JP6393505B2 - 生乾き臭抑制剤の探索方法 - Google Patents

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Description

本発明は、生乾き臭抑制剤の探索方法に関する。
衣類、タオル、寝具等の繊維製品から生じる「生乾き臭」(又は部屋干し臭とも呼ばれる)とは、これら繊維製品を洗濯後に乾燥させたとき、特に、梅雨時における乾燥、又は閉め切った室内での乾燥等、洗濯後の繊維製品をその乾燥が不十分な状態で長時間放置したときに発生しやすい不快なニオイである。近年、共働き家庭の増加や家屋の高気密化等、ライフスタイルの変化から、繊維製品の生乾き臭は発生しやすい環境になってきていると考えられる。
生乾き臭は、中鎖アルデヒド、中鎖アルコール、ケトンなどの「黴様のニオイ」、短鎖脂肪酸、中鎖脂肪酸などの「酸っぱいニオイ」、窒素化合物などの「生臭いニオイ」及び硫黄化合物の臭いから構成される複合臭であり、特に中鎖脂肪酸の寄与度が大きいことが報告されている(非特許文献1)。特許文献1〜2には、生乾き臭に対する寄与度の大きい物質として、5−メチル−4−ヘキセン酸、5−メチル−2−ヘキセン酸及び4−メチル−3−ヘキセン酸が記載されている。さらに特許文献3には、4−メチル−3−ヘキセン酸が、雑巾様の臭いを有し、生乾き臭の主たる原因物質であることが記載されている。
従来の香料物質や消臭物質の開発においては、匂いの評価は専門家による官能試験によって行われてきた。しかし、官能試験には、匂いを評価できる専門家の育成が必要なことや、スループット性が低いなどの問題がある。
ヒト等の哺乳動物においては、匂いは、鼻腔上部の嗅上皮に存在する嗅神経細胞上の嗅覚受容体に匂い分子が結合し、それに対する受容体の応答が中枢神経系へと伝達されることにより認識されている。ヒトの場合、嗅覚受容体は約400個存在することが報告されており、これらをコードする遺伝子はヒトの全遺伝子の約2%にあたる。一般的に、嗅覚受容体と匂い分子は複数対複数の組み合わせで対応付けられている。すなわち、個々の嗅覚受容体は構造の類似した複数の匂い分子を異なる親和性で受容し、一方で、個々の匂い分子は複数の嗅覚受容体によって受容される。さらに、ある嗅覚受容体を活性化する匂い分子が、別の嗅覚受容体の活性化を阻害するアンタゴニストとして働くことも報告されている。これら複数の嗅覚受容体の応答の組み合わせが、個々の匂いの認識をもたらしている。
したがって、同じ匂い分子が存在する場合でも、同時に他の匂い分子が存在すると、当該他の匂い分子によって受容体応答が阻害され、最終的に認識される匂いが全く異なることがある。このような仕組みを嗅覚受容体のアンタゴニズムと呼ぶ。この受容体アンタゴニズムによる匂いの変調は、香水や芳香剤等の別の匂いを付加することによる消臭方法と異なり、特定の悪臭の認識を特異的に失くしてしまうことができ、また芳香剤の匂いによる不快感が生じることもないことから、好ましい消臭手段である。特許文献4〜5には、嗅覚受容体の活性を指標として、嗅覚受容体アンタゴニズムによりヘキサン酸やスカトール等の悪臭を抑制する物質を探索することできることが記載されている。特許文献6にも、嗅覚受容体の活性を指標として汗臭を抑制する物質を探索することが記載されている。特許文献7には、イソ吉草酸やその等価体の存在下で嗅覚受容体をコードするポリペプチドの活性を測定することで、当該ポリペプチドの機能を調節する薬剤を同定する方法が記載されている。特許文献8には、嗅覚受容体をコードするポリペプチドに特異的に結合する化合物を同定することにより、嗅覚の感覚に関連する化合物について化学物質のライブラリーをスクリーニングする方法が記載されている。
特開2009−244094号公報 特開2011−075385号公報 特開2011−177401号公報 特開2012−050411号公報 特開2012−249614号公報 米国特許公開第2013/0336910号 国際公開公報第2006/094704号 特表2004−504010号公報
埴原,園田,「部屋干し臭を抑制する洗剤について」,香料,平成16年9月,No.223,p.109-116
本発明は、嗅覚受容体の応答を指標として生乾き臭抑制剤を効率良く探索する方法を提供する。
本発明者は、生乾き臭の主な原因物質である4−メチル−3−ヘキセン酸に応答する嗅覚受容体を新たに同定することに成功した。また本発明者は、当該嗅覚受容体又はそれと同様の機能を有するポリペプチドの応答を指標とすることにより、嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングによって生乾き臭を抑制する物質の評価及び選択が可能であることを見出した。
したがって本発明は、生乾き臭抑制剤の探索方法であって、以下:
OR51B2、OR51E1、OR51L1、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び4−メチル−3−ヘキセン酸を添加すること;
4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、
測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、
を含む方法を提供する。
本発明によれば、嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングにより生乾き臭を選択的に消臭することができる生乾き臭抑制剤を、効率よく探索することができる。
嗅覚受容体の4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答。横軸は個々の嗅覚受容体、縦軸は応答強度を示す(n=2)。 種々の濃度の4−メチル−3−ヘキセン酸に対する嗅覚受容体の応答。A:OR51B2、B:OR51E1、C:OR51L1。n=3〜4、エラーバー=±SE。
本明細書において、匂いに関する用語「マスキング」とは、目的の匂いを認識させなくするか又は認識を弱めるための手段全般を指す。「マスキング」は、化学的手段、物理的手段、生物的手段、及び感覚的手段を含み得る。例えば、マスキングとしては、目的の匂いの原因となる匂い分子を環境から除去するための任意の手段(例えば、匂い分子の吸着及び化学的分解)、目的の匂いが環境に放出されないようにするための手段(例えば、封じ込め)、香料や芳香剤などの別の匂いを添加して目的の匂いを認識しにくくする方法、などが挙げられる。
本明細書における「嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキング」とは、上述の広義の「マスキング」の一形態であって、目的の匂い分子と他の匂い分子をともに適用することにより、当該他の匂い分子によって目的の匂い分子に対する受容体応答を阻害し、結果的に個体に認識される匂いを変化させる手段である。嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングは、同様に他の匂い分子を用いる手段であっても、芳香剤等の、目的の匂いを別の強い匂いによって打ち消す手段とは区別される。嗅覚受容体アンタゴニズムによるマスキングの一例は、アンタゴニスト(拮抗剤)等の嗅覚受容体の応答を阻害する物質を使用するケースである。特定の匂いをもたらす匂い分子の受容体にその応答を阻害する物質を適用すれば、当該受容体の当該匂い分子に対する応答が抑制されるため、最終的に個体に知覚される匂いを変化させることができる。
本明細書において、「嗅覚受容体ポリペプチド」とは、嗅覚受容体又はそれと同等の機能を有するポリペプチドをいい、嗅覚受容体と同等の機能を有するポリペプチドとは、嗅覚受容体と同様に、細胞膜上に発現することができ、匂い分子の結合によって活性化し、かつ活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで細胞内cAMP量を増加させる機能を有するポリペプチドをいう(Nat.Neurosci.2004,5:263−278)。
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の同一性は、リップマン−パーソン法(Lipman−Pearson法;Science,1985,227:1435−41)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx−Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
図1に示すとおり、本発明者は、多くの嗅覚受容体の中から、OR51B2、OR51E1及びOR51L1を、生乾き臭の主な原因物質である4−メチル−3−ヘキセン酸に対して特異的に応答する嗅覚受容体として同定した。さらに図2に示すとおり、OR51B2、OR51E1、OR51L1はいずれも、4−メチル−3−ヘキセン酸に対して濃度依存的に応答する。したがって、OR51B2、OR51E1若しくはOR51L1、又はこれらと同様の機能を有するポリペプチドの応答を抑制する物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づくマスキングにより、中枢における生乾き臭の認識に変化を生じさせ、結果として、生乾き臭を選択的に抑制することができる。
したがって、本発明は、生乾き臭抑制剤の探索方法を提供する。当該方法は、OR51B2、OR51E1、OR51L1、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び4−メチル−3−ヘキセン酸を添加すること;4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、を含む。同定された試験物質は、生乾き臭抑制剤として選択される。当該本発明の方法は、in vitro又はex vivoで行われる方法であり得る。
本発明の別の実施形態は、4−メチル−3−ヘキセン酸臭抑制剤の探索方法である。当該方法は、OR51B2、OR51E1、OR51L1、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び4−メチル−3−ヘキセン酸を添加すること;4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、を含む。同定された試験物質は、4−メチル−3−ヘキセン酸臭抑制剤として選択される。
上記本発明の方法においては、生乾き臭原因物質である4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有する嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質と4−メチル−3−ヘキセン酸とが添加される。
本発明の方法に使用される試験物質は、生乾き臭抑制剤として使用することを所望する物質であれば、特に制限されない。試験物質は、天然に存在する物質であっても、化学的若しくは生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよく、又は化合物であっても、組成物若しくは混合物であってもよい。
本発明の方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチドは、OR51B2、OR51E1、OR51L1、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種である。
OR51B2、OR51E1、及びOR51L1は、いずれもヒト嗅細胞で発現している嗅覚受容体である。OR51B2は、GenBankにGI:157738622として登録されている。OR51B2は、配列番号1で示されるヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。OR51E1は、GenBankにGI:205277377として登録されている。OR51E1は、配列番号3で示されるヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。OR51L1は、GenBankにGI:52317143として登録されている。OR51L1は、配列番号5で示されるヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
OR51B2とアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドとしては、配列番号2で示されるアミノ酸配列と少なくとも80%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有するポリペプチドが挙げられる。
OR51E1とアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドとしては、配列番号4で示されるアミノ酸配列と少なくとも80%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有するポリペプチドが挙げられる。
OR51L1とアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドとしては、配列番号6で示されるアミノ酸配列と少なくとも80%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有するポリペプチドが挙げられる。
本発明の方法では、上述した嗅覚受容体ポリペプチドから選択される少なくとも1種を使用すればよいが、いずれか2種以上を組み合わせて使用してもよい。好ましくは、OR51B2又はこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、OR51E1又はこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、及びOR51L1又はこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種が使用され、より好ましくは少なくとも2種が使用される。さらに好ましくは、OR51B2又はこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、OR51E1又はこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、及びOR51L1又はこれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドが組み合わせて使用され、なお好ましくは、OR51B2、OR51E1及びOR51L1が組み合わせて使用される。
本発明の方法において、上記嗅覚受容体ポリペプチドは、4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答性を失わない限り、任意の形態で使用され得る。例えば、当該嗅覚受容体ポリペプチドは、生体から単離された嗅覚受容器若しくは嗅細胞等の、当該嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する組織や細胞、又はそれらの培養物;当該嗅覚受容体ポリペプチドを担持した嗅細胞の膜;当該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞又はその培養物;当該嗅覚受容体ポリペプチドを有する当該組換え細胞の膜;当該嗅覚受容体ポリペプチドを有する人工脂質二重膜、などの形態で使用され得る。これらの形態は全て、本発明で使用される嗅覚受容体ポリペプチドの範囲に含まれる。
好ましい態様においては、嗅覚受容体ポリペプチドとしては、嗅細胞等の上記嗅覚受容体ポリペプチドを天然に発現する細胞、又は当該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞、あるいはそれらの培養物が使用される。当該組換え細胞は、当該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。
好適には、嗅覚受容体ポリペプチドの細胞膜発現を促進するために、当該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに、RTP(receptor−transporting protein)をコードする遺伝子を細胞に導入する。好ましくは、RTP1Sをコードする遺伝子を、当該嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子とともに細胞に導入する。RTP1Sの例としては、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sは、GenBankにGI:50234917として登録されており、配列番号7で示されるヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号8で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
本発明の方法によれば、上記嗅覚受容体ポリペプチドへの試験物質及び4−メチル−3−ヘキセン酸の添加に続いて、4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定される。測定は嗅覚受容体の応答を測定する方法として当該分野で知られている任意の方法、例えば、細胞内cAMP量測定等によって行えばよい。例えば、嗅覚受容体は、匂い分子によって活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させることが知られている(Nat.Neurosci.,2004,5:263−278)。したがって、匂い分子添加後の細胞内cAMP量を指標にすることで、上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することができる。cAMP量を測定する方法としては、ELISA法やレポータージーンアッセイ等が挙げられる。上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定する他の方法としては、カルシウムイメージング法が挙げられる。
次いで、測定された上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答に基づいて、4−メチル−3−ヘキセン酸への応答に対して試験物質が及ぼす作用を評価し、当該応答を抑制する試験物質を同定する。試験物質による作用の評価は、試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答を、対照群における4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答と比較することによって行うことができる。対照群としては、異なる濃度の試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加しなかった該嗅覚受容体ポリペプチド、対照物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加する前の該嗅覚受容体ポリペプチドなどを挙げることができる。
例えば、上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答に対して試験物質が及ぼす作用は、より高濃度の試験物質添加群とより低濃度の試験物質添加群との間、試験物質添加群と非添加群との間、試験物質添加群と対照物質添加群との間、又は試験物質添加前後で、4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を比較することによって評価することができる。試験物質添加により、又はより高濃度の試験物質の添加により該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が抑制される場合、当該試験物質を、該嗅覚受容体ポリペプチドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答を抑制する物質として同定することができる。
例えば、上記の手順で測定された試験物質添加群における嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていれば、当該試験物質を、4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することができる。あるいは、上記の手順で測定された試験物質添加群における嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して統計学的に有意に抑制されていれば、当該試験物質を、4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することができる。
上記の手順で同定された試験物質は、生乾き臭の主な原因物質である4−メチル−3−ヘキセン酸に対する嗅覚受容体の応答を抑制することによって、個体による生乾き臭の認識を抑制することができる物質である。したがって、上記手順で同定された試験物質は、生乾き臭抑制剤として選択することができる。本発明の方法によって生乾き臭抑制剤として選択された物質は、4−メチル−3−ヘキセン酸に対する嗅覚受容体の応答抑制に基づく嗅覚マスキングによって、生乾き臭を抑制することができる。
したがって、一実施形態において、本発明の方法によって選択された物質は、生乾き臭抑制剤の有効成分であり得る。あるいは、本発明の方法によって選択された物質は、生乾き臭を抑制するための化合物又は組成物に、生乾き臭を抑制するための有効成分として含有され得る。またあるいは、本発明の方法によって選択された物質は、生乾き臭の抑制剤の製造のため、又は生乾き臭を抑制するための化合物若しくは組成物の製造のために使用することができる。
本発明の例示的実施形態として、さらに以下の組成物、製造方法、用途あるいは方法を本明細書に開示する。ただし、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
<1>生乾き臭抑制剤の探索方法であって、以下:
OR51B2、OR51E1、OR51L1、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び4−メチル−3−ヘキセン酸を添加すること;
4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、
測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、
を含む方法。
<2>4−メチル−3−ヘキセン酸臭抑制剤の探索方法であって、以下:
OR51B2、OR51E1、OR51L1、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び4−メチル−3−ヘキセン酸を添加すること;
4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、
測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、
を含む方法。
<3>上記<1>又は<2>記載の方法であって、好ましくは、上記OR51B2が配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質であり、上記OR51E1が配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質であり、かつ上記OR51L1が配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である、方法。
<4>上記<1>〜<3>のいずれか1に記載の方法であって、
上記OR51B2とアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドが、配列番号2で示されるアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上、なおより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ好ましくは4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有するポリペプチドであり、
上記OR51E1とアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドが、配列番号4で示されるアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上、なおより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ好ましくは4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有するポリペプチドであり、
かつ
上記OR51L1とアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドが、配列番号6で示されるアミノ酸配列と、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上、なおより好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ好ましくは4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有するポリペプチドである、
方法。
<5>上記<1>〜<4>のいずれか1に記載の方法であって、上記OR51B2、OR51E1、OR51L1、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドが、
好ましくは、OR51B2又はそれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、OR51E1又はそれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、及びOR51L1又はそれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種であり、
より好ましくは、OR51B2又はそれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、OR51E1又はそれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、及びOR51L1又はそれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも2種であり、
さらに好ましくは、OR51B2又はそれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、OR51E1又はそれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチド、及びOR51L1又はそれとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドの組み合わせであり、
なお好ましくは、OR51B2、OR51E1及びOR51L1の組み合わせである、
方法。
<6>上記<1>〜<5>のいずれか1に記載の方法であって、
好ましくは、対照群における4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答を測定することをさらに含み、かつ該対照群が、以下:
上記試験物質を添加しなかった上記嗅覚受容体ポリペプチド;
対照物質を添加した上記嗅覚受容体ポリペプチド;又は
上記試験物質添加前の上記嗅覚受容体ポリペプチド
である、方法。
<7>上記<6>記載の方法であって、好ましくは、
上記試験物質を添加した上記嗅覚受容体ポリペプチドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答が、上記対照群における4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答と比べて統計学的に有意に抑制されていた場合に、該試験物質を4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定すること、
をさらに含む、方法。
<8>上記<6>記載の方法であって、好ましくは、
上記試験物質を添加した上記嗅覚受容体ポリペプチドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答が、上記対照群における4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答に対して好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていた場合に、該試験物質を4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定すること、
をさらに含む、方法。
<9>上記<1>、<3>〜<8>のいずれか1に記載の方法であって、好ましくは、上記嗅覚受容体ポリペプチドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答を抑制する試験物質を、生乾き臭抑制剤として選択することをさらに含む、方法。
<10>上記<2>〜<8>のいずれか1に記載の方法であって、好ましくは、上記嗅覚受容体ポリペプチドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答を抑制する試験物質を、4−メチル−3−ヘキセン酸臭抑制剤として選択することをさらに含む、方法。
<11>上記<1>〜<10>のいずれか1に記載の方法であって、
好ましくは、上記OR51B2、OR51E1、OR51L1、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドが、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞上に発現されている、
方法。
<12>上記<11>記載の方法であって、上記組換え細胞が、
好ましくは、上記嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子と、RTP1Sをコードする遺伝子とを導入された細胞であり、
より好ましくは、上記嗅覚受容体ポリペプチドをコードする遺伝子と、配列番号8で示されるアミノ酸配列からなるヒトRTP1Sをコードする遺伝子とを導入された細胞である、
方法。
<13>上記<1>〜<10>のいずれか1に記載の方法であって、
好ましくは、上記OR51B2、OR51E1、OR51L1、及びこれらとアミノ酸配列において少なくとも80%の同一性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドとして、上記<11>又は<12>記載の組換え細胞又はその培養物が使用される、
方法。
<14>上記<1>〜<13>のいずれか1に記載の方法であって、
好ましくは、上記嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定が、ELISA若しくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、又はカルシウムイメージングによる測定である、方法。
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
実施例1 4−メチル−3−ヘキセン酸に応答する嗅覚受容体の同定
1)ヒト嗅覚受容体遺伝子のクローニング
ヒト嗅覚受容体はGenBankに登録されている配列情報を基に、human genomic DNA female(G1521:Promega)を鋳型としたPCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をpENTRベクター(Invitrogen)にマニュアルに従って組み込み、pENTRベクター上に存在するNotI、AscIサイトを利用して、pME18Sベクター上のFlag−Rhoタグ配列の下流に作製したNotI、AscIサイトへと組換えた。
2)pME18S−ヒトRTP1Sベクターの作製
RTP1S(配列番号8)をコードするRTP1S遺伝子(配列番号7)をpME18SベクターのEcoRI、XhoIサイトへ組み込んだ。
3)嗅覚受容体発現細胞の作製
ヒト嗅覚受容体417種をそれぞれ発現させたHEK293細胞を作製した。表1に示す組成の反応液を調製しクリーンベンチ内で15分静置した後、96ウェルプレート(BD)の各ウェルに添加した。次いで、HEK293細胞(3×105細胞/cm2)を100μLずつ各ウェルに播種し、37℃、5%CO2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。
4)ルシフェラーゼアッセイ
HEK293細胞に発現させた嗅覚受容体は、細胞内在性のGαsと共役しアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させる。本研究での匂い応答測定には、細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子(fluc2P−CRE−hygro)由来の発光値としてモニターするルシフェラーゼレポータージーンアッセイを用いた。また、CMVプロモータ下流にウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子を融合させたもの(hRluc−CMV)を同時に遺伝子導入し、遺伝子導入効率や細胞数の誤差を補正する内部標準として用いた。
上記3)で作製した培養物から、培地を取り除き、CD293培地(Invitrogen)で調製した匂い物質(4−メチル−3−ヘキセン酸3mM)を含む溶液を75μL添加した。細胞をCO2インキュベータ内で2.5時間培養し、ルシフェラーゼ遺伝子を細胞内で十分に発現させた。ルシフェラーゼの活性測定には、Dual−GloTMluciferase assay system(Promega)を用い、製品の操作マニュアルに従って測定を行った。匂い物質刺激により誘導されたホタルルシフェラーゼ由来の発光値を、匂い物質刺激を行わない細胞での発光値で割った値をfold increaseとして算出し、応答強度の指標とした。
5)結果
417種類の嗅覚受容体について4−メチル−3−ヘキセン酸3mMに対する応答を測定した結果、OR51B2、OR51E1及びOR51L1が応答を示した(図1)。OR51B2、OR51E1及びOR51L1の4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答は、濃度依存的であった(図2)。OR51B2、OR51E1及びOR51L1は、これまで4−メチル−3−ヘキセン酸に応答することが見出されていない、新規の4−メチル−3−ヘキセン酸受容体である。

Claims (6)

  1. 生乾き臭抑制剤の探索方法であって、以下:
    OR51B2、OR51E1、OR51L1、配列番号2で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有するポリペプチド、配列番号4で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有するポリペプチド、及び、配列番号6で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ4−メチル−3−ヘキセン酸に応答性を有するポリペプチドからなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドに、試験物質及び4−メチル−3−ヘキセン酸を添加すること;
    4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること;及び、
    測定された応答に基づいて該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定すること、
    を含む方法。
  2. 前記OR51B2が配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質であり、前記OR51E1が配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質であり、かつ前記OR51L1が配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である、請求項1記載の方法。
  3. 前記嗅覚受容体ポリペプチドが、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された組換え細胞上に発現されている、請求項1又は2記載の方法。
  4. 前記試験物質を添加しなかった前記嗅覚受容体ポリペプチドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答を測定することをさらに含む、請求項1〜のいずれか1項記載の方法。
  5. 前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答が、該試験物質を添加しなかった該嗅覚受容体ポリペプチドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答に対して60%以下に抑制されていたときに、該試験物質を、4−メチル−3−ヘキセン酸に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することをさらに含む、請求項記載の方法。
  6. 前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定が、ELISA若しくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、又はカルシウムイメージングによる測定である、請求項1〜のいずれか1項記載の方法。
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