ところで、自車両の走行方向に沿って形成されたトンネル内あるいは高架下を走行する場合、それらに形成された梁などの上方構造物を、衝突回避制御の対象物として検知してしまう可能性がある。例えば、図2に示すように、自車両がトンネルを走行しているときに、レーダー20によって送信された電波が、トンネルの天井に形成された梁A(上方構造物Aと呼ぶ)で反射し、その反射波がレーダーRで検知されることがある。この場合、自車両が上方構造物Aに接近していない段階から、つまり、上方構造物Aが自車両の前方に遠く離れている段階から、レーダー20によって上方構造物Aが検知されていれば、衝突回避制御装置は、上方構造物Aを衝突回避制御の対象としないようにすることができる。
しかしながら、トンネルや高架に形成された上方構造物は、自車両にかなり接近した段階で、急に検知されることがある。上記の特許文献1に提案された装置では、そうした状況においては、上方構造物を衝突回避制御の対象としないようにすることができない。
物標の絶対速度を正確に検知できれば、物標が静止物であるか移動物であるかについて判定することができ、自車両の進路よりも上方に位置する上方構造物(静止物)に対しては、衝突回避制御の対象としないようにすることができる。
しかし、衝突回避制御装置においては、水平方向(左右方向)については高い分解能で物標が検知されるが、上下方向については高い分解能が要求されないため、レーダーの基準軸に対する物標の上下方向の角度の検知精度が低い。このため、前方で検知された物標の絶対速度は、レーダーの基準軸に対する物標の上下方向の角度(検知仰角)を用いずに、次式のように、車速センサによって検知される自車の車速(自車速と呼ぶ)と、レーダーによって検知された相対速度との和(次式参照)にて推定される。この推定値を推定絶対速度と呼ぶ。
推定絶対速度=自車速+相対速度
レーダーが上方構造物を遠方から検知できていれば、仰角(実仰角)が小さいため、上記式にて演算される推定絶対速度は、実際の絶対速度とほぼ等しくなるため、ゼロ近傍値となる。このため、衝突回避制御装置は、上方構造物を静止物であると認識することができる。しかし、自車両が上方構造物にかなり接近した段階でレーダーによって上方構造物が検知された場合には、自車両が上方構造物に接近しているほど実仰角が大きくなるため、上記式にて演算される推定絶対速度は、ゼロ近傍値にはならない。このため、衝突回避制御装置は、上方構造物を静止物であると認識することがでない。特に、図2に示すように、トンネルや高架に形成された上方構造物Aは、連続して設けられているため、レーダーの物標検知信頼性が高く、それらを障害物から除外することが難しい。
このため、衝突回避制御が必要以上に作動してしまう可能性がある。
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、上方構造物を障害物として誤認識して衝突回避制御が実施されることを低減することを目的とする。
上記目的を達成するために、本発明の衝突回避制御装置の特徴は、
自車両に搭載され、自車両の前方に電波を送信するとともに前記電波の反射波を受信して、前記反射波に基づいて自車両の前方に存在する物標を検知し、その検知された物標の情報である物標情報を出力するレーダー(20)と、
前記レーダーから出力された物標情報に基づいて、自車両と衝突するおそれのある物標を障害物として認識し、自車両が前記障害物と衝突することを回避する制御である衝突回避制御を実施する衝突回避制御手段(10)と
を備えた衝突回避制御装置において、
前記レーダーによって検知された物標について、前記レーダーから前記物標までの距離が予め設定された設定距離以下で初めて検知されたという第1条件と、自車両の車速と前記物標の自車両に対する相対速度とから演算される前記物標の推定絶対速度に基づいて前記物標が移動物であると推定されるという第2条件と、前記物標の反射波の電波強度が予め設定された設定強度以下であるという第3条件とが成立するか否かについて判定する判定手段(S11,S12,S13)と、
前記第1条件と前記第2条件と前記第3条件とが成立すると判定された物標に対しては、前記衝突回避制御手段による前記衝突回避制御の実施を抑制する衝突回避制御抑制手段(S14)と
を備えたことにある。
本発明の衝突回避制御装置は、レーダーと衝突回避制御手段とを備えている。レーダーは、自車両に搭載され、自車両の前方に電波を送信するとともに電波の反射波を受信して、反射波に基づいて自車両の前方に存在する物標を検知し、その検知された物標の情報である物標情報を衝突回避制御手段に出力する。この物標情報には、例えば、レーダーと物標との距離、レーダーに対する物標の相対速度(=自車両に対する物標の相対速度)、レーダーの基準軸に対する物標の方向、および、反射波の電波強度が含まれている。衝突回避制御手段は、レーダーから出力された物標情報に基づいて、自車両と衝突するおそれのある物標を障害物として認識し、自車両が障害物と衝突することを回避する制御である衝突回避制御を実施する。
例えば、衝突回避制御手段は、レーダーと物標との距離、および、レーダーに対する物標の相対速度に基づいて、現時点から自車両が物標に衝突するまでの予測時間である衝突予測時間(=距離/相対速度)を演算する。衝突予測時間は、自車両が物標と衝突する可能性の高さを表す指標値として用いることができる。衝突回避制御手段は、衝突予測時間が閾値以下となった場合に、当該物標を障害物として認識して、自車両が障害物と衝突することを回避する制御である衝突回避制御を実施する。例えば、衝突回避制御手段は、自車両のドライバーに対する警報、ドライバーのブレーキ操作を必要とせずに車輪に制動力を発生させる制御である自動ブレーキ制御などを実施する。また、例えば、衝突回避制御手段は、物標が静止物であって自車両の進路に存在していないと判定できる場合には、その物標を障害物として認識しないようにする。
トンネルや高架に形成された上方構造物は、自車両にかなり接近した段階で、急に検知されることがある。そうした場合には、衝突回避制御装置が上方構造物を障害物として誤認識して、不必要な衝突回避制御が実施されてしまうおそれがある。そこで、本発明は、判定手段と衝突回避制御抑制手段とを備えている。
判定手段は、レーダーによって検知された物標について、レーダーから物標までの距離が予め設定された設定距離以下で初めて検知されたという第1条件と、自車両の車速と物標の自車両に対する相対速度とから演算される物標の推定絶対速度に基づいて物標が移動物であると推定されるという第2条件と、物標の反射波の電波強度が予め設定された設定強度以下であるという第3条件とが成立するか否かについて判定する。
レーダーからの距離が予め設定された設定距離以下で初めて検知された物標であれば、第1条件が成立する。自車両の車速と物標の自車両に対する相対速度とから演算される物標の推定絶対速度に基づいて物標が移動物であると推定される物標であれば、第2条件が成立する。反射波の電波強度が予め設定された設定強度以下である物標であれば、第3条件が成立する。
この設定距離、および、設定強度は、障害物として誤認識されるおそれのある上方構造物を他の物標と区別するための値に設定されている。この第1条件を用いることにより、レーダーによって検知された物標から、自車両にかなり接近した段階で急に検知される上方構造物と推定される物標を、ある程度絞り込んで抽出することができる。
また、自車両にかなり接近した段階で急に検知される上方構造物については、自車両の車速と物標の自車両に対する相対速度とから物標の推定絶対速度を演算した場合、その物標は移動物として推定される。この場合、例えば、推定絶対速度が予め設定した移動物判定速度以上となる物標を、移動物であると推定することができる。尚、自車両の車速は、車速センサによって検知された値を取得すればよく、相対速度は、物標情報から取得することができる。また、物標の推定絶対速度は、自車両の車速と物標の自車両に対する相対速度との和から算出することができる。
また、自車両にかなり接近した段階で急に検知される上方構造物については、レーダーが検知した物標の上下方向の角度を表す仰角が大きいため、レーダーに反射される反射波の電波強度は小さい。
従って、第1条件と第2条件と第3条件との成立を判定することにより、レーダーによって検知された物標から、障害物として誤認識されるおそれのある上方構造物を、適切に絞り込んで抽出することができる。
衝突回避制御抑制手段は、第1条件と第2条件と第3条件とが成立すると判定された物標に対しては、衝突回避制御手段による衝突回避制御の実施を抑制する。衝突回避制御の実施とは、自車両が障害物に衝突することを回避する動作をいう。
「衝突回避制御の実施を抑制する」とは、衝突回避制御の実施を禁止することを含んでいる。また、衝突回避制御の実施を抑制するにあたって、衝突回避制御の実施を一部禁止するようにしてもよい。例えば、衝突回避制御抑制手段は、レーダーとは異なる他の物標検知センサ(例えばカメラセンサ)からの検知情報に基づく障害物の有無の判定結果を参照し、他の物標検知センサにより障害物が検知されていない状況では、衝突回避制御の実施を禁止し、前記物標検知センサにより障害物が検知されている状況では、衝突回避制御の実施を禁止しないようにして、衝突回避制御の実施を抑制してもよい。
この結果、本発明によれば、上方構造物を障害物として誤認識して衝突回避制御が実施されることを低減することができる。
尚、上記のようにして衝突回避制御の実施を抑制すると、制御システムのロバスト性が低下するおそれがある場合(衝突回避制御の実施が抑制される頻度が高くなりすぎて予期せぬ事象が発生するおそれがある場合)には、衝突回避制御の実施を抑制する対象となる物標を更に限定するようにしてもよい。
例えば、第2条件を、自車両の車速と前記物標の自車両に対する相対速度とから演算される前記物標の推定絶対速度が予め設定した上限速度以下となる移動物であると推定されるという条件にするとよい。この上限速度は、衝突回避制御のロバスト性を調整するための閾値、つまり、衝突回避制御の実施が抑制される頻度を調整するための閾値である。また、上限速度は、自車両の車速に応じて設定される値(例えば、自車両の車速に比例した値)に設定されるとよい。
これによれば、上記本発明の作用効果に加えて、更に、衝突回避制御の実施が抑制される頻度を良好にすることができ、予期せぬ事象の発生を低減できるという作用効果が得られる。
上記説明においては、発明の理解を助けるために、実施形態に対応する発明の構成要件に対して、実施形態で用いた符号を括弧書きで添えているが、発明の各構成要件は、前記符号によって規定される実施形態に限定されるものではない。
以下、本発明の実施形態に係る運転支援装置について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る運転支援装置1の概略構成を表す。運転支援装置1は、車両(以下において、他の車両と区別するために、「自車両」と呼ぶことがある。)に搭載される。運転支援装置1は、本発明の衝突回避制御装置に相当する。
運転支援装置1は、運転支援ECU10と、レーダー20と、カメラセンサ30と、車両状態センサ40と、運転操作状態センサ50と、メータECU60と、ブレーキECU70と、ブザー80とを備えている。
各ECUは、マイクロコンピュータを主要部として備える電気制御装置(Electric Control Unit)である。本明細書において、マイクロコンピュータは、CPU、ROM、RAM、不揮発性メモリ及びインターフェースI/F等を含む。CPUはROMに格納されたインストラクション(プログラム、ルーチン)を実行することにより各種機能を実現するようになっている。これらのECUは、幾つか又は全部が一つのECUに統合されてもよい。
レーダー20は、車体の前端であって、車幅方向の中央位置に固定される。本実施形態のレーダー20は、フロントグリルの中央に設けられたエンブレムプレートの裏側となる位置に、車体部材に固定される。レーダー20は、自車両の前方の物体を検知できる位置に設けられていれば、上記の位置に限るものでは無い。
レーダー20は、予め設定された検知エリアに電波を送信するとともに、送信した電波の反射波を受信することにより、反射波に基づいて自車両の前方に存在する物体を検知する。反射波が集合して検知された場合に、反射波の集合位置に物体が存在していると推定できる。このように反射波によって検知された物体を物標と呼ぶ。
このレーダー20は、例えば、ミリ波レーダーであって、FM-CW(Frequency Modulated-Continuous Wave)方式、あるいは、パルス圧縮方式(FCM(Fast Chirp Modulation)方式と呼ばれている)などが採用され、レーダー20に対する物標の相対位置(距離および角度)、および、レーダー20に対する物標の相対速度などを検知する。
レーダー20は、送信部と受信部と信号処理部と物標情報生成部を備えている(以上、図示略)。送信部は、予め設定された周波数の基準信号を周波数変調して、時間の経過に伴って周波数が変化する信号(送信信号と呼ぶ)を生成し、その送信信号(電波と呼ぶこともある)を送信アンテナから検知エリアに送信する。
送信アンテナから送信された電波は、物体に放射されると反射する。受信部は、この電波の反射波を、受信アンテナを介して受信する電子回路である。従って、この反射波を受信信号として受信することによって物体の存在を検知することができる。
信号処理部は、送信部によって生成される送信信号と受信部によって受信される受信信号(反射波の信号)とをミキシングし、送信信号の周波数と受信信号の周波数との差をとることによりビート信号を生成する。
受信部は、複数の受信アンテナを含む。複数の受信アンテナは、互いに、左右方向に所定の離隔があけられ、かつ、上下方向に所定の離隔があけられるように配置される。ビート信号は、各チャンネルごと(受信アンテナごと)に生成される。信号処理部は、生成したビート信号を含むレーダー検知信号を物標情報生成部に送信する。
物標情報生成部は、マイクロコンピュータを主要部として備え、レーダー検知信号を高速フーリエ変換等の周波数分析を行うことにより、レーダー20から物標までの距離、レーダー20に対する物標の方向(水平方向の方位、上下方向の方位(仰角))、レーダー20に対する物標の相対速度、および、反射波の電波強度を算出する。物標情報生成部によって生成された(算出された)情報を物標情報と呼ぶ。物標情報生成部は、物標情報を運転支援ECU10に出力する。
運転支援ECU10は、ドライバーの運転操作を支援する制御である運転支援制御を実施する。本実施形態の運転支援ECU40は、運転支援制御として、プリクラッシュセーフティ制御(本発明の衝突回避制御に相当する)を実施する。以下、プリクラッシュセーフティ制御をPCS制御と呼ぶ。
運転支援ECU10は、PCS制御を含む各種の運転支援制御を実施するために、カメラセンサ30、車両状態センサ40、運転操作状態センサ50、メータECU60、ブレーキECU70、ブザー80に接続されている。
カメラセンサ30は、図示しないカメラおよび画像処理部を備えている。カメラは、自車両前方の風景を撮影して画像データを取得する。画像処理部は、カメラの撮影によって得られた画像データに基づいて、自車両の前方に存在する車両あるいは歩行者等の物体を検知し、その検知情報であるカメラ検知情報を運転支援ECU10に送信する。カメラセンサ30により検知される物体についても物標と呼ぶ。このカメラ検知情報には、カメラから物標までの距離、カメラに対する物標の方向、カメラに対する物標の相対速度、物標物標の大きさ、物標の種類などを表す情報が含まれている。
車両状態センサ40は、車両状態を検知する複数種類のセンサであって、例えば、車両の走行速度を検知する車速センサ、車輪速を検知する車輪速センサ、車両の前後方向の加速度を検知する前後Gセンサ、車両の横方向の加速度を検知する横Gセンサ、および、車両のヨーレートを検知するヨーレートセンサなどである。
運転操作状態センサ50は、ドライバーの運転操作状態を検知する複数種類のセンサであって、例えば、アクセルペダルの操作量を検知するアクセル操作量センサ、ブレーキペダルの操作量を検知するブレーキ操作量センサ、ブレーキペダルの操作の有無を検知するブレーキスイッチ、操舵角を検知する操舵角センサ、操舵トルクを検知する操舵トルクセンサ、ウインカーレバーの操作を検知するウインカー操作センサ、および、変速機のシフトポジションを検知するシフトポジションセンサなどである。
メータECU60は、運転席の正面に設けられた表示器61に接続されている。メータECU60は、運転支援ECU10から送信された表示指令にしたがって表示器61の表示を制御する。
ブレーキECU70は、ブレーキアクチュエータ71に接続されている。ブレーキアクチュエータ71は、ブレーキペダルの踏力によって作動油を加圧する図示しないマスタシリンダと、左右前後輪に設けられる摩擦ブレーキ機構72との間の油圧回路に設けられる。摩擦ブレーキ機構72は、車輪に固定されるブレーキディスクと、車体に固定されるブレーキキャリパとを備える。ブレーキアクチュエータ71は、ブレーキECU70からの指示に応じてブレーキキャリパに内蔵されたホイールシリンダに供給する油圧を調整し、その油圧によりホイールシリンダを作動させることによりブレーキパッドをブレーキディスクに押し付けて摩擦制動力を発生させる。従って、ブレーキECU70は、ブレーキアクチュエータ71を制御することによって、自車両の制動力を制御することができる。
例えば、ブレーキECU70は、運転支援ECU10から加圧助成指令を受信した場合には、ブレーキアクチュエータ71を制御して、通常のブレーキペダル操作で発生する摩擦制動力よりも大きな摩擦制動力を発生させる。つまり、ブレーキペダルの踏み込みストロークに対する摩擦制動力の比を通常時(加圧助成指令を受信していない場合)よりも大きくする。また、例えば、ブレーキECU70は、運転支援ECU10から自動ブレーキ指令を受信した場合には、ブレーキアクチュエータ71を制御して、ブレーキペダル操作が無くても、所定の摩擦制動力を発生させる。
ブザー80は、運転支援ECU10から送信された鳴動指令にしたがって駆動され、鳴動指令で特定される態様でブザー音を発生させる。ドライバーは、このブザー音により注意喚起される。
ここで、運転支援ECU10の実施する運転支援制御であるPCS制御について説明する。PCS制御は周知であるため、ここでは、簡単に説明する。運転支援ECU10は、レーダー20から送信される物標情報に基づいて、自車両の前方に存在する物標を把握し、自車両が物標と衝突する可能性を判定する。例えば、運転支援ECU10は、レーダー20から物標までの距離D、および、レーダー20に対する前記物標の相対速度Vrに基づいて、現時点から自車両が物標に衝突するまでの予測時間である衝突予測時間TTC(=D/Vr)を演算する。この衝突予測時間TTCは、自車両が物標と衝突する可能性の高さを表す指標値として用いられる。衝突予測時間TTCが短いほど、自車両が物標に衝突する可能性が高い(緊急度が高い)と判断することができる。また、運転支援ECU10は、レーダー20によって検知された物標が静止物であって自車両の進路に存在していないと判定できる場合には、その物標を障害物として認識しない。
運転支援ECU10は、自車両が物標に衝突する可能性が警報レベルに達すると(例えば、衝突予測時間TTCが警報レベルにまで小さくなると)、その物標を障害物として認識し、ブザー80を断続的に鳴動させるとともに、表示器61に「ブレーキ!」と文字表示して、ドライバーに警報する。また、このとき、運転支援ECU10は、ブレーキECU70に対して加圧助成指令を送信してブレーキ油圧を加圧助成させ、ブレーキペダルを踏んだ際のブレーキ効果を高める。運転支援ECU10は、自車両が物標に衝突する可能性更に高くなって自動ブレーキレベルに達すると(例えば、衝突予測時間TTCが更に小さくなって自動ブレーキレベルに達すると)、ブレーキECU70に対して自動ブレーキ指令を送信して、ドライバーのブレーキ操作に関係なく、所定の摩擦制動力を発生させる。
運転支援ECU10は、こうしたPCS制御の実施により、衝突回避を支援する、あるいは、衝突が発生したときの被害の軽減を図ることができる。
また、運転支援ECU10は、レーダー20だけでなく、カメラセンサ30から出力されるカメラ検知情報に基づいても、自車両の前方に存在する物標を把握し、自車両が物標と衝突する可能性を判定する。運転支援ECU10は、レーダー20から出力された物標情報に基づく障害物の有無の判定結果と、カメラセンサ30から出力されるカメラ検知情報に基づく障害物の有無の判定結果との両方を参照して、基本的には、レーダー20から出力された物標情報に基づいて障害物が存在すると判定されている場合には、カメラ検知情報に基づく障害物の有無の判定結果に関係なく、自車両が障害物に衝突することを回避する動作を行う。但し、運転支援ECU10は、後述するように、PCSの作動抑制対象となる物標については、カメラ検知情報に基づいて障害物が存在すると判定されていない場合には、自車両が障害物に衝突することを回避する動作を行わない。
次に、運転支援ECU10の実施するPCS抑制制御について説明する。PCS抑制制御は、上方構造物を障害物として誤認識してPCS制御が作動することを抑制する制御である。以下、自車両が障害物に衝突することを回避する動作(警報、ブレーキ油圧の加圧助成、自動ブレーキ)を行うことを、「PCSを作動させる」と呼び、その動作を「PCSの作動」と呼ぶ。PCSの作動は、本発明における「衝突回避制御の実施」に相当する。
ここで、上方構造物を障害物として誤認識しやすい状況について説明する。図2に示すように、自車両がトンネル内、あるいは、高架下を走行している場合、それらに形成された梁などの上方構造物Aをレーダー20が検知することがある。自車両が上方構造物に接近していない段階から、つまり、上方構造物Aが自車両の前方に遠く離れている段階から、レーダー20によって上方構造物Aが検知されていれば、運転支援ECU10は、上方構造物Aを静止物として認識し、衝突回避制御の対象(PCSの作動対象)としないようにすることができる。
例えば、物標の絶対速度を推定することによって、物標が静止物であるか移動物であるかについて判定することができる。しかし運転支援装置1においては、水平方向(左右方向)については高い分解能で物標を検知する必要があるが、上下方向については水平方向に比べて高い分解能が要求されない(障害物は自車両と同じ高さ位置に存在するため)。このため、レーダー20の上下方向の検知精度が低い。
こうした理由から、運転支援ECU10は、レーダー20の出力する物標情報に含まれる物標の上下方向の角度(レーダー20の基準軸に対する物標の上下方向の角度:仰角と呼ぶ)を用いずに、次式(1)のように、物標の絶対速度の推定値である推定絶対速度Vxを演算する。
Vx=Vs+Vr ・・・(1)
ここで、Vsは、車速センサによって検知された自車両の車速であり、Vrは、物標情報に含まれるレーダー20に対する物標の相対速度(=自車両に対する物標の相対速度)である。相対速度は、物標が自車両から離れていく方向については正の値、物標が自車両に接近してくる方向については負の値にて表される。
レーダー20の基準軸に対する物標の実際の仰角を実仰角θとすると、物標情報としてレーダー20から出力される静止物の相対速度Vrは、次式(2)にて表される値となる。
Vr=-Vs・cosθ ・・・(2)
以下、相対速度Vrをレーダー検知相対速度Vrと呼ぶ。
例えば、図3(a)に示すように、自車両が時速30km/hで走行しているときに、自車両の前方に遠く離れている上方構造物A(θ=9deg)が検知された場合、レーダー検知相対速度Vrは、-30×cos(9deg)=-29.6km/hとなる。この場合、推定絶対速度Vxの演算結果は、0.4km/h(=30-29.6)となる。従って、こうしたケースでは、運転支援ECU10は、上方構造物Aを静止物であると判定することができる。また、上方構造物Aの物標情報の履歴(時間的推移)から、上方構造物Aが自車両の進路よりも上方に存在していると判定することもできる。この結果、運転支援ECU10は、上方構造物Aを障害物ではないと判定することができる。
一方、図3(b)に示すように、自車両が時速30km/hで走行しているときに、上方構造物Aの仰角が50degになって、初めてレーダー20によって上方構造物Aが検知された場合、レーダー検知相対速度Vrは、-30×cos(50deg)=-19.3km/hとなる。この場合、推定絶対速度Vxの演算結果は、10.7km/h(=30-19.3)となる。
こうした例からわかるように、上方構造物Aの検知されるタイミングが遅いほど、つまり、上方構造物Aが最初に検知されたときのレーダー20から上方構造物Aまでの距離が短いほど、上方構造物Aの実仰角θが大きくなり、推定絶対速度Vxが速くなる。従って、運転支援ECU10は、上方構造物Aを静止物と判定することができないため、上方構造物Aを自車両よりも走行速度の遅い先行車両(障害物)であると誤判定するおそれがある。図2の下段は、上方構造物Aを自車両よりも走行速度の遅い先行車両であると誤判定してしまうイメージを表している。また、上方構造物Aは、図2の上段に示すように、連続して設けられているため(繰り返し検知されるため)、レーダー20の物標検知の信頼性が高く、それらを障害物から除外することが難しい。
こうした問題を解決するために、運転支援ECU10は、PCS抑制制御を実施する。
上述した上方構造物のように、本来、障害物として認識する必要のない物標であるにもかかわらず、自車両にかなり接近した段階で急に検知され、障害物ではないと判定することが難しい物標を近距離ゴースト物標と呼ぶ。
近距離ゴースト物標に共通する特徴は、以下の通りである。
1.物標情報が自車両から近距離となる位置で生成される。
2.推定絶対速度から移動物であると推定される。
3.物標から反射される反射波の電波強度が低い。
PCS抑制制御においては、この近距離ゴースト物標に共通する特徴を使って、レーダー20によって検知された物標が、近距離ゴースト物標であるか否かについて判定し、近距離ゴースト物標であると推定される場合には、PCSの作動を抑制する。
図4は、PCS抑制制御ルーチンを表すフローチャートである。運転支援ECU10は、PCS抑制制御ルーチンを所定の演算周期で繰り返し実施する。
PCS抑制制御ルーチンが開始されると、運転支援ECU10は、ステップS11において、レーダー20によって、自車両から設定距離Dref内(レーダー20から設定距離Dref内)で物標情報が生成されたか否か、つまり、自車両から設定距離Dref内の範囲で新たな物標が検知されたか否かについて判定する。
運転支援ECU10は、レーダー20から物標情報が出力される都度、物標の位置(距離および方向)を把握し、物標情報の履歴に基づいて、それまで検知されていた物標とは異なる新たな物標が検知された場合には、ステップS11において、その新たな物標について、レーダー20から物標までの距離Dが設定距離Dref以下であるか否かについて判定する。設定距離Drefは、予め設定された距離であって、例えば、10mに設定されている。
新たな物標が検知されていない、あるいは、新たな物標が検知された場合でも、距離Dが設定距離Drefよりも大きい場合、運転支援ECUは、ステップS11において「No」と判定してPCS抑制制御ルーチンを一旦終了する。PCS抑制制御ルーチンは所定の演算周期で繰り返される。
このステップS11の判定は、本発明の第1条件が成立するか否かについての判定、つまり、レーダー20によって検知された物標が、レーダー20から物標までの距離が予め設定された設定距離以下で初めて検知された物標であるか否かについての判定に相当する。
1演算周期前のPCS抑制制御ルーチンの実施後に、レーダー20から設定距離Dref内の範囲で新たな物標が検知された場合、運転支援ECU10は、ステップS11において「Yes」と判定し、その処理をステップS12に進める。
運転支援ECU10は、ステップS12において、自車両から設定距離Dref内の範囲で新たに検知された物標(該当物標と呼ぶ)について、推定絶対速度Vxを演算し、この推定絶対速度Vxに基づいて該当物標が移動物であると推定されるか否かについて判定する。運転支援ECU10は、上記式(1)を使って、車速センサによって検知された自車速Vsと、物標情報に含まれるレーダー20に対する物標の相対速度Vrとを加算して推定絶対速度Vx(=Vs+Vr)を演算する。そして、運転支援ECU10は、推定絶対速度Vxが予め設定した移動物判定速度Vmove以上であるか否かについて判定する。運転支援ECU10は、推定絶対速度Vxが移動物判定速度Vmove以上である場合、該当物標が移動物であると推定する。この移動物判定速度Vmoveは、例えば、3km/h程度の値に設定されている。
このステップS12の判定は、本発明の第2条件が成立するか否かについての判定に相当する。
運転支援ECU10は、該当物標が移動物ではないと推定した場合(S12:No)には、PCS抑制制御ルーチンを一旦終了する。一方、該当物標が移動物である(推定絶対速度Vxが移動物判定速度Vmove以上である)と推定した場合(S12:Yes)、運転支援ECU10は、その処理をステップS13に進める。
運転支援ECU10は、ステップS13において、該当物標から反射された反射波の電波強度P(レーダー20で受信した反射波の電波強度P)が設定強度Pref以下であるか否かについて判定する。運転支援ECU10は、該当物標の物標情報から電波強度Pを読み出す。設定強度Prefは、予め設定された電波強度であって、例えば、-5dBである。
図5は、レーダー20によって検知された物標の仰角(レーダー軸に対する物標が検知された上下方向の角度:deg)と、反射波の電波強度との関係の一例を表す特性図である。尚、図中において、グレーにて示すエリアは、レーダー20によって送信信号(電波)が送信される上下方向のエリアをイメージにて表したものである。一般に、レーダーは、指向性を有する。図示するように、反射波の電波強度は、ゼロから離れるほど小さくなるが、特に、トンネル等の閉空間では、レーダー20から送信した送信信号が複雑に反射してレーダー20に受信されるため、仰角の大きい上方構造物から反射した反射波が検知されるケースもある。
このステップS13の判定は、本発明の第3条件が成立するか否かについての判定に相当する。
該当物標の反射波の電波強度Pが設定強度Prefを超えている場合(S13:No)、運転支援ECU10は、PCS抑制制御ルーチンを一旦終了する。一方、該当物標の反射波の電波強度が設定強度以下である場合(S13:Yes)、運転支援ECU10は、その処理をステップS14に進める。
運転支援ECU10は、ステップS14において、該当物標を近距離ゴースト物標であると推定して、該当物標を、PCSの作動を抑制する対象に設定し、PCS抑制制御ルーチンを一旦終了する。
上述したように、運転支援ECU10は、PCS制御を実施する場合、レーダー20から出力された物標情報に基づく障害物の有無の判定結果と、カメラセンサ30から出力されるカメラ検知情報に基づく障害物の有無の判定結果との両方を参照する。レーダー20から出力された物標情報に基づく障害物の判定結果が「障害物あり」で、カメラセンサ30から出力されるカメラ検知情報に基づく障害物の有無の判定結果が「障害物あり」となるケース1と、上記物標情報に基づく障害物の判定結果が「障害物あり」で、上記カメラ検知情報に基づく障害物の有無の判定結果が「障害物なし」となるケース2と、上記物標情報に基づく障害物の判定結果が「障害物なし」で、上記カメラ検知情報に基づく障害物の有無の判定結果が「障害物あり」となるケース3と、上記物標情報に基づく障害物の判定結果が「障害物なし」で、上記カメラ検知情報に基づく障害物の有無の判定結果が「障害物なし」となるケース4とにパターン分けすることができる。
運転支援ECU10は、PCS制御の実施中においては、レーダー20によって検知されている各物標について、上記のPCS抑制制御ルーチンでPCSの作動の抑制対象に設定されているか否かに応じてPCS制御の形態を切り替える。
運転支援ECU10は、PCSの作動の抑制対象に設定されていない物標については、レーダー20から出力された物標情報に基づく障害物の判定結果を優先して、ケース1、および、ケース2においてはPCSを作動させ、ケース3、および、ケース4においてはPCSを作動させない。
一方、PCSの作動の抑制対象に設定された物標(近距離ゴースト物標と推定される物標)については、運転制御ECU10は、ケース1の場合においてはPCSを作動させるが、ケース2、つまり、カメラ検知情報に基づく障害物の有無の判定結果が「障害物なし」である場合においては、PCSを作動させない(自身に対してPCSの作動を禁止する)。従って、ケース2においては、PCSが作動しない。これにより、近距離ゴースト物標と推定される物標については、PCSの作動が抑制される。
以上説明した本実施形態の運転支援装置1によれば、上方構造物を障害物として誤認識してPCSが作動することを低減することができる。また、レーダー20から出力された物標情報に基づいて近距離ゴースト物標と推定される物標であっても、カメラセンサ30から出力されるカメラ検知情報によって障害物として認識されている場合には、PCSが作動するため、安全性を向上させることができる。
<PCS抑制制御ルーチンの変形例>
次に、PCS抑制制御ルーチンの変形例について説明する。
実施形態のPCS抑制制御ルーチンを用いて近距離ゴースト物標に対してPCSの作動を抑制すると、制御システムのロバスト性が低下するおそれがある場合(PCSの作動が抑制される頻度が高くなりすぎて予期せぬ事象が発生するおそれがある場合)には、以下に示す変形例に係るPCS抑制制御ルーチンを採用するとよい。この変形例に係るPCS抑制制御ルーチンにおいては、PCSの作動を抑制する対象となる物標が更に限定される。
図6は、変形例に係るPCS抑制制御ルーチンを表すフローチャートである。この変形例に係るPCS抑制制御ルーチンは、実施形態のPCS抑制制御ルーチン(図4)のステップS12の判定処理に代えて、ステップS12’の判定処理を実施するものであり、それ以外の処理については、実施形態のPCS抑制制御ルーチンと同一である。実施形態のPCS抑制制御ルーチンと同じ処理については、図面に共通のステップ符号を付して、説明を省略する。
運転支援ECU10は、ステップS12’において、該当物標の推定絶対速度Vxを演算し、この推定絶対速度Vxが予め設定された上限速度Vlim以下であり、かつ、移動物判定速度Vmove以上であるか否かについて判定する。つまり、運転支援ECU10は、ステップS12’において、該当物標が、推定絶対速度Vxが上限速度Vlim以下の移動物であるか否かについて判定する。
この上限速度Vlimは、現時点の自車速Vsに応じて決められるように予め設定されている。例えば、上限速度Vlimは、現時点の自車速Vsの1/2(半分)の値に設定される。この上限速度Vlimを自車速Vsに比例した値に設定することにより、所定の実仰角θを超える方向に存在する物標を、PCSの作動を抑制する対象から外すことができる。
例えば、上限速度Vlimを自車速Vsの1/2の値に設定した場合には、図7に示すように、実仰角θが60degとなる方向を境にして(cos(60deg)=1/2)、実仰角θが60degを超える物標を、PCSの作動を抑制する対象から外すことができる。
運転支援ECU10は、ステップS12’において、「Yes」と判定した場合は、その処理を上述したステップS13に進め、「No」と判定した場合は、PCS抑制制御ルーチンを一旦終了する。
以上説明した変形例のPCS抑制制御ルーチンによれば、PCSの作動が抑制される頻度を良好にすることができ、予期せぬ事象の発生を低減できるという作用効果が得られる。また、レーダー20によって検知される物標の上下方向角(仰角)を用いずに、自車速Vsと相対速度Vrとから演算される推定絶対速度Vxの上限値を使ってPCSの作動を抑制する仰角の上限を決めているため、高い精度にて実施することができる。
以上、本実施形態に係る衝突回避制御装置について説明したが、本発明は上記実施形態(変形例を含む)に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
例えば、本実施形態においては、PCSの作動を抑制する場合、ケース2においてPCSの作動を禁止しているが、例えば、ケース1とケース2との両方においてPCSの作動を禁止してもよい。また、本実施形態においては、レーダー20の出力する物標情報とカメラセンサ30の出力するカメラ検知情報とを使ってPCS制御を実施するが、必ずしもカメラ検知情報を用いる必要は無い。