先ず始めに、本発明に係る細胞組織作製方法、および該作製方法により作製された細胞組織を含む培養容器により作成された細胞組織における各種態様について記載する。
なお、本発明における細胞組織とは、基板上で細胞が集合、凝集、積層化して組織化し、機能している状態の細胞集合体のことをいう。
本発明に係る第1の態様の細胞組織作製方法は、
第1の塗布液を塗布対象物に塗布する第1塗布工程、
前記第1塗布工程で塗布された前記第1の塗布液に、第2の塗布液を重ねて塗布する第2塗布工程、および
前記第1の塗布液を含む前記第2の塗布液が浸漬するように第3の塗布液を塗布する培地形成工程、を含み、
前記第1塗布工程と前記第2塗布工程の塗布動作を同一培養容器の複数の塗布対象位置に対して実行し、前記培地形成工程を実行するものである。
本発明に係る第2の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1の態様において、同一培養容器の複数の塗布対象位置に対して前記第1塗布工程と前記第2塗布工程の塗布動作を実行した後、前記培地形成工程を実行してもよい。
本発明に係る第3の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1の態様において、同一培養容器のそれぞれの塗布対象位置に対して前記第1塗布工程と前記第2塗布工程の塗布動作を実行した後、当該塗布対象位置に対して前記培地形成工程を実行してもよい。
本発明に係る第4の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1の態様において、同一培養容器の複数の塗布対象位置に対する前記第1塗布工程の塗布動作が実行された後、当該同一培養容器の複数の塗布対象位置に対する前記第2塗布工程の塗布動作を実行し、その後当該同一培養容器の複数の塗布対象位置に対して前記培地形成工程を実行してもよい。
本発明に係る第5の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第4の態様のいずれかにおいて、同一培養容器の複数の塗布対象位置に対して、同じ種類の細胞を含む細胞組織を作製してもよい。
本発明に係る第6の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第4の態様のいずれかにおいて、同一培養容器の複数の塗布対象位置に対して、種類の異なる細胞を含む細胞組織を作製してもよい。
本発明に係る第7の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第6の態様のいずれかにおいて、前記第1の塗布液を塗布対象物に塗布する第1塗布工程が塗布針を用いた接触塗布により実行されてもよい。
本発明に係る第8の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第7の態様のいずれかにおいて、前記第2の塗布液を前記第1の塗布液に重ねて塗布する第2塗布工程がインクジェット方式、またはディスペンサ方式が用いられてもよい。
本発明に係る第9の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第8の態様のいずれかにおいて、細胞組織形成時に2液式のゲル化溶液を塗布液として用いてもよい。
本発明に係る第10の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第9の態様のいずれかにおいて、前記第2塗布工程が第1の塗布液の流動状態を維持しつつ、前記第1の塗布液と前記第2の塗布液との界面をゲル化してもよい。
本発明に係る第11の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第10の態様のいずれかにおいて、前記第1の塗布液が細胞およびゲル化開始剤を含み、前記第2の塗布液がゲル化剤を含むものでもよい。
本発明に係る第12の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第11の態様のいずれかにおいて、前記第1の塗布液を含む前記第2の塗布液が浸漬する培地となるように前記第3の塗布液が同一培養容器の複数の塗布対象位置に塗布されてもよい。
本発明に係る第13の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第12の態様のいずれかにおいて、前記第1の塗布液が増粘多糖類を含むものでもよい。
本発明に係る第14の態様の細胞組織作製方法は、前記の第1から第12の態様のいずれかにおいて、前記第2の塗布液が増粘多糖類を含むものでもよい。
本発明に係る第15の態様の細胞組織作製方法は、前記の第11の態様において、前記ゲル化開始剤がトロンビンでもよい。
本発明に係る第16の態様の細胞組織作製方法は、前記の第11の態様において、前記ゲル化剤がフィブリノゲン、コラーゲン、ゼラチンまたはそれらの2種以上の混合物であってもよい。
本発明に係る第17の態様の細胞組織作製方法は、前記の第13または第14の態様において、増粘多糖類が、ヒアルロン酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウムまたはそれらの混合物であってもよい。
本発明に係る第18の態様の細胞組織作製方法は、前記の第5または第6の態様において、細胞が心筋細胞であってもよい。
本発明に係る第19の態様の培養容器は、同一容器内に複数の細胞組織を含むものである。
本発明に係る第20の態様の培養容器は、前記の第19の態様において、同一容器内に同じ種類の複数の細胞組織を含むものでもよい。
本発明に係る第21の態様の培養容器は、前記の第19の態様において、同一容器内に種類の異なる複数の細胞組織を含むものでもよい。
本発明に係る第22の態様の培養容器は、前記の第19から第21の態様のいずれかにおいて、同一容器内に複数の細胞組織を含み、該容器を複数有する
本発明に係る細胞組織作製方法においては、後述する実施形態において具体的な例示を用いて説明するように、塗布針の先端に付着させた数pL(ピコリットル)の微少な液滴を一回当たり極短時間で、例えば0.1秒で対象物の所定位置に高精度に塗布できる微細塗布装置を用いて、安全性および再現性が高く、自動化が可能であり、短時間で大量の信頼性の高い細胞組織(細胞集合体)の作製するものである。
本発明においては、高速の微細塗布装置を用いることにより従来のプリンタでは対応することができなかった高粘性を有する材料、例えば細胞とゲル化剤を含む高粘度溶液であっても、短時間で所定位置に確実に塗布して、複数の細胞組織(細胞集合体)を高精度に製造することが可能となる。この結果、本発明によれば、所望の細胞を二次元的および三次元的に任意に配置制御することが可能となり、様々な細胞組織を自動化して無菌状態で多量に製造することが可能となる。従って、本発明に係る細胞組織作製方法は、安全性および再現性が高く、信頼性を有する細胞組織を自動化により大量に製造することが可能となる。
次に、添付の図面を参照して本発明に係る細胞組織作製方法、および該作製方法により作成された細胞組織について実施形態を用いて説明する。なお、本発明に係る細胞組織作製方法は、以下に説明する実施形態の微細塗布装置を用いる構成に限定されるものではなく、微細塗布装置において実行される細胞塗布動作(細胞塗布方法)と同等の技術的思想による細胞塗布動作(細胞塗布方法)により達成されるものである。
(実施形態1)
以下、本発明に係る細胞組織作製方法、および該作製方法により作成された細胞組織に関する具体的な実施形態1について添付の図面を参照して説明する。図1は、実施形態1において用いる微細塗布装置1を示す全体図である。図1に示すように、微細塗布装置1は、塗布装置本体2と、この塗布装置本体2に対する設定、制御、および表示を行う表示・制御部3とを備える。実施形態1における微細塗布装置1の表示・制御部3としては、所謂パーソナルコンピュータ(PC)で構成される。
微細塗布装置1の塗布装置本体2は、本体ベース12において水平方向に移動可能なXYテーブル4と、XYテーブル4に対して上下方向(鉛直方向)に移動可能なZテーブル5と、Zテーブル5と同様に上下方向に移動可能な駆動機構に固定された塗布ユニット6と、XYテーブル4上の塗布対象物を観察するための光学検出部(例えば、CCDカメラ)7と、を備えている。XYテーブル4上には、細胞含有溶液である塗布液10が塗布されて、複数の細胞組織が形成される基板等が載置されて固定される。
上記のように構成された微細塗布装置1における塗布ユニット6は、XYテーブル4上の基板等の上に複数の細胞組織を整列して形成する細胞塗布動作を行うよう構成されている。以下、塗布ユニット6の構成および塗布ユニット6による細胞塗布動作について説明する。
[塗布ユニットの構成]
図2は、塗布ユニット6に装着される塗布針保持部13を示す図である。塗布針保持部13には、塗布針9が突設されている。図3は、塗布針9の先端部分を示す図である。本実施形態の塗布針9においては、円錐状に形成された先端部分の先端9aが、XYテーブル4の水平面に対向するように平面(フラット)に形成されている(図3の(a)参照)。即ち、先端9aの平面は鉛直方向に直交する平面である。先端9aの直径dは、後述するように、作製される細胞組織の形状に大きく寄与する。実施形態1においては、塗布針9の先端9aの直径dとして、50~330μmを用いた。実施形態1においては、図3の(a)に示すように、塗布針9の先端部分が円錐状に形成されており、先端9aが水平面であるため、先端9aを水平面に研磨することにより先端9aの直径dを、例えば50~330μmの範囲の所望の値に容易に形成することが可能である。
なお、実施形態1においては、塗布針9の先端9aを水平な平面で構成した例で説明するが(図3の(a)参照)、この先端9aの面形状を所定直径、例えば30μm以下の直径を有する凹面(半球面)に形成し、この凹面に細胞が保持され得るように細胞塗布動作を行う構成としてもよい(図3の(b)参照)。このように塗布針9の先端9aを凹面に形成することにより、塗布針9による細胞塗布動作により、所望の細胞密度や、細胞配列を有する細胞組織を作製することが可能な構成となる。また、図3の(c)に示すように、塗布針9の先端9aに段差を有する突起9bを設けた構成としてもよい。このような突起9bを有する構成とすることにより、例えば、基板上に連続的に複数回塗布し、一回の細胞塗布動作毎に針先を所定距離だけ上昇させていくことにより、例えば0.5μm上昇させていくことにより、基板上に上方に延びた細胞組織を作製することが可能となる。
図4は、塗布ユニット6における細胞塗布動作を模式的に示す図である。図4に示すように、塗布ユニット6は、細胞含有溶液である塗布液10を所定量貯留する塗布液溜り8aが形成された塗布液容器8と、塗布液溜り8aを貫通する塗布針9を備えた塗布針保持部13と、を有する。塗布針保持部13は、塗布針9を上下方向(鉛直方向)に摺動可能に保持するスライド機構部16を備える。塗布針保持部13は、駆動機構部17の所定位置において脱着可能に設けられており、例えば駆動機構部17に対してマグネットの磁力により脱着可能な構成としてもよい。
塗布針保持部13は、塗布装置本体2における駆動機構部17に上記のように固定されており、上下方向(鉛直方向)に所定間隔を高速度で往復移動するよう構成されている。このような駆動機構部17の駆動制御や、YXテーブル4およびZテーブル5の駆動制御の設定等は、表示・制御部3において行われる。塗布針保持部13に設けたスライド機構部16は、塗布針9を上下に往復可能に保持している。スライド機構部16は、塗布針9の先端9aの保持する塗布液10が塗布対象物に接触した後に上昇する往復動作を行うように構成されている。なお、スライド機構部16は、塗布針9の先端9aが下降して、例えば基板11に当接したときには、その当接位置から上昇するように、塗布針9がスライド機構部16を鉛直方向に摺動する構成を有している。
上記のように、実施形態1の塗布ユニット6におけるスライド機構部16は、塗布針9の先端9aの保持する塗布液10が塗布対象物に対して接触塗布する構成である。塗布針9の先端9aは、塗布対象物に接触した位置で折り返して上昇する往復動作を行っている。なお、このときの塗布針9の上下方向の往復動作は高速であり、例えば1往復が、好ましくは0.5秒以下、さらに好ましくは0.1秒以下に設定される。
上記のように、塗布ユニット6における塗布針保持部13は、塗布針9を保持して上下に摺動可能なスライド機構部16を備えており、上下方向に移動する駆動機構部17に対しては脱着可能に固定されている。また、塗布針保持部13は、塗布針9が細胞含有溶液である塗布液10を貯留する塗布液溜り8aを上下方向(鉛直方向)に移動して貫通可能に構成されている。塗布液容器8の上部および下部には塗布針9が貫通する孔(上部孔14a、下部孔14b)が形成されている。
[細胞塗布動作]
次に、図4に模式的に示した、塗布ユニット6における細胞塗布動作について説明する。図4に示した細胞塗布動作においては、塗布針9が塗布液容器8の塗布液溜り8aを通り抜けて、塗布対象物である基板11に接触し、基板11上に細胞を含む塗布液10が塗布されて、液滴スポットが形成される。この細胞塗布動作が所定回数繰り返されて、塗布液10が複数回塗布されることにより、基板11上に所望の細胞組織が作製される。
図4における(a)は、細胞塗布動作における待機状態を示している。この待機状態においては、塗布針9が上部孔14aから挿入されており、塗布針9の先端9aが塗布液溜り8aの塗布液10に浸漬している。このように待機状態(待機工程)においては、塗布針9の先端9aが塗布液10に浸漬して、先端9aに付着する塗布液10が乾燥しない構成である。このとき、塗布液容器8の下部孔14bの直径は微細(例えば、1mm以下)であるため、塗布液10が塗布液溜り8aから漏洩することはない。
図4における(b)は、塗布針9の先端9aが塗布液容器8の下部孔14bから突出して、先端9aが塗布液溜り8aから基板11に向かって下降している状態(下降工程)を示している。即ち、図4の(b)は、塗布針9の先端9aが塗布液容器8の塗布液溜り8aを貫通して突出する下降状態を示している。この下降状態においては、塗布針9には塗布液10が付着しているが、付着している塗布液10の表面張力により、塗布針9の先端9aには一定量の塗布液10が保持されている。
図4における(c)は、塗布針9の先端9aの保持する塗布液10が基板11の表面に接触して、塗布液10が基板11の表面上に塗布された状態(塗布工程)を示している。このとき塗布される塗布液10の液滴スポットは、塗布針9の先端9aに保持された一定量の塗布液10に対応する。実施形態1においては、塗布針9の先端9aの保持する塗布液10が塗布対象物に接触して塗布(接触塗布)する構成であるが、塗布針9の先端9aが基板11の表面に接触(当接)した場合でも、その接触瞬間の衝撃荷重を約0.06N以下となるように構成されている。実施形態1においては、前述のように、塗布針9がスライド機構部16により鉛直方向の衝撃を吸収するように摺動可能に保持されているため、当接時における衝撃荷重は極めて小さな値となっている。
図4における(d)は、塗布針9が基板11の表面上に塗布液10を塗布した直後の状態を示しており、塗布針9が上昇している状態を示している。この上昇状態の後、塗布針9の先端9aが塗布液溜り8aの塗布液10に浸漬する待機状態へ移行する(収容工程)。
上記のように、図4に示す(a)→(b)→(c)→(d)→(a)の動作が1サイクルの細胞塗布動作である。実施形態1においては、1サイクルの細胞塗布動作を0.1秒で行っており、短時間で細胞塗布動作が実行されている。なお、実施形態1では細胞塗布動作を所定回数(例えば、10サイクル)繰り返すことにより、所望の細胞組織が作製される。
本発明に係る実施形態1における微細塗布装置1の細胞塗布動作では、塗布針9の先端に付着した極微量な塗布液10を塗布対象物に接触させることにより、数pL(ピコリットル)の塗布量の液滴スポットを高い配置精度、例えば±15μm以下、好ましくは±3μm以下の配置精度で塗布し形成することができる。また、塗布液10の粘度としては、1×105mPa・s以下の材料を塗布することが可能であり、高粘度の細胞分散液の塗布が可能となる。実施形態1における微細塗布装置1の細胞塗布動作おいては、インクジェットプリンタ等のノズルを用いたプリンタでは目詰まり等の問題を有するため使用できなかった粘度10mPa・s以上、1×105mPa・s以下の材料を塗布材料として使用することが可能となる。また、塗布針9の先端に付着した極微量な塗布液10を塗布対象物に接触させて塗布するため、塗布針9の鉛直方向位置のバラツキに影響されることなく、塗布液10を所望の塗布量で安定して繰り返し塗布することができる。このように、実施形態1においては、高粘度の細胞分散液を基板11等の表面における所定の位置に精密塗布することができるため、任意のパターニングを有する細胞を立体的に造形した細胞組織を作製することができる。このため、本発明に係る細胞組織作製方法は、作製された細胞組織が、薬剤の薬効、安全性の評価のスクリーニング等の創薬研究および再生医療の分野において利用されて、各分野における進展に効果を奏するものである。
(実験例1)
前述の実施形態1において説明した微細塗布装置1を用いて、濃度および粘性が異なる塗布液10による塗布実験1を行った。この塗布実験1においては、5%、10%、および20%のゼラチンPBS(リン酸緩衝液)溶液の3種類の塗布液10を用いて液滴スポットの形状の確認を行った。
塗布ユニット6における塗布液容器8を3個用意して、リン酸緩衝液(PBS)にゼラチンを5、10、20重量体積パーセント(%w/v)で溶解した3種類のゼラチンPBS溶液を塗布液10として準備した。なお、この塗布実験1において用いた塗布液10には細胞は含まれていない。
塗布実験1において、それぞれの塗布液容器8に対して、5%、10%、20%のゼラチンPBS溶液を20μL充填した。塗布ユニット6における塗布針9としては先端9a(平面形状)の直径dが100μmを用いた。この塗布実験1においては、XYテーブル4に固定されたスライドガラス上に5×5スポット(spot)を150μm間隔で塗布液10を点接触して塗布した。スライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを位相差顕微鏡により観察した。
図5は、塗布実験1において位相差顕微鏡により観察した液滴スポットの画像を示す図である。図5における(a)は、塗布液10として5%のゼラチンPBS溶液(粘度3mPa・s)を先端9aの直径d(先端直径)が100μmの塗布針9を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。図5における(b)は、塗布液10として10%のゼラチンPBS溶液(粘度30mPa・s)を塗布針9(先端直径100μm)を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。また、図5における(c)は、塗布液10として20%のゼラチンPBS溶液(粘度220mPa・s)を塗布針9(先端直径100μm)を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。
図5における(a)、(b)、および(c)から明らかなように、微細塗布装置1の塗布ユニット6を用いることにより、濃度および粘性が異なる塗布液10であっても形成された液滴スポットは同様の形状を有していた(5%ゼラチン液滴スポット直径136±3μm、10%ゼラチン液滴スポット直径147±1μm、20%ゼラチン液滴スポット直径151±1μm)。即ち、塗布実験1においては、ゼラチン濃度および粘性に大きく依存せず、常に安定した液滴スポットを確認することができた。発明者らの実験によれば、液滴スポット径は、塗布針9の先端直径に対して1.3~1.6倍の範囲内であり、少なくとも2倍以上の大きな液滴となることはなかった。別の実験例においては、塗布試験を行なっている塗布液として、更に高粘度化したものを用いており、塗布針9の先端9aの直径に対して、1.0~1.2倍程度の範囲内で塗布している。また、更に別の実験例においては、ウェル中で細胞組織が重複しない範囲内において、塗布針9の先端9aの直径に対して、2倍以上の大きな液滴となるような、低粘度の塗布液を用いて塗布試験を行っている。
(実験例2)
前述の実施形態において説明した微細塗布装置1を用いて、先端9aの直径(先端直径)が異なる塗布針9による塗布実験2を行った。この塗布実験2においては、塗布液10として5%のゼラチンPBS溶液を用いて、形成された液滴スポットの形状を確認した。この塗布実験2において用いた塗布液10には細胞は含まれていない。
塗布実験2においては、先端直径が、50μm、100μm、150μmの3種類の塗布針9を用いた。塗布実験2においては、XYテーブル4に固定されたスライドガラス上に5×5スポットを150μm間隔で塗布液10を点接触して塗布した。スライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを位相差顕微鏡により観察した。
図6は、塗布実験2において位相差顕微鏡により観察した液滴スポットの画像を示す図である。図6における(a)は、5%のゼラチンPBS溶液の塗布液10を先端直径が50μmの塗布針9を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。図6における(b)は、5%のゼラチンPBS溶液の塗布液10を先端直径が100μmの塗布針9を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。図6における(c)は、5%のゼラチンPBS溶液の塗布液10を先端直径が150μmの塗布針9を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。
図6における(a)、(b)、および(c)に示すように、形成された液滴スポットは、塗布針10の直径(50μm、100μm、150μm)に略比例した液滴スポット径を有することが確認できた(50μm塗布針:液滴スポット直径75±2μm、100μm塗布針:液滴スポット直径137±3μm、150μm塗布針:液滴スポット直径219±5μm)。
(実験例3)
塗布実験3においては、正常ヒト皮膚繊維芽細胞(NHDF)を2×107cells/mLの濃度で10%ゼラチンPBS溶液に分散させた塗布液10を用いた。塗布実験3においては、微細塗布装置1を用いて、先端直径(先端直径)が100μm、150μm、200μmの3種類の塗布針9をスライドガラス上に点接触させて塗布液10を塗布した。スライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットの形状を位相差顕微鏡により観察した。
図7は、塗布実験3における位相差顕微鏡により観察した液滴スポットの画像を示す図である。図7における(a)は、NHDFが分散された10%ゼラチンPBS溶液を先端直径が100μmの塗布針9を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。図7における(b)は、NHDFが分散された10%ゼラチンPBS溶液を先端直径が150μmの塗布針9を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。図7における(c)は、NHDFが分散された10%ゼラチンPBS溶液を先端直径が200μmの塗布針9を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。
塗布実験3によれば、100μmの先端直径の塗布針9を用いた場合には、1つの液滴スポットにおいて0~3個の塗布細胞が確認された。先端直径が150μmの塗布針9を用いた場合には、1つの液滴スポットにおいて2~6個の塗布細胞が確認された。また、先端直径が200μmの塗布針9を用いて形成された1つの液滴スポットにおいては、約10個までの個数の塗布細胞を確認することができた。従って、塗布針9の先端直径を決定することにより、液滴スポットにおける塗布細胞の個数を1~10個程度までの範囲で制御することが可能であることが確認された。
(実験例4)
塗布実験4においては、前述の塗布実験3における正常ヒト皮膚繊維芽細胞(NHDF)に換えて、肝がん細胞株(HepG2)を用いて同様の実験を行った。塗布実験4においては、HepG2を5×107cells/mLの濃度で10%ゼラチンPBS溶液に分散させた塗布液10を用いた。
図8は、HepG2が分散された10%ゼラチンPBS溶液を先端直径が100μmの塗布針9を用いてスライドガラス上に塗布して形成された液滴スポットを示す画像である。塗布実験4においても、液滴スポット中に所定量の細胞が存在しており、細胞の種類によらず安定的な塗布が可能であることが確認された。以下に説明する塗布実験5においては、塗布針9の先端直径と、形成された液滴スポットに含まれる塗布細胞数との関連性について検証した。
(実験例5)
塗布実験5においては、iPS細胞由来心筋細胞(iPS-CM)を4×107cells/mLの濃度でPBS溶液に分散させた塗布液10を用いて、先端直径が50μm、100μm、150μm、200μm、330μmのそれぞれの塗布針9により液滴スポットを形成した。塗布実験5においては、塗布針9の先端直径と、形成された液滴スポットに含まれる塗布細胞数との関連性について検証した。
塗布実験5においては、上記の塗布液10をスライドガラス上に1回塗布し、塗布後の細胞数を蛍光顕微鏡(細胞は塗布前に蛍光色素のDAPIで核染色されたものを使用)および位相差顕微鏡観察により算出した。この塗布実験5において、先端直径が50μm、100μm、150μm、200μm、330μmの各塗布針9により形成された液滴スポットに関して、20点以上について計測し、その平均値を求めた。
図9は、塗布実験5の実験結果を示すグラフである。図9において、縦軸が塗布細胞数[cells/spot]を示し、横軸が塗布針9の先端直径[μm]を示す。図9に示すように、iPS-CMを4×107cells/mLの濃度でPBS溶液に分散させた場合には、先端直径が50μmの塗布針9で塗布したとき液滴スポットには平均1.1個の塗布細胞が存在した。先端直径が100μmの塗布針9による液滴スポットには平均4.0個の塗布細胞が存在し、先端直径が150μmの塗布針9による液滴スポットには平均4.5個の塗布細胞が存在し、先端直径が200μmの塗布針9による液滴スポットには平均19.1個の塗布細胞が存在し、そして先端直径が330μmの塗布針9による液滴スポットには平均85.3個の塗布細胞が存在していた。なお、図9において各塗布針9における塗布細胞数の標準偏差(正方向)をエラーバーで示している。
上記のように、使用する塗布針9の先端直径と、形成される液滴スポットに存在する塗布細胞の個数が関連性を有しており、塗布針9の先端直径が大きくなるに従って液滴スポットに存在する塗布細胞の個数が増加することが確認された。このため、塗布針9の先端直径を決定することにより、液滴スポットにおける塗布細胞の個数をある程度の範囲で制御可能であることを検証することができた。
(実験例6)
塗布実験6においては、微細塗布装置1を用いて細胞集合体20を製造した。塗布実験6においては、正常ヒト皮膚繊維芽細胞(NHDF)を2×107cells/mLの濃度で2.5%アルギン酸ナトリウムPBS溶液に分散した塗布液10を用いた。この塗布液10を塗布ユニット6の塗布液容器8に充填して微細塗布装置1により細胞塗布動作を行った。
塗布実験6においては、アルギン酸ナトリウムを含む細胞分散液を先端直径が100μmであり、先端9aに段差を有する突起9bを持つ塗布針9(図3の(c)参照)を用いて、スライドガラス上に1600回連続的に塗布した。このとき、一回の細胞塗布動作毎に針先を0.5μm上昇させることにより、細胞集合体20を製造した。その結果、直径50μm、高さ500μmの細胞集合体20が製造された。図10は、塗布実験6において製造した細胞集合体20を示す画像である。
上記のように、基板11における塗布すべき一定位置(一定点)に対して、細胞塗布動作における塗布工程時の塗布針9の先端9aの停止位置(折り返し位置)を、1サイクル毎に上昇(例えば、0.5μm)させて、複数サイクルの細胞塗布動作を繰り返すことにより、所望形状の細胞集合体20の作成が可能であることが確認できた。
(実験例7)
塗布実験7においては、微細塗布装置1を用いて塗布した形成された液滴スポットにおける塗布細胞の生存率を確認した。塗布実験7においては、正常ヒト皮膚繊維芽細胞(NHDF)を8×107cells/mLの濃度でPBS溶液に分散させた塗布液10を用いた。また、塗布実験7においては、先端直径が330μmの塗布針9によりスライドガラス上に40回連続的に塗布液10を塗布し、塗布後の細胞15の生存率を生細胞/死細胞(Live/Dead)蛍光染色法(死細胞が赤色染色)により評価した。図11は、塗布実験7における生細胞/死細胞(Live/Dead)蛍光染色像を示した図である。
図11において、(a)が塗布前の塗布液10における細胞15の生細胞/死細胞(Live/Dead)蛍光染色像を示しており、(b)が塗布後の液滴スポットにおける細胞15の生細胞/死細胞(Live/Dead)蛍光染色像を示している。なお、塗布実験7における生細胞/死細胞(Live/Dead)蛍光染色像では、生細胞が緑色であり、死細胞が赤色に染色された画像であるが、図11の生細胞/死細胞(Live/Dead)蛍光染色像を示す図においては、生細胞を○で示し、死細胞を●で示した。
塗布実験7において細胞15の生存率を確認した結果、塗布前の細胞生存率が96%に対して、塗布後においても91%の高い細胞生存率を示していた。この確認結果により、微細塗布装置1を用いた細胞塗布動作においては、直接的に細胞15にダメージを与えることが殆どないことが明らかとなった。なお、塗布前の細胞生存率が96%から塗布後の細胞生存率が91%に僅かに低下しているが、この低下は時間経過に伴う通常の低下であり、他の要因である。
(実験例8)
塗布実験8においては、微細塗布装置1を用いて、セルディスク上へiPS細胞由来心筋細胞(iPS-CM)の細胞組織を構築し、その細胞組織における心筋組織体の拍動挙動を評価した。
塗布実験8においては、iPS-CMを4×107cells/mLの濃度で20mg/mLのフィブリノゲン溶液に分散させた塗布液10(第1の塗布液)を用いた。塗布実験8においては、先端直径が330μmの塗布針9によりセルディスク上に10回連続的に塗布し、その後800unit/mL(8.3mg/mL)のトロンビン溶液(第2の塗布液)に浸漬することにより、ゲル化による組織固定を行った。フィブリノゲンがトロンビンの作用によりフィブリン(血液凝固に関わる蛋白質)が形成され、そのゲル化反応を利用することで、組織を基板に固定化した。
その後、培地に浸して6日間培養を行い、経時的な拍動挙動を位相差顕微鏡により観察した。その結果、塗布直後は、直径約300μmの心筋組織が形成されており、6日間培養後においても等間隔の心筋組織の構造を確認することができた。
図12は、塗布実験8において製造された心筋組織の塗布直後(0日間培養)の状態を示す画像である。図13は、図12に示した心筋組織を6日間培養したときの状態を示す画像である。図14は、5日間培養した心筋組織の1つを拡大して示した画像である。図13および図14に示すように、心筋組織の構造が確認され、細胞組織が確実に構築されていることが確認できた。
製造された心筋組織においては、心筋細胞が2日間培養後から拍動を開始し、6日間培養後では6個のサンプル数において1分間あたり平均82回の拍動が観察され、6個のサンプル数における標準偏差が15であった。
また、高速度カメラで撮影した拍動動画の解析により、一定周期の収縮・弛緩速度が得られた。図15は、図14に示した5日間培養した心筋組織(細胞組織)における拍動動画の解析により得られた収縮・弛緩速度を示すグラフである。図15において、縦軸が心筋組織の収縮・弛緩する移動速度[μm/s]であり、横軸が時間[s]である。
図15に示すように、心筋組織(細胞組織)においては一定の拍動を示し、一定周期の収縮・弛緩速度が確認された。このときの拍動数は78回/minであり、平均収縮速度は8.7μm/sであり、平均弛緩速度4.6μm/sであった。
上記の塗布実験8において得られた心筋組織を96ウェルプレート等の各ウェルに製造することにより、ロボットを用いて無菌状態で自動評価するハイスループット化が可能な心毒性評価キットを製造することが可能である。
本発明で使用できる細胞は、特に限定されるものではないが、例えば、線維芽細胞、血管内皮細胞、表皮細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、消化管細胞、神経細胞、肝細胞、腎細胞、膵細胞等の各種初代細胞、ES細胞およびiPS細胞等の幹細胞由来の分化細胞、並びに各種がん細胞等が使用できる。細胞としては、未修飾の細胞、またはタンパク質、糖鎖、核酸等で修飾された細胞、例えばフィブロネクチン、ゼラチン、コラーゲン、ラミニン、エラスチン等の既に知られているコーティング剤、コーティング方法でコーティングされた細胞を用いることができる。
なお、細胞含有溶液には、内包した細胞が安定して接着・増殖できる環境を与えるために、フィブロネクチン、ゼラチン、コラーゲン、ラミニン、エラスチン、マトリゲル等の細胞外マトリックス成分、線維芽細胞増殖因子や血小板由来成長因子等の細胞増殖因子、その他、血管内皮細胞やリンパ管内皮細胞、各種幹細胞等の添加剤を含ませてもよい。また、ゲル化剤としてフィブリノゲンやアルギン酸、感熱応答性高分子等を含ませてもよい。
前述の実施形態1および各実験例を用いて説明したように、本発明は、細胞組織を作製する新たな作製方法を提供するものである。従来のノズルを用いたプリンタを用いて作製する場合と比較して、塗布針を用いてその先端表面に付着した溶液を塗布する構成であるため、溶液が目詰まりすることが抑制され、細胞組織の解像度および形成速度が向上し、より少ないサンプル量(試料)で信頼性の高い細胞組織を確実に作製することができる。また、従来のプリンタを用いた場合に比較して、高粘度の細胞分散液を対象物に対して塗布して、細胞組織を作製しているため、塗布後の細胞分散液における蒸発を抑えることができ、高い細胞生存率を維持することができる。
本発明における微細塗布装置においては、針(塗布針)の先端に付着した極微量な塗布液を塗布対象物に接触させることにより、数pL(ピコリットル)の塗布量となる液滴を高い配置精度、例えば±15μm以下、好ましくは±3μm以下の配置精度で塗布することができる。また、塗布液の粘度としては、1×105mPa・sまでの材料を塗布することが可能であり、高粘度の細胞分散液の塗布が可能となる。このように、本発明によれば、高粘度の細胞分散液を対象物(基板等)に対して所定の位置に精密塗布することが可能となり、任意のパターニングを有し、細胞を立体的に造形した細胞組織を作製することができる。この結果、作製された細胞組織は、薬剤の薬効、安全性の評価のスクリーニング等の創薬研究および再生医療の分野において利用できる。
(実施形態2)
以下、本発明に係る細胞組織作製方法、および該作製方法により作成された細胞組織に関する実施形態2について説明する。なお、実施形態2の説明において、前述の実施形態1と同様の作用、構成、および機能を有する要素には同じ参照符号を付し、重複する記載を避けるため説明を省略する場合がある。
実施の形態1において説明したように、塗布針9の先端9aの直径dとしては、50~330μmを用いることが可能であり、実験例2において説明したように、形成された液滴スポットは、塗布針10の直径に略比例した液滴スポット径を有する。このように実施の形態1の細胞組織作製方法を用いることにより、極小の液滴スポットを形成することが可能である。細胞組織のために効率的に培養を行うためには、多数のウェル(有底穴)を有する培養容器が一般的に使用される。このような培養容器を用いる従来の細胞組織作製方法においては、1つのウェル(有底穴)に1つの細胞組織を作製し、評価していた。しかしながら、実施の形態1における微細塗布装置1を用いることにより、微細な液滴スポットを形成することができるため、1つのウェル(有底穴)に複数の細胞組織を作製することが可能となる。
図16は、複数のウェル(例えば、96ウェルプレート)を有する培養容器における1つのウェルwを示しており、細胞組織cを直径が6.5mmの平底のウェルwに細胞組織cを作製した状態を模式的に示した図である。図16の(a)は、1つのウェルwの全体に細胞組織cが作製された状態を示しており、従来の細胞組織作製方法により作製された状態である。図16の(b)は、実施の形態1の細胞組織作製方法を用いて、1つのウェルwに1つの細胞組織cを作製した状態を示している。図16の(c)は、実施の形態1の細胞組織作製方法を用いて、1つのウェルwに複数(6つ)の細胞組織cを作製した状態を示している。図16に示すように作製されたそれぞれの細胞組織cは培地に浸されて培養される。
図16の(c)に示すように、実施の形態1の細胞組織作製方法を用いることにより、例えば直径が6.5mmの平底のウェルwに6つの細胞組織cを作製することが可能となる。1つのウェルwに作製できる細胞組織の数は、ウェルwの大きさ、細胞組織の大きさにより異なる。
図17は、形状の異なるウェルwに細胞組織cを作製した例を模式的に示す平面図である。図17において、(a)は、96ウェルプレートにおいて、直径6.45mmの1つのウェルwに円周上に8つの細胞組織cを作製し、その中央に1つの細胞組織cを作製することができることを示している。図17の(a)に示す細胞組織cの直径は約1.0mmである。図17の(b)は、384ウェルプレートにおいて、3.24mm×3.24mmの正方形の平底のウェルwに約1.0mm径の細胞組織cを4つ作製した場合の配置例である。図17の(c)は、384ウェルプレートにおいて、3.24mm×3.24mmの正方形の平底のウェルwに約0.1mm径の細胞組織cを81(9×9)個を作製した場合の配置例である。図17に示したそれぞれの細胞組織cの配置例において、ウェルwの内壁面から細胞組織cまでの距離が250μmである。
上記のように、実施の形態1の細胞組織作製方法を用いることにより、小さいウェルwの内部に複数の細胞組織cを作製することが可能となる。実施の形態1の細胞組織作製方法によれば、771.4個/cm2の配置密度で細胞組織cを作製することが可能であった。
上記のように、小さいウェルwの1つに複数の細胞組織cを作製することにより、1つのウェルwで複数のサンプル数に対する評価を行うことが可能となる。また、画像および動画の解析において、一回の撮影にて複数のサンプルを撮影することが可能となるため、撮影時間が短縮され、引いては解析時間が短縮されることになる。例えば、培養容器として96ウェルwを用いた場合、従来の細胞組織作製方法では、1つのウェルw内に1サンプルの作製しかできないが、実施形態1の細胞組織作製方法では、例えば、1つのウェルw内に直径が約1.0mmの細胞組織cを9サンプル作製することが可能である。このため、実施の形態1の細胞組織作製方法によれば、96ウェルwの培養容器を用いて864個(96×9)の細胞組織cのサンプルを作成することが可能となる。また、例えば、1つのウェルwに対する動画解析に20秒の撮影が必要とすると、従来の細胞組織作製方法では1つのウェルwに1つのサンプルであるため、9サンプルの動画撮影には180秒が必要となる。一方、実施形態1の細胞組織作製方法では、1つのウェルwの内部に9つのサンプルが作製されているため、動画撮影は20秒と大幅に短縮されることになる。
(実施形態3)
以下、本発明に係る実施形態3の細胞組織作製方法、および該作製方法により作成された細胞組織に関して添付の図面を参照して説明する。なお、実施形態3の説明において、前述の実施形態1、2と同様の作用、構成、および機能を有する要素には同じ参照符号を付し、重複する記載を避けるため説明を省略する場合がある。
本発明に係る実施形態3の細胞組織作製方法においては、前述の実施形態1において詳細に説明した微細塗布装置1を用いて、塗布針9の先端9aに付着した細胞を含む塗布液(第1の塗布液)を塗布する構成である。前述の実施形態1における実験例8では、iPS細胞由来心筋細胞(iPS-CM)をフィブリノゲン溶液に分散させた塗布液10(第1の塗布液)を微細塗布装置1により塗布し、その後トロンビン溶液(第2の塗布液)に浸漬することにより、ゲル化による組織固定を行った。
上記のように、塗布針9による接触塗布により、iPS細胞由来心筋細胞をフィブリノゲン溶液に分散させて塗布した後、トロンビン溶液に浸漬することでゲル化による組織固定をした。この作製方法においては、フィブリノゲンを心筋細胞を塗布する際のゲル化剤として用いるにあたり、1液目としての第1の塗布液に心筋細胞とフィブリノゲンを分散させて塗布し、2液目としての第2の塗布液にゲル化開始剤として第1の塗布液を覆うようにトロンビンを添加することで塗布動作を行っている。しかしながら、塗布工程を実行する前に、第1の塗布液の内部の心筋細胞とフィブリノゲンの溶液において、意図しないゲル化が発生する現象が確認された。そのため、塗布液容器内部でゲル化した心筋細胞が塗布液容器内部に残り、塗布液容器内部の全ての塗布液を塗布できない場合が生じることがあった。
実施形態3の細胞組織作製方法は、塗布工程を実行する前の塗布液容器内部でゲル化の発生を防止するものである。実施形態3の細胞組織作製方法においては、細胞組織形成時に2液式のゲル化溶液を塗布液として用いている。
実施形態3においては、細胞とゲル化開始剤を含む第1の塗布液を塗布対象物に塗布する第1塗布工程、および
第1塗布工程で塗布された第1の塗布液に、ゲル化剤を含む第2の塗布液を重ねて塗布しゲル化反応を開始させる第2塗布工程、を含む細胞組織作製方法に関する。
また、実施形態3においては、細胞とゲル化開始剤を含む第1の塗布液を含む第1の容器、およびゲル化剤を含む第2の塗布液を含む第2の容器を含む、細胞組織作製セットに関する。
まず、本発明に係る実施形態3の細胞組織作製方法における、
細胞とゲル化開始剤を含む第1の塗布液を塗布対象物に塗布する第1塗布工程、および
前記第1塗布工程で塗布された第1の塗布液に、ゲル化剤を含む第2の塗布液を重ねて塗布しゲル化反応を開始させる第2塗布工程について説明する。
第1塗布工程
本発明の方法が適用できる細胞は、特に限定されるものではないが、iPS細胞由来の心筋細胞、正常ヒト心臓線維芽細胞、正常ヒト線維芽細胞、ヒト血管内皮細胞、HePG2細胞等の細胞である。2種以上混合して使用してもよい。本発明は、これらの中でも、iPS細胞由来の心筋細胞、正常ヒト線維芽細胞、HepG2細胞、特に、iPS細胞由来の心筋細胞に適用することが好ましい。iPS細胞由来の心筋細胞を使用する場合、より生体の心臓の形態に近づけ、正常ヒト心臓線維芽細胞から発される因子によりiPS細胞由来の心筋細胞を成熟化させる理由で、通常、正常ヒト心臓線維芽細胞と混合して使用される。細胞としては、未修飾の細胞、またはタンパク質、糖鎖、核酸等で修飾された細胞、例えばフィブロネクチン、ゼラチン、コラーゲン、ラミニン、エラスチン、マトリゲス等の既に知られているコーティング剤、コーティング方法でコーティングされた細胞を用いることができる。
第1の塗布液に含ませるゲル化開始剤としては、トロンビン、塩化カルシウム、アルコール類、例えば、エチルアルコール、グリセリン等)を使用すればよい。これらのゲル化開始剤は、通常、第2の塗布液に含ませるゲル化剤の種類に応じて使い分けられている。これらの使い分けは、当業者に公知であり、そのような公知の組合せで使用すればよい。例えば、ゲル化開始剤とゲル化剤の使用の組合せ(ゲル化開始剤:ゲル化剤)としては、トロンビン:フィブリノゲン(ゲル化開始剤:ゲル化剤)、塩化カルシウム:アルギン酸ナトリウム(ゲル化開始剤:ゲル化剤)、塩化カルシウム:カラギーナン(ゲル化開始剤:ゲル化剤)、アルコール類:タマリンドシードガム(ゲル化開始剤:ゲル化剤)等の組合せ使用が挙げられる。
細胞として、iPS細胞由来の心筋細胞を使用する場合は、トロンビン:フィブリノゲン(ゲル化開始剤:ゲル化剤)の組合せ使用が好ましい。
第1の塗布液は、上記細胞とゲル化開始剤が、水性溶液に含まれるものである。
水性溶液としては、水、各種の生理食塩水、例えば、リン酸緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水等を使用するようにすればよい。他にも、細胞培養液として使用される培地、例えばDulbecco’s Modified Eagle Medium等を使用することができる。これらの水溶液は、通常、細胞の種類に応じて使い分けられている。これらの使い分けは、当業者に公知であり、そのような公知の組合せで使用すればよい。例えば、iPS細胞由来の心筋細胞であれば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、Dulbecco’s Modified Eagle Medium、各社専用培地、特に、リン酸緩衝生理食塩水を使用することが好ましい。
上記水性液に含ませる細胞の量は、特に、限定されるものではないが、1x105個/mL~1x109個/mL、好ましくは、1x106個/mL~1x108個/mL、より好ましくは、1x107個/mL~1x108個/mL程度の濃度で含有させるようにすればよい。多すぎると、溶液の調整が困難であり、少なすぎると、塗布量によっては細胞が含まれないものとなる。
ゲル化開始剤の含有量は、特に限定されるものではなく、通常、ゲル化の速さを考慮し、適宜その含有量を設定するようにすればよい。その量が、少なすぎると、ゲル化の速さが遅くなり、1液目である第1の塗布液の保形性が低下する。例えば、トロンビンを用いる場合、その濃度は、1 unit/mL~1000 unit/mL、好ましくは10 unit/mL~1000 unit/mL、より好ましくは、100 unit/mL~800 unit/mL程度の濃度で含有させるようにすればよい。
第1の塗布液には、細胞が安定して接着・増殖できる環境を与えるために、フィブロネクチン、ゼラチン、コラーゲン、ラミニン、エラスチン、マトリゲル等の細胞外マトリックス成分、線維芽細胞増殖因子や血小板由来成長因子等の細胞増殖因子、その他、血管内皮細胞やリンパ管内皮細胞、各種幹細胞等の添加剤を含ませてもよい。
第1の塗布液には、添加剤としてさらに増粘剤を添加してもよい。増粘剤としては、増粘多糖類、例えば、ヒアルロン酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウムを使用することができる。
増粘剤は、第1の塗布液に保形性を付与するために含ませるものであり、特に、増粘多糖類は、保形性の高い三次元細胞組織の作成に効果がある。
増粘剤を含ませる場合、その量は、第1の塗布液の保形性、使用する塗布装置の可能な粘度範囲、コスト、取り扱い性等を考慮し適宜設定するようにすればよい。例えば、実施形態1の微細塗布装置1を用いた塗布方法では、1mPa・s~1×105mPa・s、好ましくは、3×103mPa・s~1×105mPa・s、より好ましくは、1×104mPa・s~5×104mPa・sの粘度になるように増粘剤を含ませるようにすればよい。その粘度が低すぎると第1の塗布液の保形性が低下する。なお、第1の塗布液の粘度は、回転粘度法により25℃で測定された値を用いている。
細胞外マトリックスは、細胞の成長を促し、細胞と細胞、あるいは細胞と基質の接着を促すために含ませるものである。細胞外マトリックスを含ませる場合、その量は特に制限はない。作製したい組織に合わせてその種類、濃度を指定するようにすればよい。
実施形態3における細胞組織作製方法の第1塗布工程においては、第1の塗布液を塗布対象物に塗布する。使用される塗布対象物は、特に限定されず、細胞増殖のために通常使用されている培養容器が用いられる。本発明で使用する「同一培養容器」としては、6から384のウェルを有するウェルプレート、ディッシュ、シャーレ、マイクロウェルプレート(登録商標、Thermo Fisher Scientific Inc.)等である。ここで用いる「培養容器」は、底面が平面または曲面で形成され、側面を有する凹状の容器である。また、「培養容器」としては底面と側面が連続した曲面で形成された半球面でもよい。なお、「多穴培養容器」は、複数の凹状の容器(凹部:培養容器)を有する一体物の培養容器である。
第1の塗布液の塗布方法は、実施形態1において説明した微細塗布装置1が用いられる。微細塗布装置1を用いた塗布方法は、前述したように、極微量な塗布液を付着させた塗布針9の先端9aを対象物(基板等)に接触させることにより、数pL(ピコリットル)から数100μL(マイクロリットル)の塗布量となる液滴を高い配置精度、例えば±15μm以下、好ましくは±3μm以下の配置精度で塗布することができる。また、第1の塗布液の粘度としては、1×105mPa・sまでの材料を塗布することが可能であり、高粘度の細胞分散液の塗布が可能となる。このように、微細塗布装置1を用いた塗布方法によれば、高粘度の細胞分散液を塗布対象物(基板等)に対して所定の位置に精密塗布することが可能である。特に、粘度として、3×103mPa・s程度以上の塗布液を使用することにより、塗布液を立体的に、詳しくは、立体的ドーム状に塗布することができ、次の第2塗布工程までの間にその立体的形状を保つことができる。本発明においてはこの特性を「保形性」という。
第1の塗布液の塗布量は、所望の量に応じて塗布方法の条件を適宜設定すればよい。微細塗布装置1を用いた塗布方法においては、塗布針9の先端9aの直径、塗布回数等により調整可能である。
より具体的には、塗布針による塗布方法は、
第1の塗布液を所定量貯留する塗布液溜りを有する塗布液容器と、
前記第1の塗布液が貯留された前記塗布液溜りを貫通可能な塗布針と、を含む塗布ユニットを備えた微細塗布装置を用い、
前記塗布液溜りに充填された前記第1の塗布液に前記塗布針の先端を浸漬させる待機工程、
前記塗布針の先端が前記塗布液溜りを貫通して、前記第1の塗布液が付着された前記塗布針の先端を下降させる下降工程、
前記第1の塗布液が付着された前記塗布針の先端を塗布対象物に接触させて、前記第1の塗布液を前記塗布対象物に塗布して液滴スポットを形成する塗布工程、および
前記塗布針の先端を上昇させて、前記塗布針の先端を前記塗布液溜りに収容する収容工程、を含んで実行される。
第2塗布工程
第2塗布工程において使用される第2の塗布液は、ゲル化剤が、水性溶液に含まれるものである。
第2の塗布液に含ませるゲル化剤としては、フィブリノゲン、アルギン酸ナトリウム等を使用すればよい。これらのゲル化剤は、通常、第1の塗布液に含ませるゲル化開始剤の種類に応じて使い分けられている。これらの使い分け、組み合わせは、前述の第1の塗布液において説明した。
第2の塗布液に含ませるゲル化剤として、ゲル化開始剤なしで硬化するゲル化剤を使用してもよい。このようなゲル化剤を使用する場合は、第1の塗布液にゲル化開始剤を含ませる必要はない。このようなゲル化剤として、コラーゲン、ゼラチン、寒天(アガロース)等が挙げられる。例えば、コラーゲンは加熱することによりゲル化し、ゼラチンは冷却することによりゲル化する。このようなゲル化剤を含有する第2の塗布液を使用した場合には、第2の塗布液を塗布した後、コラーゲンを含む場合は加熱操作を行い、ゼラチンを含む場合は冷却操作を行い、ゲル化反応させる必要がある。
第2の塗布液に含まれる水性溶液は、前述の第1の塗布液で使用する同様の水性溶液を使用することができ、第1の塗布液で使用されている同一の水性溶液でもよいし、異なる種類の水性溶液を使用してもよい。
上記の水性溶液に含ませるゲル化剤の量は、特に限定されるものではなく、ゲル化の速さ、ゲル化剤の濃度、ゲルの硬さ等を考慮し、適宜その含有量を設定するようにすればよい。少なすぎると、ゲル化の速さが遅くなる。例えば、フィブリノゲンを用いる場合、その濃度は0.1mg/mL~100mg/mL、好ましくは、1mg/mL~80mg/mL、より好ましくは、1mg/mL~30mg/mLの濃度になるようにすればよい。
第2の塗布液には、増粘剤等の成分(さらなる添加剤)が含まれてもよい。増粘剤は、塗布済の第1の塗布液の保形の観点から含ませるものであり、ヒアルロン酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム等を使用することができる。増粘剤を含ませる場合、その量は、塗布済の第1の塗布液の保形性、使用する微細塗布装置1の可能な粘度範囲、コスト、取り扱い性等を考慮し適宜設定するようにすればよい。第2の塗布液としては、例えば、塗布針9を用いた塗布方法では、5×102mPa・s~1×105mPa・s、好ましくは、5×102mPa・s~1×104mPa・s、より好ましくは、5×102mPa・s~5×104mPa・sの粘度になるように増粘剤を含ませるようにすればよい。その量が少なく、粘度が低すぎると、塗布済の第1の塗布液の保形性が保てなくなる。なお、第2の塗布液の粘度は、回転粘度法により25℃で測定された値を用いている。
第2の塗布液は、第1塗布工程で塗布された第1の塗布液に、第2の塗布液を重ねて塗布する。「重ねて」とは、第1塗布工程で塗布された第1の溶液の塗布対象物(基板等)を覆うように塗布することであり、第1の溶液の塗布対象物と接している面以外の面をも覆うようにという意味を含むものである。
上記のように、第2の塗布液を、第1の塗布液に重ねて塗布することにより、塗布された第1の溶液と第2の溶液との界面がゲル化する。この時、このゲル化した界面の下に存在する第1の塗布液の内部はゲル化せず、第1の溶液の溶液状態(粘度)を保っている。そのため、第1の塗布液の内部の細胞は、重力により沈降沈殿し、第1の塗布液の下部に凝集、堆積、積層する。
第1塗布工程終了から、第2塗布工程開始までの時間間隔は、できる限り短いことが望ましい。その、時間間隔が長すぎると、第1の塗布液が乾燥し、含有される細胞が死滅するという問題が生じる。
第2の塗布液の塗布量は、第1の塗布液の塗布量、ゲル化の速さ等を考慮して、第2の塗布液が第1の塗布液に重ねて塗布されるように適宜設定される。
第2の塗布液の塗布方法としては、実施形態1の微細塗布装置1を用いた塗布方法でもよいが、特に限定されるものではなく、例えば、手作業による塗布、例えば、注射器、スポイト等による液滴塗布、バイオプリンティング技術、例えば、インクジェット法、ディスペンサ法等を使用することができる。
第2の塗布液を塗布後、第1の塗布液と第2の塗布液の接触面(界面)のみがゲル化し、ゲル化した界面の下に存在する第1の塗布液の内部は硬化開始剤が液体として存在し、第1の塗布液の溶液状態(粘度)を保っており、時間の経過に従って、細胞が沈降沈殿し、第1の塗布液の下部に凝集、堆積、積層することにより、複雑な作製工程を介することなく高密度であり、かつ保形性の高い三次元細胞組織が作製される。
塗布直後の細胞組織の外周部である第1の塗布液と第2の塗布液の接触面がゲル化し、第1の塗布液の内部は液体の状態で保持されるため、細胞組織の乾燥も抑制できる。
細胞の培養は、第1塗布工程および第2塗布工程で塗布された塗布液を培地中に浸して行う。このとき、塗布対象物(基板)と共に培地に浸してもよい。培地としては、細胞との関係で、通常使用される培地を使用すればよく、例えば、細胞にiPS細胞由来心筋細胞を含む場合は、Dulbecco’s Modified Eagle Medium、各社市販専用培地が使用される。
図18は、実施形態3で実施した細胞組織作製方法の概略を模式的に示した図であり、塗布工程後の細胞組織の三次元集積の形態を模式図で表している。
細胞とゲル化開始剤とを懸濁含有する第1の塗布液を用意し、該第1の塗布液を塗布液容器に充填する。塗布針9により塗布対象に第1の塗布液を塗布する(1液目)。この第1の塗布液を塗布する第1塗布工程においては、所望の回数の塗布動作が実行される。次に、ゲル化剤を含む第2の塗布液(2液目)が、第1塗布工程において塗布された第1の塗布液(1液目)を覆うように塗布される。第1の塗布液と第2の塗布液との接触面とその外周領域がゲル化した後、培地が添加される。1液目の第1の塗布液の内部は、流動性が保たれた液体状態が保持されてドーム構造となっているため、時間経過とともに細胞が沈降沈殿し、第1の塗布液の下部に凝集、堆積、積層する。その結果、高密度の三次元細胞組織を作製することができる。
本発明において、「高密度」とは、細胞間にフィブリンゲル等が存在せず、細胞が集積している状態を意味し、細胞密度として数値的に表すと、1×108個/mL~1×109個/mL程度の密度を有する場合を意味している。
本発明に係る実施形態3における第2の側面としては、少なくとも、細胞とゲル化開始剤を含む第1の塗布液を含む第1の容器、およびゲル化剤を含む第2の塗布液を含む第2の容器を含む、細胞組織作製セットに関する。
該細胞組織作製セットは、実施形態3における細胞組織作製方法への使用に適している。細胞組織作製セットにおいて規定する第1の塗布液および第2の塗布液は、実施形態3の細胞組織作製方法で説明した第1の塗布液および第2の塗布液と同義である。
実施形態3における細胞組織作製方法に従えば、微細塗布装置1を用いた塗布工程において、塗布工程実行前の塗布液容器の内部でゲル化等が生じることがない。また、実施の形態3における細胞組織作製方法に従えば、細胞の生存率を維持した上で、高密度かつ保形性の高い細胞組織を作成できる。
以下、実施形態3における細胞組織作製方法について、具体的な実施例を用いて説明するが、本発明はそれらの実施例に限定的に解釈されるべきでなく、本発明の概念に接した当業者が想到し、実施可能であると観念するであろうあらゆる技術的思想、その具体的態様が本発明に含まれるものとして理解されるべきものである
実施例1
(1)塗布方法
(1-1)第1の塗布液(1液目)の塗布動作
実施例1で使用した第1の塗布液の微細塗布装置100を図19に示す。図19は、微細塗布装置100を示す斜視図である。実施例1で用いた微細塗布装置100は、実施形態1において説明した微細塗布装置1と実質的に同じ塗布方法を実行する構成であり、塗布針9の先端9aに付着した第1の塗布液を塗布対象物に接触塗布する構成である。図20は、実施例1で用いた微細塗布装置100における塗布装置本体101を示す斜視図である。
XYZステージ105に支持された塗布装置本体101においては、カム104の動作により、可動部105がZ方向に往復動作を行い、塗布液容器8を貫通可能に支持された塗布針9が同様のZ方向に往復動作する。この往復動作により、塗布針9の先端9aに付着した第1の塗布液が塗布対象物に接触塗布される。
表示・制御部103は、モニター、制御用コンピュータ、操作パネルからなる。操作パネルから塗布速度指令値を入力し、制御用コンピュータの記憶装置に保管する。塗布動作時には塗布速度指令値を記憶装置から読み出して塗布装置本体101の制御プログラムに送出する。制御プログラムは塗布速度指令値に基づいて塗布装置本体101における駆動機構であるモータの回転速度を決定し、所定の速度で塗布針9を往復動作させて塗布動作を実行する。制御用コンピュータが上位の制御システム(図示せず)と通信している場合には、塗布速度指令値を上位の制御システムから受け取ってもよい。また、第1の塗布液の種類に応じたパラメータを記憶部に保管し、指定された第1の塗布液の種類と塗布量または塗布サイズに応じて塗布速度指令値を算出してもよい。
実施形態1の微細塗布装置1において説明したように、塗布針9の先端9aは塗布液容器8の底面に設けられた下部孔14bから突出して塗布動作を行う(図4参照)。塗布針9の先端9aが塗布液容器8の下部孔14bから突き出す時に、塗布針9の先端9aに第1の塗布液が付着して塗布液容器8から突出する。この時、表面張力によって第1の塗布液が上方に引き上げられ、塗布針9の先端9aにはほぼ一定量の第1の塗布液が残される。塗布針9の先端9aに残された第1の塗布液を塗布対象に転写することにより、再現性のある塗布動作を実現することができる。
(1-2)第2の溶液の塗布動作
第2の溶液の塗布動作は、マイクロピペットを用いて手動で滴下することにより行った。
(2)塗布条件cells
・塗布針径: φ1000μm
・塗布針形状: ストレート
・塗布回数: 10回
・第1の塗布液の塗布量: 数100nL/10回
・第2の塗布液の塗布量: 15μL/1回
・塗布液容器内の待機時間: 1020ms
・塗布針降下後の待機時間: 0ms
・上昇時間: 5μm/1回
・第2の塗布液の添加までの所要時間: 5s以内
・培地添加までの所要時間: 4個作成後まとめて、マイクロピペットにて手動で添加
(3)塗布液
(3-1)第1の塗布液(1液目)
・iPS細胞由来心筋細胞: ヒト心臓線維芽細胞 = 3:1
・細胞数: 8x107cells/mL
・ヒアルロン酸ナトリウム: 13mg/mL
・トロンビン: 800unit/mL
・PBS
・粘度: 1.5×104mPa・s)
(3-2)第2の塗布液(2液目)
・添加量: 15μL
・ヒアルロン酸ナトリウム: 0.5 mg/mL
・フィブリノゲン: 10 mg/mL
・PBS
・粘度: 1×103mPa・s
(4)結果考察
(4-1)作製方法
上記塗布条件で第1の塗布液を繰返し複数回の塗布動作を行い、1液目である第1の塗布液の塗布液容器内の心筋細胞とゲル化開始剤のトロンビンを残らず塗布できることを確認した。塗布終了後、塗布液容器の内部を目視したところ、第1の塗布液のゲルの発生は確認されなかった。2液目としてゲル化剤であるフィブリノゲンを含む第2塗布液を、1液目の第1の塗布液を覆うように添加する。
上記の条件にて96ウェルプレート内の40ウェルに塗布を行った結果の塗布状態を、ウェルプレート上方から撮影した写真を、図21(倍率2倍)に示す。図21に示されているように、多数回塗布しても、概ね細胞数にばらつきはなかった。
(4-2)組織観察
(4-2-1)密度
塗布1時間後に得られた細胞組織を、位相差顕微鏡を用いて顕微鏡観察した。該顕微鏡観察は、塗布液(図18の右下に描いたゲルドームと記載された状態)を上から観察したものである。その写真を図22に示す。
図22からわかるように、細胞と細胞との間に細胞間マトリックスがほとんど存在せず、高密度の三次元細胞組織が作製されたことが解る。密度は3.5×108個/mLであった。
なお、培養は、温度 37℃、CO2 5%の環境下、7日間行った。
(4-2-2)厚さ
培養後に得られた細胞組織の厚さを、細胞核および細胞質をヘマトキシリン・エオジン(HE)染色により測定した。ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色測定結果を図23に示す。図23より、この組織の厚さは、50μm程度の厚さであった。
(4-2-3)細胞組織
細胞核、アクチン、トロポニン染色を行った。
その蛍光染色の結果を図24に示す。
この写真は、本来カラー写真であり、細胞核が青で、アクチンが赤で、心筋トロポニンTが緑で写し出されている。図24より、心筋細胞に特徴的な心筋トロポニンTの横紋構造の発現を確認した。また拍動数は成人の心臓に近い50~60拍動/分であった。
(4-3)考察
1液目として心筋細胞とゲル化開始剤のトロンビンを分散させた第1の塗布液を複数回塗布し、2液目としてゲル化剤であるフィブリノゲンを含む第2塗布液を、1液目の第1の塗布液を覆うように添加する塗布方法により、高密度かつ保形性の高い三次元細胞組織を、複雑な作製工程を介することなく、細胞生存率を維持し、簡易に作成することができた。
比較例1
(1)実施例1で使用した同じ微細塗布装置100を使用して、下記塗布条件で、塗布液を塗布した。
比較例においては、ゲル化剤(フィブリノゲン)が第1の溶液に、ゲル化開始剤(トロンビン)が第2の溶液に入っている点が、実施例1と大きく異なる点である。
(2)塗布条件
・塗布針径: φ1000μm
・塗布針形状: ストレート
・塗布回数: 10回
・第1の塗布液の塗布量: 数nL/10回
・第2の塗布液の塗布量: 15 μL/1回
・塗布液容器内の待機時間: 1020 ms
・塗布針降下後の待機時間: 0ms
・上昇時間: 5μm/1回
・第2の塗布液の添加までの所要時間: 5s以内
・培地添加までの所要時間: 4個作成後まとめて、マイクロピペットにて手動で添加
(3)塗布液
(3-1)第1の塗布液(1液目)
・iPS細胞由来心筋細胞: ヒト心臓線維芽細胞 = 3:1
・細胞数: 8x107cells/mL
・ヒアルロン酸ナトリウム: 13mg/mL
・フィブリノゲン: 10 mg/mL
・PBS
・粘度:1.5×104mPa・s)
(3-2)第2の塗布液(2液目)
・添加量 15μL
・ヒアルロン酸ナトリウム 0.5 mg/mL
・トロンビン: 800unit/mL
・PBS
・粘度: 1×103mPa・s
(4)結果考察
(4-1)組織観察
(4-1-1)密度
塗布直後に得られた細胞組織を、位相差顕微鏡を用いて顕微鏡観察を行った。その、写真を図26に示す。
図26においては、略球状の細胞と細胞の間に、細胞間マトリックスが存在していることが解る。塗布直後の細胞が沈殿する前の状態において、図22と比較すると図26では細胞密度が低いことが分かる。これは、1液目にゲル化剤を混合することにより細胞は疎の状態で固定化されてしまい、沈殿が起こらないためと考えている。
(4-2)作製方法
1液目としての第1の塗布液に心筋細胞とフィブリノゲンを分散させた場合、15分経過した後、塗布液容器内に心筋細胞を包埋したゲル状物質を確認した(図25)。
図25の(a)は、貫通可能に支持された具体的な塗布針9と塗布液容器8を示しており、図25の(b)は、塗布液容器8の下部孔14bの周囲に形成された細胞包埋フィブリルゲルを示している。図25の(c)は、塗布液容器8から取り出した細胞包埋フィブリルゲルをしめしている。図25の(d)は、図25の(c)の拡大図である。
本比較例の作製方法においては、塗布液容器内に細胞が残留し、第1の塗布液内の細胞数のバラツキが発生した。
(4-3)考察
1液目として心筋細胞とフィブリノゲンを分散させた第1の塗布液を塗布し、2液目としてゲル化開始剤として1液目の塗布液を覆うようにトロンビンを含む第2の塗布液を塗布する本比較例においては、心筋細胞を包埋する形でフィブリノゲンがゲル化するため、心筋細胞がゲル内で疎に分散し、高密度かつ保形性の高い三次元心筋細胞組織を、細胞生存率を維持し、簡易に作成することが困難となる不具合が生じた。
また、1液目に心筋細胞とフィブリノゲンを分散させた第1の塗布液を、繰り返し塗布を繰り返すか、塗布液容器内に第1の塗布液を長時間保持ししていると、塗布液容器内で第1の塗布液のゲル化が生じ、そのため、塗布液容器内部でゲル化した心筋細胞塊が塗布液容器に残り塗布できない場合があるという不具合が生じた。
以上開示事項から、本発明に係る実施形態3における第1の側面のより具体的な態様として、例えば、下記のものが提供される。
(1)第1の塗布液を塗布対象物に塗布する第1塗布工程、および
前記第1塗布工程で塗布された第1の塗布液に、第2の塗布液を重ねて塗布し、第1溶液の塗布液の流動状態を維持しつつ、第1の塗布液と第2の塗布液の界面をゲル化する第2塗布工程、
を含むことを特徴とする細胞の組織作製方法。
(2)第1の塗布液が細胞およびゲル化開始剤を含む、上記(1)に記載の細胞組織の作製方法。
(3)第2の塗布液がゲル化剤を含む、上記(1)または上記(2)に記載の細胞組織の作製方法。
(4)細胞とゲル化開始剤を含む第1の塗布液を塗布対象物に塗布する第1塗布工程、および
前記第1塗布工程で塗布された第1の塗布液に、ゲル化剤を含む第2の塗布液を重ねて塗布し、第1の塗布液と第2の塗布液の界面でゲル化反応を開始させる第2塗布工程、
を含むことを特徴とする細胞組織の作製方法。
(5)第1の塗布液および第2の塗布液が塗布された塗布対象物を培地中に浸漬し、細胞を培養する工程を含む、上記(1)~上記(4)いずれかに記載の細胞組織の作製方法。
(6)第1の塗布液が増粘多糖類を含む、上記(1)~(5)いずれかに記載の細胞組織の作製方法。
(7)第2の塗布液が増粘多糖類を含む、上記(1)~(6)いずれかに記載の細胞組織の作製方法。
(8)ゲル化開始剤がトロンビンである、上記(2)~(7)いずれかに記載の細胞組織の作製方法。
(9)ゲル化剤がフィブリノゲン、コラーゲン、ゼラチンまたはそれらの2種以上の混合物である、上記(3)~(8)いずれかに記載の細胞組織の作製方法。
(10)増粘多糖類が、ヒアルロン酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウムまたはそれらの混合物であり、上記(6)~(9)いずれかに記載の細胞組織の作製方法。
(11)細胞が心筋細胞である、上記(2)~(10)いずれかに記載の細胞組織の作製方法。
また、本発明に係る実施形態3における第2の側面のより具体的な態様として、例えば、下記のものが提供される。
(12)少なくとも、細胞とゲル化開始剤を含む第1の塗布液を含む第1の容器、およびゲル化剤を含む第2の塗布液を含む第2の容器を含む、細胞組織形成セット。
(13)第1の塗布液が増粘多糖類を含む、上記(12)に記載の細胞組織形成セット。
(14)第2の塗布液が増粘多糖類を含む、上記(12)~(13)いずれかに記載の細胞組織形成セット。
(15)ゲル化開始剤がトロンビンである、上記(12)~(14)いずれかに記載の細胞組織形成セット。
(16)ゲル化剤がフィブリノゲン、コラーゲン、ゼラチンまたはそれらの2種以上の混合物である、上記(12)~(15)いずれかに記載の細胞組織形成セット。
(17)増粘多糖類が、ヒアルロン酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウムまたはそれらの混合物であり、上記(13)~(16)いずれかに記載の細胞組織形成セット。
(18)細胞が心筋細胞である、上記(12)~(17)いずれかに記載の細胞組織形成セット。
(19)上記(1)~上記(11)いずれかに記載の細胞組織の作製方法により作製された細胞組織。
(20)第1塗布工程を塗布針による接触塗布を用いて行う、上記(1)~(11)いずれかに記載の細胞組織の作製方法。
(実施形態4)
以下、本発明に係る実施形態4の細胞組織作製方法、および該作製方法により作成された細胞組織に関して説明する。なお、実施形態4の説明において、前述の実施形態1、2、3と同様の作用、構成、および機能を有する要素には同じ参照符号を付し、重複する記載を避けるため説明を省略する場合がある。
本発明に係る実施形態4の細胞組織作製方法においては、前述の実施形態1および3において詳細に説明した塗布方法を用いて、塗布針9の先端9aに付着した細胞を含む塗布液(第1の塗布液)を塗布対象物に塗布する。第1の塗布液を塗布した後、第1の塗布液に重なるように第2の塗布液を塗布する構成である。第2の塗布液の塗布方法は、特に限定されるものではなく、例えば、手作業による塗布、例えば、注射器、スポイト等による液滴塗布、バイオプリンティング技術、例えば、インクジェット法、ディスペンサ法等を使用することができる。
実施形態4の細胞組織作製方法においては、前述の実施形態3において説明した塗布方法を用いることにより、微細な液滴スポットを形成することができるため、小さな培養容器である1つのウェル(有底穴)に複数の細胞組織を作製している(図16の(c)参照)。
実施形態4の細胞組織作製方法は、前述の実施形態3の細胞組織作製方法における工程と同じである。即ち、実施形態4の細胞組織作製方法は、図18の模式図に示したように、塗布針9により塗布対象に第1の塗布液を塗布する(1液目)。この第1の塗布液を塗布する第1塗布工程においては、所望の回数の塗布動作が実行される。次に、ゲル化剤を含む第2の塗布液(2液目)が、第1塗布工程において塗布された第1の塗布液(1液目)を覆うように塗布される。第1の塗布液と第2の塗布液との接触面とその外周領域がゲル化した後、第3の塗布液(3液目)としての培地が添加される。1液目の第1の塗布液の内部は、流動性が保たれた液体状態が保持されてドーム構造となっているため、時間経過とともに細胞が沈降沈殿し、第1の塗布液の下部に凝集、堆積、積層する。その結果、高密度の三次元細胞組織を作製することができる。図18における右下に示した図には、ゲルドームにおいて細胞が沈殿する状態を模式的に示している。
図27は、実施形態4の細胞組織作製方法における各工程を模式的に示す図である。図27の(a)は、塗布針9が塗布液容器8に充填された第1の塗布液(1液目)30の内部に浸漬された状態である(塗布針浸漬工程)。図27の(b)は、塗布針9により第1の塗布液30を塗布する第1塗布工程Aを示している。第1塗布工程Aにおいては、第1の塗布液30が所望の回数だけ塗布対象に対して塗布される。図27の(c)は、第1塗布工程Aにおいて塗布された第1の塗布液30に覆い重なるように第2の塗布液40が塗布される第2塗布工程Bを示している。実施形態4においては第2塗布工程Bがマイクロピペット110による塗布動作により実行される。次に、第2の塗布液40の全体が浸漬するように第3の塗布液50が塗布(添加)され培地が形成される(培地形成工程C)。図27の(d)は、培地形成工程Cにより基板上の第1の塗布液30を覆うように重なった第2塗布液40が培地(50)中に浸漬された状態を示している。
上記のように、実施形態4の細胞組織作製方法においては、前述の実施形態3の細胞組織作製方法と同様に、細胞とゲル化開始剤を含む第1の塗布液30を塗布対象物に塗布する第1塗布工程A、および第1塗布工程Aで塗布された第1の塗布液30に対して覆うように、ゲル化剤を含む第2の塗布液40を重ねて塗布し、ゲル化反応を開始させる第2塗布工程Bとを有している。その後、第1の塗布液30を覆うように重なる第2の塗布液40が浸漬されるように培地が形成される(培地形成工程C)。
実施形態4の細胞組織作製方法は、例えば基板上の複数の塗布対象位置のそれぞれの位置に細胞組織を効率的に作製するものである。複数の塗布対象位置としては、培養容器の複数のウェルのそれぞれの位置でもよく、または1つのウェルの中に複数の細胞組織を作製するように1つのウェルの中に複数の塗布対象位置があってもよい(図16の(c)参照)。
実施形態4の細胞組織作製方法においては、複数の塗布対象位置における第1の塗布対象位置に対して、図27の(b)に示す第1塗布工程Aが実行され、次に図27の(c)に示す第2塗布工程Bが実行される。次に、位置を移動して第2の塗布対象位置に対して、第1塗布工程Aが実行され、次に第2塗布工程Bが実行される。このように、複数の塗布対象位置のそれぞれに対して、第1塗布工程Aおよび第2塗布工程Bが順次実行される。全ての塗布対象位置に対して第1塗布工程Aおよび第2塗布工程Bが実行された後、それぞれの塗布対象位置に対する培地形成工程Cが実行される。この培地形成工程Cにおいては、それぞれのウェル(培養容器)に培地が形成される。
実施形態4の細胞組織作製方法における第1塗布工程Aおよび第2塗布工程Bは、前述の実施例1において説明して塗布方法を用いた。第1塗布工程Aにおける第1の塗布液30の塗布動作は微細塗布装置100を用いた。第2塗布工程Bにおける第2の塗布液40の塗布動作はマイクロピペットを用いて手動で滴下することにより行った。
(1)第1の塗布液(1液目)30は以下の通り。
・iPS細胞由来心筋細胞: ヒト心臓線維芽細胞 = 3:1
・細胞数: 8x107cells/mL
・ヒアルロン酸ナトリウム: 13mg/mL
・トロンビン: 800unit/mL
・PBS
・粘度: 1.5×104mPa・s)
・塗布直径:約1.0mm(塗布針による接触塗布)
(2)第2の塗布液(2液目)40
・添加量: 15μL
・ヒアルロン酸ナトリウム: 0.5mg/mL
・フィブリノゲン: 10mg/mL
・PBS
・粘度: 1×103mPa・s
・マイクロピペットによる手動による塗布(添加)
・第1の塗布液30の塗布後、5秒(sec)以内に添加する。
(3)培地(3液目)50
・複数の塗布対象位置に対する第1塗布工程Aおよび第2塗布工程Bの塗布が終了した後、培養容器の全体に対してマイクロピペットによる手動で添加する。
図28は、実施形態4の細胞組織作製方法における第1塗布工程A、第2塗布工程B、および培地形成工程Cの具体的な塗布時間と、工程間の間隔時間の一例を示すタイムチャートである。図28に示すように、1つの塗布対象位置に対して第1塗布工程Aが4秒(sec)実行され、第2塗布工程Bが0.5秒(sec)実行される。第1塗布工程Aにおいては10回の塗布動作が実行されている。第2塗布工程Bにおいてはマイクロピペットにて第2の塗布液40を手動で添加している。
図28のタイムチャートに示すように、最初にそれぞれの塗布対象位置に対する第1塗布工程Aと第2塗布工程Bを実行し、その後にそれぞれの塗布対象位置に対して培地形成工程Cが実行(1秒(sec))される。なお、第1塗布工程Aと第2塗布工程Bと培地形成工程Cとが実行される各工程間の間隔時間は1秒(sec)である。これらの塗布時間および間隔時間は、第1の塗布液30および第2塗布液の組成内容、塗布量、および作製する細胞組織の数などの塗布条件により適宜変更される。
実施形態4の細胞組織作製方法においては、前述の実施形態3において図18の模式図に示したように、第1の塗布液30に細胞を懸濁し、その第1の塗布液30を塗布液容器8に充填する。第1の塗布液30を塗布液容器8に充填した後、塗布針9により塗布対象に細胞を含む第1の塗布液30を塗布する。次に第2の塗布液40を、第1の塗布液30を覆うように添加する。その結果、第1の塗布液30と第2の塗布液40との接触面から外周までがゲル化する。このようにゲル化した後、培地を添加する。
図18の右下に示したように、培地中の塗布液内部においては、第1の塗布液30が液体のまま保持されるドーム構造となっている。このため、第1の塗布液30の内部において時間経過とともに細胞が沈殿する。その結果、高密度の三次元細胞組織を作製することができた。
また塗布直後の細胞組織の外周部であるフィブリノゲンとトロンビンの接触面がゲル化して、その内部は液体の状態で保持されるため、細胞組織の乾燥も抑制できる構成となっている。
図29は、第1の塗布液30に心筋細胞とトロンビンと分散させた場合の三次元細胞組織の画像を示す写真である。図29に示す状態は、まだ細胞が沈殿する前の状態であり、図29に示す状態から細胞と細胞の間に隙間があることが分かる。図29に示した細胞組織の厚さを測定した結果、50μm程度の厚さを有しており、かつ高密度に積層されていることを確認した。図30は、作製された細胞組織の蛍光色による厚さ測定結果の画像を示す写真である。さらに、細胞核、アクチン、トロポニン染色の結果、細胞が生存していることを確認し、心筋細胞に特徴的なアクチンとトロポニンの発現を確認した。図31は、作製した細胞組織の蛍光染色による観察結果の画像を示す写真である。図31において、略丸形状が細胞核60であり、黒っぽい線状のタンパク質がアクチン70であり、白っぽい線状のタンパク質がトロンポ二ン80である。
なお、第1の塗布液30に懸濁する細胞の膜表面に細胞接着因子であるタンパク質をコーティングすることによって、細胞同士の接着を促進し、高い細胞密度を有する三次元構造を構築する細胞積層法や細胞集積法を用いてもよい。
[多穴培養容器に対する塗布動作]
前述のように第1塗布工程A、第2塗布工程B、および培地形成工程Cを複数のウェルを有する多穴培養容器の各ウェルに対して行うことにより、複数の細胞組織を、乾燥による細胞死を抑制し、高速、高精度かつ高い形状安定性で作製することができる。即ち、第1塗布工程Aの初期段階において塗布された第1の塗布液30に対する待ち時間を低減して細胞死を抑制しつつ、各塗布液の塗布動作のための塗布機構の切り替えや、培養容器を載置したステージの移動の頻度を低減することが可能となり、工程全体の所要時間が長くなることを抑制することができるものとなる、このように、実施形態4の細胞組織作製方法を行うことにより、多穴培養容器において複数の三次元細胞組織を作製することができる。
なお、ゲル化開始剤と細胞とを混合した第1塗布液30と、ゲル化剤である第2塗布液40を混合して、ゲルに包埋した細胞組織を作製する際には、約10秒から数分程度のゲル化時間が必要となる。このゲル化時間と、培地を形成するための第3塗布液の塗布(添加)までの待ち時間とを同じ工程に組み込むことにより、細胞死と所要時間の抑制のみならず、所定の塗布位置に安定した形状のゲルに包埋した細胞組織を作製することができる。
96ウェルプレートなどの多穴培養容器に細胞組織を作製する場合、図28に示したタイムチャートに従って塗布動作が行われる。この塗布動作において、第2の塗布液40の塗布後、第3塗布液(培地)50の塗布までに待ち時間が発生する。しかし、フィブリノゲンとトロンビンの接触面近傍の外周を覆うフィブリノゲンがゲル化し、第1塗布液30の内部はトロンビンが液体として存在するため、この待ち時間の間に細胞が沈殿することにより細胞が積層し、高密度な三次元細胞組織が作成できる。さらに、第3塗布液として培地を塗布することにより、細胞死することなく長期での三次元細胞組織の培養が可能となる。
第1塗布液30の塗布動作(第1塗布工程A)と、第2塗布液40の塗布動作(第2塗布工程B)との繰り返し回数、即ち第3塗布液50を塗布(培地形成工程C)するまでの第1塗布工程Aと第2塗布工程Bとの繰り返し回数については、4回、6回、8回、12回、24回、36回、48回、96回、384回などの回数が設定可能である。この繰り返し回数は、第1の塗布液30と第2の塗布液40の塗布量、フィブリノゲンとトロンビンなどのゲル化剤のゲル化時間などの各種条件に応じて設定すればよい。
なお、図28に示したタイムチャートにおいては、第1塗布工程Aで複数回の第1の塗布液30の塗布動作を行い、第2塗布工程Bで1回の第2の塗布液40の塗布動作を行う構成で説明したが、本発明はこのような構成に限定されるものではなく、それぞれの塗布工程における塗布動作の回数は適宜設定される。例えば、第1塗布工程Aと第2塗布工程Bにおいて1回ずつ交互に塗布動作を行い、複数の塗布対象位置に連続的に塗布してもよく、第1塗布液30または第2塗布液40をそれぞれ複数回塗布動作を行ってもよい。このように複数回の塗布動作を行った場合には、塗布対象位置における塗布液の塗布量が増加する。特に。細胞を懸濁している第1の塗布液30に関しては、複数回塗布動作を行うことにより、塗布された第1の塗布液30の内部の細胞数が増加し、細胞の積層厚さが増加する。
なお、実施形態4の細胞組織作製方法においては、第1の塗布液30と第2の塗布液40に増粘剤としてヒアルロン酸ナトリウムを混合しているが、アルギン酸ナトリウムなどの他の増粘多糖類を用いてもよい。増粘剤は塗布液が塗布された後の保形性の向上に効果を有する。即ち、増粘剤は塗布液が塗布された後に流れ出て形が崩れることを抑制する効果を有する。特に、ヒアルロン酸ナトリウムは接着性が高く、培養容器や細胞と良好に接着し、塗布液の保形性の向上に至適である。さらに、ヒアルロン酸ナトリウムは生体由来であり、細胞増殖の適合性が高いという利点も有する。
実施形態4の細胞組織作製方法においては、第1の塗布液(ゲル化開始剤を含む)30と第2の塗布液(ゲル化剤を含む)40として、トロンビンとフィブリノゲンの組合せの他に、塩化カルシウムとアルギン酸ナトリウム、塩化カルシウムとカラギーナン、アルコール類とタマリンドシードガムなどを用いてもよい。
また、実施形態4の細胞組織作製方法においては、iPS細胞由来心筋細胞とヒト心臓線維芽細胞について示したが、正常ヒト線維芽細胞、ヒト血管内皮細胞、HePG2細胞等の細胞、あるいはこれらを2種以上混合した細胞についても、高速、高精度かつ形状安定性が高く、乾燥による細胞死を抑制した細胞組織を作製することができる。
なお、実施形態4の細胞組織作製方法においては、第1の塗布液30の塗布動作を塗布針9を用いた接触塗布により実行しているため、インクジェット装置やディスぺンサ装置を用いて細胞組織を作製したときに生じるおそれのあるノズル詰まりの心配がなく、さらに広範囲な液体に対応可能であり、かつ微細塗布が可能である。また、第2の塗布液40および第3の塗布液(培地)50の塗布に関しては、インクジェット装置やディスぺンサ装置を用いて実行している。インクジェット装置は微細塗布が可能であり、高速性に優れている。ディスペンサ装置はインクジェットよりも広範囲な液体に対応することが可能であり、比較的量の多い塗布に適している。
また、実施形態4の細胞組織作製方法においては、第1の塗布液30に細胞とゲル化開始剤を含み、第2の塗布液40にゲル化剤を含む例を示したが、心筋細胞を除いては第1の塗布液30に細胞とゲル化剤、第2の塗布液40にゲル化開始剤を含む組合せでもよい。この場合、短時間で細胞を包埋したゲルが形成されるため形状安定性が高く、より目的の形状、特に目的の平面形状に沿った細胞組織を作製することができる。
[1つのウェル(培養容器)に対する複数の細胞組織の作製]
実施形態4の細胞組織作製方法における第1塗布液30の塗布動作(第1塗布工程A)、第2塗布液40の塗布動作(第2塗布工程B)、および第3塗布液50の塗布動作(培地形成工程C)を、1つのウェル(培養容器)に対して実行して、複数の細胞組織を作製することも可能である。実施形態4の細胞組織作製方法における各工程を、それぞれのウェル(培養容器)内の複数位置に対して行うことにより、独立した複数の細胞組織を1つのウェル(培養容器)内に作製することができる。
例えば、96ウェルプレートに細胞組織を作製する場合、従来のマイクロピペットを用いた細胞播種方法では、96ウェルプレートのそれぞれのウェル(培養容器)の培養面全体に細胞が広がり、その直径が6.5mm(ウェルの直径)となってしまう(図16の(a)参照)。しかしながら、実施形態4の細胞組織作製方法を用いることにより、第1の塗布液30および第2塗布液40を直径が1.0mm以内となるように塗布することが可能であり、1つのウェルの内部に微細な細胞組織を作製することができる(図16の(b)参照)。
さらに、96ウェルプレートのそれぞれのウェル(培養容器)の培養面において、複数の位置のそれぞれに対して、第1の塗布液30の第1塗布工程A、および第2の塗布液40の第2塗布工程Bを行うことにより、同一ウェル(培養容器)内の複数個所に独立して存在する細胞組織を作製することができる(図16の(c)参照)。
なお、同一ウェル(培養容器)内の複数個所に独立した細胞組織を作製するために、塗布針9の先端径9aを1.0mmとすることにより、直径が約1.0mmの細胞組織を作製することができた。また、塗布針9の先端径9aを変更することにより、異なる直径の細胞組織を作製することができる。例えば、先端径9aが330μmの塗布針9を用いて細胞組織を作製した場合には、直径が約330μmの細胞組織を、同一の培養容器内の6個所に独立して作製することができた(図12参照)。
上記のように、1つのウェル(培養容器)内の複数個所に独立して細胞組織を作製することにより、創薬プロセスでの薬効薬理評価や安全性評価における薬剤評価を効率的に行うことができる。従来の細胞組織作製方法では、1つのウェル(培養容器)には1つの細胞組織しか作製できないため、1つのウェル(培養容器)から1個の解析結果しか取得できなかった。しかし、本発明に係る実施形態4の細胞組織作製方法によれば、1つのウェル(培養容器)内において複数の細胞組織を作製することができるため、1つのウェル(培養容器)から複数の解析結果を取得することができ、ハイスループットで評価効率の高い細胞組織が得られる。
以上のように、実施形態4の細胞組織作製方法によれば、ゲル化開始剤と細胞を混合した第1の塗布液30と、ゲル化剤である第2の塗布液40とを、多穴培養容器の複数のウェル(有底穴:培養容器)のそれぞれに対して連続して塗布した後、最後にそれぞれのウェルに対して培地である第3の塗布液50を塗布することにより、乾燥による細胞死を抑制し、高速、高精度、かつ高い形状安定性で多穴培養容器に三次元の細胞組織を作成することができた。
また、微細塗布装置を用いて、ゲル化剤と細胞を混合した第1の塗布液30を個別のウェル(培養容器)の平坦な培養面の複数個所に塗布することにより、全体の細胞数を低減しつつ、独立して存在し、大きさのばらつきの少ない多数の細胞組織を簡易な工程で作製することができる。
(実施形態5)
以下、本発明に係る実施形態5の細胞組織作製方法、および該作製方法により作成された細胞組織に関して添付の図面を参照して説明する。なお、実施形態5の説明において、前述の実施形態1、2、3、4と同様の作用、構成、および機能を有する要素には同じ参照符号を付し、重複する記載を避けるため説明を省略する場合がある。
本発明に係る実施形態5の細胞組織作製方法においては、前述の実施形態1において詳細に説明した塗布方法を用いて、塗布針9の先端9aに付着した細胞を含む第1の塗布液30を塗布対象物に塗布する。第1の塗布液30を塗布した後、第1の塗布液30に覆い重なるように第2の塗布液40を塗布する構成である。第2の塗布液40の塗布方法は、特に限定されるものではなく、例えば、手作業による塗布、例えば、注射器、スポイト等による液滴塗布、バイオプリンティング技術、例えば、インクジェット法、ディスペンサ法等を使用することができる。
実施形態5の細胞組織作製方法において、前述の実施形態1、2、3、4と異なる点は、種類の異なる細胞を含むそれぞれの細胞組織を1つの培養容器に一連の塗布工程を用いて作製する点である。
図32は、実施形態5の細胞組織作製方法において用いられる微細塗布装置200を示す正面図である。微細塗布装置200には、3つの塗布ユニット201、202、203が設けられており、それぞれには種類の異なる細胞を含む溶液(第1の塗布液30X、30Y、30Z)が充填された塗布液容器が設けられている。これらの塗布ユニット201、202、203の構成としては、実施形態1において説明した微細塗布装置1における塗布ユニット6と同様の構成を有しており、同様に塗布針9を用いて塗布対象に対して接触塗布する構成である。
また、微細塗布装置200には、2つのディスペンサ204、205が設けられている。2つのディスペンサ204、205は、3つの塗布ユニット201、202、203と並設されている。第1のディスペンサ204は、第2の塗布液40を塗布済みの第1の塗布液30(30X、30Y、30Z)に覆い重なるように塗布するように構成されている。第2のディスペンサ205は、塗布済みの第1の塗布液30(30X、30Y、30Z)に覆い重なる第2の塗布液40が浸漬状態となるように塗布して培地が形成されるように塗布する構成である。
実施形態5における微細塗布装置200は、細胞(X細胞、Y細胞、Z細胞)が異なる3種類の第1の塗布液30(30X、30Y、30Z)が3つの塗布ユニット201、202、203のそれぞれにより塗布される構成である。即ち、微細塗布装置200において、第1の塗布ユニット201はゲル化開始剤と細胞Xとを混合した第1の塗布液30Xによる第1塗布工程を実行し、第2の塗布ユニット202はゲル化開始剤と細胞Yとを混合した第1の塗布液30Yによる第1塗布工程を実行し、そして、第3の塗布ユニット203はゲル化開始剤と細胞Zとを混合した第1の塗布液30Zによる第1塗布工程を実行する。
図33は、微細塗布装置200を用いて、1つのウェル(培養容器)内の3カ所に独立した細胞組織を作製した例を模式的に示した平面図である。図34は、図33に示した3種類の細胞組織を作製するためのフローチャートである。微細塗布装置200において所定の位置に多穴培養容器が固定された後、実施形態5における細胞組織作製動作が開始される。
実施形態5における細胞組織作製動作が開始されると、多穴培養容器における特定されたウェルにおける指定された第1の位置が第1の塗布ユニット201による細胞Xの塗布対象位置となるようにセットされる。セットされた第1の塗布ユニット201による第1塗布工程が実行されて、1液目としてゲル化開始剤と細胞Xとを混合した第1の塗布液30Xが第1の位置に塗布される(ステップ1)。ステップ2においては、2液目としてゲル化剤である第2の塗布液40が第1の塗布液30Xに重なるように第1のディスペンサ204により塗布される第2塗布工程が実行される。第2の塗布液40が塗布された後、特定されたウェル内の第2の位置を細胞Yの塗布対象位置としてステージを移動する(ステップ3)。
第2の位置を塗布対象位置として、第2の塗布ユニット202による第1塗布工程が実行されて、1液目としてゲル化開始剤と細胞Yとを混合した第1の塗布液30Yが第2の位置に塗布される(ステップ4)。ステップ5においては、2液目としてゲル化剤である第2の塗布液40が第1の塗布液30Yに重なるように第1のディスペンサ204により塗布される(第2塗布工程)。第2の塗布液40が塗布された後、特定されたウェル内の第3の位置を細胞Zの塗布対象位置としてステージを移動する(ステップ6)。
第3の位置を塗布対象位置として、第3の塗布ユニット203による第1塗布工程が実行されて、1液目としてゲル化開始剤と細胞Zとを混合した第1の塗布液30Zが第3の位置に塗布される(ステップ7)。ステップ8においては、2液目としてゲル化剤である第2の塗布液40が第1の塗布液30Zに重なるように第1のディスペンサ204により第2塗布工程が実行される。第2の塗布液40が塗布された後、特定されたウェル内が塗布対象となるようにステージを移動して(ステップ9)、第2のディスペンサ205により培地となる第3の塗布液50がウェル内に塗布(添加)される培地形成工程が実行される。
上記のように多穴培養容器において特定されたウェルに対する第1塗布工程、第2塗布工程および培地形成工程が実行されると、次のウェルに対する第1塗布工程、第2塗布工程および培地形成工程が実行される。このように、多穴培養容器におけるそれぞれのウェルに対して第1塗布工程、第2塗布工程および培地形成工程が順次実行されて、それぞれのウェルにおいて種類の異なる細胞組織が作製される。
なお、実施の形態5においては、1つのウェル(同一培養容器)に3種類の細胞組織を複数作製する場合について説明したが、本発明はこのような作製方法に限定されるものではなく、例えば、同一の培養容器に同じ種類の複数の細胞組織と、種類の異なる細胞組織とを作製する場合や、異なる種類としても2種類以上の細胞組織を作製する場合などの各種組み合わせが含まれる。
また、種類の異なる複数の細胞を1つのウェルに塗布する場合の組み合わせの具体例としては、例えば、
(1)X細胞:iPS細胞由来心筋細胞、Y細胞:iPS細胞由来神経細胞、Z細胞:初代肝細胞の組み合わせ、
(2)X細胞:iPS細胞由来心筋細胞、Y細胞:iPS細胞由来神経細胞、Z細胞:HepG2の組み合わせ、
(3)X細胞:iPS細胞由来心筋細胞、Y細胞:iPS細胞由来神経細胞、Z細胞:HeLa細胞の組み合わせ、
(4)X細胞:iPS細胞由来心筋細胞、Y細胞:ヒト心臓線維芽細胞、Z細胞:ヒト心臓血管内皮細胞の組み合わせ、などがある。
図35は、1つのウェル(培養容器)内の3カ所に独立した細胞組織を作製した例を模式的に示した平面図であり、前述の図33に示した細胞組織の作製例の変形例である。図36は、図35に示した3種類の細胞組織を作製するためのフローチャートである。
図35および図36に示した細胞組織作製方法において、所定の位置に多穴培養容器が固定された後、細胞組織作製動作が開始される。細胞組織作製動作が開始されると、多穴培養容器における特定されたウェルにおける指定された第1の位置が第1の塗布ユニット201による細胞Xの塗布対象位置となるようにセットされる。セットされた第1の塗布ユニット201による第1塗布工程が実行されて、1液目としてゲル化開始剤と細胞Xとを混合した第1の塗布液30Xが第1の位置に塗布される(ステップ1)。
第1の塗布液30Xが塗布された後、特定されたウェル内の第2の位置を細胞Yの塗布対象位置としてステージを移動する(ステップ2)。第2の位置を塗布対象位置として、第2の塗布ユニット202による第1塗布工程が実行されて、1液目としてゲル化開始剤と細胞Yとを混合した第1の塗布液30Yが第2の位置に塗布される(ステップ3)。
第1の塗布液30Yが塗布された後、特定されたウェル内の第3の位置を細胞Zの塗布対象位置としてステージを移動する(ステップ4)。第3の位置を塗布対象位置として、第3の塗布ユニット203による第1塗布工程が実行されて、1液目としてゲル化開始剤と細胞Zとを混合した第1の塗布液30Zが第3の位置に塗布される(ステップ5)。
ステップ6においては、2液目としてゲル化剤である第2の塗布液40が第1の塗布液30X、30Y、30Zに重なるように第1のディスペンサ204により第2塗布工程が実行される。第2の塗布液40が塗布された後、特定されたウェル内が塗布対象となるようにステージを移動して(ステップ7)、第2のディスペンサ205により培地となる第3の塗布液50がウェル内に塗布(添加)される培地形成工程が実行される。
上記のように、図36に示した細胞組織作製方法は、多穴培養容器におけるウェルに対して、第1塗布工程が順次実行され、その後第2塗布工程および培地形成工程が実行される構成である。このように、多穴培養容器に対して細胞組織作製方法が実行されて、それぞれのウェルにおいて種類の異なる細胞組織が作製される。
なお、実施形態5においては、微細塗布装置200が3種類の細胞組織を作製する構成を有するものであるが、本発明はこのような構成に限定されるものではなく、作製すべき細胞の種類に応じて塗布ユニットを設けることにより、複数種類の細胞組織を作製することが可能となる。
上記のように、本発明に係る実施形態5の微細塗布装置200の構成によれば、複数種類の細胞組織を1つのウェル(培養容器)に作製することが可能となる。このように1つのウェル(培養容器)内に複数種類の細胞組織を作製することの利点としては以下の事項が挙げられる。
(1)例えば、細胞Xと細胞Yに異なった作用を与える薬剤が存在する場合、細胞Xと細胞Yのそれぞれを含むそれぞれの細胞組織が1つのウェル内に作製されていると、該ウェルに薬剤を添加することにより、該ウェル内でそれぞれの細胞(X、Y)に対する作用を同時に確認することができる。例えば、アントラサイクリン系の抗がん剤は心毒性を発生させることが多い薬剤である。がん細胞とiPS細胞由来心筋細胞を1つのウェルに共存させることで、そこに抗がん剤を添加することにより、がん細胞には抗がん剤本来の効果が、iPS細胞由来心筋細胞には心毒性の効果が同時に観測することができる。
(2)異なる種類の細胞組織が培地を共有することにより、細胞から生成されるサイトカインや添加した薬剤を代謝した物質を共有することができる。例えば、細胞Xで代謝された薬剤が細胞Yに作用するといったことを観測することができる。
実施形態5の微細塗布装置200においては、多穴培養容器におけるそれぞれのウェルに対して複数種類の細胞組織を作製する方法を説明したが、微細塗布装置200は、多穴培養容器のそれぞれのウェルに対して同じ種類の細胞を含む複数の細胞組織を作製することも可能である。このように、ウェルの1つに複数の細胞組織を作製することにより、1つのウェルで複数のサンプル数に対する評価を行うことが可能となる。また、画像および動画の解析において、一回の撮影にて複数のサンプルを撮影することが可能となるため、撮影時間が短縮され、引いては解析時間が短縮されることになる。例えば、培養容器として96ウェルを用いた場合、従来の細胞組織作製方法では、1つのウェル内に1サンプルの作製しかできないが、実施形態5の細胞組織作製方法では、例えば、1つのウェル内に直径が約1.0mmの細胞組織cを4サンプル作製することが可能である。このため、実施の形態5の細胞組織作製方法によれば、96ウェルwの培養容器を用いて384個(96×4)の細胞組織のサンプルを作成することが可能となる。また、例えば、1つのウェルに対する動画解析に20秒の撮影が必要とすると、従来の細胞組織作製方法では1つのウェルに1つのサンプルであるため、4サンプルの動画撮影には80秒が必要となる。一方、実施形態5の細胞組織作製方法では、1つのウェルの内部に4つのサンプルが作製されているため、動画撮影は20秒と大幅に短縮されることになる。
以上のように、実施形態5の細胞組織作製方法によれば、ゲル化開始剤と細胞を混合した第1の塗布液30と、ゲル化剤である第2の塗布液40とを、多穴培養容器の複数のウェル(有底穴:培養容器)のそれぞれに対して連続して塗布した後、最後にそれぞれのウェルに対して培地である第3の塗布液50を塗布することにより、乾燥による細胞死を抑制し、高速、高精度、かつ高い形状安定性で多穴培養容器に三次元の細胞組織を作成することができる。
また、微細塗布装置を用いて、ゲル化剤と細胞を混合した第1の塗布液30を個別のウェル(培養容器)の平坦な培養面の複数個所に塗布することにより、全体の細胞数を低減しつつ、独立して存在し、大きさのばらつきの少ない多数の細胞組織を簡易な工程で作製することができる。
本発明をある程度の詳細さをもって実施形態において説明したが、この構成は例示であり、この実施形態の開示内容は構成の細部において変化してしかるべきものである。本発明においては、実施形態における要素を他の要素との置換、組合せ、および順序の変更は請求された本発明の範囲及び思想を逸脱することなく実現し得るものである。