本発明は、下記(A)乃至(C)の特徴を有する分岐α−グルカン混合物と水とで構成される、固形物濃度が70質量%以上75質量%以下であって、且つ、固形物濃度70質量%の条件で25℃にて測定した粘度及び水分活性が、それぞれ6,000mPa・s未満及び0.88未満である分岐α−グルカン混合物シラップに係る発明である:
(A)グルコースを構成糖とし、α−1,4結合を介して連結したグルコース重合度3以上の直鎖状グルカンの一端に位置する非還元末端グルコース残基にα−1,4結合以外の結合を介して連結したグルコース重合度1以上の分岐構造を有する;
(B)重量平均分子量(Mw)が1,000ダルトン以上2,500ダルトン以下であって、重量平均分子量(Mw)を数平均分子量(Mn)で除した値(Mw/Mn)が3未満である;
(C)高速液体クロマトグラフ法(酵素−HPLC法)により求めた水溶性食物繊維含量が60質量%以上である。
本明細書でいう分岐α−グルカン混合物とは、本願と同じ出願人が、先に特許文献1において開示した、澱粉又は澱粉部分分解物に特定の酵素を作用させて得られる分岐α−グルカン混合物全般を意味し、当該分岐α−グルカン混合物は、通常、上記(A)で示される構造上の特徴、すなわち、グルコースを唯一の構成糖とし、α−1,4結合を介して連結したグルコース重合度3以上の直鎖状グルカンの一端に位置する非還元末端グルコース残基にα−1,4結合以外の結合を介して連結したグルコース重合度1以上の分岐構造を有するという特徴を有している。なお、ここでいう「α−1,4結合を介して連結したグルコース重合度3以上の直鎖状グルカン」とは、マルトトリオース以上の分子量を有するマルトオリゴ糖、マルトデキストリン、澱粉部分分解物などのα−1,4グルカンを意味する。また、特徴(A)でいう「α−1,4結合以外の結合」とは、具体的にはα−1,2、α−1,3、α−1,6の各結合を意味し、「非還元末端グルコース残基」とは、α−1,4結合を介して連結したグルカン鎖のうち、還元性を示さない末端に位置するグルコース残基を意味する。因みに、特許文献1に開示したとおり、分岐α−グルカン混合物を製造する上で必須なα−グルコシル転移酵素は、α−1,4グルコシル転移とα−1,6グルコシル転移を主として触媒し、α−1,3グルコシル転移もその頻度は低いながらも触媒する酵素であって、得られる分岐α−グルカン混合物における分岐構造は、主としてα−1,6結合を介したものである。
因みに、当該分岐α−グルカン混合物は、澱粉部分分解物に特定のα−グルコシル転移作用を有する酵素を作用させるという特許文献1に開示したその製造方法からも予想されるとおり、通常、文字どおり、様々な分岐構造並びにグルコース重合度(分子量)を有する多数の分岐α−グルカンの混合物の形態にある。現行の澱粉糖分野の技術では、グルコース重合度が小さいものを除いて、分岐α−グルカン混合物における個々の分岐α−グルカン分子を完全に分離定量し、分岐α−グルカン混合物の糖組成を決定すること、及び、個々の分岐α−グルカン分子の構造、すなわち、構成単位であるグルコース残基の結合様式を分岐α−グルカンの分子ごとに決定することは不可能である。しかしながら、分岐α−グルカン混合物の構造は、斯界で一般に用いられる種々の物理的手法、化学的手法又は酵素的手法により、混合物全体として特徴付けることができ、本発明のシラップを構成する分岐α−グルカン混合物の構造は、混合物全体として、上記(A)の特徴によって、まずもって特徴付けることができる。
さらに、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物は、その分子量及び分子量分布によって特徴付けることができ、当該分岐α−グルカン混合物は、通常、重量平均分子量(Mw)が1,000ダルトン以上2,500ダルトン以下であって、重量平均分子量(Mw)を数平均分子量(Mn)で除した値(Mw/Mn)が3未満(特徴(B))であるという特徴を有している。なお、重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)及びMw/Mnは、分岐α−グルカン混合物を、例えば、斯界で汎用されるゲル濾過クロマトグラフィー(GPC)による分子量分布分析に供することにより求めることができる。当該分岐α−グルカン混合物の重量平均分子量(Mw)は、後述する実施例でも示すように、その澱粉からの製造工程においてα−グルコシル転移酵素と併用する液化型又は糖化型α−アミラーゼの作用量を増減させるなどによりコントロールすることができる。一般に、マルトオリゴ糖などの澱粉糖は、重量平均分子量(Mw)が大きいほどその高濃度水溶液の粘度が増し、重量平均分子量(Mw)が小さいほど粘度が小さくなるものの水分活性が大きくなるという、相反する特徴を有している。ところが、本発明者らが独自に見出した知見によれば、分岐α−グルカン混合物は、重量平均分子量(Mw)を1,000ダルトン以上2,500ダルトン以下に規制すると、水分活性が比較的小さな値にとどまる高濃度水溶液(シラップ)としても、粘度がさほど増加せず、適度なハンドリング性が維持されるという意外な特徴を有している。一方、分岐α−グルカン混合物の重量平均分子量(Mw)が2,500ダルトンを超えると、水分活性を比較的小さな値にとどめるべく固形物濃度が高いシラップの形態としたとき、粘度が増大しハンドリングが困難となるため、液状製品の成分としては好ましくない。他方、分岐α−グルカン混合物の重量平均分子量(Mw)が1,000ダルトン未満になると、分岐構造を有さない単糖、二糖の含量が相対的に増え、分岐α−グルカンの含量が減少することとなるため好ましくない。
また、重量平均分子量(Mw)に基づけば、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物に含まれる分岐α−グルカンの平均グルコース重合度を算出することができる。したがって、当該分岐α−グルカン混合物は平均グルコース重合度で特徴づけることもできる。平均グルコース重合度は、重量平均分子量(Mw)から18を減じ、グルコース残基量である162で除して求めることができるので、重量平均分子量(Mw)が1,000ダルトン以上2,500ダルトン以下である上記分岐α−グルカン混合物は、その平均グルコース重合度は約6以上15以下となる。
上述のとおり、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物は、重量平均分子量(Mw)を数平均分子量(Mn)で除した値(Mw/Mn)が3未満であることを特徴とする。一般に、澱粉部分分解物は、その分解の程度が進むほど、構成するグルカン分子の大きさのばらつきが小さくなり、Mw/Mnが低下する。Mw/Mnは、1に近いものほど構成するグルカン混合物を構成するグルカン分子の分子量のばらつき(分散度)、換言すればグルコース重合度のばらつき(分散度)が小さいことを意味し、分岐α−グルカン混合物のMw/Mnの値が3以上になると、グルカン分子の分子量のばらつきの程度にもよるが、重量平均分子量(Mw)の上限を上記のとおり2,500ダルトンに規制しても、比較的大きな分子量を有するグルカン分子が特異的に混ざり込む可能性が高くなり、水分活性が比較的小さな値にとどまる高濃度水溶液(シラップ)にしたときに、粘度が所定値以下に収まらない恐れがあるので、望ましくない。したがって、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物は、Mw/Mnが3未満であるのが好ましく、さらには分子量のばらつきがより小さく、Mw/Mnが1により近い、2未満であるものがより好ましい。
また、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物は、高速液体クロマトグラフ(酵素−HPLC法)により求めた水溶性食物繊維含量が60質量%以上であるという特徴(特徴(C))を有している。水溶性食物繊維含量を求める「高速液体クロマトグラフ法(酵素−HPLC法)」(以下、単に「酵素−HPLC法」という。)とは、平成8年5月厚生省告示第146号の栄養表示基準、「栄養成分等の分析方法等(栄養表示基準別表第1の第3欄に掲げる方法)」における第8項、「食物繊維」に記載されている方法であり、その概略を説明すると以下のとおりである。すなわち、試料を熱安定α−アミラーゼ、プロテアーゼ及びグルコアミラーゼによる一連の酵素処理により分解処理し、イオン交換樹脂により処理液から蛋白質、有機酸、無機塩類を除去することによりゲル濾過クロマトグラフィー用の試料溶液を調製する。次いで、ゲル濾過クロマトグラフィーに供し、クロマトグラムにおける、未消化グルカンとグルコースのピーク面積を求め、それぞれのピーク面積と、別途、常法により、グルコース・オキシダーゼ法により求めておいた試料溶液中のグルコース量を用いて、試料の水溶性食物繊維含量を算出する。なお、本明細書を通じて「水溶性食物繊維含量」とは、特に説明がない限り、前記「酵素−HPLC法」で求めた水溶性食物繊維含量を意味する。
水溶性食物繊維含量は、α−アミラーゼ及びグルコアミラーゼによって分解されないグルカンの含量を示すものであり、特徴(C)は、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物の構造を、混合物全体として、酵素的手法により特徴付ける指標の一つである。当然のことながら、水溶性食物繊維含量が高まれば高まるほど、換言すれば、α−アミラーゼ及びグルコアミラーゼで分解されない分岐α−グルカンの含量が多ければ多いほど、ヒトが摂取したとき、より多く消化されずに小腸に到達し、水溶性食物繊維として機能することとなる。また、水溶性食物繊維含量は、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物が、難消化性の構造、すなわち、複雑な分岐構造を有することを示す指標であり、複雑な分岐構造を有するグルカン分子は、澱粉などの直鎖状α−1,4グルカンを主成分とする糖質よりも老化し難いことから、水溶性食物繊維含量の数値は、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップが固形物濃度を高めた場合の老化のし難さを示唆するものである。
本発明の分岐α−グルカン混合物シラップは、通常、固形物濃度70質量%以上75質量%以下の範囲にあり、また、固形物濃度70質量%の条件で25℃にて測定した粘度及び水分活性が、それぞれ6,000mPa・s未満及び0.88未満を示すという特徴を有している。前述したとおり、本発明者らが得た知見によれば、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物の重量平均分子量(Mw)を上記1,000ダルトン以上2,500ダルトン以下の範囲にコントロールすると、当該分岐α−グルカン混合物のシラップは、固形物濃度70質量%、25℃の条件下で、粘度が6,000mPa・s未満、及び、水分活性が0.88未満を示し、ハンドリングに困難性がなく、且つ、微生物増殖による変敗の懸念がない、マルトオリゴ糖シラップとデキストリンの双方の利点を併せ持つ糖質シラップとなる。当該分岐α−グルカン混合物シラップの固形分濃度が70質量%を下回ると、粘度は低下しハンドリングが容易になるものの、相対的に水分含量が高まり水分活性が0.88以上にまで高くなるので、微生物の増殖による変敗の観点から好ましくない。一方、シラップの固形物濃度が75質量%超になると、シラップの水分活性が低下し、変敗の懸念は小さくなるものの、粘度が増大し、ハンドリング上の不都合が生じることとなる。
本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物は、その好適な一態様として、イソマルトデキストラナーゼ消化により、イソマルトースを消化物の固形物当たり35質量%以上50質量%以下生成するという特徴(特徴(D))を有する。特徴(D)でいうイソマルトデキストラナーゼ消化とは、分岐α−グルカン混合物にイソマルトデキストラナーゼを作用させ、加水分解することを意味する。イソマルトデキストラナーゼは、酵素番号(EC)3.2.1.94が付与される酵素であり、α−グルカンにおけるイソマルトース構造の還元末端側に隣接するα−1,2、α−1,3、α−1,4、及びα−1,6結合のいずれの結合様式であっても加水分解する特徴を有する酵素である。イソマルトデキストラナーゼとしては、好適には、アルスロバクター・グロビホルミス由来の酵素(例えば、サワイ(Sawai)ら、アグリカルチュラル・アンド・バイオロジカル・ケミストリー(Agricultural and Biological Chemistry)、第52巻、第2号、第495頁−501頁(1988)参照)が用いられる。
イソマルトデキストラナーゼ消化により生成する消化物の固形物当たりのイソマルトースの割合は、分岐α−グルカン混合物を構成する分岐α−グルカンの構造におけるイソマルトデキストラナーゼで加水分解され得るイソマルトース構造の割合を示すものであり、特徴(D)によって、分岐α−グルカン混合物の構造を、混合物全体として酵素的手法によってさらに特徴付けるものである
特徴(D)で示される、「イソマルトデキストラナーゼ消化によりイソマルトースを消化物の固形物当たり35質量%以上50質量%以下生成する」という構造的特徴は、当該分岐α−グルカン混合物を含有してなる本発明の分岐α−グルカン混合物シラップが難消化性を示し、ヒトが摂取した場合、水溶性食物繊維として機能する上で重要な意味を有している。また、分岐α−グルカンにおけるイソマルトース構造の割合も、前記水溶性食物繊維含量と同様に、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物が、原料である澱粉又は澱粉部分分解物が有さない複雑な分岐構造を有することを示すものであり、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップの、固形物濃度を高めた場合の老化のし難さを示唆するものである。
さらに、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップに含まれる分岐α−グルカン混合物の、より好適な一態様としては、下記(E)及び(F)の特徴を有する分岐α−グルカン混合物が挙げられ、当該特徴は、メチル化分析によって求めることができる。
(E)α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の比が1:2乃至1:3の範囲にあり、
(F)α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基との合計が全グルコース残基の60%以上を占める。
メチル化分析とは、周知のとおり、多糖又はオリゴ糖において、これを構成する単糖の結合様式を決定する方法として一般的に汎用されている方法である(シューカヌ(Ciucanu)ら、カーボハイドレート・リサーチ(Carbohydrate Research)、第131巻、第2号、第209−217頁(1984))。メチル化分析をグルカンにおけるグルコースの結合様式の分析に適用する場合、まず、グルカンを構成するグルコース残基における全ての遊離の水酸基をメチル化し、次いで、完全メチル化したグルカンを加水分解する。次いで、加水分解により得られたメチル化グルコースを還元してアノマー型を消去したメチル化グルシトールとし、更に、このメチル化グルシトールにおける遊離の水酸基をアセチル化することにより部分メチル化グルシトールアセテート(なお、「部分メチル化グルシトールアセテート」を単に「部分メチル化物」と総称する場合がある。)を得る。得られる部分メチル化物を、ガスクロマトグラフィーで分析することにより、グルカンにおいて結合様式がそれぞれ異なるグルコース残基に由来する各種部分メチル化物は、ガスクロマトグラムにおける全ての部分メチル化物のピーク面積に占めるピーク面積の百分率(%)で表すことができる。そして、このピーク面積%から当該グルカンにおける結合様式の異なるグルコース残基の存在比、すなわち、各グルコシド結合の存在比率を決定することができる。部分メチル化物についての「比」は、メチル化分析のガスクロマトグラムにおけるピーク面積の「比」を意味し、部分メチル化物についての「%」はメチル化分析のガスクロマトグラムにおける「面積%」を意味するものとする。
上記特徴(E)及び(F)における「α−1,4結合したグルコース残基」とは、1位及び4位の炭素原子に結合した水酸基のみを介して他のグルコース残基に結合したグルコース残基であり、メチル化分析において、2,3,6−トリメチル−1,4,5−トリアセチルグルシトールとして検出される。また、上記特徴(E)及び(F)における「α−1,6結合したグルコース残基」とは、1位及び6位の炭素原子に結合した水酸基のみを介して他のグルコース残基に結合したグルコース残基であり、メチル化分析において、2,3,4−トリメチル−1,5,6−トリアセチルグルシトールとして検出される。
メチル化分析により得られる、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の比率、及び、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の合計の全グルコース残基に対する割合は、分岐α−グルカン混合物の構造を、混合物全体として、化学的手法によって特徴付ける指標の一つとして用いることができる。
上記特徴(E)の「α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の比が1:2乃至1:3の範囲にある」との規定は、分岐α−グルカン混合物をメチル化分析に供したとき、検出される2,3,6−トリメチル−1,4,5−トリアセチルグルシトールと2,3,4−トリメチル−1,5,6−トリアセチルグルシトールの比が1:2乃至1:3の範囲にあることを意味する。また、上記特徴(F)の「α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基との合計が全グルコース残基の60%以上を占める」との規定は、分岐α−グルカン混合物が、メチル化分析において、2,3,6−トリメチル−1,4,5−トリアセチルグルシトールと2,3,4−トリメチル−1,5,6−トリアセチルグルシトールとの合計が部分メチル化グルシトールアセテートの60%以上を占めることを意味する。通常、澱粉又は澱粉部分分解物には1位と6位でのみ結合したグルコース残基が存在せず、α−1,4結合したグルコース残基が全グルコース残基中の大半を占めていることから、上記特徴(E)及び(F)は当該分岐α−グルカン混合物が、原料とした澱粉又は澱粉部分分解物とは全く異なる構造を有することを意味するものである。
上記特徴(E)及び(F)で規定されるとおり、分岐α−グルカン混合物は、好ましい一態様において、通常、澱粉には存在しない「α−1,6結合したグルコース残基」を相当程度有するものであるが、α−1,4結合したグルコース残基及びα−1,6結合したグルコース残基に加えてα−1,3結合したグルコース残基及びα−1,3,6結合したグルコース残基を構成糖として有する場合がある。ここで、「α−1,3結合したグルコース残基」とは、「1位及び3位の炭素原子に結合した水酸基のみを介して他のグルコースと結合した(α−1,3結合した)グルコース残基」を、「α−1,3,6結合したグルコース残基」とは、「1位、3位及び6位の炭素原子にそれぞれ結合した3つの水酸基を介して他のグルコースと結合した(α−1,3,6結合した)グルコース残基」を意味する。分岐α−グルカン混合物は、通常、α−1,3結合したグルコース残基を全グルコース残基の0.5%以上10%未満、及び、α−1,3,6結合したグルコース残基を全グルコース残基の0.5%以上で含む場合がある。
なお、上記「α−1,3結合したグルコース残基が全グルコース残基の0.5%以上10%未満」であることは、分岐α−グルカン混合物をメチル化分析に供したとき、2,4,6−トリメチル−1,3,5−トリアセチルグルシトールが部分メチル化グルシトールアセテートの0.5%以上10%未満存在することによって確認することができる。また、上記「α−1,3,6結合したグルコース残基が全グルコース残基の0.5%以上である」ことは、分岐α−グルカン混合物が、メチル化分析において、2,4−ジメチル−1,3,5,6−テトラアセチルグルシトールが部分メチル化グルシトールアセテートの0.5%以上10%未満存在することによって確認することができる。
本発明の分岐α−グルカン混合物シラップは、その製造方法によって限定されるものではなく、上記(A)乃至(C)の特徴を有する分岐α−グルカン混合物と水とから構成され、固形物濃度が70質量%以上75質量%以下であって、且つ、固形物濃度70質量%の条件で25℃にて測定した粘度と水分活性がそれぞれ6,000mPa・s未満及び0.88未満である限り、いかなる方法で製造されたものであっても良い。本発明の分岐α−グルカン混合物シラップの好適な製造方法の一例としては、澱粉又は澱粉部分分解物に特許文献1の実施例1に開示されたα−グルコシル転移酵素の粗酵素液と市販の液化型又は糖化型α−アミラーゼ剤とを併用して作用させる方法が挙げられる。
α−グルコシル転移酵素は、特許文献1にも開示されているように、澱粉質(α−1,4グルカン)を基質とし、α−1,4結合を介して連結したグルコース重合度3以上の直鎖状グルカンの一端に位置する非還元末端グルコース残基にグルコースを主としてα−1,6転移し、分岐構造を導入する糖転移酵素であり、本発明のシラップを構成する分岐α−グルカン混合物に、前記特徴(A)及び(C)を付与する酵素として用いられる。α−グルコシル転移酵素としては、特許文献1に開示されたバチルス・サーキュランス PP710(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号FERM BP−10771)又はアルスロバクター・グロビホルミス PP349(FERM BP−10770)由来の酵素が好適に用いられ、とりわけ、特許文献1の実施例1に開示されたバチルス・サーキュランス PP710(FERM BP−10771)由来の粗酵素は、α−グルコシル転移酵素に加えて、分岐α−グルカン混合物の水溶性食物繊維含量を高める上で重要な特殊なアミラーゼをも含んでいることから、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップ製造用の酵素として好適に利用できる。
本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを構成する分岐α−グルカン混合物の重量平均分子量(Mw)を前記特徴(B)の範囲にコントロールするために、上記α−グルコシル転移酵素と併用する酵素として、市販の液化型又は糖化型α−アミラーゼ剤が有利に利用できる。本発明の分岐α−グルカン混合物シラップは、澱粉原料を加熱し糊化させた後、液化型α−アミラーゼ剤を比較的多量に作用させることにより澱粉を特定の分解度(DE)まで分解して得られる液化澱粉に、上記α−グルコシル転移酵素の粗酵素液を作用させることによって製造することができる。この場合、液化澱粉は、通常、DE10乃至30、好適には、DE15乃至25の範囲にコントロールするのが望ましい。また、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップは、澱粉を糊化した後、液化型α−アミラーゼ剤を作用させ得られる液化澱粉(通常、DE5未満にコントロールされる)に、上記α−グルコシル転移酵素の粗酵素液とともに糖化型α−アミラーゼ剤を作用させることによっても製造することができる。この場合、酵素反応の終了時点で、通常、DE20乃至35、好適にはDE23乃至30にコントロールするのが望ましい。液化型α−アミラーゼとしては、市販の液化型α−アミラーゼ剤を適宜選択して使用すれば良く、例えば、『スピターゼ HK/R』(ナガセケムテックス株式会社製)、『スミチーム L』(新日本化学工業株式会社製)、『ターマミル』(ノボザイムジャパン株式会社)などが好適に用いられる。糖化型α−アミラーゼとしては、市販の糖化型α−アミラーゼ剤を適宜選択して使用すれば良く、例えば、『スピターゼ PK6/R』(ナガセケムテックス株式会社製)などが好適に用いられる。さらにα−アミラーゼとして、マルトテトラオース生成アミラーゼ、マルトペンタオース生成アミラーゼ、マルトヘキサオース生成アミラーゼなどの特定のマルトオリゴ糖を生成するα−アミラーゼも有利に利用できる。
さらに、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップの製造においては、上記酵素に加え、必要に応じ、イソアミラーゼ、プルラナーゼなどの澱粉枝切り酵素や、シクロマルトデキストリングルカノトランスフェラーゼ(CGTase、EC 2.4.1.19)、澱粉枝作り酵素(EC 2.4.1.18)などを併用することもできる。とりわけ、CGTaseは、上記α−グルコシル転移酵素の粗酵素液に含まれるアミラーゼと同様に、α−グルコシル転移酵素と併用すれば、その糖転移反応により、分岐α−グルカンをさらに高度に分岐させ、分岐α−グルカン混合物の水溶性食物繊維含量を高める効果を奏するので好適に用いることができる。また、水素添加により分岐α−グルカンの還元末端を還元するなどして分岐α−グルカン混合物シラップの還元力を低下させることも適宜実施できる。
なお、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップは、α−グルコシル転移酵素と液化型又は糖化型α−アミラーゼを組合せて、澱粉又は澱粉部分分解物に作用させるという製造方法によって製造されるものであり、その製造方法により、酵素反応液(糖化液)中に分岐構造を有さない単糖(グルコース)や二糖(マルトース及びイソマルトース)が少量副生することは避けられず、これら単糖や二糖をも含有する形態を有する。しかしながら、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップは、後述する実施例(表2、表4など)にも見られるとおり、糖組成として、通常、分岐構造を有する三糖以上のα−グルカンを合計で、固形物当たり85質量%以上含有することとなる。
上記の酵素反応により得た分岐α−グルカン混合物を含有する反応液(糖化液)は、従来の澱粉糖シラップの場合と同様に、常法に従って珪藻土濾過し、活性炭で脱色した後、H型及びOH型イオン樹脂により脱塩して精製し、仕上げ濾過した後、固形物濃度70質量%以上にまで濃縮して本発明の分岐α−グルカン混合物シラップとする。さらに、分岐α−グルカン混合物を含有する糖液をカラムクロマトグラフィーなどに供して分画し、低分子オリゴ糖を除去した分岐α−グルカン混合物シラップとすることも随意である。上記のように精製、濃縮して得られた分岐α−グルカン混合物シラップは、例えば、金属製の缶、タンク、プラスチック製の各種容器などの密閉容器に充填し製品とする。本発明の分岐α−グルカン混合物シラップは、食品用添加剤、化粧品添加剤又は医薬品添加剤として利用できる。
本発明の分岐α−グルカン混合物シラップに含まれる分岐α−グルカン混合物は、水溶性食物繊維含量が60質量%以上であるので、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップは、水溶性食物繊維含有シラップとして、一般の飲食物などに有利に利用できる。本発明の分岐α−グルカン混合物シラップを配合できる飲食物の具体例としては、合成酒、増醸酒、清酒、果実酒、発泡酒、ビールなどの酒類、炭酸飲料、乳飲料、ゼリー飲料、スポーツドリンク、酢飲料、豆乳飲料、鉄含有飲料、乳酸菌飲料、緑茶、紅茶、ココア、コーヒーなどの飲料、米飯、粥、パン、麺類、スープ、味噌汁、ヨーグルトなどの食品、ソフトキャンディー、ハードキャンディ、グミ、ゼリー、クッキー、ソフトクッキー、せんべい、あられ、おこし、求肥、餅類、わらび餅、まんじゅう、ういろう、餡類、羊羹、水羊羹、錦玉、ゼリー、ペクチンゼリー、カステラ、ビスケット、クラッカー、パイ、プリン、バタークリーム、カスタードクリーム、シュークリーム、ワッフル、スポンジケーキ、ホットケーキ、マフィン、ドーナツ、チョコレート、ガナッシュ、シリアルバー、チューインガム、キャラメル、ヌガー、フラワーペースト、ピーナッツペースト、フルーツペースト、ジャム、マーマレードなどの菓子、アイスクリーム、シャーベット、ジェラートなどの氷菓、更には、醤油、粉末醤油、味噌、粉末味噌、もろみ、ひしお、フリカケ、マヨネーズ、ドレッシング、食酢、三杯酢、粉末すし酢、中華の素、天つゆ、麺つゆ、ソース、トマトソース、ケチャップ、焼き肉のタレ、焼き鳥のタレ、から揚げ粉、天ぷら粉、カレールウ、シチューの素、スープの素、ダシの素、複合調味料、みりん、新みりんなどの各種調味料や調理加工品などが挙げられる。
また、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップは、家畜、家禽、その他蜜蜂、蚕、魚などの飼育動物のための飼料、餌料などとして整腸、便秘の改善、肥満の防止目的で使用することもできる。その他、タバコ、練歯磨、口紅、リップクリーム、内服液、錠剤、トローチ、肝油ドロップ、口中清涼剤、口中香剤、うがい剤などの嗜好物、化粧品、液剤、シロップ剤、経管栄養剤、錠剤、カプセル剤、トローチ剤、舌下剤、顆粒剤、散剤、粉剤、乳剤、噴霧剤などの形態にある医薬品などの各種組成物へ有利に利用できる。
さらに、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップが、特許文献1に開示された分岐α−グルカン混合物の粉末製品と同様に、特許文献2乃至4に開示した抗生活習慣病用剤、免疫調節剤、血糖上昇抑制剤などの用途に使用できることは言うまでもない。
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明する。しかしながら、本発明は、これら実施例により限定されるものではない。
<分岐α−グルカン混合物シラップの調製>
本実施例では、液化澱粉に、特許文献1の実施例1に開示されたα−グルコシル転移酵素の粗酵素液(アミラーゼを含む)とともに、市販の糖化型α−アミラーゼ剤をその酵素作用量を変えて作用させ、糖化液を精製することにより分岐α−グルカン混合物シラップを調製し、得られた分岐α−グルカン混合物シラップについて、各種物性を測定した。
<分岐α−グルカン混合物シラップの調製>
30%(w/v)のトウモロコシ澱粉乳に終濃度1mMになるよう塩化カルシウムを加えた後、pHを6.5に調整し、これに液化型α−アミラーゼ剤(商品名『スピターゼ HK/R』、ナガセケムテックス株式会社販売)を固形物1g当たり5単位作用させ、100℃で20分間反応させた。得られた反応液を131℃、30分間オートクレーブすることにより反応を停止させた。次いで、得られた液化澱粉(DE3.4)に、防腐剤として最終濃度0.1質量%となるように重亜硫酸水素ナトリウムを加えた後、52℃に冷却し、これに、特許文献1の実施例1に記載された方法に準じて調製したα−グルコシル転移酵素の濃縮粗酵素液を固形物1g当たり11単位加え、さらに、糖化型α−アミラーゼ剤(商品名『ネオスピターゼ PK6/R』、ナガセケムテックス株式会社販売)を固形物1g当たり10、15又は20単位添加し、それぞれ52℃、pH6.0で48時間作用させ、糖化型α−アミラーゼ剤の作用量が異なる3種の反応液を得た。得られた3種の反応液は80℃で1時間熱処理することにより酵素反応を停止させ、冷却して糖化液とした。
それぞれの糖化液は、常法に従って、珪藻土濾過した後、活性炭を用いて脱色し、H型及びOH型イオン樹脂により脱塩して精製し、仕上げ濾過した後、固形物濃度70質量%まで濃縮し、それぞれ、糖化型α−アミラーゼ剤の固形物1g当たりの作用量が10、15又は20単位と異なる分岐α−グルカン混合物シラップを得、それぞれ被験試料1、2及び3とした。これら被験試料はいずれも低甘味で、固形物濃度70質量%で保持しても老化による白濁、不溶化が認められない安定なシラップであった。
<分岐α−グルカン混合物シラップの分析>
上記で得た被験試料1、2及び3、すなわち、糖化型α−アミラーゼ作用量の異なる3種の分岐α−グルカン混合物シラップについて、それぞれ下記の方法にしたがって、グルコース当量(DE)、固形物濃度、水分活性、粘度、シラップ中の分岐α−グルカン混合物の分子量分布、水溶性食物繊維含量、イソマルトデキストラナーゼ消化物におけるイソマルトース含量、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の比率、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の合計が全グルコース残基に占める割合、及び、糖組成について、それぞれ測定した。
<澱粉液化液及び分岐α−グルカン混合物シラップのグルコース当量(DE)>
澱粉液化液及び分岐α−グルカン混合物シラップのグルコース当量(DE)は、常法のレーン・エイノン(Rane−Eynon)法にて測定した。
<シラップの固形物濃度の測定>
分岐α−グルカン混合物シラップの固形物濃度は、常法の減圧加熱乾燥法(乾燥助剤法)にて測定した。すなわち、アルミ製秤量缶に乾燥助剤としての珪藻土を適量加え、さらに試料を固形分として約1g加え、重量を測定した。次いで、水を適量加え、アルミ棒で撹拌した後、80℃で常圧乾燥した。珪藻土表面の水が蒸発した時点で、アルミ棒で再度撹拌し、80℃で16時間真空乾燥した後、デシケーター内で45分間放冷し重量を測定した。乾燥減量(質量%)から珪藻土自体の乾燥減量(質量%)を減じて試料の乾燥減量(質量%)とし、100から試料の乾燥減量(質量%)を減じて試料の固形分濃度(質量%)とした。
<シラップの水分活性の測定>
分岐α−グルカン混合物シラップの水分活性(Aw)は、コンウェイ型水分活性測定器標準ユニット(柴田科学株式会社製)を用い、常法により測定した。すなわち、固形分濃度70質量%に調整した試料(分岐α−グルカン混合物シラップ)を、以下に示す各種飽和塩溶液でそれぞれの相対湿度(RH)に調湿した水分活性測定器に0.5gずつ入れ、25℃で24時間保持した後、各相対湿度における試料重量の増減を測定した。試料の重量の増減と相対湿度の関係を示すグラフを作成し、試料重量の増減が0(ゼロ)となる平衡相対湿度を求め、水分活性とした。
飽和塩溶液 相対湿度(RH)
塩化ナトリウム 75.2%
臭化カリウム 80.7%
塩化カリウム 84.2%
塩化バリウム 90.1%
硝酸カリウム 92.4%
<シラップの粘度の測定>
分岐α−グルカン混合物シラップの粘度は、固形物濃度70質量%に調整した試料について、コーンプレート型粘度計(商品名『DV−II+Pro』、ブルックフィールド社製)を用い、25℃で測定した。
<分子量分布の測定>
分岐α−グルカン混合物シラップに含まれる分岐α−グルカン混合物の分子量分布、すなわち、重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)、及び、重量平均分子量(Mw)を数平均分子量(Mn)で除した値(Mw/Mn)は、分析カラムとして「TSKgel α−M(東ソー株式会社製)」に替えて「TSKgel αー3000(東ソー株式会社製)」を用い、流速0.5mL/分の条件で分析した以外は、特許文献1の段落0081に記載されたゲル濾過HPLCによる分子量分布分析により、それぞれ測定した。
<水溶性食物繊維含量>
分岐α−グルカン混合物シラップ中の分岐α−グルカン混合物の水溶性食物繊維含量は、特許文献1の段落0069乃至0075に記載された方法に準じて、酵素−HPLC法により測定した。
<イソマルトデキストラナーゼ消化物におけるイソマルトース含量>
分岐α−グルカン混合物シラップ中の分岐α−グルカン混合物のイソマルトデキストラナーゼ消化物におけるイソマルトース含量は、特許文献1の段落0079に記載された方法に従って測定した。
<メチル化分析>
分岐α−グルカン混合物シラップ中の分岐α−グルカン混合物におけるα−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の比率、及び、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の合計が全グルコース残基に占める割合は、特許文献1の段落0076に記載されたメチル化分析により測定した。
<糖組成>
分岐α−グルカン混合物シラップの糖組成は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定した。HPLCは、カラムとして『MCIGEL CK04SS』(株式会社三菱化学製)2本を直列に接続したものを用い、溶離液に純水を用いて、カラム温度80℃、流速0.4mL/分の条件で行い、検出は示差屈折計RID−10A(株式会社島津製作所製)を用いて行った。
上記で得た分岐α−グルカン混合物シラップ(被験試料1、2及び3)について、その調製条件と分析結果を表1にそれぞれまとめた。また、表1には比較対象として、市販のマルトテトラオースシラップ(商品名『テトラップ』、ロット番号:6B15、株式会社林原販売)について同様に調べた結果を併記した。また、被験試料1、2、3及び市販のマルトテトラオースシラップの糖組成を表2に示した。なお、表2における「DP」はグルコースの重合度(degree of polymerization)を意味する。さらに、糖組成分析時のHPLCクロマトグラムの例示として、被験試料3と市販のマルトテトラオースシラップのクロマトグラムをそれぞれ図1及び2に示した。
表1に見られるとおり、液化澱粉を原料とし、α−グルコシル転移酵素を作用させる分岐α−グルカン生成反応において、併用する糖化型α−アミラーゼの作用量のみを10、15又は20単位/g−固形物と、それぞれ変えて調製した3種の分岐α−グルカン混合物シラップ、すなわち、被験試料1、2及び3に含まれる分岐α−グルカン混合物は、重量平均分子量(Mw)が1,540乃至1,830ダルトンの範囲にあり、また、Mw/Mnが1.88乃至1.91と、その分散度も小さいものであった。さらに、被験試料1、2及び3に含まれる分岐α−グルカン混合物は、水溶性食物繊維含量が63.2乃至68.1質量%と、水溶性食物繊維として機能するに十分な値を示した。被験試料1乃至3は、いずれも固形物濃度70質量%の条件で25℃にて測定した水分活性が0.88未満を示し、固形物濃度70質量%の条件で25℃にて測定した粘度が2,790乃至4,080mPa・sと、若干高めではあるもののシラップ製品としてハンドリングが可能な範囲の粘度を示した。加えて、被験試料1、2及び3に含まれる分岐α−グルカン混合物は、イソマルトデキストラナーゼ消化物のイソマルトース含量が37.2乃至38.0質量%、メチル化分析による、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の比率が1:2.3乃至1:2.4、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の合計の全グルコース残基に占める割合が63.1乃至66.9%を示した。
一方、比較対象として表1に併記した市販のマルトテトラオースシラップに含まれるマルトオリゴ糖は、重量平均分子量(Mw)が1,620ダルトン、Mw/Mnが2.75を示した。また、当該マルトテトラオースシラップは、固形物濃度70質量%の条件で25℃にて測定した粘度が1,850mPa・sと、シラップ製品としてハンドリングし易い低粘度を示し、また、固形物濃度70質量%の25℃にて測定した水分活性は0.88であった。
また、表2に見られるとおり、被験試料1、2及び3は、糖組成として、グルコース重合度(DP)が9以上の分岐α−グルカンをそれぞれ59.16質量%、53.87質量%及び50.57質量%と、いずれも50質量%以上含有するシラップであった。一方、表2から明らかなように、比較対象とした市販のマルトテトラオースシラップは、その名のとおり、マルトテトラオース(DP4)を主成分とするものであり、糖組成として50質量%以上のマルトテトラオースを含有するものであった。
なお、重量平均分子量(Mw)において、被験試料3に含まれる分岐α−グルカン混合物は1,540ダルトン、マルトテトラオースシラップに含まれるマルトオリゴ糖は1,620ダルトンと、ほぼ同等の値を示したものの、表2及び図1と2の対比からも明らかなように、糖組成において全く異なるものであった。
本実施例の結果は、液化澱粉にα−グルコシル転移酵素の粗酵素液と糖化型α−アミラーゼ剤を併用して作用させることにより、シラップ製品としてハンドリングが十分に可能な粘度を有し、25℃での水分活性が0.88未満と微生物の増殖による変敗の懸念が小さく、且つ、水溶性食物繊維含量が60質量%以上の分岐α−グルカン混合物シラップが製造できることを物語っている。
本実施例で得られた分岐α−グルカン混合物シラップは、固形物濃度が70質量%以上75質量%以下であり、固形物濃度70質量%でもハンドリング可能な粘度を示し、25℃での水分活性が0.88未満であることから、保存、流通段階での微生物増殖による変敗の懸念が小さい分岐α−グルカン混合物シラップ製品である。また、本品は、従来のマルトオリゴ糖シラップに比べ高分子の分岐α−グルカン混合物を含有するにもかかわらず老化し難く、飲食物にボディ感を付与する上でも好適に用いることができ、従来のマルトオリゴ糖シラップとデキストリンの双方の特徴を兼ね備えている。さらに、本品に含有される分岐α−グルカン混合物は、ヒトが摂取した場合、水溶性食物繊維として機能することから、本品は、水溶性食物繊維を配合したい各種飲食物に好適に用いることができる。
<分岐α−グルカン混合物シラップの調製>
本実施例では、実施例1とは異なり、まず澱粉乳に予め液化型α−アミラーゼを比較的多量作用させることにより、加水分解の程度が異なる液化澱粉を調製し、次いで、特許文献1の実施例1に開示されたα−グルコシル転移酵素の粗酵素液(アミラーゼを含む)のみを作用させる方法にて糖化を行い、精製して得られた分岐α−グルカン混合物シラップについて、各種物性を測定した。
<分岐α−グルカン混合物シラップの調製>
30%(w/v)のトウモロコシ澱粉乳に終濃度1mMになるよう塩化カルシウムを加えた後、pHを6.5に調整し、これに液化型α−アミラーゼ剤(商品名『スピターゼ HK/R』、ナガセケムテックス株式会社販売)を固形物1g当たり8.2、20又は30.4単位作用させ、100℃で20分間反応させ、131℃、30分間オートクレーブすることにより反応を停止させた。この操作により、それぞれ、グルコース当量(DE)が8.6、17.6又は25.4と加水分解の程度が異なる3種類の液化澱粉が得られた。得られた液化澱粉に、防腐剤としてそれぞれ最終濃度0.1質量%となるように重亜硫酸水素ナトリウムを加えた後、52℃まで冷却し、これに、特許文献1の実施例1に記載された方法に準じて調製したα−グルコシル転移酵素の濃縮粗酵素液を固形物1グラム当たり11単位添加し、それぞれ52℃、pH6.0で48時間作用させた。得られた反応液は80℃で1時間熱処理することにより酵素反応を停止させ、冷却し糖化液とした。
糖化液は、実施例1と同じ方法により精製し、固形物濃度70質量%まで濃縮し、加水分解の程度が異なる液化澱粉から調製された3種の分岐α−グルカン混合物シラップを得、それぞれ被験試料4、5及び6とした。これら被験試料は、いずれも実施例1で調製した被験試料1乃至3と同様に、低甘味で、固形物濃度70質量%でも老化で保持しても老化による白濁、不溶化が認められない安定なシラップであった。
<分岐α−グルカン混合物シラップの分析>
上記で得た液化型α−アミラーゼ作用量の異なる3種の分岐α−グルカン混合物シラップ(被験試料4、5及び6)について、実施例1と同じ項目についてそれぞれ測定した。結果を表3に示す。また、被験試料4、5及び6の糖組成を表4に示す。
表3に見られるとおり、原料澱粉を液化する段階で比較的多量の液化型α−アミラーゼを作用させて得られる澱粉部分分解物にα−グルコシル転移酵素の粗酵素液のみを作用させて得られた3種の分岐α−グルカン混合物シラップの内、被験試料5及び6に含まれる分岐α−グルカン混合物は、重量平均分子量(Mw)が1,810及び1,550ダルトンと、実施例1で得た被験試料1乃至3とほぼ同等の範囲にあり、また、Mw/Mnも1.92及び1.96とほぼ同様であった。さらに、被験試料5及び6に含まれる分岐α−グルカン混合物は、水溶性食物繊維含量が69.8質量%及び65.0質量%と、実施例1で得た被験試料1乃至3とほぼ同等であった。被験試料5及び6は、いずれも固形物濃度70質量%の条件で25℃にて測定した水分活性が0.88未満を示し、固形物濃度70質量%の条件で25℃にて測定した粘度がそれぞれ5,430mPa・S及び3,180mPa・sと、シラップ製品としてハンドリングが可能な範囲の粘度を示した。加えて、被験試料5及び6に含まれる分岐α−グルカン混合物は、イソマルトデキストラナーゼ消化物のイソマルトース含量がそれぞれ40.7質量%及び38.5質量%、メチル化分析による、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の比率がいずれも1:2.7を示し、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の合計の全グルコース残基に占める割合がそれぞれ66.7%及び64.2%を示した。
一方、表3に示すとおり、被験試料4は、これに含まれる分岐α−グルカン混合物が、重量平均分子量(Mw)3,170ダルトンと比較的大きい分子量を有しており、水溶性食物繊維含量が81.7質量%と顕著に高い値を示したものの、固形物濃度70質量%の条件で25℃にて測定した粘度が17,700mPa・sと、シラップ製品としては到底ハンドリングできないほどの高粘度を示したことから、被験試料4は分岐α−グルカン混合物シラップとしては不適であった。
表4に見られるとおり、被験試料5及び6は、実施例1で製造した被験試料1、2及び3とほぼ同様な糖組成を示したものの、被験試料4は、グルコース重合度9以上の分岐α−グルカン混合物を80%以上含有しており、比較的高分子の成分を多量に含むものであった。
本実施例の結果は、本発明の分岐α−グルカン混合物シラップが、澱粉を予め液化型α−アミラーゼを作用させ、ある一定の程度まで分解し、次いでα−グルコシル転移酵素の粗酵素液を作用させる方法によっても製造できることを物語っている。しかしながら、液化型α−アミラーゼの作用量が少なく、澱粉の分解の程度が低い場合には、分岐α−グルカン混合物が比較的高分子となり、シラップ製品として適さない高粘度の分岐α−グルカン混合物シラップとなることを示している。
上記被験試料5及び6は、固形物濃度70質量%でもハンドリング可能な範囲の粘度を示し、当該固形物濃度での25℃での水分活性が0.88未満であることから、保存、流通段階での微生物増殖による変敗の懸念が小さい分岐α−グルカン混合物シラップ製品である。また、本品は、従来のマルトオリゴ糖シラップに比べ高分子の分岐α−グルカン混合物を含有するにもかかわらず老化し難く、飲食物にボディ感を付与する上でも好適に用いることができ、従来のマルトオリゴ糖シラップとデキストリンの双方の特徴を兼ね備えている。さらに、本品に含有される分岐α−グルカン混合物は、ヒトが摂取した場合、水溶性食物繊維として機能することから、本品は、水溶性食物繊維を配合したい各種飲食物に好適に用いることができる。
<分岐α−グルカン混合物シラップ>
糖化型α−アミラーゼ剤(商品名『ネオスピターゼ PK6/R』、ナガセケムテックス株式会社販売)をマルトテトラオース生成酵素(株式会社林原製)に替え、液化澱粉固形物1g当たり5単位作用させた以外は実施例1と同じ方法で固形物濃度70質量%の分岐α−グルカン混合物シラップを製造した。得られた分岐α−グルカン混合物シラップの粘度は2,350mPa・s、水分活性は0.86であった。この分岐α−グルカン混合物シラップに含まれる分岐α−グルカン混合物について、実施例1と同様に分析したところ、重量平均分子量(Mw)は1,420ダルトン、Mw/Mnは2.00であり、水溶性食物繊維含量は68.3質量%であった。また、イソマルトデキストラナーゼ消化により得られる消化物のイソマルトース含量は40.3質量%、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基の比は1:2.3、α−1,4結合したグルコース残基とα−1,6結合したグルコース残基との合計は全グルコース残基の62.6%であった。
本品は、固形物濃度70質量%でも粘度が低く、ハンドリングが容易であり、25℃での水分活性が0.88未満であることから、保存、流通段階での微生物増殖による変敗の懸念が小さいシラップ製品である。また、本品に含有される分岐α−グルカン混合物は、ヒトが摂取した場合、水溶性食物繊維として機能することから、水溶性食物繊維を配合したい各種飲食物に好適に用いることができる。
<餡>
原料小豆100質量部に、常法に従って、水を加えて煮沸し、渋切り、あく抜きし、水溶性夾雑物を除去して小豆粒餡約210質量部を得た。この生あんに蔗糖140質量部、実施例1の被験試料3と同じ分岐α−グルカン混合物シラップ67質量部と水40質量部を加えて煮沸し、これに少量のサラダオイルを加えて粒餡を壊さないように練り上げ、製品の餡を約350質量部得た。本品は、色焼け、離水もなく安定で、水溶性食物繊維としての分岐α−グルカン混合物を多く含み、舌触り、風味良好で、餡パン、まんじゅう、団子、最中、氷菓などの製菓材料として好適である。
<大学芋>
完熟した薩摩芋(ベニアズマ)を洗浄した後、一個当たり20乃至25gの乱切りにカットし、作業中の乾燥による褐変を避けるため水晒しした。次いで、80℃に設定した蒸気釜の蒸気(スチーム)で20分間蒸し、自然放冷した後常法により油調し、油切りした。得られた薩摩芋に、別途、砂糖15質量部、実施例1の被験試料1と同じ分岐α−グルカン混合物シラップ20質量部、醤油15質量部、みりん30質量部、及び、適量の塩を混合し、火にかけて調製した調味タレを加え、照りが出るまでよく絡め、仕上げに黒ゴマを振りかけ大学芋を得た。本品は、通常の大学芋よりも甘みが控えめで、且つ、水溶性食物繊維としての分岐α−グルカン混合物が配合された調味タレが絡まった大学芋であり、しっとりした食感と自然の美しい色を有する大学芋である。
<米飯>
米500質量部を洗米した後、実施例1の被験試料2と同じ分岐α−グルカン混合物シラップ33質量部及び水700質量部を加え、電気式炊飯器にて炊飯し米飯を調製した。本品は、分岐α−グルカン混合物を配合することにより、粒感(食感)と、しゃもじで混ぜた際のほぐれ性が向上していた。本品は、分岐α−グルカン混合物が米飯の味、香りなどの風味に悪影響を及ぼさず、食感を向上させるため、食べ易い米飯である。
<炭酸飲料>
果糖ぶどう糖液糖50質量部、砂糖20質量部、実施例2で調製した被験試料5と同じ分岐α−グルカン混合物シラップ33質量部、クエン酸1質量部、クエン酸ナトリウム0.3質量部、香料0.02質量部を炭酸水500質量部と混合し、完全に溶解させ炭酸飲料とした。本品は、分岐α−グルカン混合物が水溶性食物繊維として機能するため、水溶性食物繊維配合炭酸飲料として日常的に摂取できる。また、配合した分岐α−グルカン混合物シラップは、炭酸飲料のボディ感、フレーバー感を増す効果を奏する。
<練歯磨>
第二リン酸カルシウム45質量部、ラウリル硫酸ナトリウム1.5質量部、グリセリン25質量部、ポリオキシエチレンソルビタンラウレート0.5質量部、実施例3の方法で得た分岐α−グルカン混合物シラップ10質量部、サッカリン0.02質量部を水18質量部と混合して練歯磨を得た。本品は、界面活性剤の洗浄力を落とすことなく、使用後感も良好である。
比較例
<市販デキストリン(澱粉部分分解物)の性質>
本発明の分岐α−グルカン混合物シラップとその物性を比較する目的で、市販のデキストリン2種、すなわち、デキストリンA(商品名「パインデックス#3」、ロット番号603302B、松谷化学工業株式会社販売)及びデキストリンB(商品名「パインデックス#4」、ロット番号506051E、松谷化学工業株式会社販売)について、それぞれを固形物濃度が70質量%になるよう純水に加熱溶解し、得られた液状品について、実施例1と同様に、グルコース当量(DE)、固形物濃度、水分活性、シラップ中の分岐α−グルカン混合物の分子量分布、水溶性食物繊維含量をそれぞれ測定した。結果を表5に示す。
表5に見られるとおり、デキストリンA及びBは、重量平均分子量(Mw)、がそれぞれ1,960ダルトン及び2,580ダルトン、Mw/Mnがいずれも3.26を示した。また、デキストリンA及びBの固形物濃度70質量%に調整した液状品は、25℃での水分活性がそれぞれ0.89及び0.91と、いずれも0.88を超える値を示したとともに、水分活性の測定に要した24時間後では、いずれもデキストリンの老化による白濁及び一部不溶化が認められ、シラップとしては到底取扱うことができないものであった。さらに、澱粉を単に分解して製造されるデキストリンA及びBは、いずれも水溶性食物繊維性を有さなかった。
なお、上記実施例1、2及び比較例の結果に見られるとおり、実施例1の被験試料1及び実施例2の被験試料5に含まれる分岐α−グルカン混合物は、デキストリンAとほぼ同等の重量平均分子量(Mw)を有するものであるにもかかわらず、固形物濃度70質量%に高めた際にも老化せず、かつ、より小さな0.88未満の水分活性を示し、同条件で老化し、また、0.89という比較的大きな水分活性を示すデキストリンAとは高濃度液状品(シラップ)としたときに全く異なる物性を示した。