本開示に係る熱交換器は、防汚対象となる表面に防汚被覆膜が形成されている熱交換器であって、前記防汚被覆膜は、親水性の無機ナノ粒子およびフッ素化合物から少なくとも構成され、前記無機ナノ粒子の平均粒径は100nm未満であり、前記フッ素化合物は、前記防汚被覆膜を構成する全成分を100重量%としたときに、0.1重量%以上10重量%未満の範囲内で当該防汚被覆膜に含有されており、前記防汚被覆膜の表面は、算術平均粗さRaが2.5nm以上100nm以下の範囲内の凹凸を有している構成である。
前記構成によれば、防汚被覆膜においては、親水性の無機ナノ粒子の表面にフッ素化合物が分散されるため、無機ナノ粒子による親水性とフッ素化合物による撥油性とをバランスよく発揮することができる。それゆえ、熱交換器の表面に乾性の汚れが付着することを有効に抑制または防止することが可能となるとともに、良好なセルフクリーニング性を発揮できるので、少量の水でも汚れを良好に除去することが可能となる。
前記構成の熱交換器においては、前記無機ナノ粒子の平均粒径は5nm以上100nm未満の範囲内にある構成であってもよい。
前記構成によれば、ナノ粒子の平均粒径が前記の範囲内であれば、微細な表面凹凸をより良好に実現することができる。
また、前記構成の熱交換器においては、前記無機ナノ粒子が、金属ナノ粒子、無機酸化物ナノ粒子、無機窒化物ナノ粒子、無機カルコゲン化物ナノ粒子からなる群より選択される少なくとも1種である構成であってもよい。
前記構成によれば、無機ナノ粒子が前記群の少なくともいずれかの材質からなる粒子であれば、熱交換器に対して良好な防汚被覆膜を形成することができる。
また、前記構成の熱交換器においては、前記フッ素化合物は、平均分子量が10000以下であり、かつ、粒子状に形成されていないものである構成であってもよい。
前記構成によれば、防汚被覆膜の表面において微細な凹凸が形成しやすくなるとともに、その表面に良好な撥油性を付与しやすくなる。しかも、平均分子量が10000を超える高分子である場合よりも、防汚被覆膜の帯電性の増大を抑制または軽減することができる。それゆえ、良好な親水撥油性を実現できるとともに、乾性の汚れの付着を有効に抑制または防止することができ、さらに、汚れが付着しても除去しやすくするセルフクリーニング性を実現することも可能となる。
また、前記構成の熱交換器においては、前記フッ素化合物としては、その分子構造中に疎水基および親水基の双方を有し、前記疎水基がフッ素原子を含むものである構成であってもよい。
前記構成によれば、フッ素化合物がフッ素含有疎水基および親水基の双方を有する分子構造を有するので、防汚被覆膜における親水性と撥油性とのバランスをより良好なものとすることができる。
また、前記構成の熱交換器においては、前記防汚被覆膜の水接触角が15°未満であり、油接触角が15°を超える構成であってもよい。
前記構成によれば、防汚被覆膜において、その水接触角が相対的に小さく油接触角が相対的に大きい(特に、水接触角に対して油接触角が大きい)ため、良好な親水撥油性を実現できるとともに、汚れが付着しても除去しやすくするセルフクリーニング性を実現することが可能となる。
また、前記構成の熱交換器においては、当該熱交換器は、前記空気の吸入方向に沿って配置される複数のフィンを備え、当該フィンにおいて、少なくとも前記空気の吸入方向の上流側となる端面に前記防汚被覆膜が形成されている構成であってもよい。
前記構成によれば、熱交換器に対して少なくとも空気導入面となるフィンの端面に防汚被覆膜が形成されている。そのため、熱交換器の空気導入面に乾性の汚れが付着することを有効に抑制または防止することが可能となる。また、防汚被覆膜は、汚れを付着し難くするものであるため、空気導入面に多少の汚れが付着しても容易に除去することができる。しかも、空気導入面に防汚被覆膜を形成するだけで良いので、熱交換器の製造に際して追加的な製造プロセスが必要になったり熱交換器を備える装置そのものの設計を変更したりする必要が回避される。その結果、簡素な構成で製造コストの増大を抑制しつつ、熱交換器の効率の低下を有効に抑制することができ、冷却装置による良好な冷却を実現することができる。
また、前記構成の熱交換器においては、前記防汚被覆膜は、前記フィンにおける前記端面に加えて、当該端面に隣接する側面の一部に形成されている構成であってもよい。
前記構成によれば、空気導入面となるフィンの端面に加えて、この端面に隣接する側面の一部にも防汚被覆膜が形成されている。それゆえ、空気導入面とともに、当該空気導入面に隣接する側面においても塵埃の付着を抑制することができる。これにより、空気導入面に乾性の汚れが付着することを、より一層有効に抑制または防止することができる。
以下、本開示の代表的な構成例について、具体的に説明する。
[防汚被覆膜]
本開示に係る熱交換器に形成されている防汚被覆膜は、親水性の無機ナノ粒子およびフッ素化合物から少なくとも構成され、無機ナノ粒子の平均粒径は100nm未満であり、フッ素化合物は、当該防汚被覆膜を構成する全成分を100重量%としたときに、0.1重量%以上10重量%未満の範囲内で当該防汚被覆膜に含有されており、防汚被覆膜の表面は、算術平均粗さRaが2.5nm以上100nm以下の範囲内の凹凸を有する膜である。防汚被覆膜を構成する無機ナノ粒子は特に限定されないが、代表的には、金属ナノ粒子、無機酸化物ナノ粒子、無機窒化物ナノ粒子、無機カルコゲン化物ナノ粒子(無機酸化物ナノ粒子を除く)等を挙げることができる。
具体的には、例えば、金属ナノ粒子としては、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)、鉄白金(FePt)等の周期表第11族元素またはその合金;ニッケル(Ni,第10族元素)、スズ(Sn,第14族元素)等の周期表第11族元素以外のメッキ用金属元素等を挙げることができる。また、無機酸化物ナノ粒子としては、シリカ(酸化ケイ素、SiO2 )、酸化イットリウム(Y2O3)、チタン酸バリウム(BaTiO3 )、アンチモンドープ酸化スズ(ATO)、酸化チタン(TiO2 )、酸化インジウム(In2O3)等を挙げることができる。無機窒化物ナノ粒子としては、窒化ガリウム(GaN)等を挙げることができる。無機カルコゲン化物ナノ粒子としては、セレン化カドミウム(CdSe)等を挙げることができる。これら無機ナノ粒子は、基本的には、1種類のみで防汚被覆膜を構成するが、複数種類が組み合わせられて防汚被覆膜を構成することもできる。これらの中でも、汎用性、コスト、平均粒径の調整のしやすさ等から、シリカナノ粒子が特に好ましく用いられる。
無機ナノ粒子の粒径は100nm未満であればよく、5nm以上100nm未満の範囲内であることが好ましい。また、平均粒径のより好ましい範囲としては、15nm超100nm未満の範囲内、あるいは、20nm以上100nm未満の範囲内を挙げることもできる。
無機ナノ粒子の粒径が100nm未満であれば、防汚被覆膜の表面においてナノレベルの凹凸構造を実現しやすくなる。また、防汚被覆膜の具体的な構成にもよるが、無機ナノ粒子の粒径が5nm以上100nm未満の範囲内であれば、ナノレベルの凹凸構造をより好適な範囲内に調整しやすくすることができる。さらに、防汚被覆膜が後述するように接着成分を含む場合には、無機ナノ粒子の粒径が15nm超100nm未満の範囲内、もしくは、20nm以上100nm未満の範囲内に設定することで、ナノレベルの凹凸構造をより好適な範囲内に調整しやすくすることができる。
なお、防汚被覆膜の具体的な成分、防汚被覆膜の形成方法、被覆対象物である熱交換器の表面状態等の諸条件にもよるが、無機ナノ粒子の粒径は小さ過ぎない方がよい傾向にある。無機ナノ粒子の粒径を小さくし過ぎると、無機ナノ粒子同士が凝集して粗大化する傾向にある。これにより、得られる防汚被覆膜においては、その表面の凹凸が、所定の算術平均粗さRaの範囲内を超えて大きくなってしまう。この場合、乾性の汚れが、表面の大きな凹凸に引っかかりやすくなり、結果的に乾性の汚れが付着しやすくなる。
防汚被覆膜の表面の算術平均粗さRaは、2.5~100nmの範囲内であればよい。算術平均粗さRaがこの範囲内であれば、このような防汚被覆膜を被覆対象物である熱交換器に形成することで、少なくとも乾性の汚れの付着を有効に抑制または防止することが可能になる。
本開示に係る防汚被覆膜に含有されるフッ素化合物は、当該防汚被覆膜に撥油性を与える成分である。フッ素化合物の具体的な種類は特に限定されず、分子中にフッ素を含む中分子または低分子の化合物であればよい。このフッ素化合物としては、例えば、撥水撥油剤、界面活性剤、表面処理剤、表面改質剤、反射防止剤、コーティング剤等として用いられているものを挙げることができる。
より具体的には、フッ素化合物は、その分子構造中に疎水基および親水基の双方を有し、前記疎水基がフッ素原子を含む中分子または低分子化合物が挙げられる。代表的な疎水基としては、直鎖もしくは分岐パーフルオロアクリル基を挙げることができ、代表的な親水基としては、スルホン酸基、硫酸エステル基、リン酸エステル塩の少なくともいずれかを挙げることができるが、特に限定されない。このようなフッ素化合物は、1種類のみを用いてもよいし2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
ここで、本開示において用いられるフッ素化合物は、前記の通り、高分子ではなく中分子または低分子である。フッ素化合物の具体的な分子量については特に限定されないが、一般的には、平均分子量が10000以下であればよく、好ましい分子量の一例としては8000以下が挙げられ、より好ましい分子量の一例としては6000以下を挙げることができる。
分子量を基準としたとき、一般的には、分子量が10000を超えると高分子と見なされるため、フッ素化合物は、その種類にもよるが、高分子ではない中分子または低分子であることが好ましい。なお、フッ素化合物がモノマー成分を重合した重合体である場合には、重合度が相対的に低いもの(オリゴマー)であってもよい。このようにフッ素化合物がオリゴマーである場合、その分子量は10000を超えていてもよい場合がある。
また、本開示においては、フッ素化合物の使用形態すなわち防汚被覆膜への含有(配合または添加)形態は特に限定されず、無機ナノ粒子を主体とする被覆膜中にフッ素化合物が良好に分散できるような形状であればよいが、当該フッ素化合物は、粒子状、粉体状または凝集体状等ではなく、分子レベルで防汚被覆膜に含有(配合または添加)されることが好ましい。フッ素化合物が分子レベルで防汚被覆膜に含有されていれば、無機ナノ粒子の表面に分子レベルのフッ素化合物が分散するため、親水性の無機ナノ粒子が部分的に撥油性も発揮することができる。これにより、後述するように熱交換器がセルフクリーニング性を発揮することができる。
フッ素化合物が相対的に高分子であったり、粒子状、粉体状または凝集体状であったりすると、防汚被覆膜の表面において、無機ナノ粒子による微細な凹凸の形成を妨げる可能性があり、乾性の汚れの付着を有効に抑制または防止できないおそれがあるとともに、セルフクリーニング性も実現できないおそれがある。例えば、無機ナノ粒子同士の間に高分子のフッ素化合物、もしくは、粒子状等のフッ素化合物が介在することで、良好な表面粗さが実現できなくなる可能性がある。また、フッ素化合物が粒子状等である場合、その粒径にもよるが、表面粗さが大きくなりすぎる可能性もある。
また、フッ素化合物が相対的に低分子であり、粒子状等の形状でなければ、無機ナノ粒子とフッ素化合物とを混合して防汚被覆膜を形成するための組成物(例えばコーティング剤等)を調製しやすくなる。それゆえ、熱交換器における防汚被覆対象部位に組成物を塗工(コーティング)したときに、フッ素化合物が無機ナノ粒子の表面に遊離しやすく(浮き出しやすく)なる。そのため、防汚被覆膜の主成分である無機ナノ粒子は、親水性および撥油性という異なる性質を確保しやすくなる。
本開示における防汚被覆膜に含有されるフッ素化合物の含有量は、前記の通り、当該防汚被覆膜を構成する全成分を100重量%としたときに、0.1重量%以上10重量%未満の範囲内であればよい。好ましい含有量としては、例えば、0.1~5重量%の範囲内を挙げることができ、0.1~4.5重量%の範囲内であってもよい。ただし、フッ素化合物の含有量は、好ましい含有量に限定されるわけではなく、想定される防汚条件等に応じて、0.1重量%以上10重量%未満の範囲内で、無機ナノ粒子による親水性とフッ素化合物による撥油性とを好適に発揮できる程度に、当該フッ素化合物が含有されていればよい。
フッ素化合物の含有量が下限の0.1重量%を下回ると、諸条件にもよるが、防汚被覆膜において十分な撥油性を発揮できない場合がある。一方、フッ素化合物の含有量が上限の10重量%以上であると、防汚被覆膜の親水性が失われるとともに、防汚被覆膜の表面において良好な表面粗さ(微細な凹凸)を実現できなくなり、それゆえ、無機ナノ粒子による乾性の汚れの付着防止効果に影響を及ぼすおそれがある。言い換えれば、フッ素化合物の含有量が0.1重量%以上10重量%未満の範囲内で有れば、無機ナノ粒子に由来する微細な凹凸の実現とフッ素化合物による撥油性(撥油作用)の実現とを良好に両立させることが可能となる。
また、防汚被覆膜は、前記の通り、少なくとも無機ナノ粒子およびフッ素化合物により構成され、表面の算術平均粗さRaが前記の範囲内であればよく、それ以外の具体的構成は特に限定されない。例えば、防汚被覆膜の膜厚は特に限定されないが、一般的には、1μm(1,000nm)未満であればよく、500nm以下であることが好ましく、20~500nmの範囲内であることがより好ましい。
防汚被覆膜の膜厚が1μm未満すなわちナノレベルであれば、相対的に膜厚が小さく(薄く)なるため防汚被覆膜の帯電性を良好に軽減させ、乾性の汚れの付着を良好に抑制または防止することができるとともに、防汚被覆膜の透明性を向上することができる。また、諸条件にもよるが、膜厚が500nm以下であれば、防汚被覆膜の帯電性をより一層良好に軽減させるとともに透明性をさらに向上することが可能となる。さらに、諸条件にもよるが、膜厚が20~500nmの範囲内であれば、透明性の向上および帯電性のさらなる軽減を実現でき、乾性の汚れの付着をより一層良好に抑制または防止することができる。
特に、膜厚が500nm以下(もしくは20~500nmの範囲内)であれば、被覆対象物である熱交換器は基本的に金属で構成されているため、防汚被覆膜が帯電しても熱交換器の導電性によりアース(接地)されることができるため、実質的な帯電を回避することが可能になる。これにより、乾性の汚れの付着をより一層有効に抑制または防止することができる。また、防汚被覆膜の膜厚が大きく(厚く)なると、当該防汚被覆膜が無機ナノ粒子を主成分とするためクラックが生じやすくなるが、膜厚が500nm以下であればクラックの発生を実質的に回避することができる。
防汚被覆膜の表面特性も特に限定されないが、表面抵抗率は1013Ω/□以下であればよい。これにより、防汚被覆膜の帯電性を良好に軽減させることができるので、乾性の汚れの付着を良好に抑制または防止することができる。また、防汚被覆膜の水接触角は15°未満であればよいが、諸条件にもよるが10°未満であってもよい。同様に、防汚被覆膜の油接触角は15°超であればよいが、諸条件にもよるが25°超であってもよい。
このように防汚被覆膜の水接触角が相対的に小さく、かつ、油接触角が相対的に大きければ、言い換えれば、水接触角に対して油接触角が大きければ、その表面の親水性および撥油性が向上するだけでなく、後述する実施例でも実証するように、良好なセルフクリーニング性を発揮することができる。また、水接触角が小さいことから防汚被覆膜の親水性が向上するので、乾性の汚れが防汚被覆膜の表面に堆積しても、水洗することで堆積した乾性の汚れを容易に除去することができる。また、油接触角が大きいことから撥油性が向上するので、防汚被覆膜が撥油性であることから湿性の汚れのうち油性の汚れが付着しにくくなる。
なお、無機ナノ粒子の粒径の測定方法は特に限定されず、公知の方法(拡散法、慣性法、沈降法、顕微鏡法、光散乱回折法等)を好適に用いることができる。本実施の計値では、公知の方法で測定された粒径がナノレベルにあればよい。また、防汚被覆膜の算術平均粗さRaの測定(評価)方法は特に限定されず、例えば、レーザ顕微鏡または原子間力顕微鏡(AFM)を用いて算術平均粗さRaを測定(評価)し、JIS B0601に基づいて算出すればよい。さらに、防汚被覆膜の膜厚の測定方法も特に限定されないが、本実施の形態では、後述する実施例で説明するように、電子顕微鏡により被覆断面を観察し、複数の観察画像から測定した膜厚の平均値を算出している。また、防汚被覆膜の水接触角の測定(評価)方法も特に限定されず、例えば、協和界面科学(株)製接触角計、製品名:DMo-501を用いて測定(評価)すればよい。
防汚被覆膜の具体的な形成方法(製造方法)は特に限定されず、無機ナノ粒子による微細な凹凸を形成することが可能であれば、公知のさまざまな方法を用いることができる。代表的な形成方法としては、無機ナノ粒子を含む塗工液(コーティング剤)を調製してこれを塗工する公知の塗工方法、ゾルゲル法、ナノインプリント、陽極酸化金型を用いた転写、サンドブラスト、セラミックスの自己組織化等を挙げることができる。
防汚被覆膜は、前記の通り、少なくとも無機ナノ粒子およびフッ素化合物から構成されていればよいが、さらに、この無機ナノ粒子およびフッ素化合物との親和性を有する材料から少なくとも構成される接着成分を含有してもよい。接着成分の機能としては、フッ素化合物が分散した無機ナノ粒子同士を接着させる機能とともに、無機ナノ粒子を被覆対象物である熱交換器の表面に接着させる機能とを有していればよい。ただし、接着成分は、無機ナノ粒子の表面にフッ素化合物が分散することを妨げるものではない。それゆえ、接着成分は、無機ナノ粒子に対して親和性を有するとともに、フッ素化合物の分散を妨げず、好ましくはフッ素化合物にも親和性を有する材料が主成分となっていればよい。
防汚被覆膜が接着成分を含有することで、無機ナノ粒子で構成される防汚被覆膜の強度または耐久性を向上することができる。また、無機ナノ粒子が防汚被覆膜の表面で良好に維持されることから、表面の微細な凹凸が維持されやすくなり、乾性の汚れの付着を抑制または防止する効果を向上することができる。具体的な接着成分の組成については特に限定されないが、例えば、無機ナノ粒子がシリカナノ粒子であれば、シリカとの親和性を有する材料を接着成分として用いることができる。シリカとの親和性を有する材料としては、テトラメトキシシランまたはテトラエトキシシラン等のシラン化合物等を挙げることができる。
防汚被覆膜が接着成分を含有する場合、その含有量(含有率)は特に限定されないが、例えば、防汚被覆膜の全重量を100重量%としたときに、好ましい範囲として5~60重量%の範囲内を挙げることができ、より好ましい範囲として10~50重量%の範囲内を挙げることができる。諸条件にもよるが、接着成分が60重量%を超えれば、無機ナノ粒子に対して接着成分の量が多くなりすぎて、防汚被覆膜の表面の算術平均粗さRaが所定の範囲から外れるおそれがある。また接着成分が5重量%未満であれば、接着成分の含有量に見合った強度または耐久性の向上等の効果が十分に得られないおそれがある。
また、接着成分には、無機ナノ粒子に対して親和性を有するとともに、フッ素化合物の分散を妨げない主成分に加えて、公知の各種添加剤が含まれてもよい。したがって、本開示に係る熱交換器では、防汚被覆膜は、少なくとも無機ナノ粒子およびフッ素化合物で構成されていればよいが、これらに加えて接着成分を含有する構成であってもよく、無機ナノ粒子、フッ素化合物、および接着成分に加えて公知の添加剤を含有する構成であってもよい。
ただし、本開示においては、防汚被覆膜は高分子化合物を含有していないことが特に好ましい。それゆえ、フッ素化合物だけでなく、接着成分および添加剤等も高分子ではなく、中分子または低分子であることが好ましい。ここでいう高分子化合物とは、各種有機系樹脂、シリコーン樹脂(あるいはフッ素系樹脂)等のポリマー成分が挙げられる。これらポリマーは帯電しやすいため、防汚被覆膜がポリマー成分を含有すると、例えば表面抵抗率が1013Ω/□を超える可能性がある。
また、本開示においては、防汚被覆膜には、光触媒が含有されていないことが特に好ましい。光触媒は、外壁材等においてセルフクリーニング性を付与するために用いられるが、光触媒に由来するセルフクリーニング性は、光触媒に光(紫外線等)が照射されることによる触媒作用によるものである。本開示においては、熱交換器の少なくとも一部に防汚被覆膜が形成されるが、熱交換器は、通常、外壁材等のように光が当たる環境で露出して使われず、例えば、空気調和機の室内機が備える熱交換器等のように筐体内に収容されて用いられる。それゆえ、本開示において防汚被覆膜に光触媒を含有させても光触媒に由来するセルフクリーニング性を発揮することはできない。
さらに光触媒は強い親水性を呈するが、このような強い親水性を有する成分を防汚被覆膜に含有させると、無機ナノ粒子による親水性とフッ素化合物による撥油性とのバランスを崩すおそれがある。そのため、防汚被覆膜における光触媒によらないセルフクリーニング性を逆に妨げるおそれがある。加えて、光触媒の添加形態等にもよるが、無機ナノ粒子とは別に光触媒を添加することで、無機ナノ粒子に由来する防汚被覆膜の表面の算術平均粗さRaが所定の範囲から外れるおそれがある。
また、本開示においては、熱交換器に防汚被覆膜を形成する際に、当該防汚被覆膜の下層にプレコート層等の公知の層が積層されてもよいが、光触媒を含有する層が下層に形成されないことが特に好ましい。前記の通り、熱交換器の表面に光触媒を含有する層を形成しても、光の照射による触媒作用が期待できないだけでなく、光触媒に由来する親水性が、上層である防汚被覆膜における親水性および撥油性のバランスを崩す恐れがある。
なお、本開示においては、防汚被覆膜は、前記の通り、無機ナノ粒子およびフッ素化合物を必須成分として含有する構成であるが、フッ素化合物は高分子ではなく中分子または低分子であり、無機ナノ粒子の表面にフッ素化合物が良好に分散されることが好ましい。それゆえ、防汚被覆膜を目視した場合には、主として無機ナノ粒子で構成される薄膜(薄層)として観察される。例えば、図1は、熱交換器のフィンの表面に部分的に防汚被覆膜が形成された状態を示すモノクロ写真である。図1において白い斑点部分が、本開示に係る防汚被覆膜の一例であり、白い斑点以外の部分は、フィンにおいて防汚被覆膜が形成されていない表面である。
[防汚被覆膜の塵埃付着率]
本開示における防汚被覆膜は、その塵埃付着率が15%以下となっている。ここで、本開示における塵埃付着率とは、防汚被覆膜が形成されない熱交換器(被覆対象物)の表面(被覆前表面)における模擬塵埃の付着量に対する、防汚被覆膜が形成された熱交換器の表面(防汚被覆膜により構成される被覆表面)における模擬塵埃の付着量として算出される。
前述した通り、「乾性」の汚れには、相対的に比重が大きく硬い「大比重硬直型」のものと、相対的に比重が小さく柔らかい「小比重柔軟型」のものとが存在する。本開示においては、塵埃付着率の算出に用いられる模擬塵埃は、「大比重硬直型」の模擬塵埃および「小比重柔軟型」の模擬塵埃を混合した混合模擬塵埃が好適に用いられる。一般に、「大比重硬直型」の模擬塵埃は、無機系材料で構成される塵埃であり、「小比重柔軟型」の模擬塵埃は、有機系材料で構成される模擬塵埃である。
「大比重硬直型」の模擬塵埃および「小比重柔軟型」の模擬塵埃の具体的な種類は特に限定されないが、JIS(日本工業規格)等のような各種規格で定められる試験用粉体等のうち、「大比重硬直型」または「小比重柔軟型」に該当するものを適宜選択して用いることができる。また、「大比重硬直型」の模擬塵埃および「小比重柔軟型」の模擬塵埃は、いずれも1種類であってもよいが、2種類以上が組み合わせて用いられることが好ましい。
本開示では、後述する実施例に示すように、「大比重硬直型」の模擬塵埃として、無機系材料であるである2種類のけい砂を用いるとともに、「小比重柔軟型」の模擬塵埃として、有機材材料であるコットンリンタおよびコーンスターチを用いている。具体的なけい砂としては、JIS Z 8901に規定される1種けい砂および3種けい砂の2種類が用いられる。
コットンリンタとしては、公益社団法人日本空気清浄協会(JACA)により試験用粉体の1種として販売されるものが用いられる。コーンスターチは市販のものである。けい砂は「大比重硬直型」の付着を評価するために用いられ、コットンリンタは「小比重柔軟型」のうち繊維系塵埃の付着を評価するために用いられ、コーンスターチは「小比重柔軟型」のうち食品粉末系塵埃の付着を評価するために用いられる。したがって、「大比重硬直型」の模擬塵埃および「小比重柔軟型」の模擬塵埃の混合塵埃の好適な一例としては、有機系の模擬塵埃および無機系の模擬塵埃を混合した混合模擬塵埃を挙げることができる。
特許文献1の実施例および比較例では、模擬塵埃として、関東ローム粉塵またはカーボンブラックをそれぞれ単独で用いて、塵埃の付着性(防汚性能)を評価している。しかしながら、通常、生活空間に存在する塵埃は多種多様なものが混在しているため、本開示のように、乾性の汚れの防汚性能を評価する上では、単独種の塵埃をそれぞれ用いて付着性(防汚性能)を評価しても、十分な評価結果を得ることができない。また、関東ローム粉塵は、親水性の汚れの評価用に用いられており、カーボンブラックは、親油性の汚れの評価用に用いられているが、これらは、いずれも「大比重硬直型」の「乾性」の汚れとなる。特許文献1では、繊維系塵埃または食品粉末系塵埃等のように、「小比重柔軟型」の「乾性」の汚れについては何ら評価していない。
これに対して、本開示では、乾性の汚れとして、単独の模擬塵埃を用いずに、生活空間に存在する実際の塵埃をモデル化し、「大比重硬直型」の模擬塵埃および「小比重柔軟型」の模擬塵埃を混合した混合模擬塵埃を用いている。そのため、乾性の汚れの防汚性能を良好に評価することができる。また、乾性の汚れである粉体系塵埃の中には、関東ローム粉塵のように親水性を呈するものも含まれるが、本開示の混合模擬塵埃では、繊維系の模擬塵埃であるコットンリンタに加えて、食品粉末系の模擬塵埃として、親水性であるコーンスターチを用いている。コーンスターチは、乾燥状態では乾性の汚れとして振る舞うが、湿気が存在すると、吸水して親水性の汚れとしても振る舞い得る。模擬塵埃として、このような特性を有するコーンスターチを用いることで、実際の塵埃に対する防汚性能を良好に評価することが可能となる。
塵埃付着率は、前述したように、熱交換器における防汚被覆膜の被覆前表面における混合模擬塵埃の付着量に対する、防汚被覆膜による構成される被覆表面における混合模擬塵埃の付着量の比率として定義される。本開示では、被覆前表面または被覆表面における混合模擬塵埃の付着量は、光学顕微鏡で撮影した画像を二値化処理する(二値化処理により付着した混合模擬塵埃の面積比率を特定する)ことにより算出される、残存する混合模擬塵埃の面積比率として算出される。なお、この面積比率を塵埃付着面積とする。被覆前表面での塵埃付着面積をA0 とし、被覆表面での塵埃付着面積をA1 としたときに、塵埃付着率AR は、次式(1)で算出することができる。
防汚被覆膜の塵埃付着率は15%以下であればよいが、10%以下であることが好ましく、5%以下であることがより好ましく、2%以下であることが特に好ましい。塵埃付着率が15%以下であれば、目視による塵埃の付着が目立たないため、十分な防汚性能が得られていると判断することができる。
塵埃付着率を算出する際には、例えば、熱交換器の表面の一部もしくは熱交換器の一部を断片化したものに防汚被覆膜を形成することで、これを評価用サンプルとして用いることができる。評価用サンプルにおいて、防汚被覆膜が形成された表面を「被覆表面」としたときに、混合模擬塵埃は、この被覆表面に付着させることになるが、混合模擬塵埃を付着させる前に、評価用サンプルを除電することが好ましい。
また、評価用サンプルに混合模擬塵埃を付着させる方法、並びに、付着した混合模擬塵埃をふるい落す方法も特に限定されず、種々の方法を好適に用いることができる。例えば、後述する実施例では、混合模擬塵埃を被覆表面に所定量堆積させてから、評価用サンプルを垂直に傾けて落下させることにより、混合模擬塵埃をふるい落している。また、光学顕微鏡による被覆表面の画像撮影についても特に限定されず、混合模擬塵埃を観察可能な倍率で複数の画像を撮影すればよい。撮影した画像の二値化処理についても特に限定されず、画像中の背景部分から対象とする領域を分離することが可能な公知の画像処理ソフトウェア等を用いればよい。
[熱交換器]
本開示に係る熱交換器は、前記構成の防汚被覆膜を防汚対象となる表面に形成したものであればよい。ここで防汚対象となる表面としては、熱交換器の表面のうち一部分であってもよいし、熱交換器の表面のうち複数の部分であってもよいし、熱交換器の表面の全面であってもよい。
本開示に係る熱交換器の構成、すなわち、防汚被覆膜の被覆対象物である熱交換器の具体的構成については特に限定されず、冷凍サイクル等に用いられるものであればよい。具体的には、例えば、空気調和機(空気調和装置)、冷蔵庫、冷凍ショーケース、自動販売機等に用いられるものを挙げることができる。
本実施の形態では、代表的な熱交換器として、空気調和機に用いられる熱交換器を例示して説明する。空気調和機に用いられる熱交換器の具体的な構成は特に限定されず、公知のものであればよいが、代表的には、図2に模式的に示すフィンアンドチューブ型熱交換器10A、あるいは、図3に模式的に示すプレート積層型熱交換器10B等を挙げることができる。なお、以下では全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
図2に示すように、フィンアンドチューブ型熱交換器10Aは、代表的には、平板状のフィン11が複数積層され、これらフィン11を貫通するように、複数の折り返し部分を有する冷媒管12が設けられている構成を有している。冷媒管12は、冷媒流路を形成しており、例えば図中ブロック矢印に示す方向に、冷媒管12内に冷媒が流通することで、媒管12およびフィン11を介して冷媒と外気とが熱交換する。また、これらフィン11は、空気の流入方向に沿って配置されていればよい。
図3に示すように、プレート積層型熱交換器10Bは、代表的には、長方形状の伝熱プレート13を複数枚積層することにより、略直方体状(四角柱状)のプレート積層構造14を形成するとともに、プレート積層構造14の両端にそれぞれ冷媒タンク15が設けられている構成を有している。冷媒タンク15は、プレート積層構造14を構成するそれぞれの伝熱プレート13の内部に連通している。それぞれの伝熱プレート13では、例えば図中ブロック矢印に示すように、一方の冷媒タンク15から他方の冷媒タンク15に向かって冷媒が流通し、これにより伝熱プレート13を介して冷媒と外気とが熱交換する。
本開示に係る熱交換器は、フィンアンドチューブ型であっても、パラレルフロー型であっても、プレート積層型であっても、その表面の少なくとも一部に前記構成の防汚被覆膜が形成されている。これにより、熱交換器の表面(特にフィンの表面または伝熱プレートの表面等)に乾性の汚れ(塵埃等)が接触しても、防汚被覆膜の表面の微細な凹凸により乾性の汚れが表面に付着することが有効に抑制または防止される。
特に、防汚被覆膜の膜厚を限定することで、表面抵抗率を相対的に低下させることになるので、表面の微細な凹凸との相乗効果により、乾性の汚れの付着をより一層有効に抑制または防止することができる。しかも、ナノ粒子としてシリカ粒子等の親水性のものを用いれば、熱交換器を水洗することにより堆積した乾性の汚れを容易に除去することができる。
ここで、フィンアンドチューブ型熱交換器10Aのように、熱交換器が、空気の吸入方向に沿って配置される複数のフィンを備えている場合には、防汚被覆膜は、当該フィンにおいて、少なくとも空気の吸入方向の上流側となる端面に防汚被覆膜が形成されていることが好ましい。
具体的には、例えば、図4(A),(B)に示すように、本開示に係る熱交換器が備えるフィン11の前側端面11a、すなわち、熱交換器に対して空気が流れる方向(空気吸入方向)Fの上流側の端面に、防汚被覆膜20が形成されている構成を挙げることができる。図4(A)は、フィン11の構成例を示す模式的な斜視図であり、図4(B)は、図4(A)におけるI-I線の矢視方向の模式的断面図である。これら図に示すように、防汚被覆膜20は、少なくとも、フィン11の前側端面(上流側端面)11aに形成されている。
また、図4(A)および図4(B)に示すように、防汚被覆膜20は、フィン11の前側端面11aだけでなく、側面11bにおける前側の一部に形成されてもよい。さらに、図4(A)に示すように、防汚被覆膜20は、フィン11の上面11cにおける前側の一部にも形成されてもよいし、図示しないが、フィン11の下面における前側の一部にも形成されてもよい。
なお、前記の通り、防汚被覆膜20は、少なくとも無機ナノ粒子およびフッ素化合物により構成され、算術平均粗さRaが所定範囲内の凹凸を有するものである。このような防汚被覆膜20は、形成方法にもよるが、前側端面11aにおける当該防汚被覆膜20を構成する無機ナノ粒子の単位面積当たりの量(無機ナノ粒子の濃度)が最も多く(最も濃く)、当該前側端面11aに隣接する側面11b、上面11c、または図示しない下面においては、無機ナノ粒子の量(濃度)は、前側端面11aから離れると少なく(薄く)なる構成を挙げることができる。
そこで、模式的斜視図である図4(A)では、防汚被覆膜20における無機ナノ粒子の濃度が、側面11bまたは上面11cにおいて、前側端面11aから離れると薄くなることを図示する便宜上、フィン11本体を黒で図示し、防汚被覆膜20を白で図示し、無機ナノ粒子の濃度が薄くなる状態を白から黒が濃くなるグラデーション状に図示している。もちろん、フィン11および防汚被覆膜20の構成は、図4(A)に模式的に示す構成例に限定されないことは言うまでもない。
また図示しないが、フィン11を備える熱交換器が多孔管型であれば、曲げ加工した多孔管に複数のフィン11が設けられる構成である。多孔管に設けられるフィン11では、多孔管を挿入するための貫通孔が形成されており、この貫通孔には、多孔管を挿入した状態で支持かつ保護するために円筒状のカラー部が形成されている。したがって、熱交換器の前側では、フィン11の前側端面11aだけでなく、フィン11同士の間の奥側において、内部に多孔管を挿入しているカラー部の前側周面が見える。それゆえ、防汚被覆膜20は、このカラー部の前側周面に形成されてもよい。
ただし、一般的に用いられるフィン11の厚さは数十μm程度であり、防汚被覆膜20の膜厚は前記の通り500nm以下であることが好ましい。それゆえ、フィン11の厚さと防汚被覆膜20の膜厚とは、100~1000倍程度異なる。そのため、フィン11の側面11bにも防汚被覆膜20が形成されるが、この防汚被覆膜20の形成により空気の流れが有意に妨げられることはない。例えば、図4(B)では、フィン11に対して防汚被覆膜20が形成されていることを模式的に示すために、フィン11の側面11bに、防汚被覆膜20による膨らみがあるように図示しているが、この図示は説明の便宜のためであり、実際の防汚被覆膜20はもっと薄く形成されている。
言い換えれば、熱交換器を前側から見たときに、少なくとも、空気吸入方向Fにおける最も上流側に位置する部位(最上流部位)の前面(図4(A),(B)に示す例では、フィン11の前側端面11a)に防汚被覆膜20が形成されていればよい。また、この差異上流部位の前面に隣接する「側面」の一部(図4(A)、(B)に示す例では、側面11b、上面11cおよび/または下面の前側の一部)に防汚被覆膜20が形成されてもよい。さらに、最上流部位以外の部位における前面(前述したフィン11におけるカラー部の前側周面等)にも防汚被覆膜20が形成されていればよい。
本開示に係る熱交換器は、例えば空気調和機に好適に用いることができる。例えば、図5に示すように、空気調和機の室内機30の内部には、熱交換器10Cは、当該室内機30の前面30aおよび上面30bに面するように配置されている。この熱交換器10Cは、図2に示すフィンアンドチューブ型熱交換器10Aと同様に、フィン11および冷媒管12を備えている。
図5では、室内機30の長手方向の横断面を模式的に図示しており、室内機30の中央部のやや後ろよりには送風ファン31が位置している(送風ファン31は点線で模式的に図示している)。熱交換器10Cは、この送風ファン31から見て前側および上側を覆うように配置されており、この熱交換器10Cの前側および上側の端面には、図5において模式的に示すように、防汚被覆膜20が形成されている。
室内機30の前面30aおよび上面30bは、室内の空気を吸入する部位(吸入口)となっており、図示しないが、熱交換器10Cにおける前側および上側にはフィルタが設けられている。室内機30の後面30cは壁に固定される側の面であり、室内機30の下面のうち前側下面30dは、空気を室外に排出する部位(排出口)である。送風ファン31の動作により前面30aおよび上面30bから空気が吸入されて熱交換器10Cに達し、熱交換器10Cでは、例えば空気が冷却されて前側下面30dから室内に排出される。それゆえ、熱交換器10Cが備えるフィン11の前側および上側の端面には、フィルタが設けられているとはいっても、汚れが付着しやすくなる。
フィン11の前側および上側の端面は、空気の吸入方向の上流側であるので、これら端面に防汚被覆膜20を形成することで、汚れの付着を有効に抑制することができる。特に、室内機30の場合、室内の空気を冷却または加熱して循環させるので、埃のように室内の乾性の汚れが熱交換器10Cに付着しやすい。熱交換器10Cでは、フィン11の前側および上側の端面に防汚被覆膜20が形成されていればよいので、本開示によれば、熱交換器10Cの前側または上側に乾性の汚れが付着することが有効に抑制または防止される。
なお、図5に示すように(あるいは図4(A),図4(B)に示すように)、熱交換器10Cが備えるフィン11において、空気の吸入方向の上流側となる端面に防汚被覆膜20を形成する構成では、当該端面に対して、公知の方法(ローラー、スプレー、含浸部材(例えばスポンジ)等)で塗工液を塗工すればよい。この場合、前述したように、フィン11の端面だけでなく、当該端面に隣接する側面等の各面の一部にも防汚被覆膜20が形成されてもよい。
図5に示す室内機30の例であっても、熱交換器10Cの端面に防汚被覆膜20を形成しない場合には多量の塵埃が付着するが、防汚被覆膜20を形成すれば、塵埃の付着を有効に抑制することができる。ここで、多量の塵埃が付着している状態では、端面に塵埃が積もったような状態(後述する図5(B)参照)となるので、塵埃は、端面だけでなく隣接する側面等の一部にも付着し得る。
したがって、熱交換器10Cが備えるフィン11の前側の部位のうち、少なくとも、空気吸入方向における最上流部位である端面に防汚被覆膜20が形成されていれば、塵埃の付着を抑制することができる。さらに、図4(A),(B)に例示するように、端面に隣接する側面の一部にも防汚被覆膜20が形成されていれば、側面の前側付近においても塵埃の付着を抑制することができるので、空気導入面に乾性の汚れが付着することをより一層有効に抑制または防止することができる。
あるいは、本開示においては、熱交換器10Cが備えるフィン11の端面および当該端面に隣接する側面の一部以外にも、熱交換器10Cにおける前側に面する部位または前側に面する構造であって前側端面以外となる部位または構造における前面にも防汚被覆膜20が形成されてもよい。これにより、熱交換器10Cにおけるフィン11以外の部位または構造において、前側に面する領域に乾性の汚れが付着することを有効に抑制または防止することができる。
なお、本開示に係る熱交換器10Cにおいては、当該熱交換器10Cの全体に防汚被覆膜20が形成されてもよいが、空気の吸入方向の上流側となる端面およびその近傍のみに防汚被覆膜20が形成されることが好ましい。図5に示す例では、熱交換器10Cの表面全体に防汚被覆膜20を形成しようとすると、室内機30を製造する前に熱交換器10Cの表面全体に防汚被覆膜20を形成する工程を追加したり、設置済の室内機30であれば、熱交換器10Cを取り外して表面全体に防汚被覆膜20を形成する作業を追加したりする必要がある。例えば、フィンアンドチューブ型であれば、チューブ(冷媒管12)を差し込む前の工程で、フィン11に防汚被覆膜20を塗布する工程が必要になり、形成工程が複雑化する。
これに対して、本開示においては、熱交換器10Cにおいて、実質的には、空気の吸入方向の上流側となる端面(およびその隣接する面の一部)のみに防汚被覆膜20を形成するだけでよいので、熱交換器10Cの空気導入面に防汚被覆膜20を形成するだけで済む。それゆえ、前記の通り、製造時の追加的なプロセス、あるいは、熱交換器10Cの取外し等の追加的な作業は実質的に不要となるので、簡素な構成で製造コストの増大を抑制しつつ、熱交換器10Cの効率の低下を有効に抑制することができる。
ここで、本開示においては、前述した防汚被覆膜20は、汚れが付着しても除去しやすくするセルフクリーニング性を実現することも可能となる。室内機30の内部に設けられている熱交換器10C、あるいは、室外機に設けられている熱交換器には、雨水が直接係ることはないが、結露で生じる水(結露水)により良好なセルフクリーニング性を発揮することが可能となる。
本開示においては、例えば後述する実施例に示すように、セルフクリーニング性(セルフクリーン機能)とは、水洗により容易に汚れを除去できることと定義することができる。本発明者らの鋭意検討の結果、良好なセルフクリーニング性を実現する上では、物品に付着する汚れを、「湿性」という側面と「乾性」という側面との双方に基づいて検討した方がよいことが明らかとなった。
本開示においては、水中に熱交換器のサンプルを浸水させて静置し、その後、サンプルを引き上げることによりセルフクリーニング性を評価している。つまり、本開示に係る熱交換器においては、この程度の簡単な水洗であっても、「湿性」の汚れも「乾性」の汚れも容易に除去することが可能となっている。それゆえ、結露水程度の少量の水であっても良好なセルフクリーニング性を発揮することができる。
本開示に係るセルフクリーニング性について説明すると、例えば、図6(A)に示すように、熱交換器の一部である基材16の表面に防汚被覆膜20が形成されており、この防汚被覆膜20の上に汚れ21が付着しているとする。この汚れ21は、親水性の汚れ(ウェットな汚れ)であってもよいし、親油性の汚れ(オイリーな汚れ)であってもよいし、これら湿性の汚れではなく乾性の汚れであってもよい。説明の便宜上、汚れ21は親油性の汚れとして説明する。
防汚被覆膜20は、良好な親水性および撥油性のバランスを有している。それゆえ、図6(A)に示すように、少量の水22が防汚被覆膜20に付着すると、図6(B)に示すように、当該防汚被覆膜20の親水性により水22が当該防汚被覆膜20の表面全体に広がっていく。このとき、汚れ21が親油性であれば、防汚被覆膜20の水接触角は油接触角よりも小さいので、汚れ21の下側に水22がもぐりこむように広がっていく。それゆえ、防汚被覆膜20に接する親油性の汚れ21は、容易に水22に置き換わる。そして、図6(C)に示すように、水22が防汚被覆膜20全体を覆うことで、親油性の汚れ21は、基材16から容易に離脱することになる。
なお、汚れ21が親水性である場合には、水22の広がりに伴って汚れ21が水22に溶け込むように挙動するため、基材16の表面から容易に除去することが可能となる。また、汚れ21が乾性の汚れであっても、水22の広がり方向に押し流されるように挙動するため、基材16の表面から容易に除去することが可能となる。
このように、本開示に係る熱交換器は、少なくとも無機ナノ粒子およびフッ素化合物により構成され、その表面の算術平均粗さRaが所定範囲内の凹凸を有する防汚被覆膜が、防汚対象となる表面に形成されているものである。これにより、防汚被覆膜は親水性および撥油性の双方の性質をバランスよく発揮することができる。それゆえ、熱交換器の表面に乾性の汚れが付着することを有効に抑制または防止することが可能となるとともに、良好なセルフクリーニング性を発揮できるので、少量の水でも汚れを良好に除去することが可能となる。
本発明について、実施例、比較例および参考例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。なお、以下の実施例における各種合成反応や物性等の測定・評価は次に示すようにして行った。
(混合模擬塵埃)
JIS Z 8901に規定される1種けい砂および3種けい砂と、公益社団法人日本空気清浄協会(JACA)により試験用粉体に販売されるコットンリンタと、市販のコーンスターチとを模擬塵埃として用い、これらを等重量となるように秤量して十分に混合して混合模擬塵埃とした。
(防汚被覆膜の算術平均粗さRa)
走査型プローブ顕微鏡(株式会社日立ハイテクサイエンス製、製品名:AFM5300)を用いて算術平均粗さRaを測定し、JIS B0601に基づいて算出した。
(塵埃付着率の評価)
評価用サンプルを除電した上で、当該評価用サンプルに混合模擬粉末をふりかけてふるい落とし、その後に、評価用サンプルの表面を光学顕微鏡で撮影し、撮影画像を二値化処理し、表面における塵埃付着面積を測定した。評価用サンプルの表面のうち、防汚被覆膜が形成されていない表面を基準面とし、防汚被覆膜が形成されている面を評価面としたときに、基準面での塵埃付着面積に対する評価面上での塵埃付着面積の比率を塵埃付着率ARとした。塵埃付着面積が5%以下であれば塵埃付着率AR を「◎」、5%超15%以下であれば「○」、15%超であれば「×」として評価した。
(水接触角および油接触角)
評価用サンプルの表面に水または油(オレイン酸)を滴下し、協和界面科学(株)製接触角計、製品名:DMo-501を用いて接触角を測定した。
(セルフクリーニング性の評価)
評価用サンプルの表面に50μLのオレイン酸を滴下し、直径が約10mm程度に広がるまで放置した。その後、評価用サンプルを垂直に保持した状態で、イオン交換水が貯留された水槽中に浸水させ10秒間静置した。その後、約5cm/秒程度の速度で評価用サンプルを引き上げ、表面に残存しているオレイン酸の直径を1mm単位で計測し、直径の大きさによりセルフクリーニング性CSを評価した。オレイン酸の直径が1mm以下であればセルフクリーニング性CSを「◎」、1mm超3mm以下であれば「○」、3mm超であれば「×」として評価した。
(実施例1)
アルミニウム製金属板を、熱交換器の一部を断片化したものとして準備した。平均粒径20nmのシリカ粒子を、分散媒であるエタノールにpH調整等により十分に分散させるとともに、親水基としてのスルホン酸基および疎水基としてのパーフルオロアルキル基を有するアニオン系フッ素化合物を3重量%の濃度で配合した塗工液を公知の方法で調製し、基材の表面の約半分に当該塗工液を塗工して乾燥させることにより、実施例1の防汚被覆膜が形成された評価用サンプルを作製した。この評価用サンプルにおいては、その表面の半分には防汚被覆膜が形成され、残りの半分位には防汚被覆膜は形成されていない。
得られた評価用サンプルについて、防汚被覆膜の表面の算術平均粗さRa、塵埃付着率AR、水接触角、油接触角、およびセルフクリーニング性CSの結果を表1に示す。
(比較例1)
シリカ粒子として、平均粒径を100nmのものを用いた以外は、実施例1と同様にして、比較例1の防汚被覆膜が形成された評価用サンプルを作製した。得られた評価用サンプルについて、防汚被覆膜の表面の算術平均粗さRa、塵埃付着率AR 、水接触角、油接触角、およびセルフクリーニング性CSの結果を表1に示す。
(比較例2)
シリカ粒子として、平均粒径を20nmのものを用いるとともに、フッ素化合物の濃度を10重量%とした以外は、実施例1と同様にして、比較例2の防汚被覆膜が形成された評価用サンプルを作製した。得られた評価用サンプルについて、防汚被覆膜の表面の算術平均粗さRa、塵埃付着率AR 、水接触角、油接触角、およびセルフクリーニング性CSの結果を表1に示す。
(比較例3)
実施例1と同様にして、比較例3の防汚被覆膜が形成された評価用サンプルを作製した。ただし、この比較例3の評価用サンプルでは、シリカ粒子の分散が不十分で凝集したことにより、防汚被覆膜の表面の算術平均粗さRaが大きくなっている。得られた評価用サンプルについて、防汚被覆膜の表面の算術平均粗さRa、塵埃付着率AR 、水接触角、油接触角、およびセルフクリーニング性CSの結果を表1に示す。
(比較例4)
シリカ粒子として、平均粒径を250nmのものを用いるとともに、フッ素化合物の濃度を10重量%とした以外は、実施例1と同様にして、比較例3の防汚被覆膜が形成された評価用サンプルを作製した。得られた評価用サンプルについて、防汚被覆膜の表面の算術平均粗さRa、塵埃付着率AR 、水接触角、油接触角、およびセルフクリーニング性CSの結果を表1に示す。
(実施例および比較例の対比)
実施例1の結果から明らかなように、防汚被覆膜が100nm未満の無機ナノ粒子により構成され、算術平均粗さRaが2.5~100nmの範囲内の凹凸を表面に有し、フッ素化合物を0.1重量%以上10重量%未満の範囲内で含有していれば、塵埃付着率を15%以下に抑えることが可能であり、かつ、良好なセルフクリーニング性を実現することが可能であることがわかる。
これに対して、比較例1のように無機ナノ粒子の平均粒径が100nm以上であれば、算術平均粗さRaが100nm以下であり、フッ素化合物の含有量も10重量%未満であると、塵埃付着率をある程度低減することは可能であるが、良好なセルフクリーニング性を実現することができなかった。これは、水接触角に対して油接触角が小さくなるためであると判断される。
すなわち、実施例1および比較例1の結果から、本開示に係る防汚被覆膜においては、水接触角に対して油接触角が大きければ、良好なセルフクリーニング性を実現することができる。なお、水接触角および油接触角の具体的な数値は特に限定されないものの、代表的には、前述したように、水接触角が15°未満であり、かつ、油接触角が15°超である場合を好ましく例示することができ、水接触角が10°未満であり、かつ、油接触角が25°超である場合をより好ましく例示することができる。
また、比較例2のように、無機ナノ粒子の平均粒径が100nm未満であり、算術平均粗さRaが100nm以下であっても、フッ素化合物の含有量が10重量%であれば、塵埃付着率を良好に低減できるものの良好なセルフクリーニング性は実現できなかった。この場合、表1から明らかなように、油接触角よりも水接触角が相対的に大きくなっている。
また、比較例3のように、無機ナノ粒子の平均粒径が100nm未満であり、フッ素化合物の含有量が10重量%未満であっても、算術平均粗さRaが100を超えていれば、塵埃付着率が高くなるとともに良好なセルフクリーニング性も実現できなかった。この場合も、表1から明らかなように、油接触角よりも水接触角が相対的に大きくなっている。
また、比較例4のように、無機ナノ粒子の平均粒径が100nmを超えており、算術平均粗さRaが100nmを超えていれば、塵埃付着率が高くなるとともに、良好なセルフクリーニング性も実現できなかった。
なお、本発明は前記実施の形態の記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲内で種々の変更が可能であり、異なる実施の形態や複数の変形例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施の形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。