以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る密封装置1の概略構成を示すための軸線xに沿う断面における断面図であり、図2は、本発明の実施の形態に係る密封装置1の軸線xに沿う断面の一部を拡大して示す部分拡大断面図である。本実施の形態に係る密封装置1は、軸とこの軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置であり、車両や汎用機械において、軸とハウジング等に形成されたこの軸が挿入される孔(軸孔)との間を密封するために用いられる。例えば、エンジンのクランクシャフトとフロントカバーやシリンダブロック及びクランクケースに形成されている軸孔であるクランク孔との間の環状の空間を密封するために用いられる。なお、本発明の実施の形態に係る密封装置1が適用される対象は、上記に限られない。
以下、説明の便宜上、軸線x方向において矢印a(図1参照)方向(軸線方向において一方の側)を内側とし、軸線x方向において矢印b(図1参照)方向(軸線方向において他方の側)を外側とする。より具体的には、内側とは、密封対象空間の側(密封対象物側)であり潤滑油等の密封対象物が存在する空間の側であり、外側とは内側とは反対の側である。また、軸線xに垂直な方向(以下、「径方向」ともいう。)において、軸線xから離れる方向(図1の矢印c方向)を外周側とし、軸線xに近づく方向(図1の矢印d方向)を内周側とする。
図1に示すように、密封装置1は、後述する取付対象としての孔に嵌着される密封装置本体2と、後述する取付対象としての軸に取り付けられるスリンガ3とを備えている。密封装置本体2は、軸線x周りに環状の補強環10と、補強環10に取り付けられている弾性体から形成されている軸線x周りに環状の弾性体部20とを備えている。スリンガ3は、外周側(矢印c方向)に向かって延びる軸線x周りに環状の部分であるフランジ部31を有している。弾性体部20は、軸線x方向において一方の側(内側、矢印a方向)に向かって延びる、フランジ部31に軸線方向xにおいて他方の側(外側、矢印b方向側)から接触する軸線x周りに環状のリップである端面リップ21を有している。
スリンガ3のフランジ部31の他方の側(外側)には、少なくとも1つの溝33が形成されており、端面リップ21の内周側の面(以下、これを「内周面」ともいう。)22には、複数の突起23が周方向に並んで形成されている。突起23は、後述するように、他方の側(外側)から一方の側(内側)に向かって後述する軸(スリンガ3)の回転方向に沿って延びており、端面リップ21において端面リップ21がスリンガ3に接触する部分であるスリンガ接触部24よりも内周側に形成されている。
以下、密封装置1の密封装置本体2及びスリンガ3の各構成について具体的に説明する。
密封装置本体2において補強環10は、図1、2に示すように、軸線xを中心又は略中心とする環状の金属製の部材であり、後述するハウジングの軸孔に密封装置本体2が圧入されて嵌合されて嵌着されるように形成されている。補強環10は、例えば、外周側に位置する筒状の部分である筒部11と、筒部11の外側の端部から内周側に延びる中空円盤状の部分である円盤部12と、円盤部12の内周側の端部から内側且つ内周側へ延びる円錐筒状の環状の部分である錐環部13と、錐環部13の内側又は内周側の端部から内周側へ径方向に延びて補強環10の内周側の端部に至る中空円盤状の部分である円盤部14とを有している。補強環10の筒部11は、より具体的には、外周側に位置する円筒状又は略円筒状の部分である外周側円筒部11aと、外周側円筒部11aよりも外側及び内周側において延びる円筒状又は略筒状の部分である内周側円筒部11bと、外周側円筒部11aと内周側円筒部11bとを接続する部分である接続部11cと有している。筒部11の外周側円筒部11aは、密封装置本体2が後述するハウジングの軸孔に嵌着された際に、密封装置本体2の軸線xと軸孔51の軸線との一致が図られるように、軸孔51に嵌め込まれる。補強環10には、略外周側及び外側から弾性体部20が取り付けられており、弾性体部20を補強している。
弾性体部20は、図1、2に示すように、補強環10の円盤部14の内周側の端の部分に取り付けられている部分である基体部25と、補強環10の筒部11に外周側から取り付けられている部分であるガスケット部26と、基体部25とガスケット部26との間において外側から補強環10に取り付けられている部分である後方カバー部27とを有している。ガスケット部26は、より具体的には、図2に示すように、補強環10の筒部11の内周側円筒部11bに取り付けられている。また、ガスケット部26の外径は、後述する軸孔51の内周面51a(図6参照)の径よりも大きくなっている。このため、密封装置本体2が後述する軸孔51に嵌着された場合、ガスケット部26は、補強環10の内周側円筒部11bと軸孔51との間で径方向に圧縮され、軸孔51と補強環10の内周側円筒部11bとの間を密封する。これにより、密封装置本体2と軸孔51との間が密封される。ガスケット部26は、軸線x方向全体に亘って外径が軸孔51の内周面51aの径よりも大きくなっていなくてもよく、一部において外径が軸孔51の内周面51aの径よりも大きくなっていてもよい。例えば、ガスケット部26の外周側の面に、先端の径が軸孔51の内周面51aの径よりも大きい環状の凸部が形成されていてもよい。
また、弾性体部20において、端面リップ21は、軸線xを中心又は略中心として円環状に基体部25から内側(矢印a方向)に向かって延びており、密封装置1が取付対象において所望の位置に取り付けられた後述する密封装置1の使用状態において、リップ先端部のうちスリンガ接触部24が所定の締め代を持ってスリンガ3のフランジ部31に外側から接触するように形成されている。端面リップ21は、例えば、軸線x方向において内側(矢印a方向)に向かうに連れて拡径する円錐筒状の形状を有している。つまり、図1、2に示すように、端面リップ21は、軸線xに沿う断面(以下、単に断面ともいう。)において、基体部25から内側及び外周側に、軸線xに対して斜めに延びている。端面リップ21の内周面22には、複数の突起23が設けられている。突起23の詳細については後述する。
また、弾性体部20は、ダストリップ28と中間リップ29とを有している。ダストリップ28は、基体部25から軸線xに向かって延びるリップであり、軸線xを中心又は略中心として円環状に基体部25から延びており、後述する密封装置1の使用状態において、先端部が所定の締め代を持ってスリンガ3に外周側から接触するように形成されている。
ダストリップ28は、例えば、軸線x方向において外側(矢印b方向)に向かうに連れて縮径する円錐筒状の形状を有している。ダストリップ28は、使用状態において、密封対象物側とは反対側である外側からダストや水分等の異物が密封装置1の内部に侵入することの防止を図っている。ダストリップ28は、密封装置1の使用状態においてスリンガ3に接触しないように形成されていてもよい。
中間リップ29は、図2に示すように、基体部25から内周側および内側に向かって斜めに延びるリップであり、軸線xを中心又は略中心として内側に向かうに連れて縮径する円錐筒状の形状を有している。
中間リップ29は、後述する密封装置1の使用状態において、スリンガ3の円筒部35と接触しており、端面リップ21のスリンガ3と接触するスリンガ接触部24を越えて密封対象物が内部に滲み入った場合に、この滲み入った密封対象物のダストリップ28側へ更に滲み入ることを未然に防止するものである。ただし、中間リップ29は、スリンガ3の円筒部35と必ずしも接触していなくてもよく、この場合にはラビリンスシールを形成するようにしてもよい。
次いで、端面リップ21の形状についてより詳細に説明する。図3は、内周側から見た弾性体部20の部分拡大斜視図であり、基体部25から内周側の部分における弾性体部20が軸線xに沿う面において切断された状態で示されている。図3に示すように、端面リップ21の内周面22には、複数の突起23が、同一の又は略同一の円周上に、周方向に等角度間隔又は略等角度間隔で配列されており、等ピッチ間隔又は略等ピッチ間隔で配列されている。
それぞれの突起23は、上述したように、外側(図3において下側)から内側(図3において上側)に向かって後述する軸(スリンガ3)の回転方向に向かって螺旋状や渦巻き状あるいは直線状等に延びている。つまり、突起23は、スリンガ3のフランジ部31の外側の面である外側面31dと略向かい合う端面リップ21の平坦な内周面22に対して、端面リップ21の根元21b側から端面リップ21のリップ先端21a側に向かってスリンガ3の回転方向に傾斜して延びている。すなわち突起23は、端面リップ21の内周面22のうち、フランジ部31の外側面31dとほぼ対向する部分にのみ設けられている。
また、突起23は、スリンガ接触部24から間隔Gを空けて形成されており、スリンガ接触部24よりも内周側(外側)に、つまりスリンガ接触部24よりも端面リップ21の根元21bの側に形成されている。
具体的には、図3に示すように、突起23の内側(外周側)の端部である内側端23aは、スリンガ接触部24の外側(内周側)の縁部である外側縁24aから、内周面22に沿って軸線xに沿った方向に、所定の間隔Gを空けた位置に位置している。この間隔Gは、後述する密封装置1の使用状態において、スリンガ3の溝33に基づくポンプ作用が発生するポンプ領域よりも内周側の領域に、少なくとも部分的に突起23が存在するような間隔である。
また、突起23は、図2に示すように、密封装置1の使用状態において、スリンガ3と接触しないような形状に形成されている。つまり、使用状態において、突起23がスリンガ3のフランジ部31の外側の面である外側面31dと接触しないように、突起23の内周面22からの高さ、及び、間隔Gが設定されている。本実施の形態においては、突起23は、図2、3に示すように、内側端23aから端面リップ21の根元21b側へ向かって内周面22からの高さが次第に高くなっている。
ただし、突起23の内周面22からの高さはこれに限られない。突起23は、内側端23aから外側端23bに亘って内周面22から一定の高さであってもよく、内側端23aから外側端23bに向かって内周面22からの高さが次第に低くなっているものであってもよい。また、突起23は、内側端23aから外側端23bに亘る内周面22からの高さが、上述の高くなる、低くなる、及び一定である等の種々の組み合わせであってもよい。また、突起23の延び方向と直交する断面における形状は、種々の形状であってよく、例えば三角形や四角形、逆U字状等の形状である。密封装置1の使用状態において突起23は、スリンガ3と接触しないような形状に形成されているため、突起23によりスリンガ3に対する摺動抵抗が増加することはない。
また、突起23の延び方向の形状は、図3に示すように、外側端23bから内側端23aに向かって次第に先細になる形状である。ただし、これに限るものではなく、外側端23bと内側端23aとの間に亘って、延び方向と直交する方向の幅が一定の幅である形状であってもよく、種々の形状であってよい。
また、突起23は、スリンガ3の回転方向に沿って内側端23aと外側端23bとの間をまっすぐに延びていてもよく、または僅かにカーブしたような湾曲状に延びていてもよい。因みに、突起23の先端の形状は、先細となっている方が、または、滑らかに端面リップ21の内周面22につながるような形状となっている方が、突起23をスリンガ3に接触させることなく、より端面リップ21のリップ先端21a側に延ばせる点で好ましく、また、成形性において好ましい。
図4に示すように、このような複数の突起23が端面リップ21の内周面22に周方向に亘って設けられた領域(以下、これを「突起領域」ともいう。)23pにおいては、突起23の表面および内周面22の表面が密封対象物であるオイルに対して所謂ぬれ性の低い面(以下、これを「低ぬれ性表面」ともいう。)を有している。ここで、突起領域23pは、径方向において外側端23bから内側端23aまでの範囲であり、この範囲で周方向に亘って拡がる領域である。
なお、ぬれ性とは、主として固体表面に対する流体(この場合は密封対象物であるオイル)の親和性であり、一般的には流体の固体表面に対する接触角の大小により評価されることが多い。具体的には、一様な固体表面上に液滴が形成されると、液滴外縁部(接触線)の接線と固体表面とがある平衡角をもった球帽形となる。この平衡角のことを接触角と呼び、接触角が小さいほどぬれ性がよい(高い)、あるいは親液性が高いと称する。
したがって、突起領域23pのぬれ性が低いということは、密封対象物が突起領域23pの表面に付着し難く、表面から弾き易いので流動性が高い状態にあることを意味する。 ここで、ぬれ性が低いとは、例えば、摂氏25℃において、密封対象物の突起領域23pの表面に対する接触角が33度以上の場合とする。したがって、ぬれ性が高いとは、接触角が33度未満の場合とする。ただし、これに限るものではなく、ぬれ性の基準となる任意の接触角を自由に設定可能である。
突起領域23pでは、端面リップ21の突起23の表面および内周面22の表面の全てにおいて、低ぬれ性表面となるような表面処理(例えば、コーティング処理、表面粗さの調整、紫外線やプラズマによる表面改質処理等)が施されている。ただし、これに限るものではなく、突起領域23pの表面において低ぬれ性表面となるような表面処理が部分的に施されていてもよい。要は、突起領域23pにおいて、密封対象物の流動性が未コーティング処理の場合よりも高い状態になっていれば表面処理を施す範囲や割合等については任意でよい。
また、突起領域23pにおいて、低ぬれ性表面となるような表面処理が施されるのではなく、端面リップ21において、ぬれ性が低い弾性体材料を用いて突起23を形成するようにしてもよい。この場合も、突起領域23pでは、突起23の表面および内周面22の表面の全てにおいて、低ぬれ性表面を有することになる。
上述のように、弾性体部20は、端面リップ21、基体部25、ガスケット部26、後方カバー部27、ダストリップ28、及び中間リップ29を有しており、弾性体部20は各部分が同一の材料から一体に形成されている。
上述の補強環10は、金属材から形成されており、この金属材としては、例えば、ステンレス鋼やSPCC(冷間圧延鋼)がある。また、弾性体部20の弾性体としては、例えば、各種ゴム材がある。各種ゴム材としては、例えば、ニトリルゴム(NBR)、水素添加ニトリルゴム(H−NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等の合成ゴムである。
補強環10は、例えばプレス加工や鍛造によって製造され、弾性体部20は成形型を用いて架橋(加硫)成形によって成形される。この架橋成形の際に、補強環10は成形型の中に配置されており、弾性体部20が架橋接着により補強環10に接着され、弾性体部20と補強環10とが一体的に成形される。
スリンガ3は、後述する密封装置1の使用状態において軸に取り付けられる環状の部材であり、軸線xを中心又は略中心とする円環状の部材である。スリンガ3は、断面が略L字状の形状を有しており、フランジ部31と、フランジ部31の内周側の端部に接続する軸線x方向に延びる筒状又は略筒状の円筒部35とを有している。
フランジ部31は、具体的には、円筒部35から径方向に延びる中空円盤状又は略中空円盤状の内周側円盤部31aと、内周側円盤部31aよりも外周側において広がっている径方向に延びる中空円盤状又は略中空円盤状の外周側円盤部31bと、内周側円盤部31aの外周側の端部と外周側円盤部31bの内周側の端部とを接続する接続部31cとを有している。外周側円盤部31bは、内周側円盤部31aよりも軸線x方向において外側に位置している。なお、フランジ部31の形状は、上述の形状に限られるものではなく、適用対象に応じて種々の形状とすることができる。例えば、フランジ部31は、内周側円盤部31a及び接続部31cを有しておらず、外周側円盤部31bが円筒部35まで延びており円筒部35に接続しており、円筒部35から径方向に延びる中空円盤状の又は略中空円盤状の部分であってもよい。
スリンガ3が端面リップ21と接触する部分であるリップ接触部32は、フランジ部31において、外周側円盤部31bの外側に面する面である外側面31dに位置されている。外側面31dは径方向に広がる平面に沿う面であることが好ましい。また、図4に示すように、フランジ部31の外側面31dには、内側に凹む凹部によって少なくとも1つ以上の溝33が形成されている。溝33は、例えばネジ溝である。この溝33により、スリンガ3が回転した際に、ポンプ作用を発生させることができる。このように溝33によりポンプ作用を発生させる領域(以下、これを「スリンガ側ポンプ作用領域」ともいう。)31pは、溝33を含んで径方向に一定の幅を持った範囲である。
フランジ部31の外側面31dにおいて、溝33は、リップ接触部32よりも内周側から当該リップ接触部32よりも外周側の領域に亘って形成されている。溝33は、外周側円盤部31bの外側面31dにおいて内周側の端部から外周側の端部まで延びて形成されていてもよく、リップ接触部32を含む外側面31dの径方向の一部の幅の領域(周面)に形成されていてもよい。また、溝33は、外周側円盤部31bの外側面31dにおいて、リップ接触部32よりも内周側に位置していてもよい。
フランジ部31の外側面31dには、例えば複数の溝33が形成されており、フランジ部31の外側面31dには、図5に示すように、例えば4つのネジ状の溝33が形成されている。この場合、これら4つのネジ状の溝33は4条ネジを形成しており、少なくとも4つの溝33を含み、4つの溝33が形成された領域がスリンガ側ポンプ作用領域31p(図4)となる。溝33の個数や溝33が延びて描く形状は4条ネジではなく他のものであってもよい。溝33は、例えば、円錐面に形成された螺旋状のネジ溝をこの円錐面の軸線と直交する平面に投影した際にこの平面に描かれる線に沿った(渦巻き状)形状となっている。
このようなフランジ部31のスリンガ側ポンプ作用領域31pでは、4つの溝33が形成された領域の面が密封対象物であるオイルに対して所謂ぬれ性の高い面(以下、これを「高ぬれ性表面」ともいう。)を有している。ここで、スリンガ側ポンプ作用領域31pは、4つの溝33を含んで径方向に拡がる範囲であり、かつ、周方向の全周に拡がる範囲である。
具体的には、スリンガ側ポンプ作用領域31pでは、高ぬれ性表面となるような表面処理(コーティング処理)が施されている。ただし、これに限るものではなく、スリンガ側ポンプ作用領域31pの表面において高ぬれ性表面となるような表面処理が部分的に施されていてもよい。要は、スリンガ側ポンプ作用領域31pにおいて、密封対象物の流動性が未コーティング処理の場合よりも低い状態になっていれば表面処理を施す範囲や割合等については任意でよい。
すなわち、フランジ部31のスリンガ側ポンプ作用領域31pにおいては、ぬれ性の高い親油性の面を有することになる。この場合、スリンガ側ポンプ作用領域31pのぬれ性が高いということは、密封対象物がスリンガ側ポンプ作用領域31pにおける4つの溝33を含む所定範囲の表面に付着し易く、当該表面から弾き難いのでスリンガ側ポンプ作用領域31pの表面に滞留させ、密封対象物の流動性が低い状態にあることを意味する。
ところで、フランジ部31のスリンガ側ポンプ作用領域31pだけではなく、図4に示すように、端面リップ21のリップ先端部であって、フランジ部31のリップ接触部32と接触するスリンガ接触部24を含んで径方向に拡がる所定範囲の領域(以下、これを「リップ側ポンプ作用領域」ともいう。)21pにおいても、密封対象物であるオイルに対して高ぬれ性表面を有している。
具体的には、リップ側ポンプ作用領域21pには、高ぬれ性表面となるような表面処理(コーティング処理)が施されている。ただし、これに限るものではなく、リップ側ポンプ作用領域21pの表面において高ぬれ性表面となるような表面処理が部分的に施されていてもよい。要は、リップ側ポンプ作用領域21pにおいて、密封対象物の流動性が未コーティング処理の場合よりも低い状態になっていれば表面処理を施す範囲や割合等については任意でよい。この場合、リップ側ポンプ作用領域21pのぬれ性が高いということは、フランジ部31のスリンガ側ポンプ作用領域31pと同様に、密封対象物が突起領域23pの表面に付着し易く、表面から弾き難いので、当該密封対象物の流動性が低い状態にあることを意味する。
したがって、フランジ部31のスリンガ側ポンプ作用領域31pと端面リップ21のリップ側ポンプ作用領域21pとの間の僅かな隙間に密封対象物を滞留させ易くなり、密封対象物が端面リップ21の基体部25側へ向かって流動することを抑制することが可能となる。なお、スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21pを合わせてポンプ領域と呼ぶことがあるものとする。ただし、スリンガ側ポンプ作用領域31pだけで密封対象物を滞留させ、密封対象物が端面リップ21の基体部25側へ向かって流動することを抑制することが可能であれば、リップ側ポンプ作用領域21pにおいて高ぬれ性表面となっていなくてもよい。
また、スリンガ3において、円筒部35は、図2に示すように、円筒状又は略円筒状の部分であり、この円筒部35は軸に嵌着可能に形成されている。つまり、円筒部35が軸に締り嵌め可能となるように、円筒部35の内径が軸の外周面の径よりも小さくなっている。スリンガ3は、円筒部35が軸に締り嵌めされることにより固定されるものに限らず、円筒部35において軸に接着されて固定されるものであってもよく、他の公知の固定方法によって軸に固定されるものであってもよい。
スリンガ3は、金属材料を基材として作られており、例えば、SPCC(冷間圧延鋼)を基材とし、SPCCにリン酸塩皮膜処理が施されて防錆処理がなされて作られている。リン酸塩皮膜処理としては、例えばリン酸亜鉛皮膜処理がある。防錆性能の高いスリンガ3により、端面リップ21に対する摺動部であるリップ接触部32に錆が発生することを抑制することができ、端面リップ21の密封機能や密封性能を長く維持することができる。また、錆が発生することにより、溝33の形状が変化することを抑制することができ、溝33の発揮するポンプ効果の低減を抑制することができる。スリンガ3の基材としては、ステンレス等の耐錆性、防錆性に優れている他の金属が用いられてもよい。また、スリンガ3の基材の防錆処理は、金属メッキ等の他の処理であってもよい。
次いで、上述の構成を有する密封装置1の作用について説明する。図6は、密封装置1が取付対象としてのハウジング50及びこのハウジング50に形成された貫通孔である軸孔51に挿入された軸52に取り付けられた使用状態における密封装置1の部分拡大断面図である。ハウジング50は、例えばエンジンのフロントカバー、又はシリンダブロック及びクランクケースであり、軸孔51は、フロントカバー、又はシリンダブロック及びクランクケースに形成されたクランク孔である。また、軸52は、例えば、クランクシャフトである。
図6に示すように、密封装置1の使用状態において、密封装置本体2は軸孔51に圧入されて軸孔51に嵌着されており、スリンガ3は軸52に締り嵌めされて軸52に取り付けられている。より具体的には、補強環10の外周側円筒部11aが軸孔51の内周面51aに接触して、密封装置本体2の軸孔51に対する軸心合わせが図られ、また、弾性体部20のガスケット部26が軸孔51の内周面51aと補強環10の内周側円筒部11bとの間で径方向に圧縮されてガスケット部26が軸孔51の内周面51aに密着して、密封装置本体2と軸孔51との間の密封が図られている。また、スリンガ3の円筒部35が軸52に圧入され、円筒部35の内周面35aが軸52の外周面52aに密着し、軸52にスリンガ3が固定されている。
密封装置1の使用状態において、弾性体部20の端面リップ21が、内周面22のリップ先端21a側の部分であるスリンガ接触部24において、スリンガ3のフランジ部31の外周側円盤部31bの外側面31dの部分であるリップ接触部32と接触するように、密封装置本体2とスリンガ3との間の軸線x方向における相対位置が決められている。また、ダストリップ28および中間リップ29は先端側の部分においてスリンガ3の円筒部35に外周側から接触している。ダストリップ28および中間リップ29は、例えば、スリンガ3の円筒部35の外周面35bに接触している。
このように、密封装置1の使用状態において、端面リップ21は、スリンガ接触部24において、フランジ部31のリップ接触部32と摺動可能に接触しており、端面リップ21及びスリンガ3は、スリンガ接触部24及びリップ接触部32を越えて密封対象物側から内部に潤滑油等の密封対象物が滲み出ることの防止を図っている。また、ダストリップ28および中間リップ29はスリンガ3の円筒部35の内周面と摺動可能に接触しており、外部から内部への異物の進入の防止を図っている。
また、密封装置1の使用状態において、スリンガ3のフランジ部31の外周側円盤部31bのスリンガ側ポンプ作用領域31pに形成された4条ネジの溝33は、軸(スリンガ3)が回転した場合にポンプ作用をもたらす。すなわち、軸(スリンガ3)の回転により、フランジ部31と端面リップ21との間の空間である挟空間Sにおいて、スリンガ接触部24及びリップ接触部32近傍の領域であるポンプ領域(スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21p)においてポンプ作用が生じる。このポンプ領域のポンプ作用により、密封対象物側から密封対象物が挟空間Sに滲み出た場合であっても、滲み出た密封対象物が挟空間Sからスリンガ接触部24及びリップ接触部32を越えて密封対象物側に戻される。このように、スリンガ3のフランジ部31に形成された溝33が生ずるポンプ作用により、挟空間Sへの密封対象物の滲み出が抑制されている。
挟空間Sにおいて、フランジ部31の溝33によるポンプ作用が生ずるスリンガ側ポンプ作用領域31pを越えて更に外部側に滲み出た密封対象物は、軸の回転により、スリンガ側ポンプ作用領域31pに内周側で隣接する領域において、スリンガ3の回転方向に軸線x周りに回転し、その領域(以下、還流領域ともいう。)に留められる。
ところで、端面リップ21には、内周面22にスリンガ3の回転方向に沿って交互に形成された複数の突起23が還流領域に存在している。具体的には、図3に示したように、突起23は、スリンガ接触部24の外側縁24aから間隔Gだけ離れた位置より内周側へ向かって延びており、少なくとも部分的に還流領域の中にまで延びている。このため、還流領域に回転しながら留まる密封対象物は突起23にぶつかり、又は還流領域に回転しながら留まる密封対象物は突起23に沿って突起23の外側(内周側)の端部である外側端23b側から内側(外周側)の端部である内側端23aに導かれ、還流領域に留まっていた密封対象物はポンプ領域(スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21p)に導かれる。突起23によってポンプ領域に導かれた密封対象物はポンプ作用を受けて密封対象物側に戻される。
図7は、端面リップ21に設けられた突起23の作用を説明するための、端面リップ21の突起23の作用による密封対象物の流れの様子を示すための図である。図7において、破線で示すように、リップ側ポンプ作用領域21pを超えて還流領域側に滲み出た密封対象物は、突起領域23pの突起23の外周側に面する側面である側面23cにぶつかり、ポンプ領域側に跳ね返されるか、破線で示されるように、突起23の側面23cに沿って内側端23aまで導かれ、内側端23aからリップ側ポンプ作用領域21pに戻される。
このため、突起23は、端面リップ21の内周面22において、内側端23a側の一部がリップ側ポンプ作用領域21pに僅かにでも進入するように形成されていることが好ましい。後述するように、ポンプ領域(スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21p)は軸の回転速度によって径方向の幅が変化すると考えられる。このため、突起23の内側端23a側の一部は、軸の回転速度に拘らずにポンプ領域(スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21p)に進入しているように形成されていることが好ましい。また、突起23全体が還流領域に存在するように形成されている場合は、上述のようにポンプ領域(スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21p)を超えて還流領域側に滲み出た密封対象物を再度ポンプ領域(スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21p)に戻すことができる範囲において、スリンガ接触部24の外側縁24aからの間隔Gが設定されている。
また、突起23の側面23cに当たっても、跳ね返されず、また、側面23cに沿って内側端23aまで導かれずに、破線で示されるように、側面23cを越えて端面リップ21の根元21b側に更に進む密封対象物もある。
しかしながら、端面リップ21の中間リップ29により密封対象物がダストリップ28側へ滲み出すことが防止されている。また、突起23が設けられた突起領域23pの表面は、リップ側ポンプ作用領域21pよりもぬれ性が低いため、密封対象物は突起領域23pの表面から弾き易く、密封対象物の流動性が高い状態にある。したがって、車両が停止している場合のような軸(スリンガ3)の非回転時等には、密封対象物は中間リップ29を伝って下方に位置するスリンガ接触部24まで速やかに移動し、車両が移動する場合のような軸(スリンガ3)の回転時等になると、ポンプ領域のポンプ作用により密封対象物側に戻されることになる。
このように、密封装置1においては、ポンプ領域(フランジ部31のスリンガ側ポンプ作用領域31pおよび端面リップ21のリップ側ポンプ作用領域21p)が高ぬれ性表面を有するとともに、突起23の突起領域23pが低ぬれ性表面を有するようにした。
これにより密封装置1では、ポンプ領域(スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21p)が高ぬれ性表面となっているため、親油性を高めて密封対象物をスリンガ接触部24およびリップ接触部32の周辺に留めることができる。かくして密封装置1は、スリンガ接触部24およびリップ接触部32の周辺に留められた密封対象物によりフランジ部31の溝33によるポンプ作用の起こるポンプ領域を実質的に拡大させるとともに、密封対象物の流動性が低い分だけ当該密封対象物が端面リップ21の根元21bへ流動することを抑制することができる。
さらに密封装置1では、突起23の設けられた突起領域23pが低ぬれ性表面となっており、密封対象物を弾き易いため、ポンプ領域(スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21p)に留まることなく、突起領域23pに流れ込んだ密封対象物が撥油性の突起23の側面23cにぶつかった際、ポンプ領域へ容易に跳ね返すことができるとともに、側面23cに沿って内側端23aからポンプ領域へ容易に戻すことができる。
加えて、突起23の側面23cを越えて端面リップ21の根元21b側に更に密封対象物が流れ込んだ場合であっても、中間リップ29により密封対象物が堰き止められる。突起領域23pの表面は、リップ側ポンプ作用領域21pよりもぬれ性が低く、密封対象物の流動性が高い。このため、車両が停止している場合のような軸(スリンガ3)の非回転時等には、密封対象物は中間リップ29を伝って下方に位置するスリンガ接触部24まで速やかに移動し、車両が移動する場合のような軸(スリンガ3)の回転時等になると、ポンプ領域のポンプ作用により密封対象物側へ全て戻すことができる。
このように、密封装置1によれば、ポンプ領域(スリンガ側ポンプ作用領域31pおよびリップ側ポンプ作用領域21p)が高ぬれ性表面を有するとともに、突起23の設けられた突起領域23pが低ぬれ性表面を有するようにしたことにより、スリンガ3に形成された溝33の発揮するポンプ作用をより効果的に発揮させることができ、従来よりも密封対象物の滲み出を抑制することができる。また、突起23はスリンガ3に接触しておらず、密封装置1によれば、スリンガ3に対する摺動抵抗を増加させることなく、密封対象物の滲み出を抑制することができる。
スリンガ3の溝33に基づくポンプ作用は、スリンガ3の回転が高速になるほど有効に作用するがいずれ頭打ちとなる。これは、スリンガ3の回転が高回転になるほど、ポンプ領域がスリンガ接触部24及びリップ接触部32側に向かって収縮するためであると考えられる。このため、密封対象物が密封対象物側から挟空間Sに滲み出た場合、スリンガ3の回転が所定速度以上の高速になるほど、還流領域に進入する密封対象物が増すことになる。還流領域を還流する密封対象物の量が、還流領域に留めておくことができる密封対象物の量を超えると、密封対象物は更に内部に滲み出ることになり、更に密封装置1の外部に滲み出ることがある。
本発明の実施の形態に係る密封装置1においては、上述のように、ポンプ領域を超えて還流領域にまで密封対象物が滲み出たとしても、この滲み出た密封対象物を低ぬれ性表面の突起23により効率よくポンプ領域に戻すことができ、更にポンプ作用により密封対象物側に戻すことができる。
このため、スリンガ3の回転が高回転になり、還流領域に留まる密封対象物が増したとしても、この還流領域に留まる密封対象物を突起領域23pの低ぬれ性表面および突起23の存在によりポンプ領域に戻すことができ、還流領域を還流する密封対象物の量が還流領域に留めておくことができる密封対象物の量を超えることを抑制することができる。
また、スリンガ3の高回転によりポンプ作用が低減したとしても、突起領域23pの低ぬれ性表面および突起23の存在により密封対象物をポンプ領域に戻すので、スリンガ3の高回転時において、ポンプ作用により密封対象物側に戻すことができる密封対象物を多くすることができる。
このように、本発明の実施の形態に係る密封装置1によれば、スリンガ3の溝33によるポンプ作用を利用した場合であっても、軸の回転速度の値に拘らず密封対象物の滲み出を抑制することができる。
以上、本発明の好適な実施の形態について説明したが、本発明は上記の実施の形態に係る密封装置1に限定されるものではなく、本発明の概念及び特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含む。また、上述した課題及び効果の少なくとも一部を奏するように、各構成を適宜選択的に組み合わせてもよい。また、例えば、上記実施の形態における各構成要素の形状、材料、配置、サイズ等は、本発明の具体的使用態様によって適宜変更され得る。
また、突起23の延び方向に直交する断面の形状は、種々の形状とすることができる。上述の実施の形態に係る密封装置1においては、突起23の断面形状は、三角形状や四角形状となっているが、突起23の断面形状は、戻される密封対象物が当たる側面23cが少なくとも部分的に端面リップ21の内周面22に直交して又は略直交して延びている形状であれば、例えば、側面23cが内周面22に直交又は略直交する直角三角形又は略直角三角形であってもよい。また、突起23の断面形状は、例えば、側面23c、の端面リップ21側の部分が内周面22に直交する又は略直交する五角形等の多角形であってもよい。このような突起23によれば、密封対象物が突起23を乗り越えることを抑制でき、より効率的に密封対象物をポンプ領域側に戻すことができる。また、種々の形状による突起23によれば、三角形の断面形状の突起23と同じ高さ(端面リップ21の内周面22に直交する方向の高さ)の突起を、より小さい横幅(突起23の延び方向に直交する方向の幅)で得ることができ、端面リップ21に配設可能な突起23の数を多くすることができる。
また、突起23は、螺旋状等に延びているとしたが、端面リップ21の内周面22上で種々の形状を形成するように延びており、端面リップ21の内周面22上に螺に配設されていてもよい。また、メイン突起23の夫々の側面23cは、平面状であってもよく、曲面状であってもよい。
スリンガ3の有する溝33は、上述のように、図5に示すネジ(4条ネジ)形状に限らず、他の形状であってもよい。例えば、図8(a)に示すように、内周側から外周側に向かって軸線xを中心又は略中心として放射状に延びる溝であってもよく、また、図8(b)に示すように、周方向に傾いて延びる溝であってもよい。
密封装置1において、弾性体部20は、ダストリップ28及び中間リップ29を有しているとしたが、弾性体部20は、ダストリップ28及び中間リップ29を有していなくてもよく、ダストリップ28及び中間リップ29のいずれか一方のみを有していてもよい。
また、本実施の形態に係る密封装置1は、エンジンのクランク孔に適用されるものとしたが、本発明に係る密封装置の適用対象はこれに限られるものではなく、他の車両や汎用機械、産業機械等、本発明の奏する効果を利用し得るすべての構成に対して、本発明は適用可能である。