明 細 書
舌癌の判定方法
技術分野
[0001] 本発明は、舌癌の悪性度を判定する舌癌の判定方法に関する。
背景技術
[0002] 舌癌は口腔癌の中で最も頻度が高ぐリンパ節転移も高頻度で認められ、またその
5年生存率は、転移陰性症例で 50%前後、後発転移を含む陽性症例では 11 %前 後との報告もある (非特許文献 1)。また、臨床経過において他の部位を原発とする口 腔扁平上皮癌と比べて早期に転移を起こす傾向がある。そのため、腫瘍の大きさに 関わらず、舌癌の悪性度を正確に判定し、それに基づいた治療方針を決定すること は癌の制御という観点からのみならず、治療後の摂食嚥下ゃ発音の障害によって影 響される QOLの観点からも重要である。
[0003] そして、従来、舌癌の予後の推定因子として、病理組織学的な分化度 (非特許文献 2)、浸潤性 (非特許文献 2)、リンパ節転移 (非特許文献 2及び 3)、原発巣の大きさ(非 特許文献 2)、血清中の腫瘍マーカー(非特許文献 4)、などが使用されている。
非特許文 1: Jan Nyman et al.Prognotic factors for local control and survival of can cer of the oral tongue .ActOncologia; 1993:667-73
非特許文献 2 : Kurokawa H et al.The high prognostic valueof the histologic grade at the deep invasive front of tongue squamous cell carcinoma .J Oral Pathol Med2005;3 4:329-33
非特許文献 3 : Okamoto M et al. Prediction of delayed neck metastasis in patients wit h stage I/II squamous cell carcinoma of the tongue. J Oral Pathol Med2002; 15:227-2 33
非特許文献 4 : Xin Huang et al. Serum proteomics study of the squamous cell carcin oma antigem in tongue cancer. J. oraloncology.2006 Jan;42(l):25-30.
発明の開示
発明が解決しょうとする課題
[0004] しかし、病理組織学的検査方法は、癌組織の形態分析によって、 口腔癌の存在を 把握できるが、その生物学的性質に関する客観的情報と信頼性は乏しぐ実際の治 療法決定上にお!/、て、生物学的性質 (悪性度)が極めて多岐にわたる口腔癌の個別 的情報源としては十分な検査方法ではなかった。
[0005] そして、腫瘍マーカーを用いた検査方法は、客観的な定量データであるものの、検 查時の病態把握に留まり、偽陽性あるいは偽陰性の頻度が高ぐ治療法を決定する ための情報としての信頼性は不十分であった。
[0006] そこで、近年、分子レベルで腫瘍の性格を特徴付けられるバイオマーカーの実用 化が期待されている力 具体的な判定システムの構築はいまだ途上にある。
[0007] 現在、口腔癌の分子生物学的バイオマーカーの候補としてマトリックスメタプロテナ ーセ (matrix metalloproteinaseリファ^リー、力ドヘリン、 cadherin)ファ^リー、インァグリ ン(integrin)ファミリー、などが挙げられている。上記の如ぐ舌癌の予後'転帰は疫学 的にリンパ節転移の数と深い関係があり、腫瘍の悪性度を予測する上で単純かつ現 実的な指標である。
[0008] したがって、前述の組織改造、細胞接着、細胞運動または脈管新生などに関与す る適切な分子をバイオマーカーとして用いることにより、転移を来たしていない、さら に早期の段階における舌癌悪性度の精密判定が可能となる。そして、早期に癌の生 物学的性質を精密に把握することは、それに応じた最適の治療を可能にし、もたらさ れる恩恵は非常に大きい。
[0009] しかし、従来、遺伝子発現レベルを用いた舌癌の悪性度判定の実用例はない。
[0010] そこで、本発明は、インテグリンファミリー遺伝子をバイオマーカーとして用い、イン テグリンファミリー遺伝子の mRNA量を測定することにより、より客観的かつ正確に舌 癌の悪性度を判定することが可能な舌癌の判定方法を提供することを目的とする。
[0011] 本発明者らが先立って行った口腔扁平上皮癌のマイクロアレイ遺伝子発現解析の 結果において、インテグリン α 3とインテグリン /3 4は転移陽性腫瘍において有意に高 い発現傾向を示した。
[0012] インテグリン (ITG)は α鎖と /3鎖からなる細胞膜貫通型のへテロダイマーの構造を 持ち、細胞質と細胞外マトリックスをつなぐ受容体である。細胞膜表面の ITGはフイブ
ロネクチン、コラーゲンやラミニンなどの細胞外基質蛋白、もしくは血小板や白血球の 接着に関与する受容体として、スーパーファミリーを形成する。現在のところ ITGはヒ トで、 α鎖の 18種、 /3鎖の 8種がクローニングされており、 α鎖と /3鎖が組み合わさ れた受容体として 24種が確認されている。それぞれのレセプターの細胞外ドメイン(d omain)は特定の細胞外マトリックスに特異的な結合を形成する。 α鎖、 /3鎖はともに 90%が細胞外ドメインで、残りの短い細胞内ドメインにはタリン、パキシリン、 α _ァク 二チンといった細胞内アンカー蛋白を介して細胞骨格のァクチンファイバーが結合 する。細胞外リガンドと細胞骨格とを結びつける接着分子としての働きとともに、細胞 外マトリックスからのシグナリングに対し、チロシンリン酸化、細胞内カルシウム濃度の 変化、イノシトールリン脂質合成、サイクリン合成、初期遺伝子発現を引き起こすこと で細胞運動、細胞の増殖 ·分化 ·アポトーシスに関与することが知られている。その他 ITGとリガンド間の反応をブロックすることによる細胞分化やアポトーシスの抑制が 報告されている。腫瘍組織においては、高い浸潤 '転移能に対応して ITG分子の分 布の規則性が失われることが知られて!/、る。これらを考え合わせると ITGの仲介する 接着とシグナリングの不秩序化は腫瘍細胞の発生、増殖、アポトーシス、運動性、浸 潤性といった病態にさまざまの形で関与することが予想される。
[0013] そこで、本発明者らは、先立つマイクロアレイ遺伝子発現解析の結果に基づき、舌 扁平上皮癌の転移性や生命予後のバイオマーカー候補分子としてインテグリンフアミ リー遺伝子に着目した。これまでに、腫瘍細胞における接着、運動、分化の制御機能 への関与が記述されてきた ITG a— 1 2 3 5 6 vおよび ITG /3 1 3 4 5 6についてリアルタイム PCR法を用いた遺伝子発現定量解析を 行った。
[0014] ところで腫瘍組織は、腫瘍細胞と、周囲の癌間質 (cancer stroma)にある繊維芽細胞 、炎症系細胞など多様な細胞とを含む細胞構成を有している。したがって、癌組織の 細胞構成が、定量される遺伝子の mRNA量を大きく左右することが予想される。その ため、適切な遺伝子の mRNA量による ITG遺伝子発現レベルの標準化がバイオマ 一力一の解析において重要である。標準化に用いる分子の候補としては、いわゆる ハウスキーピング遺伝子のみならず、上皮細胞骨格をコードする KRT5、アンカー蛋
白質をコードする JUP、 PLEC1、 PXN、 ITGに対するリガンド(Ligand)分子をコード する LAMA3、 LAMA4、 LAMA5、 CollAl , VTNを同様に定量した。そして、機 能的あるいは組織内局在の側面から関連する遺伝子の mRNA量で ITG遺伝子の m RNA量を標準化することによって、上記の臨床検体のばらつきに起因する問題点の 回避を試みた。
[0015] このように、上記課題に鑑みて鋭意検討した結果、インテグリンファミリー遺伝子と 対照遺伝子の mRNA量を測定し、両者の比により、インテグリンファミリー遺伝子の mRNA量を標準化した数値により、舌癌の悪性度を客観的かつ正確に判定できるこ とを見出し、本発明に想到した。
課題を解決するための手段
[0016] 本発明は、舌癌組織検体におけるインテグリンファミリー遺伝子及び対照遺伝子の mRNA量を測定し、インテグリンファミリー遺伝子の mRNA量/対照遺伝子の mRN A量の比により舌癌の悪性度を判定することを特徴とする舌癌の判定方法を提供す
[0017] 本発明の舌癌の判定方法における前記インテグリンファミリー遺伝子は、インテグリ ン α 3及び/又はインテグリン β 4及び/又はインテグリン β 5の場合がある。
[0018] 本発明の舌癌の判定方法における前記インテグリンファミリー遺伝子及び対照遺伝 子の mRNA量の測定をリアルタイム PCR法により行う場合がある。
本発明の舌癌の判定方法における前記インテグリンファミリー遺伝子及び対照遺伝 子の mRNA量の測定をノザンブロット法又は固相ハイブリダィゼーシヨン法により行う 場合がある。
[0019] 本発明の舌癌の判定方法における前記対照遺伝子は、ハウスキーピング遺伝子及 び/又は細胞骨格分子遺伝子及び/又はアンカー蛋白遺伝子及び/又は細胞外 基質遺伝子の場合がある。
[0020] 本発明の舌癌の判定方法における前記対照遺伝子は ACTBの場合がある。
[0021] 本発明の舌癌の判定方法における前記対照遺伝子は KRT5の場合がある。
[0022] 本発明の舌癌の判定方法における前記対照遺伝子は、 JUP及び/又は PXNの場 合がある。
[0023] 本発明の判定方法は、舌扁平上皮癌の判定方法の場合がある。
[0024] 本発明は、舌癌組織検体におけるインテグリンファミリー遺伝子及び対照遺伝子の mRNA量を測定するステップと、インテグリンファミリー遺伝子の mRNA量/対照遺 伝子の mRNA量の比を臨床データと関連づけるステップとを含むことを特徴とする舌 癌組織検体の分析方法を提供する。
[0025] 本発明の舌癌組織検体の分析方法における前記臨床データは、 TNM分類と、 Y
K分類と、化学療法へのレスポンスと、放射線療法へのレスポンスと、予後とからな るグループから選択される、 1種類または 2種類以上のデータの場合がある。
[0026] 本発明の舌癌組織検体の分析方法における前記インテグリンファミリー遺伝子及び 対照遺伝子の mRNA量の測定は、リアルタイム PCR法により行う場合がある。
[0027] 本発明の舌癌組織検体の分析方法における前記インテグリンファミリー遺伝子及び 対照遺伝子の mRNA量の測定は、ノザンブロット法又は固相ハイブリダィゼーシヨン 法により行う場合がある。
[0028] 本発明の舌癌組織検体の分析方法における前記インテグリンファミリー遺伝子は、 インテグリン α 3及び/又はインテグリン β 4及び/又はインテグリン β 5の場合があ
[0029] 本発明の舌癌組織検体の分析方法における前記対照遺伝子は、ハウスキーピング 遺伝子及び/又は細胞骨格分子遺伝子及び/又はアンカー蛋白遺伝子及び/又 は細胞外基質遺伝子の場合がある。
[0030] 本発明の舌癌組織検体の分析方法における前記対照遺伝子は ACTBの場合が ある。
[0031] 本発明の舌癌組織検体の分析方法における前記対照遺伝子は KRT5の場合があ
[0032] 本発明の舌癌組織検体の分析方法における前記対照遺伝子は、 JUP及び/又は ΡΧΝの場合がある。
[0033] 本発明の舌癌組織検体の分析方法における前記舌癌は舌扁平上皮癌の場合が ある。
[0034] 本発明は、インテグリン α 3、インテグリン /3 4及びインテグリン /3 5からなるグループ
力、ら選択される 1個又は 2個以上のインテグリンファミリー遺伝子の舌癌組織検体に おける mRNA量の測定を行うためのプライマー対と、 ACTB、 KRT5、 JUP及び PX Nからなるグループから選択される 1個又は 2個以上の対照遺伝子の舌癌組織検体 における mRNA量の測定を行うためのプライマー対と、本発明の舌癌組織検体の分 析方法を説明した取扱い説明書とからなることを特徴とする舌癌組織検体の分析用 キットを提供する。
[0035] 本発明は、インテグリン α 3及び KRT5と、インテグリン α 3及び JUPと、インテグリン ダリン 0 5及び ΡΧΝとからなるグループから選択される 1組又は 2組以上のインテグリ ンファミリー遺伝子及び対照遺伝子の組合せの舌癌組織検体における mRNA量の 測定を行うためのプライマー対の組合せと、本発明の舌癌組織検体の分析方法を説 明した取扱い説明書とからなることを特徴とする舌癌組織検体の分析用キットを提供 する。
[0036] 本発明は、インテグリン α 3、インテグリン /3 4及びインテグリン /3 5からなるグループ 力、ら選択される 1個又は 2個以上のインテグリンファミリー遺伝子の舌癌組織検体に おける mRNA量を行うためのプローブと、 ACTB、 KRT5、 JUP及び PXNからなるグ ループから選択される 1個又は 2個以上の対照遺伝子の舌癌組織検体における mR NA量の測定を行うためのプローブと、本発明の舌癌組織検体の分析方法を説明し た取扱い説明書とからなることを特徴とする舌癌組織検体の分析用キットを提供する
〇
[0037] 本発明は、インテグリン α 3及び KRT5と、インテグリン α 3及び JUPと、インテグリン ダリン 0 5及び ΡΧΝとからなるグループから選択される 1組又は 2組以上のインテグリ ンファミリー遺伝子及び対照遺伝子の組合せの舌癌組織検体における mRNA量の 測定を行うためのプライマー対と、本発明の舌癌組織検体の分析方法を説明した取 扱い説明書とからなることを特徴とする舌癌組織検体の分析用キットを提供する。 発明の効果
[0038] 本発明の舌癌の判定方法によれば、舌癌組織検体におけるインテグリンファミリー
遺伝子と対照遺伝子の発現量、すなわち mRNA量を測定し、両者の比により、舌癌 、特に舌扁平上皮癌の悪性度を客観的かつ正確に判定することができる。舌癌組織 検体の分析方法によれば、舌癌組織検体におけるインテグリンファミリー遺伝子の m RNA量/対照遺伝子の mRNA量の比を臨床データと関連づけることにより、舌癌、 特に舌扁平上皮癌の悪性度を客観的かつ正確に判定する上で有用な分析をするこ とができる。本発明の舌癌組織検体の分析用キットは、舌癌、特に舌扁平上皮癌の 悪性度を客観的かつ正確に判定する上で有用な分析をすることを可能にする。
[0039] それにより、データから予後不良と判定された症例については、従来臨床的に予後 良好と判断されてレ、た症例に対しても、より強力な術前術後の化学療法 '放射線療 法、手術における切除範囲の拡大、術前術後の経過観察における各種検査の判定 を綿密に行うといった集中的な治療方針を行うことにより、癌制御率の改善が可能と なる。また、予後良好と判定された症例については、過剰な治療 ·検査を避けることで 、それぞれの患者に最良の医療サービスを提供することができる。
[0040] そして、遺伝子レベルでの検討を加味して判定を行うことにより、高精度な判定を行 うこと力 Sできるため、医療費や背指針的な不安などの患者の負担を軽減することがで きる。結果として、社会的にも適正な医療が行われることによる医療費の削減をもたら すことが可能である。
図面の簡単な説明
[0041] [図 1]本発明の実施例 1における、主成分分析における第 1主成分と第 2主成分を用 いた各変数の因子負荷量散布図である。
[図 2]本発明の実施例 1における、コックスの比例ハザードモデルにおける、舌扁平 上皮癌組織内の ITGB4/JUPの高低による 2群間の力プランマイヤー生存曲線を示す グラフである。
発明を実施するための最良の形態
[0042] 以下、本発明について詳細に説明する。
[0043] 本発明の舌癌の判定方法は、舌癌組織検体におけるインテグリンファミリー遺伝子 の発現量、すなわち mRNA量を測定し、インテグリンファミリー遺伝子の mRNA量/ 対照遺伝子の mRNA量の比により、インテグリンファミリー遺伝子の mRNA量を標準
化した数値により舌癌の悪性度を判定することを特徴とする。
[0044] そして、前記インテグリンファミリー遺伝子は、 ITGA3及び/又は ITGB4及び/又 は ITGB5である。
[0045] そして、前記インテグリンファミリー遺伝子の mRNA量の測定は、特定の方法に限 定されるものではないが、リアルタイム PCR法がより好適に用いられる。本発明の mR NA量の測定には、ノザンブロット法又は固相ハイブリダィゼーシヨン法が用いられる 場合がある。固相ハイブリダィゼーシヨン法は、異なる遺伝子についてのプローブが 2 次元的に整列したアレイに mRNA又は mRNA由来の標識核酸をハイブリダィゼー シヨンさせるマルチアレイハイブリダィゼーシヨン法と、異なる遺伝子についてのプロ ーブが不動化されたビーズに mRNA又は mRNA由来の標識核酸をハイブリダィゼ ーシヨンさせるビーズノヽイブリダィゼーシヨン法を含む力 S、これらに限定されない。
[0046] 本発明の舌癌の判定方法を実施するには、舌癌組織の一部から RNAを抽出し、 c DNAを合成する。この cDNAを铸型としてタックマン(TaqMan) (登録商標)プローブ を用いた定量的リアルタイム PCRによりインテグリンファミリー遺伝子群の発現定量を 行う。つぎに、同時に対照に用いる各種遺伝子の発現定量を行う。そして、 ITGA3、 ITGB4、 ITGB5遺伝子の mRNA量を、各種対照遺伝子の mRNA量を分母にとつ て標準化し、数値データを作成する。そして、この標準化した数値データを用いて、 舌癌の悪性度を判定する。このように、インテグリン遺伝子の mRNA量/対照遺伝 子の mRNA量の比により、癌の生物学的'臨床的性質を正確に把握、予測すること ができ、舌癌の臨床判定に用いることができる。
[0047] そして、前記対照遺伝子はハウスキーピング遺伝子及び/又は細胞骨格分子遺伝 子及び/又はアンカー蛋白遺伝子及び/又は細胞外基質遺伝子である。
[0048] そして、前記対照遺伝子は、中でも、 ACTBが好適に用いられる。
[0049] そして、前記対照遺伝子は、中でも、 KRT5が好適に用いられる。
[0050] そして、前記対照遺伝子は、中でも、 JUP及び/又は PXNが好適に用いられる。
[0051] 本発明に用いる、インテグリンファミリー遺伝子及び/又は対照遺伝子の mRNA量 をリアルタイム PCR法によって行うためのプライマー対は、国立遺伝学研究所の日本 DNAデータバンク(DDBJ)その他の機関のホームページから得られるそれぞれの
遺伝子の cDNAのヌクレオチド配列に基づいて、本発明の技術分野の通常の技量 を有する者に周知の方法により設計することができる。
[0052] 本発明に用いる、インテグリンファミリー遺伝子及び/又は対照遺伝子の mRNAを ノザンブロット法又は固相ハイブリダィゼーシヨン法によって行うためのプローブは、 国立遺伝学研究所の日本 DNAデータバンク(DDBJ)その他の機関のホームページ 力、ら得られるそれぞれの遺伝子の cDNAのヌクレオチド配列に基づいて、本発明の 技術分野の通常の技量を有する者に周知の方法により設計することができる。
[0053] このように、本発明における舌癌の判定方法により、舌癌、特に舌扁平上皮癌の悪 性度をより客観的かつ正確に判定することができる。
[0054] 以下に本発明の実施例によって、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの 実施例により何ら制限されるものではない。なお、以下の実施例 1における実験方法 等は次の通りである。
[0055] (対象症例)
遺伝子発現解析に用いた腫瘍検体は 1999年から 2005年までに新潟大学医歯学 総合病院歯科口腔外科、長岡赤十字病院歯科口腔外科、信州大学医学部歯科口 腔外科において治療を施行した舌癌 66症例の生検あるいは手術切除時に採取した 。それらは組織学的に扁平上皮癌の診断がなされており、 TNM分類、浸潤様式 (Y K分類)、その他の詳細のデータを表 1に示す。本発明における研究の実施計画 は新潟大学歯学部倫理委員会で承認を受けるとともに、研究遂行に際しては日本文 部科学省公布の臨床研究に関する倫理規定の内容を遵守した。患者の研究協力に 際しては研究の主旨を説明し、インフォームドコンセントを得たうえで同意書を作成し た。
[0056] [表 1]
舌扁平上皮癌患者 66名の特性
特性 患者数 (%)
年齢 平均 62.38 (範囲 21 -91 )
性別 男性 41 (62%)
女性 25 (38%)
観察日数 1 15-1821 日(平均 795)
サイズ (mm)
<20 20 (30%)
20~40 32 (48%)
≥40 14 (21 %)
頸部リンパ節転移
陰性 31 (47%)
陽性 35 (53%)
隔臓器転移
陰性 60 (91 %)
陽性 6 (9%)
局所再発
陰性 64 (97%)
陽性 2 (3%)
化学療法
― 43 (65%)
+ 23 (35%)
放射線治療法
― 39 (59%)
+ 27 (39%)
結果
生存 54 (82%)
死亡 12 (18%)
(RNAの抽出)
腫瘍組織は RNA レイター (RNA Later) (アンビオン、 TE、 USA)に浸漬保存され た。それらの腫瘍組織は特別な解剖(dissection)をせず、腫瘍実質細胞と線維芽細 胞、血管内皮細胞、炎症細胞など多様な間質構成細胞から構成されていた。トータ ル RNA抽出は TRPノル リージェント(TRIzol reagent) (インビトロジェン株式会社、力 一ルスバッド、 Ca、 USA)中でホモジェナイズの後(ウルトラツーラックス(Ultra— Turr ax)T8、 IKA ラボテクニック(Labortechinik)、スタウフェン、ドイツ)、同試薬の標準プ ロトコールに 2回のフエノール沈殿処理(PCI シグマアルドリッチ株式会社、セントノレ イス、 USA)を付加して行われた。トータル RNA 2 gを铸型として逆転写反応によ
つて(スーパースクリプト II (Super Scropt II)、インビトロジェン株式会社、カールスバッ ド、 Ca、 USA:標準プロトコールに従い) 1本鎖 cDNAを合成した。
[0058] (リアルタイム PCRによる相対的遺伝子発現定量)
舌扁平上皮癌組織より合成された cDNAを铸型とし、定量的リアルタイム PCR (ス マートサイクラ一(Smart Cycler)、セフエイド、サニーベール、 CA、 USA)による遺伝 子発現定量を行った。リアルタイムモニタリング(Real time monitoring)はタックマン(T aqMan) (登録商標)プローブ (タックマン (登録商標)ジーンエクスプレッションアツセィ ス (Gene Expression Assaysノ、ノ'プフィ ノ イスンスアムズ (Applied Biosystems)、し A、 USA)を用い、タックマン(登録商標)ユニバーサル PCRマスターミックス(Univers al PCR Master Mix) (アプライドバイオシステムズ)にて ABI社標準プロトコール(95 °C/600秒、 95°C/15秒 + 60°C/60秒 X温度サイクル)で行った。標準となる舌 癌組織の cDNAを铸型として数段階の希釈系列 (1 : 10: 100: 1000: 10000: 10000 0)を作成し、各濃度サンプルについて同様のプロトコールによるリアルタイム PCR (re al time PCR)を行い、各遺伝子のスタンダードカーブを描記した。遺伝子の mRNA 量はスレツシホウルドサイクル(threshold cycle) (Ct値)からそれぞれのスタンダード力 ーブに基づいて定量された。
[0059] 解析の対象遺伝子として ITGファミリー遺伝子 11種、いわゆるハウスキーピング遺 伝子 (HKG)3種、 ITGのリガンドを含む細胞外基質遺伝子(ECM) 7種、 ITGレセプ ターの細胞質側で機能するいわゆるアンカー蛋白 (ANK)および細胞骨格分子 (CS K)からなる 4種を選定した (表 2)。
[0060] [表 2]
分析された遺伝子
機能上のカテゴリー 伝子 プローブ *
ITGA 1 Hs01673837_ml
ITGA2 Hs00985382_gl
ITGA3 Hs00233722_ml
ITGA5 Hs01547684_ml
ITGA6 Hs01041013— ml
インテグリンファミリー ITGAv Hs00233790_ml
ITGB1 Hs00559595_ml
ITGB3 Hs00173978_ml
ITGB4 Hs01103172_gl
ITGB5 Hs00174435_ml
ITGB6 Hs00982346_ml
ACTB Hs99999903_ml
ハウスキーピング遺伝子 GAPD Hs99999905_ml
18sRNA Hs99999901_sl
細胞骨格分子 KRT5 Hs00361185_ml
JUP Hs00158408— ml
アンカー蛋白 PLEC1 Hs0095420_gl
PXN Hs00236046_ml
LAMA3 Hs01125432_ml
LAMA4 Hs00935293_ml
LAMA5 Hs00966637_ml
細胞外基質 TNG Hs00233648_ml
FN1 Hs015499-0_gl
COL1A 1 Hs01076775_gl
VTN Hs00169863_ml
*アプライドバイォシステムズのタックマン ®ジーンエクスプレッションアツセィズ
における分析 ID
(統計学的解析)
臨床データと遺伝子発現データからなる各変数に基本統計量として平均値、標準 偏差、歪度、尖度を算出し分布型を評価した後、各変数間の相関係数行列を算出し た。前述の 11種の ITGファミリー (ITG)遺伝子の発現レベルをその他の HKG、 ECM 、 ANKおよび CSK遺伝子 14種の発現レベルで標準化した数値データについて、 臨床的悪性度の指標としての頸部リンパ節転移の有無および死の転帰との関連をマ ンホイットニー(Mann-Whitney)検定で単変量的に解析した。この結果をもとに、多変 量回帰分析における変数選択をステップワイズ法により行レ、、頸部リンパ節転移と転 帰について高い関連 (p≤0.01)が示唆された ITG遺伝子発現比を続く多変量的な解 析に用いた。臨床的パラメータ一として対象症例の年齢、性別、腫瘍の進展範囲に
関しては腫瘍の大きさ、転移に関する項目として頸部リンパ節転移の有無と数、遠隔 臓器転移、治療に関する情報として化学療法の有無と放射線治療の有無、臨床的 経過として死の転帰の情報を用いた。
[0062] 多変量解析として全変数を用いた主成分分析を行い、変数間の関連性を検討した 。ついで頸部リンパ節転移を目的変数とした多重ロジスティック回帰分析による関連 因子検出と共に頸部転移に関する予測モデルの評価を行った。さらに生死の有無で ある転帰をエンドポイントとしたコックス(Cox)の比例ハザードモデルによる分析を行 つた。
[0063] (組織学的観察)
遺伝子発現解析に用いたものと同一の腫瘍検体についてパラフィン切片のよる HE 組織染色所見を観察した。標本は 10%ホルマリン固定の後、通法に従い作成された 。統計学的に臨床的悪性度と有意な関連が示唆された複数のマーカーについて、 臨床的な経過と共に、その高低による形態学的所見を検討した。
実施例 1
[0064] (統計学的解析)
1.単変量解析
各変数間の相関係数行列の所見では、背景要因間では、頸部リンパ節転移と放射 線照射 (r = 0.54)、遠隔臓器転移と死の転帰の間(r = 0.67)において比較的高い相 関がみられた。 ITG遺伝子比の間では、 〇八3/ ?と1下〇八3/1¾丁5 =0.75)、 〇 B5/LAMA3と ITGB5/TNC (r=0.52)、 ITGB4/JUPと ITGA3/GAPD (r=0.57)ならびに ITGB4/ RT5 (0.91)、 ITGB5/ACTBと ITGB5/TNC (r = 0.64)、 ITGB5/LAMA3 (r=0. 69)ならびに ITGB5/LAMA5 (0.59)、 ITGB5/LAMA4と ITGB5/FN1 (r=0.60)の間で それぞれ高い相関が示された。また背景要因と遺伝子との間では、転帰と ITGB4/JU P (r=0.53)との間でそれぞれ比較的高!/、相関が認められた。
[0065] 14種の関連遺伝子によりそれぞれ 11種の ITG遺伝子発現レベルを標準化するこ とにより算出した 151項目の遺伝子発現比と頸部リンパ節転移の有無ならびに死の 転帰の関係について行ったマンホイットニー(Mann-Whitney)検定の結果を表 3と表 4に示す。
頸部リンパ節転移の有意性を示す遺伝子発現比
インテグリン
分子
分母 1 2 5 3 4
ACTB ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns ハウスキーピング遺伝子 GAPD ns ns 0.0118 ns ns ns ns ns ns ns ns
WsRNA ns ns 0.0215 ns ns ns ns ns ns ns ns
TNC ns ns ns ns ns 0.0276* ns ns ns 0.0028* 0.0444*
FN1 ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0120* ns
COL 1A 1 ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0457* ns 細胞外基質 VTN ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0226* ns
LAMA3 ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0039* ns
LAMA4 ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns
LAMA5 ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns 細胞骨格分子 KRT5 ns ns 0 0083 ns 0.0444 ns ns ns 0.0417 ns ns
JUP ns ns 0 0003 ns 0.0304 0.0241 ns 0.0417 0.0423 ns ns アンカ一蛋白 PLEC1 ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0104* ns
PXN ns ns ns ns ns ns ns ns ns く 0.0001* ns ns:有意性なし、数値はマンホイットニーの U検定の有意性を示す P値を示す
* 逆相関
Γ I p≤0.001を示す遺伝子発現比
臨床転帰の有意性を示す遺伝子発現比
分子
分母 ひ1 2 3 5 6 V 1 β 3 β 6
ACTB ns ns 0.0362* ns 0.0191 * ns 0.0470* ns ns 0.0025* 0.0491 * ハウスキーピング遺伝子 GAPD ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns
WsRNA ns ns 0.0347 ns ns ns ns 0.0307 0.0484 ns ns
TNC ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0443* ns
FN1 ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0028* ns
COL1A 1 ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns ns 細胞外基質 VTN ns ns 0.0208 ns 0.0333 ns 0.0409 ns ns ns ns
LAMA3 ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0126* ns
LAMA4 ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0056* ns
LAMA5 ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0086* ns 細胞骨格分子 KRT5 ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0064 ns ns
JUP ns 0.0347 0.0121 ns ns ns 0.0218 ns 0.0011 ns ns アンカ一蛋白 PLEC1 ns ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0139* ns
PXN ns ns ns ns ns ns ns ns 0.0377 0.0333* ns ns:有意性なし、数値はマンホイットニーの U検定の有意性を示す P値を示す
* 逆相関
I p≤ 0.001を示す遺伝子発現比
[0068] 頸部リンパ節転移に関しては ITGA3と ITGB5において有意性を示す遺伝子比が 多く認められた。標準化に用いる遺伝子種では KRT5と JUPによる場合に有意性を示 す遺伝子比項目が多く見られた。 ITGファミリー遺伝子と ECM遺伝子群、アンカー 蛋白の PXNの遺伝子発現レベルはリンパ節転移や転帰の悪傾向に伴い概して上昇 する傾向が見られた。唯一 ITGB5のみは臨床経過の悪化に伴い発現レベルを低下 する傾向があり、結果的に ITGB5が悪性所見に伴い転写量を上昇する ECM分子と アンカー蛋白遺伝子でまとまった有意性を示すことが予想された。死の転帰につい ては ITGB4と ITGB5に有意性を示す遺伝子比が集中した。この結果において、頸部リ ンパ節転移あるいは死の転帰において有意水準 1 %以下を示した ITGA3/GAPD、 IT GA3/KRT5、 ITGA3/JUP, ITGB4/KRT5、 ITGB4/JUP, ITGB5/ACTB、 ITGB5/FN1 、 ITGB5/TNC, ITGB5/LAMA3, ITGB5/LAMA4, ITGB5/LAMA5, ITGB5/PXNを多 変量的統計解析に用いた。
[0069] 2.多変量解析
主成分分析:臨床データおよび遺伝子発現データを変数とした主成分分析の結果 では固有値が 1以上の主成分は第 1主成分から第 7主成分まであり、累積寄与率は 7 2. 9%を示した。各主成分と変数との因子負荷量が 0. 5以上を示した変数を 2っ以 上含む主成分は第 1主成分から第 3主成分までで、固有値はいずれも 2以上だった( 表 5)。
[0070] [表 5]
主成分分析の臨床パラメーター
12の遺伝子発現比
Z-1 Z-2 Z-3
固有値 5.164 3.147 2.173
寄与率 0.235 0.143 0.099
累積寄与率 0.235 0.378 0.477
因子負荷量 Z-1 Z-2 Z-3
年齢 0.087 -0.275 0.430
性別 -0.237 -0.044 0.338
観察日数 0.287 -0.585 -0.377
サイズ (長径) -0.159 0.430 -0.192
頸部 LN転移 0.398 0.674 -0.032
JS隔車 E移 0.455 0.323 0.544
頸部 LN多発転移≥4 0.418 0.314 0.214
転,帘 0.555 0.347 0.566
化学療法 -0.120 0.554 -0.481
放射線照射 0.057 0.519 -0.174
ITGA3/GAPD 0.644 0.079 -0.089
ITGA3/KRT5 -0.157 0.691 -0.210
ITGA3/JUP 0.092 0.623 -0.166
ITGB5/TNC -0.691 0.044 0.299
ITGB5/LAMA3 -0.537 0.338 0.265
ITGB5/PXN -0.529 -0.236 0.321
ITGB4/KRT5 0.707 0.073 0.355
ITGB4/JUP 0.778 0.007 0.338
ITGB5/ACTB -0.745 0.228 0.295
ITGB5/FN1 -0.514 0.075 0.141
TTGB5/LAMA4 -0.538 0.266 0.109
ITGB5/LAMA5 -0.649 0.107 0.262
*アンダ一ラインは主成分の各々の枢軸における最も顕著な数値を示す
[0071] 第 1主成分 (Z-1)は ITGB3〜5に関する各種遺伝子比ならびに死の転帰の因子負 荷量が高い絶対値を示した。プラス符号で大きな値は ITGB4/JUP、 ITGB4/KRT5、 I TGA3/GAPD、マイナス符号では ITGB5/ACTB、 ITGB5/LAMA5の遺伝子発現情報 において検出された。第 2主成分 (Z-2)では ITGA3の遺伝子比とともに頸部リンパ節 転移の有無に関する要因の因子負荷量が高い値を示した。死の転帰を反映する第 一主成分とは対照的に ITG遺伝子発現比の中で ITGA3/JUPと ITGA3/KRT5が孤立 的にプラス符号で高い因子負荷量値を示すと共に腫瘍長径 (サイズ)、化学療法が 比較的高い因子負荷量値を示した。第 3主成分 (Z-3)では遠隔臓器転移と死の転帰 が大きな因子負荷量値を示し、一方で ITG遺伝子発現比には高い値を示すものは なぐこの成分が臨床パラメータ一間の関連を表すことが理解された。この第 3主成分 では化学療法の因子がマイナス符号で大きな因子負荷量値を示した。
[0072] 第 1主成分と第 2主成分の因子負荷量散布図で、前述のごとく横軸 Z-1の第 1主成 分は「死の転帰」に関する遺伝子の要因軸、縦軸 Z-2の第 2主成分は「頸部リンパ節 転移」に関する遺伝子の要因軸と解釈された(図 1)。転帰の要因軸 (横軸 Z-1)にお
いて、相関を示すプラス符号の因子負荷量は ITGB4と ITGA3の遺伝子比群に認めら れ、逆相関を示すマイナス符合の因子負荷量は ITGB5の遺伝子比からなり、それぞ れ図の右半球と左半球に分布した。一方、頸部リンパ節転移の要因軸(縦軸 Z-2)に おいて ITG遺伝子比の多くは 0の周囲に分布するなかで、 ITGA3/JUPと ITGA3/KRT 5のみが頸部リンパ節転移と同じレベルの因子負荷量域に分布した。加えて、腫瘍の 長径(サイズ)は第 2主成分 (縦軸)において頸部リンパ節転移の要因に近接するもの の、第 1主成分 (横軸)においては比較的小さな絶対値の因子負荷量域に位置した。
[0073] 頸部リンパ節転移に関する多重ロジスティック回帰分析:単変量解析ならびに主成 分分析の結果を元に、頸部リンパ節転移の有無を目的変数とした多重ロジスティック 回帰分析を行った。その結果、頸部リンパ節転移に有意に影響している要因として、 I TGA3/JUPと ITGB5/PXNが検出された(表 6)。
[0074] [表 6]
頸部リンパ節転移を目的変数とした多重ロジスティック回帰分析
B 標準誤差 有意確率 ォッズ比
ITGA3/JUP 4.013 1.733 0.021 55.287
ITGB5/PXN -2.095 1.023 0.041 0.123
定数 0.227 0.582 0.697 1.255
[0075] この内、頸部リンパ節転移に対し前者の遺伝子は正の方向、後者の遺伝子は負の 方向に影響していた。これらの内、 ITGA3/JUPの偏回帰係数ならびにォッズ比が最 も大きな値を示した。頸部リンパ節転移の有無に関する予測精度の評価では、本モ デルによる有病正診率は 74. 3%、無病正診率は 71. 0%、正確度は 72. 7%を示し た (表 7)。
[0076] [表 7] 頸部リンパ節転移モデルの予測精度
予測値(頸部 LN$云移 *)
0** 1 ***
0 22 9 71.0 観測値 頸部 LN転移
1 9 26 74.3
72.7
*頸部リンパ節転移、 ** 0 なし、 あり
生死の転帰についてのコックス(Cox)の比例ハザードモデル:転帰、すなわち生死 をエンドポイントとしたコックス(Cox)の比例ハザードモデルによる回帰分析を行った
結果、死の転帰に有意に影響している要因として ITGB4/JUPが検出された (表 8) [表 8]
ROC曲線を用いて ITGB4/JUPの最適カットオフ(cut-off)値を求めて 2値化し、カプ ランマイヤー(Kaplan-Meier)法により各群の生存曲線を描出した(図 2)。 2群間にお ける生存関数のログ'ランク検定およびウィルコクスン (Wilcoxon)検定で、 ITGB4/JUP が 0. 15未満の群がそれ以上の群より高い生存率を示し、いずれも有意水準 0. 1 % 未満で有意差が認められた。
[0080] (遺伝子発現解析結果に基づく組織学的所見の検討)
遺伝子発現解析の結果より ITGB4/JUPと ITGA3/JUPの値に基づき症例を選択した 。 ITGB4/JUPが高値を示した腫瘍は頸部リンパ節多発転移の後、遠隔臓器転移の 結果死亡の経過をたどる場合が多かった。生存症例でも原発腫瘍切除後に頸部後 発転移を来たすなど臨床的後悪性を示す経過が観察された。組織所見にはすべて が一定の組織所見を示さなかった力 小細胞包巣から単一細胞が拡散性に浸潤す る所見が ITGB4/JUPが高値の腫瘍でのみ観察された組織学的特徴だった。細胞の 分化レベルは全般に低分化と判断される腫瘍実質からなるものから高分化領域と低 分化領域を混在するものが含まれた。炎症系細胞の浸潤が強い場合などに腫瘍浸 潤像を判別することが困難であるが、全般に浸潤先端部における高浸潤所見では一 致しており、組織学的には高悪性を示した。 ITGA3/JUPが高値を示した腫瘍は小細 胞包巣レベルでの浸潤所見が主に観察された。 ITGB4/JUP高値を併発する場合以 外に遠隔臓器転移は認められなかった。細胞の分化度は低分化から高分化を混在 したが、 ITGB4/JUP高値の腫瘍より概して分化度は高いといえた。上皮細胞として未 分化で比較的均質な腫瘍細胞を有する ITGB4/JUP高値の腫瘍組織と比較すると、 腫瘍細胞の異型性はむしろさまざまであるものの、小腫瘍細胞包巣単位での潤様式 についてはほぼ一定の組織学的傾向として観察された。 ITGB4/JUP、 ITGA3/JUPと もに低値の組織像で浸潤所見は認められず、基底膜構造や細胞間橋構造など上皮 の基本的所見は維持されて!/、た。
[0081] (考察)
舌癌組織における遺伝子の発現レベルを基にした、悪性度精密判定システムの確 立を目的として、 ITGレセプターの αおよび βサブユニットをコードする 11種類の IT G遺伝子についてバイオマーカー候補遺伝子の検討を行った。遺伝子発現データ の統計学的処理から ITGA3、 ITGB4および ITGB5の 3遺伝子の発現データが舌癌の 臨床経過によく対応する可能性が示された。統計学的にいずれの ITG遺伝子発現 レベルもリンパ節転移の成立に関与が認められ、組織学的悪性所見ともある程度の 相関を示して!/、た。本発明における研究の結果にお!/、て着目すべき点は舌癌の経 過に伴い見出されるリンパ節転移には臨床的に頸部リンパ節転移のレベルで制御可
能なものと将来的に遠隔臓器転移から死の転帰に深く結びつくものが共に存在し、 前者は ITGA3、後者は ITGB4と ITGB5の遺伝子発現レベルにより定義される可能性 が示された点にある。
本発明者らが行った遺伝子発現定量は細胞成分の分離を行わず、バイオプシー 時や手術時に切除された全腫瘍組織を対象とした。そのため、はじめの段階で遺伝 子検体を一定の条件に整えることが困難だった。集められた遺伝子検体はさまざま な濃度、分解レベル、組織構成の違い、採取部位の偏りを内包することを前提として いた。そのような条件下で臨床上有効な遺伝子発現情報を採取するための工夫は、 実用上避けることの出来ない課題と思われた。条件が異なる遺伝子発現定量結果を 効率的に比較する方法として、従来、組織一般に発現しているいわゆるハウスキービ ング遺伝子 (HKG)発現レベルに対する比化、すなわち標準化がなされてきた。しか し昨今、定量的リアルタイム PCRの一般化に伴い、それら HKGの発現レベルは組織 間あるいは組織内採取部位において大きなばらつきを有し、標準化に用いる遺伝子 として必ずしも適さないことが指摘されるようになった。このような背景に加え、扁平上 皮癌(SCC)組織を構成する上皮および腫瘍細胞、繊維芽細胞、炎症性浸潤細胞な どで特徴的な局在を示す各種 ITGファミリー遺伝子群の発現レベル変動を効率的に 抽出する組み合わせを選定することを目的に複数の遺伝子発現による標準化を試 みた。 HKGに加えて、 ITG分子との間の共局在性や機能的かかわりを基に細胞間 基質を構成する各種間質 (ECM)分子、細胞骨格分子 (CSK)やアンカー蛋白遺伝 子 (ANK)による標準化を検討した。その結果、頸部リンパ節転移および死の転帰に ついてのマンホイットニー(Mann Whitney)検定による単変量的な解析で、 ITGA3、 IT GB4と ITGB5において KRT5、 JUPおよび PXNによる標準化データにおいて高い有意 性が検出された。 ITGA3と ITGB4は口腔粘膜において主に上皮内に局在する分子で あり、その標準化において上皮系細胞の CSKや細胞膜上の ITGゃカドヘリンなどの 接着分子と細胞内フィラメントをつなぐ ANKである KRT5や JUPが症例間の遺伝子 発現データの比較に際しての標準化分子として有用である可能性が示された。将来 的にそれらの分子間の局在性を詳細に検討することによって、提示された有意性の 機能的な裏づけをもとめる必要が残されている。
[0083] 主成分分析による解析は多様な局面から因子間の結びつきを総覧する上で有用 であった。死の転帰に対応する第一主成分において、遠隔臓器転移や頸部リンパ節 多発転移とともに ITGB4/JUPや ITGB5/ACTBを代表とする ITG遺伝子発現比が大き い因子負荷量絶対値を示した。このことは、これらの ITG遺伝子発現レベルが死の 転帰に対して正あるいは逆相関することを意味している。一方、頸部リンパ節転移に 対応を示す第 2主成分において、 ITGA3/KRT5と ITGA3/JUPが孤立的に高い因子 負荷量を示したことは、これらが独立した因子として頸部リンパ節転移の成立に関連 することを示唆している。これらの因子間における相互関係は第 1主成分と第 2主成 分の因子負荷量散布図でよく表現される。腫瘍の長径(図 1におけるサイズ:ェ)が第 2主成分軸 (縦軸)付近で比較的大きな因子負荷量域に位置することは、腫瘍の大き さは死の転帰に直接結びつかな!/、が、頸部リンパ節転移成立に有る程度影響するこ とを示している。これに近接して同じく第 2主成分軸の周囲に位置する ITGA3/KRT5 ( シ)と ITGA3/JUP (ス)によって表現される値は腫瘍の大きさに相関し、第 1主成分軸( 横軸)で示される死の転帰には関連して!/、な!/、。これらは頸部郭清など適切な治療 が行われた場合に制御可能な頸部リンパ節転移能を反映するとレ、えるであろう。その 逆に第 1主成分軸上において、 ITGB4と ITGB5の発現比レベルによって定義されるリ ンパ節転移能は同じく頸部リンパ節転移、とりわけ頸部リンパ節多発転移 (力)、に関 わるが、同時に遠隔臓器転移や局所再発に強く関連するために最終的に死の転帰 に結びついていると解釈される。第 3主成分は第 1主成分と同様に転帰と遠隔臓器 転移の要因軸を表すが、化学療法の実施がマイナス符号で大きな因子負荷量を示 したことは化学療法実施が遠隔臓器転移と転帰に逆相関すること、言い換えると化 学療法実施が遠隔転移や死の転帰を抑制してレ、る可能性を意味してレ、る。
[0084] 多重ロジスティック回帰分析により頸部リンパ節転移に有意に影響する要因として I TGA3/JUPと ITGB5/PXNが検出された。 ITGA3/JUPは前述の主成分分析の結果で 遠隔転移や死の転帰に関与しないリンパ節転移の傾向を示す因子の一つであり、一 方 ITGB5/PXNは遠隔臓器転移あるいは死の転帰に関連する要因軸を反映する因 子である。これらの内、 ITGA3/JUPの偏回帰係数ならびにォッズ比が最も大きな値を 示し、リンパ節転移一般において大きな影響を持つことを示している。この所見はリン
パ節転移のほとんどが遠隔転移や局所再発による制御困難に陥るものではなぐ多 くは頸部リンパ節レベルで抑止されるものであることに整合すると考えられる。
[0085] このように、リンパ節転移は二つの独立した転移性に基づく効果の総和として表現 される現象であることが多重ロジスティック解析にお!/、ても示される結果となった。こ れら二つの要因をもとに算出される頸部リンパ節転移回帰モデルによる頸部リンパ節 転移の予測精度は有病正診率 74. 3%、無病正診率 71. 0%、正確度 72. 7%を示 したものの、臨床応用に要する必要レベルを満たすものとは言い難い。しかしながら 、多様な細胞成分によって構成される、きわめて複雑な生物学的作用の結果であるリ ンパ節転移において、 ITG分子に関係する 2要因のみによる判定としては予想を超 える高い正確度と思われる。将来的に他の生物学的現象に関与する多様な分子群 を加えた予測モデルに発展させることによって、正確性を実用域に立ち上げることが 今後の課題である。
[0086] 死の転帰にかかわる要因についての解析としておこなったコックス(Cox)の比例ハ ザードモデルにおいて、多変量的な解析にも関わらず唯一 ITGB4/JUPのみが検出さ れた。この結果は主成分分析の因子負荷量散布図において第一主成分 (Z-l)、死の 転帰に対応する要因軸に近接して ITGB4と ITGB5の遺伝子発現比の項目が分布し たことに整合し、 ITGB4と ITGB5の項目が逆相関しつつ死の転帰あるいは遠隔臓器 転移を説明する近似の要因として判定されたことを示している。それらを代表する主 因子として ITGB4/JUPが示したハザード比 1055671、有意確立 pく 0.0001、同様にカプ ランマイヤー法による累積生存率曲線とログ'ランク検定においても、この因子が持つ 高い説明力が明らかにされた。
[0087] ITGファミリー分子は従来腫瘍の性質に影響を及ぼす機能について比較的多くの 報告がなされてきた。 ITGA3は ITG /3 1サブユニットと対を形成し、組織内において 間質分子フイブロネクチン(Fibronectin) (FN)、 LAMA3を構成成分とするラミニンー 5 (Laminin-5) (ラミニン(Laminin) « 3 /3 1 γ 1 ) , LAMA5を構成成分とするラミニン一 1 O (Laminin-lO) (ラミニン(Laminin) α δ β ΐ γ 1 )およびラミニン 1 1 (Laminin—l l) (ラ ミニン(Laminin) α 5 /3 2 γ 1)に対するレセプターとして機能する。 ITGA3発現は主に 上皮基底細胞をはじめとし肺、子宮、食道、腎糸球体など広い分布が観られ、その機
能は正常では細胞の接着、運動、アポトーシスに関与するといわれている。子宮癌や 大腸癌において ITGA3をサブユニットとしてもつインテグリン(Integrin) α 3 /3 1発現 状態は癌細胞の転移や病理組織学的グレードに影響することについて報告がなされ ている。一方 ITGB4の発現も上皮細胞や間葉ではシュワン細胞、血管内皮細胞など で発現が認められ、インテグリン(Integrin) « 6 /3 4レセプターはラミニン一 5 (laminin- 5)に対するレセプターとして機能する。細胞接着の他、創傷治癒や神経伸張時、胎 児期にも発現が確認される事から、細胞の発生 ·分化 ·増殖において広く関与してい ると考えられる。 ITGB5も上皮基底細胞に認められ、インテグリン(Integrin) α ν /3 5 のサブユニットを形成し FN、ビトロネクチン(Vitronectin)とのレセプターとして機能す る。正常細胞において細胞の接着、増殖、運動、脈管形成の機能に関わるとされ、浸 潤性の高い胃癌において強く発現することが知られている。は腫瘍の増殖と転移の 成立にお!/、て腫瘍組織内への血管新生は重要な現象としてあげられる。これまでの 研究において ITGB4が血管内皮細胞において発現し、その細胞遊走と浸潤をつかさ どる因子として提示されている。そのノックアウトマウスにおいては腫瘍組織に隣接す る血管の新生が著しく阻害されることが示されている。逆に ITGB5については ITGB 5のノックアウトマウスでは腫瘍細胞周囲への血管の新生が増強されることから、腫瘍 組織への血管新生に対し抑制作用が示されて!/、る。本発明における研究にお!/、て は ITGB4発現比の上昇と ITGB5発現比の低下が遠隔臓器転移と死の転帰にかか わることが示された力 S、これらのインテグリン発現情報が血管新生の活発化による腫 瘍の血管内への移行と腫瘍増殖活発化の現象を反映していることが可能性として想 起される。今後これらのメカニズムにつ!/、ては精査が必要と考えて!/、る。
従来、遠隔転移性の予想や生命予後の予測のうえで組織学的判定のみでは基準 が不明確であった。組織学的所見によっても腫瘍が有する高悪性をある程度の割合 で予想することが可能である力 今回示したように ITGB4/JUPと ITGA3/JUPの高低に よる分類で組織像は多様な形態を呈し、すなわち組織像のみでは遠隔転移の可能 性や転帰にっレ、て再現性のある予後判定が難しレ、場合がしばしばあった。今回示し たように頸部リンパ節転移には遠隔転移に結びつきにくいものと、密接な関連を有す る少なくとも 2通りの因子が関与していることが示唆された。遺伝子発現データはいわ
ば口腔癌の治療に際してもっとも苦慮するこれらの問題点にこれまでにない客観的 な情報をもたらすことが期待できる。舌癌は口腔癌の約半数を占め、比較的早期から 転移を生ずる性質を持っているため、 T1 T2症例といえども潜在するリンパ節転移 や遠隔転移を予測する手段の実用化による利益が非常に大きいと考えられる。従来 の研究と共に本発明における研究において化学療法による遠隔転移の抑制効果の 可能性が示されており、正確に腫瘍の性質を把握した上での治療計画は制御率向 上の上できわめて重要な意味を有する。頸部リンパ節転移、遠隔臓器転移の危険性 や腫瘍の浸潤性についての情報提供のシステム構築による総体的な利益、生存率 や QOLの改善、医療費の適正化等、もたらされる利益は非常に大きいと考えられる