本発明は、晶析装置及び晶析システムに関し、特に化合物及び溶媒を含む試料が微量であっても精度の高い化合物の晶析を可能とし、ひいては効率の良い多検体処理を可能とする微量晶析装置及び微量晶析システムに関する。
医薬等の化合物は、複数の結晶形(結晶多形)を有するのが一般的である。そして、各結晶形に応じて、その安定性等が異なったり、特に医薬の場合には治療上の有効性等が異なる場合がある。従って、新規に開発した化合物を評価するにあたっては、各種条件下で該化合物を晶析させ、これにより生成された各結晶形の安定性等をX線回折装置や熱分析装置等の計測装置を用いて評価した上で、有用な結晶形及びこの結晶形を得るための晶析条件を選択、決定する必要がある。また、新規化合物の結晶多形を開発者が独占するには、晶析の条件を種々変更して試験することにより、新規化合物が有する全ての結晶形を探し出す必要がある。
上記化合物の晶析は、一般に化合物を溶媒に加熱溶解させた後、この溶液を冷却することにより実施される。そして、溶媒の種類や化合物の量に対する溶媒の量、混合溶媒の場合にはその組成比、溶解後の冷却過程(温度の時間的変化)、圧力といった晶析の各種条件パラメータに応じて、生成される結晶形が異なるものとなる。これらパラメータの組合せは極めて多数となるため、各種の条件に応じた試験を別個に実施していたのでは非常に手間を要する他、用いることのできる化合物の量にも限りがある。このため、従来より、複数の試料を用いて多数の条件での試験を同時に行ういわゆる多検体処理に関する種々の提案がなされている(例えば、日本国特表2003−519698号公報、日本国特表2004−504596号公報、日本国特表2005−502861号公報参照)。
従来提案されている晶析に関する多検体処理には、いわゆるウェルプレートと称されるマトリックス状に配置された複数(例えば、96個)の凹部(ウェル)が上面に設けられたプレート状の部材を備えた晶析装置を用いるのが一般的である。そして、斯かるウェルプレートを用いる場合、ウェルプレートの各ウェル内に化合物及び溶媒を含む試料を収容し、ウェルプレートの下部に配置された加熱装置で加熱して化合物を溶媒に溶解させた後、この溶液を冷却(加熱を停止、或いは加熱温度を低減)して化合物を結晶化させることで晶析が実行される。斯かるウェルプレートを備えた晶析装置によれば、各ウェル内に収容する試料を少量とすることにより、少量の検体量(一検体に使用する試料の量)で多くの検体数を同時に試験することが可能である。なお、上記従来文献の中には、ウェルプレートの他にバイアルを用いることができる旨が開示されている。
しかしながら、上記ウェルプレートを備えた晶析装置には、以下のような問題点が存在する。すなわち、沸点の低い溶媒を用いる場合、加熱により溶媒が揮発してしまうため、想定していた溶媒量や混合溶媒の組成比に応じた試験が行われないことになる結果、晶析の精度が悪化するという問題がある。換言すれば、想定通りの溶媒量や混合溶媒の組成比を用いることができたとすれば本来生成されていたはずの結晶形が得られないというような問題がある。或いは、揮発量が多すぎるために、沸点の低い特定の溶媒については晶析試験そのものを実施できず、選択できる溶媒の種類が限定されるというような問題がある。また、たとえ有用な結晶形が得られたとしても、実際に化合物を溶解するのに供された溶媒量や混合溶媒の組成比を正確に把握できないため、晶析条件の再現性が悪いといった問題がある。
上記晶析の精度悪化の問題は、検体量が少量になればなるほど顕在化することになる。なぜならば、試験に供する溶媒量が少なくなればなるほど、揮発した溶媒量の占める割合が大きくなり、その影響を無視できなくなるからである。このため、従来の晶析装置では、少量の検体量で多くの検体数を同時に試験すること自体は可能であったとしても、晶析の精度が悪いために、実際には試験を何度も繰り返すような事態が生じる結果、多検体処理の効率が悪いという問題もある。
なお、ウェルプレートに設けられたウェルに化合物及び溶媒を収容した後、ウェルの開口をプレート状の蓋体で閉塞するように構成された晶析装置も知られている。斯かる晶析装置によれば、揮発した溶媒がウェルの外部に漏れ出さないため、蓋体を設けない場合に比べれば、上記晶析の精度悪化を改善することができるといえる。しかしながら、揮発した溶媒の多くは、化合物の溶解に供されることなく、ウェル内の溶液の液面と蓋体との間に気体として存在するため、上記晶析の精度悪化の問題を十分に解決することはできない。また、ウェルの開口をプレート状の蓋体で閉塞した場合、内部が加圧状態になるため、蓋体で閉塞しない場合とは、得られる結晶形が異なる可能性が考えられる。さらに、加圧されることにより溶媒の沸点が上昇する。これにより化合物の溶解度が変化してしまい、正確な晶析条件を得ることができなくなるという問題もある。
容器内の内部圧力を低減させるため、蒸気を外部に放出させる装置も提案されているが、試料の量が少量になるほど溶媒量の変化が激しくなる。このため、通常、溶媒の沸点よりも低い温度で晶析が行われているが、核形成温度が沸点に近い場合には、その結晶を析出させることはできない。
本発明は、斯かる従来技術の問題を解決するべくなされたものであり、化合物及び溶媒を含む試料が微量であっても精度の高い化合物の晶析を可能とし、ひいては効率の良い多検体処理を可能とする微量晶析装置及び微量晶析システムを提供することを課題とする。
前記課題を解決するべく、本発明は、化合物及び溶媒を含む試料を収容するために脱着自在に立設される一つ又は複数の細長容器の下部壁面を加熱するための加熱装置と、前記細長容器の加熱される下部壁面に対して上方に位置する前記細長容器の所定の壁面を冷却するための冷却装置とを備えることを特徴とする微量晶析装置を提供するものである。
本発明に係る微量晶析装置は、脱着自在に立設される一つ又は複数の細長容器の下部壁面を加熱するための加熱装置を備える。複数の細長容器を立設する構成を採用する場合、各細長容器毎に溶媒の種類や化合物の量に対する溶媒の量等の条件を異ならせて、微量の化合物及び溶媒を収容し、各細長容器を装置に取り付けて、下部壁面を所定の温度パターンで加熱・冷却(加熱の停止、或いは、加熱温度の低減)することができる。これにより、少量の検体量で且つ細長容器の個数に応じた多くの検体数について、同時に晶析試験を実施することが可能である。また、一つの細長容器を立設する構成を採用する場合であっても、後述するように精度の高い化合物の晶析が可能である。このため、従来のように同じ条件での試験を何度も繰り返す必要が無い。また、細長容器の脱着を繰り返して条件の異なる晶析試験を順次実施することにより、結果的に多検体処理を行っているのと同程度の効率で晶析試験を実施することが可能である。或いは、一つの細長容器を立設する構成を採用する場合であっても、微量晶析装置を複数用意することにより、微量晶析装置の台数に応じた検体数について、同時に晶析試験を実施することが可能である。
そして、本発明に係る微量晶析装置は、細長容器の加熱される下部壁面に対して上方に位置する細長容器の所定の壁面を冷却するための冷却装置を備えることを特徴としている。斯かる構成によれば、揮発して細長容器内を上昇した溶媒が、冷却装置によって冷却された細長容器の壁面からの熱伝達により冷却される結果、液体に戻って細長容器内を(特に細長容器の内壁面に沿って)下降し、化合物の溶解に供されることになる。また、細長容器に化合物及び溶媒を収容した際に、たとえ溶媒の液面よりも上方に位置する容器内壁面に化合物が付着したとしても、上記液体に戻って細長容器の内壁面に沿って下降する溶媒によって、前記付着した化合物を溶解させることが可能となるため、容器内壁面に付着した化合物自体が種となって結晶を形成するというおそれもなくなる。なお、冷却装置の位置(冷却装置によって冷却される細長容器の壁面の位置)は、当該冷却装置によって細長容器内に収容された試料が冷却されない程度に(冷却装置によって冷却された細長容器の壁面の温度が細長容器の下部壁面の温度ひいては試料の温度に実質的な影響を及ぼさない程度に)、細長容器の下部壁面から(加熱装置の上面から)上方に離間させることが好ましい。以上のように、本発明に係る微量晶析装置は、冷却装置によって、揮発した溶媒を細長容器内で還流させる構成であるため、圧力を一定にしながら想定通りの溶媒量や混合溶媒の組成比に応じた試験を行うことができ、化合物及び溶媒を含む試料が微量であっても精度の高い化合物の晶析が可能であり、ひいては効率の良い多検体処理が可能である。
なお、本発明における「立設」の語句は、細長容器の下部を所定の支持手段(例えば、本発明における加熱装置)で支持する態様に限るものではなく、細長容器の長手方向が上下方向に延びるように微量晶析装置に取り付けられる限りにおいて、細長容器を懸吊するなどの種々の態様を含む概念として用いている。
本発明に係る微量晶析装置のより具体的な構成としては、例えば、前記加熱装置は、前記細長容器の下部を嵌入するための凹部が上面に設けられた台座部材と、前記台座部材の少なくとも前記凹部近傍を加熱するためのヒーターとを具備し、前記冷却装置は、前記台座部材の上方に配置され、内部に冷媒が流通するように構成された冷却部材を具備する構成を採用することが可能である。
好ましくは、X線回折装置等で化合物の結晶形を解析する際に化合物を収容するための容器として用いられるキャピラリーを前記細長容器として脱着自在に立設可能とされる。
従来、晶析した化合物の結晶形をX線回折装置等で解析する際には、晶析装置が備えるウェルプレートのウェル内の溶媒を濾過して乾燥させた後、残存する結晶形を取り出してX線回折装置等に装着できる専用容器等に移し替える作業が必要であり、これら一連の解析作業に非常に手間を要するという問題があった。上記好ましい構成によれば、細長容器としていわゆるキャピラリーを用いることができるため、晶析試験終了後のキャピラリーを本発明に係る装置から取り外して、そのままX線回折装置等に装着することができるため、極めて効率の良い解析作業が可能になるという利点が得られる。
好ましくは、前記冷却部材の上方に配置され、X線回折装置等で化合物の結晶形を解析する際に化合物を収容するための容器として用いられるキャピラリーを前記細長容器として脱着自在に懸吊する支持部材を更に備え、前記支持部材と前記キャピラリーとの上下方向の相対位置を変更することにより、前記台座部材の凹部に嵌入する前記キャピラリーの下部領域の長さを調整可能に構成される。
細長容器としてキャピラリーを用いる場合、キャピラリーの外径は極めて小さいため、キャピラリー内に収容する溶媒の体積に応じて、溶媒の液面高さは大きく変動する。従って、キャピラリーの底面が台座部材の凹部の底面に当接するまで嵌入する構成では、キャピラリー内に収容される溶媒の液面高さに略一致する領域の下部壁面を加熱しようとすると、キャピラリーに収容する溶媒の体積に応じて各種深さの凹部を有する台座部材を用意し、適宜交換する必要が生じる。また、複数のキャピラリーを立設して同時に晶析試験を行う場合、各キャピラリー毎に収容する溶媒の体積を異ならせることは困難である。上記好ましい構成によれば、凹部aに嵌入させるキャピラリーの下部領域の長さを調整することができるため、キャピラリーに収容する溶媒の体積に応じて各種深さの凹部を有する台座部材を用意する必要がない。また、複数のキャピラリーを立設して同時に晶析試験を行う場合において、各キャピラリー毎に収容する溶媒の体積を容易に異ならせることが可能である。
好ましくは、前記加熱装置は、複数の細長容器の下部壁面を加熱すると共に、前記各細長容器毎に独立して前記加熱される下部壁面の温度を制御可能に構成される。
従来のウェルプレートを備えた晶析装置は、ウェルプレートの下部に配置された加熱装置によって、全てのウェルを同一の温度パターンで制御する構成であった。従って、1枚のウェルプレートの各ウェル内に収容する溶媒としては、その沸点が近いものを選択する必要が生じ、多検体処理の効率が悪いという問題があった。上記の好ましい構成によれば、各細長容器毎に独立して下部壁面の温度を制御可能である。換言すれば、各細長容器に収容された試料の温度をそれぞれ異なる温度パターンで制御することが可能である。このため、例えば、沸点の異なる種類の溶媒を用いて同時に晶析試験を実施することが可能となる利点を有する。また、収容する溶媒の種類や量を全ての細長容器で一定の値にして、加熱過程や溶解後の冷却過程を各細長容器毎に変更して試験すれば、適切な加熱過程、冷却過程を含む晶析条件を見出し易いといった利点が得られる。
また、前記課題を解決するべく、本発明は、前記微量晶析装置のみならず、前記微量晶析装置に取り付けられる前記細長容器をも備えた微量晶析システムとしても提供される。すなわち、本発明は、前記微量晶析装置と、化合物及び溶媒を含む試料を収容するために前記微量晶析装置に脱着自在に立設される一つ又は複数の細長容器とを備えることを特徴とする微量晶析システムとしても提供される。
好ましくは、前記細長容器は、ガラス材料を用いて形成される。
斯かる好ましい構成によれば、金属製やプラスチック製の容器を用いる場合に比べて、収容できる溶媒の種類が限定されず、また、必要に応じて添加される酸やアルカリの影響を受けないので、晶析条件を多面的に検討できるという利点が得られる。
好ましくは、前記細長容器は、透明材料から形成され、底面が平坦に成形される。
斯かる好ましい構成によれば、細長容器が透明材料(容器内部を視認できる程度の透過性を有する材料)から形成されているため、容器内部の様子を観察することが可能である。従って、例えば、化合物が溶解されていない場合には、試験中に溶媒を追加することができる。また、晶析状態を観察することもできるため、例えば、結晶の析出開始温度を検知することが可能である。さらに、晶析した化合物の結晶形を別の容器等に移し替えなくても、晶析試験終了後の細長容器を本発明に係る装置から取り外し、細長容器の底面側から結晶形を顕微鏡でそのまま観察することが可能である。すなわち、細長容器が透明であるため、容器内の結晶形を顕微鏡で観察できると共に、平坦な底面側から観察するので、レンズ効果によって像が変形することもない。
或いは、前記細長容器は、X線回折装置等で化合物の結晶形を解析する際に、化合物を収容するための容器として用いられるキャピラリーとしても良い。
上記好ましい構成によれば、細長容器としていわゆるキャピラリーを用いることにより、前述のように、晶析試験終了後のキャピラリーを本発明に係る装置から取り外して、そのままX線回折装置等に装着することができるため、極めて効率の良い解析作業が可能になるという利点が得られる。
さらに、好ましくは、前記細長容器は、試料を収容した後の頂部開口を閉塞するための蓋部材を具備する。
斯かる好ましい構成によれば、揮発した溶媒が細長容器の外部に漏れ出さないため、揮発した溶媒が冷却装置によって確実に冷却されて還流することになり、化合物の晶析の精度をより一層高めることが可能である。
図1は、本発明の一実施形態に係る微量晶析システムの概略構成を示す斜視図である。
図2は、図1に示す微量晶析システムを構成する細長容器周辺の構成を拡大して示す断面図である。
図3は、図1に示す加熱装置内部の概略構成を模式的に示す図である。
図4は、図1に示す微量晶析システムを構成する細長容器周辺の他の構成例を拡大して示す断面図である。
図5は、図1に示す微量晶析システムを構成する細長容器周辺の更に他の構成例を拡大して示す断面図である。
図6は、本発明の他の実施形態に係る微量晶析システムの概略構成を示す斜視図である。
図7は、本発明の更に他の実施形態に係る微量晶析システムの概略構成を示す斜視図である。
以下、添付図面を参照しつつ、本発明の一実施形態に係る微量晶析システムについて説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る微量晶析システムの概略構成を示す斜視図である。また、図2は、図1に示す微量晶析システムを構成する細長容器周辺の構成を拡大して示す断面図である。さらに、図3は、図1に示す加熱装置内部の概略構成を模式的に示す図である。図1に示すように、本実施形態に係る微量晶析システム100は、化合物及び溶媒を含む試料を収容するための複数の細長容器1と、微量晶析装置10とを備えている。微量晶析装置10は、該微量晶析装置10に対して脱着自在に立設された各細長容器1の下部壁面を加熱するための加熱装置2と、各細長容器1の前記加熱される下部壁面に対して上方に位置する各細長容器1の所定の壁面を冷却するための冷却装置3とを備えている。
なお、本実施形態では、加熱装置2(具体的には、後述する加熱装置2の凹部21a)に細長容器1の下部を嵌入する一方、冷却装置3(具体的には、後述する冷却部材31)に細長容器1を嵌通させることによって、各細長容器1を上下方向に脱着自在に立設する構成としている。しかしながら、本発明はこれに限るものではなく、例えば、冷却装置3の上方に所定の支持部材を設け、この支持部材によって細長容器1を懸吊することにより、微量晶析装置10に対して立設するような構成を採用することも可能である。
細長容器1は、少量(例えば、数mg程度)の化合物Cと、少量(例えば、数十μL程度)の溶媒Lとを収容して晶析試験を行うことが可能であると共に、熱容量を小さくして効率的な温度制御を行うべく、外径数mmφ程度(例えば、9mmφ)、長さ数十mm程度(例えば、50mm)の寸法とされている。また、細長容器1は、好ましい構成として、透明なガラス材料(例えば、ホウケイ酸ガラス)を用いて形成されており、図2に示すように、底面が平坦に成形されている。さらに、必要に応じて、化合物C及び溶媒Lを収容した後の頂部開口を閉塞するための蓋部材(図示せず)を備える構成としても良い。なお、前記蓋部材としては、細長容器1の頂部開口に嵌め込む蓋体(例えば、シリコン栓)の他、頂部開口を封止するためのシール部材(例えば、パラフィルム(登録商標))を適用することも可能である。本実施形態に係る微量晶析システム100は冷却装置3を備えるため、たとえ蓋部材を備える構成を採用したとしても、従来のウェルの開口をプレート状の蓋体で閉塞する場合と異なり、細長容器1の内部が過度に加圧状態になることなく、正確な晶析条件を得ることが可能である。なぜならば、蓋部材を備える構成を採用した場合、細長容器1の内部にわずかな圧力上昇が生じる可能性があるものの、揮発した溶媒が冷却装置3により冷却されて液体に戻るため、圧力上昇を抑制できるからである。
加熱装置2は、各細長容器1の下部をそれぞれ嵌入するための複数の凹部21aが上面に設けられた台座部材(アルミニウム製)21と、台座部材21の少なくとも凹部21a近傍を加熱するためのヒーター22とを具備している。斯かる構成により、ヒーター22によって台座部材21の凹部21a近傍が加熱され、さらに加熱された台座部材21の凹部21a近傍領域からの熱伝導によって各細長容器1の下部壁面が加熱される。そして、細長容器1の下部壁面からの熱伝達によって細長容器1に収容された試料が加熱されることになる。なお、本実施形態に係る加熱装置2は、細長容器1内に収容される溶媒Lの液面高さ(化合物Cも収容した後の液面高さ)に略一致する領域の下部壁面を加熱し得るように構成されている。具体的には、図2に示すように、細長容器1は、その底面が台座部材21の凹部21aの底面に当接するまで台座部材21に嵌入される。そして、台座部材21の凹部21aの深さDが、細長容器1内に収容される溶媒Lの液面高さに略一致する(例えば、溶媒Lの液面高さよりも若干浅い)ように設定されている。より具体的には、例えば、細長容器1の寸法が外径9mmφ、長さ50mmの場合、溶媒Lの体積と凹部21aの深さDとしては、下記の表1に示す組合せが好適に用いられる。斯かる構成により、凹部21aに嵌入された細長容器1の下部壁面が台座部材21からの熱伝導によって略均一に加熱され、ひいては均一に加熱された細長容器1の下部壁面からの熱伝達によって細長容器1に収容された試料が略均一な温度となり得る。
また、加熱装置2は、好ましい構成として、各細長容器1毎に独立して前記加熱される下部壁面の温度を制御可能に構成されている。具体的には、図3に示すように、ヒーター22内の各細長容器1の下部近傍(台座部材21の凹部21a近傍)部位毎に、通電によって発熱する導電体221が配置されると共に、台座部材21内の各細長容器1の下部近傍(台座部材21の凹部21a近傍)部位毎に、熱電対等の温度センサ211が配置されている。そして、各細長容器1の下部近傍部位毎に配置された導電体221及び温度センサ211が、ヒーター22内に設けられた制御手段222にそれぞれ電気的に接続されている。なお、本実施形態では、各細長容器1の下部近傍部位毎に配置された各導電体221による発熱が、隣接する細長容器1の下部壁面温度に及ぼす影響を少なくするために、好ましい構成として、各細長容器1毎に台座部材21が分割されており(図1では図示の便宜上、台座部材21を一枚のプレート状の部材として図示しているが、実際には図3に示すように各細長容器1毎に分割されている)、台座部材21の各分割部分の間に適宜の冷却板又は断熱板4が配置されている。
制御手段222には、予め設定した各細長容器1の下部近傍部位の所定の時間における目標温度に対応する電圧が記憶されている。そして、制御手段222は、前記目標温度に対応する電圧と、温度センサ211で検出した温度に対応する電圧とを所定時間毎に比較し、その大小関係に応じて導電体221に通電する電流をオン・オフする(或いは、電流値を増減する)ように構成されている。以上の構成により、前述のように、各細長容器1毎に独立して下部壁面の温度が制御可能(実際には、台座部材21における各細長容器1下部近傍部位の温度を制御することになる)である。なお、本実施形態では、ヒーター22内に導電体221を配置し、台座部材21内に温度センサ211を配置した構成について説明したが、本発明はこれに限るものではなく、温度センサ211もヒーター22内に配置する構成を採用することも可能である。また、台座部材21とヒーター22とを一体化した構成(すなわち、ヒーター22の上面に各細長容器1の下部をそれぞれ嵌入するための複数の凹部を設け、導電体221及び温度センサ211をヒーター22内に配置する構成)を採用することも可能である。
また、本実施形態に係る加熱装置2は、好ましい構成として、回転可能な磁石を内蔵したいわゆるスターラーとしての機能も備えている。従って、均一な結晶形が得られるように、必要に応じて各細長容器1内に収容された磁性体からなる攪拌子Mを加熱装置2の磁石から供される磁力によって動かせば、各細長容器1内の溶液を攪拌することが可能である。
冷却装置3は、台座部材21の上方に配置され、各細長容器1をそれぞれ嵌通させるための複数の開口部31aが設けられ、内部に冷媒が流通するように構成された冷却部材31(アルミニウム製)を具備している。具体的には、本実施形態に係る冷却装置3は、管状部材32を具備し、この管状部材32を通じて冷却部材31の内部に冷媒が流通(図1の白抜矢符の方向に流通)するように構成されている。より具体的には、冷却部材31の一の側面から他の側面に向けて、真直な又は開口部31aの周囲を適宜経由する挿通孔を設け、該挿通孔に管状部材32を挿通させる構成を採用することができる。或いは、冷却部材31全体を中空とし、その内部に連通する管状部材32を冷却部材31の一の側面と他の側面にそれぞれ取り付ける構成を採用してもよい。何れの構成を採用しても、管状部材32内に冷媒を流通させることにより、冷却部材31の内部に冷媒が流通し、開口部31aに嵌通された部位の細長容器1の壁面の熱量が、冷却部材31を介して冷媒に放熱されることになる。管状部材32内に流通させる冷媒としては、冷却温度に応じて種々の媒体を使用可能であり、例えば、水、エタノール、メタノール等を例示することができる。なお、本実施形態に係る冷却装置3は、冷却部材31に設けられた開口部31aに細長容器1を嵌通させる構成であるため、前述のように、細長容器1のぶれを防止し、安定した立設状態を維持するための支持部材としての機能も奏している。
なお、本実施形態では、冷却装置3として、内部に冷媒が流通するように構成された冷却部材31を具備する構成を例示したが、本発明はこれに限るものではなく、通常使用される冷却部材、例えば、ペルチェ素子を備えた冷却部材を具備する構成を採用してもよい。この場合、冷媒を流通させるための管状部材32は不要である。
冷却部材31の位置は、冷却部材31によって細長容器1内に収容された試料が冷却されない程度に(冷却部材31によって冷却された細長容器1の壁面の温度が細長容器1の下部壁面の温度ひいては試料の温度に実質的な影響を及ぼさない程度に)、加熱装置2の上面から(台座部材21の上面から)上方に離間させることが好ましい。本実施形態では、長さ50mmの細長容器1を用いる場合において、冷却部材31と台座部材21との離間距離を、細長容器1の長さの約半分である27mmとしている。これにより、冷却部材31によって細長容器1内に収容された試料の温度に影響が及ぶことなく、精度の良い温度制御を行うことが可能である。また、冷却部材31と台座部材21とが離間して配置され、なお且つ細長容器1が透明材料を用いて形成されているため、晶析試験中に容器1内部の様子を観察することが可能である。さらには、各細長容器1毎に、晶析試験の途中で塩の形で晶析するように、酸(無機酸、有機酸)やアルカリ金属、アルカリ土類金属、アミン類等の塩基を追加したり、溶媒Lを追加したりすることも可能である。
斯かる冷却装置3を備えることにより、図2の矢符で示すように、揮発して細長容器1内を上昇した溶媒Lが、冷却装置3(冷却部材31)によって冷却された細長容器1の壁面からの熱伝達により冷却される結果、液体に戻って細長容器1の内壁面に沿って下降し、化合物Cの溶解に供されることになる。また、細長容器1に化合物C及び溶媒Lを収容した際に、たとえ溶媒Lの液面よりも上方に位置する容器1内壁面に化合物Cが付着したとしても、上記液体に戻って細長容器1の内壁面に沿って下降する溶媒Lによって、前記付着した化合物Cを溶解することが可能となるため、容器1内壁面に付着した化合物C自体が種となって結晶を形成するというおそれもなくなる。このように、細長容器1の加熱される下部壁面に対して上方に冷却装置3を備えることにより、加熱装置2の台座部材21、ひいては細長容器1の下部壁面の温度が一時溶媒Lの沸点近くに上昇したとしても、溶媒Lが気化することも加圧状態になることもない。
以上のように、本実施形態に係る微量晶析システム100によれば、冷却装置3によって、揮発した溶媒Lを細長容器1内で還流させる構成であるため、一定圧力のもと、想定通りの溶媒量や混合溶媒の組成比に応じた試験を行うことができ、化合物C及び溶媒Lを含む試料が微量(例えば、25〜50μL程度)であっても、又は数時間に及ぶ晶析温度の制御を行ったとしても、精度の高い化合物Cの晶析が可能であり、ひいては効率の良い多検体処理が可能である。
なお、本実施形態では、細長容器1として、図2に示すような容器を用いたが、本発明はこれに限るものではなく、例えば、図4に示すようなキャピラリー1Aを用いても良い。キャピラリー1Aには、例えば、0.1〜3mmなど種々の外径を有するものが存在するが、本実施形態に係るキャピラリー1Aとしては、0.5〜1mmの外径を有するものが好適に用いられる(キャピラリー1Aに収容する試料は、例えば、数μL〜20μL程度で、好ましくは10〜20μL程度。化合物Cの量は、数μg〜数mg程度で、好ましくは数十μg〜数百μg程度)。斯かる構成によれば、より少量の化合物Cで晶析試験を行うことができ、また、晶析試験終了後のキャピラリー1Aを微量晶析装置10から取り外して、そのままX線回折装置等に装着することができるため、濾過作業が不要となるばかりでなく、濾過による結晶試料の損失もなく、極めて効率の良い解析作業が可能になる。
ここで、細長容器1として特にキャピラリー1Aを用いる場合、上記のようにキャピラリー1Aの外径は極めて小さいため、キャピラリー1A内に収容する溶媒Lの体積に応じて、溶媒Lの液面高さは大きく変動する。従って、図4に示すように、キャピラリー1Aの底面が台座部材21の凹部21aの底面に当接するまで嵌入する構成では、キャピラリー1A内に収容される溶媒Lの液面高さに略一致する領域の下部壁面を加熱しようとすると、キャピラリー1Aに収容する溶媒Lの体積に応じて各種深さの凹部21aを有する台座部材21を用意し、適宜交換する必要が生じる。また、複数のキャピラリー1Aを立設して同時に晶析試験を行う場合、各キャピラリー1A毎に収容する溶媒Lの体積を異ならせることは困難である。
上記のような問題を解決するには、図5に示すように、凹部21a(貫通孔としてもよい)に嵌入させるキャピラリー1Aの下部領域の長さを調整可能に構成することが好ましい。具体的に説明すれば、冷却部材31の上方にキャピラリー1Aを脱着自在に懸吊する支持部材6を配置し、支持部材6とキャピラリー1Aとの上下方向の相対位置を変更することにより、凹部21aに嵌入させるキャピラリー1Aの下部領域の長さを調整可能に構成すればよい。より具体的に説明すれば、図5に示す例では、キャピラリー1Aを挿通し得ると共に下方に抜け落ちないように形状が設定された挿通孔5aと下部に雄ねじ部5bとを具備する治具5を用意する。一方、冷却部材31の上方に、治具5の雄ねじ部5bを螺挿し得る雌ねじ部6aを具備する支持部材6を設置する。支持部材6は、微量晶析装置10を構成する所定の部材(例えば、加熱装置2)に対して取り付けられ、その位置が固定される。そして、治具5の挿通孔5aにキャピラリー1Aを挿通した状態で、この治具5の雄ねじ部5bを支持部材6の雌ねじ部6aに螺挿し、その螺挿量を調節することにより、凹部21aに嵌入させるキャピラリー1Aの下部領域の長さを調整することが可能である。
図5に示すような好ましい構成によれば、凹部21aに嵌入させるキャピラリー1Aの下部領域の長さを調整することができるため、キャピラリー1Aに収容する溶媒Lの体積に応じて各種深さの凹部21aを有する台座部材21を用意する必要がない。また、複数のキャピラリー1Aを立設して同時に晶析試験を行う場合において、各キャピラリー1A毎に収容する溶媒Lの体積を容易に異ならせることが可能である。なお、図5に示す好ましい構成は、細長容器1として外径の小さなキャピラリー1Aを用いる場合に特に有効であるが、これに限るものではなく、図2に示すような一般的な細長容器1に対して適用することも無論可能である。
図6は、細長容器1としてキャピラリー1Aを用い、複数のキャピラリー1Aのそれぞれを前述した図5に示す構成を用いて立設する微量晶析システムの概略構成例を示す斜視図である。図5に示す微量晶析システムは、一定数のキャピラリー1Aが立設される各ブロック(図6に示す例では6つのブロック)毎に台座部材21が分割(さらには、分割された台座部材21の各ブロックに対応して、冷却部材31及び支持部材6も分割)されており、各ブロック毎に独立してキャピラリー1Aの加熱される下部壁面の温度を制御可能とされている。ただし、本発明はこれに限るものではなく、前述した図3に示す構成と同様に、各キャピラリー1A毎に下部壁面の温度を制御可能とするため、各キャピラリー1A毎に台座部材21を分割する構成とすることも可能である。
なお、本実施形態では、複数の細長容器1を立設する構成について説明したが、本発明はこれに限るものではなく、例えば、図7に示すように、一つの細長容器1を立設する構成を採用することも可能である。図7に示す微量晶析システム100Aは、台座部材21に凹部21aが一つだけ設けられている点、冷却部材31に開口部31aが一つだけ設けられている点、導電体や温度センサ(図5では図示せず)が一つだけ設けられている点を除き、図1に示す微量晶析システム100と同様の構成を有する。図7に示す微量晶析システム100Aのように、一つの細長容器1を立設する構成であっても、精度の高い化合物の晶析が可能である。このため、従来のように同じ条件での試験を何度も繰り返す必要が無い。また、細長容器1の脱着を繰り返して条件の異なる晶析試験を順次実施することにより、結果的に多検体処理を行っているのと同程度の効率で晶析試験を実施することが可能である。或いは、図7に示す微量晶析システム100Aを複数用意することにより、微量晶析システム100Aの台数に応じた検体数について、同時に晶析試験を実施することが可能である。
以上に説明した本発明に係る微量晶析装置によれば、化合物及び溶媒を含む試料が微量であっても精度の高い化合物の晶析が可能であり、ひいては効率の良い多検体処理が可能であるという優れた効果を奏するものである。