以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
(放射測温法の原理と本発明の目的について)
本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法について説明するに先立ち、本発明で着目する放射測温法の原理について簡単に説明し、本発明が目的とするところについて説明する。
放射測温法は、上記のように、物体が温度に応じて発する熱放射光を検出してその物体の温度を知る方法である。理想的な放射体である黒体の分光放射輝度Lは、Planck(プランク)の黒体放射則に従う温度と波長の関数として、下記の式(1)で表わされる。
なお、上記式(1)において、
T:温度[K]
λ:波長[nm]
c1:黒体放射の第1定数、1.19×1020[W・m-2・nm4]
c2:黒体放射の第2定数、1.44×107[nm・K]
である。
ここで、放射体が赤熱鋼材である場合や、短波長の熱放射光を観測する場合等、λTがc2に比べて十分小さければ、上記式(1)式は、以下に示す式(2)ように近似することができる。
実際の物体の分光放射輝度は、上記のような黒体の分光放射輝度より小さく、実際の物体の分光放射輝度Lは、物質固有の分光放射率を用いて以下の式(3)で表される。
ここで、上記式(3)において、ε(λ)は、観測波長λ[nm]における分光放射率であり、その他の文字式については、上記式(1)及び式(2)と同様である。
放射測温法において、観測波長λは検出器によって決まるため、分光放射輝度Lは、温度Tと放射率εの関数となる。従って、一般的な放射測温法(単色放射測温法とも呼ばれる。)は、分光放射率を予め把握した上で、測定対象物からの熱放射光の分光放射輝度を1つの観測波長で測定し、温度を求める方法となる。換言すれば、一般的な単色放射測温法では、測定対象物の分光放射率が不明である場合、正しい温度測定を行うことはできない。また、測定対象物から放射温度計までの光路上に吸収体が存在して観測光が減衰する場合も、吸収体による減衰量を定量的に特定できなければ、測温誤差が生じてしまう。
一方、放射測温法には、単色放射温度計を利用した単色放射測温法以外に、2色温度計を用いた測温方法も存在する。2色放射温度計(以下、単に2色温度計ともいう。)は、2つの異なる観測波長で熱放射光を観測する測定機器である。上記式(3)を参照すると明らかなように、2つの波長λ1,λ2で分光放射率が同一であると、2波長での分光放射輝度Lの比が温度のみの関数になるため、測定対象物の分光放射率を予め知ることなく、温度を測定することができる(2色温度計による放射測温法については、以下で詳述する。)。かかる2色放射温度計は、検出器の視野欠けや光路上の障害物(例えば、浮遊する粉塵やミスト、観測窓の汚れ等)による減光に対しても、これら障害物の影響を受けないという特徴がある。
例えば、鉄鋼製造プロセスの連続鋳造工程や熱延工程では、搬送ラインを移動する赤熱した鋼材の温度を計測することが頻繁に行われる。しかしながら、連続鋳造機からスラブが引き抜かれる場所や、熱延工程の圧延スタンド間では、鋼材上に冷却水が滞留していたり、蒸発した冷却水が湯気として立ち込めていたりすることがある。光路上の湯気による光の散乱については、観察する2つの波長が大きく離隔していなければ、異なる波長であっても熱放射光がほぼ同じ減衰を示すため、2色温度計が適用できる。一方、鋼材の上に滞留水が水膜を形成している場合、放射測温に適した近赤外域帯域において、水の分光吸収率は強い波長依存性を示すため、水が未知の減衰特性の吸収体として機能してしまう。その結果、2つの波長において熱放射光の減衰が同様に生じるという仮定は成立せず、2色放射温度計を適切に使用することができない。水は、波長約800nm以下の可視光帯域では透明であるが、可視光帯域のような短波長帯域では測定対象物が高温にならないと熱放射光が放出されないため、測定対象の温度域が高温に限定されてしまう。
また、上記のような鉄鋼製造プロセスでは、水以外にも、ガラスや、鋼板上に存在する溶液や、鋼板上に存在する油脂・樹脂なども、近赤外帯域において分光吸収率が一様ではなく(すなわち、強い波長依存性を示し)、吸収体として機能してしまう。
放射測温法の測定対象物と放射温度計との光路上に吸収体が存在するという状況は、上記のような鉄鋼製造プロセスのみならず、他の様々な測定環境においても生じうる状況である。
本発明者らは、このような問題を解決し、測定対象物から放射温度計までの光路上に吸収体が存在する状態で熱放射光を検出する場合であっても、測定対象物の温度を精度良く測定することが可能な2色放射温度計を実現するべく鋭意検討を行った結果、以下で詳述するような知見を得ることができた。そこで、本発明者らは、得られた知見を基に更なる検討を行った結果、以下で説明するような本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法に想到したのである。
また、上記のような鉄鋼製造プロセスでは、高温の鋼材に対して水を吹き付けて、高温の鋼材を冷却することが行われるが、鋼材の表面上に存在する水量は、鋼材からの抜熱量を左右する重要な操業因子と考えられる。本発明者らは、以下で説明するような本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法を用いて、測定対象物のより正確な温度を得ることが可能となることで、測定対象物から放射温度計までの光路上に存在する水(すなわち、吸収体)の厚みを、より正確に算出することが可能となる旨に想到した。
(本発明者らが得た知見について)
次に、2色放射温度計の原理について簡単に説明した上で、本発明者らが得ることのできた知見について、図1~図12を参照しながら詳細に説明する。図1~図12は、本発明者らが得た知見について説明するための説明図である。
<2色放射温度計の原理について>
2色放射温度計は、2つの波長λ1、λ2の分光放射輝度L(λ1,T)及びL(λ2,T)の比を利用して、測定対象物の温度Tを特定する測定装置である。上記式(3)を使用して観測される2つの分光放射輝度を表わすと、以下の式(4)及び式(5)のようになる。
ここで、2つの波長λ1,λ2において、分光放射率が互いに等しい(ε(λ1)=ε(λ2)=ε)とすると、上記式(4)を式(5)で除した比として定義される二色比Rは、以下の式(6)のように表される。
ここで、上記式(6)において、Rλ及びΛは、以下の式(6a)及び式(6b)の通りである。
上記式(6)は、二色比Rが、温度Tの関数であることを示している。
いま、2色温度計を用いて、ある測定対象物の温度を計測することを考える。この際、測温に利用する2つの波長λ1,λ2を設定するに際して、互いに近接した2波長(例えば、波長1200nm,1250nm)を選択した場合と、ある程度離隔した2波長(例えば、1200nm,1300nm)を選択した場合に、二色比Rがどのように変化するかに着目する。このような変化の様子は、上記2種類の波長λ1,λ2を上記式(6)~式6(b)に代入することで得ることができる。
得られた変化の様子を、図1に示した。図1において、横軸は温度T[℃]であり、縦軸は、式(6)に基づいて算出された二色比Rである。
図1から明らかなように、二色比Rは温度Tに対して単調に増加する。また、選択した2つの波長が互いに近接しているほど、二色比Rの変化の様子が穏やかであることがわかる。二色比Rの変化の様子(換言すれば、二色比の温度勾配)が穏やかであるということは、温度Tが大きく変化したとしても、二色比Rの変化量は小さいことを意味している。換言すれば、選択した2つの波長が互いに近接している場合には、温度が変化した場合であっても二色比の変化量が小さいために、測温の感度が低下することとなる。
かかる事実から、2色温度計を用いて測温を行う場合には、選択する2つの波長の差に対応する温度が、2色温度計の温度分解能以上となるようにすることが好ましく、測定したい温度幅が、図1に示したような二色比Rと温度との対応関係において有意な傾きが得られるようにすることがより好ましいことがわかる。このような温度分解能に対応する波長差は、用いる2色温度計に応じて変わるものであるが、例えば、選択する2つの波長の差の絶対値|λ1-λ2|を100nm以上とすることが好ましい。
<本発明者らが得た知見について>
以上、本発明の実施形態で着目する2色温度計の原理について、簡単に説明した。
次に、図2に例示したように、測定対象物の一例として、高温な状態にある鋼板(温度T、放射率ε)を取り上げ、かかる鋼板上に、吸収体の一例である水が水膜として存在している場合を例に挙げて、本発明者らが得た更なる知見について詳細に説明する。
吸収体の一例である水は、可視光帯域の長波長端付近(波長800nm付近)までは透明であるが、近赤外帯域に属する800nm以上では、例えば図3に示したように、強い波長依存性を有する半透明体となる。また、ランベルト・ベールの法則からも明らかなように、水膜の厚みが厚くなればなるほど、水によって吸収される近赤外帯域の光量は増加するため、分光透過率は小さな値となる。
放射測温法において水の影響を避けるためには、水の光吸収がほとんど存在しない波長800nm以下の帯域で測温を行う方法が考えられ、実際に、観測波長800nmの「水膜透過型放射温度計(単波長の放射温度計)」が市販されている。しかしながら、熱放射は短波長側になるほど急速に低下する特徴があり、観測波長が800nmの放射温度計では、測定対象物の温度が少なくとも650℃以上である必要がある。
また、前述のように、散乱体である湯気が存在すれば、たとえ水が透明であったとしても、単色放射測温では正確な温度測定を行うことが困難となる。ここで、水が光を吸収する波長800nm以上の帯域で単波長の放射測温を実施した場合に、測定が不正確となる具体例を示す。例えば、波長1300nmでは、水の厚みに応じ、図3に示した分光透過率に従って、光の強度は減衰する。かかる減衰が温度測定値に及ぼす影響を計算すると、図4に示したようになる。図4において、横軸は、水膜の厚み[mm]であり、縦軸は、測温誤差[℃]である。図4から明らかなように、水の厚みがわずか2mm程度あっても、約30℃の測温誤差が生じることになる。従って、水の厚みが未知の実際の計測環境では、単色放射温度計を用いた場合、正確な温度計測を行うことは、極めて困難となる。
続いて、観測波長が800nmの放射温度計では、測定対象物の温度が少なくとも650℃以上である必要がある理由を、黒体放射輝度と波長及び温度との関係を示した説明図である図5を参照しながら説明する。
図5において、横軸は温度であり、縦軸は黒体分光放射輝度である。図5に示したように、黒体分光放射輝度は、温度が増加すると単調に増加する。ここで、一般的な放射温度計に用いられるセンサの検出限界は、黒体分光放射輝度の大きさが1程度の熱放射である。従って、図5における観測波長800nmの曲線に着目すれば、「黒体分光放射輝度=1」で表される直線と、観測波長800nmの曲線との交点は、約650℃となる。
先だって説明したように、2色温度計を使用する場合、2つの波長の間隔を少なくとも100nm以上離すことが好ましい。そのため、水が透明な波長帯域で2色放射温度計を実現するためには、観測波長の短波長側を800nm-100nm=700nm付近にすることが好ましい。かかる場合、図5に示すように、2色温度計の測定下限温度は、約740℃になってしまう。また、図5に示すように、観測波長を例えば1000nmに設定すれば、500℃からの測温が可能になり、観測波長を例えば1200nmに設定すれば、測定下限温度を400℃付近まで広げることが可能となる。
従って、上記のような知見から、測定温度域を広く確保するためには、観測波長をより長波長側に設定すればよいことがわかる。しかしながら、観測波長800nm以上の波長を2種類利用して2色放射温度計を構成した場合、図3からも明らかなように、かかる波長帯域は、水の分光吸収率が顕著な波長依存性を示す帯域となってしまう。かかる波長帯域において観測される2種類の分光放射輝度Lは、吸収体である水の吸収も考慮に入れると、下記式(7)及び式(8)で表される。
ここで、上記式(7)及び式(8)において、τ1は、波長λ1における水の分光透過率であり、τ2は、波長λ2における水の分光透過率である。また、水の分光透過率τは、水の分光吸収係数、水の厚み、及び、水と空気との界面における両者の屈折率から定まる界面反射率の関数となる(詳細は、以下で説明する。)。この際、界面反射を省略すると、水の分光透過率τ1,τ2は、それぞれ、τ1=exp(-α1×t)、τ2=exp(-α2×t)と表すことができる。ここで、α1は、波長λ1における水の分光吸収係数であり、α2は、波長λ2における水の分光吸収係数であり、tは、水膜の厚みである。
上記式(7)及び式(8)において、2つの波長λ1,λ2で、図3に示したような水の分光吸収係数の波長依存性に起因して、吸収による減衰量が互いに異なることとなった場合、式(6)で定義される二色比と温度との関係式において、水の吸収に起因する項であるτ1,τ2がキャンセルアウトしなくなる。
例えば、波長1000nmと波長1100nmに着目した2色温度計では、水が無い場合と、水を透過して熱放射光を観測する場合とでは、図6に示したように二色比が変化することとなる。例えば測定対象物の真の温度が700℃であったとすると、図6から明らかなように、5mm厚の水膜が存在した場合には見かけの温度は約640℃となり、10mm厚の水膜が存在した場合には見かけの温度が約590℃になる。水膜の厚みが不規則に変化する実際の測温では、このように、吸収体である水の存在によって、多大な測温誤差が生じることとなってしまう。
本発明者らは、以上のような知見に基づいて更に検討を重ねた結果、光路上に吸収体が存在する場合であっても、測定対象物の温度を2色温度計により正確に測定するためには、上記式(7)及び式(8)での吸収体による吸収に起因する項であるτ1,τ2が、二色比Rを算出する際にキャンセルアウトするようにすれば良い旨に想到した。吸収体による吸収に起因する項をキャンセルアウトさせるためには、吸収体の分光吸収率が等しい2つの観測波長を選択して、測定対象物の測温を実施すればよい。
図7は、吸収体の一例である水の分光吸収係数の波長依存性を示したグラフ図であり、図7の横軸は波長であり、縦軸は分光吸収係数である。本発明者らが上記知見に基づいて図7を検討した結果、以下で説明するような技術的思想に基づいて、2色温度計の観測波長を選択すればよい旨に想到した。
○観測波長の選択方法について-その1
分光吸収係数が互いに等しい2つの波長を特定するためには、図7に示したような分光吸収係数のスペクトルに着目し、(分光吸収係数=任意の定数)で表される直線(換言すれば、図7に示したようなスペクトルにおいて、横軸に平行な直線)と、分光吸収係数のスペクトルに対応する曲線との交点の個数に着目すればよい。この際に、かかる曲線と直線との交点の個数が2以上となる波長帯域から、分光吸収係数が互いに等しくなる2つの波長を適宜選択すればよい。
例えば図8Aに示した水の場合には、交点の個数が2以上となる波長帯域は、以下の2つである。
(1)波長1070~1080nm近傍のスペクトルの鞍部に接する直線(分光吸収係数≒0.02で表される直線)のもう一方の交点(波長940nm近傍)から、波長970~980nm近傍のピークに接する直線(分光吸収係数≒0.05で表される直線)のもう一方の交点(波長1130近傍)までの波長帯域:第1波長選択領域
(2)波長1260nm近傍のスペクトルの鞍部に接する直線(分光吸収係数≒0.11で表される直線)のもう一方の交点(波長1155nm近傍)から、波長1190nm近傍のピークに接する直線(分光吸収係数≒0.13で表される直線)のもう一方の交点(波長1300nm近傍)までの波長帯域:第2波長選択領域
このような2種類の波長選択領域を目安として、分光吸収係数の等しい2つの波長を選択すればよい。この際、先だって説明したように、2つの波長の差に対応する温度が、2色温度計の温度分解能以上となるように、例えば100nm程度の波長差がある2つの波長を選択することが好ましい。
上記のような技術的思想に基づき、例えば図8Bでは、第1波長選択領域から、波長1000nmと波長1130nmという2つの波長を選択することができる。また、例えば図8Cでは、第2波長選択帯域から、波長1190nmと波長1300nmという2つの波長を選択することができる。なお、かかる波長の組み合わせはあくまでも一例であって、上記の技術的思想に基づいて、2種類の波長選択領域の中から適宜波長を選択すればよい。
このような、特定スペクトル(波長帯域幅が無視できる程度の狭帯域の特定波長)を利用した2色放射温度計は、狭帯域の光学干渉フィルタを利用し、かかる狭帯域の光学干渉フィルタを2色放射温度計に設置することで実現することができる。このような狭帯域の光学干渉フィルタは、半値幅が10nm程度のものであれば市販製品として入手可能であるし、公知の技術を利用して狭帯域の光学干渉フィルタを製造することも可能である。かかる波長選択フィルタについては、以下で改めて説明する。
○観測波長の選択方法について-その2
放射温度計は、一般的に、前述のような特定の単波長と見なせる狭帯域の分光放射輝度を観測することは少ない。何故ならば、観測波長帯域が狭帯域である場合、放射温度計が検出する絶対的な光量が小さくなり、検出感度が低下したり、測定下限温度が高くなったりするためである。一般的な波長選択フィルタ等を利用して、狭帯域ではなく有限の波長帯域幅の熱放射光を測定する場合には、上記のような2つの観測波長は、以下のように選択することができる。
すなわち、観測する波長の帯域幅が上記その1のように無視できない場合、観測帯域の吸収係数の単純な平均値を実効的な分光吸収係数とするのではなく、測定対象の温度に応じた波長依存性を有する分光放射輝度で重み付けして平均化した分光吸収係数を求めて、処理に利用すればよい。すなわち、かかる方法は、吸収体の分光吸収係数を測定対象温度の分光放射輝度で加重平均することで算出される「見かけの分光吸収係数」が互いに等しくなるように、有限の帯域幅を有する観測帯域を選択する方法である。以下、図9A及び図9Bを参照しながら、かかる選択方法を具体的に説明する。
一具体例として、図8Bに示した第1波長選択領域を出発点として、帯域幅40nmの2波長を選択する場合を考える。
まず、第1波長選択領域の短波長側の観測波長は、帯域幅が40nmとなる波長980nm~波長1020nmに固定する。波長980nm~1020nmの範囲において、実効的な分光吸収係数αeffは、厳密には、波長λにおける分光吸収係数α(λ)と、分光放射輝度の波長依存性を考慮した、プランクの黒体放射式から定まる重み係数w(λ)と、を用いて、以下の式(9)のように表される。
ここで、測定対象物の温度が900℃であると仮定して、この分光放射輝度Lの波長依存性を規格化した重み係数w(λ)を算出する。得られた重み係数w(λ)を、図9A中に鎖線で記載した。図9Aに示した例において、かかる重み係数で重み付けした分光吸収係数の平均値は、4.2×10-2[1/mm]となった。これに対して、分光放射輝度Lの波長依存性を考慮することなく、一様な重みで分光吸収係数を平均化(単純平均化)すると、4.3×10-2[1/mm]となった。
次に、第1波長選択領域の長波長側の観測波長は、上記と同様に900℃の分光放射輝度の重みを付けて平均化した分光吸収係数が、短波長側の重み付けされた分光吸収係数と同一の4.2×10-2[1/mm]となるように、1130nm周辺の波長帯域を選択する。この結果、図9Bに例示したように、波長1100nm~1140nmが、かかる条件に合致した。なお、図9Bに示した波長帯域における分光吸収係数の単純平均は、4.1×10-2[1/mm]であった。
このように、測定対象物の分光放射輝度Lの波長依存性を考慮するか否かで、見かけの分光吸収係数(実効吸収係数)の値が、図9A及び図9Bに示した例では0.2×10-2[1/mm]変化する。逆に、もし見かけの分光吸収係数を見積る際に観測帯域の分光吸収係数の単純平均を使用したとすると、実際に高温の測定対象物を測定した場合に、実効的な分光吸収係数に0.2×10-2[1/mm]程度の不一致が生じることとなる。
なお、上記説明では、測定対象物が900℃として分光放射輝度に基づく重み係数を算出したが、例えば図10に示したように、200℃程度の温度幅であれば分光放射輝度が大きく変わることがない。そのため、測定対象物のおおよその温度が過去の操業データ等に基づいて予測できれば、分光放射輝度に基づく重み係数を与えることが可能となる。
ここで、重み係数による分光吸収係数の補正を実施した場合と実施しない場合における実効的吸収係数の差0.2×10-2[1/mm]が2色温度計の精度に及ぼす影響について検討する。例えば、厚み10mmの水膜を通して熱放射光を測定する状況において、2波長における水の分光吸収係数が互いに等しく4.2×10-2[1/mm]である場合と、短波長側の分光吸収係数が4.3×10-2[1/mm]であり、長波長側の分光吸収係数が4.1×10-2[1/mm]である場合のそれぞれの場合について、二色比Rを上記式(6)に基づき算出した。得られた結果を、図11に示した。図11に示した結果では、上記2つの場合の二色比は、温度差にして約20℃に相当するズレが生じていた。従って、観測波長に幅がある場合(観測波長が有限の帯域から形成される場合)には、熱放射光の分光特性に基づく重み付けを利用して平均化した吸収体の分光吸収係数が互いに正確に一致するように、2つの波長帯域を選択することが望ましい。
このように、第2の観測波長の選択方法によれば、有限の帯域幅からなる観測波長を利用して放射測温を行う場合に、2色温度計において波長間で同等の光量減衰が生じるように、分光吸収係数の補正を行う。なお、かかる分光吸収係数の補正を行うことにより、測定誤差をより削減することが可能となるため、第1の観測波長の選択方法に基づき狭帯域の観測波長を選択する場合であっても、第2の観測波長の選択方法で説明した分光吸収係数の補正処理を行うことがより好ましい。この際、上記のように、分光放射輝度の波長依存性を考慮して、分光吸収係数の実効値αeffを定めることが好ましい。
なお、観測波長帯域の実効的な吸収係数を見積る際に、測定対象の熱放射の分光特性に加え、波長選択フィルタの分光透過特性や放射温度計に内蔵されている光検出器の分光感度特性等を重みとして、分光吸収係数に係る分光データを重み付け平均してもよい。この場合には、式(9)に示した関係式の分子の部分に、波長選択フィルタの分光透過特性に関する項や、放射温度計に内蔵されている光検出器の分光感度特性に関する項が増えることとなる。分光透過特性や分光感度特性を更に利用して分光吸収係数を重み付け平均することで、分光吸収係数の分布を考慮した実際により近い形の補正を行うことが可能となり、より精度を向上させることが可能となる。
また、上記第2の観測波長の選択方法では、2つの観測波長の帯域幅を互いに同一にして処理を行う場合について説明したが、2つの観測波長の帯域幅は、相違していてもよい。例えば、近赤外帯域では長波長になるほど分光放射輝度が増加するため、長波長側の観測帯域幅を短波長側より狭くしてもよい。
次に、本発明者らが想到した、測定対象物の温度とあわせて、測定対象物の表面の上方に位置する水膜の厚みの測定方法に関する知見を、図12を参照しながら説明する。
図2に示した状況を、測定対象物の一例としての赤熱している鋼材の上面に冷却水が流れている状況を考えながら更に厳密に考慮すると、かかる状況は、図12に示したようにモデル化することができる。
赤熱している鋼材の温度が高ければ、鋼材の上面に位置する水は膜沸騰の状態となり、鋼材表面と水膜との間に、図12に示したような水蒸気の層が形成されて、水膜が鋼材の表面から浮いた状態となる。かかる際に、放射温度計は、図12に示したように鋼材の鉛直方向上方から、測定対象物である鋼材を見込むものとする。水膜の内部では、水膜の厚みt(光路長でもある。)に応じて鋼材から放射された光が吸収され、放射輝度が減衰していく。また、水膜と水蒸気の層との界面、及び、水膜と大気の層との界面では、それぞれ、反射率ρ1、ρ2の界面反射が生じる。このような水膜による吸収、及び、水膜界面における界面反射が生じた結果の放射光が、放射温度計で計測される。ここで、気体である水蒸気は、液体の水とは全く異なる光学特性を有しており、波長940nm~1650nmの帯域では、水蒸気は、ほぼ透明である。すなわち、図12に示した水蒸気の層での放射光の吸収は無いものとみなすことができる。
上記式(7)における実効的な分光透過率τ1は、水膜の界面における界面反射損失と、水膜内部の波長λ1における分光吸収係数α1により、以下の式(10)のように表される。また、水膜界面における反射率ρ1、ρ2は、各層の屈折率を用いて、それぞれ以下の式(11)及び式(12)のように表される。
ここで、nvは、水蒸気の屈折率(nv=1.00)であり、nwは、水の屈折率(nw=1.33)であり、naは、大気の屈折率(na=1.00)である。なお、本技術では、波長λ1における分光吸収係数α1と、波長λ2における分光吸収係数α2と、が互いに等しくなるように波長λ1、λ2が選択され、また、水膜界面における反射率ρ1、ρ2は、上記式(11)及び式(12)のように、各層の屈折率のみで決まる定数である。従って、式(7)にかえて式(8)を用いた場合であっても、透過率τ2の値は、透過率τ1の値と等しくなる。
上記式(6)に示した二色比に基づき、測定対象物である鋼材の温度Tが求まると、波長λ1における透過率τ1は、上記(4)式を変形して、以下の式(13)のように計算される。ここで、以下の式(13)において、分子は、放射温度計で観測された放射輝度値であり、分母は、温度Tの黒体から放射される放射輝度値に対応する。
次に、上記式(10)を上記式(7)に代入して、水膜の厚みtについて解くと、以下の式(14)を得ることができる。
ここで、上記式(14)において、水の分光吸収係数α1は、予め実施した実験等で得られた値を用いればよい。例えば、波長λ1、λ2の組み合わせが、(1100nm,1130nm)である場合には、水の分光吸収係数α1として、0.0428mm-1を用いればよい。また、波長λ1、λ2の組み合わせが、(1190nm,1300nm)である場合には、水の分光吸収係数α1として、0.129mm-1を用いればよい。
従って、測定対象物である鋼材の温度Tが得られたとき、上記式(13)に基づき透過率τ1を算出し、得られた透過率τ1と、放射温度計で得られた放射輝度の計測値と、例えば図12に示したような各媒質の屈折率と、上記のような水の分光吸収係数αと、を用いることで、上記式(14)から水膜の厚みtを算出することができる。
このように、赤熱している高温の鋼材の表面を膜沸騰した水が覆っている状況であっても、上記知見に示したような2色放射温度計を用いた放射測温法により正確な温度Tを得ることができれば、水膜の厚みを正確に算出することが可能となる。
以上、図1~図12を参照しながら、本発明者らが得た知見について詳細に説明した。本発明者らは、かかる知見に基づいて更なる検討を行った結果、上記知見に基づく放射測温処理を実施する、以下で説明するような温度測定装置及び温度測定方法に想到した。以下で説明する温度測定装置及び温度測定方法では、測定下限温度をより低くするために吸収体の分光吸収係数が波長依存性を有する帯域で測定を行う場合であっても、2色放射温度計を用いた放射測温法により、正確に測定対象物の温度を測定することが可能となる。また、測定対象物の温度がより正確に得られることで、測定対象物の表面を覆う水膜等の吸収体の厚みを、より正確に算出することが可能となる。
(実施形態)
<温度測定装置の構成について>
続いて、図13A及び図13Bを参照しながら、本発明の実施形態に係る温度測定装置10の全体構成について詳細に説明する。図13A及び図13Bは、本実施形態に係る温度測定装置10の全体的な構成の一例を示した説明図である。
本実施形態に係る温度測定装置10は、測定対象物が発する近赤外帯域の熱放射光を、近赤外帯域において分光吸収係数に波長依存性を有する吸収体が光路上の少なくとも一部に存在している状態で検出し、熱放射光の放射輝度の検出結果に基づいて測定対象物の温度を測定する装置である。ここで、近赤外帯域において分光吸収係数に波長依存性を有する吸収体としては、例えば、水、油脂、溶液、ガラス又は樹脂の少なくとも何れかを挙げることができる。また、本実施形態では、近赤外帯域として、特に940nm~1350nmの帯域に着目するものとする。下限を940nmとする理由は、図3に示すように、近赤外帯域に属する800nm以上(特に940nm以上)において、水が強い波長依存性を有する半透明体となるためである。また、上限を1350nmとする理由は、同じく図3に示すように、1350nm以上では、水膜厚み10mm以上で水が不透明となるためである。この温度測定装置10は、例えば図13Aに示したように、測定部101と、演算処理部103と、記憶部105と、を主に備える。
測定部101は、例えば高温の状態にある鋼板など、近赤外帯域(例えば、940nm~1350nmの帯域)に属する熱放射光を発している測定対象物に関して、発せられている熱放射光(観測光)の大きさを測定する。より詳細には、測定部101は、測定対象物の熱放射光を、吸収体の分光吸収係数が互いに同一となる2種類の波長でそれぞれ測定し、これら2種類の波長における熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データを生成する。
この測定部101は、例えば2色放射温度計における各種レンズ/レンズ群や光検出器などのセンサ等から構成される光学系に対応するものである。測定部101のより詳細な構成については、以下で改めて説明する。また、測定部101が測定する2種類の波長は、先だって説明したような2種類の「観測波長の選択方法」に則して、予め設定されている。
測定部101は、測定対象物の熱放射光の大きさを測定して、熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データを生成すると、生成した測定データを後述する演算処理部103に出力する。
演算処理部103は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、通信装置等により実現される。演算処理部103は、測定部101により実施される測定処理の統括的な制御を行う。また、演算処理部103は、測定部101により測定された測定データに基づいて、測定対象物の温度を算出するための演算処理を実施する。より詳細には、演算処理部103は、測定部101により生成された2種類の波長に対応する測定データと、先だって説明したようなプランクの黒体放射式から導出される、分光放射輝度と温度との間の関係式とに基づいて、測定対象物の温度を算出する。演算処理部103により算出された測定対象物の温度に関する情報は、表示画面等を介して画像として出力されたり、プリンタ等を介して印刷物として出力されたり、データそのものとして出力されたりする。
なお、かかる演算処理部103の詳細な構成については、以下で改めて詳述する。
記憶部105は、例えば本実施形態に係る温度測定装置10が備えるRAMやストレージ装置等により実現される。記憶部105には、着目する吸収体の分光吸収係数や、過去の操業データ等を解析することにより得られる測定対象物の分光放射輝度や、分光吸収係数の補正に利用する重み係数などといった各種のパラメータやデータ等が格納される。また、これらのデータ以外にも、記憶部105には、本実施形態に係る温度測定装置10が、何らかの処理を行う際に保存する必要が生じた様々なパラメータや処理の途中経過等、または、各種のデータベースやプログラム等が、適宜記録される。この記憶部105は、測定部101及び演算処理部103等が、自由にデータのリード/ライト処理を行うことが可能である。
これら測定部101、演算処理部103及び記憶部105は、図13Aに模式的に示したように、例えば2色放射温度計の一機能として一つの測定機器の内部に実現されていてもよい。また、上記測定部101、演算処理部103及び記憶部105は、例えば図13Bに示したように、複数の機器に分散して実装されていてもよい。図13Bに示した例では、例えば2色放射温度計として機能する測定ユニットの内部に、測定部101及び記憶部105の機能が実現されており、パーソナルコンピュータ、各種サーバ、各種プロセスコンピュータなどといった演算処理装置の内部に、演算処理部103及び記憶部105の機能が実現されている場合を図示している。なお、図13Bにおいて、記憶部105は測定ユニット及び演算処理装置のそれぞれに記憶部105a,105bとして実現されているが、記憶部105は、測定ユニットの内部のみに実現されていてもよいし、演算処理装置の内部にのみ実現されていてもよい。
<測定部101の構成例について>
続いて、図14及び図15を参照しながら、本実施形態に係る測定部101の構成例を簡単に説明する。図14は、本実施形態に係る測定部101の構成例を模式的に示した説明図である。図15は、本実施形態に係る測定部101に設けられる光学フィルタについて説明するための説明図である。
先だって説明したように、本実施形態に係る測定部101は、2色放射温度計における光学系に対応するものである。かかる測定部101は、図14に例示したように、受光部に設けられた受光レンズ111と、ビームスプリッタ113と、光学フィルタ115a,115bと、集光レンズ117a,117bと、センサ119a,119bと、を有している。
表面の少なくとも一部に様々な厚みの吸収体(図14では、水)が存在している測定対象物からの熱放射光は、測定部101の筐体の受光部に設けられた受光レンズ111によって、略平行な光束となり、分岐光学素子の一例であるビームスプリッタ113まで導光される。ビームスプリッタ113まで到達した光束は、ビームスプリッタ113により2つの光路へと分岐される。
分岐後の一方の光路上には、図14に示したように、第1光学フィルタの一例である光学フィルタ115aが設けられており、分岐後のもう一方の光路上には、第2光学フィルタの一例である光学フィルタ115bが設けられている。
光学フィルタ115a,115bは、波長選択フィルタとして機能し、熱放射光の波長を選択して、特定の波長を有する熱放射光を後段のセンサ119a、119bへと透過させるフィルタである。かかる光学フィルタ115a,115bについては、予め設定された2つの波長(観測波長)の光を透過させることが可能なものであれば、公知のものを使用可能である。また、上記「観測波長の選択方法」に関する知見で説明したように、かかる光学フィルタ115a,115bは、狭帯域の波長選択フィルタであってもよいし、一般的な帯域の(有限の帯域幅を有する)波長選択フィルタであってもよい。
光学フィルタ115aを透過した、2つの観測波長のうち一方の波長の熱放射光は、集光レンズ117aによって、第1検出素子の一例であるセンサ119aへと集光される。また、光学フィルタ115bを透過した、2つの観測波長のうちもう一方の波長の熱放射光は、集光レンズ117bによって、第2検出素子の一例であるセンサ119bへと集光される。
センサ119a,119bは、集光レンズ117a,117bにより導光された測定対象物からの熱放射光の分光放射輝度をそれぞれ検出し、得られた輝度信号のデータを生成する。その後、センサ119a,119bのそれぞれは、得られた輝度信号を演算処理部103に出力する。かかる輝度信号が、熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データに対応する。
ここで、センサ119a,119bについては特に限定されるものではなく、熱放射光の検出を行う上記のような2種類の波長に適したものであれば、公知のものを使用可能である。このようなセンサ(光検出器)の例としては、例えば、Siを用いた検出素子や、InGaAsを用いた検出素子などを挙げることができる。
なお、図14において、受光レンズ111及び集光レンズ117a,117bは、1つのレンズを用いて模式的に図示されているが、これら受光レンズ111及び集光レンズ117a,117bは、複数のレンズから構成されるレンズ群であってもよい。また、これら受光レンズ111及び集光レンズ117a,117bに用いられるレンズは特に限定されるものではなく、球面レンズや非球面レンズなどといった公知の光学素子を適宜利用することが可能である。
ここで、2つの観測波長の組み合わせ(すなわち、光学フィルタ115a、115bそれぞれの透過波長)の一方として、例えば図8Aに示した第2波長選択領域から、1190nmが選択されたものとする。この場合に、もう一方の波長としては、1300nm付近から選択されることとなる。ここで、図8Aから明らかなように、かかる波長帯域においては、波長が長くなるにつれて水の分光吸収係数が上昇する。
1300nm付近から選択する波長における分光吸収係数は、波長1190nmにおける分光吸収係数と一致することが求められる。一致しない場合には、先だって説明したような原理が成立しなくなり、一致度合いが低くなるに従い測温誤差が生じてしまう。
以下では、測温誤差が生じる様子を、次のような試験によって確認した。
すなわち、透過帯域の半値幅が約10nmであり、かつ、透過帯域の中心波長が1300.0nm、1301.8nm、1303.2nm、1304.2nm、1304.7である5種類の波長選択フィルタを用意して、900℃の状態にある測定対象物上において、吸収体である水が存在する場合と存在しない場合の温度指示値の差を調査した。得られた結果を、図15に示した。
図15から明らかなように、中心波長が1303.2nmの波長選択フィルタであれば、水の有無にかかわらず温度測定値に変化がないことがわかる。これは、波長1190nmと波長1303.2nmとで水の分光吸収係数(放射光が水を透過する際の分光透過率)が正確に一致しているためである。すなわち、かかる中心波長を選択することで、水の影響をまったく受けることなく、温度を測定することが可能となる。
一方、波長選択フィルタの透過帯域の中心波長が1303.2nmから長波長側に1nmずれると、水の分光透過率の不一致により、水膜の厚みが2.5mmの場合で約10℃の測温誤差が生じ、水膜の厚みが5mmの場合で約20℃の測温誤差が生じることがわかる。かかる結果から明らかなように、光学フィルタ115a,115bとして用いる波長選択フィルタの透過波長帯域(中心波長)は、見込まれる水膜の厚みや、測温誤差に求める精度等に応じて選択されることが好ましい。例えば、例えば、最大で5mm程度の厚みの水膜が見込まれるのであれば、波長選択フィルタの透過波長は、約±0.5nmの精度で選択されることが好ましい。また、測温誤差を±10℃の範囲内としたいのであれば、波長選択フィルタの透過波長帯域の幅は、1.0nm程度とすることが好ましい。
以上、図14及び図15を参照しながら、本実施形態に係る測定部101の構成例を簡単に説明した。
<演算処理部103の構成例について>
次に、図16を参照しながら、本実施形態に係る演算処理部103の構成例について説明する。図16は、本実施形態に係る演算処理部103の構成例を示したブロック図である。
本実施形態に係る演算処理部103は、図13に例示したように、測定制御部121と、データ取得部123と、温度算出部125と、厚み算出部127と、結果出力部129と、表示制御部131と、を主に備える。
測定制御部121は、例えば、CPU、ROM、RAM、入力装置、出力装置、通信装置等により実現される。測定制御部121は、本実施形態に係る温度測定装置10の機能を統括的に制御する処理部である。また、測定制御部121は、先だって説明したような2種類の波長における測定対象物からの熱放射光を測定するように、測定部101の動作を制御する。更に、測定制御部121は、必要に応じて、温度算出部125及び厚み算出部127に対して、熱放射光の測定条件などといった各種設定値を出力することも可能である。
データ取得部123は、例えば、CPU、ROM、RAM、通信装置等により実現される。データ取得部123は、測定部101によって生成された2種類の波長における輝度信号を取得し、後述する温度算出部125へと出力する。また、データ取得部123は、取得した2種類の波長における輝度信号に、当該輝度信号を取得した日時等に関する時刻情報を関連づけて、履歴情報として記憶部105に格納してもよい。
温度算出部125は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。温度算出部125は、データ取得部123から出力された2種類の波長における輝度信号を利用して、一方の輝度信号を他方の輝度信号で除した二色比(換言すれば、分光放射輝度の比)を算出する。また、温度算出部125は、算出した二色比と、二色比と温度との間の関係式と、を利用して、測定対象物の温度を算出する。
上記式(6)からも明らかなように、二色比Rは、2つの波長における輝度信号の一方を、他方の輝度信号で除することで算出できる。一方、本実施形態では、上記式(7)及び式(8)に示したように、吸収体による熱放射光の吸収を考慮しているため、二色比Rは、上記式(7)及び式(8)を利用して式(6)と同様に式の導出を行うと、下記の式(15)により表される。
先だって説明した知見からも明らかなように、本実施形態に係る測定部101では、吸収体の分光吸収係数が互いに同一となる波長において、分光放射輝度が測定されている。そのため、上記式(15)の中辺第1項に示した吸収体による吸収に関する項は、分子・分母で互いに打ち消しあって、値が1となる。従って、上記式(15)の右辺におけるRλ及びΛは、上記式(6a)及び式(6b)と同一となる。
ここで、式(6a)及び式(6b)に示したRλ及びΛは、測定部101から取得可能な測定条件から決まる定数となる。従って、温度算出部125は、算出した二色比Rと、上記式(15)における(最左辺=最右辺)という関係式と、を利用して、測定対象物の温度Tを算出することが可能となる。
なお、温度算出部125が二色比Rを算出する際に、2種類の波長λ1、λ2のどちらの輝度信号を分母とし、どちらの輝度信号を分子として演算を行うかについては、特に限定するものではなく、演算処理中において基準とする輝度信号を変更しないようにしておけばよい。
また、温度算出部125は、上記式(15)で表される二色比Rを介することなく、上記式(7)及び式(8)を利用して、温度を直接算出してもよい。すなわち、2種類の波長λ1、λ2における放射率εが既知であれば、上記式(7)及び式(8)における未知数は、温度Tと、水膜の厚みtの2つとなる。従って、温度算出部125は、上記式(7)及び式(8)を連立させて連立方程式の解を求めることで、温度Tを算出することができる。更に、2種類の波長λ1、λ2における放射率εが未知であったとしても、波長λ1での放射率εと波長λ2での放射率εが互いに等しければ、同様に、上記式(7)及び式(8)を連立させて、温度Tを直接算出することが可能である。ここで、連立方程式の解法は特に限定されるものではなく、例えば、解析的に解ける場合には解析的に解いてもよいし、数値演算により求解してもよいし、最適値問題として求解してもよい。
温度算出部125は、上記のようにして算出した測定対象物の温度Tに関する情報を、後述する厚み算出部127及び結果出力部129に出力する。
厚み算出部127は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。厚み算出部127は、得られた測定対象物の温度から算出した、2種類の波長の何れかにおける黒体放射輝度と、測定された熱放射光の放射輝度と、吸収体の2種類の波長における分光吸収係数と、吸収体の測定対象物側の界面における熱放射光の反射率と、吸収体の測定部101側の界面における熱放射光の反射率と、を用いて、吸収体の厚みを更に算出する。
より詳細には、厚み算出部127は、データ取得部123から出力された2種類の波長における輝度信号(分光放射輝度)の測定値と、温度算出部125が算出した測定対象物の温度Tとを用いて、上記式(13)に基づき、透過率τを算出する。また、厚み算出部127は、得られた透過率τと、吸収体の界面における熱放射光の反射率ρ1、ρ2と、吸収体の分光吸収係数αと、を用いて、上記式(14)に基づき、吸収体の厚みtを算出する。
厚み算出部127は、上記のようにして算出した吸収体の厚みtに関する情報を、後述する結果出力部129に出力する。
結果出力部129は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。結果出力部129は、温度算出部125から出力された測定対象物の温度Tに関する情報や、厚み算出部127から出力された吸収体の厚みtに関する情報を、温度測定装置10のユーザに出力する。具体的には、結果出力部129は、温度の測定結果及び厚みの算出結果に対応するデータを、当該データが生成された日時等に関する時刻データと関連づけて、各種サーバや制御装置に出力したり、プリンタ等の出力装置を利用して、紙媒体として出力したりする。また、結果出力部129は、判定結果に対応するデータを、外部に設けられたコンピュータ等の各種の情報処理装置に出力してもよいし、各種の記録媒体に出力してもよい。
また、結果出力部129は、温度の測定結果及び厚みの算出結果に対応するデータを、温度測定装置10に設けられたディスプレイ等の出力装置や、外部に設けられた各種機器の有するディスプレイ等に出力する際には、後述する表示制御部131と連携して判定結果を出力する。
表示制御部131は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。表示制御部131は、温度の測定結果及び厚みの算出結果に対応するデータをディスプレイ等の各種表示装置に表示させる際の表示制御を行う。これにより、温度測定装置10のユーザは、測定対象物の温度に関する測定結果、及び、吸収体の厚みに関する算出結果を、その場で把握することが可能となる。
以上、本実施形態に係る演算処理部103の機能の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材や回路を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。また、各構成要素の機能を、CPU等が全て行ってもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用する構成を変更することが可能である。
なお、上述のような本実施形態に係る演算処理部の各機能を実現するためのコンピュータプログラムを作製し、パーソナルコンピュータ等に実装することが可能である。また、このようなコンピュータプログラムが格納された、コンピュータで読み取り可能な記録媒体も提供することができる。記録媒体は、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなどである。また、上記のコンピュータプログラムは、記録媒体を用いずに、例えばネットワークを介して配信してもよい。
以上、図13A~図16を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10の構成について、詳細に説明した。
<温度測定方法の流れについて>
続いて、図17を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10で実施される温度測定方法の流れの一例について、簡単に説明する。図17は、本実施形態に係る温度測定方法の流れの一例を示した流れ図である。
図17に例示したように、本実施形態に係る温度測定方法では、まず、温度測定装置10の測定部101が、演算処理部103の測定制御部121による制御のもとで、吸収体の分光吸収係数が等しい2つの波長で測定対象物からの熱放射光を測定する(ステップS101)。これにより、測定部101は、検出した熱放射光の強さ(すなわち、分光放射輝度)に関する輝度信号を2種類生成して、演算処理部103に出力する。
次に、演算処理部103のデータ取得部123は、測定部101から出力された2種類の波長での分光放射輝度の輝度信号を取得し、温度算出部125及び厚み算出部127に出力する。
温度算出部125は、取得した2波長での輝度信号を利用し、一方の輝度信号を他方の輝度信号で除することにより、二色比Rを算出する(ステップS103)。また、温度算出部125は、上記式(9)に示したような二色比Rと温度Tとの関係を示した関係式と、算出した二色比Rとに基づいて、測定対象物の温度Tを算出する(ステップS105)。その後、温度算出部125は、算出した測定対象物の温度Tに関する情報を、厚み算出部127及び結果出力部129に出力する。
また、厚み算出部127は、取得した2波長での輝度信号と、温度算出部125が算出した測定対象物の温度Tと、を用いて、上記式(13)及び式(14)に基づき、測定対象物の上面に位置する吸収体の厚みtを算出する(ステップS107)。その後、厚み算出部127は、算出した吸収体の厚みtに関する情報を、結果出力部129に出力する。
結果出力部129は、温度算出部125により算出された測定対象物の温度と、厚み算出部127により算出された吸収体の厚みと、を出力する(ステップS109)。これにより、温度測定装置10のユーザは、測定対象物の温度T及び吸収体の厚みtに関する情報を把握することが可能となる。
以上、図17を参照しながら、本実施形態に係る温度測定方法の流れについて、簡単に説明した。
(ハードウェア構成について)
次に、図18を参照しながら、本発明の実施形態に係る温度測定装置10のハードウェア構成について、詳細に説明する。図18は、本発明の実施形態に係る温度測定装置10のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
温度測定装置10は、主に、CPU901と、ROM903と、RAM905と、を備える。また、温度測定装置10は、更に、ホストバス907、ブリッジ909、外部バス911、インターフェース913、測定部101、入力装置915、出力装置917、ストレージ装置919、ドライブ921、接続ポート923及び通信装置925を備える。
CPU901は、中心的な処理装置及び制御装置として機能し、ROM903、RAM905、ストレージ装置919、又は、リムーバブル記録媒体927に記録された各種プログラムに従って、温度測定装置10内の動作全般又はその一部を制御する。ROM903は、CPU901が使用するプログラムや演算パラメータ等を記憶する。RAM905は、CPU901が使用するプログラムや、プログラムの実行において適宜変化するパラメータ等を一次記憶する。これらはCPUバス等の内部バスにより構成されるホストバス907により相互に接続されている。
ホストバス907は、ブリッジ909を介して、PCI(Peripheral Component Interconnect/Interface)バスなどの外部バス911に接続されている。
測定部101は、上記のように、測定対象物からの熱放射光を検出して、分光放射輝度の大きさを測定する。
入力装置915は、例えば、マウス、キーボード、タッチパネル、ボタン、スイッチ及びレバーなどユーザが操作する操作手段である。また、入力装置915は、例えば、赤外線やその他の電波を利用したリモートコントロール手段(いわゆる、リモコン)であってもよいし、温度測定装置10の操作に対応した携帯電話やPDA等の外部接続機器929であってもよい。さらに、入力装置915は、例えば、上記の操作手段を用いてユーザにより入力された情報に基づいて入力信号を生成し、CPU901に出力する入力制御回路などから構成されている。温度測定装置10のユーザは、この入力装置915を操作することにより、温度測定装置10に対して各種のデータを入力したり処理動作を指示したりすることができる。
出力装置917は、取得した情報をユーザに対して視覚的又は聴覚的に通知することが可能な装置で構成される。このような装置として、CRTディスプレイ装置、液晶ディスプレイ装置、プラズマディスプレイ装置、ELディスプレイ装置及びランプなどの表示装置や、スピーカ及びヘッドホンなどの音声出力装置や、プリンタ装置、携帯電話、ファクシミリなどがある。出力装置917は、例えば、温度測定装置10が行った各種処理により得られた結果を出力する。具体的には、表示装置は、温度測定装置10が行った各種処理により得られた結果を、テキスト又はイメージで表示する。他方、音声出力装置は、再生された音声データや音響データ等からなるオーディオ信号をアナログ信号に変換して出力する。
ストレージ装置919は、温度測定装置10の記憶部の一例として構成されたデータ格納用の装置である。ストレージ装置919は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)等の磁気記憶デバイス、半導体記憶デバイス、光記憶デバイス、又は、光磁気記憶デバイス等により構成される。このストレージ装置919は、CPU901が実行するプログラムや各種データ、及び、外部から取得した各種データなどを格納する。
ドライブ921は、記録媒体用リーダライタであり、温度測定装置10に内蔵、あるいは外付けされる。ドライブ921は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は、半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体927に記録されている情報を読み出して、RAM905に出力する。また、ドライブ921は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は、半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体927に記録を書き込むことも可能である。リムーバブル記録媒体927は、例えば、DVDメディア、HD-DVDメディア、Blu-ray(登録商標)メディア等である。また、リムーバブル記録媒体927は、コンパクトフラッシュ(登録商標)(CompactFlash:CF)、フラッシュメモリ、又は、SDメモリカード(Secure Digital memory card)等であってもよい。また、リムーバブル記録媒体927は、例えば、非接触型ICチップを搭載したICカード(Integrated Circuit card)又は電子機器等であってもよい。
接続ポート923は、機器を温度測定装置10に直接接続するためのポートである。接続ポート923の一例として、USB(Universal Serial Bus)ポート、IEEE1394ポート、SCSI(Small Computer System Interface)ポート等がある。接続ポート923の別の例として、RS-232Cポート、光オーディオ端子、HDMI(High-Definition Multimedia Interface)ポート等がある。この接続ポート923に外部接続機器929を接続することで、温度測定装置10は、外部接続機器929から直接各種データを取得したり、外部接続機器929に各種データを提供したりする。
通信装置925は、例えば、通信網931に接続するための通信デバイス等で構成された通信インターフェースである。通信装置925は、例えば、有線又は無線LAN(Local Area Network)、Bluetooth(登録商標)、又は、WUSB(Wireless USB)用の通信カード等である。また、通信装置925は、光通信用のルータ、ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)用のルータ、又は、各種通信用のモデム等であってもよい。この通信装置925は、例えば、インターネットや他の通信機器との間で、例えばTCP/IP等の所定のプロトコルに則して信号等を送受信することができる。また、通信装置925に接続される通信網931は、有線又は無線によって接続されたネットワーク等により構成され、例えば、インターネット、家庭内LAN、赤外線通信、ラジオ波通信又は衛星通信等であってもよい。
以上、本発明の実施形態に係る温度測定装置10の機能を実現可能なハードウェア構成の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用するハードウェア構成を変更することが可能である。
(まとめ)
以上説明したように、本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法によれば、測定対象物との間の光路上に測定対象物からの熱放射光を吸収し、分光吸収係数に波長依存性を有する吸収体が存在する場合であっても、測定を行う波長として、吸収体の分光吸収係数が互いに等しい2つの波長を選択している。そのため、吸収体による光吸収が存在する近赤外帯域において、光路上の吸収体の影響を除去しつつ測温を行うことが可能となり、測定対象物の温度をより正確に測定することが可能となる。
また、本発明の実施形態では、上記「観測波長の選択方法-その2」において説明したように、観測波長が所定の帯域幅を有する場合においても、測定対象物を測定する際に、2つの観測波長帯域における吸収体の実効的な分光吸収係数を同一にすることが可能となる。これにより、光路上に存在する吸収体の厚みが変化する状況においても、より正確に測定対象物の温度を測定することが可能となる。
更に、本発明の実施形態では、より正確に測定された測定対象物の温度を用いて、測定対象物から放射温度計までの光路上に存在する吸収体の厚みを、より正確に算出することが可能となる。このため、例えば高温の鋼材に水を吹き付けて冷却する工程などでは、抜熱量を左右する鋼板上の水量を、正確にモニタリングすることができる。その結果、温度と水膜厚みが同時に分かれば、鋼材の水冷をより高精度に制御することが可能となる。
続いて、実施例を示しながら、本発明に係る温度測定装置及び温度測定方法について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明に係る温度測定装置及び温度測定方法のあくまでも一例にすぎず、本発明に係る温度測定装置及び温度測定方法が下記の例に限定されるものではない。
本実施例では、製鉄所の連続鋳造プロセスにおいて、搬送ラインを移動する赤熱鋼材を測定対象物として、図14に示したような測定部101を有する温度測定装置を用いて、測定試験を実施した。本実施例では、着目する2つの波長として、1100nm,1130nmを選択した。
得られた赤熱鋼材の温度T、分光透過率τ1、及び、水膜の厚みtの測定結果を、図19にあわせて示した。なお、着目した搬送ラインでは、測定開始から9分付近までは、意図的に水を流さなかった。
図19を参照すると、水を流していない経過時間9分付近までは、分光透過率はほぼ1となっており、水膜の厚みは0mmとなっていることがわかる。その後、鋼材上に徐々に流水を発生させると、鋼材温度は、水の吸収の影響を受けることなく測定できた。一方で、分光透過率は、水の吸収により低下しており、かかるデータから、妥当な水膜の厚みの測定値を得ることができた。
以上の試験から、本発明に係る温度測定装置及び温度測定方法の有効性を確認することができた。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。