JP7062636B2 - マリンノートを呈する香料素材のスクリーニング方法 - Google Patents
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Description
しかし、新しい香料素材を開発するために多数の候補化合物の匂いを人間の嗅覚のみで評価することは、嗅覚疲労や個人差の問題があり、適切に候補化合物を選択することに困難を伴う場合がある。
近年、新しい香料素材の候補物質を選択するために嗅覚受容体(Olfactory receptors)を発現する培養細胞を利用する方法が提案されている(例えば、特許第5520173号公報(特許文献1)、特許第5921226号公報(特許文献2)など)。
嗅覚受容体は、脊椎動物では主に鼻腔内の嗅上皮の嗅毛に発現し、様々な香気化合物に応答するセンサータンパク質である。香気化合物が嗅覚受容体へ結合すると、細胞内のGタンパク質を活性化し、Gタンパク質がアデニル酸シクラーゼを活性化して、ATPを環状AMP(cAMP)へと変換する。cAMPはCNGチャネルを開口し、それによってナトリウムイオン(Na+)やカルシウムイオン(Ca2+)が細胞内へと流入して受容器電位を発生させ、脳へと情報を送る。嗅覚受容体を発現する培養細胞に香気化合物を接触させたときの細胞内のcAMP増加量やカチオン増加量を測定することにより、匂いを判別することが可能であると考えられる。
ヒトの嗅覚受容体は400種弱あることが知られており、一種の香気化合物は一種あるいは複数種の嗅覚受容体に応答し、一種の嗅覚受容体は複数種の香気化合物に応答することが知られている。
このような状況の下、マリンノートを呈する香料素材に応答する嗅覚受容体を探索し、マリンノートを呈する新しい香料素材の候補化合物をスクリーニングする方法を提供することが望まれている。
[1]マリンノートを呈する香料に対して応答性を示す嗅覚受容体を用いて、被験化合物の中からマリンノートを呈する候補化合物をスクリーニングする方法であって、
(i)OR10H5、OR10H4、OR10K1、OR2J2、および配列番号2、4、6または8で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつマリンノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体と被験化合物を接触させ、被験化合物に対する嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(ii)被験化合物の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(iii)工程(i)および(ii)における測定結果を比較して、応答性が変化した被験化合物を、マリンノートを呈する候補化合物として選択する工程と
を含む、方法。
[2]マリンノートを呈する香料が、次式:
[3]嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上または嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で嗅覚受容体の応答を測定する、[1]または[2]に記載の方法。
[4]嗅覚受容体の応答をレポーターアッセイにより測定する、[1]から[3]のいずれか一項に記載の方法。
[5]工程(i)における測定結果を、工程(ii)における測定結果で割ることで求められるFold Increase値が2以上であるときに、工程(iii)においてマリンノートを呈する候補化合物として選択する、[1]から[4]のいずれか一項に記載の方法。
(i)OR10H5、OR10H4、OR10K1、OR2J2、および配列番号2、4、6または8で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつマリンノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体と被験化合物を接触させ、被験化合物に対する嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(ii)被験化合物の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(iii)工程(i)および(ii)における測定結果を比較して、応答性が変化した被験化合物を、マリンノートを呈する候補化合物として選択する工程と
を含むことを特徴としている。
一種の嗅覚受容体は類似構造を有する複数種の香気化合物に応答することが知られていることから、マリンノートを呈する既知の香料に対して応答性を示す嗅覚受容体を特定し、その嗅覚受容体に対する被験化合物の応答性を評価することによって、被験化合物の中からマリンノートを呈する候補化合物を選択することができる。なお、本明細書において「マリンノートを呈する香料素材」とは、マリンノートを呈する香料の素材となる化合物、組成物または混合物をいうものとする。以下、本発明のスクリーニング方法の各工程について説明する。
工程(i)では、OR10H5、OR10H4、OR10K1、OR2J2、および配列番号2、4、6または8で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつマリンノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体と被験化合物を接触させ、被験化合物に対する嗅覚受容体の応答を測定する。
OR10H5は、GenBankにNM_001004466として登録されており、配列番号1で示される塩基配列の第1番目から第948番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号2)からなるタンパク質である。
OR10H4は、GenBankにNM_001004465として登録されており、配列番号3で示される塩基配列の第1番目から第951番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号4)からなるタンパク質である。
OR10K1は、GenBankにNM_001004473として登録されており、配列番号5で示される塩基配列の第1番目から第942番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号6)からなるタンパク質である。
OR2J2は、GenBankにNM_030905として登録されており、配列番号7で示される塩基配列の第103番目から第1041番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号8)からなるタンパク質である。
これらの中でも、OR10H5は、CALONE(登録商標)に強く応答し、またCASCALONE(登録商標)およびTransluzone(登録商標)などのCALONE(登録商標)ファミリーへの選択性も高いことから、OR10H5を用いたスクリーニング方法は、マリンノートを呈する香料素材の開発に貢献できるものと期待される。
化合物(b)(7-isopropyl-1,5-benzodioxepan-3-one)は、CASCALONE(登録商標)という名称で知られており、米国特許第3799892号明細書に記載の方法に従って製造することができる。
化合物(c)(7-t-butyl-1,5-benzodioxepan-3-one)は、Transluzone(登録商標)という名称で知られており、米国特許第3799892号明細書に記載の方法に従って製造することができる。
化合物(d)(octahydro-5-methoxy-4,7-methano-1H-indene-2-carboxaldehyde)は、SCENTENAL(登録商標)という名称で知られており、Firmenich社より入手可能である。
化合物(e)(2-(4-methylphenoxy)acetaldehyde)は、Curgixという名称で知られており、Kerry Flavours Frans SAS社より入手可能である。
化合物(f)(alpha-Methyl-1,3-benzodioxole-5-propanal)は、Heliofresh(登録商標)、HELIONAL(登録商標)またはHELIOBOUQUETという名称で知られており、宇部興産株式会社、International Flavor and Fragranceまたは高砂香料工業株式会社よりそれぞれ入手可能である。
ウシロドプシンは、GenBankにNM_001014890として登録されている。ウシロドプシンは、配列番号11で示される塩基配列の第1番目から第1047番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号12)からなるタンパク質である。
また、ウシロドプシンに代えて、配列番号12で示されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ嗅覚受容体の細胞膜発現を促進することができるタンパク質を用いてもよい。
なお、嗅覚受容体の細胞膜発現を促進できるものであれば、ウシロドプシンに限らず、他のタンパク質のアミノ酸残基を用いてもよい。
工程(ii)では、被験化合物の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する。
嗅覚受容体の応答を測定する方法は、嗅覚受容体と被験化合物を接触させないことを除いて、工程(i)で示した方法と同様の方法を用いることができる。例えば、嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上で嗅覚受容体の応答を測定してもよいし、嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で嗅覚受容体の応答を測定してもよい。工程(i)と(ii)における測定結果を適切に比較するために、工程(i)と(ii)における測定条件は、被験化合物の接触の有無を除いて、同じであることが好ましい。
工程(iii)では、工程(i)および(ii)における測定結果を比較して、応答性が変化した被験化合物を、マリンノートを呈する候補化合物として選択する。
本発明では、工程(i)および(ii)における測定結果を比較して応答性に変化が見られた場合、工程(i)で用いた被験化合物を、マリンノートを呈する候補化合物として評価することができる。
本発明の一実施態様によれば、応答性の変化は、工程(i)における測定結果を、工程(ii)における測定結果で割ることで求められるFold Increase値を指標として評価してもよい。例えば、ルシフェラーゼなどの発光物質を用いたレポータージーンアッセイ法により嗅覚受容体の応答を測定する場合、Fold Increase値が好ましくは2以上、より好ましくは4以上、さらに好ましくは10以上の被験化合物を、マリンノートを呈する候補化合物として評価することができる。
選択された化合物は、マリンノートを呈する香料素材の候補化合物として用いることができる。選択された化合物を基に必要に応じて改変等を行い、最適な匂いのする化合物を開発することもできる。さらには、選択された化合物を他の香料素材とブレンドして最適な匂いのする香料素材を開発することも可能である。本発明のスクリーニング方法を用いることにより、マリンノートを呈する新しい香料素材の開発に貢献することができる。
マリンノートを呈する香料CALONEに応答する嗅覚受容体の探索
(1)嗅覚受容体遺伝子クローニング
ヒト嗅覚受容体OR10H5、OR10H4、OR10K1およびOR2J2遺伝子はGenBankに登録されている配列情報を基に、Human Genomic DNA: Female(Promega社)よりPCR法にてクローニングすることで得た。pME18SベクターにウシロドプシンのN末端20アミノ酸残基を組み込み、さらにその下流に、得られたヒト嗅覚受容体遺伝子を組み込むことで、ヒト嗅覚受容体遺伝子発現ベクターを得た。
ヒト嗅覚受容体遺伝子発現ベクター0.05μg、RTP1Sベクター0.01μg、cAMP応答配列プロモーターを含むホタルルシフェラーゼベクターpGL4.29(Promega社)0.01μg、およびチミジンキナーゼプロモーターを含むウミシイタケルシフェラーゼベクターpGL4.74(Promega社)0.005μgをOpti-MEM I(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)10μLに溶解して遺伝子溶液(1穴分)とした。HEK293T細胞を、24時間後にコンフルエントに達する細胞数で96穴プレート(Biocoat、Corning社)に100μLずつ播種し、Lipofectamine 3000の使用法に従ってリポフェクション法によって遺伝子溶液を各穴に添加して、細胞に遺伝子導入を行い、37℃、5%二酸化炭素雰囲気下で24時間培養した。
培養液を除去した後に、検体となる香料化合物を測定する濃度になる様にCD293(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)培地(20μM L-グルタミン添加)で調製したものを50μLずつ添加し、3時間の刺激を行った後に、Dual-Luciferase Reporter Assay System(Promega社)の使用方法に従ってルシフェラーゼ活性を測定した。嗅覚受容体の応答強度は、香料化合物の刺激によって生じたルシフェラーゼ活性を、香料化合物を含まない試験系で生じたルシフェラーゼ活性で割ることで求められるFold Increase値で表現した。
OR10H5、OR10H4、OR10K1およびOR2J2を発現させた細胞で、CALONE(Firmenich社)300μMに対する受容体応答を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって測定した。結果を図1に示す。4種の嗅覚受容体はいずれもCALONEに対して、Fold Increase値2以上の応答を示した。一方で、嗅覚受容体を発現させなかった細胞を用いたMock試験、および米国特許出願公開第2015/0260707号明細書にCALONEへの応答が記載されているOR1B1は、Fold Increase値2以上の応答を示さなかった。なお、OR1B1は、GenBankにNM_001004450として登録されており、配列番号9で示される塩基配列の第1番目から第957番目のDNAによってコードされるアミノ酸配列(配列番号10)からなるタンパク質である。
CALONE類縁化合物に対するOR10H5の応答強度の評価
CALONEに対して特に強い応答を示したOR10H5を用いて、CALONEと類似した構造を持ち、マリンノートを呈するCASCALONEおよびTransluzone(いずれも米国特許第3799892号明細書に記載の方法で合成した)に対する応答強度を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって測定した。結果を図3AおよびBにそれぞれ示す。OR10H5はCASCALONEおよびTransluzoneに対して濃度依存的な応答を示した。一方で、Mock試験では応答が見られなかった。すなわち、OR10H5は特異的にCASCALONEおよびTransluzoneに応答することが示された。
様々な香調の香料化合物に対するOR10H5の応答強度の評価
前出のマリンノート香料化合物CALONE、CASCALONEおよびTransluzoneに加えて、主香調ではないがマリンノートの要素を併せ持つSCENTENAL(Firmenich社)、Curgix(Kerry Flavours Frans SAS社)、Heliofresh(宇部興産株式会社)、さらに比較として様々な香調の表1に記載の非マリンノート香料化合物300μMに対する、OR10H5の応答強度を、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによって測定した。
D-Limonene(ナカライテスク株式会社)
Cis-3-Hexenol(日本ゼオン株式会社)
Melonal(Givaudan社)
L-Menthol(高砂香料工業株式会社)
Linalyl acetate(東京化成工業株式会社)
Floralozone、3-(o-(and p-)Ethylphenyl)-2,2-dimethylpropionaldehyde(International flavors and fragrances社)
Citronellol(Renessenz社)
THESARON(登録商標)、(1R,6S)-Ethyl 2,2,6-trimethylcyclohexanecarboxylate(高砂香料工業株式会社)
Vanillin(東京化成工業株式会社)
HINDINOL(登録商標)、(R,E)-2-Methyl-4-(2,2,3-trimethylcyclopent-3-enyl)but-2-en-1-ol)(高砂香料工業株式会社)
Claims (4)
- マリンノートを呈する香料に対して応答性を示す嗅覚受容体を用いて、被験化合物の中からマリンノートを呈する候補化合物をスクリーニングする方法であって、
(i)OR10H5、OR10H4、OR10K1、OR2J2、および配列番号2、4、6または8で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつマリンノートを呈する香料に対して応答性を示すタンパク質からなる群より選択される嗅覚受容体と被験化合物を接触させ、被験化合物に対する嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(ii)被験化合物の非存在下で、工程(i)で用いた嗅覚受容体の応答を測定する工程と、
(iii)工程(i)および(ii)における測定結果を比較して、応答性が変化した被験化合物を、マリンノートを呈する候補化合物として選択する工程と
を含む、方法であって、
工程(i)における測定結果を、工程(ii)における測定結果で割ることで求められるFold Increase値が2以上であるときに、工程(iii)においてマリンノートを呈する候補化合物として選択する、方法。 - 嗅覚受容体を発現している生体から単離された細胞上または嗅覚受容体を遺伝子操作により人為的に発現させた細胞上で嗅覚受容体の応答を測定する、請求項1または2に記載の方法。
- 嗅覚受容体の応答をレポーターアッセイにより測定する、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
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