本発明の神経組織の保存方法は、神経組織をカリウムイオン濃度が0mM超115mM未満の保存液中で8℃~30℃の保存温度で保存することを含む。
本明細書における「組織」とは、形態及び性質が均一な一種類の細胞、又は、形態及び性質が異なる複数種類の細胞が、一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体(「細胞凝集体」ともいう)を意味する。組織は、生体から採取するか、あるいは幹細胞を利用して人為的に作製することにより、生体外で単離した状態で維持される。
本発明において、細胞は、発生生物学上の細胞の形態学上の区分から、上皮細胞(epithelial cell)と間葉細胞(mesenchymal cell)とを含む。上皮細胞は、細胞が頂端面(apical)-基底(basal)方向の極性を持つ。apical側が間腔側であることが多く、一方、basal側が基底膜(basement membrane)を持ち、細胞外マトリクス(extra-cellular matrix)に接する。上皮細胞は、apical側の接着結合(adherence junction)又は密着結合(tight junction)により上皮細胞同士が強固な結合をつくり、上皮組織(epithelium)を形成できる。上皮組織とは、上皮シートともいい、単層扁平上皮、単層円柱上皮、重層扁平上皮を含む。間葉細胞は、apical-basalの極性が弱い細胞であり、接着結合及び/又は密着結合の寄与が弱く、シートを形成しにくい。間葉細胞は、生体内では細胞外マトリクスの中で星状に散在して存在することが多い。
本明細書において、「神経組織(Neural tissue)」とは、神経系細胞によって構成され、一種類又は複数種類の神経系細胞が、層状で立体的に配列した組織を意味する。代表的な神経組織としては、前脳組織、中脳組織、網膜組織が挙げられるほか、大脳、小脳、間脳、後脳、終脳、脊髄等の組織が挙げられ、これらを構成する細胞及び/又は前駆細胞が、少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した構造体、並びにこれら各組織の複数の組合せもこれに含まれる。神経組織は、光学顕微鏡(例えば、明視野顕微鏡、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡、ホフマン干渉顕微鏡、実体顕微鏡)による顕鏡観察、PSA-NCAM、N-cadherin等の神経組織マーカーの発現を指標とすることで確認できる。
神経組織は、神経上皮構造と呼ばれる構造体を形成することがある。神経上皮構造とは、神経系細胞によって構成され、一種類又は複数種類の神経系細胞が、層状で立体的に配列した形態のことをいう。一態様において、神経上皮構造は、頂端面(apical)-基底(basal)方向の極性をもつ。
一部の態様において、神経上皮構造は細胞凝集体の表面を覆うように存在することがある。別の態様において、神経上皮構造が細胞凝集体の内部にも形成されうる。
一部の態様において、神経上皮構造が、細胞凝集体表面の後述の連続上皮構造、又は、細胞凝集体表面若しくは細胞凝集体内部の後述のロゼット構造(神経ロゼット、管腔構造ともいう)であることがある。
細胞凝集体中の神経上皮構造は光学顕微鏡を用いた明視野観察により存在量を評価することができる。
本発明において、「神経系細胞(Neural cell)」とは、外胚葉由来組織のうち表皮系細胞(例:表皮、髪、爪、皮脂腺等)以外の細胞を表す。すなわち、神経系前駆細胞、ニューロン(神経細胞)、グリア、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞等の細胞を含む。神経系細胞には、下述する網膜組織を構成する細胞(網膜細胞)、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、神経網膜細胞、網膜色素上皮細胞も包含される。
神経細胞(Neuron又はNeuronal cell)は、神経回路を形成し情報伝達に貢献する機能的な細胞であり、TuJ1、Dcx、HuC/D等の幼若神経細胞マーカー、及び/又は、Map2、NeuN等の成熟神経細胞マーカーの発現を指標に同定することができる。
グリア(glia)としては、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミュラーグリア等が挙げられる。アストロサイトのマーカーとしてはGFAP、オリゴデンドロサイトのマーカーとしてはO4、ミュラーグリアのマーカーとしてはCRALBP等が挙げられる。
神経幹細胞とは、神経細胞及びグリア細胞への分化能(多分化能)と、多分化能を維持した増殖能(自己複製能ということもある)を持つ細胞である。神経幹細胞のマーカーとしてはNestin、Sox2、Musashi、Hesファミリー、CD133等が挙げられるが、これらのマーカーは前駆細胞全般のマーカーであり神経幹細胞特異的なマーカーとは考えられていない。神経幹細胞の数は、ニューロスフェアアッセイ又はクローナルアッセイ等により評価することができる。
ニューロン前駆細胞とは、増殖能をもち、神経細胞を産生し、グリア細胞を産生しない細胞である。ニューロン前駆細胞のマーカーとしては、Tbr2、Tα1等が挙げられる。あるいは、幼若神経細胞マーカー(TuJ1、Dcx、HuC/D)陽性かつ増殖マーカー(Ki67,pH3,MCM)陽性の細胞を、ニューロン前駆細胞として同定することもできる。
グリア前駆細胞とは、増殖能をもち、グリア細胞に分化し、神経細胞に分化しない細胞である。
神経系前駆細胞(Neural Precursor cell)は、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞を含む前駆細胞の集合体であり、増殖能とニューロン及びグリア分化能をもつ。神経系前駆細胞はNestin、GLAST、Sox2、Sox1、Musashi、Pax6等をマーカーとして同定することができる。あるいは、神経系細胞のマーカー陽性かつ増殖マーカー(Ki67、pH3、MCM)陽性の細胞を、神経系前駆細胞として同定することもできる。
本明細書において、「脳組織」とは神経組織のうちの前後軸方向で前方の領域のことをいう。生体の脳は、胎児期の脳組織から発生する。脳組織は、前後軸方向で前脳、中脳、及び後脳にわけられる。
本明細書において、「前脳組織(Forebrain tissue)」とは、脳組織のうちの前後軸方向で前方の領域のことをいう。前脳組織は、発生の段階が進んだ、終脳組織、間脳組織、大脳組織、間脳組織、大脳皮質組織、視床下部組織、視床等を含む。本明細書において、「前脳組織」には前述の組織から発生する組織も包含される。具体的には、網膜組織は間脳組織から発生するため、網膜組織は前脳組織に包含される。一部の態様において、培養皿上の前脳組織は、神経上皮構造を形成することがある。一部の態様において、培養皿上の前脳組織は、連続上皮構造及び又はロゼット構造を有することがある。
本明細書において、「中脳組織(Midbrain tissue)」とは、脳組織のうち、前後軸方向で前脳より後方でかつ後脳より前方の領域のことをいう。中脳組織は、被蓋、上丘、下丘、黒質、赤核、大脳脚等を含む。一部の態様において、培養皿上の中脳組織は、神経上皮構造を形成することがある。一部の態様において、培養皿上の中脳組織は、連続上皮構造及び又はロゼット構造を有することがある。
脳組織のうち、いずれの領域の脳組織かを調べるには、公知文献(Shiraishi et al. Development 2017)に記載のマーカー遺伝子の発現で調べることができる。
マーカー遺伝子としては、Six3(前脳の前方)、FoxG1(前脳の前方部の終脳)、Rx(前脳うちの終脳より後方)、Otx2(前脳と中脳の一部)、Otx2陽性かつRx陰性(前脳又は中脳であって網膜組織でない領域)、Irx3(中脳又は後脳)が挙げられるが、これらに限定されない。
本明細書において、「網膜組織(Retinal tissue)」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、これらの前駆細胞、又は網膜前駆細胞等の細胞が、一種類又は少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した組織を意味する。それぞれの細胞がいずれの層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば当業者に周知の細胞マーカー(Chx10(網膜前駆細胞又は双極細胞)、L7(双極細胞)、TuJ1(網膜神経節細胞)、Brn3(網膜神経節細胞)、Calretinin(アマクリン細胞)、Calbindin(水平細胞)、Recoverin(視細胞)、Rhodopsin(視細胞)、RPE65(網膜色素上皮細胞)、Mitf(網膜色素上皮細胞)等)の発現有無若しくはその程度等により確認できる。
本明細書における「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層及び神経網膜層が挙げられ、神経網膜層には外境界膜、視細胞層(外顆粒層)、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜が含まれる。
本明細書における「網膜前駆細胞」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞等のいずれの成熟な網膜細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。網膜前駆細胞のマーカーとして、Rx(Raxとも言う)、PAX6及びChx10等が挙げられる。
本明細書において、「幹細胞」とは、分化能及び増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)及び/又は胚体外組織に属する細胞系譜すべてに分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織若しくは細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織若しくは細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
「多能性幹細胞」は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることが出来る。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)、及び、生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。
1998年にヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。胚性幹細胞は、内部細胞凝集体をフィーダー細胞上又はbFGFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る。胚性幹細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。ヒト胚性幹細胞であるCrx::Venus株(KhES-1由来)は国立研究開発法人理化学研究所より入手可能である。
本明細書における「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによりマウス細胞で樹立された(Cell,2006,126(4),pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5),pp.861-872;Science,2007,318(5858),pp.1917-1920;Nat.Biotechnol.,2008,26(1),pp.101-106)。
人工多能性幹細胞は、具体的には、線維芽細胞、末梢血単核球等分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells, 2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加等により体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science,2013,341,pp.651-654)。
また、株化された人工多能性幹細胞を入手する事も可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学及びiPSアカデミアジャパン株式会社より入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞及びFf-I14細胞が、京都大学より入手可能である。
本明細書において、多能性幹細胞は、好ましくは胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞であり、より好ましくは人工多能性幹細胞である。
本明細書において、多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)の多能性幹細胞であり、より好ましくはヒト多能性幹細胞、更に好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
ヒトiPS細胞等の多能性幹細胞は、当業者に周知の方法で維持培養及び拡大培養に付すことができる。
本明細書において、神経組織は、好ましくはヒト由来であり、また、多能性幹細胞由来であることが好ましい。多能性幹細胞由来の神経組織としては、具体的には、例えば、胚性幹細胞若しくは人工多能性幹細胞由来の神経組織が挙げられる。すなわち、神経組織として、好ましくは、多能性幹細胞、具体的には胚性幹細胞若しくは人工多能性幹細胞を原料とし、分化誘導させる工程を経て製造される神経組織が挙げられる。
本明細書において、網膜組織は、好ましくは、多能性幹細胞由来である。多能性幹細胞由来の網膜組織としては、具体的には、例えば、胚性幹細胞若しくは人工多能性幹細胞由来の網膜組織が挙げられる。すなわち、網膜組織として、好ましくは、多能性幹細胞、具体的には胚性幹細胞若しくは人工多能性幹細胞を原料とし、分化誘導させる工程を経て製造される網膜組織が挙げられる。
多能性幹細胞を用いて、当業者に周知の方法で、網膜組織等の神経組織を製造することができる。当該方法としては、例えば、WO2011/055855、WO2011/028524、WO2013/077425、WO2015/025967、WO2016/063985及びWO2016/063986に記載された方法等を挙げることができる。また、当該方法として非特許文献:Nature 472,pp51-56(2011)、Proc Natl Acad Sci U S A.111(23):8518-8523(2014)、Nat Commun.5:4047(2014)、Nature Communications,6,6286(2015)、Stem Cells.(2017);doi:10.1002/stem.2586等に記載された方法等を挙げることができる。
多能性幹細胞を用いて、当業者に周知の方法で、前脳組織及び中脳組織を製造することができる。当該方法としては、例えば、Cell Stem Cell,3,519-32(2008)、WO2009/148170、WO2016/063985等が挙げられる。
多能性幹細胞から製造する方法以外にも、生体由来の神経前駆細胞、神経網膜前駆細胞等の細胞を分離した後に再凝集させ、多層の神経組織、網膜組織を製造する事ができる。
上述の方法により製造された神経組織又は網膜組織は細胞凝集体を形成し、一態様において、当該凝集体は、(1)丸く、(2)表面が滑らかで、(3)形が崩れておらず、(4)凝集体の内部が密である等の特徴を示す。
本明細書において、「細胞凝集体」(Cell Aggregate)とは、複数の細胞同士が接着して形成された塊を意味し、特に限定されない。胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、スフェロイド(Spheroid)、オルガノイド(Organoid)も細胞凝集体に包含される。細胞凝集体は、増殖細胞、非増殖細胞(増殖停止した細胞)又はその両方を含む。
一態様において、「細胞凝集体」は、前述の神経上皮構造をもつ。一態様において、当該細胞凝集体は、1あるいは複数の神経上皮構造をもつ。
上記の方法により製造された網膜組織は、一態様において、網膜系細胞が、一種類又は少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した構造(小胞性層状形態)を有する。
網膜組織が小胞性層状形態を有するかどうかは、当業者であれば明視野顕微鏡下で網膜組織を観察する事で判別する事ができる。具体的には、網膜組織の凝集体の周囲が明るく、小胞又はカップ状の構造を有する事を確認すればよい。
本明細書における神経組織は、神経上皮構造を有する場合、一態様において、連続上皮構造を有する。ここで、連続上皮構造とは、上皮組織が連続している状態のことである。上皮組織が連続しているとは、例えば、上皮組織に対する接線方向に10細胞~10000000細胞、好ましくは接線方向に30細胞~10000000細胞、更に好ましくは100細胞~10000000細胞、並んでいる状態のことである。
例えば、網膜組織において形成される連続上皮構造は、網膜組織が上皮組織に特有の頂端面を持ち、頂端面が神経網膜層を形成する各層のうち、少なくとも視細胞層(外顆粒層)等と概ね平行に、かつ連続的に網膜組織の表面に形成される。例えば、多能性幹細胞より作製した網膜組織を含む細胞凝集体の場合、凝集体の表面に頂端面が形成され、表面に対して接線方向に10細胞以上、好ましくは30細胞以上、より好ましくは100細胞以上、更に好ましくは400細胞以上の視細胞又は視細胞前駆細胞が規則正しく連続して配列する。
本明細書において、上皮組織に対する接線方向とは、上皮組織において一つ一つの細胞が一定方向に並んでいる場合の細胞が並んでいる方向のことをいい、上皮組織(又は上皮シート)に対して平行方向又は横方向のことをいう。
上述の方法により製造された網膜組織は、一態様において、ロゼット様構造を有する。本明細書において、網膜組織における「ロゼット様構造」とは、中心部の管腔を囲むように放射状又はらせん状に細胞が配列した構造を指す。ロゼット様構造を形成した網膜組織においては、その中心部(管腔)に沿って頂端面及び視細胞、又は視細胞前駆細胞が存在する状態となり、頂端面はロゼット様構造毎に分断されている。
本明細書において、「頂端面(apical)」とは、上皮組織において、ムコ多糖に富み(PAS染色陽性)、ラミニン及びIV型コラーゲンを多く含む50-100nmの、上皮細胞が産生した基底(basal)側の層(基底膜)が存在する基底膜側とは反対側に形成される表面(表層面)のことをいう。一態様において、視細胞又は視細胞前駆細胞が認められる程度に発生段階が進行した網膜組織においては、外境界膜が形成され、視細胞、視細胞前駆細胞が存在する視細胞層(外顆粒層)に接する面のことをいう。また、このような頂端面は、頂端面のマーカー(例:atypical-PKC(以下、「aPKC」と略す)、E-cadherin、N-cadherin)に対する抗体を用いて、当業者に周知の免疫染色法等で同定することができる。
神経組織が連続上皮構造を有するかどうかは、神経組織が有する頂端面の連続性(すなわち、分断されていない形態)により確認する事ができる。頂端面の連続性は、例えば、頂端面のマーカーであるaPKC、E-cadherin、N-cadherinの免疫染色、又は細胞核の染色(DAPI染色、PI染色、Hoechst染色、又は細胞核に局在するマーカータンパク(Rx、Chx10、Ki67、Crx等)の染色等が挙げられる)にて判別できる。
網膜組織の場合、具体的には、頂端面のマーカー(例:aPKC、E-cadherin、N-cadherin)、頂端面側に位置する視細胞又は視細胞前駆細胞のマーカー(例:Crx又はリカバリン)を免疫染色し、取得した画像等について頂端面と視細胞層、及び各網膜層の位置関係を解析することにより判定できる。頂端面及び視細胞層(外顆粒層)以外の網膜層については、細胞核を染色するDAPI染色、PI染色、Hoechst染色、又は細胞核に局在するマーカータンパク(Rx、Chx10、Ki67、Crx等)等による免疫染色等により同定できる。
神経組織がロゼット様構造を有するかどうかは、細胞凝集体を4%パラホルムアルデヒドで固定する等した後凍結切片を作製し、頂端面マーカーであるaPKC、E-cadherin、N-cadherinに対する抗体、或いは、核を特異的に染色するDAPI等を用いて通常実施される免疫染色等によりロゼット様構造の異形成(例:分断された頂端面又は頂端面の細胞凝集体内への侵入)を観察することで決定できる。
上述の方法により製造された神経組織には、上述の神経系細胞が存在する。特定の神経系細胞の割合は、分化段階に応じて異なる。
上述の方法により製造された前脳組織の一部は、Otx2陽性な管腔を持つ凝集体として存在する。
上述の方法により製造された中脳組織の一部は、Otx2陽性な管腔を持つ凝集体として存在する。
上述の方法により製造された網膜組織には、Chx10陽性の神経網膜前駆細胞、Crx陽性の視細胞前駆細胞等が存在する。それらの細胞の割合は、分化段階に応じて異なる。一態様において、一定の分化段階における網膜組織においては、Crx陽性の視細胞前駆細胞が視細胞層として網膜組織の表層(apical面側)に層状に存在し、その内側にChx10陽性の神経網膜前駆細胞が層状に存在する前駆細胞層(Neuroblastic layerともいう)として存在する。
本明細書において神経組織の保存又は輸送に用いられる「保存液」は、0mM超115mM未満カリウムイオン濃度を有する。保存液は動物細胞又は動物組織の生存に適した水性溶液であれば、特に限定されないが、好ましく緩衝作用物質を含む。
緩衝作用とは、弱酸とその共役塩基又は弱塩基とその共役酸を混合した際の、水素イオン濃度を一定に保つ作用を意味する。すなわち、緩衝作用とは、水性溶液中の外的因子が変化してもpHを一定範囲内に保つ作用を意味する。外的因子の変化が起こり得る状況としては、例えば、少量の酸性又は塩基性の物質を水性溶液中に添加する操作、液体の希釈、大気中のCO2濃度の変化、細胞又は組織からの代謝産物の産生、温度の変化等が挙げられる。
緩衝作用物質とは、水性溶液中で他の成分と相互に作用することでpHを一定範囲内に保つ物質をさし、水性溶液に対して緩衝作用をもたらす物質のことをいう。すなわち、本明細書における保存液とはpHを6.0~8.6の範囲内に緩衝する作用を有する水性溶液である。保存液のpHは好ましくは6.2~8.4の範囲内であり、より好ましくは6.7~7.9の範囲内であり、より好ましくは7.2~7.8の範囲内であり、さらに好ましくは7.2~7.4の範囲内である。
本明細書において、保存液中に含まれる緩衝作用物質としては、水性溶液を上述のpHの範囲内に保つことができれば特に限定はなく、弱酸とその共役塩基の組み合わせ(例えば、ナトリウム若しくはカリウム等のアルカリ金属塩、カルシウム若しくはマグネシウム等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩)、又は、弱塩基とその共役酸(例えば、アミン化合物と塩酸塩)の組み合わせが挙げられる。当業者に周知の1若しくは複数の物質を組み合わせて適宜用いることができる。例えば、炭酸緩衝液(炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム)、リン酸緩衝液(リン酸、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸三ナトリウム、リン酸三カリウム)、グッドバッファー(HEPES、MES、PIPES等)、トリス、クエン酸緩衝液(クエン酸三ナトリウム)、酢酸緩衝液(酢酸ナトリウム、酢酸カリウム)、ホウ酸緩衝液(ホウ酸ナトリウム、四ホウ酸ナトリウム)、酒石酸(酒石酸ナトリウム)、アミノ酸の緩衝液(ヒスチジン、タウリン、アスパラギン酸)等が挙げられるが、これらに限定されない。一態様においては、複数の緩衝作用物質から適宜選択される1以上の緩衝作用物質の組合せが保存液中に含まれ得る。緩衝作用物質として、好ましくは、炭酸水素ナトリウム、リン酸緩衝液(リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム)、HEPES等が挙げられる。また、一態様においては、保存液中に含まれる緩衝作用物質として、炭酸水素ナトリウムと併せて、その他の緩衝作用物質から適宜選択される1以上の緩衝作用物質を含んでもよい。
本明細書における水性溶液とは、水(H2O)を基本溶媒とする溶液のことをいい、細胞の生存に影響しない程度の水溶性の液体を少量含んでいてもよい。
本明細書において神経組織の保存に用いられる保存液は、緩衝作用物質以外に無機塩を含んでいてもよい。
保存液に含まれる無機塩としては、哺乳類の生体に含有される成分、又は細胞の生存に有用な成分として知られる無機塩が挙げられ、具体的に言えば、硝酸、硫酸、塩酸等の金属塩が挙げられる。尚、本明細書において、水性溶液に対して緩衝作用をもたらす無機塩は、緩衝作用物質として扱う。当該金属塩としては、安定な無機塩を形成し、かつ細胞の生存に有用な金属塩であれば特に限定はなく、アルカリ金属(ナトリウム、カリウム)塩、アルカリ土類金属(カルシウム、マグネシウム)塩、銅、亜鉛、鉄等の塩が挙げられる。具体的には、カリウム塩、ナトリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、鉄塩が挙げられ、具体的には、塩化カリウム、塩化ナトリウム、塩化カルシウム、硝酸鉄、塩化マグネシウム等があげられる。
本明細書における保存液はカリウム塩を緩衝作用物質又はそれ以外の無機塩として含んでいてもよく、当該保存液中に含まれるカリウムイオン濃度は、0mM超であって115mMよりも低い濃度であれば特に限定されない。好ましくは、60mM、より好ましくは30mM、さらに好ましくは10mMより低い濃度である。上記カリウムイオン濃度は、好ましくは0mM~60mM、より好ましくは0mM~30mM、さらに好ましくは0.01mM~20mM、さらに好ましくは0.1mM~10mM、更に好ましくは1mM~8mMを挙げることができる。
また、本明細書において、保存液中に含まれるナトリウムイオン濃度に対するカリウムイオン濃度の比は好ましくは0.8倍よりも低く、更に好ましくは0.5倍、より好ましくは0.4倍、0.3倍、0.2倍、0.1倍さらに好ましくは0.05倍より低い割合である。
本明細書において、「カリウムイオン濃度」は、保存液中に存在する全ての塩がイオンに解離した場合の上記無機イオンの濃度を意味し、カリウム塩が保存液中で解離しているか否かには依存しない値である。例えば、保存液中にリン酸カリウム(K3PO4)と塩化カリウム(KCl)が共に含まれる場合、カリウムイオン(K+)とリン酸イオン(PO4
3-)が完全に解離しており、さらにカリウムイオン(K+)と塩化物イオン(Cl-)も完全に解離しているものと想定し、両塩に由来するカリウムイオン濃度を合わせたものを、本保存液中に含まれるカリウムイオン濃度と定義する。
本明細書において、保存液が満たすべき重要な特性の一つとして浸透圧を挙げることができる。緩衝作用物質及びそれ以外の無機塩の濃度は、保存液の浸透圧に影響を与える因子の一つとして挙げられる。保存液の浸透圧は、保存期間中に、保存対象である神経組織が膨張又は収縮しない程度に調節されていることが好ましい。一態様において、保存液とは、保存対象である神経組織が膨張又は収縮しない程度の浸透圧を有する水性溶液である。保存液は、好ましくは、pHを6.0~8.6の範囲内に維持するように調製された緩衝する作用を有し、かつ、保存対象である神経組織が膨張又は収縮しない程度の浸透圧を有する水性溶液である。
神経組織が保存中に膨張又は収縮しない程度の浸透圧としては、具体的には、200~500mOsm/kg、例えば200~400mOsm/kg、又は250~360mOsm/kgが挙げられる。保存液の浸透圧は、保存液に含有されるイオンを含む全物質の濃度により定まる。保存液の浸透圧は、保存液に含まれるイオン等の含有量を変化させることにより、適宜調整することができ、あるいは浸透圧調整剤(例えば、ヒドロキシエチル澱粉等)を添加してもよい。浸透圧は、例えば、市販の浸透圧測定装置を用いて測定する事ができる。
本明細書において、保存液には、神経組織に含まれる細胞が生存可能であって、神経組織の保存が可能である範囲において、上述の緩衝作用物質及びそれ以外の無機塩以外に、アミノ酸、ビタミン類、糖類、核酸塩基、ピルビン酸塩類等の栄養剤、抗生物質(例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン、アムホテリシン)、コレステロール等のステロイド、2-メルカプトエタノール、血清及び血清代替物等から適宜選択される1以上の添加物が含まれ得るが、添加物はこれらに限定されない。具体的には本明細書表1~表9に記載の培地に含まれる成分を例示することができる。
保存液として、上記の条件を満たす市販の細胞若しくは生体組織用の保存液、培地等を適宜用いることができる。本明細書における保存液は、神経組織の形態及び性状を変化させずに維持する能力が高いほど好ましく、その意味で、細胞を増殖又は分化させる能力が低い方が好ましい。保存液中で細胞が増殖するか否かは、細胞増殖マーカーであるKi67の免疫染色、或いは、核酸アナログ(トリチウム標識品、BrdU、CldU、IdU、EdU等)の取り込み率等の当業者に周知の方法により確認する事ができる。
一態様において、上記保存液は、グリコサミノグリカン類を含有することができる。グリコサミノグリカン類としては、アミノ糖とウロン酸とを含む基本骨格を有する直鎖の多糖類が挙げられる。本明細書において保存液中に用いられるグリコサミノグリカン類としては、水に溶解可能であり、神経組織の生存などに悪影響を与えない物質であれば、特に限定されない。本明細書において、当該グリコサミノグリカン類として、好ましくはコンドロイチン硫酸又はヒアルロン酸が挙げられる。グリコサミノグリカン類を含有する利点の一つとして、保存液に粘性が付加されることにより輸送による振動を低減することができる。
ここで、保存液中のグリコサミノグリカン類の濃度は、全グリコサミノグリカン類の濃度が、例えば10%(w/v)以下、4%(w/v)以下、3%(w/v)以下、又は2.5%(w/v)以下である。また、全グリコサミノグリカン類の濃度が、例えば、0.1%(w/v)以上、0.2%(w/v)以上、0.5%(w/v)以上、又は0.7%(w/v)以上である。また、全グリコサミノグリカン類の濃度として、例えば、0.1%(w/v)以上10%(w/v)以下、0.2%(w/v)以上4%(w/v)以下、0.5%(w/v)以上3%(w/v)以下、及び0.7%(w/v)以上2.5%(w/v)以下を挙げることができる。
グリコサミノグリカン類としてコンドロイチン硫酸を保存液に含む場合、コンドロイチン硫酸の濃度は、コンドロイチン硫酸エステルナトリウムとして、例えば、10%(w/v)以下、4%(w/v)以下、3%(w/v)以下、又は2.5%(w/v)以下である。また、コンドロイチン硫酸の濃度は、コンドロイチン硫酸エステルナトリウムとして、例えば、0.1%(w/v)以上、0.2%(w/v)以上、0.4%(w/v)以上、又は0.5%(w/v)以上である。また、コンドロイチン硫酸の濃度はコンドロイチン硫酸エステルナトリウムとして、例えば、0.1%(w/v)以上10%(w/v)以下、0.2%(w/v)以上4%(w/v)以下、0.4%(w/v)以上3%(w/v)以下、及び0.5%(w/v)以上2.5%(w/v)以下を挙げることができる。
グリコサミノグリカン類は一種類の単独使用もできるが、複数種のグリコサミノグリカン類を組み合わせて用いることも可能であり、例えば、コンドロイチン硫酸及びヒアルロン酸を、1:1~3:1、又は、2:1~3:1の重量比で用いることができる。
一態様において、上記保存液は、細胞の代謝を促進する活性が低くてもよい。細胞の代謝の状態は、代謝経路物質(例えば、出発物質、中間体、最終代謝物、等)の量を測定することで評価できる。代謝経路物質の量は、液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、ゲル濾過、NMR、質量分析機、UV分光計、IR分光計、等の分析機器あるいはそれら分析機器の組み合わせで測定することができる。
一態様において、上記保存液は、血清及び又は血清代替物を含み得るが、その濃度は低くてもよい。保存液に含まれる血清及び又は血清代替物の濃度が低い場合に、細胞の増殖及び又は細胞の代謝が低くなる効果が期待できる。
保存液として、細胞又は組織の維持培養に用いられる培地を用いることもできる。細胞又は組織の培養用の培地、好ましくは動物細胞又は動物組織の培養に用いる培地として市販されている水性溶液であっても、本発明における保存温度で実質的に神経組織の形態が変化するような細胞増殖若しくは分化が起こらない限り本発明の保存液として使用可能である。上記培地とは、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、Neurobasal medium培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。好ましくは、DMEM(Gibco)、DMEM/F-12、Neurobasal medium(Thermo Fisher)、又はこれらの混合培地を挙げることができる。これらは、細胞又は組織の維持培養に際しては、血清、血清代替物、抗生物質等を適宜添加して用いることも可能である。一方、血清、血清代替物及び/又は抗生物質は保存液の必須の成分でないため、本発明において保存液として用いる際には、保存液中での品質管理項目を少なくするという観点から、好ましくはこれらを添加しないか、添加するとしても通常の細胞培養と比べて低い濃度で添加する。一態様において、保存液としては、緩衝作用物質及び無機塩を含み、アミノ酸、ビタミン類、糖類を含まないD-PBS等を用いることも可能である。
一態様において、上記保存液として、好ましくは、緩衝作用物質及び無機塩を含み、かつ、アミノ酸及び/又はビタミン類を含んでもよい。保存液としてより好ましくは、緩衝作用物質、アミノ酸及びビタミン類を含む水性溶液が挙げられる。具体的には、HBSS(Thermo Fisherから購入可能)、DMEM(Thermo Fisherから購入可能)、DMEM-no-glucose(Thermo Fisherから購入可能)、Neurobasal medium(Thermo Fisherから購入可能)、下記表1の組成を有する角膜保存液(米国特許5,104,787; 5,407,669を参照)、又はOptisol(Bausch and Lombから購入可能)が挙げられ、より好ましくは、Optisolが挙げられる。
一態様において、本発明は、保存液及びヒト神経組織を含む、12℃~22℃下、好ましくは15℃~20℃の移植用組成物、すなわち、12℃~22℃、又は15℃~20℃に温度調節された移植用組成物を提供する。
ここにおいて、保存液として、カリウムイオン濃度が0mM超115mM未満であり、緩衝作用物質によってpHが6.0~8.6の範囲に調整された水性溶液が挙げられる。当該水性溶液は、更にアミノ酸及びビタミン類を含んでいてもよい。当該水性溶液として、カリウムイオン濃度が0mM超115mM未満であり、緩衝作用物質によってpHが6.0~8.6の範囲に調整された細胞や組織の維持若しくは培養用の水性溶液が挙げられる。具体的には、Optisol、HBSS、DMEM、DMEM-no-glucose、Neurobasal medium、表1の組成を有する角膜保存液を例示することができる。
当該水性溶液は、好ましくは、更にグリコサミノグリカン類、具体的にはコンドロイチン硫酸、及び/又はヒアルロン酸を含む。ここでグリコサミノグリカン類の濃度としては、前述のとおりである。
ヒト神経組織として、多能性幹細胞由来のヒト神経組織、例えば、神経上皮構造を有する細胞凝集体であるヒト神経組織が挙げられる。
細胞凝集体として、具体的には、細胞凝集体表面に存在する連続上皮構造を有する網膜組織、又は細胞凝集体表面若しくは内部に存在する連続上皮構造及び/又はロゼット構造を有する前脳・中脳組織が挙げられる。網膜組織として、上述の網膜組織が挙げられ、例えば、CRX及び/又はN-カドヘリン陽性細胞を含む連続上皮構造を有する神経網膜組織が挙げられる。前脳・中脳組織として、例えば、Otx2陽性細胞を含む連続上皮構造、及び/又は、ロゼット(管腔)構造を有する前脳・中脳組織が挙げられる。
本発明の保存方法又は輸送方法に用いる保存液は、神経組織の保存が可能である範囲において、保存期間の途中で組成を変更してもよい。また、保存の途中に、同一の組成の保存液と交換してもよい。交換としては半量交換、8割量交換、全量交換が挙げられるがこれらに限定されない。
本発明の保存方法又は輸送方法において用いられる容器は、特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような容器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、ペトリデッシュ(シャーレ)、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、チューブ、スクリューキャップ式チューブ、バイアル、トレイ、培養バック、が挙げられる。これらの容器は、神経組織の浮遊保存を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の容器としては、容器の内側表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等によるコーティング処理、又は、正電荷処理等の表面加工)されていないもの等を使用できる。細胞非接着性の容器としては、容器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、MPCポリマー等の超親水性処理、タンパク低吸着処理等)されたもの等を使用できる。容器の素材としては、ポリスチレン、ポリプロピレン等が挙げられるが、これらに限定されない。容器の底面は、平底でもよいし、凹凸があってもよい。
一態様において、上記容器は、無菌であることが好ましい。容器を滅菌して無菌化する方法としては、当業者が周知の方法を用いることができる。また、無菌の容器を購入して用いてもよい。
一態様において、上記容器として、細胞保存用チューブを用いてもよい。上記細胞保存用チューブとして、例えば、クライオチューブ、コニカルチューブ、遠心管、プラスチック製チューブ等が挙げられるが、これらに限定されない。
本発明の保存方法又は輸送方法において、神経組織は、8℃以上若しくは12℃以上、30℃以下若しくは22℃以下の保存温度で保存する。8℃から30℃、好ましくは12℃から22℃、より好ましくは約17℃(15℃から19℃又は16℃から18℃)の保存温度で保存する。保存温度を制御する目的では、後述する温度維持装置を用いてもよい。
一態様において、保存温度とは、保存液の温度を温度計等で実測した値でもよいし、温度維持装置内の温度を実測した値でもよいし、温度維持装置において設定された温度であってもよい。温度を実測する場合に、例えば温度計を用いることができる。
上記温度維持装置は、密閉された気相、あるいは液相を上記の範囲の温度に保つ機能があれば特に限定されない。具体的には、細胞培養用のCO2インキュベーター、冷蔵庫、遠心機、恒温水槽、恒温槽、ブロックインキュベーター、保温ゲル等を用いることができる。当業者であれば、保存する組織等に応じて、その他の設定(酸素濃度、二酸化炭素濃度等)を適宜行う事ができる。
神経組織は、施設間(例:神経組織の製造施設から移植施設へ輸送)を輸送される事があるが、当該期間も適切に保存されることが好ましく、本明細書の保存方法を適用可能である。輸送方法は特に限定されず、車両、船舶、又は航空機等のいずれの方法であってもよい。従って、輸送手段において適切な温度維持装置が備わっているか、あるいは、温度維持装置を含めて輸送できることが好ましい。また、温度維持装置は、輸送による振動が内部の保存液に伝わらない構造を有している方が好ましい。従って、カリウムイオン濃度が0mM超115mMより低い保存液中、8℃~30℃、好ましくは12℃から22℃、より好ましくは約17℃(15℃から19℃又は16℃から18℃)の保存温度で、神経組織を輸送する方法もまた本発明の範疇である。
本明細書において、神経組織の保存は、神経組織を上述した範囲内の温度に設定された温度維持装置内に置く事により開始され、神経組織を当該温度維持装置から出す事により終了する。
本発明の保存液を使用することにより、神経組織は14日を超えない期間、5日を超えない期間、又は3日を超えない期間保存され得る。当該期間は、移植に供するまでの品質管理又は輸送に要するため、通常2時間以上である。本明細書において、「X日を超えない期間」とは、保存を開始した日を0日目とし、X日目までの期間をいう。一態様において、神経組織の品質が落ちる可能性はあるが、当該方法で神経組織を例えば1カ月を超えない期間保存してもよい。
本発明の保存方法又は輸送方法において、神経組織の保存は培養工程と区別される。神経組織の培養工程(例えば、維持培養又は分化誘導培養)の場合には、細胞の代謝、増殖、運命決定、分化、成熟化、移動等が断続的に起こり得る。上記培養工程(例えば、維持培養、分化誘導培養)の際には、神経細胞の生存及び増殖若しくは分化誘導に適した条件で培養する。当該条件としては、培地組成(糖類、アミノ酸、ビタミン類等の栄養成分を含む)、温度(通常36~37℃)、湿度(通常95%)、二酸化炭素濃度(通常5~10%)、酸素濃度(通常2~60%)等の条件が挙げられる。
一方、本発明における保存温度は、30℃以下であり、培養工程(例えば、神経組織の維持培養又は分化誘導培養)の至適温度とは異なる。本発明において保存する際、培地中の栄養成分、湿度及び二酸化炭素濃度の維持及び調整は必須ではない。
本明細書における神経組織の保存とは、細胞の増殖及び分化を実質的に伴わず、保存前後における神経組織の状態が実質的に同等である事が好ましい。例えば、神経組織を移植に用いる場合、製造した神経組織の品質検査を行う場合があるが、当該品質検査には、その内容に応じて数時間~数日の期間を要する。保存前と保存後で神経組織が同等であることは、当業者が設定可能な品質試験を行うことで実証することができる。一態様において、保存前と保存後で神経組織が実質的に同等であることは、動物モデルに移植したときの効果を比較することで実証することができる。
また、神経組織が、CPC細胞培養センター等の製造設備で製造された場合、移植を必要とする患者(レシピエント)の医療機関へ輸送する必要があるが、遠隔地の場合距離に応じて、輸送に数時間~数日間を要することも想定される。
そのため、当該品質検査若しくは輸送に要する期間、神経組織の状態が実質的に同等である事は重要である。
一態様において、神経組織の「保存」は、細胞増殖を伴う「培養」と区別される。維持培養又は分化誘導の際には、細胞の増殖又は分化が断続的に行われ、神経細胞の生存及び増殖若しくは分化誘導に適した、培地組成(糖類、アミノ酸、ビタミン類等の栄養成分を含む)と温度(通常37℃)、湿度(通常95%)、二酸化炭素濃度(通常5%)等の外部環境等の条件が求められる。本明細書における「保存」は、細胞の増殖及び分化を実質的に伴わず、細胞凝集体の性状が変化することなく保持される、すなわち実質的な同等性が保たれることを意味する。
一態様において、神経組織の「保存」は、組織の形態変化を伴う「培養」と区別される。組織を「培養」する際には、組織の形態変化(例えば、伸長、陥入、反転)が起きることがあり、組織の「培養」に適した、培地組成(糖類、アミノ酸、ビタミン類等の栄養成分を含む)と温度(通常37℃)、湿度(通常95%)、二酸化炭素濃度(通常5%)等の外部環境等の条件が求められる。
本発明の保存方法における保存温度は30℃以下であり、細胞の増殖又は分化の至適温度とは異なる。
一態様において、本明細書の方法で保存する事により、神経組織中に含まれる神経系細胞の保存前後における生細胞率は同等であることが好ましい。ここで、生細胞率が同等とは、本発明の保存液に接触させる前の生細胞率に対する保存後の生細胞率の割合が実質的に変化しない、具体的には、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は95%以上である事を意味する。
ここで、例えば移植に用いられる神経組織中に含まれる神経系細胞の生細胞率が、本発明の保存液に接触させる前に95%以上であった場合、本発明の方法において保存された、すなわち、当該保存液中で数時間~14日間保存後の当該組織中の神経系細胞の生細胞率は、保存期間及び保存条件に依存するが、80%以上、90%以上、又は95%以上で維持される。
一態様において、本発明の方法で網膜組織を含む細胞凝集体を保存する事により、保存前後において、当該細胞凝集体中のCRX陽性細胞数は同等である。ここで、CRX陽性細胞数が同等とは、本発明の保存液に接触させる前のCRX陽性細胞数に対する、当該保存液中で数時間~14日間保存後のCRX陽性細胞数の割合が、保存期間及び保存条件に依存するが、70%以上、80%以上、又は95%以上で維持される事を意味する。
一態様において、本発明の方法で神経組織を含む細胞凝集体を保存する事により、保存前後において、Otx2陽性のロゼット構造(管腔)を持つ凝集体数は同等である。ここで、Otx2陽性のロゼット構造を持つ凝集体数が同等とは、本発明の保存液に接触させる前のOtx2陽性のロゼット構造を持つ凝集体数に対する、当該保存液中で数時間~14日間保存後のOtx2陽性な管腔を持つ凝集体数の割合が、保存期間及び保存条件に依存するが、50%以上、80%以上、又は90%以上で維持される事を意味する。
一態様において、本発明の方法で保存する事により、保存前後において、実質的に同等の神経組織の凝集体に特有の層構造又は立体的な細胞配置を維持することができる。例えば、神経網膜層を含む網膜組織の場合、具体的には、連続上皮構造、小胞性層状形態、及びCrx陽性細胞が表層に層状に存在し、その内側にChx10陽性細胞が層状に存在する細胞配置等が挙げられる。「実質的に同等の層構造又は立体的な細胞配置を維持する」とは、本発明の保存液に接触させる前の、特定の性状を呈する層構造又は立体的な細胞配置を有する凝集体の数に対する、当該保存液中で数時間~14日間保存後の、当該層構造又は立体的な細胞配置を有する凝集体数の割合が、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上である事を意味する。別の態様として、特定の性状を呈する層構造又は立体的な細胞配置が同等とは、凝集体の外周中に含まれる当該層構造又は立体的な細胞配置を示す部分の割合が、本発明の保存前と接触させる前と比べて、保存期間及び保存条件に依存するが、70%以上、80%以上、又は95%以上で維持される事を意味する。
当該保存方法により保存された神経組織は、速やかに目的の使用、具体的には品質検査及び患者(レシピエント)への移植手術に供する事ができる。保存期間の後に、神経組織を培地中で短期間(例えば、3時間~7日間)あるいは長期間(8日間~数か月)の回復培養を行ってもよく、回復培養は当業者に周知の方法で行うことができ、例えば37℃に設定されたCO2インキュベーター内で行われる。一態様において、回復培養は、通常の分化培養又は成熟培養と全く同じ条件で行ってもよい。
本発明の保存又は輸送方法により保存された神経組織、具体的には、前脳組織、中脳組織又は網膜組織等は、例えば、生体(レシピエント)への移植に用いることができる。
一態様において、上記保存された神経組織を、具体的には、前脳組織、中脳組織又は網膜組織等を、生体へ移植する際、保存液から取り出された後に、直接移植してもよい。一態様において、上記保存された神経組織は、組織又は細胞を含む医薬に通常使用される、保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を用いて洗浄し、これらを担体として移植してもよい。
本発明の保存又は輸送方法により保存される神経組織(例、網膜組織、前脳組織、中脳組織)は、当該神経組織の障害に基づく疾患の移植医療に有用である。そこで、本発明は、本発明保存方法により保存される神経組織を含む、当該神経組織の障害に基づく疾患の治療薬を提供する。当該神経組織の障害に基づく疾患の治療薬として、或いは、当該神経組織の損傷状態において、該当する損傷部位を補充するために、本発明保存方法により保存される神経組織を用いることが出来る。移植を必要とする、神経組織の障害に基づく疾患、又は神経組織の損傷状態の患者に、本発明保存方法により保存される神経組織を移植し、当該障害又は損傷を受けた神経組織自体を補充することにより、神経組織の障害に基づく疾患、又は神経組織の損傷状態を治療することが出来る。例えば、神経組織の障害に基づく疾患としては、例えば、神経変性疾患(例えば、脳虚血障害、脳梗塞、パーキンソン氏病、脊髄損傷、脳血管障害、脳/脊髄外傷性障害(例、脳梗塞、頭部外傷/脳挫傷(TBI)、脊髄損傷多系統萎縮症)、典型的な神経変性疾患(筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン氏病(PD)、パーキンソン症候群 、アルツハイマー型痴呆 、 進行性核上性麻痺(PSP)、ハンチントン病 、多系統萎縮症(MSA)、脊髄小脳変性症(SCD))、脱髄疾患、神経筋疾患(多発性硬化症(MS)、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、炎症性広汎性硬化症(Schilder病)、亜急性硬化症全脳炎、進行性多巣性白質脳症、低酸素脳症、橋中心髄鞘破壊症、Binswanger病、ギラン・バレー症候群、フィッシャー症候群、慢性炎症性脱髄性多発根神経炎、脊髄空洞症、脊髄小脳変性症、黒質線条体変性症(SND)、オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、シャイ・ドレーガー症候群(Shy-Drager症候群))、眼科疾患(黄斑変性症、加齢黄斑変性、網膜色素変性、白内障、緑内障、角膜疾患、網膜症)、難治性てんかん、進行性核上性麻痺、脊髄空洞症、脊髄性筋萎縮症(SMA)、球脊髄性筋萎縮症(SBMA)、原発性側索硬化症(PLS)、進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、ハンチントン病(HD)、有棘赤血球舞踏病、脊髄空洞症、前頭側頭葉変性症、Charcot-Marie-Tooth disease病、ジストニア、Pantothenate kinase-associated neurodegeneration、家族性認知症、パーキンソン症候群、老人性失認症、痙性対麻痺、レビー小体型認知症、下垂体機能低下症、脳腫瘍の外科的摘出術によって生じた機能不全等が挙げられる。例えば、大脳組織又は大脳関連細胞の障害に基づく疾患としては、例えば、神経変性疾患(例えば、脳虚血障害、脳梗塞、運動ニューロン病、ALS、アルツハイマー病、ポリグルタミン病、大脳皮質基底核変性症)が挙げられる。網膜組織又は網膜関連細胞の障害に基づく疾患としては、例えば、網膜変性症、網膜色素変性症、加齢黄斑変性症、有機水銀中毒、クロロキン網膜症、緑内障、糖尿病性網膜症、新生児網膜症、等が挙げられる。さらに、神経組織の損傷状態としては、神経組織摘出後の患者、神経組織内腫瘍への放射線照射後の患者、外傷が挙げられる。
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
実施例1:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を、種々の保存条件下で保存した例(保存温度及び保存液のスクリーニング実験)
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports,4,3594(2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK03N、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、上記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー培養した。上記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4cm2)を用いた場合、上記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は1.0×104とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStemFit培地にて培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
分化誘導操作としては、ヒトiPS細胞(1231A3株)を、StemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前(培養面積の5割が細胞に覆われる程度)になるまでフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(5μM)及びSAG(300nM)の存在下、1日間フィーダーフリー培養した(Precondition処理)。
Precondition処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)で処理し、更にピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、上記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、無血清培地にIWR-1e(終濃度3μM)、Y27632(終濃度20μM)及びSAG(終濃度30nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、IWR-1e及びヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5nM(55ng/ml)になり、かつ、IWR-1eの終濃度3μMになるように新しい上記無血清培地を50μl添加した。
その3日後(浮遊培養開始6日後)に、Y27632及びヒト組み換えBMP4を含まず、IWR-1eを含む上記無血清培地にて半量培地交換した。その4日後(浮遊培養開始10日後)に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて3%以下になるように、IWR-1e、Y27632及びヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地を用いて80%培地交換操作を2回行った。その後、2~4日に一回、IWR-1e、Y27632及びヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地にて半量培地交換した。半量培地交換操作としては、培養器中の培地を体積の半分量即ち75μl廃棄し、新しい上記無血清培地を75μl加え、培地量は合計150μlとした。
このようにして得られた浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質であるCHIR99021(3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質であるSU5402(5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1%N2 supplementが添加された培地)で3日間即ち浮遊培養開始後20日目まで培養した。
更に、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地として、DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1%N2 supplement、0.5μMレチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地(以下、「Retina培地」と呼ぶ)を作製し、当該浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体をRetina培地で、65日間即ち浮遊培養開始後85日目まで浮遊培養した。浮遊培養開始後20日目から85日目までの間、2~4日に一回、Retina培地にて半量程度を培地交換した。
このようにして得られた浮遊培養開始後85日目の細胞凝集体について、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察したところ、細胞凝集体が立体の神経組織を含んでおり、その一部が連続上皮構造を含んでいることが確認できた。
検討した保存液は以下の3種類であった(表2~4参照)。
・Retina培地:DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1%N2supplement、0.5μMレチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地
・Hank´s balanced salt solution(Gibco社製、以下「HBSS」と称す)
・Optisol-GS(登録商標)(Bausch and Lomb社製、以下「Optisol」又は「オプチゾール」と称す)
検討した保存温度は、以下の3点であった。
・37℃(インキュベーター、5%CO2条件、パナソニック社製)
・17℃(インキュベーター、5%CO2条件、アステック社製)
・4℃(冷蔵庫、密封条件、パナソニック社製)
検討した保存容器は、いずれも60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)であった。
具体的に検討したのは、下記の保存条件A~Iであった。
・保存条件A(通常の培養条件).保存液がRetina培地、保存温度が37℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件B.保存液がRetina培地、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件C.保存液がRetina培地、保存温度が4℃、保存容器が低接着プレート(密封)
・保存条件D.保存液がHBSS、保存温度が37℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件E.保存液がHBSS、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件F.保存液がHBSS、保存温度が4℃、保存容器が低接着プレート(密封)
・保存条件G.保存液がオプチゾール、保存温度が37℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件H.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件I.保存液がオプチゾール、保存温度が4℃、保存容器が低接着プレート(密封)
上記浮遊培養開始後85日目の細胞凝集体を用いて、以上の保存条件A~Iで48時間、保存した。保存直後(浮遊培養開始後87日目)の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した。
その結果、保存条件A、B、E、F、G、Hの保存直後の細胞凝集体では、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が保持された。保存条件D、Iでは、立体組織の形態が保持される細胞凝集体はあったものの、形態が崩れた凝集体が多かった。一方で、保存条件Cでは、ほとんど全ての細胞凝集体で立体組織の形態が大きく崩れた。
次に、保存後の細胞凝集体に含まれる細胞が、正常に培養できるか、及び、分化細胞が細胞死を起こす等の異常が起きないかを検証するために、回復培養操作を行った。具体的には、保存条件A~Iにて48時間保存後の細胞凝集体を、Retina培地中で、低接着プレートを用いて、インキュベーター内で37℃、5%CO2の条件下で、浮遊培養を行った(回復培養)。
得られた回復培養後の細胞凝集体について、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図1)。
その結果、保存条件A、B、E、F、G、Hの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が、ほとんどの細胞凝集体で観察された。保存条件D、Iでは、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が観察された細胞凝集体はあったものの、約7割の細胞凝集体で、図1に示すように細胞凝集体(立体網膜)の形態が崩れていた。平均的には図1におけるD、Iの形態を示した。一方で、保存条件Cでは、図1におけるCに示されるとおり、ほとんど全ての細胞凝集体において立体組織の形態が大きく崩れる傾向があった。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)、及び、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)について免疫染色を行った。DAPIで細胞核を染色した。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した(図2及び図3)。
そして、免疫染色像を形態的に解析した。すなわちCrx陽性の視細胞前駆細胞が表層に層状に存在し、かつ、その内側にChx10陽性の神経網膜前駆細胞が層状に存在するという特徴をもつ神経網膜組織があるか調べた。さらに、上記神経網膜組織が凝集体の外周を接線方向に100μm以上連続する、連続上皮構造を形成しているかを調べた(以下、「神経網膜組織の連続上皮構造」と呼ぶ)。
その結果、保存条件A、B、E、F、G、Hの回復培養後の細胞凝集体では、神経網膜組織の連続上皮構造がほとんどの細胞凝集体で存在することが分かった(図2及び図3)。保存条件D、Iでも、神経網膜組織の連続上皮構造が観察された細胞凝集体はあったものの、7割方の細胞凝集体で、図に示すように立体網膜の形態が崩れていた。一方で、保存条件Cでは、ほとんどの細胞凝集体において神経網膜組織の連続上皮構造がほとんど検出されなかった。
これらの結果から、通常の培養条件と同じ保存条件Aと比べて、保存条件B、E、F、G、Hで、細胞凝集体が神経網膜組織の連続上皮構造を維持したまま、48時間保存できることがわかった。また、保存条件D、Iでも、神経網膜組織の連続上皮構造を部分的に維持できることがわかった。
そして、保存条件B、E、H、すなわち保存温度が17℃の条件で、様々な保存液で、安定して保存できることがわかった。
実施例2:ヒトES細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を、種々の保存条件下で保存した例(保存温度及び保存液のスクリーニング実験)
Crx::VenusノックインヒトES細胞(KhES-1由来;Nakano, T. et al. Cell Stem Cell 2012,10(6),771-785;京都大学より入手、理研CDBにて樹立して使用)を、実施例1記載の方法で、StemFit培地にて、サブコンフレント1日前になるまでフィーダーフリー条件下で培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトES細胞を、SB431542(5μM)及びSAG(300nM)の存在下、1日間フィーダーフリー培養した(Precondition処理)。
Precondition処理されたヒトES細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、更にピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、上記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した(浮遊培養開始後0日目)。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(30nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(商品名:Recombinant Human BMP-4、R&D社製)を含む培地を、ヒト組み換えBMP4の、終濃度が1.5nM(55ng/ml))になるように50μL添加した。
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後6日目に、培地を60μL除去し、新たに90μL培地を添加した。浮遊培養開始後9、12、及び15日目に培地を85μL除去し、新たに90μLの培地を加え、浮遊培養開始後18日目まで培養した。
当該浮遊培養開始後18日目の凝集体を、CHIR99021(3μM)及びSU5402(5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1%N2 supplementが添加された培地)で3日間即ち浮遊培養開始後21日目まで培養した。
得られた浮遊培養開始後21日目の細胞凝集体を、下記の培養液については下記[1]、[2]及び[3]に示した血清培地を使用し、5%CO2条件下で、浮遊培養開始後80日目まで培養した。
[1]浮遊培養開始後21日目から40日目まで:DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1%N2 supplement、及び100μMタウリンが添加された培地(以下「A培地」という)。
[2]浮遊培養開始後40日目から60日目まで:A培地と、Neurobasal培地(表5を参照)に、10%牛胎児血清、2%B27 supplement、200mM glutamine及び100μMタウリンが添加された培地(以下「B培地」という)を1:3の比率で混合した培地。
[3]浮遊培養開始後60日目以降:B培地。
得られた浮遊培養開始後80日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(EVOS、Thermo Fisher Scientific社製)で観察したところ、神経組織の連続上皮構造を含んでいた。浮遊培養開始後80日目の細胞凝集体を用いて、保存条件の検討を行った。
検討した保存液は以下の4種類であった。
・上記B培地
・HBSS(実施例1記載)
・オプチゾール(実施例1記載)
・University of Wisconsin液(商品名ビアスパン,アステラス製薬より販売、以下「UW液」と称す。表6を参照)
検討した保存温度は、以下の3点であった。
・37℃(インキュベーター、5%CO2条件、パナソニック社製)
・17℃(インキュベーター、5%CO2条件、アステック社製)
・4℃(冷蔵庫、密封条件、パナソニック社製)
検討した保存容器は、いずれも60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)であった。
具体的に検討したのは、下記の保存条件A~Hであった。
・保存条件A(通常の培養条件).保存液がB培地、保存温度が37℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件B.保存液がB培地、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件C.保存液がHBSS、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件D.保存液がHBSS、保存温度が4℃、保存容器が低接着プレート(密封)
・保存条件E.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件F.保存液がオプチゾール、保存温度が4℃、保存容器が低接着プレート(密封)
・保存条件G.保存液がUW液、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件H.保存液がUW液、保存温度が4℃、保存容器が低接着プレート(密封)
上記浮遊培養開始後80日目の細胞凝集体を用いて、以上の保存条件A~Hで48時間、保存した。保存直後の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)と、保存条件B、C、Eの保存直後の細胞凝集体では、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が保持された。保存条件D、Fでは、立体組織の形態が保持される細胞凝集体はあったものの、形態が崩れた細胞凝集体が多かった。一方で、UW液を用いた保存条件G,Hでは、ほとんど全ての細胞凝集体で立体組織の形態が大きく崩れた。
次に、保存条件A~Hにて保存後の細胞凝集体を、B培地中で、低接着プレートを用いて、インキュベーター内で37℃、5%CO2の条件下で、浮遊培養を行った(回復培養)。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図4)。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)と、保存条件B、C、Eの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が高い頻度で観察された。保存条件D、Fでは、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が一部の細胞凝集体で観察された。一方で、UW液を用いた保存条件G,Hでは、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が大きく崩れる傾向があった。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)、及び、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)について免疫染色を行った。DAPIで細胞核を染色した。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した(図5及び図6)。さらに、神経網膜組織の連続上皮構造が形成されているかを実施例1記載の方法で調べた。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)と、保存条件B、C、Eの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が、ほとんどの細胞凝集体で観察された。保存条件D、Fでは、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が観察された細胞凝集体はあったものの、約7割の細胞凝集体で、図5及び図6に示すようにロゼット構造が多く形成され、細胞凝集体(立体網膜)の形態が崩れていた。平均的には、図5及び図6におけるD、Iの形態を示した。一方で、UW液を用いた保存条件G,Hでは、図5及び図6におけるG、Hに示されるとおり、ほとんど全ての細胞凝集体において、立体網膜の形態が大きく崩れる傾向があった。
これらの結果から、通常の培養条件と同じ保存条件Aと比べて、保存条件B、C、E、すなわち保存温度が17℃の条件では、様々な保存液を用いて、細胞凝集体が神経網膜組織の連続上皮構造を維持したまま、48時間保存できることがわかった。
一方で、保存液としてUW液を用いた保存条件G,Hでは、神経網膜組織の連続上皮構造がほとんど維持されないことがわかった。
実施例3:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を、保存液としてオプチゾールを用いて17℃で保存した例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、実施例1記載の方法で、フィーダーフリー培養し、分化誘導し、浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を作製した。
得られた浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、実施例2記載の方法で、血清培地[1]、[2]及び[3]を用いて、浮遊培養開始後97日目まで培養した。得られた浮遊培養開始後97日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(EVOS、Thermo Fisher Scientific社製)で観察したところ、神経組織の連続上皮構造を含んでいた。
浮遊培養開始後97日目の細胞凝集体を、下記保存条件A~Cで保存した。
・保存条件A.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)、保存期間が48時間
・保存条件B.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)、保存期間が72時間
・保存条件C.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)、保存期間が120時間
保存条件A~Cで保存した細胞凝集体を、実施例2記載の方法で、B培地を用いて、7日間回復培養した。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)、視細胞マーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Proteintech社、ウサギ)、網膜組織のマーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、モルモット)、増殖中の細胞のマーカーの1つであるKi67(抗Ki67抗体、BD社、マウス)について免疫染色を行った。DAPIで細胞核を染色した。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した(図7及び図8)。そして、神経組織の連続上皮構造が存在するかを調べた。
その結果、保存条件A~Cのいずれの条件で保存した細胞凝集体でも、神経組織の連続上皮構造が高い頻度で存在することが分かった。そして、保存条件A~Cのいずれの神経組織の連続上皮構造においても、表面(apical面側)にCrx陽性の視細胞前駆細胞、その内側にChx10陽性の神経網膜前駆細胞が存在することがわかった。連続切片の解析から、Chx10陽性細胞層とKi67陽性細胞層は重なることがわかった。さらに、また、A~Cのいずれの神経組織の連続上皮構造においても、表面(apical面側)にRecoverin陽性の視細胞が存在することがわかった。
これらの結果から、保存温度が17℃の条件で、保存期間が48時間、72時間、120時間のいずれの保存条件でも、凝集体の表面(apical面側)にCrx陽性の視細胞前駆細胞及びRecoverin陽性の視細胞を共に含む視細胞層が存在し、その内側にChx10陽性の神経網膜前駆細胞及びKi67陽性の増殖細胞を共に含む神経網膜前駆細胞層が存在し、さらのその内側にCrx陽性の視細胞がbasal側に存在する特徴をもつ、神経組織の連続上皮構造が維持されることが実証できた。
実施例4:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を、5%CO 2 存在下あるいは非存在下で保存した例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、実施例1記載の方法でフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK03N、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
分化誘導操作としては、ヒトiPS細胞(1231A3株)を、StemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前(培養面積の5割が細胞に覆われる程度)になるまでフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(5μM)及びSAG(300nM)の存在下、1日間フィーダーフリー培養した(Precondition処理)。
Precondition処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、更にピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、上記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.3×104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、無血清培地にIWR-1e (終濃度3μM)、Y27632(終濃度20μM)及びSAG(終濃度30nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、IWR-1e及びヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5nM(55ng/ml)になり、かつ、IWR-1eの 終濃度3μMになるように新しい上記無血清培地を50μl添加した。
3日後(浮遊培養開始6日後)に、培養器中の培地を60μl廃棄し、Y27632及びヒト組み換えBMP4を含まず、IWR-1e(終濃度3μM)を含む上記無血清培地を90μl加えた(培地量は合計180μl)。
4日後(浮遊培養開始後10日目)に、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて10%以下になるように、IWR-1e、Y27632及びヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地を用いて67%培地交換操作を2回行った。その後、2~4日に一回、Y27632、ヒト組み換えBMP4及びIWR-1eを含まない上記無血清培地にて半量培地交換した。半量培地交換操作としては、培養器中の培地を体積の半分量即ち90μl廃棄し、新しい上記無血清培地を90μl加えた(培地量は合計180μl)。
このようにして得られた浮遊培養開始後22日目の細胞凝集体を、CHIR99021(3μM)及びSU5402(5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1%N2 supplementが添加された培地)で3日間、浮遊培養開始後25日目まで培養した。
得られた浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体を、実施例2記載の方法で、血清培地[1]、[2]及び[3]を用いて、浮遊培養開始後66日目まで培養した。浮遊培養開始後66日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(EVOS、Thermo Fisher Scientific社製)で観察したところ、神経組織の連続上皮構造を含んでいた。
得られた浮遊培養開始後66日目の細胞凝集体を用いて、保存条件の検討を行った。
検討した保存液は、いずれもオプチゾール(実施例1記載)であった。
検討した保存温度及び周辺条件は、以下の2点であった。
・17℃:インキュベーター(5%CO2条件、アステック社製)
・17℃:遠心機(大気圧、密封条件、日立社製)
検討した保存容器は、以下の2点であった。
・60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)
・2.0mLクライオバイアル(Thermo Fisher Scientific社製)
具体的に検討したのは、下記の保存条件A、Bであった。
・保存条件A.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃(インキュベーター)、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件B.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃(遠心機、日立社製)、保存容器が2.0mLクライオバイアル(大気圧で密封)。当該条件では、遠心機は温度管理をする目的で、遠心せずに使用した。保存期間中、遠心機内の温度が16.2 ~17.8℃で維持されていたことを温度ロガーを用いて測定して確認した。
上記浮遊培養開始後66日目の細胞凝集体を用いて、以上の保存条件A、Bで72時間、保存した。保存直後の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図9、上段)。
その結果、保存条件Aと保存条件Bの保存直後の細胞凝集体では、立体組織の形態が同等の頻度で保持される傾向があった。
次に、保存条件A、Bにて保存後の細胞凝集体を、実施例2記載のB培地中で、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96U底プレート、住友ベークライト社製)を用いて、インキュベーター内で37℃、5%CO2の条件下で、浮遊培養を行った(回復培養)。
回復培養開始7日後の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図9、下段)。
その結果、保存条件Aと保存条件Bの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮が高い頻度で観察された。また倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)を用いて、ホフマン干渉像での顕微鏡検査を行った結果、保存条件A及び保存条件Bのいずれの条件でも、層構造をもった連続上皮をもつ神経網膜組織が高い頻度で存在することが確認できた。
これらの結果から、大気中で密栓保存した保存条件Bでは、5%CO2の保存条件Aと比べて実質的に差がない水準で、立体の神経組織を、連続上皮構造を維持したまま、72時間保存できることがわかった。
実施例5:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を、保存液としてオプチゾールを用いて、17℃で保存した後、生細胞率を測定した例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、実施例1記載の方法で、フィーダーフリー培養し、分化誘導し、浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を作製した。
得られた浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、実施例2記載の方法で、血清培地[1]、[2]及び[3]を用いて、浮遊培養開始後91日目まで培養した。その後、以下の条件A(保存なし),条件B(保存あり)で調製した。
・条件A(保存なし):浮遊培養開始後91日目の細胞凝集体を2個、培地としてB培地を用いて、37℃、5%CO2で72時間培養した。
・条件B(保存あり):浮遊培養開始後91日目の細胞凝集体を2個、保存液としてオプチゾールを用いて、保存装置として17℃インキュベーター(和研ビーテック社製)を用いて、17℃、大気圧(密封)条件で、72時間保存した。
このようにして調製した条件A(保存なし)及び条件B(保存あり)の細胞凝集体をそれぞれ神経細胞分散液(パパイン系、和光純薬社製)を用いて分散し、細胞懸濁液を調製した。さらに、得られた細胞懸濁液をヌクレオカウンター(ChemoMetec社製)で生細胞率を測った(図10)。
その結果、条件A(保存なし)の細胞凝集体2個の生細胞率は99.8%と99.1%であった。一方、条件B(保存あり)の細胞凝集体2個の生細胞率は、99.3%と98.2%であった。すなわち、保存後の凝集体でも生細胞率が98%以上と非常に高い生細胞率であり、保存の有無で生細胞率に実質的な差がないことがわかった。
これらの結果から、神経組織を保存した条件であっても、神経組織を保存していない条件と比べて、生細胞率に実質的に差がないことを実証できた。
実施例6:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を用いた、保存温度の検討例(1)
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、実施例4記載の方法で、フィーダーフリー培養し、Precondition処理し、分化誘導し、CHIR99021及びSU5402を作用させ、「浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体」を作製した。
得られた浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体を、実施例2記載の血清培地[1]、[2]及び[3]を使用し、5%CO2条件下で、浮遊培養開始後73日目まで培養した。浮遊培養開始後73日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(EVOS、Thermo Fisher Scientific社製)で観察したところ、神経組織の連続上皮構造を含んでいた。
得られた浮遊培養開始後73日目の細胞凝集体を用いて、保存条件の検討を行った。
検討した保存液は、いずれもオプチゾール(実施例1記載)であった。
検討した保存温度は、以下の5点であった。
・4℃:冷蔵庫(密封、パナソニック社製)
・8℃:遠心機(密封、日立社製)
・17℃:遠心機(密封、日立社製)
・30℃:恒温槽(密封、アズワン社製)
・37℃:インキュベーター(密封又は5%CO2、パナソニック社製)
検討した保存容器は、以下の2点であった。
・60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)
・2.0mLクライオバイアル(Thermo Fisher Scientific社製)
具体的に検討したのは、下記の保存条件A~Fであった。
・保存条件A(通常の培養条件).保存液がB培地、保存温度が37℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件B.保存液がオプチゾール、保存温度が4℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
・保存条件C.保存液がオプチゾール、保存温度が8℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
・保存条件D.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
・保存条件E.保存液がオプチゾール、保存温度が30℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
・保存条件F.保存液がオプチゾール、保存温度が37℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
上記浮遊培養開始後73日目の細胞凝集体を用いて、以上の保存条件A~Fで72時間、保存した。保存直後の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図11、上段)。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)と、保存条件Dの保存直後の細胞凝集体では、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が保持された。保存条件B、C、Eでは、立体組織の形態が保持される細胞凝集体はあったものの、形態が崩れた凝集体が多かった。一方で、保存条件Fでは、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が大きく崩れた。
さらに回復培養処理として、保存条件A~Fにて保存後の細胞凝集体を、実施例2記載のB培地中で、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96U底プレート、住友ベークライト社製)を用いて、インキュベーター内で37℃、5%CO2の条件で、浮遊培養を行った(回復培養)。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図11、中段)。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)と、保存条件Dの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が、ほとんどの細胞凝集体で観察された。保存条件B、C、Eの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が観察された細胞凝集体はあったものの、約5割の細胞凝集体で、図に示すように細胞凝集体(立体網膜)の形態が崩れていた。平均的には図11におけるB、C、Eの形態を示した。一方で、保存条件Fでは、図11におけるFに示されるとおり、ほとんど全ての細胞凝集体において立体組織の形態が大きく崩れる傾向があった。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。これらの凍結切片に関し、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した(図11、下段)。そして、実施例1記載の方法で、Crx陽性の視細胞前駆細胞が表層に層状に存在し、神経網膜組織の連続上皮構造が存在するかを調べた。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)と、保存条件Dの回復培養後の細胞凝集体では、神経網膜組織の連続上皮構造がほとんどの細胞凝集体で存在することが分かった。一方で、保存条件B、C、Eでも、神経網膜組織の連続上皮構造が観察された細胞凝集体はあったものの、約5割の細胞凝集体で、図に示すように立体網膜の形態が崩れていた。さらに、保存条件Fでは、ほとんどの細胞凝集体においてCrx陽性の視細胞前駆細胞が表層に存在せず、連続上皮構造がなく、ロゼットが形成されていた。
さらに保存条件A~EにおけるCrx陽性細胞の数を定量した。Crx陽性細胞の数の定量には、各凝集体につきCrx陽性細胞が観察される箇所をキーエンス倒立顕微鏡(BZ-X710)20倍レンズで撮像した画像から、400×400ピクセルの大きさで切り出した画像を使用し、画像全体の陽性細胞数を比較した(図12)。保存条件Fについては、Crx陽性の視細胞前駆細胞が多く見られたものの、これらの細胞が表層に存在せず、連続上皮構造がなく、細胞凝集体の形態も大きく崩れていたため、調べなかった。その結果、保存条件Dで保存した細胞凝集体におけるCrx陽性の視細胞前駆細胞の数は、保存条件Aと比べて多かった。一方で、保存条件B、C、Eで保存した細胞凝集体におけるCrx陽性の視細胞前駆細胞の数は、保存条件Aと比べて少なかった。
これらの結果から、保存条件Dすなわち保存温度17℃で保存した細胞凝集体において、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が保持された。一方で、保存条件B、C、Eすなわち保存温度4、8、30℃で保存した細胞凝集体においては、立体組織の形態が保持される細胞凝集体はあったものの、形態が崩れた凝集体が多いことがわかった。また、保存条件Fすなわち保存温度が37℃の条件では、ほとんど全ての細胞凝集体で立体組織の形態が大きく崩れた。
実施例7:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を用いた、保存温度の検討例(2)
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、実施例4記載の方法で、フィーダーフリー培養し、Precondition処理し、分化誘導し、CHIR99021及びSU5402を作用させ、「浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体」を作製した。
得られた浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体を、実施例2記載の血清培地[1]、[2]及び[3]を使用し、5%CO2条件下で、浮遊培養開始後80日目まで培養した。浮遊培養開始後80日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(EVOS、Thermo Fisher Scientific社製)で観察したところ、神経組織の連続上皮構造を含んでいた。
得られた浮遊培養開始後80日目の細胞凝集体を用いて、保存条件の検討を行った。
検討した保存液は、いずれもオプチゾール(実施例1記載)であった。
検討した保存温度は、以下の5点であった。
・4℃:冷蔵庫(密封、パナソニック社製)
・12℃:遠心機(密封、日立社製)
・17℃:遠心機(密封、日立社製)
・22℃:遠心機(密封、日立社製)
・37℃:インキュベーター(密封又は5%CO2、パナソニック社製)
検討した保存容器は、以下の2点であった。
・60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)
・2.0mLクライオバイアル(Thermo Fisher Scientific社製)
具体的に検討したのは、下記の保存条件A~Fであった。
・保存条件A(通常の培養条件).保存液がB培地、保存温度が37℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件B.保存液がオプチゾール、保存温度が4℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
・保存条件C.保存液がオプチゾール、保存温度が12℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
・保存条件D.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
・保存条件E.保存液がオプチゾール、保存温度が22℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
・保存条件F.保存液がオプチゾール、保存温度が37℃、保存容器が2.0mLクライオバイアル(密封)
上記浮遊培養開始後80日目の細胞凝集体を用いて、以上の保存条件A~Fで72時間、保存した。保存直後の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図13、上段)。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)と、保存条件C、D、Eの保存直後の細胞凝集体では、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が保持された。保存条件Bでは、立体組織の形態が保持される細胞凝集体はあったものの、形態が崩れた凝集体が多かった。一方で、保存条件Fでは、ほとんど全ての細胞凝集体で立体組織の形態が大きく崩れた。
次に、保存条件A~Fにて保存後の細胞凝集体を、実施例2記載のB培地中で、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96U底プレート、住友ベークライト社製)を用いて、インキュベーター内で37℃、5%CO2の条件下で、浮遊培養を行った(回復培養)。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図13、中段)。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)と、保存条件C、D、Eの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が、ほとんどの細胞凝集体で観察された。保存条件Bの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が観察された細胞凝集体はあったものの、約5割の細胞凝集体で、図13に示すように細胞凝集体(立体網膜)の形態が崩れていた。一方で、保存条件Fの回復培養後の細胞凝集体では、図13におけるFに示されるとおり、ほとんど全ての細胞凝集体において立体組織の形態が大きく崩れる傾向があった。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。これらの凍結切片に関し、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した(図12、下段)。そして、実施例1記載の方法で、Crx陽性の視細胞前駆細胞が表層に層状に存在し、神経網膜組織の連続上皮構造を形成しているかを調べた。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)と、保存条件C、D、Eの回復培養後の細胞凝集体では、神経網膜組織の連続上皮構造がほとんどの細胞凝集体で存在することがわかった(図13、下段)。一方で、保存条件Bでも、神経網膜組織の連続上皮構造が観察された細胞凝集体はあったものの、5割方の細胞凝集体で、図に示すように立体網膜の形態が崩れていた。さらに、保存条件Fでは、ほとんどの細胞凝集体において、Crx陽性の視細胞前駆細胞が表層に存在せず、ロゼットを形成していた。
さらに保存条件A~EにおけるCrx陽性の視細胞前駆細胞の数を定量した。Crx陽性細胞の数の定量には、各凝集体につきCrx陽性細胞が観察される箇所をキーエンス倒立顕微鏡(BZ-X710)20倍レンズで撮像した画像から、400×400ピクセルの大きさで切り出した画像を使用し、画像全体の陽性細胞数を比較した(図14)。保存条件Fについては、Crx陽性の視細胞前駆細胞が多く見られたものの、これらの細胞が表層に存在せず、細胞凝集体の形態も大きく崩れていたため、調べなかった。その結果、保存条件D、Eで保存した細胞凝集体におけるCrx陽性の視細胞前駆細胞の数は、保存条件Aと比べて多かった。一方で、保存条件Cで保存した細胞凝集体におけるCrx陽性の視細胞前駆細胞の数は、保存条件Aとほぼ同等であった。また、保存条件Bで保存した細胞凝集体におけるCrx陽性の視細胞前駆細胞の数は、保存条件Aと比べて少なかった。
これらの結果から、保存条件D、Eすなわち保存温度17、22℃で保存した細胞凝集体において、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が、ほとんどの細胞凝集体で観察された。また、保存条件Cすなわち保存温度12℃で保存した細胞凝集体においては、17、22℃と比べてほぼ同等の頻度で連続上皮構造が観察されるものの、視細胞前駆細胞の数が17、22℃と比べて少ないことがわかった。また、保存条件Bすなわち保存温度4℃で保存した細胞凝集体においては、連続上皮構造が観察される頻度が少なかった。保存条件Fすなわち保存温度が37℃の条件では、連続上皮構造のみならず、細胞凝集体自体が崩れてしまう傾向があることがわかった。すなわち、神経組織の保存温度としては、17~22℃が最も好ましく、保存温度12℃も好ましいことがわかった。
実施例8:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を用いた、カリウムイオン濃度の検討例
前述のUW液は、膵島等内胚葉組織の臓器移植のために実際に臨床で使われている保存液であり、移植治療の業界ではゴールデンスタンダードとされている。一方で、実施例2の結果から、UW液が神経組織の保存に不適であることが示唆された。UW液は、塩化カリウム(KCl)濃度が120mMと、他の保存液よりも高いことが知られている(表6)。そこで、保存液として好ましい条件がなにかを調べる目的で、塩化カリウムが保存に与える影響を調べた。
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、実施例4記載の方法で、フィーダーフリー培養し、Precondition処理し、分化誘導し、CHIR99021及びSU5402を作用させ、「浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体」を作製した。
得られた浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体を、実施例2記載の血清培地[1]、[2]及び[3]を使用し、5%CO2条件下で、浮遊培養開始後99日目まで培養した。浮遊培養開始後99日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(EVOS、Thermo Fisher Scientific社製)で観察したところ、神経組織の連続上皮構造を含んでいた。
得られた浮遊培養開始後99日目の細胞凝集体を用いて、保存条件の検討を行った。
検討した保存液は、以下の2点であった。
・オプチゾール(実施例1記載)
・高濃度カリウムイオンを含有したオプチゾール(オプチゾールに、塩化カリウムをカリウムイオン終濃度が120mMになるよう加えたもの。)
検討した保存温度は、いずれも17℃(インキュベーター、5%CO2、アステック社製)であった。
検討した保存容器は、いずれも60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)であった。
具体的に検討したのは、下記の保存条件A、Bであった。
・保存条件A.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件B.保存液が高濃度カリウムイオンを含有したオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
上記浮遊培養開始後99日目の細胞凝集体を用いて、以上の保存条件A及びBで、120時間、保存した。保存直後の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図15、上段)。
その結果、保存条件Aの保存直後の細胞凝集体では、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が維持された。一方で、保存条件Bでは、立体組織の形態が保持される細胞凝集体はあったものの、表層の形態が崩れた凝集体が多かった。
次に、保存条件A、Bにて保存後の細胞凝集体を、実施例2記載のB培地中で、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96U底プレート、住友ベークライト社製)を用いて、インキュベーター内で37℃、5%CO2の条件下で、浮遊培養を行った(回復培養)。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図15、中段)。
その結果、保存条件Aの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮が高い頻度で観察された。一方で、保存条件Bでは、一部の細胞凝集体で立体網膜の構造が崩れる傾向があった。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。これらの凍結切片に関し、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した(図15、下段)。そして、実施例6記載の方法で、細胞凝集体が神経網膜組織の連続上皮構造を形成しているかを調べた。
その結果、保存条件Aの回復培養後の細胞凝集体では、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が、ほとんどの細胞凝集体で観察された。一方で、保存条件Bの回復培養後の細胞凝集体では、Crx陽性の視細胞前駆細胞がほとんど観察されず、それらが層状に存在する様子が見られなかった。
これらの結果から、カリウムイオン濃度がUW液と同等の120mMである保存液中では、立体網膜の形態が崩れ、視細胞前駆細胞を死滅することがわかった。すなわち、神経組織の保存液としては、カリウムイオン濃度が120mMより低いことが重要であることが実証できた。
実施例9:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体の保存例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、実施例4記載の方法で、フィーダーフリー培養し、Precondition処理し、分化誘導し、CHIR99021及びSU5402を作用させ、「浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体」を作製した。
得られた浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体を、実施例2記載の血清培地[1]、[2]及び[3]を使用し、5%CO2条件下で、浮遊培養開始後99日目まで培養した。浮遊培養開始後99日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(EVOS、Thermo Fisher Scientific社製)で観察したところ、神経組織の連続上皮構造を含んでいた。
得られた浮遊培養開始後99日目の細胞凝集体を用いて、保存条件の検討を行った。
検討した保存液は、以下の2点であった(各保存液の組成は、表7に記載)。
・DMEM,no glucose(Thermo Fisher Scientific社製)
・DMEM,no glucose(Thermo Fisher Scientific社製)に、終濃度が1mMになるようピルビン酸ナトリウム溶液(Thermo Fisher Scientific社製)を加えたもの
検討した保存温度は、いずれも17℃(インキュベーター、5%CO2、アステック社製)であった。
検討した保存容器は、いずれも60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)であった。
具体的に検討したのは、下記の保存条件A、Bであった。
・保存条件A.保存液がDMEM,no glucose、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件B.保存液がDMEM,no glucoseに、終濃度が1mMになるようピルビン酸ナトリウム溶液を加えたもの、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
上記浮遊培養開始後99日目の細胞凝集体を用いて、以上の保存条件A、Bで120時間、保存した。保存直後の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図16、上段)。
その結果、保存条件A、Bの保存直後の細胞凝集体は、共に、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が保持された。
次に、保存条件A、Bにて保存後の細胞凝集体を、実施例2記載のB培地中で、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96U底プレート、住友ベークライト社製)を用いて、インキュベーター内で37℃、5%CO2の条件下で、浮遊培養を行った(回復培養)。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図16、中段)。
その結果、保存条件A、Bの回復培養後の細胞凝集体は、共に、層構造をもった連続上皮が高い頻度で観察された。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。これらの凍結切片に関し、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した(図16、下段)。そして、実施例6記載の方法で、細胞凝集体が神経網膜組織の連続上皮構造を形成しているかを調べた。
その結果、保存条件A、Bの回復培養後の細胞凝集体は、共に、層構造をもった連続上皮構造を持つ神経組織が、ほとんどの細胞凝集体で観察された。
これらの結果から、細胞培養用培地であるDMEM中においても、17℃で保存すれば、網膜組織を、その形態及び表層の連続上皮構造を崩すことなく保存することができることが分かった。
実施例10:ヒトiPS細胞から作製した前中脳を含む細胞凝集体を用いた保存例
実施例1記載の方法で、ヒトiPS細胞(1231A3株)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
分化誘導操作としては、ヒトiPS細胞(1231A3株)を、StemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前(培養面積の5割が細胞に覆われる程度)になるまでフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(5μM)及びSAG(300nM)の存在下、1日間フィーダーフリー培養した(Precondition処理)。
Precondition処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、更にピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、上記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド V底プレートPrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.0×104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の、無血清培地(GMEM+KSR)には、GMEM培地(Life Technologies社製)に20%KSR(Life Technologies社製)、0.1mM 2-メルカプトエタノール、1x非必須アミノ酸(Life Technologies社製)、及び1mMピルビン酸(Life Technologies社製)を添加した無血清培地を用いた。
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、上記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo、3μM)、TGFβR阻害剤(SB431542、5μM)、及びY27632(20μM)を上記無血清培地に加えて培養した。
浮遊培養開始後4日目に、Y27632を含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo、3μM)及びTGFβR阻害剤(SB431542、5μM)を含む無血清培地を80μl加え、培地量は合計180μlとした。その後、浮遊培養開始後17日目まで、2~4日に一回、Y27632を含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo、3μM)及びTGFβR阻害剤(SB431542、5μM)を含む上記無血清培地にて半量培地交換した。
このようにして得られた浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、1%N2 supplement及び1%chemically defined lipid concentrate(Thermo Fisher Scientific社製)を含む無血清培地(DMEM/F12培地)を使用し、5%CO2条件下で、浮遊培養開始後45日目まで培養した。浮遊培養開始後45日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(EVOS、Thermo Fisher Scientific社製)で観察したところ、神経上皮組織を含んでいた。
得られた浮遊培養開始後45日目の細胞凝集体を用いて、保存条件の検討を行った。
検討した保存液は、以下の4点であった(各保存液の組成は、上記記載のとおり)。
・1%N2 supplement及び1%chemically defined lipid concentrateを含む無血清培地(DMEM/F12培地)
・オプチゾール(実施例1記載)
・HBSS(実施例1記載)
・UW液(実施例2記載)
検討した保存温度は、下記の2点であった。
・37℃:インキュベーター、5%CO2、パナソニック社製
・17℃:インキュベーター、5%CO2、アステック社製
検討した保存容器は、いずれも60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)であった。
具体的に検討したのは、下記の保存条件A~Dであった。
・保存条件A(通常の培養条件).保存液が1%N2 supplement及び1%chemically defined lipid concentrateを含む無血清培地(DMEM/F12培地)、保存温度が37℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件B.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件C.保存液がHBSS、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
・保存条件D.保存液がUW液、保存温度が17℃、保存容器が低接着プレート(5%CO2)
上記浮遊培養開始後45日目の細胞凝集体を用いて、以上の保存条件A~Dで72時間、保存した。保存直後の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図17、上段)。保存直後はどの保存条件の細胞凝集体においても神経上皮組織が観察された。
次に、保存条件A~Dにて保存後の細胞凝集体を、1%N2 supplement及び1%chemically defined lipid concentrateを含む無血清培地(DMEM/F12培地)で、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96U底プレート、住友ベークライト社製)を用いて、インキュベーター内で37℃、5%CO2の条件下で、浮遊培養を行った(回復培養)。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(ニコン社製、ECLIPSE Ti)で明視野像(位相差像)を観察した(図17、中段)。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)、及び保存条件B、Cの回復培養後の細胞凝集体では、一部の細胞凝集体で神経上皮組織が観察された。一方で、保存条件Dの回復培養後の細胞凝集体では、神経上皮組織を有する細胞凝集体は全く見られなかった。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社製、モルモット)と前脳及び又は中脳のマーカーの1つであるOtx2(抗Otx2抗体、Abcam社製、ウサギ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した(図17、下段)。そして、Rxが陰性で、かつOtx2が陽性の、網膜組織を含まず、前脳組織及び又は中脳組織からなる管腔構造(神経ロゼット)の有無を調べた。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)、及び保存条件B、Cの回復培養後の細胞凝集体では、一部の細胞凝集体で上記管腔構造が観察された。一方で、保存条件Dの回復培養後の細胞凝集体では、上記管腔構造を有する細胞凝集体は全く見られなかった。
網膜組織を含まず、前脳及び/又は中脳組織からなる管腔構造を有する細胞凝集体の数を調べた(図18)。
その結果、保存条件A(通常の培養条件)の回復培養後の細胞凝集体では、6つの細胞凝集体のうち4つの細胞凝集体で上記管腔構造が見られた。保存条件Bの回復培養後の細胞凝集体では、6つの細胞凝集体のうち2つの細胞凝集体で上記管腔構造が見られ、保存条件Cの回復培養後の細胞凝集体では、6つの細胞凝集体のうち3つの細胞凝集体で上記管腔構造が見られた。一方で、保存条件Dの回復培養後の細胞凝集体では、6つの細胞凝集体のうち上記管腔構造が見られた細胞凝集体は1つもなかった。
これらの結果から、通常の培養条件と同じ保存条件Aと比べて、保存温度が17℃の保存条件B、Cでは、保存液としてオプチゾール又はHBSSを用いた条件で、前脳及び又は中脳組織からなる管腔構造をもつ細胞凝集体の形態を維持したまま、72時間保存できることがわかった。
一方で、UW液を用いた保存条件Dでは、上記管腔構造がほとんど維持されないことがわかった。
この結果は、実施例2及びにおける神経網膜組織での保存結果とほぼ同様であった。
以上の結果から、神経組織が、神経上皮構造として連続上皮構造をもつ神経網膜組織の場合でも、神経上皮構造として管腔構造をもつ前中脳組織の場合でも、保存温度が17℃付近であれば、神経上皮構造を維持したまま保存できることがわかった。また、保存液の組成については、カリウムイオン濃度が120mMであるUW液は、前中脳組織を保存する場合でも不適であることがわかった。
実施例11:ヒトES細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を、保存した後、網膜変性ラットに移植した例
ヒトES細胞(KhES1株、京都大学より入手、理研CDBにて使用)を、実施例2記載の方法で、フィーダーフリー培養し、Precondition処理し、分化誘導し、CHIR99021及びSU5402を作用させ、浮遊培養開始後21日目の細胞凝集体を作製した。
得られた浮遊培養開始後21日目の細胞凝集体を、実施例2記載の方法で、血清培地[1]、[2]及び[3]を用いて、5%CO2条件下で、浮遊培養開始後80日目まで培養した。
得られた浮遊培養開始後80日目の細胞凝集体を用いて、以下の条件A(保存なし),条件B(保存あり)で、細胞凝集体を調製した。
・条件A(保存なし)。浮遊培養開始後80日目の細胞凝集体を、培地として上記B培地を用いて、37℃で48時間、5%CO2で培養した。
・条件B(保存あり)。浮遊培養開始後80日目の細胞凝集体を、保存液としてオプチゾールを用いて、保存装置として17℃インキュベーター(5%CO2条件、アステック社製)を用いて、17℃で48時間保存、5%CO2で培養した。
検討した保存容器は、いずれも60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)であった。
条件A(保存なし)及び条件B(保存あり)の細胞凝集体を、公知文献(Shirai et al.PNAS 113,E81-E90)に記載の方法で注射器を用いて視細胞変性モデルである網膜変性ヌードラット(SD-Foxn1 Tg(S334ter)3LavRrrc nude rat)の網膜下へ移植した。
浮遊培養開始後240日相当齢の眼組織をパラホルムアルデヒド固定(PFA固定)してスクロース置換した。固定された眼組織を、クライオスタットを用いて凍結切片を作製した。これらの凍結切片を、桿体視細胞のマーカーの1つであるRhodopsin(抗RetP1抗体、Sigma社、マウス)、錐体視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるS+M+L opsin(抗S+M+L opsin抗体、Millipore社、ウサギ)について免疫染色を行った。Crxの発現は、Crx::Venusの蛍光像で観察した。免疫染色した凍結切片を、共焦点レーザー顕微鏡(商品名:TCS SP8、ライカ社製)を用いて蛍光観察を行った(図19)。
まず、当該ラットでは、移植した細胞凝集体由来ヒト細胞が存在していない領域では、視細胞はほとんど全く観察されなかった。条件A(保存なし)の細胞凝集体を移植したラットの網膜では、Rhodopsin陽性の桿体視細胞及びS+M+L opsin陽性の錐体視細胞がロゼット構造を形成して生着し、成熟化していることが観察された。そして、条件B(保存あり)の細胞凝集体を移植した移植したラットの網膜でも、Rhodopsin陽性の桿体視細胞及びS+M+L opsin陽性の錐体視細胞がロゼット構造を形成して生着し、成熟化していることが観察された。さらに広い領域を顕微鏡検査したところ、条件A(保存なし)でも条件B(保存あり)ほとんど同じ頻度で視細胞ロゼットが生着し、成熟化していたことがわかった。
これらの結果から、保存した網膜組織を移植した場合でも、保存していない網膜組織と実質的に差がない水準で、生着し、成熟化することがわかった。すなわち、本願で発明した方法を用いれば、移植に適した神経組織を保存できることを実証できた。
実施例12:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞塊におけるコンドロイチン硫酸濃度の検討
ヒトiPS細胞(TFH-HA株、大日本住友製薬にて樹立)は、市販されているセンダイウイルスベクター(Oct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycの4因子、IDPharma社製サイトチューンキット)を用いて、Thermo Fisher Scientific社の公開プロトコル(iPS 2.0 Sendai Reprogramming Kit, Publication Number MAN0009378, Revision 1.0)、及び、京都大学の公開プロトコル(フィーダーフリーでのヒトiPS細胞の樹立・維持培養、CiRA_Ff-iPSC_protocol_JP_v140310、http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/protocol.html)記載の方法を基に、StemFit培地(AK03;味の素社製)、Laminin511-E8(ニッピ社製)を用いて樹立した。
当該ヒトiPS細胞(TFH-HA株)を、実施例1記載の方法で、StemFit培地にて、サブコンフレント1日前になるまでフィーダーフリー条件下で培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞(TFH-HA株)を、SB431542(5μM)及びSAG(300nM)の存在下、1日間フィーダーフリー培養した(Precondition処理)。
Precondition処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、更にピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、上記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.3 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(終濃度10nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5nM(55ng/ml)になるように新しい上記無血清培地を50μl添加した。
その4日後(浮遊培養開始7日後)に、Y27632、ヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地にて培地交換した。培地交換の操作としては、培養器中の培地を60μl廃棄し、新しい上記無血清培地を90μl加える操作を実施し、培地量は合計180μlとなるようにした。その後、2~4日に一回、Y27632及びヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地にて半量培地交換した。半量培地交換操作としては、培養器中の培地を体積の半分量即ち90μl廃棄し、新しい上記無血清培地を90μl加え、培地量は合計180μlとした。
このようにして得られた浮遊培養開始後17日目の細胞塊を、CHIR99021(3μM)及びSU5402(5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1%N2 supplementが添加された培地)で3日間即ち浮遊培養開始後20日目まで培養した。
得られた浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、下記の培養液については下記[1]、[2]及び[3]に示した血清培地を使用し、5%CO2条件下で、浮遊培養開始後84日目まで培養した。
[1]浮遊培養開始後20日目から40日目まで:A培地。
[2]浮遊培養開始後40日目から60日目まで:A培地とB培地を1:3の比率で混合した培地。
[3]浮遊培養開始後60日目以降:B培地。
得られた浮遊培養開始後84日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(EVOS、Thermo Fisher Scientific社製)で観察したところ、神経組織の連続上皮構造を含んでいた。浮遊培養開始後84日目の細胞凝集体を用いて、保存条件の検討を行った。
検討した保存液は以下の4種類であった(表4、8~9参照)。
・上記B培地
・オプチゾール(2.5%コンドロイチン硫酸含有)
・1%コンドロイチン硫酸含有培地(DMEM,low glucoseとディスコビスクとを3:1で混合した液。DMEM,low glucoseはThermo Fisher Scientiric社製(型番:11885-084)のものを、ディスコビスクは日本アルコン社製(販売名コード:1319818Q1025)のものを、それぞれ使用した。)
・0.5%コンドロイチン硫酸含有培地(DMEM low glucoseとディスコビスクとを7:1で混合した液)
検討した保存温度は、以下の2点であった。
・37℃(インキュベーター、5%CO2条件、パナソニック社製)
・17℃(恒温槽、大気圧、密封条件、ワケンビーテック社製)
検討した保存容器は、以下の2点であった。
・60mm低接着プレート(低接着プレート、住友ベークライト社製)
・2.0mLクライオバイアル(Thermo Fisher Scientific社製)
具体的に検討したのは、下記の保存条件A~Dであった。
・保存条件A(通常の培養条件).保存液がB培地、保存温度が37℃(インキュベーター)、保存容器が60mm低接着プレート(5%CO2)
・保存条件B.保存液がオプチゾール、保存温度が17℃(恒温槽)、保存容器が2.0mLクライオバイアル(大気圧で密封)
・保存条件C.保存液が1%コンドロイチン硫酸含有培地、保存温度が17℃(恒温槽)、保存容器が2.0mlクライオバイアル(大気圧で密封)
・保存条件D.保存液が0.5%コンドロイチン硫酸含有培地、保存温度が17℃(恒温槽)、保存容器が2.0mlクライオバイアル(大気圧で密封)
上記浮遊培養開始後84日目の細胞凝集体を用いて、以上の保存条件A~Dで72時間、保存した。保存直後の細胞凝集体を倒立顕微鏡(オリンパス社製、IX83)で明視野像(位相差像)を観察した(図20 上段)。その結果、どの保存条件においても、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が保持された。
さらに回復培養処理として、保存条件A~Dにて保存後の細胞凝集体を、B培地中で、非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96スリットウェルプレート、住友ベークライト社製)を用いて、インキュベーター内で37℃、5%CO2の条件で、浮遊培養を行った(回復培養)。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(オリンパス社製、IX83)で明視野像(位相差像)を観察した(図20 上から2段目)。その結果、どの保存条件においても、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が保持され、神経上皮構造が観察された。
得られた回復培養後の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作成した。これらの凍結切片に関し、視細胞前駆細胞のマーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社、ウサギ)及びChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの染色された切片を、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用いて観察し、免疫染色像を取得した(図20、下から2段目及び下段)。そして、実施例1記載の方法で、Crx陽性の視細胞前駆細胞が表層に層状に存在し、神経網膜組織の連続上皮構造が存在するかを調べた。その結果、Crx陽性の視細胞前駆細胞が表層に層状に存在することがわかった(図20、下から2段目)。さらに、Chx10陽性細胞の神経網膜前駆細胞が表層のCrx陽性細胞層の内側に層状で存在することがわかった(図20、下段)。これらの結果、どの保存条件においても、神経網膜組織の連続上皮構造が高い頻度で存在することがわかった。
これらの結果から、どの保存条件においても、ほとんどの細胞凝集体で立体組織の形態が保持された。すなわち、コンドロイチン硫酸濃度が0.5~2.5%である液中で、立体網膜を低温保存できた。
また、実施例1でHBSSを、実施例9でDMEMを用いて、それぞれ48時間、120時間細胞凝集体を保存することができた。これらの溶液はコンドロイチン硫酸を含まないことから、立体網膜の形態を保持可能なコンドロイチン硫酸濃度は、0~2.5%であることが実証された。
実施例13:ヒトiPS細胞から作製した網膜組織を含む細胞凝集体を、保存した後、網膜変性ラットに移植した例
ヒトiPS細胞(DSP-SE株、大日本住友製薬にて樹立)は、センダイウイルスベクター(Oct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycの4因子、IDPharma社製サイトチューンキット)を用いて、Thermo Fisher Scientific社の公開プロトコル(iPS 2.0 Sendai Reprogramming Kit, Publication Number MAN0009378, Revision 1.0)、及び、京都大学の公開プロトコル(フィーダーフリーでのヒトiPS細胞の樹立・維持培養、CiRA_Ff-iPSC_protocol_JP_v140310, http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/protocol.html)記載の方法を基に、StemFit培地(AK03N;味の素社製)、Laminin511-E8(ニッピ社製)を用いて樹立した。
当該ヒトiPS細胞(DSP-SE株)を、実施例1記載の方法で、StemFit培地にて、サブコンフレント1日前になるまでフィーダーフリー条件下で培養した。
分化誘導操作としては、サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞(DSP-SE株)を、SB431542(5μM)及びSAG(300nM)でさらに1日間フィーダーフリー培養した(Precondition処理)。
Precondition処理したヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、更にピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、上記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.3 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、無血清培地にIWR-1e(終濃度3μM)、Y27632(終濃度20μM)及びSAG(終濃度10nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)及びIWR-1e(終濃度3μM)を含む培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5nM(55ng/ml)になるように新しい上記無血清培地を50μl添加した。
その3日後(浮遊培養開始6日後)に、Y27632、SAG、ヒト組み換えBMP4、及びIWR-1eを含まない上記無血清培地にて培地交換した。培地交換の操作としては、外来性のIWR-1eの濃度が培地交換前に比べて10%以下になるように、培養器中の培地を100μl廃棄し、新しい上記無血清培地を130μl加える操作を実施した後に、さらに培養器中の培地を130μl廃棄し、新しい上記無血清培地を130μl加える操作を実施し、培地量は合計180μlとなるようにした。その後、2~4日に一回、IWR-1e、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない上記無血清培地にて半量培地交換した。半量培地交換操作としては、培養器中の培地を体積の半分量即ち90μl廃棄し、新しい上記無血清培地を90μl加え、培地量は合計180μlとした。
このようにして得られた浮遊培養開始後13日目の細胞塊を、CHIR99021(3μM)及びSU5402(5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1% N2 supplementが添加された培地)で3日間即ち浮遊培養開始後16日目まで培養した。
得られた浮遊培養開始後16日目の細胞凝集体を、下記の培養液については下記[1]、[2]及び[3]に示した血清培地を使用し、5%CO2条件下で、浮遊培養開始後82日目まで培養した。
[1]浮遊培養開始後21日目から40日目まで:A培地。
[2]浮遊培養開始後40日目から60日目まで:A培地とB培地を1:3の比率で混合した培地。
[3]浮遊培養開始後60日目以降:B培地。
得られた浮遊培養開始後82日目の細胞凝集体を用いて、保存液としてオプチゾールを用いて、保存装置として17℃恒温槽(大気圧、密封条件、ワケンビーテック社製)を用いて、17℃で96時間保存した。
検討した保存容器は、1.5mLエッペンドルフチューブ(エッペンドルフ社製)であった。
上記の細胞凝集体を、公知文献(Shirai et al. PNAS 113,E81-E90)記載の方法で注射器を用いて視細胞変性モデルである網膜変性ヌードラット(SD-Foxn1 Tg(S334ter)3LavRrrc nude rat)の網膜下へ移植した。
浮遊培養開始後294日相当齢の眼組織をパラホルムアルデヒド固定(PFA固定)してスクロース置換した。固定された眼組織を、クライオスタットを用いて、凍結切片を作製した。これらの凍結切片を、桿体視細胞のマーカーの1つであるRhodopsin(抗RetP1抗体、Sigma社、マウス)、錐体視細胞のマーカーの1つであるcone arrestin(抗cone arrestin抗体、Novus Biological社、ヤギ)、視細胞外節のマーカーの1つであるPRPH2(抗Peripherin-2抗体、Proteintech社、ウサギ)、ヒト核のマーカーの1つであるhuman nuclei(抗Ku80抗体、R&D systems社、ヤギ)について免疫染色を行った。免疫染色した凍結切片を共焦点レーザー顕微鏡(商品名:TCS SP8、ライカ社製)を用いて蛍光観察を行った(図21 A-E)。
まず、当該ラットでは、移植した細胞凝集体由来ヒト細胞が存在していない領域では、視細胞はほとんど全く観察されなかった。一方で、17℃で96時間保存した細胞凝集体を移植したラットの網膜で、Rhodopsin陽性の桿体視細胞がロゼット構造を形成して生着し、成熟化していることが観察された。さらにCone arrestin陽性の錐体視細胞及びPRPH2陽性の視細胞外節も検出され、移植した網膜組織が生着し、成熟化することがわかった。
これらの結果から、96時間低温保存した網膜組織も移植後に生着し、成熟化することがわかった。すなわち、本願で発明した方法を用いれば、移植に適した神経組織を4日間保存できることを実証できた。