以下に、本発明の実施の形態にかかる電源装置および電気推進システムを図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
実施の形態1.
図1は、実施の形態1にかかる電源装置を適用して実現される電気推進システムの構成例を示す図である。実施の形態1にかかる電気推進システム300は、ホローカソード30と、電気推進装置であるホールスラスタ40と、ホローカソード30およびホールスラスタ40に電力を供給する電源装置100と、を備える。図1では、ホールスラスタ40として一般的な、SPT(Stationary Plasma Thruster)型と呼ばれるマグネティックレイヤー型のホールスラスタの断面を示している。また、ホールスラスタ40へのガスの供給系を併せて示している。図1に示す電気推進システム300は人工衛星に搭載されるものとする。
電源装置100について説明する。電源装置100は、制御部10と、アノード電源11と、外部コイル電源12と、内部コイル電源13と、ヒータ電源14と、キーパ電源15と、カソード側流量調整器16と、アノード側流量調整器17とを備える。
制御部10は、アノード電源11、外部コイル電源12、内部コイル電源13、ヒータ電源14、キーパ電源15、カソード側流量調整器16およびアノード側流量調整器17の動作を制御する。制御部10は、例えば、図2に示すプロセッサ201およびメモリ202からなる処理回路で実現される。図2に示す処理回路で制御部10を実現する場合、制御部10として動作するためのプログラムをメモリ202に予め格納しておき、このプログラムをプロセッサ201がメモリ202から読み出して実行することにより、制御部10が実現される。なお、プロセッサ201は、CPU(Central Processing Unit、中央処理装置、処理装置、演算装置、マイクロプロセッサ、マイクロコンピュータ、DSP(Digital Signal Processor)ともいう)である。メモリ202は、例えば、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリー、EPROM(Erasable Programmable Read Only Memory)、EEPROM(登録商標)(Electrically Erasable Programmable Read Only Memory)等の、不揮発性または揮発性の半導体メモリである。
アノード電源11は、後述するホールスラスタ40が備えるアノード電極43に電圧を印加する。外部コイル電源12は、後述するホールスラスタ40が備える外部コイル42に電圧を印加する。内部コイル電源13は、後述するホールスラスタ40が備える内部コイル41に電圧を印加する。ヒータ電源14は、ホローカソード30内を加熱するためのヒータに電力を供給する。キーパ電源15は、ホローカソード30の電子の放出側に設けられたキーパ電極に電力を供給する。カソード側流量調整器16は、ホローカソード30へのガスの流入量を調整する。アノード側流量調整器17は、ホールスラスタ40へのガスの流入量を調整する。
次に、ホールスラスタ40について説明する。ホールスラスタ40は、円環状の放電空間であるチャネル45を有する。ホールスラスタ40は、チャネル45の一方から、具体的には、アノード電極43が設けられた側から、ガスが供給され、このガスがチャネル45内でイオン化されて加速し、他方に出力されることで推力を得る。たとえば図1のホールスラスタ40にはXeガスが供給されている。
チャネル45内でイオンを加速するために、陰極であるホローカソード30と、アノード電極43との間に電圧が印加される。これがアノード電圧Vaである。イオンを加速する際に流れる電流がアノード電流Iaである。イオンのみを効率的に加速するために、電子は磁場によるホール効果によってチャネル45内に閉じ込める。この磁場は、チャネル45の内部および外部に設けられた電磁石すなわち内部コイル41および外部コイル42によって形成される。また、この磁場は、チャネル45の出口付近に設けられたポールピース44によって、チャネル45の円環の半径方向にほぼ均一に印加されるように設計されている。また、ホールスラスタ40は、ポールピース44などを含んで形成される磁気回路によってチャネル45の出口付近の磁束密度Bが最も高くなるように設計されている。通常は電磁軟鉄によってポールピース44を含む磁気回路が構成される。
上記の電磁石は、内部だけ、あるいは外部だけ、あるいは一部が永久磁石で構成されている場合もある。一般には内部および外部の電磁石に流れる電流であるコイル電流Icを調整することによって磁束密度を変化させる。コイル電流Icは一般には定電流源によって駆動され、このコイル電流Icを制御することによってチャネル45内部に形成される磁束密度を制御する。
ホールスラスタ40はイオンだけを加速して噴射するものであるので、同時に電子を噴射して電気的中性を保つための電子源が必要である。図1に示すホローカソード30がこの電子源である。ホールスラスタ40のアノード電極43には、ホローカソード30に対して200~300V程度の正の電圧が印加される。このホローカソード30とアノード電極43との電位差によりホールスラスタ40のチャネル45内部に生じる電界によって、イオンが加速される。
通常は、アノード電極43にはDC(Direct Current)電圧が印加される。しかしながら、DC電圧を印加しているにもかかわらず、電流が激しく振動するという現象が発生する。これがいわゆる放電振動の現象である。図3はその様子を示したものである。図3は、一般的なホールスラスタで発生するアノード電流の放電振動の一例を示す図であり、放電振動が発生したときのアノード電圧とアノード電流の関係を示している。図3に示すように、放電振動では、アノード電圧は一定値であるがアノード電流が大きく変動している。電源のインピーダンスが十分に大きくない場合は電流の変動の影響を受けてアノード電圧が若干変動するが、通常その変動は十分小さくなるように設計される。
この変動現象は理論的には詳細な説明が行われている。振動の原因はホールスラスタ内部のプラズマ密度の変動であり、非常に単純に言えば放電が点いたり消えたりしている。この振動の周波数はホールスラスタの放電に関するさまざまなパラメータに依存している。したがって、振動の周波数は、コイル電流、ガス流量などの運用条件、ホールスラスタの状態、経年劣化などによって変動しうるが、それほど極端に変動するわけではない。しかしながら、条件によってはこの振動の振幅が非常に大きくなり、電源の動作、EMC、ホールスラスタの寿命などに影響を与えることになる。
図4は、実施の形態1にかかる電気推進システム300の要部を示す図である。図4では、図1に示す構成要素のうち、ホールスラスタ40、ホローカソード30およびアノード電源11だけを記載し、ほかの構成要素の記載は省略している。
ここで、図1に示す回路図では、アノード電源11をはじめとするいくつかの電源が構成要素として示されているが、その一次側の配線は省略されている。人工衛星の電気系統は、一般には衛星バスと呼ばれる直流系統につながっており、そこから受電している。電源装置100を構成する各電源も、一次側はこの衛星バスにつながっており、そこから電力を受電していることを付記しておく。
図4に示す実施の形態1にかかるアノード電源11は、直流電源111と交流電源112とが直列に接続された構成である。このような電源構成で、交流電源112が、放電振動の周波数よりも十分に高い、たとえば10倍などの周波数の交流電圧を、直流電源111からの直流電圧に印加すると、電圧の出力波形として例えば図5のような波形が得られる。すなわち、アノード電源11は、図5に示すアノード電圧のような波形の電圧を出力する。図5は、実施の形態1にかかる電源装置100のアノード電源11が出力するアノード電圧およびアノード電流の一例を示す図である。
このような高周波交流を重畳した電圧波形でホールスラスタ40を駆動すると、図5のように、低周波の放電振動による電流変動の振幅が小さくなることを発明者は見出した。高周波交流を重畳していない図3と比較して、高周波交流を重畳すると、図5に示すように放電振動による低周波の電流変動の振幅が小さくなる。
この現象のメカニズムは次の通りである。放電振動の周波数(数kHz~数十kHz)よりも高い周波数の振動を直流電圧に印加する事により、レイノルズ応力での電子の拡散が促進されるため、プラズマの粘性が増える。これによってプラズマの変動が抑制され、ホールスラスタ40固有の放電振動である数kHz~数十kHzの電流変動が抑制される。
ホールスラスタ40の電流振動現象としては、その物理的なメカニズムによっていくつかの種類がある。まず、本実施の形態にかかる電源装置100が抑制しようとしている「放電振動」があり、ホールスラスタの形状や条件によるが、周波数は数kHz~数十kHzとされている。この現象はホールスラスタ内のプラズマ密度の変動によって生じる。
次に、トランジェント振動と呼ばれる、100kHz~1MHzの振動がある。これはイオンがホールスラスタの加速領域を通過する時定数に起因すると言われている。また、電子ドリフト振動と呼ばれる現象が、1MHz~10MHzで発生する。これはホールスラスタの加速領域の円環の周方向の電子の不均一性に起因し、磁場およびガス密度の周方向の不均一性がその原因となっている。
さらに高周波の領域では、電子サイクロトロン振動(1GHz付近)、および、ラングミュア振動(0.1GHz~10GHz)が存在する。これらはホールスラスタ40の動作で生じる振動ではなく、バルクのプラズマ自体に生じる振動現象である。
本実施の形態にかかる電源装置100は、放電振動を抑制するために、MHz領域以下の振動である、トランジェント振動および電子ドリフト振動を利用する。図3に示すアノード電流の放電振動の波形は、横軸を周波数として表すと、図6のようになる。図6より、3kHz~50kHzの放電振動領域、100kHz~300kHzのトランジェント振動領域、1MHz~2MHzの電子ドリフト振動領域に、ピークが存在しており、これらの領域で振動現象が現れていることがわかる。
この状態で、電源装置100は、たとえば図4に示す回路(アノード電源11)を適用して、電圧波形に高周波を重畳する。たとえば200kHzの交流を重畳したとすると、図7のように、200kHzに近い周波数で電流の振動が増加する。そして同時に、3kHz~50kHzに存在する放電振動の振動成分が減少する。これを時間領域で表したものが図5である。これは、200kHz付近のトランジェント振動に近い周波数を印加して振動を増大させ、トランジェント現象での電子拡散を促進するため、放電振動が抑制された、と考えることができる。なお、図7は、実施の形態1にかかる電源装置100がアノード電流の放電振動を抑制する動作を説明するための第1の図である。
同じく、電子ドリフト振動の領域を利用して放電振動を抑制することもできる。図8は、電源装置100のアノード電源11がアノード電圧に1.3MHzの交流電圧を重畳した場合の波形の例を示す。この場合も図7に示す200kHz付近の交流電圧を重畳する場合と同様に、1MHz~2MHzの電子ドリフト振動が促進されて増大するかわりに、放電振動の強度が低下している。なお、図8は、実施の形態1にかかる電源装置100がアノード電流の放電振動を抑制する動作を説明するための第2の図である。
このように、トランジェント振動あるいは電子ドリフト振動が発生する周波数帯の交流を電源電圧すなわち直流のアノード電圧に重畳することによって、全く異なる周波数領域である放電振動の電流振動強度を抑制することが可能になる。
なお、文献「特開2013-222578号公報」には、直流電圧に交流電圧を重畳させた電圧をホールスラスタのアノード電極に印加する技術が記載されている。
しかしながら、上記文献に記載の技術と本実施の形態にかかる電源装置100がアノード電圧を生成する技術は異なる。上記文献に記載の技術では、放電振動の周波数に近い周波数の交流電圧を直流電圧に重畳することで、放電振動の周波数を制御しようとするものである。その場合、その振動の強度が強くなるか弱くなるかは関与しない(一般には元の放電振動の周波数よりも高い周波数を重畳すると強度が低下し、低い周波数を重畳すると強度が増加する。)。一方、電源装置100がアノード電圧を生成する際に直流電圧に重畳する交流電圧の周波数は、上述したように放電振動の周波数とは異なる。すなわち、電源装置100は、放電振動の周波数とは全く異なる、別の物理メカニズムに基づいた振動領域の周波数を重畳することで、放電振動の強度を低下させる。
全く異なる周波数と述べたが、図6に示すようにそれぞれの振動領域は、それらが基づいている物理現象から、ある程度その周波数領域が限定されている。たとえば、トランジェント振動はおおむね100kHz以上とされている。したがって、抑制したい放電振動の周波数の5倍以上、望ましくは10倍以上の周波数の交流電圧を重畳する必要があることがわかる。放電振動の電流波形は、たとえばオシロスコープなどを用いて時間軸で観測することで容易に観測できるが、トランジェント振動あるいは電子ドリフト振動の周波数は、周波数が高いため時間領域では観測しづらい。そのため、放電振動の周波数を制御の指標とすることは実用上有用である。
一方、電流波形をたとえばスペクトラムアナライザで観測すると、図6のような特性が観測でき、トランジェント振動あるいは電子ドリフト振動の周波数もおおむね同定できる。図7あるいは図8のような動作を意図するのであれば、正確には、トランジェント振動あるいは電子ドリフト振動の周波数に合わせて交流波形を印加するのが適切である。トランジェント振動および電子ドリフト振動は、放電振動に比べると、明確にある周波数が現れるわけではなく、スペクトル幅が比較的広いので、それらの周波数の中心値に対して、概ね0.5倍~2倍の範囲の周波数を印加することで、本発明の目的とする効果が得られる。周波数の中心値に対して概ね0.5倍~2倍の範囲は、トランジェント振動または電子ドリフト振動が発生する周波数帯域に相当する。すなわち、トランジェント振動が現れる周波数の中心値に対して概ね0.5倍~2倍の範囲は、トランジェント振動が発生する周波数帯域に相当し、電子ドリフト振動が現れる周波数の中心値に対して概ね0.5倍~2倍の範囲は、電子ドリフト振動が発生する周波数帯域に相当する。
本実施の形態にかかる電気推進システム300では、ホールスラスタ40の放電振動の周波数が、ホールスラスタ40の経年変化または動作条件によって多少変動したとしても、アノード電源11が、放電振動の周波数とは全く別の周波数で駆動しているため、放電振動の抑制の効果には影響しない、という特徴がある。したがって、ホールスラスタ40の状態によらず、安定した効果が期待できる。
アノード電源11が直流電圧に重畳する交流電圧の波形は、正弦波、矩形波、三角波など、交流であれば何でも構わない。また、重畳する交流波形の振幅は、一般に直流電源よりも交流電源のほうが大きくかつ高コストなので、効果が得られる程度に重畳する交流電圧の振幅を小さくすることが望ましい。重畳する交流電圧の振幅は、おおむね直流電源の電圧値の1/5~1/100が適切であることがわかっている。振幅が大きすぎると交流電源が大きくなりすぎ、振幅が小さいと効果が生じない。
なお、電源装置100のアノード電源11の動作は制御部10により制御される。すなわち、電源装置100の制御部10は、トランジェント振動の周波数または電子ドリフト振動の周波数に基づき決定される周波数の交流電圧が直流電圧に重畳されたアノード電圧を出力するようアノード電源11を制御する。
以上説明したように、本実施の形態にかかる電気推進システム300において、電源装置100のアノード電源11は、直流電圧に交流電圧が重畳された電圧を生成し、この電圧をアノード電圧としてホールスラスタ40のアノード電極43に印加する。アノード電圧の生成に用いる交流電圧の周波数は、トランジェント振動の周波数または電子ドリフト振動の周波数に基づいて決定した周波数とする。具体的には、交流電圧の周波数は、トランジェント振動が発生する周波数帯に含まれる周波数、または、電子ドリフト振動が発生する周波数帯域に含まれる周波数とする。これにより、ホールスラスタ40の状態によらず、アノード電極43に流れるアノード電流の放電振動の振幅を抑制することができる。すなわち、ホールスラスタ40の安定動作を実現できる。
実施の形態2.
つぎに、実施の形態2について説明する。実施の形態2にかかる電気推進システムの構成は実施の形態1と同様である。本実施の形態では、実施の形態1と異なる部分を中心に説明を行う。以下の説明では、実施の形態2にかかる電気推進システムを電気推進システム300aと記載する。
図9は、実施の形態2にかかる電気推進システム300aの要部を示す図である。図9は、図4のアノード電源11をアノード電源11aに置き換えたものであり、図4と同様に、電気推進システム300aの構成要素のうち、ホールスラスタ40、ホローカソード30およびアノード電源11aだけを記載し、その他の構成要素の記載は省略している。なお、その他の構成要素は実施の形態1にかかる電気推進システム300と同様である。
図9に示すように、実施の形態2にかかるアノード電源11aは、直流電源111とトランス113の2次側が直接接続され、このトランス113の一次側に交流電源112が接続された構成である。実施の形態1で説明したように、交流電源112が出力する交流電圧の周波数は100kHz以上の高周波である。したがって、電源出力にトランス113を用いる場合、トランス113が比較的小型化でき、同時に交流電源112の出力が絶縁されるので、交流電源112の構成上有利である。周波数は100kHz以上であるので、トランス113のコアにはフェライトなど高周波特性に優れたものを用いる必要がある。
ここで、用いるトランス113の課題として、2次側にはDC電流にトランス113出力のAC電流が重畳されたものが流れるので、2次側の直流電流によってコアが飽和しやすい、という問題がある。トランス113の設計ではコアが飽和しないように設計する必要がある。あるいは、トランス113を空芯で構成するという方法がある。トランス113を空芯にすると、コアが飽和する心配がなく、周波数特性についても考慮する必要がない。一方で1次側と2次側の結合が悪くなる傾向があるので、電源設計上その点を考慮する必要がある。
以上説明したように、実施の形態2によれば、装置の小型化を実現できるという効果を奏する。
実施の形態3.
つぎに、実施の形態3について説明する。実施の形態3にかかる電気推進システムの構成は実施の形態1と同様である。本実施の形態では、実施の形態1と異なる部分を中心に説明を行う。以下の説明では、実施の形態3にかかる電気推進システムを電気推進システム300bと記載する。
実施の形態1の説明で使用した図4では、直流電源111と交流電源112とを直列に接続した構成のアノード電源11を示した。一方、近年の直流電源は効率の高いスイッチング方式を用いるものが主流であり、交流電源112としてスイッチング電源を適用することが考えられる。
図10は、実施の形態3にかかる電気推進システム300bの要部を示す図である。図10は、図4のアノード電源11をアノード電源11bに置き換えたものであり、図4などと同様に、電気推進システム300bの構成要素のうち、ホールスラスタ40、ホローカソード30およびアノード電源11bだけを記載し、その他の構成要素の記載は省略している。なお、その他の構成要素は実施の形態1にかかる電気推進システム300と同様である。
図10に示すように、実施の形態3にかかるアノード電源11bは、スイッチング電源を用いて実現される。スイッチング電源とは内部にIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)、MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)などのスイッチング素子を有し、スイッチング素子を高速でオン/オフさせることで電圧を変換したり、制御を行ったりするものである。図10に示すアノード電源11bは、スイッチング電源のもっとも単純な一例として、MOSFETをスイッチング素子とする降圧チョッパ回路114を備える。一般的に、スイッチング電源では、スイッチングによって生じた電圧および電流の変動を平滑化して負荷に影響を与えないようにし、同時に負荷の変動が電源に悪影響を与えないようにするため、出力側にフィルタが設けられる。そのため、図10に示すアノード電源11bもフィルタを備える。図10では最も単純なフィルタの例として、リアクトル(インダクタンス値:L)およびコンデンサ(コンデンサ容量:C)から構成されるLCフィルタであるフィルタ回路115を記載している。
図10に示すアノード電源11bについてさらに詳しく説明する。スイッチング電源は、スイッチング部分の直後では、電圧および電流が変動している。つまり電圧および電流の直流成分に交流成分が重畳されている。この交流成分をリップルと呼ぶ。このリップル成分を適切に平滑して、直流に近づけるためにフィルタが必要となる。
いま、スイッチング電源の一次側の電圧がV0の場合に、これをたとえば図10に示すような降圧チョッパ回路114で出力電圧Vaに変換することを考える。Vaは出力電圧のDC成分つまり平均値である。スイッチングのデューティ比(duty ratio)をdとすると、下記の式(1)の関係がある。
Va=d×V0 …(1)
ここでスイッチング周波数をfswとする。一並列の降圧チョッパの場合はリップルの周波数もfswである。電源の出力に図10のようなフィルタ回路115が設けられている場合、出力に現れるリップルの振幅Vrは、下記の式(2)で表される。
Vr=V0/(ω2LC)
ω=2×π×fsw …(2)
上記の式(1)および式(2)から、出力電圧Vaに対するリップルの振幅Vrの割合つまり出力の変動率rは、下記の式(3)で表される。
r=Vr/Va=1/(ω2LC)/d
fsw2×LC=1/(r×d×4π2) …(3)
たとえば、通常の電源設計においては、出力の変動率rは1%以下、望ましくは0.2%以下、等の性能が求められる。デューティ比dの値は電源の効率などの観点から、概ね0.5程度の値であることを考えると、r>0.2%の場合、「fsw2×LC>25」となる。このような値でフィルタ回路115を設計した場合、出力されるVaは変動の小さいDC波形となる。
逆に、フィルタ回路115を適切に設計すれば、出力電圧Vaに適切に交流成分を重畳できることになる。実施の形態1で説明したように、アノード電源11bが出力する直流電圧に重畳すべき交流電圧の振幅は、直流電圧の1/5~1/100程度が効果的であることがわかっている。これに従って、r=0.2~0.01を用いると、「0.25<fsw2×LC<5」となる。つまり、この関係を満たすようにフィルタ回路115を設計すれば、アノード電源11bが出力する電圧に、スイッチング電源(降圧チョッパ回路114)のスイッチング周波数かつ所望の振幅のリップルが発生する。
さらに、降圧チョッパ回路114のスイッチングの周波数fswを、実施の形態1で述べた、トランジェント振動あるいは電子ドリフト振動の周波数に合わせることで、アノード電流の放電振動の振幅を抑制することが可能なアノード電源11bを実現することが可能になる。
図10に示すアノード電源11bの構成は、通常の電源構成と大幅に異ならないだけでなく、フィルタ回路115を構成するリアクトルおよびコンデンサの値が上述のように通常要求されている値よりもかなり小さくなるため、フィルタ回路115を小型化でき、電源としてのメリットが非常に大きい。
実施の形態4.
つぎに、実施の形態4について説明する。実施の形態4にかかる電気推進システムの構成は実施の形態1と同様である。本実施の形態では、実施の形態1と異なる部分を中心に説明を行う。以下の説明では、実施の形態4にかかる電気推進システムを電気推進システム300cと記載する。
図11は、実施の形態4にかかる電気推進システム300cの要部を示す図である。図11は、図4のアノード電源11をアノード電源11cに置き換えたものであり、図4などと同様に、電気推進システム300cの構成要素のうち、ホールスラスタ40、ホローカソード30およびアノード電源11cだけを記載し、その他の構成要素の記載は省略している。なお、その他の構成要素は実施の形態1にかかる電気推進システム300と同様である。また、本実施の形態では、実施の形態3と同様にアノード電源11cをスイッチング電源で実現する。
実施の形態3で説明したように、アノード電流の放電振動を抑制可能なアノード電源11cを実現する交流の周波数は100kHz以上である。近年半導体素子の性能が向上し、スイッチング電源のスイッチング周波数は高くなる傾向にあるが、それでも一般的には数十kHzである。そこで、本実施の形態では、図11に示す構成のスイッチング電源を適用してアノード電源11cを実現し、アノード電流の放電振動を抑制する。
図11に示すアノード電源11cは、スイッチング周波数を実効的に倍にすることができる回路構成のスイッチング電源116を備える。図11に示すスイッチング電源116は、2つの降圧チョッパ回路が並列に接続された構成である。図11では、スイッチング電源116の駆動回路117と、駆動回路117で生成する駆動信号とを併せて記載している。スイッチング電源116の2つのMOSFET116Aおよび116Bは同じデューティ比で駆動されるが、その駆動信号の位相を図に示すように180度ずらす。すると、たとえばMOSFET116Aおよび116Bそれぞれのスイッチング周波数が50kHzだとしても、スイッチング電源116の出力で、フィルタ回路115に入力する部分での電源のリップルはその2倍の100kHzになる。このような回路構成を利用して、電源のスイッチング周波数を、放電振動の抑制で要求される交流電圧の周波数とすることができる。
ここで、実施の形態3で示した各式においては、図11に示すアノード電源11cの回路構成の場合、fswとしてMOSFET116Aおよび116Bのスイッチング周波数の2倍の値を用いるべきであることがわかる。
図10および図11では、アノード電源11bおよび11cを実現するスイッチング電源として降圧チョッパ回路を利用する例を示したが、スイッチング電源を降圧チョッパ回路に限定するものではない。スイッチングを内部で行っている電源回路であれば、他の方式でも同じ考え方で本発明にかかるアノード電源に適用できることは言うまでもない。
例えば、図12に示す構成のアノード電源11dとすることができる。図12に示すアノード電源11dはフルブリッジ型のインバータ18が出力する電圧を、トランス19を介して2次側で整流する構成である。これはトランスを用いた直流電源方式として広く用いられる回路構成である。出力には一般にリアクトルとコンデンサとによる平滑回路(LCフィルタ)が設けられる。このような回路構成でも、実施の形態3で述べたように、平滑回路の定数を適切に設定することによって出力電圧のリップルを制御することができる。特にこの回路構成の場合、出力されるリップルの周波数はインバータの周波数の倍であるので、図11に示したようなリップルの周波数を倍にする効果も得られる。さらにこの回路構成であればアノード電源11dは絶縁型となり電源の設計上のメリットが多い。
実施の形態5.
次に、実施の形態5について説明する。実施の形態5にかかる電気推進システムの構成は実施の形態1と同様である。以下の説明では、実施の形態5にかかる電気推進システムを電気推進システム300eと記載する。本実施の形態では、実施の形態1で説明した図4に示す電源構成あるいは実施の形態2で説明した図9に示す電源構成の具体例について説明する。
交流電源を具体的に記載すると、たとえばフルブリッジインバータによって交流を生成する図13のような構成のアノード電源11xが考えられる。図13には交流電力を発生するインバータに直流電力を供給する直流電力生成部20が示されている。図13のようにトランスを介してインバータを主回路に接続する場合はトランスで絶縁できるので、直流電力生成部20は、直流電源の直流電力生成部21と共通の電位で構成することが可能である。
しかしながら、図13に示すアノード電源11xではトランスが必要となる。トランスが不要な図4のような構成にすることも可能であるが、この場合はインバータに電力を供給する、図13に示す直流電力生成部20に相当する電源の電位が浮いてしまうので、この部分に絶縁型の電源を用いる必要があり、回路的に煩雑になる。この問題を解決する構成を図14に示す。
図14は、実施の形態5にかかる電気推進システム300eの要部を示す図である。図14は、図4のアノード電源11をアノード電源11eに置き換えたものであり、図4などと同様に、電気推進システム300eの構成要素のうち、ホールスラスタ40、ホローカソード30およびアノード電源11eだけを記載し、その他の構成要素の記載は省略している。なお、その他の構成要素は実施の形態1にかかる電気推進システム300と同様である。
図14に示すアノード電源11eの交流電源23はフルブリッジのインバータで構成され、トランスを介さずに主回路に接続されている。インバータの入力にはコンデンサ231が設けられているものの、インバータに直流電力を供給する直流電源は設けられていない。つまり、この交流電源23には、制御回路233および駆動回路234を動作させるための制御電源以外からは電力が供給されていない。ただし、初期状態としてコンデンサ231を充電する何らかの手段は備えているものとする。なお、図14では、制御電源の記載を省略している。
アノード電源11eでは、コンデンサ231が充電されている状態でインバータを動作させると、出力の電流によって、インバータが力行で動いたり、回生で動いたりする。力行で動く場合はコンデンサ231の電圧が減少し、回生で動く場合はコンデンサ231の電圧が増加する。インバータの動作で力行と回生とをうまく切り替えることによって、コンデンサ231の電圧を一定に維持することができる。具体的には図14に示すようにコンデンサ231の電圧を、電圧センサ232がモニタして制御回路233に入力する。そして、制御回路233が、コンデンサ231の電圧に従って駆動回路234を制御し、インバータの各スイッチング素子をスイッチングさせるデューティ比を変化させれば、コンデンサ231の電圧を安定させることができ、外部からの電力供給なしでも交流電源23を動作させることが可能になる。
実施の形態6.
次に、実施の形態6について説明する。実施の形態6にかかる電気推進システムの構成は実施の形態1と同様である。
すでに述べたように、アノード電圧に重畳する交流電圧の周波数はトランジェント振動あるいは電子ドリフト振動の周波数の近傍に合わせることが望ましい。しかしながら実際の装置で運用する場合、それらの振動現象の周波数を把握することは困難である。したがって、最適な周波数に調整する機構があれば望ましい。
図13はその一例を示したものである。図13に示すアノード電源11xの交流電源は、たとえばフルブリッジインバータで構成される。また、アノード電源11xの交流電源はトランスで出力と結合されており、直流電源の出力と直列に接続されている。インバータは駆動回路で駆動されるが、その駆動信号は制御回路から送られる。すなわち、制御回路はインバータを構成する各スイッチング素子を駆動する駆動信号を生成し、駆動回路は、制御回路が生成した駆動信号を、スイッチング素子のオンオフ制御に適したレベルの信号に変換してスイッチング素子に印加する。
アノード電源11xの出力には出力電流(アノード電流)を検出する電流検出部である電流センサ24が設けられており、アノード電流の検出結果を示す信号が制御回路へ送られる。制御回路は、電流センサ24が検出したアノード電流の波形を解析して、その放電振動の振幅を評価する。そのうえで、制御回路は、放電振動の振幅が抑制されるように、スイッチング素子のスイッチング周波数、すなわち、直流電源が出力する直流電圧に重畳する交流電圧の周波数を制御する。このように、アノード電流の波形を検出して交流電源の周波数をフィードバック制御することで、放電振動の振幅が十分に小さくなる最適な周波数で駆動することが可能になる。
実施の形態7.
次に、実施の形態7について説明する。実施の形態7にかかる電気推進システムの構成は実施の形態1と同様である。以下の説明では、実施の形態7にかかる電気推進システムを電気推進システム300fと記載する。
本実施の形態では、アノード電流の放電振動の振幅を抑制することが可能なアノード電源を含むホールスラスタの制御方法について、ガス流量調整器およびコイル電源も含めた形で説明する。
図15は、実施の形態7にかかる電気推進システム300fの要部を示す図である。図15は、図1に記載した電気推進システム300の構成要素のうち、本実施の形態の説明に必要な構成要素だけを抜き出したものであり、たとえばホローカソード30の電源などについては記載を省略している。なお、図15では、便宜上、外部コイル電源12と内部コイル電源13とをあわせて、コイル電源29と記載している。すなわち、コイル電源29は、図1に示す外部コイル電源12および内部コイル電源13としての機能を有する。
図15では、制御部10によって、アノード電源11fの直流電源111fおよび交流電源112fと、アノード側流量調整器17と、コイル電源29が制御されていることを示している。またアノード電源11fが出力するアノード電圧Vaおよびアノード電流Iaを電圧センサおよび電流センサがそれぞれ検出し、これらの検出値が制御部10に入力されることを示している。
つづいて、本実施の形態にかかる電気推進システム300fの動作を説明する。まず、制御部10は、外部からの指令値に従って、ホールスラスタ40へのガス流量Qと、アノード電圧Vaの平均値となる直流電源111fの出力電圧Vdcとを設定する。通常、これらの動作条件に対して、どのようにコイル電流Icを設定すればよいか、すなわち、どのようにホールスラスタ40に印加する磁場の強さを設定すればよいかを制御部10が把握している。制御部10は、動作条件に対応する値にコイル電流Icを設定する。その方法は、たとえば上記の特許文献1に示された方法でもよい。アノード電源11fが出力するアノード電圧Vaの平均値は直流電源111fの出力値Vdcとなるが、制御部10は、交流電源112fの出力電圧の振幅Vacおよびその周波数fを、まずは、予め定められた代表的な値に設定して交流電源112fの駆動を始める。
その状態で、制御部10は、ホールスラスタ40に流れるアノード電流Iaの波形を観測する。そして、制御部10は、Va×Iaの時間積分値を求めることでホールスラスタ40への投入電力を算出し、この投入電力が指令値に合うようにVdcあるいはQを制御する。あるいは、より簡単に、制御部10は、Vaの平均値とIaの平均値の積を求め、これが指令値に合うようにVdcあるいはQを制御する。
制御部10は、次に、Iaの放電振動の振幅を評価する。この振動を抑制する方法はいくつか考えられる。上記の実施の形態6で提案したものは、交流電源112fの周波数fを制御することである。もしその制御で十分に、つまり電源の性能として許容されるレベル以下に、Iaの振動の振幅が抑制できないのであれば、たとえば、交流電源112fの出力電圧の振幅Vacを調整することが考えられる。あるいは、交流電源112fの周波数fを大幅に変更して、トランジェント振動の周波数領域から電子ドリフト振動の周波数領域に変更し、Iaの振動の振幅の抑制を試みる、という方法がある。それでも電流振動の抑制が困難であれば、コイル電流Icを調整することが考えられる。
このように、ホールスラスタ40に電力を供給する電源装置100の全体をみていくつかの方法を組み合わせて用いることで、アノード電流の電流振動を抑制したり、駆動条件を最適に制御したりすることが可能になる。
なお、実施の形態1~7では、ホローカソード30を備える電気推進システムについて説明したが、ホローカソード30の代わりに、文献「特開2015-145650号公報」などに記載のRF(Radio Frequency)カソードを適用してもよい。RFカソードは、電極の消耗が少なく信頼性が高いなど、多くのメリットを持つ。RFカソードとは、周波数が1MHz~100MHzの高周波交流電圧を出力するRF電源を用い、カソードの内部で誘導結合あるいは容量結合でプラズマを生成してこれを電子源とするものである。RFカソードを用いた場合、カソードにRF電源から高周波交流電圧を印加するが、その電圧がアノードと少なからず結合することがわかっている。したがって、RFカソードを用いれば、アノード電源として通常のDC電源を用いていても、アノード電圧に実質的に高周波を重畳させた効果を与えることになる。その周波数が、トランジェント振動あるいは電子ドリフト振動の周波数の近傍であれば、実施の形態1~7と同様に、アノード電流の放電振動の抑制効果が期待できる。具体的には、RF電源が出力する高周波交流電圧の周波数を、トランジェント振動が発生する周波数の範囲内、または、電子ドリフト振動が現れる周波数の範囲内となるようにすれば、アノード電流の放電振動の抑制効果が期待できる。
また、実施の形態1~7では、ホールスラスタ40がSPT型のホールスラスタの場合について説明を行ったが、TAL(Thruster with Anode Layer)型と呼ばれるアノードレイヤー型のホールスラスタであっても、電源装置100としては特に違いはない。すでに述べたように、TAL型のホールスラスタは、性能は高いものの、放電振動が強く不安定であるという問題がある。しかし、実施の形態1~7で説明したアノード電源11などの各アノード電源を用いれば、TAL型のホールスラスタの放電振動を適切に抑制し、安定に駆動することが可能になる。
以上の実施の形態に示した構成は、本発明の内容の一例を示すものであり、別の公知の技術と組み合わせることも可能であるし、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、構成の一部を省略、変更することも可能である。