成長が促進されないという問題があり、熱処理温度が1200℃を超える場合には、被膜を構成するFe系合金の揮発による損失が生じるという問題があり好ましくない。
【0029】
本発明の潤滑被膜形成材料を構成するFe系合金粉末は、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、又は水/ガス複合アトマイズ法によって製造されることを特徴とする。アトマイズ法は、図3(a)及び3(b)に示すよう、原料となるFe、C、Si及びAlを高周波誘導溶解炉内で加熱溶融して溶融物を生成後、この溶融物をガス圧等によって噴出ノズルから噴出させ、これと同時に、水アトマイズ法の場合には水(図3(a)参照)を、ガスアトマイズ法の場合にはN2、Ar等の不活性ガス(図3(b)参照)をそれぞれ噴霧することにより粉砕し粉末を作成する方法である。なお、水/ガス複合アトマイズ法は、図示しないが不活性ガスと水の両方を用いて作製する方法である。水アトマイズ法により得られる粉末は、形状が不規則であるが安価であるという特徴があり、ガスアトマイズ法により得られる粉末は、球状で流動性がよいという特徴がある。
【0030】
なお、Fe系合金粉末を調整する手段としてはアトマイズ法に限られない。例えば、構成成分を溶融し機械的に粉砕して粉末を作製する溶融粉砕法や、構成成分からなる粉末成形体を焼結し機械的に粉砕して粉末を作製する焼結粉砕法や、あるいは、構成成分からなる微粉末を原料とし、これにバインダーを添加し造粒装置により目的とする粒度の粉末を調製する造粒法などを用いてFe系合金粉末を調製しても構わない。
【0031】
本発明に係る潤滑被膜形成体は、その適用分野を特に限定するものではないが、例えば、ピストン、シリンダ、コンロッドあるいは歯車などの自動車部品に対して好適に使用することができる。また、溶射若しくは溶接の対象となる被溶射体若しくは被溶接体の材質についても特に限定されるものではなく、Fe系の炭素鋼や特殊鋼、あるいは、非Fe系のCu合金やAl合金などであっても良い。
【0032】
【実施例】
本発明の効果を、実施例により具体的に説明する。
【0033】
(実施例1、2及び比較例1〜5)
まず、Fe、C、Si及びAl粉末を表1に示す組成に調合し、これを高周波誘導溶解炉(30kgバッチ)を用いて溶融混合し、ガスアトマイズ法又は水アトマイズ法により合金粉末とした。さらに、得られた合金粉末を200メッシュ(63μm)以下に分級することにより平均粒径が35μmの溶射被膜形成材料(溶射用粉末)を調製した。
【0034】
【表1】
【0035】
実施例1,2及び比較例1〜4については、得られた溶射用粉末をプラズマ溶射法を用いて被溶射体である摺動部材(材質:ダイキャストアルミニウム合金)の表面に溶射し、比較例5については、得られた溶射用粉末をHVOF溶射法を用いて被溶射体(上述のものと同じ)の表面に溶射した。表2及び表3に、プラズマ溶射法及びHVOF溶射法における溶射条件を示す。
【0036】
【表2】
【0037】
【表3】
【0038】
上記溶射法により得られた潤滑被膜形成体について、被膜中の黒鉛結晶の有無の確認及び溶射被膜の潤滑性の評価を行った。以下に、具体的な評価方法について説明する。
【0039】
(被膜中の黒鉛結晶相の有無の確認)
溶射被膜中に黒鉛結晶が生成しているか否かを確認するために、走査型電子顕微鏡(SEM)による溶射被膜層の断面観察及びX線回折測定(XRD)による黒鉛結晶相の同定を行った。SEM観察の結果、黒鉛結晶が全体に均一に生成しているものは「○」として合格と評価した。一方、黒鉛結晶が部分的に生成若しくはほとんど生成していないものは「△」若しくは「×」として不合格と評価した。その結果を表4に示す。なお、XRDによる黒鉛結晶相の同定は、SEMによる観察結果を確認する意味で行ったものである。
【0040】
(被膜の摩耗試験)
溶射被膜の潤滑性の評価としては、リング−オン−ディスク試験による溶射被膜の焼付き前の摩擦係数の測定及び焼付き時の負荷荷重の測定を行った。このリング−オン−ディスク試験とは、図4に示すように、溶射被膜が形成されたディスク形状の被試験体(溶射被膜形成体)をその溶射被膜上にリング状の鋼材等を押しつけた状態で一定速度で回転させて、溶射被膜の摩擦係数等の測定を行うものである。具体的には、外径60mmのディスク形状の上記被溶射体の一面に厚さ200μmの溶射被膜を形成し、その中心部に外径25.8mm、内径20mm、高さ30mmの鋼材(材質:SKD11、HRC:60)からなるリングを設置させた状態で、基板をリング部の周速が7m/secとなるように回転させながらリングに対して300sec毎に0.49MPaずつ負荷を増大させることにより試験を行った。なお、リングに対する負荷荷重は40kgf(約4MPa)までとし、負荷荷重が40kgfとなった時点で焼付きを起こさなかった場合には、溶射被膜として十分に実用化レベルにあると評価した。その結果を表4に示す。
【0041】
【表4】
【0042】
SEMによる断面組織観察の結果、実施例1及び実施例2共に、図5に示すような黒色の片状結晶が均一に生成しており、X線回折測定によりこれらの片状結晶が黒鉛であると同定された。なお図5は実施例1の溶射被膜の断面組織を示した写真である。溶射被膜の潤滑性の評価試験においては、焼付き前の摩擦係数μが0.15と低摩擦性を示し、また、リングの最大負荷荷重である40kgfでもまったく焼付きが生じず被膜の摩耗もほとんど認められなかった。このように、優れた耐摩耗性を示したのは、生成した黒鉛結晶が潤滑剤としての役割を果たしたことによると考えられる。
【0043】
一方、比較例においては、比較例3では溶射被膜中に黒鉛結晶の均一生成が認められたが、比較例2及び比較例4では黒鉛結晶が少量しか観察されず、比較例1及び比較例5ではその存在が全く観察されなかった。溶射被膜の潤滑性の評価試験においては、焼付き前の摩擦係数μがいずれも0.28〜0.30と高摩擦性を示し、リングの加重負荷に対しては30〜40kgfの荷重負荷範囲においてリングと溶射被膜形成体との間で焼付きが生じた。このように、耐摩耗性に劣る結果となったのは、比較例3を除いては溶射被膜中の黒鉛結晶の生成量が少なく潤滑性が不十分であったためと考えられる。
【0044】
また比較例3において、溶射被膜中に黒鉛結晶が均一生成したにもかかわらず耐摩耗性に劣る結果となったのは、Siの含有量が8.70重量%と多く、溶射用粉末(溶射被膜)の機械的強度が低下したためと考えられる。また、比較例2及び比較例4において黒鉛結晶の生成量が少なかった原因としては、Si又はAlの含有量が少ないためC成分からの黒鉛結晶の生成が促進されなかったことが考えられる。また、比較例1及び比較例5において黒鉛結晶が生成しなかった原因としては、比較例1の場合にはC含有量が1.20重量%と少なかったことが考えられ、比較例5の場合にはHVOF溶射法により溶射被膜を形成させており、溶射時に溶射用粉末が溶融する程度の高い入熱エネルギー与えられなかったことが考えられる。
【0045】
以上のように、Cを3〜6重量%、Siを3〜6重量%、Alを1〜7重量%の範囲内で含有してなるFe主成分の溶射用粉末を高入熱エネルギーを伴うプラズマ溶射法を用いて被溶射体に溶射することによって、溶射後の冷却段階において被溶射体表面に付与された溶融状態の溶射被膜から黒鉛結晶が生成するので、潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体を得ることができる。
【0046】
(実施例3〜5及び比較例6,7)
まず、Fe、C、Si及びAl粉末を、C:3.56重量%、Si:3.32重量%、Al:4.08重量%及び残部Fe(不可避成分Mn:0.67重量%を含む。)とする組成に調合し、これを高周波誘導溶解炉(30kgバッチ)を用いて溶融混合し、ガスアトマイズ法又は水アトマイズ法により合金粉末とした。さらに、得られた合金粉末を200メッシュ(63μm)以下に分級することにより平均粒径が35μmの溶射用粉末を調製した。
【0047】
得られた溶射用粉末を表5に示す温度でそれぞれ熱処理を行った後、HVOF溶射法を用いて被溶射体である被溶射体(材質:ダイキャストアルミニウム合金)の表面に溶射した。なお、熱処理はいずれも保持時間を30minとし、H2ガス雰囲気中で行った。HVOF溶射は、表3に示した条件で行った。こうして得られた溶射被膜形成体について、溶射被膜中に生成する黒鉛結晶の有無の確認及び溶射被膜の潤滑性の評価を行った。各評価試験の詳細については上述した通りである。評価結果を表5に示す。
【0048】
【表5】
【0049】
SEM観察及びX線回折測定による結晶相の同定の結果、実施例3〜5における溶射被膜中には黒鉛結晶が均一に生成していた。また、焼付き前の摩擦係数μは0.15と低く、リング−オン−ディスク試験における最大負荷荷重である40kgfでも焼付きが生じなかった。このことから、実施例3〜5においては、熱処理段階で生成させておいた黒鉛結晶が潤滑剤としての役割を果たしたことが要因となり耐摩耗性に優れた溶射被膜形成体が得られたと考えられる。
【0050】
一方、比較例においては、比較例6では黒鉛結晶の生成が全く観察されなかった。また、耐摩耗性試験の結果、焼付き前の摩擦係数μが0.30、及び焼付き時の負荷荷重が30MPaであり、耐摩耗性に劣ることがわかった。これは、熱処理温度が低くFe系合金粉末中に黒鉛結晶が生成しなかったためと考えられる。また、比較例7では熱処理温度が1100℃と高かったため黒鉛結晶は生成したものの、溶射用粉末が焼結し凝集してしまっためその後のHVOF溶射を行うことができなかった。
【0051】
以上のように、溶射用粉末を800〜1000℃の温度範囲で熱処理することによって粉末中に黒鉛結晶を生成させることができ、さらに得られた熱処理粉末をHVOF溶射によって被溶射体に溶射することによって潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体を得ることができた。
【0052】
(実施例6)
上記実施例と同様の手法により平均粒径が35μmのFe系合金粉末を調整し、得られた溶射用粉末をPTA法(図2参照)を用いて被溶接体である摺動部材(材質:ダイキャストアルミニウム合金)の表面に表6に示す条件で肉盛溶接した。なお、溶接に際しては摺動部材に対して予熱を加えた。さらに、PTA法による肉盛溶接後、肉盛被膜中に生成した黒鉛結晶の粗大化を図るべく被膜形成体を1000℃で1時間、大気雰囲気中で熱処理した。
【0053】
【表6】
【0054】
上記溶接法により得られた潤滑被膜(肉盛被膜)形成体について、被膜中の生成黒鉛の有無の確認及び被膜の摩耗試験を行った。具体的な試験方法については上述したので省略する。その結果、SEMによる断面組織観察においては、肉盛被膜中に上記溶射被膜と同程度である数μmの大きさを有する黒鉛結晶が均一に生成しているのが観察され、また摩耗試験においては、上記溶射法による被膜(実施例1〜6)と同様に、負荷荷重が40kgfでも焼付きを起こさず、摩擦係数も0.26と低い値を示した。このことから、PTA法により形成される肉盛被膜も黒鉛結晶が均一に生成し上記溶射被膜と同様に優れた潤滑特性を示すことがわかった。
【0055】
以上、実施例について説明したが、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。例えば、上記実施例では、溶射用粉末を溶融する手段として溶射時に高い入熱エネルギーの発生を伴うプラズマ溶射法を用いたが、溶射時に溶射用粉末を溶融させることが可能な溶射法であればこれに限られない。また上記実施例では、溶射用粉末中に黒鉛結晶を生成させる目的で行う熱処理後の溶射手段としてHVOF溶射を用いたがこれに限られず、種々の溶射法を用いることが可能である。また、PTA法による肉盛溶接において、溶接後に黒鉛結晶の粗大化を図るべく被膜形成体の熱処理を行っているが、場合に応じて熱処理は行わなくても良い。
【0056】
【発明の効果】
本発明に係る潤滑被膜形成体によれば、被膜中に高潤滑性を呈する黒鉛結晶が生成しているので、摺動部材として応用した場合にその摺動面において優れた潤滑特性を発現させることができ、さらに被膜中のC、Si及びAlが所定量に制御されているので、黒鉛結晶の有する潤滑特性をより一層向上させることができるいう効果がある。
【0057】
本発明に係る潤滑被膜形成体の製造方法によれば、溶射と同時にFe系合金粉末中のC成分から黒鉛結晶を生成させてなるものであるので、高潤滑の被膜を効率よく付与することができ、さらにこの場合、プラズマ溶射法を用いることによって黒鉛結晶の生成が促進される共に溶射被膜と被溶射体との密着性に優れた潤滑被膜形成体を製造することができるという効果がある。そしてこれにより、従来は摺動部材全体を高潤滑化させるなどの手段が採られていたが、摺動部材の表面のみを潤滑化処理すなわち高潤滑性の溶射被膜を形成させることにより摺動部材全体の低廉化を図ることができるという効果がある。
【0058】
また、プラズマ溶射を用いない場合も、Fe系合金粉末を溶射前に予め800〜1000℃の温度範囲内で加熱してFe系合金粉末中に黒鉛結晶を生成させ、その後プラズマ溶射以外の溶射法により溶射被膜を形成することにより、潤滑特性に優れた溶射被膜形成体を製造することができるという効果がある。
【0059】
また、上記溶射法のみならず、プラズマ粉体肉盛溶接法(PTA法)を用いて被溶接体の表面に肉盛被膜を形成させることによっても、溶接時の入熱エネルギーにより溶接と同時にFe系合金粉末からなる肉盛被膜中に黒鉛結晶を生成させ潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体を製造することができるという効果がある。
【0060】
また、Fe系合金粉末が水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、又は水/ガス複合アトマイズ法によって製造されることにより、微細且つ流動性及び各含有成分の分散性に優れたFe系合金粉末が得られ、その結果、均質且つ良好な潤滑性能を備えた溶射被膜形成体を製造することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施の形態に係るプラズマ溶射装置の模式図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るプラズマ粉体肉盛溶接装置の模式図である。
【図3】本発明の実施の形態に係るFe系合金粉末のアトマイズ法((a)水アトマイズ法、(b)ガスアトマイズ法)による製造装置の模式図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る溶射被膜の摩耗試験手段(リング−オン−ディスク試験)を示した模式図である。
【図5】本発明の実施例品(実施例1)に係る溶射被膜中の組織を示したSEM写真である。
【発明の属する技術分野】
本発明は、潤滑被膜形成体の及びその製造方法に関し、更に詳しくは、優れた潤滑特性が要求される摺動部材に適用可能な潤滑被膜形成体及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
各種機械構造部品、特に自動車部品は多数の摺動部を抱えており、これら摺動部から発生する摩擦と熱によって内燃機関で燃焼される燃料の大部分が消費され、結果、機械システム全体として多大なエネルギー損失が生じてしまう。そこで従来より、各摺動部における摩擦係数を低減させることによって摩擦によるメカニックロス(機械損失)を抑え、内燃機関等の機械システムの高効率化を図る技術が開発されている。
【0003】
摺動部材の摩擦係数を低減させる手段としては、その部材の構成材料中に黒鉛結晶を微細に生成させる方法が挙げられる。黒鉛は、六角形に配列したC(炭素)原子からなる平板層を積み重ねた構造を備えたものであり、層間の結合が弱く、層間で容易にせん断が生じることにより、良好な潤滑性を呈する。このため、摺動部材中に黒鉛結晶を散在させることで、部材全体の摩擦係数を低減させることができる。具体的には、空気圧縮機を構成するシリンダ用の材料として、片状黒鉛鋳鉄、あるいは球状黒鉛鋳鉄等を使用することで部材の高潤滑化が図られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
この公報では、黒鉛鋳鉄の持つ潤滑性によってクロススライダクラウン機構によってシリンダ内を無潤滑で往復するピストンと圧縮リングの組合せを提供することができ、車載可能な無潤滑圧縮機を実現できると共に、ブレーキシステムの信頼性を高めることができるという効果が示されている。しかしながら、これら摺動部材を構成している鋳鉄材料は重く、機械システム全体の軽量化を妨げる大きな要因となるという問題があった。
【0005】
このような問題を考慮して、従来より摺動部材の表層部のみに潤滑性を備えた潤滑被膜を形成する手段も講じられている。具体的には、Fe基合金製のワイヤーのアーク溶射時、もしくは、Fe基合金製の粉末の溶射時に黒鉛を同時添加して、摺動部材の表層部のみに黒鉛結晶が付着した溶射被膜を形成し、部材全体の軽量化を図る試みが実験的になされている。さらには、摺動部材に、ケルメット(Cu−Sn−Pb系合金)やリン青銅(Cu−Sn系合金)からなる潤滑被膜を形成させる試みもなされている(例えば、特許文献2参照。)。
【0006】
【特許文献1】
特開平11−82741号公報
【特許文献2】
特開平10−8231号公報
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、Fe基合金の溶射時に黒鉛を同時に添加する手法では、被膜中に黒鉛結晶が均一に分散せず、品質の安定した潤滑被膜を形成させることが困難であるといった問題がある。また、ケルメットによる潤滑被膜は、ケルメット中のPbが有害な物質であるため環境上好ましくない。さらに、リン青銅による潤滑被膜は、Snによる自己犠牲、すなわち、摺動面で摩擦が発生した際にSn若しくはSnを含有する合金元素のムシレが発生することによって、高潤滑性を呈するものであるため、十分な耐焼付き面圧が得られないという問題があった。
【0008】
本発明の解決しようとする課題は、種々の摺動部材への適用が可能であると共に摺動部材全体の低廉化を図ることが可能な優れた潤滑性を備えた潤滑被膜形成体及びその製造方法を提供することである。
【0009】
【課題を解決するための手段】
この課題を解決するために本発明に係る潤滑被膜形成体は、Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系被膜が形成されると共に、このFe系被膜中に黒鉛結晶が生成してなることを要旨とする。
【0010】
この潤滑被膜形成体によれば、被膜中に高潤滑性を呈する黒鉛結晶が生成しているので、摺動部材として応用した場合にその摺動面において優れた潤滑特性を発現させることができる。また、この潤滑被膜は、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlとをが有したFe系合金材料からなるものであるので、黒鉛結晶の有する潤滑特性を効果的に発現させることができる。
【0011】
また、本発明に係る潤滑被膜形成体の製造方法は、Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系合金粉末を溶射により被溶射体の表面に付与すると同時にその溶射による入熱エネルギーによりそのFe系合金粉末による溶射被膜中に黒鉛結晶を生成させてなることを要旨とする。また、この場合における溶射は、プラズマ溶射法によって行うことが好ましい。
【0012】
本発明に係る潤滑被膜形成体の製造方法によれば、溶射と同時にFe系合金粉末中のC成分から黒鉛結晶を生成させてなるものであるので、効率良く且つ黒鉛結晶が均一に分散してなる溶射被膜形成体を製造することができる。ここで、溶射と同時とは、被溶射体に溶射を施しその後冷却する一連の工程を含めて「溶射」とした場合に溶射被膜を形成させる一方で被膜中に黒鉛結晶も生成させるという意味であり、黒鉛結晶は、厳密には、後述のように溶射後の冷却段階において溶融状態の溶射被膜中から晶出する。
【0013】
また、溶射と同時に黒鉛結晶を生成させる手段として、プラズマ溶射法を用いれば、溶射時に溶射用粉末であるFe系合金粉末に対してこの粉末が溶融する程度の高い入熱エネルギーを付与できるので、溶融された状態の溶射被膜が冷却される段階において黒鉛結晶の晶出(生成)が促進される共に溶射被膜と被溶射体との高い密着性を実現することができる。
【0014】
また、潤滑被膜形成体を製造する手段として、上記Fe系合金粉末を溶射前に予め800〜1000℃の温度範囲内で加熱してFe系合金粉末中に黒鉛結晶を生成させることにより、上記プラズマ溶射法のように溶射時にFe系合金粉末を溶融させることができない入熱エネルギーの低い溶射手段によってFe系合金粉末を被溶射体に溶射した場合でも黒鉛結晶が均一に分散された潤滑被膜を得ることができる。
【0015】
さらに、潤滑被膜形成体を製造する手段としては、上記Fe系合金粉末をプラズマ粉体肉盛溶接法を用いて被溶接体の表面に肉盛被膜を形成させるものであっても良い。このプラズマ粉体肉盛溶接法によれば、溶接時の入熱エネルギーにより溶接と同時にFe系合金粉末からなる肉盛被膜中に黒鉛結晶を生成させ潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体を製造することができる。なお、ここにいう、溶接と同時も、上述の溶射と同時と同じ意味であり、黒鉛結晶は溶接後の冷却段階において晶出する。
【0016】
また、Fe系合金粉末が水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、又は水/ガス複合アトマイズ法によって製造されることにより、各含有成分の分散性に優れたFe系合金粉末が得られ、その結果、均質且つ良好な潤滑性能を備えた潤滑被膜形成体を製造することができる。
【0017】
【発明の実施の形態】
初めに、本発明に係る潤滑被膜形成体及びその製造方法について説明する。この潤滑被膜形成体は、Feを主成分とし、これに数重量%のC、Si及びAlとを含有してなるFe系被膜を摺動部材等の表面に付与したもので、その潤滑被膜中に黒鉛結晶が生成してなることを特徴とするものである。ここで、潤滑被膜は、Feを主成分とし、これに数重量%のC、Si及びAlとを含有してなるFe系合金粉末を摺動部材等の表面に溶射等することにより得られる。
【0018】
このFe系合金粉末中のCの含有量は、3〜6重量%であることが好ましく、更には、4〜5重量%であることがより好ましい。Cの含有量が3重量%に満たなければ、黒鉛結晶の生成量が少なく溶射被膜の潤滑性が乏しくなる。一方、Cの含有量が6重量%を超えると、溶射被膜が脆性的になる上に、アトマイズ法によりFe系合金粉末を作る際にFe、C、Si及びAlからなる溶融物(溶湯)の粘性が上がってしまい分散性を付与する妨げとなる。
【0019】
また、Fe系合金粉末中のSi成分及びAl成分は共に、C成分の黒鉛化を促す役割を担う。Si及びAlはCとの親和力が小さく、炭化物生成傾向の小さい元素であると共に、セメンタイト(Fe3C)等のFe系炭化物を黒鉛とフェライトに分解する働きをする。したがって、Fe系合金粉末中にSi及びAlを適量含有させることにより、黒鉛結晶の生成が促進される。
【0020】
ここで、Siの含有量は、3〜6重量%であることが好ましく、更には、3〜4重量%であることがより好ましい。また、Alの含有量は、1〜7重量であることが好ましく、更には、4〜5重量%であることがより好ましい。Siの含有量が3重量%若しくはAlの含有量が1重量%に満たなければ、黒鉛結晶の生成量が少なくなり溶射被膜の潤滑性が乏しくなる。一方、Siの含有量が6重量%若しくはAlの含有量が7重量%を超えると、Fe系合金粉末の粘性が高くなり、形成される溶射被膜の機械的強度が低下する。
【0021】
次に、摺動部材等(被溶射体)の表面に溶射被膜を形成する手段について説明する。溶射被膜の形成に際しては如何なる溶射方法を用いてもよい。その中でも、プラズマ溶射法は溶射時に溶射用粉末であるFe系合金粉末を溶融させる程度の高い入熱エネルギーを伴うことから、溶射後の冷却段階において溶射により被溶射体表面に形成された溶融状態の被膜中のC成分から高潤滑性の黒鉛結晶を晶出(生成)させることが可能であり、特に好適な溶射手段である。
【0022】
図1にプラズマ溶射法の概略図を示す。プラズマ溶射は、電極間に不活性ガスを流して放電させることによって、作動ガスが電離して高温・高速のプラズマが発生し、この発生したプラズマを溶射の熱源として用いる溶射法である。プラズマを発生させる作動ガスとしては、通常、アルゴン、水素などが用いられる。また電極としては、水冷されたノズル状のCu製陽極とW製陰極が用いられる。電極間にアークを発生させると作動ガスがアークによってプラズマ化され、ノズルから高温・高速のプラズマジェットとなって噴出する。このプラズマジェットに溶射用のFe系合金粉末を投入し加熱加速して基材に吹き付ける。プラズマジェットの平均温度は5000℃以上であり、このプラズマジェットの中にFe系合金粉末がおかれることによって、被溶射体の表面に付与された直後は溶融状態の被膜が形成される。そして、溶射後に被膜形成体を冷却することにより溶融被膜から黒鉛結晶が晶出(生成)してくる。これにより潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体が得られる。
【0023】
また潤滑被膜を形成する手段としては、プラズマ溶射に限らずそれ以外の溶射法を用いることも可能であるが、被膜に潤滑性を備えさせるためには被膜中に黒鉛結晶が存在していなければならない。このため、プラズマ溶射のようにFe系合金粉末を溶融する程度にまで入熱エネルギーを与えることができない溶射法を用いて溶射被膜を形成させる場合には、溶射前に予めFe系合金粉末中に黒鉛結晶を生成させておく必要がある。その手段として、Fe系合金粉末を800〜1000℃の温度範囲で熱処理を行うのが好ましく、更には、熱処理温度が900〜1000℃の範囲内にあることが好ましい。熱処理温度が800℃に満たないと、黒鉛結晶の生成量が少なく溶射被膜に十分な潤滑性能を付与することができないため好ましくない。一方、熱処理温度が1000℃を超えると、粉末同士が焼結により凝集するため好ましくない。
【0024】
上記熱処理を施した黒鉛結晶を生成させたFe系合金粉末は、フレーム溶射、アーク溶射、爆発溶射など種々の溶射法によって、被溶射体である摺動部材への溶射が可能である。ただし、アーク溶射のように溶射材が粉末ではなく線材(ワイヤ)であることが必要な場合には、Fe系合金粉末を溶融し加工し、もしくはコアードワイヤ化することにより線材としても良い。
【0025】
また、溶射以外に潤滑被膜を形成する手段としては、プラズマ粉体肉盛溶接(PTA:Plasma Transferd Arc Welding)法を用いて、Fe系合金粉末を摺動部材等(被溶接体)の表面に肉盛溶接するものであっても良い。このプラズマ粉体肉盛溶接法(以下、「PTA法」という)は、プラズマアーク中にFe系合金粉末をヘリウムやアルゴンなどのキャリアガスを介して送り込み、溶融した状態で摺動部材上に肉盛層を形成するものであり、溶接時にFe系合金粉末に対して高い入熱エネルギーが加えられるので、溶接と同時に粉末中のC成分から黒鉛結晶を生成させることができる。
【0026】
図2にPTA法の概略図を示す。まず、パイロット電源によってプラズマガスとして使用されるアルゴンガスが流れているタングステン電極と水冷ノズル間にアークを飛ばし、アルゴンガスをプラズマ化させる。この高温のプラズマガスを水冷ノズルによるサーマルピンチ効果を利用して絞り、エネルギー密度の高いプラズマアークとして被溶接体に到達させる。アークが被溶接体に到達すると、この状態を持続させるためにメイン電源が作動し、アーク電流が被溶接体中を流れるようになり、被溶接体表面に溶融池が形成される。一方、肉盛材となるFe系合金粉末はヘリウムガス又はアルゴンガスのキャリヤガスに圧送されてプラズマアーク中に送り込まれ、溶融した状態で被溶接体上の溶融池に投入されて肉盛被膜が形成される。そして、肉盛溶接後の冷却段階において溶融被膜から黒鉛結晶が晶出(生成)してくる。これにより潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体が得られる。
【0027】
なお、PTA法により被覆中に生成する黒鉛結晶の大きさは溶接後の冷却速度に大きく影響を受ける。一般に、PTA法による溶接後の冷却速度は、上記プラズマ溶射法等に比べると速く黒鉛結晶が微細化しやすい傾向がある。黒鉛結晶の微細化は被覆層の低靭性化の原因となるため好ましくない。したがって、通常は肉盛被覆の冷却速度を遅延化させるために被溶接体に対して余熱を加えておく手段が講じられている。このときの余熱温度は400〜500℃の温度範囲にあることが好ましい。これにより晶出する黒鉛結晶の微細化が抑制される。また、冷却に際しては徐冷することも必要である。
【0028】
さらに、黒鉛結晶の微細化を解消する手段としては、PTA法による肉盛溶接後における潤滑被膜形成体の熱処理が効果的である。これにより、黒鉛結晶の粒成長すなわち粗大化が促進され、潤滑被膜の高靭性化が図られる。ここで、潤滑被膜形成体の熱処理温度は、800〜1200℃の範囲にあることが好ましく、さらには、900〜1100℃の範囲にあることがより好ましく、またさらには、1000〜1100℃の範囲にあることがより好ましい。熱処理温度が800℃に満たない場合は、黒鉛結晶の粒成長が促進されないという問題があり、熱処理温度が1200℃を超える場合には、被膜を構成するFe系合金の揮発による損失が生じるという問題があり好ましくない。
【0029】
本発明の潤滑被膜形成材料を構成するFe系合金粉末は、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、又は水/ガス複合アトマイズ法によって製造されることを特徴とする。アトマイズ法は、図3(a)及び3(b)に示すよう、原料となるFe、C、Si及びAlを高周波誘導溶解炉内で加熱溶融して溶融物を生成後、この溶融物をガス圧等によって噴出ノズルから噴出させ、これと同時に、水アトマイズ法の場合には水(図3(a)参照)を、ガスアトマイズ法の場合にはN2、Ar等の不活性ガス(図3(b)参照)をそれぞれ噴霧することにより粉砕し粉末を作成する方法である。なお、水/ガス複合アトマイズ法は、図示しないが不活性ガスと水の両方を用いて作製する方法である。水アトマイズ法により得られる粉末は、形状が不規則であるが安価であるという特徴があり、ガスアトマイズ法により得られる粉末は、球状で流動性がよいという特徴がある。
【0030】
なお、Fe系合金粉末を調整する手段としてはアトマイズ法に限られない。例えば、構成成分を溶融し機械的に粉砕して粉末を作製する溶融粉砕法や、構成成分からなる粉末成形体を焼結し機械的に粉砕して粉末を作製する焼結粉砕法や、あるいは、構成成分からなる微粉末を原料とし、これにバインダーを添加し造粒装置により目的とする粒度の粉末を調製する造粒法などを用いてFe系合金粉末を調製しても構わない。
【0031】
本発明に係る潤滑被膜形成体は、その適用分野を特に限定するものではないが、例えば、ピストン、シリンダ、コンロッドあるいは歯車などの自動車部品に対して好適に使用することができる。また、溶射若しくは溶接の対象となる被溶射体若しくは被溶接体の材質についても特に限定されるものではなく、Fe系の炭素鋼や特殊鋼、あるいは、非Fe系のCu合金やAl合金などであっても良い。
【0032】
【実施例】
本発明の効果を、実施例により具体的に説明する。
【0033】
(実施例1、2及び比較例1〜5)
まず、Fe、C、Si及びAl粉末を表1に示す組成に調合し、これを高周波誘導溶解炉(30kgバッチ)を用いて溶融混合し、ガスアトマイズ法又は水アトマイズ法により合金粉末とした。さらに、得られた合金粉末を200メッシュ(63μm)以下に分級することにより平均粒径が35μmの溶射被膜形成材料(溶射用粉末)を調製した。
【0034】
【表1】
【0035】
実施例1,2及び比較例1〜4については、得られた溶射用粉末をプラズマ溶射法を用いて被溶射体である摺動部材(材質:ダイキャストアルミニウム合金)の表面に溶射し、比較例5については、得られた溶射用粉末をHVOF溶射法を用いて被溶射体(上述のものと同じ)の表面に溶射した。表2及び表3に、プラズマ溶射法及びHVOF溶射法における溶射条件を示す。
【0036】
【表2】
【0037】
【表3】
【0038】
上記溶射法により得られた潤滑被膜形成体について、被膜中の黒鉛結晶の有無の確認及び溶射被膜の潤滑性の評価を行った。以下に、具体的な評価方法について説明する。
【0039】
(被膜中の黒鉛結晶相の有無の確認)
溶射被膜中に黒鉛結晶が生成しているか否かを確認するために、走査型電子顕微鏡(SEM)による溶射被膜層の断面観察及びX線回折測定(XRD)による黒鉛結晶相の同定を行った。SEM観察の結果、黒鉛結晶が全体に均一に生成しているものは「○」として合格と評価した。一方、黒鉛結晶が部分的に生成若しくはほとんど生成していないものは「△」若しくは「×」として不合格と評価した。その結果を表4に示す。なお、XRDによる黒鉛結晶相の同定は、SEMによる観察結果を確認する意味で行ったものである。
【0040】
(被膜の摩耗試験)
溶射被膜の潤滑性の評価としては、リング−オン−ディスク試験による溶射被膜の焼付き前の摩擦係数の測定及び焼付き時の負荷荷重の測定を行った。このリング−オン−ディスク試験とは、図4に示すように、溶射被膜が形成されたディスク形状の被試験体(溶射被膜形成体)をその溶射被膜上にリング状の鋼材等を押しつけた状態で一定速度で回転させて、溶射被膜の摩擦係数等の測定を行うものである。具体的には、外径60mmのディスク形状の上記被溶射体の一面に厚さ200μmの溶射被膜を形成し、その中心部に外径25.8mm、内径20mm、高さ30mmの鋼材(材質:SKD11、HRC:60)からなるリングを設置させた状態で、基板をリング部の周速が7m/secとなるように回転させながらリングに対して300sec毎に0.49MPaずつ負荷を増大させることにより試験を行った。なお、リングに対する負荷荷重は40kgf(約4MPa)までとし、負荷荷重が40kgfとなった時点で焼付きを起こさなかった場合には、溶射被膜として十分に実用化レベルにあると評価した。その結果を表4に示す。
【0041】
【表4】
【0042】
SEMによる断面組織観察の結果、実施例1及び実施例2共に、図5に示すような黒色の片状結晶が均一に生成しており、X線回折測定によりこれらの片状結晶が黒鉛であると同定された。なお図5は実施例1の溶射被膜の断面組織を示した写真である。溶射被膜の潤滑性の評価試験においては、焼付き前の摩擦係数μが0.15と低摩擦性を示し、また、リングの最大負荷荷重である40kgfでもまったく焼付きが生じず被膜の摩耗もほとんど認められなかった。このように、優れた耐摩耗性を示したのは、生成した黒鉛結晶が潤滑剤としての役割を果たしたことによると考えられる。
【0043】
一方、比較例においては、比較例3では溶射被膜中に黒鉛結晶の均一生成が認められたが、比較例2及び比較例4では黒鉛結晶が少量しか観察されず、比較例1及び比較例5ではその存在が全く観察されなかった。溶射被膜の潤滑性の評価試験においては、焼付き前の摩擦係数μがいずれも0.28〜0.30と高摩擦性を示し、リングの加重負荷に対しては30〜40kgfの荷重負荷範囲においてリングと溶射被膜形成体との間で焼付きが生じた。このように、耐摩耗性に劣る結果となったのは、比較例3を除いては溶射被膜中の黒鉛結晶の生成量が少なく潤滑性が不十分であったためと考えられる。
【0044】
また比較例3において、溶射被膜中に黒鉛結晶が均一生成したにもかかわらず耐摩耗性に劣る結果となったのは、Siの含有量が8.70重量%と多く、溶射用粉末(溶射被膜)の機械的強度が低下したためと考えられる。また、比較例2及び比較例4において黒鉛結晶の生成量が少なかった原因としては、Si又はAlの含有量が少ないためC成分からの黒鉛結晶の生成が促進されなかったことが考えられる。また、比較例1及び比較例5において黒鉛結晶が生成しなかった原因としては、比較例1の場合にはC含有量が1.20重量%と少なかったことが考えられ、比較例5の場合にはHVOF溶射法により溶射被膜を形成させており、溶射時に溶射用粉末が溶融する程度の高い入熱エネルギー与えられなかったことが考えられる。
【0045】
以上のように、Cを3〜6重量%、Siを3〜6重量%、Alを1〜7重量%の範囲内で含有してなるFe主成分の溶射用粉末を高入熱エネルギーを伴うプラズマ溶射法を用いて被溶射体に溶射することによって、溶射後の冷却段階において被溶射体表面に付与された溶融状態の溶射被膜から黒鉛結晶が生成するので、潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体を得ることができる。
【0046】
(実施例3〜5及び比較例6,7)
まず、Fe、C、Si及びAl粉末を、C:3.56重量%、Si:3.32重量%、Al:4.08重量%及び残部Fe(不可避成分Mn:0.67重量%を含む。)とする組成に調合し、これを高周波誘導溶解炉(30kgバッチ)を用いて溶融混合し、ガスアトマイズ法又は水アトマイズ法により合金粉末とした。さらに、得られた合金粉末を200メッシュ(63μm)以下に分級することにより平均粒径が35μmの溶射用粉末を調製した。
【0047】
得られた溶射用粉末を表5に示す温度でそれぞれ熱処理を行った後、HVOF溶射法を用いて被溶射体である被溶射体(材質:ダイキャストアルミニウム合金)の表面に溶射した。なお、熱処理はいずれも保持時間を30minとし、H2ガス雰囲気中で行った。HVOF溶射は、表3に示した条件で行った。こうして得られた溶射被膜形成体について、溶射被膜中に生成する黒鉛結晶の有無の確認及び溶射被膜の潤滑性の評価を行った。各評価試験の詳細については上述した通りである。評価結果を表5に示す。
【0048】
【表5】
【0049】
SEM観察及びX線回折測定による結晶相の同定の結果、実施例3〜5における溶射被膜中には黒鉛結晶が均一に生成していた。また、焼付き前の摩擦係数μは0.15と低く、リング−オン−ディスク試験における最大負荷荷重である40kgfでも焼付きが生じなかった。このことから、実施例3〜5においては、熱処理段階で生成させておいた黒鉛結晶が潤滑剤としての役割を果たしたことが要因となり耐摩耗性に優れた溶射被膜形成体が得られたと考えられる。
【0050】
一方、比較例においては、比較例6では黒鉛結晶の生成が全く観察されなかった。また、耐摩耗性試験の結果、焼付き前の摩擦係数μが0.30、及び焼付き時の負荷荷重が30MPaであり、耐摩耗性に劣ることがわかった。これは、熱処理温度が低くFe系合金粉末中に黒鉛結晶が生成しなかったためと考えられる。また、比較例7では熱処理温度が1100℃と高かったため黒鉛結晶は生成したものの、溶射用粉末が焼結し凝集してしまっためその後のHVOF溶射を行うことができなかった。
【0051】
以上のように、溶射用粉末を800〜1000℃の温度範囲で熱処理することによって粉末中に黒鉛結晶を生成させることができ、さらに得られた熱処理粉末をHVOF溶射によって被溶射体に溶射することによって潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体を得ることができた。
【0052】
(実施例6)
上記実施例と同様の手法により平均粒径が35μmのFe系合金粉末を調整し、得られた溶射用粉末をPTA法(図2参照)を用いて被溶接体である摺動部材(材質:ダイキャストアルミニウム合金)の表面に表6に示す条件で肉盛溶接した。なお、溶接に際しては摺動部材に対して予熱を加えた。さらに、PTA法による肉盛溶接後、肉盛被膜中に生成した黒鉛結晶の粗大化を図るべく被膜形成体を1000℃で1時間、大気雰囲気中で熱処理した。
【0053】
【表6】
【0054】
上記溶接法により得られた潤滑被膜(肉盛被膜)形成体について、被膜中の生成黒鉛の有無の確認及び被膜の摩耗試験を行った。具体的な試験方法については上述したので省略する。その結果、SEMによる断面組織観察においては、肉盛被膜中に上記溶射被膜と同程度である数μmの大きさを有する黒鉛結晶が均一に生成しているのが観察され、また摩耗試験においては、上記溶射法による被膜(実施例1〜6)と同様に、負荷荷重が40kgfでも焼付きを起こさず、摩擦係数も0.26と低い値を示した。このことから、PTA法により形成される肉盛被膜も黒鉛結晶が均一に生成し上記溶射被膜と同様に優れた潤滑特性を示すことがわかった。
【0055】
以上、実施例について説明したが、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。例えば、上記実施例では、溶射用粉末を溶融する手段として溶射時に高い入熱エネルギーの発生を伴うプラズマ溶射法を用いたが、溶射時に溶射用粉末を溶融させることが可能な溶射法であればこれに限られない。また上記実施例では、溶射用粉末中に黒鉛結晶を生成させる目的で行う熱処理後の溶射手段としてHVOF溶射を用いたがこれに限られず、種々の溶射法を用いることが可能である。また、PTA法による肉盛溶接において、溶接後に黒鉛結晶の粗大化を図るべく被膜形成体の熱処理を行っているが、場合に応じて熱処理は行わなくても良い。
【0056】
【発明の効果】
本発明に係る潤滑被膜形成体によれば、被膜中に高潤滑性を呈する黒鉛結晶が生成しているので、摺動部材として応用した場合にその摺動面において優れた潤滑特性を発現させることができ、さらに被膜中のC、Si及びAlが所定量に制御されているので、黒鉛結晶の有する潤滑特性をより一層向上させることができるいう効果がある。
【0057】
本発明に係る潤滑被膜形成体の製造方法によれば、溶射と同時にFe系合金粉末中のC成分から黒鉛結晶を生成させてなるものであるので、高潤滑の被膜を効率よく付与することができ、さらにこの場合、プラズマ溶射法を用いることによって黒鉛結晶の生成が促進される共に溶射被膜と被溶射体との密着性に優れた潤滑被膜形成体を製造することができるという効果がある。そしてこれにより、従来は摺動部材全体を高潤滑化させるなどの手段が採られていたが、摺動部材の表面のみを潤滑化処理すなわち高潤滑性の溶射被膜を形成させることにより摺動部材全体の低廉化を図ることができるという効果がある。
【0058】
また、プラズマ溶射を用いない場合も、Fe系合金粉末を溶射前に予め800〜1000℃の温度範囲内で加熱してFe系合金粉末中に黒鉛結晶を生成させ、その後プラズマ溶射以外の溶射法により溶射被膜を形成することにより、潤滑特性に優れた溶射被膜形成体を製造することができるという効果がある。
【0059】
また、上記溶射法のみならず、プラズマ粉体肉盛溶接法(PTA法)を用いて被溶接体の表面に肉盛被膜を形成させることによっても、溶接時の入熱エネルギーにより溶接と同時にFe系合金粉末からなる肉盛被膜中に黒鉛結晶を生成させ潤滑特性に優れた潤滑被膜形成体を製造することができるという効果がある。
【0060】
また、Fe系合金粉末が水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、又は水/ガス複合アトマイズ法によって製造されることにより、微細且つ流動性及び各含有成分の分散性に優れたFe系合金粉末が得られ、その結果、均質且つ良好な潤滑性能を備えた溶射被膜形成体を製造することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施の形態に係るプラズマ溶射装置の模式図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るプラズマ粉体肉盛溶接装置の模式図である。
【図3】本発明の実施の形態に係るFe系合金粉末のアトマイズ法((a)水アトマイズ法、(b)ガスアトマイズ法)による製造装置の模式図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る溶射被膜の摩耗試験手段(リング−オン−ディスク試験)を示した模式図である。
【図5】本発明の実施例品(実施例1)に係る溶射被膜中の組織を示したSEM写真である。
Claims (6)
- Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系被膜が形成されると共に、このFe系被膜中に黒鉛結晶が生成してなることを特徴とする潤滑被膜形成体。
- Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系合金粉末を溶射により被溶射体の表面に付与すると同時にその溶射による入熱エネルギーによりそのFe系合金粉末からなる溶射被膜中に黒鉛結晶を生成させてなることを特徴とする潤滑被膜形成体の製造方法。
- 前記溶射が、プラズマ溶射法によるものであることを特徴とする請求項2に記載の潤滑被膜形成体の製造方法。
- Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系合金粉末を溶射前に予め800〜1000℃の温度範囲内で加熱することによりFe系合金粉末中に黒鉛結晶を生成させた後、このFe系合金粉末を溶射により被溶射体の表面に付与することを特徴とする請求項2又は3に記載の潤滑被膜形成体の製造方法。
- Feを主成分とし、3〜6重量%のCと、3〜6重量%のSiと、1〜7重量%のAlと、不可避的不純物とを含有するFe系合金粉末をプラズマ粉体肉盛溶接により被溶接体の表面に付与すると同時にその肉盛溶接による入熱エネルギーによりそのFe系合金粉末からなる肉盛被膜中に黒鉛結晶を生成させてなることを特徴とする潤滑被膜形成体の製造方法。
- 前記Fe系合金粉末は、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、又は水/ガス複合アトマイズ法によって製造されたものであることを特徴とする請求項2ないし5のいずれかに記載の潤滑被膜形成体の製造方法。
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