JP7305402B2 - 多成分混合物の全組成分析方法 - Google Patents

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Description

特許法第30条第2項適用 1.刊行物名 平成29年度 高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業 事業報告書 2.発行日 平成30年3月30日 3.公開者 一般財団法人石油エネルギー技術センター [刊行物等]1.刊行物名 平成30年度 高効率な石油精製技術の基礎となる石油の構造分析・反応解析等に係る研究開発事業 事業報告書 2.発行日 平成31年3月29日 3.公開者 一般財団法人石油エネルギー技術センター
本発明は、多成分混合物の全組成分析方法に関する。より詳細には、本発明は、コンピュータにより多成分混合物を構成する各成分の分子構造を特定し、そこから得られる構造情報及び物性値データベースを用いた新規の多成分凝集モデルに基づいて、重質油をはじめとする種々の多成分混合物における各成分の溶解、凝集及び析出等の性状を定量的に推定する方法、それに使用される装置、及びその方法若しくは装置をコンピュータに実行させるコンピュータプログラムに関する。
石油精製に関する諸装置の運転においては、通常、比重や粘度、蒸留性状(沸点)などの全体の物理的性状に基づいて原料油を分析し、過去の類似のデータを有する油種の運転実績を参考にして運転条件を決めるという手法がとられている。
しかしながら、昨今では、輸入原油種が多様化しており、類似する過去のデータを探すことは容易ではない。さらに運転効率の向上や環境保護という面からも、単純に過去の運転実績を踏襲すればよいというものではなくなっている。
そこで、比重や粘度、蒸留性状というような石油全体を一括りにした観点で捉えるのではなく、石油を構成している炭化水素分子というレベルでその化学構造や存在割合を把握し、それにより得られた推定物性値等の知見に基づいて運転条件を設定することができれば、より客観性に基づいた効率的な運転ができると考えられてきた。そのため、石油業界においては、石油を分子レベルで把握する技術の出現が待ち望まれてきた。
ところが、石油は、膨大数の炭化水素分子からなる混合物であり、特に重質油は分子量が大きく、かつ複雑な化学構造を有する分子が極めて多種類存在するため、そのような分子の一つ一つについて、化学構造を特定し、それらの存在割合をも特定するというのは、非常に困難なことであった。
これまで、石油を分子レベルで分析し化学構造を解析するにあたっては、高分解能質量分析装置であるフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析計を用いて高精度に分子量を計測する技術が用いられてきた。フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析(以下、「FT-ICR-質量分析」ということがある。)は、高分子量成分を含む原油の常圧蒸留の分析において一般的に使用されている。FT-ICR-質量分析は、例えば、特許文献1又は特許文献2に記載されている。
特に、特許文献2には、石油を構成している分子をアルゴン等に衝突させることにより、分子における架橋部分を切断して構成しているコア部分に分解し、それらの化学構造を求め、そののちにそれらを組み合わせて元の分子を再構築するという分子構造の推定方法が記載されている。
特表2014-500506号公報 特表2014-503816号公報
しかしながら、原油の蒸留による留出分のような低分子量の炭化水素を多く含む分画について、FT-ICR-質量分析を用いて精度高い分析を実施することは難しい。また、原油の蒸留による留出分と残油分は物性や解析適性が大きく異なることから、留出分と残油分とを合わせた原油の全組成分析行うことは困難であった。
本発明は、かかる状況下においてなされたものであり、コンピュータを用いて多成分混合物を構成する各成分の分子構造及び存在割合を一定の確実さを以て特定し、そこから得られる構造情報及び物性値データベースを用いたモデルに基づいて、多成分混合物の全組成を推定する方法を提供することを目的としている。更に、本発明は、当該多成分混合物の全組成の推定方法に使用される装置及びプログラムを提供することを目的としている。
上記の目的を達成するため、本発明者らは、以下の本発明を創出した。即ち、本発明による多成分混合物の組成分析方法は、
(1)前記多成分混合物を蒸留により分画するステップと、
(2)前記分画のうち常圧蒸留の留出分について、ガスクロマトグラフによるPONA分析、及び、二次元ガスクロマトグラフ又は高速液体クロマトグラフ(HPLC)により組成分析するステップと、
(3)前記分画のうち常圧蒸留の残油分について、FT-ICR-質量分析により組成分析するステップと、
(4)前記ステップ(2)及び(3)により得られたピークの各々について、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定するステップと、
(5)前記多成分混合物に対し衝突誘起解離を行うステップと、
(6)前記ステップの衝突誘起解離により生成した各フラグメントイオンについて、質量分析を行い、各フラグメントイオンを構成するコアの構造及び存在割合を特定するステップと、
(7)前記ステップ(4)におけるピークの各々に帰属する分子を、分子式がCcHhNnOoSsである場合、ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む)及び下式(I)で表されるDBE値:
Figure 0007305402000001
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数である。)
に基づいてクラスに分け、当該各々のクラスに属するすべての分子について、その存在態様及び存在割合を推定するステップと、
(8)前記ステップ(7)において存在態様が推定された各分子に対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖及び架橋を決定して割り付けるステップと、
(9)前記ステップ(1)において得られた各分画の量情報と、前記ステップ(1)~(8)から得られる各分画における前記存在態様及び存在割合の情報とに基づいて、多成分混合物の組成を推定するステップと、
を含むことを特徴とするものである。
また、本発明の別の実施態様においては、多成分混合物の性状推定装置、及び多成分混合物の性状の推定方法や該装置を実行するためのコンピュータプログラムも提供される。
本発明によれば、コンピュータを用いて多成分混合物を構成する各成分の分子構造及び存在割合を一定の確実さを以て特定し、そこから得られる構造情報及び物性値データベースを用いたモデルに基づいて、多成分混合物の全組成を推定することができる。
本発明の一実施形態による方法を説明するフローチャートである。 本発明の別の実施形態による方法を説明するフローチャートである。 衝突誘起解離を説明する模式図である。 FT-ICR-質量分析にて得られた質量スペクトルと、あるピークに帰属する分子のJACD表示例である。 FT-ICR-質量分析にて得られた質量スペクトルのチャートである。 衝突誘起解離後のFT-ICR-質量分析において得られたピークのm/zとコア構造リスト内の精密質量とを比較、照合を説明する模式図である。 上段は、試料である多成分混合物についてのFT-ICR-質量分析にて得られた質量スペクトルのチャートであり、中段及び下段は、得られたピークに帰属される分子式をヘテロ原子の種類と数ごとの「群」に分け、さらに、その「群」においてDBE値によりピーク化しなおしたチャートである マルチコアの存在割合を説明する模式図である。 シングルコアの存在割合を説明する模式図である。 DBE値22に由来するコアの模式図である。 DBE値20に由来するコアの模式図である。 DBE値ごとのコアの「クラス」分けを説明する模式図である。 DBE値ごとのコアの「クラス」において、由来する親の質量順に並べたものを示す模式図である。 上記図12において、コアの割り付けを説明する模式図である。 多環芳香族レジン(PA)について、FT-ICR-質量分析にて得られた質量スペクトルのチャートである。 多環芳香族レジン(PA)について、衝突誘起解離後のFT-ICR-質量分析にて得られた質量スペクトルのチャートである。 HSP値の模式図である。 無溶媒でのモデル重質油の液相、凝集相及び固相の量と凝集相の平均凝集度を表すグラフである。 トルエン溶媒でのモデル重質油の液相、凝集相及び固相の量と凝集相の平均凝集度を表すグラフである。 トルエンとブロモベンゼンの等質量被混合溶媒でのモデル重質油の液相、凝集相及び固相の量と凝集相の平均凝集度を表すグラフである。 本発明の実施形態による多成分混合物の組成分析装置の機能ブロック図である。
<定義>
本発明の実施形態を説明するにあたり、先ず、本明細書にて使用する用語ないし表現について説明する。
「多成分混合物」
「多成分混合物」とは、二以上の成分からなるあらゆる混合物を包括する概念である。成分の含有割合は問わない。具体的には、好ましくは、「石油」であり、より好ましくは、「原油」である。
多成分混合物は、ある多成分混合物を複数の成分に分画することにより得られた一つの分画物であってもよい。例えば、上記分画する複数の成分の数は、好ましくは2~5個であり、より好ましくは3~5個であり、より一層好ましくは4~5個である。成分混合物を複数の成分に分画することは、測定ピークの重なり等による精度低下を回避する観点から好ましい。
「成分」
「成分」とは、「混合物をある特定の物理的又は化学的性状を基準として括った塊」、即ち、「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」を意味する。特定の物理的又は化学的性状を基準として括る方法としては、例えば、蒸留試験における沸点範囲を特定して、その温度範囲にあるものを一つの成分として分画する方法等が挙げられる。この場合、混合物は「分画物(フラクション)の集合体」ということになる。或いは、「成分」を、多成分混合物を構成する一つ一つの構成員であって、「同一の分子種に属すると認められる分子の集合体」と捉えてもよい。ここで、「同一の」とは、「分子構造を完璧に特定し、その上で同一である」、或いは、「分子構造上の異性体(分子式は同じであるが構造が異なるもの)同士は同一のものとする」という意味と捉えてもよく、例えば、後述する「JACDのような方式で特定された構造において同一である」という意味と捉えてもよい。さらには、広く「任意に定めた基準に基づいて一括りにした分子の集合体」という意味と捉えてもよい。
「構成する」
「多成分混合物を構成する」とは、多成分混合物中に存在する100%すべての成分を想定するものでなくてもよい。本発明により特定される各成分の分子構造をどのように利用するかにより、どの程度の詳細さを以て成分としての分子種特定が必要になるかに応じて、「構成する各成分」を適宜決定すればよい。例えば、多成分混合物中において一定の存在量(存在割合)以上を持つ分子種のみを対象として、「構成する成分」と捉えてもよい。石油のような膨大な種類の分子種すべてについて分子構造を同定する必要性は必ずしも高いとは限らず、微量しか存在しない分子種等については、必要に応じて、無視してもよい。例えば、「多成分混合物」として、多環芳香族レジン分(PA)を対象とする場合、PAを構成する成分として、パラフィン系化合物及びオレフィン系化合物の存在は無視してもよい。
「分子構造を特定する」、「分子」
「分子構造を特定する」とは、上記「成分」における「分子」に関し、分子が持つ構造に関する何等かの情報を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。目的及び必要性に応じて、その度合い、表示の方式を適宜選択すればよい。分子全体の構造を特定するという行為のみならず、分子の一部分についての構造に関する情報を組み込んでもよい。例えば、コア部分の構造のみを特定し、側鎖部分や架橋部分については構造は特定せず分子式のままにしておいてもよい。
本明細書において、好ましくは、後述する「JACD」で分子構造を特定する。「JACD」で構造が特定された分子というのは、後述するアトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。本明細書において、「分子」は、異性体をすべて含む概念と捉えてもよい。
「各成分の存在割合を特定する」
「各成分の存在割合を特定する」とは、混合物を構成する各成分について、それらが存在する比率を特定するという行為であれば、あらゆる行為を包含するものである。また、混合物を構成するすべての成分種について存在割合が特定されなければならないという意味ではなく、分析技術では検出が困難な程度の量しか存在しないような成分や特定する必要のない成分までを含めたすべての成分の存在割合を特定して初めて、「各成分の存在割合を特定した」とするものではない。かかる微量成分等については、「その他の成分」としてまとめて扱ってもよい。さらには、これらを「混合物を構成する各成分」という範囲から除外し、他の成分の存在割合を算出する上での分母に入れなくてもよい。
「すべての」
本明細書において、「すべての」とは、必ずしも「100%全部の」という意味でなくてもよい。例えば、質量スペクトルについて「すべてのピーク」という言い方をしている箇所については、文字どおり、「100%全部のピーク」という意味のみならず、例えば、その場面での検討の目的上必ずしも必要でない分子に関するピークや判別しにくいようなピーク等については、適宜、除外した上で、それ以外のピークを指すという意味と捉えてもよい。
「全組成」
「全組成」とは、必ずしも「100%全部の」という意味でなくてもよい。例えば、質文字どおり、「100%全部の組成」という意味のみならず、例えば、その場面での検討の目的上必ずしも必要でない成分や判別しにくいような成分等については、適宜、除外した上で、それ以外の成分を指すという意味と捉えてもよい。
「ピーク」
質量分析において得られるピークの横軸は、多成分混合物を構成する各成分の分子イオン又は擬分子イオンについてのm/zである。このm/zが示す数値は、分子イオン又は擬分子イオンの質量に相当する数値であるため、概ね、そのピークに帰属させられる分子の分子量を表している。本明細書では、この「質量分析において得られた、分子イオン又は擬分子イオンについてのm/zのピーク」を、「質量分析において得られたピーク」、又は単に「ピーク」ということがある。また、当該ピークの高さは、そのピークに帰属する分子の相対的な存在割合を示している。
「分子式」
「分子式」とは、分子を構成する元素の種類と数のみを示す式のことであり、構造は特定されていないものを指している。分子を構成する元素の種類と数がわかっているため、分子量及び後述するDBE値等の情報は得ることができる。
本発明において主として用いているフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式による質量分析(以下、「FT-ICR-質量分析」ともいい、FT-ICR-質量分析により得られたスペクトルを「FT-ICR-質量分析スペクトル」ともいう)においては、m/zの値を小数点第4位まで決定することができる。そのため、原子の同位体の存在をも考慮した精密な質量の数合わせを行うことにより、そのピークに帰属する分子の分子式を決定することができる。分子式というのは、分子を構成する元素の種類と数のみを表すものにすぎないため、上記決定された分子式に該当する分子としては、異性体が複数存在しうる。即ち、1本のピークには、分子式が同一である複数の異性体が帰属しうる。
ただし、FT-ICR-質量分析の特性上、分子式は同一であっても、例えば、その分子イオンに水素イオンが付加している等により、元の分子イオンと質量が異なることになり、そのため別のピークとして現れることがある。よって、測定上は別ピークとして現れたものであっても、分子式を構成する元素の種類と数が同一であるものは「同一の分子式」として捉えてもよい。「その分子式に該当する分子」という文言において、「その分子式」というのは、このような「同一の分子式」という意味で捉えてもよい。また、「あるピーク」という場合、上記の意味で「同一の分子式」を表しているとされた種々のm/zのピークをすべてまとめて捉えた概念と考えてもよい。
「コア」、「シングルコア」、「ダブルコア」
「コア」とは、後述の「JACD」の項で記載する「アトリビュート」の一種であって、具体的には、芳香環又はナフテン環そのもの、芳香環とナフテン環が架橋ではなく直接結合しているもの、芳香環又はナフテン環にヘテロ環が架橋ではなく直接結合しているものである。架橋又は側鎖は、コアとは別のアトリビュートであるため、「コア」とは、架橋又は側鎖を一切有しないものを意味している。
一方、「シングルコア」とは、上記コアを1個だけ有する分子を指す概念である。分子を指す概念であるため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。上記コアの2個以上が架橋してなる分子を「マルチコア」という。「マルチコア」も分子を意味するため、コアに側鎖が結合しているものも包含している。2個のコアが架橋してなる分子を「ダブルコア」という。
例えば、以下に示すナフタレン分子は、1個の芳香環からなるものであるため「シングルコア」であり、ベンゼン環2個からなるダブルコアではない。
Figure 0007305402000002
「DBE値」
「DBE値」とは、分子式が、「C」である場合、以下の式(1)にて算出される値である。
DBE = c- h/2+n/2 + 1 ・・・(1)
(式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数を示す。)
この値は、概ね、分子における不飽和性、とりわけ、二重結合及び環の存在の程度を示すものである。
「JACD (ジャックディー)」「Juxtaposed Attributes for Chemical-structure Description)」
「JACD」とは、分子構造に関する新規な表示方式であって、分子の構造を、アトリビュートの種類及びアトリビュートの数により表示するものである。アトリビュートが他のアトリビュートのいずれの位置において結合しているかについては表示しない。
上記において、「アトリビュート」とは、分子を構成している化学構造上の部品(パーツ)を指す概念である。芳香族化合物においては、具体的には、前述の「コア」、「架橋」及び「側鎖」を指す。
この表示方式によると、石油を構成する膨大数の分子の各々に関し、それらの構造を、必要かつ十分な程度に特定することができる。
以下の化学式で表された分子を例にとって説明する。
Figure 0007305402000003
この化合物をJACDで表すと、以下の表1のようになる。
Figure 0007305402000004
JACDで表示され、構造が特定された分子とは、アトリビュートの結合位置の違いによる異性体をすべて含む概念である。
「物性値」
「物性値」とは、上記の方法により特定された分子構造及びその存在割合に基づいて得られる値であって、物質の物理的又は化学的な性質や性状、特性を表現するものであれば、名称の如何に拘わらず、「物性値」に含まれる。本明細書において、「物性値」とは、これらに限定されるものではないが、例えば、融点、ハンセン溶解度指数値、生成ギブス自由エネルギー、イオン化ポテンシャル、分極率、誘電率、蒸気圧、液体密度、API度、気体粘度、液体粘度、表面張力、沸点、臨界温度、臨界圧力、臨界体積、生成熱、熱容量、双極子モーメント、エンタルピー、エントロピー等である。
「石油」
本明細書において、「石油」とは、原油、並びに原油を蒸留して得られる諸留分及び諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいう。或いは、原油を蒸留して得られたある留分について、さらに飽和炭化水素や芳香族炭化水素等の成分に分画した分画物をさすこともある。
「石油に関する装置」
本明細書において、「石油に関する装置」とは、蒸留装置や抽出装置をはじめ、改質装置、水素添加反応装置、脱硫装置等の化学反応を伴う装置等、石油の処理に関する装置をすべて含む。「石油に関する装置」を総じて、「石油精製装置」ともいう。
「常圧蒸留」
本明細書において、常圧蒸留とは、石油精製プロセスにおける一般的な常圧蒸留プロセスを意味する。常圧蒸留は、通常、加熱炉と精留塔とからなる常圧蒸留装置を用い、例えば、原油からLPG、ナフサ、灯油、軽油、常圧蒸留残油分などの各留分に分離することにより行うことができる。常圧蒸留の温度は、所望の各留分の沸点に応じて適宜設定してよく、例えば、JIS K2254に規定された常圧法蒸留試験法による蒸留性状の温度範囲(160~390℃)とすることができる。
<多成分混合物の全組成分析>
次に、図1Aのフローチャートを参照して、本実施形態における多成分混合物の各成分の分子構造を特定するための、各ステップを説明する。
(1)ステップ1(蒸留)(図1AのS1)
ステップ1は、多成分混合物を蒸留により分画するステップである。多成分混合物蒸留は、通常、加熱炉と精留塔とを備えた常圧蒸留装置等を用いて実施することができる。また、蒸留は、高沸点の石油系炭化水素の分解を避ける観点から、常圧蒸留装置に代えて又は常圧蒸留装置と組み合わせて減圧蒸留装置を用いて実施してもよく、本発明にはかかる態様も含まれる。一つの実施態様によれば、多成分混合物の蒸留において、多成分混合物は、常圧蒸留の留出分と残油分に分画することが好ましい。
上記蒸留の留出分は、好ましくはJIS K2254に準拠する軽油の沸点(360℃)以下の沸点を有する留分である。蒸留の留出分の具体例としては、例えば、軽質ナフサ(沸点:約35~約80℃)、重質ナフサ(沸点:約80~約180℃)等のナフサ(沸点:約30~約180℃)、灯油(沸点:約170~約250℃)、軽油(約240~約360℃)等の灯軽油留分(沸点:約170~約360℃)が挙げられる。
また上記蒸留の残油分は、好ましくはJIS K2254に準拠する軽油の沸点(360℃)より高い沸点を有する留分である。常圧蒸留の残油分の具体例としては、原油の常圧蒸留によって搭底から得られる重質油(沸点:約400℃以上)等が挙げられ、重質油は常圧蒸留残渣油(ロングレシデュー)とも称される。
なお、蒸留による留分及び残油分は、2以上の任意の分画に分けて後続するステップの分析に使用してもよい。例えば、留分又は残油分を、分画物I、分画物II・・等に分画した場合。分画物Iと分画物IIについて後述する同様の分析方法により、各成分の分子構造及び組成を特定することができる。
留分及び残油分をそれぞれ分画するにあたって、分画物の境目とする基準又は分画するための方法は特に問わない。具体的には、以下のような方法で行うのが好ましい。
留分又は残油分に対し高精度なタイプ別分離前処理を施し、複数の成分に分画するという方法である。特に残油分の場合、かかる分画を行うことが好ましい。「タイプ別分離前処理」の方法としては、特に限定はされず、任意の基準に従っていくつかの成分に分離させればよいのであるが、カラムクロマト分画方法、ソックスレー抽出法や高速溶媒抽出法等の溶媒抽出法等の公知の方法を用いればよい。残油分の場合は、例えば、特開2011-133363号公報に記載の方法のように、カラムクロマト分画方法を用いるのが好ましい。いくつの成分に分画するかは、目的に応じて、適宜選択すればよい。
具体的には、次の第1~第3工程を含む方法が挙げられる。
(第1工程)
重質油をn-パラフィンに可溶なマルテン分とそれ以外の不溶分に分離する。
(第2工程)
上記(第1工程)で分離したマルテン分をカラムクロマトグラフィーを用いて飽和分(Sa)、1環芳香族分(1A)、2環芳香族分(2A)、3環以上の芳香族分(3A+)、極性レジン分(Po)及び多環芳香族レジン(PA)の各フラクションに分離する。
(第3工程)
さらに好ましくは、前記第2工程で得られた3環以上の芳香族分フラクション(3A+)を、分取液体クロマトグラフィーを用いて、さらにPeri型4環芳香族分とCata型4環芳香族分のフラクション及び場合によっては5環以上の芳香族分(5A+)に分離してもよい。
ステップ(1)では、好ましくは蒸留前の原油の質量、並びに蒸留後の留出分及び残油分の各分画物の質量を公知の計量計を用いて測定することにより、各分画の量情報を算出しておく。
(2)ステップ2 (常圧蒸留の留出分の組成分析)(図1AのS2)
ステップ2は、分画した常圧蒸留の留出分について、ガスクロマトグラフによるPONA分析と、二次元ガスクロマトグラフ又は高速液体クロマトグラフ(HPLC)とにより組成分析を実施するステップである。
ステップ2で使用されるPONA分析においては、高分解能を有するキャピラリカラムを用いたガスクロマトグラフ装置に用いて、常圧蒸留の留出分中の各成分を、炭素数や構造によって、ノルマルパラフィン(n-paraffines)、イソパラフィン(isoparaffines)、オレフィン(olefins)、ナフテン(naphthenes)、芳香族(aromatics)のタイプ別の分類し、定量することができる。PONA分析によれば、各成分の容量濃度・重量濃度・mol比率を測定することにより、常圧蒸留の留出分中の組成を算出することができるが、好ましくはナフサより軽質の留分に用いられる。PONA分析は、「日本工業規格 ガスクロによる全組成分析試験方法(JIS K-2536)」又は「石油学会規格 ガソリン全組成分析法-キャピラリカラムガスクロマトグラム法(JPI-5S-52-99)」に準じて実施することができる。
また、ステップ2では、二次元ガスクロマトグラフ又は高速液体クロマトグラフ(HPLC)を実施することにより常圧蒸留の留出分中の各成分を精度高く分類し、定量することができるが、好ましくは灯軽油よりも重質な留分に用いられる。
2次元ガスクロマトグラフ(GCxGC)は周知の分析法であり、Schoenmkers、Journal of Chromatography A 892(2000)29の記載に準じて実施することができる。2次元ガスクロマトグラフによれば、1次元クロマトグラフィーでは沸点が近く分離できなかった物質を極性の違い等により分離することができる。
また、高速液体クロマトグラフは、JPI-5S-49「石油製品-炭化水素タイプ試験方法-高速液体クロマトグラフ法」に準拠して実施することができる。かかる方法は、常圧蒸留の留出分における芳香族分の容量を精度高く算出する上で有利に利用することができる。
ステップ2では、必要に応じて、PONA分析と、2次元ガスクロマトグラフ又は高速液体クロマトグラフによる分析を実施する。PONA分析と、2次元ガスクロマトグラフ又は高速液体クロマトグラフとは、並行して行ってもよく、順番に行ってもよい。
(3)ステップ3(常圧蒸留の残油分のFT-ICR-質量分析)(図1AのS3)
ステップ3は、常圧蒸留の残油分についてFT-ICR-質量分析により組成分析するステップである。具体的には、FT-ICR-質量分析計を用いて、公知の方法、即ち、試料をソフトイオン化して分子イオン又は擬分子イオンを形成することにより、高精度な計測を行う。ステップ3は、ステップ2(PONA分析と、2次元ガスクロマトグラフ又は高速液体クロマトグラフ)と、並行して実施してもよく、順番に行ってもよい。
(4)ステップ4(分子式、存在割合の特定)(図1AのS4)
ステップ4は、ステップ(2)及び(3)により得られたピークの各々について、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定するステップである。
(5)ステップ5(衝突誘起解離)(図1AのS5)
ステップ5は、多成分混合物に対し衝突誘起解離を行うステップである。「衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation、以下、「CID」ともいう。)」とは、分子をイオン化し、これをアルゴン等の不活性ガスに衝突させ、架橋及び側鎖を切断する操作をいう。通常、当該多成分混合物を構成する各成分における架橋及び側鎖が切断されるように、衝突エネルギーを与えることが好ましい。架橋及び側鎖を切断することにより、コアごとのフラグメントイオンが生成される。このコアは、衝突誘起解離では切断し得なかった炭素数0~4程度の脂肪族基を側鎖として有していることがある。
多成分混合物に対しFT-ICR-質量分析を行ったとき、得られるピークのm/zから、多成分混合物を構成する分子の分子式を決定することができるが、その分子の「コア」に関する情報は得られない。そこで、さらに、衝突誘起解離を行って、多成分混合物を構成する各分子中の架橋及び側鎖を切断すれば、多成分混合物全体の中に存在するコアの種類を知ることができる。
衝突誘起解離を行う条件としては、分子中の架橋及び側鎖を有効に切断できる衝突エネルギー、例えば、10~50kcal/モルが好ましく、20~40kcal/モルがより好ましい。なお、40kcal/モルは、分子量を700とすると32eVに相当する。
(6)ステップ6(各コアの構造及び存在割合の特定)(図1AのS6)
ステップ6は、ステップ5の衝突誘起解離により生成した各フラグメントイオンについて、質量分析、好ましくは、FT-ICR-質量分析を行い、各フラグメントイオンを構成するコアの構造及び存在割合を特定するステップである。
(ア)まず、各フラグメントイオンを構成するコアについて、その構造を特定する方法を説明する。
具体的には、前記ステップ5で得られたコアに関する情報と、予め用意しておいたコア構造リストに記載されているコアに関する情報とを照合し、各コアの構造を特定する方法である。
詳しくは、以下のとおりである。
i. 衝突誘起解離後におけるコアに関する情報の取得
衝突誘起解離後の各フラグメントイオンのFT-ICR-質量分析においては、コアの部分は同じであっても、側鎖として炭素数が0~4程度の脂肪族基を有するフラグメントイオンは、その側鎖の種類に応じて、各々質量が異なるため、別々のピークとして現れる。そこで、コアに側鎖として炭素数が0~4の脂肪族基を持つものについて、これら各種の質量を予め算出しておき、上記現れた別々のピークを種々比較照合すれば、コアそのものの質量を割り出すことが可能となる。
この方法を用いて、ステップ5において、衝突誘起解離後に得られたピークの各々について、そのピークに帰属されるコアは、質量がいくつで、O,N又はS原子等のヘテロ原子がいくつ存在し、またDBE値から芳香環がいくつ存在しているかという情報を得ることができる。
ii. 衝突誘起解離後におけるコアの構造の特定
衝突誘起解離後におけるコアの構造を特定する方法として、予め、多成分混合物の各成分分子を構成すると想定できる各種のコアをモデルとしてリスト化した、「コア構造リスト」を作成しておき、当該リストに格納されているコアの分子量、ヘテロ原子の種類と数等の情報と上記にて得られたコアの情報を照合して、このリストの中から最も妥当と考えられるコアのモデルを選択し、そのコアを当該コアとして該当させるという方法がある。
この方法により、衝突誘起解離後のFT-ICR-質量分析にて得られたすべてのピークに対して、コアが割り付けられ、その構造を知ることが可能となる。
iii.コア構造リスト
上記コア構造リストに格納するコアの種類については、特に限定されるものではなく、いかなるものであってもよいが、格納するコアの選定の妥当性が各コアの構造特定の妥当性に直結することになる。
試料である多成分混合物そのものの内容に応じて、予め「コア構造リスト」を作成しておくのが好ましい。例えば、多成分混合物が石油の場合、これまでの石油に関する知見をもとにして、予め、「石油の分子構造特定用のコア構造リスト」を作成しておき、それを用いればよい。
リストの作成においては、基本となる芳香環における環数、芳香環に直接結合するナフテン環の種類と数(カタ型かペリ型かという違いも含む)及び直接結合の態様(即ち、基本芳香環のどの位置にどういう形でナフテン環が結合しているのかという態様)等、諸条件を勘案して、適当数のコアを格納するのがよい。
例えば、芳香環の大きさは6環までとすることや、ヘテロ原子はN、O、Sを想定し、ヘテロ環の種類としては10個程度とすること等、計算上の便宜を考慮してリストを作成すればよい。
iv.コア構造リストからの選定
コア構造リストには、「分子量、DBE値及びヘテロ原子の種類と数がすべて同じであるが、構造式が異なる」というものが複数存在している場合がある。この場合、それらの複数のうちどれを第一優先として選定するかについては、適宜、ルールを決めておけばよい。例えば、優先性として、次の1~3が挙げられる。
1.芳香環のみから成るものを優先する。
2.不飽和結合の多いものを優先する。
3.環数の少ないものを優先する。
(イ)次に、各コアの存在割合を特定する方法を説明する。
前述のとおり、ステップ5において衝突誘起解離後に得られた各々のピークの高さから、そのm/z、即ち、その質量を持つコアの存在割合を求めることができる。
本ステップ5で得られた衝突誘起解離後の各コアの構造は、後にステップ8にて用いられることになり、また、衝突誘起解離後の各コアの存在割合は、後にステップ7にて用いられることになる。
(7)ステップ7(クラスごとのコアの存在態様及び存在割合の推定)(図1AのS7)
ステップ4におけるピークの各々に帰属する分子を、「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)及びDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様及び存在割合を推定するステップである。
言い換えれば、ステップ1におけるすべてのピークに帰属する分子について、ステップ4にて特定された各々の分子式における「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)及びDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様及び存在割合を推定するステップである。
以下、ステップ7について詳説する。
(ア)ステップ4において、すべてのピークについて分子式が特定されているため、その分子式におけるヘテロ原子の種類とその数及びDBE値が判明する。したがって、本ステップでは、この「ヘテロ原子の種類とその数及びDBE値」に基づいて、すべてのピークに帰属させた分子それぞれを、「ヘテロ原子の種類とその数及びDBE値」ごとに括られたそれぞれの「クラス」の中に編入する。
「ヘテロ原子の種類と数」とは、詳しくは、「ヘテロ原子の種類ごとのそのヘテロ原子の数」である。ヘテロ原子とは、好ましくは、窒素原子、硫黄原子及び酸素原子であるため、「ヘテロ原子の種類と数」とは、好ましくは、「窒素原子、硫黄原子及び酸素原子のそれぞれの数」ということもできる。よって、ヘテロ原子に関して言えば、「窒素原子の数、硫黄原子の数及び酸素原子の数のすべてが一致するもの」が同一の「クラス」に入ることになる。
(イ)次に、(ア)に記載した「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」で括られた各クラスにおいて、そのクラスに属する各分子が、どういうシングルコア又はマルチコアであるのかを推定する。また、それらのシングルコア及びマルチコアは、それぞれどういう割合で存在するのかを推定する。
これらの推定を行うにあたっては、実際の計算上の便宜から、いくつかの仮定を設けて行うのが好ましい。
ここで、「マルチコア」は、どういうコアどうしが架橋して結合しているのかにより、いろいろな組み合わせがありうる。ただし、マルチコアを形成する複数個のコアのDBE値の和及びヘテロ原子の種類に応じた数の和は、そのクラスに属しているものは、皆、同じ値である。
(ウ)上記のように、FT-ICR-質量分析にて得られたピークの各々に帰属する分子について、ヘテロ原子の種類と数及びDBE値が同じものからなるクラスごとに括り直したが、そのクラスに属する分子は、シングルコア又はマルチコアである。これらのシングルコア又はマルチコアが、どういうコアをもって構成されるのかを推定する好ましい方法について、以下、説明する。
そのクラスに属する分子が、シングルコアである場合は、そのクラスに該当するヘテロ原子の種類と数及びDBE値を持つシングルコアが該当する。そのクラスに属する分子が、マルチコアである場合は、当該マルチコアを構成している複数のコア中に存在する同じ種類のヘテロ原子ごとの数の和及びこれら複数のコアのDBE値の和が、当該クラスのヘテロ原子の種類と数及びDBE値と一致するように、コアを組み合わせたものが該当する。複数のコアのヘテロ原子の種類に応じた数の和及びDBE値の和がそのクラスのヘテロ原子の種類と数及びDBE値に該当すればよいのであるから、マルチコアを構成する複数のコアの組み合わせは、通常、1つとは限らず、数通り存在する。
(エ)次に、「そのクラスに属する各分子であるシングルコア及びマルチコアは、それぞれどういう割合で存在するのか」を推定する。
好ましくは、最初に、マルチコアの存在割合は、そのマルチコアを構成している複数のコアそれぞれの存在割合の積であると仮定し、これを推定値とする。
(8)ステップ8(コア構造、側鎖及び架橋の決定)(図1AのS8)
ステップ8は、ステップ7において存在態様が推定された各分子に対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖及び架橋を決定して割り付けるステップである。
(ア)「ステップ7において存在態様が推定された各分子」に対し、「それらを形成するコアの構造を決定する」とは、以下のi~vの操作により行うものである。
i.ステップ7で存在態様が推定されたマルチコアの場合は、それを構成しているコアごとに分けて(解除して)とらえる。
ii.ステップ7で存在態様がシングルコアであると推定されたもの及び上記iのようにマルチコアを解除して生成したコアのすべてについて、同じ「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」のものごとにそれぞれの「クラス」に括り直す。因みに、ここでいう「クラス」は、もともとのシングルコア及びマルチコアを解除して得られたコアに関する概念であり、ステップ4で述べた分子に関する「クラス」とは別のものである。
iii.上記iiで括られた「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」のすべての「クラス」に関し、その「クラス」に存在しているコアのすべてについて、具体的な構造を割り付ける。
(イ)以下のi~iiiの操作により、さらに側鎖及び架橋を決定する。
i.上記により、シングルコア又はマルチコアのコアの部分の構造は特定することができたが、コアの部分のみの存在を想定しただけでは、対象とする試料についてFT-ICR-質量分析にて得られたピークのm/zが示す質量に合致しない。即ち、コアの部分に関与している炭素、水素及びヘテロ原子に基づく質量を合計しても、FT-ICR-質量分析にて得られたピークのm/zで示される質量と差が生じる。
そこで、その質量の差分は、コアに結合している側鎖及びコアどうしを結合させている架橋の存在に由来するものと考え、差分が解消するように炭素の数及び水素の数を割り出し、それを側鎖及び架橋としてコアに割り付ける。
例えば、あるm/z=nのピークに対して、上記の手順により、コア1とコア2が架橋してなるあるダブルコアが割り付けられたとする。このとき、
その質量の差分(d)=n-(コア1の質量+コア2の質量)
が、側鎖及び架橋の存在に由来するものとなる。
ii.上記iにおいては、側鎖及び架橋として割り付ける炭素の数及び水素の数は求められるが、まだ、どういう構造の側鎖及び架橋かは決定できていない。そこで、どういう構造の側鎖及び架橋が相当するのかを推定するにあたっては、想定される側鎖及び架橋の組合せの存在確率を考慮して、例えば、以下のようなルールを決めておき、それに従って推定すればよい。ルールとしては、側鎖や架橋を構成する炭素の数の上限や側鎖の本数等の条件を予め定めておけばよい。
iii.上記iにおいて、その質量の差分に相当する側鎖又は架橋が存在しない場合は、コア1とコア2が単に結合しているという構造を当てはめてもよい。
(ウ)上記にて決定した側鎖及び架橋を「コアに割り付ける」とは、どのコアのどの位置に側鎖や架橋が結合しているかを決定することまでを包含する意味ではない。
(エ)このようにして、ステップ8により、ステップ7において存在態様が推定された各シングルコア又はダブルコアに対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖及び架橋を決定することができる。
上記のステップ1~ステップ8により、多成分混合物を構成する各分画の各成分について、その分子構造をJACDで特定し、またその存在割合を特定することができる。
上記のステップ1~ステップ8により、多成分混合物を構成する各分画の各成分について、その分子構造をJACDで特定し、またその存在割合を特定することができる。
(9)ステップ9(多成分混合物の組成の決定(成分情報取得))(図1AのS9)
ステップ9は、ステップ1において得られる各分画の量情報と、ステップ1~8から得られる各分画における各成分の存在態様及び存在割合の情報とに基づいて、多成分混合物の組成を推定するステップである。
上記のとおり、蒸留による留分及び残油分をはじめとする各分画物については、各分画物を構成する各成分の分子構造及びその存在割合を特定する。しかる後に、分画物の混合比、即ち、分画収率に従って、全分画物の全成分を統合すれば、多成分混合物の組成モデル全体について、どういう成分により、どういう割合で構成されているのかを特定することができる。
また、本発明の好ましい態様によれば、多成分混合物を構成する各成分の分子構造およびその存在割合に基づいて、多成分混合物の物性値および凝集度をさらに推定することができる。以下、かかる実施態様の一例として、多成分混合物の融点及びハンセン溶解度指数値の取得ステップを説明する。
まず、ステップ1~9において、JACDを用いて特定された多成分混合物の各成分の分子構造から、各成分の融点及びハンセン溶解度指数値(以下、「HSP値」ともいう)を取得する手順について説明する。
これらの物性値は、上記のようにして特定された多成分混合物の各成分の分子構造について、全石油分子データベース(Comcat)を用いて特定することが好ましい。
Comcatとは、JACDと各物性値とが紐付けられた「JACD-物性値データベース」のことである。該データベースへの登録分子数は、約2,500万件であり、石油に含まれる全成分は、すべてComcatに含まれる分子から構成されると仮定したモデル系解析において、利用可能である。
該データベースに登録されている物性値は、融点、ハンセン溶解度指数値、沸点、臨界湿度、臨界圧力、臨界体積、蒸気圧、液体密度、気体粘度、液体粘度、表面張力、双極子モーメント、分極率、イオン化ポテンシャル、生成熱、エンタルピー、エントロピー、自由エネルギー、熱容量等の約200種の物性値である。
これらの物性値は、通常、原子団寄与法や分子軌道法を用いて算出される。原子団寄与法とは、ある物質の物性値を求めるにあたり、その物質の化学構造を特定し、存在する各種の原子団、即ち、「基」が持つ固有のパラメータ値をもとに、その物質の物性値を算出するという方法である。即ち、その物質が持つ「基」が特定されることが前提となる。また、分子軌道法においても、まず、その物質が持つ「基」が特定され、それをもとに構造が特定されることが前提となる。
本発明においては、上述のように、多成分混合物を構成する各成分について、存在する各種の原子団が特定されるため、各種の原子団が持つ公知の固有のパラメータ値を用いて、その成分の物性値を算出することができる。さらに、各成分の存在割合も特定されているため、この存在割合を考慮すれば、適宜、各成分の持つ物性値から全体の多成分混合物の物性値を推算することが可能となる。
次に、上記で得られた各成分の融点及びハンセン溶解度指数値を用いた、多成分凝集モデルによる多成分混合物の性状推定ステップを説明する。
本発明の実施形態の説明に先立ち、本発明が立脚する多成分凝集モデル(Multi-Component Aggregation Model:MCAM)について、以下のステップ(10)~(19)により説明する。
(10)ステップ10(液相成分と非液相成分への分離)(図1BのS10)
上記のステップ1~9において、各成分の分率、融点及びハンセン溶解度指数値を取得し、所望の温度Tを設定する。
多成分混合物を構成する各成分のうち、所望の温度T未満の融点を有する成分を液相成分として分類し、該所望の温度T以上の融点を有する成分を非液相成分として分類する。ここで所望の温度Tとは、上記で定義したとおりである。
(11)ステップ11(液相全体の平均HSP値の算出)(図1BのS11)
ステップ10において液相成分として分類された各成分のHSP値について、各成分の当該液相における容積分率で重み付けした加重平均値を、液相全体の平均HSP値として算出する。各成分について、密度、分子量等の物性に関する諸情報を予め取得しておくことにより、容積分率を算出することができる。
(12)ステップ12(液相全体と各非液相成分とのHSP値の差の算出)(図1BのS12)
ステップ11において算出した液相全体の平均HSP値と、非液相成分における各成分のHSP値との差(Δδ)を算出する。
(13)ステップ13(Δδに基づく各成分の分類の更新)(図1BのS13)
非液相成分における各成分を、ステップ12において算出した差(Δδ)に基づいて、液相成分又は非液相成分として再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分へ編入して、液相成分及び非液相成分を更新する。
この再分類における更新は、非液相成分における各成分について、一つずつ順番に行ってもよいし、複数の成分ごとに行ってもよい。
(14)ステップ14(更新後の液相全体の平均HSP値の算出)(図1BのS14)
ステップ13において更新した後の液相成分における各成分のHSP値について、各成分の当該更新後の液相における容積分率で重み付けした加重平均値を、更新後の液相全体の平均HSP値として算出する。
(15)ステップ15(ステップ11~14の繰り返し)(図1BのS15)
ステップ12~15を、ステップ15において液相成分として再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで繰り返す。
(16)ステップ16(非液相成分の凝集度の算出)(図1BのS16)
所望の温度における最終段階での更新後の非液相成分の凝集度Dを算出する。
(17)ステップ17(凝集度に基づく非液相成分の分類)(図1BのS17)
最終段階での更新後の非液相成分における各成分を、凝集度Dに基づいて、凝集相成分と固相成分とに分類する。
(18)ステップ18(凝集相成分の平均凝集度の算出)(図1BのS18)
ステップ17で分類した凝集相成分の平均凝縮度Dを算出する。
(19)ステップ19(多成分混合物の性状の出力)(図1BのS19)
上記ステップから得られた情報により、多成分混合物の性状を出力する。
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
<蒸留及び留分の分析>
ステップ1及び2(図1AのS1およびS2)
常圧蒸留装置により、原油をJIS K2254に準拠するナフサ留分と灯軽油留分と残油分とに分画する。
ナフサ留分については、ガスクロマトグラフによるPONA分析を実施し、灯軽油留分については二次元ガスクロマトグラフにより分析した。
本発明の、コンピュータによる多成分混合物の性状の推定方法について、図1Aのフローチャートに示した各ステップを想定モデルに適用して説明する。「多成分混合物」由来の分画として、常圧蒸留の残油分由来の多環芳香族レジン分(PA)をモデルとして用いる。
ステップ3及び4(図1AのS3およびS4)
ステップ3および4において、多成分混合物を構成する各成分の分子式及びその分子式に該当する分子の存在割合を特定する。例えば、図4のFT-ICR-質量分析により得られたスペクトルのチャートを見ると、質量(m/z)が303.2付近には多くのピークが現れている。そのピークの各々について、帰属する分子の分子式を正確に特定する。
また、全ピークの高さの総和に対するあるピークの高さの比率は、そのピークに帰属する分子の存在割合を表すことから、その高さから各成分の分子式に該当する分子の存在割合を特定する。
ステップ5(衝突誘起解離(CID))(図1AのS5)
ステップ5においては、多成分混合物に対し衝突誘起解離を行う。
図2に示したように、炭素数40、DBE=17の親イオンを衝突誘起解離により、側鎖、架橋を切断し、二つのフラグメントイオンに解離させる。CID前の分子(親イオン)のDBE値「17」とCID後の2つの分子(フラグメントイオン)のDBE値「10」と「7」の和は等しくなる。
CIDにより、図2に示したように、架橋を持つ分子のほとんどは架橋及び側鎖を切断され、適切な条件下では、コアと炭素数がせいぜい4以下の側鎖からなることになる。
ステップ6(各コアの構造及び存在割合の特定)(図1AのS6)
ステップ6では、ステップ2のCIDにより生成した各フラグメントイオンについて、FT-ICR-質量分析を行い、各フラグメントイオンを構成するコアの構造及び存在割合を特定する。即ち、CID後の各フラグメントイオンについてのFT-ICR-質量分析にて得られたピークに対して、それに帰属するコアの構造及び存在割合を特定する。
図5の模式図を参照して、各コアの構造及び存在割合の特定方法を説明する。ここでは、CID後のFT-ICR-質量スペクトルのm/zの値とコア構造リストに格納されているコアの精密質量とを比較、照合することで、各々のピークにコアを帰属させる。その際、ピークのm/zから得られる分子量、分子式、DBE値が一致するように、「コア構造リスト」に収納されているコアを照合し、選択して帰属させる。
ここにおいて、CID後のFT-ICR-質量スペクトルのすべてのピークに対し、帰属させられたコアの構造、分子量、ヘテロ原子の種類と数及びDBE値が特定されることになる。
ピークにそれぞれ帰属させたコアは、その帰属ピークの相対的高さから存在割合も知ることができる。
ステップ7(クラスごとのコアの存在態様及び存在割合の推定)(図1AのS7)
ステップ6では、ステップ1におけるピークの各々に帰属する分子を、「ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む。)及びDBE値」に基づいて「クラス」に分け、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様及び存在割合を推定する。
(ア)まず、以下のようにして、対象とする多成分混合物のFT-ICR-質量分析にて得られたピークについて、「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」の「クラス」ごとにまとめてピークで表す。
図6を参照して説明する。図6の上段には、「FT-ICR-質量分析にて得られたピークそのもの」を示す。FT-ICR-質量分析にて得られたピークにおいては、そのピークに帰属する分子の分子式、ヘテロ原子の種類と数及びDBE値が判明している。そこで、まず、図6の中段に示すように、すべてのピークに割り付けられたすべての分子のうち、分子式中にヘテロ原子が存在しない分子については、まず「ヘテロ原子ゼロの群」として束ね、次に、その「ヘテロ原子ゼロの群」に存在することになった全分子について、「DBE値」ごとに分けピーク化する。次に、下段に示すように、分子式中に窒素原子が1つ存在する分子については、「N原子=1の群」として束ね、次に、その「N原子=1の群」に存在することになった全分子について、「DBE値」ごとに分けピーク化する。このように、順次、すべての「ヘテロ原子の種類及び数の群」について、該当する分子を束ね、その群に存在する全分子について、「DBE値」ごとに分けピーク化する。
上記では「ヘテロ原子ゼロの群」について述べたが、分子式中にヘテロ原子として窒素原子1個のみが存在する分子の場合は、それらについては「N1分子群」として束ね、そこに属しているすべての分子について、「DBE値」ごとに「クラス」として分ける。例えば、DBE値22のものを集めた「クラス」について、「N1分子群のDBE値22クラス」として分ける。また、分子式中にヘテロ原子として窒素原子1個と硫黄原子1個が存在する分子の場合は、それらについては「N1S1分子群」という別の群として束ねる。更に、「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」が同じ分子は、仮に炭素や水素の数が異なるため分子式が異なっていても「同一のクラス」に入ることになる。
以上により、「クラス」という単位で括られた分子の集まりは、ピークとして表すことが可能となる。
(イ)次に、「ヘテロ原子の種類と数」の群ごとにおける各「DBE値ピーク」に対し、そのピークはどういうコアから構成されているのかを推定する。
この場合、実際の計算上の便宜から、いくつかの仮定を設けて行うのが好ましい。以下に、「DBE値=22」を例にとって説明する。
DBE値が22の場合、挙げられるコアとしては、DBE値が22のシングルコア、DBE値の和が22となる複数のコアからなるマルチコアである。
ここで、次のように仮定(1)を設定する。
仮定(1):「すべてのマルチコアは2つのコアから構成されるものとする。即ち、ダブルコアのみとする。」
よって、DBE=22の場合、シングルコアは、 DBE=22のコア1個から成るものとなり、ダブルコアは、上記仮定(1)に基づき、想定される2つのコア(ここでは「コアAとコアB」とする)の組合せは以下の表2ようになる。
Figure 0007305402000005
なお、CID後のFT-ICR-質量分析の結果を見ると、DBE値が1~5のコアは存在しておらず、DBE値=1~5のコアは考慮する必要がないと言える。よって、ダブルコアの組合せとしては、「16-6、15-7、14-8、13-9、12-10、11-11」となる。
即ち、「DBE値=22」のピークは、以下の表3のようなコアから構成されていることになる。
Figure 0007305402000006
(ウ)次に、各コアがどういう割合で存在するのかを推定する。
この推定にあたっては、i.ダブルコア(マルチコア)の場合と、ii.シングルコアの場合とに分けて、以下の仮定(2)及び仮定(3)を設定して決定する。
i.ダブルコアの場合、次のように仮定(2)を設定する。
仮定(2):DBE値の和が22となる2つのコアの組合せからなるダブルコアのうち、例えば、「DBE値12のコアとDBE値10のコアからなるダブルコアの存在割合は、CID後のDBE値12のコアの存在割合とDBE値10のコアの存在割合の積である」と仮定し、この値を推定値とする。図7に、仮定(2)に基づくダブルコアの存在割合を模式的に示す。
ここで、CID後におけるDBE値12のコアの存在割合というのは、全DBE値のピークの高さの総和に対するDBE値12のピークの高さの比率のことである。
即ち、DBE値12のピークの存在割合は、(CID後のDBE値12を有する分子についてのピークの高さの総和)/(CID後の全ピークの高さの総和)となる。
DBE値10のものの存在割合も同様である。
DBE値の和が22となる2つのコアの他の組合せからなるダブルコア、例えば、DBE値14のコアとDBE値8のコアについても、同様にして、そのダブルコアの存在割合を推定することができる。
ii.シングルコアの場合、次のように仮定(3)を設定する。
仮定(3): DBE値が22となるシングルコアの存在割合は、「CID後のDBE値22のピ-クの存在割合をDBE値22で除した値」と仮定する。そして、この除した値を推定値とする。図8に、仮定(3)に基づくシングルコアの存在割合を模式的に示す。
以上のようにして、DBE値が22となるシングルコア及び種々のダブルコアの存在割合を推定することができる。
上記では、「ヘテロ原子=ゼロ群におけるDBE値=22」の場合について説明したが、対象とする多成分混合物のうち、ヘテロ原子=ゼロの場合はDBE値=13から32まで存在している(図6の中段)ため、各々のDBE値について、同様に、それに帰属するコアの存在態様を推定する。
さらに、N=1の場合、N=2の場合、・・・と存在するすべての「ヘテロ原子の種類と数」の群ごとに、以上の作業を行う。このような場合、マルチコアにおいては、ヘテロ原子がどこに存在するかにより、とりうる可能性のあるコアの種類数は膨大となる。そこで、例えば、「ヘテロ原子は側鎖及び架橋部には存在せず、コアのみに存在する。」という仮定を設けてもよい。またヘテロ原子が多数存在する、例えば、「窒素原子1個と硫黄原子1個が存在する群(N1S1群)」の場合は、「架橋により結合している2個のコアのうち、片方に窒素原子が1個存在し、もう片方に硫黄原子が1個存在する。」というような仮定を設けてもよい。
以上のようにして、各分子がどのようなシングルコア又はマルチコアからなるものであるかを推定することができる。
(エ)次に、「そのクラスに属する各分子であるシングルコア及びマルチコアは、それぞれどういう割合で存在するのか」を推定する。好ましくは、最初に、マルチコアの存在割合は、そのマルチコアを構成している複数のコアそれぞれの存在割合の積であると仮定し、これを推定値とする。
上記の例では、DBE値の和が22となる2個のコアの組合せからダブルコアのうち、例えば、DBE値12のコアとDBE値10のコアからなるダブルコアの存在割合は、「CID後におけるDBE値12のコアの存在割合とDBE値10のコアの存在割合の積」であると仮定し、これを推定値とする。
ここで、CID後におけるDBE値12のコアの存在割合は、CID後の全ピークの高さの総和に対するCID後におけるDBE値12のピークの高さの比率であるため、ステップ2及び3により既に分っている値を用いれば算出することができる。また、DBE値10のものの存在割合も同様にして知ることができる。更に、DBE値の和が22となる他の組合せからなるダブルコア、例えば、DBE値13のコアとDBE値9のコアについても、同様にして、そのダブルコアの存在割合を推定することができる。
このようにして、ヘテロ原子の種類と数及びDBE値が同じ分子からなる「クラス」ごとに括り直したものであっても、そのクラスに属している種々のマルチコアの存在割合を推定することができる。
また、次の仮定として、DBE値が22であるシングルコアの存在割合は、CID後のDBE値22のピークの存在割合をDBE値の「22」で除した値であると仮定し、推定値とするのが好ましい。
以上のように仮定して、DBE値が22となるシングルコア及び種々のマルチコアの存在割合を推定することができる。
ステップ8(コア構造、側鎖、架橋の決定)(図1AのS8)
ステップ7では、ステップ4において存在態様が推定された各分子に対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖及び架橋を決定して割り付ける。
(ア)まず、ステップ6において存在態様が推定された各分子について、それらを構成するコアの構造を決定して割り付ける。具体的には、以下のとおりである。
(ア-1)「準備」
以下の手順i~vにより、すべてのコアについて、同じ「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」ごとにそれぞれの「クラス」にまとめる。
i.ステップ6において存在態様が推定されたダブルコアの場合は、これを一旦解除し、構成しているコアごとに分けて捉えることにする。即ち、もともとのシングルコアは言うまでもなく、ダブルコアを解除して生成したコアのすべてを含めて、すべてのコアをそれぞれ独立したものとして捉える。
例えば、前出の例で言えば、図9に示すように、DBE値=22の場合、DBE値が6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、22のコアに分けられることになる。(前出の例では、CID後のFT-ICR-質量分析の結果を見ると、DBE値が1~5のコアは存在していなかったため、DBE値=1~5のコアは考慮する必要はなく、除外できる。)
他のDBE値のものについても、ダブルコアを解除し、構成しているコアごとに分ける。
図1A0に示すように、例えば、DBE値=20の場合、22の場合と同様に、DBE値が6、7、8、9、10、11、12、13、14、20のコアに分けられることになる。
ii.次に、もともとのシングルコア及び解除されたダブルコアから発生したすべてのコアについて、DBE値ごとにまとめる。例えば、DBE値が10のものは、元のダブルコアに関係なく、解除により発生したDBE値=10のものをすべて集める。DBE値が12・・・等、すべて同様にして集める。
このとき、図11に示すように、「DBE値=10」として集められた各々は、その由来により各々の存在量は異なっている。由来する親(即ち、親がDBE値=22のものに由来するDBE値=10のものか、親がDBE値=20のものに由来するDBE値=10のものかということ)の存在量に比例している。
iii.さらに、「ヘテロ原子なし。DBE値=10」であり、しかも「由来している親のDBE値も同じ22」という場合であっても、親のピークの質量が違う場合(即ち、側鎖の有無及びその数の違いにより、コアの部分は同じであっても質量が異なるものが複数存在する)は、別物となり、その存在割合もその親の存在割合に比例する。
iv.このように「ヘテロ原子なし。DBE値=10」の組には、その由来する親が何かによって異なる非常に多くのコアが存在することになる。
そして、これらの多くのコアを、図12に示すように、由来する親の質量に基づいて、親の質量が小のものから大のものへ順に並べる。
v.ヘテロ原子を含んでいるコアは、ヘテロ原子の種類と数ごとに各々別の「クラス」を形成し、上記と同様に行う。
以上により、すべてのコアについて、同じ「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」のものごとにそれぞれの「クラス」にまとめ、クラスに属している各コアが由来する親の質量の順に従って並べたものが作成できた。
(ア-2)「構造を割り付ける作業」
上記により作成された「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」のすべての「クラス」に関し、その組に存在しているすべてのコアに構造を割り付けていく。
以下、「ヘテロ原子なし。DBE値=10」のクラスで説明する。
i. 「ヘテロ原子なし。DBE値=10」の「クラス」に存在するすべてのコアの各々に構造を割り付けるのであるが、「割り付けられる構造」の出所は、ステップ5で特定されたコア構造である。
即ち、ステップ5において、CID後のすべてのピークに対し、帰属させたコアの構造、分子量、ヘテロ原子の種類と数及びDBE値が特定されているため、ある「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」の「クラス」には、CID後のすべてのピークのうち「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」が一致するピークのコアが割り付けられる。したがって、これらの値が一致することのみが条件であるため、該当するピークは複数存在する場合がある。その場合には、分子量の異なる複数の構造が一つの「クラス」に割り付けられることになる。
ii. 「ヘテロ原子なし。DBE値=10」の組に存在するすべてのコアに対し、ステップ3で特定した「ヘテロ原子なし。DBE値=10」を持つコアを適用する。ステップ3において、「ヘテロ原子なし。DBE値=10」を持つコアとして、コア構造リストから分子量が異なる以下のコアXとコアYの2種のみが特定され、その存在割合は、CID後のピーク高さの比から、コアXが30%、コアYが70%であったとする。
Figure 0007305402000007
「ヘテロ原子なし。DBE値=10」の組に存在しているコアは、構造としては、この2種のいずれかが割り付けられることになる。
iii. 「ヘテロ原子なし。DBE値=10」の組に存在している各々のコアに対し、コアXとコアYをどのように割り付けるのかについては、以下のようにして行う。
前記「準備」において、由来する親の質量に基づいて、質量小から大に順に並べたものを用意したが、この並べたものにおいて、図13に示すように、コアXとコアYの比、30:70のところで線引きし、質量小の側にはコアXを割り付け、質量大の側にはコアYを割り付ける。
以上により、「ヘテロ原子なし。DBE値=10」の組に存在しているすべてのコアに対し、その構造が割り付けられる。
(ア-3)「マルチコアの構造に戻す作業」
上記により、構造及び存在割合が割り付けられたすべてのコアについて、ステップ6で存在態様が推定された本来の解除される前のダブルコアに戻す。
このとき、例えば、DBE値=12のコア1とDBE値=10のコア2からなるダブルコアの場合、上記(ア-2)にて、DBE値=12のコア1にはある構造αが特定され、またDBE値=10のコア2にはある構造βが特定されているため、このダブルコアのコア部分の構造は特定される。また、構造αのコア及び構造βのコアの存在割合もステップ3においてそれぞれ特定されているため、前記ステップ4の仮定(2)より、DBE値=22のダブルコアの存在割合は、構造αのコアと構造βのコアの存在割合の積で表され、特定される。
(イ)「側鎖及び架橋を決定してコア種に割り付ける作業」
続いて、以下のi及びiiの手順にて、側鎖及び架橋を決定してコアに割り付ける。
ここで、「コアに割り付ける」とは、どのコアのどの位置に側鎖や架橋が結構しているかを決定することまでを包含する意味ではない。
i.上記において、シングルコア又はダブルコアのコアの部分の構造及びその存在割合は特定することができたが、コアに結合している側鎖やコアどうしを結合させている架橋については、まだ、決定できていない。
ところで、コアの部分のみを想定したのみでは、その分子量は、FT-ICR-質量分析にて得られたピークにおけるm/zの値に合致しない。即ち、コアの形成に関与している炭素、水素及びヘテロ原子に基づく質量を合計しても、FT-ICR-質量分析にて得られたピークにおけるm/zの値と差が生じる。
そこで、その差分は、コアに結合している側鎖とコアどうしを結合させている架橋の存在に由来するものと考え、差分が解消するように炭素及び水素の数を割出し、それを側鎖及び架橋としてコアに割り付ける。
例えば、あるm/z=nのピークに対して、上記の手順により、「コア1-コア2」からなるコア部分の構造が割り付けられたとする。このとき、
その差分(d)=n-(コア1の質量+コア2の質量)
が、側鎖及び架橋の存在に由来するものとなる。
ii.上記iにおいては、側鎖及び架橋として割り付ける炭素及び水素の数は求められるが、まだ、どういう構造の側鎖及び架橋かは決定できていない。
そこで、どういう構造の側鎖及び架橋が相当するのかを推定するにあたっては、想定される側鎖及び架橋の組合せの存在確率を考慮して、例えば、以下のようなルールを決めておき、それに従って推定すればよい。
ルール1:質量の差分(d)がある値Xまでについては、側鎖はなく、架橋のみに由来するものとする。
ルール2:質量の差分(d)がある値Xを超える分については、ルール1にて架橋を割り付けた後に側鎖に割り付ける。側鎖1本当たりとりうる最大の炭素数についてもルールを定めておき、それに従って割り付ける。
(ウ)このようにして、ステップ4において存在態様が推定されたすべてのコア種に対し、コア構造を決定し、さらに側鎖及び架橋を決定する。
上記のステップ4~ステップ5により、多成分混合物を構成する各分画の各成分について、その分子構造をJACDで特定し、またその存在割合を特定することができる。
ステップ9(図1AのS9)
ステップ1において得られた各分画の量情報と、ステップ1~8から得られる各分画における分子構造及び存在割合の情報とに基づいて、多成分混合物の全組成を推定することができる。
次に、多成分混合物又はその分画に対し、タイプ別分離前処理を施した場合の実施例を説明する。
ステップ1及び2(図1AのS1及び2)
I.タイプ別分画
原油を減圧蒸留処理して、ナフサ留分については、ガススクロマトグラフによるPONA分析を行い、灯軽油留分については、二次元ガスクロマトグラフにより、各成分組成を分析する。一方で、残油分に当たる試料として、常圧残油を減圧蒸留することにより得られた減圧残油(VR)を用いた。減圧残油(VR)は、重質油に相当するものである。減圧残油(VR)に対し、前処理方法(第1~2工程)を行うことによって得られた飽和分(Sa)、1環芳香族分(1A)、2環芳香族分(2A)、3環以上の芳香族分(3A+)、極性レジン分(Po)及び多環芳香族レジン(PA)の各フラクション、並びに、第1工程でマルテン分と分離したアスファルテン分(As)の各フラクションについて、それぞれの得率を求めた。
なお、前処理方法の第1~2工程は以下の方法で行った。
<第1工程:マルテン分の分離>
容量500ミリリットルの三角フラスコに試料を7gはかりとり、n-ヘプタンを220ミリリットル加え、空気冷却管をつけてn-ヘプタン不溶解分試験器で混合物を1時間還流煮沸した。
還流煮沸後、放置冷却し、ろ紙を用いてアスファルテン分を分離し、マルテン分を含むフラクションを得た。
<第2工程:マルテン分のカラムクロマトグラフィーによる分離>
第1工程で得たマルテン分を以下の条件にて、カラムクロマトグラフィーで分離した。
(1)カラムクロマトグラフィーのカラム条件
カラム:15mm×600mm(ゲル充填部分、ガラス製)
ゲル:シリカゲル40g+アルミナゲル50g(活性化後)
シリカゲル:Fuji Silysia製、Chromato Gel Grade 923AR
アルミナゲル:MP BiomebicaLs製、MP Alumina,Activated,Neutral,Super I
活性化条件:シリカゲル250℃×20h、アルミナゲル400℃×20h、0.2kg/cm2(N2ガス)加圧
試料量:1.5g(マルテン)
(2)分離方法
以下の溶媒を順次カラムに投入し、溶出溶液を分取した。
(i)n-ヘプタン200ミリリットルを投入し、溶出した試料溶液250ミリリットルまでを飽和分(Fr.Sa)としてカットする。
(ii)n-ヘプタン95%、トルエン5%混合溶媒250ミリリットルを投入し、溶出した試料溶液200ミリリットルまでを1環芳香族分(Fr.1A)としてカットする。
(iii)n-ヘプタン90%、トルエン10%混合溶媒250ミリリットルを投入し、 溶出した試料溶液200ミリリットルまでをカットし、2環芳香族分(Fr.2A)とする。
(iv)トルエン250ミリリットルを投入し、 溶出した試料溶液300ミリリットルをカットし、3環以上芳香族分(Fr.3A+)とする。
(v)エタノール250ミリリットルを投入し、溶出した試料溶液230ミリリットルをカットし、極性レジン(Fr.Po)とする。
(vi)クロロホルム100ミリリットルを投入する。続いて
(vii)エタノール100ミリリットルを投入し、再度(vi)、(vii)を繰り返す。
(vi)、(vii)はすべて1つのフラクションとして分取し、多環芳香族レジン(Fr.PA)とする。
結果は、以下のとおりであった。
飽和分(Sa)10%、1環芳香族分(1A)11%、2環芳香族分(2A)8%、3環以上の芳香族分(3A+)35%、極性レジン分(Po)9%、多環芳香族レジン分(PA)16%、及びアスファルテン分(As)11%。
II. 分子構造特定
ステップ3及び4(図1AのS3及び4)
試料に対しFT-ICR-質量分析計による質量分析を行い、それにより得られたすべてのピークについて、各ピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにそのピークに該当するすべての分子の存在割合を特定した。
詳細は、以下のとおりである。
(ア)12T(テスラ)の超伝導マグネットを備えたフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴方式のsolaliX FT-ICR-質量分析計 (Bruker Daltoniks社製)を使用した。
測定条件は以下のとおりである。
・用いた試料: 上記タイプ別分画で得られた多環芳香族レジン(PA)である。
・サンプル調製法: 試料数十ミリグラムをクロロホルムに溶解させ、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化)プレートへ1μリットル程度を滴下し、溶媒蒸発後に測定試料とする。
・イオン化法: レーザー脱離イオン化法(LDI法)(ショット数:2000、発振周波数:1000Hz、パワー:23%)にて行った。
測定の結果、図14に示す質量スペクトルが得られた。
(イ)上記質量スペクトルの各ピークに対し、特定した分子式及び存在割合(モル分率で表す)は、以下の表4に示すとおりである。
ピークの数は3030本である。以下にその一部のみ(ピーク番号11~3022は割愛)を示す。表では、m/z値の小さいピークから順に、ピーク番号を付けている。
Figure 0007305402000008
ステップ5(図1AのS5)
試料に対し衝突誘起解離(CID)を行うことにより、当該試料を構成する各成分について、架橋及び側鎖を切断した。
詳細は、以下のとおりである。
上記ステップ1と同じ方法で、サンプルを調製し、イオン化を行った。
衝突誘起条件として、衝突エネルギーは、30eVとした。
得られたCID後の質量スペクトルを図15に示す。
ステップ6(図1AのS6)
ステップ2のCIDにより生成した各フラグメントイオンについて、FT-ICR-質量分析を行い、各フラグメントイオンを構成するコアの構造及び存在割合を特定した。
上記CID後の質量スペクトルの各ピークに対し、予め作成したコア構造リストに収納されているコアの分子量、分子式、DBE値を照合することにより、各々のコア構造及び存在割合を特定した。
用いたコア構造リストの一部分を以下に示す。
Figure 0007305402000009
このステップ6は、コア構造リストの情報をコンピュータに組み込んでおくことにより、コンピュータを用いて実行された。
ステップ7(図1AのS7)
ステップ6においてすべてのピークに帰属させた分子について、各々特定された分子式における「ヘテロ原子の種類と数及びDBE値」に基づいて「クラス」分けし、当該各々の「クラス」に属するすべての分子について、その存在態様及び存在割合を推定した。
ステップ7は、コンピュータによって処理される過程であるため、途中で結果を取り出すことはできない。
ステップ8(図1AのS8)
ステップ7において存在態様が推定された各分子に対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖及び架橋を決定して割り付けた。
ステップ8は、コンピュータによって処理される過程であるため、途中で結果を取り出すことはできない。
上記ステップ4で得られたピークの数は3030本であるが、1本のピーク、即ち、ある分子式を示すピークに対しては、同じ分子式を有する複数の分子が帰属することになる。本実施例では、上記3030種の分子式に対し、構造の異なる38,964個のJACDによって表示された分子を特定した。
結果の一部(ピーク番号4~3028は割愛)を以下の表6に示す。表の見方は次のとおりである。
(ア)ステップ4で示した表4におけるピーク番号に呼応するように、ピーク番号を付けている。
ピーク番号1は、分子式として「C2119N」であり、この分子式には、4種類のJACDによって表示された構造の異なる分子が帰属させられたことを示している。
(イ)分子式「C2119N」の4種類の分子のうち、例えば、「分子種番号1」について説明すると、この分子の構造は、英数字を用いたJACDにより表示されている。
Figure 0007305402000010
(ウ)上記表において、英数字を用いたJACDによる表示を、コア、架橋及び側鎖の構造に直すには、英数字情報を構造情報に読み直すコード表を作成しておけばよい。例えば、以下のような表である。
Figure 0007305402000011
(エ)この表を用いると、分子式「C2119N」の「分子種番号1」の分子の構造は、次のようになる。
i.コア1は「002007」であるため、以下の構造である。
Figure 0007305402000012
ii. コア2は「004000」であるため、以下の構造である。
Figure 0007305402000013
iii. 架橋1は「0BC003」であるため、以下の構造である。
Figure 0007305402000014
iv. 側鎖はすべて「000000」であるため、存在しないという意味である。
v. このようにして、分子式「C2119N」の「分子種番号1」の分子について、JACDにより構造を表示し、特定することができた。
(カ)同様にして、すべての分子について、JACDにより構造を表示し、特定することができた。
ステップ9(図1AのS9)
III. 各分画物のデータの統合
(1) 飽和分(Sa)、1環芳香族分(1A)、2環芳香族分(2A)、3環以上の芳香族分(3A+)、極性レジン分(Po)及びアスファルテン分(As)についても、以下を変えた以外は、上記、多環芳香族レジン分で行ったのと同様の方法で分子構造を特定した。
(ア)飽和分、1環芳香族分、2環芳香族分、3環以上芳香族分、極性レジン分のイオン化法については、大気圧光イオン化法(APPI法)(サンプル流速200μL/h、イオン集積時間 0.2sec.、 積算回数 100回)にて行った。
(イ)アスファルテン分のイオン化法については、レーザー脱離イオン化法(LDI法)(ショット数:5000、発振周波数:1000Hz、パワー:17%)にて行った。
(2) すべての分画物の統合:飽和分(Sa)、1環芳香族分(1A)、2環芳香族分(2A)、3環以上の芳香族分(3A+)、極性レジン分(Po)、多環芳香族レジン(PA)及びアスファルテン分(As)について、上記で得られているそれぞれの得率(存在割合)に従って、すべての分画物について全成分の分子構造及び存在割合を統合した。
(3) 以上により、試料である減圧残油(VR)について、減圧残油(VR)を構成している全分子の分子構造及び存在割合を特定することができた。
以上のような各分画物のデータの統合を、蒸留により得られる他の分画においても実施する。各分画の量情報と、各分画における分子構造及び存在割合の情報とに基づいて、多成分混合物の全組成を推定することができる。
<多成分混合物の各成分の融点及びハンセン溶解度指数値HSP値(δt)の取得>
モデル重質油の性状推定にあたり、先ず、上記により特定した各成分のJACDに基づいて、Comcatから、モデル重質油を構成する各成分の分率、融点及びHSP値(δt)を取得する。
本実施形態では、多成分混合物として、以下に示す11種類の成分(分子種O-01~O-11)を含むモデル重質油を用いて、このモデル重質油の性状(溶解、凝集及び析出性状)をコンピュータにより推定する例を説明する。
Figure 0007305402000015
表8に、モデル重質油の分子組成(分率)、推算した各分子の融点及びHSP値(δt)を示す。
Figure 0007305402000016
上記の表8に示した各分子の融点及びHSP値(δt)は、データベースから既知のものを取得してもよいし、原子団寄与法により、コンピュータを用いて算出してもよい。
以下に、HSP値(δt)及び融点を原子団寄与法により算出する一例を説明する。
i.HSP値の求め方
(1)「O-01」分子の場合
Krevelen & Hoftyzerの文献において、分子を形成している基について示されているFd値、Fp値、Eh値及びVc値の数値を用いて、Krevelen & Hoftyzerの方法により算出できる。
原子団寄与法としては、例えば、D.W.van Krevelen,K.te Nijenhuis著「Properties of Polymers(4ed.2009)」に記載のKrevelen & Hoftyzerの方法や、Emmanuel Stefanis, Costas Panayiotou著「Prediction of Hansen Solubility Parameters with a New Group-Contribution Method」に記載のStefanis & Panayiotouの方法等を用いることができる。
これらについては、分子構造から推算するプログラムを利用することもできる。このようなプログラムとして、例えば、HSPiP(http://www.hansen-solubility.Com/)がある。
さらには、これらの諸方法で得た値を参考にして、適宜修正を加えて得た値を用いることもできる。
HSP値は、文献(Hansen,C.M.,Hansen solubility parameters:a user’s handbook. 2nd ed.; CRC: Boca Raton; London,2007)に、1200種類を超える物質のHSP値が報告されているため、その文献値を使用することもできる。
Krevelen & Hoftyzerの方法の概略は、次のとおりである。まず、物質のHSP値(δt)は、次の式で求められることが広く知られている。
Figure 0007305402000017
図16に、HSP値の模式図を示す。HSP値とは、ある物質がある溶媒にどのくらい溶けるのかを示す溶解性の指標であり、溶解性を[分散項(δ)、分極項(δ)、水素結合項(δ)]のベクトルで表すものである。
次に、δd, δp, δhは、Krevelen & Hoftyzerの原子団寄与法によると、次の式で求められる。
Figure 0007305402000018
式中、Fd値((MJ/m1/2・mol-1)とは、分散力に起因する各基(原子団)のモル引力定数であり、Fp値((MJ/m1/2・mol-1)とは、双極子間力に起因する各基(原子団)のモル引力定数であり、Eh値(J・mol-1)とは、各基(原子団)の水素結合エネルギーである。
また、Vはモル体積(cm・mol-1)であり、Rheineck及びLinが提案した以下の式(3)により求めることができる。
Figure 0007305402000019
式中、Vcは各基(原子団)のモル体積である。
D.W.van Krevelen,K.te Nijenhuis著「Properties of Polymers(4ed.2009)」の文献によれば、多くの基について、Fd値, Fp値, Eh値, Vc値が示されているため、当該文献にて値が記載されている基については、その値を用いればよい。(D.W.van Krevelen , K.te Nijenhuis著「Properties of Polymers(4ed.2009)」195~197ページ及び215ページ)。値が記載されていない基については、構造的に近似する他の基の情報を用いて推定した値を用いるなどを行えばよい。
上記のようにして、Krevelen & Hoftyzer法によりHSP値(δt)を算出することができる。
「O-01」分子の場合、基は、「CH-」が2個と「-CH-」が28個とからなっている。前出のKrevelen & Hoftyzerの文献によると、「CH-」のFd値は420、Vc値は33.5と記載されており、「-CH-」のFd値は270、Vc値は16.1と記載されているためこれらの値を用い、上記式(3)及び式(2)より、「O-01」のδdは、{(420×2)+(270×28)}/{(33.5×2)+(16.1×28)}=16.22となる。δp及びδhについても同様に計算して、HSP値(δt)=16.22 と算出することができる。
「O-02」~「O-11」分子の場合も同様にして算出する。分子を形成している基に関し、Krevelen & Hoftyzerの文献に記載されている基については、Fd値, Fp値, Eh値及びVc値の記載値を用いればよい。記載されていない基については、構造的に近似する他の基の情報を用いて推定した値を用いるなどを行えばよい。
ii.融点の求め方
融点の推算は、原子団寄与法の一つであり、「Joback, K. G., Reid, R. C., Chem. Eng. Comm., 57, 233 (1987).」に記載されているJoback法を用いればよい。即ち、分子種について、その分子構造を形成している「基」に分解し、各々の基が持つ固有のパラメータ値からその分子種の融点を算出する。「平均分子構造」を用いる場合も、当該構造を基に原子団寄与法を用いて、当該「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」の融点を算出する。
ステップ10(液相成分と非液相成分への分離)(図1BのS10)
次に、多成分混合物を構成する各成分のうちの所望の温度未満の融点を有する成分を液相成分として分類し、前記所望の温度以上の融点を有する成分を非液相成分として分類する。
例えば、当該モデル重質油の場合、その液温が250℃である場合、この温度よりも低い融点を有する「O-01」~「O-03」、「O-09」及び「O-10」分子が液相成分として分類され、一方、この温度よりも高い融点を有する「O-04」~「O-08」及び「O-11」分子が非液相成分として分類される。
ステップ11(液相全体の平均HSP値の算出)(図1BのS11)
次に、液相成分として分類された各成分のHSP値について、各成分の当該液相における容量分率で重み付けした加重平均値を、液相全体の平均HSP値として算出する。
ステップ12(液相全体と各非液相成分とのHSP値の差の算出)(図2のS12)
次に、液相全体の前記平均HSP値と、非液相成分における各成分のHSP値との差を算出する。
ステップ13(Δδに基づく各成分の分類の更新)(図1BのS13)
次に、非液相成分における各成分を、差(Δδ)に基づいて、液相成分又は非液相成分として再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分に編入して、液相成分及び非液相成分を更新する。
例えば、当該モデル重質油の場合、RED=Δδ/Rで表されるREDが、RED<0.3のとき、液相成分と判断した。ここで、Rは、非液相成分における各成分ごとの定数であり、当該モデル重質油ではR=5としてREDを算出した。
なお、この再分類における更新は、非液相成分における各成分について、1つずつ順番に行ってもよし、複数の成分ごとに行ってもよい。
ステップ14(更新後の液相全体の平均HSP値の算出)(図1BのS14)
次に、更新後の液相成分における各成分のHSP値について、各成分の当該更新後の液相における容量分率で重み付けした加重平均値を、更新後の液相全体の平均HSP値として算出する。
ステップ15(ステップ9~11の繰り返し)(図1BのS15)
そして、ステップ9~11を、ステップ10において液相成分として再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで繰り返す。
このようにして、最終段階での更新後の液相成分をモデル重質油のその温度における液相の成分とし、また、最終段階での更新後の平均HSP値をモデル重質油のその温度での液相全体の平均HSP値として決定する。また、最終段階での更新後の液相成分における分類された各成分の分率の合計を液相分率として算出する。
ステップ16~19(図1BのS16~19)
続いて、所望の温度における最終段階での更新後の非液相成分の凝集度Dを算出する。
次に、最終段階での更新後の非液相成分における各成分を、凝集度Dに基づいて、凝集相成分と固相成分とに分類する。
さらに、これらの結果に基づいて、モデル重質油の種々の性状を表すパラメータを算出する。例えば、凝集相成分に分類された各成分の分率の合計を凝集相分率として算出し、また、固相成分に分類された各成分の分率の合計を固相分率として算出する。さらに、凝集相成分に分類された各成分の凝集度の和を当該成分の数で除した値を凝集相全体の平均凝集度として算出する。
上記の方法により、このモデル重質油について、先ず無溶媒での液相、凝集相及び固相の量及び組成並びに凝集相における各分子の凝集度D及び凝集相の平均凝集度を算出、推定した。実験は-50℃から350℃まで100℃間隔で実施した。
表9に、各温度において、各分子がいかなる相に存在するかを示す。これはまた、各相の分子組成を示しているものである。
Figure 0007305402000020
さらに、図17に、各温度における各相の量と凝集相の平均凝集度を示す。図17中、「Liquid」は「液相」、「Aggregate」は「凝集相」、「Solid」は「固相」の意味である。また、「Phase wt ratio」は、「各相の質量分率」の意味である。さらに、「Averaged Dagg」は、「平均凝集度」の意味である。「Temperature」は「温度」の意味である。本明細書における他の図においても同様である。
集相及び固相の各々のHSP値に基づいて溶媒(溶剤)追加後の性状を予測することにより 表9及び図17に示すように、無溶媒の場合、150℃まではすべて固相であり、250℃以上ではすべて凝集相又は液相となり、350℃では液相の割合が増加する。凝集相の平均凝集度は250℃と300℃でそれぞれ1.53と1.25である。
<多成分混合物の処理方法>
次に、本発明の多成分混合物の処理方法の一実施形態を説明する。
処理にあっては、上記のように、原多成分混合物としてモデル重質油の性状を推定し、さらに、モデル重質油に、溶媒を混合したり、温度を変更したりしたときに新モデル重質油の性状を、上記の方法により予測する。そして、予測と同じ条件で、溶媒をその分率でモデル重質油に混合したり、モデル重質油の温度の予測時の温度に変更することによって、溶液の処理を行う。
これにより、本発明においては、上記の方法により算出又は推定された溶液中における液相、凝集相及び固相の各々の量及び組成並びに凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度に基づいて、凝集相及び固相の全部又は一部を溶解し、又は成分の凝集若しくは析出を抑制するための措置を施すことにより溶液を処理することができる。
I.凝集緩和処理
まず、処理例として、溶液における凝集相及び固相の溶解、又は成分の凝集若しくは析出抑制のための処理を説明する。溶液中における液相、凝集相及び固相の各々の量及び組成並びに凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度が判ったならば、凝集相及び固相の全部又は一部を溶解し、又は成分の凝集若しくは析出を抑制するためには、いかなる措置をとればよいのかという指針を得ることが可能となる。
ここで、モデル重質油を30質量%トルエン溶液とした場合の液相、凝集相及び固相の量及び組成、並びに凝集相の平均凝集度を算出、推定した。下記の表10に、各温度において、各分子がいかなる相に存在するかを示す。これはまた、各相の分子組成を示しているものである。
Figure 0007305402000021
さらに、図18に、各温度における各相の量と凝集相の平均凝集度を示す。
表10及び図18に示すように、トルエン溶液では、-50℃においても固相は10%に過ぎず、90%は凝集相で溶媒中に分散している。50℃では100%が凝集相となり、150℃以上では昇温と共に凝集相が減少し液相が増加する。凝集相の平均凝集度は-50℃の1.81から350℃の1.27に向かって昇温と共に減少することがわかる。
さらに、モデル重質油のトルエン溶液について、凝集相及び固相を溶解するには、HSP値が最も大きいO-11分子を基準にして、O-11分子が溶解するよう、添加する溶剤の種類及び量を決めることになる。具体的には、溶媒をトルエンから、トルエンとブロモベンゼン(HSP値20.4(δd=21.0、δp17=2.5、δh=2.0、δt=20.4))の等質量比混合溶媒に変更することで、350℃の液温下で、すべての凝集相及び固相を溶解させることができる。
Figure 0007305402000022
さらに、図19に、各温度における各相の量と凝集相の平均凝集度を示す。
このように、モデル重質油における凝集相及び固相の析出量、析出性状等により、
とりうる措置は様々であるが、具体的には、例えば、現状と同じ溶媒を添加する、或いは、新たに別種の溶媒(溶剤)を添加する、溶液の温度を上げる等が考えられる。特に、溶媒(溶剤)の添加については、現状の溶液、追加する溶媒(溶剤)、凝集相及び固相の各々のHSP値に基づいて溶媒(溶剤)追加後の性状を予測することにより、いかなるHSP値を有する溶媒(溶剤)を、いかなる量を添加すればよいのかを決めることができる。
II.析出促進処理
次に、処理例として、溶液における析出促進のための処理を説明する。
溶液中における液相、凝集相及び固相の各々の量及び組成並びに凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度が判ったならば、推定された溶液中における液相、凝集相及び固相の各々の量及び組成並びに凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度に基づいて、一種以上の成分を析出させるためには、いかなる措置をとればよいのかという指針を得ることが可能となる。
このように、当該溶液における液相の性状等により、とりうる措置は様々であるが、具体的には、例えば、新たに別種の溶媒(溶剤)を添加する、溶液の温度を下げる等が考えられる。特に、溶媒(溶剤)の添加については、現状の溶液、追加する溶媒(溶剤)、凝集相及び固相の各々のHSP値に基づいて溶媒(溶剤)追加後の性状を予測することにより、いかなるHSP値を有する溶媒(溶剤)を、いかなる量を添加すればよいのかを決めることができる。
このように、溶液中における液相、凝集相及び固相に関し、それらの量及び組成を算出、推定し、また凝集相における各成分の凝集度及び凝集相の平均凝集度を算出することができるため、例えば、溶媒種を適切に選択する、或いは新たな溶媒を追加する、溶液の温度を変更する等の措置を適切に講ずれば、溶液中における凝集相及び固相の全部又は一部を溶解し、又は成分の凝集若しくは析出を抑制すること、或いは一種以上の成分を析出させることが可能となる。
なお、上記の実施形態では、多成分混合物として、モデル重質油の性状を推定した例を説明したが、本発明では、多成分混合物は、重質油に限定されない。
<多成分混合物の性状推定装置>
次に、図20を参照して、本発明の多成分混合物の全組成分析装置の実施形態を説明する。図20は、実施形態の多成分混合物の全組成分析装置の機能ブロック図である。コンピュータに本発明のプログラムを実行させることにより、コンピュータが多成分混合物の全組成分析として機能する。
なお、図20では、情報の入力及び出力を行うインタフェースの図示を省略している。
本装置は、演算装置1と記憶部2とを備えている。演算装置1は、1つのCPUで構成してもよいし、通信回線を介して互いに接続された複数の演算装置で構成されてもよい。また、記憶部2は、演算装置1に内蔵されていてもよいし、外部装置であってもよいし、通信回線を介して接続された記憶装置であってもよい。
本演算装置1は、成分情報取得部10と、初期分類部20と、液相演算部30と、非液相演算部40とを有している。
I.成分情報取得部
成分情報取得部10は、対象とする多成分混合物を構成する各成分について、その分率、融点、及びHSP値を取得する。これらの成分の情報は、多成分混合物についての情報がデータベースとして格納された記憶部2から取得するとよい。
データベースにこれらの成分の情報が格納されていない場合には、成分情報算出部11によって、各成分の必要なパラメータを推算するとよい。
多成分混合物を構成している成分の融点とHSP値を推算する方法の一例として、「分子組成(分子構造)に関する情報を基に行う方法」を挙げることができる。
(1)この方法では、先ず、試料である溶液を構成している各分子種につき、各々の分子種の分子組成(分子構造)に関する情報を得ることが必要である。ここで、溶液を構成している分子種とは、当該溶液中に存在している厳密にすべての分子種を指すというわけではなく、溶液中において一定の存在量(存在割合)以上を持つ分子種を指すと考えてもよい。当該溶液中に存在しているできる限り多くの分子種を対象とすることが望ましいが、微量しか存在していないような分子種は無視してもよい。試料とする溶液を前もって成分分析し、各分子種の存在量(存在割合)を以て、対象とする分子種の選定基準にしてもよい。
あるいはまた、前述のように、「成分」を「溶液をある特定の物理的又は化学的性状を基準として括った塊」、言い換えれば、「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」という意味で用いる場合には、この「分子組成(分子構造)に関する情報を基に行う方法」は、次のようにして適用することが可能である。
即ち、「ある特定の物理的又は化学的性状を基準として分画された分画物(フラクション)」の各々について、ガスクロマトグラフ、質量スペクトル等を測定することにより、公知の方法を用いて、その分画物(フラクション)の「平均分子構造」を得ることができる。こうして得られた「平均分子構造」を用いれば、この方法を適用することができる。
(2)次に、得られた各々の分子種のJACDに基づいて、Comcatから各々の分子種の融点データを取得する。当該処理は、コンピュータにより行う。
(3)また、各々の分子種のJACDに基づいて、Comcatから各々の分子種のHSP値データを取得する。当該処理は、コンピュータにより行う。
(II.初期分類部)
初期分類部20は、多成分混合物を構成する各成分のうちの所望の温度未満の融点を有する成分を液相成分(留分等)として分類し、所望の温度以上の融点を有する成分を非液相成分(残油分等)として分類する。すなわち、溶媒の融点以上のある任意の温度以上において、その温度における「液相」の量及び組成を求める。融点がその温度より低い成分は、液相に存在する成分となる。このときの「液相」の量及び成分が求まる。
(III.液相演算部)
液相演算部30は、液相の性状を推定するために、平均HSP算出部31と、Δδ(HSP値差)算出部32と、再分類部33と、液相成分情報算出部34とを備えている。
平均HSP算出部31は、液相全体の平均HSP値を算出する。ここで、液相全体の平均HSP値は、当該液相成分における各成分のHSP値を各成分の当該液相における分率、好ましくは容量分率で重み付けした加重平均値として算出されるものである。
HSP値差(Δδ)算出部32は、液相全体の平均HSP値と、非液相成分における各成分のHSP値との差(Δδ)を算出する。
再分類部33は、非液相成分における各成分を、差(Δδ)に基づいて、液相成分と非液相成分とに再分類し、液相成分として再分類された各成分を非液相成分から液相成分に編入して、液相成分及び非液相成分を更新する。
再分類部33は、溶解する成分があればそれを液相に加えて液相全体のHSP値を再計算する。
平均HSP算出部31は、更新後の液相全体の平均HSP値を算出する。ここで、更新後の液相全体の平均HSP値は、更新後の液相成分における各成分のHSP値を各成分の当該液相における分率、好ましくは容量分率で重み付けした加重平均値として算出されるものである。
そして、液相成分に再分類される非液相成分がなくなる最終段階まで、平均HSP値、液相成分及び非液相成分(凝集相、固相)の更新を繰り返す。
さらに、液相情報算出部34は、最終段階での更新後の液相成分の分率の合計を液相分率として算出する。
(IV.非液相演算部)
非液相演算部40は、非液相の性状を推定するために、凝集度算出部41、凝集相、固相分類部42、凝集相情報算出部43、及び固相情報算出部44を有する。非液相演算部40は、非液相の性状として、例えば、凝集相の量、成分、凝集している成分それぞれの凝集度及び凝集相の平均凝集度並びに固相の量及び組成を決定する。
凝集度算出部41は、所望の温度における最終段階での更新後の非液相成分における各成分の凝集度を、液相全体の平均HSP値と前記非液相成分における各成分のHSP値との差及び最終段階での更新後の非液相成分における各成分の濃度Cに基づいて算出する。具体的には、以下のようにして分類する。
最終的に液相に溶解しなかった非液相成分における各成分について、そのHSP値と液相全体のHSP値に基づいてそれぞれの凝集度を決定する。凝集している成分それぞれの凝集度Dは、液相のHSP値、凝集している成分のHSP値、凝集している成分の濃度及び場の温度を変数とする関数式(A)により、算出することができる。
D(p,q)=MAS(K+Kp+Kq+K+Kpq+K+K+Kq+Kpq+K) ・・・(A)
式中、pは、
前記所望の温度Tが、T≦150℃のときに、
p=(L(T-25)+L)RED
前記所望の温度Tが、150℃<T≦200℃のときに、
p=(L(150-25)+L)RED
前記所望の温度Tが、200℃<Tのときに、
p=(L(T-25)+L)RED
で表される。
REDは、RED≧0.3のときに、RED=RED、RED<0.3のときに、RED=0.3と表され、REDは、RED=Δδ/Rで表され、Δδは、液相全体の前記平均HSP値と前記非液相成分における各成分のHSP値との差であり、Rは、非液相成分における各成分ごとの定数である。
、L及びLは、経験的に得た係数であり、下記の定数値を有する。
=-0.0031262、
= 1.07815、
= 1.15631
qは、q=logCで表され、Cは、非液相成分における凝集している当該成分の濃度である。
ASは、成分種により定まった定数であり、例えば、多成分混合物の凝集相成分及び固相成分がアスファルテンの場合、以下のとおりである。カナダ産オイルサンド系アスファルテン(CaAs):1.319、中東産アスファルテン1 (ArAs1):1.000、中東産アスファルテン2 (ArAs2):1.136である。
~Kは、経験的に得た係数であり、以下の定数値を有する。
=-1.26929、
= 9.42231、
= 0.363439、
=-11.1925、
= 0.093622、
=-0.15436、
= 5.337433、
=-0.20868、
= 0.077223、
= 0.019492
である。
以上より、ある温度において、ある溶液中においてある成分が凝集している場合、その凝集している成分の凝集度Dの値を算出することができる。
なお、上記において数値で示したL、L1、2、AS及びK~K等の値は、対象により種々の数値を採り得るものであり、上記の数値に限定されるものではない。
凝集相、固相分類部42は、最終段階での更新後の非液相成分のうち、凝集度が所定の閾値未満の成分を凝集相成分に分類し、凝集度が所定の閾値以上の成分を固相成分に分類する。すなわち、凝集度が凝集レベルにある成分を凝集相成分とし、析出レベルにある成分を固相成分とする。ここで、「凝集レベルにある」とは、概念的には、凝集粒子の大きさが数百nm以下で液中に分散していることをいい、「析出レベルにある」とは、凝集粒子の大きさがサブミクロン以上で液中に分散できず沈殿していることと考えられる。凝集度D≧5であるとき、おおむね、その成分種は析出すると判断できるが、この閾値は、成分種により変化しうるものである。
凝集相情報算出部43は、凝集相成分として分類された各成分の量(溶液全体に対する分率)の合計を凝集相分率として算出する。さらに、凝集相情報算出部43は、凝集相成分として分類された各成分の凝集度の和を当該成分の数で除した値を凝集相全体の平均凝集度として算出する。
固相情報算出部44は、固相成分として分類された各成分の量(溶液全体に対する分率)の合計を固相分率として算出する。
<多成分混合物の性状推定プログラム>
本発明において、JACDを用いた分子構造の推定、推定された分子構造情報と物性値との紐付け、多成分混合物の全組成の推定、及び凝集モデルを用いた多成分混合物の性状の推定の一連の処理は、ハードウェア又はソフトウェア、又はこれらを複合した構成によって実行することができる。ソフトウェアによる処理を実行する場合には、処理シーケンスを記録したプログラムを、専用のハードウェアに組み込まれたコンピュータ内のメモリにインストールして実行させるか、各種処理が実行可能な汎用コンピュータにプログラムをインストールして実行させることができる。
例えば、プログラムは、記録媒体としてのハードディスクやROMに予め記録しておくことができる。また、プログラムは、フレキシブルディスク、CD-ROM、MOディスク、DVD、磁気ディスク、半導体メモリなどのリムーバブル記録媒体に、一時的又は永続的に格納(記録)しておくことができる。
なお、プログラムは、上述したようなリムーバブル記録媒体からコンピュータにインストールする他に、ダウンロードサイトから、コンピュータに無線転送したり、LAN、インターネットといったネットワークを介して、コンピュータに有線で転送したりでき、コンピュータでは、そのようにして転送されてくるプログラムを受信し、内蔵するハードディスクなどの記録媒体にインストールすることができる。
また、本明細書に記載された各種の処理は、記載に従って時系列に実行されるだけではなく、処理を実行する装置の処理能力や必要に応じて並列的に又は個別に実行されてもよい。また、本明細書において、システムとは、複数の装置の論理的集合構成であり、各構成の装置が同一筐体内にあるものに限定されるものではない。
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能である。
本発明によれば、石油について、それを構成する分子の構造を特定することができることから、石油の諸反応等を分子レベルにて解析する等において、広く応用することが可能となる。さらには、かかる分子レベルによる解析を行うことは、石油精製設備の運転の安定性及び運転効率を飛躍的に向上させることに寄与するものである。

Claims (11)

  1. 多成分混合物の組成分析方法であって、
    (1)前記多成分混合物を蒸留により分画するステップと、
    (2)前記分画のうち常圧蒸留の留出分について、PONA分析と、二次元ガスクロマトグラフ又は高速液体クロマトグラフ(HPLC)とにより組成分析するステップと、
    (3)前記分画のうち常圧蒸留の残油分について、FT-ICR-質量分析するステップと、
    (4)前記ステップ(2)及び(3)により得られたピークの各々について、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定するステップと、
    (5)前記多成分混合物に対し衝突誘起解離を行うステップと、
    (6)前記ステップの衝突誘起解離により生成した各フラグメントイオンについて、質量分析を行い、各フラグメントイオンを構成するコアの構造及び存在割合を特定するステップと、
    (7)前記ステップ(4)におけるピークの各々に帰属する分子を、分子式がCcHhNnOoSsである場合、ヘテロ原子の種類と数(ゼロを含む)及び下式(I)で表されるDBE値:
    Figure 0007305402000023
    (式中、cは炭素原子の数、hは水素原子の数、nは窒素原子の数、oは酸素原子の数、sは硫黄原子の数である。)
    に基づいてクラスに分け、当該各々のクラスに属するすべての分子について、その存在態様及び存在割合を推定するステップと、
    (8)前記ステップ(7)において存在態様が推定された各分子に対し、それらを構成するコアの構造を決定し、さらに側鎖及び架橋を決定して割り付けるステップと、
    (9)前記ステップ(1)において得られた各分画の量情報と、前記ステップ(1)~(8)から得られる各分画における前記存在態様及び存在割合の情報とに基づいて、多成分混合物の組成を推定するステップと、
    を含むことを特徴とする、多成分混合物の組成分析方法。
  2. 前記ステップ(6)において各コアの構造を特定するにあたり、前記ステップ(5)で得られた衝突誘起解離後のコアに関する情報と、予め用意したコア構造リストに記載されているコアに関する情報とを照合し、前記各コアの構造を特定する、請求項1に記載の方法。
  3. 前記コア構造リストは、前記多成分混合物を構成する各成分を構成すると想定しうる各種のコアをリスト化したものである、請求項2に記載の方法。
  4. 前記多成分混合物を構成する各成分の分子構造は、コア、側鎖及び架橋を含むアトリビュートの種類及びアトリビュートの数により表される、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
  5. 前記ステップ(7)における「その存在態様」とは、そのクラスに属する分子がマルチコアである場合は、当該マルチコアを構成している複数のコア中に存在する同じ種類のヘテロ原子ごとの数の和及びこれら複数のコアのDBE値の和が、当該クラスのヘテロ原子の種類と数及びDBE値と一致するように、コアを組み合わせてなるものであることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
  6. 前記ステップ(7)における「その存在割合」とは、そのクラスに属する分子がマルチコアである場合、当該マルチコアを構成している複数のコアそれぞれの存在割合の積をそのマルチコアの存在割合とするものであることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の方法。
  7. 前記多成分混合物が、ある多成分混合物を3成分に分画することにより得られた一つの分画物である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
  8. 請求項1~7のいずれか一項に記載の方法により特定された、多成分混合物を構成する各成分の分子構造及びその存在割合に基づいて、多成分混合物の物性値及び凝集度を推定する方法。
  9. 前記多成分混合物が石油であることを特徴とする請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
  10. 請求項1~9のいずれか一項に記載の方法により特定された、成分混合物を構成する各成分の分子構造及びその存在割合に基づいて、成分混合物の得率を推定する方法。
  11. 請求項1~10のいずれか一項に記載の方法を実行させるためのコンピュータプログラム。
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