JP2004060015A - 摺動部品およびその製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】一方向クラッチのカム面が形成された内輪または外輪のような摺動部品の短期間での損傷を防止する。
【解決手段】摺動部品は、軸受鋼より所定の形状に形成された加工済み摺動部品素材を、カーボンポテンシャルが1.2%以上である浸炭雰囲気中において840〜870℃で3時間以上加熱することにより浸炭処理を施した後急冷することによって製造される。摺動部品の表面から深さ0.5mmまでの範囲の表層部の全炭素量を1.0〜1.6wt%とするとともに、前記表層部のマトリックス中の固溶炭素量を0.6〜1.0wt%とし、前記表層部に球状炭化物を析出させて球状炭化物の量を面積率で5〜20%でかつその粒径を3μm以下とする。
【選択図】   図1

Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は摺動部品およびその製造方法に関し、さらに詳しくは、一方向クラッチの内外両輪のうちのカム面が形成されるもの、すべり軸受部品、自動車エンジン用ロッカアームのローラ支持軸、自動車エンジン用カムリフタなどの摺動部品およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術と発明が解決しようとする課題】
たとえば、自動車用エンジンの回転変動やベルト張力変動を抑制するために、エンジン補機の中で最も慣性トルクが大きいオルタネータに一方向クラッチ付きプーリユニットが組み付けられている。一方向クラッチ付きプーリユニットは、軸とこれの周囲に同心状に配されたプーリとの間に、内輪、外輪およびこれらの間に配されたころとを備えた一方向クラッチが設けられたものである。そして、高速回転時の性能を考慮して、通常、一方向クラッチは、内輪の外周面に設けられたカム面と、カム面と外輪の内周面とによって形成された楔状空間内に配置され、かつ軸とプーリとが一方向に相対回転したときに内外両輪間に噛み込み、他方向に相対回転したときに噛み込みを解除するころと、ころを噛み込み方向(楔状空間の狭い側)に付勢する付勢部材とを備えた構成とされている。なお、一方向クラッチとしては、カム面が外輪の内周面に設けられ、このカム面と内輪の外周面とによって楔状空間が形成された形式のものもある。
【0003】
ところで、ころが内輪と外輪との間に噛み込むときには、カム面ところとの接触部の面圧が最も高く、しかもころが、常にカム面のほぼ同じ位置に接触することになるので、カム面の摩耗や疲労による剥離が発生し、内輪および外輪のうちカム面が形成されたものが短期間で損傷することになる。
【0004】
このような内輪または外輪の短期間での損傷を防止するためには、カム面の表面硬さを増大させ、たとえばロックウェルC硬さ(以下、HRCという)で62〜67とすること、カム面における表層部に所定量の微細球状炭化物を分散して析出させること、カム面の表層部の残留オーステナイト量を所定量、たとえば20〜40vol%とすること、ならびにカム面の表層部に所定、たとえば100MPa以上の圧縮残留応力を付与することが要求される。ここで、表面硬さの増大は、カム面を有する内輪または外輪の短期間での損傷を防止することを目的とするものであり、微細球状炭化物の分散析出は、耐摩耗性の向上や、鋼中に炭化物等の硬い第2相を析出させて材料を強化する分散強化や、降伏強さおよび変形抵抗の増大や、靭性の向上を目的とするものであり、所定量の残留オーステナイトの付与は、ころにより発生する圧縮応力の緩和、およびころにより発生する亀裂の進展の抑制を目的とするものであり、所定の圧縮残留応力の付与は、ころにより発生する亀裂の進展の抑制を目的とするものである。
【0005】
従来、上述したような要求を満たした一方向クラッチ用のカム面を有する内輪または外輪としては、肌焼き鋼により所定の形状に形成された素材に、浸炭処理や浸炭窒化処理が施すことにより製造されたものが用いられていた。
【0006】
しかしながら、肌焼き鋼は、一方向クラッチの内外両輪用としては大量生産されていないので材料コストが高く、しかも肌焼き鋼の浸炭処理や浸炭窒化処理の熱処理コストも高くなる。したがって、内輪または外輪のトータルの製造コストが高くなるという問題がある。
【0007】
そこで、JIS SUJ2などの軸受鋼より所定形状に形成された素材に、浸炭処理や浸炭窒化処理を施すことにより、内輪または外輪を製造することが考えられるが、この場合、表面硬さの増大と炭化物微細化の両者を同時に達成することができず、たとえば元々高炭素で炭化物が存在するJIS SUJ2に浸炭処理を施して表面硬さを増大させると、既存の炭化物がさらに成長し、巨大炭化物に成長するため、結局のところ寿命が低下するという問題がある。
【0008】
この発明の目的は、上記問題を解決し、短期間での損傷を防止しうる摺動部品およびその製造方法を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段と発明の効果】
請求項1の発明による摺動部品は、軸受鋼よりなり、浸炭処理が施されて、摺動面における表面から最大せん断応力が作用する深さまでの範囲の表層部の全炭素量が1.0〜1.6wt%となされるとともに、前記表層部のマトリックス中の固溶炭素量が0.6〜1.0wt%となされ、さらに前記表層部に球状炭化物が析出しているとともに、前記球状炭化物の量が面積率で5〜20%でかつその粒径が3μm以下となされていることを特徴とするものである。
【0010】
請求項1の発明において、各数値の限定理由は次の通りである。
【0011】
表層部の全炭素量
この全炭素量を1.0〜1.6wt%に限定したのは、上限値を越えると炭化物が極めて粗大になり、微細化できないからである。なお、下限値はJIS SUJ2等の軸受鋼がベースとなっていることから必然的に決まる。
【0012】
表層部のマトリックス中の固溶炭素量
この固溶炭素量を0.6〜1.0wt%に限定したのは、下限値未満であると所望の表面硬さを得ることができなくて、摺動部品、たとえば上述した一方向クラッチにおいてはカム面を有する内輪または外輪が短期間で損傷し、上限値を越えると表層部の微細球状炭化物の量が面積率で5%未満になって、耐摩耗性が低下するからである。
【0013】
表層部の球状炭化物の量
この球状炭化物の量を面積率で5〜20%に限定したのは、下限値未満であると耐摩耗性が低下し、上限値を越えると粗大な炭化物が発生し、この粗大炭化物が疲労亀裂の起点となって摺動部品の短寿命化につながるからである。
【0014】
表層部の球状炭化物の粒径
この粒径を3μm以下に限定したのは、3μmを越えると、非金属介在物と同様に疲労亀裂の起点となるとともに、靭性を確保することができないからである。
【0015】
また、表層部の球状炭化物の量および粒径が上述したとおりであると、表層部に球状炭化物が均一に分散することになり、残留オーステナイトの安定性が増して摺動部品の寸法変化を防止することができる。
【0016】
請求項1の発明によれば、表面硬さが増大して高面圧下での損傷が抑制されるとともに、耐摩耗性が向上し、その結果摺動部品の長寿命化を図ることができる。しかも、軸受用として大量生産される軸受鋼よりなるので、材料コストが安くなり、その結果トータルの製造コストが安くなる。軸受鋼の中でもJIS SUJ2は特に大量生産されるため、これを用いると材料コストが極めて安くなるので、好ましい。
【0017】
また、請求項1の発明において、前記浸炭処理温度が840〜870℃であることが好ましい。この場合、従来の肌焼き鋼に施す浸炭処理や浸炭窒化処理の加熱温度よりも低くなり、熱処理コストが安くなる。したがって、トータルの製造コストが安くなる。
【0018】
請求項2の発明による摺動部品は、軸受鋼よりなり、浸炭処理が施されて、摺動面における表面から最大せん断応力が作用する深さまでの範囲の表層部の全炭素量が1.0〜1.6wt%、同じく残留オーステナイト量が20〜35vol%、同じく圧縮残留応力が150〜1000MPa、同じく表面硬さがHRC64以上となされ、前記表層部に球状炭化物が析出しているとともに、前記球状炭化物の量が面積率で10〜25%でかつその粒径が3μm以下となされていることを特徴とするものである。
【0019】
請求項2の発明において、各数値の限定理由は次の通りである。
【0020】
表層部の全炭素量
この全炭素量を1.0〜1.6wt%に限定したのは、上限値を越えると炭化物が極めて粗大になり、微細化できないからである。なお、下限値はJIS SUJ2等の軸受鋼がベースとなっていることから必然的に決まる。
【0021】
表層部の残留オーステナイト量
この残留オーステナイト量を20〜35vol%に限定したのは、この範囲内であると、摺動する相手側の部品により発生する表層部の圧縮応力を緩和することができるとともに、亀裂の進展を抑制することができ、しかも靭性が向上して、摺動部品の一層の長寿命化を図ることができるからである。しかしながら、残留オーステナイト量が20vol%未満ではこのような効果は得られず、35vol%を越えると表層部の表面硬さが64HRC以上にならない。
【0022】
表層部の圧縮残留応力
この圧縮残留応力を150〜1000MPaに限定したのは、この範囲内であると、亀裂の進展を抑制することができて高面圧下での耐久性が向上し、その結果摺動部品の一層の長寿命化を図ることができるからである。しかしながら、圧縮残留応力が150MPa未満であるとこのような効果は得られず、1000MPaを越えると過大な圧縮残留応力による経時変形などが問題となるからである。
【0023】
表層部の表面硬さ
表層部の表面硬さをHRC64以上に限定したのは、この場合に高面圧下での損傷を抑制することができるからである。なお、この表面硬さの上限はHRC69程度であることが好ましい。その理由は、材料の靭性を確保するためである。
【0024】
表層部の球状炭化物の量
この球状炭化物の量の下限を面積率で10%に限定したのは、球状炭化物の量が面積率で10%未満になると、ミクロンオーダおよびサブミクロンオーダの炭化物の量が不足して摺動寿命を向上させる効果が不十分となるおそれがあるからである。ここで、ミクロンオーダの炭化物は、摺動疲労の原因となるすべり帯の形成を防止する効果があり、サブミクロンオーダの炭化物は、すべり帯の形成を防止する効果はないが、すべり帯を分散させる効果がある。また、球状炭化物の量の上限を面積率で25%に限定したのは、25%を越えると必然的に球状炭化物の粒径が大きくなり、しかも各球状炭化物間の距離が小さくなって均一に分散しなくなるからである。
【0025】
表層部の球状炭化物の粒径
この粒径を3μm以下に限定した理由は、請求項1の発明の場合と同様である。
【0026】
また、表層部の球状炭化物の量および粒径が上述したとおりであると、表層部に球状炭化物が均一に分散することになり、残留オーステナイトの安定性が増して摺動部品の寸法変化を防止することができる。
【0027】
請求項2の発明によれば、表面硬さが増大して高面圧下での損傷が抑制されるとともに、耐摩耗性が向上し、さらに残留オーステナイトの効果により靭性が向上し、その結果摺動部品の長寿命化を図ることができる。しかも、軸受用として大量生産される軸受鋼よりなるので、材料コストが安くなり、その結果トータルの製造コストが安くなる。軸受鋼の中でもJIS SUJ2は特に大量生産されるため、これを用いると材料コストが極めて安くなるので、好ましい。
【0028】
また、請求項2の発明において、前記浸炭処理温度が840〜870℃であることが好ましい。この場合、従来の肌焼き鋼に施す浸炭処理や浸炭窒化処理の加熱温度よりも低くなり、熱処理コストが安くなる。したがって、トータルの製造コストが安くなる。
【0029】
請求項3の発明による摺動部品の製造方法は、軸受鋼より所定の形状に形成された加工済み摺動部品素材を、カーボンポテンシャルが1.2%以上である浸炭雰囲気中において840〜870℃で3時間以上加熱することにより浸炭処理を施した後急冷し、これにより摺動面における表面から最大せん断応力が作用する深さまでの範囲の表層部の全炭素量を1.0〜1.6wt%とするとともに、前記表層部のマトリックス中の固溶炭素量を0.6〜1.0wt%とし、前記表層部に球状炭化物を析出させて球状炭化物の量を面積率で5〜15%でかつその粒径を3μm以下とすることを特徴とするものである。
【0030】
請求項3の発明において、浸炭処理における各数値の限定理由は次の通りである。なお、表層部の全炭素量、表層部のマトリックス中の固溶炭素量、表層部の球状炭化物の量および表層部の球状炭化物の粒径の下限については、限定理由は請求項1の発明の場合と同じである。
【0031】
表層部の球状炭化物の量の上限
球状炭化物の量を面積率で15%を越えたものにするには浸炭処理時間を長くしなければならず、その結果熱処理コストが高くなって、面積率が15%以下の場合に比べてトータルの製造コストが高くなるからである。
【0032】
浸炭処理雰囲気のカーボンポテンシャル
このカーボンポテンシャルを1.2%以上に限定したのは、1.2%未満では、炭素含有量が1wt%程度である軸受鋼に対してほとんど浸炭されないことになり、表層部の硬さおよび炭化物の面積率を所望のものにすることができず、しかも炭化物の微細化を図ることができないからである。
【0033】
浸炭処理温度
この温度を840〜870℃に限定したのは、下限値未満であるとカーボンポテンシャルのところで述べたような必要な浸炭を行うことができず、上限値を越えると表層部の結晶粒度が大きくなりすぎるとともに巨大炭化物が析出して強度が低下するからである。すなわち、降伏強さは結晶粒度の−1/2乗に比例するので、結晶粒度が大きくなりすぎると強度が低下する。
【0034】
浸炭処理時間
この時間を3時間以上に限定したのは、3時間未満であると浸炭深さが不足するからである。
【0035】
請求項3の発明によれば、軸受用として多く用いられる軸受鋼よりなる摺動部品素材を用いるので、材料コストが安くなる。しかも、浸炭処理温度が840〜870℃であるとともに、1度の浸炭処理の後急冷する熱処理を行うだけであるから、熱処理コストが安くなる。したがって、摺動部品のトータルの製造コストが安くなる。軸受鋼の中でもJIS SUJ2は特に大量生産されるため、これを用いると材料コストが極めて安くなるので、好ましい。
【0036】
請求項3の発明において、カーボンポテンシャルを1.2〜1.4%とすることが好ましい。カーボンポテンシャルが1.4%を越えると、大量の煤が発生するという問題があるからである。
【0037】
さらに、請求項3の発明において、加熱時間を3.5〜5時間とすることが好ましい。加熱時間が5時間を超えると、熱処理コストが高くなるとともに、炭化物が巨大化するという問題があるからである。
【0038】
請求項4の発明による摺動部品の製造方法は、軸受鋼より所定の形状に形成された加工済み摺動部品素材を、カーボンポテンシャルが0.9〜1.1%の雰囲気中において930〜970℃で1時間以上加熱することにより既存の炭化物をマトリックス中に溶け込ませる処理を施した後急冷し、ついでカーボンポテンシャルが1.2%以上の雰囲気中において840〜870℃で3時間以上加熱することにより浸炭処理を施した後急冷し、これにより摺動面における表面から最大せん断応力が作用する深さまでの範囲の表層部の全炭素量を1.0〜1.6wt%とするとともに、前記表層部のマトリックス中の固溶炭素量を0.6〜1.0wt%とし、さらに前記表層部に球状炭化物を析出させて球状炭化物の量を面積率で10〜20%でかつその粒径を2μm以下とすることを特徴とするものである。
【0039】
請求項4の発明において、熱処理における各数値の限定理由は次の通りである。なお、表層部の全炭素量、表層部のマトリックス中の固溶炭素量および表層部の球状炭化物の量の上限については、限定理由は請求項1の発明の場合と同じである。
【0040】
表層部の球状炭化物の量の下限
球状炭化物の量の下限を面積率で10%としたのは、10%未満になると、ミクロンオーダおよびサブミクロンオーダの炭化物の量が不足して摺動寿命を向上させる効果が得られないおそれがあるからである。ここで、ミクロンオーダの炭化物は、摺動疲労の原因となるすべり帯の形成を防止する効果があり、サブミクロンオーダの炭化物は、すべり帯の形成を防止する効果はないが、すべり帯を分散させる効果がある。
【0041】
表層部の球状炭化物の粒径
球状炭化物の粒径を2μm以下としたのは、2μmを越えると、非金属介在物と同様に疲労亀裂の起点となるとともに、靭性が不十分になるおそれがあるからである。
【0042】
既存の炭化物をマトリックス中に溶け込ませる工程
この工程における雰囲気中のカーボンポテンシャルを0.9〜1.1%に限定したのは、摺動部品に対して浸炭および脱炭を起こさせないためである。1.1%を越えると炭素含有量が1wt%程度である軸受鋼に対して浸炭が起こり、0.9%未満であると脱炭が起こる。
【0043】
この工程における加熱温度を930〜970℃に限定したのは、930℃未満であると球状焼鈍後存在している第2相としての炭化物のマトリックス中への固溶が不十分であり、970℃を越えると焼割れを起こす可能性があるからである。
【0044】
さらに、この工程における加熱時間を1時間以上に限定したのは、1時間未満であると球状焼鈍後存在している第2相としての炭化物のマトリックス中への固溶が不十分になるからである。
【0045】
浸炭工程
この工程における雰囲気中のカーボンポテンシャルを1.2%以上に限定したのは、1.2%未満では、炭素含有量が1wt%程度である軸受鋼に対してほとんど浸炭されないことになり、表層部の硬さおよび炭化物の面積率を所望のものにすることができず、しかも炭化物の微細化を図ることができないからである。なお、カーボンポテンシャルの上限は、大量の煤の発生を防止するために1.4%とすることが好ましい。
【0046】
この工程における加熱温度を840〜870℃に限定したのは、下限値未満であるとカーボンポテンシャルのところで述べたような必要な浸炭を行うことができず、上限値を越えると表層部の結晶粒度が大きくなりすぎるとともに巨大炭化物が析出して強度が低下するからである。すなわち、降伏強さは結晶粒度の−1/2乗に比例するので、結晶粒度が大きくなりすぎると強度が低下する。
【0047】
さらに、この工程における加熱時間を3時間以上に限定したのは、3時間未満であると必要な浸炭深さが得られないからである。
【0048】
請求項4の発明によれば、既存の炭化物をマトリックス中に溶け込ませる処理を施した後浸炭処理を施しているので、マトリックス中に固溶した炭化物の核から再度微細な炭化物を析出させることが可能になる。したがって、疲労亀裂の発生を防止するとともに、靭性を確保することができ、摺動部品の長寿命化を図ることが可能になる。また、軸受用として大量生産される軸受鋼を用いるので、材料コストが安くなり、その結果トータルの製造コストが安くなる。軸受鋼の中でもJIS SUJ2は特に大量生産されるため、これを用いると材料コストが極めて安くなるので、好ましい。
【0049】
請求項4の発明において、前記浸炭処理を施した後の表層部の球状炭化物の量を、面積率で13〜16%とすることが好ましい。
【0050】
球状炭化物の量が面積率で13%以上であると、上述した、ミクロンオーダの炭化物によるすべり帯の形成防止効果およびサブミクロンオーダの炭化物によるすべり帯分散効果が一層優れたものになって摺動寿命が向上するからである。また、コスト面を考慮すると、ガス浸炭においては球状炭化物の量は面積率で16%以下にすることが妥当である。
【0051】
請求項1〜請求項4の発明において、表面から最大せん断応力が作用する深さまでの範囲とは、摺動面の接触荷重や潤滑条件などにより異なるが、表面から深さ0.5mm程度までの範囲である。そして、この範囲を上述したような状態にした理由は次の通りである。すなわち、内部起点剥離の要因となる最大せん断応力が作用する範囲内において、全炭素量、マトリックス中の固溶炭素量、球状炭化物の量を上述したようにすることにより強度を向上させ、その結果所定の目的が達成されるからである。
【0052】
【発明の実施形態】
以下、この発明の具体的実施例を比較例とともに説明する。
【0053】
実施例1〜4および比較例1
表1に示す2種類の鋼を用意し、これらの鋼を用いて一方向クラッチに用いられるカム面を有する内輪素材を、5種類作製した。
【0054】
【表1】
Figure 2004060015
【0055】
ついで、これらの内輪素材に、図1〜図3に示す熱処理条件で熱処理を施して一方向クラッチ用内輪を製造した(実施例1〜4および比較例1)。
【0056】
図1に示す熱処理条件1は、カーボンポテンシャル1.3%の雰囲気中において850℃で3時間加熱した後、80℃に油冷するものである。
【0057】
図2に示す熱処理条件2は、カーボンポテンシャル1.1%の雰囲気中において950℃で2時間加熱した後80℃に油冷し、ついでカーボンポテンシャル1.3%の雰囲気中において850℃に3.5時間加熱した後80℃に油冷するものである。
【0058】
図3に示す熱処理条件3は、カーボンポテンシャル0.8%の雰囲気中において930℃で5時間加熱した後、この加熱に引き続いてカーボンポテンシャル0.8%の雰囲気中において850℃で0.7時間加熱し、ついで80℃に油冷するものである。
【0059】
なお、上述した両熱処理においては、図示は省略したが、いずれの場合も最後に160℃で2時間加熱する焼戻し処理が施される。
【0060】
このようにして製造された実施例1〜4および比較例1の内輪の鋼種、熱処理条件および熱処理コストを表2に示す。なお、表2中の熱処理条件1Aは熱処理条件1の加熱時間だけを5時間に変更したものであり、熱処理条件1Bは熱処理条件1の加熱時間だけを3.5時間に変更したものである。また、熱処理コストは、安いものから順に1〜3の数字で表す。
【0061】
【表2】
Figure 2004060015
【0062】
実施例1〜4および比較例1の一方向クラッチ用内輪のカム面の表面硬さ(HRC)、カム最表面の全炭素量、カム最表面のマトリックス中の固溶炭素量、カム最表面に析出した球状炭化物の量(面積率)、カム最表面に析出した球状炭化物の最大粒径、表面から深さ50μmの位置での残留オーステナイト量(γ量)、表面から深さ50μmの位置での圧縮残留応力は、表3に示す通りである。
【0063】
【表3】
Figure 2004060015
【0064】
評価試験
実施例1〜4および比較例1の内輪を、JIS SUJ2からなりかつ通常の浸炭窒化処理が施されてなるころ、およびJIS S55Cからなりかつ高周波焼入処理が施された外輪と組み合わせて一方向クラッチを組立てた。そして、これらの一方向クラッチを使用し、回転速度:2000r/min±10%(変動周波数23.3Hz)、負荷トルク:8Nm、雰囲気温度:110℃、目標寿命:560hの条件で回転変動耐久試験を行った。
【0065】
そして、600hで試験を打ち切って、カム面の摩耗量を比較した結果、本発明品である実施例1〜4のカム面摩耗量は、比較例1の1/2程度となることが確認された。しかも、実施例1〜4は、軸受鋼の中でも最も大量生産されるJIS SUJ2を用いているので、肌焼き鋼を用いた比較例1に比べて、特に材料コストが安くなる。さらに、熱処理コストも安くなる。
【0066】
なお、上記の実施の形態においては、摺動部品として一方向クラッチについて説明したが、本発明は、その他の摺動部品にも適用可能である。たとえば、円柱状または円筒状の転動部品においても、その転動時には端面において他の部材とすべり接触あるいは転がり接触を伴ったすべり接触をするので、すべり接触あるいは転がり接触を伴ったすべり接触をする面を有する部品であれば、転動部品にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】熱処理条件1を示す線図である。
【図2】熱処理条件2を示す線図である。
【図3】熱処理条件3を示す線図である。

Claims (4)

  1. 軸受鋼よりなり、浸炭処理が施されて、摺動面における表面から最大せん断応力が作用する深さまでの範囲の表層部の全炭素量が1.0〜1.6wt%となされるとともに、前記表層部のマトリックス中の固溶炭素量が0.6〜1.0wt%となされ、さらに前記表層部に球状炭化物が析出しているとともに、前記球状炭化物の量が面積率で5〜20%でかつその粒径が3μm以下となされていることを特徴とする摺動部品。
  2. 軸受鋼よりなり、浸炭処理が施されて、摺動面における表面から最大せん断応力が作用する深さまでの範囲の表層部の全炭素量が1.0〜1.6wt%、同じく残留オーステナイト量が20〜35vol%、同じく圧縮残留応力が150〜1000MPa、同じく表面硬さがロックウェルC硬さで64以上となされ、前記表層部に球状炭化物が析出しているとともに、前記球状炭化物の量が面積率で10〜25%でかつその粒径が3μm以下となされていることを特徴とする摺動部品。
  3. 軸受鋼より所定の形状に形成された加工済み摺動部品素材を、カーボンポテンシャルが1.2%以上である浸炭雰囲気中において840〜870℃で3時間以上加熱することにより浸炭処理を施した後急冷し、これにより摺動面における表面から最大せん断応力が作用する深さまでの範囲の表層部の全炭素量を1.0〜1.6wt%とするとともに、前記表層部のマトリックス中の固溶炭素量を0.6〜1.0wt%とし、前記表層部に球状炭化物を析出させて球状炭化物の量を面積率で5〜15%でかつその粒径を3μm以下とすることを特徴とする摺動部品の製造方法。
  4. 軸受鋼より所定の形状に形成された加工済み摺動部品素材を、カーボンポテンシャルが0.9〜1.1%の雰囲気中において930〜970℃で1時間以上加熱することにより既存の炭化物をマトリックス中に溶け込ませる処理を施した後急冷し、ついでカーボンポテンシャルが1.2%以上の雰囲気中において840〜870℃で3時間以上加熱することにより浸炭処理を施した後急冷し、これにより摺動面における表面から最大せん断応力が作用する深さまでの範囲の表層部の全炭素量を1.0〜1.6wt%とするとともに、前記表層部のマトリックス中の固溶炭素量を0.6〜1.0wt%とし、さらに前記表層部に球状炭化物を析出させて球状炭化物の量を面積率で10〜20%でかつその粒径を2μm以下とすることを特徴とする摺動部品の製造方法。
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